1: 2012/08/05(日) 11:16:10.52
拝啓

秋にはまだ遠く暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、ご用件についてですが、先日10年前に埋めましたタイムカプセルが掘り起こされました。
開封式を8月20日に行いたいので、○×小学校にてお集まり出来ないでしょうか?
お返事のほうお待ちしております。
尚、期限のほうは8月8日までとなっていますので、よろしくお願いします。

敬具

この手紙がFAXで送られてきたのは5日前だった。
私は、この開封式に出ようか迷っている。
お仕事の関係もあるし、それなりに私は有名になってしまったからだ。
最近ではテレビにもよく出るし、CDもそれなりに売れてきている。
そんな私が行ってしまったら……と思って、私はまだプロデューサーに話せていない。

本当は凄く行ってみたい。
数年ぶりに会うみんなは何も変わっていないだろうか、みんなの名前今でもちゃんと言えるだろうか。
そんなことを思ってしまう。


「おはようございます!」

私はいつもどおりに出勤をする。
今日は事務所で打ち合わせをした後、レッスンが入っている。
挨拶をするとプロデューサーさんは元気よく挨拶を返してくれた。
帽子を机の上に置いて、打ち合わせが始まる。

これが私の日常。
普通の女の子とはちょっと違う日常なんです。

2: 2012/08/05(日) 11:18:28.83
夜。
結局今日もプロデューサーに話すことが出来なかった。
レッスンが終わったあと、プロデューサーの送り迎えで言おうと何回も思ったけど、やっぱり難しい。
スケジュール帳を見ると、8月20日は予定が入っている。
しかも、営業のお仕事。
私が居なくても大丈夫なお仕事ではあるが、他のみんなに迷惑をかけることを考えると、どうしても出来ない。
お仕事だから。そうやって私は踏ん切りをつけていた。
帰り際にプロデューサーが私を見て、頭の上にハテナを浮かべていたのは、私の表情に出ていたからかもしれない。
……こういう時悟ってほしいなって思う。

次の日、いつもと同じように遠距離通勤。
朝の電車は大好き、いつも同じ車両に乗っていたら、私のお祖母ちゃんと同じくらいの歳のお婆ちゃんに顔を覚えられてしまった。
私はつい嬉しかったので、私のCDをプレゼントした。お婆ちゃんがCDを使えるかどうか分からないけど、きっと聞いてくれたって信じている。
……今日もお婆ちゃんは来るのかな。
そう思いながら、電車に揺られる。
いつもの駅、お婆ちゃんは電車に乗ってきて私に挨拶をした。

3: 2012/08/05(日) 11:21:11.82
「おはよう、春香ちゃん」
「おはようございます!」

私も元気よく挨拶を返す。
まだ地元付近なので、春香ちゃんって呼ばれても平気。
帽子とメガネをかける頃にはお婆ちゃんは電車を降りるから、気兼ねなく話しが出来る。

「そうそう、春香ちゃん……この前くれたしー……なんだっけねぇ、あれを聴いたよ」
「き、聞いてくれたんですか!?」
「えぇー、そうともそうとも。孫に聞いてみたら、聞かせてくれてね。孫もびっくりしてたとも」
「あ、あはは……」

びっくりしたっていうのは、私のことを知ってたからなのか、お婆ちゃんがCDを持ってきたことなのか……。
なんだか想像しただけで笑えてくるかもしれない。

「綺麗な声で歌うんなぁ」
「あ、ありがとうございます」
「私は毎日聴いてるよ、孫にCD取られそうになったけど、春香ちゃんがくれたものだって言ったら、まーた孫は驚いてなぁ」

5: 2012/08/05(日) 11:22:52.85
なるほど、ということはさっきの孫さんの驚きはCDを持ってきたことに驚いたのかってことになる。
そして、次に驚いたのは私自身がくれたってこと……と言うことは知ってたんだなぁ、なんだか嬉しい。
有名になる、っていうのはあんまり実感出来ないもの。
都心に出ればとか、雑誌の表紙とかで実感沸くけど、私が住んでいる田舎とかに行くと、実感出来ない。
だから、こういう小さな事が私にとっては大きな支えになっている。
もちろん、他のファンのみんなも支えになってるけど。

「ふふ、プレゼント出来てよかったです」
「私も、ファンだからなぁ。春香ちゃんの」

そう言うとお婆さんはにっこりと私に笑いかけた。
思わず私もつられて笑ってしまう。
朝から幸せを噛み締めることが出来た。

「あ、そうだそうだ。孫がなぁ、春香ちゃんにこれをってなぁ」
「え?私にですか?」

ファンからの手紙はよく貰うけど、こういう風に間接的にもらうのは初めてかもしれない。
お婆さんが出したのは手紙だった。

「よ、読んでもいいですか?」
「ええとも、私には字がちっさすぎて読めんのだわ」

封筒を開ける。
紙の文字は確かに小さなものだった、文字は手書きで……どこかで見たような書き方だった。

「こ、これって……タイムカプセルの通達のFAX送った人と同じ……?」

こんな事もあるのだろうか。
内容はこうだった。

6: 2012/08/05(日) 11:24:15.67
春香ちゃんへ

突然の手紙ごめんなさい。
まさかお祖母ちゃんが春香ちゃんのCD持ってくるなんて思わなかったから、こんな形で手紙送ってしまってごめんなさい。
今どこに住んでるのとか知らないし、知ってるのは名簿から電話番号だけで、FAXくらいしか送れなかったんだ。
タイムカプセルの件、どう思ってるかな。
私も春香ちゃんがアイドルになっていること知ってるし、クラスのみんなも知ってる。
けど、だからってどうって事じゃない。
確かに春香ちゃんはアイドルだけど、○×小学校の生徒だった。
アイドルの春香ちゃんが居るみたいに、○×小学校に通っていた春香ちゃんも居たんだよ。
だから、私は春香ちゃんに是非来て欲しい。

ごめんね、偉そうなことを言って。
急かすつもりじゃなかったんだけど……お返事待ってますね。

「……」

私は鼓動が早くなっていた。
こんな風に思ってくれているなんて思わなかったからだ。

「春香ちゃん?」
「あ、え、えっと……ありがとうございます、そ、そのお孫さんにはありがとうって伝えておいてください」
「そうかぁ?分かった、伝えておくよ」
「はい、ありがとうございます……」

9: 2012/08/05(日) 11:26:09.87
何を私は迷っていたんだろう。
こういう事も必要、私はこういうのを捨ててアイドルをやっているんじゃない。
私はアイドル、普通の女の子とは違う。でもそれはステージの上だけ……今の私は普通の女の子なんだ。
図に乗っていたのかもしれない、CDの売上とか、ファンの人数とか見ると、どうしてもアイドル意識のほうが高くなってしまって、こういうことが見えなくなってくる。
いつもこういうのを注意するのは私で、千早ちゃんとか……よく見えなくなっちゃうんだけど、私もそうなんだな、と実感した。
行こう。
プロデューサーさんに言おう、そう決心をして、私はお婆ちゃんと別れた。

事務所。

「おはようございます!」
「おはよう春香ちゃん」

小鳥さんが迎えてくれた。
プロデューサーさんの声はしないから、まだ来ていないのかもしれない。
いつもどおり、帽子を取って、私は小鳥さんのところへ言った。

「あの、小鳥さん」
「あら、どうしたの?春香ちゃん」
「ちょ、ちょっと相談が……」
「うん?」

11: 2012/08/05(日) 11:28:14.22
私は事情を説明した。
なんとなく、プロデューサーさんに伝えるよりも、他の誰かに相談してからプロデューサーさんに相談したかったからだ。
別にプロデューサーさんがどうこうって訳じゃない。
でも、本当に……なんとなくだから。
と、私は自分の言い訳をする。

「なるほどね、確かに春香ちゃんが居なくても大丈夫な営業だけど……やよいちゃんとかが頑張ってくれれば、かなぁ」
「そうなんですよね……」
「あとはプロデューサーさんが」
「はい……だからまだ相談出来てないんです」
「え!?で、でも今日って8月10日よね?」
「……はい」

そう、実はもう期限は過ぎている。
昨日言えなかった理由の1つだ。
今から出ますって言っても、あっちにもまた迷惑かけてしまうと思ったから、私はもう考えるのを辞めた。
だけど……今朝のこともあったので、私はすっかり行きたい気分になってしまったのだ。

「……それでですね」

私は今朝のことも話した。

「……ふむ、良い子ね。その子」
「はい、多分なんですけど……学級委員やってた子だと思うんですよ」
「ふふ、そのままね」
「変わってないと思います」
「学級委員キャラはどこまで行っても学級委員キャラなのよねぇ……」
「あはは、そ、それでどうしましょう……」
「……悪いけど、プロデューサーさんに相談しないと始まらないと思うわ」
「ですよねぇ……」

12: 2012/08/05(日) 11:30:20.77
分かってはいた。
でも、誰かに後押しされないと相談が出来なかった。
だから、私は小鳥さんに相談したんだ。
と、私はさっきの言い訳を変えてみる。

「そろそろ来ると思うわ、お茶淹れるから待っててね」
「はい、ありがとうございます」

今日の予定は午前中に営業、午後からまたレッスンだったはず。
営業はもちろんプロデューサーさんが送り出してくれる。
その前に……なんとかして話をつけたい。

「はい、お茶」
「は、はひぃ!?」

考えこんでしまって、思わず変な声が出ちゃう。

「だ、大丈夫春香ちゃん?落ち着いて、きっと大丈夫よ。プロデューサーさんも分かってくれるわ」
「は、はい……あはは、私らしくないですよね」
「そんなことないわ、春香ちゃんにだって考えや悩みだって存在するもの。ううん、女の子なら、ね」

小鳥さんは可愛くウィンクをした。
やっぱり小鳥さんに相談してよかったなーって思う。
気持ちが落ち着くというか……なんだかお母さんみたいな……?

14: 2012/08/05(日) 11:32:56.57
「……む、春香ちゃん今ちょっと失礼なこと思わなかった?」
「え、ええ!?そんなことないですよ~!」
「ほんとに~?」
「ほ、本当です!!」

こういう見透かす能力とか、本当お母さんみたいで。

「おはようございます!アチャー今日は営業だってのに、寝坊しちゃいました、ごめんなさい!」
「おはようございます、プロデューサーさん」

出勤してきたプロデューサーさんに挨拶をする。
寝ぐせがまだ残っているプロデューサーさんは息を切らして自分のデスクに座って急いで資料をまとめている。
とてもじゃないけど、話しかけられる状況じゃなかった。

「春香ちゃん、ほら」
「え、で、でも……お仕事中みたいですし」
「何を言ってるの?アイドルの悩みを聞くのもプロデューサーさんのお仕事よ」

と言って、小鳥さんに背中を押される。

「あ、あのプロデューサーさん」
「どうした春香、今日はこのまま営業だからな……えっと、確かこの辺に資料が」
「あ、えっと……」
「あったあった、これ目を透しておいてくれ」

16: 2012/08/05(日) 11:36:20.12





「プロデューサーさん!」
「おわっ!?」

思わず叫んでしまった。

「ど、どうした、春香」
「相談があるんです!」

この際だから突っ走って行こう!

「相談?なんだ、どんな相談でも聞くぞ」
「実はこういうのが先日届いて……」
「なんだ?えっと……タイムカプセル?」
「はい」

私はプロデューサーさんに今までの経緯を説明した。
プロデューサーさんの表情は真剣な顔になったけど、すぐに笑顔になって

「ああ、安心しろ春香。俺が必ずなんとかする。だから、同窓会行ってこい」

と、たくましく私に言うのでした。



かくして私はタイムカプセルの開封式に出ることができるようになった。

18: 2012/08/05(日) 11:38:49.21
「ごめんね、やよい……こんなことになっちゃって」

私はやよいに謝った。
普段通りだったら、やよいと一緒に営業をするんだけど、今日はやよい1人でお仕事させることになったからだ。

「うっうー!大丈夫ですよ春香さん!!私一人でも頑張りますー!だから、春香さんは同窓会楽しんできてください!」

やよいはそう言うと手を前に出してきて、私にハイタッチを求めた。
いつもどおりのやよいだ、こういう気遣いが出来る所がやよいの良い所、でも無理していないかが心配かな。
ましてや無理させているのが私なら……。

「春香さん?」
「え、ええ!?」

右手を虚しくあげていたやよいに話しかけられる。
ああ、またやってしまった。考えこんでしまうと自分の世界に入り込んじゃう。
最近の私の悪い癖!直さないと。

「本当にありがとうね!やよい!ハイタッチ!」
「ハイターッチ!イェイ!」

やよいとハイタッチをかわすと、やよいが一所懸命頑張ってくれるってことが伝わった。
頑張ってくれてるんだもん、私が目一杯楽しまないと、やよいに失礼なのかもしれない。
にっこり笑顔でやよいはお仕事へ向かった。

19: 2012/08/05(日) 11:41:10.13

「さ、私もそろそろ行かないと。午後から開封式だもんね……」

独り言をもらす。
時刻は11時、やよいにありがとうだけ言いたかったから、私は事務所に来た。
これから急いで地元に戻って、開封式。
本当はプロデューサーさんにもありがとうって言いたかったけど、プロデューサーさんは営業をする仕事場に直行で行くらしいから会えなかった。
メールだけ入れておいて、私は事務所を後にした。

こんなに早い時間……帰りの電車に乗るのは本当に久しぶりだ。
アイドルを始めた初期の頃は結構あった、お仕事が無かったり、レッスンをするお金が無かったりで……来ただけで帰るってことが。
でも、そういうのも今では思い出になっている。
電車に揺られながら、今までのことを思い出す。
音楽プレイヤーの選曲は「太陽のジェラシー」今日みたいな暑い日にはぴったりな曲だし、何より私が初めて出したCD。デビュー曲。

「ふふふふふん、ふふふふふーふふふん♪」

思わず鼻歌で歌ってしまう。
そして、初めてステージで歌ったことを思い出す。
あれはもう……半年も前のことだったんだ。
あっという間に過ぎた気がしたけど、そのあっという間には沢山のことがあって。
一回一回のステージには必ず意味があって、失敗や成功の繰り返しだったけど、それがあったからこそ今の私はアイドルをやっているんだ。
私はアイドル。
ずっとなりたかった―――アイドル。

「次はー……××……××……」
「えぇ!?!?」

乗り過ごした……やっぱり考えこむのはちょっと反省しないと。
今はフリーだからいいけど、お仕事中に乗り過ごしたなんてやったら、アイドル以前にお仕事をする人として駄目駄目だから。

20: 2012/08/05(日) 11:46:03.24
最寄り駅を降りると、暑い日差しが私を迎えた。
電車の中の空調が効いていたので、その温もりが今は気持ちいい。
段々汗ばんでくるんだけど……。

このまま学校へ向かう。
開封式は学校で行われることになっていた。
風が少しあるみたいで、涼しい。夏の暑さを忘れるくらい。
学校から駅までは少しあった。散歩気分で歩いていくと、いつもと違う風景を見ることが出来た。
お昼時に、この道を歩くのは本当に何年ぶりなんだろう。
今日は目一杯懐かしい気分に浸る。
今と昔、あんまり変わらない街並み、見慣れた街並み、大好きな街並み。
街っていうわりには、少し田舎じみているけど、私はそんな田舎じみている街並みが大好き。
都会のビルに反射した太陽光を浴びるよりも、太陽から直接貰える太陽光のほうがなんだか健康的だから。

「あれ……?」

小学校へ向かう途中に大量の小学生を見つけた。
黄色い帽子をかぶって、みんなトートバッグみたいなものを持っている。

「遠足かなぁ」

みんな楽しそうな表情。
私も遠足は大好きだった。いつもお母さんが作ってくれるお弁当が楽しみで、無茶な要望もした。
時にはデザートはケーキが良い!って言って、お母さんを困らせたこともあった気がする。
その時お母さんは私を叱ってくれたけど、遠足から帰るとケーキを作ってくれていたことを思い出す。
買ってきたのではなく、作ってくれた。
だから私もお菓子を作るのが大好き。
お母さんみたいになりたいから。

22: 2012/08/05(日) 11:50:47.18

「あー!!春香ちゃんだ!!!」

小学生の1人が私を見て言う。
小さくて、髪の毛の長い女の子だった。

「え、ええ!?」

私は驚く。
今日は、というか地元では帽子もかぶらないしメガネもしない。
あんまりこっちのほうでは有名じゃないのかなと思っていたけど……。
女の子の声に反応したみんなは私のほうへ寄ってきた。

「春香ちゃん!サインちょうだい!」
「私ねー春香ちゃんの歌ってる歌が好きなんだー!」

と、嬉しいことを言ってくれる。
けど、ふと見てみると先生が困ってるみたいだ。
だから私は……

「みんなー!ほら、先生困ってるよ?みんな私のこと知ってくれて、ファンで居てくれるのは嬉しいけど、だからこそみんなには先生の言うこと聞いてほしいな、って」

小学生に力説をしてしまった……。

23: 2012/08/05(日) 11:53:08.48
「えー、でも……」
「春香ちゃんがそう言うならそうするー!」
「うん、そうしよ!」

みんな素直で良い子。
一人が先生のほうへ向かうと、みんなが一人についていった。
先生のほうを見ると、先生はお辞儀をしてくれたので、私もそれを返した。
同時に、小学生のみんなが手を振ってくれたので、私も手を振った。
本当に嬉しい。こうやって少しずつ有名になっていくのは……嬉しい。
けど、今日みたいなことが続くなら、地元でも帽子とかつけないといけない。
地元では、普通の女の子で居たい……というのは、私のわがまま。
私はアイドル。
アイドルになれない子だっていっぱい居る。みんなの夢が私なんだから……しっかりしないといけない。

小学校の校門。
さっきの子達はここから出てきたんだと思う。
帽子も母校と同じだったし、そう考えると……そうか、参加自由だった夏休みの小遠足だ。
今でもあることが、なんとなく嬉しかった。

学校に入ると、そこには変わらない風景が待っていた。
少し古びた校舎、日差しで陽炎ができている校庭、校門から校舎まで続く木々……。
ここでは私は6年間過ごしたんだって思うとなんだか涙が出そうになる。

25: 2012/08/05(日) 11:56:57.53

「春香ちゃん?」
「え?」

後ろから声がした。

「やっぱり春香ちゃん!久しぶり!私よ、学級委員長だった……」
「じゃ、じゃあ手紙をくれた……」
「そう!それが私!」

一人目に会ったのが委員長なのは驚きだ!

「来てくれたんだね」
「うん……あの手紙で来ようって決心したんだ」
「ありがとう、そう言って貰えると嬉しい」
「こっちこそ!大切な思いを思い出させてくれてありがとう」

と、少し恥ずかしいことを言ってしまう。
でも事実だし、本当に感謝をしている。

「ふふ……アイドルのほうはどうかな。今日も予定とかあったんじゃ?」
「うん、実はね。でも大丈夫だよ」
「ごめんなさいね、春香ちゃんに合わせればよかったかもなんだけど……みんな夏休みだし」
「大丈夫だって!スケジュール管理も私のお仕事ですから!」

ガッツポーズ。
強がりじゃなくて、本気で思ってること。
暑い日に暑苦しいことしたかもしれないけど……。

26: 2012/08/05(日) 12:02:30.65
「流石ね、春香ちゃんは大人……かも?」
「そんなことないよ、私はまだまだ子供だよ……わがままだって言うし、悩むことだってあるし……それにまだおっちょこちょいだし!」
「……なんだ、じゃあ春香ちゃんは変わってないってことね?」
「うん!」
「……それじゃあ、こっち。クーラーのある部屋でみんなを待ちましょう。先生達も集まってくれるみたいだから」
「本当!?わ、ちょ……嬉しい」

先生達!会うのは本当久しぶり。
中学の頃ちょっと遊びに来て、小学校へ行ったけど……それっきりだったかもしれない。
いろんな先生が居たなぁ……大好きだった担任のお婆ちゃん先生、面白かった算数の先生、ちょっと変わり者の図工の先生、熱血教師だった体育の先生。

校舎に入ると、また懐かしい風景が広がる。
まるであの頃に戻ったかのような気分……私は今アイドルじゃなくて、小学生の……天海春香?なんて思ってしまう。
職員室。扉を開けるだけで緊張したのを思い出す。
入るたびにいつも「失礼します」って言って、出るたびにいつも「失礼しました」って言ったっけ。
だから今も……ついつい。

「失礼します」

って言ってしまう。
ドアを開けると、クーラーの心地良い涼しさが肌に伝わる。
それとともに、職員室独特の匂い……多分コーヒーの匂いだと思うけど、本当に懐かしい匂い。

27: 2012/08/05(日) 12:06:44.45
「春香ちゃん……なのかい?」
「せ、先生……」

大好きだった、お婆ちゃん先生だ。

「春香ちゃん……大きくなって……」
「先生も、お元気そうで嬉しいです!」
「うんうん……私はね、春香ちゃんをずーっと応援してたんだよ……」

なんだか、目から……涙が出てきた。

「私、あの、えっと……」
「大丈夫、大丈夫だ」

先生は、私の頭を撫でてくれた。
頭のリボンが揺れる……私はその行為を覚えている、確か……給食の時。
私は今と同じようによく転ぶ子。給食の時だけは気をつけていたけど、その時はテストが良い点をとれて気が緩んでいたのか、転んでしまった。
もちろん、給食はぐちゃぐちゃ。
手に物を持っていたから、頭から転んでしまい、とても痛かったのも思い出す……。
その時、先生が……今と同じように大丈夫と言ってくれたんだ。

思い出すと余計に涙が出てきた。
あの頃……普通の女の子だった頃のことを思い出すと……。
気がついたら先生の胸で泣いていた。
先生は静かに受け入れてくれて……今も昔も変わらないんだってことを物凄く体感した。
しばらくして、呼吸を整えて。

29: 2012/08/05(日) 12:09:15.98
「ご、ごめんなさい急に泣いたりして」
「良いんだよ、先生も嬉しかったからね」
「はい……」
「え、えっとー」

委員長が気まずそうに話しかける。
わ、忘れていた……私今同窓会に居るんだった。

「ふふ、春香ちゃんは昔から泣き虫だったから大丈夫よ」
「む!?そ、それってどういうことー!」
「ううん、なんでもない、そろそろ同窓会始めましょうか。人数が揃ったら、タイムカプセル開封する形で」
「へ?」

後ろを見ると見知った人達が居た。
元気だった子、頭が良かった子、楽しくしてくれる子、絵が上手な子、歌が上手な子、走るのが早い子、泣き虫の子……は、私だっけ?
みんな変わってない気がした。
何が違うっていうのは、漠然としているけど。
何よりも違うのは、私を見る目が違う気がした。

普段ファンのみんなは私のことをアイドル天海春香として見る。
でも、今ここにいるクラスメイトだったみんなは……私を普通の女の子天海春香として見てくれるような気がした。

「春香ちゃん、久しぶり!」
「元気だったー?」
「そりゃ元気だろ、元気にいつもテレビ出てるんだし」
「それもそうか!」
「み、みんな……」

本当に、本当に……大切な思いが私の中で溶けこんできています。

30: 2012/08/05(日) 12:13:19.70
「さ、これで全員かな」

みんなと思い出話をしていると、委員長が手を叩いて仕切り始めた。
そうだ、昔からこういう時いつも手を叩いてたっけ。パチンッて

「じゃあ、2年3組で開封式をします。みんなどんなこと書いてたか覚えてるかな?」

全く覚えてない。
多分、私の記憶は5年生からしか覚えてない気がする……さっきの先生との再開で少しだけ思い出したけど。

「覚えてねー」
「何書いたっけなぁ……」
「うーん、恥ずかしいこと書いてねーといいけど」
「どうだろうねー」

「はいはい!みんな思い出したらつまんないからねー、それじゃあ開けて自分が書いた『未来の自分へ』って作文一人一人読んでもらいます」

32: 2012/08/05(日) 12:16:24.10
「「「「えーーーーーーー!?!?」」」

みんなが大声で言う。
私も言ってしまった……。
恥ずかしい上に、2年生の頃の私がどんなこと思ってたかなんて……。

「恥ずかしがらない!どんなに恥ずかしいことが書いてあってもそれは自分の責任!私も読むから、ね!」

委員長がそう言うと、みんなの文句が収まる。
やっぱり昔から委員長は委員長で、みんなの仕切り役だ。

「じゃあ、一人目は~……」

一人一人、『未来の自分へ』の音読が始まった。
幸いながら(?)私は一人目じゃなかった。
安心しつつも、胸の中はドキドキ……頼むから恥ずかしいことを書いてないでおいてね、10年前の私!

33: 2012/08/05(日) 12:19:27.67
数人が読み終わって、委員長がまた一つの作文を出す。

「お、春香ちゃん!次は春香ちゃんだよ!」

「え、私!?」
「来ました!!今日のメイン!」
「春香ちゃん頑張って!!」
「えええええ……」

作文を受け取って、ゆっくりと広げる。
そこには汚い字で書かれた文字が並んでいた……私こんなに字汚かったのかな。
先に読んでおこうと思ったけど、みんなからの期待の目に急かされて、私は読み始めた。

「……えっと、10年後の私へ。10年後の私は何をしていますか、美味しいものを食べていますか、100万円を持っていますか」

私らしい……というか……。
うーん、叶えた、と言えば叶えたかもしれないけど。

「私は歌が大好きです、歌を歌うのは楽しくて、幸せになれます」

それは、今でも同じ。
歌を歌っている自分は幸せで……楽しくて、とっても嬉しい。

「特にお母さんとお風呂で歌う歌……は、楽しく……て」
「あっはっはは!!」

は、恥ずかしい……確かにお母さんとはよくお風呂で歌ってた。
でも、なんで書くかなー!もー!!

34: 2012/08/05(日) 12:21:55.15
「お風呂に入るのが楽しみです……あと、私はアイドルが大好きです、テレビの中でキラキラして歌って踊っているアイドルはきれいで、かわいくて大好きです」

……そのアイドルになっているんだよ。

「でも、アイドルはきれいでかわいいけど難しいと思います」

……え?

「わたしは小学生なので、アイドルにはなれません。でも大きくなったらアイドルになりたいです、10年後の私はアイドルになっていてほしいです」

な、なってるけど。

「アイドルは難しいので、なってたとしたら……頑張ってほしいです」

なんで……

「いまの私はアイドルじゃありません……だから、アイドルのことはわかりません」

どうして……

「分からないけど……でも、私はアイドルになりたいです」

私は、こんなことを書いたんだろう……

「アイドルになれたら……私は幸せです」

読んでいる最中に私の目からは涙が出て、頬を伝っていた。
聞いているみんなは、唖然とした顔だったけど、私が涙を流していることに気がついたみたいで心配してきた。

35: 2012/08/05(日) 12:22:27.47
「春香ちゃん、だ、大丈夫?」
「うん……」
「む、無理に読まなくても平気だよ?」
「ううん、頑張るから……」

心配してくれているけど、私はこれを読まないといけない。

「私は、どうしてアイドルになりたいのか先生とお母さんと一緒に考えました。すると先生は『それは憧れだよ』と言ってくれました。私はアイドルにあこがれているんです」

この文を読みながら、先生のほうを見ると、先生はにっこりしてくれた。

「私はアイドルに憧れる普通の女の子です。だから、アイドルに私がなったら……今の私が憧れているアイドルみたいになってください。終わり……」

私は……。

「す、すげぇ……」
「み、未来予知の作文みたい……」

37: 2012/08/05(日) 12:24:34.32
「ふふ……」
「先生……?」
「もう10年も前なのね、その作文を書いたのは」
「……え、えっと」
「懐かしいわ、あなたが最後にこの作文を提出したのよ。あの時春香ちゃんはずっと悩んでいた。書きたいことが見つからなくて、どうすればいいのかって」
「はい……」
「期限になっても、出さないから先生と放課後残ったの。私は『大好きなもの』を書けば良いって言ったのよ。そしたら、春香ちゃんはアイドルのことについて書いた……憧れ、について書かれているのもそのせいね」
「はい……」
「その日春香ちゃんは作文を持ち帰って、お母さんに見せて、また相談したらしいわ……そして、次の日書きあげた。最初に読んだ時はとてもしっかりとした作文で、夢も子供らしくて凄いわって思ったけど、今こうして実現してるのね……」
「……」

私は……。

39: 2012/08/05(日) 12:25:33.87
「春香ちゃん」
「はい……!」
「10年前のあなたが見て憧れるアイドルになれているかしら?」

私は……憧れられるアイドルなのだろうか。
分からない、でも……。

「それは……分かりません」
「そう……」
「でも、いつか必ず分かる日が来ると思います。私はここに来る時、普通の女の子として来ました……アイドルではなく、普通の女の子……この作文を書いていた時のように普通の女の子でした」
「うんうん……」
「だけど、私はこの普通の女の子だった私に、アイドルって言われました……だから、私は……」

だから、私は……







「アイドルにならないといけないんです。誰もが憧れてくれるような、アイドルに……」


アイドルなんだ。


「ええ、なれるわ。絶対……大丈夫、大丈夫」

先生はそう言うと、また、私を受け入れてくれた。

41: 2012/08/05(日) 12:31:12.13
あとの数人が読み終わって、タイムカプセル開封式は無事に終わった。
このあと、二次会とかあるみたいだけど、私は明日の用事もあるので遠慮した。
帰り際に、先生と話しをした。

「先生、知ってたんですね」
「うふふ、そうよ。だから、委員長ちゃんに言って春香ちゃんを呼んでもらったのよ」
「そうだったんですか……まんまとやられました!」
「そりゃあなたの担任ですもの。あなたなら来ると思ったわ」
「……先生は、私がアイドルだと思いますか?」
「そうね、それを決めるのはファンのみんなよね」
「……そうですね」
「だったら、私も最も古いファンとして、春香ちゃんは憧れるようなアイドルって言うわ」
「せ、先生……」

本当にかなわないなぁ、この先生には。

42: 2012/08/05(日) 12:34:34.00

「少なくとも、私の教え子に立派なアイドルが居るっていうことは誇りよ?」
「……先生が居るから、今の私が居るんです」
「あら……」
「あの時、先生が作文にアドバイスくれなかったら、私はこんな立派な作文を書けませんでした。もし、そのまま提出していたら……私はこの作文を読んでも何も思いませんでした」
「そうかもしれないわね」
「でも、確実にこの作文は今の私の後押しをしてくれました。正直言って、私少し悩んでいたんです……憧れのアイドルになれたと思ったら、今度は普通の女の子に憧れ始めちゃったって言うんでしょうか」
「そうね、人間無いものをねだるものよね」
「はい……でも、それだとアイドルに憧れている子に失礼だなってことも分かっているんです」
「……そう、そう思うことは立派なことよ」
「ありがとうございます……本当に、この開封式に来てよかったです!これからもっとアイドル頑張れそうですから!」
「元気なのが一番よ、春香ちゃんは元気で可愛い所が魅力ですもの」
「えへへ、ありがとうございます!」

照れくさいけど、先生は私を見てくれている。
普通の女の子としても、アイドルとしても、両方の私をしっかりと。

43: 2012/08/05(日) 12:35:22.48
「あー!!春香ちゃんだー!!」
「あ、本当だ!!なんでここに居るんだー!?」
「春香ちゃーん!!」

黄色い帽子をかぶった子達だ。さっき道端ですれ違った子だろうか。

「春香ちゃんの歌が好き!」
「歌を歌ってよー!!」
「えええ!?ここで!?」

私は少し焦る。ここで歌うのは……ううん、でも……。

「よ、よーし、分かった。アイドル天海春香!ここで一本歌います!」

ここで歌うのが、アイドルだから!!


終わり。

45: 2012/08/05(日) 12:39:26.16
エピローグ

「おはようございまーす!」
「おはよう、春香。どうだったタイムカプセルは」
「そりゃーもう!恥ずかしかったですよう!凄い内容で……でも、恩師に会えてよかったです」
「そうか、その作文あとで読ませてくれよ」
「え、い、いやですよ!!これは……私とクラスメイトのみんなとの秘密なんですから!」
「なんだよそりゃ!」
「プロデューサーさんにも秘密なんですー!」
「まったく……まぁ、でも良かったよ」
「え、な、何がですか?」
「春香、雰囲気が前と同じになった」
「え……?」
「思いつめてた所もあったんだろ?流石に分かるぞ、プロデューサーだしな。俺は」
「プロデューサーさん……」
「俺も頑張る、だから春香も―――頑張るんだぞ!」
「……はい!!」

ほんとに終わり!

46: 2012/08/05(日) 12:40:44.96
油断させてエピローグとは
今度こそ乙

47: 2012/08/05(日) 12:42:22.70
乙乙

引用元: 春香「タイムカプセル?」