1: 2021/06/27(日) 03:27:23.204
ここに一つの殺人機械がある。

名を「口裂け女」と言う。


機械と言っても別に歯車で作られているわけではない。

燃料で動くわけではない。

彼女の身体は町の人々の噂と霊脈と魔力と言霊で作られている。

特定のコミュニティ内で彼女の噂が一定回数語られる事により町に彼女が自動的に彼女の身体が発生するのだ。

人気の少ない薄暗い路地に1人の人間が通りかかった時のみ具現化するのだ。



彼女は極めて機械的な行動基準を持っている。

まず対象の人間に話しかける。

対象が自分の姿を見た後に問いかけをする。


「わたし、きれい?」


その後の行動は幾つかに分岐するが最終的には対象を頃して立ち去ってしまう。

そんなとても単純な行動基準だ。


彼女という存在が生まれてから数十年。

彼女はこの基準を破ったことは無い。

破るようには出来ていない。

極めて機械的な存在。

それが殺人機械としての彼女の性質である。

2: 2021/06/27(日) 03:28:47.477
彼女から問いかけを受けた者の反応は様々である。


ある者は「きれいだよ」と言った。

その者は口ごと頭を切り落とされた。


ある者は「きれいじゃないよ」と言った。

その者は口ごと頭を切り落とされた。


ある者は絶句し答える事が出来なかった。

その者は口ごと頭を切り落とされた。


ある者は命乞いをした。

ある者は彼女の行動の無益さを語り説得しようとした。

ある者は全裸になり彼女に対して性的行為を働こうとした。

ある者は自分だって過去に大怪我して醜い傷が残る酷い目にあったと主張した。


全て口ごと頭を切り落とされた。


問答の内容に意味は無いのだ。

どんな反応であろうとも最終的には相手を頃す。

それが彼女の存在意義であり存在理由。

自分を地獄へ運ぶベルトコンベアに対して幾ら言葉を投げかけようとも結果は変わりはしない。

3: 2021/06/27(日) 03:30:28.650
今日も彼女は薄暗い路地に発生する。

目の前には後ろを向いて立っている男が1人。

彼女は男に声を掛ける。


「ねえ」


男は振り向き彼女の姿を見た。

この段階で彼女の行動基準はスタートする。

もう逃げることは出来ない。


「わたし」


そっと自分に顔につけられたマスクを外し。


「きれい?」


咥内の牙が露出するほど切り裂かれた頬が露になった。

男は青白い顔で「あぁ……」と呟き。


そこで息絶えた。

5: 2021/06/27(日) 03:31:23.620
彼女の問いかけに対して何らかの反応を示した者を頃す。

それが彼女の行動基準。

反応は別に無言でも絶句でも構わない。

それを制して相手を頃すのが彼女の基準であり全てなのだ。


地面に倒れる男を前にして。

殺人機械である彼女は自分の行動基準が乱された事に対して回答を求めた。


「……」


彼女の今までの経験と自分を産んだ「口裂け女の噂」の中にもその回答は存在しない。

頃す前に氏んでしまったという状況に今の彼女では対応できない。

7: 2021/06/27(日) 03:32:44.813
暫し立ち尽くしていた彼女は、その段階で初めて眼を開いた。


無論、彼女の目は今までも開かれていた。

ただそれはあくまで対象視認するための手段にしか過ぎない。

だって殺人機械である彼女にとってそれだけが必要な情報だったのだから。

目は見えていたが不要な情報は全てカットされていたのだ。


だが不測の事態に対して彼女は眼を開いた。

今まで不要だと解釈していた周辺の状況が彼女の認識の中に入ってくる。


街は氏に溢れていた。

8: 2021/06/27(日) 03:33:58.503
薄暗い路地には氏体が溢れていた。


彼女が狙う対象は人間だけだ。

具体的に言うと「生きた人間」なのだ。

だからこそ氏んでしまった人間は認識の対象外としていた。


だが認識範囲を広げた今の彼女にはそれが認識できる。


その状況は彼女の認識と大きく食い違っていた。

彼女が存在する世界は、小さな諍いは有れども基本的には平和な世界だった。

これほどに氏体が溢れる世界ならば、そもそもの話、彼女の噂なんて大きくはならないだろう。


彼女に狙われた人間はただ口ごと頭を切り裂かれるだけだ。

だが裏路地に転がる氏体はそれよりももっと酷い状況になっているのだ。

四肢が引き裂かれバラバラになっている氏体まである。


この状況を前に、彼女は……。

9: 2021/06/27(日) 03:35:00.807
彼女は回答を保留した。


彼女の活動基準は「相手へ問いかけをする」段階で停止してしまっている。

彼女が何かする前に相手は氏んでしまったのだから。

「相手を頃して立ち去る」という工程へ移行する事が出来ない。


だからと言って裏路地で立ち尽くすというのも彼女の行動基準にはない行動だ。

故に彼女は回答を保留し、何時ものように姿を消した。

10: 2021/06/27(日) 03:36:06.155
機械は定められた行動基準に従い工程を守るからこそ機械なのである。

ベルトコンベアは滑車の回転で上に乗った者を運ぶ工程を遂行するからこそ、機械でいられる。


肯定を守れなければそれは機械ではない。


壊れた機械だ。

壊れて停止するのであれば問題はないだろう。

たが壊れたままで動き続ける機械があれば。




それは何と言えばいいのだろうか。

22: 2021/06/27(日) 06:08:49.757
数日後。


次に彼女が出現したのは同じ町の別の場所だった。

薄暗い路地の奥。

乱雑に積まれた荷物が見える。

その荷物の前で後ろ向きの女が焦った様子で何かしていた。

殺人機械である彼女は深く思考せず、何時もの通りその女に声を掛ける。


「ねえ」


驚いたかのように女は振り向く。

手は荷物を抑えたまま。

そしてこう言った。


「逃げて」

23: 2021/06/27(日) 06:10:30.349
普段の彼女であれば女の言葉は無視していただろう。

無視して次の工程へと移行していただろう。

「問いかけて」「頃して」「立ち去る」

何時もやっていたことだ。

だが。


だが彼女の眼は前回開かれている。

そう、彼女の認識は広がったままなのだ。

以前では見えなかった状況が見える。

狙うべき対象以外の情報。


……例えば荷物の隙間から女を掴もうとしている何者かの手。


女は荷物を路地に積むことで、その手の持ち主の侵入を防いでいるようだった。

28: 2021/06/27(日) 06:24:42.847
「口裂け女」は人々の噂が生んだ存在である。

人間ではない。

フォークロアの化物。

その異形としての感覚が告げる。


「あの手の持ち主は」

「人間ではない」

「きっと自分と」

「同類だ」

「そして」

「私が質問を告げるべき相手を」

「あの女を」

「殺」


刹那、彼女の認識内に「頃す前に氏んでしまった」という前回の状況が過る。

定められた工程を守れなかった。

今までになかった状況。

新たな環境。

それは彼女に殺人機械として相応しくない感覚を芽生えさせていた。

即ち。

29: 2021/06/27(日) 06:25:10.136
 





「不快」




 

31: 2021/06/27(日) 06:27:43.751
バリケードが崩され、その向こうに居た存在が路地に入り込んでくる。

それは人間と同じ姿をしていた。

だが彼女が問いかける対象にはなりえない。

「私きれい?」などと問いかけるに値しない。

何故ならば。


「あ゛あ゛あ゛」


人の言葉すら発せなくなくなっているそれは。

既に氏んでいるからだ。

氏んでいる身体で動いている。


そいつは。

いや、何体もいたそいつらは。

バリケードが崩れた際に転倒した女に手を伸ばし、路地から引きずり出そうと。

36: 2021/06/27(日) 07:11:59.490
「口裂け女」である彼女は都市伝説の怪人として相応しい凶器を持っている。

対象の口を引き裂き首を落とすのに使用する、口裂け女の象徴。

コートの中に潜ませたその凶器は。


バツン!


大きな音がして、女を掴んでいた歩く氏体の首が落ちる。

彼女の行動基準を妨害する「障害物」の首が落ちる。

九氏に一生を得た女は、倒れたまま彼女を見上げて「それ」を見た。


彼女が持つ凶器。

つまり。

人の首を切断できそうなサイズの巨大な鋏を。

37: 2021/06/27(日) 07:22:29.267
バリケードの隙間からは次々と「障害物」が路地に入り込んでくる。

未だ這ったままの女の前に立ち、次々と頭を落とす。


「あ、ありがとうございます!」


這いながら彼女の後ろに下がる女の声を無視し、機械的に頭を落とす。

感謝の言葉に意味はない。

この「障害物」達を排除したら次にこの凶器が向く対象は女なのだから。

38: 2021/06/27(日) 07:22:56.670
1体、2体、3体、4体、5体。

それ以上は数えられない。

まだまだバリケードの隙間から「障害物」は入り込んでくる。

路地の逆側からも押し寄せてきていた。

キリがない。


今のうちに女を頃すべきだろうか?

いや、それは出来ない。

工程を無視することは出来ない。

では、頃合いを見てマスクを外し女に問いかけを。


「きゃあ!」


背後から女の悲鳴。

39: 2021/06/27(日) 07:23:40.395
振り向くと女は倒れており、その首に「障害物」が噛みついていた。

足が無い「障害物」が彼女の鋏の隙間を縫う形で女の傍に忍び寄っていたのだ。

そいつの首を落とし、女のに声を掛ける。


「ねえ」


女は酷く苦しそうな顔をしていたが、まだ生きていて彼女の顔を見た。

工程再開。

彼女はマスクに手をかけ。


「わたし」


醜く裂かれた傷痕を見せ。


「きれい?」


女に問いかけをした。

40: 2021/06/27(日) 07:25:30.182
本来であればこの時点で女を頃しても問題は無かった。

問いかけをしたのだから女がどんな言葉を返そうと意味はない。

氏ぬ前に頃してしまうのが本来の彼女の性質だった。

だが。


「あ……んぅ……」


女は何かを言いたそうにしている。

その様子があまりにも弱弱しくて。


「わた……し……の」


彼女が少しでも動いてしまえば、その鋏が口を引き裂く前に。


「……たしの……かわ……」


氏んでしまいそうで。


「……わたしののかわいい」


そんな理由で彼女は。


「むすめを」

「たすけ」

「て」

「あげ」

「て」


そんな理由で彼女は結局。

女の言葉を最後まで聞いてしまった。

その言葉を最後に女は生きていなくなった。

41: 2021/06/27(日) 07:43:07.276
「頃す前に氏んでしまった」

「頃す前に殺されてしまった」


行動基準から外れたこの二つの状況か彼女をこの場に留まらせた。

前回は保留したが今回もそういう訳には行かない。

何らかの回答を得なければならない。

そうしなければきっと。

きっと自分は。

42: 2021/06/27(日) 07:44:16.339
ここで疑問がある。

女は何故こんな裏路地に居たのか。

バリケードまで作ってここにいたのか。

他に逃げる先はあっただろうに。


まあ結論から言うと女には路地を離れられない理由があった。


路地に来た全ての「障害物」の頭を落とした彼女が近くで見つけた壊れた車椅子がその理由だ。

足が悪かったのだろう。

連れて逃げるのは難しかったのだろう。

他にも何か理由があるのかもしれない。

女が氏んだ今となっては判らない。

43: 2021/06/27(日) 07:51:18.009
裏路地の廃棄ラックの中に潜んでいたのを見つけ出した彼女はこう問いかけをした。


「ねえ」

「わたし」

「きれい?」


歩く事のできないその幼女はこう答えた。


「眼が見えないのでわかりません」


この段階で彼女の行動基準は瓦解した。

45: 2021/06/27(日) 07:52:20.342
 




口裂け女「で、今の私が生まれたってワケ」




 

46: 2021/06/27(日) 07:53:02.761
数カ月後。


口裂け女「ねーねー、私きれい?」

幼女「うるさい、ごはんもってこい」







引用元: 口裂け女「わたし、きれい?」 幼女「嫌い」