1: 2016/06/15(水) 15:07:20.104 ID:lfOqMynq0
律「それじゃお姫様の中の王って意味だろー、唯は英語がダメだなぁ」

澪「律・・・」

梓「お二人とも受験生・・・ですよね・・・?」

紬「ま、まだ夏休み前だから何とかなるわよ・・・」

唯「私は進学なんてしないよ!」

梓「このままならしようと思っても出来ませんよ?」

唯「私はロックンローラーになるんだよ!ロックの女王様になるの!」

みんな「えええええええええええええええ?」

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3: 2016/06/15(水) 15:11:49.351 ID:lfOqMynq0
唯先輩はそう宣言して高校を自主退学しました。

あっという間の出来事に私たちがついていけないでいると、彼女は渡米していました。

ギターとプッキーだけを持って。

取り残された私たちは喪失感を胸に残しながら高校時代を過ごしました。

唯先輩を抜きで文化祭のステージに立ち、先輩方は受験をしました。

律先輩は落ちてフリーターになってしまったけど、澪先輩とムギ先輩は県外の有名大学へ進学、
一年後私も別の国立大学に進学することになり、放課後ティータイムは別々の道を歩むことになりました。

そして、10年が経ちました。

4: 2016/06/15(水) 15:18:34.978 ID:lfOqMynq0
澪先輩は大学を卒業した後、地元の農協に就職しました。
その後、同僚の男性と結婚し2年後に第一子をさらに3年後に第二子をもうけました。
今ではすっかりお母さんです。

ムギ先輩は大学院へ進学、さらに海外の大学へ留学しました。
帰国後、父親が経営している会社に入社し幹部候補としてご活躍されているとのことです。

律先輩はコンビニでバイトをしながら居酒屋でバイトをしています。
底辺です。

私はというと、
一度は離れてしまった音楽への道をあきらめきれずに大学を中退したのち、
ライブハウスと貸しスタジオでバイトしながらいくつかのバンドに参加しました。

ですが、どのバンドも私を満足させてはくれず、
参加しては脱退、解散を繰り返して今はフリーでギターを弾いています。

7: 2016/06/15(水) 15:28:07.677 ID:lfOqMynq0
ある日、バイト先のライブハウスで機材チェックをしていた時のことです。

川上「あずさちゃーん」

梓「はい」

川上「ちょっとさ、相談があるんだけど」

梓「なんですか?」

川上「今あなたバンドとか組んでたわよね」

梓「いえ、組んでませんけど」

川上「ええ?あの三人組はどうしたのよ?」

梓「なんか違うから脱退しました、音楽性の違いってやつです」

川上「もう、あなたそんな事繰り返してばっかりよね・・・まだ引きずってるのかしら?」

梓「何をですか?」

川上「冗談よ、でも一人なんだ・・・うーん」

梓「どうしたんですか?」

10: 2016/06/15(水) 15:36:48.487 ID:lfOqMynq0
川上「実はちょっとしたイベントがあって参加できるバンドを探してたのよ」

梓「へぇ」

川上「梓ちゃんのところがベストだったんだけど困ったわね」

梓「別にケンカしたわけじゃないんで、私は出ませんけど声かけましょうか?」

川上「それじゃ意味ないじゃない」

梓「はぁ」

川上「結構面白いイベントだから見に行きたかったのよ、バイトの子が出てるって言えば大手を振って休めるでしょ?」

梓「なんですか、それは」

マネージャーの話しぶりに呆れながら彼女の持っていたパンフレットに何気なく目を通しました。
その瞬間、私の全身の血がサーっという音を立てて引いていきました。

梓「川上さん。これ・・・」

川上「面白そうでしょ?売れてないけど注目の若手実力派アーティストを集めるフェスなんですって」

梓「・・・」

川上「海外から戻ってきたアーティストも参加が決定してるらしくて注目を集めてるのよ」

梓「かいがい」

川上「まだタイムテーブルに空きがあるからデビュー前だったりインディーズだったりして名の知られてない子たちを集めてオーディションもやるらしくて」

川上「あなたに参加してほしかったのよね」

後の言葉は耳に入ってきませんでした。

パンフレットにはシルエットしか描かれていませんでしたが、
『NYとロンドンを震撼させた日本人アーティスト参加決定!!!』
の文字とともに唯先輩の名前が書いてあったのです。

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11: 2016/06/15(水) 15:42:15.090 ID:lfOqMynq0
その日、私はどうやって働いていたか覚えていません。
頭と胸の中がグルグルして上の空でした。
ミスをして怒られてたかもしれませんが、それすら覚えていません。

気付いた時には漫画喫茶のPCに噛り付いていました。

動画投稿サイトで唯先輩の名前を検索します。
もちろん漢字では出てきません。
「YUI HIRASAWA」で検索をすると無数の動画が出てきました。

どれもライブハウスでの演奏動画です。

オレンジ色のライトに包まれてレスポールを抱えた小さな日本人が演奏をしています。
歌はどれも英語で、さらに録音状態もよくないので何を言っているのかは一切分かりませんでしたが、
ヘッドホンから流れる音楽に私はいつの間にか涙を流していました。

12: 2016/06/15(水) 15:52:05.590 ID:lfOqMynq0
唯先輩は何も変わってませんでした。

高校時代、新入生歓迎会で演奏していた時のままで輝いていました。

画質は悪いけど、唯先輩がキラキラしていて楽しそうに歌っていることは手に取るように分かります。

でも、歌詞を忘れることも音程を間違えることもギターソロでつっかえることもありません。
バックバンドを完全に引っ張っていました。

それでも唯先輩は唯先輩らしく輝いていました。

私は次々と流れる動画をいつまでもいつまでも涙を流しながらみつめていました。

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15: 2016/06/15(水) 15:59:53.353 ID:lfOqMynq0
結局、昨日は漫画喫茶で寝ていました。
しかも泣きながら。

広めでフカフカのソファとはいえ、肩も首も腰もひどく痛みます。
さらに頭痛も激しく、目は腫れて最悪の顔になっているはずです。

かなり高い一晩分の延長料金を払って外に出ました。
夏の日差しがボロボロの私を蝕みます。

思わず崩れ落ちそうになる気持ちと体を奮い立たせ、携帯電話を鞄から取り出します。
一晩放置していたくせに着信もメール受信もありませんでした。
せめてレンタルビデオ店からくらい来ててほしかったのですが、余計寂しいでしょうか。

震える手で電話アプリをタップし発信履歴から親友の名前を呼び出します。

ほんの2コールで彼女は出ました。

憂「梓ちゃん、めずらしいね~、元気~?」

梓「う、うんまあ元気・・・かな」

憂「純ちゃんの結婚式以来だね」

梓「う、その話は言わないで・・・」

16: 2016/06/15(水) 16:10:50.554 ID:lfOqMynq0
憂「ところで、どうしたの?」

梓「あ、あのさ憂・・・いいづらい話なんだけど・・・」

憂「ま、まさか!」

電話の向こうで憂が息をのむのが分かりました。

憂「梓ちゃんも結婚するとか!!?」

梓「違うよっ!!」

思わずその場に座り込んでしまいました。
朝の通勤時間帯、駅前の漫画喫茶の前。
サラリーマンやOLさんたちが汚いものを見るような目で私を一瞥して駅に吸い込まれていきます。

酔っぱらった底辺フリーターとでも思っているのでしょう。
半分あってるのでなんも言い返せませんが。

憂「よかったー」

梓「よかったってなによ」

憂「高校時代の親友二人に先を越されるなんてショック大きいと思って」

梓「もうそんなわけないじゃない」

憂「だよね~、で本当の用事はなあに?」

梓「あのさ」

憂「あ、ごめん梓ちゃん駅についたからそろそろ電車乗るかも」

そうでした。
憂は某外資系企業に勤めるOLさんでした。いや、営業部の課長補佐だか代理だかそんくらいの役職に就いていたはずなのでOLはおかしいかもしれません。
キャリアウーマンです。

梓「こちらこそ、そんな時間に電話してごめん」

底辺の私や律先輩とは住む世界が違うんです。

梓「話は・・・唯先輩のことなんだけど」

憂「お姉ちゃんの?」

電話越しに憂の声が強張るのが分かりました。

そこで私の携帯電話の電池が切れました。
いつも大事なところで電池が切れます。アンドロイドじゃなくてiPhoneにしておけばよかった、と後悔をしました。

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18: 2016/06/15(水) 16:16:41.925 ID:lfOqMynq0
私は今、ロンドンにいます。

ロンドンはとても寒くて空気が濁っています。

もちろん、これは私個人の感想です。

フィッシュアンドチップス、期待していたのにあまり美味しくありませんでした。

一人で公園を歩いているといつも高校時代のことを思い出します。

もう戻ることはないんだと悲しくなります。

過ぎ去った時間を取り戻すことは神様にだって出来はしないし、
自分から投げ出したものなので後悔するのもおかしな話です。

代わりに過ごした時間や経験は今の私には欠かせないものです。

もし、あの夏休み前に私が戻るとしたら
きっと同じ選択をして同じ道を歩んでここに立っていると思います。

それでも・・・

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19: 2016/06/15(水) 16:26:56.862 ID:lfOqMynq0
澪「こっちは毎日が戦争なんだよ」

電話の向こうで幼馴染が愚痴をこぼしている。

澪「4歳と1歳の男の子だ、もうゴジラとミニゴジラだよ」

ばかやろう、それを言うならミニラかリトルゴジラだ。

澪「旦那は仕事が忙しいから家事を全然してくれないしさ」

そんな文句をいうなら離婚しちまえ。

澪「でも三人並んで寝てる姿を見ると幸せの象徴って感じだよなー」

うるさい。

澪「律は?元気でやってるのか?」

電話を久しぶりにかけてきたと思ったら、10分間絶え間なく自分の話をしていた。
ようやく気が済んだのだろう、私の現状を聴いてくれる余裕が出たらしい。

澪「あーーーー、ちょっと、ちょっと待ってくれ律」

と、思ったら急に叫んで電話から離れてしまった。
遠くから『何やってるの、びちょびちょじゃない!』とか『泣いてないでお兄ちゃんのところに行ってね』とか聞こえる。

あーあ、母親してるでやんの。
口調から違うじゃんか。

何だか悔しくなった私は電話を切ってしまった。
夜勤明けで疲れているんだ。これから3時間寝てコンビニに出勤だ。
6時間ぶっ通しで働いて居酒屋へ移動。途中で賄いの時間はあるけど10時間は働く。
そうすると次に外の空気を吸うのはもう朝になってるって寸法。

田舎の最低時給舐めんなよ。

放り投げた携帯電話がブーブーなっていたが、私は構わず眠りについた。

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21: 2016/06/15(水) 16:38:50.787 ID:lfOqMynq0
充電器は家です。

憂に心の中で謝ってから私は家路につきます。
歩いて20分くらい、バスも通らない不便な街の一角に私のマンションはあります。


オートロックなんかありません。
ワンルームです。
ベランダすらありませんし、唯一の窓を開けると隣のマンションのベランダです。

だからカーテンはずっと閉めっぱなしでカーテンレールには洗濯物が無造作にかかっています。
あ、洗濯機を置く場所なんかないので一階にコインランドリーがあります。
住民以外も入れる環境なので洗濯中は一歩も離れられません。
一週間遅れのジャンプとモーニングが置いてあります。

収納は小さなクローゼット一つなのでクーラーの下にギターが鎮座しています。

シングルベッドと小さな机だけがある部屋。
テレビもパソコンもない部屋。
冷蔵庫すら備え付けの部屋。

唯先輩はどんな暮らしをしてるんでしょう。

インディーズとはいえ世界を股にかけて活躍している人ってどんな家に住んでるんでしょう。

もう違う世界の人なんですね。
同じ音楽をしてるのに、同じギターを弾いているのに。

今度は違う意味での涙が流れてきて、私はそのまま寝ることにしました。

おやすみなさい。

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23: 2016/06/15(水) 16:50:37.593 ID:lfOqMynq0
「あずにゃーん、おまたせー」

「もうっ!どこに行ってたんですか」

「えへへ~」

「みなさん、裏にスタンバってますよ!そろそろ開演ですし、急いでくださいっ」

「あずにゃん先輩厳しいっす」

「唯先輩緩すぎっす!」

「おーい、二人ともなにちんたらやってんだよー」

「開演1分前じゃないか、ドキドキしたぞ」

「うふふ、間に合ってよかったね」

「うん!」

「よぉっし、放課後ティータイムの晴れ舞台だ!いっちょ景気づけに」

「おいおい変なこと企んでるんじゃないだろうな」

「違わい!ほれ円陣組もうぜ」

「おー、りっちゃん盛り上がりどこだね」

「まったく」

「うふふ、楽しいね梓ちゃん」

「はい」

「ほうかごーてぃーたいむー!ふぁいっおー!」

「「おー!」」

「運動部みたい」

わああああああああああああああああああああああ

「お、時間だな、いくぜー」

「あずにゃんあずにゃん」

「何ですか、唯先輩早くステージにいかないと」

「きっとね、私たちが今まで歩いてきた場所すべてに意味があって、回り道とか無駄な事とかそんなの何もなかったんだよ」

「何が起きても私たちは放課後ティータイムだからね、こうしてまたみんなで____」

「_____________」

********

24: 2016/06/15(水) 16:59:05.345 ID:lfOqMynq0
私がいた場所。

選んできた道。

唯先輩が一人でいなくなってしまったこと。

四人になった放課後ティータイムに違和感をかんじてしまったこと。

だから先輩たちを追いかけずに地方の大学へ進学を決めたこと。

馴染むことが出来ず、音楽を忘れることが出来ず、夢を追いかけると言い訳して地元に戻ってきたこと。

放課後ティータイムの影を追い求めつづけていたこと。

参加したバンド。脱退したバンド。解散したバンド。

私が選んだ仕事。

バイト代を貯めて買ったギブソンレスポールスタンダード。重くて慣れなかった。

沈んでしまった私。

それでも見つけてくれた人。

そこで光が開けたようにかんじたのだけれど。

それはきっと間違いで。きっとここにたどり着くのはあの日から絶対のことだったんですね。

キラキラ輝く場所を探していたけれど。

ちゃんとそこにあった。

舞台には唯先輩が笑って待っていた。


唯「ロックの女神さま!クイーン・オブ・ロックだよ!!」


変わってませんね。



おしまい。

引用元: 唯「キング・オブ・クイーンだよ!」梓「意味が分かりません」