1: 2009/01/01(木) 21:27:27.88
老人「・・・」

難しそうな顔をした老人は窓越しの曇天を静かに見つめていた。
灰色とくすんだ青色が入り混じった空には、朝食を求める鳥たちが小さな群を連れて飛んでいる。

メイド「・・・・」

老人とは反対側の窓から差し込むわずかな細い朝陽が若い女の白い顔を照らす。
小さな屋敷の少し大きな庭には、もう小鳥がやってきている。

屋敷の部屋にはただ、老人が時々鳴らす揺り椅子のきいきいという音だけが、振り子時計のようにリズム良く鳴るだけだった。
静かな朝が、またやってきた。

2: 2009/01/01(木) 21:32:29.23
メイド「・・・」

若い女は何も言わず、小さな陶器に湯を注ぐ。
一人分にしては少し大きめなテーブルに置かれた白いカップに、綺麗な紅色が注がれた。

老人「・・・」
メイド「・・・」

二人は何も語らない。いつもと変わらないことだった。

メイド「・・・」

主人の紅茶を入れ終わると女はすぐにその場から離れ、部屋を後にした。
老人も女も、何も言わない。

バタン

そして無音のままに玄関の扉が閉まった。
メイドは主人に何も告げず、外へと出かけたのだ。

だがそれはいつもの事。
なんら変わらない、朝の恒例だった。

4: 2009/01/01(木) 21:37:48.79
「おうおう、屋敷のお譲ちゃんじゃないか!」
メイド「・・・」

女は振り向き、黒い裾を揺らした。
黒い目が朝市の男をじっ と、無関心そうに見つめる。

「今日は良い果物が入ってるんだ、どうだい?安くしとくぜ!」
メイド「・・・」
「おい、抜け駆けは無しだぞ!・・・譲ちゃん!こっちの豆はどうだ?今朝船で届いた最高級のものだぞ!」
メイド「・・・」

市場の男たちは数人で女に品を進めるが、女はそれぞれの物をしばらくじっと見つめ、そうして静かに首を横に振るのであった。

「・・・まあ仕方ねえ!またきてくれよ!」
「次も良い品を用意してるからな!」
「またなー、譲ちゃん!」
メイド「・・・(コクリ」

若い女は小さな会釈をし、市場を進んでゆく。
腕に通した編みかごの中は、まだ空である。

5: 2009/01/01(木) 21:42:24.06
「・・・あ!あの子よ、そうそうあの子・・・」
「ああ・・・外れにある屋敷の?」
「ええ、あの偏屈なおじいさんの・・・」
「あらやだ、あの偏屈おじいさんの?それはまた大変ねぇ・・・」

メイド「・・・」

市場の隅で女達が話に花を咲かさせていた。
しかし若い女はそれを気にした風も無く、静かな足取りで市場を歩いている。

「・・・でも、もう来てから結構経つらしいのよ?」
「あらやだ、そうなの?」
「ええ、それでもまだ辞めてないんだから・・・」
「・・・良くもつわねぇ、あの子も・・まだ若いのに・・・」

メイド「・・・」

女の歩みには乱れが無かった。

6: 2009/01/01(木) 21:49:35.71
メイド「・・・!」

女の歩みが露店の前で止まった。
露店には異国からの珍しい茶葉が、少し高値で売られていた。

「・・・おう、綺麗なお譲ちゃん・・・興味あるのかい?高いよ?」
メイド「・・・」

女は腰を屈め、曇った金色の缶を手に取った。
茶の産地はあまり聞かない所であったが、缶からはそれなりに歴史を紡いできたような重々しさが漂っている。

メイド「・・・これを」
「ん、320,000YENになるよ」
メイド「・・・」

女は無言で紙幣を差し出し、露店商も無言で受け取った。

「・・・しかし、珍しい目の色をしてるねぇ」

露店の男が帽子に隠れそうな顔を僅かに上げて、女の顔を一瞥した。
女の黒い瞳と視線が交錯する。

メイド「・・・おつり」
「あ、ああすまないねぇ」

店の男は麻袋から紙幣を取り出して女に渡した。

メイド「・・・(ペコリ」

女はまた男に小さく会釈をし、その場から去っていった。

8: 2009/01/01(木) 21:55:31.97
ガチャ

メイド「・・・」

女は無言で屋敷の扉を開けた。
手にしたかごにはごく僅かな果物と、小さな青い魚と、堅そうなパンが入っていた。
そして隅には金色の茶缶が詰められている。

老人「・・・」

帰ってきた女が、老人の部屋へとやってきた。
老人は女に目を向けず、ただ揺り椅子に座り朝の空を見上げているだけであった。

メイド「・・・」

女もまた無言で、新しい紅茶を注ぐのであった。

10: 2009/01/01(木) 22:00:55.13
ガチャ

メイド「・・・」

昼。主人の部屋に再び女がやってきた。
今度は片手に料理を抱えていた。薄く切ったパンと、魚と、鮮やかに盛り付けられたサラダである。

コトン と、老人の前に静かに皿が置かれる。

老人「・・・」

屋敷の主人は無言でフォークを取り、難しい顔のまま何も言わずに置かれた料理を食べ始めた。

メイド「・・・」

女は食事を始めた老人に小さく会釈をし、部屋を出て行った。
これからは女は洗濯を始める。それもまた無言なのだろう。

屋敷は昼になっても、外とは違い、静かであった。

11: 2009/01/01(木) 22:06:25.93
メイド「・・・(ガシャガシャ」

女は屋敷の裏の川の水で老人の衣服を洗っていた。
ただ手つきはどうしても鈍臭く、その作業は料理とは比べ物にならないほど要領が悪く、遅かった。

女「・・・(ガシャグシャ」

ただ丁寧といえば丁寧なので、この洗い方は老人も咎めるつもりも無かった。
そもそも老人は外に出ず、日中は静かに本を読んで過すため、服はあまり汚る事がない。

この作業が特に苦手な女には、それが幸運であったといえる。

ガシャガシャ、ガシャガシャ

メイド「(・・・ふう)」

女が一息つき、空を見上げた。空は青く、雲はその中で白く、思わず出かけたくなるような良い陽気であった。

14: 2009/01/01(木) 22:12:12.17
「すみませーん」

メイド「!」

屋敷の裏側から聞えた人の呼び声に、女は洗濯の作業を中断した。
スカートを少しだけ持ち上げて、声の方へと駆け寄る。

「・・・あ、どうもすみません」
メイド「・・・」

門の前にいたのは配達人であった。
青い帽子と青い制服が、昼の長閑な屋敷には似合っている。
彼は新聞を届けに来たのだろう、これもまた毎朝の恒例である。

「・・・ええと、はい、新聞です。」
メイド「・・・」

いつものように女は無言で受け取り、いつも通り小さな会釈をし、屋敷へと戻ろうとした。

「あ、お待ち下さい」

ただ一つ、ここはいつもと違っていた。

16: 2009/01/01(木) 22:17:07.43
メイド「・・・?」
「こちらも、この屋敷宛で届いております・・・どうぞ」

男は白い便箋の手紙を差し出した。

メイド「・・・・これは、」
「はい?」
メイド「・・・これは・・・ここの主人への・・?」
「ええ、はい・・そうですが?」
メイド「・・・ですか」
「まぁ、はい」
メイド「・・・」

女は顎に指を当て、僅かに考えた。

メイド「・・・はい、です・・・」
「え?」
メイド「・・・ごくろうさまです」
「あ、はい・・・では、僕はこれで」

そう言い、配達の青年は屋敷を後にした。

メイド「(・・・・手紙・・・)」
メイド「(・・・初めて、新聞以外のものが・・・)」

17: 2009/01/01(木) 22:21:22.41
ガチャ

女は静かに老人の部屋の扉を開けた。
老人は分厚い本を読んでいた。難しそうな顔は相変わらずである。

メイド「・・・」

女は無言で、主人のテーブルの隅に新聞を置いた。

老人「・・・」

主人もまたそれを無言で手に取り、広げて読み始める。

老人「・・・隣国の市民虐殺事件から5日・・・か、ふん」

屋敷の主人は新聞の見出しを口に出して読むのが癖であった。

18: 2009/01/01(木) 22:25:03.80
メイド「・・・主」
老人「・・・ん、」

女は珍しく口を開いた。いつもならば一日中一切会話などしないのだが。

メイド「・・・こちらも、です」
老人「・・・」

それでも女は少ない口数で、主人に手紙を差し出した。

老人「・・・」

主人も無言でそれを受け取り、より難しそうな顔で便箋を開封してゆく。
開封したそこには、白い手紙が折りたたまれて入っていた。

老人「・・・」

女は、主人の表情が少し強張ったのを見た。

19: 2009/01/01(木) 22:30:01.90
老人「・・・女よ」
メイド「・・・はい」

主人は手紙に目を向けたまま口を開いた。

老人「・・・近々、ワシは出かける事となるかもしれん」
メイド「・・・?」
老人「ここの留守を頼めるか」
メイド「留守、ですか」

主人のいない屋敷の留守番。それは初めて言われることであった。

老人「どうしても、行かねばならんのでな」
メイド「どうしても、ですか」
老人「うむ・・・」
メイド「・・・」

21: 2009/01/01(木) 22:35:00.11
老人「明日の朝には出なければならん」
メイド「朝、すぐにですか」
老人「うむ・・・急ぎの用なのだ、すまない」
メイド「いえ、しかし」
老人「?」

メイド「・・・私はどうすればいいですか?」
老人「・・・自分の分の食事を買い、食い、好きにしていればよかろう」
メイド「・・・」
老人「ふむ・・・そうだな、お前とは雇った時からほとんど何も話さなかったからな」
メイド「・・・」
老人「・・・ワシが留守の間は屋敷を好きに使うがいい」
メイド「そう言われましてもです・・・」
老人「お前はもう少し、贅を覚えておけ」
メイド「・・・」

22: 2009/01/01(木) 22:39:50.63
メイド「(留守・・・どうすればいいのですか・・・)」

女は再び川に戻り、洗濯の続きをしていた。
ただでさえ作業は遅いのにそこへ雑念が入り、女の洗濯はとてものろまなものになっている。

ガシャ・・・ガシャ・・・

メイド「(・・・主がいない生活なんて、よく知らないです・・・)」
メイド「(・・・私は、この屋敷で仕事をする以外は何も・・・)」

メイド「(本当に・・・どうすればいいのですか・・・)」

23: 2009/01/01(木) 22:45:52.39
戸惑う女の気持ちとは裏腹に、陽はすぐに落ち、再びすぐに登るのであった。
いつもならば少し長く感じる仕事も、その一日では驚くほど短く感じられた。

メイド「・・・」
老人「・・・では、屋敷を頼んだぞ」

門の前には簡素な馬車が主人の出発を待っていた。
メイドは門の内側で、主人は門の外側に立っている。

メイド「・・・お任せ下さい、です」
老人「・・・うむ」
メイド「留守の間、ここは私が・・・お守りします、です」
老人「うむ、そんなに肩の力を入れなくても良い」
メイド「・・・」
老人「これはしばしの休暇だと思え、いいな?」
メイド「・・・はい、・・です」
老人「・・・・うむ、よろしい」

主人が小さく頷くと、そのまま馬車へと乗り込んでいった。

老人「・・・では、出してくれ」

25: 2009/01/01(木) 22:50:29.22
馬車は軽快な足音と共に走り出し、みるみる内に景色の彼方へと消えていってしまった。

メイド「・・・」

女はその遠影が消えるまで、門の内側で見送っていた。
だがそれもすぐにやめ、女はその場で、顎に指を当てて考え込む。

メイド「(さて・・・どうすればいいですか・・・)」
メイド「(主がいつ帰るのか・・・聞いておくべきでした)」
メイド「(・・・・何を、何をしましょう・・・です)」

女にとっては初めての、主人のいない生活が始まった。

27: 2009/01/01(木) 22:56:03.61
メイド「(・・・・もっと遅くやるべきでした)」

屋敷の掃除は隅から隅まで、ものの数時間で片付いてしまった。
小さい屋敷とはいえ、普通にやれば一日や二日はかかるものなのだが、彼女にかかればそれもすぐなのである。

メイド「(・・・掃除・・・他は何か、時間を稼げるものは何か・・・)」
メイド「(・・・そうだ、洗濯です・・洗濯なら時間をかけてやれるです)」

女はわざとゆっくり歩き、洗濯をするために庭へと出た。

メイド「・・・!」

だが、川には何の衣類も置かれてはいなかった

メイド「(・・・そうです・・・主がいないのです)」
メイド「(衣類はそのまま着ていった・・・というですか)」

メイド「(・・・他・・・他に何をすれば・・・)」

28: 2009/01/01(木) 23:01:00.64
考えた末に結局、食事も風呂の支度も出来ないという結論に至る。
主人がいない屋敷での奉仕作業など何も無い。当然といえば当然なのであるが。

メイド「・・・」

女は、普段主人が座っている揺り椅子に腰を降ろして考え込んだ。
黒い眼はまばたきせず、床の一点だけを焼くように見つめていた。

メイド「(・・・何も、無いです)」
メイド「(仕事が無いです)」

メイド「(・・・休暇と言われましてもです・・・)」
メイド「(休暇とは何ですか?何をすればいいのですか?)」

メイド「(いっそ一日中、洗濯をしていたいです・・・)」

29: 2009/01/01(木) 23:05:44.49
昼。結局女は暇を持て余し、主人の揺り椅子で何とも無いことを考えているだけだった。

メイド「(・・・主・・・いつ帰るのですか)」
メイド「(・・・私は仕事をしていたいです・・・)」

ふと、女の視界の端に見慣れぬものが映った。
テーブルの上に何か、袋のようなものが置かれているのだ。

メイド「・・・・」

袋の中には束になった紙幣や、多くの小銭が入っていた。
とても数日、数週間では使い切れないほどの莫大な額である。

メイド「(・・・使え・・・ということですか)」

メイド「(・・・)」

30: 2009/01/01(木) 23:09:49.07
「おう、お譲ちゃん!どうだい、今日も良い果物が入ってるよ!」
メイド「・・・」

女は間髪いれずに首を横に振った。
普段断わるならば品定めし少し考えた後に拒否をするものなのだが。

「・・・?そうか、まぁ、またきてくれよ」
メイド「・・・(ペコリ」

メイド「(・・・主がいないです、買うものが無いです)」
メイド「(・・主がいないから何も必要ないです・・・)」

メイド「(いえ・・・それでは主からお金をいただいた意味が・・・)」

メイド「(・・・どうしましょう・・・です)」

女はあても無く、市場をふらふら彷徨うのであった。

31: 2009/01/01(木) 23:15:00.65
メイド「・・・」

昼の市場はさすがに賑やかで、人で溢れかえっていた。
女はいつもならばこの時間に洗濯をし、掃除をし、食事を出し、様々な仕事をこなしているはずなのだ。

だが今日の日程だけはどうしても違っていた。

メイド「(・・・とにかく、主が帰るまで何か・・・時間を潰さなければなりません・・・です)」
メイド「(留守を任されたのですから、それは家でしなければなりません、です)」

メイド「(・・・時間を潰せる何かを買い・・・家で過す・・・ということになる、です)」

メイド「(時間を潰せるものといえば本ですが・・・特に目ぼしい本は無いですね)」
メイド「(・・・本当に何をすればいいのですか・・・困ったです)」

33: 2009/01/01(木) 23:22:31.68
「だれか・・・だれかたすけて・・・」

メイド「!」

消え入りそうな、小さな声が聞えた。
女は喧騒の中でそれを聞き逃さなかった。

「たすけて・・・だれか・・・」
メイド「・・・!・・!」

女は声のする方へと、一目散に駆け出した。

賑やかな市場の大通りの端にある小さな細い道から、声は聞こえていた。
女はかさばるメイド服のスカートを手で纏め、声のする方へと走り寄る。

男の子「はぁ・・・はぁ・・・」
メイド「!」

路地裏の物陰にはまだ幼い男の子が荒い息を立てて横たわっていた。
質素な服は汚れ、靴は無く、体は熱で震えていた。

メイド「(なんということ・・・助けなければ・・・です・・!)」

34: 2009/01/01(木) 23:27:31.36
男の子「う・・・んん・・・」
メイド「・・・」
男の子「うう・・・お母さん・・・う・・」
メイド「・・・」
男の子「う・・・・う・・?」

少年は首を傾けて、横を見やった。
そこには綺麗な顔立ちをした、人形のような黒い瞳をしたメイドがこちらを向き鎮座していた。

男の子「う、うわっ!」
メイド「気がついですか」
男の子「あ、え・・・?ここは・・・」

子供は上を見上げた。そこには上質な装飾で飾られた天井が広がっている。

男の子「う・・わ・・・すごい・・」
メイド「・・・」
男の子「・・豪邸だ・・・すごい・・わー・・・」
メイド「・・・」
男の子「あ、・・・あなたが僕を助けてくれたんですか・・?」
メイド「・・・はい、です・・・うなされていたので薬と粥を飲ませ、寝かせておきました・・・です」
男の子「・・そうですか・・・ごめんなさい・・・わざわざ・・・」

35: 2009/01/01(木) 23:32:54.18
男の子「・・・僕、捨てられた・・・その、孤児で・・・」
メイド「・・・」
男の子「捨てられてからずっと物乞いとして過ごして食いついないでいたんです・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・それはまだ良かったんですけど・・・急に熱に襲われて・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・あの、聞いてますか・・・?」
メイド「聞いているです」
男の子「あ、はい・・・なんだかすみません、つまらない話でした・・・」

メイド「・・いいえ、そんなことは無いです」
男の子「え?」
メイド「(あと数日ほど、そうしてずっと話してくれると助かるのですが・・・)」
男の子「え、今何か・・」
メイド「いいえ、何もありません、です」
男の子「あ・・・そうですか・・・」

36: 2009/01/01(木) 23:36:38.79
男の子「・・・あ、ごめんなさい・・・僕が寝たらベッドが汚れますよね」
メイド「別にいいです」
男の子「いえでも・・・」
メイド「いいです」
男の子「・・・そ・・うですか・・・」

少年は気まずそうにうつむいて、黙ってしまった。
何より普段とは違う豪華な室内に戸惑っているのだろう。

メイド「(・・・助けたはいいですが)」
メイド「(ここで子供を預かるわけにはいかない・・・です、ね)」
メイド「(主に無断で人を入れるわけには・・・)」

メイド「(・・・しかし)」

メイド「(・・しかし、このまま外へ放り出すのは・・・)」

37: 2009/01/01(木) 23:41:53.35
メイド「・・・しばらく」
男の子「え?」
メイド「しばらくこの屋敷で、ゆっくりするといいです」
男の子「え・・え、いいんですか・・・?いえ、悪いですよ・・・そんな」
メイド「別に構わないです、私は暇でしたから」
男の子「・・・ありがとうございます・・・」

メイド「・・・ただ、」
男の子「?」
メイド「ここの主が今は留守にしているのですが、帰ってきた時には貴方はここを出なければならないです」
男の子「・・・はい、そう・・ですね・・・」
メイド「・・・だから、その間だけです」
男の子「いえいえ、ありがとうございます・・・嬉しいです、ありがとうございます・・・」

メイド「・・・」
メイド「(・・“ありがとうございます”・・・)」

メイド「・・・」

40: 2009/01/01(木) 23:51:02.97
夕時。
外は茜色に染まり、雲も紫に輝いていた。

窓から流れ来るオレンジの光が少年の顔を照らす。その表情はどこかぼーっとした、何も考えていないような顔だった。

男の子「(・・・人の家に・・それもこんな豪華な家に・・・)」
男の子「(悪いなぁ・・・お礼してもし尽くせない・・・)」

メイド「・・・」

コトン

男の子「えっ、これは・・・」

女が無言で運んできたものは、少ないながらもバランスよくつくられた贅沢な食事。
それを少年の前に置くと、女はトレイを持ったまま静かに立ち尽くした。

メイド「・・・」
男の子「あ、あの・・・」

女は何も言わず、窓の外の長閑な風景を見ている。町の市場は遠くに見えていた。

男の子「(う・・・うーん)」

少年はとりあえず、差し出された豪華な食事を食べることにした。

41: 2009/01/01(木) 23:58:48.67
男の子「ふ・・わぁ、ご馳走様・・・とても美味しかったです」

少年は本当に食事が美味しかったようで、深く感心したように息をついた。
皿には何も残されず、全て綺麗に食べられていた。

メイド「・・・・(カチャカチャ」
男の子「あ、僕が片付けます・・・」
メイド「いいです、私がやるです」
男の子「でも・・・」
メイド「いいです」
男の子「・・・・・はい」

食後の食器も結局女が片付けてしまい、少年はとうとうやることがなくなってしまった。

男の子「(うう・・・なんだか居辛いなぁ・・・)」
男の子「(何から何まで・・・こんなに贅沢なもてなし、されたことないや・・)」

メイド「・・・」

少年がそうこう考えているうちに、女は戻ってきた。
相変わらず無表情のままで、何を考えているかはわからない。

男の子「・・・あの、僕になにかできることは・・・」
メイド「無いです」
男の子「え」
メイド「やれることは全部終わらせましたです」
男の子「は、はぁ・・・そうなんですか・・・」
メイド「・・・」

メイド「(・・・ついに、やることがなくなった・・・です)」

46: 2009/01/02(金) 00:08:08.85
さむー 最近良い番組やってない

47: 2009/01/02(金) 00:19:47.44
紅茶とポテチうまい しばしまたれよ

51: 2009/01/02(金) 00:35:04.78
スルメ美味い

53: 2009/01/02(金) 00:44:51.30
男の子「・・・」

少年は部屋を見回した。

部屋には石で作られた置物など高価なオブジェや家具が置いてある。
が、しかしどうにも生活臭のしない、落ち着かない空間であった。

男の子「・・・この屋敷・・・大きくて・・なんていうか、すごいですね・・・」
メイド「・・・」

女には少年の言葉が聞えていたが、しかし口を開こうとはしなかった。
無表情のまま傍らに立ち、無言でいるばかりである。

男の子「あ、あの・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・あの・・・僕には何か・・・手伝えることはありませんか?このままでは申し訳ないですし・・・」
メイド「・・・・何か」
男の子「・・・?」
メイド「何かやれることはありませんですか?」
男の子「えっ?」

メイド「・・・何もないのは、こっちです」
男の子「は、はぁ・・・」

夜は長かった。

54: 2009/01/02(金) 00:50:12.38
メイド「風呂は沸かしてあるです、ごゆっくり・・・です」
男の子「は、はい、ありがとうございます・・・」

女は脱衣所まで少年を見送ると、静かにその扉を閉めた。

男の子「(お風呂なんて・・・すごい久しぶりだぁ・・・)」

少年は服を綺麗にたたんで脱ぎ、風呂場へ入った。
風呂場は広く、湯船もかなり大きく豪勢だった。

男の子「(僕・・・本当にこんなことをしてていいんだろうか・・・)」

慣れない贅沢に戸惑うものの、少年はそれを受け入れる他無い。
もうもうと湯気の立つ湯の中で、少年はほうと一息つき、考える。

男の子「(・・・どうして、僕はこんなにおもてなしされているんだろうか)」
男の子「(野垂れ氏にそうなところを助けてもらって・・・しかも食事にお風呂まで・・・)」

男の子「(・・・良い人だなぁ、あの人・・・)」
男の子「(・・はぁ)」

58: 2009/01/02(金) 00:57:30.45
男の子「あの、ありがとうございました」
メイド「・・・」

風呂から上がりほくほくと暖まった少年は、女に深々と頭を下げた。
無表情の女もそれを見て、また浅く頭を下げる。

男の子「あ、あの・・・なんでですか?なんで僕なんか・・・」
メイド「・・・」
男の子「孤児なんてこの国では・・どう珍しくもないのに」
メイド「・・・」
男の子「嬉しいですけど、なんだか・・悪いです・・・何か、お返しできませんか?少しでも・・・」
メイド「・・・私は」
男の子「は、はい」

メイド「・・・人と、上手く喋れないです」
男の子「あ、そうなんですか・・・」
メイド「私は仕事しかできないです、あまり人とは話したくないです」
男の子「あ・・・すみません・・・」

メイド「・・・でも、貴方は喋っていてください、です」
男の子「え?」
メイド「・・・本当なら主がいて、仕事があるのですが・・・」
男の子「は、はぁ・・・」
メイド「仕事が無いと、何をしていいのか・・・わからないです」

メイド「だから、貴方が何かをしたいというのであれば、喋っていてくださいです」
男の子「喋る・・・ですかぁ・・・」
メイド「なんでもいいです」

メイド「(・・・他に何もすることが無いです、話を聞いていれば時間も潰せるです)」

59: 2009/01/02(金) 01:04:04.94
男の子「あの・・・」
メイド「・・・」
男の子「僕と話をする・・っていうのはダメなんですか?一人で喋るのはちょっと・・・」
メイド「それは嫌です」
男の子「い、嫌なんですか・・・」

メイド「私は喋るのが苦手です、さっきも言ったです」
メイド「・・・私は確かに貴方を助けましたが・・・」
男の子「は、はい・・・」
メイド「・・・何もすることがなかったからです」
男の子「・・・はぁ・・・」
メイド「もてなしているわけではありません、です」
男の子「・・そうですか・・・ですね・・・」

メイド「・・・でも貴方が何かしたいというなら、喋ってくださいということです」
メイド「そうして時間を潰していたいのです、話を聞くことは、それだけで仕事をしているような気分になれる・・です」
メイド「早く何か喋ってください、私はそれを聞きます、です」
男の子「は、はい・・・」

男の子「(うーん・・・喋れって・・・何を話せば・・・)」

窓の外は暗く、露で濡れていた。

60: 2009/01/02(金) 01:06:46.68
男の子「・・・じゃあ、僕の・・・いままでの話をしますね?」
メイド「・・・」
男の子「・・あの、僕・・もう10歳になるんですけど・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・・あのぅ」
メイド「・・・」
男の子「そう、じっとこっちを見られると・・・」
メイド「・・・?」
男の子「なんというか、ちょっと恥ずかしいというか・・・」
メイド「・・・じゃあ、」

女は顔を窓に向けた。

メイド「これでいいですか」
男の子「・・・はい」

男の子「(・・・なんだかなぁ・・・)」

62: 2009/01/02(金) 01:12:04.21
男の子「それで・・・ですね、僕は10歳になるんですが・・・」
男の子「6歳になるまではお母さんと一緒に暮らしていたんです」
男の子「お母さんはすっごく優しくて・・・」
男の子「あの頃はすごく楽しくて・・・それで・・・」

男の子「でもお母さんの働いていたところが無くなっちゃって・・・」
男の子「それでお母さん、僕を置いてどこかへ行っちゃったんです・・・」
男の子「・・・本当は僕、この町じゃないずっと遠い所に住んでいたんです」

男の子「・・・この町はまだ治安が良いし、家も多いから・・・寒くないし・・・」

男の子「・・・あの」
メイド「・・・」
男の子「・・やっぱり僕一人喋るのは・・・ムリです」
メイド「・・・」
男の子「ごめんなさい、あの、よければ喋ってください・・・」
メイド「・・・はぁ」
男の子「うっ・・・ごめんなさい・・・」

64: 2009/01/02(金) 01:17:48.21
メイド「・・・人とは、あまり喋ったことがないです」
男の子「は、はぁ・・」
メイド「・・・私の喋り方を見てわかるでしょう、変です」
男の子「たしかにちょっと変な癖はありますけど・・・そこまで変じゃないですよ」
メイド「私は気にしているです、だから喋りたくないんです」
男の子「・・・あの・・・異国の方・・・ですか・・・?」

メイド「・・・さあ」
男の子「あの、でも、そんなにおかしくないですよ?」
メイド「・・・」
男の子「異国の人にしては、結構流暢だし・・・」
メイド「・・・異国かどうかなんて、知らないです」
男の子「え?」

メイド「・・・・私は拾われた人間です」
男の子「・・・孤児・・・だったんですか?」
メイド「知らないです」
男の子「(知らないって・・・)」
メイド「気が付いたら拾われて、仕事を覚えて、そうして生きてきたんです、知らないです」
男の子「は・・・はぁ・・・」

66: 2009/01/02(金) 01:23:19.46
メイド「・・・こんなに人と話すのは、滅多に無いです」
男の子「そう、なんですか・・・」
メイド「ずっと仕事をしてきたです、他の事なんて知らないです」
男の子「・・・それって、・・・楽しいんですか・・・?」
メイド「さあ」
男の子「うーん・・・僕は・・・やだなぁ、そんなの・・・」
メイド「私は話さず、仕事をしているほうが好きです」
男の子「・・・」
メイド「掃除して、洗濯するです、食事を作るです、お風呂の支度をするです」
男の子「・・・」
メイド「・・・それだけでいいです」

メイド「・・・はぁ」
男の子「・・・ごめんなさい」
メイド「・・別にいいです」

メイド「(やっぱり、喋るのは嫌いです・・・)」

67: 2009/01/02(金) 01:28:05.12
男の子「ふぁあ・・・うーん・・・」
メイド「・・・」
男の子「むにゃ・・・うーん・・・んー・・・」
メイド「・・・」
男の子「うーん・・ん・・・?」
メイド「・・・」
男の子「う、うわっ!」
メイド「・・・なんです」
男の子「だ・・・だって起きたらすぐ隣に人がいるなんて・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・・・あの」
メイド「・・・」
男の子「そんなにじーっと、こっちを見るのは・・・やめてください・・・ごめんなさい」
メイド「・・・(プイッ」

男の子「(・・・やり辛い人だなぁ・・・確かにお世話になってるし・・・良い人なんだけど・・・)」

朝。外は晴れ、良い陽気だ。少年は伸びをし、快適な早朝を迎えた。
しかし女にとっては少し遅い、リズムの狂った朝であった。

70: 2009/01/02(金) 01:33:00.67
男の子「あの・・・」
メイド「・・・」
男の子「すみません、あの・・・」
メイド「・・朝食ならテーブルにあるです」
男の子「いえ、そうではないんですけど・・・」
メイド「・・・なんです」

男の子「・・いいんですか?僕はここにいても・・・」
メイド「主が帰ってくるまではいいです」
男の子「・・・ありがとうございます・・・」
メイド「礼なんて別にいらないです」
男の子「いえ、あの、僕になにかできることがあれば・・・その」
メイド「私の時間を貴方にわけろと言うのですか」
男の子「へ?」
メイド「貴方が私の何かを手伝うことは、私の時間を奪うことです」
男の子「は、はぁ・・・」
メイド「そうなると私はなにもできなくなるです」
男の子「(おかしな理論だなぁ・・・)」

72: 2009/01/02(金) 01:39:35.80
メイド「・・・・(カショカショ」

男の子「(・・・食器を洗ってる・・・)」
男の子「(・・・何かを手伝うなら・・・これしかない)」

男の子「あの、それ僕にやらせてください!」
メイド「・・・?」
男の子「僕がやりますんで、あなたは休んで下さい!」
メイド「は、何を言うんですか・・離してください、です」
男の子「いえいえ、ずっとお世話になっては悪いですから・・・僕にやらせてください」
メイド「離してください、これは私の仕事です」
つるっ

メイド「あ」
男の子「あ」
ガシャン

男の子「痛っ・・!」
メイド「!」
男の子「あ、皿が・・・す、すいません!ごめんなさい!」
メイド「大丈夫ですか、怪我はないですか」
男の子「えっ?あの・・・ごめんなさいお皿を割っちゃって・・・」

メイド「足が・・破片を踏んでしまったですか」
男の子「・・・ごめんなさい・・・屋敷のお皿なのに・・」
メイド「・・・皿よりも」
男の子「・・?」
メイド「大事なものくらい、いくらでもあるです」
男の子「・・・」

73: 2009/01/02(金) 01:44:13.28
メイド「・・・包帯は巻きました・・・です」
男の子「・・・・ありがとうございます・・すいません・・・」
メイド「・・・」

男の子「(ちょっと変なところはあるけど・・・)」
男の子「(・・・やっぱり、優しい人だなぁ)」

メイド「・・・やることが増えるくらいが丁度良いです、仕事が増えればそれだけでいいです」
男の子「仕事って・・・給金とかは気にしないんですか?」
メイド「受け取らないです、必要ないです、仕事だけできればいいです」
男の子「・・・そ、それって奴隷じゃないんですか・・・」
メイド「・・・人聞き悪いです」
男の子「あ、すいません・・・」

メイド「・・・無給は私が自ら望んでいることです」
男の子「そうなんですか・・・」
メイド「・・・」

男の子「(・・また黙っちゃった・・・)」

75: 2009/01/02(金) 01:49:50.93
男の子「あのぅ」
メイド「・・・」
男の子「ここの主人さんって、どんな人・・・なんですか・・・?」
メイド「・・・」
男の子「あの、やっぱり心の広い、優しい人なのかなって・・」

メイド「・・・主は」
男の子「(あ、やっと口を開いてくれた)」
メイド「・・・私を拾ってくれたです」
男の子「そうなんですか・・・じゃあ優しい人なんですね」
メイド「・・・」
男の子「(え、また黙っちゃうの?)」
メイド「・・・知らないです」
男の子「へ?」
メイド「主とも、ほとんど話したこと無いです」
男の子「え・・・そんなことってあるんですか・・・?」
メイド「・・・別に、いいことです」
男の子「(うーん・・・)」

メイド「・・・主が何をしているか、どんな人か」
メイド「それは私は知らないです、関係ないです」
男の子「(ドライだ・・・)」

77: 2009/01/02(金) 01:54:40.11
大きな掛け時計が振り子を揺らす。
少年は朝の日が入り込む窓の前に揺り椅子を移動させ、外の景色を見ていた。

男の子「(掃除しようかなと思ったけど、あの人が全部やっちゃってるし・・・)」
男の子「(・・・本当に、仕事だけの人・・なのかな)」

メイド「・・・」
男の子「あ」

少年の前に紅茶のカップが差し出された。

男の子「あの、僕はその・・・」
メイド「これは欠かせません、です」
男の子「(欠かせないって・・・)」
メイド「これを飲んでいただけなければ、朝の仕事が終わらないです」

男の子「(・・・なんなんだろう、それって・・・)」

79: 2009/01/02(金) 02:03:55.13
男の子「ズズズ・・・ほぅー・・・紅茶、すっごく美味しいですよ、ありがとうございます」
メイド「・・・」
男の子「(だめだ、表情すら変えてくれない・・・)」

男の子「・・・あのぅ」
メイド「・・・」
男の子「僕、何かしたいんですけど・・・」
メイド「・・・」
男の子「あの・・・僕と、お話ししていただければ・・・」
メイド「嫌です」
男の子「(わぁ、断られた・・・)」
メイド「・・・」
男の子「(・・・どうしよう・・・)」

82: 2009/01/02(金) 02:14:37.79
男の子「・・・あの、あなたの名前は・・・そのー・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・・あのぅ、僕は男っていうんですけど・・・あなたの名前はなんていうんですか?よければ、そのー・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・・」
メイド「・・・」
男の子「(はぁ、喋ってくれない・・・)」
メイド「・・・」

男の子「あの・・・外に出てもいいですか?」
メイド「・・・はい、です」
男の子「ありがとうございます・・・すみません」

男の子「(あの人には悪いけど、この部屋にいると息が詰まるんだよなぁ・・・)」

83: 2009/01/02(金) 02:27:19.59
庭では小鳥が鳴き、草の上で踊っていた。

男の子「・・・・ふぅー、広いなぁ・・・」

屋敷の庭はさすがに広く、また草達も綺麗に切り揃えられていた。
ここの仕事も普段から手を抜いていないようだ。

男の子「(・・・本当に・・・仕事だけしかしてない人なのかな・・・)」
男の子「(助けてもらってなんだけど・・・そんなのはなんだか・・・良くない気がする・・・)」

男の子「(いやこんなことを考えることが何より失礼だぁ・・・)」
男の子「(・・・はぁ、どうしよう・・・)」

男の子「(ていうか僕も何か仕事を探さないと)」

84: 2009/01/02(金) 02:51:51.71
「・・・・あれ?」
男の子「へ?」

屋敷の門の前に、青い制服の男がやってきた。
制服の男は玄関の前に少年を見て、表情を少し固めた。

「・・・?」
男の子「あ」

少年は彼が何者かをすぐに察した。それ故、表情をこわ張らせた。

「・・・・・あのー、すいません・・・君は・・・この屋敷の人じゃあ、ないよねぇ?」
男の子「あ、はい・・・僕は昨日、ここに泊めてもらった者でして・・・」
「あ、なるほどねー・・・ははは、ごめんな」

配達屋の青年は爽やかに笑った。

「いつもなら屋敷のメイドさんが出てきてくれるんだけどねぇ」
男の子「そうなんですかー・・・」
「そうだ、丁度いいから君がこれ、お願いできるかな?」
男の子「へ・・・?ぼ、僕がですか?」
「うん、いやいや、新聞だけだからさ、頼むよ」
男の子「はぁ・・・まぁ、はい」

85: 2009/01/02(金) 03:04:29.87
「ああ、それと」
男の子「はい?」
「この手紙もお願いできるかな?」
男の子「手紙・・?」
「うん、屋敷の主人に渡しておいてね」
男の子「え、主人って・・・」
「頼んだよー」
男の子「え、え!ちょっと!」

男の子「・・・あーあ・・・行っちゃった・・」

男の子「・・・手紙・・・どうしよ」

127: 2009/01/02(金) 11:29:31.53
ガチャ
男の子「(・・・とりあえず受け取ったものは渡さないと)」

メイド「・・・」
男の子「あのぅ、これ・・・」
メイド「・・・? あ・・・」
男の子「えっ」
メイド「・・・郵便・・・すっかり忘れていた、です」
男の子「(仕事のことかぁ・・・)」
メイド「・・・ありがとうございます・・です」
男の子「いえいえ」

男の子「あと、これも届いてましたよ」
メイド「・・・・?」
男の子「はいこれ、手紙・・・なんですけど」
メイド「・・・」
男の子「このお屋敷の主人に、・・・って・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・あのぅ、聞いてますか・・?」
メイド「・・・」
男の子「(僕、何かおかしい事言っちゃったのかな・・・)」

128: 2009/01/02(金) 11:36:14.28
女は手紙をずっと見つめ、顎に指を当てて俯いた。
表情こそ変わらないが、その仕草からは何かを考え込んでいるように見える。

メイド「・・・」
男の子「・・・」
メイド「・・主はまだ、帰っていない・・です」
男の子「・・・はぁ、そうです・・・ねぇ・・・」
メイド「・・・これは、どうするべき、ですか・・・」

女は本当に、深刻に悩んでいるようであった。

男の子「・・・どう・・・なんでしょうか」
メイド「まだ・・・開けるべきでは無い・・・ですか」
男の子「(僕に言われてもー・・・)」

137: 2009/01/02(金) 12:27:51.55
メイド「手紙・・・どうすれば・・・」
男の子「・・・あ、あのぅ・・・すみません、わからないです・・・」
メイド「・・・」
男の子「(・・・難しいよこの人・・・)」

メイド「・・・はぁ」
男の子「(また溜息つかれちゃったよ・・・)」
メイド「・・・新聞でも読んでいてください、です」
男の子「あ、はい・・・はぁ、わかりました・・・」
メイド「・・・」
男の子「(・・・新聞を読む・・・人を見るのも、これも仕事のうちなのかな・・・)」
男の子「(でもそんなにこっちを凝視されても・・・)」

パサッ
男の子「(うーん・・・僕にはまだ難しいよ・・・)」
メイド「・・・」
男の子「(なんだろう、至れり尽くせりなのに・・・囚人になったような気分・・・)」
メイド「・・・」
男の子「(息苦しいよぉぉおぉ)」

138: 2009/01/02(金) 12:36:52.17
男の子「・・・うーん・・・あ、もう7日で新年になるんだ・・・へぇえー」
メイド「・・・」
男の子「ずっと外にいたから気付かなかった・・・もうすぐ新年なんだ・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・・隣の国で市民虐殺事件・・・?氏者が30人以上・・・こんな事件まであったんだ・・物騒だなぁ・・・」
メイド「・・・」
男の子「移動中の馬車が・・・雪崩に巻き込まれて事故かぁ・・・」

メイド「・・・?ちょっと、見せてください・・・です」
男の子「へ?」
メイド「今の記事です、少し・・・・」
男の子「あ、はい・・・」

パサッ
メイド「・・・・・」

女は曖昧な内容の小さな記事を見つめ、深く沈黙した。
顎に指を当てて、ほんの少しだけ目を細め、小さな記事の小さな写真を見る。

白いものに覆われた景色の中にひとつ、黒っぽく印刷された箱の残骸。

メイド「・・・もしかして・・・」
男の子「・・・?」
メイド「いえ、違うです・・・そんなことは・・・ないです、違うです・・・」

139: 2009/01/02(金) 12:44:55.33
男の子「あの・・・どうしたんですか?その記事に何かあるんですか・・・?」
メイド「いえ、見間違いです・・・思い違いです、ありえないことです」

メイド「・・・馬鳥の馬車は・・・馬車は北の方へ走っていったです・・・地方は違うはずです・・・」
男の子「・・記事には・・あ、これは北の地方ですね・・・山の多い通り道ですよ」
メイド「・・・」
男の子「・・どうか、したんですか・・・?」

メイド「・・・主の馬車・・・かもしれません・・・です」
男の子「えっ」
メイド「この記事の馬車は、もしかしたら・・・主の・・・」
男の子「・・・」
メイド「・・いえ、きっと思い違いです、そんなはずはない、です・・・」

女は自分に言い聞かせるように何度も同じ言葉を復唱した。
新聞の小さな白黒写真を見て、何度も何度も。

男の子「(・・・うーん・・・なんだか複雑そうな事情が・・・)」

少年はテーブルの上にある手紙に目をやった。封はまだ開けられてはいない。
その白い便箋の隅に、小さく書かれた名前に目が行った。

男の子「(・・・“カチューシャ へ”・・・?)」
男の子「(・・・この屋敷の主人って、そんな名前なの・・・かな?)」

140: 2009/01/02(金) 12:50:38.42
女は「ふう」と息をつき、朝の洗顔のように顔を何度か振った。

メイド「・・・気にすることはないです、私はここの留守を任された・・・です」
メイド「気にせず、留守番をしていればいいです・・・それだけ・・です」

男の子「(仕事人だなぁ・・・)」

メイド「・・・ふう、落ち着きました・・です」
男の子「そうですか・・・(動揺しているようには見えなかったけどなぁ)」
メイド「・・・買い物に」
男の子「はい?」
メイド「買い物に行く、です」
男の子「買い物・・・ですかぁ・・」

メイド「・・・ついてくる・・・ですか?」
男の子「え、いんですか?僕が行っても」
メイド「屋敷に他人を置いておくよりずっといいです」
男の子「(うわぁ、信用されてないだけか・・・)」

143: 2009/01/02(金) 13:01:25.84
市場は冬の寒さに負けないほどの熱気に包まれていた。
近くの港町から入った魚や、山から採れた果物、露店商の売る異国の珍しい品などで賑わっている。

メイド「・・・」

その一つ一つの品に目をやっているのは一人の女だった。歩いては歩を緩め、品を少し見てまた歩き出す。
市場の威勢の良い男の声にも一々耳を傾けて、首を横に振ったり時々縦に振ったり、数十分の間にカゴの中は食品で埋まりつつあった。

男の子「(・・・誰かと一緒に買い物なんて懐かしいな・・・お母さんと行って以来かも)」

女の後ろをちまちまと追うのはまだ背の低い小さな子供である。
他人か知り合いかよくわからない程度の間を開けて、その後ろ姿を追って歩いている。

メイド「・・・はぐれると、また孤児になるですよ」

女は振り向き、呟くように言う。

男の子「あ、すいません・・・」

子供は淡白な、しかしどこか優しい言葉に誘われて、女の後をちょこちょこ追うのである。

144: 2009/01/02(金) 13:07:18.49
メイド「・・・」
男の子「・・あのぅ、買っているのは今日の食事ですか?」
メイド「・・・あと服です」
男の子「服・・・」
メイド「貴方の服です」
男の子「え?」
メイド「薄汚れた服が一着だけでは屋敷が汚れてしまう、です」
男の子「(うっ・・・直球で言われた・・・けど事実・・・)」
メイド「靴も買わなければ、です・・・汚れた足で屋敷を歩かれるのが一番厄介です・・・仕事が増えるのは別にいいのですが」
男の子「うう・・・ごめんなさい・・・・」

メイド「・・・何か」
男の子「・・・はい?」
メイド「何か、買いたいものはある・・・ですか」
男の子「え?」
メイド「・・・買いたいものがあれば・・・何か一つ、買うですが」
男の子「えっ・・・いいんですか?」
メイド「・・・いいです」

肩を並べて歩く二人の姿は、遠巻きに見れば親子のようでもあった。

162: 2009/01/02(金) 16:20:39.39
男の子「・・・!お菓子・・すごい、珍しいものが沢山ある・・・いいなぁ」
メイド「・・・」
男の子「うーん・・あ、短刀・・・もいいかな・・模造刀とか・・・」

メイド「・・・ナイフに興味があるのですか」
男の子「えっ?い、いえ・・あはは、いやその、騎士団に憧れてて・・・」
メイド「・・・騎士団、ですか」
男の子「でも僕、ほら、親もいないですから・・・あはは・・」
メイド「・・・」
男の子「騎士団に入るにはそれなりに良い教育を受けていないとダメですしね・・・」
メイド「・・・でも」
男の子「あはは、僕はそのぅ・・あそこにあるお菓子で・・・」
メイド「形だけでも欲しくはないですか」
男の子「・・・」
メイド「・・模造刀やナイフでいいなら、それを選ぶといいです」
男の子「・・・いえ、でも・・・」
メイド「でも、なんですか」
男の子「・・・」

男の子「あのぅ、じゃあ・・・あの、店の中にある木製の模造刀を・・・」
メイド「・・・(コクリ」

163: 2009/01/02(金) 16:25:02.85
男の子「・・・」
メイド「・・・」

子供の両手には、包装紙に包まれた細長い箱が抱えられていた。

男の子「・・・えへへ」
メイド「・・・」
男の子「あ・・・ごめんなさい、こんな高いものを買ってもらって・・・僕、お金ないのに・・・」
メイド「・・・別にいいです」
男の子「・・・」

男の子「・・ありがとうございます、本当に・・・」
メイド「・・・」

小腹が空く昼過ぎの市場に、笑顔の少年がいた。
少年は細長い箱を大事そうに、満足そうに抱えていた。

対してその隣の女は無表情でいたが、彼女の無表情もまた、どこか嬉しそうなものであった。

164: 2009/01/02(金) 16:29:51.05
ガチャ
メイド「・・・」

女はいつも通り、無言で屋敷の扉を開いた。挨拶などはしない。
それもいつも通りのことである。

男の子「あの、おじゃましまーす・・・」

その後をひよこのように、背の低い少年がついてゆく。
少年は開かれた扉を、小さな背をさらに屈めてくぐり、しかし途中で扉に引っかかる細長い荷物に苦戦していた。

メイド「・・・すっかり遅くなったです・・・主はまだ帰っていないようですね」
男の子「・・・あのぅ、僕、今日もおじゃましていいんですか・・・?」
メイド「別に」

メイド「構わないです」
男の子「・・・ありがとうございます」
メイド「・・・礼はいいです」
男の子「す、すみません・・・」

166: 2009/01/02(金) 16:34:30.87
男の子「わ・・ぁ・・新しい洋服だ・・・」
メイド「・・・サイズは」
男の子「え、ええピッタリです、ありがとうございます!」
メイド「肩が余ってませんですか」
男の子「・・いえ、大丈夫です、ピッタリですよ!」
メイド「・・・なら、良かったです」

少年は広間で綺麗な姿へと変わっていた。
先程まで来ていた質素な洋服は折りたたまれて、カゴの中に放られている。

男の子「・・・なにから何まで、すみません・・・」
メイド「・・・」
男の子「本当に、本当に何かお返しをしたいんですが・・・」
メイド「別にいいです」
男の子「でも・・・」
メイド「他に」
メイド「・・・やることがなかったですから」
男の子「は・・・はぁ・・・」
メイド「・・・」

167: 2009/01/02(金) 16:38:39.85
きいきい
男の子「(・・・この揺り椅子、座り心地良いなぁ・・・)」
きいきい
男の子「(・・あの人、今夕食を作っているのかな・・・)」
きいきい
男の子「(・・・綺麗な人だよなぁ・・・)」
きいきい
男の子「(・・・そうだ、袋を開けてみよう)」

ガサゴソ
男の子「・・・うわぁ、すごい・・・本物の剣そっくり・・・」
男の子「・・すごいけど、子供用だから・・・大人が持ったら大したことないんだろうな・・・」

ガチャ
メイド「・・・」
男の子「あっ、ごめんなさい、箱から出しちゃって・・・」
メイド「構わないです」
男の子「・・・はい」

メイド「・・・」コトッ
男の子「・・夕食・・・ですか・・・」
メイド「・・・」
男の子「(当然だよね目の前に置いてあるんだし・・・僕は何を言ってるんだろう・・・)」

168: 2009/01/02(金) 16:43:50.28
男の子「・・・モグモグ」
メイド「・・・」
男の子「・・・あのぅ」
メイド「・・・」
男の子「あの、・・・あなたはご飯をたべないんですか?」
メイド「・・・」
男の子「(・・・顔を見て話しているのに答えてくれない・・・・)」

メイド「・・・この後、作り余ったものを食べるです」
男の子「・・・えっ、それって冷めてるんじゃ・・・」
メイド「いつも食べているものです」
男の子「(・・・料理、すっごく美味しいけど・・・でも作った人が冷めたものを食べるなんて・・)」
メイド「・・・」
男の子「・・・あの」
メイド「・・・」
男の子「一緒に、その・・・食べませんか?料理・・・せっかく・・・だし」
メイド「は」
男の子「(うっ、やっぱり・・・)」

169: 2009/01/02(金) 16:47:35.47
メイド「・・・」ガチャ

男の子「(・・・あれ、部屋から出て行っちゃった・・・)」
男の子「(やっぱり・・・失礼だったかなぁ・・・)」
男の子「(・・そうだよ、僕は孤児だし・・・そんなのと一緒にご飯を食べたって・・・)」
ガチャ

メイド「・・・」
男の子「(・・・しょ、食事をもってきた・・・)」
メイド「・・・」コトッ
男の子「(む、無言でテーブルに置いた・・・)」

メイド「・・・そう仰るなら、食べますが」
男の子「(あ、食べてくれるんだ・・・良かったぁ・・・)」

170: 2009/01/02(金) 16:53:02.36
メイド「・・・」
男の子「・・・モグモグ」
メイド「・・・」
男の子「・・・モグモグ」
メイド「・・・」
男の子「・・・モグ・・・」

男の子「(なんでだろう・・・なんでこの人からは食べる音がしないんだろう・・・)」
メイド「・・・顔に何か付いているですか」
男の子「あっ、いえ違うんです、すいません」
メイド「・・・」

男の子「(一緒に食べたら楽しいかなって思ったけど・・・おかしいなぁ、なんだろう・・・逆に食卓が冷えて感じるよ・・・)」
男の子「(何か、何か話さないと・・・)」

男の子「・・・あのぅ」
メイド「・・・」
男の子「・・あなたの名前・・・まだ聞いていなくて・・・その」
メイド「・・・」
男の子「良かったらおしえてくれないかん・・・って、その・・・」
メイド「・・・はぁ」
男の子「(うっ、溜息・・・)」
メイド「・・・名前なんて聞いてどうするんですか」
男の子「え・・・だって名前がないと・・あなたの名前が呼べない、し・・・」
メイド「名前が無くたって呼べるです」
男の子「いや、そのぅ、そうですけど・・・」

172: 2009/01/02(金) 16:59:17.05
メイド「・・・エカチェリーナ」
男の子「え」
メイド「エカチェリーナです、これが名前です」
男の子「あ・・・エカチェリーナ・・・さん、ですか・・・」
メイド「・・・名前は嫌いです」
男の子「え、何でですか?良い名前なのに・・・」
メイド「・・・慣れないです、長いです、だから嫌いです」
メイド「“お前”“そこの”“メイド”“使用人”」

メイド「・・・その方がよっぽどわかりやすいです」
男の子「で、でも・・・それって肩書きじゃあないですか・・・」
メイド「別にいいです、私は仕事がいいです」

メイド「・・・名前なんて、持っているだけ無駄というものです」
男の子「(う・・・うーん・・・)」
男の子「(やっぱり・・・ちょっと冷めた人、なのかな・・・)」

メイド「・・・食器を下げるです」
男の子「あ、はい・・・」

174: 2009/01/02(金) 17:21:09.23
男の子「(寒くない夜なんて・・・少し前までは考えられなかったけど)」
男の子「(・・・うーん・・・この屋敷はあったかいなぁ・・・)」

男の子「(・・・エカチェリーナさん・・・かぁ)」
男の子「(・・エカチェリーナ・・・エカチェリーナ・・うん?)」

男の子「・・・確か、ええっと」

男の子「あった、手紙・・・確かこの裏に、そんな感じの名前が・・・」
男の子「・・・“カチューシャ へ”・・・あれ?」
男の子「うーん・・・ちょっと違うなぁ・・・」

ガチャ
メイド「・・・・それは主の手紙です、勝手に触るのは・・・」
男の子「あ、ごめんなさい・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・あの、カチューシャさんって・・・」
メイド「!(ピクッ」

メイド「・・・どうして」
メイド「私の愛称を知ってるですか」
男の子「え?」

男の子「・・え?」

189: 2009/01/02(金) 18:25:03.21
男の子「(愛称・・?エカチェリーナ・・・カチューシャ・・・)」
男の子「(あ、なるほど・・・エカチェリーナを捩ってカチューシャなのか・・・)」

メイド「・・・」
男の子「ええっと・・・あの」ピラッ

男の子「この便箋に・・・・」
メイド「だから、それは主への・・・」
男の子「裏を、裏の隅をよく見てください」
メイド「裏・・・?」

“カチューシャ へ”

メイド「!」
男の子「・・・その手紙は、あなた宛のものでは・・・?」
メイド「・・・そんな」

メイド「はずは・・・ないです」バリバリ
メイド「私へ手紙なんて・・・誰が・・・」
メイド「私は誰からも・・・」ピラッ

メイド「・・・・」
男の子「・・・?」

192: 2009/01/02(金) 18:32:19.00
女は、相変わらずの無表情のままであったが、寒さに震えているように小刻みに手を震わせ、ハラリと手紙を落とした。
女の無機質な瞳は手紙を床に落としてもなお、テーブルの一点を見つめるままであった。

メイド「・・・・嘘、です・・・」
男の子「・・・エカチェリーナ・・・さん・・?」
メイド「そんな・・・主・・・私はどうすれば・・・何をすればいいですか・・・」
男の子「どうしたんですか?なにが・・・」

少年は床に落ちた手紙を拾いあげ、それを黙読した。

男の子「・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・・氏ん・・・だ・・?」

194: 2009/01/02(金) 18:45:28.54
メイド「・・・」
男の子「あの・・・」
メイド「・・・」
男の子「これ、どういう事なんですか・・・?」

メイド「・・・」
男の子「あのぅ、よかったら・・・」
メイド「・・・主は」

メイド「・・馬車で、北の方へ・・・以前おこなっていた建設事業の・・・その会合の誘いで出掛けたらしいのですが」
メイド「・・・夜中、馬車での移動中に突然、雪崩に巻き込まれて・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・・じゃ、今朝の新聞にあった事故って・・・」
メイド「・・・はい・・・です」

メイド「・・・主」
メイド「私は・・・これからどうすれば・・・」
男の子「・・・」

197: 2009/01/02(金) 18:56:39.79
メイド「・・・」
男の子「・・・」
メイド「・・・(カチャカチャ」
男の子「(わ・・・ポットの蓋を閉じたり開いたりしてる・・)」
メイド「・・・(パタパタ)」
男の子「(・・・手紙をすっごい折り畳んでる・・・)」
メイド「・・・(カリカリカリカリ」
男の子「(壁に爪を立ててる・・・多分・・表情は変わってないけど・・・動揺してるんだろうなぁ・・・)」

メイド「・・・どう、すれば・・・これから・・・」
男の子「・・・屋敷の主人がいなくなったということは・・・ええと」
メイド「どうすれば・・・そんな、どうすれば・・・」
男の子「(混乱してる・・・)」

200: 2009/01/02(金) 19:05:30.89
メイド「・・・では・・・おやすみなさいませ・・です」
男の子「あ・・・はい、どうも・・・」
メイド「・・・・(フラフラ」
バタン

男の子「(・・・エカチェリーナさん・・・大丈夫かな・・・)」
男の子「(やっぱりこういう仕事って、雇い主がいなくなっちゃうと大変なのかな・・・)」

男の子「(いや、それよりも僕・・・もしかしてとんでもないタイミングで屋敷に上がり込んでしまったんじゃ・・・)」

男の子「・・・はぁ」ボフッ

男の子「・・・ベッドで仰向けに寝そべるなんて・・・久し振り・・・」
男の子「わぁ、窓から夜空が・・・すごい、綺麗・・・」
ヒュッ

男の子「あ・・・今・・落ちたのって・・・流れ星かな?」

男の子「・・・」
男の子「・・・エカチェリーナさんが・・・幸せに・・・」
男の子「・・・・笑顔になれますよーに」

203: 2009/01/02(金) 19:17:00.00
“カチューシャ、聞いているのか”
“・・・・”
“カチューシャ、どうした”
“・・・・”
“・・・おい”
“・・・なんでしょう、です”
“・・仕事だ、掃除を頼むぞ”
“はい、です”
“・・・”
“・・・・”

チュン・・・チュン・・・

メイド「・・・(パチッ」
メイド「・・・」
メイド「・・・・朝」
メイド「・・食事の支度を・・・」

メイド「・・・・主・・・」
メイド「・・・もう居ない・・・ですか・・・」

204: 2009/01/02(金) 19:23:45.22
メイド「・・・(トントントントントントン」
メイド「・・・」
メイド「(朝の支度・・・料理・・・)」
メイド「(誰のために・・・?)」
メイド「(主はもう・・・いない、です・・・)」

メイド「・・・(トントントントントントン」
メイド「(・・・あの子供のため・・?)」
メイド「(自分の慈善、満足を満たすため・・・?)」

メイド「・・・(トントントントン、トン…)」
メイド「(・・・何故私は・・・料理を作っているのですか・・・)」

215: 2009/01/02(金) 20:25:45.20
メイド「・・・」
男の子「すー・・・すー・・・」
メイド「・・・」
男の子「むにゃ・・・すー・・・」
メイド「(・・・何故、私はこの子供が起きるのを待っているのですか)」
男の子「うーん・・むにゃむにゃ・・・・」
メイド「(・・・よく、わからないです)」

メイド「(起きるのを待って、食事を差し出して、紅茶を入れて、買い物に・・・)」
メイド「(・・・主はいないのに・・です)」
メイド「(この子供は、主ではないのに・・・です)」

男の子「うーん・・・ふぁあ・・・?」
メイド「・・・」
男の子「・・あ、おはようございます・・・ふぁ・・・」
メイド「・・・朝食はできています、です」
男の子「あ、はい」

メイド「(・・・何をすれば・・・何をすれば・・・)」

217: 2009/01/02(金) 20:31:43.86
男の子「・・・(モグモグ」
メイド「・・・」
男の子「(・・・相変わらず食べる音がしない・・・)」
メイド「・・・」
男の子「(・・・でも一緒に食べてくれるのは嬉しいし・・・昨日みたいに混乱してないみたいだ、良かった・・)」
メイド「・・・」

男の子「(・・・うーん・・・それにしても)」
男の子「(僕はここにいてもいいんだろうか・・・)」

メイド「・・・紅茶を」
男の子「へ」
メイド「・・淹れるので、カップを」
男の子「あ、はい・・・すいません」
メイド「・・・」コポコポ

男の子「(・・・いつまでもここにいるわけには・・・いかない、しなぁ・・・)」
男の子「(でも・・・エカチェリーナさんに恩返しもしたいし・・・)」
男の子「(いやいやでも、今なんだか大変みたいだし・・・)」

男の子「(うーんどうしよう・・・)」

226: 2009/01/02(金) 21:10:33.36
男の子「あ、あのぅ」
メイド「・・・」
男の子「これから・・・どうするんですか?エカチェリーナさんは・・・」
メイド「・・・」

メイド「・・・そんなの、わからないです」
男の子「わ、わからないって・・・」
メイド「・・・私は仕事以外は知らないです、他のことなんて、何も・・・」
男の子「仕事以外しないといっても・・・もう仕事は・・・」
メイド「・・・無くても」

メイド「この屋敷で紅茶を淹れて、料理を作って、洗濯をして、掃除をするです」
メイド「・・・私にはそれしかないです」

男の子「・・・うーん・・(モグモグ」
男の子「・・あ、でも・・・」
メイド「・・・」
男の子「このお屋敷って、持ち主がいなくなったら・・・」
メイド「・・・」
男の子「家族の誰かに・・・相続されるんじゃないですか・・・?」
メイド「・・・」

メイド「・・・その時は、その時です」
男の子「(そんなぁ)」

246: 2009/01/02(金) 23:05:30.06
メイド「・・・あなたは」
男の子「?」
メイド「貴方こそ、どうするですか」
男の子「ぼ、僕ですか・・・そうですよね、僕が一番どうしましょうね・・・」
メイド「・・・」
男の子「僕は・・・もう親はいないし・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・どうしよう・・・」
メイド「・・・」

メイド「私がいる間は、ここで過せばいいです」
男の子「えっ、・・・いいんですか・・・?」
メイド「私がいる間だけです」
男の子「・・・」
メイド「主がいない・・・そうなっては、私は誰の食事を作り、誰の部屋の掃除をすればいいですか」
男の子「(自分の分の料理を作って、自分の部屋を掃除すればいいんじゃないかなぁ・・・)」

メイド「・・・だから、です」
男の子「は、はぁ」
メイド「・・・何より暇ですから」
男の子「・・・」

男の子「(・・・やっぱりエカチェリーナさん、優しい人なんだなぁ・・・)」

248: 2009/01/02(金) 23:12:04.43
メイド「・・・」スッ

男の子「・・・?エカチェリーナさん、どこかへ行くんですか?」
メイド「買い物に行きます、です」
男の子「・・・買い物かぁ」
メイド「・・・」
男の子「じゃあ、あのぅ、僕もついて行ってもいいですか?」
メイド「・・・」
男の子「(またこの間が・・・)」
メイド「・・・別に良いですが」
男の子「本当ですか?ありがとうございます!」
メイド「・・・礼はいらないです」
男の子「あ、すいません」
メイド「・・・買い物はそんなに嬉しいものなのですか」
男の子「あ、いやその、そういうわけじゃ・・・ないんですけど・・・」
メイド「・・・」
男の子「エカチェリーナさんと買い物にいけるのは嬉しいかなって・・・」
メイド「・・・」
男の子「(・・・なんか僕、今すごく恥ずかしい事を言った気がする・・・)」

250: 2009/01/02(金) 23:20:17.39
男の子「わー、やっぱり市場はすごいですね・・・」
メイド「・・・」
男の子「・・・」
メイド「・・・」
男の子「(ダメだ、とても会話を繫げられない・・・)」

朝の市場は肌寒く霜も降りるほどであったが、人々の熱気でそれらは緩和されているように見えた。
広いとはいえ人の多い市場の通り、少年も女も先に進むことに苦労しているようであった。

男の子「むぅ、苦しい・・・なんででしょ、人がすっごく多い・・・」
メイド「・・・多分、もうすぐ新年だからです」
男の子「あ、なるほど」
メイド「売り手も総決算として安売りしたいでしょうから、だからその買い手も多いです」
男の子「そうなんですか」
メイド「・・・私は別に」
男の子「?」
メイド「どうでもいいですが」
男の子「(・・・うーん)」

252: 2009/01/02(金) 23:28:16.35
男の子「ふぅ、やっと人の多い通りを抜けられましたね」
メイド「・・・裾が汚れました、です」
男の子「朝は荷馬車とか色々と通りますもんね」
メイド「・・・」

男の子「(・・・うーん・・・なんだか元気が無いなぁ)」
男の子「(屋敷の主人さんが氏んじゃったのはやっぱり・・・ショックなんだろうなぁ)」

??「わ、わわ、通してください!」
メイド「・・・?」
男の子「え?」
??「すみません、急いでいるのです!通してください!」
男の子「え?え?ちょっ・・・」
ドンッ

男の子「痛っ、うわ、転・・・」
メイド「・・!」

254: 2009/01/02(金) 23:33:13.22
突然走り寄ってきた子供の体当たりに、少年は成す術なく転びそうになったが、

メイド「!」
男の子「わ、・・わ・・・・」

よろけたその体は、なんとか女の手によって支えられた。もし転んでいれば、後頭部を打っていたかもしれない。

メイド「・・・はぁ」
男の子「す、すいません・・・ごめんなさい・・・」

女は表情を変えぬまま溜息をつき、少年はそれに深く何度も何度も頭を下げた。

メイド「・・・急ぐのはいいですが、周りの人の事も考えてほしいです、迷惑です」
男の子「・・・」
メイド「・・貴方が怪我したら、どうするですか・・・私は、困ります・・です」

男の子「う・・ぅう・・・ありがとうございます・・・」
メイド「・・・何故泣いているのですか」
男の子「あ、ごめんなさい・・・すいません・・・」

255: 2009/01/02(金) 23:38:45.11
男の子「(やっぱり・・・エカチェリーナさんはすごく優しい人だ)」
男の子「(僕を助けてくれたり、料理を作ってくれたり・・・)」
男の子「(無愛想な所もあるけれど、すごく・・・)」

男の子「(なんだか・・・お母さんみたい・・・懐かしいなぁ・・・)」
男の子「(あれ、でもエカチェリーナさんって何歳くらいなんだろう・・お母さんよりは年下だろうけど・・・)」

メイド「・・・呆けていると、孤児になるですよ」
男の子「あっ、ごめんなさい」
メイド「・・・」
男の子「・・あのぅ、エカチェリーナさん、今日は何を買うんですか?」
メイド「・・・」

メイド「・・・貴方が決めてください、です」
男の子「えっ、いいんですか?」
メイド「別にいいです」
男の子「・・・えへへ、やった!」

メイド「(・・・・)」
メイド「(・・・“心地良い”・・・?)」
メイド「(・・わからないです、私には・・・)」

メイド「(でも、なんとなく・・・この子供は、守らなければならない気がする・・・です)」

262: 2009/01/03(土) 00:00:45.91
帰路。肩を並べて歩く二人の影が縮み、真下に映る。
子供は寒さなど知らないようで、手にした狐色の綿菓子を手にはしゃいでいた。

男の子「えへへ、ありがとうございます!これ、前から食べたかったんです・・・!」
メイド「・・・そう、なのですか」
男の子「これって全然売ってないんですよね・・・よかったぁ・・」
メイド「・・・そうですか」



417: 2009/01/03(土) 18:18:21.57
メイド「・・・(キョロキョロ」
男の子「・・・」
メイド「・・・(ジーッ…」
男の子「・・あのぅ」
メイド「・・・(コンコン」
男の子「何を・・・しているんですか・・・?」
メイド「・・カボチャを選んでいるです」
男の子「はぁ、カボチャ・・・ですか」
メイド「・・・(コンコン」
男の子「・・・叩くと良いのがわかるんですか?」
メイド「・・なんとなくです」
男の子「そ、そうなんですか・・・」

メイド「・・・・これにします」
「おう、御目が高いねぇ」
メイド「・・いくらです?」
「34YENだよー」
メイド「・・・・はい(チャリ」
「うん、たしかに、まいどありー」

男の子「(・・・カボチャかぁ・・・全然食べてないなぁ)」
メイド「持っていてください、です」ポイ
男の子「って・・・うわ重っ・・硬・・・」

421: 2009/01/03(土) 18:24:23.21
市場の帰り道も同じように混んでいて、二人は半分かき分ける形で通りを進んでいた。
にぎやかな中で物静かな二人が目立つ事もなく、二人が並んで歩いている事を気にする者はいなかった。

男の子「んしょ、うんしょ」
メイド「・・・重いなら私が持ちますですが」
男の子「い、いえ!全然平気です!」
メイド「・・・ならいいです」
男の子「(手伝える事は手伝わなきゃ・・・)」

「・・・あら、あの使用人さん、また買い物かしら」
「屋敷の偏屈おじいさんのために食材を買ってるのね」
「よくあのおじいさんについていけるわよねぇ・・・」

メイド「・・・」

女の足が止まった。普段なら雑踏の中に聞き流す言葉が、今だけは耳の中に深く残るのだ。

男の子「・・・エカチェリーナさん・・・?」
メイド「・・・いえ」
メイド「なんでもないです」
メイド「・・早く、行きましょう・・です」

422: 2009/01/03(土) 18:29:56.82
メイド「・・・・(トントントントン」
メイド「・・・・(トントントン」

メイド「(・・・主は氏んでしまった、です)」
メイド「(残ったのは屋敷、私の居場所だけ・・です)」
メイド「(・・・でも何故ですか)」
メイド「(・・・ここにいては、何の意味も無いと感じてしまうのは・・・)」

メイド「(私は・・・料理を作るです)」
メイド「(それは何故・・・?)」
メイド「(掃除をして、洗濯をして、買い物を・・・)」
メイド「(・・・主がいなくなってから・・全てが変わってしまったです)」

メイド「(これからも私は、仕事をしていればいいと思っていたですが・・・)」
メイド「(それは、違う・・ですか?)」

メイド「(・・・でも)」
メイド「(ここしかないのだから、ここにいるしかないです)」
メイド「(・・・だから私は料理を作っている・・です)」

メイド「・・・・(トントントントントン」

423: 2009/01/03(土) 18:36:01.89
男の子「ていっ!」ブンッ
男の子「やぁっ!」ヒュン
男の子「とぉーっ!」ブンッ

ガチャ
メイド「・・・」
男の子「あ・・・」
メイド「・・・料理、ですが」
男の子「あ、すいません・・・剣、振ってみたくて・・・ごめんなさい」
メイド「・・別に構わないです」
男の子「(すっごく恥ずかしい・・・)」

コトン
男の子「・・・わぁ、カボチャのグラタンですか」
メイド「・・・」
男の子「(って、もう食べてる・・・)」
メイド「・・・」
男の子「い・・いただきまーす・・・(モグモグ」

男の子「・・・うん、すっごく美味しいです!」
メイド「・・・」
男の子「・・エカチェリーナさんは誰から料理を教わったんですか?」
メイド「・・?」

メイド「・・・・」
男の子「・・・」
メイド「・・・さあ」
メイド「覚えていないです」

424: 2009/01/03(土) 18:45:12.97
男の子「すいません・・・またお風呂借りちゃって」
メイド「別にいいです」
男の子「それじゃあエカチェリーナさん、おやすみなさい」
メイド「・・・はい、です」
バタン

メイド「(・・・食事はあの子供のために作っているです)」
メイド「(何故作っているのかはわからないですが・・・)」
メイド「(・・・作るしかない・・・?)」
メイド「(・・・作りたい・・・?)」

メイド「(そして私が料理を作りたいだけなのか、子供を助けたいだけなのか)」
メイド「(わからないです・・・・)」

メイド「(・・・考えるだけ無駄なことです・・・私も早く寝る・・・です)」

425: 2009/01/03(土) 18:51:40.21
“カチューシャ”
“・・・”
“・・カチューシャよ、何故黙っておるのだ”
“・・・”
“・・異国の人間は慣れぬか?”
“・・・”
“・・黒髪、黒眼・・・そうだな、お前は周りの者とは違う”
“・・・”
“・・だがカチューシャよ、そのように無愛想ではな・・・”
“仕事は”
“・・・?”
“仕事は、ないですか”
“・・・屋敷の、裏庭を整えてくれ・・・”
“はい、です”
“・・・”

メイド「・・・(パチッ」
メイド「・・・朝・・・です」
メイド「・・・・無愛想」
メイド「・・・?」
メイド「とにかく・・・仕事です、あの子を起こさないと・・・です」

427: 2009/01/03(土) 18:56:04.07
男の子「むにゃ・・・うーん・・・」
メイド「・・・」
男の子「ぅうん・・・えへへ、お母さんの料理・・・」
メイド「(・・・笑顔)」
男の子「えへへ・・・・うーん・・・むにゃ」

メイド「・・・」ギュッ
男の子「! いは、いはは!いはいえふ!」
メイド「・・・」パッ
男の子「! はぁ、はぁ・・・ど、どうして抓るんですか・・・?」
メイド「・・・いえ、別に、です」

メイド「食事はできています・・・です」
男の子「・・・あ、はい・・すぐいきます・・・」

男の子「(? ? なんで抓られたんだろう・・?)」

メイド「(・・・笑顔)」
メイド「(・・・)」
メイド「(・・どうやるですか?)」

428: 2009/01/03(土) 19:01:42.26
男の子「わぁ、美味しいです・・・本当に料理が上手なんですね」
メイド「・・・」
男の子「(・・・沈黙かぁ・・・)」
男の子「(でも美味しい・・・モグモグ)」

メイド「・・・洗濯物を干してくる・・・です」
男の子「あ、はい」

バタン
メイド「・・・」
メイド「(・・・洗濯物・・・あの子の・・・)」
メイド「(あの子は主ではないです)」
メイド「(・・・でも・・・)」
メイド「(私は料理を出した後に、洗濯をする・・です)」

436: 2009/01/03(土) 19:36:15.38
朝の寒空にはまだ小さな太陽が、低い雲をキラキラと輝かせていた。
露に濡れた庭の草にはアマガエルが跳ね、小鳥はいつものように茂みを啄んでいる。

メイド「・・・」

主がどこへ行こうと結局、自分の風景はここにしかないのだと。
自分の居るべき場所はここにしかないのだと。女はそんなことを考えながら、いつもよりも小さな洗濯物を吊るしている。

子供用の白い服は陽の光を真正面から受け、女にはそれがまぶしかった。

「すいませーん、郵便でーす」
メイド「・・・」

背後でちょっと遠くから聞える呼び声も、小鳥の歌も。
ここにいることの一番の意味を失ってもなお、その日常は彼女の視野の中で生きつづけていた。

メイド「(・・・新聞、もうほとんど誰も読まないですが・・・)」
メイド「(洗濯物を干し、新聞を受け取る・・・それは私の仕事です)」

438: 2009/01/03(土) 19:39:56.78
「毎朝ご苦労様です」
メイド「・・・いえ」
「(お?いつもは無言で返すのに・・・)」

「ああはい、これ新聞になりますね」
メイド「はい、です」
「あと、これも一緒に」
メイド「・・・・?手紙・・・」
「最近よく届きますねぇ」
メイド「・・・」
「・・では、今日も一日お元気で」

軽く手を振って配達員は去ってゆく。いつもと同じ風景。
届いた謎の手紙以外は、いつもの女の風景であった。

メイド「・・・手紙・・・」

女はその場で手紙を開き、黙読した。

441: 2009/01/03(土) 19:49:18.53
メイド「・・・」パサッ

手紙を静かに閉じると、女は脇に抱えた新聞を持ち直して、屋敷の中へと戻っていった。

男の子「あ、ごめんなさい・・・本当は僕も洗濯を手伝うべきなんですけど・・・」
メイド「・・・」
男の子「僕も、本当に何かをしたいとは思ってるんだけど・・・うーん」
メイド「・・・」

メイド「(・・・ここを出るなんて考えられないです)」
メイド「(・・でも、出なければならないです・・・主はもう、いないですから・・・)」
男の子「・・・?エカチェリーナさん?」
メイド「(この子もここを立ち去らなければならないですか・・・)」
メイド「(・・・)」

メイド「(・・私は、)」
メイド「(本当に、ここにはいられないのですね・・・・)」

メイド「・・・・失礼します、です」
男の子「! ちょっ・・・!」

子供の体を、ふっ と、細い女の腕が包み込む。女の表情は相変わらずのままであったが、その抱擁は優しかった。

男の子「(・・・温かい)」

442: 2009/01/03(土) 19:54:33.86
メイド「・・・」
男の子「・・・・」
メイド「・・・」
男の子「あ、あのぅ・・・」
メイド「・・・」
男の子「な・・・んなんでしょう・・・?」
メイド「・・・」

メイド「・・・はぁ」
男の子「(ぇえ~・・・溜息をつかれても・・・なぁ・・・)」
メイド「・・・ずっと、仕事をしていたかった、です」
男の子「・・・?」
メイド「朝に早く起きて、支度を済ませて、食事を運び、洗濯物を・・・」
男の子「えっ?ちょ・・・どういうことですか?」
メイド「・・・」
男の子「ここを・・・出るって・・・?」

静かに子供を抱く女の手には、白い手紙が握り締められていた。

444: 2009/01/03(土) 20:03:26.13
その日の夕方は、とても寒かった。
もう年も変わる頃の冬である。肌を突く北からの風は、市場へと足を運ぶ者の多くを家に留めさせる程であった。

ただそんな寒い日にでも来る客は来るので、店は特に困ることも無く、また年末であるのでその商売も繁盛していた。

「(ううさぶー・・・しっかし、今日はあの譲ちゃんこねぇんだな・・・)」

市場に店を開く一人の男は、もう来ることのない一人の客の姿を探していた。


メイド「(・・・)」

来た道を一度だけ振り返る。その先にはまだ、小指ほどの大きさの屋敷が見える。
ただ、彼女はもうその道を引き返すことなどできないのであった。

男の子「・・・寒い、ですね」
メイド「・・・」
男の子「・・本当に、僕もついていっても良いんですか・・・?」
メイド「・・・はい、です」
男の子「・・そうですか・・・」
メイド「・・・嫌、ですか?」
男の子「・・・えへへ、全然、そんなことないですよ」

445: 2009/01/03(土) 20:11:16.70
二人の影が東へと伸びる。影は肩を並べ、遠くへ続く道を往いていた。
まだこの二人はその先を知らないが、それでもなんとなく、目指す場所はわかっているようで、歩みにはもう躊躇も無かった。

路銀はいつまで保つだろうか。亡き主人から戴いた少し少なめの退職金を大事に抱えて、女は歩く。

その隣の子供は形だけでもと、布で包んだ模造刀を身につけていた。
女性のボディーガードにしては多少心許ない所もあるが、女はそれほど気にしていないようである。

それにしても、この時期の風は、とても冷たいものであった。


おわり

446: 2009/01/03(土) 20:12:52.78
乙!



引用元: メイド「(・・・外が騒がしいです)」