1: 2014/06/03(火) 22:09:12.52 ID:MF2y/ueo0.net
梓が弁当箱に蓋をした。
パチリ。と音がする。

「お弁当! 完成しましたよ!」

梓は胸を張って言った。

「うまくできたねぇ。あずにゃん」

唯がニコニコと笑う。

「じゃあ、みんなのこと叩き起こしてきますね!」

鍋の蓋とおたまを持った梓が、キッチンから出て行った。

2: 2014/06/03(火) 22:10:29.07 ID:MF2y/ueo0.net
「みなさん! 朝ですよ!」

梓が鍋の蓋をおたまで叩きながら叫ぶ。
カンカンとやかましい音が寝室に響いた。

「もう朝なの~?」

紬がベットから上半身だけ起こして言った。
寝ぼけているようで、その瞼は閉じられたままだ。

「げっ! まだ5時じゃねーか!」

布団にもぐりこんだまま時計を見て、律がそう叫んだ。
その横で澪はすやすやと眠りについている。

「”もう”5時です! 太陽はもう顔を出しているんですから!
 日の出営業ですよ!」

梓がカンカンと鍋の蓋を打ち鳴らす。

「それはまた意味合いが変わってくるだろ……」

両手で耳を押さえながら、律が呆れて言った。

4: 2014/06/03(火) 22:11:46.27 ID:MF2y/ueo0.net
「じゃあ、行きますよ!」

けいおん部の五人は、紬の別荘を出発した。
時刻は朝の5時半である。

「眉毛くらい、描かせてくれよな」

律がそうぼやいた。

「じゃあもっと早起きしてください!
 私と唯先輩は2時に起きたんですよ!」

お弁当係の梓が、律を叱りつけた。
唯がニコニコとしながら言う。

「眉毛くらい平気だよぉ。どうせ誰とも会わないんだし」

「そうですよ! ここはムギ先輩の山なんだから!」

梓の言葉に、律は表情を曇らせる。

「だからって、こんな早朝からピクニックってのもなぁ……」

その後方では、紬と澪の二人が抱き合うようにして、
立ったまま寝ていたのであった。

5: 2014/06/03(火) 22:13:00.35 ID:MF2y/ueo0.net
「到着です! ここでお弁当を食べます!」

梓と唯の二人がテキパキと準備を始める。

「ええ? 早くないか……?」

律は驚いた。
まだ別荘を出てから、5分と歩いていない。

「朝ごはんですよ。みんなおなかすいてるでしょう?」

広げたビニールシートの四隅に石を置きながら、梓が言う。

「いや、別に。つーか二人ほど寝てるし」

梓が律の示した方を見ると、
ビニールシートに横になっている紬と澪が目に入った。

「なんでまだ寝てるんですかー!!!」

梓は激怒した。

6: 2014/06/03(火) 22:14:21.85 ID:MF2y/ueo0.net
「梓ちゃん、ごめんなさいねぇ。
 昨日は遅くまでウノをやっていたの……」

「ムギがスキップばっかり使うから、私の番が来なくて……」

紬と澪は目をこすりながら言った。

「ええ? お前らあれからずっとスキップ合戦してたのか」

律が呆れて言った。
二人の勝負を見るのに飽きてしまって寝たのは、
確か日付が変わる前のことだったはずだ。

「律ちゃんが寝た直後にね。
 スキップのカードを、ついにコンプリートしたのよ」

紬が胸を張った。

「ムギはそれを一枚一枚出すんだよ……。
 さすがの私も心が折れかけた」

澪はため息をついた。

8: 2014/06/03(火) 22:16:28.82 ID:MF2y/ueo0.net
「そんなことをしてる暇があったのなら、
 お弁当作るのを手伝ってくれても良かったでしょう!」

梓が吠えた。

「そんなことってのは何よ!?」
「そうだぞ、梓! 世の中には言っていいことと悪いことがある!」

紬と澪も負けていなかった。
三人の間にバチバチと火花が散る。

「まぁまぁ」唯が仲裁に入った。
「みんな、準備が整ったよ!」

唯が大仰に示した先を見ると、
豪華なお弁当がビニールシートの上に広げられていた。

9: 2014/06/03(火) 22:17:22.81 ID:MF2y/ueo0.net
「わー! すごくおいしそうです!
 いったい誰が作ったんですか!?」

梓が目をキラキラとさせて言う。
いや、お前だろ。と律が突っ込みかけた、そのとき。

「あ、私だった!」梓は頭をコチンと叩き、舌をペロっと出した。

「なんだこいつ……」

さすがの律も少しイラついたようだった。

「何それ。かわいいつもりかしら」
「引くわ」

紬と澪が厭味ったらしく言う。

「……文句があるなら、食べなくてもいいんですよ」

梓の中に、静かな怒りの炎がともった。

11: 2014/06/03(火) 22:18:36.33 ID:MF2y/ueo0.net
「こんなにおいしいのになぁ」

唯がお弁当を頬張りながら言った。
横目で悔しそうに梓がそれを見る。

「食べるのは、こちらの決着がついてからです」

そう言って、紬と澪の方へ向き直った。

「梓ちゃん。なかなか、面白いことを言うのね」
「勝負はウノで決めるのか?」

二人の発言を聞いて、梓は鼻で笑った。

「何かあるとすぐウノウノって。
 馬鹿の一つ覚えみたい」

「なんだと!?」

澪が激昂した。

14: 2014/06/03(火) 22:20:25.38 ID:MF2y/ueo0.net
「澪ちゃん、少し落ち着きましょう」

紬がそれを制する。

「ムギ! だって、こいつ……!」

澪の目には涙が浮かんでいた。
澪の肩をポンポンと叩き、
やおら梓の方へ向き直りながら、クスクスと紬が笑う。

「ねぇ梓ちゃん。私たちとウノをやるのが怖いんでしょう?
 だからそうやって逃げてるだけよね」

ハッと気づいたように、澪が梓を睨み付けた。

「なるほど、そういうことか。
 せこいこと考えるもんだな。梓も……!」

そう言って、ギリギリと歯ぎしりをする。

そんなつもりじゃないのに。
梓は少しムキになった。

「いいでしょう! ウノでもなんでもやってやりますよ!」

その言葉を受けて、紬がニヤリと笑った。

15: 2014/06/03(火) 22:22:21.26 ID:MF2y/ueo0.net
「ねえ、みんな。食べないのー?
 あ、律ちゃん。同じのばっか食べてると偏るよ」
「細かいこと気にすんなって!
 お、これうまいから最後に取っておこう」

唯に交じって、律まで舌鼓を打っていた。

「いい!? 一回勝負よ!」

その横で梓、紬、澪の三人はルールの確認をしていた。

「最後に英語のカードが残ったら、ペナルティなんですよね」

梓がそう言うと、紬と澪が顔を見合わせて吹き出した。

「何かしらそれ! どこのハウスルールぅ!?」
「こりゃあ傑作だ! とんだお客さんが紛れ込んじまったな!」

腹を抱えて笑い転げている。
梓は顔が熱くなるのを感じた。

「もしかして、点数計算もできないのかしら!?」
「おいおい、まさかな! ……できないのか?」

紬と澪は顔をニヤつかせながら梓の方を見る。
真っ赤な顔をして俯いた梓は、
膝の上で握った拳を悔しそうに震わせていた。

17: 2014/06/03(火) 22:24:21.06 ID:MF2y/ueo0.net
「じゃあ、そのルールで始めようか」

口元を歪めながら澪が言い放つ。

「ええ、そうね。仕方ないからお客さん、
 ……梓ちゃんのルールでやりましょうか」

澪と同様にして、口元を歪めながら紬もそう続けた。
梓はただ黙って俯いていた。

「ハンデとして、ビリじゃなかったら梓の勝ちでいいよ」

澪は嫌らしい笑みを浮かべている。

「じゃあ梓ちゃんから始めていいわよ」

クスクスと笑いながら紬が言った。
梓は無言のまま緑の2のカードを出す。

「じゃあ次は私だな」

青の2を出しながら澪はそう言って、
紬に目で合図を送った。
お互い黙って頷き合う。

「私はこれね」

紬が出したカードは青のリバースであった。

18: 2014/06/03(火) 22:25:16.71 ID:MF2y/ueo0.net
「あらー? ごめんなさいね、梓ちゃん」

紬が吹き出しながら言う。
梓は次のカードを出す準備をしていたが、
順番を反対回しにされたのでその手を引っ込めた。

「私の番か。じゃあこれな」

澪は赤のリバースを出す。

「ちょっとぉ! また梓ちゃんの順番が来ないじゃないの!」
「おっと! 悪いな、梓!」

二人はげらげらと笑った。

梓は拳を震わせた。
今に。
今に、見ていろ。

涙を浮かべたその目で、赤のリバースを凝視していた。

19: 2014/06/03(火) 22:26:24.53 ID:MF2y/ueo0.net
「みんなー。もう食べるの無くなっちゃうよぉ?」
「つーか残ってるのフグ刺しだけだな」

お弁当をあらかた食べつくした唯と律は満足げだった。
しかし勝負をしている三人にはその声は届いていないようだ。

……いや。
もう勝負ですらない。
一方的な虐殺が始まっていた。

「またリバース! そして、ウノ!」
「私もリバースね! ウノ!」

二人は延々とリバースを出し続けていた。
澪が最後の一枚を場に出す。
それは黄色の6だった。

「はい、上がりー」

言うと、両手をぱぁっと広げた。

20: 2014/06/03(火) 22:27:51.98 ID:MF2y/ueo0.net
「梓ちゃん。順番回ってきて良かったわねぇ」

紬がニコニコとして言った。
梓の手元では、6枚のカードが揺れている。

「こっちはもう一枚しかないんだ。
 早く出せよ」

澪が言う。

「……たか」

梓がボソボソと何かを言った。

「何かしら?」

紬が顔を歪めた。

「勝ったと、思いましたか」

梓が顔を上げた。

22: 2014/06/03(火) 22:29:10.76 ID:MF2y/ueo0.net
紬と澪は顔を見合わせた。

「英語のカードで上がれないんだから、
 最後は必然的に私に順番が回ってきますよね」

梓が6枚の手札を、天高く掲げた。

「受けてみろっ……! これが報いです!」

バァン!と6枚の手札を場に叩きつけた。
そこには綺麗に同じ数字が並んでいる。

「ば、馬鹿な」

澪と紬がぐにゃあと崩れ落ちた。
梓は固く目を閉じ、天を仰いでいる。

「お、勝負ついたのか」

その後ろで、律がフグ刺しを一気食いしていた。

23: 2014/06/03(火) 22:30:30.64 ID:MF2y/ueo0.net
「こちらの、完敗ね」

ふっ、と紬は息を吐いた。

「ああ……。お前の勝ちだよ、梓」

澪の表情には諦観の色が含まれている。
梓が胸を張った。

「ええ。私の勝ちです」

紬と澪はばつが悪そうに俯いた。
その視線の先に、手が差し伸べられる。
二人が顔を上げると梓の笑顔が目に飛び込んできた。

「次も、負けませんよ」

25: 2014/06/03(火) 22:32:45.59 ID:MF2y/ueo0.net
「許して、くれるのか?」
「いいの? 梓ちゃん……」

梓は黙ってコクリ、と頷く。
澪と紬もそれに頷きで答え、三人は固い握手を交わした。
勝負が終わったのを察知した唯が、そこへ近づいてくる。

「もう食べるのないよー?」

唯にそう声をかけられると、三人は顔を見合わせた。
そして梓が唯の方へ向き直り、言う。

「いいんですよ。もっと大事なものを手に入れましたから」

紬と澪は微笑をたたえて頷き合った。

「それなら、まぁ、いいけど」

唯と律が後片付けを始めた。
その横に。
いつまでも強敵(とも)を称えあっている三人の姿があった。

終わり
おまけに続く

26: 2014/06/03(火) 22:34:00.83 ID:MF2y/ueo0.net
おまけ1

澪「またリバース! そして、ウノ!」
紬「私はスキップね! ウノ!」

梓「あ、ちょっとタンマ」

27: 2014/06/03(火) 22:34:34.27 ID:MF2y/ueo0.net
おまけ2

「これっくらっいの おべんっとばっこに♪
 おっにぎっり おっにぎっり ちょいと詰めて♪」

梓はニコニコとしながらおにぎりを握った。

「きざーみしょうがに ごましおふって♪」

ルンルン、と歌の通りにお弁当を作る。

「にんじんさん♪ ごぼうさん♪ しいたけさん♪」

煮物を詰め込んだ。

「すじーのとおった ふーき♪」

そうして蓋を閉めると、
出来上がったばかりのお弁当をバァン!と床に叩きつける。
蓋が外れ、具材が飛び散った。

「なぁんで肉が入っていないんですかああああ!!!!」

梓が吠えた。

29: 2014/06/03(火) 22:35:48.99 ID:MF2y/ueo0.net
「ちょっと、あずにゃん!?
 そんなことすると、もったいないオバケが出るよ!」

唯が咎めた。

「はん!」と梓が鼻で笑う。
「もったいないオバケ? ……上等ですよ!
 あんな野菜の化け物ぶち頃してやります!」

「梓! 待て!」澪が割って入った。
「バランスよく栄養取らないと、大きくなれないぞ!」

その言葉にわなわなと梓が震える。

「別に……」

拳を固く握りしめた。

「別に! 大きくなくても需要はありますから!」

澪の胸を見ながらそう言った梓の目には、光るものがあった。

31: 2014/06/03(火) 22:37:21.44 ID:MF2y/ueo0.net
「そういう意味じゃあ……」

澪は胸を手で隠した。

「ふざっけんじゃねーです!」

梓がわんわんと泣く。
そこへ唯が割って入った。

「あずにゃん! 口調が某第3ドールみたいになってるよ!」

「うるせーです! 口調がどうとか……。
 そんな既成概念は私がぶっ壊してやるですぅ!」

きいいい!と梓が地団太を踏む。

「ちょっと唯ちゃん!」

紬が言った。

「紅茶を淹れてちょうだい!」

こっちは第5ドールかな。
唯はそう思った。

33: 2014/06/03(火) 22:38:59.92 ID:MF2y/ueo0.net
「胸とかそういうの抜きにして、栄養バランスは大事なのよぉ。
 ……乳酸菌、とってるぅ?」

まさか澪まで来るとは。
唯は焦った。
なんとかしてポジションを確保せねば。
誰だ。

私に合っているのは、……誰だ。

「大変なのぉ。うにゅうう」

なんとか見つけた唯が言った。

「なんの真似ですかそれ? 池沼?」
「池沼かしらね」
「池沼だな」

三人は口々に感想を漏らす。

「あれ……」

唯は面食らった。
流れに乗ったつもりだったんだけど。

36: 2014/06/03(火) 22:40:39.02 ID:MF2y/ueo0.net
※律ちゃんは今日はお休みです。

「野菜も食べないとダメよ。梓ちゃん」

諭すように紬が言う。

「……分かりました。
 これからは好き嫌いしないでちゃんと食べます」

梓の言葉を聞いて、うんうんと澪が笑顔で頷いた。

「じゃあ、行くわよ」

紬の号令で三人がサラダバーに行ってしまうと、
そこには心に傷を負った唯だけが残された。

「うにゅうう……」

自信作だったのになぁ。
唯の頬を伝って、涙が一筋落ちた。

終わり

引用元: 唯「これっくらっいの♪」 梓「おべんっとばっこに♪」