1: 2009/07/03(金) 18:33:29.74 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「ええ。」

女「何度も言うようだけれど、」

男「はい。」

女「もう、書けないのよ。」

男「お気持ちは分かりますが、此方も仕事ですので。」

女「それは分かっているわ。でもね、」

男「…。」

女「出て、こないのよ。言葉が。一欠片たりとも。」

男「先生なら、書けますよ。今は調子が悪いだけです。」

女「…気休めは止めて。」

男「申し訳ありません。」

女「…悪いけれど、もう帰って。」

男「――失礼します。」

5: 2009/07/03(金) 18:35:52.73 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「一応、これが仕事ですので。」

女「…そう。」

男「…ええ。」

女「折角来て貰って悪いけれど、今日は体調が悪いの。」

男「風邪、ですか?」

女「ええ、そうみたい。」

男「分かりました。失礼します。」

女「うん、ごめんなさい。」

7: 2009/07/03(金) 18:38:03.11 ID:mRPOyB5j0

女「…体調が悪いって、言ったでしょう?」

男「ええ。ですから、」

女「…?」

男「風邪薬とポカリスエットを、買って来ました。」

女「――貴方もお人好しね。」

男「そんなこと無いです。」

女「…1行も、書けていないわ。」

男「書こうとしてくれているだけで、十分有難いです。」

女「…そう。」

男「では、失礼します。お大事に。」にこっ

8: 2009/07/03(金) 18:42:05.45 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「ええ。参りました、酷い雨で。」

女「…仕方ないわね、上がってちょっと待っていて。」

男「え?」

女「はい、タオル。拭かないと風邪ひいちゃう。」

男「すいません、お借りします。」ごしごし

女「…コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

男「コーヒー頂きます。」

9: 2009/07/03(金) 18:46:32.95 ID:mRPOyB5j0

女「ブラックでいい?」

男「はい。」

女「どうぞ。」ことっ

男「頂きます。」こくっ

女「…。」こくり

男「―温かくて美味しいです。」

女「…そう、良かった。」にこ

男「…。」

10: 2009/07/03(金) 18:51:47.33 ID:mRPOyB5j0

しとしとしと…

女「――凄い、雨ね。」

男「ええ。」

女「…今日は、聞かないのね。」

男「見れば、分かりますから。」

女「…そう。」

男「伊達に、何年も担当やってないです。」

女「――ごめんなさい。会社で催促されるでしょう。」

男「…些末な事です。」

女「…。」

男「随分、長居をしてしまいました。」

女「…帰るの?」

男「ええ、失礼します。コーヒー、御馳走様でした。」

女「いえ。」

男「では、また。」

12: 2009/07/03(金) 18:56:26.12 ID:mRPOyB5j0

女「ち、ちょうどいいタイミングに来たわね。」

男「どうしたんですか?何やら今日は歓迎モードですね。」

女「いいから、早く上がって。」

男「はい、お邪魔します。」(…?)

女「…いた。お願い、やっつけて。」

男「ああ、ごきぶ…あ、飛んだ。」

女「き、きゃーっ!」

男(女さんが叫ぶのを初めて見たな。)

13: 2009/07/03(金) 19:02:34.19 ID:mRPOyB5j0

ぱんっ

男「やっつけましたよ。」

女「ご、後生だから私にその潰れた状態の虫を見せないで処理して。」

男「…了解です。」

女「――もう片付けた…?」

男「ええ。二重にしたビニール袋に入れてゴミに捨てました。」

女「…そう。よかった。」

14: 2009/07/03(金) 19:04:48.98 ID:mRPOyB5j0

男「――しかし、相変わらず本だらけの部屋ですね。」

女「仮にも、小説家だもの。」

男「スランプに悩む若き女性小説家ですね。」

女「形容詞は、増やせばいいというものでは無いわよ。」

男「あ、ごきぶり。」

女「きゃっ!」びくぅ

男「あはは、冗談ですよ。」

女「私、今ちょっと怒ったわよ?」

男「では、そろそろ会社に退散します。」

女「ええ、今日はありがとう。」

男「いえ。では失礼します。」

15: 2009/07/03(金) 19:08:21.78 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「今日も蒸し暑いですね。差し入れにハーゲンダッツを買って来ました。」

女「…上がって。飲み物を淹れるわ。」

男「…お邪魔します。」

女「――ちょうど水出しで淹れておいたんだけど、ブラックでいい?」

男「はい、ありがとうございます。」

女「どうぞ。」ことっ

男「…頂きます。」

女「…。」

男「――あ、美味しい。」

女「…そう、良かった。」にこ

男「アイスどうぞ。どっちがいいですか?」

女「バニラ、頂こうかな。」

男「どうぞ。では私は抹茶を。」

16: 2009/07/03(金) 19:13:15.12 ID:mRPOyB5j0

女「…。」はむっ

男「…。」ぱくっ

女「…おいしい。」はむっ

男「抹茶も中々ですよ。」ぱくっ

女「一口貰っても、いい?」

男「ええ、どうぞ。」

女「ありがとう。」

男「…。」

18: 2009/07/03(金) 19:17:19.53 ID:mRPOyB5j0

女「抹茶もおいしい。」にこ

男「それはよかったです。」

女「バニラ、一口食べる?」

男「…いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」

女「…そう。」

男「コーヒー、ご馳走様でした。」

女「…もう帰るの?」

男「ええ、仕事が溜まっているので。」

女「…そう。」

男「では、失礼します。」

19: 2009/07/03(金) 19:20:56.30 ID:mRPOyB5j0
こんな感じでだらだら静かにとやりまふ。
noえろnoもえだす。ごめんなさい。ふひひ

21: 2009/07/03(金) 19:23:33.52 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「ええ、ちょっと雨宿りに。」

女「貴方は何か、勘違いをしているようだけれど。」

男「失念していました。仕事で来ました。」

女「…仕方ないわね、上がって。」

男「お邪魔します。」

女「――何か飲む?」

男「いえ、どうぞお気遣いなく。」

女「ついでだから。今日はアイスレモネードよ。」ことっ

男「好物です。頂きます。」ごくっ

23: 2009/07/03(金) 19:27:17.11 ID:mRPOyB5j0

女「……どう?」

男「凄く、美味しいです。先生が作ったんですか?」

女「暇つぶしに、ね。」

男「へぇ。そう言えば先生って、料理とかはなさるんですか?」

女「――必要最低限のものなら。」

男「…必要最低限とは?」

女「一週間飽きずに、ご飯が食べられる程度には。」

男「…なるほど。」

女「レモネード、もっとあるけれど。飲む?」

男「いえ、そろそろお暇します。雨脚も弱まりましたし。」

女「…そう。」

男「レモネード、ご馳走様でした。」

女「…いえ。」

男「では、失礼します。」

25: 2009/07/03(金) 19:34:10.09 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「ちょっと、トイレを借りに。」

女「…次はもう少しまともな言い訳を考えて来なさいよ?」

男「善処します。」

女「入って。玄関先でお漏らしをされても困るから。」

男「はい、お邪魔します。」

27: 2009/07/03(金) 19:40:31.42 ID:mRPOyB5j0

じゃーっ


男「お借りしました。ありがとうございました。」

女「鯛焼きがあるんだけれど、食べる?」

男「あ、頂きます。」

女「温め直すから、少し待って。」

男「はい。」

女「…。」

28: 2009/07/03(金) 19:43:36.71 ID:mRPOyB5j0

男「先生、ラヴェルなんてお聴きになるんですね。」

女「…まぁ、ね。」

男「――亡き王女の為のパヴァーヌ、ですか。」

女「…意外と詳しいのね。以前楽器を?」

男「学生時代に少し、触った程度です。」

女「へえ、何の楽器を?」

男「……ホルンです。」

女「…意外ね。」

男「あはは、自分でもそう思います。」

女「――はい、お待たせ。」

29: 2009/07/03(金) 19:47:29.50 ID:mRPOyB5j0

――ことっ


男「飲み物は水出しの緑茶ですか。美味しそうです。」

女「貴方は毎回、私の家にお茶を飲みに来ているみたいね。」

男「いやはや、面目無いです。」

女「いいのよ。温かいうちに召し上がれ。」

男「はい、頂きます。」もぐっ

女「…どう?」

男「美味しいです。中が胡麻餡なんですね。」

女「…ええ。」はむっ

31: 2009/07/03(金) 19:52:59.33 ID:mRPOyB5j0

男「――しかし先生。」

女「なに?」

男「平日の昼間から聴くには、これはあまりに哀しい曲ではないでしょうか。」

女「…仕方ないでしょう。書いている話のイメージと近いのだから。」

男「えっ?」

女「なにを狐につままれたような顔をしているのよ。」

男「…いえ。――書き始めて頂けているんですか?」

女「…こう見えて私は小説家だもの。」

男「それはここ数日耳にした中で最も嬉しいニュースです。」

女「そう。良かったわね。」

33: 2009/07/03(金) 19:55:14.41 ID:mRPOyB5j0

男「…原稿、見せて頂けませんでしょうか?」

女「まだ、見せられるような段階ではないの。ごめんなさい。」

男「いえ、書いて頂けているのであればそれで十二分です。」

女「それに…。」

男「…え?」

女「…いえ。――いつか、完成したら読んで貰うわ。」

男「ありがとうございます。一読者として、楽しみにしています。」

女「…ええ、ありがとう。」

男「では、そろそろ失礼します。執筆の邪魔をしてはいけませんし。」

女「――この時間が私の執筆の原動力だ、と言ったら?」

男「…えっ?」

女「…冗談よ。気を付けて帰ってね。」

男「あ、はい。では、失礼します。」

39: 2009/07/03(金) 20:15:34.62 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「ええ、まぁ。」

女「扉の前で待っているなんて、意外といじらしいのね。」

男「いらっしゃらないようなので、困っていた所でした。」

女「そう。」

男「お買い物、でしたか?」

女「…ええ。」

男「お邪魔しても?」

女「――どうぞ。」

男「ありがとうございます。」

41: 2009/07/03(金) 20:19:22.52 ID:mRPOyB5j0

女「ところで、お昼はもう食べた?」

男「あ、いえ。まだですが。」

女「今から作るから、…食べていかない?」

男「是非、頂きたいです。」

女「…そう。」

男「以前にも、料理のお話しは少ししましたが」

女「…。」

男「何を、作って頂けるのですか?」

女「お茶漬け。」

男「へっ?」

女「…嫌なの?」

男「いえ、大好物です。」

女「…。」

42: 2009/07/03(金) 20:22:11.52 ID:mRPOyB5j0

女「お待たせ。」


――ことり


男「え…?」

女「…冷やし茶漬け。具は鮪のお刺身と、とろろ、青紫蘇、刻み海苔、山葵。」

男「知りませんでした。お茶漬けが、こんなに豪華に成り得る料理だったとは…」

女「付け合わせに香の物もどうぞ。」

男「えっ、と。…頂いても?」

女「ええ、召し上がれ。」

男「頂きます。」

47: 2009/07/03(金) 20:28:32.60 ID:mRPOyB5j0

男「ご馳走様でした。」

女「お粗末様。」

男「なんだか、幸せな気分です。」

女「…そう。良かった。」

男「ええ。」

女「…。」

男「…。」

女「あの、ね。」

男「…はい。」

52: 2009/07/03(金) 20:33:35.73 ID:mRPOyB5j0

女「――筆が、止まってしまったわ。」

男「…そうですか。」

女「……ごめんなさい。」

男「先生の気が向いた時に書いて頂ければ、それでいいですので。」

女「…ありがとう。」

男「…いえ。」

女「…。」

男「では、そろそろ失礼します。」

女「…ええ。」

男「冷やし茶漬け、美味しかったです。」

女「いえ。…またね。」

男「はい。失礼します。」

54: 2009/07/03(金) 20:38:50.46 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」ひっく

男「…先生、飲んでいらっしゃったんですか?」

女「んー?」

男「昔から、先生が酔うと碌なことがありません。私の経験が警鐘を鳴らしています。」

女「まぁ、いいじゃない。上がって。」ひっく

男「……お邪魔します。」

55: 2009/07/03(金) 20:40:28.13 ID:mRPOyB5j0

女「男君も飲む?いいウィスキーを頂いたんだ。」

男「いえ、仕事中ですので…。」

女「むう。」じとっ

男「目が据わってますよ、先生。」

女「一人でお酒を飲むのは、寂しいことなんだよ?」

男「なら、何処かに飲みに行けばいいじゃないですか。」

女「冷たいな、男君は。」

男「…この、無惨にも床に散乱している大量の原稿用紙は?」

女「全部、失敗作だよ。」ひっく

男「…そうですか。」

女「――ごめん。」

57: 2009/07/03(金) 20:45:39.19 ID:mRPOyB5j0

男「…今時、原稿用紙と万年筆で小説を書く小説家も、珍しくなりましたね。」

女「パソコンは、よく分からないもの。」

男「――そういう所が。先生の素敵な所なんだと、思います。」

女「…そんなことっ、」

男「――18時には。」

女「…え?」

男「18時には、伺えると思います。いい酒を買って来ます。」

女「…本当に?」

男「勿論です。」

女「ありがとう。…待ってる。」

男「では、一度これで失礼します。」

女「…うん。」

男「では。」

61: 2009/07/03(金) 20:50:01.57 ID:mRPOyB5j0

男「先生ー。」

男(…留守、か?)

男「先生ー?」

男(…?)

男(――あれ、鍵が…)

かちゃっ

男(開いてる…。)

――きぃ

男「先生ー?男です、お邪魔しますよー?」

男(…?)

62: 2009/07/03(金) 20:53:01.40 ID:mRPOyB5j0

男「…あ。」

女「すぅ…すぅ…」

男(ソファで寝ちゃった、のか。)

女「…すぅ」

男(…起こしてしまうにはあまりに惜しい寝顔、だな。)

女「んぅ…むにゃ…」

男「先生、ロックグラスお借りします。」 ぽそっ

女「すぅ…」

からん とぷとぷとぷ…

64: 2009/07/03(金) 20:56:21.52 ID:mRPOyB5j0

男「…。」こくり

女「…すぅ…んぅ」

からん…

男「うん、旨い。ストラスアイラ…凄い、21年ものか。これはいいウィスキーですね。」

女「…すぅ」

男「…先生。これで貴女が今日飲んだ酒は、独り酒ではなくなりました。分かりますね?」

女「すぅ…」

65: 2009/07/03(金) 20:58:17.53 ID:mRPOyB5j0

男「…。」

女「すぅ…すぅ…」

男「…目の下の隈なんて、私はとっくに気付いているんですよ?」

女「くふぅ…すぅ…」

男「…そんなに自分を追い詰めてまで、執筆をしないで下さい。」

女「…すぅ」

男「…私は、書くのが楽しくて仕方なかった頃の貴女に…。」

女「…すぅ…むにゃ」

男「貴方を…。」

女「…んぅ…すぅ…」

男「…。」

女「…すぅ。」

67: 2009/07/03(金) 20:59:04.60 ID:mRPOyB5j0

男「――では、失礼します。」

女「…すぅ」

がちゃ

男「…お休みなさい。」にこ

――ぱたん

70: 2009/07/03(金) 21:03:57.06 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「ええ、なんだか会社は居心地が悪くて。」

女「…分からなくないわ。」

男「おお、理解者が。」

女「違うわ。会社で同僚に挨拶すらされない貴方が想像できる、ということよ。」

男「…そうですか。」

女「…とりあえず上がって。」

男「お邪魔します。」

71: 2009/07/03(金) 21:06:15.36 ID:mRPOyB5j0

女「ホットワイン飲む?温まるわよ、蜂蜜とクローブ入り。」

男「…またお酒ですか。私は仕事が残っていますので。」

女「今日は少ししか飲んでないわよ。――お酒といえば。」

男「はい?」

女「この間、なんだけど。」

男「ええ。」

女「ごめんなさい、私寝てしまったみたいで。」

男「いえ、貴重なものが見れたので良かったです。」

女「…貴重なもの?」

男「…いえ、何でも無いです。」

女「…?」

76: 2009/07/03(金) 21:11:50.88 ID:mRPOyB5j0

男「ところで、お話とは?」

女「…うん、私ね、」

男「…。」

女「…今書いているお話の舞台なんだけど、行ったことが無いの。」

男「…ふむ。」

女「だから、一度現地に行ってみたいのだけれど…。」

男「大丈夫だと思いますよ、まだ時間の猶予はありますし。」

女「…うん、ありがとう。」

男「それで、何処に行くんですか?――北海道?沖縄?」

女「……オーストリア。」

男「……っ!?」

女「……駄目、よね。――ごめんなさい、忘れて。」

77: 2009/07/03(金) 21:13:17.89 ID:mRPOyB5j0

男「…。」

女「…どうしたの?」

男「…い、いえ。」

女「…?」

男「先にも申しましたが、時間はあります。なので問題は先生の語学力のみかと。」

女「それなら大丈夫。」

男「…?」

79: 2009/07/03(金) 21:16:43.84 ID:mRPOyB5j0

女「確か、貴方英語喋れたわよね?」にまっ

男「――えっ?」

女「宜しくお願い致します。」ぺこり

男「…。」

女「……駄目?」

男「一度、会社に持ち帰ります。」

女「…ええ。」

男「では、社に戻ります。」

女「…うん。」

80: 2009/07/03(金) 21:21:46.88 ID:mRPOyB5j0

男「では。」

女「…あのっ、」

男「はい?」

女「…無理ばかり言って、ごめんなさい。」ぺこっ

男「出来れば、『ごめんなさい』よりも『ありがとう』の方が嬉しいです。」にこ

女「……ありがとう。」にこっ

男「任せて下さい。なんとか、編集長説得してきますよ。」

女「…うんっ。」ぱあっ

男「では、失礼します。後程ご連絡します。」

がちゃっ ――ぱたんっ

男(……オーストリア、ね。)

81: 2009/07/03(金) 21:26:58.64 ID:mRPOyB5j0
――数日後


とぅるるる とぅるるる…

女「…はい。」

女「ああ、お疲れ様。」

女「――うん、――ええ、ええ。」

女「――え、本当に?」

女「うん、――うんっ。」

女「――分かった、ええ。」

女「……ありがとう。」

女「――ええ、分かった。」

女「うん。じゃあ、またね。」

がちゃ

83: 2009/07/03(金) 21:29:34.42 ID:mRPOyB5j0

女(…やっ、たっ!)にへらっ

女(――って駄目だ、仕事で行くんだから…)

女(……さて、と。仕事、仕事。)

女(…。)

女(……。)にへらっ

女(私の馬鹿っ…!)ぐしゃぐしゃっ

84: 2009/07/03(金) 21:30:15.84 ID:mRPOyB5j0


――同刻 出版社

男(…さて、と。)

男(一週間分の仕事、片付けなきゃな。)

男(――出発までに終わるかなぁ)ぽりぽり

男(…。)

――ありがとう。

男(うしっ、やるか。)

男(…62秒でケリを付けるっ。)ずばばばっ…

92: 2009/07/03(金) 21:58:57.48 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「ええ、ちょっとサボタージュに来ました。」

女「…。」

男「…仕事で、来ました。」

女「…久し振りね。」

男「ええ、まぁ。」

女「……忙しいの?」

男「いえ、窓際族の私が忙しい筈無いです。」

女「…そう。」

男「ええ。」

女「…上がって。」

男「お邪魔します。」

94: 2009/07/03(金) 22:01:26.70 ID:mRPOyB5j0

女「…どうぞ。」ことり

男「ジャスミン茶ですね、いい香りです。」

女「ごめんなさい。生憎、コーヒーを切らせてしまっていて。」

男「いえ、丁度良かったです。コーヒーは職場で飲み飽きていたところなので。」にこ

女「…そう。」

男「…ええ。」

女「……貴方が来る日は、いつも雨ね。」

男「仕方ないです、子供の頃から雨男でしたから。」

女「…そんな辛気臭い顔をしているからよ。」

男「…御尤もです。」

女「――丁度いいわ、雨も嫌いではないし。」

男「…それは、光栄です。」

女「…。」

95: 2009/07/03(金) 22:02:55.30 ID:mRPOyB5j0

男「それで、オーストリアの件ですが。」

女「うん。」

男「日程の調整が出来ましたので、予定通り出発出来そうです。」

女「…そう、良かった。」にこ

男「チケットとホテルの予約は、此方でしてしまいます。」

女「ええ、助かるわ。」

男「ホテルはウィーンでいいですか?」

女「ええ。」

男「分かりました。細かいことは追って連絡します。」

女「分かった。ありがとう。」

男「では、今日はこれで。」

女「…ええ。」

男「ジャスミン茶ご馳走様でした。失礼します。」

98: 2009/07/03(金) 22:09:27.93 ID:mRPOyB5j0

――新宿 某デパート

販売員「いらっしゃいませ。」

女「…。」きょろきょろ

販売員「…?」

女「…。」きょろきょろ

販売員「お客様。何か、お探しですか?」

女「いっ、いや。大丈夫です。」びくぅ

販売員「失礼いたしました。ごゆっくりご覧下さいませ。」

女「…はい。」

販売員「…?」

女「…あ、あの。」

販売員「はい。」


―。

――。

99: 2009/07/03(金) 22:12:07.02 ID:mRPOyB5j0

――同刻 出版社


編集長「じゃ、お先。」

男「ええ、お疲れ様です。」

編集長「最近残業ばかりだな。」

男「手際が悪いもので。」

編集長「ああ、それと来週の会議の事なんだが。」

男「来週?……私は来週は有休を頂いていた筈ですが。」

編集長「有休?私は聞いとらんぞ?」

男「…えっ?」

100: 2009/07/03(金) 22:14:24.68 ID:mRPOyB5j0

編集長「まぁいい、明日にでも確認してみよう。」

男「…お願いします。」

編集長「じゃあお先に帰るよ。戸締り宜しくな。」

男「はい。お疲れ様でした。」


がちゃ 

――ぱたんっ

102: 2009/07/03(金) 22:19:23.14 ID:mRPOyB5j0

男(…。)

男(…きっと、何かの手違いだよな。)

男(大丈夫、だよな?)

男(とりあえず、仕事、片付けなきゃ…)かたかた

男(…。)かたかた

男(……。)かたかた

男「馬鹿野郎っ!!」だんっ

男「…ふうっ。」

男(…。)かたかたかた

103: 2009/07/03(金) 22:26:06.78 ID:mRPOyB5j0

女「また、来たの。」

男「ええ。少しだけ、匿って下さい。」

女「…?」

男「秘密組織に追われているんです、出版社の仮面を被ったとんでもない悪で…。」

女「…へぇ。」

男「…はい。」

女「…。」

男「――失礼、しました。」

104: 2009/07/03(金) 22:27:40.22 ID:mRPOyB5j0

女「まあ、いいわ。上がって。」

男「はい、お邪魔します。」

女「適当に座って待っていて。」

男「はい。――それにしても…。」

女「…なに?」

男「部屋、散らかり放題ですね。」

女「…五月蝿いわね。オーストリア行きの準備、していたのよ。」

男「それにしても…。ぶらじゃーを放り出しておくのはどうなんですか?」

女「…っ!みっ、見ないでっ!目を閉じて!」がばっ

男「はい、はい。」

女「……変態っ。」じとっ

男「哀しいかな、男はそんな生き物なんですよ。」

女「…。」

105: 2009/07/03(金) 22:32:19.12 ID:mRPOyB5j0

男「――もう目を開けても、いいですか?」

女「……まだ、駄目。」どき

男「…ふむ。」

女(……。)どきどき

男「…。」

女(――あと、10センチ…。)どきどきどき

男「…?」

女(――5、センチ…っ。)どきどきどきどき

男「先生、まだですかー?」

女「…っ!」びくっ

男「…先生?」

女「――もう、開けていいわよ。」

男「…はい。」

女「…。」

男「…?」

106: 2009/07/03(金) 22:33:23.05 ID:mRPOyB5j0

女「…馬鹿。」ぽそっ

男「…へっ?」

女「何でも、無いわよ。」

男「…?――あぁ、それでこれがオーストリア行きのチケットです。」

女「…うん、ありがとう。」

男「当日はここにお迎えに上がりますので。」

女「…わかった。」

男「今日はこれで、失礼します。」

女「…うん。」

男「では明後日に。」

133: 2009/07/04(土) 00:43:58.72 ID:uJ4W+I9gO

女「あら、早かったわね。」

男「男は女性を待たせるものではありません故。」

女「…はい、はい。」

男「目標は英国紳士です。」

女「…。」

男「では、行きましょう。」

女「…うん。」

134: 2009/07/04(土) 00:45:34.39 ID:uJ4W+I9gO

運転手「――荷物はこれで全部かい?」

男「はい。」

運転手「じゃ、乗って。」

男「はい。」


――ぱたむ

136: 2009/07/04(土) 00:47:16.26 ID:uJ4W+I9gO

男「成田まで、お願いします。」

運転手「あいよ。――彼女さんと旅行かい?」

女「…っ。」

男「いえ、仕事ですよ。」

運転手「なんでい、つまんねぇなあ。」

男「ええ、全くです。」

女「…。」

運転手「いっそ、夫婦になっちまえば良いじゃねぇか!がははははっ」にかっ

男「あははっ」ちらっ

女「…。」むすっ

男「…は…は。」ぞくっ


――ぶおーん…

137: 2009/07/04(土) 00:50:32.06 ID:uJ4W+I9gO

アナウンス「――お客様にお知らせ致します。オーストリア航空14時28分、ウィーン国際空港行きの便に搭乗されるお客様は、搭乗口までお越しくださいませ。」


男「――では、行きましょうか。」

女「…うん。」


ピリリリ ピリリリ…


男「ごめんなさい。」

女「…ええ。」

ぱかっ

男「…。」

ぴっ ――ぱたんっ

女「…出なくて、大丈夫だったの?」

男「ええ、間違い電話でした。」にこ

女「…そう。」

139: 2009/07/04(土) 00:54:00.67 ID:uJ4W+I9gO

男「お待たせしました、行きましょう。」

女「…うん。」

たったったっ…

男(…ここが、最後の場所だったんだな。)

男(――結局、何も奢ってやれなかったな。)

男(…ごめんな。)

女「…どうしたの?大丈夫?」

男「え、ええ。大丈夫ですよ。」にこっ

女「…ふうん。」

男「…。」

たったったっ…

143: 2009/07/04(土) 00:58:41.17 ID:uJ4W+I9gO

女「ねえ、男君。――寝ちゃった?」

男「…今、丁度まどろんでいる所です。」

女「……そう。なら邪魔したら悪いわね、ごめんなさい。」

男「…気になって眠れないので、言って下さい。」

女「…初めはね、駄目でもともとだと、思っていたの。」

男「…何が、ですか?」

女「……あの日頼んだでしょう?貴方に一緒に来て欲しい、って。」

男「私は、先生の担当ですから。」

女「…そう、ね。」

男「…はい。」

147: 2009/07/04(土) 01:08:31.14 ID:uJ4W+I9gO

女「…考えてみたら、さ。」

男「…はい。」

女「私たち、空の上に居るのよね。」

男「…ええ。」

女「月って、あんなに大きかったんだね。」

男「…はい。」

女「雲が絨毯みたい。」

男「…そうですね。」

女「…あ、ごめんね?眠たい?」

男「…いえ、」

148: 2009/07/04(土) 01:09:16.79 ID:uJ4W+I9gO

男「いえ。眠るよりも、夜の空の上で先生のお話を聞く方がいいです。」

女「…建設的な発想では、無いわね。」

男「世界で最も非建設的な職に就いている貴女に、言われたくはありません。」

女「…それも、そうね。」

男「…ええ。」


―。

――。

156: 2009/07/04(土) 01:48:05.62 ID:uJ4W+I9gO

がやがや…


女「やっと、着いたわね。」

男「ええ、腰が痛いです。」

女「私もよ、お互い若くないわね。」

男「その歳で年寄りじみたことを言わないで下さい。」

女「で、どうするの?」

157: 2009/07/04(土) 01:50:13.35 ID:uJ4W+I9gO

男「ここはVienna International Airport、ウィーンの南東20km程の場所なので、
  とりあえずウィーンまで行ってホテルにチェックインしましょう。」

女「流石、頼りになるわね。」にこっ

男「ウィーンで英語がどの程度通じるかは分かりませんけどね。」

女「ドイツ語は話せないの?」

男「さすがにそれは…。」

女「…冗談よ、行きましょう。」

男「…ええ。」

163: 2009/07/04(土) 01:56:14.20 ID:uJ4W+I9gO

女「わぁ…。」

男「綺麗な、国ですね。」

女「うん、緑がいっぱいだね。」

男「あ、タクシー乗り場あっちですね。」

女「わぁぁ…」

男(…やれやれ。)

女「綺麗な国ね…。」

男「先生、それ私がさっき言いました。」

168: 2009/07/04(土) 02:00:24.03 ID:uJ4W+I9gO

男「Please go to Vienna city.」

運転手「Okay!」

女「本当に英語喋っている…。」ぽそり

男「…今どきこれくらいは中学生でも話せますよ?」

女「…失礼な人ね。」

男「bekummert.」

女「…え?」

男「ドイツ語で、『ごめんなさい』です。」にこ

女「…ふうん。」


――ぶおーん…

171: 2009/07/04(土) 02:05:58.76 ID:uJ4W+I9gO

女「わぁ…」

男「街そのものが、一つの芸術作品のようですね。」

女「…市内に路面電車が走っているのね。」

男「赤のペイントは町の煉瓦の色と合わせたのでしょうかね?」

女「…ね、ねえっ。」

男「はい?」

女「馬車が…。」

男「へっ?まさか流石に…」

ぱっかぱっか…

男「…あ。」

女「…乗りたくない?」

172: 2009/07/04(土) 02:10:26.06 ID:uJ4W+I9gO

女「すみませーん。」

たったったっ…

男「あ、先生。ホテルはすぐここ…。」

女「馬、可愛いですね。」にこっ

男「…まあ、いいか。」

174: 2009/07/04(土) 02:15:43.29 ID:uJ4W+I9gO

ぱっかぱっか…


女「…馬ってさ、」

男「…はい?」

女「凄く、優しい目をしているわよね。」

男「ああ、分かります。」

女「日本では市内で馬は見られないわよね。」

男「お話を聞いたところ、これは観光客用のものらしいですよ。」

女「…もう、どうして人の夢を壊すようなことを言うのかしら?」

男「…すみません。」

女「…せっかくウィーンなんだから、余計なことは全部忘れてしまいたいね。」

男「いま、街を一周して貰っていますから。ホテルに荷物を置いたら美味しいビール、飲みに行きましょう。」

女「…うん、分かって来たじゃない。」にこっ


ぱっかぱっか…

177: 2009/07/04(土) 02:28:37.41 ID:uJ4W+I9gO

男「…どうして我々はカフェにいるんですか?」

女「オーストリアといえば、まずはトルテでしょう?」

男「まあ、菓子文化はハプスブルグ家からの伝統らしいですね。」

女「それにこんな昼間からお酒飲んだら、大変よ?」

男「…先生の酒癖の悪さは、異常です。」

女「…とりあえず、食べましょう?」

男「…はい。」

女「…頂きます。」

男「頂きます。」

179: 2009/07/04(土) 02:37:13.99 ID:uJ4W+I9gO

男「…あ、美味しい。」

女「これはちょっと、日本では食べられないわね。」

男「食文化の違いですよ。私は和食も大好きです、お茶漬けも。」

女「…どうしてオーストリアまで来てお茶漬けの話をするかなあ。」

男「…日本に帰ったら、また作って下さい。」

女「……うん。」

男「ホテルで一休みしてから、夜のお酒が楽しみです。」

女「…そんなにお酒好きだったの?」

男「それはもう。」にかっ

女「…ふうん。」

181: 2009/07/04(土) 02:43:58.15 ID:uJ4W+I9gO

――ホテル 廊下


男「飛行機で眠れなかった所為で、瞼が重いです。」

女「…私も。」くぁーっ

男「少し、休みましょう。」

女「…うん。」

男「あまり眠りすぎると時差ボケしてしまいますから、少ししたら起こしに来ます。」

女「…分かった。おやすみなさい。」

男「はい。」


きぃ ――ぱたむ

185: 2009/07/04(土) 02:54:35.17 ID:uJ4W+I9gO

女(ウィーン、かぁ。素敵な街。)

女(明日はオーストリア美術館に行って、シュテファン大聖堂にも行って…)

女(ヴォティーフ教会にも行きたいし、ウィーンフィルも聴きに行きたいな…。)

女(一緒、かぁ。)

女(――ずっと、一緒なのかぁ。)

女(きっと、楽しくなるよね。)

女(このまま、帰りたくないな。)

女(少し、眠ろう。…夜は、二人で食事だ。)

女(……おやすみなさい。)

―。

――。

224: 2009/07/04(土) 09:34:17.54 ID:Mftx7nws0

男(…眠い、けど。)

男(オーストリアに来たら先ず行こうと思ってたからなあ。)

男(二、三時間あれば、帰って来れるかな。)

男(戻って来たら先生を起こして、何処かに美味しいものを食べに行こう。)

男(…まさか、ウィーンにこういう形で来る事になるとは。)

男(…これも何かの因縁、ですか?)

男(…そんな訳無い、か。)

男(――よし、先ずは花屋を探さないと、な。)

225: 2009/07/04(土) 09:40:49.02 ID:Mftx7nws0

男(ここ、か…。)

男(綺麗な所だな…。街を見下ろせるのか。)

男(…なるほど。お前には日本よりも、オーストリアの方が似合っているよ。)

男「…ごめん。来るのが遅くなった。」

男「…っ。」

男「…ごめん…っ。」

男「……。」

男「…ここは、風が気持ちいいな。――なぁ?」


―。

――。

226: 2009/07/04(土) 09:45:07.82 ID:Mftx7nws0

女「だから、どうして男君はそんなに頭が固いの?」ひっく

男「…先生、飲み過ぎです。もうホテル戻りましょう。」

女「ほら、そうやって世間体ばかり気にして…。」ひっく

男「…まあ、強ち見当外れでは無いですけれど。」

女「でしょ?」

男(……本当に酔うと厄介な人だ。)

女「…。」

230: 2009/07/04(土) 09:50:15.59 ID:Mftx7nws0

女「そういえば、」

男「…はい?」

女「男君、恋人はいるの?」ひっく

男「…いえ。」

女「そうか、いないのか。」

男「ええ、まぁ。」

女「……ふうん。」

男「…先生こそ、どうなんです?」

女「……私の恋人は、万年筆だよ。」

男「なるほど。」

女「…あ、今『私生活の乾ききった女だ』とか思ったでしょ?」ぎろっ

男「いえ、誤解です。目、据わっていますよ先生。」

女「…むう。」ごしごし

232: 2009/07/04(土) 09:55:56.37 ID:Mftx7nws0

男「もう、戻りましょう。明日も早いですし。」

女「…もう少し、」

男「…まだ飲み足りないんですか?」

女「そう、じゃなくて。」

男「…?」

女「…。」

男「もう少し、お付き合いします。」

女「…うん、ありがとう。」

男「…いえ。」

233: 2009/07/04(土) 10:00:51.94 ID:Mftx7nws0

とぅるるる とぅるるる…

女「ん…むぅ。」

女(…電話?)

女(あれ?ここ…どこ?)

女(……。)

女(…ああ。私、ウィーンに来ているんだっけ。)

がちゃ

女「はい。」

234: 2009/07/04(土) 10:04:28.50 ID:Mftx7nws0

女「――うん、おはよう。」

女「――うん、分かった。――ええ、」

女「ええ。――30分で、準備する。」

女「――うん、ありがとう。」

女「じゃあ、後で。」

がちゃっ

女(そっか、一緒に来ているんだよね…。)

女(モーニングコール、かぁ。)

女「…悪くない。」

女(でも……)

女(……頭痛い。)

236: 2009/07/04(土) 10:13:03.01 ID:Mftx7nws0

男「…ああ、お早うございます。」

女「…おはよう。」

男「顔色が悪いですよ?大丈夫ですか?」

女「…ええ。」

男「ひょっとして…二日酔い、ですか?」

女「…大丈夫だってば。」

男「少し、待っていてください。」

女「…?」

237: 2009/07/04(土) 10:19:18.75 ID:Mftx7nws0

男「――はい、水と薬です。こんなこともあろうかと、持ってきておいて正解でした。」

女「…ありがとう。」

男「いえ。」

女「……ねえ。」

男「はい?」

女「…前にも、こんなことがあったわよね。」

男「以前にも?」

女「…私が風邪をひいたって、適当に嘘を吐いて貴方を追い返そうとした時。」

239: 2009/07/04(土) 10:22:38.33 ID:Mftx7nws0

男「…ああ。やはり、仮病でしたか。」

女「あら、やっぱり気付いていたの?」

男「…ええ、まぁ。」

女「じゃあ、あの薬は?」

男「あれは、急いで薬局まで買いに行きました。」

女「…仮病だと、分かっていたのに?」

240: 2009/07/04(土) 10:24:56.32 ID:Mftx7nws0

男「だって、本当に風邪だったら大変じゃないですか。」

女「…やっぱりお人好しだわ、貴方。」

男「恐れ入ります。」にこ

女「…。」

男「どうしますか?少し休みますか?」

女「…大丈夫、行きましょう。」

男「はい。今日は地下鉄です。」


―。

――。

244: 2009/07/04(土) 10:29:14.50 ID:Mftx7nws0

女「うわぁ…。」

男「…シェーンブルン宮殿。――凄いですね。」

女「大きいね…。黄色が奇麗……。」

男「テレジアイ工口ーと云うみたいです。」

女「…マリア・テレジア?」

男「ええ。金を塗ろうとしたところ、財政の悪化を懸念した彼女が黄金に近いこの色を選んだ、と言われているようです。」

女「…節約、かぁ。」

男「…先生がその言葉を言うと、生活感が滲み出てきて何とも遣る瀬無い気持ちになります。」

245: 2009/07/04(土) 10:33:30.95 ID:Mftx7nws0

女「それにしても大きいね…。」

男「両端で180mもあるらしいです。宮殿と庭園は世界遺産ですね。」

女「……ねえ、どうしてそんなに詳しいの?」

男「昨日、殆ど酔い潰れた先生を部屋まで運んだあとに、観光案内の本を読んでいましたので。」

女「…貴方、意外と楽しみにしていたのね。」

男「それは、もう。」にこ

女「…。」

247: 2009/07/04(土) 10:36:30.98 ID:Mftx7nws0

男「――次は美術史美術館ですが、……大丈夫ですか?」

女「…大丈夫よ、こう見えて高校時代は陸上部だったんだから。」

男「またまた、御冗談を。」

女「え、本当よ?」

男「…種目は何でした?」

女「…槍投げ。」

男「…へっ?」

248: 2009/07/04(土) 10:39:08.34 ID:Mftx7nws0

女「…冗談よ。長距離だったわ。」

男「あ、陸上部は本当なんですね。」

女「まあ、幽霊部員だったけれどね。」

男「…だと思いましたよ。」

女「行きましょう、美術館。」ぐいっ

男「…え、あ。はい。」

女「…。」

男「痛てて…、先生、そんなに強く引っ張らなくても。」

女「…。」

267: 2009/07/04(土) 13:26:43.59 ID:uJ4W+I9gO

――夜 ホテル内ラウンジ


男「今日は、色々と回りましたね。」

女「ええ、流石に疲れたわ…。」

男「あ、そういえば二日酔いはもう大丈夫ですか?」

女「…ええ、いつの間にか治っていたみたい。」

男「それは良かったです。」

女「…薬のお陰よ。ありがとう。」

男「…いえ。」

女「そろそろ部屋に戻る?」

男「はい。今日はお酒を自重して頂いて、助かりました。」

女「…まあ、ね。」

男「…はい。」

268: 2009/07/04(土) 13:29:39.34 ID:uJ4W+I9gO

女「そろそろ部屋に戻る?」

男「はい。今日はお酒を自重して頂いて、助かりました。」

女「…まあ、ね。」

男「…はい。」

女「…明日から、書き始めるから。」

男「…そうですか。今日行った他に見る所があれば、いつでも言ってください。」

女「…ありがとう。でも大丈夫、観光目的ではないしね。」

男「…そうですね。」

女「…うん。」

270: 2009/07/04(土) 13:31:19.23 ID:uJ4W+I9gO

男「では、私はそろそろ。」

女「…うん。」

男「先生は、まだ此方に?」

女「もう少ししたら、戻るわ。」

男「…わかりました。」

女「…ねぇ」

男「…はい?」

女「明日は…8時に起こしてね?」

男「…了解です。」

女「…うん。」

男「では、おやすみなさい。」

女「うん、おやすみ。」

271: 2009/07/04(土) 13:33:03.46 ID:uJ4W+I9gO

男(――さて。風呂に入って寝ようかな。)

男(お湯…張らないと。)

がちゃ

男「…。」

きゅっ じゃーっ…

男(…ウィーン、ね。)

男(確かに、いい街だよ。)

男(お前の言ってた通りだ。)

男(…広くて、空が高くて、綺麗で。)

男(…。)

272: 2009/07/04(土) 13:34:45.42 ID:uJ4W+I9gO

男(明日は先生は執筆するらしいし、俺はどうしようかなぁ。)

男(…。)

男(…この街では、雨は降らないんだな。)

男(…泣き止んでくれている、のか?)

男(…考えすぎ、か。)

男(…。)


じゃーっ…

273: 2009/07/04(土) 13:36:17.33 ID:uJ4W+I9gO

――翌朝


とぅるるる とぅるるる…

女「…すぅ…んぅ」

とぅるるる とぅるるる…

女「すぅ……ん?」

女(…電話?)

女(…ああ、男君か。)

女(…。)すぅ はー

女「…よし。」

がちゃ

女「…はい。」

276: 2009/07/04(土) 13:38:23.64 ID:uJ4W+I9gO

女「――いや、起きてたわよ。」

女「――ええ、」

女「分かった。じゃあ朝食を食べに行きましょう。」

女「――うん、それじゃあ後で。」


がちゃん


女「どうしよう、なんで起きてたなんて言ってしまったんだろう…」

女「急いで支度しなくちゃ…」


―。

――。

325: 2009/07/04(土) 21:32:23.80 ID:uJ4W+I9gO

男「朝からテラスでコーヒーだなんて。まさにヨーロッパ、という光景ですね。」

女「…ええ。」

男「しかし、」

女「…なに?」

男「どうも甘い過ぎて好きになれません。」

女「ああ、このコーヒーね。」

男「ホイップクリームが邪魔です。」

女「そう?私は嫌いじゃないないけれど。」

男「私は、レモネードの方が好きです。」

女「…そう。」

328: 2009/07/04(土) 21:39:31.14 ID:uJ4W+I9gO

男「…今日のご予定は?」

女「今からホテルに戻って、書き始めるわ。」

男「そうですか。」

女「…貴方はどうするの?」
男「デート、です。」

女「…で、デート?」

男「ええ。」

女「…ふうん。」

男「…。」

女「じゃあ、私はそろそろ部屋に戻るわ。」

男「はい。何か買って帰るものはありますか?」

女「…大丈夫、自分で街にも出てみないと。」

男「そうですね。」

女「じゃあ、また後で。」

男「はい。」

332: 2009/07/04(土) 21:42:53.44 ID:uJ4W+I9gO

女(デート、ね。)

女(…。)

女(ただの冗談だろうけれど。)

女(…。)

女(よし、では始めますか。)

女(…。)

女(あ…)かきかき

女(すらすら、浮かぶ…)かきかき

女(…楽しい。)


336: 2009/07/04(土) 21:51:29.57 ID:uJ4W+I9gO

男「Pleare give me a boupuet.」

店員「Okay!Is it present for your girlfriend?」にかっ

男「…sure.」にこ

店員「Wao! I'll make beauteful one for your precious!」

男「…thanks.」

店員「h~n~」

男(precious、ね。)

店員「n~」

男(…never gonna fall in love again.)ぽそっ

店員「…?」

男「…its beautiful.」

店員「danke.」にこ


―。

――。

346: 2009/07/04(土) 22:07:55.68 ID:uJ4W+I9gO
何となくやめておきます。ごめんなさい。

347: 2009/07/04(土) 22:08:38.66 ID:uJ4W+I9gO

女(――ふぅ、っ。)

女(…一区切り、かな。)

女(大分進んだ…)

女(こんなに筆が進むのは、凄く久し振りかも知れない。)

女(…。)

女(男君は、何しているのかな…)

女(…あっ、)

女(…雨。)


しとしとしと…

350: 2009/07/04(土) 22:10:30.04 ID:uJ4W+I9gO

男(――うわ、降ってきちゃったか。)

男(仕方ない、一度ホテルに戻って着替えるか。)

男(…。)

男(……なんで、泣くんだよ。)

男(…。)

男(――怒られてるのかな、来るのが遅いって。)

男(…。)


たったったっ…

351: 2009/07/04(土) 22:17:14.16 ID:uJ4W+I9gO

女「あら、早かったのね。」

男「ええ、雨に降られまして。」

女「朝までは晴れていたのにね。」

男「…はい。」

女「…ちゃんと体拭いたの?」

男「ええ、シャワーを浴びました。」

女「…そう。」

男「はい。」

352: 2009/07/04(土) 22:20:46.90 ID:uJ4W+I9gO

女「…冷蔵庫に、」

男「…はい?」

女「…レモネード、作っておいたから。勝手に飲んで。」

男「…頂きます。」

女「…うん。」


からんっ とぷとぷとぷ…


男「…やはりこれですね。美味しいです。」

女「…そう。」

男「ええ。」

女「…ねえ?」

男「はい?」

353: 2009/07/04(土) 22:26:28.62 ID:uJ4W+I9gO

女「明日の夜、ウィーンフィルの演奏会があるらしいのだけれど。」

男「行きますか?」

女「…明日は夜まで、頑張って書くよ。」

男「チケット残っていればいいのですが…。」

女「…今から二人で買いに行こうか。」

男「え、ウィーン楽友協会にですか?」

女「雨脚も、弱まってきたしさ。ね?」

男「…分かりました。行きましょうか。」

女「…うん。」

男「…。」

女「…ありがとう。」

男「…いえ。」

358: 2009/07/04(土) 22:32:18.80 ID:uJ4W+I9gO
>>355 その通りですね。いやぁ、お恥ずかしい。

357: 2009/07/04(土) 22:31:01.86 ID:uJ4W+I9gO

男「――しかし、一番値段が高い席しか残っていないとは…。」

女「いいじゃない、たまには贅沢も。」

男「…まあ、来日公演を聴きに行くと、もっと高くつきますしね。」

女「…知っている曲目で良かった。」

男「…そうですね。どちらも有名な曲ですし。」

女「今回は2曲ともロシアの作曲家なのね。」

男「…今回の定期演奏会は、そういった趣旨なのかもしれませんね。」

女「楽しみだね。」

男「…ええ。」

359: 2009/07/04(土) 22:36:46.21 ID:uJ4W+I9gO

女「私はもう少し書いてから眠るわ。」

男「そうですか。…でもあまり無理をし過ぎないで下さいね。」

女「…うん、ありがとう。」

男「…いえ。」

女「――でもね、」

男「…はい?」

女「ここに来てから、何だか上手く筆が進むんだ。…こんなの何時振りだろう。」

男「それは、よかったです。」

363: 2009/07/04(土) 23:02:39.13 ID:uJ4W+I9gO

女「貴方のお陰、ね。」

男「…私はただの通訳に過ぎません。書けるのは貴女の力です。」

女「…そんなこと、ない。」

男「…。」

女「…部屋に、戻るわね。」

男「…はい。お休みなさい。」

女「…うん、おやすみ。」

369: 2009/07/04(土) 23:41:37.30 ID:uJ4W+I9gO

こんこんっ


男(先生か…?)

女「ちょっと、いい?」

男「はい。どうぞ。」

――かちゃっ

男「…こんな時間に、どうしたんですか?」

女「…うん。」

男「…?」

370: 2009/07/04(土) 23:44:16.49 ID:uJ4W+I9gO

女「――これ。あげる。」

男「…開けても?」

女「…うん。」

がさごそ…

女「…。」

男「――ネクタイ、ですか。」

女「……明日、それ締めて行こうね。」

男「…はい。」

女「ごめんなさい。私、どんなものがいいのか、よく分からなくて。」

男「いえ、素敵です。ありがとうございます。」

女「…うん。」

371: 2009/07/04(土) 23:49:33.91 ID:uJ4W+I9gO

男「明日の曲は、個人的にも思い入れのあるものなので、楽しみです。」

女「ラフマニノフピアノ協奏曲第3番?」

男「…いえ、チャイコフスキーの方です。」

女「…ああ、有名な曲だよね。」

男「ええ。大好きな曲です。」

女「私も、何か楽器が弾けたらよかったな。」

男「いいですよ、楽器は。……もう、何年も触っていませんが。」

女「辞めてしまったの?」

男「…ええ。」

女「…そう。」

男「…。」

373: 2009/07/04(土) 23:55:43.04 ID:uJ4W+I9gO

女「――そろそろ、戻るわね。」

男「はい。ネクタイ、ありがとうございます。」

女「――実はね、」

男「…はい?」

女「…ウィーンフィルは行こうと思っていたんだ、日本に居る時から。だから買ったの。」

男「…成程。」

女「そんな、苦笑いしなくたっていいじゃない。」

男「いえ、嬉しくて笑みが零れてしまっているだけですよ。」

女「……貴方はつくづく、食えない人ね。」

男「私はこう見えて、素直なんですよ?」

女「…そう?」

男「ええ。」

375: 2009/07/04(土) 23:59:57.54 ID:uJ4W+I9gO

女「…。」

男「――どうしました?」

女「…ねえ。――今から1分だけ、」

男「…え?」

女「……これからの1分間だけは…、記憶に残さないでね?」

男「…?」

――とさっ

男「…っ!?」

ぎゅっ

女「…抱き、締めて?」

男「――っ。」

女「……。」

377: 2009/07/05(日) 00:02:16.73 ID:XYJFTVZiO

男「――ごめん、なさい。」

女「……そう。」

すっ

男「それは、出来ないんです。…ごめんなさい。」

女「……私こそ、ごめんなさい。」

男「…いえ。」

女「…。」

男「…。」

女「部屋に、戻るわね。」

男「…ええ、お休みなさい。」

女「…うん、おやすみ。」


かちゃ

――ぱたん

382: 2009/07/05(日) 00:08:35.21 ID:XYJFTVZiO

女(…。)

女(――出来ない、か。)

女(それはそうだよね、私と男君は…っ。)

女(…作家と担当、だものね。)

女(仕事だから、オーストリアもついて来てくれたんだよね。)

女(――何を、勝手に勘違いしていたんだろう…。)

女(一人ではしゃいじゃって…馬鹿みたい。)

女(…馬鹿、みたい。)

女「…ううっ……ひっく…。」

384: 2009/07/05(日) 00:16:49.87 ID:XYJFTVZiO

男(――危な、かった…。)

男(駄目だろ、抱き締めちゃ。)

男(すぐ近くにはあいつが……眠っているんだから。)

男(――駄目、だろ。)

男(…しかし、先生もあれは反則だろう…。)

男(明日、どんな顔して会えばいいのかな…。)

男(…。)

男(――明日も雨、かな。)


―。

――。

386: 2009/07/05(日) 00:21:57.78 ID:XYJFTVZiO
少し書き貯めてきまする。遅筆で申し訳ない。

夜まで見てくれている方、有難いです。感謝なり。

392: 2009/07/05(日) 00:48:06.32 ID:XYJFTVZiO

――翌朝


女「…んぅ…すぅ…。」

とぅるるる とぅるるる…

女「…すぅ…んっ…?」

とぅるるる とぅるるる…

女「んぅ…。――電話。」

女(――男君、だよね。)

女(昨日はいつのまにか寝ちゃった、のか。)

女(どうしよう…。)

394: 2009/07/05(日) 00:50:13.99 ID:XYJFTVZiO

とぅるるる とぅるっ

女(――あ、切れちゃった。)

女(……まぁ、いいか。合わせる顔、無いしね。)

女(…あんなこと、するんじゃなかった。)

女「…私の馬鹿。」

396: 2009/07/05(日) 00:58:14.98 ID:XYJFTVZiO

男(…出ない、か。)

男(――しょうがないか、一人で朝飯食べに行こう。)

男(…『記憶に残すな』って言ったのは、先生の方なのに。)

男(――昼ご飯行く時に、もう一度電話してみるか。)

男(…。)

男(…もう、俺はあと数日しか居られないのに。)

398: 2009/07/05(日) 01:07:00.51 ID:XYJFTVZiO

男「もう、ここに来るのも日課になっちゃったな。」

男「…なあ。毎朝俺に起こされて不機嫌だからって、ウィーンにまで雨を降らすなよ。」

男「あ、俺今日のウィーンフィルの演奏会、聴きに行くんだ。いいだろ。」

男「…まあ、お前のことだから聴きに来るんだろうな。」

男「あ、俺さ。明後日には日本に帰らなきゃいけないからさ、」

男「…また、しばらく来られなくなるよ。」

男「――じゃあ、また明日来る。」

男「…おやすみ。」

402: 2009/07/05(日) 01:15:08.76 ID:XYJFTVZiO

女「ん、お帰り。」

男「あれ、先生。どうしたんですか?」

女「ねぇ、」

男「…はい?」

女「なんとか、仕上がりそうよ。」

男「…本当ですか。」

女「…ええ。」

男「それは、良かったです。」

403: 2009/07/05(日) 01:18:24.20 ID:XYJFTVZiO

女「だから…、」

男「…?」

女「今日、ちゃんと行こうね?私、頑張るから。」

男「…勿論です。」

女「…よかった。」にこ

男「…はい。」

女「じゃあ、私部屋でもう少し書いて来るわね。」

男「はい、では後ほど。」

女「…うん。」

435: 2009/07/05(日) 08:19:43.82 ID:XYJFTVZiO

――その夜


こんこんっ


女「…はい。」

男「お迎えに上がりました。」

女「…ごめんなさい。5分だけ、待っていて。」

男「…はい。」

436: 2009/07/05(日) 08:22:12.20 ID:XYJFTVZiO

がちゃ

女「…お待たせ。」

男「いえ。」

女「…ネクタイ、似合ってるよ。」にこ

男「…ありがとうございます。」

女「では、行きましょうか。」

男「ええ。」

437: 2009/07/05(日) 08:25:29.44 ID:XYJFTVZiO

男「…先生。」

女「…なに?」

男「ドレス、素敵ですね。」

女「…普段こんな洋服着ないから、少し、恥ずかしいわ。」

男「いえ、よくお似合いですよ?」にこ

女「…そう、ありがとう。」

439: 2009/07/05(日) 08:44:04.11 ID:XYJFTVZiO

――ウィーン楽友協会大ホール


女「凄い、人ね…。」

男「日本とは違って音楽的な土壌が豊かですから、老若男女みんな来るんですね。」

女「へぇ…」

男「ましてや『比類無き音楽団』と言われるウィーンフィルの公演ですからね。」

女「うん、…どきどきしてきた。」

男「席に、行きましょうか。」

女「…ええ。」

441: 2009/07/05(日) 08:48:49.62 ID:XYJFTVZiO

男「――トイレ、大丈夫ですか?」

女「…失礼ね、子供じゃないんだから。」

男「冗談、ですよ。」

女「…もう。」

男「…。」

女「あ、」

男「…はい?」

女「…ネクタイ、曲がっている。動かないでね。」

男「…はい。」

女「…。」

442: 2009/07/05(日) 08:52:53.23 ID:XYJFTVZiO

男「ありがとうございます。」

女「…うん。」

男「…。」

女「…ねぇ?」

男「はい。」

女「…個人的な思い入れがある、と言っていたわよね。」

男「…はい。」

女「あれって…」


ぱちぱちぱちぱち…


男「始まりますので、また後程。」

女「…。」こくり

444: 2009/07/05(日) 09:02:32.05 ID:XYJFTVZiO

男(――ラフマニノフ ピアノ協奏曲第三番…。)

男(ピアノ協奏曲は二番が一番有名だけれど…)

男(個人的には三番の方が好きだな…)

男(…さすがウィーンフィルだな。凄い。)

男(…。)ちらっ

女(……。)

男(…そんなに緊張して聞かなくても…。)

男(…問題は、)

男(――休憩後のチャイ5、だよな…。)


―。

――。

445: 2009/07/05(日) 09:06:22.96 ID:XYJFTVZiO

ぱちぱちぱち…

女「…。」

男「…凄かった、ですね。」

女「…ええ。」

男「…休憩ですが、ラウンジに何か飲みに行きますか?」

女「…そうね。」

男「はい。」

446: 2009/07/05(日) 09:09:28.36 ID:XYJFTVZiO

男「――コーヒーで、よかったですか?」

女「…うん。」

男「どうぞ。」

女「…ありがとう。」

男「…。」

女「…。」

男「…つまらない、自分語りになってしまいますが。」

女「――ええ。…聞かせて?」

男「…はい。」

447: 2009/07/05(日) 09:18:34.83 ID:XYJFTVZiO

男「学生時代に、オケに乗ってやった曲なんですよ。」

女「…へぇ、凄いじゃない。」

男「…いえ。」

女「…それで?」

男「…。」

女「…?」

男「…っ。」

女「…そろそろ休憩終わるわね。席に戻りましょうか。」

男「…はい。」

449: 2009/07/05(日) 09:28:45.65 ID:XYJFTVZiO

ぱちぱちぱち…


男(…始まる。)

男(――チャイコフスキー交響曲第五番…)

男(第一楽章…運命の動機。)

男(…。)

男(…なぁ。)

男(お前も…聴いているよな?)

男(…第二楽章。)

男(……ホルンソロ、上手い…)


―。

――。

450: 2009/07/05(日) 09:37:58.66 ID:XYJFTVZiO

ぱちぱちぱち…


「ブラーボ!」 「ブラボー!」


男(…凄、かった。)ぱちぱちぱち

女(…。)ぱちぱちぱち…


ぱちぱちぱちぱち…


指揮者「…。」ぺこり

指揮者「…。」すっ


男(え?)

女(…アンコール?)

453: 2009/07/05(日) 09:47:32.99 ID:XYJFTVZiO

女(…っ!!)

男(――ははは。ここまで来ると誰かの悪戯としか思えないな…)

女(…ラヴェル)

男(――亡き王女の為のパヴァーヌ。)

454: 2009/07/05(日) 09:51:33.72 ID:XYJFTVZiO

女(綺麗だけど、悲しい曲…。)


――いつまでそうやって一人でウジウジしてるの!

男(…え?)

――相変わらず考え過ぎなんだよ! 私の事なんて忘れていいんだから!

男(…え?お前…なのか?)
――いい人じゃない。隣の方。優しいし、綺麗だし。

男(…なぁ、)

――なに?

男(…。)

456: 2009/07/05(日) 09:52:25.67 ID:XYJFTVZiO

男(…ありがとう。)

――うん。


ぱちぱちぱちぱち…


「ブラボー!」 「ブラーボ!」

ぱちぱちぱちぱち…


―。

――。

463: 2009/07/05(日) 10:07:18.63 ID:XYJFTVZiO

――帰り道


女「…凄い、演奏会だったね。」

男「…ええ。」

女「…どうしたの?そんなに放心して。」

男「…いえ。」

女「…?」

男「女さん。」

女「…はい。」

男「付き合って欲しい場所があるのですが…」

女「…うん、いいよ?」

464: 2009/07/05(日) 10:10:59.76 ID:XYJFTVZiO

ざっざっざっ…


女「すごい、街の灯りが綺麗…」

男「小高い丘の上に墓地を作るなんて、西洋人らしいですよね。」

女「…うん。」

男「…先程のお話の、続きをします。」

女「…うん。」

465: 2009/07/05(日) 10:15:58.70 ID:XYJFTVZiO

男「……私は、学生の頃にある女性とお付き合いをしていました。」

女「…。」

男「…お付き合いを初めて一ヶ月程後の事です。
  彼女はヴァイオリン、私はホルンでオケに乗って、大学内のコンクールに出場することになりました。」

女「…。」

男「……その時の曲が、チャイコフスキー交響曲第五番。先程の曲です。」

女「…うん。」

466: 2009/07/05(日) 10:21:29.51 ID:XYJFTVZiO

男「…彼女は学内でも頭抜けたヴァイオリニストで、校内のコンクールが終わった後に、留学をする事になっていました。」

女「…。」

男「…ウィーンに。」

女「――えっ?」

467: 2009/07/05(日) 10:28:07.52 ID:XYJFTVZiO

男「…コンクールは銀賞でした。私がソロを吹き損ねたせいだ、と彼女は笑って言い、ウィーンへ飛んで行きました。」

女「…。」

男「…それから、一年と少しの後でしょうか。」

女「…。」

男「急に大学時代の友人から連絡がありました。」

女「…。」

男「…彼女が亡くなった、と。」

女「…っ。」

470: 2009/07/05(日) 10:38:36.54 ID:XYJFTVZiO

男「…原因は事故でした。」

女「――そんな…。」

男「…事情を知っている友人や先輩は、直ぐに私をウィーンへ送り出そうとしました。」

女「…。」

男「…でも、行けませんでした。」

女「…どうして?」

男「彼女の氏を、受け止めることが……怖かったのだと思います。」

女「…。」

男「――全く、我ながら情けない話です。」

471: 2009/07/05(日) 10:42:26.67 ID:XYJFTVZiO

女「――ごめんなさい、私…。オーストリアに行きたい、だなんて…」

男「…いえ。」

女「…。」

男「…それからもう、どれくらいの時間が経ったのか。」

女「…。」

男「…こうして、ウィーンに来る事が出来て。ようやく彼女に挨拶が出来ました。」

女「…。」

男「…女さんには、感謝しています。」

女「…そんなっ、」

男「…ありがとう、ございます。」

女「…っ。」

472: 2009/07/05(日) 10:45:58.42 ID:XYJFTVZiO

男「…ここに、彼女が眠っています。」

女「…。」

男「…いや。今は起きていて、私の下らない自分語りに痺れを切らせているかもしれません。」

女「――ひょっとして『デート』って…」

男「…恥ずかしながら。」

女「……そう。」

男「…はい。」

474: 2009/07/05(日) 10:51:58.13 ID:XYJFTVZiO

女「…私も、ご挨拶していい?」

男「…喜ぶと思います。」

女「…ありがとう。」

男「――いえ。」

女「…。」

――男君を、宜しくお願いします。

女「えっ…?」

男「どうしました?」

女「…優しい、女性ね。」

男「…え?」

女「…でしょう?」

男「…ええ。その通りです。」にこ

476: 2009/07/05(日) 10:59:02.55 ID:XYJFTVZiO

男「――さっき、」

女「…ん?」

男「…ラヴェルを聴いているときに、あいつの声が聞こえた気がしたんです。」

女「…。」

男「――叱られてしまいました。情けない、と。」

女「…そう。」

男「――だから、もう腹を決めます。」

女「…?」

男「…。」すぅ


男「女さん、好きです。俺と付き合ってください。」

女「――えっ…。」


―。

――。

525: 2009/07/05(日) 18:42:51.57 ID:XYJFTVZiO

――その夜


男「――先生、寝ちゃいましたか?」

女「…なに?」

男「…キスも、駄目ですか?」

女「……この間は抱き締めてくれなかったくせに。」

男「…ごめんなさい。」

女「……何もしないという約束で私と一緒に寝ている、ということを忘れたの?」

男「…そうでした。」

女「…諦めなさい。」

男「……はい。もう寝ます。」

女「…うん、おやすみ。」

男「…おやすみなさい。」

526: 2009/07/05(日) 18:45:55.26 ID:XYJFTVZiO

女「…。」

男「…。」


ちゅ…


男「えっ!?」

女「……おやすみなさい。」

男「…え?」

女「…五月蝿い。」

男「女さん、今…」

女「…何よ。」

527: 2009/07/05(日) 18:47:01.55 ID:XYJFTVZiO

男「――アンコールは?」

女「…無し。」

男「…せめて手を繋いで寝ませんか?」

女「……仕方無いわね。」


―。

――。

545: 2009/07/05(日) 21:23:13.82 ID:XYJFTVZiO

――全く、世話が焼けるんだから。

…ごめん。

――今まで黙って見てたけど、学生の頃からちっとも成長してないじゃない!

…人間なんて、そんなもんだろ。

――またそうやってウジウジ言い訳ばっかりして!

…お前も、相変わらずだな。

――まぁ、ね。

547: 2009/07/05(日) 21:26:04.64 ID:XYJFTVZiO

――でも、まぁ。今日で漸く安心したわ。

…そうか。

――それじゃあ。今度こそさようなら、だね。

…行くのか。

――うん。

…っ…うっ…

549: 2009/07/05(日) 21:28:28.29 ID:XYJFTVZiO

――ほらほら、泣かないの! もう大切な人が出来たんでしょ?

…あぁ。

――もう私はお役目御免、だから。

…うん。

――じゃあね!日本帰ったら二人に宜しく!

…なんて宜しく伝えればいいんだよ。

――うっ、…確かに。

…。

――じゃあ、行くね。

…ああ。……ありがとう。

――さようなら。

552: 2009/07/05(日) 21:33:31.25 ID:XYJFTVZiO

女「…ねぇ、大丈夫?」

男「……っ」

女「ねぇってば。…男君?」

男「…ん。ああ、先生。」

女「……大丈夫?泣きながら眠っていたわよ?」

男「……そうですか。」

女「…うん。」

555: 2009/07/05(日) 21:38:50.02 ID:XYJFTVZiO

男「…すいません、大丈夫です。」

女「…そう。よかった。」

男「…はい。」

女「…おはよう。」

男「……はい、おはようございます。」

女「…。」

男「――ごめんなさい、少し抱き締めていいですか。」

女「……いちいち確認する類いの行為ではないでしょう。」

男「…それもそうですが。」
ぎゅっ

女「…馬鹿。」

556: 2009/07/05(日) 21:41:00.28 ID:XYJFTVZiO

男「さて、朝ごはん食べに行きましょうか。」

女「…待って。」

男「…はい?」

女「……自分が満足したら、それで終わり?」

男「…失礼しました。」

女「…うん。」



―。

――。

560: 2009/07/05(日) 21:47:49.56 ID:XYJFTVZiO

男「…この甘いウインナーコーヒーを飲むのも、とりあえず今日で最後です。」

女「…え?」

男「どうしても外せない会議がありまして。」

女「…そんなの、聞いてない。」

561: 2009/07/05(日) 21:51:50.33 ID:XYJFTVZiO

男「…少し、手違いがありまして。」

女「…。」

男「編集長に無理を言って、会議に間に合うことを条件に今回は目を瞑って貰いました。」

女「…そう。」

男「はい。…申し訳ないです。」

女「…今日は、」

男「はい?」

女「――今日は、晴れたわね。」

男「…ええ。」

女「…。」

男「――いい、天気です。」

567: 2009/07/05(日) 21:57:57.60 ID:XYJFTVZiO

男「それで、先生はどうされます?」

女「あと二、三日で形になると思うから、そうしたら帰ろうと思う。」

男「一人で帰って来られますか?」

女「……相変わらず失礼な人ね。」

男「冗談ですよ。」

女「――今日もデートに行くの?」

男「…いえ、もうあそこにあいつは居ないので。」

女「…?」

男「では、少し買い物をして部屋に戻りますね。」

女「…うん。また後で。」

男「…はい。」

570: 2009/07/05(日) 22:03:18.43 ID:XYJFTVZiO

男「Please give me a bouquet for my precious.」

店員「okay!―― do you present it every day?」

男「Yes. Everyday …of the future.」

店員「…?」

男(…いや。毎日は煙たがられる、かな。)

店員「――sure, its my masterpiece!」

男「thanks.」

572: 2009/07/05(日) 22:05:05.86 ID:XYJFTVZiO

女(…。)

女(……。)

女(――よしっ、)かたんっ

女(……終わったぁ。)

女(……今回は、疲れた。)

女(…あとは軽く校正して完成、か。)

女(…どうしよう、一緒に帰れちゃうな。)

女(……とりあえず、)

女(…今日は最後の夜だし、飲みに行こうね。)

583: 2009/07/05(日) 22:46:00.68 ID:XYJFTVZiO

――その夜


こんこん

男「先生ー。」

女「ごめんなさい、もう少し待って。」

男「予約の時間までもう少しありますから、大丈夫ですよ。」

女(えーと、何を着よう…)

男「…。」

女(どうしよう…。きちんとした洋服なんて、昨日のしか持って来て無いよ…。)

男「……。」

584: 2009/07/05(日) 22:51:36.93 ID:XYJFTVZiO

がちゃっ

女「――お待たせ。」

男「……女性の準備を待つのは古来からの男の運命ですね。」

女「…仕方ないでしょう。」

男「…これ。」がさっ

女「――え?私に?」

男「ええ。」

女「…綺麗。」

男「自信作だ、と言っていましたから。」

女「…ありがとう。」にこ

男「…行きましょう。」

女「…うん。」

586: 2009/07/05(日) 23:02:17.31 ID:XYJFTVZiO

女「…すごいレストランね。」

男「開業550年以上で、建物自体が市の記念建造物だそうです。」

女「…相変わらずやけに詳しいのね。」

男「…いえ。」

女「…あ、ストーブが凄い。」

男「…本当だ、ルネサンス様式のものみたいですね。」

女「…ねえ。」

男「…はい?」

女「…そこでずっと待っていてくれているウエイターさんに申し訳ないから、食前酒だけでも決めてしまわない?」

男「…飲む気ですか?」

女「もちろん。」にこ

男「……私はシェリーで。」

女「同じものを。」

男(大丈夫かな…。)

590: 2009/07/05(日) 23:09:00.95 ID:XYJFTVZiO

たったったっ…


男(結局、俺が背負って帰る羽目ですか…。)

男(…軽いな。)

男(ちゃんと食べてるのかな…。)

男(…しかし、)

男(もう少し、自分に合った飲み方を覚えて欲しい…。)

男(…でも、)

男(――悪くない、かな。)


たったったっ…


―。

――。

591: 2009/07/05(日) 23:15:48.82 ID:XYJFTVZiO

――翌朝


女(…朝、か。)

女(――ふわふわしてる…)

女(…温かい。)

女(…幸せ、か。)


女(…)

女(…けれど、)

女(本当に…これでいいの?)

女(こんなに甘えて…)

女(――いいの?)

女(駄目に、ならない…?)

女(……。)

592: 2009/07/05(日) 23:17:08.11 ID:XYJFTVZiO

女(でも、だめだ……)

女(抗えない…。)

女(…。)

女(…駄目だ、)

女(――起きよう。)


男「…すぴぃ…すぅ…」

女「…おはよう。」ぽそり

男「…すぅ」

女「……少し、外を歩いて来るね。」

男「……すぅ…。」

女「……待っていて。」にこ


かちゃ


――ぱたん

594: 2009/07/05(日) 23:23:55.48 ID:XYJFTVZiO

かちゃっ


女「…あら、起きていたの。」

男「…ええ、つい先ほど。」


――ぱたん


女「…そう。」

男「…こんな朝から、何処に行っていたんですか?」

女「…ちょっと、ね。」

男「…?」

女「――今日は何時に出るの?」

男「…昼の便に乗ります。」

女「…また、腰が痛くなるわね。」

男「…はい、憂鬱です。」

女「…そうね。」

597: 2009/07/05(日) 23:32:23.78 ID:XYJFTVZiO

女「…私も二、三日したら帰るから。」

男「はい。」

女「…着いたら連絡するわ。」

男「はい、待っています。」

女「――じゃあ、気を付けてね。」

男「…ええ。」

女「……あと、これ。」

男「…鍵?」

女「…。」

598: 2009/07/05(日) 23:34:30.59 ID:XYJFTVZiO

女「…家の合鍵よ。男君少し前に、私が留守で玄関の前で待っていたでしょう?」

男「…そんなこともありましたね。」

女「…またそうなったら可哀想だから。一応。」

男「……ありがとうございます。」

女「――じゃあ、そろそろ行く?」

男「…はい。」

女「じゃあ、――また。」

男「…はい。」


かちゃ

女「……っ。」

――ぱたん

599: 2009/07/05(日) 23:41:23.41 ID:XYJFTVZiO

――数日後


とぅるるる とぅるるる…

男「――はい。」

男「…ああ、日本に戻られたんですか。」

男「――はい、…はい。」

男「…それで、いつ伺えば?」

男「…はい。――来週、ですか?」

男「…はい。分かりました。ゆっくり手直しして下さい。」

男「はい、では来週の水曜日に。……はい。」

男「――はい。分かりました。」

男「はい、それでは。――失礼します。」


――かちゃり

602: 2009/07/05(日) 23:46:58.26 ID:XYJFTVZiO

――同刻


女(――ごめん、ね。)

女(でも、今は…。)

女(…。)

女(…さて、と。)

女(先ずはこの汚い部屋を片付けなきゃ、ね。)

女(…。)

女(……ごきぶり、出たらどうしよう。)

女(――アースジェット、買ってこようかな…。)



―。

――。

613: 2009/07/06(月) 00:38:31.89 ID:/7Vxx0LpO

――水曜日

しとしとしと…

男(もう、梅雨も終わる筈なのに…)

男(また少し、雨脚が弱まるまで居させて貰おう。)

男(――会うのは久し振り、だな。)

男(何かお土産でも、買って行こうかな…。)

男(和菓子…水羊羹なんてどうだろう。)

男(よし。駅前の和菓子屋さんに、寄って行こう。)

男(――今日は、水出しの緑茶の気分。)

614: 2009/07/06(月) 00:41:05.01 ID:/7Vxx0LpO


ぴんぽーん ぴんぽーん…

男(…?)

男「先生―?お留守ですかー?」

男(…また買い物、か?)

男(…ふむ。)

男(――あ、)

男(合鍵、貰っていたんだっけ。)

男(――上がっちゃって、いいんだよな?)



かちゃり


――きぃ


男「――え?」

616: 2009/07/06(月) 00:42:26.86 ID:/7Vxx0LpO

男(…部屋、間違えたのか?)

男(…いや、そんな訳無いだろ。)

男(……なんで、家具が一つも無いんだよ。)

男(何か床に…。)

男(――あれは…。)

男(――原稿と……手紙?)

617: 2009/07/06(月) 00:44:14.97 ID:/7Vxx0LpO

まず、私は貴方に謝らなくてはいけません。ごめんなさい。
これが、私なりに色々と考えた結果です。

貴方と居る時間はとても暖かくて、小さく光を放つような、そんなものでした。
そして私はいつからか、それを心から愛しいと、感じるようになっていました。

その中でふわふわと毎日を過ごすことは、掛替えの無いことで、きっと私はそれに満足するのだろうと、思います。

619: 2009/07/06(月) 00:45:09.41 ID:/7Vxx0LpO

ウィーンで貴方と過ごすにつれ、私は「物を書く」という事に対する欲のようなものが少しずつ、小さくなっていくのを感じました。小さな、しかし大切なものを見つけてしまったからでしょう。

しかし、私は物書きです。何かを書くことは私にとって空気のように必要なもので、それを失っては私は生きてゆけないのです。

全ては私の甘さの所為です。我儘ばかりで、本当にごめんなさい。

620: 2009/07/06(月) 00:46:02.37 ID:/7Vxx0LpO

新しい何処かで、自分を見つめ直したいと思います。何処に行くのかは決めていません。
きっと今頃実家の両親は、突然送られてきた大荷物に目を丸くしていることでしょう。

原稿を置いて行きます。校正はしましたが、何かあればそちらで直して貰って構いません。

初めて恋愛ものを書いてみましたが、どうにも上手く書けたという自信がありません。

いつか、私が自分というものを持てたその時に、もしも何処かで会えたなら、今度こそ笑って、貴方に言いたいと思います。


「また、来たの。」と。

628: 2009/07/06(月) 00:50:31.51 ID:/7Vxx0LpO

女作家「また、来たの。」


written by the female writer

conpilation by the man



the end.

637: 2009/07/06(月) 00:55:12.39 ID:/7Vxx0LpO
やっと、終わりました。

…色々と苦情もあるでしょうが、終わり方は最初から決めていました。

そして英語色々間違えてますね。…これだからゆとりは。

×compilation
○edit

640: 2009/07/06(月) 00:55:58.31
おつ

644: 2009/07/06(月) 00:57:39.50
>>1乙(´;ω;`)

654: 2009/07/06(月) 01:07:33.88 ID:/7Vxx0LpO
一つお話をしておかなければいけませんね。

途中から大分ばればれでしたが、俺は、女「男君の奢りねっ!」を1ヶ月位前に書いた者でする。


でも「次スレ」という気持ちはあまり無くて、一応今回だけ読んでも分かるようにはしたつもりです…。


実は、前のお話を読んで下さった方には、お墓でのネタバレシーンまで「あれ…?」くらいの気持ちでいて貰う予定でした。


ただ、前のお話を読んで下さった方がこんなに多いとは思わなかったので。そこは誤算でした。あちゃー


こんな所で、言い訳終わりでする。ふひひ。

引用元: 女作家「また、来たの。」