1: 2021/03/17(水) 21:00:10.709 ID:fX1MeYU20
第一話『自分を勇者だと思い込んでる一般剣士』



勇者「強くなりたい?」

女剣士「はい、一ヶ月間で……出来る限り」

勇者「どうして?」

女剣士「どうしても……斬らなくてはならない“罪人”がいるんです」

勇者「いいだろう、引き受けよう。
   一ヶ月で君を確実にレベルアップさせてやる! 約束だ!」

女剣士「ホントですか、ありがとうございます!
    よかった、あなたはこの地域で一番腕が立つ剣士だと聞いたので……」

勇者「チッチッチッ、俺はただの剣士じゃないよ。俺は……勇者だ」

女剣士「えっ、勇者?」

5: 2021/03/17(水) 21:04:13.499 ID:fX1MeYU20
女剣士「なにいってるんです! 勇者様はお城にいるあの方じゃないですか!」

女剣士「五年前、たった一人で魔王を倒したという……」

女剣士「その手柄で、今や勇者様はこの国の軍団長。
    次期国王の座も約束されている、まさに雲の上の人なんですよ!」

勇者「違う! 俺が本物の勇者なの! 城でふんぞり返ってるあの野郎は偽者なの!」

女剣士「偽者……?」

勇者「あいつは俺の手柄を奪って、ああやって偉そうにしてやがるんだ!」

女剣士「…………」

女剣士(たしかに勇者様には黒い噂もつきまとう……。
    本当は魔王を倒した人間が別にいて、その手柄を奪って今の地位にいる、だとか)

少女「あー、その人のいうこと真に受けない方がいいよ」

女剣士「え?」

少女「だってこの人、“自分を勇者だと思い込んでる一般剣士”だから」

女剣士「そうなの?」

7: 2021/03/17(水) 21:07:13.225 ID:fX1MeYU20
勇者「違う! 俺は本物の勇者――」

少女「だったら魔王を倒したはずだよね? その時のこと聞かせてよ」

勇者「……いいたくない」

少女「ほら」

女剣士「ああ……」

勇者「だけど、俺は本物の勇者――」

少女「もういいから。さっさと修行つけてあげなよ。一ヶ月しかないんだから」

勇者「わ、分かったよ」

女剣士「よろしくお願いします!」

8: 2021/03/17(水) 21:10:24.738 ID:fX1MeYU20
庭に出る三人。

勇者「お、いい剣だね」

女剣士「はい、これは私が所属する≪実業家私兵隊≫だけに配られる剣ですから。
    ちょっと特殊なんですよ」

勇者「俺のと交換しない?」

女剣士「ダメです。隊では武器は厳しく管理されてますから」

少女「人の剣を欲しがるなんて、勇者のすることじゃないよ」

勇者「うぐう……」

勇者「気を取り直して修行を始めよう。まず、構えから――」

女剣士「はいっ!」

11: 2021/03/17(水) 21:13:26.082 ID:fX1MeYU20
勇者「胸を借りるつもりでかかってこい!」

女剣士「いきますっ!」

キィンッ! ガキィンッ!

勇者「いいぞ、今日一日でだいぶよくなった!」

女剣士「ホントですか!」

少女「胸を貸すのもいいけどさ。ちょっとお姉さんの胸チラチラ見すぎじゃない?」

女剣士「えっ!」

勇者「バ、バカいえ! 俺はジロジロ見てただけで……」

少女「なお悪いっての。一ヶ月しかないのに」

女剣士「…………」ポッ

15: 2021/03/17(水) 21:16:50.106 ID:fX1MeYU20
勇者「コホン。しかし、一ヶ月ってのはなかなか短いよねえ。どんな事情があるんだい?」

少女(ムリヤリ話題を変えたな……)

女剣士「私は今、実業家さんの≪私兵隊≫に所属してるんですが……」

少女「実業家さんっていえば、復興ビジネスで名を上げた人だよね」

女剣士「うん。魔王のせいで滅んだ村や町をいくつも立て直したの」

勇者「俺ほどじゃないが……なかなかの人物だな」

女剣士「そして一ヶ月後、実業家さんはこの町の≪顧問≫に就任されるんです」

勇者「顧問?」

少女「町の相談役になるってことだね。実質町のトップになるってこと。
   商売人が町を治める立場になるなんてすごい快挙だよ」

勇者「そりゃすごい! 勇者である俺ほどじゃないけど」

17: 2021/03/17(水) 21:20:03.328 ID:fX1MeYU20
女剣士「だけど、実業家さんはある“罪人”から殺害予告を受けてるんです」
    顧問になる日に襲撃すると――」

女剣士「それで私、実業家さんをなんとしても守りたくて、お暇を頂いて……」

勇者「そういうことか」

女剣士「それに私個人としても……その“罪人”は斬らなければならなくて」

勇者「いったいどんな因縁が……?」

女剣士「…………」

勇者「あ、いや、無理に話さなくてもいいよ! 俺、勇者だから!
   君が悪だくみで剣を修行するつもりじゃないことはよぉく分かる!」

女剣士「すみません。ですが……いずれお話しします」

18: 2021/03/17(水) 21:23:35.598 ID:fX1MeYU20
三日後――

女剣士「えいっ! えいっ!」

勇者「そう、力む時は力む、力を抜く時は抜く。メリハリが大事なんだ!」

女剣士「たった三日でかなり強くなれた気がします!」

勇者「でしょ? やっぱ指導者がいいと伸びもいいんだな」

女剣士(この自称勇者さんの剣の腕や教えは本物だ……。
    だけど、これほどの腕があればもっと国の中央で活躍の場はあるはずなのに……)

少女「ねーねー。ちょっといい?」

勇者「ん?」

少女「仕事の依頼をしたいって人が来てるよ」

勇者「よしきた!」

女剣士(どんな仕事だろう? やっぱり盗賊を退治だとか……)

19: 2021/03/17(水) 21:26:21.345 ID:fX1MeYU20
勇者「食い逃げ犯?」

店主「ええ、この町の飲食店が次々にやられて困ってるんです。それで代表して私が……」

少女「似顔絵でも描いて、注意喚起すればいいんじゃない?」

店主「ところがそいつ、変装の名人で逃げるその時まで犯人かどうか分からなくて……」

勇者「ただし連続して行われてるから同一犯に間違いないと」

店主「そうなんです」

勇者「“食ったら金を払う”。こんな当たり前なことすらできない奴はこの勇者が退治してやる!
   約束しよう!」

店主「ありがとう、勇者さん!」

女剣士(この町では一応“勇者”扱いなのね)

21: 2021/03/17(水) 21:29:25.481 ID:fX1MeYU20
勇者「さっそく行動開始だ!」

女剣士「はいっ! ですが……どうやって捕まえるんです?」

勇者「そりゃあ食い逃げしそうな店に張り込んで……」

女剣士「具体的にどのお店を? この町、結構広いですけど。当然飲食店の数も……」

勇者「…………」

勇者「どうしよっか?」

少女「んもー、しょうがないな。あたしに任せて!」

町の地図を広げる。

少女「今までに被害にあったお店に印をつけていこう」チョイッチョイッ

女剣士「なるほど、法則性を見つけるわけね!」

22: 2021/03/17(水) 21:32:41.585 ID:fX1MeYU20
少女「できた!」

勇者「うーん、法則性はないな。あっち行ったりこっち行ったりしてる」

少女「だったら線で繋げてみよう」サッサッ

勇者「あ」

女剣士「すごい! “走ってる棒人間”になった!」

少女「でしょ? 犯人の奴、食い逃げをゲームみたいに楽しんでるんだよ。
   となると次は……ここ。パスタ屋さんが狙われるね」

勇者「俺の推理通りだな。パスタ屋に向かうぞ!」

女剣士「勇者さん、推理しましたっけ?」

少女「いいのいいの。手柄にしてあげて」

25: 2021/03/17(水) 21:35:37.790 ID:fX1MeYU20
― パスタ屋 ―

勇者「…………」ズゾゾゾゾッ!

少女「ちょっとー、ちゃんと丸めて食べてよ」

勇者「俺は麺っつうのはこうやって豪快にすすらないと食った気しないんだよ」

少女「口の周りソースまみれだし、こっちが食欲なくなっちゃうっての」

女剣士「まあまあ。ところで今……店には私たちの他に三人の客がいますね」



細身「大盛り頼んだのは失敗だったなぁ……」

肥満「うまぁい!」

大男「ガハハ、うめえや!」



勇者「細いのと、太ってるのと、デカイ奴か……」

26: 2021/03/17(水) 21:38:57.024 ID:fX1MeYU20
少女「三人ともお一人様みたいだし、あの中の誰かが食い逃げ犯の可能性は高いね」

女剣士「そうね」

勇者「食い逃げといや、求められるのはダッシュ力だ。
   あの太った奴は除外していいだろう。となると、残るは……」

すると――

肥満「ごちそうさまっ!」ダッ!

料理人「コラ、待てーっ! 食い逃げだーっ!」

勇者「……え」

女剣士「行きましょう!」ダッ

勇者「うう、俺の推理……」ダッ

少女「代金はあたしが払っとくからねー」

28: 2021/03/17(水) 21:41:26.438 ID:fX1MeYU20
肥満「ククッ……俺に追いつける奴ァいねえぜ!」タタタッ

ボロッ ボロロッ

口と服から綿やクッションを捨て、本来の体型になる。

食い逃げ犯「これで逃げ切れば、この町は制覇だ!」タタタッ

女剣士「そうか、ああやって太った人になりすましてたんだ!」

勇者「セコイ真似しやがる」

女剣士「だけど、速い……! とても追いつけないわ……!」

勇者「任せとけ」

女剣士「え」

勇者「かつて魔物から逃げ……いや魔物を追いかけた時に比べれば、
   あんな奴に追いつくのは楽勝すぎる!」

ダッ!

凄まじいダッシュでみるみる食い逃げ犯に追いつく。

29: 2021/03/17(水) 21:44:17.086 ID:fX1MeYU20
勇者「もらったァ!」

ガシッ!

食い逃げ犯「うわぁっ!」

ドザァッ!

勇者「勇者から逃げることはできんぜ」

食い逃げ犯「く、くそっ……!」モゾモゾ

懐から武器を取り出そうとするが――

女剣士「動かないで!」チャキッ

食い逃げ犯「ひっ! わ、悪かったぁ! 刺さないでくれ!」

勇者「女剣士ちゃん、ナーイス!」

31: 2021/03/17(水) 21:47:59.405 ID:fX1MeYU20
……

店主「どうもありがとう、勇者さん! このお金は被害にあった店からの気持ちです。
   受け取って下さい」

勇者「いやぁ、どうも」

女剣士「あの食い逃げ犯、あちこちの町で食い逃げをしてた常習犯だったみたいですね」

少女「あの足の速さと変装スキルを持ってれば、もっと世の中の役に立てただろうにね」

勇者「だが……この勇者には敵わなかったってことだ」

勇者「とにかくこれで……俺の勇者としての名がまた轟くってわけだ!」

女剣士「…………」

女剣士(性格はともかく、この人の剣の腕と足の速さはホンモノだ……。
    私はなんとしても強くなって、倒してみせる!)

女剣士(私の村を滅ぼした……“罪人”を!)





― おわり ―

37: 2021/03/17(水) 21:52:26.159 ID:fX1MeYU20
第二話『町の勇者』



弟子入りしてから二週間――

女剣士「せやぁっ! たあっ!」

ガキンッ! キンッ!

勇者「いいよいいよー!」

女剣士「はい!」

少女「おっつかれー、はいドリンク!」

女剣士「ありがとう、少女ちゃん」

少女「あんたには、はい青汁」

勇者「ぶっ!」

39: 2021/03/17(水) 21:55:26.539 ID:fX1MeYU20
勇者は出かけ、女子二人きりになる。

少女「ねーねー」

女剣士「ん?」

少女「お姉さんが斬りたい“罪人”っていったいどんな奴なの?」

女剣士「……うん、話しちゃおうかな」

女剣士「私の両親……いえ故郷の仇よ」

少女「故郷の?」

女剣士「およそ一年前、私がいた村は一人の男によって滅ぼされ、焼き払われたの。
    私はたまたま村を出てて助かったんだけど……」

40: 2021/03/17(水) 21:58:23.541 ID:fX1MeYU20
焼き払われた家々、殺された村人たち――

ゴォォォォォォ……!

女剣士『お父さん、お母さん! 嫌ぁぁぁぁぁっ……!』



女剣士「生き残ったのは私一人……」

少女「それはひどいね……」

女剣士「両親の亡骸は焼かれずに済んだから、遺体を綺麗に保存してくれる近くの教会にお任せしたわ」

女剣士「その後、私は実業家さんに雇われて、私兵隊に入れてもらったの」

少女「大恩人なわけだ」

女剣士「うん、焼き払われた故郷も生まれ変わらせてくれたし……
    一人ぼっちになった私のことも拾ってくれて……本当に感謝してる」

41: 2021/03/17(水) 22:01:12.867 ID:fX1MeYU20
女剣士「だけど犯人は……」

少女「まだ捕まってないんだ」

女剣士「ううん、一度捕まって“氏刑”になった……はずだったんだけど、
    処刑の寸前逃げてしまったの。実業家さんへの殺害予告を残して……」

少女「え、ってことは脱獄したの?」

女剣士「うん、処刑人たちに重傷を負わせて……」

少女「物騒だなぁ」

女剣士「だけど、私は逃げてくれたことに感謝してるわ」

少女「どうして?」

女剣士「だって……おかげでこの手で両親の仇を討つことができるかもしれないんだもの」

44: 2021/03/17(水) 22:04:46.100 ID:fX1MeYU20
女剣士「私が小さい頃兄はいなくなって、両親もいなくなってしまった。
    だけど、だからこそ私は実業家さんのために強くなって、氏刑囚を倒してみせる!」

少女「お姉さんがあんなに頑張ってる理由、よぉく分かったよ」

少女「実はね、あたしも戦災孤児で、一人でゴミ漁りとかして生きてたんだけど、
   あの自称勇者にたまたま拾われたの」

女剣士「! どうりで逞しいわけだわ……。立派に助手も務めてるし」

少女「でしょ? 逞しくなきゃ生き延びられなかったもん。
   だけど勇者には感謝してもいるんだ。本人には絶対いいたくないけど」

女剣士「いい人に出会えたね」

少女「うんっ!」

少女「お互い拾われた同士……頑張ろうね!」

女剣士「ふふっ、ありがとう」

45: 2021/03/17(水) 22:07:20.964 ID:fX1MeYU20
一方、その頃――

弟「兄貴、今日という今日こそ決着つけてやる!」

兄「やれるもんならやってみやがれ!」

勇者「まあまあ、二人とも落ちついて……この勇者の顔に免じて……」

弟「オラァッ!」

兄「うりゃあっ!」

グシャッ!

勇者「俺の……顔が……」ミシッ…

二人の拳に挟まれる勇者。

46: 2021/03/17(水) 22:10:24.525 ID:fX1MeYU20
弟「勇者さん!?」

兄「大丈夫ですかい!?」

弟「すぐ医者を呼んできやす!」

兄「俺は冷やすもの持ってくる!」

タタタッ…

勇者「いてて……。兄弟揃っていいパンチだった……」

母「二人の喧嘩を止めてくれてありがとうございます……」

勇者「いやいや……勇者として当然のことをしたまでさ」

48: 2021/03/17(水) 22:13:23.568 ID:fX1MeYU20
勇者「ただいまー」

少女「あ、お帰り」

女剣士「勇者さん、その怪我は?」

勇者「ちょっと兄弟喧嘩に巻き込まれてさ。名誉の負傷ってやつ」

少女「ああ、あの荒くれ兄弟ね。どうなったの?」

勇者「兄弟だし、やっぱり“肉親の情”ってもんがモノをいったよ。
   これでまた勇者としての名が轟くわけだ」

女剣士「あの……前から思ってたんですけど勇者としての名を轟かせたいのなら、
    もっと首都に近い町でやった方がいいのでは……?」

勇者「…………」

勇者「それじゃ意味ないんだよ。約束だからな」

女剣士「…………?」

49: 2021/03/17(水) 22:16:17.872 ID:fX1MeYU20
……

町長「勇者さん、頼みがあるんじゃが」

勇者「なんだい、町長さん」

町長「町の広場に大きな木があるじゃろ?」

少女「あるね、あの大きな木!」

町長「あれを……切り倒して欲しいんじゃ」

勇者「町のシンボルを……どうして?」

52: 2021/03/17(水) 22:19:41.872 ID:fX1MeYU20
町長「実はあの木、≪キグサレ病≫に侵されてることが分かってのう」

勇者「キグサレ病……木にとっては致命的な病だな」

町長「あと数年もすれば木全体が腐って枯れてしまうじゃろう。
   そうなれば倒壊する危険もある。だから、その前に伐採して……」

勇者「供養してやりたいってことか」

町長「うむ、そして木材として使ってやりたいんじゃ」

勇者「木材?」

町長「二週間後、実業家さんがこの町の顧問になるじゃろ。
   その時演説をされるから、その台に使ってやりたいんじゃよ」

55: 2021/03/17(水) 22:21:41.003 ID:fX1MeYU20
勇者「分かった、町長!」

勇者「この俺が……勇者が! 町のシンボルである大木に……盛大なフィナーレを飾らせてやる!」

町長「ありがとう……!」

少女「やったれ!」

女剣士「…………」

女剣士(あの木は町の住民でない私も見たことがあるけど、とても大きかった)

女剣士(この勇者さんに本当にあれが切れるというの……?)

56: 2021/03/17(水) 22:25:04.661 ID:fX1MeYU20
― 町の広場 ―

木の周辺には大勢の人が集まっていた。

ワイワイ…

勇者「いい木だ。この傷、今までに何人もの力自慢がチャレンジしたようだな」

町長「うむ、だがなにぶん丈夫な木でのう……。病気とは思えんほどに……」

勇者「それとこの傷。町長さん、あんたも包丁でチャレンジしたな?」

町長「! なぜ分かったんじゃ!?」

勇者「俺ほどの勇者になると、傷を見ればどんな奴がどんな刃物で切ったか分かるのさ」

女剣士「包丁はいくらなんでも無茶ですよ……」

少女「チャレンジャーだねー、町長さん」

町長「せめてノコギリにすべきじゃったわい」

57: 2021/03/17(水) 22:28:27.828 ID:fX1MeYU20
勇者「苦しみは味わわせない……せめて一太刀で決めてやろう。約束だ」

女剣士「こんな大きい木を……!?」

少女「…………」

女剣士(少女ちゃんは何もいわない……?
    いつもだったら『あまり大きいこと言わない方がいいよ』っていいそうなのに)

勇者「――では」

息を整えると――



ズバァッ!

59: 2021/03/17(水) 22:32:05.851 ID:fX1MeYU20
ズズズ…

ズシン……

約束通り、一太刀で木は切り倒された。

パチパチパチパチパチ…

勇者「……立派な台に生まれ変われよ」

勇者「大工さん、よろしく頼む!」

大工「はいっす! 任せて下さい!」

62: 2021/03/17(水) 22:35:09.036 ID:fX1MeYU20
ワアァァァァァ……!

「勇者さん、すげえや!」 「さっすが勇者!」 「あんたは俺たちの勇者だぜ!」

勇者「みんな、ありがとう! もっと称えてくれ! 褒めてくれぇ! ヒャッホウ!」

パチパチパチパチパチ…

少女「あーあ、みんな褒めすぎだよ。当分調子に乗るだろうな」

女剣士(この人はたしかに自称勇者に過ぎないのかもしれない)

女剣士(だけど町の人にとっては、間違いなく“勇者”なんだ……!)





― おわり ―

65: 2021/03/17(水) 22:40:34.442 ID:fX1MeYU20
第三話『女剣士と氏刑囚』



勇者「今日の訓練はこれまで!」

女剣士「ありがとうございました!」

勇者「実業家の顧問就任式は三日後……君はだいぶ強くなった」

女剣士「はい。必ず……必ず“罪人”を倒してみせます!」

少女「よーし、それじゃ景気づけにみんなでご飯食べに行こうよ!」

勇者「そうだな。たまにはパーッとやるか!」

少女「いよっ、さすが勇者!」

勇者「……いつもの店でな。安いし」

少女「ブーブー!」

66: 2021/03/17(水) 22:43:19.782 ID:fX1MeYU20
少女「おいしかったー」

勇者「少女ちゃん、ちょっと食べすぎっすよ」

少女「子供は食べるのが仕事なの」

女剣士「ふふっ、きっと立派な大人になれるわよ」

少女「胸も立派になれるといいなー」

勇者「…………」ピクッ

女剣士「どうしました? 勇者さん?」

勇者「あそこに……誰かいる」



氏刑囚「…………」

67: 2021/03/17(水) 22:45:45.156 ID:fX1MeYU20
女剣士「誰でしょう……?」

勇者「俺のファンだな。仕方ない、サインでもしてやるか。どっちかペン持ってない?」

少女「絶対違うよ。だってあいつが着てるの……囚人服だよ」

氏刑囚「…………」

女剣士「まさか……まさか!」ジャキッ

即座に構える。

氏刑囚「!」

女剣士「脱獄した氏刑囚かッ!」

氏刑囚「ああ……そうだ」

女剣士「覚悟ォ!!!」ダッ

70: 2021/03/17(水) 22:48:30.731 ID:fX1MeYU20
――ギィンッ!

女剣士「はああっ!」

氏刑囚「ま、待て……! 俺は――」

女剣士「誰が待つか! 頃してやる! 今この場でッ!」

キンッ! ギンッ! キンッ!

女剣士の猛攻を、氏刑囚は全て受け切る。



少女「お姉さん!」

勇者(彼女もかなりレベルアップしたのに……あの氏刑囚、出来る!)

勇者(それに、氏刑囚のあの目――)

72: 2021/03/17(水) 22:51:06.557 ID:fX1MeYU20
女剣士「どうした、なぜ攻撃してこない!? 私を侮辱してるのか!?」

氏刑囚「……くっ!」ダッ

女剣士「待てッ!」

勇者「よせッ!!!」

女剣士「!」ビクッ

勇者「追うな! 奴は手強い!」

女剣士「でも!」

勇者「頭に血が上った剣で勝てる相手じゃない」

少女「そうだよ! こういう時こそ冷静にならないと!」

女剣士「……ごめんなさい」

74: 2021/03/17(水) 22:53:33.294 ID:fX1MeYU20
少女「どう、落ちついた?」

女剣士「とりあえずは……」

女剣士「勇者さん、少女ちゃん。私は今すぐ実業家さんの元に戻ります」

女剣士「氏刑囚が現れたことを……報告しなければ!」

勇者「……分かった」

少女「気をつけてね!」

女剣士「うん!」

タタタッ…

少女「いきなり仇が現れるなんて……とんでもないことになっちゃったね」

勇者「ああ……」

76: 2021/03/17(水) 22:56:23.244 ID:fX1MeYU20
勇者「…………」

少女「どしたの?」

勇者「彼女の事情は俺も聞いたけど……あの氏刑囚に村を滅ぼされたんだったな?
   その後、実業家に雇われたって……」

少女「うん、そうだよ」

勇者「その事件、この三日間でもう一度調べ直してみたい」

勇者「付き合ってくれる?」

少女「もっちろん! あたしとあんたの仲じゃん!」

勇者「ありがとう! で、まずどうしたらいいと思う?」

少女「いきなりあたし頼みかい。んー、やっぱり彼女の村に行くのがいいんじゃない?」

勇者「よし……明日一番で彼女の村に向かおう」

79: 2021/03/17(水) 22:59:43.001 ID:fX1MeYU20
次の日、馬車を借りて勇者たちは女剣士の故郷に向かった。

― 村の跡 ―

ワイワイ… ガヤガヤ…

勇者「おおっ、すっかり復興してるな」

少女「復興というより、村があった土地全体がショッピング施設になっちゃってる感じだね」

勇者「彼女の村がどんなだったかは知らないが、多分面影は残っちゃいないだろうな」

勇者「……にしても、店がたくさんあるな。どれ、買い物していこうか?」

少女「遊びに来たんじゃないんだよ」

勇者「うぐ……分かってるよ。当時の事情を知ってる人を探し出そう」

少女「うーん、いればいいんだけどね……」

82: 2021/03/17(水) 23:04:30.481 ID:fX1MeYU20
「ここがまだ村だった頃の生き残り? さあ……いないと思うよ。
 悪いけど、オイラはよその土地から来たから……」

「実業家さんもすごいもんさ。色々なビジネスに手を出してしくじったようだが、
 この村の復興を上手くやって、また盛り返したからな」

「たった一人の凶悪犯に、この村焼かれちまったみたいだねえ。
 ってわけで、このポンプ買っていかない? ボヤぐらい簡単に消せるよ!」



勇者「やっぱりいないか……」

少女「そりゃそうだよ。お姉さん、生き残りは自分だけっていってたし」

勇者「他に……なにか聞いてない?」

少女「ちょっと待って。今思い出すから……うーん……」

少女「あっ!」

勇者「わっ!?」ビクッ

少女「なんで驚くのよ。お姉さん、たしかお父さんとお母さんの遺体を、
   近くの教会に埋葬したっていってた!」

83: 2021/03/17(水) 23:07:10.254 ID:fX1MeYU20
― 教会 ―

神父「これはこれは……なんのご用ですかな?」

勇者「神父さんは一年前、近くの村で起こった殺戮をご存じですよね?」

神父「ええ、もちろんです。大変いたましい事件でした。
   たった一人の凶悪犯によって、村人がほとんど殺されてしまいました」

勇者「今、俺たちはその事件の調査をしてるんです」

神父「ほう、それはそれは……」

少女「その時、一人の女性が埋葬を依頼したよね?」

神父「ええ、女剣士さんですね。私は遺体をそのままの姿で埋葬する技術を持っていますので。
   おそらく、あまりのショックで通常の葬送というのは耐えられなかったのでしょう」

勇者「――で、ぶしつけなお願いなんですが、その遺体……見せてもらえませんか」

神父「遺体を……ですかな?」

84: 2021/03/17(水) 23:09:10.680 ID:fX1MeYU20
神父「それはさすがに……遺族の許可がないと……」

勇者「お願いします! この通り! 悪いようにはしませんから!」

神父「うーむ……」

少女「お願い、神父様! どうしても見なきゃいけないの!」

神父「うむむむ……」

少女「この人が遺体を見れば……事件の真相が分かるかもしれないの!」

神父「…………」

神父「なにやら事情があるようですね。分かりました、特別に許可しましょう」

勇者「ありがとうございます、神様ぁ!」

少女「神父様ね」

85: 2021/03/17(水) 23:11:33.520 ID:fX1MeYU20
女剣士の両親の遺体を見る。

神父「お二人とも、斬り殺されたようです。いたましいことです」

勇者「…………!」

少女「どう?」

勇者「一目で分かった。この事件の真相がな……」

少女「うーん、こういうとこだけはさすが自称勇者だね」

勇者「だーかーら、自称じゃなくモノホン勇者だから」

少女「で、お次はどういたしますか? モノホン勇者様」

勇者「お次は……あの氏刑囚の素性を知っておきたい」

少女「となると、あいつが捕まってた監獄だね。監獄にGo!」

86: 2021/03/17(水) 23:14:17.328 ID:fX1MeYU20
― 監獄 ―

勇者「……なんだか、あわただしいな」

少女「そりゃそうだよ。氏刑囚に逃げられてるんだもん。
   もし、氏刑囚がなにか事件起こしたら、監獄のお偉いさんみんな首が飛ぶんじゃない?」

勇者「氏刑囚の首を切れず、首が飛ぶはめになるわけか」

少女「だから氏刑囚捕縛のニュースを首を長くして待ってるんだろうねえ」

勇者「おかげで俺たちも首を突っ込むことになったと」

少女「でもだからこそ、氏刑囚の情報も聞き出しやすいかもしれないよ!」

勇者「情報収集といきますか……勇者として!」

87: 2021/03/17(水) 23:17:36.388 ID:fX1MeYU20
調査の末、一人の看守に話を聞くことができた。

看守「もう上は大騒ぎだよ。氏刑囚を捕まえろ、二度と脱獄者を出すなって」

勇者「だよねえ」

看守「ま、俺みたいなペーペーには関係ないけど!」

少女「そこで、あたしたちも協力したいから、氏刑囚について色々教えて欲しいの!」

看守「いいよ! ペーペーの俺が、きっちりあいつについて教えてやるよ!」

勇者「……なんだかやたら口が軽そうな奴がいて助かったな」

少女「日頃囚人の相手してるとストレス溜まるんじゃない」

88: 2021/03/17(水) 23:20:45.224 ID:fX1MeYU20
勇者「まず……氏刑囚の経歴を知りたいな」

看守「元々は腕のいい剣士で、用心棒や魔物退治で名をはせてたって聞くよ」

勇者「ふむふむ、俺ほどではないがなかなかの勇者だな」

看守「ガキの頃誘拐されて、買われた先で剣の才能を見出されて、用心棒になったんだと。
   10人ぐらい相手にして勝ったこともあるらしい」

少女「ふーん。そんな奴、よく捕まえられたもんだね」

看守「いや……あいつは捕まったんじゃない。自首してきたんだ」

勇者「自首……?」

看守「ああ、『村を滅ぼしたのは俺です』ってね」

看守「村の事件の調査が本格的に行われる直前だったかな。
   あいつが自首してきて……自白の内容も問題なかったから、事件解決になったらしい」

少女「ずいぶん乱暴だね」

看守「魔王が氏んで五年、世界は平和になったが、まだまだ治安は悪く人手が足りないからね。
   犯人が自分から名乗り出たら、解決にしちゃうってケースは多いのさ」

89: 2021/03/17(水) 23:23:30.996 ID:fX1MeYU20
看守「あいつはそのまま監獄にブチ込まれて、そのうち処刑されるはずだった……」

少女「だけど、逃げ出したんだね?」

看守「ああ、処刑当日、処刑人他何人かを叩きのめして、逃げちまったんだ」



氏刑囚『実業家を必ず頃してやる! 奴が顧問とやらになる日になァ!』



看守「……って言葉を吐き捨ててね。あれにはペーペーの俺ですら小便チビりそうになったよ」

勇者&少女「…………」

90: 2021/03/17(水) 23:25:34.169 ID:fX1MeYU20
勇者「……最後に聞いておきたいんだが」

看守「なんでも聞いて? ペーペーの俺でよければ!」

勇者「監獄に勤めてる奴ってのは、どこぞの有力者の息がかかってる奴が多いのか?」

看守「そりゃ多いよ。貴族とか大商人とかが、自分の手下を勤めさせてることはね。
   監獄では裏の情報もザクザク手に入るし……」

勇者「ふむふむ、なるほど」

少女「ちなみにあなたは?」

看守「俺? 誰の息もかかってないよ! でなきゃペーペーなんてやってないって!」

少女「看守さんが出世できることを祈ってるよ!」

看守「お、ありがとう! あんたらが捕まったらサービスしてやるよ!」

91: 2021/03/17(水) 23:27:42.497 ID:fX1MeYU20
勇者「……ったく、ペーペーペーペーうるさい奴だったな」

少女「どこぞの勇者勇者うるさい奴といい勝負だね」

勇者「はぐ……」

少女「だけどおかげでいい情報が手に入ったじゃない!」

勇者「ああ……事件のことはだいたい分かった」

勇者「ここからは二手に分かれよう。俺は急いで町に戻るから、少女ちゃんは……」

少女「うん、分かった!」

…………

……

94: 2021/03/17(水) 23:30:21.878 ID:fX1MeYU20
顧問就任式、当日――

― 町の広場 ―

大勢の町民が集まり、賑わっていた。

町長「これより、我が町の顧問に就任して頂く実業家殿より……挨拶を頂戴したいと思います。
   さ、どうぞ!」

実業家「はい」

パチパチパチパチパチ…

周辺は実業家の私兵が固めている。

隊長「もし氏刑囚が現れたら……お前に手柄を立てさせてやる」

女剣士「ありがとうございます、隊長!」

女剣士(奴は必ず現れる……。絶対私の手で仕留めてみせる!)

96: 2021/03/17(水) 23:33:21.511 ID:fX1MeYU20
演説台に乗り、ゆっくり頭を下げる。

実業家「町民の皆さま、初めまして。
    このたび町の顧問に就任させて頂くこととなりました実業家と申します」

実業家「私はこれまで、魔王亡き後の復興ビジネスで成功を収めて参りましたが……
    ついに町の運営に携わるという名誉を頂くことができました」

実業家「私が顧問になったあかつきには、この町をさらに発展させ……
    皆さまにさらなる豊かさと幸福をお届けすることを約束いたします!」

ワアァァァァァ……!

パチパチパチパチパチ…

沸き上がる町民たち。

実業家「さて、私が考えている経済政策といたしましては……」

97: 2021/03/17(水) 23:36:33.499 ID:fX1MeYU20
その時だった。

氏刑囚「実業家ァァァァァッ!!!」

実業家「!」

氏刑囚「頃してやる……!」チャキッ

ザワザワ… ドヨドヨ…

私兵たちが構える。

隊長「行け! ご家族と村人たちの仇を取るんだ!」

女剣士「はいっ!」

99: 2021/03/17(水) 23:39:04.575 ID:fX1MeYU20
女剣士「氏刑囚……覚悟しろ!」

氏刑囚「…………!」

氏刑囚「よせ……俺はお前と戦いたくない!」

女剣士「黙れ! “頃してやる”は私のセリフだ! 覚悟ォォォォォッ!!!」ダッ

氏刑囚「くっ……!」

女剣士が猛然と斬りかかる。



ズバァッ!

102: 2021/03/17(水) 23:42:16.258 ID:fX1MeYU20
二人の間に一閃が割って入った。

女剣士&氏刑囚「――――ッ!」

勇者「ふぅ~、なんとか間に合った。この勝負……ちょいと待った」

女剣士「勇者さん、なぜ……!」

勇者「女剣士ちゃん、君の気持ちはよぉく分かる。
   だが、戦うのは……俺の話を聞いてからにしてもらえるか?」

女剣士「…………」

女剣士「分かり……ました」

ザワザワ…

「勇者さん!?」 「勇者さんだ!」 「何してんだあの人!?」

103: 2021/03/17(水) 23:45:16.565 ID:fX1MeYU20
勇者「さて、氏刑囚君」

氏刑囚「な、なんだ」

勇者「お前は一年前、女剣士ちゃんの村を滅ぼして“自首”したって聞いてる」

女剣士「自首……!?」

勇者「俺の目を見て答えろ。本当に……やったのか?」

氏刑囚「…………!」

勇者「…………」

氏刑囚(うぐ……。俺も数々の修羅場を越えてきたが……なんだこいつの目は!?
    ガンのつけ合いで……この俺が……)

勇者「…………」

氏刑囚「やって……ない……」

勇者「だよな」

104: 2021/03/17(水) 23:47:34.400 ID:fX1MeYU20
女剣士「ちょ、ちょっと待って下さいッ!」

勇者「おわっ!」

女剣士「こいつが……この氏刑囚が犯人のはずでしょう!?」

勇者「ところがどっこい、こいつは罪を被っただけみたいだな」

氏刑囚「…………」

女剣士「なぜ!? なぜです!? 捕まれば確実に氏刑になるのに!」

勇者「女剣士ちゃん。もし君がやってもない罪、それも重罪を被るとしたらどんな時だ?」

女剣士「え」

女剣士「えぇと……やむを得ない事情がある時、とか……?」

勇者「やむを得ないってどんな時?」

女剣士「そ、そうですねえ……」

108: 2021/03/17(水) 23:50:09.875 ID:fX1MeYU20
女剣士「うーん……誰か大切な人が人質にされた、とか……」

勇者「ビンゴ! その通り!」

女剣士「へ……?」

勇者「こいつはね、おそらく肉親を人質にされてたんだ」

女剣士「肉親……! いったい誰を!?」

勇者「君だ」

女剣士「は……?」

氏刑囚「…………」

勇者「こないだの君と氏刑囚の対決……あの時の氏刑囚の目、俺は一目でピーンときたよ。
   まるで“肉親に対する目”だって……」

女剣士「でも……でも私には肉親なんていません!」

勇者「一人だけ生きてる可能性のある奴がいるだろ?
   こいつは……小さい頃いなくなった君のお兄さんだ」

女剣士「…………!」

116: 2021/03/17(水) 23:53:36.430 ID:fX1MeYU20
勇者「氏刑囚、お前は子供の頃誘拐されて、その後剣士になったそうだな」

氏刑囚「…………」

勇者「君のお兄さんも、もしかして誘拐されて行方不明になったんじゃないか?」

女剣士「そうです……。もう氏んでるものと……」

勇者「こいつも名乗り出るつもりはなかっただろう。だが、こうして生きてたんだ」

女剣士「でも……でも! この人が私の兄だったとして! 分からないことだらけです!
    じゃあ犯人は誰なんですか!? なぜこの人は捕まったんですか!
    私はこの通り、人質になんか取られてないのに!」

勇者「人質に取られてない……本当にそうかな?」

女剣士「はい?」

勇者「“誰かに雇われて組織に所属する”……それは一見安全に見えて、
   組織からすりゃ“生かすも頃すも自由にできる”ってことだ」

女剣士「! まさか……まさか……」

119: 2021/03/17(水) 23:56:17.606 ID:fX1MeYU20
勇者「そう、犯人は……」

勇者「一年前村人を全滅させ、村を焼き払った犯人は……」

勇者「実業家、お前だよッ!」

壇上の実業家を指さす。

ザワザワ… ドヨドヨ…

実業家「…………」

勇者「何かいうことは?」

実業家「いや……あまりにバカバカしくて言葉を失ってるところだよ」

121: 2021/03/17(水) 23:59:27.630 ID:fX1MeYU20
実業家「町長、彼は何者だ?」

町長「あの人は……その……“勇者”でして」

実業家「魔王を倒した偉大な英雄の名を騙ってるのか。身の程知らずとはまさにこのことだな」

勇者「騙ってねえ! 俺がッ! 俺こそが本物の勇者なんだ!」

実業家「こんな妄想癖を持った町民がいたとはね……。
    私が顧問に就任したら、真っ先に君を町から追放させてもらうよ」

勇者「認める気はないんだな?」

実業家「妄想で犯罪者にされて認めるバカがどこにいる?」

勇者「じゃあ……ここから少女ちゃ……この勇者の推理をとくとお見舞いしてやるよ」チラッ

女剣士(えっ、今なにかメモを見たような……)

125: 2021/03/18(木) 00:04:35.766 ID:zVwlmihw0
勇者「お前のやったことはこうだ」

勇者「魔物のせいで滅んだ村や町の復興ビジネスで、お前は急速に潤った。
   しかし、その後色んなビジネスに手を出すも、それは見事に失敗してしまった。
   復興は得意だったが、他のことをやる器用さはなかったんだな」

勇者「起氏回生を狙うが、国内のめぼしい村や町はだいたい復興が進んで、
   今さら手をつけられそうな場所はどこにもない」

勇者「だから、あんたは考えたんだ。“滅びた町や村がないなら作ればいい”って」

女剣士「滅んだ村を……作る? まさか……!」

勇者「そう、それが君の故郷だ。氏刑囚の故郷でもある」

勇者「今も周囲を固めてるお強そうな私兵たちを使って、村人を斬り頃し、焼き払い、
   自作自演の復興ビジネスをやったんだ」

勇者「村唯一の生き残りである君を雇ったのは……美談にでもするつもりだったんだろう」

128: 2021/03/18(木) 00:06:15.496 ID:zVwlmihw0
勇者「だが、これだけの大事件、本格的な調査が入らないはずがない」

勇者「焦ったあんたは……独自の情報網で女剣士ちゃんの兄貴を見つけ出し、脅した。
   『村を焼いた犯人になれ。さもなくば雇ってる妹を頃す』と」

勇者「兄貴は受け入れるしかなかった……。
   兄貴にとっても実業家は仇なわけだが、妹の命を優先したんだ」

勇者「こうして犯人は逮捕され、氏刑になってめでたしめでたし……とはいかなかった」

再びメモを見る。

勇者「なんと、氏刑囚は監獄から逃げ出してしまう!」

ザワザワ…

131: 2021/03/18(木) 00:09:13.976 ID:zVwlmihw0
勇者「なんで逃げたかっていうと、これは少女ちゃ……俺の完全な推測だが、
   処刑寸前こんなやり取りがあったんじゃないか?」



処刑人『これより処刑を開始する』

氏刑囚『…………』

処刑人『ああ、冥土の土産に教えてやるよ』

氏刑囚『なんだ……?』

処刑人『お前が無実の罪を被ってまで助けた妹だが……
    実業家さんがある町の顧問に就任したら用済みってことで始末されるんだとよ。
    きっとせいぜい弄ばれてからな』

氏刑囚『…………ッ!』



勇者「逆上した氏刑囚はその場で処刑人と看守数名をボコボコにして逃亡」

勇者「多分処刑に関わったのは全員、実業家の息がかかった連中だったんだろう。
   最後の最後に油断して口を滑らせやがったんだ」

134: 2021/03/18(木) 00:12:36.757 ID:zVwlmihw0
勇者「さて、こうして命を狙われる立場になった実業家……
   兵には自信はあるが、氏刑囚もかなりの使い手だ。万が一ということもある」

勇者「だから……氏刑囚には“絶対勝てる相手”をぶつけることにした」

女剣士「勝てる相手って……?」

勇者「君だよ、もちろん」

女剣士「あ……!」

勇者「氏刑囚は絶対妹には手を出せない。つまり、妹をぶつければ絶対勝てる」

勇者「だから女剣士ちゃんに休暇を与え、修行させ、実力をつけさせることにした。
   妹に兄を殺させようとしたんだ」

勇者「んで、女剣士ちゃんは俺に弟子入りした、と」

勇者「えー……大変長くなってしまったが、これがお前のやろうとしたことだ。実業家」

勇者「どうだッ!?」

実業家「…………」

137: 2021/03/18(木) 00:15:39.122 ID:zVwlmihw0
ザワザワ…

町長「実業家さん、これはいったい……」

実業家「下らん。全てあの自称勇者の妄想に過ぎん」

勇者「自称じゃねえよ。本物だよ」

実業家「今の作り話……よくできてはいたが、しょせん妄想は妄想。証拠のかけらもない。
    君のことは町を追放どころじゃ済まさない。
    公衆の面前で私の名誉を傷つけた罪で……監獄に叩き込んであげよう」

勇者「なんだと……!(あのペーペー看守、サービスしてくれればいいけど)」



少女「証拠なら、あるよ!!!」

143: 2021/03/18(木) 00:18:36.694 ID:zVwlmihw0
勇者「少女ちゃあん!」

少女「ごめん、時間かかっちゃった」

少女「お姉さん、ごめんね。あたしたち、あなたの両親の遺体、勝手に調べちゃったの」

女剣士「え……!」

少女「だけど、勇者は一目で見抜いたよ。
   あなたのお父さんお母さん、“特殊な剣”で斬られてるって!」

女剣士「特殊な剣……! それってもしかして……!」

少女「うん、お姉さんの持ってるやつと同じ剣!
   たしかお姉さんの剣は、≪実業家私兵隊≫にしか配られない剣なんだよね?」

少女「お医者さんにも診てもらって、ちゃーんと証明書をもらってきたよ!」バッ

少女「これぞあんたが自分の兵に村を襲わせた……動かぬ証拠!」

実業家「…………ッ!」

146: 2021/03/18(木) 00:22:19.288 ID:zVwlmihw0
女剣士「ということは……実業家さん!
    やっぱりあなたが私の村を! 両親を! みんなをッ!」

実業家「ぐっ……」

勇者「こいつをしかるべきところに持ってけば、お前は破滅だな」ピラピラ

実業家「…………」

勇者「ん? また言葉を失っちゃったか?」

実業家「つまり、まだ持っていってはないわけだ」

勇者「まあな。そんな時間なかっただろうし」

実業家「ク、ククク……つまりそれを奪ってしまえば、なんの問題もないわけだ。
    証拠さえなければ……事実などどうにでもなる!」

実業家「隊長ッ!」

隊長「はい」

実業家「あの自称勇者と小娘……それと兄妹。全員始末しろ!」

隊長「分かりました」ニヤ…

151: 2021/03/18(木) 00:24:18.867 ID:zVwlmihw0
隊長「全員かかれっ!」

ワァァァァッ! ドドドドド…

襲いかかる私兵たち。

氏刑囚「くっ……!(流石にこうまとめてかかってこられたら……!)」

女剣士「こんな堂々と私兵を動かすなんて……」

少女「あたしら四人さえ消しちゃえば、あとはいくらでも揉み消してみせるって算段だろうね。
   実際、氏刑囚討伐だとか口実はいくらでも作れるし」

少女「だけど大丈夫」

女剣士「え?」

少女「なんたってこっちには、自称勇者がいるもんね」

勇者「だから自称じゃないって! ガチ勇者だって!」

154: 2021/03/18(木) 00:27:17.134 ID:zVwlmihw0
勇者「ざっと50人ってところか……。10人ぐらいは女剣士ちゃんと兄貴に任せる。
   残りは俺が引き受ける」サッ

女剣士「40人を一人で……? 無茶です!」

少女「大丈夫大丈夫」

女剣士「でも!」

少女「だってあたし……この勇者と出会ってから、こと剣に関しては負けたりしくじったところ、
   見たことないもん」

勇者「一ヶ月間の修行の成果見せてやれ!」

女剣士「は……はいっ!」

勇者「氏刑囚! お前もせっかく再会できた妹の前で氏ぬなよな!」

氏刑囚「あ、ああ!」

155: 2021/03/18(木) 00:29:19.544 ID:zVwlmihw0
女剣士(力を抜いて……)

女剣士「でやっ!」

ズバッ!

私兵A「ぐあっ……!」

私兵B「くそっ、このアマぁ!」ブンッ

背後から斬りかかる。

氏刑囚「させるか!」ザンッ!

私兵B「ぐぶぅっ!」

女剣士「あ、ありがとう!」

氏刑囚「気を抜くな! まだまだ敵はいるぞ!」

156: 2021/03/18(木) 00:31:23.377 ID:zVwlmihw0
女剣士「さすがに……強いですね」

氏刑囚「これでも捕まる前はそれなりに有名だったからな」

氏刑囚(だが……なんなんだあいつは!?)



勇者「ほれっ、ほれっ」ズバッ! ザシュッ!

「ぐあっ!」 「ぎゃっ!」 「いでえっ!」



氏刑囚(一人で何十人も相手しておきながら……まるで危なげがない)

氏刑囚(俺や妹とは……次元が違う!)

氏刑囚(この自称勇者……いったい何者なんだ!?)

159: 2021/03/18(木) 00:34:07.052 ID:zVwlmihw0
氏刑囚(俺が知る剣士の中でこれほどの使い手はただ一人――)

氏刑囚(一度だけ姿を見たことがある……“勇者様”しかいない!)



勇者「どうしたどうした。ほれほれほれほれほれ」キンッ! キンッ!

私兵C「く、くそぉ~!」ガキンッ!



氏刑囚(だが、こいつは“勇者様”とは明らかに別人!)

氏刑囚(なんなんだこいつは!?)

161: 2021/03/18(木) 00:37:19.031 ID:zVwlmihw0
隊長(なんなのだ、こいつら! ――特にあの自称勇者が強すぎる!)

隊長(こうなったら……!)ダッ

少女「ゲ、こっち来た!」

隊長(こいつを人質にして突破口を……!)

ギィンッ!

隊長「む!」

グググ…

女剣士「隊長……あなたも村の殺戮に関与してたんですね?」

隊長「当たり前だろ? ちっぽけな村だったから皆頃しに時間はかからなかったぞ」

女剣士「……許せない!」

隊長「ほざけ小娘! お前如きが俺の相手になると思うか!」

163: 2021/03/18(木) 00:40:35.306 ID:zVwlmihw0
――ガキンッ!

隊長「この短期間でやるようになったなァ!」

女剣士「絶対に……倒す!」

キィンッ! ギンッ!

ビシュッ…

女剣士「くっ……!」



氏刑囚「まずい!」ダッ

勇者「大丈夫だ、手を出すな」

氏刑囚「!」

勇者「今の女剣士ちゃんは……あんな奴には負けねえよ。俺が約束通り強くしてやったからな」

164: 2021/03/18(木) 00:42:43.585 ID:zVwlmihw0
隊長「いくら腕を上げたといっても、しょせん女! こうやって力で攻めれば――」

ガギィンッ!

女剣士「うぐ……っ!」

強烈な一撃を受け止め、よろめく。

隊長「こうなる。もう腕に力が入らないだろう」

女剣士「はぁ、はぁ、はぁ……」

隊長「罪を被った兄に、仇の組織に入った妹。お前らはホントつくづくバカな兄妹だよ」

隊長「くたばれぇっ!!!」ダッ

女剣士(……来た!)

165: 2021/03/18(木) 00:45:40.707 ID:zVwlmihw0
女剣士(力を抜いて……)ユラ…

ブウンッ!

隊長「ちっ、外した!」

女剣士(大事なのはメリハリ……。一気に……力を爆発させるッ!!!)



――ズバァッ!



隊長「ぐぶぁっ……! こ、小娘ぇ……!」

ドザッ……

女剣士(やったよ……お父さん、お母さん……)

167: 2021/03/18(木) 00:49:13.319 ID:zVwlmihw0
隊長が倒れ、私兵隊は総崩れとなった。

勇者「残るは……あの元凶だけだ」

実業家「ひっ!」

勇者「女剣士ちゃん、君に任せる」

氏刑囚「俺もそれでかまわない」

女剣士「はい」ザッ

実業家「あ、ああ、あああっ……! 待て……待ってくれ!」

女剣士「あなたは……私、いえ私たち兄妹から全てを奪った……。到底許すことはできません」

実業家「ひ、ひ、ひいいい……!」

女剣士「覚悟ッ!!!」

シュバァッ!

168: 2021/03/18(木) 00:52:16.049 ID:zVwlmihw0
女剣士「…………」

女剣士は斬らなかった。

女剣士「あなたには正当な裁きを受けさせます。
    もちろん、あなたの力が及ばない……中央の裁判所や監獄で」

女剣士「そして今までの罪を……全て暴いてもらう!」

剣を突きつける。

実業家「ぐっ……! ぐおおおぉぉぉぉぉぉ……!」

頭を抱え、崩れ落ちる。

女剣士「…………」

勇者「これでよかったのかい」

女剣士「はい。ここで斬ってしまえば、暴かれない“闇”もあると思いますので」

169: 2021/03/18(木) 00:55:32.346 ID:zVwlmihw0
少女「でもさぁ、勇者」

勇者「ん?」

少女「この町の空気……どうすんの? 町の顧問が大犯罪者になっちゃってみんな困惑してるよ」

勇者「うわぁ……」



ザワザワ… ドヨドヨ…



勇者「ここは……俺が勇者としてビシッと決めるしかない!」

170: 2021/03/18(木) 00:58:17.784 ID:zVwlmihw0
ダンッ!

演説台に駆け上がる勇者。

勇者「コホン。というわけで……」

勇者「俺たちの勝利だーッ!!!」



ワァァァァッ!!!



「いいぞーっ!」 「勇者さんかっけえ!」 「よかったよかった!」

少女「こいつ、ムリヤリまとめやがった」

町長「ふむ……この町はとりあえず、今後も今まで通りということじゃな」

171: 2021/03/18(木) 01:00:36.960 ID:zVwlmihw0
氏刑囚「…………」

女剣士「…………」

氏刑囚「すまなかった」

女剣士「いえ、私の方こそ何も知らず斬りかかって……」

氏刑囚「俺が悪いんだ……。俺が自首なんてバカなことしなきゃ……。
    実業家にいいように踊らされてしまった……」

女剣士「そんなことない! 兄さんは私のために……!」

氏刑囚「……俺を兄って認めてくれるのか」

女剣士「認めるもなにも……兄さんは兄さんじゃない」

氏刑囚「ありがとう……!」

173: 2021/03/18(木) 01:03:28.950 ID:zVwlmihw0
氏刑囚「お前は……本当に立派になった。
    強さはもちろん、見た目も俺の記憶にある母さんそっくりだ」

女剣士「兄さん……」

女剣士「にいさぁぁぁぁぁん!」ギュッ…

抱き合う兄妹。



少女「あの二人も……何とかなりそうだね」

勇者「ああ、幼い頃に生き別れたけど……あの二人にはそんなこと関係ない。
   いい……兄と妹だ」

…………

……

175: 2021/03/18(木) 01:08:49.866 ID:zVwlmihw0
……

少しして、女剣士が勇者の家を訪れる。

勇者「いらっしゃい。あれから……事件はどうなった?」

女剣士「はい、実業家と私兵たちはもちろん逮捕されて……厳しく尋問されてるようです。
    正当な裁きが下ることでしょう」

勇者「兄貴は?」

女剣士「また監獄に戻りました。ですが、少し取り調べや手続きをしたら、
    すぐにでも釈放されるそうです」

少女「そりゃそうだよ。村を滅ぼしたのはあいつらなんだから!」

勇者「よかったよかった。で、君はどうするつもりだ?」

女剣士「それなんですけど……」

177: 2021/03/18(木) 01:11:39.766 ID:zVwlmihw0
女剣士「私をもう少し、勇者さんのところに置いて頂けないでしょうか」

勇者「!」

女剣士「あなたたちがいたから、私は仇を討つことができた……。
    私、お二人のもとでもっと勉強したいんです! 剣だけじゃなく……色んなことを」

勇者「…………」

勇者「どう? 少女ちゃん」

少女「そこであたしに聞くんかい。自分で返事しなさい」

勇者「分かった……。えぇと、誠に心苦しいんだが……」

女剣士「はい……」

178: 2021/03/18(木) 01:13:25.556 ID:zVwlmihw0
勇者「いいよ! 大歓迎!」

女剣士「えっ!」

少女「あたしも大歓迎!」

女剣士「いいの!?」

少女「うん、一人でこの勇者のお守りするのキツかったんだよね~」

勇者「お守りて」

少女「というわけでよろしくね!」

女剣士「うん! 二人で勇者シッターしようね!」

勇者「勇者シッターて」

…………

……

181: 2021/03/18(木) 01:16:46.737 ID:zVwlmihw0
― 城 ―

従者「……という事件があったとのことです」

真勇者「実業家殿……私も会ったことがあるが、そのような悪事に手を染めていたとはな。
    非常に残念だ」

従者「それともう一つ、気になるニュースが」

真勇者「なんだ?」

従者「その事件を解決した者が……なんと“勇者”を名乗っているというのです。
   しかも、『自分こそが本物だ』と」

真勇者「……なんだと?」

従者「いかがいたしましょう。勇者様の名を騙るなど万氏に値する大罪……。
   いっそ兵を差し向けて……」

真勇者「いや、その必要はない」

従者「ですが……」

真勇者「必要ないといったのだ」

従者「も、申し訳ありません!」

184: 2021/03/18(木) 01:19:33.833 ID:zVwlmihw0
真勇者「しかし、放っておくわけにもいくまい」

従者「と、おっしゃいますと?」

真勇者「その勇者とやらがいる地に……私自ら、出向かねばなるまい……!」





― おわり ―

188: 2021/03/18(木) 01:23:13.789 ID:zVwlmihw0
最終話『二人の勇者』



大型の馬車が町を訪れる。

御者「勇者様、到着いたしました」

真勇者「ご苦労。あとは自分の足で向かう」



ザワザワ… ドヨドヨ…

「誰だよあれ? すげえ馬車から出てきたぜ」

「よっぽどのお偉いさんに違いない……」

「凄まじい威厳だ……ひれ伏したくなっちまう」

190: 2021/03/18(木) 01:26:15.254 ID:zVwlmihw0
― 勇者の家 ―

コンコン…

女剣士「はい」

真勇者「失礼する」

女剣士「え……ッ!」

女剣士(誰……? とてつもない威圧感だわ……)

真勇者「この家の主が、“勇者”を名乗ってると聞いたのだが、間違いないかね?」

女剣士「失礼ですが、あなたは?」

真勇者「これは失敬。私は……“勇者”だ」

女剣士「!」

女剣士(……まさか、本物の勇者様!? 勇者さんを処罰しにやってきたというの!?)

193: 2021/03/18(木) 01:29:13.721 ID:zVwlmihw0
勇者「誰か来たの?」

少女「お客さん?」

女剣士「あ、あの……」

勇者「あっ!」

真勇者「…………」

しばし、見つめ合う。

勇者「懐かしいなぁ!」

真勇者「ああ……五年ぶりか」

女剣士「え……え!?」

勇者「少女ちゃん、お酒用意して!」

少女「はいはーい」

196: 2021/03/18(木) 01:32:07.609 ID:zVwlmihw0
勇者「カンパーイ!」

真勇者「乾杯」

カチンッ

女剣士(私は夢でも見ているの!?
    大英雄である勇者様が目の前にいて……勇者さんと乾杯してる!)

女剣士「少女ちゃん、どういうことか分かる?」

少女「んー、あたしにも分からないな」

勇者「ぷはーっ、うめえ!」

真勇者「ああ……こんなうまい酒は久しぶりだ」

201: 2021/03/18(木) 01:35:27.438 ID:zVwlmihw0
女剣士「あ、あの……」

勇者「ん?」

女剣士「お二人は……一体どういう関係なんですか?」

勇者「それはもう、とろけるようなあま~い……」

真勇者「気色悪いことをいうな!」

勇者「冗談だよ、冗談」

真勇者「よかろう。君たちには全て話してしまおう。私とこいつは……“二人”で魔王を倒したのだ」

女剣士「ええっ!?」

勇者「驚いてる、驚いてる」ニヤニヤ

少女「ホントに倒してたんだ……!」

勇者「ちょっと待って、少女ちゃん! そこは『分かってたよ』ってなるとこでしょ!
   長年付き合ってるんだからさぁ!」

少女「剣の腕は認めてたけど、魔王倒してるってのはホラだと思ってた」

勇者「マジかぁ……」

203: 2021/03/18(木) 01:38:41.936 ID:zVwlmihw0
真勇者「私は国から命じられた“勇者”として――」

勇者「俺はこいつの“相棒”として、魔王を倒す旅に出た」

真勇者「知っての通り、我々はどうにか魔王を討ち取った。
    我々の功績は国中に公表され、さまざまな恩賞を受けることができるはずだった。
    ところが、陛下はこうおっしゃったのだ」



国王『魔王はあくまで勇者一人で倒したことにせねばならぬ。
   そうでなければ、“勇者の伝説”に相応しくないのでな』

国王『もし、“二人で倒した”と公表するのなら……勇者を勇者とは認めぬ。
   恩賞の話もなかったことにしてもらう』



勇者「ざっくりいうと『魔王は勇者一人で倒したことにしなきゃ、地位も名誉もやらねえぞ』と」

女剣士「ひどい話ですね……」

勇者「まあね。だけど、俺はそれなりに金もらえたし、別にかまわなかったんだ。
   なのにこいつがカンカンに怒っちゃって……」

204: 2021/03/18(木) 01:41:46.137 ID:zVwlmihw0
勇者『二人で魔王を倒したのに、国から“魔王を倒した”と認められるのは私一人だけとはどういうことか!
   こんなバカげた話があるか!』

相棒『いいじゃねえかよ。俺は高い地位につくとか柄じゃねえし』

勇者『ふざけるな! もしお前の存在を世間に公表しないのならば、私とて地位や名誉などいらん!』

相棒『それじゃなんのために戦ったんだよ、お前は。
   勇者として魔王を倒したら、重職について国をよりよいものに変えるとかいってたじゃん』

勇者『なんとでもいえ! 私は決めた! 全てを公表し、勇者の称号は捨てる!』

相棒『お前は一度いったら聞かないからなぁ……』



少女「うへえ、頑固だねえ」

勇者「ダイヤモンド並みに固いからな、頭が」

女剣士「それでどうなったんですか?」

勇者「だから、俺は……」

205: 2021/03/18(木) 01:45:23.638 ID:zVwlmihw0
相棒『分かったよ。俺は俺で勝手に“勇者”を名乗る!』

勇者『!』

相棒『首都から遠く離れた町で、“俺は勇者だ”“お前は偽者だ”って主張しまくってやる。
   活躍しまくって絶対有名になってみせる』

相棒『だからお前も気にせず“勇者”として恩賞を受けろ』

相棒『で、もし……俺の噂を聞いたら……会いに来てくれよ。そしたら酒でも飲もう』

相棒『――約束だ』

勇者『本当に……やるのか?』

相棒『ああ、俺が約束を破ったことがあるか?』



勇者「……ってわけだ」

女剣士「だから……ずっとこの町で勇者を名乗ってたんですね。約束を守って……」

207: 2021/03/18(木) 01:48:55.562 ID:zVwlmihw0
真勇者「しかし、あれから五年……ずいぶん待たせてくれたものだ」

勇者「バカ、お前の耳が遠いんだよ」

ハッハッハ… アハハハハ…

女剣士「やっと分かりました。あなたに黒い噂がつきまとってた理由が」

真勇者「うむ、私がこいつと組んでたところを見た人間はそれなりにいる。
    なのに、魔王を倒したのは私一人の手柄になっているのだからな。
    私が手柄を独占したのでは、と考える人間が出るのは当然のことなのだ」

真勇者「しかし、いずれきちんと公表するつもりでいる」

勇者「いや、しなくていいよマジで。遠慮とかじゃなく」

少女「うんうん。歴史の陰に隠れた勇者様の相棒がこれじゃみんな幻滅しちゃう」

勇者「幻滅て」

アハハハハ…

209: 2021/03/18(木) 01:52:04.051 ID:zVwlmihw0
真勇者「ああそれと、女剣士さん」

女剣士「は、はいっ!」

真勇者「愚かな野心のために故郷を失ったと聞いている。私の力がまだまだ至らないばかりに……」

女剣士「いえ、そんな! 悪いのは実業家なんですから……」

真勇者「実業家殿は間違いなく極刑になるだろう。
    そして、二度とこのような事件が起きぬよう、対策に努めていく」

女剣士「どうか……お願いいたします!」

少女「いやー、超真面目。同じ勇者でもここまで違うとはね」

勇者「くそう……剣の腕は五分五分だったのに……」

210: 2021/03/18(木) 01:54:40.584 ID:zVwlmihw0
酒の席は進み――

勇者「あん時、お前が逃げてよぉ~。一人でデビルと戦うはめになって……」

真勇者「違う! あれは戦略的撤退で……」

アハハハ…

少女「ねーねー、勇者様」

真勇者「なんだい?」

少女「魔王を倒した時のことを教えてよ! 自称勇者は教えてくれないから!」

女剣士「あっ、私も聞きたかったです! 教えて下さい!」

真勇者「…………」

真勇者「いいたくない」

少女「えっ、どうしてー!」

女剣士(勇者さんと同じ答えだ……)

212: 2021/03/18(木) 01:57:12.170 ID:zVwlmihw0
真勇者「理由は簡単だ」

少女「なに?」

真勇者「あんな化け物との戦いを……二度と思い出したくないからだ! 口にしたくもないッ!」

勇者「な? だよな!」

真勇者「魔王は本当に強かった……。いや、あれは、本当に……強すぎる……」

勇者「戦闘中、何度諦めたか分からないもんな……」

真勇者「倒した時感じたのは、感激や達成感ではなく、ただただ安堵だった……」

勇者「分かるゥ! 嬉しいとか感じる余裕もなかった!」

真勇者「私は断言できる」

真勇者「もし、また魔王が現れたとしたら……私は絶対戦わないと! 二度とゴメンだ!」

勇者「俺も! 次は他の奴に任す!」

少女「ものすごい問題発言が飛び出たよ……」

女剣士「それにこの二人がそれほど恐れるなんて……魔王はどれだけ強かったの……」

216: 2021/03/18(木) 02:01:40.778 ID:zVwlmihw0
翌日になり――

勇者「もう行っちゃうのか」

真勇者「ああ、これでも忙しい身なのでな」

勇者「また遊びに来てくれよ」

真勇者「もちろんだ。よければ、お前も城に遊びに来てくれ。そちらの二人もご一緒に」

勇者「国賓級の扱いで頼むわ」

女剣士「勇者様、お元気で!」

少女「じゃあねー!」

微笑むと、真勇者はマントをひるがえし、帰っていった。

217: 2021/03/18(木) 02:04:26.869 ID:zVwlmihw0
勇者「久々の再会も果たしたし、今日もはりきって仕事するか!」

少女「うん!」

女剣士「はい!」

勇者「ついにあいつに俺の名が届いたし、こりゃいよいよ俺が本物の勇者って、
   みんなが認める日が近いかもな!」

少女「うん、近い近い。きっと千年後ぐらいには実現できるんじゃない?」

勇者「せ、千年!?」

女剣士「長生きしないといけませんね」クスッ

女剣士(この国には二人の勇者がいる。どちらもとても強くて……そしてステキな人だ)







― おわり ―

218: 2021/03/18(木) 02:04:54.001 ID:zVwlmihw0
以上で完結です
ありがとうございました

219: 2021/03/18(木) 02:06:09.970

220: 2021/03/18(木) 02:06:21.519

面白かった

引用元: 勇者「俺が本物の勇者なの! 城でふんぞり返ってるあの野郎は偽者なの!」