1: 2012/08/14(火) 16:13:01.78 ID:MkvBsknX0
朝。
グッモーニン、みなさん、天海春香です。
今日も1日頑張りましょう!

大きく伸びをしてベッドから起き上がる。
部屋のカーテンを開け、太陽の光を浴び、青く晴れた空を見る。

「今日も頑張りますか!」


寝起きは悪いほうじゃないんです。
こういうのって少し口に出すと、誰かに聞かれてるんじゃないかって恥ずかしい。
けれど毎日毎日やっていると
別に誰に聞かれてもいいんじゃないかって思ってしまいます。

お目覚めの朝の体操? ストレッチ?
を部屋でしながら今日の予定を口に出して確認する。

「うんと、今日は学校が終わったら事務所行って、千早ちゃんとレッスン……か」

えへへ。

2: 2012/08/14(火) 16:17:44.66 ID:MkvBsknX0
千早ちゃんと一緒かー。
うんうん。頑張れるね! 早く会いたいなぁー。

なんてね。


そんなこと考えながらも朝の支度を開始。
教科書や学校の荷物なんかは前日には入れてあるし、宿題もやってある!
正解かどうかはわからないけれど……。でもやってあるから怒られないよね?

お仕事用の荷物もチェック完了。
ふふん、私、今日も順調なんじゃない?
転んでもないし! 部屋からまだ出てないんだけどね。

3: 2012/08/14(火) 16:21:32.52 ID:MkvBsknX0
サッとお化粧して、髪の毛セットして。
リボンをつけて、完成!
ふぅ、今日もようやく春香さんになれました。

なんかこうやってひとつひとつやっていかないと春香さんになれないんですね。


自分自身のアイドル像ってのは他の人とも共有できたりしないのかなぁ?
他のみんなは私のことをどんなアイドルだと思ってるんだろう。
とか、結構考えたりします。
らしくないかな?

そういうイメージも気になるお年ごろなんですよ。


それから家の一階に降りてご飯を食べる。

4: 2012/08/14(火) 16:28:17.11 ID:MkvBsknX0
なんか今日のニュースは一段とわからなかったなぁ。
結構ニュースはチェックしたりするんだけど、相変わらずよくわかりません。


これからの時代はアイドルは可愛いだけじゃなくて学がないと

って律子さんが言ってました。
学、ねぇ。少し苦手だったりします。


「ご馳走様! それじゃ私行ってくるね! 今日もお仕事だから遅くなるから!」


お母さんはいつも通り優しく手を振って
「行ってらっしゃい。気をつけてね」と返してくれました。
何もかもいつも通りで、順調です。

6: 2012/08/14(火) 16:34:42.71 ID:MkvBsknX0
え? 転んだりするのもいつも通りだって?
もう、そういうのは転んだ時に聞いてくださいっ。


さっき、ニュース番組がよくわからない、なんて言ってましたけど、
チェックするのは最近の情勢だけじゃないんです。
テレビのキャスターさんが読み上げる

「ジュピターがまたも快挙!」

なんて発言。毎回ドキッとしちゃうんですよね。

でも、いつかはきっと超えて見せますよ。うん、絶対!


「ねぇ、春香はジュピターと共演したりしないの?」


ほら、うん。これだからちょっとドキッとするんです。
学校のみんなは私のアイドル活動を半ば呆れ気味に、でも応援してくれています。
それはすっごく嬉しいこと。
だけど、たまにこんな話題になると、ちょっぴり寂しい気もします。

7: 2012/08/14(火) 16:39:21.74 ID:MkvBsknX0
「えへへ、ごめん。まだそんな実力もないんだぁー」

「そっかー。でもきっと春香なら大丈夫だよ!」


きっといつかは追い越せるよ! という励ましも含まれてる言葉を頂きます。
えへへ、ありがとう。

ジュピターが目当てで私に話しかけてくる女の子はたくさんいます。
野次馬魂ってやつなのかなぁ?
でも、別にそれで嫌いになるほど私は心せまい人間じゃないんです。
少しくらい鈍感な方がいいかもって、思いますよ。そう思いません?

8: 2012/08/14(火) 16:44:25.40 ID:MkvBsknX0
「あの子がアイドルやってる子?」


こんなヒソヒソ話も教室の外から聞こえてきます。
だけど、別に嫌、って訳じゃないんですよ。
話題になることはいいこと。だけど変に目立つってのはまたちょっと違うけれど。

ヒソヒソ話してる子が教室の方をチラッと覗いてきた。
私は満面の笑顔で手を振ってあげる。ファンサービスってやつ?
ちょっとわざとらしかったかな?

向こうにいる女の子は「聞こえてたんだ」みたいに顔をぎょっとさせて、
でも最終的には笑顔になってくれます。
愛想笑い? 苦笑い? でも、それでもいいんです。

9: 2012/08/14(火) 16:51:44.43 ID:MkvBsknX0
「春香はなんかそういう不思議な力があるんだよねー」

なんて友達に言われたことはあるけれど、私にはよくわかりません。
文字通り不思議な力なんです。
不思議な魅力。
魅力的? かなぁ?


「もう、また手、振ってるし」

「あ、おはよう」


えへへ、と笑うと私の友達は怒っていました。怒ってる?
心配してくれてる、のが正しいのかもしれない。

10: 2012/08/14(火) 16:57:30.19 ID:MkvBsknX0
「変に目立つのはよくないって自分でも言ってる癖に、
 あんなの無視しておけばいいんだよ」


言いながら私の前の席の子、名前は知ってるけれどここでは伏せておきます、
その席に横向きに座った。


「そうかなぁ? でも、一応私のこと知って、見に来てるんだし、
 邪険に扱うわけにはいかないよ」

「はぁ……ホント、お人好しね、春香は」


ため息をつきながら私の友人は言いました。
ちなみに学校で仲良くさせてもらってるこの娘の名前を伏せてるのも
特に理由はありません。
お人好しねぇ、私が。
そうでもないと思うけれど……。

13: 2012/08/14(火) 17:06:06.83 ID:MkvBsknX0
「あ、そういえば私、今度イベントが新宿の方であるんだ」

「へぇー、なんの?」


そうなんです。
イベントなんですよ、イベント。

でも、別段大したイベントってわけではないの。


「なんか、デパートの20週年記念イベントで
 特設ステージが設けられててそこで歌うことになってるんだ」

「ふぅん、まぁ、頑張りなさいよ」

「えぇー、来てくれないの?」

「だって遠いじゃない」

15: 2012/08/14(火) 17:12:18.43 ID:MkvBsknX0
そう言うと自分の席に戻っていってしまった。
あの子はああ見えて心配してくれるし、面倒見がとてもいい。

だから私がお仕事で学校をお休みした時なんかは
ノートを貸してくれたりする大事なお友達。

でも、結構性格はあっさりしていて、
なんだか事務所にいる如月千早ちゃんみたいなんです。

嫌なことは嫌、とはっきり言える女の子。
サバサバしてて、いい関係を築けてると思うんだ。



それから授業を受けて、午後。
今日は珍しく午後の授業はお休み。
授業中にちょっぴりうとうとすることもあるけれど、
先生も私がやってるお仕事が大変なのも知ってるのか、あまり注意されません。

もしかして、特権?

16: 2012/08/14(火) 17:13:57.93 ID:MkvBsknX0
お昼ご飯どうしよう。
事務所で食べると遅くなるし、誰かいるのならいいけど。
電話しちゃおうかな。

携帯を取り出し、事務所にコール。

『はい、こちら765プロです』

この声は律子さんだ。
秋月律子。事務所で働いてるプロデューサーさんなんです。
今は竜宮小町っていうユニットのプロデュースで忙しいみたいだけど……。


「あ、もしもし、春香です。今、事務所に誰かいますか?」

『事務所? えっと、あとで千早が来るって言ってたわよ? なんで?』

18: 2012/08/14(火) 17:23:24.86 ID:MkvBsknX0
「えへへ、ありがとうございます」

『春香ー。あなたねぇ、またお昼一人で食べるの寂しいからって
 そんな内容で電話してきたんじゃないでしょうね?』

「あはは、や、やだなぁ、律子さん。そんな訳なかとうですよ」

『なんでちょっと訛ってるのよ』


鋭いツッコミありがとうございます。
期待通り突っ込んでくれる律子さん。

20: 2012/08/14(火) 17:27:56.68 ID:MkvBsknX0
『まぁ、いいわ。今から来るのね? えっと2時半くらいになるのかしら?』


今はちょうどお昼。時計の針が上を向いてます。
だから事務所に着く頃には本当にそれくらになるのかもしれない。


「はい、それくらいになります」

『うん、わかったわ。じゃあ気をつけてこっちまで来てね』

「わかりました。失礼します」


電話を切ると、さっきの友達が目の前に。

21: 2012/08/14(火) 17:32:57.98 ID:MkvBsknX0
「もう行くの?」

「うん、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


行ってくる、とは言うものの帰っては来ないのですけど。
そのまま家に帰宅するんですけどね。
また明日、って意味。

それから教室をでて急いで昇降口へ。
その前に下駄箱で靴を履き替えてー……っと?
お?

お?

おお!?

こ、これはっ!

22: 2012/08/14(火) 17:38:18.06 ID:MkvBsknX0
な、なんてことでしょう!
アイドル生活まだ2年ちょっとなのに……
まだ全然、有名じゃないのに。

ら、ラLAりゃら、ラブレターが!!
入ってるじゃありませんか。


落ち着け私。うんうん、よし。


そっと紙を取り出し、可愛いシールで封をされてる中身に手をだす。
中身は二つ折りに綺麗に畳んである。


でも、残念。中身を取り出す前から決まってることなんです。
返事は何があってもNO。
どんなに絶世のイケメンが来てもお金持ちが来ても私はNO、
じゃないといけないんです。


だって私、アイドルだし。

23: 2012/08/14(火) 17:41:56.91 ID:MkvBsknX0
それに、こういう手紙を出してきたり、告白してきたりする人って
たいていは話題を集めたい、とかって人。
「アイドルと付き合ってるんだぜ」なんて吹聴してまわるに決まってる。
そんなこと律子さんから耳にタコさんができるくらい聞いてるよ。


それに、私の事務所にはイケメン(♀)やお金持ちがいるから
どうしても見劣りしてしまうんです。


でも、嬉しくないわけじゃないんですよ?
一応、誠意を持ってお断りをしないといけないから。

どんな風に書かれてるんだろう。

26: 2012/08/14(火) 17:46:47.60 ID:MkvBsknX0
うきうき気分で綺麗にたたまれた中身を開く。
そこには完結にまとめられたものが……


「氏ね」


「ひぃぃぃぃぃぃ!!」

もう!
イタズラじゃん! びっくりさせないでよ!!
えぇ!? それだけしか書いてないよ!?
何!? 何これ!?

ショックだよぉ。
千早ちゃーん! と大きな声で助けを呼びたくなる……。
うぅ、でもしょうがないよね。
さっき友達も言ってたけど、結局変に目立って、
私を嫌う人を増やしてたのかもしれない。

これからは気をつけよう。うん。

27: 2012/08/14(火) 17:50:41.91 ID:MkvBsknX0
と心に決めるのだけど、千早ちゃんや律子さん曰く

「あなたがその気持ちを保ったのは一日が限界だったわ」

とか

「きっと寝たら忘れるのね……」

などと、きっと言われるに決まってる……もう散々。


もう、イタズラならそう言ってよね。開くまでの話がまるで
私がモテモテだけど、でも、別に気にしてませんし、
アイドルですし、みたいな感じになっちゃったよ。


あー、恥ずかしい。
顔から火が出るってこんな感じなのかなぁ?

28: 2012/08/14(火) 17:57:51.48 ID:MkvBsknX0
なんて考えながら学校から歩いてきてもう電車の中。
頭の中には大きく書かれたあの忌まわしい文字がぐるぐる。


うぅ、早く千早ちゃんに聞いて慰めてもらいたい。
あずささんでもいいや。よしよし、って頭撫でてもらいたい。

あ、あずささんっていうのはうちの事務所の最年長のおっとり系美女。
三浦あずささんです。スタイル抜群で歌も上手で、尊敬してるんですよ。

でも、ってちょっと失礼だったかも。
訂正、あずささんにもなでなでしてもらいたい。
あの包容力に包み込まれて癒されたい。


あーぁ、折角のあがったテンションもだだ下がり。
きっとこれが狙いだったんだろうけれど。
私だっていつもいつも元気でいるわけじゃないんだからね。

落ち込んだり悩んだりすることだってあるんだから。

30: 2012/08/14(火) 18:03:09.62 ID:MkvBsknX0
プリプリ怒りながらも電車の乗り換え。乗り継ぎ。

おっと、そろそろマスクつけなくちゃ。
えへへ、変装用なんです。まだそんなに有名じゃないから
意味はないんだけども、でも一応。
なんかそういうのってしたいじゃない。


そういえば、読み途中の小説があったんだっけ。
雪歩に借りた恋愛小説。
事務所の一つ年上の萩原雪歩。
なんだか天使さんみたいな子。

32: 2012/08/14(火) 18:09:29.69 ID:MkvBsknX0
借りた小説を読みながら移動。
だけど、気分はほぐれない。
むしろ、小説の主人公である女の子がラブレターを書いていて見事にフラッシュバック。
この小説の子はあんなこと書かないけど。
もしかして愛情の裏返し? 好きな子をいじめたくなるとかって?
そんな訳……ないか。


駅を出て、信号を渡り、曲がった先になる事務所。
たるき亭の上にある、窓にテープで貼られた「765」の文字。

早足になる。


早く、会いたい。
会って、この悲しみをぶつけてやりたい。
八つ当たりではないけれど。

33: 2012/08/14(火) 18:14:57.76 ID:MkvBsknX0
小気味よく階段をあがる。
そしてドアを開ける。


「千早ちゃーーーーーんっ!!」


まるでのび太くんが帰宅第一声の如し名前を呼ぶ。
奥のソファに座っていた千早ちゃんはピクリともせず、
何かを言いかけた。
言いかけた拍子にそのまた奥のデスクに座っていた律子さんから


「春香、挨拶が先」


ピシャリと言われてしまった。
うぅ、ごもっとも。

34: 2012/08/14(火) 18:18:40.91 ID:MkvBsknX0
「おはようございますぅー」

もう律子さんにでもいいから甘えに行く始末。
でもってのには他意はないですよ?
ただお仕事が忙して、仕事中の律子さんにまでも聞いてもらいたかったから。

「はい、おはよう、春香」

挨拶をすませるといつも通り笑顔で返してくれる律子さん。
それから765プロで働いてる事務員の音無小鳥さんも優しく挨拶をしてくれ

た。

「おはよう春香ちゃん」

それから千早ちゃんには別で挨拶する。


「おはよう千早ちゃん」

35: 2012/08/14(火) 18:25:36.29 ID:MkvBsknX0
何を読んでいるんだろう? 雑誌?
事務所の中央にあるソファに座ってる千早ちゃん。


「おはよう春香。どうしたの?」

週刊誌を暇つぶし程度に読んでいた千早ちゃんは雑誌を閉じた。
私はすかさず千早ちゃんの座っていた横に座る。

「もう、聞いてよー!」

肩をつかんで揺する。

36: 2012/08/14(火) 18:31:36.45 ID:MkvBsknX0
ぐらぐらと揺れに身を任せながら

「聞いてるわよ」

と答える千早ちゃん。

「今日ね、下駄箱にラブレターが入ってたの」


後ろの方で、反応が2つ。
咳払いをする律子さん。眼鏡が鋭く光る。

そんな良い話じゃないんだけどなぁ。

明らかにこちらを凝視してる小鳥さん。
そして

「春香ちゃん、もう少し声大きめでその話、してみて」

38: 2012/08/14(火) 18:38:14.63 ID:MkvBsknX0
なんだか興味津々のご様子。
最近では他の人の話でもとにかくキュンキュンしたいらしいです。
ちなみにこの言葉は事務所の双子アイドル、双海亜美と双海真美に教わったそ

うです。
本人は若者言葉とかを結構使ってますが、事務所のみんなはどれもこれも
教わったんだろうな、というのはわかってます。言わないけど。


中略。


「で、可愛いシールで封されてて中身開けたら
 たった一言氏ねって書かれてたんだよぉぉぉ!」


ガバッ、と千早ちゃんに抱きつく。そして優しく背中のあたりを撫でてくれる

千早ちゃん。
見てはないけれど律子さんはすっかり安心したご様子。

40: 2012/08/14(火) 18:43:11.18 ID:MkvBsknX0
「ひどいよね!? ひどくない!? なんで!?」

若干ヒステリックになりつつもある私を千早ちゃんは

「そう、それは酷いわね。でも、春香も変に目立つからいけないのよ?」

うぅ、おっしゃるとおりでございます。
やっぱり、私も悪いっていうのね。

「春香ちゃんの魅力がわかってないだなんて……酷い!」

と一緒に怒ってくれてる小鳥さん。
あなたいつのまにデスクの方からこっちのソファに来たんですか?
しかも、若干怒ってるポイントがずれてる気がする。

でも、そういう所、小鳥さん可愛いんだよなぁ……えへへ。

42: 2012/08/14(火) 18:49:18.33 ID:MkvBsknX0
「私、そんなこと言われても氏なないよ!?」

「私も春香に氏なれたらすごく困るわ」


怒りにまかせて何を言ってるのかわからなくなってる私に
うんうん、とうなづいてくれる千早ちゃん。

「ちなみに千早ちゃんはそういう恋文的なのをもらったことはないの!?」

話がすっ飛んで普段聞けないことをさり気なく(でもないか)聞く小鳥さん。

「わ、私ですか?」

焦って同様する千早ちゃん、可愛いなぁ、もう。

「え? 千早ちゃんあるの!?」

43: 2012/08/14(火) 18:54:03.42 ID:MkvBsknX0
「わ、私は少し雰囲気が暗かったからあまりなかったわ」

ちょっぴりとぼけてる千早ちゃん。でも甘いよ。
無言のアイコンタクトを交わす私と小鳥さん。

「あまりってことは少しはもらったことはあるのよね!?」

「え? どんな人からもらったの!?」

がんがん食いつく私と小鳥さん。

「やっぱり千早ちゃん綺麗だからなぁー」

うんうん、と腕組をしながら勝手に納得する私。

「た、確かにもらったことはあるけれど、全部断ってしまったわ」

「えぇ~」

44: 2012/08/14(火) 18:59:33.11 ID:MkvBsknX0
もったいない、と言いかけたところでストップ。

「それが普通なの」

ポン、と丸めた書類で頭を叩かれる私。
振り返るとすぐそこに律子さんが。だけど律子さんは鋭い目線で
頃すように小鳥さんを見ていた。

小鳥さんは誤魔化すようにウインクをする。
ぷぷっ、ちょっとおもしろいけれど可愛い。

「はい、小鳥さん、これの整理お願いしますね」

「はーい」

持ってた書類を渡して律子さんはデスクに戻る。
小鳥さんは戻りがけに「続きはまた聞かせてね」と小声で言ってくる。
やっぱり面白い人だなぁ。

46: 2012/08/14(火) 19:05:12.16 ID:MkvBsknX0
「そっかぁ、やっぱりお仕事に専念したいもんね」

「それはそうよ。私はちゃんと目標があるもの」


なんだか私には無いみたいじゃん!ぷんぷん!
再び千早ちゃんの胸の中にうずくまる私。


「えーん! 傷ついた傷ついた傷ついた~~!!」


グリグリと頭を千早ちゃんの胸に擦りつける。
抱きつくとわかるけど、本当に細いよね……羨ましい。
こいつめぇ……!

一層グリグリを強めてみる。


「やだっ、ちょっと春香!? くすぐったい!」

49: 2012/08/14(火) 19:11:44.56 ID:MkvBsknX0
もう! と私を離す千早ちゃん。あら、服がちょっと乱れてしまった。
千早ちゃんは冷静に自分の身だしなみを整える。

「また機会があるわよ。でも、付き合えはしないけれど」

頭をよしよしと撫でてくれる千早ちゃん。

事務所にはカタカタと律子さんがパソコンのキーボードを打ち込む音がする。
小鳥さん、手が止まってますよ。こっち見過ぎです。


「あ、そうだ! 千早ちゃん、お昼食べようよ! ちょっと遅いんだけど」

カバンをごそごそとあさり出すと、申し訳なさそうに

「ごめんなさい春香。私もう食べたのよ。
 だから、ここで春香が食べ終わるまで付き合うわ」


えー!

ひどいよー! と言おうとも思ったけど付き合ってくれるならいっか。

51: 2012/08/14(火) 19:16:55.68 ID:MkvBsknX0
しかし、私の目にはカ口リーメイトの空箱が
事務所のゴミ箱に入ってるのを確認済み。
そんな食生活、許しませんよ!


「またカ口リーメイト食べたでしょ!?」

「えっ!?」


バレちゃったか~、みたいにちょっぴり頬を赤くする千早ちゃん。
バレバレだよう!

「ちゃんと栄養のあるもの食べないと駄目なんだからね!?」

「……はい」

シュンとなっている千早ちゃんも可愛いね。

52: 2012/08/14(火) 19:21:35.96 ID:MkvBsknX0
「じゃあ私のお弁当もちょっと分けてあげるね?」

「い、いいわよ! 私もうお腹いっぱいで……」

「むー」

ジト目で千早ちゃんを凝視。


「わ、わかったわよ……。少し食べるわよ……」

「えへへ! じゃあ、あーんってしてあげるね!」

なんだかバカップルみたい。

断れない千早ちゃん。このジト目で断れた千早ちゃんはいませんよ。
もし私の愛の溢れるジト目で見つめられても断れる千早ちゃんは
それはもう千早ちゃんなんかじゃありませんから。
それと、小鳥さん、手が止まってますよ。

55: 2012/08/14(火) 19:24:22.49 ID:MkvBsknX0
お弁当箱を空けて、何がいいかなぁ……お野菜食べさせなきゃ!

「はい、あーん」

千早ちゃんの口元に持っていく。

「あー……む」

しょうがないわねぇ、と言いたげな顔で、それでもなんか嬉しそうな千早ちゃん。

そして、もう少し静かにしてくれないかしら、
と言いたげな律子さん。ごめんなさい。楽しいんです。
さらに、もっとやれ、もっと見せてくれ、
と言わんばかりの眼差しを向ける小鳥さん。仕事してください。

65: 2012/08/14(火) 20:17:00.62 ID:MkvBsknX0
それから自分でもパクパク食べる。お弁当、美味しい。
食べてる時、ちょっぴり幸せなんです。


私も千早ちゃんにあーんして食べさせてもらいたいけど……
さすがに鬱陶しいと思うから自重します。またの機会にしようっと。

「で、千早ちゃんはどんな感じのラブレターもらってことがあるの?」


話を掘り返してみる。やっぱり気になることは気になるんです。

はっきりしないとね! 言いたいことははっきり! 
って前に律子さんも言ってたもん!

67: 2012/08/14(火) 20:23:29.73 ID:MkvBsknX0
ギョッとした目でこっちを見てくる千早ちゃん。
またその話するの!? と驚いてる様子。
でも優しい千早ちゃんは私の質問には答えてくれます。


「わ、私は……その普通のよ。でも学校で直接渡された時は驚いたわ」


おう、直接ですか。羨ましい、実に羨ましい。けしからんですな(小鳥さん風)

向こうのデスクの方では小鳥さんが律子さんとアイコンタクトで会話中。
内容は恐らく

「私も参加したい! 恋話したい!」

「だめです。仕事してください」

こんな感じ?

69: 2012/08/14(火) 20:26:44.28 ID:MkvBsknX0
悲しそうな顔でこっちを見ないでください小鳥さん。私にはどうしようもない

ですよ。

「うんうん、それで、中身はどんな感じだった?」


「なんだか、よくわからないポエムみたいなのが書かれていたわ」

「へ、へぇ~」

それって結構反応に困るやつだよね……。

「呼んでいるこっちが恥ずかしくなってきて、途中で読むのをやめたわ」


なんだか、脳内再生が余裕なのですが……。
きっと耳まで真っ赤にしてるんだろうなぁ。見たかった。

70: 2012/08/14(火) 20:32:06.39 ID:MkvBsknX0
ん? 待って。待ってよ。耳まで赤くしながら読んだってことは……
嬉しかったの!? え!? えーー!!

「も、もしかして千早ちゃん、結構嬉しかったり?」

「っ!」

声にならない物が……。図星でしょうか?

「はは~ん、嬉しかったんだ~」

わざとらしくニヤニヤしながら迫ってみる。
ほれほれ、だんだん顔が赤くなってるぞ。

「そうじゃないわよ。本当に驚いただけなんだから」

「ほほう」

「そ、その……あまりそういうのもらったことないし……
 人に好かれるというのは悪い気はしないし……」

むー。ちょっとジェラシー。

71: 2012/08/14(火) 20:37:43.21 ID:MkvBsknX0
「むー」

「な、なに……?」

しまった、声に出てしまった。うっかり。

いいなぁ、羨ましいなぁ。


「ううん、なんでもない。羨ましいなぁー。いいなぁー」

「ねー」

後ろのデスクから大人のお姉さんの声が賛同してくる。

「春香だってもらえるわよ……」

またまた、お世辞言っちゃってー。
でも、そういうの嫌じゃない、嬉しい。お世辞でも嬉しいんです。
だってそれって千早ちゃんが私のこと可愛いとかって言ってくれてるってことでしょ?

74: 2012/08/14(火) 20:46:40.73 ID:MkvBsknX0
え? 飛躍しすぎかなぁ?

「えー、そうかなぁー」

さり気なく眼差しで千早ちゃんに、
私はあなたからもらいたいの! とアピールしてみる。
届くはずがないのだけど……。


ちょうど同じタイミングでお弁当を食べ終わる。

「ごちそうさまでしたー」

軽く手を会わせてお弁当をしまいだす。


と、何やら視線が……。
千早ちゃん? そんなにお弁当見て……どうしたの?

75: 2012/08/14(火) 20:51:23.11 ID:MkvBsknX0
「どうしたの?」

「い、いえ、なんでもないの」

「お弁当?」

「ううん、本当になんでもないの」

なんだろう……。
お腹空いてるのかなぁ? もっと食べさせてあげればよかった?
少し俯き気味に、物惜しそうに目を逸らす。



あ、わかった!

「ねぇ! 今度、千早ちゃんの分まで作ってきてあげるよ!」

76: 2012/08/14(火) 20:55:18.94 ID:MkvBsknX0
「えっ!? で、でも悪いわよ……」


えへへ、この反応、大正解! さっすが私!

「いいよいいよ。作ってきてあげるから!」

「で、でも……」


うんうん、ここまでいつもの千早ちゃん、あとひと押しで。

「大丈夫、一緒に私のも作っちゃうだけだから!
 今度のお休みの日は一緒に食べよ?」

「じゃ、じゃあ、春香がいいって言うなら……」


ビンゴ! 推しに弱いんだから、千早ちゃんは。

これでまた千早ちゃんとお弁当食べれるよー!

79: 2012/08/14(火) 21:03:03.79 ID:MkvBsknX0
頑張って作らないとね! お母さんに相談だ!


思い出したかのように律子さんが

「そうそう、春香? それと千早も。あなた達2人、
 今日は夜までレッスンあるんだけど、ご飯は大丈夫なの?」


ご飯の話で思い出したのかな。

「私は大丈夫です。買ってあるんで」

と千早ちゃん。さすがに用意周到だよね千早ちゃんは。

私はお母さんに連絡しないと……作ってもらって食べないなんてお母さん可哀想だし。

「私はあとで連絡するんで大丈夫です!」

81: 2012/08/14(火) 21:08:47.69 ID:MkvBsknX0
はっ、ってことはもしかして……晩御飯は千早ちゃんと一緒!?
わっほい!

「って、千早ちゃん、もしかしてカ口リーメイトじゃないよね!?」

思い出した。危ない危ない。
これを見逃してはいけないよね……。
千早ちゃんの栄養バランス、まだ若いからってだめだよっ!

私が管理してあげないと! ってなんだか保護者気分。

申し訳なさそうに小さく頷く千早ちゃん。

「今日は千早ちゃんのお家で何か作ろっか?」

突然の提案にびっくりする千早ちゃん。だってカ口リーメイトが晩ご飯って、
寂しいとかいろいろ通り越して、やばいよ。ちょっとやばいよ。

82: 2012/08/14(火) 21:14:01.78 ID:MkvBsknX0
「は、春香がいいなら……」


!?

いつもは「い、いいわよ……悪いし」とか言うのに……。


今日はどうしたの!? もちろん私は喜んで行くよ。
お招きいただけるのであれば地球の裏からでもすっ飛んでいくよ!?


「うん! うんうん! じゃあそうしよっか!」


やったー!
千早ちゃんとご飯だー! わーい!

85: 2012/08/14(火) 21:19:24.92 ID:MkvBsknX0
さて、とは言うものの簡単なパスタでいいよね? だめかなぁ?
千早ちゃんなら何を作ってもきっと美味しそうに食べてくれるはず!

「それじゃあ春香、……春香?」


「えっ!? な、なに!?」

おっとっと、このあとの展開が楽しみすぎて、聞こえなかったよ。
全く、妄想に浸かってしまうなんて小鳥さんじゃないんだからダメだよ私!

「うん、じゃあもういこっか!」

「ええ、そうしましょう」

荷物を持って近くのスタジオまで移動します。
事務所のドアを開け、階段を降りて外へ。

行こうとすると袖が引っ張られる感覚。

87: 2012/08/14(火) 21:27:45.27 ID:MkvBsknX0
私の制服の袖をちょこんと掴む千早ちゃん。
真っ赤になった顔。

袖を掴むその手を軽く握ってあげる。
優しく握り返されるその手は柔らかく、小さくて冷たかった。

自然と笑顔になる2人は、そうして事務所をあとにするのだった。


……………………


夜。
グッドイブニング。

すっかり夜になってしまいました。
体中はあちこち痛いです。
張り切りすぎたのかも。

89: 2012/08/14(火) 21:32:29.89 ID:MkvBsknX0
スタジオからも同じように出てきた私達。
はぐれないように。

こんな人通りのない、道ではぐれるはずはないのだけど。
最近物騒だから夜はなるべく歩きたくないです。
だってこんなに可愛い子が隣にいたら、
嫌でも目立ってしまうじゃないですか。


夏の夜空にほんのり漂う汗の香り。
シャワーはレッスンスタジオにあったのを借りて使ったけれど。
それでも気になる。

「はぁ……、疲れたねぇ」

「そうね、でも、とても有意義な時間だったわ」


なんだかとても機嫌がいいみたい。
レッスンではあまり本調子を出し切れてないみたいだったけど、
そう見えたのは私だけなのかなぁ?

90: 2012/08/14(火) 21:39:54.16 ID:MkvBsknX0
何かあったのかなぁ?

何かあるとするならば……私がいるから!?
なんてね。そんなことないか。


「それじゃあ、お買い物行こっか!? もう遅いし、簡単なパスタでもいいかなぁ?」

「そうね、それでいいと思うわ」


千早ちゃんの家の近くまで行き、スーパーでお買い物。
いつも通りに千早ちゃんはしているけれど、
こんなにドキドキしているのは私だけ?
「うーん、千早ちゃんの旦那さんになる人はこんな気分なのかなぁ?」

「えっ?」

え?

驚いて目を丸くしている千早ちゃん。あ、あれ? 声でてたのかなぁ?
あちゃー。

91: 2012/08/14(火) 21:46:15.16 ID:MkvBsknX0
「だ、旦那さん……」

「私はまだそういうのは考えたことはないわ。
 歌で頂点を取ってから、それからゆっくり考えてみたいわ。春香は?」

おおっと、質問で返ってきてしまった。

「私もまだそういうのは考えられないかなぁ。
 でもいつかはしたいけどね?」

そりゃあ、私だって乙女ですもの。大志を抱いてますよ。


「いつか本当にラブレターをもらったらその人と?」


事務所で話したことを引きずっているのかなぁ?」
気にしなくてもいいのに。どうせ断るんだから。

92: 2012/08/14(火) 21:50:57.03 ID:MkvBsknX0
「うーん、ちゃんと書いてくれたら考えるかなぁ。なーんてね」

「そうね。今日のはただのイタズラだったものね」

買い物カゴに材料を次々と放り込む千早ちゃん。
明らかに何かがきっかけで動揺している……。

「やっぱりでも、私もトップに行くまでは当分、考えないかなぁ」

そう言いながら、カゴの中に入ってく材料を元に戻す。
入れすぎだよ千早ちゃんってば。

「そうよね」

私が戻した材料とカゴの中身を見比べて少し照れくさそうにしてる千早ちゃん。

94: 2012/08/14(火) 21:56:21.69 ID:MkvBsknX0
スーパーから買い物を終えて出て、しばらく歩いて
千早ちゃんの家に到着。

あぁ、愛しき第二の我が家。

「ただいま~」

千早ちゃんが鍵をあけ、千早ちゃんよりも早く家に入る。
手馴れています。

玄関の電気のスイッチだって真っ暗で見えなくたってわかるんだから。


明かりをつけて、学校とかのカバンを置いてさっそくキッチンへ。
すぐに千早ちゃんもやってきて2人でキッチンに立つ。

「少し休んでもよかったんじゃない?」

「だって……お腹空いちゃったし」

「そうね、もう遅いし早めに作って食べちゃいましょう?」

95: 2012/08/14(火) 22:01:07.28 ID:MkvBsknX0
それから2人でお料理。


千早ちゃんの横はなんだか居心地がよくて落ち着いて。
他の子ももちろん落ち着くし、楽しいんだけど。

何故か別格。

私に対して優しい空間を創りだしてくれる千早ちゃん。


隣に立てる。
立っている幸せを感じながら。
キッチンに私と千早ちゃんは立ってました。


………………

96: 2012/08/14(火) 22:08:33.21 ID:MkvBsknX0
「「いただきます」」

千早ちゃんは片方の手で髪の毛を抑えながら一口。

優しい笑顔で「美味しい」と呟いてくれた。
私はたぶん、この時のために今日を生きたに違いないんだ、と思った。

たぶん錯覚。朝はそんなこと思ってもなかったし。
でも、確かな幸せ。

「食べないの?」

二口目を食べようとした時に、気がついたのか、髪をまた片方の手で抑えながら、
そして、な、なんということでしょう……上目遣い……。

う、うわぁぁぁ~~。か、可愛すぎる……。

97: 2012/08/14(火) 22:12:13.76 ID:MkvBsknX0
「う、うん。お、美味しいね!」

「ぷっ、まだ食べてないわよ? 変な春香」

「え、あ、うん。えへへ」

一口。美味しい。
作ってくれた人もそうだけど、一緒に食べている人のおかげなのかも。

「えへへ、美味しいね千早ちゃん」

何故か、ほんのりと顔を赤くする千早ちゃん。

「ええ、ありがとう」

100: 2012/08/14(火) 22:17:50.13 ID:MkvBsknX0
千早ちゃんはすごく綺麗にご飯を食べる。
なんというか、動作が美しい……。
お食事中のマナーも結構うるさい方だっけ?

それに比べて私は……ぐぬぬ。

でも、きっとそれが千早ちゃんらしいんだよね。

その千早ちゃんの部屋は殺風景で、
片隅には未だに積まれたダンボールが。

「まだ片付けないの?」

「……そう、ね」

重い空気が走る。触れてはいけないものだったのかなぁ。

101: 2012/08/14(火) 22:20:56.54 ID:MkvBsknX0
「収納する場所がなくって」

「そっかぁー……」


じゃあ、一緒に収納家具でも買いに行こうよ。
なんて言えなかった。
家具のことなんて私にはよくわからないし、
第一、何があの中に入ってるのかもよくわからない。
気軽にそんなことは言えなかった。

回る扇風機の音だけが耳に入る。

食べているパスタは相変わらず、美味しい。

102: 2012/08/14(火) 22:25:19.24 ID:MkvBsknX0
「ご飯食べたら、お風呂、春香から使っていいわよ」

「えっ? 千早ちゃんのお家なんだから千早ちゃんが先だよ」

「私の家のお客さんなんだから春香が先よ」

「千早ちゃんが」

「春香が」

「……」

「……」


もう2人とも、わかっていた。いつもそうしていたわけだし。
今日だけ別々なんてのは……少し変。
レッスン後のシャワールームにだって2人で行って喋りながら入るし。

裸を見られるのは別に恥ずかしいわけではないから平気。


顔を見合わせたままの私と千早ちゃんはどちらからということもなく
クスクスと笑いあった。

103: 2012/08/14(火) 22:30:43.58 ID:MkvBsknX0
「「ごちそうさまでした」」

二人で声をあわせて。
それから片付けも一緒に。

千早ちゃんがお皿を洗い、私が拭いて食器棚に戻す。
食器棚の位置も覚えているなんて、通い慣れすぎかなぁ?
そろそろ生活費を払った方がいい?

なんて冗談も今の千早ちゃんに言ったらそれなら半分ずつ払って
ちゃんとここに住め、なんて言い兼ねない。


嫌じゃないけどね。

104: 2012/08/14(火) 22:35:21.50 ID:MkvBsknX0
洗い物を終えて、
二人でお風呂に。

脱衣所でもじもじしている千早ちゃんの服を引っぺがすのは
いつものこと。慣れっこです。その度に千早ちゃんも

「もう……自分で脱げるわよ……」

と怒っている。でも、本当に怒ってないことくらい知ってる。
シャワーを軽く浴びたあと、私は千早ちゃんが洗い終わるまで
湯船の中で待ってます。

千早ちゃんはご機嫌よさそうに鼻歌をうたいながら、髪を丁寧に洗っている。
私は湯船からその細い背中をじっと見つめている。

107: 2012/08/14(火) 22:42:07.04 ID:MkvBsknX0
細いなぁ。

千早ちゃんの鼻歌に私もあわせて歌ってみる。

「お待たせ、大丈夫?」

「うん、平気」

千早ちゃんは私に長湯させて逆上せてないか確認して、交代で湯船に浸かる。
前髪は濡れて固まり、いくつもの毛束になっている。
頬を伝う雫は顎の先で湯船に落ちる。

髪を洗う私は、鏡越しに千早ちゃんと目があう。
千早ちゃんは湯船の中で体育座りして小さくなってる。
少しうつむいてるせいか、また上目遣いになっている。

109: 2012/08/14(火) 22:48:36.25 ID:MkvBsknX0
千早ちゃんは今度は何も歌わずに静かにしてる。
だからこそ、今度は私が鼻歌をうたう。

それから千早ちゃんものってくれる。
一緒に歌う。


それから……二人で湯船に。
少し狭い。でも、心地いい。

千早ちゃんも嫌がらないし。

110: 2012/08/14(火) 22:52:47.70 ID:MkvBsknX0
向かい合わせに座る二人。

「ねぇ、事務所で言っていた変なポエムのラブレターって
 実はまだ取っておいてある?」

「さすがに捨てたわ……。取っておけないわよ。恥ずかしいし」


またうつむいて、上目遣いになる。


「そっかぁ」

なんとなく頭を撫でてあげる。


「も、もう……」

ブクブク……。
どんどん小さくなって湯船に入っていく千早ちゃん。

可愛いなぁ。

111: 2012/08/14(火) 22:58:16.43 ID:MkvBsknX0
お風呂から上がると、二人で髪を交わし合った。
テレビから竜宮小町のCMが流れる度に二人で歌う。

「春香、あの」

「? どうしたの?」

「その……良かったら今度。休みの日を合わせて、
 収納家具できるような何かを買いに行くのを手伝ってくれないかしら?」


……。

もちろんだよ千早ちゃん。


「うん、もちろん。一緒に行こう?」

「私みたいな、何もわからない人が一緒で大丈夫? それでもいいなら」

112: 2012/08/14(火) 23:06:03.51 ID:MkvBsknX0
「ええ、それで構わないわ。春香と一緒に見て回りたいもの」

千早ちゃんの髪の毛を乾かしている私には、千早ちゃんの顔は見えない。
けれど、きっと笑顔だってことはわかる。伝わってくる。


生乾きの千早ちゃんの髪を持って匂いを嗅いでみる。
いつもの千早の匂い。

「な、何しているの春香……?」


あ、バレた。えへへ。
驚いているのか、引いているのか……。

「あぁ、ごめんごめん。綺麗な髪だからさ、つい」

えへへ、笑ってごまかしてみる。

114: 2012/08/14(火) 23:09:45.24 ID:MkvBsknX0
「びっくりするじゃない……」

嬉しいくせに。

「明日はどうするの?」

「明日は日曜日だし、学校もないし、一回家に帰ってそれからまた事務所かな?」

「そう、私は午前中にもレッスンを入れておいたからそっちに出るわ」

「そっかぁ。じゃあお互い早起きだよね」

「そうね。もうこんな時間にもなってるし……寝る?」

「そうしましょうか……。春香はそっちの私のベッドを使って寝て」


むー。またそういうこと言う。
さて、どうやって説得してやろうか。

115: 2012/08/14(火) 23:13:52.06 ID:MkvBsknX0
「やだ」

「っ!?」

ちょっとワガママを言うことにしてみた。
どうでるかな? 千早ちゃんは。

「えっ、えっと、ヤダって言われても、一つしかないし」

ふふふ、意地悪しすぎたかなぁ?

「千早ちゃんはどこで寝るつもりだったの?」

「予備の布団があったはずだからそれを敷いて寝るわよ」

「またまたそんなこと言っちゃって~」

116: 2012/08/14(火) 23:18:17.64 ID:MkvBsknX0
モゾモゾとさっそく千早ちゃんのベッドに潜り込む。
枕からは千早ちゃんの匂い。知ってる匂い。

ベッドの端っこまでモゾモゾ進み、布団をガバっとあげて

「ほら……」

とベッドの空いたスペースを見せる。
キョトン顔の千早ちゃん。

「春香のここ、空いてますよ」

懇親のドヤ顔を見せつける。
口元が震えるのを確認する。よし。

しかし、千早ちゃんは無言でそのスペースに潜り込み、向こうを向いてしまった。

117: 2012/08/14(火) 23:21:35.69 ID:MkvBsknX0
「ちょっと古い。20点」

おお、辛口評価だね。
でも、肩すっごい震えてるよ?
明らかに何か堪えてるよね?

ねぇねぇ。

ツンツン。指で脇腹のあたりをつつくとあっという間に限界に達したようで

「ぷっ、あははは! や、やめて春香!」

ジタバタ暴れだす始末。
一人でひーひー言いながら笑ってる千早ちゃん。
可愛いらしい。


しばらくすると笑いすぎたのかちょっぴり涙目になりながらこっちを向いた。

118: 2012/08/14(火) 23:28:01.36 ID:MkvBsknX0
「明日も早いのでしょう?」

「そうだね、もう寝なきゃ」

千早ちゃんは先に目を閉じた。
整った顔立ち。

細い体。

綺麗な唇がゆっくりと動いた。

「おやすみ春香」

ベッドの中では脚は絡み合い、手は優しく握られた。

「うん、おやすみ千早ちゃん」

そうして私は目を閉じた。
私の日常はある大切な、大好きなお友達に支えられ隣に立つことで幸せを感じる。
何気なくもないが、私にとっては至ってよくあること。大切な日々。

私は千早ちゃんとお互いを確認しながらも、
深い深い眠りにおちていった。


END

121: 2012/08/14(火) 23:41:10.87
乙!

123: 2012/08/14(火) 23:48:31.92
乙!
はるるんと千早かわいすぎる

引用元: 春香「とある天海春香の日常」