1: 2014/03/26(水) 20:07:21 ID:h10GYG3Y
もっと泣いたりするのかと思ってた。
でも現実は、ずいぶんあっけなかった。
パワーショベルが外壁に触れる。
ばあん。
ばらら。ばらら。
マンチェスターのハシエンダみたいに。
豊島区のトキワ荘みたいに。
茶色い芝生を踏みしめて、わたしはそれを眺めたんだ。
さよなら、さよなら。
本当にほんとに、さよなら、だね。
きっかけは、憂による一本の電話からだった。
でも現実は、ずいぶんあっけなかった。
パワーショベルが外壁に触れる。
ばあん。
ばらら。ばらら。
マンチェスターのハシエンダみたいに。
豊島区のトキワ荘みたいに。
茶色い芝生を踏みしめて、わたしはそれを眺めたんだ。
さよなら、さよなら。
本当にほんとに、さよなら、だね。
きっかけは、憂による一本の電話からだった。
2: 2014/03/26(水) 20:08:47 ID:h10GYG3Y
*
唯「ただいまー」
真っ暗闇に声を掛けてから、部屋の電気をつける。
ぱちり。ぱあっと部屋が明るくなる。わたしはこの瞬間が嫌いだった。
だってひとりきりの自分が、はっきりと浮き上がってしまう気がするから。
東京に出てきてから、もう三年がたった。
勤め先は、小さな代理店。
卒業前ぎりぎりで内定を勝ち取って、みんな泣いて喜んでくれたっけ。
高校、大学と一緒だったみんなとも、社会に出るとばらばらになってしまった。
職場は優しくていい人ばっかりだけど、時々ふっと寂しさがこみ上げる。
いけない、いけない。
ばいばいしなくちゃ。
大人にならなくちゃ、ね。
唯「ただいまー」
真っ暗闇に声を掛けてから、部屋の電気をつける。
ぱちり。ぱあっと部屋が明るくなる。わたしはこの瞬間が嫌いだった。
だってひとりきりの自分が、はっきりと浮き上がってしまう気がするから。
東京に出てきてから、もう三年がたった。
勤め先は、小さな代理店。
卒業前ぎりぎりで内定を勝ち取って、みんな泣いて喜んでくれたっけ。
高校、大学と一緒だったみんなとも、社会に出るとばらばらになってしまった。
職場は優しくていい人ばっかりだけど、時々ふっと寂しさがこみ上げる。
いけない、いけない。
ばいばいしなくちゃ。
大人にならなくちゃ、ね。
3: 2014/03/26(水) 20:10:04 ID:h10GYG3Y
現在のわたしの住家は、都内のアパートの六階。
非常階段から上がって、みっつめの部屋だ。
唯「わたしのへーやはろっかい♪ ベルト、ゆるーめたまーまのー♪」
鼻歌も、お隣さんに気を遣って小声で。
本当はスタンドに立てかけてあるギー太を持って歌いたかったんだけど、時間を思い出して、やめた。
小さな歌声で大きな夢を、平沢唯が午前0時と18分をお知らせします。
唯「シャワー浴びなきゃ」
でも、お腹すいちゃった。夕御飯は、残業中にデスクで食べたコンビニのカレー。
中辛だった。大人味だって思い出して、ひとりくすくす笑う。
非常階段から上がって、みっつめの部屋だ。
唯「わたしのへーやはろっかい♪ ベルト、ゆるーめたまーまのー♪」
鼻歌も、お隣さんに気を遣って小声で。
本当はスタンドに立てかけてあるギー太を持って歌いたかったんだけど、時間を思い出して、やめた。
小さな歌声で大きな夢を、平沢唯が午前0時と18分をお知らせします。
唯「シャワー浴びなきゃ」
でも、お腹すいちゃった。夕御飯は、残業中にデスクで食べたコンビニのカレー。
中辛だった。大人味だって思い出して、ひとりくすくす笑う。
4: 2014/03/26(水) 20:10:59 ID:h10GYG3Y
唯「なんかないかなー……っと」
冷蔵庫を開く。入っていたのは、コーラと玉ねぎとバターとドレッシング、それと脱臭剤。
唯「フレンチ・ドレッシングの脱臭剤炒めは?」
そう呟いたけど、憂の顔が浮かんできて、笑えなかった。
今のわたしの状況を見たら、どう思うのかな。
怒るかな。呆れるだろうか。ひょっとしたら、泣いちゃうかも。
ごめんね、憂。
冷蔵庫を開く。入っていたのは、コーラと玉ねぎとバターとドレッシング、それと脱臭剤。
唯「フレンチ・ドレッシングの脱臭剤炒めは?」
そう呟いたけど、憂の顔が浮かんできて、笑えなかった。
今のわたしの状況を見たら、どう思うのかな。
怒るかな。呆れるだろうか。ひょっとしたら、泣いちゃうかも。
ごめんね、憂。
5: 2014/03/26(水) 20:11:45 ID:h10GYG3Y
それからわたしは、棚にカップラーメンがあるのを思い出した。お湯を注ぐ。きっちり三分。
カップ麺は偉大な発明だ。どんなに偉い人間でも、この三分間は必ず待たされる。
昔カップヌードルが、平和を願うような内容のCMを流したことがあったけど、けっこう理に適っていたのかもしれない。
わたしがそのCMをリメイクし直すなら、キャッチコピーはこうだ。
「平等なる時間。平和を祈ろう三分間」
南ぁ無ぅー。
カップ麺は偉大な発明だ。どんなに偉い人間でも、この三分間は必ず待たされる。
昔カップヌードルが、平和を願うような内容のCMを流したことがあったけど、けっこう理に適っていたのかもしれない。
わたしがそのCMをリメイクし直すなら、キャッチコピーはこうだ。
「平等なる時間。平和を祈ろう三分間」
南ぁ無ぅー。
6: 2014/03/26(水) 20:13:26 ID:h10GYG3Y
カップラーメンが出来上がる間、わたしはコーラのプルタブを押し上げた。
取りあえず、ひとくち。
唯「あまいっ!」
しゅわしゅわが喉にきて、頭がきーんとする。ビールを初めて飲んだときを思い出した。
でも、ビールはいつまでたっても苦手だ。甘くないし。
女の子は、甘いのが好きなんだもんねっ。
会社の飲み会は仕方ないから、最初にビールを、それ以降はカルーアミルクを、ちびちび飲んでる。
だけど甘くて美味しいからって、飲みすぎは禁物。あれ、アルコール度たかいしね。
時計をちらり。そろそろお待ちかねの三分だ。五秒前。
5、4、3、2、
そのとき、携帯電話が鳴った。
取りあえず、ひとくち。
唯「あまいっ!」
しゅわしゅわが喉にきて、頭がきーんとする。ビールを初めて飲んだときを思い出した。
でも、ビールはいつまでたっても苦手だ。甘くないし。
女の子は、甘いのが好きなんだもんねっ。
会社の飲み会は仕方ないから、最初にビールを、それ以降はカルーアミルクを、ちびちび飲んでる。
だけど甘くて美味しいからって、飲みすぎは禁物。あれ、アルコール度たかいしね。
時計をちらり。そろそろお待ちかねの三分だ。五秒前。
5、4、3、2、
そのとき、携帯電話が鳴った。
7: 2014/03/26(水) 20:14:10 ID:h10GYG3Y
わたしはびっくりして、持っていた割箸を落としてしまった。
ディスプレイを見遣る。無機質に表示されている文字は、「平沢憂」。
唯「ういー!」
わたしは嬉しくなって、落ちた割箸もそのままに、携帯を耳に当てた。
だって憂からの電話、何か月ぶりだろう。
ディスプレイを見遣る。無機質に表示されている文字は、「平沢憂」。
唯「ういー!」
わたしは嬉しくなって、落ちた割箸もそのままに、携帯を耳に当てた。
だって憂からの電話、何か月ぶりだろう。
8: 2014/03/26(水) 20:15:26 ID:h10GYG3Y
久々に聞いた妹の声は、すごく申し訳なさそうだった。
憂『あ、お姉ちゃん? ごめんね、こんな時間に』
唯「いやいや大丈夫だよー。今帰ってきたところ」
憂『こんな時間まで!? 大変だねお姉ちゃん……。ますます申し訳ないや』
唯「大丈夫だって。仕事も楽しいしねえ。憂は最近どう?」
憂は地元で、幼稚園の先生になった。
決まったとき、憂にぴったりだって、わたしは泣いて喜んだよ。
憂『わたしも楽しく働いてるよ。りょうちゃんって子がいるんだけど、今日ね……、
ってそうだ、いけない、今日お姉ちゃんに電話したのはね、』
唯「えーりょうちゃんの話はー?」
また今度ねって諭すように言ってから、続けた。
憂『桜が丘高校の校舎、無くなっちゃうんだって』
憂『あ、お姉ちゃん? ごめんね、こんな時間に』
唯「いやいや大丈夫だよー。今帰ってきたところ」
憂『こんな時間まで!? 大変だねお姉ちゃん……。ますます申し訳ないや』
唯「大丈夫だって。仕事も楽しいしねえ。憂は最近どう?」
憂は地元で、幼稚園の先生になった。
決まったとき、憂にぴったりだって、わたしは泣いて喜んだよ。
憂『わたしも楽しく働いてるよ。りょうちゃんって子がいるんだけど、今日ね……、
ってそうだ、いけない、今日お姉ちゃんに電話したのはね、』
唯「えーりょうちゃんの話はー?」
また今度ねって諭すように言ってから、続けた。
憂『桜が丘高校の校舎、無くなっちゃうんだって』
9: 2014/03/26(水) 20:17:19 ID:h10GYG3Y
最初、なんのことだか分からなかった。
唯「え? なくなる?」
憂『うん……。取り壊しだって』
唯「取り壊し……」
つぶやくように繰り返して、やっとどういうことか分かって、
唯「えっ、えっ?」
狼狽。うろたえ。心臓のスピードが、速くなる。
唯「え? なくなる?」
憂『うん……。取り壊しだって』
唯「取り壊し……」
つぶやくように繰り返して、やっとどういうことか分かって、
唯「えっ、えっ?」
狼狽。うろたえ。心臓のスピードが、速くなる。
10: 2014/03/26(水) 20:19:30 ID:h10GYG3Y
ごめんね。また憂が謝って、言った。
憂『わたしもさっき、純ちゃんから聞いて知ったんだけど』
唯「うん、うん」
携帯を持つ手に、力が入る。
空っぽの左手は、気付けば汗びっしょりだった。
憂『実は、前々から言われてたんだって』
それから憂は、淡々とわたしに説明した。
耐震強度が無いため、新校舎が建てられること。
それに伴って、わたしたちが使った校舎が壊されること。
これらはもう、決まってしまったことだということ。
憂の口調はニュースキャスターみたいに平坦で、わたしは憂もショックを受けてるんだって、気付いた。
だからわたしは、努めて明るく言った。
腐っても、お姉ちゃんだもんね。
憂『わたしもさっき、純ちゃんから聞いて知ったんだけど』
唯「うん、うん」
携帯を持つ手に、力が入る。
空っぽの左手は、気付けば汗びっしょりだった。
憂『実は、前々から言われてたんだって』
それから憂は、淡々とわたしに説明した。
耐震強度が無いため、新校舎が建てられること。
それに伴って、わたしたちが使った校舎が壊されること。
これらはもう、決まってしまったことだということ。
憂の口調はニュースキャスターみたいに平坦で、わたしは憂もショックを受けてるんだって、気付いた。
だからわたしは、努めて明るく言った。
腐っても、お姉ちゃんだもんね。
11: 2014/03/26(水) 20:20:46 ID:h10GYG3Y
唯「じゃあわたしたちの後輩ちゃんたちは、綺麗な校舎で勉強できるんだね!」
憂『うん……』
唯「うらやましいなー。あ、わたしは勉強しなかったけどねー」
憂『ふふ』
あ、笑ってくれた。
唯「えへへ」
憂『ほんと急にごめんね。どうしてもお姉ちゃんに話したくって』
唯「いーよいーよ。むしろ、わざわざありがとうね。憂も明日、早いんでしょ?」
憂『うん』
唯「じゃ、そろそろ、ね。ほら、良い子はもう寝る時間だよー」
憂『うん。それじゃまた、ゆっくり話そうね』
唯「もちろん! おやすみ、憂」
憂『おやすみ、お姉ちゃん』
憂『うん……』
唯「うらやましいなー。あ、わたしは勉強しなかったけどねー」
憂『ふふ』
あ、笑ってくれた。
唯「えへへ」
憂『ほんと急にごめんね。どうしてもお姉ちゃんに話したくって』
唯「いーよいーよ。むしろ、わざわざありがとうね。憂も明日、早いんでしょ?」
憂『うん』
唯「じゃ、そろそろ、ね。ほら、良い子はもう寝る時間だよー」
憂『うん。それじゃまた、ゆっくり話そうね』
唯「もちろん! おやすみ、憂」
憂『おやすみ、お姉ちゃん』
12: 2014/03/26(水) 20:21:53 ID:h10GYG3Y
唯「ふー……」
携帯をテーブルに置く。混乱していた。
憂は、気付いたかもしれない。わたしが空元気で喋ったってことに。
胸に手を当てる。通常の速度より、ずっと速いリズムを刻んでいた。
校舎が、無くなる。
みんなと過ごした、あの部室も。
唯「あー」
ベットに腰を下ろして、ぼんやりと天井を眺めた。
色々遠くなっちゃうなあって、悲しかった。
もう帰ってこないや。
やっぱり、大人になっちゃうんだね。
携帯をテーブルに置く。混乱していた。
憂は、気付いたかもしれない。わたしが空元気で喋ったってことに。
胸に手を当てる。通常の速度より、ずっと速いリズムを刻んでいた。
校舎が、無くなる。
みんなと過ごした、あの部室も。
唯「あー」
ベットに腰を下ろして、ぼんやりと天井を眺めた。
色々遠くなっちゃうなあって、悲しかった。
もう帰ってこないや。
やっぱり、大人になっちゃうんだね。
13: 2014/03/26(水) 20:24:53 ID:h10GYG3Y
*
それからわたしは、伸びきったラーメンをすすって(八つ当たりだけど言わせて。憂のばか!)、
シャワーを浴びて、布団に潜り込んだ。
せっかくだし地元に帰ろうと思い立ったのは、次の日の朝。
それから約一週間後。わたしは地元の道を、歩いていた。
本当は校舎のお別れ式に出席したかったんだけど、仕事の都合でどうしても出られなかった。
いい式だったよって、出席した憂が電話越しに、涙声で教えてくれたっけ。
唯「せかいくんしゅよ♪ さよーならー♪」
鼻歌まじりに歩く。まだちょっと肌寒いけど、道端は春を垣間見せていた。
今回の帰省は、日帰り。
家族との挨拶もそこそこに、わたしは外に出た。目的があったから。
そろそろかな……。
唯「あ」
わたしの母校が、姿を現した。
それからわたしは、伸びきったラーメンをすすって(八つ当たりだけど言わせて。憂のばか!)、
シャワーを浴びて、布団に潜り込んだ。
せっかくだし地元に帰ろうと思い立ったのは、次の日の朝。
それから約一週間後。わたしは地元の道を、歩いていた。
本当は校舎のお別れ式に出席したかったんだけど、仕事の都合でどうしても出られなかった。
いい式だったよって、出席した憂が電話越しに、涙声で教えてくれたっけ。
唯「せかいくんしゅよ♪ さよーならー♪」
鼻歌まじりに歩く。まだちょっと肌寒いけど、道端は春を垣間見せていた。
今回の帰省は、日帰り。
家族との挨拶もそこそこに、わたしは外に出た。目的があったから。
そろそろかな……。
唯「あ」
わたしの母校が、姿を現した。
14: 2014/03/26(水) 20:26:24 ID:h10GYG3Y
今日は、校舎が解体される日だった。
誰が決めたのかは知らないけど、これは決定事項。
きっと、偉い人が決めたのだろう。
社会は大抵、お偉いさんを中心に回ってる、らしいから。
でもカップ麺は必ず、平等な三分間を与えてくれるんだ。
わたしはそれを、通り越してしまったわけだけど。
実家から出る前、憂にも声を掛けたけど、行かないって言った。
憂「壊される姿なんて見たら、悲しくて今度こそ泣いちゃうよ……」
そっか……。
憂「だからお姉ちゃん。お見送りは頼んだよ」
唯「任せなさい!」
わたしは背筋を伸ばして、敬礼をした。
誰が決めたのかは知らないけど、これは決定事項。
きっと、偉い人が決めたのだろう。
社会は大抵、お偉いさんを中心に回ってる、らしいから。
でもカップ麺は必ず、平等な三分間を与えてくれるんだ。
わたしはそれを、通り越してしまったわけだけど。
実家から出る前、憂にも声を掛けたけど、行かないって言った。
憂「壊される姿なんて見たら、悲しくて今度こそ泣いちゃうよ……」
そっか……。
憂「だからお姉ちゃん。お見送りは頼んだよ」
唯「任せなさい!」
わたしは背筋を伸ばして、敬礼をした。
15: 2014/03/26(水) 20:28:12 ID:h10GYG3Y
校舎の様子を見る限り、まだ取り壊しは始まっていないようだった。
グラウンドの端には、平べったい仮設校舎が建っていた。屋根は真っ青で、素材はきっとプレハブ。
わたしはちょっと離れたところで、旧校舎を眺める。
ネットや足場で厳重に囲まれ、もうすぐ取り壊すのに、やけに大切に扱われているような気がして、可笑しかった。
辺りを見渡す。つなぎを着た作業の人ばっかりで、見物人は数えるほどしかいない。
式は、大勢の人が集まったらしいのに。
今日その人たちがいないのは、憂みたいにやっぱり、悲しいからかもね。
グラウンドの端には、平べったい仮設校舎が建っていた。屋根は真っ青で、素材はきっとプレハブ。
わたしはちょっと離れたところで、旧校舎を眺める。
ネットや足場で厳重に囲まれ、もうすぐ取り壊すのに、やけに大切に扱われているような気がして、可笑しかった。
辺りを見渡す。つなぎを着た作業の人ばっかりで、見物人は数えるほどしかいない。
式は、大勢の人が集まったらしいのに。
今日その人たちがいないのは、憂みたいにやっぱり、悲しいからかもね。
16: 2014/03/26(水) 20:29:47 ID:h10GYG3Y
そういえばこれも憂から聞いたんだけど、軽音部やクラスのみんなは、式にいなかったらしい。
言いだしっぺの純ちゃんは、いたらしいけどね。
社会に出てからみんなとは、一度も会ってないや。
電話もメールも。
同窓会の手紙に、常に欠席で出しているせいもあるけど、いざ携帯を手に取ると、遠慮しちゃうんだ。
忙しいんじゃないかなって。
唯「あーあ」
言いだしっぺの純ちゃんは、いたらしいけどね。
社会に出てからみんなとは、一度も会ってないや。
電話もメールも。
同窓会の手紙に、常に欠席で出しているせいもあるけど、いざ携帯を手に取ると、遠慮しちゃうんだ。
忙しいんじゃないかなって。
唯「あーあ」
17: 2014/03/26(水) 20:31:27 ID:h10GYG3Y
それからわたしは、作業している人に話しかけた。中に入らせて貰えないかって。
分かってはいたけど、やっぱり駄目だった。
そのとき、あまりに申し訳なさそうに返答されたので、わたしはひどく恐縮してしまった。
冷たくつっけんどんに、言ってくれればよかったのに。
唯「やな人間だなあ、わたしって」
そうつぶやいたら、ちょっと気持ちが軽くなって、わたしは笑ったよ。
分かってはいたけど、やっぱり駄目だった。
そのとき、あまりに申し訳なさそうに返答されたので、わたしはひどく恐縮してしまった。
冷たくつっけんどんに、言ってくれればよかったのに。
唯「やな人間だなあ、わたしって」
そうつぶやいたら、ちょっと気持ちが軽くなって、わたしは笑ったよ。
18: 2014/03/26(水) 20:32:47 ID:h10GYG3Y
しばらくしたら校舎の左横に、真っ黄色のパワーショベルが並んだ。
考えるまでもなく、あれで校舎を壊していくんだろう。
唯「どーん」
擬音を想像して口にしたけど、あまり実感が沸かなかった。
もうすぐ、もうすぐで、わたしたちの校舎がなくなっちゃう。
そう言い聞かせて気持ちを急かすけど、だめだった。
駄目なのは、もうわたしが諦めてるせいなのかな。
どうしようもないことだって、観念してるせいなのかな。
ふと、自分は冷たい人間になってしまったんだ、なんて思ってしまった。
憂は悲しいからって、ここに来なかった。
じゃあわたしは?
悲しくないから、ここに来ちゃったのかな?
考えるまでもなく、あれで校舎を壊していくんだろう。
唯「どーん」
擬音を想像して口にしたけど、あまり実感が沸かなかった。
もうすぐ、もうすぐで、わたしたちの校舎がなくなっちゃう。
そう言い聞かせて気持ちを急かすけど、だめだった。
駄目なのは、もうわたしが諦めてるせいなのかな。
どうしようもないことだって、観念してるせいなのかな。
ふと、自分は冷たい人間になってしまったんだ、なんて思ってしまった。
憂は悲しいからって、ここに来なかった。
じゃあわたしは?
悲しくないから、ここに来ちゃったのかな?
19: 2014/03/26(水) 20:34:07 ID:h10GYG3Y
それから、わたしたちが在学中に、もし取り壊しの話が出ていたらどうなっていただろう、って考えた。
きっと、わたしとりっちゃんが署名をしようなんて提案して、ムギちゃんは笑って賛成してくれて、
澪ちゃんとあずにゃんは溜息をつきながら、それでもわたしたちについて来てくれて、
唯「あ」
パワーショベルの先が、動いた。
ちょっと後ろに下がってから、勢いよく外壁に近づく。
唯「あ、あ」
当たった。
きっと、わたしとりっちゃんが署名をしようなんて提案して、ムギちゃんは笑って賛成してくれて、
澪ちゃんとあずにゃんは溜息をつきながら、それでもわたしたちについて来てくれて、
唯「あ」
パワーショベルの先が、動いた。
ちょっと後ろに下がってから、勢いよく外壁に近づく。
唯「あ、あ」
当たった。
20: 2014/03/26(水) 20:35:35 ID:h10GYG3Y
ばあん。
いや、ずどーん?
でも想像したよりずっと、乾いた音だった。
唯「あ……」
砕けた建物の一部が、下へと落ちていく。
端がちょっとだけ、欠けた校舎。そこに、容赦なくパワーショベルが近づく。
ばあん。
唯「もう、いいや」
帰ろう。憂が待つ実家に帰ろう。帰ってから、久々のおいしいご飯を、いっぱい食べよう。
けっきょく校舎が無くなるってことを、再確認しただけ。揺るぎない現実を、突きつけられただけ。
わたしは、麻痺してたんだ。一週間で何もかも分かったような気になった、だけだったんだ。
悲しい、かなしい。寂しいよ。思い出が、こぼれていってしまう。
これ以上見ていられなくて、わたしは踵を返した。
「きゃっ!」
と同時に、声がした。
いや、ずどーん?
でも想像したよりずっと、乾いた音だった。
唯「あ……」
砕けた建物の一部が、下へと落ちていく。
端がちょっとだけ、欠けた校舎。そこに、容赦なくパワーショベルが近づく。
ばあん。
唯「もう、いいや」
帰ろう。憂が待つ実家に帰ろう。帰ってから、久々のおいしいご飯を、いっぱい食べよう。
けっきょく校舎が無くなるってことを、再確認しただけ。揺るぎない現実を、突きつけられただけ。
わたしは、麻痺してたんだ。一週間で何もかも分かったような気になった、だけだったんだ。
悲しい、かなしい。寂しいよ。思い出が、こぼれていってしまう。
これ以上見ていられなくて、わたしは踵を返した。
「きゃっ!」
と同時に、声がした。
21: 2014/03/26(水) 20:37:11 ID:h10GYG3Y
唯「え」
信じられなかった。
だって後ろにいたのは、
唯「あずにゃん……」
梓「もう、急に振り返らないで下さいよ……」
唯先輩を驚かそうとしたのに、わたしが驚いちゃったじゃないですか。
そう言って、口を尖らす。
しばらく放心して。
唯「あずにゃーん!」
梓「わっ!」
飛びついた。
あの日と変わらない、ツインテールが揺れる。
背後では相変わらず、乾いた音が響いていた。
でもわたしの腕の中は、確かに温かかったんだ。
信じられなかった。
だって後ろにいたのは、
唯「あずにゃん……」
梓「もう、急に振り返らないで下さいよ……」
唯先輩を驚かそうとしたのに、わたしが驚いちゃったじゃないですか。
そう言って、口を尖らす。
しばらく放心して。
唯「あずにゃーん!」
梓「わっ!」
飛びついた。
あの日と変わらない、ツインテールが揺れる。
背後では相変わらず、乾いた音が響いていた。
でもわたしの腕の中は、確かに温かかったんだ。
22: 2014/03/26(水) 20:38:31 ID:h10GYG3Y
話を聞くと、あずにゃんは仕事(会社で事務をしてるらしい)を休んで、こっちに帰ってきたそうだ。
校舎にさよならしたかったみたいで。
梓「上手くさよなら、できませんでしたけどね」
わたしから解放されたあずにゃんは、そう言って恥ずかしそうに笑った。
梓「式にも出たかったんですけど」
唯「仕事の都合で来れなかったとか?」
梓「いえ、仕事は休みだったんです。ただ……」
唯「ただ?」
梓「踏ん切りがつかなかっただけで」
唯「へっ?」
わたしが首を傾げると、あずにゃんはちらりと校舎を見た。
わたしもつられて、校舎を見上げる。
工事は思いのほか、難航しているように見えた。
それは必氏に校舎が抵抗してるからだって、思った。
がんばれ、がんばれ。
負けるな。
校舎にさよならしたかったみたいで。
梓「上手くさよなら、できませんでしたけどね」
わたしから解放されたあずにゃんは、そう言って恥ずかしそうに笑った。
梓「式にも出たかったんですけど」
唯「仕事の都合で来れなかったとか?」
梓「いえ、仕事は休みだったんです。ただ……」
唯「ただ?」
梓「踏ん切りがつかなかっただけで」
唯「へっ?」
わたしが首を傾げると、あずにゃんはちらりと校舎を見た。
わたしもつられて、校舎を見上げる。
工事は思いのほか、難航しているように見えた。
それは必氏に校舎が抵抗してるからだって、思った。
がんばれ、がんばれ。
負けるな。
23: 2014/03/26(水) 20:40:14 ID:h10GYG3Y
梓「さっきわたし、お別れ式にも出たかった、って言いましたよね」
いつの間にかあずにゃんは、こっちに向き直っていた。
梓「それ、半分は嘘なんです」
唯「うそ、って?」
梓「出席したい気持ちもあったけど、出席したくない気持ちもあった、ってことです」
笑った。哀しそうに。
梓「だって式なんて出たら、分かっちゃうじゃないですか。
校舎が、わたしたちの思い出が、壊されちゃうって、分かっちゃうじゃないですか」
いつの間にかあずにゃんは、こっちに向き直っていた。
梓「それ、半分は嘘なんです」
唯「うそ、って?」
梓「出席したい気持ちもあったけど、出席したくない気持ちもあった、ってことです」
笑った。哀しそうに。
梓「だって式なんて出たら、分かっちゃうじゃないですか。
校舎が、わたしたちの思い出が、壊されちゃうって、分かっちゃうじゃないですか」
24: 2014/03/26(水) 20:41:39 ID:h10GYG3Y
あずにゃんは、喋りつづけた。言葉がこぼれるみたいに。
梓「今日もほんとは、来たくなんてなかった。電車に乗る、ぎりぎりまで迷ったんです。
ううん、電車から降りてこっちに着いたときも、まだ迷ってました。
でも、このまま校舎を見ずに帰ったら、一生後悔が残るって、そう言い聞かせて、ここまで来ました。
いざ着いてみたら、懐かしい校舎はネットに囲まれてて、わたしはすごくショックでした」
わたしは、どんな顔をしていたんだろう。
泣きそうな顔?
固い笑顔?
それとも無表情?
とにかく、あずにゃんはそんなわたしの顔を見て、ハの字になった眉を、そっと緩めた。
梓「でも唯先輩を見て、なんだかほっとしたんです」
唯「わたし?」
あずにゃんが頷く。
梓「今日もほんとは、来たくなんてなかった。電車に乗る、ぎりぎりまで迷ったんです。
ううん、電車から降りてこっちに着いたときも、まだ迷ってました。
でも、このまま校舎を見ずに帰ったら、一生後悔が残るって、そう言い聞かせて、ここまで来ました。
いざ着いてみたら、懐かしい校舎はネットに囲まれてて、わたしはすごくショックでした」
わたしは、どんな顔をしていたんだろう。
泣きそうな顔?
固い笑顔?
それとも無表情?
とにかく、あずにゃんはそんなわたしの顔を見て、ハの字になった眉を、そっと緩めた。
梓「でも唯先輩を見て、なんだかほっとしたんです」
唯「わたし?」
あずにゃんが頷く。
25: 2014/03/26(水) 20:43:28 ID:h10GYG3Y
梓「ああ、唯先輩は変わらないんだって、そう思いました。
わたしより、ずいぶん早くここに来てましたよね?
きっと、先輩はさよならができるんだって。ちゃんと校舎にお別れができるんだって。
先輩たちが高校を卒業するときも、そうでした。
わたしはいつまでも愚図ってばっかで、でも唯先輩はそんなわたしを受け入れて、励ましてくれて。
あはは。わたし、いつまでたっても子どものままだ……」
ぎこちなく笑って。
だからわたしは、首を振った。
唯「そんなことないよ」
梓「え?」
背中で、思い出が崩れる音がする。
わたしより、ずいぶん早くここに来てましたよね?
きっと、先輩はさよならができるんだって。ちゃんと校舎にお別れができるんだって。
先輩たちが高校を卒業するときも、そうでした。
わたしはいつまでも愚図ってばっかで、でも唯先輩はそんなわたしを受け入れて、励ましてくれて。
あはは。わたし、いつまでたっても子どものままだ……」
ぎこちなく笑って。
だからわたしは、首を振った。
唯「そんなことないよ」
梓「え?」
背中で、思い出が崩れる音がする。
26: 2014/03/26(水) 20:44:24 ID:h10GYG3Y
唯「あずにゃんがわたしを驚かそうとしたとき、先にわたしが振り向いたでしょ?」
梓「はい」
あずにゃんがうなずく。
今度はわたしが、言葉をこぼす番だ。
唯「あれ実は、帰ろうと思って後ろを向いたんだ」
梓「え……?」
梓「はい」
あずにゃんがうなずく。
今度はわたしが、言葉をこぼす番だ。
唯「あれ実は、帰ろうと思って後ろを向いたんだ」
梓「え……?」
27: 2014/03/26(水) 20:45:52 ID:h10GYG3Y
唯「校舎を壊される姿を見たら、やっぱり悲しくなっちゃってね。
それまで心に麻酔を打たれたみたいに、なにも感じなかったのに」
小さく息を吸う。
唯「さっきあずにゃんは、高校卒業のときのことを話したよね。
違うよ。わたしはそんなに強くなんてない。
あずにゃんからそう見えたのは、わたしにはみんながいたから。
大学に入学しても、みんながついてるって、知ってたから。
わたしがあずにゃんの立場だったら、もっともっと泣き喚いてると思うよ」
あずにゃんは真面目な顔で、わたしの話を聞いてくれる。
わたしは続けた。
それまで心に麻酔を打たれたみたいに、なにも感じなかったのに」
小さく息を吸う。
唯「さっきあずにゃんは、高校卒業のときのことを話したよね。
違うよ。わたしはそんなに強くなんてない。
あずにゃんからそう見えたのは、わたしにはみんながいたから。
大学に入学しても、みんながついてるって、知ってたから。
わたしがあずにゃんの立場だったら、もっともっと泣き喚いてると思うよ」
あずにゃんは真面目な顔で、わたしの話を聞いてくれる。
わたしは続けた。
28: 2014/03/26(水) 20:47:21 ID:h10GYG3Y
唯「わたしね、自分がすごく冷たい人になっちゃったんだって、思ったの。
ネット張りの校舎を見ても、なんにも感じなかったから。
でも違った。校舎がなくなる、悲しいって気持ちを、心の奥に閉じ込めてしまっただけ。
そうやって閉じ込めてしまえたのは、きっと、わたしが大人になっちゃったからなんだ。
嫌なことも、目と耳を塞いでしばらくすれば納得してしまえる、つまんない大人に」
梓「やめてください!」
大声を出した。
ネット張りの校舎を見ても、なんにも感じなかったから。
でも違った。校舎がなくなる、悲しいって気持ちを、心の奥に閉じ込めてしまっただけ。
そうやって閉じ込めてしまえたのは、きっと、わたしが大人になっちゃったからなんだ。
嫌なことも、目と耳を塞いでしばらくすれば納得してしまえる、つまんない大人に」
梓「やめてください!」
大声を出した。
29: 2014/03/26(水) 20:48:38 ID:h10GYG3Y
わたしは驚いて、固まってしまった。
梓「やめてください。そんな、そんなこと。
ひとりだけ大人になろうなんてそんな、ズルすぎです!」
そう言うとあずにゃんは、わたしの手をひっぱった。
唯「わっ、どこいくのあずにゃん!?」
梓「やめてください。そんな、そんなこと。
ひとりだけ大人になろうなんてそんな、ズルすぎです!」
そう言うとあずにゃんは、わたしの手をひっぱった。
唯「わっ、どこいくのあずにゃん!?」
30: 2014/03/26(水) 20:49:32 ID:h10GYG3Y
あずにゃんは走る。わたしの手を引いて。
わたしも走る。あずにゃんに手を引かれて。
次々と景色が通り過ぎる。芽吹き始めた桜の木。人。空。
あずにゃんは、工事中と書かれたフェンスの前で、立ち止まった。
フェンスに指をかけて。
大きく息を吸うと、
梓「まってくださーい!」
わたしも走る。あずにゃんに手を引かれて。
次々と景色が通り過ぎる。芽吹き始めた桜の木。人。空。
あずにゃんは、工事中と書かれたフェンスの前で、立ち止まった。
フェンスに指をかけて。
大きく息を吸うと、
梓「まってくださーい!」
31: 2014/03/26(水) 20:52:38 ID:h10GYG3Y
わたしはびっくりして、息を整えるのも忘れて、あずにゃんを見た。
作業をしていた人も、何事かとこちらを見る。
梓「こわさないでー! わたしの思い出を、こわさないでー!」
唯「あ、あずにゃん……」
わたしはただおろおろして、名前を呼んだ。
こっちを向く。
泣いていた。
梓「やめてー! やめろーっ! こら、こわすなー!」
悲鳴みたいな大声は、ただ掠れてて。
それを掻き消すように、パワーショベルは運動を続ける。
破壊音。校舎が、崩れる音。
作業をしていた人も、何事かとこちらを見る。
梓「こわさないでー! わたしの思い出を、こわさないでー!」
唯「あ、あずにゃん……」
わたしはただおろおろして、名前を呼んだ。
こっちを向く。
泣いていた。
梓「やめてー! やめろーっ! こら、こわすなー!」
悲鳴みたいな大声は、ただ掠れてて。
それを掻き消すように、パワーショベルは運動を続ける。
破壊音。校舎が、崩れる音。
32: 2014/03/26(水) 20:54:13 ID:h10GYG3Y
梓「やめてよ……やだよ……やだよぉ……」
あずにゃんはフェンスにしがみついたまま、うなだれてしまった。
唯「あずにゃん……」
わたしは、どうすることもできなくて。
壊されていく、校舎を見上げた。
あ……。
あそこ、わたしたちの部室だ。
そこに黄色い鉄の塊が近づいて。
打ち砕いた。
あずにゃんはフェンスにしがみついたまま、うなだれてしまった。
唯「あずにゃん……」
わたしは、どうすることもできなくて。
壊されていく、校舎を見上げた。
あ……。
あそこ、わたしたちの部室だ。
そこに黄色い鉄の塊が近づいて。
打ち砕いた。
33: 2014/03/26(水) 20:55:25 ID:h10GYG3Y
梓「……唯先輩……?」
わたしは、あずにゃんの背中にしがみついて。
唯「っ……、うっ……」
視界はぐちゃぐちゃ。
梓「ちょっと、唯先輩……」
わたしの顔はきっと、もっとぐちゃぐちゃ。
唯「あああ、うあああ、っ」
梓「……っ、あああああ!」
フェンスの前。子どもがふたり、泣いていた。
人目なんて、気にしないで。
ただただ、悲しくって。悔しくって。
わたしは、あずにゃんの背中にしがみついて。
唯「っ……、うっ……」
視界はぐちゃぐちゃ。
梓「ちょっと、唯先輩……」
わたしの顔はきっと、もっとぐちゃぐちゃ。
唯「あああ、うあああ、っ」
梓「……っ、あああああ!」
フェンスの前。子どもがふたり、泣いていた。
人目なんて、気にしないで。
ただただ、悲しくって。悔しくって。
34: 2014/03/26(水) 20:56:51 ID:h10GYG3Y
「おーい、どうしたー」
聞き覚えのある声が聞こえたのは、そんなとき。
聞き覚えのある声が聞こえたのは、そんなとき。
35: 2014/03/26(水) 20:57:44 ID:h10GYG3Y
梓「……えっ」
唯「……あ」
そこにいたのは。
「おーい」
りっちゃんと。
「どうしたんだよ律。……え?」
澪ちゃんと。
「あらあら」
ムギちゃん。
唯「……あ」
そこにいたのは。
「おーい」
りっちゃんと。
「どうしたんだよ律。……え?」
澪ちゃんと。
「あらあら」
ムギちゃん。
36: 2014/03/26(水) 21:00:35 ID:h10GYG3Y
*
紬「落ち着いた?」
梓「はい……」
唯「えへへ……」
あれからわたしたちは、涙を拭って、作業の人たちにごめんなさいをした。
皆さん笑って許してくれて、逆に心配までされちゃった。
律「梓がなんか叫んでたから、びっくりしたよ。そしたら急に唯が、梓に抱きついてさ」
わたしとあずにゃんが、顔を見合わせる。あずにゃんの顔、真っ赤だ。
わたしもたぶん、似たようなもんだろうけど。
澪「わたしと律は、道の途中で会ったんだ」
澪ちゃんが、説明してくれた。
澪「ムギとは校門前で、ばったり」
頭を掻く。
澪「しかし驚いたよ。まるで示し合せたみたいに、この5人が集まるなんてな」
紬「落ち着いた?」
梓「はい……」
唯「えへへ……」
あれからわたしたちは、涙を拭って、作業の人たちにごめんなさいをした。
皆さん笑って許してくれて、逆に心配までされちゃった。
律「梓がなんか叫んでたから、びっくりしたよ。そしたら急に唯が、梓に抱きついてさ」
わたしとあずにゃんが、顔を見合わせる。あずにゃんの顔、真っ赤だ。
わたしもたぶん、似たようなもんだろうけど。
澪「わたしと律は、道の途中で会ったんだ」
澪ちゃんが、説明してくれた。
澪「ムギとは校門前で、ばったり」
頭を掻く。
澪「しかし驚いたよ。まるで示し合せたみたいに、この5人が集まるなんてな」
37: 2014/03/26(水) 21:02:58 ID:h10GYG3Y
紬「お世話になった校舎だもの。最後にご挨拶くらい、しなくちゃね」
律「そうそう」
澪「ま、ちょっと間に合わなかったみたいだけどな」
そう言って、校舎を見上げる。
ずいぶん、小さくなっちゃった。
紬「ふたりは、なんで泣いてたの?」
ムギちゃんは、優しくわたしたちを見た。
唯「えーと、それはあずにゃんのせいで……」
梓「あーずるい! 元はと言えば、唯先輩が悲しいこと言うからじゃないですか!」
唯「えー」
梓「なんですかその顔!」
律「そうそう」
澪「ま、ちょっと間に合わなかったみたいだけどな」
そう言って、校舎を見上げる。
ずいぶん、小さくなっちゃった。
紬「ふたりは、なんで泣いてたの?」
ムギちゃんは、優しくわたしたちを見た。
唯「えーと、それはあずにゃんのせいで……」
梓「あーずるい! 元はと言えば、唯先輩が悲しいこと言うからじゃないですか!」
唯「えー」
梓「なんですかその顔!」
38: 2014/03/26(水) 21:04:24 ID:h10GYG3Y
律「おいおい……」
唯「なにさ! あずにゃんだって人に迷惑かけて!」
梓「なっ……」
唯「こわさないでーわたしの思い出をー」
梓「あーっ、まっ、真似しないでください! そういう唯先輩だって泣きじゃくってたくせに!」
唯「それはあずにゃんだって一緒じゃん!」
梓「背中に抱き着いてー、赤ちゃんみたいでしたよー?」
唯「やめてよっ!」
梓「わたしのお気に入りのパーカー、よくも濡らしてくれましたね!」
唯「知らないよっ!」
唯「なにさ! あずにゃんだって人に迷惑かけて!」
梓「なっ……」
唯「こわさないでーわたしの思い出をー」
梓「あーっ、まっ、真似しないでください! そういう唯先輩だって泣きじゃくってたくせに!」
唯「それはあずにゃんだって一緒じゃん!」
梓「背中に抱き着いてー、赤ちゃんみたいでしたよー?」
唯「やめてよっ!」
梓「わたしのお気に入りのパーカー、よくも濡らしてくれましたね!」
唯「知らないよっ!」
39: 2014/03/26(水) 21:05:23 ID:h10GYG3Y
そんなわたしたちを止めたのは、やっぱり澪ちゃんで。
澪「喧嘩両成敗、だっ!」
唯「いてっ」
梓「あたっ」
わたしとあずにゃん、額にチョップ。
澪「喧嘩両成敗、だっ!」
唯「いてっ」
梓「あたっ」
わたしとあずにゃん、額にチョップ。
40: 2014/03/26(水) 21:08:49 ID:h10GYG3Y
紬「ふふふ」
唯「あーっ、笑いごとじゃないよーっ!」
律「いやー、だってなー? あはは」
澪「はははっ」
気付けばみんな、笑ってて。
あずにゃんとわたしは、顔を見合わせる。
律「お前ら、あの頃とまったく変わんねーなー!」
唯「あーっ、笑いごとじゃないよーっ!」
律「いやー、だってなー? あはは」
澪「はははっ」
気付けばみんな、笑ってて。
あずにゃんとわたしは、顔を見合わせる。
律「お前ら、あの頃とまったく変わんねーなー!」
41: 2014/03/26(水) 21:10:53 ID:h10GYG3Y
唯「そっ、それはりっちゃんたちもでしょ!」
むきになって言い返したら。
唯「……へ?」
梓「ぐすっ」
また、下を向いて。
唯「わっ、あずにゃん泣かないでよ!」
あずにゃんの肩を持つ。
すると。
唯「え……」
あずにゃんは、わたしに抱き着いた。
梓「ほら、唯先輩」
大人になるなんて、まだ、早すぎるんですよ。
むきになって言い返したら。
唯「……へ?」
梓「ぐすっ」
また、下を向いて。
唯「わっ、あずにゃん泣かないでよ!」
あずにゃんの肩を持つ。
すると。
唯「え……」
あずにゃんは、わたしに抱き着いた。
梓「ほら、唯先輩」
大人になるなんて、まだ、早すぎるんですよ。
42: 2014/03/26(水) 21:12:45 ID:h10GYG3Y
わたし最初、ぽかーんとしてしまった。
それから。
唯「ううっ」
梓「先輩……っ」
唯「っ、うわあああああん」
梓「……ぐずっ、ええええええん」
ああ。わたし、今日どれだけ泣いたら気が済むんだろう。
でもこれは、さっきまでの涙とは、ぜんぜん違うんだ。
きっと、あずにゃんの涙も。
澪「やれやれ」
紬「ふふふっ」
唯「ああああん!」
梓「ええええん!」
やっとわたしたち、正面から抱き合って、泣いた。
それから。
唯「ううっ」
梓「先輩……っ」
唯「っ、うわあああああん」
梓「……ぐずっ、ええええええん」
ああ。わたし、今日どれだけ泣いたら気が済むんだろう。
でもこれは、さっきまでの涙とは、ぜんぜん違うんだ。
きっと、あずにゃんの涙も。
澪「やれやれ」
紬「ふふふっ」
唯「ああああん!」
梓「ええええん!」
やっとわたしたち、正面から抱き合って、泣いた。
43: 2014/03/26(水) 21:14:26 ID:h10GYG3Y
律「お前らほんっと、しょーがねーなー」
りっちゃんが、わたしたちに近づく。
律「おい唯!」
唯「ぐすっ……なに、りっちゃん?」
律「お前んち、今日も憂ちゃんだけか?」
唯「えっ、うん……」
律「じゃあ今夜は唯の家で、桜高校舎お別れパーティーだ!」
りっちゃんが、わたしたちに近づく。
律「おい唯!」
唯「ぐすっ……なに、りっちゃん?」
律「お前んち、今日も憂ちゃんだけか?」
唯「えっ、うん……」
律「じゃあ今夜は唯の家で、桜高校舎お別れパーティーだ!」
44: 2014/03/26(水) 21:16:11 ID:h10GYG3Y
唯「え、わたし明日しごと」
律「そんなの終電に帰ればいいだろー? じゃあ今から唯んちにレッツゴー!」
澪「おいおい律……」
紬「素敵……!」
澪「ムギまでっ」
わたしは目を輝かせた。
唯「そうだねりっちゃん! いこう!」
澪「切り替え早っ!」
唯「えへへ……」
わたしは、腕の中のあずにゃんに笑いかける。
あずにゃんも、目にいっぱいの涙をためて、笑い返す。
律「あー唯。それとひとつ」
りっちゃんが振り返って、わたしを見た。
律「わたしから見りゃ、子どものまんまだぞ」
わたしたちも。もちろん、お前らもな。
律「そんなの終電に帰ればいいだろー? じゃあ今から唯んちにレッツゴー!」
澪「おいおい律……」
紬「素敵……!」
澪「ムギまでっ」
わたしは目を輝かせた。
唯「そうだねりっちゃん! いこう!」
澪「切り替え早っ!」
唯「えへへ……」
わたしは、腕の中のあずにゃんに笑いかける。
あずにゃんも、目にいっぱいの涙をためて、笑い返す。
律「あー唯。それとひとつ」
りっちゃんが振り返って、わたしを見た。
律「わたしから見りゃ、子どものまんまだぞ」
わたしたちも。もちろん、お前らもな。
45: 2014/03/26(水) 21:19:49 ID:h10GYG3Y
わたしたちは歩き出す。
校舎にさよならを言って。
校舎が無くなっても、思い出は無くならなかったんだ。
勘違いしちゃったのは、きっとわたしの人生の中でも、壮大なミステイクで。
りっちゃんが冗談を言って、わたしがそれに乗っかって。
澪ちゃんがつっこみを入れて、あずにゃんが心底呆れて見せる。
それをムギちゃんが近くで、優しく見守って。
五つの影は、あの頃と同じように、楽しげに揺れている。
中辛を食べたくらいじゃ、大人になんてなれなかったんだ。
大人になるのはきっと、もっと先のこと。
そのときはまた色々悩んじゃうだろうけど、それはそのときに取っておこう。
だって、そのときもみんなと、つながっているはずだから。
今日、奇跡みたいにみんなと出会えたように、ね。
おしまい
校舎にさよならを言って。
校舎が無くなっても、思い出は無くならなかったんだ。
勘違いしちゃったのは、きっとわたしの人生の中でも、壮大なミステイクで。
りっちゃんが冗談を言って、わたしがそれに乗っかって。
澪ちゃんがつっこみを入れて、あずにゃんが心底呆れて見せる。
それをムギちゃんが近くで、優しく見守って。
五つの影は、あの頃と同じように、楽しげに揺れている。
中辛を食べたくらいじゃ、大人になんてなれなかったんだ。
大人になるのはきっと、もっと先のこと。
そのときはまた色々悩んじゃうだろうけど、それはそのときに取っておこう。
だって、そのときもみんなと、つながっているはずだから。
今日、奇跡みたいにみんなと出会えたように、ね。
おしまい
46: 2014/03/26(水) 21:20:39 ID:h10GYG3Y
以上です
ありがとうございました
ありがとうございました
47: 2014/03/26(水) 22:50:38
無理に大人にならなくてもいい、そんなメッセージが伝わってきます。
せつなくて優しいSSでした!
せつなくて優しいSSでした!
49: 2014/03/27(木) 21:02:56
すごくよかった
心に沁みるものがあった
憂ちゃんが幼稚園の先生ってすごくいい設定ですね
あと春樹の引喩で笑ってしまった
ともかくよかった。すばらしい。
心に沁みるものがあった
憂ちゃんが幼稚園の先生ってすごくいい設定ですね
あと春樹の引喩で笑ってしまった
ともかくよかった。すばらしい。
引用元: 唯「取り壊し」
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