1: 2021/06/23(水) 20:17:04.231
勇者「たあああっ!」

ギィンッ! ガキンッ!

教師「いい攻撃です。今度はこちらから行きますよ」

勇者「はいっ!」

教師「せやっ!」

キィンッ! キンッ!



教師「だいぶよくなりましたね。攻守ともに素晴らしい上達です」

勇者「ありがとうございます!」

2: 2021/06/23(水) 20:20:52.679
勇者(汗をかいた……)フキフキ

父「息子よ」

母「魔王の完全復活は近いわ」

勇者「父さん、母さん」

父「体の弱い私と違って、お前ならば必ず立派な勇者になれる。魔王を倒し、世界を平和にできる」

母「これが私たち、勇者の一族の使命なのですよ。強くなりなさいね」

勇者「うん……分かってる」

3: 2021/06/23(水) 20:23:26.954
森の中――

勇者「……」キョロキョロ

勇者「今なら誰もいないな……よし」

勇者(ギターを――)

ジャン…

勇者「今日もやりたくもない剣の稽古~♪ 褒められても嬉しくない~♪」ジャンジャカ

勇者「夢を諦める一人の男~♪」ジャカジャカ

ジャカジャカ…

4: 2021/06/23(水) 20:26:33.322
パチパチパチ…

勇者「!?」ビクッ

勇者「誰だ!?」

中年「そんな怖い顔で睨むなよ。ただの通りすがりのおっさんだよ」

勇者「おっさん……」

中年「森を散歩してたら、いいギターの音が聞こえたんでね。ついお客になっちまった」

勇者「……」

6: 2021/06/23(水) 20:29:15.463
中年「どうした、続きを歌ってくれよ」

勇者「……」

勇者「俺は……俺は……音楽なんてやってちゃいけないんだ!」

中年「は?」

勇者「……」ダッ

中年「お、おいっ!」

タタタッ…

8: 2021/06/23(水) 20:33:10.132
……

勇者「せやぁっ!」

ギィンッ!

教師「ますます腕を上げましたね、勇者様」

勇者「どうも」

教師「このままサボらず訓練を続ければ、きっと一流の剣士になれます」

勇者「ありがとうございます」

教師「そうすれば、必ずや魔王を倒すことができるでしょう」

勇者「ええ……」

9: 2021/06/23(水) 20:36:49.073
ジャカジャカ…

勇者「ラララララ~♪」

勇者「サボるなといいつつサボる~♪ 音楽にうつつを抜か~すぅ~♪」

中年「いい曲だな」

勇者「またあんたか」

中年「あんたじゃなく、せめて“おっさん”って呼んでくれよ」

勇者「……」サッ

中年「演奏やめちゃうのかよ。せっかく聴いてたのに」

10: 2021/06/23(水) 20:39:30.181
勇者「別に俺はおっさんのために演奏してたわけじゃないからな」

中年「じゃあなんのために?」

勇者「自分のため……」

中年「だったら自分のために演奏続けてくれよ。それならいいだろ?」

勇者「自分のため……か」

勇者「俺は……自分のために生きてちゃいけない人種なんだよ!」ダッ

中年「おい、待てよ!」

中年「やれやれ、嫌われたもんだ」

11: 2021/06/23(水) 20:42:22.439
父「こんな時間までどこに行っていた?」

勇者「ちょっと……気晴らしに」

父「自分の立場をよく考えろ。お前は気晴らしなんてしていい人間じゃないんだ」

母「そうよ、近い将来魔王と戦わなければならないの。絶対負けてはならないのよ」

父「そう、世界のために!」

勇者「世界のため……」

勇者(自分と世界……天秤にかけるまでもない。世界の方が大事に決まってる……)

12: 2021/06/23(水) 20:46:12.306
ジャンジャカ… ジャンジャカ…

勇者「自分と世界~♪ 世界のが大事に決まってるぅ~♪」

勇者「世界のために戦わなきゃいけないのに俺は~♪ こうしてギターをぉ~……」

中年「おーっす」

勇者「おっさん……」クルッ

中年「逃げるな逃げるな。たまにはファンの話に付き合えよ」

勇者「ファン……」

中年「そ、お前さんのファン第一号」

勇者「……」

中年「お前さん、なに抱え込んでるんだ?」

勇者「……」

中年「他言したりしねえよ。聞かせてくれ」

13: 2021/06/23(水) 20:49:21.743
勇者「俺……本当は音楽をやりたかったんだ」

中年「なんだそりゃ。やりゃいいじゃねえか」

勇者「だけど俺が音楽をやると……世界が滅ぶ」

中年「はぁ?」

勇者「だから俺は音楽をやっちゃいけないんだ。世界の人々のためにも――」

中年「世界の人々のため、ねえ……」

中年「ハッ、笑わせんな!」

勇者「!」

14: 2021/06/23(水) 20:53:10.296
中年「お前、“世界の人々のため”に音楽を諦めるっていってるが」

中年「“世界の人々のせい”にしてるだけじゃねえか!」

勇者「あ……!」

中年「お前さんが世界のために音楽を諦めて、世界を救ったとしよう」

中年「そん時、お前はこういうのか? “あんたらのために音楽を諦めたけど世界を救えてよかったです”って」

中年「世界の人々からすりゃたまったもんじゃないだろうぜ。こっちのせいにすんなってな」

中年「結局お前さんは逃げてんだよ。何もかも敵に回して本気で音楽やるのが怖いから――」

中年「世界の人々のせいにして、音楽に……夢に背を向けてるに過ぎねえ!」

勇者「ううっ……!」

16: 2021/06/23(水) 20:56:05.599
勇者「俺……」グスッ

中年「ん?」

勇者「俺、音楽やりたい! 自分のために……!」

中年「やっと本音を聞けたな」ニヤッ

中年「だとしたら、ファンとして出来ることは一つだ。応援するぜ」

中年「追いかけてみろよ! 自分の夢を!」

勇者「おっさん……!」

17: 2021/06/23(水) 20:59:27.129
父「な、なんだと!?」

母「バカなこといわないで!」

教師「そうですよ。音楽の修行の旅に出るなんて……」

勇者「悪いけど、もう決めたんだ」

父「コラ、待ちなさい!」

母「あなたは勇者なのよ!」

教師「魔王を倒せるのはあなたしかいないんです!」

勇者「……」ダッ

18: 2021/06/23(水) 21:02:15.610
勇者「!」

中年「旅に出るのか」

勇者「ええ、修行の旅に」

中年「ギターケース、よく似合ってるぜ」

勇者「ありがとう、おっさん」

勇者「おっさん、俺……夢を追うよ」

中年「ああ、応援してるぜ!」

中年「……」

19: 2021/06/23(水) 21:05:43.221
……

……

ザワザワ…

側近「おお……!」

側近「完全復活おめでとうございます」

魔王「うむ」

側近「体調はいかがですか」

魔王「万全だ。今すぐにでも町一つ消し飛ばせそうだ」

側近「流石でございます」

20: 2021/06/23(水) 21:08:24.614
側近「これまでにも思念体を生み出すことはありましたが、実体のある魔王様はやはり迫力が違いますな」

魔王「おだてるな。ワシが完全復活を遂げた以上、まずやるべきことは勇者の抹殺だ」

側近「はっ」

魔王「さて……勇者はどうしておる?」

側近「ライブを開く予定になっております」

魔王「ライブ?」

側近「ええ、奴は剣の稽古などせず音楽に明け暮れ、ついにはライブを開くまでになったのです」

魔王「ではそのライブ会場を勇者の墓場としよう。ゆくぞ!」

側近「ははっ!」

21: 2021/06/23(水) 21:11:36.209
ワイワイ… ガヤガヤ…

側近「こちらです。すでに部下は潜ませてあります」

魔王「うむ」

側近「我々はいかがいたしましょう?」

魔王「勇者の歌とやらを聴こう。聴いて、ライブが最高潮に盛り上がったところで――」

魔王「ワシが合図をしたら、皆頃しだ」

側近「なるほど……絶頂から叩き落とすというわけですな」ニヤッ

22: 2021/06/23(水) 21:14:30.627
勇者「みんな、盛り上がってるか~い!」

イェ~イ!

勇者「今日はライブに来てくれて……センキューッ!」

ワーワーッ!



側近「なかなか盛り上がっていますね」

魔王「それでこそ頃しがいがあるというものだ」

23: 2021/06/23(水) 21:18:23.271
勇者「それじゃ、最初の曲! 『勇気を振り絞れ』!」

勇者「行ってみよーっ!」

ワーワーッ! ジャカジャカ…



魔王「……」

側近「なかなかいい曲ですね」

魔王「……」ジロリ

側近「し、失礼しました!」

魔王「うむ、いい曲だ。心に響く」

側近「え……」

24: 2021/06/23(水) 21:21:09.997
勇者「みんな、ここまで付き合ってくれてありがとーっ!」

勇者「じゃあ最後にこの曲を聴いてくれ!」

勇者「俺に音楽の道を決意させてくれた――あるおっさんに捧ぐ歌だ!」



魔王「……!」

側近「魔王様、目を見開いてどうされました?」

魔王「な、何でもない! 静かにしていろ!」

側近(なるほど、この歌が終わったら合図を出すおつもりか……)

26: 2021/06/23(水) 21:24:07.946
勇者「世界のせいにするな~♪」

勇者「夢を~、諦めるな~♪」

勇者「追いかけて、追いかけて、追いかけて、追いかけて~♪」

勇者「たとえ叶わなく~たって~♪」



魔王「……」ジーン

側近「魔王様……!?」

27: 2021/06/23(水) 21:27:31.173
勇者「センキューッ!」

勇者「おっさん、見てるかーっ!!!」



魔王(ああ……見ているぞ)ウルウル…

側近「!?」

側近(魔王様が大量の涙を……)

側近「あの……魔王様……」

魔王「なんだ?」

側近「合図は……?」

28: 2021/06/23(水) 21:30:32.646
魔王「気が変わった」

側近「へ?」

魔王「退くぞ、部下にも撤退命令を」

側近「な、なぜです!? 今いる魔族はみな精鋭! この場にいる人間や、勇者など簡単に――」

魔王「逆らうのか?」ギロッ

側近「い、いえっ!」

魔王「ならばすぐ命令通りにしろ」

側近「ははーっ!」

29: 2021/06/23(水) 21:33:58.031
その後、正式に魔王から書状が届く。

国王「な、なんと……!」

大臣「どうされました?」

国王「魔王が人間界侵攻をしないことを正式に決めたそうだ」

国王「その上絶対に破れぬ結界を張り、万一のことも起こらないようにするとか……」

大臣「いったいなぜ!? 予言では攻めてくることは確実だったのに……」

国王「理由は……勇者のライブに感動したかららしい」

大臣「え!?」

30: 2021/06/23(水) 21:36:21.091
ザッ…

勇者「……」

勇者「おっさん、俺……やったよ。音楽で世界を救ったよ」

勇者「今日もライブやるからさ」

勇者「どこかで聴いててくれよ!」

勇者「さ、歌うぞーっ!!!」

ワァァァァ…






END

31: 2021/06/23(水) 21:41:53.429

イイハナシダナー

32: 2021/06/23(水) 21:42:28.742
乙です

34: 2021/06/23(水) 21:57:12.304
音楽で世界を救うって可能だったのか

引用元: 勇者「俺……本当は音楽をやりたかったんだ」