2: 2013/07/28(日) 00:36:32.76
「奉仕部で学校の怪談の真偽を確かめて欲しい?」

夏休み前のある日の放課後、奉仕部の顧問である平塚先生から、突然とんでもない案件を持ち込まれた。

俺はといえば、一日でも、いや一分一秒でも早く夏休みが来ないかとスマホのカレンダー画面を睨んでいたところである。
残念ながら今のところ捗ばかしい効果は見られない。
誰かフリックするだけで時間が過ぎ去るアプリとか開発してくれねぇもんかな。あとトラウマを削除する機能とか。

結衣「ふわわわわ」

例によってピンクがかった茶髪をお団子に結い上げた由比ヶ浜結衣がバカっぽい声をあげる。
こいつ霊感とか全然なさそうだけど超怖がりだからな。それでいて怖い話が好きだったりするし。なんなのその矛盾した思考。

3: 2013/07/28(日) 00:38:29.95

八幡「つーか、それって奉仕部の活動の範疇なんですかね?」

俺はあきらめてスマホをしまいながら、当然の疑問を口にする。

平塚「比企谷、怖いのかね?」

先生が形の良い指でピシリと俺を指差した。人を指差してはいけませんって学校で習わなかったのかよ?

八幡「や、一番怖いのは生きた人間ですから」

俺は無意識に俺の席の反対側、窓際に座る黒髪の美少女 ――― 雪ノ下雪乃を見ながら答えた。

雪乃「比企谷くん、何その胡乱な目は?私に何か言いたいことでもあるのかしら?」

八幡「いや、別に…」

あわてて目を逸らす。言いたいことは山ほどあるのだが怖いから言えないだけだってことくらい、いい加減気がつけよ。
だが、敢えてそれを口にしない俺はマジでジェントルメン。あまりに紳士的すぎて思わず複数形なくらい。

平塚「ふむ、ありきたりなセリフだが、キミがその腐った眼で言うとなかなか説得力があるものだな」

八幡「ほっといてください」こちとらスマホとにらめっこしてて目が疲れてんだよ。つか、それ絶対に褒め言葉じゃねーだろ。

4: 2013/07/28(日) 00:40:24.66

平塚「キミはどうなんだね雪ノ下?」

雪ノ下は、それまで読んでいた文庫本をパタリと音を立てて閉じ、形の良い足を揃えて体ごと平塚先生の方に向き直った。

雪乃「私はそもそも幽霊だの心霊だの、科学的に証明されていないものは一切信じていません。
   ですから、そのような信憑性があやしまれるような案件に対して奉仕部が対応するということ自体、全く意味のない事だと思います」

八幡「要するに、怖いからやだってことか?」

雪乃「比企谷くん、あなた一度、臨氏体験をしてみたいのかしら?」ニコッ

八幡「…俺は怪談なんかよりもお前の方がよっぽど怖えよ」夏なのに冷や汗が流れちゃう。

夏でもこの部屋にエアコンがなくても過ごせているのはある意味彼女の功績。おまえの先祖、雪女かなんかなの?地球氷河期説の根拠って案外こいつなんじゃね?

5: 2013/07/28(日) 00:41:56.47

結衣「でも、どうして怪談なんですか?」

由比ヶ浜が素朴な疑問を口にした。あまりに素朴すぎて日本語的におかしいのだが、そのあたりはスルー。

平塚「うむ。キミたちも知っているとは思うが、先日この怪談話に関わる怪我人が出てな。職員室でも問題視されるようになったのだよ」

ふくよかな胸の前で腕を組まれると、迫力倍増でそちらの方を問題視してしまいそうになるんですけど。
しかし、その話なら俺も聞いている。バカな生徒がわざわざ真夜中の学校に忍び込んでやらかしたらしい。自業自得だが、学校側の管理責任も問われているのだろう。
つか、そもそも夜間は鍵が掛かってるはずの校舎にどうやって入ったんだよ?ナニⅢ世なの?

平塚「まぁ、私も生活指導の担当として、このまま放置もできないというわけだ」

八幡「で、なんでまたそれが俺たちに?」

平塚「我々教師が“実際に調べててみたけどやっぱり何もありませんでした”と言ったところで、生徒達が納得すると思うのかね?」

八幡「学校側が風紀を正すために真相をうやむやにしたと思われる…ということですか」

平塚「察しがいいな。そのとおりだ」

舐めてもらっちゃこまる。うやむやにするのとか超得意だし。特に責任問題とかもうちょっとした政治家並み。
俺は悪くない。全部秘書が悪いんです。
もっとも、小学校時代は悪いことは全て俺のせいにされたりしてたのだが。遠足の日に雨が振ったり、クラスで飼ってた金魚が氏んだり。
なにそれ祟り神かなにかかよ。

6: 2013/07/28(日) 00:44:05.03

雪乃「比企谷くんに、いえ、臭いものに蓋…ということね」

八幡「何気に俺を臭いもの扱いするな。ちゃんと毎日風呂入ってるし、シャツだって…」くんくん。

結衣「匂い嗅いちゃうんだっ?!」

雪乃「比企谷くん?」ニコッ

八幡「おいよせやめろ雪ノ下、笑顔で俺にハブ○ーズ向けんな」

結衣「あはは。ヒッキーとゆきのんって、うちのパパとママみたい」

八幡&雪乃「なっ?!」///

結衣「って、あ、べ、別にふたりが夫婦みたいに見えるとかじゃなくて!」アセアセ

八幡「…わーってるよ」そんな風に言われたら反応に困っちゃうだろうが。

しかし由比ケ浜のとーちゃん、ハ○リーズかけられてるのかよ。家族のために汗水たらして働いてもその扱い。いや汗水たらすからこその扱いか。どっちにせよやっぱり働いちゃったら負けだな。

7: 2013/07/28(日) 00:46:15.52

雪乃「んッ、ん。…とにかく、確たる依頼人がいない以上、それは奉仕部の活動とはなりえないのではないでしょうか」

平塚「まぁ、そう言われればそうなのだが」

八幡「…だな。じゃ、この話はなしってことで」

何気ないふりを装いながら、実は俺も内心ホっとしていた。
別に怖いわけじゃないから。いつも小町にホラー映画とか付き合わされてるし。つか怖いなら見なきゃいいだろっつーの。
なんで女の子ってわざわざ怖いもの見たがるわけ?
俺が夜中ひとりでトイレいけなくなっちゃったらどうしてくれんだよ…ってやっぱ怖いんじゃねーか。

結衣「よかったぁ~」

大げさに安堵の息をもらす由比ヶ浜の隣で、雪ノ下がそのささやかな胸を小さくなでおろしているのが見えた。
普段はそれこそナ○ニアの白い魔女もかくやというくらい冷たく覚めた顔してるくせに、時折こうして年相応の女の子らしい一面を覗かせることがある。

雪乃「比企谷くん、何かしら?」

俺の視線に気がついた雪ノ下が半眼になって詰問する。少し頬が赤くなっているせいか、いつもの迫力はない。

八幡「…別に」

俺は笑いを噛み頃しながら顔を背けた。

結衣「あっ!もしかしてゆきのんもやっぱり怖いのとかダメなの?」

雪乃「わ、私は別に…」

雪ノ下が何か言いかけたタイミングで部室の扉がノックされた。

雪乃「…どうぞ」

俺を睨みつけながら憮然として雪ノ下が応える。どうやら命拾いしたようだ。
つか、睨む相手が違うだろ。おまえ最近由比ヶ浜に甘すぎじゃね?あまあますぎて海に潜っちゃうまである。それあまちゃんだし。じぇじぇじぇ?

8: 2013/07/28(日) 00:48:20.62

「失礼します…平塚先生がこちらに来ていると伺ったのですが」

そう言いながら、ひとりの女生徒が奉仕部の部室に入ってきた。
知らない顔である。もっとも、向こうだって俺のことなんて知らないだろうだからイーヴン。むしろここでは地の利を知ってる分、俺の方が有利なくらい。
非常口の位置は確認済みだし…って、なんで逃げること前提なんだよ。

平塚「うむ。私に何か用かね?」

女生徒「はい。…というか、実は奉仕部にお願いがあって来たのですが」

平塚「ほう。ちょうど部員がみんな揃っているところだ。良ければ話してみたまえ」

女生徒「あの…ここでは生徒の悩みを解決してくれるというのは本当なんですか?」

雪乃「そうね。正確には悩みを解決するのではなく、悩みを解決するための手助けをするところなのだけれど」自然な流れで雪ノ下が引き継ぐ。

女生徒「実は私ではなくて友達の事でご相談に来たんです」

雪乃「あら、お友達のためにわざわざ奉仕部に相談にくるなんて随分と殊勝な心がけね。比企谷くんも少しは見習ったら?」

八幡「見習うも何もそれ以前に俺に友達なんていないけどな…って、おまえわかってていってるだろ?!」

雪乃「ごめんなさい。知ってても知らないふりをするのが思い遣りというものですものね」

八幡「そーだよな。そこまでわかってるならついでにダメ押しするようなマネもやめような」

9: 2013/07/28(日) 00:49:57.60

雪乃「比企谷くんの残念な交友関係はともかく、お話を伺うわ」

八幡「ちょっと待て。交友関係について言わせてもらえば、お前にだけは残念とか言われたくねーんだけど」

雪乃「あら、私にだって友達くらいいるわよ。…そうね、例えば由比ヶ浜さん…とか」///

結衣「ゆきのん…」///

おいおい百合なら間に合ってるから他でやってくれ。スィーツとかプティまりとかオトメとかいろいろあんだろ。

八幡「…んで?“とか”ってからには当然他にもいるんだろ?」

結衣「うわっ。ヒッキー感じ悪ぅ~。マジさいてー」プンプン

雪乃「コホン。とりあえず、自己紹介をさせていただくわ。私はこの奉仕部で部長を務めている2年J組の雪ノ下です。
   彼女は同じ学年でF組の由比ヶ浜さんよ。で、そこにいるのが…」

八幡「って、おまえ、ごまかしてんじゃねぇかよっ?!」

雪乃「…えっと、ごめんなさい。あなた誰だったかしら?」

八幡「だから、可愛らしく小首をかしげながら真顔で聞くなっつーの。マジでちょっと傷ついちゃうだろ…由比ヶ浜と同じF組の比企谷だ」

雪乃「…だそうよ。大丈夫。よく吠えるけど予防接種は受けているはずだから」

八幡「俺を犬扱いすんなっ。どうせまたヒキガヤ犬とかいうつもりなんだろっ?!」

雪乃「あら、そんな失礼なことしないわよ…だって犬が可哀想だもの」

八幡「うぐっ、俺は犬以下の扱いなのか…」スクール・カーストってレベルじゃねぇぞこれ。

俺もしかして氏んだらミニチュアダックスフントとかに生まれ変わっちゃうの?いやそこまで本に執着ないけど。

10: 2013/07/28(日) 00:51:27.06

結衣「あはは…。えーと…はじめまして…かな?」

八幡「おい由比ヶ浜おまえクラスメートだろっ?!アホだアホだとは思っていたが、俺の顔を忘れちゃうほど残念な記憶力だったのかよっ?!」

もしかしておまえの両親、トリだったりするわけ?

結衣「違うしっ!彼女に言ったんだしっ!てかあたしそんな頭悪くないしっ!」

八幡「よかったー。名前はともかく、クラスメートにまで顔忘れられてたりしたら、ちょっとだけ氏にたくなっちゃうところだぜ」

雪乃「名前の件はもう諦めてるのね…」

結衣「もう、ヒッキーってなんでそんなに僻みっぽいのかな…」

雪乃「ヒーガミくんの話はもういいから、お話の続きを聞きましょう?」

八幡「おまえ、今わざと名前間違えたろッ?」

11: 2013/07/28(日) 00:53:19.71

女生徒「あ、私は2年B組の篠塚志乃といいます」ペコリと頭をさげる。

結衣「B組というと、ざ…」

八幡「おっと由比ヶ浜、その名を口にしちゃダメだ。噂をすれば影っつーだろ」

結衣「じゃあ、中二?」

八幡「そいつもダメだ。シナプスがはじけちゃうから。とりあえずここは“名前を言ってはいけないあのひと”で」

雪乃「彼はいつから悪の魔法使いになったのかしら?」

雪ノ下がこめかみに手を当てながらため息をつく。
まぁ、あいつことだ。間違いなく三十越えたら“魔法使い”にはなりそうだけどな。もちろん違う意味で。

篠塚「あの…話の続きをしてもいいですか?」

雪乃「ごめんなさい。比企谷くん、靴下をあげるからちょっと黙っててちょうだい」

八幡「…誰が屋敷しもべ妖精だよ」

篠塚「皆さんは、総武高で流行ってる怪談をご存知ですか?」

八幡&雪乃&結衣&平塚「怪談?!」

13: 2013/07/28(日) 21:21:54.44

ここで、先程から話題になっている怪談について説明しておこう。

夜の特別棟で、目をつむって階段を後ろ向きに降りると、本来12段か14段のはずの階段が13段になることがあるらしい。
どの階段なのかははっきりしないのだが、その階段を降りた先で窓ガラスを覗くと、そこには運命の人が映っているという。

ただし、映った相手に声をかけられて、うっかり返事をすると呪われてしまうという、都市伝説のような恋占いのような怪談話である。

この目をつむって階段を逆に降りるにというのがクセもので、先日怪我をした生徒も逆向きに階段を降りていて足を踏み外したらしい。

どうやら代々総武高校の生徒たちの間に語り継がれているらしく、時代時代によって細部が変わったりするものの、大筋ではだいたい同じである。
何期生の誰それが試して同じ学年の誰それと結婚しただの、返事をしてしまった生徒が行方不明になっただのホントかウソかわからないような噂までまことしやかに伝わっている。

怪談話のお決まりとして、この話の元を辿れば戦前同じ敷地にあったとされる軍事施設にまでたどり着くらしいが、この学校自体、旧校舎時代を含めて戦後の創立だし、その前はただの更地だったらしいから、さすがにそれはウソっぽい。

14: 2013/07/28(日) 21:23:35.21

雪乃「…ところで、その怪我をしたお調子者って誰なのかしら?」

結衣「えっと…あはは…」

俺と由比ヶ浜がチラリと視線を交わす。

八幡「…俺たちのクラスの戸部ってやつだ」苦笑混じりにその“お調子者”の名を告げる。

雪乃「なるほど…それで、その怪談とあなたのお友達にどんな関係があるのかしら」

篠塚「私の友達が、学校に忍びこんでその占いを試すと言ってるんです。私は止めたんですけど、全然聞いてくれなくて」

雪乃「で、私たちにどうして欲しいのかしら?」

篠塚「できればそれをやめさせて欲しいんです」

八幡「別にいーんじゃねーの?その友達とかがバカやって怪我したとしても、それはそれで青春の1ページ(笑)っつーもんだろ」

雪乃「あいからわず無責任な男ね」雪ノ下がため息をつく。

八幡「ばっかおまえ、自分の事だけでも手いっぱいなのに、他人の事まで手伝わされたうえに責任まで持ってられるかっつーの」

ちなみにこれを“仕事”に置き換えるとそのまま会社にも当てはまる。だから俺の意見は決して間違っていないはずである。

平塚「まぁ待て比企谷。そうは言っても、また怪我人でも出たらコトだ。生活指導としては看過できんな」

15: 2013/07/28(日) 21:25:03.09

結衣「…で、そのお友達って?」

篠塚「同じB組の生徒なんですけど…実はここしばらく学校を休んでて…」

八幡「風邪でも引いたのか?」

篠塚「いえ、そういうわけではないんですが…」そう言ってチラリと雪ノ下の顔を伺う。

雪乃「ヒキコモリくんですら毎日堂々と登校しているのに、それは由々しき問題ね。何かあったのかしら?」

八幡「おい待て雪ノ下、ヒキコモリくんて誰のことだ?」

雪乃「あら、誰もあなたの事だなんて言ってないわよ。ヒキコモリガヤくん」

八幡「勝手に人の名前を長くするんじゃねぇっ」なんで俺の中学時代のあだ名知ってんだよ。

結衣「大丈夫だよっ!あたしはヒッキーって呼んでるからっ!」

八幡「いや、短けりゃいいってもんでもないだろ」それ意味同じだし。何が大丈夫なんだよ。

篠塚「それが…その、最近、失恋したらしくて…電話してもメールしても返事がないんです…」

雪乃「なるほど。そうなると直接説得するのは難しそうね…」

あ、なんかやな予感。

16: 2013/07/28(日) 21:26:38.13

篠塚「手紙を渡した時に、はっきりとフラれたらしいんですけど、絶対にその人が運命の人だって信じてて。だからそれを証明したいって…」

結衣「それで怪談なんだ…」

篠塚「悪い人ではないんですけど、思い込みが激しいんです。彼…」

結衣「彼?」

篠塚「あ」思わず口を押さえる。

友達、ね。ふーん、なんとなく状況はわかった。
平塚先生も由比ヶ浜も気がついたようだが、ただひとり雪ノ下だけは全く気がついた様子はない。
こいつ、そっちの方面で苦労した経験とかなさそうだからな。

つまり、篠塚さんの友達というのは彼女の想い人でもあるのだろう。
止めたいというのことは、もちろん本当に心配しているという事でもあるのだろうが、少なからず嫉妬も含まれているのかもしれない。

雪乃「つまり、どういうことなのかしら?」

結衣「あー、つ、つまり、私たちで、怪談が単なる噂であることを証明できればそれでいいってことだよね?」

さすが、空気を読める気遣いの人、由比ヶ浜さんである。会ったばかりの人間に対しても、さり気なくフォローしている。
もうエア・マスターという称号を贈りたいくらい。風の精霊とか召喚できちゃいそうなレベル。

篠塚「そ、そうですね。もしそれができれば彼も…友達もきっとあきらめてくれると…思うんです」

言葉尻が小さくなったのは、やはり自信がないからだろう。

17: 2013/07/28(日) 21:28:29.92

八幡「いや、それであきらめるくらいなら、最初から好きになったりしないだろ」

雪乃「さすが失恋の第一人者だけあって一家言ありそうな口ぶりね」

八幡「勝手に俺をその道のエキスパートみたく言うな」

雪乃「あら、違うのかしら?」

八幡「俺だって人並みに振ったり振られたりした経験くらいはある」

雪乃&結衣「えっ?!」

なにその意外そうな顔。

八幡「まぁ、主に女の子が俺が振ったり、俺が女の子に振られたりだけどな…」

雪乃「あらそう…」ホッ

結衣「なーんだ…」ホッ

え、なにこの微妙な雰囲気。俺が振られるのが当然ってこと?それ、何かおかしくね?

八幡「だ、だからだな、そんな回りくどいことしなくても、その友達を振った相手とやらが誰か他の男とイチャコラしてるところを見せれば一発なんじゃないのかってことだよ」

現実から目を背ける人間に対しては、イヤというほど現実ってヤツを見せつけてやるのが一番である。それこそ幻想をブチ壊してやればいいのだ。それどこの禁書目録だよ。

現実を目の当たりにして三日三晩涙で枕を濡らせばきっとあきらめもつく。枕だって塩味になる。ソースはもちろん俺。ソースなのに塩味。なにそれ意味わかんね。

18: 2013/07/28(日) 21:30:10.60

結衣「ヒッキー、デリカッセンないしっ」

八幡「いやそう言われても俺、お惣菜屋じゃねーし」

雪乃「由比ヶ浜さん、それをいうのならデリカシーでしょ」

結衣「そう、それ!その、で、でりかしー?」

八幡「一番現実的な方法を提示しただけだ。それにこの場合別にデリカシーいらんだろ。下手に期待を持たせると却って傷が深くなる」

雪乃「それはあなたの経験則から導き出した答えなのかしら?」

八幡「いや、俺の友達の友達がその昔だな…」

雪乃「あなたには現在はもちろん、過去にも未来にも友達がいるとは思えないのだけれど…」

過去はともかく未来まで否定しちゃうのかよ。さすがは雪ノ下、容赦ねぇな。

篠塚「あの…でも、もし、そうしていただけるのでしたら」篠塚さんがチラリと俺を見る。

八幡「いただける?」

タダでいただけるものなら何でもいただくのが俺の主義だが、さすがにこの話の流れでいただけるものは何もない。つか逆にいただけない。

19: 2013/07/28(日) 21:32:49.92

結衣「えーと、ちなみに、その篠塚さんのお友達が振られた相手って…?」

篠塚「それが…その…」

雪乃「大丈夫よ。ここにいる人たちはみんな信用できる人たちばかりだから、プライバシーは遵守するわ」

結衣「うんうん」

雪乃「そういうわけだから、とりあえず比企谷くんは席を外してくれるかしら」

八幡「はいよ」ガタッ

結衣「外しちゃうんだっ?!」

八幡「…っておい、俺はそんなに信用できない人なのかよ」

雪乃「あら、信用できないという一点において、私はあなたに全幅の信頼を寄せているわよ」

八幡「ばっかおまえ、俺には他人の秘密をバラす相手がいねーから全然問題ねぇんだよ」

結衣「そこまで卑屈になっちゃうんだっ?!」

雪乃「冗談よ。もちろんあなたにそんな仲のいい友達がいるとは思えないものね」

八幡「甘いな雪ノ下。俺には仲の悪い友達だっていないんだぜ」

結衣「なんか理由が哀しいし」

20: 2013/07/28(日) 21:34:04.64

篠塚「えっと…あの…そうじゃなくて…」

雪乃「安心していいわ。比企谷くんは性根の腐った最低のクズ男だけれど、決して信頼を裏切るような真似はしないわ。最低のクズ男だけど」

八幡「なぜ敢えて二度言う必要がある?」

篠塚「いえ、そうじゃなくて、私の友達を振った相手というのは…」

結衣「ふむふむ」

篠塚「その……………………雪ノ下さんなんです」



雪乃「…え?」

結衣「…へ?」

八幡「…あ?」

21: 2013/07/28(日) 23:32:49.03

皆の視線が一身に集まる中、当の雪ノ下は言葉に詰まってただ目をパチクリさせている。

やがて、何か思い当たったかのように胸の前でポンと手を打った。

雪乃「そ、そういえば、この間、B組の男子からお手紙を渡されたことがあったかしら」

八幡「おまえ、なんでそんな大事な事忘れちゃってるわけ?」ふつう、B組の男子で手紙と聞けばピンとくるだろ。

雪乃「し、仕方ないじゃない。だって…その…男子から手紙を渡されるとか…しょっちゅうだし」

結衣「ほわわ、ゆきのん、すごい。やっぱりモテモテなんだ~」

雪乃「そ、そんなことはないわ。それに、最近は誰かさんのお陰で手紙の数も減ってきたし…」ゴニョゴニョ

誰かさん?何それ、黒ヤギさんとか白ヤギさんがお手紙食べちゃったの?

しかし、その口ぶりからすると雪ノ下にも仲のよい男子がいるということなのだろう。

男子と楽しそうに会話している雪ノ下の姿はちょっと想像できない。
男子を楽しそうに罵倒している姿ならいくらでも想像できるのだが…いや、それはそれでちょっと問題があるような気もするが。

22: 2013/07/28(日) 23:34:27.56

八幡「いや、確かに雪ノ下は見た目だけは美人だからな。男である俺の目から見ても、それは十分頷ける」

雪乃「え?き、急に何を言い出すのかしら?」

八幡「だからこの際だ…おまえ、いっそのこと、一生黙ってた方がいいんじゃねぇのか?」特に俺に対する露骨な暴言とか。

雪乃「…あなたも弁護士がくるまでは黙秘してた方がいいわよ」

八幡「だからなんで容疑者扱いなんだよ」

八幡「つか、おまえもらったラブレターとかちゃんと読んでるのかよ。目の前で高笑いしながら破り捨てたりとかしてねーだろーな」

雪乃「失礼ね。人をなんだと思っているのかしら。全部目を通しているわ。誤字脱字を直してからお返ししてるし」

結衣「返しちゃうんだっ?!」

八幡「どんな赤ペン先生なんだよっ?!」

メールで変換ミスっただけでも赤面モノなのに、直筆の手紙でそんなことされたら二度と手紙なんて書けなくなるだろ。

しかも相手は国語どころか全科目学年一位の雪ノ下である。ラブレターに“もっとがんばりましょう”なんてハンコが押してあったら泣くだけじゃすまないぞ、それ。

23: 2013/07/28(日) 23:36:30.59

篠塚「い、いえ、あ、あのですね…ですから、おふたりが、一緒にいるところを見せつけることができれば…あるいはって…」

八幡「ん?おふたりって…?」

篠塚「え?あ、はい。雪ノ下さんと比企谷くんは随分仲がいいみたいなんですけど、その…やっぱり、つきあってたりするんですか?」

八幡&雪乃&結衣「えっ?!」

雪乃「…篠塚さん?あなた、初対面の人間に対して随分と失礼なことをおっしゃるのね」ゴゴゴゴ…

八幡「初対面じゃないにしても、お前も俺に対してかなり失礼なことを言ってることにそろそろ気がつけよな」

結衣「ま、まぁまぁ ふたりとも」

篠塚「えっ?!ち、違うんですか?」

八幡&雪乃「ちがうよっ!(わっ!)」

篠塚「そ、そうなんですか。私はてっきり…あの…だから断ったのかと…」

24: 2013/07/28(日) 23:37:30.85

八幡「…雪ノ下、おまえ、いったいどんな断り方したんだよ…」

雪乃「そ、そんなことまであなたに言う必要はないでしょ…」

八幡「んで、おまえ、その、さっきの口ぶりからすると、気になる男子とかいるわけ?」

雪乃「えっ?な、なぜそんな事を聞くのかしら?」

八幡「いや普通に誰だか知らねーけど、そいつとイチャコラしてるとこ見せつけてやればって…」

雪乃「……………いないわね。気に入らない男子なら、ちょうど今、目の前にいるのだけれど」

なにムッとしてんだよ。しかし、そうなるとイチャコラ作戦はダメだな。

あとは特別棟の窓ガラスを全て叩き割るという手もあるのだが、ついでに盗んだバイクで走り出しちゃうまであるかもしれないので却下。

平塚「ふむ、しかしこれで依頼人が現れたわけだな」

それまで黙って成り行きを見ていた先生が、我が意を得たりとばかりにニヤリと笑う。
ああ、そういえば居たんですね。途中から忘れてました。

25: 2013/07/28(日) 23:38:48.87

雪乃「まだ依頼を受けるとは言ってません」

平塚「ほう、やはり怖いのかね」

雪乃「怖くなんて…ないです」

平塚「なら構うまい。学校に妙な噂が広まるのは生活指導としてもあまり好ましからざることではあるしな。
   第一、こうして依頼人が出た以上、奉仕部として調査に乗り出しても何ら問題あるまい」

八幡「まぁ確かに実際に生徒が何人かで試してみたけど何もおきませんでしたってことなら、真実味があるかもな」

雪乃「そうね。比企谷くんひとりが試しただけでは、何も起きなくて当然だと思われても仕方がないものね」

八幡「ばっかおまえ、もしかしたら俺を養ってくれる包容力と経済力にあふれる女性が現れる可能性もないとはいえないだろっ」

「それはないし」「ありえないわね」由比ヶ浜が真っ先にツッコみ、雪ノ下が冷たい声で追随する。なんなのそのコンボ。格ゲーだってもっと俺に優しいだろ。

平塚「という訳だ篠塚。キミの友達を直接説得はできないが、奉仕部で怪談の真偽を確認するということで構わないか?」

篠塚「はい。お願いします」そういって篠塚さんはぺこりと頭を下げた。

36: 2013/07/29(月) 14:58:03.78

「お手紙、お返しします」

「…理由をきかせてもらっていいですか」

「あなただからダメというわけじゃないの。うまく説明できなくて申し訳ないのだけれど」

「なら、せめて友達に…」

「…ごめんなさい」

「じゃあ、やっぱりF組のヒキタニと?」

「…なぜここで彼の名前が出てくるのか理解できないのだけれど」

「でも、彼とあなたはお友達ですよね」

「友達…ではないわ」

「友達じゃない?それってどういう…」

「…言葉通りの意味よ。ごめんなさい。もういいかしら。失礼するわ」

37: 2013/07/29(月) 14:59:53.39

結衣「ゆきのん?」

雪乃「え?あ、何かしら」

結衣「どうしたの?ぼーっとしてるよ?」

雪乃「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたものだから」

結衣「ふーん?」

八幡「…一応、戸塚と材木座にも連絡してみたが、今日はふたりとも都合が悪いそうだ」

スマホをしまいながら百合ゆりしたふたりに声をかける。おまえら最近仲良すぎだろ。ますます俺が居づらくなっちゃうじゃねぇか。
もう俺この部活にいなくてもよくね?このままフェードアウトしてひっそりと退部しちゃうまである。怪談だけに幽霊部員とか。なにそれ我ながらうますぎ。

雪乃「あなたに人望がないことは十分承知しているから別に問題ないわ」

八幡「孤高の魂は己れ以外に拠り所を必要としねえんだよ」

雪乃「不思議ね。もしそのセリフをあなた以外の人間の口から聞いたら本当にカッコいいと思えるのでしょうけれど」

八幡「ほっとけ」

38: 2013/07/29(月) 15:01:10.88

戸塚の方はテニススクールで特別講習があるらしい。

戸塚「ごめんね。八幡」

八幡「いや、ぞんぜん気にしてないから。講習大変だな。頑張れよ」

戸塚の申し訳なさそうなかわいらしい声が耳元にこびりついて離れない。思わず録音して毎日寝る前に聴きたくなるくらい。戸塚かわい過ぎてとつかわいい。

今回の件であわよくば戸塚に抱きつかれちゃうようなドッキリハプニングとか期待したんだけどな。
あるいはわざと窓の外に立って運命の人を演出しちゃうとか。
怖いぜ学校の怪談。このまま戸塚ルートまっしぐらになるかもしれない。

ついでに誘った材木座は格ゲー仲間で集まりがあるとかなんとかいって生意気にも断ってきやがった。

材木座「ごめんね。八幡」

八幡「うるせぇキメェ[ピーーー]っ」

なんで同じセリフ返してくんだよ。それ、嫌がらせか?
もっとも、あいつがくると怪談じゃなくて漫談になっちゃいそうな気もするので、ある意味来なくて正解。
材木座ウザ過ぎて、ざいもくざい。うまくねーな。ちっ、とことん使えねーヤツだぜ。

39: 2013/07/29(月) 15:02:44.29

話し合いの結果、一端家に帰り、暗くなってから私服に着替えて学校に戻ることにした。

平塚「善は急げというだろう?」

なにが善なのかはよくわからないが、このまま放置しておけば、篠塚さんの友達に限らず第二第三の戸部みたいなヤツが現れないとも限らない。
確かに何かしらのアクションを起こすなら早い方がいいだろう。

おやじとおふくろは今日もまた仕事で遅くなるらしいので、妹の小町が用意してくれた晩飯をちゃっちゃと済ませる。

八幡「小町、ちゃんと戸締りしとけよな」

玄関で靴を履きながら小町に声をかけた。

妹の心配をしてあげるのは別にシスコンじゃなくても兄として当然の義務。
卒業式の日に実妹にウェディングドレス着せてチューしちゃうどこぞの変態兄貴とは違うのだ。
…ちょっとだけ羨ましい気がしないでもないが。

40: 2013/07/29(月) 15:03:46.77

小町「はいはい。大丈夫だよ。それより、お土産忘れないでね」

八幡「学校行ってくるだけだっつってんだろ」むしろお前の頭の方を心配してしまいそうになるぜお兄ちゃんは。

小町「夜道は暗いから気を付けてね…ってこれ小町的にポイント高いかも」

八幡「わかったかわかった。心配するな」

小町「何言ってるのっ。心配しないわけないじゃない!小町にとっては、たったひとりのお兄ちゃんなんだよ?!」

八幡「こ、小町」不覚にも、うるっときた。

小町「ただでさえ挙動不審なのに、夜道なんか歩いてたら絶対お巡りさんにつかまるって」

八幡「…って、そっちの心配かよっ」

小町「痴漢の容疑者の妹なんて世間様に後ろ指差されることになったら、小町、転校するしかなくなるよ」

よよよ、とわざとらしく泣き崩れる真似をする。

八幡「今すぐ俺の感動をかえせっ!」

心配をするとみせかけてちゃっかり自分の保身をはかってやがる。
これだから妹ってヤツは…可愛いから許すけど。

41: 2013/07/29(月) 15:06:42.12

待ち合わせ場所に指定された家の近くのコンビニに着くと、平塚先生の車が止まっているのが見えた。
既に全員そろっているようだ。

結衣「あ、ヒッキーだっ」

由比ヶ浜が真っ先に気がついて俺に手を振る。私服だし、暗いし、結構離れていたのに、よく気がつくな。
夜目が効くの?ネコなの?つか、その前に恥ずかしいから大声でその名前で呼ぶのやめてくれない?

平塚「うむ、時間には正確なのだな。感心したぞ」

雪乃「その分なら刑務所の規則正しい生活にも十分順応できそうね」

八幡「だからなぜ犯罪者扱いなんだよ」

42: 2013/07/29(月) 15:09:24.47

そういえば、うちの親はいつも帰りが遅いし雪ノ下は一人暮らしだからいいとしても、由比ヶ浜はなんといって家を出てるのだろう。
平塚先生がいる手前、小声で聞いてみる。

八幡(由比ヶ浜、おまえ、ちゃんと親に断ってきてんだろうな?)ヒソヒソ

結衣(えへへ~。実は親に気づかれないですむ出入り口があるの)ヒソヒソ

八幡(なにおまえ、内緒で夜遊びとかしてるわけ?やっぱりビッチだな)ヒソヒソ

結衣「ビッチいうなしっ!」

八幡(声でけぇよ!)雪ノ下が怪訝そうな顔でこっち見てんじゃねぇか。

結衣(あわわ。だって近くのコンビニに出かけるだけで心配してついてくるとか言うんだもん。もう子どもじゃないってのっ)ヒソヒソ

八幡(そりゃ子ども扱いじゃなくて年頃の娘だから心配してんだろ)ヒソヒソ

結衣(えっと…それってヒッキーも心配ってこと…?)モジモジ

八幡(当たり前だろ?俺だって心配だ)ヒソヒソ

結衣(そ、そうなんだっ)パァッ

八幡(小町が夜中にひとりでコンビニ行くって言い出したら絶対についてく)ヒソヒソ

結衣(………そっちなんだ)ガクッ

平塚「さて、それでは学校に向かうぞ。れっつらごーだ」

わけのわからないノリの先生に引き連られ、俺たちは車に乗り込んだ。

44: 2013/07/29(月) 15:12:33.20

学校に着くと、普段は生徒が使わない職員通用口から校内に入る。

平塚先生は入口で防犯セキュリティを解除し、雪ノ下をともなって特別棟の鍵を取りに、いったん職員室へ向った。

ふたりで残された俺と由比ヶ浜は手持ち無沙汰となり、なんとなく気まずい雰囲気が流れる。いや別に知らない仲でなし、気まずくなる理由はないんだけどね。
だからモジモジしながら俺の方をチラチラ見るのやめてくんない?そのせいでますます俺が意識しちゃって余計気まずくなるんだってば。

「あの」「おい」

ふたり同時に声をかける。なにこれ超恥ずかしいんですけど。

由比ヶ浜がどうぞどうぞとばかりに俺にゆずる仕草をする。仕方ない、ここはひとつ、俺から話題を振ることにしよう。
とにかく俺の乏しい対人スキルを駆使して、数少ない選択肢の中から一番どうでもいい話題をチョイスする。

八幡「…怪談を試したってことは、戸部のヤツ、好きな女子でもいるのか?」

うわっ自分でふっといてなんだが、ホントにどうでもいい話題だなこれ。答えを聞いても意味ない質問ベスト・オブ・ザ・イヤーかもしれない。

戸部はサッカー部が大会前の部活で遅くなった帰りに、ひとりで学校に忍びこんだらしい。

普段からチャランポランなお陰でレギュラーから外れてはいたものの、ケガのせいでしばらくは松葉杖をつき、部活も休むハメになってしまったとか。

しかし戸部がそんな乙女チックな男とは知らなかったな。いや、俺はあいつについてほとんど何も知らないんだけど。

45: 2013/07/29(月) 15:13:56.38

結衣「たぶん…何となく想像はつくんだけど」

八幡「相手はやっぱり三浦だったりするわけ?」

いつも三浦のこと持ち上げてるしな。勢い余って怪我しちゃうくらい怪談も好きみたいだし、よほど怖いものが好きなのだろう。
怖い怖いとかいいつつ絶叫マシンに率先して乗るタイプなのかもしれない。
ま、蓼食う虫も好き好きって言うし、俺の知らないところで好き勝手やってる分にはノープロブレム。いや、傍から見てる分には面白いからむしろ推奨。

結衣「んー。優美子じゃないと思う…」

八幡「そうなの?」

ふーん。その顔は知ってて黙ってるって顔だな。まぁ、戸部が誰を好きになろうと俺には全然関係ないけど。

八幡「あー…もしかして…おまえ…とか?」

できるだけさりげない風を装って聞いてみる。まぁついでだし。話の流れだし。特に深い意味はないんだけど…で、答えまだなの?

結衣「ちがうちがう!」由比ヶ浜が慌てて手を振る。

八幡「いや、なにもそんな勢いで否定することもないだろ」そんなに戸部嫌いなのかよ?確かにあの長髪はかなりウザいけど。

結衣「だ、だって…」

八幡「…ま、ならいーんだけど」ボソッ

結衣「えっ?」

八幡「な、なんでもねーよ」

46: 2013/07/29(月) 15:15:35.77

結衣「と、ところで、ヒッキーは、き、気になる子とかいるの?」モジモジ

八幡「いる」

結衣「え?いるんだ?!だ、誰?」

八幡「戸塚だ」キッパリ

結衣「彩ちゃん、男の子だし!」

八幡「ばっかおまえ、愛は年齢や国境を越えちゃうくらいだから、性別を超えても不思議はねーだろ?」

結衣「不思議はなくても問題大ありだよ!」

八幡「ちっ、細かいことにうるせぇやつだ。おまえ、俺のかーちゃんかよ?」

結衣「全然細かくないしっ。お母さん違うしっ」

八幡「そういうお前はどうなんだ?ビッチなんだから気になるヤツのひとりやふたり…」

結衣「だからビッチいうなしっ! …へっ? あ、あたし?」///

八幡「あ~、い、いや、いい。なんでもない。忘れてくれ」アセアセ

結衣「そ、その…聞きたい…の?」チラッ

八幡「いや、別に、その、なんつーか…これはアレだ、アレだから」アレがアレしてナニだから…って意味わからん。さすがにこれで通じたら天才すぐるだろ。

結衣「…あ、あたしは、その…ひ、ひっ」

八幡「ひ?」ってもしかしてそれ…

47: 2013/07/29(月) 15:17:05.71


「比企谷くん?」


結衣「えっ?ひゃっ!違うしっ!いや、違うくないけどっ」

雪乃「由比ヶ浜さん、何をいってるの?比企谷くん、平塚先生がお呼びよ」

八幡「お、おう悪りぃ。さんきゅーな」

ヤバいところだった。危なく勘違いしちまうじゃねーか。

これがいわゆる吊り橋効果ってヤツ?吊り橋を揺らしたら恋に落ちる前にふたりとも橋から落ちちゃった、みたいなアレ?いや違うだろそれ。

とにかく落ち着け、俺。こんな時は、深呼吸して気持ちを鎮めるに限る。

ハッ・ハッ・フー、ヒッ・ヒッ・フーってそれラマーズ法だって。俺、妊婦なの?

54: 2013/07/29(月) 23:28:20.89

平塚「よし、それじゃあこれから調査を始める。全員で固まってても意味があるまい。ふた手に分かれよう」

雪乃「なるほど効率重視ですね。わかりました。では、平塚先生と私と由比ヶ浜さんの三人が同じ組ということで問題ないかしら?」

八幡「ちょっと待て、問題ありすぎだろ。なぜナチュラルに俺をひとりにしようとする?」

雪乃「あら、孤高の魂は己れ以外に拠りどころを必要としないんじゃなかったのかしら?」

八幡「ぐっ…なぜ…それを今ここで…」

雪乃「それとも、ひとりじゃ怖い…とか?」

勝ち誇ったような笑みを浮かべた。さっきのこと、まだ根に持ってやがったのか。こんなところで復讐するとはこの負けず嫌いさんめ。

八幡「こ、怖いわけねぇだろ。みんなと一緒にいたのに、誰も俺のことに気がつかなかった時の方がよっぽど怖い思いしたし」

雪乃「…ある意味あなたの存在自体が怪談みたいなものなのね」

結衣「ひ、ヒッキー、大丈夫だよ。きっとみんな気がついてて無視してただけだから」

八幡「先生、この学校にはイジメが存在します」

平塚「まぁ、この場合は明らかにイジメられる側に問題があるとしかいいようがないからな」

八幡「ぐっ」それでも教師かよっ。

55: 2013/07/29(月) 23:29:31.06

平塚「仕方ない。私と比企谷、雪ノ下と由比ヶ浜の組でいいだろう」

雪ノ下と由比ヶ浜がそろって微妙な顔をする。なにそれ、そんなに俺をひとりにしたいの?

結衣「そ、それもちょっと…どうかなって…」

平塚「不服か?ならば、比企谷に一緒に回る相手を選ばせるという手もあるが」

うわー、なんですかそれ?小学校時代のトラウマが再発しちゃうんですけど。
おまえら俺と組むのがそんなにいやなの?もしかして罰ゲーム扱いなの?もう、氏んじゃおっかなー。

雪乃「確かに校内とはいえ、暗いところでその男とふたりきりなんて、恐怖以上に身の危険を感じますが」

八幡「氏んでもおまえだけは襲ったりしないから安心しろよ」

雪乃「あら、それは由比ヶ浜さんだったら襲うことがあるかもしれないという意味かしら?」ひやりと冷たい視線を俺に向ける。

結衣「えっ?そ、そうなの?」すかさず由比ヶ浜が俺から距離をとろうとする。

八幡「だーっ!なんでそうやってすぐに揚げ足をとろうとするわけ?」明らかに冤罪だろ。弁護士呼べ弁護士。

雪乃「そう。なら試してもいいのよ?」雪ノ下が挑むような眼で俺を見据える。

八幡「え?試す…?」ゴクッ

雪乃「ご希望なら今すぐ息の根をとめてあげるわよ?それでも襲うことができたら褒めてあげてもいいわ」

八幡「…って、そっちですか」

だからおまえの場合は冗談に聞こえないんだっつの。つか、もちろんそれ冗談だよね?

56: 2013/07/29(月) 23:31:16.54

結局、平塚先生の提案とおり、俺と先生、雪ノ下と由比ケ浜の組み分けとなった。

余ったぼっちが先生と組まされる確率の高さは異常。

雪ノ下と由比ヶ浜が不機嫌そうな顔で俺を見ている。一体俺にどうしろと?

平塚「べ、別に比企谷なんかと一緒に回りたくなんかないんだからねっ」

八幡「なぜ、ここでツンデレるんですか?」でもちょっとかわいいかも。ひらつかわいい。

平塚「いざとなったら盾にして逃げるつもりなんだからねっ」

八幡「…とても教師の言葉とは思えませんね」こんなのが先生やってて日本の教育界はホントに大丈夫なのかよ。

雪乃「とはいえ…確かにちょっと夜の学校は不気味ね」

不安そうに暗い廊下の先に目をやる。

結衣「大丈夫。ゆきのん!泥船に乗ったつもりで私にまかせてっ」

雪乃「由比ヶ浜さん、あなたいつからタヌキになったのかしら?」頭痛がするかのようにこめかみを指で抑える。

結衣「へっ?」

八幡「それを言うなら大船だろ」

結衣「そう、それ!大船。えっと、ディカプリオみたいなヤツ?」

雪乃「それはもしかしてタイタニック号のことを言ってるのかしら?」

どっちにしろ沈んじゃうのかよ。

良くも悪くも由比ヶ浜のアホさ加減に毒気を抜かれる形となり、俺たちは二手に別れて特別棟を巡ることにした。

63: 2013/07/31(水) 00:06:36.94

平塚「まったく、キミと雪ノ下は顔を合わせるたびにケンカばかりしているな」

八幡「俺の方は十分譲歩しているつもりなんですけどね」

譲歩しすぎてそのうちに自分の居場所がなくなるまである。

平塚「フフ。ケンカするほど仲がいいとうことか」

八幡「雪ノ下と仲がいいだなんて、冗談でもやめてください」

世間一般で言う仲良しの定義が覆されちゃうだろ。ハブとマングースくらい仲良しとか、どんなだよそれ。食物連鎖崩れちゃうだろ。

平塚「雪ノ下も年頃の女の子だ。素直になれない所は察してやれ」

年頃の女の子とか聞くと、箸が転んでも笑っちゃうみたいなイメージがあるが、雪ノ下ならロンドン橋が落ちるのをワイングラス片手に高笑いしながら眺めてそうだよな。

八幡「いやいやいや俺に対する罵倒なんて素直すぎんでしょ」

素直というよりもむしろ率直。少し歯に衣着せた方がいいくらい。苦い薬だってオブラートに包むよね?

平塚「ふむ。しかし、キミはどんなに罵倒されながらも決して彼女と距離を置こうとしないのだな」

八幡「心の距離なら千里の彼方ですけどね」

同じ部活に所属する以上、物理的には今の状況で精一杯。もう5センチ移動したら廊下だから。

平塚「そうかね。キミたちは案外似たもの同士かも知れないと思っているのだがな」

全然似てねーし。月とすっぽん、美女と野獣くらい似てない。なにそれ我ながら例えが的確過ぎて逆に落ち込んじゃうんだけど。

64: 2013/07/31(水) 00:09:16.81

八幡「ところで平塚先生」

平塚「なにかね」

八幡「もしかして俺たちを駆り出した理由って…」

平塚「ふむ?」

八幡「万が一自分で占いを試した時に、何も起こらなかったら困るからじゃ…」

平塚「比企谷、歯を食いしばれっ!!!」

どごぉっ

八幡「う゛っ…」

い、いきなりボディを殴りやがった。歯を食いしばる意味ねぇじゃねぇーか。

平塚「貴様はどうしてそうやって妙齢の女性に対してデリカシーのない…おっと」

どうやら平塚先生の携帯が鳴ったようだ。またもや命拾い。つかなんで俺は日常生活で生命の危険にさられれる頻度がこんなに高いんだよ。
 
平塚「どうした?…ふむ、ふむ、なにっ?そうか。わかったすぐそちらに向かう」

パタンッと閉じると、大きくため息をついた。

平塚「説教は後だ。比企谷、戻るぞ」

八幡「どうしたんですか?嫁にも行かないうちに出戻るなんて…いえ、なんでもありません」

お願いですから握り締めた携帯をミシミシ言わせて無言の圧力を与えないでください。

誰かもう本当にもらってやってくれよ。

65: 2013/07/31(水) 00:10:41.10

雪乃「由比ヶ浜さんが、ノリノリで階段を後ろ向きに降りて、足をすべらせてしまったの」

八幡「ノリノリって…おまえ、アホか?」

結衣「アホっていうなしっ。痛っ」

幸い落ちた場所が比較的低い場所だったらしく、足首を軽くひねっただけですんだららしい。

平塚「やれやれ、ミイラとりがミイラとはこのことだな。由比ヶ浜、歩けるか?」

結衣「へ、平気です」

平塚「無理はするな。どれ、保健室まで連れて行こう。湿布くらい置いてあるだろう」

雪乃「でしたら私も一緒に…」

平塚「いや、悪いがキミたちは私が戻るまでふたりで回っていてくれるか?」

八幡&雪乃「えっ?」

平塚「なに、ぐるっと一周してくれればいい。何かあったら携帯に電話しなさい」

結衣「ゆきのん、ヒッキー、役に立てなくてごめんね」

片手で拝むようにして謝る。別に謝られるようなことでもないのだが、やはりここで言うべきことは言っておかないとな。

八幡「いいか、由比ヶ浜…」

結衣「えっ…な、なに?」

八幡「俺が30分して戻らなかったら、迷わず警察に通報してくれ。犯人は雪ノ下だ」

結衣「夜の学校で事件が起きちゃうんだっ?!」

雪乃「…この男は、本当に行方不明にして欲しいのかしら?」

八幡「だからお前が言うと冗談に聞こえないっつーの」目がマジすぐるだろ。こいつ絶対に過去に何人か殺ってるよな。

66: 2013/07/31(水) 00:11:50.81

結衣「でも、ほんと、気をつけてね。暗いし…その…ふたりきり…だし…」モジモジ

八幡「真っ先にケガしたお前が言っても説得力ねーだろ」

結衣「うるさいっ!もう、ヒッキーのばかっ!べーっだ」可愛らしく舌を出す。おまえ小学生かよ。

こうして平塚先生が由比ケ浜を連れて保健室に向かい、特別棟の暗い廊下には俺と雪ノ下の二人だけが残されることになった。

67: 2013/07/31(水) 00:13:27.76

八幡「仕方ねぇな。雪ノ下、行くぞ」

雪ノ下はしばらくためらっていたが、一人でこの場に取り残される恐怖に負けたのか、おっかなびっくり俺の後からついてきた。

強硬に主張すれば、三人で一緒に保健室に行くという選択肢もあったはずなのだが、部長としての責任感の方が勝ったのだろう。
まじめな性格だけに損な役回りだな。
俺なら適当に口実を作って間違いなくサボる。そもそも怪談が事実かどうかなんて俺にとっては超どうでもいい話だし。

二人で無言のまま連れ立って暗い廊下を歩くうちに、不意に俺の足取りが鈍る。
やだなにこれもしかして霊障ってヤツ?それともすねこすり?あやかしがたりっちゃうの?と思ったら、いつのまにか雪ノ下がちんまりと俺の服のスソをつかんでいた。

雪乃「こ、これは別に怖いとかじゃなくて、暗くて足元がよく見えないからであって」

八幡「わーってるよ。なら、いっそのこと手でも握っててやろうか?」

雪ノ下が押し黙る。うわ超怖いんですけど。この後にどんな罵詈雑言がとんでくるかと身構えていると、

雪乃「よ、よかったら、お、お願いできるかしら?」消え入るような小さな声が聞こえてきた。

まじですかっ?!そんなに怖いんですかっ?!怪談の方から裸足で逃げ出しちゃうような、あの雪ノ下雪乃さんともあろうお方がっ?!

驚き半分、呆れ半分に黙って手を差し出すと、小さくてひんやりとした手が俺の掌にすべりこむようにして入ってきた。

なにこれ超柔らかいし、スベスベ。普段どんな石鹸使ってんだよ。

68: 2013/07/31(水) 00:15:48.82

雪乃「…ね」ボソボソ

八幡「ん?」

雪乃「意外と大きな手ねっていったの」

八幡「…まぁ、一応、男だからな」一応なのかよ。

雪乃「…それに、女の子と手を繋ぐのに慣れてるみたいね」

トゲのある口調はいつもと変わらないが、少し拗ねたような怒ったような声に聞こえるのは廊下の反響のせいだろうか。

八幡「…ちっちゃい頃から小町とよく繋いでたからな。あいつ、チョコマカ動き回るから手ぇ繋いでないとどこ行くかわかんねーんだよ」

ちなみにその頃の名残で今でも時々手を繋いで歩くこともあるのだが、シスコンだと思われちゃうのでその辺は黙っておく。

雪乃「そう。家ではいいお兄さんなのね」

クスリと小さく笑う声が聞こえた。ふと空気が緩むのを感じる。チラリと雪ノ下の顔を伺うと、なぜか上機嫌である。
小町効果すげえな。その場に居なくても場を和ませちゃうなんて、お兄ちゃん鼻が高いよ。

雪乃「わたしにも、そんな優しいお兄さんが欲しかったわ」

八幡「まぁ確かに、リアルではおまえんち怖い姉ちゃんしかいねーからな」

太陽のように明るく、地獄のように腹黒いあねのんの顔が思い浮かぶ。
あのひとなら、“パンがないなら飢え氏にすればいいじゃない”とか平気でいいそうだよな。なにアントワネットなの?

69: 2013/07/31(水) 00:17:54.97

雪乃「それに、同性だとどうしても比較されてしまうし」

八幡「姉妹だろうが親子だろうが、人間なんて本来比較するべきもんじゃねぇだろ。長所も短所もひとそれぞれなんだからな」

雪乃「姉は完璧よ。私が憧れて常に追い続けている女性だもの」

八幡「完璧なのは外面だろ。長所だけで人間が成立するわけがない。短所だって人間を構成する大切な要素だ」

雪乃「とりたてて長所のないあなたが口にすると妙に説得力があるわね」

八幡「ばっかおまえ、おれは長所1割、短所1割、ぼっち8割で構成されてるんだよ」

雪乃「ほとんどの構成要素はぼっちなのね…」

俺にだって長所くらいある。顔立ちが整っていることと、国語学年三位。なにより可愛い妹がいる点で圧倒的な勝ち組。異論は認めない。
もっとも全科目学年一位の美少女で、おまけに超のつく美人の姉までいるこいつに面と向かって言えることでもないが。
野球なら1回裏完全試合でコールド負け。もしこいつに可愛い妹がいたら試合すら成立しないレベル。

八幡「でも、もし俺に弟がいて、そいつが俺よりもデキがよかったらやっぱりイヤだからな。だからおまえの気持ちもわからんでもない」

雪乃「生まれたのが妹さんでよかったわね」

八幡「なにそのデキの悪い兄確定みたいな言い方」

70: 2013/07/31(水) 00:19:03.85

雪乃「あら、違ったかしら?」

八幡「心配するな。例え俺に弟がいたとしても、そいつが頭角を表す前に徹底的に排除するから」

なんなら卵のうちに巣から追い落とすまである。カッコウの托卵かよ。

雪乃「…あなたの卑劣さには、さすがの私も時々恐怖を禁じえないわね」

八幡「卑劣さにかけては俺の右に出る者はいないからな」

雪乃「わたし、今あなたの右側に立っているのだけけれど?」

うん、それはそれであながち間違いでもないかも知れない。

78: 2013/07/31(水) 20:54:42.43

怖さを紛らわすためか、いつもより饒舌な雪ノ下とふたりで特別棟をぐるりと一周したが、とりたてておかしな事は起きない。
やはり怪談なんてただの噂に過ぎないのだろう…そんな思いが強くなってきた頃、最後の階段にさしかかった。

いち、に、さん、し…惰性になりつつあるが、それでもとりあえず段数を数えてみる。
怖いお目付け役がいる手前、ズルできねーしな。
由比ヶ浜の二の舞にならないように、左右に別れてそれぞれ手すりをつかんだまま、目をつむってゆっくり降りる。

八幡&雪乃「…じゅうに、じゅう…さん」

八幡&雪乃「…?!」

思わず目を見開き、雪ノ下と顔を見合わせる。確かに13段…だったよ…な?

雪乃「コホン。…比企谷くん。あなたの数学の成績が学年最下位なのは知っているのだけれど、まさか数もまともに数えられないなんて、よく高校受験に合格できたものね。あなたの頭のお粗末さ加減には、呆れるのを通り越して失望したわ」

八幡「んなわけねーだろ。いくら俺だって100まではちゃんと数えられる…はずだ。つか、ふつー呆れるのをとおりこしたら感心すんだろ」

雪乃「怪談にかこつけて、かよわい美少女を怖がらせようなんて見下げ果てた男ね」

八幡「この際だからおまえがかよわいかどうかは置くとしても、俺もそこまで悪趣味じゃ…」

いや、ちょっとまて、これじゃあ雪ノ下が美少女だってことを暗に認めてるようなもんじゃねぇか。
俺は何か嫌味のひとつでも言ってやろうと口を開きかけた。

丁度その時、窓から月の光が差込み、雪ノ下の細い輪郭を青く縁取る。その幻想的な美しさに、さすがの俺も言葉を失ってしまった。
雪ノ下はそんな俺を見つめながら不思議そうに小首を傾げる。
だからお前はなんで無意識にそんな可愛い顔すんだよ。不意打ちとか超ヒキョーだろ。
心臓が、実は知らないうちに止まってたんじゃねーのかと思えるくらいの勢いで高鳴りはじめる。なにこれいつの間にかエイリアンの卵でも産み付けられちゃったの?

79: 2013/07/31(水) 20:57:10.66

八幡「じゃ…じゃあ、お前は何段だったんだよ」不自然に声が掠れる。

雪乃「12プラス1。もしくは14マイナス1ね」

八幡「世間一般じゃそれを13っていうんじゃねーのか?」

雪乃「見解の相違ね。残念だわ」さして残念そうでもなく雪ノ下が言い放つ。

八幡「お前とは一生わかりあえなくて結構だよ」そんな狷介な見解があってたまるか。山田くん、座布団一枚。

八幡「つかプラスマイナス1なんて誤差の範囲内だ。四捨五入したら1なんて0と同じだろ」

雪乃「1という数字の存在を否定することを平気で言うのね。しかも妙に自信たっぷりで、あたかも説得力があるかのように聞こえてくるから不思議だわ」

八幡「実際のはなし、ぼっちなんかいない者と見なされて、人数のうちに入らないだろ?だから1≒0という俺の主張は正しい。Q.E.D.証明終了だ」

雪乃「あなたの経験に裏打ちされていたのね…」

何のかんの言いながら、俺も雪ノ下も窓に背を向けたまま、決してそちらを見ようとはしなかった。

80: 2013/07/31(水) 20:58:48.03



「…ちまん」



八幡「ん?なんか言ったか?」

雪乃「ひ、比企谷くん、変な声を出すのはやめなさい。訴えるわよ」

八幡「出してねぇし」つか、どこに訴えるつもりだよ。労働基準監督署か?俺じゃなくてブラック企業訴えろよ。



「は…ち…まん」



今度ははっきりと聞こえた。背後の窓からだ。恐る恐る声のする方に振り向く。

八幡「うわっ?!」

雪乃「ひっ?!」

それまでふたりが背を向けていた窓ガラスいっぱいに、いつの間にか不気味な肉の塊が貼りついていた。なにこれ超グロいんですけどっ?!

思わず身体が勝手に逃げる体勢に入る。怖いわけじゃないよ。せんりゃくてきてったい。諺にもあるし、三十六計逃げるにしかずって。

恐怖のあまり使い古されたコントのように左右の手足がそろって動いてしまいそうになる。
み、右足ってどっちだっけ?箸を持つ方か?いや、ふつう足で箸持たねーし。

81: 2013/07/31(水) 21:06:20.60

雪乃「ひ、比企谷くん、ま、待って!」

振り向くと、雪ノ下がその場にしゃがみこんでいた。どうやら腰が抜けたらしい。

八幡「立てるか?!」手を伸ばして引き寄せようとする。

雪乃「え、ええ」気丈に答えてはいるが、やはり立ち上がれないでいる。

八幡「ちっ」

仕方ねぇな。俺は強引に雪ノ下の体を抱き寄せると、有無を言わさず両手で抱え上げた。
いわゆるお姫様抱っこというヤツだ。ふわりと軽い感触が両腕にかかる。ちゃんとメシ食ってんのかよ?
つか、女の子って、なんでこんなに柔らかいわけ?

八幡「しっかりつかまってろよ」

雪乃「!」/// コクコク

威勢よく抱き上げたはいいが、当然のことながら、いかに軽いとはいっても人一人分である。
5、6歩進んだだけで息が切れ、ヨロヨロしてしまう。
おまけに雪ノ下がぎゅっと首に抱きついているので余計に息が苦しい。近い近い近い近い。何このいい香り。くんかくんか。

「おわっ?!」

雪ノ下に気をとられたあまり何もないところでつまずいてしまい、体勢が崩れた。

82: 2013/07/31(水) 21:10:18.04

ビクっとして雪ノ下が急に顔をあげる。いやこの体勢でそれはマズいだろ。咄嗟に顔をそらそうとしたが間に合わない。


―――― ?!


…今、ごく軽くだけど、確かにお互いの唇が触れあったような……

驚いた顔で息を飲む雪ノ下と目が合ってしまう。
何か言い訳しようと口を開くが、気が動転してしまい、パクパクと口が動くだけで声が出ない。あれ時差かなっ?って腹話術の人形かよっ?
俺がひとりいっこく堂していると、背後でガラリと窓が引き開けられる音がした。

やべぇ、中から鍵かかってんじゃねぇのかよっ?!

…って、え?窓?って、えっ?!

84: 2013/07/31(水) 21:16:28.67

「ま、待てぇい、八幡っ!どこへ行くのだっ?!我だ!よもや貴様、終生の友敵(ライバル)の顔を見忘れたとでも言うのか?!」

イヤでも聴きなれた声と芝居がかったセリフに、思考と同時に足の方もピタリと止まった。
そして、ギリギリと首の音を立てるようにして、ゆっくりと肩ごしに振り反る。


八幡「き」


八幡「き、きさまかぁ~?!」


「うむ。我である」


そこには腕組みしながらドヤ顔でそっくりかえるデブ ―――― 材木座義輝の姿があった。

94: 2013/08/02(金) 00:30:57.46

雪乃「…」(材木座を見る)

八幡「…」(材木座を見る)

材木座「…」(二人を見る)

雪乃「…」(八幡を見る)

八幡「…」(雪ノ下を見る)

雪乃「…」///(目を逸らす)

八幡「…」///(目を逸らす)

材木座「…」(少し飽きてきたので意味もなく周囲を見回し始める)

雪乃「…ひ、比企谷くん。と、とりあえず、お、おろしてもらってもいいかしら」///

八幡「お、おう。すまん」///

俺は雪ノ下を脚からそっと床に下ろした。
雪ノ下は俺達から顔をそむけながらいそいそと服装の乱れを直す。怒っているのだろう、夜目にも顔が赤くなっているのがわかる。

95: 2013/08/02(金) 00:34:06.33

八幡「…材木座、てめぇここで何してんやがんだ」

つか、この空気どうしてくれんだよ。ことと次第によっては責任とってこの場で切腹しろ。ハラワタぶちまけて謝罪しろ。俺が介錯つとめてやるまである。

材木座「ぶほむ。いや、予定よりも早く用事が済んだのでな。遅れて合流した次第だ。いや、待たせてしまったな」

何のつもりか腹を突き出して見せる。もしかしたら胸を張ったのかもしれないが、目視では区別できない。

八幡「いや、誰もてめぇのことなんざ待ってねぇし…つか、来なくていいって言わなかったか?」

材木座「おうふ。せっかく急いで馳せ参じたというのに、酷い言われようであるな。さすがの我と言えども傷ついてしまうではないか」

ひとさし指をつきあわせてスネたってダメだ。全然かわいくねぇし。おまえメンタル弱すぎだろう。それこそトウフ並み。砕け散れよ。

材木座「ところで八幡よ、肝試し大会はもう終わってしまったのかのう?」

八幡「肝試しじゃねぇっ!!!」相変わらず人の話を全然聞いてねぇのな、こいつは。

材木座「むふう。そうであったか。それは残念であるな。しかし鍵もかけておらぬとはなんとも不用心よのう…どれ、よっこいせと」

八幡「土足で窓から入ってこようとすんじゃねぇっ!」

すぱこんっ

材木座「ぶべらっ!」

やり場のない怒りに身を任せて材木座の顔をサッシで挟み込む。良い子はマネしないでね。

96: 2013/08/02(金) 00:41:19.85

材木座「い、今のは幻の秘技、窓打顔面断裂斬(ウィンドフェイスクラッシャー)!!…よもやその技の遣い手が未だに残存しておったとは…」

八 幡「う」ガッ「る」ガッ「せ」ガッ「え」ガッ「よ」ガッ

材木座「きゅう」

八幡「ん?!ありゃ…この窓、鍵がイカレてるぜ」カチャカチャ

材木座「は、八幡よ…い、今の衝撃で、我の頭の骨もイカれてしまったようであるが…」ヨロヨロ

しつけぇな。まだ生きてたのかよ。

八幡「イカレてるのは頭ん中だろ。それにそれは元からだ。心配すんな」少なくとも俺は全然気にしない。今はそれどころじゃねーし。

鍵は回るので一見ロックされているかのように見えるのだが、実際には鍵の用を為していないようだ。
なるほど確か特別棟は普段から貴重品が置いてないせいか防犯用のセンサーもないし、どうりで生徒が簡単に入り込めたはずだ。
このことは後で平塚先生に報告しておいたほうがいいだろう。

97: 2013/08/02(金) 00:43:49.89

とりあえず異常なしということで、グズつく材木座には外から回らせ、窓を締めてから元の場所に戻ることにする。

八幡「やれやれ、雪ノ下、戻るぞ」

返事がない。
雪ノ下は俺の声に気がつく素振りも見せず、先ほどの窓ガラスを見つめたまま固まっている。

八幡「おい、雪ノ下?」肩に手をかける。

雪乃「ひゃうっ!?」ビクッ

八幡「おわっ?!」ドキッ

雪乃「な、何かしら?」アセアセ

八幡「何かしらじゃねぇよ。俺の方がびっくりしたぜ。どっから声出してんだよ」

雪乃「え、ええ。ごめんなさい。な、なんでもないわ」

八幡「戻るぞ」

雪乃「そ、そうね」そういいつつ、窓の方を見つめたまま動こうとしない。

…んだってんだよ。
俺は今しがた締めたばかりの窓ガラスを覗き見る。当然、材木座の姿は既にない。
ただひとり、雪ノ下の姿が暗闇にひっそり浮かんでいるだけだった。
何もねぇじゃねぇか…俺はホッと息をつく。
まぁ、ある意味で確かに幽霊なんかよりよっぽど怖いヤツが映ってはいるけどな。

八幡「もう、いいか?いくぞ」俺は無意識に手を差し出した。

おっと、お兄ちゃんモードがオートで発動してしまったようだぜ。
気がついて手をひっこめようとする前に、雪ノ下が何も言わずそっとその手をとった。

ちょっと驚いたが、自分から差し出した手を振り解くのもなんなので、そのまま彼女の手を引っ張るようにしてその場を離れる。
雪ノ下はまだ窓が気になるのか、チラチラと背後を振り返っているようだった。

98: 2013/08/02(金) 00:46:34.09

さっきの件については、どちらも口にしない。あれは事故だから。ノーカンだから。ピータンだから…それアヒルの卵料理だし。

…ですよねー雪ノ下さん?

さり気なく雪ノ下の顔を伺うと、彼女は空いた方の手の指先で、そっと自分の唇に触れていた。

…うん、なるほど。よし、やっぱり見なかったことにしよう。

不意に握った手にキュっと力が込められ、足が止まる。

八幡「ん?ど、どうした?」

雪ノ下「ね、ねぇ、比企谷くん、変なことを聞くようだけど?」

八 幡「え?」ドキッ

変なことってどんなことですか?あんなことやこんなこととか?いやそれはちょっと…別にお前の唇って柔らかいのなって、そんなこと考えてないよ?

雪ノ下「…さっき窓ガラス見た時、あなたには誰かが映っているのが見えたかしら?」

八 幡「は?そりゃ…」そこまで答えて口ごもる。

雪ノ下「真面目に答えて」じっと俺の目を見つめる。

八 幡「い、いや、よく見てなかったし…」雪ノ下の真っ直ぐな視線に耐え切れず、俺は目を逸らした。

雪ノ下「そう。なら…別にいいのだけれど」言葉とは裏腹に少し残念そうな声音が尾を引く。

八 幡「…おまえは…何か見えたのか?」

雪ノ下はチラリと俺の顔を伺うと、何か言いかけたが、やがてふるふると首を振り、結局そのまま黙って俯いてしまった。
それがどのような意味の否定であるのかは、当然ながら俺には知る由もない。
ただ、その時の彼女の顔が、赤く染まって見えたのは、多分ふたりを包むこの暗闇のせいだろう。


確かにあの時、俺には雪ノ下がただひとり窓ガラスに映っている姿が見えた。
つまりそれは、本来一緒に映ってるはずの自分の姿が映っていなかった、という事になる。

そしてそれ以前に ―― 窓ガラスに映っていた雪ノ下が、なぜかいつも見慣れている制服姿だったことに今になって気がついてしまった。

そんなこと現在進行形で手を繋いでいる相手に言えるわけない。

100: 2013/08/02(金) 01:02:22.19

生徒昇降口まで戻ると、平塚先生と由比ヶ浜、外回りで合流した材木座の三人が待っていた。

気づかれる前に、どちらからともなく手を離す。俺は手持ち無沙汰になった手をそれとなくポケットに突っ込んだ。

平塚「ご苦労。湿布薬を探すのに思いのほか手間取ってしまってな。そちらは異常なかったかね?」

八幡「異常なヤツならひとりいましたけどね」ジ口リと材木座を睨めつける。

材木座「なぬ?妖怪変化か?どーれ、我が成敗してくれよう。臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!カァーッ!」

八幡「てめーのことだよ、○ブ」バシッ

材木座「ほげっ?!」

顔にサッシの跡つけたまま、なにカッコつけて早九字なんて切ってんだよ。これだから中二病患者は…だいたい、九字切る順番が逆だろ。

八幡「東側の一階の窓、カギが壊れてます。そこを修理すればもう生徒は入ってこれないでしょう。それから…」

チラリと雪ノ下の方を見てから続ける。

八幡「…特に異常はありませんでした」

一瞬、俺の言葉に対して雪ノ下がピクリと反応したかに見えたが、結局、何も言おうとはしなかった。

110: 2013/08/03(土) 00:52:31.90

くくくく…

どこからか、地を這うかのように低く不気味な笑い声が響いてきた。

平塚「…くくく。そうか、そうであったか…」

結衣「ひ、平塚先生?」

平塚「ふ、ふ、ふはははははははははははははははははは」

やべぇ、なんか取り憑いたのかっ?首がぐるぐる回ったりしちゃうの?首が回らないように額に差押えの札でも貼っちゃう?

平塚「ふははははは。やはり怪談なぞ、単なる噂に過ぎなかっという訳だなっ!街談巷説、道聴塗説。学校の怪談、恐るるに足りぬわっ!」

…えっと、もしもし?なんかセリフが悪の黒幕じみてませんか?つか、“やはり”ってことはもしかして…?

雪乃「もしかして平塚先生、ご自分でも試されたことがあるんですか?」

それいっちゃダメだろ雪ノ下!やめたげてよぉっ。

平塚「な、なにを根拠に?!」

あー、もう、わかったわ。それ、完全に身に覚えのあるヤツの言うセリフだし。

111: 2013/08/03(土) 00:54:41.87

平塚「だ、誰も3回ほど試したことがあるなんて一言もいっていないんだからねっ」

だからなぜツンデレる。

結衣「うわぁ…試したんだ…3回も…」あの由比ヶ浜がドン引きしている…って、どんだけアレなんだよ。

平塚「う…いや…そのだな…」ダラダラ

なぜ目を逸らすんですか。両目が世界水泳選手権並みに泳いでますよ?

雪乃「先生、正直に答えていただけますか?」雪ノ下が冷静に突っ込む。おまえって誰にでも遠慮しねーのな。でも、今回は許す。

平塚「…実は…その…4回…だ」

八幡「って、そっちかよっ?!」

限界だった。もう色々な意味で。

八幡「つーことは、もしかして今回俺たちに調査させたのも…?」

平塚「うむ…本当にそんなことがあるのか、知りたかったのだ…。わ、私もお年頃なのでな…」モジモジ

なんのお年頃だよ?適齢期か?更年期か?終末期か?もしかして世紀末とかアルマゲドンとかラグナロクかよ?
つか、4回も試したってことは、やっぱり何も起きなかったってことですよね?それってもういい加減、詰んでるってことじゃね?

しかし、どうりで強引に奉仕部を担ぎ出そうとしたわけだよな。
今明かされる驚愕の真実。あまりに驚愕すぎて俺たちのいる空間がそのまま、えもいわれぬ脱力感に支配されてしまったくらい。

平塚「キミたちには手間をかけさせたな。先生方には明日、私から報告しておこう」ルンルン

生徒をダシにして、なに嬉しそうな顔してんですか…この先生、マジ最悪だな…。

もう、誰か本当にもらってやってあげてよぉ…これ以上俺たちに迷惑が及ばないうちに。

112: 2013/08/03(土) 00:56:04.76

雪乃「ところで由比ヶ浜さん、足の方は大丈夫なの?」

結衣「うん、ちょっとヒネッただけだから。湿布も貼ってもらったし」

雪乃「そう、よかったわね」

結衣「それより、ゆきのん、な、何ともなかった?」チラリと俺を見る。

八幡「なにそれ、もしかして俺のこと疑ってるわけ?」

結衣「違うしっ!ただ…その…暗いところでずっと二人きりだったわけだし」モジモジ

八幡「やっぱ信用してねえじゃねーか。心配するな。例え核戦争で生き延びたのが俺たちふたりきりになったとしてもだな…」

材木座「むふう。そういえば我が声をかけた時、八幡はそこなる女子と手をつな…だばはっ」

雪乃「あら、材木座くん、どうしたのかしら。お腹でも痛いの?あれほど拾い食いはおやめなさいといったのに。早く帰った方がいいわよ?」

材木座「い、今誰か我の足を思い切り蹴飛ばしたような…ふぅむ、しかもその後、お姫様だっ…でばはっ」

八幡「おっと材木座、頭痛か?脳みそもないクセに。そういえば執筆の続きはいいのか?締切近いんだろ?早く帰った方がいいんじゃねぇか?」

材木座「い、今、誰か我の頭を思い切り叩いたような?」

八幡&雪ノ下「気のせいだ(よ)っ!」

材木座「ひいっ?!」

115: 2013/08/03(土) 01:30:53.57

平塚「さて、調査も終えたことだし、撤収するぞ」

八幡「うす」

いろいろな意味で釈然としないものが残るが、まあ約一名喜んでいる人がいるのに、わざわさ水を挿すのも悪いからな。
しかし、これがぬか歓びでないといいのだが…うん、まぁ、がんばってね。運命って自分で切り開くもの…らしいからさ。

駐車場に向かおうとする俺の肩へ、遠慮がちに手がそっと置かれた。

結衣「…あ、あのヒッキー、悪いんだけど、車まで肩かしてもらってもいい?」///

八幡「お、おう」服の背中越しに、暖かな手の感触が伝わる。

雪乃「コホン。あの、由比ヶ浜さん、私でよかったら手を貸すわよ?」

なぜか雪ノ下が割り込んできた。

八幡「え?あ、でも…」

由比ヶ浜の顔が、俺と雪ノ下の間を行ったり来たりしている。

いつになく微妙な空気が流れる。あれ?なんか妙にいたたまれない気がしてきたのは気のせい?

気がつくと、いつの間にかふたりの視線がじーっと俺に注がれている。え、なんで俺なわけ?

たらーりと背中に冷や汗が流れる。四六のガマかよ。ヒキガヤだけにヒキガエルとか?
確かにそれ、中学時代の俺のあだ名だったけど…って俺、いくつあだ名あったんだよ。

116: 2013/08/03(土) 01:32:57.42

八幡「あー…あれだ、ほら、なんなら材木座におぶってもらえば?あいつ、力だけはありそうだし」アセアセ

デ○キャラは大抵力持ちって相場がきまってるしな。あとカレー好きとか。
ちなみに○ブにとってカレーは飲み物、チキンは肉ではなくスナックという位置づけらしい。

材木座「はぽん。わ、我が?」

材木座が硬直する。じかに由比ヶ浜に触れられたら、石になるまであるかもしれない。

結衣「え?そ、それはちょっと…イヤかなーって」

材木座「ぐはっ」

雪乃「そうね、暑苦しそうだし、なんだか湿っていそうな感じですものね」

材木座「ぶほっ」

おまえら、あんまり材木座を追い詰めんなよ。血ぃ吐いてるだろ。
あ、それみろ、いじけてアスファルトにのの字なんか書き始めちゃったじゃねぇか。

八幡「仕方ねぇな。肩貸すだけだぞ」

結衣「あ、ありがと」///

八幡「トイチでいいから」

結衣「といち…って?」

雪乃「十日で一割の利子ってことよ。現行の法定利率を遥かに超えてるわね。闇金と同じくらい悪質だわ」

結衣「肩貸すだけで、利子とるんだっ?」

八幡「世の中そんなに甘くねーんだよ」特に俺に対してな。

結衣「でも、それって、どうやって払えばいいの?」

117: 2013/08/03(土) 01:35:24.52

そういいながら、怪我した方の足を持ち上げてサンダルを直す。
俺の肩でバランスをとりながら前屈みになったので、ふくよかな胸の谷間が目に飛び込んできた。
やべぇ、俺も前屈みになっちゃう。

八幡「…さすがは万乳引力」ボソッ

結衣「はっ?!も、もしかして、か、カラダで払え、とかっ?!さ、サイテー!スケベっ!変態っ!マジありえないしっ!」

俺の視線に気がついた由比ヶ浜が、急いで自分の胸元を隠すようにかきよせた。

八幡「だーっ!まだ何もいってねーだろっ!」

雪乃「“まだ”ってことは、もしかして、これから言う予定があったということなのかしら?」雪ノ下が冷ややかな目で俺に詰め寄る。

なにこの理不尽な詰め将棋。主に俺の社会的信用が詰まれる寸前なんですけど。あ、もう詰んでる?

八幡「だからおまえらはなんでそうやって俺を犯罪者に仕立て上げようと…す…る…」

振り向いた俺の視線が、雪ノ下のささやかな胸元に注がれる。

八幡「…いや…すまん、雪ノ下。今のは俺が全面的に悪かった。だから、その、あんまり気にするな」

雪乃「…なぜ私に向かって謝るのかしら。というか、なぜかその謝罪からは悪意しか感じられないのだけれど、気のせい?」

八幡「そんなことはないぞ。それなりに需要があるらしいし…ごく一部で」例えば特殊な趣味の人たちとか。

雪乃「…あなたからそんな優しい目で見つめられる理由が思い当たらないのだけれど…?」

雪ノ下が非難がましい目で俺を見つめ返してくる。

八幡「…まぁ、なんだ、支払いの件に関しては、そのうちまた、てきとーにな」

結局、由比ヶ浜は俺と雪ノ下に挟まれるようにして、あたかも拿捕された宇宙人のごとく車まで連行されることになった。

124: 2013/08/03(土) 12:41:07.86

家に帰り着いた頃には時刻はかなり回ってしまっていたのだが、おやじとおふくろはまだ仕事から帰っていないようだった。
もしかしたら今日も午前様かもしれない。
俺は働くつもりはないが、親にはしっかりと働いてもらいたい。んでもって一生俺を養い続けてくれないもんかな。

八幡「ただいま~」

小町「お帰り~。お疲れ様ぁ。お風呂にする?ご飯にする?それとも、こ・ま・ち?」

八幡「なんだそりゃ」ヒクッ

小町「え~、今の小町的にポイント高くなかった?」

八幡「お兄ちゃん的にはお前の頭の偏差値ポイントの方が心配だ」

小町「ふーんだ。小町はお兄ちゃんの妹なんだから、それは最初から諦めてるもん」

八幡「…まぁ、それを言われたら何も言い返せないけどな」

兄妹喧嘩って、ある意味地雷だらけだよな。下手に親の悪口なんか言ったら即座に自分に跳ね返ってくるし。まぁ当たり前の話なんだが。

小町「晩御飯、いつもより早かったからお腹空いてない?」

八幡「少し空いたかな」

小町「カップラーメンでいいなら作ってあげるよ?」

八幡「おお、頼むわ」

小町はとっとこ台所に向かい、カップラーメンにお湯を注ぐ。ちゃっかり自分の分も用意していたようだ。
俺はリビングのソファーに腰を沈め、点けたままになっていたテレビを見るともなしに見た。
色々ありすぎて、頭の整理が追いつかない。

125: 2013/08/03(土) 12:42:05.86

小町「ところでお兄ちゃん、今日は雪乃さんと結衣さんが一緒だったんでしょ?」

八幡「おー…」

つけっぱなしのテレビを目に写したまま、上の空で応える。

小町「どっちかと、ふたりきりになる機会とかあったの?」

八幡「あー…」

小町「キスくらいはした?…なんちゃって~。ヘタレなお兄ちゃんがまさかそんなこと…」

八幡「…まぁな」

グワシャンッ!

八幡「うわっ、お前何やってんだよ?つか、今落としたの、もしかして俺のカップラーメンじゃね?!」

小町「お、おお兄ちゃん、キキキ、キスしたの?」

八幡「…したっつーか、なんつーか」

小町「したんだ?ほんとにしちゃったんだ?あわわわわわ」

八幡「いや、あれは事故みたいなもんだったし…」

小町「どうしよ?!こういう場合は、やっぱりお赤飯炊いたほうがいいのかな?!」

いいからまず、目の前のカップラーメン作ろーぜ?な?

126: 2013/08/03(土) 12:45:37.85

小町にしつこくせがまれたので、仕方なく簡単に事情を話す。
ガラス窓に写った雪ノ下のくだりについては適当にぼかしておいた。

小町「中二さん、ナイスアシストだねっ!たまには役に立つこともあるんだ?」

八幡「まるで普段は役にたたねーような言い草だな」

小町「違うの?」

八幡「…だいたいあってる」

小町「でも、それってちょっとビミョーだね」

八幡「だろ?だから事故だ事故」

小町「そ う じ ゃ な く て」

八幡「はぁ?」

小町「雪乃さんにとっても微妙ってこと」

八幡「微妙もなにもあいつ、確か帰国子女なんだから、その…キスなんて挨拶代わりだし、それこそ日常チャメシゴトだったんじゃねーの?」

小町「ハァ…これだからゴミィちゃんは…」

八幡「ゴミィちゃん、言うな」

小町「それとこれとは別でしょ?女の子にとって男の子とのファーストキスってのは、大切なものなのっ!小町だって…」

八幡「つか、おまえのファーストキスなら既に俺がもらってるぜ?」

小町「ええええええええええええ?いつの間に?寝込みでも襲ったの?…でも、それはそれで小町的にアリかも?」

はわわわわと小町が赤い顔でうろたえている。

八幡「違ぇよっ!ちっちゃい頃、おまえ抱っこしてアイス食ってたら、いきなりおまえが俺の口の周り舐めやがったんだよ」

小町「そんなの記憶にないからノーカンだよっ」

八幡「おかげで俺はオヤジに殺されそうになったんだからな」それだけはよく覚えてる。

あれ、よく考えたらそれって俺にとってもファーストキスなんじゃね?

小町はプンプンしながら頬を赤く染めてそっぽを向いていたが、時々チラチラと俺の顔を盗み見る。
俺の妹がこんなにかわいいわけがある。
もし世界妹選手権があればぶっちぎりで優勝するまである。妹は正義。異論は認めない。

131: 2013/08/03(土) 19:54:34.05

小町「でも、お兄ちゃん、よく話してくれたねー」

八幡「おまえが巧みに誘導尋問するからだろ?」

我が妹ながら恐るべきやつ。将来、Cから始まるアルファベット三文字の組織に就職したらいいと思うよ?

小町「お兄ちゃんが勝手に答えたんでしょ」

実際は疲れてたんで脳みそがうまく回らなかっただけでーす。

八幡「つーか、さ、こういう場合ってどうしたらいーんだ?その…女の子的立ち場として」

小町「なるほど、それが聞きたかったんだ」

八幡「やっぱり、責任…」

小町「え?キスくらいで責任とるつもりなの?お兄ちゃん案外、古風…」

八幡「…とってもらって、もう一生養ってもらうとか?」

小町「ていっ」

八幡「痛てっ」

妹から脳天にチョップを食らわされた。なんたる屈辱。クセになりそう。

小町「そうだねー雪乃さんならたぶん、大丈夫、かな?」

八幡「え?養ってくれんの?」

小町「…そっちじゃないし」

だからその蔑むみたいな目で兄を見るのはやめなさい。おまえ、雪ノ下かよ?

八幡「なんでそー思うんだよ?」

小町「んー、女のカン?」

出た、女のカン。根拠は全くないくせに、的中率だけはやけに高いという伝説のアレだな…小町もついに使いこなすようなったのか。
お兄ちゃん、複雑な心境だよ。

八幡「普通に接してればいいのか?」

小町「お兄ちゃんの場合は、いつもキョドってるから世間一般にいう“普通に接する”こと自体がムリだと思うよ?」

八幡「おまえ、兄をなんだと思ってるんだ?」

小町「と に か く 、いつも通り自然でいいんだよ」

八幡「それって、なかったことにする…ということか?」

小町「ちょっとちがうんだけど…もうそれでいいや…」

小町はそういいながら、寄ってきたカマクラを抱き上げて撫ではじめた。
投げっぱなしジャーマンスープレックスみたいな妹だな。

132: 2013/08/03(土) 19:55:22.34



「フラグは立ってるみたいだけど、雪乃さんルートを攻略するには、あせらず、ゆっくりと時間をかけないとね…。ね、カマクラ?」ボソッ

「ニャア?」



133: 2013/08/03(土) 19:57:46.75

翌日の放課後、再び奉仕部の部室に訪れた篠塚さんを前に、昨晩の調査について結果を報告する。

平塚先生は生徒を勝手に利用したカドで教頭先生と学年主任にコンボでセッキョーをくらっている最中らしい。
かわいそうだけど仕方ないよね。うん。自業自得だし。

雪乃「とりあえず、私達で試したのだけれど…その…特にこれといって異常はなかったわ」

歯切が悪いのは材木座のお陰で醜態をさらしてしまったせいだろう。
気のせいかうっすらと目の下にクマがあるようにも見える。

俺は特に口を挟むことはせず、昨日のアレについては忘れることにした。覚えることは苦手だが忘れることは超得意。
特に授業で習ったこととか、テストの成績とか、借りたお金とか、締切とか、納期とか。最後のふたつなんなんだよ。

篠塚「そうですか…やっぱりただの噂だったんですね」

期待通りの報告を聴いても今ひとつ浮かない顔をしているのは、この事実をもってしても彼女の持つ悩みが根本的に解決されるわけではないからだろう。

篠塚さんの想い人に雪ノ下のことを諦めさせ、かつ自分に振り向かせるのであれば、もっと他に何か別の方法を講じる必要がある。
彼女にその意思さえあれば、手助けすること自体決してやぶさかではないのだが、残念ながらそれが雪ノ下の掲げる奉仕部の趣旨に沿うとは思えない。

まぁ、俺達は俺達なりに役目を果たしたわけだし、ここから先は篠塚さん本人の…

結衣「…あの、余計なお世話かもしれないけど」

由比ヶ浜が遠慮がちに口を挟む。

結衣「もし、篠塚さんが友達のことを…彼のことを好きだったら、自分からはっきりそのことを伝えた方がいいと思うよ」

篠塚&雪乃「え?」

…って、雪ノ下のやつ、やっぱり気がついてなかったんだな…。

134: 2013/08/03(土) 20:00:26.03

雪ノ下がもの問いたげな視線を俺に投げかけてきたので、小さく首を振って見せる。すると少し間をおいてからコクコクと頷き返してきた。
俺を信用したわけではないのだろうが、とりあえずこの場は由比ヶ浜に任せて静観することにしたようだ。

結衣「時には待つことも大切だと思うけど、待ってるだけじゃ何も解決しない…かも…」

そう言ってチラリと俺の方を見る。なにそれ、俺にフォローしろってことか?

八幡「…そうだな。自分が待たれている自覚がないヤツをいくら待ってても意味がないからな」

小手先だけの技を弄すのではなく、やはり正攻法でいくのがよい時もあるだろう。いや、よく知らないけど。

雪ノ下が呆れたように首を振る。え?俺、何か間違ったこと言った?そこは、いいね!ボタンを押すところでしょ?

結衣「そっか。そだよね」

由比ヶ浜は由比ヶ浜で、何事か納得したようにフムフムと頷いた。いや、別にお前に言ったわけじゃないんだけど?

なんなのおまえら?俺が知らないところで勝手に俺とコミュニケーション成立させないでくれる?

しかし、篠塚さんも思うところがあったのだろう、神妙な顔で俯いていたが、やがて、

篠塚「…そうですよね。私、頑張ってみます」ポショリと小さく呟いた。

結衣「うん、応援してるから、頑張ってね」

基本、由比ヶ浜は他人の事でも親身になって考えることができるいいヤツなんだよな。
だから俺みたいなヤツにだって普通に接してくれてるし。

しかし、誰にでも優しいってのは、ある意味それだけで罪だ。
喪男なら「あれ、もしかしてこいつ、俺に気があるんじゃね?」って勘違いして、告白して、マジで引かれて、挙句の果てにその事をみんなに言いふらされて、またひとつトラウマを生んでしまうまである。なにそれ誰のこと?

だから俺は絶対に勘違いしたりしない。石橋を叩いてなお渡らないのが俺の信条なのだから。

結衣「うまくいくといいね」

八幡「お、おう」

そう、例え今みたいに、俺に対して太陽のように輝く笑顔が向けられたとしても。

135: 2013/08/03(土) 20:03:25.20

結衣「はぁ~運命の人かぁ~」

篠塚さんが立ち去った後、由比ヶ浜が盛大なため息をつきながらひとりごちた。

八幡「…運命の人っつっても、必ずしも将来結ばれる相手とは限らねーんじゃないのか」

雪乃「そうね。自分が頃しかけた相手だって、ある意味では運命の人になるわけだし…」

八幡「おまえそのデフォで物騒な思考なんとかならなんわけ?」

ってことは、俺がいつも殺されかけている相手も運命の人ってことだよな。さすがにその発想はなかったわ。何この人、超怖えよ。

雪乃「だって、それはあなたが…」

八幡「はぁ?俺がなんだよ?」

雪乃「…何でもないわ」

おまえが何か言いかけて途中でやめるなんて、絶対何でもないわけがないだろ。効果的すぎて却って怖いんですけど?生頃しですか?半頃しですか?それ、どんなプレイだよ。

結衣「そうかな~。絶ぇっ対、将来結ばれる相手だと思うんだけど…」

八幡「あ、なんでそう決め付けるわけ?」

結衣「へ?だって、そのほうがずっとロマンチックじゃない。ねっ?」ニコッ

八幡&雪乃「…なっ?!」///

結衣「ほわ?どうしたのふたりとも…なんか顔が赤いよ?」

八幡「…おまえが恥ずかしい事を平気で口にするからだっつーの」///

結衣「なにそれぇ?!超ムカつくー!ね、ゆきのん、ヒッキーってば、マジさいてーだよね?」

雪乃「え?え、ええ、そうね。さすがに今のはちょっと……恥ずかしいというか…」///

結衣「ゆきのんまでっ?!」

136: 2013/08/03(土) 20:04:50.73

まともに雪ノ下の顔が見れず、つい目を背けてしまったので彼女が今どんな顔をしているのか俺からは見えないし、想像もつかない。

だがもし万が一、こんなヤツと結ばれるようなことになりでもしたら、働かずに養われるという俺の将来設計が根本から狂ってしまうことになるのは間違いないだろう。

人生の基本設計の段階からして、既にアリとキリギリスくらい違う。

ちなみに勤勉の代名詞のようなハタラキアリだが、集団の中でも3割は何もしないでブラブラしているという。
キリギリスを諦めてアリになるとしたら、俺は敢えてその働かないハタラキアリを目指す。それが八幡流。

だから例え昨晩の出来事が何を意味しているのであれ、彼女が ―― 雪ノ下雪乃が俺にとって、運命の人だなんてのは絶対にゴメンである。

―― ただ、ほんの一瞬だけ、彼女の身体を抱き上げた時、こいつには純白のウェディングドレスがよく似合いそうだな…などと何の脈絡もないことを考えてしまったのは、やはり何かの気の迷いだったに違いない。

145: 2013/08/04(日) 09:21:41.90

後日談だ。

結局、鍵の壊れた窓は、防犯上の理由でサッシごと交換された。
これで少なくとも夜中に学校に忍び込む生徒はいなくなるだろう。
試すバカがいなくなれば噂なんてすぐに忘れ去られ、じきに別のものにとって変わられる。そんなもんだ。

ちなみにこの学校には総武高七不思議と言われる怪談話があるらしい。

一つ、何度数えても生徒の数が合わないクラス

二つ、近づくと寒気がする美少女

三つ、なぜか嫁にいけない女教師

四つ、アニメの話をしているといつの間にか忍び寄る暑苦しい影

五つ、女子生徒よりもかわいい男子生徒

六つ、毎回急病人がでる調理実習

七つ、六つしかない七不思議

…って、ぜんぜん怪談じゃねぇし。つか、一極に集中してない?例えば俺のまわりとか。

146: 2013/08/04(日) 09:22:47.71

それからしばらく経ったある日の放課後、俺は部室に向かう途中で、珍しく雪ノ下にばったりと出くわしてしまった。

雪乃「比企谷くん、まだ生きてたの?意外にしぶといのね」

八幡「…出会い頭に俺の生存権を否定すんなよ。それもう人権侵害だろ」

雪乃「あら、あなたのような人間に基本的人権が認められているとでも思っているのかしら」

八幡「人権ってのは、あまねく全ての国民に対して憲法で保障されてんだよっ!」

雪乃「知らなかったの?昨日、国会で改正されて、条文に“但し、比企谷八幡を除く”って一文が追加されたのよ」

八幡「そんなわけあるかっ。なんで俺だけピンポイントなんだよっ?!」

だいたいなんだよそのイケメンみたいな特別扱い。全然うれしくねえし。流行ったらどうすんだっつーの。

俺がいつもの如く謂れのない罵倒を受けているところへ、女生徒がひとり遠慮がちに歩み寄ってきた。

147: 2013/08/04(日) 09:24:17.67

「あの、この間は、どうもありがとうございました」

ふと顔を見ると、先日奉仕部に相談にきたB組の篠塚さんである。

ちなみにすぐに彼女だと分かったのも、俺にとって顔と名前が一致する女子の数が少ないからである。多分、俺の顔と名前が一致するであろう女子の数はもっと少ない。ヤバいくらい激レア即ゲット。レアモンスター並のエンカウント率。経験値高そうだな。

八幡「いや、特に俺は何もしてないことになってるみたいだし…。礼なら雪ノ下と由比ヶ浜に言ってくれ」

結局怪談の真偽については、学年でも5本の指に入るであろう美少女ふたりが試してみたが何も起きなかった、ということで今や否定的な意見が主流となっている。
もっとも由比ヶ浜については怪我して途中リタイアだし、雪ノ下に関しては何しろ性格がアレだから別に何も起きなくても不思議はないのだが。

俺?俺にいたっては、その場にいたことすらなかったことにされている。それってある意味怪談じゃね?つか、もう俺の存在感のなさは伝説の域。あいあむれじぇんど。

篠塚「お陰様で、あの…彼と…その…つきあうことになりました」

篠塚さんの向けた視線の先に、俺たちから少し距離を置いて立つ男子生徒の姿があった。遠目だが、なかなかのイケメンであることがわかる。

イケメンでリア充か…いや、イケメンだからこそのリア充か…なんていうか、こう…うまく言えないんだけど…爆発しねぇかな。つか、むしろ砕け散ればいいのに。

男子生徒は俺と目が合うと少し複雑そうな表情で、軽く頭を下げた。多分挨拶のつもりなのだろう。俺もぎこちなく会釈を返す。

雪乃「そう。良かったわね。お幸せに」

自分が振った男の彼女になった女子に対して、なんの屈託もなくこんなセリフの言えるこいつは、やはりある意味で天然なのだろう。
いや、どちらかというと天然危険物。半径100メートル以内から避難した方がいいレベル。誰か爆弾処理班呼べよ。

148: 2013/08/04(日) 09:25:46.59

篠塚「はい、ありがとうございます。それからあの…」

雪乃「なにかしら?」

篠塚「あの…おふたりも、お幸せに」

八幡&雪乃「なっ?!」///

雪乃「だから」

八幡「違うっての」

俺たちの言葉を笑顔で聞き流すかのように、篠塚さんはペコリと頭を下げて小走りに彼氏の元へと戻る。
仲良さそうに手をつないで歩み去るふたりの後ろ姿は、ひねてすさんでいるであろう俺の目から見ても十分微笑ましい。
それは雪ノ下も同じだったようで、艶々した形のいい唇が微かに綻んでいた。

…やべ、つい、あの晩のこと思い出しちまったじゃねぇか。生涯封印しようと思ってたのに。

149: 2013/08/04(日) 09:27:01.17

八幡「…別に他人に心配されんでも、俺はいつだって一人で十分ハッピーだし…」誤魔化すようにひとりごちる。

雪乃「比企谷くん、あなたの場合それは“幸せ”じゃなくて、“おめでたい”というのよ」

雪ノ下がやれやれといった風に左右に首を振った。なにおまえ扇風機かなんかなの?どうりで風当たりが強いと思ったぜ。俺に対して。

しかし、あの晩の事を気にしているのが俺だけだと思うと、やっぱりなんとなく癪にさわる。

八幡「あー…、ところで雪ノ下」

雪乃「え?」

八幡「今日は繋がなくてもいいのかよ?」そう言って片手を差し出してみせる。

雪乃「!」///

一瞬にして顔が真っ赤に染まる。次の瞬間には俺が朱に染まりそうですが。返り討ちで。

雪乃「アレは…その…アレだから…」

…なにキョドってんだよ、らしくねーな。お前は他人に話しかけられた時の俺かっつーの。ふふん。でもこれで一矢報いてやったな。八幡大勝利!

これ以上の挑発は過剰な報復行動を招く恐れがあるのでやめておく。人生、何事も引き際が肝心なのだ。攻撃に際してもラン・アンド・アウェイが俺の信条。いやそれ逃げてるだけだろ。

150: 2013/08/04(日) 09:28:07.28

八幡「さ、行くぞ。今頃、由比ヶ浜が部室で待ってるはずだからな」

雪乃「…」

返事がないので振り向くと、雪ノ下はなぜか中途半端な姿勢のまま、俺に向けて片手を差し出して立っているところだった。

八幡「どうかしたのか?」

雪乃「え?」言われて初めて気がついたかのように、まじまじと自分の手を見つめている。いや確認するまでもなくそれ間違いなくお前の手だから。

八幡「もしかして…」ゴクリ

151: 2013/08/04(日) 09:29:28.83

八幡「………後ろから殴るつもりだったのか?」

周りに誰もいないからって、不意打ちとかマジ怖えよコイツ。マスター・アサシンかよ。おまえ、なにタイルなの?

雪乃「…な、なんでもないわ」///

雪ノ下はあわてて手をひっこめると、顔を真っ赤にしながらさっさと俺を追い越して先に行ってしまう。

追い抜き様に「ばかっ」と、小声で言われた気がするが、もしかしてそれは俺のことなのだろうか?だとしたら雪ノ下にしては随分とお優しい罵倒である。

激しい罵詈雑言に慣れてしまったせいか、ちょっと物足りない感じがしてしまうあたり、それはそれで問題があるのかもしれないが。いや、やっぱり普通に考えておかしいだろ、それ。

丁度その時、校内に迷い込んだセミが一匹、やかましく鳴きはじめた。

―― やれやれ、今年の夏も暑い日が続きそうだな。

俺は再度スマホを取り出して念入りに夏休みの確認をしながら、ゆっくりと雪ノ下の後を追いかけるように部室へ向かう。

俺の青春ラブコメ…特にまちがってないよな?



               やはり俺の青春ラブコメはまちがっているSS 『なぜか学校の階段には怪談話がつきまとう』 了

153: 2013/08/04(日) 09:33:03.63

以上です。ノシ

お付合いありがとうございました。
また、遠からず投稿したいと思いますので、その際はよろしくお願いします。

154: 2013/08/04(日) 09:33:27.43

また来いよ

159: 2013/08/04(日) 10:58:39.86
おつ

165: 2013/08/04(日) 18:57:18.33

うんっ、1わかった!




…おまいらが血も涙もない人間だということが。

でも、確かにスレがもったいないね。すぐにはムリだけど頑張ってみるわ。ノシ

引用元: 俺ガイルSS『なぜか学校の階段には怪談話がつきまとう』