1: 2010/01/28(木) 21:36:47.32
佐天「ういちゃーういちゃー」

可愛らしいぬいぐるみを抱えた佐天さんが、トコトコと歩み寄ってきた。

初春「……」

初春(どうしてこうなった……)

佐天「ういちゃ、おんぶしてー。おんぶ」

私の背中に寄りかかる佐天さん。
佐天さんよりも一回り小さい私が、佐天さんをおんぶできるはずがなかった。

初春「ちょ……」

12: 2010/01/28(木) 21:45:20.92
レベルアッパー事件。
佐天さんが幼児退行してしまった事件だ。

医者の話では目が覚めた時にはこうなっていたらしい。
目を覚ました佐天さんに会った直後の私にとっては、そんなことはどうでも良かった。
元気な姿で私の前で笑ってくれた。
それだけで充分だった。

後で聞いた話だが、レベルアッパー使用者で幼児退行したのは佐天さんだけらしい。

どうして……。

13: 2010/01/28(木) 21:48:10.34
初春「佐天さん、私そんなに力ないから……。佐天さんのことおんぶできないですよ」

佐天「……」

初春「……」

佐天「うわああああああああああああああ、あああああああ」

初春「ああ……ご、ごめんね佐天さん……」

佐天「ああああああああああああうわああああああん」

17: 2010/01/28(木) 21:55:47.79
佐天さんが目覚めたあの日、佐天さんはビチャビチャの患者服のまま私に抱きついてきた。
お漏らしをしてしまったのだろう。
すでに幼児退行したことは聞かされていたので、佐天さんのそのような姿に戸惑いはなかった。

佐天さんは私にとって親友で、家族以上の存在で、だからどんな佐天さんでも佐天さんなのだ。

それでも周りの人間は違った。

佐天さんを見る目が180°変わってしまった。

そう、御坂さんや白井さんでさえも。

21: 2010/01/28(木) 22:01:02.80
あの時の御坂さんと白井さんの目が未だに忘れられない。
まるで腫れ物でも見るかのような目。

どうして?
佐天さんは私達の友達でしょ?
どうしてそんな目をするの?

私には御坂さんと白井さんの心がわからなかった。

佐天さんが少し変わってしまっただけで、手の平を返したように無視し始めたのだ。
大方、どう付き合っていけばいいかわからないとか、そんなチンケな理由だろう。

人間とはかくも汚い生き物なのか。

私は絶望した。

どんな苦難の中にあっても私達を支えてくれると思っていた二人が、私達を裏切ったのだから。

23: 2010/01/28(木) 22:07:33.37
佐天さんが目を覚ましてから、私はジャッジメントをやめた。
やめざるを得なかった、と言った方が正しいだろう。

私以外に佐天さんの世話をする人がいなかったからだ。

学校側としては佐天さんを自宅へ帰したかったらしいが、私は断固反対した。

薬に手を染めるほどコンプレックスの塊である佐天さんが、幼児退行した上に、能力者を諦めなければいけないなんて……。
そんなひどい話はない。
親友として到底、理解できる話ではなかった。

せめて、せめて前の佐天さんに戻ってくれれば……。

私は責任を持って佐天さんの世話をすることにした。
私の全てを犠牲にしてでも佐天さんを元に戻す。
私の決意はダイアモンドよりも固かった。

そして、今に至るわけである。

25: 2010/01/28(木) 22:12:40.77
初春「佐天さん、手繋ごう?」

佐天「ん~……」

初春「私がもう少し力がついたらおんぶしてあげますから」

佐天「わかったー」

良かった。
わかってくれたみたいだ。
ちゃんと説明すれば佐天さんだって、ある程度の言葉は理解できる。

28: 2010/01/28(木) 22:17:20.35
黒子「初春!……と佐天さん」

初春「白井さん……」

佐天「ですの!ですのー」

黒子「……。まだ佐天さんにかまっていましたの?初春、良く考えてくださいまし。佐天さんのためにあなたの人生を犠牲にする必要がありまして?」

初春「そんな言い方ってないと思います!佐天さんだって好きでこんなになったんじゃない……。それに何度来てもらっても、私はジャッジメントに戻るつもりはありません」

黒子「はぁ……。強情ですのね。ジャッジメントはあなたの力が必要ですのに」

29: 2010/01/28(木) 22:22:57.09
黒子「初春がいなくなってよくわかりましたの」

初春「……何がですか?」

黒子「初春の情報分析能力の高さ……。事実、あなたがジャッジメントをやめてから私達は業務に忙殺されていますの」

初春「あんなの……。能力者うんぬんの話ではないのだから誰にだってできますよ」

黒子「はぁ……。あなたはこんなところで燻っていていい人間ではないのに……。それにお医者様も佐天さんが前のように戻る可能性はないとおっしゃったではありませんか」

佐天「?」

白井さんは佐天さんを一瞥した。

やめて。
そんな目で佐天さんを見ないで。

佐天さんの心が汚れてしまう。

30: 2010/01/28(木) 22:26:37.02
初春「そんなのわからないじゃないですか!何かの拍子できっと昔のように……」

黒子「昔のように、なんですの?」

佐天「なんでちゅのー」

わかっている。
私だってわかっている。
佐天さんがずっとこのままだってこと。

だけど……そんなの受け入れられるわけがないじゃないですか。
大切な、大好きな親友がずっと幼児で無能力者のままなんて。

32: 2010/01/28(木) 22:32:48.07
初春「なんでもないです……」

黒子「まあ、いいですの。また来ます。ジャッジメントとしても佐天さんの処分について検討していきますの」

処分?白井さんは処分と言ったの?
ふざけないで。
佐天さんは道具でもなければゴミでもない。

けれど、私は言い返すことができなかった。

私は弱虫で臆病で、親友を救うこともできない無力な人間だから。

33: 2010/01/28(木) 22:39:42.26
それだけ言い残すと、白井さんは帰っていった。
白井さんは暇を見つけては私の様子を見に来てくれる。
気にかけてくれるのは本当に感謝している。

ただ、その気持ちを少しでも佐天さんに向けて欲しかった。

もう4人で笑いあってクレープを食べたり、買い物に行ったりできないんだ。
その事実を突きつけられ、私は涙を流した。

佐天「ですのー。帰った」

初春「帰っちゃいましたね。きっと忙しいんですよ。グスッ……」

佐天「泣いてゆの?」

いけない。
佐天さんに余計な心配をかけるわけにいかない。

自分のポケットからハンカチを取り出そうとした瞬間、佐天さんの指が私の下目蓋をなぞった。

初春「佐天さん……」

佐天「ういちゃ……。泣いちゃいや……」

佐天さんは心配そうな顔で私の顔を覗き込んだ。

34: 2010/01/28(木) 22:44:08.77
初春「泣いてなんかないですよ!元気元気!」

佐天「ういちゃ、げんきげんきー」

1秒前の心配顔はどこへ行ってしまったのか、佐天さんはキャッキャと笑い出した。

変わらない笑顔。
昔から変わらない、佐天さんの笑顔。
世界中を元気にしてしまいそうな笑顔。

佐天さんの顔を見ていると、幼児退行など本当にちっぽけなことに思える。

佐天さんのその笑顔は紛れもなくレベル5だった。

39: 2010/01/28(木) 22:51:04.08
思ったことが口に出せない。

体が自由に動かせない。

目が覚めた、あの日からずっと。

どうして私はこうなってしまったの?
ズルをして能力を手に入れようとした罰?

たった一つ、私にわかるのは私に対する初春の想いだけ。

もし10秒だけでも元に戻れるならば、初春に伝えよう。

ありがとう、と。

そして私に構わないで自分のために生きて、と。

42: 2010/01/28(木) 22:56:19.36
白井さんと別れた後、私は佐天さんの手を引いて自宅アパートに戻った。

今私は佐天さんと二人暮らしをしている。
親友との同居生活は、なんだか楽しい。
それが今の佐天さんだろうと、以前の佐天さんだろうと変わらない。
それにここには佐天さんを変な目で見る人もいない。

佐天さんもそれを感じ取っているのか、部屋に戻ると外とは比べ物にならないほど、はしゃぐ。

佐天「ういちゃー!あそぶ!」

初春「ダメですよー。今から夕飯の準備しなくちゃいけませんから。おとなしくテレビを見ててください」

佐天「や!あそぶ!」

初春「わがまま言わないでください。んー……、じゃあこうしましょう!夕飯は佐天さんの食べたいものを作るから、わがままは言わない!どうですか?」

佐天「ごはんー!」

44: 2010/01/28(木) 23:01:44.82
初春「はいはい、すぐ作りますからねー。何が食べたいですか?」

佐天「うー!うー!」

初春「うー?うまい棒?」

佐天「んー!」

佐天さんはすごい勢いで頭を横に振った。
どうやら違うらしい。

初春「うー、の付くもの……。うーの付くものなーんだ?」

佐天さんになぞなぞを出してあげた。
数ある遊びの中でも、佐天さんはなぞなぞが一番好きなのだ。
まるで本当の幼児のようだ。

46: 2010/01/28(木) 23:07:31.86
佐天「うー!うー!」

さっきより楽しそうな顔でうーうー言い出した。
先日、子供がうーうーうるさいから頃した、という報道がテレビで流れていた。

私にとっては信じがたいことだ。
赤の他人である佐天さんでさえ可愛く思えるのに、自分の子供を手にかける人間がいるなんて。

世界は悲しみで満ちている。

けれど、私と佐天さんの世界は喜びと愛で満ちている。
私はそう信じて疑わない。

48: 2010/01/28(木) 23:14:24.10
初春「わかった!うどんですね!」

佐天「うー!ういちゃ、うどんー!」

佐天さんはさっきよりも嬉しそうな顔をした。
どうやら当たりらしい。

初春「わかりました。すぐ作るから待っててくださいね。おとなしくしていないと、夕飯はお預けですよ?」

佐天「ん!」

佐天さんは口を両手で塞ぎ、コクコクと頷いた。

その様子に安心した私は台所へ向かう。
確か3日前に買ったうどんが残っているし、鳥肉やネギもある。
わざわざ買い物に行く必要がなくてホッとした。

49: 2010/01/28(木) 23:18:28.22
ネギを洗っていると、後ろに人の気配を感じた。

初春「佐天さん?どうしたんですか?」

佐天さんはネギを指さした。

佐天「おてつだい」

初春「えーっと……。夕飯作りしたいんですか?」

佐天「うん。ういちゃに、おれい」

お礼?
普段私の世話になっているから、その恩返しがしたいとでも言うのだろうか?

50: 2010/01/28(木) 23:23:32.18
初春「気持ちだけ受け取っておきます。でも包丁とか危ないですから、ゆっくりしててください」

佐天「おれい。ういちゃにおれいしたい」

真っ直ぐで、嘘偽りのない目を向けられる。
普通の人にこんな素直な目をすることができるだろうか。

初春「わかりました。じゃあ佐天さんはネギ洗いをお願いします」

佐天さんは嬉しそうな顔で「お礼、お礼」と言いながら、手をパタパタさせた。
その様子を見ていたら、なんだか心がポカポカするのを感じた。

周りの人を幸せな気持ちにする、これが今の佐天さんの能力なのだろう。
心の底からそう思った。

52: 2010/01/28(木) 23:28:32.65
佐天「ごしごし、ごしごし」

初春「うまいうまい。佐天さんはネギ洗い能力レベル5ですね」

佐天さんの頭を優しく撫でてあげた。
以前なら全く逆の立場だったので、何か違和感を感じてしまう。
それでも頭を撫でられた佐天さんは喜んでいる。

佐天「ういちゃにほめられた。わーい」

今の佐天さんは自分の感情を包み隠さず外に出す。
喜びも、怒りも、悲しみも。

54: 2010/01/28(木) 23:32:43.03
ういちゃ(私)にお礼がしたい、というのもまぎれもなく本心なのだ。

そんな佐天さんを見ていると、抱きしめずにはいられなかった。
私は鶏肉切りを放棄し、佐天さんを抱きしめた。
強く、強く抱きしめた。

佐天「ういちゃ?」

初春「佐天さん……。少しだけこのままでいてください……。少しだけ……」

佐天さんもそれ以上追求することなく、私を抱きしめてくれた。
佐天さんの体の暖かさと優しさを感じながら、私は涙を流した。

55: 2010/01/28(木) 23:36:44.94
佐天「ういちゃ、また泣いてる。泣き虫」

体が震えていたのだろうか。
顔を見られてないのに、泣いていることがばれていた。

初春「いいじゃないですか……。私だって泣きたい時くらいあります」

佐天「初春ごめんね。ごめん」

初春「えっ?」

確かに佐天さんの声が聞こえた。
いや、今抱きしめているのも佐天さんは佐天さんなのだけれども。

57: 2010/01/28(木) 23:40:39.90
初春「佐天さん、元に戻ったんですか!?」

佐天「ん~?」

初春「……。そうですよね……。わかってました。そんなことありえないって」

佐天さんが私の涙を優しく拭った。

佐天「ういちゃ笑って。にーって」

佐天さんは指で口の両端を引っ張った。

60: 2010/01/28(木) 23:44:46.35
佐天さんに慰められるなんて……。
これでは保護者失格だ。
よし、もう佐天さんの前では泣かない。

初春「佐天さんに言われなくてもわかってますよ」

ちょっと意地悪な言い方をしてみた。

佐天「ういちゃげんきー」

どうやら佐天さんには効果がないらしい。

初春「さっ、早く夕飯作っちゃいましょう。おいしいうどんにしますよー」

佐天「お腹ペコペコー」

私達二人ならどんな困難にも打ち勝てる。
佐天さんと一緒なら何も怖くない。

佐天「ガジガジ」

初春「佐天さん!ネギ食べないで!」

佐天「?」

61: 2010/01/28(木) 23:47:44.26
初春。

初春はバカだよ。

あの事件以来、自分のことは二の次で私に構ってばかりでさ。

私のことなんて放っておいてよ。
どうしてジャッジメントやめちゃったの?
初春の夢じゃなかったの?

初春とちゃんと話したいよ。

自分の言葉で。

初春にお礼を言いたいよ。

ありがとうって。

63: 2010/01/28(木) 23:51:07.44
初春「佐天さーん、帰りますよー」

佐天「あーい」

今日もまた、佐天さんと一緒に下校する。

最近、周りの好奇の目が気にならなくなった。
笑いたければ笑えばいい。
バカにしたければすればいい。

そんなことで私達の絆が切れることはない。

佐天さんは私が守りますからね。
どんな犠牲を払ってでも。

佐天「ういちゃ。びりびり、びりびり」

初春「びりびり?」

佐天さんが指さしたほうを見ると、そこには御坂さんの姿があった。

67: 2010/01/28(木) 23:54:26.12
御坂さんは頭がツンツンの男の人と言い争ってる。
彼氏だろうか。
まあ、私達には関係ないことだ。

佐天「びりびりー!びりびりー!」

佐天さんは御坂さんに向かって叫んでいる。
御坂さんと男の人はまだこちらに気付いておらず、言い争いを続けている。

初春「佐天さん!邪魔しちゃ悪いですよ……。アイス買ってあげますから帰りましょう?ね?」

68: 2010/01/28(木) 23:57:12.75
佐天「や!やー!」

久しぶりに友人に会ったことで興奮しているのだろう。
佐天さんは私の手を振り払おうとしている。

初春「ダメですってば……!んー!」

佐天「んー……!びりびりー……!」

私の力では佐天さんを制止させることなどできなかった。
ついに私は力尽き、佐天さんは御坂さんに向かって走り出した。

佐天「びりびりー!びりびりー!」

初春「ちょっと佐天さん!ハアハア」

佐天さんを止めようと追いかけるが、その距離はどんどん離れる。
さすが佐天さん。
身体能力は一般女子学生のそれよりかなり高い。

佐天「びりびりー!」

美琴「へっ?げっ」

69: 2010/01/29(金) 00:00:02.27
なんてことだ。
鉢合わせしてしまった。

上条「ん?誰だその子?ビリビリの友達か?」

美琴「いや、友達って言うか……。いやまあ、そうなんだけど……」

上条「なんだよ煮え切らねえな。とにかく、友達が来たなら勝負はお預けってことでいいだろ?俺は帰るぜ」

美琴「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

私が二人の所にたどり着いたときには、男の人はすでに帰った後だった。

70: 2010/01/29(金) 00:03:20.47
美琴「ひ、久しぶりね。初春さんと佐天さん……」

バツが悪いのだろう、御坂さんは目を伏せながら、作り物のような笑顔をしてみせた。

佐天「びりびりー!」

初春「お久しぶりです、御坂さん。随分楽しそうでしたね」

自分の性格の悪さに嫌気がさす。
こんな嫌味を言ったところで、一体何になるというのか。
けれど、言わずにはいられなかった。

71: 2010/01/29(金) 00:06:06.95
心の底では、私達を見捨てた御坂さんや白井さんを許せないのだろう。
だからこんな言葉が出てしまうんだ。

美琴「別に楽しいとか、そういう話じゃないし……」

初春「そうですか。まあ、私達には関係ないことですけど」

佐天「ですけどー」

美琴「そんな言い方って……!」

良く見ると御坂さんの目の下にはクマがある。
そうか、そういうことですか。

74: 2010/01/29(金) 00:09:21.37
初春「毎晩楽しんでいるんでしょうね。さっきの男の人と」

佐天「?」

美琴「は、はぁ!?私があんな奴とそんな関係なわけないでしょ!?」

初春「どうでしょうね。目の下にクマがありますよ。お盛んですね」

美琴「ち、違う!これはその……」

バカだ。
私はバカだ。
こんなこと言いたいわけじゃないのに。

御坂さんに八当たりしても仕方ないのに。
御坂さんの気持ちだってわからないわけじゃないのに。

75: 2010/01/29(金) 00:12:11.80
例えば御坂さんが今の佐天さんのような状態になったとしよう。
とすれば、白井さんは献身的に御坂さんに尽くすはずだ。

その時私は、今まで通り、白井さんや御坂さんと付き合っていけるだろうか。

偏見を持たず、御坂さんと友達でいることができるだろうか。

多分……できない。
私と御坂さんはそれ程深い付き合いではないし、それは御坂さんにとっても同じで、佐天さんがどうなろうと御坂さんにとっては大きな問題ではないだろう。

人間は汚い、ずるい生き物だ。

もちろん、私も含めて。

そう思ったら、また涙がこぼれてきた。
佐天さんの前ではもう泣かないと決めていたのに。

77: 2010/01/29(金) 00:15:07.41
初春「うぐっ……」

悔しくて、悲しくて、御坂さんに八つ当たりした自分が情けなくて、涙が止まらない。

美琴「初春さん……」

佐天「ういちゃ、最近いっぱい泣く。泣き虫」

初春「ごめん、ごめんなさい。大丈夫だから。ちょっと取り乱しただけ……」

美琴「初春さん、少し疲れてるのよ。しばらく一人になってリフレッシュでもしてみたら?」

御坂さんの無責任な発言に、沈みかかっていた怒りが湧き起こってきた。

初春「そうしたら佐天さんは誰が見るって言うんですか!私達を見捨てたくせに勝手なこと言わないで!」

通行人すら足を止めるほど大声で叫んでいた。
一瞬辺りが静寂に包まれた。

80: 2010/01/29(金) 00:18:04.84
初春。

ごめんね。
私のせいで疲れてるんだよね。

でもね、私のためにそんなに必氏にならなくていいんだよ。

私は御坂さんと白井さんのこと、恨んでないよ。

二人は二人なりに、私達のことを考えてくれてるんだよ。

だから初春、無理しないで。

無理してる初春を見るのは辛いよ。

……こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど、私のために御坂さんに向かっていった初春は、ちょっと格好良かったかな。

81: 2010/01/29(金) 00:21:24.37
美琴「そ、それは……。ほら、ジャッジメントの人達に頼むとかさ!とにかく初春さんには休息が必要だと思うの」

ジャッジメント。
ふと白井さんの言葉を思い出した。
「ジャッジメントとしても佐天さんの処分について検討していきますの」

どういう意味かなのか、その時はよく考えなかったけれど、今わかった。

佐天さんを強制的に自宅へ帰すつもりなんだ。
私と佐天さんが離れている間に。

こんなひどい話があるだろうか?
佐天さんは何も悪いことをしていないのに。
確かにレベルアッパーに手を出したことはいけないことだけれど、他のレベルアッパー使用者が社会復帰してる中で、なぜ佐天さんだけがこんな仕打ちを受けなければいけないのだろうか。

佐天さんは私が守る。

初春「嫌です。佐天さんとは絶対離れません」

断言してやった。
もうさっきのような泣き顔ではなく、氏をも覚悟した、獣のような顔で。

82: 2010/01/29(金) 00:24:04.95
佐天「ういちゃ……」

初春「大丈夫。私はずっと佐天さんの味方だから」

美琴「そう……。初春さんがそう言うなら無理にとは言わない。だけど本当に無理しないで」

白井さんと同様、御坂さんも私のことを気にかけてくれる。
それは本当にありがたい。
ありがたいけれど。

初春「少しは佐天さんのことも気にかけてあげてください」

佐天「?」

私は佐天さんの方を見た。
それにつられて御坂さんも佐天さんに目を向ける。

83: 2010/01/29(金) 00:27:07.97
美琴「わかってる。わかってるけど、きっと……」

初春「治らないって言いたいんですよね。わかります」

美琴「……」

美琴「初春さんは一人で抱え込みすぎよ!もっと私とか黒子とか先生を頼っていいと思う」

恥ずかしげもなく、よくもまあ、そんな言葉を言えるものだ。
一目散に私達の前から去ったくせに。

私の怒りは頂点に達していた。

気付いたら手を振り上げていた。

84: 2010/01/29(金) 00:30:06.65
御坂さんに対して、手を振り下ろそうとしたその時。
佐天さんに、腕を絡め取られていた。

初春「佐天……さん?」

佐天「もういい……。もう充分だよ初春……」

初春「佐天さん!?戻ったんですか!?」

佐天「みゅ?」

初春「そう、ですよね……」

また、佐天さんが元に戻ったように錯覚してしまった。
それほどまでに、昔の佐天さんに戻って欲しいと願っているのだろう。

85: 2010/01/29(金) 00:33:06.81
佐天さんのおかげで我にかえることができた。

初春「ごめんなさい御坂さん……。私とんでもないことを……」

美琴「い、いいのよそんなこと!黒子が佐天さんみたくなったらって考えれば、初春さんの気持ち痛いほどわかるわ。あまり自分を追い詰めないでね」

慰めになるのかどうか、わからないような言葉をかけられた。
これ以上、反論する元気はない。

初春「はい……。それじゃあ、失礼します……。行こ、佐天さん」

佐天「ういちゃ、アイス」

初春「途中で買いますから、早く」

88: 2010/01/29(金) 00:36:04.78
少々乱暴に、佐天さんの手を引いた。

佐天「びりびりー!ばーい!」

今まで佐天さんのことで言い争っていたことなど知るはずもなく、満面の笑みで御坂さんに手を振った。

美琴「うん、気を付けてね」

御坂さんも私達に手を振っていた。
私はそれを見ないフリをして家路へと急いだ。

90: 2010/01/29(金) 00:38:37.31
初春「佐天さん、さっきはごめんなさい。あんなに取り乱して……。あはは、私バカみたいですよね」

佐天「ういちゃ、アイス!早くアイス!」

初春「わかってますよ。もう、佐天さんは食べ物のことばっかりっ。メッですよ」

ちょっとだけ、意地悪してみた。

佐天「……」

佐天さんは世界終末の日のような顔をした。

今の佐天さんは本当に素直だ。
怒ればションボリするし、嫌なことがあれば泣く、嬉しいことがあれば大いに笑う。

こんな佐天さんも悪くないような気がしてきた。
まあ、戻れるなら戻って欲しいのだけれど。

初春「冗談ですよ。そこのコンビニで買いましょうか」

佐天「コンビニー」

いきなりの満面の笑み。
さっきの絶望顔はどこへやら。

91: 2010/01/29(金) 00:41:05.27
店員「いらっしゃいませー」

初春「佐天さん、好きなアイス選んでいいですよ。ただし一つだけですからね」

母親になった心境である。

佐天「チョコー、バニラー、いちごー」

佐天さんはひとつひとつアイスを吟味している。
他の客が訝しげな目を向けたが、もう本当にどうでもいいことだ。

初春「私の分も佐天さんが決め、あっ」

しまった。
今日は手持ちが少ないんだった。
急いで財布を確かめると、138円しかない。
まあ、いいか。

初春「佐天さん、今日お金ないからアイスは半分こにしましょうね」

佐天「半分うんこー」

初春「言うと思いましたよ……」

94: 2010/01/29(金) 00:43:47.03
パピコを一つ買い、二人で分けた。
佐天さんはパピコの食べ方がわからないらしく、細い方からガジガジとかじり出した。

初春「これはですね、頭のところを取って吸うアイスなんですよ。見ててください」

初春のパピコ食べ方講座開幕である。
私はパピコをチューチュー吸ってみせた。

佐天さんは数秒ほど私を観察していたのだが、ガバッと音がしたかと錯覚するほどの勢いで私のパピコを奪い、チューチュー吸い出した。

初春「あー!それ私のなのに!」

どうやら佐天さんの耳に、私の言葉は届いていないらしい。
私のパピコを一心不乱にチューチューしている。

まぁいっか。
佐天さんの幸せそうな顔を見ていると、なんだかどんなことでも許せてしまいそうだ。

95: 2010/01/29(金) 00:46:05.16
初春「おいしいですか?」

佐天「おいしい」

初春「良かったですね」

佐天「うん」

私の問いに生返事で返す佐天さん。
パピコに夢中だ。

……。
佐天さんがこうなってしまったことは、結果的に良かったのかもしれない。

私の中で佐天さんの存在の大きさがわかったし、世間の厳しさ、自分達の力で困難を乗り越えなければいけないこともわかった。
そして人間の醜さも……。

98: 2010/01/29(金) 00:48:55.08
中学生にして悟りでも開いたかのような心境である。
それがなんだかおかしかった。

初春「あはは。あっはははは」

佐天「ういちゃ?」

初春「なんでもな、ップ、アハハハハ」

佐天「?」

佐天「えへへー」

私につられて、佐天さんも笑い出した。
私達はお腹を抱えて笑いあった。

99: 2010/01/29(金) 00:51:37.28
初春。

初春にはとっても感謝してる。

自分が一番辛いはずなのに、いつも私を気にかけてくれて。

私も初春のために何かしてあげたいよ。

抱きしめて、今まで一人で頑張らせてごめんね、ありがとうって言いたいよ。

でも、今の私にはそれは叶わないこと。

きっとそれは、私がレベル5になるよりも難しいことだから。

101: 2010/01/29(金) 00:54:05.33
とある日の学校の帰り道。

私はいつものように佐天さんの手を引いて、家路を急いでいた。

最近、白井さんからよく電話が掛かってくるのだが、居留守を使っている。
多分、佐天さんの今後についての話だからだ。
あまりに掛かってくるものだから、着信拒否にでもしてやろうかと思ったけれど、さすがにそれはやめておいた。

いくら私でも、今まで白井さんから受けた恩を忘れるほど薄情ではないし、できることなら白井さんとも昔のような関係に戻りたいと思っている。

チラリと横を見る。

佐天さんは無邪気に、空を飛んでいる鳥の数を数えているようだ。

白井さんには悪いけれど、やっぱり私の心の中では、佐天さん>>>白井さんなのである。

102: 2010/01/29(金) 00:56:26.80
初春「何羽いました?」

佐天「よん」

初春「そうですか。でも前を見て歩かないと転んじゃいますよ」

佐天「んー」

私の忠告などいざ知らず、佐天さんは顔を上にあげたまま、鳥の数を数えている。
首……痛くないのだろうか……。

初春「佐天さん、4羽どころじゃないですよ。20羽くらいいるじゃないですか」

佐天「……」

初春「わかった!さては4までしか数えられないんですね~」

佐天「……!」

佐天さんはホッペを赤くしながらプクーと膨らませた。
「そんなことないもん!」とでも言いたそうな顔だ。
かわいいかわいい。

104: 2010/01/29(金) 00:59:14.25
初春「その内、色々なことを勉強しなきゃですね」

佐天「べんきょーべんきょー」

言うまでもないが、佐天さんの知能は幼児並だ。
中学の問題など解けるわけがないのだが、授業中は比較的静かにしている。
佐天さんなりに私に迷惑をかけないようにしよう、とでも思っているのだろうか。

だとしたら、すごく嬉しいな。

向こうから綺麗な編隊を組んだ白鳥が飛んでくる。

初春「佐天さん!白鳥です!すごいですねぇ。白鳥って綺麗に並んで飛ぶんですね」

佐天「おー」

佐天さんは目をキラキラさせながら空を見上げている。

ドンッ。

105: 2010/01/29(金) 01:02:05.20
初春「あいたっ!す、すみません……」

上にばかり気にとられて、前から歩いてくる人とぶつかってしまった。

不良1「どこ見て歩いてんだよこら」

私は運が悪い方なのか。
たまたまぶつかった歩行者が、たまたま不良集団の頭なんて。

不良は腕にタトゥーを施し、口や鼻にはピアス、首には太いアクセサリーを付けていた。

およそ、私達とは程遠い人種である。

108: 2010/01/29(金) 01:05:11.40
不良2「あ、こいつ佐天じゃねえか?レベルアッパー使ってパッパラパーになったって言う」

佐天「?」

不良3「ああ、こいつが。大分頭イってそうだな」

やばい。
怖い。
どう見ても、私達にどうにかできるレベルの人達じゃない。

佐天さんが馬鹿にされた怒りよりも、恐怖が先行していた。

不良1「なんでもいいけどよ。どう落とし前つけてくれんのよ。服汚れたじゃねえか」

いいかがりにも程がある。
体がぶつかっただけで、なぜ服が汚れるのか。

109: 2010/01/29(金) 01:08:03.39
初春「そんな……。ぶつかっただけで……」

これが私にできる精一杯の抵抗だった。

不良1「ああ!?こっちは誠意を見せろって言ってんだよ!」

不良に凄まれて、何も言えなくなる。
体も動かない。
不良よりも、おそらく何十倍も強い御坂さんに向かっていった勇気は、どこへ行ってしまったのか。

初春「どうすれば……許してくれますか……」

やっとのことで言葉を絞りだす。
まさに蚊の鳴くような声だ。

不良1「クリーニング代置いていけ。そしたら見逃してやんよ」

110: 2010/01/29(金) 01:11:03.49
私は自分の顔が青ざめていくのを感じた。
見逃すという希望は、クリーニング代という絶望的な言葉によって砕かれる。

現在、財布の中身53円。
理由、さっきジュースを買ったので。

クリーニング代として53円は、あまりにも寂しすぎはしないだろうか。

初春「すす、すみません……。今50円くらいしかないんですけど……」

正直に話す以外になかった。

不良1「はあぁん!?」

112: 2010/01/29(金) 01:14:18.62
不良2「50円はねーだろ。舐めてんのか?」

初春「そ、そんなつもりは……」

不良3「いいからバッグよこせよ!」

初春「あっ!」

不良は私のバッグを奪い中身を探っている。
通行人は私達のやり取りを見て見ぬ振りをしている。

嫌だ。
怖い。
誰か助けて。

お願い。

白井さん、御坂さん。

113: 2010/01/29(金) 01:17:07.57
恐怖で震えていると、私のバッグから何かが落ちた。

不良2「お、なんだこれ?」

写真だった。

私と佐天さんと白井さんと御坂さんの4人で撮った写真。
まだ、佐天さんが佐天さんのままだった時の写真。

不良2「んだよ。ただの写真か。万札かと思ったぜ」

不良3「うわ、こいつマジで50円ちょっとしかないっすわ」

不良1「こんなケツ拭くくらいしか役立たねー写真しかねえのかよ」

不良はそう言いながら、写真を踏みつけた。

114: 2010/01/29(金) 01:20:06.22
不良1「おもしろくねー。ゲーセンでも行くか」

不良はグリグリと写真を踏みつけている。
やめて。

不良3「まあ、中坊だから仕方ないっすね。行きますか」

不良2「ん?おい、何ガンつけてんだコラ」

私は不良集団を睨んでいた。
目には涙が溜まっているのがわかる。

その写真から……。

初春「汚い足をどけてください!」

本能的に叫んでいた。

116: 2010/01/29(金) 01:23:05.81
不良1「ああ?文句あんのか?」

不良はより一層、写真に憎しみを込めるように踏みつける。
私達の思い出を、佐天さんを、白井さんを、御坂さんを。

踏みにじらないで。

お願い、やめて。

初春「う、うわああああああああ」

気付いた時には私は不良の足目掛けて突進していた。

119: 2010/01/29(金) 01:26:21.20
私の細い腕が、不良の足を絡め取った。

不良1「うわ、なんだこいつ!離せよコラ!」

殴られても、蹴られても私は不良の足を離さなかった。
これ以上、私達の思い出を踏みにじらせるわけにはいかなかったから。

顔面に蹴りが入った。
口の中に鉄の味を感じた。

もういい、もう充分だから早く逃げて。
と、聞こえたような気がしたが、私は意地でも不良の足を離さなかった。

不良1「しつけえな!こいつ」

初春「あなたなんかに……、あなたみたいな人に私達の思い出を汚す権利なんてない!」

私は涙と血でグチャグチャの顔で叫んだ。

御坂さんに反抗した時の私よりも、今の自分の方が誇れる気がする。
何かよくわからないけど……、そんな気がする。

120: 2010/01/29(金) 01:29:35.72
「うわああああああああああ」という叫び声がしたかと思った瞬間、私の頭上を人が通りすぎた。
飛んでいった、に訂正する。
その人物は紛れもなく、不良集団の一人で、私のはるか20m先に背中から落ちて気絶した。

私は写真を守るのに必氏で、状況を整理することができなかった。
きっと、白井さんか御坂さんが助けに来てくれたんだ、この時はまだそう思っていた。

必氏すぎて気付かなかったが、私の周りで風が強くなっていた。

今日の天気予報では風はつよくなかったはずなのに、なぜ?

強いというか、どこかに吸い寄せられるような感覚である。

122: 2010/01/29(金) 01:33:07.04
今度は「てめえええええええええ」という叫び声。
その叫びがすぐに「うわあああああああああ」に変わった。

一体何が起こっているのか、声がした方を見ると不良の一人が倒れている。
しかも全裸で。
なにがなんだかわからない。

白井さんや御坂さんにこんな能力があっただろうか。

倒れた不良の前には佐天さんしかいない。

しかし、その佐天さんはつい5分前の佐天さんと、圧倒的に違っていた。

佐天さんの腕に風が巻きついているように見える。
それはまるで、小さな竜巻のようだった。

128: 2010/01/29(金) 01:44:09.34
初春。

守りたいんだ、初春を。

いつも守ってもらってばかりだったから、今日くらい格好付けさせてよ。

いいでしょ?

初春。

130: 2010/01/29(金) 01:47:05.28
初春「い、一体これは……?」

しかも佐天さんはさっきまでのような、無邪気な顔じゃない。
目を若干細め、口を真一文字にしている。
凛々しい、という言葉は佐天さんのためにあるかのような顔つきである。。

佐天さんがこちらに歩いてくると、小さな竜巻も一緒に移動する。

佐天さんが近づくにつれて、私の周りの風も強くなっているようだ。

佐天さんは不良から、目を離すことなく距離をつめる。

131: 2010/01/29(金) 01:50:07.04
不良1「な、なんだてめえ!あいつらに何をしやがった!」

初春「佐天さん……?」

佐天さんは私の方に顔を向けると、ニッと笑った。
佐天さん特有の、ちょっと意地悪そうな笑顔。

初春「え?」

佐天「ばいばい」

佐天さんは不良に向けて手を掲げた。
すると佐天さんの腕に纏わり付いていた竜巻が、みるみる大きくなっていく。

133: 2010/01/29(金) 01:53:15.99
初春「これが……佐天さんの能力……?」

竜巻はすでに、大人一人を飲み込めそうなほど大きくなっていた。

不良1「クッソ!こいつ能力者かよ!おいクソチビ手ぇ離せ!」

初春「あぅっ!」

さっきより一層強い蹴りを入れられ、ついに私は不良の手を離した。
良かった。
ちょっとボロボロになったけれど、写真を守ることができた。

136: 2010/01/29(金) 01:56:56.48
写真を拾い上げた瞬間、私の横を突風が吹き抜ける。
突風は逃げる不良を持ち上げると、服をビリビリに破いた。

辺りに不良の悲鳴が響く。
公衆の面前で全裸になる経験がなく、恥ずかしかったのだろう。
もちろん、私もそのような経験はない。

不良1「や、やめろ!下ろせ~!」

佐天「あいよー」

佐天さんが手を下ろすと、不良を持ち上げていた竜巻も消えた。

不良1「あ、ああああああああ!!!!!」

不良は10mの高さから落下し、そのまま気絶した。
全裸のままで。

137: 2010/01/29(金) 02:00:39.07
この状況を理解するのに、3分かかった。
不良に言いがかりをつけられて、殴られ蹴られて、佐天さんの腕から風が発生して?

いや、それよりも。

初春「佐天さん!元に戻ったんですか!?」

さっきの佐天さんは確かに昔の佐天さんだった。

佐天「ういちゃ、悪い人やっつけた!」

初春「……。そう……ですね」

佐天さんは佐天さんのままだった。
この場合の佐天さんとは、レベルアッパー事件後に目を覚ました佐天さんという意味で……。
……まあ、なんでもいいや。
とにかく佐天さんは元に戻っていない、ということだ。

140: 2010/01/29(金) 02:05:21.05
初春「佐天さんすごいですね!風を操っちゃうなんて!えらいえらい」

私は佐天さんが元に戻っていないショックを隠しながら、佐天の頭を撫でてあげた。
佐天さんは顔を赤らめて喜んでいる。

初春「どうして急に、あんなことができるようになったんですか?」

佐天「んー、わかんない」

初春「そうですか。とにかくすごいです!」

佐天「へへへ」

無能力者の佐天さんが能力に目覚めた。
佐天さんは不可能を可能にしたのだ。

私の中で少しだけ希望が見えた。
もしかしたら、元の佐天さんに戻るのではないか、という希望が。

141: 2010/01/29(金) 02:10:55.23
佐天「写真」

初春「え?」

佐天「よごれちゃった」

初春「ああこれは……。馬鹿みたいですよね。こんな昔のモノのために必氏になって……」

佐天「ういちゃ、格好良かった!写真貸して」

初春「あ、はい」

佐天さんに写真を手渡した。
それを嬉しそうに眺めている。

143: 2010/01/29(金) 02:15:26.97
佐天「これがあちしー」

佐天さんは写真の中の自分を指さした。

佐天「これがういちゃ!変な頭!」

初春「むぅ……。佐天さんに言われたくないですよーだ」

佐天「えへへ。そんでこれがーびりびり」

初春「そうですね」

佐天「これがですの!」

初春「はい……」

144: 2010/01/29(金) 02:20:54.44
佐天「みんな仲良し」

初春「昔は、ですけどね」

佐天「今も仲良し!」

初春「はい?」

佐天「仲良し仲良しー。んふふ」

佐天さんは、写真の汚れを取ろうとふーふー息を吹きかけている。
さっきの言葉の意味は、全くわからなかった。

146: 2010/01/29(金) 02:25:46.31
私はジャッジメントに連絡を入れ、すぐにその場を立ち去った。
白井さんが来たら正直バツが悪い。
今だに電話に出ていないし、出ても何を話せばいいかわからない。

佐天さんは家に着いてすぐ、ぬいぐるみとお喋りを始めた。
今日は色々ありすぎて、正直疲れた。
私は佐天さんの無邪気な姿を見ながら少しだけ休むことにした

ふと携帯電話を見ると、5件ほど白井さんから着信が入っていた。

149: 2010/01/29(金) 02:30:02.94
初春「白井さん……」

ブーブー。

携帯が振動する。
白井さんだ。

佐天「ういちゃ、電話ー」

初春「わかってます……」

今日のこと、白井さんに話した方がいいだろうか。
白井さんなら……白井さんならきっとなんとかしてくれる。

私は携帯のボタンを押した。

150: 2010/01/29(金) 02:35:03.85
黒子『初春!いるんならすぐ出てくださいまし!』

白井さんの金きり声が私の鼓膜を揺らす。
この声を聞くと安心してしまうのはなぜだろう。

初春「ごめんなさい。実は今日は白井さんに言いたいことがあって」

黒子『ええ、佐天さんのことでしょう?私もそのことで話しがありますの』

佐天さんの処分という言葉が脳裏をよぎる。
そんなことをしようと言うなら、白井さんと刺し違えてでも佐天さんを守る。

初春「処分……とかいう話ですか?そんなの絶対許せません」

153: 2010/01/29(金) 02:40:04.50
白井さんは無言だ。
やっぱりか。

初春「絶対嫌です!そんなことをしたら私は一生白井さんを恨みます!」

黒子『……初春』

沈黙が流れる。
それを破ったのは白井さんの意外な言葉だった。

黒子『佐天さん、能力を使いましたわね?能力は風』

初春「えっ……?」

なぜそのことを知っているのか。
あの場にジャッジメントはいなかったはずなのに。

156: 2010/01/29(金) 02:45:29.24
初春「なんで知ってるんですか……?」

黒子『佐天さんが幼児退行してからずっと、私達とアンチスキルで初春達を尾行していましたの』

初春「尾行って……」

そんな馬鹿な。
そのような気配は全くなかった。

初春「な、なぜですか?」

黒子『レベルアッパーを使用して、佐天さんがで幼児退行してしまったからですの』

初春「そのことと尾行に、何の関係があるんですか!」

思わず語気を強めて言ってしまった。
でも仕方がないだろう。
尾行されて、気分のいい人間がいるはずがないし、尾行される理由もわからないのだから。

157: 2010/01/29(金) 02:50:10.95
私とは対照的に、白井さんは実に冷静だ。

黒子『いつ、佐天さんの力が発現するかわからなかったからですの。報告書によるとレベル4相当。はっきり言って危険すぎますわね。何故かレベルアッパーの効果も残っていますの』

初春「何が危険なんですか!?レベル4なんてその辺にゴロゴロいるじゃないですか!」

いや、いくらなんでもゴロゴロはいないか。
まあそんなことはどうでもいい。

黒子『幼児退行者がレベル4相当の力を持っていることが問題なんですの。考えてもみてくださいまし。年端も行かぬ子供がそんな強大な能力を持つとどうなるか』

初春「……」

考えてみる。
おそらく、面白がって所かまわず能力を発動させるだろう。
一般市民に危害を加えてしまうかもしれない。

159: 2010/01/29(金) 02:55:49.78
初春「それは……」

黒子『わかっていただけまして?』

初春「でも……」

黒子『能力が発動した以上、もうこれは初春と佐天さんだけの問題ではないですのよ』

チラリと横にいる佐天さんを見てみる。
相変わらず無邪気な顔でぬいぐるみとお喋りをしている。

私の視線に気付いた佐天さんが、ニコっと笑った。

今の笑顔で私の心は決まった。
いや、改めて確認したと言うほうがいい。

佐天さんは私が守る。

162: 2010/01/29(金) 03:01:14.91
黒子『もし佐天さんのせいで被害者が出たら、初春に責任が取れますの?』

白井さんの言葉は、私の脳まで届かない。

黒子『亡くなった方を前にして、それでも佐天さんは私が守ると言えますの?』

それは……。
でも、佐天さんは私の全てだから……。

黒子『初春……。わかってくださいまし……。私ももう限界なんですの……』

白井さんには珍しく、その声は大分疲れているようだった。

164: 2010/01/29(金) 03:05:04.47
黒子『本来ならそのような懸念がある時点で、佐天さんは保護対象者ですの』

初春「……」

黒子『それをあなたと……、まあその……私に免じて、常に二人を尾行するということで譲歩してもらいましたの』

初春「え……」

私と白井さんに免じて?

黒子『ルール違反どころの話しではありませんでしたのよ……。さすがの私も上への根回しに苦心いたしました』

白井さんは佐天さんのことが嫌いになったんじゃなかったの?
一体どういう……。

166: 2010/01/29(金) 03:10:46.22
初春「な、なぜ言ってくれなかったんですか!言ってくれれば……」

白井さんを憎む必要などなかったのに。

黒子『常識的に考えてくださいまし。初春にそれを話した時点で、佐天さんは保護されるに決まっているでしょうに。あなた達は常に監視されていたのですから』

初春「……」

白井さんは、私達とジャッジメントの間に挟まれ、とても難しい立場だったに違いない。
だから佐天さんがこうなってからは、あまり私達と関わろうとしなかったのか。
遠くから私達を見守ることを、心に決めたのだ。
その結論に至るまで、とてつもないほどの心労を伴ったことは想像に難くない。

白井さん、ごめんなさい。
やっぱり私はバカです。

白井さんの気持ちも考えず、勝手なことばかり言って。
白井さんを裏切り者なんて言って。

本当にバカだ。

170: 2010/01/29(金) 03:15:10.18
黒子『けれど、ある条件を満たした時点で佐天さんを保護する、ということに関しては撤回できませんでしたの』

ある条件?

黒子『その条件は佐天さんが能力を発動した瞬間……』

初春「あ……」

黒子『そうです。今まさにあなた方のところにアンチスキルとジャッジメントが向っていますの』

初春「そんな……」

そんなひどい話があるのか。
やっと、白井さんとわかり合える時が来たと思ったのに。
また昔みたいに一緒に笑い合えると思っていたのに。

171: 2010/01/29(金) 03:20:15.43
もう一度佐天さんの顔を見る。
無邪気そのものだ。

佐天「ういちゃ?どうしたの?」

佐天さんは私の顔を覗き込む。
その顔をみていると、心が安らぐのを感じる。

初春「なんでもないですよ。佐天さんは何も心配しなくていいですから」

引きつった顔で、笑いかける。
もう私の頭はいっぱいいっぱいだ。

174: 2010/01/29(金) 03:25:30.56
ここで佐天さんを逃がせば、今までの白井さんの好意を裏切ることになる。
それに逃げ切れるとも限らないし、私と白井さんへの罰則もあるだろう。

だからと言って、はいそーですか、と佐天さんを渡すわけにはいかない。

黒子『初春……わかってくださいまし……』

女子中学生には酷な二択だ。

究極の選択を体感したい人がいるなら、今すぐ私の所に来たらいい。
変わって……。

いや、これは私の問題だ。
私が決断しなければならない。
誰かに頼ることなく、私が。

175: 2010/01/29(金) 03:30:09.52
初春「白井さんごめんなさい……」

黒子『……』

初春「お願いします……。私達を逃がしてください……。どこか遠く、誰も知らないところへ……」

黒子『……』

初春「私にはやっぱり無理です……。だってぇ、えぐっ……、こんな形で佐天さんと離れ離れになりたくないもおおおん。あああああん!」

もはや、ただのわがままだということは重々承知だ。
まだ中学1年生の私が、わがままを言って何が悪い。

顔をクシャクシャにしながら泣いた。
佐天さんが心配そうな顔をしている。
白井さんは何も言わない。
私はもうなにがなんだか、どうすればいいのかわからない。

177: 2010/01/29(金) 03:33:20.65
黒子『そうですか。初春の決意よくわかりましたの』

初春「えぐっえっぐ……。ふぁああぁああぁん……」

黒子『初春、私達は何ですの?』

質問の意図はわからなかった。
が、答えはしっている。

初春「じゃじゃ、じゃじ、ふっぐ……。じゃっじめん、とおお」

泣いているせいでうまく喋れなかった。
けれど、白井さんには伝わるはずだ。

だって、白井さんもジャッジメントだもの。

179: 2010/01/29(金) 03:36:40.02
黒子『そう!私達はジャッジメントですの!』

……。
沈黙が流れる。

黒子『とまあ、冗談はさて置き……。初春、私はこれでもジャッジメントの端くれですの。残念ながら初春の願いを叶えることはできません』

初春「白井さあああん……」

黒子『わかってくださいまし。こうなった時から、私の心は決まっていたのですから』

嫌だ。
お願い、私達を助けて。
白井さん。

181: 2010/01/29(金) 03:39:07.63
黒子『その変わり……、この決着はせめて私が……。いえ、私達につけさせてくださいまし』

初春「いや……嫌だ……」

黒子『今からそちらに向かいますの。他のジャッジメントより、アンチスキルより、誰よりも早く』

初春「嫌!来ないでください!」

黒子『初春……、本当にごめんなさい。全部終わったら……』

プツ。

電話が切れた。

186: 2010/01/29(金) 03:49:17.40
初春「うわああああああん!ああああああん!」

佐天「ういちゃ……泣かないで……」

佐天さんが私の頭を撫でてくれた。

今までは佐天さんと一緒なら、なんとかなると思っていた。
二人でなら乗り越えられると思っていた。

けれど今回は次元が違う。

相手は風紀委員白井黒子と超電磁砲御坂美琴だ。
天地がひっくり返っても、私達の敵う相手ではない。

220: 2010/01/29(金) 12:21:08.10
初春「うぐっ、ひっぐ……」

佐天「よしよし」

佐天さんはまだ私の頭を撫でている。
すごく心地いい。

一瞬、佐天さんの力で二人と渡り合えないだろうか、という考えが頭をよぎる。
いや、渡り合えるとしても二人に刃を向けることなどできるはずがない。

そんなことをすれば私は本当に下衆以下だ。
それに佐天さんの力を利用するなど、もっての他である。

ここまで来たからには、自分自身の力で佐天さんを守らなければダメだ。

221: 2010/01/29(金) 12:25:48.79
私は乱暴な仕草で涙を拭い、立ち上がった。

初春「逃げましょう!佐天さん!」

佐天「にげう?」

初春「はい!……誰も私達のことを知らない、静かな土地に……」

佐天「んー、わかった!初春と一緒ならなーんも心配いらないしね!」

初春「え?」

佐天「ういちゃと一緒ににげうー!」

今のは確かに佐天さんだった……気がする。

223: 2010/01/29(金) 12:30:20.65
私達は小さなバッグに数枚の下着と、少しの食料を入れ、まさに着の身着のまま部屋を後にした。

非難されるようなことをしているのはわかっている。

でもここまで来たらやり通す。
初志貫徹。
捕まるまで逃げてやる。
いや逃げ切ってみせる。

きっと白井さんは、遠まわしに「今のうちに逃げろ」と伝えたかったのだ。

そうじゃなかったら、ジャッジメントやアンチスキルが向ってるなんて言うはずがない。
私に連絡などせず、彼らが私達を保護するのを黙って見届ければいいのだもの。

224: 2010/01/29(金) 12:35:14.64
私は佐天さんの手を引き、人気のないところを走った。

電車もバスも使えないだろう。
頼れるのは自分の足だけ。
怖いのは、途中で佐天さんがへばってしまうことだ。

私は……、大丈夫。
根性でなんとかします。
今まで、なんとかやってこれたんですから。

初春「佐天さん、大丈夫ですか?」

佐天「ういちゃ……。おしっこ……」

初春「ええっ!?家でしてこなかったんですか!?」

225: 2010/01/29(金) 12:40:03.16
佐天「だって……」

初春「だってじゃないですよ、もおおぉ。メッ!」

佐天「えへへー。怒られた」

全く緊張感がない。
本当に逃げる気があるんだろうか。

と、私は私は自分に問いかけてみる。
なーんて。

初春「そこの公園のトイレを借りましょう。今度逃げる時は事前にトイレに行かないとダメですからね」

佐天「ほーい」

できることならば、今度などあってほしくはないけれど。

228: 2010/01/29(金) 12:45:21.52
佐天さんを待つ間、この先どうするか考えてみる。
私達が知らないどこか遠くへ……。

やっぱり逃避行と言えば、東北地方だろうか。
うん、北へ逃げよう。

東北の人は心が暖かいから。
……多分。

私が脳内会議を繰り広げていると、パキっと枝の折れる音がした。

そんなまさか……。

黒子「ひどい顔……怪我だらけではありませんの」

初春「白井さん……」

229: 2010/01/29(金) 12:50:39.78
初春「に、逃がしてくれるつもりであの電話を掛けたんじゃ……」

白井さんの目の下にはクマがある。
疲れているのだろうか。
私達の件で、寝る間を惜しんで働いていたのだろうか。

いや、そんなことより……。

黒子「言ったはずですの。私はジャッジメントだと」

白井さんの目から、ジャッジメントとしてのプライドを感じ取ることができた。
そして、道を外しかかっている友人を止めようとする決意も。

231: 2010/01/29(金) 12:55:14.41
初春「お願いします白井さん……。お願い……」

黒子「……」

今の私には、土下座をして、土を舐めるほど地面に頭を擦りつけるくらいしか、この場を切り抜ける方法が思いつかなかった。
情けない、という人がいるかもしれないが仕方がない。

だって、私の力で白井さんを退けることなど、できるはずがないのだから。

文句があるなら白井さんと闘ってみてくださいよ。

233: 2010/01/29(金) 13:00:14.88
黒子「初春、あなたそこまで……」

端から見れば、かなり異常な光景だろう。
頭に花を着けた女子中学生が、ツインテールの女子中学生に対して土下座をしている。

初春「お願いします……。お願いします……」

懇願した。
それ以外、私が佐天さんを守る術はないから。

234: 2010/01/29(金) 13:05:29.21
黒子「卑怯ですわね。ええ、卑怯ですの」

初春「え……?」

黒子「あなたのことですの、初春!それほどまでに佐天さんを想っているなら、私にかかってきたらどうですの!自分の力で佐天さんを守ってみせなさい!」

初春「だって私……」

黒子「だって、ではありませんの!やるのか、やらないのか決断なさい!格好ばかりの土下座で私の心は動きませんのよ!」

なんだかわからないけど、白井さんは本気だ。
本気でぶつかってこいと言っている。

235: 2010/01/29(金) 13:10:44.10
例え自分の数十倍強い相手だとしても、ここまで言われて引きさがることのできる人間がいるだろうか。
おそらく、昔の私なら引き下がっていただろう。

怖いから。
自分に敵うわけがないから。
そんな理由を並べて。

けれど、今は違う。

色々なことがあって私は少しだけ強くなれた。

私が白井さんに敵うはずがない。
でも……、そんなことは瑣末な問題に過ぎない。

やろう、やってみよう。

私は地面に額を擦り付けるのを止め、立ち上がった。
自分の足で立ち上がった。

白井さんに顔を向けた。
さっきのような、逃げるのに必氏な顔ではなく、大切なモノを守り抜くことを決意した、戦士のような顔で。

258: 2010/01/29(金) 16:43:27.93
またまた、私の顔は涙でボロボロだ。
最近たくさん泣いてるなぁ。
佐天さんにも泣き虫って言われるし、もっと強くならないといけないなぁ。

足がガクガク震える。
気休めのファイティングポーズも、多分意味がない

だって私の相手は風紀委員でレベル4、白井黒子だもの。

黒子「んふふ、それでこそ私が見込んだ女ですの」

白井さんはなんだかすごく嬉しそうだ。
そして、私を指差しながらこう言った。

黒子「私に拳を向けて3級。一発入れたら2級。ダウンさせたら1級ですわね」

級、て。
ソロバンか何かのつもりか。
あいにく私は、暗算などしているほど暇ではない。

259: 2010/01/29(金) 16:51:48.93
黒子「例え初春の涙でも、私の心は動きませんのよ?」

初春「わか、わっかってま゛ずぅ……。うう……」

声が震える。
本当に情けない。
そんな私を、白井さんは真っ直ぐの目で見つめてくれている。

疲れているけど、一分の曇りもない目。
親友を見つめる目。
今まで私が逃げていた、白井さんの真っ直ぐな目。

結局4人の中で、色々なモノから逃げていたのは私だけなのかもしれない。
白井さんと拳を向け合うことで、そう確信できた。

260: 2010/01/29(金) 16:58:07.60
黒子「……。もう時間がありませんわね。初春から来ないならこちらから行かせてもらますの」

白井さんが視界から消える。
白井さんの十八番、空間移動。

後ろ……!

私は出せる限りの力を込めて、裏拳を放った。
が、それは空を切る。

また空間移動だ
気付くと、白井さんは元いた場所に立っている。

白井さんはただ動き回っただけだ。
それだけなのに、私は白井さんに圧倒されている。

初春と私では、これほど力の差がありますの。
そう言いたげだった。

261: 2010/01/29(金) 17:04:49.77
圧倒的威圧感。
悪魔的空間移動能力。
超人的身体能力。

私に勝てる要素はどこにもない。

初春「さすが白井さんですね。私が見込んだだけのことはあります」

さっきの白井さんの言葉を、そっくりそのまま返してやった。

黒子「戯言を……」

私の言葉が気に障ったのか、白井さんは顔を歪めた。

262: 2010/01/29(金) 17:12:08.29
黒子「初春は3級ですわね。2級を取りたいなら、10年後また勝負して差し上げますわよ?」

余計なお世話だ。
どうせ10年経っても勝てっこないんだから。

ただこの一回だけ、この闘いさえ勝てればいい。
白井さんに拳を向けながら、神だか仏だか女神だかわからないけど、とにかく心の中で祈った。
科学に携わる者として失格かな。

黒子「もう遊びは終わりですの。初春、ごめんなさい」

白井さんが太股に忍ばせた鉄矢を空間移動させようとした瞬間、周辺に風が起こった。

265: 2010/01/29(金) 17:18:20.84
黒子「これは!?」

初春「佐天さん!?」

トイレから出てきた佐天さんは、苦痛に歪んだ顔で白井さんを睨んでいた。
右手には、あの竜巻が起きている。

佐天「初春にぃ……!初春に手を出すなー!」

ああ、確かに私が知ってる佐天さんだ。
私のパンツを覗くのが日課の、あの佐天さんだ。

266: 2010/01/29(金) 17:26:44.03
黒子「これは!?」

初春「佐天さん!?」

トイレから出てきた佐天さんは、苦痛に歪んだ顔で白井さんを睨んでいた。
右手には、あの竜巻が起きている。

佐天「初春にぃ……!初春に手を出すなー!」

ああ、確かに私が知ってる佐天さんだ。
私のパンツを覗くのが日課の、あの佐天さんだ。

268: 2010/01/29(金) 17:33:27.24
不良との一件よりも、竜巻は3倍は大きい。
それを白井さんに向けて放とうとしている。

初春「佐天さん!ダメです!それはやっちゃダメです!」

黒子「そんな……、レベル5クラスではありませんの!?」

佐天「うおおおおおおおおお!いっけええええええ!」

佐天さんが竜巻を放とうと瞬間、当たりに閃光が走った。

それと同時に、私の体を電流が走る。
気絶してしまうほどの電流が。

270: 2010/01/29(金) 17:40:40.50
地面に倒れた私が辛うじて薄目を開けると、同じように地面に倒れた佐天さんが目に入った。
白井さんは……、立っている。

そしてもう一人、女の子の影が見えた。

ああ、あなたですか。
やっぱりいい所を持っていっちゃうんですね。

御坂さん。

そこで私の意識は途切れた。

274: 2010/01/29(金) 17:47:07.80
初春。

ありがとう。

初春の気持ち、痛いほどわかったよ。

やっと終わるんだね。

もう初春は、私のことで悩んだり悲しんだりしなくて済むんだね。

良かった。

本当に良かった。

275: 2010/01/29(金) 17:57:09.74
目を覚ますと、私はベッドの上にいた。
何が起きて、どうしてこうなったのか理解できなかった。

目を閉じ、心を落ち着かせてもう一度状況を整理してみる。

佐天さんがトイレに行ってる間、白井さんとぶつかり合って、風が起きて、体に電気が走って……。

そうか、逃避行は失敗に終わったんだ。

結局私は弱虫で臆病で、親友を救うこともできない無力な人間だったのか。

そう思ったら、心の奥底から悔しさがこみ上げてきた。

もう涙は出ない。

278: 2010/01/29(金) 18:05:15.61
どうしてあの時、白井さんと対峙してしまったのか。
あのまま土下座を続けていれば、もしかしたら私達を見逃してくれたかもしれないのに。

意味のないこと考えた。
もしとか、たらとか、ればとか言って、一体何が変わるというのか。

それにどっちにしろ、白井さんにあそこまで言われて、引き下がれるはずがないだろう。

私にだってプライドがある。
白井さんに比べたら、それはとてもとても小さなモノだけれど。

ジャッジメントとしてのプライドが。

282: 2010/01/29(金) 18:13:52.75
部屋の中を見回してみる。
ベッド横の椅子に座った御坂さんが、ウトウトしていた。

佐天さんと白井さんはいない。

ベッド脇の台の上にはバスケットに入ったフルーツと、果物ナイフが置いてあった。

やっと私は、ここが病室らしき場所であることに気付いた。

ベッドから起き上がり、果物ナイフを握る。
人を脅すには少々心もとないような気はするが、仕方がない。

私は御坂さんにナイフを向けた。

284: 2010/01/29(金) 18:20:21.51
初春「みみみ、御坂さん……!」

自分の声が、震えているのがわかった。
人にナイフを向けるのは初体験なので、仕方がないだろう。

美琴「……んっ」

御坂さんは、あと5分だけーほんとにー、とでも言いたそうな感じである。
目を開けるのも億劫そうだ。

前に会った時と同じように、御坂さんの目の下にはどす黒いクマがあった。
それは以前よりも、濃くなっているように見えた。

285: 2010/01/29(金) 18:27:32.63
美琴「初春……さん?初春さん!目が覚めたのね!…………!?」

御坂さんはナイフを構えた私を見て、驚愕している。
状況が掴めていない様子だ。
私だって掴めていない。

美琴「初春さん?一体何の冗談?」

初春「佐天さんは……」

美琴「え?」

初春「佐天さんはどこですか!」

室内が揺れるのではないかと思うほどの大声で叫んだ。

294: 2010/01/29(金) 19:03:44.38
美琴「お、落ち着いて初春さん……」

これが落ち着いていられようか。
すでに佐天さんに、何らかの処分が下ったのかもしれないのに。

初春「返答によっては御坂さんを……」

美琴「……」

御坂さんは、私の言葉の真意を掴んだのだろう。
とても悲しそうな顔をした。

295: 2010/01/29(金) 19:11:21.94
ナイフを持って強がってはみたものの、私が御坂さんに敵うはずがない。
核武装をしてやっと互角と言っても、言い過ぎではない。
それほどまでに御坂さんの力は強大で、ナイフ1本でどうにかなる相手ではないのだ。

それでも私は、御坂さんに怒りをぶつけるより他なかった。

初春「早く答えて!佐天さんはどこ!」

美琴「わかった……。今黒子に連絡するから……」

御坂さんは私の動きに注意しつつ、ポケットから携帯電話を取り出し、白井さんに電話を掛けた。

296: 2010/01/29(金) 19:19:03.09
美琴「あ、黒子……。うん、今目を覚ました。うん、わかった」

御坂さんは短い電話を終えると、携帯電話をポケットにしまう。
隙あらば襲い掛かってやろうかと思ったけれど、さすがは御坂さん。
電話中でも隙はない。

たとえ隙があって襲い掛かったとしても、返り討ちにされるのは目に見えているけど。

美琴「今、黒子が来るから」

そうですか、それは都合がいい。
意地でも二人の口から、佐天さんの居場所を聞きだしてみせる。

298: 2010/01/29(金) 19:25:20.87
一分もしないうちに病室の扉が開いた。
部屋に飛び込むなり、白井さんが叫ぶ。

黒子「お姉さま!初春は!?」

御坂さんは私を指差す。
私と御坂さんは依然、向き合ったままだ。

黒子「初春……。あなた何をなさっているんですの……」

白井さんもナイフを握った私に驚いているようだ。

302: 2010/01/29(金) 19:33:13.60
数秒後、白井さんの顔が驚きから怒りに変わる。

黒子「ナイフを捨てなさい初春」

初春「嫌です。そんなことより佐天さんはどこですか?答えて」

黒子「捨てなさい」

初春「う、裏切り者!佐天さんを返して!」

そう叫んだ瞬間、視界から白井さんの姿が消えた。
気付いた時には、ナイフを握りしめていた手は白井さんに締め上げられていた。
痛みに耐えられず、ナイフ離してしまった。

黒子「お姉さま!」

美琴「う、うん!」

御坂さんは私の足元に落ちたナイフを拾う。
万事休す。

303: 2010/01/29(金) 19:38:06.73
その様子を見た白井さんは、締め上げていた私の腕を解放した。

私は白井さんと見つめあった。

白井さんの大きな瞳。
その瞳から、私に対する怒りを感じ取ることができた。

何秒間見つめ合っていただろうか。
実際には数秒ほどだったと思うが、私には数時間のように感じられた。

黒子「う゛い゛はる゛ううぅぅあああああああ!!!!!」

いきなり白井さんが叫んだ。

直後、バチコーンと小気味いい音が響く。

白井さんとは思えない叫び声と、私の頬と白井さんの掌が衝突する音が病室を揺らした。
私はその衝撃でベッドに倒れこんだ。

305: 2010/01/29(金) 19:46:10.79
美琴「初春さん!?黒子!いくらなんでもやりすぎよ!」

黒子「バカにはそれなりの躾が必要ですのよ、お姉さま」

初春「……」

悔しい。
私はいつまで経っても白井さんに勝てない。

ベッドに顔を埋める。
白井さんと御坂さんの顔なんて見たくない。

そんなことよりも、痛い。
ホッペがジンジンする。
いくらなんでも痛すぎる。
どれほど本気で殴るんだ、この人は。

310: 2010/01/29(金) 19:54:53.13
黒子「顔を上げなさい、初春」

初春「ふぃやでふ」

ベッドに顔を埋めたまま、そう言った。

黒子「初春」

初春「いや」

黒子「はぁ……。佐天さんは隣の部屋におりますの」

え?

黒子「だから顔を上げなさい、初春。あなたに話さなければいけないことが、たくさんありますの」

314: 2010/01/29(金) 20:03:36.67
私は顔を上げた。
御坂さんは心配そうにオロオロしている。
対して、白井さんは冷静だ。

そして、さっきの怒りに満ちた目ではなく、私を労わるような目をしている。
佐天さんのような、優しい目を。

黒子「痛かったでしょう」

痛いに決まってるじゃないですか。
どうして殴るんですか。
ホッペが腫れて、可愛い顔が台無しですよ。

白井さんは、優しく微笑み私を抱きしめた。

343: 2010/01/29(金) 22:27:53.15
ずっと誰かに抱きしめてもらいたかった。

頼りたかった。

頑張ったねって、言って欲しかった。

一人は不安で不安で、押し潰されそうだった。

もう一度、4人で笑いあいたいと思ってた。

白井さんに抱きしめられて、色々なことが頭をよぎった。
今まで大変だったことや、みんなに対する想い。
そして、感謝の気持ち。

ありがとうございます、白井さん。

そして、ごめんなさい。

345: 2010/01/29(金) 22:35:18.87
私は堰を切ったように泣いた。

初春「うあ゛あ゛あ゛ああああん!じら゛い゛さあぁぁぁあああん」

黒子「一人にして……。寂しい思いをさせて悪かったですわね。でも、もうすぐ終わりますの。もうすぐ……」

初春「あああああああん!」

10分間は泣いていたであろうか。
白井さんは可愛い制服が私の涙で汚れるのもお構いなしに、ずっと私を抱きしめてくれていた。
御坂さんも私の背中を擦ってくれた。

二人の優しさに触れ、私は嗚咽を漏らして泣いた。

348: 2010/01/29(金) 22:43:14.29
私が落ち着いてきた頃、部屋の扉が開いた。

木山「あー、取り込み中のところ悪いんだがね」

病室に入ってきたその人物の顔を見て、驚いた。
驚かざるを得なかった。

木山「早く結論を出してくれないか?私もそれなりに準備しなければならないし、そちらも時間がないのだろう?」

何の話?

黒子「ええ、ちょうど初春も落ち着いてきたところですの。やっと話ができる環境が整いましたわね」

どうして白井さんはこの人と普通に会話しているの?
わけがわからない。

352: 2010/01/29(金) 22:50:51.25
黒子「結論から言いますの。佐天さんを元に戻せるのは、おそらく木山先生しかおりませんの。だからここにいる」

だから、ではない。
何がどう、だから、なのだ。

初春「なぜ刑務所に入った人間がここにいるのかって聞いてるんです」

木山「ああ、連れ去られたんだ」

初春「はあ……?」

黒子「木山先生、説明は私達が……」

木山「そうか。説明をするのは苦手だ。よろしく頼むよ」

そう言って木山先生は椅子に腰掛け、目を閉じた。

354: 2010/01/29(金) 22:58:18.13
初春「一体どういうことですか」

威圧的に喋る私とは違い、白井さんはいつも冷静だ。
さっきのことを除いて。

白井さんは私を嗜めるように話す。

黒子「佐天さんがこうなってからずっと、私とお姉さまで治療方法を探しておりましたの。
   難しい医学書も読みましたし、お医者様に佐天さんの治療を検討してもらったり。
   けれど、佐天さんを元に戻せそうな人はいなかった。その症状を知って、みな匙を投げてしまったんですの」

御坂「正直、諦めかけてたわ。もう佐天さんはあのままなんだって。
   その代わり、私達で佐天さんと初春さんを支えていこうって話してたくらいよ」

私は二人の次の言葉を待つより他になかった。

355: 2010/01/29(金) 22:59:47.72
>>348の次こっちだった

黒子「初春、この方は」

初春「知っていますよ。木山先生ですよね」

木山「ああ。あの時は君にも迷惑をかけたね」

迷惑所の話ではない。

おそらく今の私が、世界で一番恨んでいる人物だ。
レベルアッパーに手を出したのは佐天さんの自業自得とは言え、その原因を作ったのが、この人なのだから。

初春「どうしてこの人がここにいるんですか」

私はごくごく当然の質問をした。

357: 2010/01/29(金) 23:06:18.76
黒子『もう……無理なんですの?』

美琴『……』

黒子『なにか言ってくださいまし、お姉さま』

美琴『わかってるわよ……他に何か案はないの?』

黒子『もう出し尽くしましたの。脳みそが蕩けてしまうほどですのよ』

美琴『私だってそうよ……』

黒子・美琴『……』

黒子・美琴『ねえ、黒子(お姉さま)!』

359: 2010/01/29(金) 23:14:33.77
黒子『お姉さまからどうぞ』

美琴『……。木山先生なら……。なんとかできるんじゃないかな。レベルアッパーを作った人だし。黒子は何?』

黒子『……。プフ、クヒヒヒ』

美琴『何よその気持ち悪い笑いは!こ、こんなの冗談に決まってるんだから!ありえないでしょ!』

黒子『許してくださいまし。お姉さま、私もそう言おうと思っていたんですのよ』

美琴『は……?や、やっぱりね!それしかないわよね!うん!』

黒子『やはり私とお姉さまの心は繋がっているんですのね!おねーさまー!』

美琴『よ・る・な!』

360: 2010/01/29(金) 23:22:22.23
直後、御坂さんの電撃を喰らった白井さんは1時間程気絶したらしい。
まあ、そんなことはどうでもいいです。

黒子「それからが大変でしたの。少ないコネやツテを辿って、なんとか特例的に木山先生を出所させることはできないか、と根回しをしましたの。寝る間も惜しんで動き回りましたのよ」

美琴「最近、一日5時間も寝てなかったわよ」

黒子「私は今のところ、4日寝ておりませんわよ、お姉さま」

白井さんはふふん、と勝ち誇ったような顔をした。

美琴「別に自慢にならないから……」

そうか、だから二人共目にクマが……。

でも前に御坂さんに会った時には、男の人と勝負がどうこう言ってたはずだけど……。
まあ、息抜きというやつだろう。
私は自分にそう言い聞かせた。

365: 2010/01/29(金) 23:30:12.49
黒子「でもそのせいで、初春に佐天さんを押し付けるような形になってしまいましたわね」

美琴「ごめんね、構ってあげられなくて……。時間が惜しかったのよ」

初春「どうしてそこまで……」

黒子「は?」

美琴「どうしてって?」

初春「どうして佐天さんのためにそこまでできるんですか!?」

二人の頭には「?」マークが浮かんでいた。

370: 2010/01/29(金) 23:38:40.19
黒子「友達だからに決まっているでしょう」

美琴「それ以外に何かある?」

黒子「さぁ……?初春はそれ以外に何か理由がありまして?」

二人ともバカだ。
大バカだ。

二人の気持ちに気付かなかった私はもっともっとバカだ。

初春「言ってくれれば良かったのに……」

黒子「木山先生の件は機密事項ですの。言える訳がないでしょう。前にも言ったように初春達は監視されていましたし」

二人は裏切り者でもなんでもなく、紛れもなく私の友人、白井黒子と御坂美琴だった。
むしろ私のほうがよっぽど裏切り者ではないか。
二人の気持ちをずっと裏切ってきたのだから。

372: 2010/01/29(金) 23:46:31.62
黒子「けれど……」

美琴「特例成立寸前に、佐天さんの能力が発動してしまった……」

初春「そのせいで特例がオジャンになった……?」

黒子「その通り。いよいよ私達に後がなくなった。そ・こ・で!」

美琴「私が木山先生を連れ去ってきたってわけ。今は身代わりを置いてるわ」

初春「そんな馬鹿な……!法を犯してまでやることじゃないですよ!なおさら事前に言って欲しかったです!」

私と佐天さんのために二人が犯罪者になるなんて、本末転倒にもほどがある。
やっぱりこの2人は私よりも馬鹿だ。

373: 2010/01/29(金) 23:50:33.76
黒子「何度も言わせないで欲しいですの。言うチャンスなどないし、言ったところで今のように反対するでしょうに」

当たり前だ。
親友が犯罪行為に手を染めるのを、黙って見ていられるわけがない。

美琴「それにね、黒子と話し合って決めたのよ。汚れ役は私達二人だけで充分だって」

黒子「佐天さんは私達が勝手に連れて来た木山先生に、勝手に治療された。これで万事解決ですの」

言葉が出なかった。
二人の目に、迷いも恐れもなかった。

友人を救いたい、ただそれだけだった。

私は大粒の涙を溢した。

391: 2010/01/30(土) 00:46:22.54
佐天さん、私達はとってもとっても幸せ者です。

私達のために、ここまでしてくれる人が2人もいるんですから。

だから佐天さん。

早く元気になって、白井さんと御坂さんにありがとうしなきゃ、ですよ。

392: 2010/01/30(土) 00:52:23.77
木山「話は終わったか?」

さっきまで椅子に座って目を閉じていた木山先生が、おもむろに立ち上がった。

黒子「ええ、今までのこと、全て話しましたの」

美琴「あー、何か心がすっきりしたわー。清清しい気分ね」

二人の今後についての懸念はある。
ひとつのミスが命取りになりかねない状況だ。
それでもやはり、何も知らなかった時より、幾ばくか心が軽くなったのは確かだ。

木山「そうか、ならば手術するのかどうするか、聞かせてくれ」

395: 2010/01/30(土) 01:00:37.06
初春「どうするって、治せるなら手術してください。迷う理由なんてないじゃないですか」

黒子・美琴「……」

木山「君にはまだ言ってなかったな。彼女の場合、脳に障害が見受けられたので、頭を切開する」

何か物々しい話になってきた。

木山先生は続けて、海馬がどうとか大脳新皮質とか、脳に微弱ななんとかとか、ナノなんとかとか、難しいことをベラベラ喋っていた。
つまり、何なの?

木山「手術は確実に成功するわけではない。
   そして成功したらしたで、彼女の能力は消えるだろう。
   あの子はレベルアッパーを使うほど能力に固執していたのだろう?
   それならばある意味、今の状況は彼女の最も望んだ状況であると言える」

どこか他人事のように話す木山先生が、癪に障った。

397: 2010/01/30(土) 01:08:21.53
レベル4(相当)、確かに佐天さんが最も望んだ状況かもしれない。
だけど、それでも。

木山「今の彼女は、思考力がないに等しい。手術するかしないか、君達が決めてくれ」

初春「成功する確率は?」

木山「50%……。と答えておこうか」

初春「……もし失敗すれば?」

木山「氏ぬ、かもしれないな」

ふざけるのも大概にして欲しい。
成功率50%?
氏ぬかもしれない?

あなたのせいでこんなことになったんじゃないか。
無責任な発言にもほどがある。

398: 2010/01/30(土) 01:16:25.67
初春「ふざけないでください!」

私は木山先生の胸倉を掴んだ。

初春「50%ってなんですか!誰のせいでこんなことになったと思ってるんですか!100%成功するって言ってくださいよ!なんで佐天さんだけがこんな目に合わなくちゃいけないんですか!」

木山「……っく」

私は持てうる限りの力を振り絞り、木山先生の首を締め上げた。

黒子「初春……!落ち着いてくださいまし!」

白井さんと御坂さんに、引き剥がされる。
あのまま木山先生の首を、締め切ってやりたかった。

403: 2010/01/30(土) 01:24:44.03
木山先生が口を開いた。

木山「希望を抱くのは勝手だがね……」

息を整えながら続ける。

木山「私達はあの子の未来を背負ったんだ。気休めに手術は100%成功するなんて言って何になる。それこそ無責任ではないのか」

何も言い返せなかった。

406: 2010/01/30(土) 01:32:22.59
木山「別に手術することだけが選択肢ではないんだ。あとは君達が決めろ。
   私はやるからには全力を尽くす。それと、彼女にとっての幸せとはなんなのか、よく考えてみてほしい」

そう言うと木山先生は白衣を翻し、扉へ向かった。
そして扉の前で立ち止まり、呟いた。

木山「自分だけが不幸だと思ってる人間は嫌いだ……」

おそらく私に向けて言った言葉だろう。
なぜか痛いほどよくわかる。

美琴「ちょっと、その言い方はないんじゃない?それにその言葉、自分に言ってるように聞こえるけど?」

御坂さんが精一杯の悪態をついた。

木山先生は「そうかもしれないな」と言って、部屋を出ていった。

409: 2010/01/30(土) 01:40:15.61
木山先生が出て行った後の部屋は、静寂そのものだった。
木山先生の口ぶりから、二人は私より先に事情を聞いていたようだが、改めて今回の手術の難しさを実感したようだった。

黒子「とりあえず……。佐天さんに会いますの?」

初春「……」

どんな顔をして佐天さんに会えばいいのか、皆目検討もつかない。

美琴「そうね……。そこで決めよっか」

二人に促されるまま、隣の部屋へ移動した。
佐天さんはベッドの上で、スヤスヤと寝息を立てていた。

412: 2010/01/30(土) 01:50:22.64
佐天さんは私達の苦悩などいざ知らず、幸せそうな顔で眠っている。

美琴「この寝顔を見てると、脳に障害があるとは思えないわね」

初春「そうですね……」

目が覚めた途端、「うーいはっるー!」と言いながらパンツを覗きそうな気さえする。

黒子「……。で、どうするんですの?」

「……」

私は二人の言葉に従うことに決めた。
申し訳ないが、佐天さんの未来を私の双肩にかけるのは、荷が重過ぎる。

414: 2010/01/30(土) 02:00:12.68
美琴「私は初春さんが決めたことに従う」

初春「え……?」

黒子「ですわね」

初春「ちょ、ちょっと待ってください!そんないきなり……」

黒子「今までずっと、佐天さんの隣にいたのは初春ですの。きっと佐天さんも、初春に決めて欲しいと思っていますの」

チラリと佐天さんを見てみる。
楽しい夢でも見ているのだろうか。
子供のような顔で笑っていた。

417: 2010/01/30(土) 02:10:11.36
初春「私は……」

美琴「初春さんに責任を押し付けるって意味じゃないわよ。私達も初春さんの選択に、責任を持つ」

黒子「責任を取る時は3人一緒ですの」

できれば、責任を取らなければいけない状況にはなって欲しくないけど。

佐天さんが願っていた、能力取得。

私が願う、元の佐天さん。

佐天さんにとっての幸せとはなんなのか。

あまりにも酷な選択だ。

418: 2010/01/30(土) 02:13:34.23
時間がないのはわかっている。
だからと言って、ポテトチップスの味を選ぶような、気楽な気持ちで決められるはずもない。

黒子「初春……」

掌に汗が滲む。
額からも汗が吹き出してきた。

御坂「初春さん……」

今すぐこの場から逃げ出したい。
私には無理だ。

488: 2010/01/30(土) 16:31:56.81
初春。

今までありがとう。

ずっと一緒にいてくれてありがとう。

私のためにいっぱい泣いてくれたね。

初春。

初春に私の全てを託すよ。

白井さんでも御坂さんでも誰でもない、初春に。

491: 2010/01/30(土) 16:38:54.80
私の様子を察してくれたのか、白井さんが口を開いた。

黒子「とりあえず、気分転換に外の空気でも吸いにいきます?」

美琴「そうね。少しは落ち着くかも」

黒子「行きますわよ、初春」

佐天さんを一人にしたくない。
ずっと佐天さんの側にいたい。

初春「待ってください」

黒子「どうしたんですの?」

初春「4人で……行きませんか?」

492: 2010/01/30(土) 16:48:43.55
美琴「4人?木山先生だったら、外に出るのはまずいわよ」

初春「いえ……。佐天さんと4人で」

二人はキョトンとした顔をしている。
ついに初春(さん)の頭もおかしくなったのか、とでも言いたそうだ。

黒子「佐天さんとって、一体どうするつもりですの?今は薬を使って眠っているから、当分は起きませんの」

初春「別に起こす必要はないですよ」

今ならできる気がする。

初春「私がおんぶしますから」

多分、前より少しだけ強くなっているはずだから。

494: 2010/01/30(土) 16:57:22.68
黒子「初春に持てるわけがないでしょう」

美琴「そうよ。だったらわたしが……」

初春「いいえ、私にやらせてください」

二人は有無を言わさぬ私の目に、圧倒されたようだ。

黒子「まあ、そこまでおっしゃるなら……。でも本当に大丈夫ですの?」

初春「大丈夫です。今は……。今は白井さんと御坂さんもいますし!」

二人はヤレヤレと言った感じで笑った。
私もそれに釣られて、自然と笑みがこぼれた。

何ヶ月ぶりだろう、本当の意味で笑えた気がする。

498: 2010/01/30(土) 17:11:33.60
佐天さんは私の背中で寝息を立てている。
二人は隣で、佐天さんと私を支えてくれていた。

足元がおぼつかなくて、ゆっくりだけど、それでも私達は確実に前に進んでいる。

一歩一歩、確実に。

もう佐天さんと私だけじゃない。

今は隣に白井さんと御坂さんがいる。

私達4人、心が一つになれたような気がした。

499: 2010/01/30(土) 17:23:25.77
私達は木山先生の目を盗んで、外に出た。
どうやらここは、学園都市内らしい。
この建物は、昔木山先生が極秘で使っていた研究所だそうだ。

初めは外の空気を吸うだけのつもりだったけど、せっかくなので街に出ようということになった。

私達は、4人の思い出の場所を巡った。

出会った場所、遊んだ場所、喧嘩した場所、仲直りした場所。

佐天さんが目を覚ました時に渡そうと、花の髪留を買った。

途中、前に御坂さんと勝負がどうとかで、言い争っていた男の人を見かけた。
バイト中なのだろう、郵便局の制服に身を包み自転車をこいでいた。

私達の横を通り過ぎたので、御坂さんも気付いてると思うのだけれど、何の反応も示さない。
喧嘩中なのだろうか?
まあ、私が御坂さんの色恋に口を挟むべきではない。

500: 2010/01/30(土) 17:31:39.73
研究所に戻ると、木山先生が玄関の前で待っていた。
どうやら私達が外に出たことは知っていたらしい。

木山先生が不思議そうに、私の顔を覗き込んだ。

木山「何かあったのか?」

初春「何がですか?」

木山「さっきと顔が違うようだから」

初春「んふふ、なんでもないですよ」

木山「そうか」

木山先生は、それ以上追及しなかった。

504: 2010/01/30(土) 17:41:15.73
部屋に戻って、佐天さんをベッドに寝かせた。
正直、重かった。
二人がいなければ、佐天さんをおんぶして、こんなに歩き回ることはできなかっただろう。
逆に言えば、二人がいれば不可能を可能にすることさえ、できる気がする。

黒子「初春、佐天さんのこと……決めましたの?」

初春「はい」

御坂「それじゃあ、聞かせてくれる?」

506: 2010/01/30(土) 17:50:50.03
目が覚めると白い天井が見えた。
所々、汚いシミがある。

ずっとずっと夢を見ていた気がする。
光の見えない暗闇の中に、一人ぼっちでいる夢。

夢の中で、時々誰かの声が聞こえていた。
暖かい声。
私が一番大好きな、優しい声が。

頭と体が重い。

それでも私は今の状況を確かめなければと、体を起こした。

初春が私のベッドに顔を埋めて、スヤスヤ眠っている。

ああ、そっか。そういうことか。

佐天「ただいま、初春」

509: 2010/01/30(土) 17:57:48.47
誰かに頭を撫でられている。
白井さんだろうか。
それとも御坂さん?

私はゆっくり目を開けた。

目の前には佐天さんがいて、私に微笑みかけている。

佐天「よっ!初春」

佐天さんだ。

あの、佐天さんだ。

512: 2010/01/30(土) 18:03:17.77
初春「……」

初春「よっ!じゃないですよ!起き上がって大丈夫なんですか?」

私は勤めて冷静に話す。

佐天「大丈夫大丈夫、すっかり元通り。能力が使えないところまでね」

能力が使えない。
私は佐天さんが望んだ能力取得よりも、自分の望みを優先させた。
親友を、氏に追いやってしまうかもしれない方を選択した。

ただのエゴだ。

こんな私を、わがままな私を、佐天さんは許してくれるだろうか。

514: 2010/01/30(土) 18:14:27.43
初春「佐天さん……。私、私……」

佐天「うん?」

涙腺は崩壊寸前だ。
私は自分のスカートを力いっぱい握り締め、なんとか言葉をひねり出す。

初春「私……やっぱり昔の佐天さんが好きだから……、えっぐ。私のせいで能力が使えなくなって、佐天さんに嫌われても昔の佐天ともう一度会いたかったから……でも氏んじゃったらどうしようって、怖くて、怖くて……」

佐天「初春」

佐天さんは私の言葉を遮り、こう言った。

佐天「ありがと」

私がずっとずっと待っていた言葉。
全ての罪を洗い流す、魔法の言葉。

523: 2010/01/30(土) 18:35:15.99
初春「佐天さあ゛あ゛ぁぁん!」

ついに涙腺は決壊し、私は佐天さんの柔らかい胸に飛び込んだ。
佐天さんの胸は、私を優しく包み込んでくれた。

佐天「おーおー、私が眠ってる間に随分甘えん坊さんになったもんだー」

佐天さんは以前のような、憎まれ口を叩いた。

初春「うわああぁぁああん!」

佐天「ごめんね初春。ずっと一緒だから。もうどこにも行かないから……」

私の声に気付いた白井さんと御坂さんが、部屋に入ってきた。
二人は空気を読んで、私達の様子を見るとすぐに部屋を後にした。

その後も私は大声をあげて泣いた。

527: 2010/01/30(土) 18:39:53.82
木山「随分早いお目覚めだな」

黒子「木山先生、あなたにはお礼を言わなければなりませんの」

美琴「佐天さんを助けてくれてありがとう」

木山「お礼を言わなければいけないのは私の方だ。これで一つ罪を償えたのだからな。君たちのおかげだよ」

美琴「まだまだ足りないでしょう。子供達のためにも、自分のためにも……」

木山「ああ、とにかく自分のやれることをやるだけさ」

531: 2010/01/30(土) 18:41:58.52
黒子「それにしてもあの時はゾッとしましたの。手術の成功率が50%などと……。私達には1%もないと仰っていましたのに」

木山「ずっと君達の話を聞いていたからな。彼女に希望を抱かせてあげたくなっただけだよ。それに友を信じる力が、人間の生命力にどう影響を及ぼすか知りたくなってな」

美琴「科学者らしくない事を言うわね」

木山「そうだな。出所したら魔術について研究してみようか。そんなことよりも……」

美琴「?」

木山「早く私を刑務所に戻してくれないか?君達のせいで刑期が伸びたら、一生恨むぞ」

532: 2010/01/30(土) 18:45:24.04
佐天さんはすぐに別の病院に移された。
無能力者に戻った佐天さんは保護対象者から外れ、もう監視されることもないそうだ。

私は、白井さんの口添えのおかげで、ジャッジメントに復帰することができた。
何から何までお世話になりっぱなしで、本当に申し訳ないと思う。

心残りなのは、木山先生にお礼を言っていないこと。
私が泣き止んだ頃には、すでに刑務所に戻った後だったからだ。

彼女が出所したら、一緒にお礼をしようと、佐天さんと約束した。

533: 2010/01/30(土) 18:51:16.20
今日は佐天さんの退院の日。

私は佐天さんの病室に向かった。
病室を覗くと……いない。
こんな時は決まって屋上にいるんだ。

屋上の、大きな扉を開けると、すぐに佐天さんが目に入った。

初春「ダメじゃないですか佐天さん。安静にしてないと」

佐天「お、初春ー。今日もご苦労だね~」

535: 2010/01/30(土) 18:57:27.42
初春「今日は佐天さんにおみやげがあるんですよー」

佐天「へー。何々?」

初春「前に渡しそびれちゃって。仕方ないから退院祝いに渡そうと思ってたんです」

私は花の髪留を取り出し、佐天さんの髪につけてあげた。

初春「似合ってますよ。二つついてても、おかしくないですね!」

頭が満開の私が言うのも変だけど。

536: 2010/01/30(土) 19:01:16.88
佐天「初春……!」

佐天さんは、私を抱きしめた。

佐天「今までごめん、つまんない事にこだわって内緒でズルして。初春に寂しい思いをさせて……」

私も佐天さんを抱きしめた。

初春「いいですよ。これからは二人で頑張って、能力開発していきましょうね」

佐天「私もう能力なんていらない。初春がいればそれでいい」

537: 2010/01/30(土) 19:06:27.29
初春「またそんな心にもないこと言って……。メッですよ」

佐天さんが幼児退行した時のことを思い出した。

佐天「へへ、初春が言うなら仕方ないっかぁ。頑張ってみますかね!あ、そういえば私も忘れてたものがあったんだ」

初春「何ですか?」

佐天さんは私から離れると、物凄い勢いでスカートをめくった。

初春「きゃああああああああ!!!!」

佐天「初春のおパンツこんにちはー!さーて今日の色はっと……」





美琴「はっぴーえんど!じゃん☆」

541: 2010/01/30(土) 19:09:00.52
終わりかな?
終わりだとしたら乙
面白かった

542: 2010/01/30(土) 19:09:22.33
お疲れ様
感情移入できる良いSSだったと思う

543: 2010/01/30(土) 19:10:34.64

良かったよ

引用元: 初春「佐天さんは私の親友ですから」