2: 2011/06/04(土) 20:56:07.58

陽が落ちる。見滝原はまだ若い街だ。鈍くきらめくビルが,道路が,工場が,強烈な西日を散らして,
街は鮮やかな茜色に染まる。

金糸が錆びついたような色。あの人がいなくなるのは,いつもこんな日。

私は林立する高層マンションのひとつを選び,非常階段を登る。22階の踊り場で足を止め,向かいのマン
ションを見やる。数百並んだ茜色のドア,そのひとつがそっと開き,髪を二つ結びにした少女が現れる。
少女はうつむいたままドアを閉めると,逃げ出すようにして小走りで去って行った。

1: 2011/06/04(土) 20:51:55.74

原作ではあまり描かれなかった,まどか以外の魔法少女とほむらとの絡みを妄想で補完するSSです。
先月末にこのSS速報VIPに投稿した「ほむら『ごめんなさい,マミさん』」の続きになります。
マミさん,杏子,さやかの順にそれぞれ10レス前後の短編,基本シリアス。もうすでに書き終わっているので,淡々と投下します。

まずはマミさん編。上記の前作を細部修正して再掲します。以前読んでいただいた方,ありがとうございました。


3: 2011/06/04(土) 20:57:44.29

ひとつ深く息を吐いて,私は移動をはじめる。向かう先は,さっきまであの少女がいたマンションの一室。
ここからは空中回廊でつながっているけど,私は一度階段を降り,向かいのマンションにエントランスホ
ールから入り直す。なんとなく,それが礼儀な気がしたから。あの人ならきっとそう言うから。

魔法でエントランスのセキュリティを解除する。まるで遊園地の入園ゲートをくぐる時のように,期待に
胸が高鳴る。その期待が叶えられることはもうないのに,胸の奥に染みついた条件反射がいつになっても
治らない。

目的の部屋にたどりつく。私はそっと表札の文字を撫でる。

巴マミ。

4: 2011/06/04(土) 20:59:33.87

ずっと秘密にしていること。はじめは,友江さんだと思っていた。学校は休んでばかりだったから,巴と
いう字を知らなかった。今でも,漢字は嫌い。私たちが口に出せるのは,ひらがなだけだから。私の心を
掻きむしるのは,巴マミっていう三つの文字じゃなくて,ともえまみっていう五つの音だから。

ドアを開き,少しだけ頭を垂れ,玄関に入る。かすかに,人の温もりを感じる。あの子がさっきまでここ
にいたから?あの人が数時間前までここにいたから?それとも。

私が,あの人をまだ求めているから?

私はまた,ひとつ深く息を吐く。陽当たりのいいリビングが茜色に輝いているのが見える。目を背ける
ようにして,ゆっくり,ゆっくり,学生靴を脱ぐ。勝手知ったる自宅のように,私は左の戸棚を開け,
新品の来客用スリッパを取り出す。本を抱えた黒猫がプリントされているやつが「私の」だ。

5: 2011/06/04(土) 21:01:27.39

リビングに入り,少し目を細める。ガラスのテーブルには数冊の紅茶の本と一冊のキャンパスノートが
置かれ,その脇にはティーセットが散乱していた。お気に入りのフォションの茶葉,それを計量する小
さな木匙。可憐な花柄で統一されたポットとカップとソーサー。少しだけ自慢げだった,ヴェネチアン・
グラスのティースプーン。

飲みさしの冷めた紅茶は,今も部屋を華やかな香りで満たしている。後輩の危機の一報を受けて,文字
通り全てを放り投げて飛び出したのだろう。ティースプーンの柄の先についていた妖精のガラス細工は,
テーブルの上で粉々に砕けてしまっていた。

強すぎる正義感がいつでもあなたの弱点だった。でも,私たちは,そんなあなたに憧れた。あなたの
そんなところが大好きだった。

6: 2011/06/04(土) 21:03:00.42

ティーセットをまとめて,流しに持って行く。本を本棚に戻す。栞はそのままにしておいた。キッチンから
布巾を取り,ガラステーブルに点々とついた紅茶の飛沫を拭き取っていく。

ぽたり,ぽたりと新しい水滴がテーブルに落ちて,いつまで拭いても終わらない。自分が汚したものくらい
自分で洗う,そう言ってもあの人は絶対に洗い物を手伝わせてくれなかった。いつしか私の手は止まり,
テーブルは涙の水たまりだらけになってしまった。

「…マミさん……。」

だめ。泣いてはだめ。心が折れたから涙が出るんじゃない。涙が,心を折ってしまう。

7: 2011/06/04(土) 21:05:05.52

必氏に口元を抑えて嗚咽をかみ頃す。乱暴に瞼をこすり,洟をすすり,頬を叩く。カチューシャを引きちぎ
るように抜き取り,滅茶苦茶に髪を掻きむしる。ああきっといま,私ひどい顔してる。

女の子がそんな顔しちゃダメよ,もっと可愛く笑いなさいな。

ああやめて。やめて。だめ。何度繰り返そうと,この日だけは耐えられない。どんなに心の準備をして
きても,私はぐしゃぐしゃになってしまう。言葉にならない大声をあげ,手当り次第にクッションを
殴りつける。

まどかは特別。でも,本当は,あの人も同じくらい特別な,大切な,愛しい人。

8: 2011/06/04(土) 21:07:41.08

あの人は,私のループが始まる時点ですでに魔法少女になってしまっている。だから,どうしても,
どうやっても,救うことができない。何度も何度もあの人を救う道を探した。でもその度に,私の
希望ははかなく打ち砕かれてしまった。

私の目的はまどかを救うことだけ。そう言い聞かせて,ほかの全てに目を瞑って,なんとか自分を
守ってきた。でも,でもね。本当は。




言わない。言ってしまったら,私はきっともう戦えない。だから,その代わりに,私はこうして
この部屋に来る。そして,あの人を見捨てた罰を受けるの。

9: 2011/06/04(土) 21:09:52.85

先輩。ずっと学校に行けなかった私の,はじめての先輩。やさしくて,ちょっぴりお姉さんで,面倒見が
よくて,時々お茶目で,頼りがいがあって。真っ白な病室で夢見ていた,少女漫画に出てくるような理想
の先輩。人を頼るのがすごく下手だった私が,はじめて心を預けることのできた人。

何だってあの人が教えてくれた。魔法の効率のいい使い方,魔女空間を通り抜けるコツ,銃の狙いの定め
方。見滝原のお洒落なカフェ,おいしいケーキ屋さん。ニキビ予防にいい化粧水,学校につけて行っても
怒られないアクセサリーの限度,男の子への仕事の押し付け方。いつだって正しかった。

あの金髪が視界の隅でふわふわと揺れているだけで,魔女なんてちっとも怖くなかったの。どんな牙も,
爪も,刃も,触手も,あの銀の銃弾が全て撃ち落としてくれたから。ちょっと派手なポーズも,必殺技も,
あの人がやると本当に様になっていて,私はいつだって自分が脇役だと思い知った。

10: 2011/06/04(土) 21:11:23.25

リビングの茜色は少しずつ褪せていく。いつしか涙も涸れてしまった。もう一度テーブルを拭いて,
布巾をキッチンに返す。バルコニーへと続くガラス戸に,私の姿が映り込む。案の定,とても不細工
な顔。そしてどこか,はじめてあの人と会ったときの私に戻ったみたい。

マミさん。マミさん。マミさん。ごめんなさい。

私があなたを守る番なのに。でも,あなたはきっとこう言うの。

「先輩が後輩を守るのよ。逆じゃないわ。」

11: 2011/06/04(土) 21:13:42.69

紅茶の香りを胸一杯に吸い込んで,もう一度大声をあげる。さあ,おしまい。戻れなくなる前に。
カーテンを閉め,茜色の光線をかき消す。

大丈夫。私はまだ,戦える。

外に出て,そっと慈しむようにドアを閉める。魔法で鍵をかける。

せめて思い出だけは,もう誰にも傷つけられないように。

(マミさん編・終)

12: 2011/06/04(土) 21:18:21.74

ほむマミもっと流行るといいな。前に投稿したとき,賛同者がいてくれて嬉しかった。

杏子編。ゲームセンターで杏子に協力を要請し,ポッキーを空海された直後のお話。
引き続き,ほむら一人称視点で話が進みます。マミさん編よりも幸せな感じ。
まあ,最後のさやか編がちょっと刺々しいので。

では,次のレスから始めます。

13: 2011/06/04(土) 21:20:29.68

四方八方からの電子音の洪水,安くて苦い煙草の匂い,薄闇の中に浮かぶ毒々しいライト。そして,氏んだ
魚ような眼をした青年たち。とても少女の遊び場には相応しくないけど,案外,こういう場所は嫌いじゃな
い。良い子であることを強要されない空間が,どうしようもなく心地いいこともある。

ここには一度だけ,マミさんと来たことがある。珍しく二人ともボーイッシュな格好をして,中学生だと
ばれないようにお化粧もしたっけ。ときどき振り返っては私を心配してくれて,悪戯っ子のような笑みで
何度もウィンクをくれた。私は変に嬉しくなってしまって,ちょっとした冒険気分だった。

いま私の隣にいるのは,もっとずっと,この場所に慣れた女の子。そして,本当はこの場所にずっと似合
わない女の子。周囲を見渡して,次のゲームを選んでいる。

14: 2011/06/04(土) 21:22:59.94

佐倉杏子は仰々しい電子ドラムセットの前に陣取ると,自然な動きで硬貨を機械に挿入する。私にはよく
分からない設定を終え,けたたましい曲が始まる。正面に設置されたモニタの上から降ってくる光の棒が
楽譜代わりなのだろう。画面の明滅に合わせ,二本のスティックが小気味よくビートを刻んでいく。

一曲終えたところで,手持ち無沙汰な私はいくつか質問を投げかけてみる。

「こういうゲームが得意のようね。音楽の素養があるのかしら?」
「んー,賛美歌のレパートリーなら豊富だよ。パイプオルガンも弾ける。ちょっと縁があってね。」

視線はお隣の電子ギターのプレイを追いつつ,手元で次の曲の設定をし,私の質問に答える。
器用な子だ。

「そういう音楽って,ダンスやドラムにも応用がきくものなのかしら?」
「いんや。これはあくまでゲームさ。繰り返しプレイして,体に憶えさせて,高得点を狙うだけ。
 少なくとも私は,音楽の才と関係があるとは思わないね。」

二曲目が始まった。

15: 2011/06/04(土) 21:26:48.48

二曲目の終了と同時に,モニタにはPERFECTの文字が踊る。三曲目も同様。杏子はスティックを元の
位置に返し,私にガッツポーズを向ける。よくわからないから,拍手をしておいた。普段は観客が
いないからか,やけにご満悦のようだ。

「さて,じゃああんたのやりたいゲームに行こうか!」

突然の提案に面食らう。即座に断ろうとするが,相手の行動のほうが早かった。先にそんな嬉しそうに
笑いかけられたら,断れないじゃないの。

私はゆっくりと周囲を見渡し,できそうなゲームを探す。格闘ゲームは嫌い。一発攻撃を喰らうと,
慌ててるうちにそのまま負けてしまうから。落ちもの系は苦手。予定してた積み上げが崩れると
どうしていいか分からない。私は二丁の模擬銃が備え付けられた筐体へと歩み寄る。

16: 2011/06/04(土) 21:29:58.09

「これにするわ。」
「いいねえ。」

銃の形をしたコントローラーを使い,画面の中の標的を撃ち頃す野蛮なゲーム。私はスタンドから自分
の側の銃を取り上げる。軽すぎてしっくりこない,なんてね。半分は本当,半分は言ってみたかっただ
け。私は銃口を画面に向け,数回トリガーを引いて感覚を確かめる。

「おお,様になってるねえ!」
「お褒めのお言葉,ありがたく頂戴するわ。」

杏子も自分の銃を取り,二人で設定画面へと進む。彼女が選んだのは初心者向けの速射銃。私は,
上級者向けの火力の高いヘヴィガン。うぉい,と隣で驚きの声が漏れる。

「いきなりそれ選ぶのかよ。ミスったら次のリロードまでボコボコにされるぞ?」
「問題ないわ。一発もはずさなければいいんでしょう。」

18: 2011/06/04(土) 21:34:13.28

ゲームが始まる。荒廃した街の中,人や犬のゾンビが続々と画面手前に迫り,私たちはそれを次々に
撃ち払う。画面の杏子側に近いゾンビを撃ったら,ものすごく不満がられた。自分の持ち場は自分で
守る,それがこのゲームの基本だと。そういうことにしておこう。

顔と腕は画面に向けたまま,杏子が不意に尋ねる。

「なあ,なんでこういうガンシューティングの標的ってさ,ゾンビが多いんだと思う?」
「人を撃ちたいからじゃないかしら。」
「同感だね。本当は人を撃ち頃したい。でも倫理的にマズイから,人の形をしたゾンビで憂さ晴らしを
 する。ゾンビを撃っても誰も文句を言わないからね。」

19: 2011/06/04(土) 21:36:42.55

しばし沈黙が続き,銃声だけが響く。私たちは,人の形をしたものを粉砕していく。

「何が言いたいの?」
「別に何も。思いついたことを言っただけさ,お説教しようなんて気はないよ。ただ,」

三面ボスの頭が吹き飛び,CONGRATULATIONの文字が画面を埋め尽くす。

「こいつらが肌色してたら,たぶん撃てないよな,とも思う。」

20: 2011/06/04(土) 21:39:49.17

私は彼女の横顔を盗み見る。あくまでゲームに集中していると言わんばかりの,表情のない顔。でも,
表情がなくても,いや,表情が無いからこそ,どこまでも慈愛に満ちた顔。御仏のような,と言ったら,
教会出身の彼女には怒られるだろうか。

なぜこの子は,こんなにも「正常」でいられるんだろう。あんな悲劇を,地獄を,絶望を経験してお
きながら,人として当たり前の感情を当たり前に持っていられるんだろう。それが私にはたまらなく
羨ましくて,たまらなく愛おしくて。閉塞した私の世界の,数少ない希望になる。

けたたましい銃声が,私を現実に引き戻す。画面を見やると,「私の守備エリア」で数体のゾンビが
銃弾を受けて倒れていた。

「貸しひとつな。いや,さっきの借りを返したってことにしよっか。」

にかっと笑った彼女と目が合う。こういうとき,彼女はどうしようもなく魅力的だ。

21: 2011/06/04(土) 21:43:11.73

私たちはあっけなく最終ボスを倒し,画面にはスタッフロールが流れ,得点が表示される。ランキング
登録名は勝手にKYOKOMURAにされた。この店の歴代二位らしい。喜んでいいものやら。

「二位よ。まあ,パーフェクトコレクターのあなたには残念だったわね。」
「いや別に。だって一位も私だし。」

私は再び画面を見返す。一位に君臨している日付は今日からほぼ一年前。登録名,MAGICAL_GIRLS。
魔法少女…の複数形?ああ,心当たりがありすぎる。

「あ,あなた,これ…!」
「いやあ,一年くらい前かな,マミのやつからグリーフシード奪おうとしたらボコボコに返り討ち
 にされちゃってさ。そのあと,ケーキは食べさせられるわ,お風呂に入れられるわ,ゲーセンを
 案内させられるわで散々だったんだよ。」

22: 2011/06/04(土) 21:46:38.43

感情を隠すのが下手にもほどがある。そんな満面のにやけ顔で散々だなんてよく言えたものね。でも,
あまりにも二人の様子が眼に浮かぶようで,私の口元も緩んでしまう。

「マミのやつは狙撃銃使いでさ,私たちと違って,倒す必要の無いゾンビも全部倒すから得点が跳ね
 上がるんだよ。あとそうそう,途中で私の銃を奪って二丁拳銃を始めちゃって,もうギャラリーの
 盛り上がりがすごかったのなんのって!」
「クリアした後に,銃口をふうってやらなかったかしら?」
「すげえ,なんで分かるんだ!?」

私たちは笑った。小さな微笑みだけど,心の底から笑った。いつかこんな風に,思い出話に花を咲かせ
られる日常が戻って来るんだろうか。でも,今は,とにかく笑おう。不安を吹き飛ばすように。

23: 2011/06/04(土) 21:49:02.11

私たちは銃口に息を吹きかけ,銃をスタンドに戻す。マミさんほど格好よくは決まらないけど,私たち
二人の二位記念。外に出て,新鮮な空気にしばし戸惑う。制服についた煙草の匂いを落とさなくっちゃ。

大きく手を振る杏子に,私はそっと手を振り返す。
またね,と小さくつぶやきながら。

(杏子編・終)

24: 2011/06/04(土) 21:50:43.34

ほむほむの笑顔が見たかった。ほんとそれだけ。

最後のさやか編。さやかの「痛みなんてその気になれば」宣言~魔女化の間に,ほむらが説得のために
さやかに接触したという状況で。本編でも実際に接触して「まどかに迷惑かけるなら今すぐ頃してあげ
るわ」な展開になりましたが,そういう接触の試みを何回かしていたうちの一回ということで脳内設定
しています。

引き続きほむらの一人称視点で。

さやかが鬼畜な描写がありますけど,さやか嫌いじゃないんです。むしろ大好きです。
それでは次レスから始めます。

25: 2011/06/04(土) 21:52:09.39

白銀のガス灯が,磨り減った石畳の散歩道を照らす。見滝原せせらぎ公園。ヨーロッパ旅行のパンフ
レットでよく見る,なんとか何世広場をそのまま移築したようなロマンチックなデザイン。見滝原の
外からもカップルがはるばるデートに来るような,夢見る女の子の憧れの場所。

でも,これはみんな偽物。青白い光はダイオードで,敷き詰められた御影石は合成プラスチック。
造花の花畑からはご丁寧に芳香が漂う。隅から隅まで嘘みたいな街。だから,そこに生きる人間が
人形だって,驚くほどのことじゃないの。

「探したわよ,美樹さやか。」

26: 2011/06/04(土) 21:56:29.04

巨大な蜘蛛を思わせるモニュメントの陰に,制服を着た少女がうずくまっていた。顔も上げず,指先
ひとつ動かさない。でも,こちらに気づいていることは気配で分かる。私が髪を払い,二歩進んだと
ころで,少女は唐突に声をあげる。

「消えて。」

足を止め,ソウルジェムを掲げる。私が素っ気なく変身を済ませると,少女は顔を上げて真っすぐに
こちらを見つめ返す。血走った眼,むくんだ頬,割れた唇。櫛を入れていない短い髪はあちこちで
絡まって,少女であることを拒否するかのように傷んでいる。

「なあに,やる気?わざわざ弱ったところを狙うなんて,さやかちゃんも認められたもんね。」

27: 2011/06/04(土) 21:59:20.75

私は両の掌を開き,武器と戦意のないことを示す。

「変身はただの保険よ。今日は話し合いに来たの。こんな無茶を続けるのは,あなたにも,私たちにも
 都合が悪いのよ。」
「たち,って誰よ。あんたは一人じゃないの?」

抑揚の無い声と,予想外に早い切り返しに,少し気圧されする。でも,頭が回っているなら説得には丁度
いいのかもしれない。

「私と,まどかと,佐倉杏子。あなたの家族,友人たち。つまりみんな,よ。あなたのソウルジェムは
 もう限界。溜め込まれた穢れは,災厄となって周囲に降り掛かるわ。」
「ははっ。いいご身分ですこと。」

28: 2011/06/04(土) 22:02:03.08

少女はゆっくりと立ち上がり,スカートに付いた土埃を払う。固まったままの表情で,はは,はは,
と小さく笑い,かすかに肩を揺らし,眼を閉じる。歌をはじめるかのようにすっと息を吸うと,
突然怒りの形相をむき出しにし,大声でまくしたてた。

「あんたたちはいいわよね!あんたもあの不良少女も,力があるくせに全部他人に押し付けて!
 使うだけ使って,電池が切れたら引っ込んでろ?冗談じゃないわ!」

「まどかだってそうよ,私がこんなに苦しんでるのに,あの子がちょっと魔法を使えば魔女なんて
 皆頃しにできるんでしょう?なんでしないのよ?結局自分がかわいいのよ!ほかの連中だって
 馬鹿ばっかり,何も知らずにへらへらしやがってさ,全部,全部あたしのお陰なんだよ?あたしが
 みんなを守ってるのよ!」

喉の使い方を知らないような,潰れた声が耳に障る。かすかに眉をひそめて同意と共感を示そうと
するが,目の前に突きつけられた少女の拳に視線を奪われる。中指には,真っ黒に濁ったソウルジ
ェムのリングが嵌められていた。

29: 2011/06/04(土) 22:04:01.98

「いいこと教えたげる。説得ってのはね,何を言うかじゃなくて,誰が言うかなの。そしてあんたは,
 人選として最低最悪大失敗。」

ソウルジェムから青黒い光が迸り,少女の体を包み込む。小さな騎士が地面に突き立てられた長剣に
手をかけると同時に,私は反射的に後方へ飛び退く。

「あなたと戦う気はないわ。」
「私はあるのよ。」

少女は無駄のない動きで長剣を上段に構える。ダイオードの光が刀身の上を舐めるように流れる。
私はひとつ嘆息し,覚悟を決め,左腕の盾からゴルフクラブを取り出す。

「そんなもんで戦うわけ?あんたの武器は爆弾じゃないの?」
「肉弾戦のほうがストレス解消にいいでしょう。付き合ってあげるわ。」

「…人をナメんのも……大概にしなさいよ!」

30: 2011/06/04(土) 22:06:06.56

少女はひと蹴りで私の眼前まで跳躍し,真っすぐに刃を叩きつける。私はクラブの軸を魔力で硬化し,
斬撃をはじく。間髪入れずに襲い来る追撃。中段,下段,中段,上段。落ち着いて太刀筋を逸らし,
再び後方へ飛んで距離を取る。

「やる気あんの?遠慮ならいらないわよ,ゾンビ殴っても罪になんないからね!」

繰り返される捨て身の特攻。このまましばらく防御を続けて,隙があれば時間を止めて逃走。今回も
美樹さやかのことはあきらめよう。その,はずだった。

ひときわ甲高い金属音とともに,ゴルフクラブが宙を舞う。

31: 2011/06/04(土) 22:08:27.22

一瞬の後,状況を理解した。私の十指はすべて滅茶苦茶な方向に折れ曲がり,魔法少女の斬撃に耐える
握力などとうに残っていなかった。私の場合,攻撃を事前に察知して時を止めるのが戦法の基本だから,
全身の感覚はむしろ強化してある。でも,重火器の反動にさらされる前腕だけは痛覚を切っていた。
それが完全に裏目に出てしまった。

「これで終わりじゃないでしょ?爆弾でも大砲でも出しなさいよ!」

少女の連撃はやまない。一撃,一撃,余裕が消えてゆく。体勢を立て直さなければ。このままでは,
時を止めることもできない。しかし,剣閃は服を切り裂くまでに肉薄し,私の四肢には無数の細い
裂傷が刻まれる。

一歩,深く,少女が踏み込む。かわしたつもりが,髪が一束,斬撃で散り飛ぶ。塞がる視界,刹那の隙。

ずちゅ,という音と,一瞬遅れて腹に走る激痛。

32: 2011/06/04(土) 22:10:56.97

「あああああああああああああああ!」

叫び,悶え,崩れ落ち,頭を潰された芋虫のようにのたうちまわる。魔女と戦っていれば,こんな痛み
は初めてじゃない。でも,私の思考回路を吹っ飛ばすには十分。全身の血管に灼けた有刺鉄線を入れて
かき回されてるよう。なにもできない。

「なに人形が痛いふりしてんのよ。」

真っ白なブーツの踵が私の鼻と前歯を踏み潰す。息が止まる。視界が暗転する。耳元で何かが地面を
擦る音がする。靴底についた血と洟と唾液を,私の髪で拭ってるんだ。でも,ああ,もういい。いたい
痛いいたいいたい痛い。もうやだ。やだやだやだ。たすけて。マミさん。なんで来てくれないの?



 私,ひとりぼっちだ。

33: 2011/06/04(土) 22:13:10.59

時間にすれば,きっとほんの数秒。でも,何年も暗闇の中に沈んでいたような気がする。山彦を聞く
ように遠くから響く少女の声が,かろうじて私の意識をつなぐ。

「いい景色ね。あんたには散々むかついてきたけど,これでまあすっきりしたわ。」

血まみれの長剣が地面に突き立てられ,彼女の勝利が宣言される。

「…ねえ,あんたってさ,氏神とか,そういうやつ?」

傷口に魔力が供給され,少しずつ出血が止まっていく。痛覚も自動的に遮断され,混濁していた思考が
徐々に晴れわたる。ああ,いま彼女はなんて言った?氏神?

「マミさんがね,氏ぬ前の日に,夢を見たって言ってた。黒髪ロングの女の子と,お茶する夢。」

34: 2011/06/04(土) 22:16:33.22

「私もね,さっきまで,そこで夢を見てた。黒髪の女の子と口喧嘩する夢。だから,さっきあんたが
 歩いて来たとき,なんとなく,お迎えが来たと思ったんだ。」

氏神,か。私にぴったりかもしれない。今まで,どれだけの少女が私の目の前で氏んできたんだろう。
さっきも私は思ってしまった。「美樹さやかのことはあきらめよう」。人の命をこうも軽々と割り切
れる下衆が,氏神じゃなくてなんだと言うの。

「でも,最初に夢を見たのはまどか。あの子だけは,その黒髪の子があんただってはっきり憶えてた。」

まどか。その名前が唇から漏れた瞬間,彼女の中で何かがふっと緩んだ気がした。

「ねえ,まどかはあんたのお気に入りみたいだからさ,あの子のことだけは勘弁してあげてくんない
 かな。私みたいな馬鹿の命ならいくらでもあげるからさ。さっきまどかのこと悪く言ったのは,
 ごめん,忘れて。あの子はほんとに,やさしい子なの。こんな運命に巻き込まれていい子じゃ
 ないんだよ。」

35: 2011/06/04(土) 22:19:26.04

青く濁った光の粒がはじけて,変身が解かれる。しばらくの静寂が流れ,不意に,足音が遠ざかる。
私は地面に倒れ込んだまま,体を修復し,いまの夢の話を反芻する。偶然の一致?違う,と私の中の
何かが告げる。ずっと,かすかに感じていた違和感。

喉元まで出てきているのに,指摘されればすぐにそれと判るだろうに。もどかしい。時間遡行を繰り
返すたびに,何かが少しずつ狂っていく。きっと,私の魔法は,希望は,無限じゃない。もう,残さ
れた時間は少ないのかもしれない。

マミさん。佐倉杏子。美樹さやか。あなたたちの絶望を,無駄になんかしない。
今度こそ,必ずワルプルギスの夜を倒してみせる。



みんな,天国で会ったら,ぶん殴ってくれていいわ。
友達になろうね。

(終)

36: 2011/06/04(土) 22:20:51.11

さやかがいつも雑魚あつかいされるのが不憫なので,ここはみんなの予想を裏切ってさやか圧勝にしたかった。

読んでいただいてありがとうございました!一気に投稿して反応がわかんないのが不安ですが,
楽しんでもらえたら嬉しいです。

37: 2011/06/04(土) 22:41:07.00
お疲れ様でした。

悲しい展開ですね・・・・・・・・。機械仕掛けの神が欲しいレベルでありますよ。


まぁ、なんですかね。
美樹”人魚姫”さやかさんは、キャリアを積めば強い魔法少女に育ったとは
思いますが。
身体能力勝負に持ち込めば、特殊能力重視のほむほむさんでは分が悪いという
解釈で問題ないかと。

38: 2011/06/04(土) 22:46:33.05
おっつ乙
しかしこのほむほむはホントにマミさん大好きだな

引用元: ほむら「本当はまどか以外とも友達になりたかった」