1: 2011/01/22(土) 22:21:44.27

その日もあたしは、いつものように退屈な授業をぼんやりと聞いていた。
自分で言うのも何だけど、あたしって要領がいいから、授業でやる範囲なんて
教科書を読むだけで自然と頭に入っちゃうんだよね。
だからかったるくて授業なんて聞いてられないってワケ。

そんなあたしが何の気なしに机の中に手を入れると、
そこには覚えの無い、薄く、でもしっかりとした硬い手触りのノートが入っていた。

(あれっ?こんなノート持ってたっけ?)

取り出してみると、表紙は真っ黒で、英語のタイトルらしきものが書かれている。

(「DERE NOTE」? デレ……ノートって読むのかな?)

2: 2011/01/22(土) 22:23:02.30

誰かがあたしの机に入れたのだろうか?
周囲を見回してみたけど、周りのみんなは正面の教師へ視線を送っていて、
あたしの行動には気づいていないようだった。
ちょっと気味が悪い気もしたけれど、とりあえず表紙を一枚めくってみる。
するとその裏には、小さな文字でなにやら書いてあった。

(ええっと…… 「HOW TO USE」? 使い方ってことかな?)

そこには小さな文字で、以下のようなことが書き連ねられていた。

3: 2011/01/22(土) 22:24:14.96

・このノートに名前を書かれた人間は、指定した人物に対しデレデレになる

・デレ対象を省略した場合は、ノートに書き込んだ当人がデレ対象となる

・書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない
 ゆえに同姓同名の人物に一遍に効果は得られない

・このノートは人間界の地に着いた時点から人間界の物となる

・所有者はノートの元の持ち主であるデレ神の姿や声を認知する事ができる

・デレノートを持っている限り、自分が誰かにデレるまで元持ち主であるデレ神が憑いてまわる

4: 2011/01/22(土) 22:25:38.85

あまりにも馬鹿馬鹿しくて、あたしはぷっと吹き出してしまった。

(へぇ~ なかなか凝ったイタズラじゃない)

誰が用意したのかわからないけど、こういうのはノリ良く応えないとねっ!
ってことで、あたしはシャーペンを握ると、真っ白なページの一番上の欄に構えた。

(うーん、誰の名前を書くべきなのかなぁ?)

っていうか、こんなイタズラ仕掛けるのって、ぶっちゃけあの子しか考えられないんだけどさ。

(「来栖加奈子」っと)

あたしはイタズラ犯である可能性が最も高い、加奈子の名前を書いてみた。
へへっ、これでネタばらしされた時に、「ふふーん、あんたの仕業だってお見通しだよっ」
ってやりかえせるよね。
あたしは名前を書き終えると、ふと加奈子の席の方を見てみた。

あれっ、気のせいか加奈子がぼんやりしてるように見えるかも?
眠いのかな?でもそれにしちゃ頬が妙に紅いし……

5: 2011/01/22(土) 22:27:20.81

休憩時間――


さぁ、加奈子がネタばらしをしにくるのかな?
あたしはニヤニヤしながら様子を窺っていたんだけど、加奈子は相変わらず頬を染めたまま
こっちをチラチラと見るだけだった。
それはまるで恋する乙女の仕草だ……もしかしてそれでデレてる振りしてんの?
めんどくさくなったあたしは、加奈子の席へ向かい、こちらからネタばらしを要求してみた。

「加奈子ぉ、そんな演技したってとっくにバレてるんだってば。まったく……」
「えっ、あっ、桐乃……」

加奈子は目を合わそうとせず、耳まで真っ赤にして俯いている。

「もう~~、加奈子ってば!」ポンッ

あたしはちょっとイラついて、加奈子の肩を軽く押した。
すると加奈子は、あたしの手の上にスッと自分の手を重ね、潤んだ上目遣いの瞳で
あたしを見つめてきた。

6: 2011/01/22(土) 22:28:18.89

「えっ? 加奈子……?」

なに?なんなのこの反応は??
これも演技なの?でも演技にしちゃ随分と真実味があるような。

「そ、そろそろ次の授業が始まるねっ! じゃ!」

あたしは慌てて加奈子から離れると、自席へと戻った。
まさか……まさかね……。

ま、そんなやり取りがあった後でも、あたしはこんなノートのことなんて
これっぽっちも信じて無かったんだけどさ、


その認識は放課後にあっさりと覆されてしまった。

7: 2011/01/22(土) 22:29:46.62

あの後、ちょっと興味が湧いたあたしは、あやせの名前もノートに書いてみたの。
加奈子のイタズラだとしても、あやせまで加担してるってことは性格的に考えにくいし、
むしろあやせはそういう下らないことを嗜める側の人間だから。

そう思ってたんだけど――

ホームルームが終わった瞬間、あたしが見た光景は、
こちら目掛けて土煙を上げ猛突進してくるあやせと加奈子の二人の姿だった。

「桐乃っ!わたしと一緒に帰ろ!!」
「桐乃ぉぉぉ!加奈子と帰ろうぜっ!!」

二人はそれぞれあたしの腕をつかむと、思いっきり左右に引っ張り始めた。
ちょっ!待って!痛いってば!二人とも本気で引っ張ってるし!

「桐乃はわたしとかーえーるーのー」
「ちげーよ!!加奈子と一緒に帰るんだってばー!!」

なんか昔の話でこういうのがあった気がする……ううん、そんなこと言ってる場合じゃない!

8: 2011/01/22(土) 22:30:57.47

「ちょ、ちょっと……もう、二人ともやめてってば!!」

そう一喝すると、二人はそれぞれ同時に手を離し、あたしはその弾みで尻餅をついてしまった。
そんなあたしの様子を見て、あやせは満面の笑みを浮かべて抱きついてくる。

「急に手を離されて転んじゃう桐乃、すっごく可愛いいいいい!」
「あっ、ずるいぞあやせ!加奈子にも抱かせろって!」

だからやめてってば……みんな見てるし。
教室中の注目を集めちゃってるよ……


っていうかマジだ――
このノートは本物だったんだ!!

9: 2011/01/22(土) 22:33:25.97

下校中も二人はベタベタしっぱなしだった。
左にあやせ、右に加奈子と、それぞれに腕を絡められ、どちらも身体を密着させている状態で、
すれ違う人たちから変な目で見られちゃったよ……
あたしは家の前まで二人に送ってもらう形になり、ようやくそこで一人になることができた。
ホントは二人とも家に寄っていこうとしてたみたいだったんだけど、
このベタベタ状態に耐えられなくなったあたしが必氏にお願いして帰ってもらったってワケ。


家に入ると人の気配はなく、まだ両親も兄貴も帰っていなかった。
あたしは自分の部屋に入ると、ドアの鍵を閉め、カバンからあのノートを取り出す。

「デレノート……すごいわ……」

ふふ……ふふ…… 思わず笑みがこぼれる。
その時、突如背後から人の声がした。

『――気に入っているようだな』

驚いたあたしが振り返ると、
そこには長身の黒ずくめで、頬まで口が裂けた異形の怪物が立っていた――

10: 2011/01/22(土) 22:34:31.95

「きゃああああああああ!! だ、誰!? いつの間に入ったの!?」

驚いて椅子から滑り落ちたあたしを見下ろしながら、怪物はニヤリと笑った。

「そんなに驚くな。デレノートの持ち主、デレ神のリュークだ」
「デ……デレ神?」
「ああ、ノートにも書いてあったろ。人間をデレさせる神、それが俺だ」

デレ神……そんなのがホントに存在したなんて!
あたしは椅子にしがみつきながら身体を起こし、リュークとやらに問い掛けた。

「そのデレ神が……なぜあたしにこんなノートを授けたのよ?」
「ははは、退屈だったからな」
「退屈って……それだけで?」
「それにお前の周りにはツン気質の奴が多そうだし、デレノートの所有者として適任だと思ってな」

そう言うと、デレ神はククッと下卑た笑みを見せた。

37: 2011/01/24(月) 00:33:37.50

そんなわけで、デレ神リュークはあたしに取り憑くことになってしまった。
そして、どうやらこいつの姿はあたしにしか見えないらしい。

その日の夜、家族が揃う食事のときもリュークは堂々と付いてきたので
あたしは一人で大慌てだったんだけど、こんな気味の悪い怪物がいるというのに、
お父さんもお母さんも兄貴も、誰一人反応しなかった。
仮にも“神”を名乗ってるわけだもんね。伊達じゃなかったみたい。

まぁそれでも、部屋でもリビングでも常に一緒に居るので、正直言ってウザくてしょうがなかった。
だけど、リュークの話す声もあたし以外の人には聞こえないようだし、
無視してれば静かにしてる奴なので、徐々に気にならなくなってきたけどさ。

38: 2011/01/24(月) 00:36:19.20

だけど、さすがにお風呂のときは困っちゃったよ。

「アンタさぁ、もしかしてお風呂にまで付いてくる気?」
『……基本的にそういうシステムだからな』
「あり得ないでしょ!? 女子中学生のお風呂に侵入だなんて、即通報モノだって!」
『そもそも俺は人間の裸を見たところで、なにも感じないんだがな……』

と、リュークはしれっと言ってたけど、
色々と検証してみたところ、数メートル程度は普通に離れていられることが判ったので、
お風呂のときは浴室の外の洗面所に待たせることにした。

……こいつ、なにが「人間の裸を見たところで、なにも感じない」よ。
油断も隙もあったもんじゃないわ。

39: 2011/01/24(月) 00:38:56.53

「ところでさぁ……リューク、ちょっと聞きたいんだけど」

あたしは浴槽につかりながら、ドアの向こうに居るリュークに問い掛けた。

『……なんだ?』

リュークは少し遅れて返事をする。ってか、こいつ外で何して待ってるんだろう?
まさかあたしの下着をくんかくんかしてんじゃないでしょうね。

「あのさ、このデレノートの効果って、いつまで続くの?」
『さぁな、俺は気にしたことが無いからな』
「あんたがノートの所有者だったってことは、あんたも誰かの名前を書いたりしてたんだよね?」
『ああ、書いていた。しかしお前が手にしたノートは、厳密には俺のノートじゃないんだがな。
 それは他のデレ神のノートを俺が盗んだものだ』

えっ、デレ神ってこいつ以外にもいるの?

40: 2011/01/24(月) 00:41:06.26

『俺たちデレ神は基本的に一人一冊のノートを持っていて、そこに人間どもの名前を書き、
 デレてキャッキャウフフしてる様子を見ることを、生きる糧としているんだ』
「ずいぶんなご趣味ね……」
『だから、人間にデレノートを与えて遊ぶには、自分用とは別にノートを手に入れる必要があるんだ』

こいつの付き合いで分かってきたことは、おっかない風貌の割に案外おしゃべりだということだ。
なので聞いてないことまでペラペラとしゃべってしまう。

「あたし、クラスメイト二人の名前を書いたんだけど、今後もデレられることになっちゃうのかなぁ」
『そいつらキモい奴らなのか? ククク……だとしたらお前にとっては苦痛だな』
「ちょっとぉ!あやせと加奈子はキモいどころか、二人とも美少女でモデルまでやってるっつーの!」

そう反論したところで、あたしはハッと気づいた。

41: 2011/01/24(月) 00:43:59.02

そういえば、今日は二人の豹変ぶりに思わずドン引きしてしまったけど、
よくよく考えたら、あの美少女二人にデレられ放題ってすっごいご褒美じゃん。

「……そっか、デレノートの使い道ってそういうことなのね」

このノートを使うことで他人の好意を意のままに操ることができる――

あたしって美人だし友達も多いから、その手の願望ってあんまりなかったんだよね。
こんな当たり前のことに今更気づいてしまった。
それに、デレられてる優位を上手く利用すれば、あの二人をあたしの趣味に引き込めるかも?
加奈子にメルちゃんコスプレをさせたり、あやせには……アルちゃんコスかな?
二人に対決シーンを再現してもらったり……うへへ、夢がひろがりんぐ……

あたしはニヤけ顔を隠すように口元まで湯船に沈めると、しばし妄想の世界に浸った。


『(ククク……人間って面白っ!)』

67: 2011/01/27(木) 00:57:39.74

こうしてデレノートの使い手となったあたしは、この力を存分に活用することにした。

具体的に何をしたのかって言うと――

誰が見ても互いに好き合ってるのに、なかなかくっつかないイライラする子達っているじゃん?
あたしのクラスにもさぁ、そういうのが何組かいたんだけど、
そういう男女をお互いデレ合うように片っ端から名前を書いてやったってワケ。
そんでカップル一丁あがり。

最初は自分のクラスだけだったけど、そのうち隣のクラス、次第に三年生全体に範囲を広げて
どんどんカップルを作ってやったの。
おかげであたしたち三年生のフロアは、なんとなくピンクの雰囲気になっちゃった。
学校内でも、急に交際を始めた男女が増えたんじゃないかって、次第に噂になってきてるみたい。

これヤバイわ、やり始めたら楽しくて止まらなくなっちゃう……
あたしって、まるで恋のキューピッドだよね。

68: 2011/01/27(木) 00:59:20.66

「「桐乃~~ 一緒に帰ろっ」」

あれから一週間が経ったけど、あやせと加奈子は相変わらずあたしにデレデレしっぱなしだ。
嫌なわけじゃないけど、いつまでこの状態が続くのかなと、ちょっと心配になる。
三人イチャつきながら下校するのにだんだん慣れてきてしまった自分が怖いわ……。

そんなことを考えながら歩いていると、いつもの曲がり角で、同じく下校中の兄貴に遭遇した。
いや、正確には兄貴と地味子だ――

「……!」
「よう、桐乃……って、なんか妙にベタベタしてるなお前ら」
「うっさいわね!あんたに関係ないでしょ」

あたしはキッと睨み付けると、二人を追い越し早足で家路を急いだ。

「ああん、桐乃ぉぉ、置いてくなよ~~」
「桐乃、待ってってば~~~」

加奈子とあやせが慌てて追いかけてくる。
ふんっ、いつもいつもベタベタしちゃって。キモいんだってば、馬鹿兄貴。

69: 2011/01/27(木) 01:01:02.19

思えばあたしが物心ついたときから、兄貴の隣にはあの女がいたような気がする。
兄貴も、なんであんな地味でスタイルもイマイチな冴えない女と一緒に居るんだか。
メガネっ娘好きなのは知ってるけど、ちょっと趣味悪すぎるんじゃないの?
もしデレノートに、地味子が別の男にデレるように書いたら、あの二人の関係は壊れるかな?
ムカつくからやってやろうかしら。
それとも、兄貴の方を、地味子じゃない他の誰かにデレるようにしちゃうとかさ。

たとえば……あたしとか?

そんな考えをめぐらせた瞬間、顔がかっと熱くなるのを感じた。
うわああ!キモっ!あたしキモい!とんでもないことを想像してしまった。
ありえないってそんな状況。あの氏んだ魚の目のような兄貴があたしにデレてくるなんて……

でもこのノートがあれば、そんな状況も作り出せちゃうのよね。
そう考えたとき、あたしは初めてこのノートの力に薄気味悪さを感じた。

70: 2011/01/27(木) 01:02:50.77

夕食後――

あたしはさっさと自分の部屋に戻ると、パソコンの電源を入れた。
ブラウザを立ち上げ、ブックマークの中からあるサイトを開く。

「リューク、ちょっとこれ見てみてよ」
『うん?何だそのサイトは』

あたしが開いて見せたのは、うちの中学校のいわゆる“裏サイト”。
誰が作ったのかは分からないけど、おそらくほとんどの生徒が知ってるサイトで、
学校に関するあらゆる情報交換が行われている。

「ここの掲示板にいろんな書き込みがあるんだけど――あった、このスレッド」

男女交際について語られてるそのスレッドのタイトルをすると、
そこには最近の校内カップル急増についての報告や意見が書かれていた。

71: 2011/01/27(木) 01:04:45.49

507 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 18:38:07
3年B組の○田と△藤、あいつらが付き合うとは思わなかった
どう考えても釣り合ってねえしwww

508 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 19:09:17
うちのクラスも急に付き合い始める奴ら大杉。ベタベタしてキモイ

509 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 19:20:20
うちもだぜ 
異様

510 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 20:01:20
他所もかよw

511 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 20:19:44
それって3年ばかりでしょ?
高校受験なのになに考えてんのかね

512 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 20:29:53
リア充爆発しろ

513 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 21:11:12
てか最近付き合い始めたやつらってなんか怖くね?
催眠術にでもかかってるかのように、目がイッちゃってるもん

72: 2011/01/27(木) 01:06:41.87

リュークはあたしの肩越しにパソコンのモニタを眺めてる。

『なんだかあまり反応が良くないじゃないか。キューピッド気取ってたのに残念だったな』
「別にぃ~。ここに書いてる奴らは当事者じゃないからでしょ。非モテがひがんでるのよ」

あたしはモニタを見つめたままで答えた。
リュークは頬まで裂けた口元をさらに吊り上げ、クククと嫌な笑いを浮かべている。

『で、この掲示板がどうかしたのか?』
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました」

あたしは椅子をくるっと回し、腕組みをしてリュークと向き合った。

「実は、くっつける男女のストックがそろそろなくなってきたから、ここで情報集めようかなって思って。
 それにあたしが手を出してない、他の学年にも恋のキューピッド様が降臨しないと不公平だしね」
『へぇ~ そういうものなのか』

あたしはニヤリと笑い、またパソコンに向かい直すと、投稿フォームを開いてキーを叩き始めた。

73: 2011/01/27(木) 01:07:46.21

名前: メルちゃん♪
E-mail: sage
内容:
最近カップルが増えたのは、あたしが恋の魔法でくっつけたからだよ~ん
他にもカップルにしたい男女がいたら名前を教えてよね(*´∀`*)
写真があればなお良しだよ♪

(・ω<)キラッ☆彡



「よーし、これで書き込みっと」
『……お前、ネット上ではこういうキャラなのか?』
「はぁ?なんか文句あるの?」
『いや……ないけど』

あたしは意気揚々と投稿ボタンをした。
さすがに身元を明かすのはヤバいし、その点ネットの掲示板って便利な場所よね。

自分の書き込みが掲示板に反映されたことを確認すると、あたしはいつもより早めにベッドに入った。
明日の朝、少し早く起きてレスをチェックしよっと。

74: 2011/01/27(木) 01:10:34.11

翌朝――

いつもより一時間早く起きたあたしは、パソコンの電源を入れて早速スレッドをチェックした。
ふふふ、みんなどんな反応してるかな……



520 :メルちゃん♪:2011/01/26(水) 21:41:01
最近カップルが増えたのは、あたしが恋の魔法でくっつけたからだよ~ん
他にもカップルにしたい男女がいたら名前を教えてよね(*´∀`*)
写真があればなお良しだよ♪

(・ω<)キラッ☆彡

521 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 21:46:53
D組の○山と◇岡も付き合い始めたってさ

522 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 22:00:21
カポーうぜえええええ

523 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 22:16:20
校内で所構わずいちゃらぶするのはマジやめて欲しい

524 :学校の名無しさん:2011/01/26(水) 23:31:52
>>520
キチガイ乙です

525 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 00:40:13
みんな卒業してからにすりゃいいのにね

75: 2011/01/27(木) 01:11:58.32

思わずキーボードを両手で殴りつけ、あたしは叫んだ。

「ちょっとぉ!!なんでスルーされてる上にキチガイ認定レスだけなのよっ!?」
『俺に言われても知らねえって……』

あたしの大声で目を覚ましたのか、隣の部屋から壁越しに「うるせえぞ!」の罵声が聞こえてきた。
チッ、こっちは大事なところなのよ? ああ、ウザいウザい。

「こうなったら、やっぱりあたしの力を実証して見せるしかないわね」

幸い、カップル候補のストックが一組だけ残っていた。
あたしは再び投稿フォームを開き、静かにキーを叩き始める。



名前: メルちゃん♪
E-mail: sage
内容:
ちょwwwお前ら無視すんなしwwwwwwwww
しょうがないから、今から3年C組の○村くんと△川さんをカップル化してやんよ
これであたしの力を信じなさいよ!

(・ω<)キラッ☆彡



投稿を終えると、あたしはデレノートに○村くんと△川さんを互いにデレるよう書き込んだ。
これで準備完了。
さぁ、しっかり見てなさいよ、非モテの連中どもめ!

95: 2011/01/29(土) 01:47:34.15

学校に着くと、3年C組の教室の前には人だかりができていた。
三年生が多いけど、二年生や一年生も混じっているようだ。
あたしは人だかりに近づくと、その中にあやせの姿を見つけた。

「おっはよ、あやせ。どうしたのこれ?」
「あっ、おはよう桐乃~♪」

あやせはあたしの手を両手で握り、頬を染め、上目遣いで見つめてきた。
いや、今はそういうのはいいから……
あたしは手を振りほどくと、人だかりを指差して、あやせに回答するよう促した。

「うーん、なんかね。C組の○村くんと△川さんが急にラブラブになっちゃったみたい」

ああ、なるほどね。
そりゃあたしがさっきデレノートに書いたから、当然の結果なんだけどさ。
周りを見回すと、皆は教室の中に視線が釘付けになっていて、その視線の先には、
見事に相思相デレ状態となった○村くんと△川さんの二人の姿があった。
昨日まではそんな素振りを見せてなかった二人のデレデレぶりに、辺りは騒然としている。

「――あの書き込みは本当だったのかよ」

人だかりの中の誰かがそう呟いた。

96: 2011/01/29(土) 01:50:50.30

その声を受けて、また別の誰かが聞き返す。

「書き込みってなんだよ?」
「今朝、あの二人をカップルにするって予告があったんだよ。うちの学校の裏サイトに!」
「それどころか、最近カップルが異様に増えてるのは、そいつの仕業らしいぜ」

キ、キ、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!
これよ、これ!あたしが求めていた展開になってきた!
ようやくあたしという恋のキューピッドの存在に気付いたようね!

「カップルにするって……どうやって??」
「知らねーけど、恋の魔法がなんとかって書いてあった」
「……お前、マジで言ってんのかよ?」
「じゃあ、あれをどう説明するんだよ!急にあんな状態になっちまってるんだぜ!?」

喧喧囂囂の言い合いが続き、その周りの人達も戸惑いながらやり取りを見守っている。
しばらくすると、ざわめきを掻き消すように予鈴が鳴って、皆それぞれの教室に戻り始めた。

「いいから、お前らも裏サイト見てみろって!携帯からでも見れるだろ」

散り際に聞こえてきた声に、みんな携帯を取り出して一斉に操作を始めている。
あたしはニヤニヤを抑えるのに必氏だった。

97: 2011/01/29(土) 02:11:02.81

その日、校内は一日中、裏サイトの掲示板の話題で持ちきりだった。
教室に居ても、耳を澄ませばいつでも裏サイトについて話す誰かの声が聞こえてくる。
でも、まだみんな半信半疑のようで、あたしの書き込みを単純に信じる人もいれば、
トリックがあると疑っている人もいて、受け止め方はまさに人それぞれみたい。
中には、カップルになった二人による自作自演じゃないかって説を唱える人もいたらしい。
とはいえ、当人達を問い詰めてもデレ状態の二人では要領を得ないし、演技とは思えない
二人の豹変っぷりは、あの書き込みに信憑性を持たせるのに十分だったようだ。

唯一真実を知るあたしは、そんな周囲の喧騒に対して言い知れぬ優越感に浸っていた。
ネットの世界に舞い降りた、愛を結ぶ謎のキューピッド……嗚呼、カッコよすぎるわ。

「桐乃?……なんだか今日はずいぶんご機嫌だね」
「そ、そんなことないってば、あやせ」

いかんいかん、ついつい表情がニヤけてしまうわ。

98: 2011/01/29(土) 02:14:39.15

ただね、想定外なことがひとつだけあってさ――
あ、ホラ、今またクラスの男子が噂話してるんだけど……

「掲示板のあいつ、スゲーよなぁ」
「俺はあんなの信じないけどな。えっと、なんて奴だったっけ?」
「ええっと……なんだったっけ……?」

だから“メルちゃん”だってば。名前欄に書いてたでしょ!
あたしは恋の呪文を使う、魔法少女メルルだよっ☆

「ああ、たしかキラッとかいう……」
「あっ!そうだそうだ、キラッだよ!」

ノオオオオオオ!
違うっ!そこじゃないってば!
確かにそれも書いたけど、それは単にメルルの歌の合の手で、キメ台詞的に書いただけなんだって。

そんなあたしの心の叫びが届くはずもなく、裏サイトの謎のキューピッドの呼び名は、
みんなの間であっという間に“キラッ”で定着してしまったようだ。

「キラッって、一体どんな奴なんだろうなぁ~」
「だからヤラセだって!キラッなんてあり得ないって」

……ああ、もういいわ。キラッでいいわよ。

99: 2011/01/29(土) 02:20:10.16
学校が終わり、あたしは足早に帰宅すると、着替えるよりも早くパソコンの電源を入れた。
裏サイトにアクセスして例のスレッドを開くと、今朝までの寂れようとは打って変わり、
あたしの書き込みに対するレスが並んでいる。
どうやら皆、待ちきれずに学校から携帯使って書き込んだみたいね。
ふふっ、こうじゃなくっちゃ。



530 :メルちゃん♪:2011/01/27(木) 06:41:11
ちょwwwお前ら無視すんなしwwwwwwwww
しょうがないから、今から3年C組の○村くんと△川さんをカップル化してやんよ
これであたしの力を信じなさいよ!

(・ω<)キラッ☆彡

531 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 09:21:17
うおおおお!マジだ!!!!!
○村と△川が急にベタベタになってた!!!!

532 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 09:31:52
おいおい、俺も見てきたぞ
どういうことだってばよ・・・?

533 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 10:02:09
記念パピコ

534 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 10:50:18
>>530
なんでカップルになるって分かった?

535 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 11:01:32
え?これどういうこと?
意味が分からない…

536 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 11:03:47
>>530
リクエストしたら他の人もカップルになるのか?

537 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 12:15:23
キラッの人!
2年A組の川上哲也と末永康子をカップルにしてください!

100: 2011/01/29(土) 02:22:27.67

538 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 12:45:03
キラッの人って誰なの?

539 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 12:47:37
はいはい
ヤラセ乙

540 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 12:55:30
ここに名前を書いたらカップルにしてくれるの?>キラッ

541 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 13:02:09
なにそれこわい

542 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 13:11:20
キラッ様!
3年E組の本山哲と石田可奈をカップルにするの希望します

543 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 13:21:22
記念真紀子

544 :学校の名無しさん:2011/01/27(木) 13:29:01
>>530
お前誰なんだよ?



『ククク……すっかり話題の中心になってるじゃないか』

リュークも興味深げにモニタに映し出された掲示板を眺めている。

「ホラ見て、結構カップル化のリクエストがきてるよ」

でも、さすがに写真まで載せている書き込みは無いので、
どうやらあたしが実際に調べて、当人の顔を見に行かなければいけないようだ。
この辺がデレノートの不便なところよね。
とりあえずあたしは掲示板に書かれていた何組かの学年・組・名前をメモに控えて、
手帳に挟んでおいた。
さっそく明日顔を見に行って、デレノートに名前を書いてあげよっと。

115: 2011/02/02(水) 01:45:52.80

その日を境に、裏サイトにある恋愛スレッドは、キラッ専用スレッドと化した。

あたしは毎晩スレッドの書き込みをチェックし、カップル化の要望があればデレノートに書き、
カップルを作ってみんなの反応を楽しむことを日課にしていた。
顔が分からないときは仕方ないので教室まで行って確かめていたけれど、
最近では顔写真付きで依頼するルールが浸透したおかげで、あたしの手間は随分少なくなり、
ますますカップル作りは加速した。
“目指せ人類総カップル化”ってとこね。このノートがあれば少子化も怖くないわ。

『ククク……毎日カップル作りに精が出るじゃないか』
「あったりまえじゃん。あたしは恋のキューピッド“キラッ”なんだからね」
『たが気を付けろよ。カップルになった奴等はノートの力で能天気にデレてるからいいが、
 身近な人間のカップル化を快く思わない奴もいる』

リュークは不敵な笑みを浮かべている。

116: 2011/02/02(水) 01:50:26.83

『カップルになった二人を妬む奴、想いを寄せてた相手を取られた奴、そんな奴等も居るってことだ。
 そういう奴等にお前の正体がバレたら大変なことになるだろうな…… ククク……』
「あたしはそんなヘマしないって。だからネットを利用してるんじゃん」

こいつってデレ神なんて恥ずかしい神様やってるくせに、結構性格が悪いんだよね。
でも、キラッの正体があたしだとバレると、色々と面倒なことになるのは確かだ。
用心のためにノートは部屋から持ち出さないようにしているし、普段は家族にも内緒にしている
あたしのコレクション置き場の一番奥に隠してあるので、バレる可能性は無いとは思うけど。

「ってか、万一バレたところで別に犯罪やってるワケじゃないしね。
 それに名前を書くだけでデレデレにさせられるノートだなんて、誰も信じないよ」
『だが、デレノートに触った人間には俺の姿が見えてしまう。
 そうなれば否応なく、人智を超えた力を宿すノートだと知ることになるがな』

あっ、そうか。それはそうかも。
確かに他の誰かにこのおぞましい姿のデレ神を見られたら、ちょっと言い訳できそうにない。
それは今まで以上に用心しないとね……。

117: 2011/02/02(水) 01:56:36.84

だけど、そう思っていた矢先にトラブルは起きてしまった――


写真と名前さえあれば誰でもカップルになれる、という評判が評判を呼んで、
学校の裏サイトには、あたしの学校以外の、近所の中学校や高校からも書き込みが
集まるようになっていた。
あたしの知らないところで、キラッのウワサはどんどん広がっていたみたい。

ただ、困ったことがあって……
以前は写真なしで依頼がくることばかりだったので、実際に顔を確認しに行くついでに、
カップルにして大丈夫かどうかの妥当性ってやつを一応判断するようにしてたんだよね。
二人の雰囲気とか、釣り合うかどうかとか、まぁ、あたしの勘によるところが大きいんだけどさ。
あからさまなイタズラは却下するようにしないと当人達が可哀想じゃん?

でも、写真掲載がメインになってからは、その辺がちょっとテキトーになってしまってたの……。
そして、あたしがカップルにしたある一組について、こんなクレームの書き込みが寄せられてしまった。



341 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 18:12:21
おいおい、昨日カップルにされた○高の田端と大山はそれぞれ彼女・彼氏持ちだぞ?
明らかに誰かが嫌がらせで書いたんだから無効にしろよ!!
酷すぎるだろ!

118: 2011/02/02(水) 01:59:54.09

えええ、マジで~~?
でも無効にしろっていわれても、そんな方法知らないっての。

「リューク、間違ってデレさせてしまった場合、もう一度書き直したら効果が上書きされるかな?」
『デレノートの効果は、一度発揮されたら変更は効かないし、取り消しもできない』

だよねぇ……
でも、そもそも全然知らない人達なんだから、恋人居るかどうかなんて分かりっこないし。
これって不可抗力じゃん。
そういうものだと思ってもらうしかないよね。



525 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/01(火) 19:38:58
>>522
ありゃ、ごめんね~
まぁ、本人達は幸せになってるからもういいじゃん?
なんなら余った者同士でくっつけてあげるからさ



と、あまり深く考えずに書き込んだこのレスによって――スレッドは大荒れになってしまった。

150: 2011/02/05(土) 03:32:51.15

“呪いの掲示板”って知っているかしら――


その日、文化祭の打ち合わせのため、久しぶりにゲーム研究会の部室に顔を出した俺は、
ふいに黒猫からそんなことを尋ねられた。

「呪いって……、なんだそりゃ?」
「いまネット上で話題になってる掲示板のことよ。
 そこに顔と名前を晒されると、誰かと無理矢理カップルにさせられてしまうそうよ」

“呪いの○○”――実に使い古された、なんとも安っぽい表現だ。
くだらない怪談や都市伝説なんかに出てくる、こんなにもネタ臭さの漂うフレーズが他にあるだろうか。
だが、黒猫は少し頬を上気させ、目を輝かせている。
こいつがいわゆる“厨二設定”が好きなのは知ってるが、オカルト系も守備範囲だったっけ……?

「えっと、無理矢理カップルって……意味が分からないんだけど……」
「ウワサによると、不思議な力が働いて、ラブラブの色ボケ状態にさせられてしまうそうで、
 まるで抜け殻のようになってしまうの。うちの学校にも被害者が居るらしいわ」
「……不思議な力って、そんなことあり得るのかよ」

どこから突っ込んだらいいんだよ。
と、俺が怪訝な表情を見せると、黒猫は深くため息をついて、呆れたような視線を返した。

151: 2011/02/05(土) 03:39:07.57

「凡庸な人間風情には理解できないでしょうけど、これは古から伝わる魅了(チャーム)の呪い。
 ――つまり闇世界の住人の仕業よ!」

なるほど、そっちに持っていくわけか……だから活き活きしてるんだな。
黒猫の言動に俺は今更驚きもしないが、近くで聞いていた瀬菜は顔をしかめつつ会話に入ってきた。

「五更さん、相変わらず痛々しい発言を振りまいているんですね」
「……ほっといて頂戴」

黒猫は瀬菜を一瞥すると、くるりと背中を向けてパソコンに向かった。
馴れた手付きでキーを叩き、なにやらウェブサイトを検索しているようだ。

「さぁ、御覧なさい。このサイトよ」

振り返って俺と瀬菜にモニタを見るよう促す黒猫は少し得意気だ。
俺達は黒猫の後ろからモニタを覗き込む。
そこにはどこかの学校に関する口コミ情報のサイト――いわゆる学校の裏サイトが映し出されていた。

「このサイトに、五更さんの言う“呪いの掲示板”とやらがあるんですか?」
「ええ、そうよ。近くの中学の裏サイトらしいけれど、今もここで呪いの儀式が執り行われているわ」

呪いってのは、五寸釘の藁人形とか魔方陣とか水晶玉とか、そういう演出が付くイメージなんだけど、
ネット上の掲示板でお手軽に呪いねぇ……これが時代ってやつだろうか……
黒猫にバレないよう、俺は小さくため息を吐いた。

152: 2011/02/05(土) 03:42:12.75

だけどその時、サイトのタイトルに書かれていた中学校の名前に、俺は見覚えがあることに気付いた。

「この中学校って……桐乃の通う学校じゃねーかよ」
「あら、そう言えばそうね。気付かなかったわ」

桐乃の奴、こんな変なウワサ話に巻き込まれてやしないだろうな――?
まぁ、あいつのことだから、邪鬼眼乙の一言で片付けそうだけどさ。

「ええと、恋愛系の……あったわ。このスレッドだわ」

そう言うと、黒猫は掲示板の中の沢山のリンクテキストの中からあるスレッドをする。
そこには罵詈雑言の嵐とも言うべき怒りのレスがあふれていた。

「なんだこりゃ……」
「これは呪いによって友人や恋人を奪われた者たちの叫びね。当初は好き合ってる同士のカップル化を
 後押しするスレだったようだけど、そのうちイタズラや成りすましが横行して、
 本人の意思とは関係なくデレさせられてしまう、恐ろしいスレになってしまったらしいわ」
「ええぇ……本当なんですかねぇ……」
「ほら、ここに書かれている名前と――そしてこのリンクは顔写真ね。これが呪いの依頼よ……フフフ」

俺と瀬菜は無言で顔を見合わせる。
うーむ……、黒猫が電波受信中なのは間違いないが、ここのスレッドの奴らも相当なモンだ。
一体どこまで本気でやってるんだろうか。

154: 2011/02/05(土) 03:47:18.48

「そして、このふざけた名前の奴が呪い騒ぎを起こしている張本人よ」

黒猫がモニタ画面を指差すと、そこにはこの殺伐としたスレッドの流れにそぐわない
緩いテイストのコテハンによる書き込みがあった。



719 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/28(月) 17:50:11
あんたたち、スレを荒らすんじゃないわよ!
あたしは頼まれたからカップルにしてやっただけじゃん!
悔しかったらあんたたちも相手を見つけてここで依頼しなさいっての



「……なんだこいつは?」
「キラッと呼ばれてる、このスレの主。そして依頼を受けて魅了の呪いを掛けている者よ。
 正体は明かしてないけれど、私同様、闇の眷属が人間の姿で世を忍んでいるのでしょうね」

そう呟く黒猫の瞳が怪しく光った……ような気がした。
黒猫ほど素直にスレのやり取りを受け入れられない俺は、正直どう反応をしたらいいのか分からなかった。
現実的に考えると、こういうやり取りをネタで楽しんでるスレッド、ってことなのかもしれない。
ただ、それにしては罵詈雑言のレスに切羽詰ったシリアスさを受けるんだよなぁ……

「フッ、人間界に過度の干渉をしてはならないことは闇世界の住民の常識だというのに。
 この所業、見過ごせないわね……」

そんな黒猫の言葉にツッコミを入れるよりも早く、部室には部長の声が響いた。

「おーい、そこ何やってんだ。 文化祭の打ち合わせを始めるからこっち集まれ~」

俺達は慌ててパソコン席から離れ、部員の輪の中に加わった。
そして、その日の“呪いの掲示板”話は、なんとなくそこでお終いになったんだ。

169: 2011/02/09(水) 00:41:52.23

その日、帰宅して玄関のドアを開けた俺は、ちょうど二階に上がろうとしてた桐乃に遭遇した。

「ただいま」
「……ん、おかえり」

桐乃は素っ気なく挨拶を済ますと、足早に階段を昇っていく。
こいつは最近、メシとか風呂とかの時間以外は、ずっと自分の部屋に閉じこもってやがる。
新しい工口ゲにでもハマってんのだろうか?

俺はいつものようにキッチンに向かうと、冷蔵庫から麦茶のパックを取り出してコップに注いだ。
桐乃が部屋に籠ってばかりのため、せっかく兄妹仲の改善がみられていた俺達は、
かつて冷戦状態だったときのように、会話を交わす回数が激減している。
まぁ、おかげで以前のように無理矢理工口ゲやらされたりすることもなくなったので、
受験生の身としてはありがたいんだけどさ。

俺は麦茶を飲み干すと、階段を昇り自室へ向かった。

170: 2011/02/09(水) 00:44:51.64

自室のドアノブに手をかけたところで、ふと桐乃の部屋の方を見た。
部屋からは忙しくキーボードを打つカチャカチャという音が聞こえてくる。
少し迷った後、俺は桐乃の部屋のドアをノックした。

「おい、桐乃ぉ――」

そう呼び掛けると、キーを叩く音が止んだ。
ほどなくして近づいてくる足音が聞こえ、勢いよくドアが開く。
俺はあらかじめ軌道に手を構え、ドアを受け止めた。いつもこのパターンで頭打ってるからな。
獲物を仕留め損ねた桐乃は、チッと舌打ちをして不機嫌そうなツラを見せた。

「何か用? あたし忙しいんだけど」
「いや、用ってほどじゃないんだけど……」

あれ?そういえば、なんでノックしたんだろ?
迂闊にも俺は、これといって用事もないのに桐乃を呼び出してしまった。
とりあえず何か言わなければ……

「あー……えっと、最近お前っていつも部屋に篭ってるから、何やってんのかな~と思ってさ」

ああ、我ながらしょうもないことを言ってるぜ……
こんなこと聞いたって、桐乃の答えは決まりきってるじゃないか。

「別にあたしが何やってようが、アンタには関係ないでしょ?」

ほらね。そう返ってくると思ったよ。

171: 2011/02/09(水) 00:47:56.81

俺は慌てて他の話題を探した。

「そ、そういえば、お前の学校の裏サイト?ってのが、いまウワサになってるらしいじゃねえか」
「へぇ~、あんたも知ってるんだ?」

苦し紛れに今日部室から聞いた“呪いの掲示板”の話を振ってみたところ、
予想外に桐乃は食い付いてきた。

「あのウワサってすごいでしょ~~?もうスレ見た?」
「ああ、俺にはスレの奴らがどこまでマジでやってんのか分かんねぇけど……」
「マジだって!実際にあたしの学校でカップルになった人達がいるんだから。
 ネット上に存在する恋のキューピッド、すっごい素敵だと思わない!?」

どうやら桐乃は、あの掲示板のやり取りを信じきっているらしい。
この手の超常現象系には醒めた奴だと思ってたので、この反応は意外だった。

あれ?でも“恋のキューピッド”だと?
そこは今日聞いた話とちょっとニュアンスが違うな。
黒猫曰く、あれは呪いらしいけど……
しかし、何となく今はそのことに触れない方がいいだろうという野生の勘が働いたので、
俺はあえて指摘しないことにした。

172: 2011/02/09(水) 00:57:29.77

「ああ、そうだな。……でもお前、変なことに巻き込まれてないだろうな?」
「はぁ?なに言ってんのよ」
「いや、だって無理矢理誰かとカップルにされるんだろ?」

俺がそう言うと、桐乃はいきなり目を輝かせ、嬉しそうにコケにしてきた。

「えっ? アンタ、あたしが誰かと付き合っちゃうと思って心配してんの?うひゃーキモキモ」

取り繕って出てきた話題ではあるけど、兄として一応心配して言ってやってんのにこの反応だよ。
ってか、“呪いの掲示板”を信じるのお前の方が不安がるべきじゃねーのか。

「安心しなって、あたしこれでも身持ちが固いからさ」

桐乃は馬鹿にしたように笑いながらそう言うと、俺が反応するよりも先にドアを閉めた。
そりゃ俺だって、こいつが誰かとどうこうなるとは思っちゃいないけどさ。

まぁ、こんなやり取りでも、随分久しぶりに兄妹でまともに会話を交わした気がするよ。

173: 2011/02/09(水) 01:00:38.20

しかし、“呪いの掲示板”の話はまだ続いた――


次の休日、俺は意外な人物からの呼び出しを受け、とある喫茶店に来ていた。

「マネージャーさん、お休みの日に突然呼び出したりしてすみません」
「いや、別に用事もなかったし、気にしなくてもいいぜ」

そう、俺をここに呼び出したのは、以前メルルのコスプレイベントで知り合った
英国人のブリジット・エバンスという美少女だ。
俺は加奈子のマネージャーとしてイベントに参加していたんだけど、メルルコスプレの常連である
ブリジットとも見知った間柄になっていた。
この前日、ブリジットから相談事があるとのメールが届いたので、こうして会ってるわけだ。
俺達に共通事項はそう多くないので、おそらく加奈子絡みなんじゃないかと予想しているんだが。

「で、相談ってなんなんだ?」
「はい、実はかなかなちゃんのことで……」

どうやら俺の予想は当たっていたらしい。

174: 2011/02/09(水) 01:02:31.99

「最近、かなかなちゃんの様子がおかしいんです」
「あいつが色んな意味でおかしいのは以前からだと思うけど――」

と、言ったところでブリジットはキッとこちらを睨み付け、俺は思わず肩をすくめた。
こいつ、ホントに加奈子のこと慕ってるんだな……

「まじめな話なんです。最近いつもボーっとしてて、心ここにあらずって感じで……」
「ボーっとしてる?」
「はい、携帯を見つめてボンヤリしてたり、ため息をついたり、イベント中もずっと無気力な感じなんです」

普段の加奈子はどうしようもないクソガキだけど、仕事に関しては異様にプロ意識が高いから、
無気力に仕事をこなす姿はちょっと想像できない。

「ある時、誰かからかなかなちゃんに電話が掛かってきたんですけど、
 その時はびっくりするぐらい元気になってたんです。
 でも電話が終わった後は、また顔を赤らめてボーっとしてて……
 病院に行ったほうがいいって言っても聞いてくれなくて……わたし心配なんです」

ああ、なるほど。そこまで聞けば鈍感な俺でも分かるよ。
その症状は病院じゃ治せないだろ。

175: 2011/02/09(水) 01:11:44.71

「それさぁ、あのガキが誰かに恋でもしたんじゃねえの?」

そう言うと、ブリジットは恥ずかしそうに俯いてしまった。

「……わ、わたし、そういうのはまだよく分からないんです」

まぁ、俺もそういう話は疎い方だけどさぁ
電話掛かってきて頬を赤らめボンヤリため息だなんて、いまどき漫画でも使われないほど
分かり易すぎる恋煩いの症状だろ。

「だとしても、いつも元気なかなかなちゃんらしくないっていうか……」
「うーん、そうは言っても、俺も加奈子のことを特別よく知ってるわけじゃないんだけどなぁ」

最近あいつを見かけたのは桐乃達と下校してるところだった。
そういえば、やたらと桐乃にベタベタくっついてて、それはそれで元気そうに見えたけど。

「第一、あのかなかなちゃんが恋をしたとしても、そんな乙女な反応をすると思いますか?」
「た、たしかにそれは意外ではあるな……」

そんな根拠で納得される加奈子も大概である。
ブリジットは顔を上げると、コホンとひとつ咳払いをした。

「あまり様子が変なので、わたしなりに色々調べてみたんですけど――」

そこでブリジットはぐっと身を乗り出してきた。
俺は思わず息を飲む。

「いまネットでウワサの“呪いの掲示板”に関係してるんじゃないかって思うんですっ!」

201: 2011/02/25(金) 03:20:33.83

ブリジットと会った翌日――

俺はまたゲー研の部室に顔を出していた。
先日、文化祭の出し物を決めていたゲー研は、その準備で活気に溢れている……ということは全然なく、
俺が来た時点では二年の部員が3人でゲームをしながらダベっているだけだった。

そいつらと挨拶をかわし、俺は部室の隅の椅子に座った。部員達はまたゲームとお喋りを再開している。
部長達が居ないせいもあるけど、文化祭が迫ってるのにこんな調子で大丈夫なのかよこのクラブは……
まぁ、そういう緩さが、俺にとっては居心地のいいんだけどさ。

――と、そんなことを思っていたら黒猫がやってきた。

「待たせたかしら、先輩」
「いや、俺もいま来たばかりだ」

二年生達に軽く会釈をすると、黒猫はパソコン席に着き、電源ボタンを押した。
俺もパソコン席の隣に腰かける。

「……それで、話って何かしら?」

そう、俺は先日ブリジットから聞かされた話を黒猫に相談するために部室に呼んだのだ。

202: 2011/02/25(金) 03:25:14.69

「――そう、あなたの妹さんの友人にまで“呪い”が……」
「ああ、まだ確定したわけじゃないが、ブリジットが言うにはそういうことらしい」

黒猫は、加奈子やブリジットと面識があるというわけではないが、コスプレイベントに行ったときに
観客として舞台の上にいた二人を見知っている。
そんな黒猫は、ため息をつき、俺の顔を見つめている。
いや、それは見つめたというよりも、なんだか観察するかのような視線だった。
しばらく沈黙していた黒猫だったが、カバンを膝の上に乗せ、その中からクリアファイルを取り出した。

「実はあの日以来、私は“呪いの掲示板”について、自分なりに調べていたのよ」

そういうと、パソコンのキーボードの上へと、無造作にクリアファイルに挟まれていた数枚の用紙を広げた。
そこには、黒猫による調査内容が丁寧に纏められていた。

203: 2011/02/25(金) 03:26:31.09

・“呪いの掲示板”でカップルの話題が急増したのが1月中旬から

・キラッらしき書き込みが最初に確認されたのが1月26日

・その後の1か月ほどで486人、243組が被害を受けている

・平日は朝、晩に書き込みが集中しており、日中の書き込みは稀

・当初の名前は「メルちゃん♪」であり、アニメ「星くず☆うぃっちメルル」を連想させるものだった

・当初は裏サイトの中学校の三年生を中心にカップル化されていた

・当初は顔写真の掲載は不要で、名前だけを条件にしていた

・そもそも当初は依頼を受けてからの呪い発動ではなく、キラッによる自発的なものだった

・数回、カップル化に失敗している
 →当人同士が顔見知りでない場合、および相手が遠方の人間だった場合は呪いが効かない模様

204: 2011/02/25(金) 03:28:08.35

列挙されているそれぞれの事項について、関連する過去ログが引用されている。

「なるほど……よくまとめたな、お前」
「たいした事なかったわ。荒らしが増えたせいでスレ進行は早いけど、それでもまだ20スレ程度だし」

そうは言っても、20スレってことは……1000×20で2万レスを精査したってことだよな……?
どうやらこいつ、かなり本気でキラッについて調べているようだ。
黒猫は片手でバサッと黒髪をかき上げ、ちょっと得意気にしている。
ただ、それらの事項に関する考察は書かれていない。その点は黒猫らしくないな、と俺は思った。

「そんなことよりも……それを読んだ上での、先輩の意見を聞きたいわ」

また黒猫は俺の顔をじっと見つめる。
いつもとはちょっと雰囲気の違う、まるで俺の表情の変化を逃すまいとしているような目だ。
だけど、俺はその違和感を、自分の気のせいだと思うことにして、気にせず黒猫の問いに答えた。

「そうだな……こうやって見ると、キラッって奴はなんとなく脇が甘いというか
 ……あまり考えずに行動してる感じを受けるな」
「ふぅん、それはどの辺りに?」

205: 2011/02/25(金) 03:30:20.46

俺は黒猫の資料の一部を指差した。

「例えば、騒ぎの起こる最初の方では、三年生だけが被害を受けているけど、
 これって、普通に考えれば三年生に近い人物……または三年生の中にキラッがいる可能性があるよな」
「そうね、その後リクエストを受けるようになってから二年生や一年生、さらには他校の生徒も対象にしているわ」
「それにスレへの書き込みの時間帯も、いかにも学生って感じだし、あまりそういうの隠してないよな」

そう答えた俺の意見に、黒猫も同調しうなずく。

「そうね、もちろん偽装のためにあえてそうしている可能性もあるけど、
 こいつの書き込み内容を見る限り、そこまでの思慮深さを感じないわね」
「確かに、あまり知性を感じさせない書き込みばかりだよな……」
「それに、途中から写真を載せることを条件にしたのは、名前だけでは誰なのか判断できないからでしょうね。
 逆に言えば、名前だけでリクエストを受けてた同校の三年生は、写真なしでも判断できたということ」

そう、つまりキラッはこの中学校の三年生の中にいると考えるのが自然だ。
調子に乗って俺はさらに続けた――

206: 2011/02/25(金) 03:32:26.82

「あと、やたらメルルネタを使ってるのが気になるよな。キラッってのもメルルの主題歌のネタだし」
「……そうね、1クールで終わった大きなお友達向けの凡アニメだというのに」
「いまどきメルルに執着する奴が、桐乃以外にも居るとは思わなかったよ」

あのアニメ、実は俺が思ってたよりも人気だったのかな?
呑気にそんなことを思っていた俺は、また黒猫からの観察するような視線に気付いた。
さっきから時折見せていた視線だ。

「なんだァ?さっきから妙に見つめてくるけど……」

怪訝そうにそう言い、俺はやや非難をこめた視線を返す。
すると、黒猫はフッと笑顔を見せた。

「……どうやら先輩は大丈夫なようね。安心したわ」
「大丈夫……って何がだよ?」
「いいのよ、気にしないで」

???
どういう意味だ?
なんだか訳が分からないが、とりあえずこの一連のやり取りで黒猫は何かを納得をしたようだ。
そして黒猫は、パソコンで件の中学校の裏サイトにアクセスし、現行のスレッドを開いた。

222: 2011/03/01(火) 03:25:18.29

「この掲示板には、投稿者のIPアドレスの表示はなく、IDも表示されていないのだけど――」

IPアドレス……? ID……?
黒猫がさらりと言った言葉には、ネットに詳しくない俺にとって、少々ハードルの高い用語が含まれていた。
腕組みをして首をかしげている俺にやや呆れたように、黒猫が補足する。

「要するに、投稿者ごとに固有な識別番号、のようなものよ」
「ふむ…… 分かるような分からんような……。それがどうかしたのか?」
「つまり、どの書き込みを、誰が書たのか、書いた本人以外からは分からない仕組みなのよ」

そこまで聞いても、俺にはどうも黒猫の言わんとすることが分からない。
黒猫はマウスホイールを操作して、スレッドの最新の書き込み部分にスクロールした。

223: 2011/03/01(火) 03:28:06.44

233 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 10:45:30
○○中の3年C組の如月竜司と相川真央のカップル化おながいします!
写真はここです[LINK]

234 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 12:18:10
>>233
はい、完了
お幸せに~☆

235 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 13:03:12
キラッUZEEEEEEEE
氏ねじゃなくて氏ね

236 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 14:51:24
>>234
おお!マジであいつらカップルになってた!
すげえ!
キラッに感謝!!!

237 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 15:18:08
調子に乗るからやめろって!!!!

238 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 15:48:22
○○高、1年3組の相川歩と平松妙子をくっつけてください!
写真→[LINK]

224: 2011/03/01(火) 03:29:12.42

「――相変わらずカップル依頼とやらが続いてるんだな」

俺はうんざりしたように吐き捨てた。
黒猫はそんな俺に見向きもせず、キーボードをカタカタと叩いている。
何を書いてるのかと思い、テキストが入力されているフォーム部分を注視する。

するとそこには意外な内容が――



名前: (・ω<)キラッ☆彡
E-mail: sage
内容:
>>238
ほい、完了したよ~

225: 2011/03/01(火) 03:32:04.73

「うおおおおおおい!!お、お前っ!一体なにを!!?」

そのあり得ない書き込み内容に、俺は思わず大きな声を上げ、椅子から転げ落ちそうになった。
それと同時に、部室の全員の視線を一身に浴びていることに気付く。

「す、すまん、なんでもないっ」

俺は唖然としている二年生達に向かってそう言い場を取り繕うと、黒猫に顔を寄せて小声で囁いた。

「んで、なんなんだその書き込みはよ。 ま、まさかお前が――」
「……そんな訳ないでしょう」

黒猫は投稿ボタンをしてスレへの書き込みを終えると、椅子を回して俺と向き合った。

226: 2011/03/01(火) 03:44:57.67

「この一連の依頼のやり取りは、すべて私が“成り済まして”書いたもの。カップルの学校名も名前も写真も適当よ」
「ど、どういうことだ?じゃあ、ここのカップル化報告は……」
「もちろん嘘っぱちよ。私が書いたのだから」

どうも話についていけない。
これもスレ荒らしの一種だろうか?などと見当違いの発想をしていた俺だったが、
黒猫は構わず言葉を続けた。

「今日、私は休憩時間のたびに、このPCを使って依頼者とキラッに成りすました書き込みをしていたのよ。
 さっき言ったように、この掲示板はIPアドレスもIDも出ないから、そういうことをしてもバレないの」
「お前、そんなことを……一体何のために?」

俺のその問い掛けを待っていたかのように、黒猫はしたり顔で答えた。

「キラッに対して揺さぶりをかけるためよ。
 他の人には分からなくても、キラッ本人がこれを見れば『自分に代わって誰かが成り済まして依頼を遂行した』と思うでしょう?
 自分と同じ能力を持つ者が現れた、とでも受け取ってくれればしめたものよ」
「そういうことか……」
「キラッがどうやって魅了<チャーム>の呪いを身に付けたのか、それは闇の眷属たる私にも分からない。
 だけど、こうやって揺さぶることで、手掛かりを掴むことができるかもしれないわ」

なるほど。確かに、依頼者の結果報告レスを偽っていても、キラッにはそれが事実か否かを確認する手段はないだろう。
この“呪いの掲示板”は、ネット上のやり取りだけで成立していたので、そこは盲点と言えるかもしれない。
黒猫は“第二のキラッ”とでもいうべき存在を、いとも簡単に作り上げたのだ。

「いつも通りならキラッは今晩このスレッドに現れるはず。フッ、どんな反応をするか見モノね」

黒猫は不敵な笑みを浮かべていた。

240: 2011/03/09(水) 04:45:03.31

その日、帰宅したあたしはいつものようにパソコンに向かっていた。
熱いコーヒーを片手にスレをチェックするこのひと時は、今のあたしにとって一番の癒しの時間だ。
人類総カップル化計画が着実に進んでいる達成感と充実感――
まだまだ目標には遠く及ばないけど、キラッの存在は着実に世間へ伝播されているだろう。
まずは千葉……次いで関東全域……そして日本全国へ……
そんなことを思いながら、あたしはコーヒーを口に含んだ。
だが次の瞬間、スクロールしていたスレ画面には、ありえないレス内容が映し出されていた。

ブ――ッ!!!!!!!

『おい、汚えな! モニタがコーヒーまみれになってるぞ』

褐色の液体を盛大に噴出したあたしは、傍らのリュークに画面を指差し、その箇所を見るよう促した。

「げほっ!げほっ……リューク、ちょっとこれ!これどうなってんのよ!?」

241: 2011/03/09(水) 04:46:01.96

233 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 10:45:30
○○中の3年C組の如月竜司と相川真央のカップル化おながいします!
写真はここです[LINK]

234 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 12:18:10
>>233
はい、完了
お幸せに~☆

236 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 14:51:24
>>234
おお!マジであいつらカップルになってた!
すげえ!
キラッに感謝!!!

238 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 15:48:22
○○高、1年3組の相川歩と平松妙子をくっつけてください!
写真→[LINK]

240 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 16:20:50
>>238
ほい、完了したよ~

251 :学校の名無しさん:2011/02/21(月) 16:58:21
>>240
ありがとうございます!成功してました!!!

242: 2011/03/09(水) 04:49:48.54

『これがどうかしたのか?』
「どうかじゃないわよ!この時間帯、あたしは書き込んでいないのよ!」

これは一体どういうことなのだろう?
キラッであるあたし本人に書いた覚えがないのだから、他の誰かが書き込んだのは間違いない。
だけど重要なのはそんなことじゃない。
まず第一に、この成りすましがそれぞれのカップル依頼を受けて、ちゃんと成立させているってこと。
あたし以外の誰にそんなことが出来る?

「それぞれにカップル化の成功報告もされてるわね…… 訳が分からない……」
『お前が書き込んだことを忘れてる……ってことじゃないよな?』
「ありえないって。大体このとき、あたしはまだ学校にいたのよ」

あたしは机にデレノートを開き、そこに書かれている名前の羅列をチェックした。
だけど、このレスで依頼されている男女の名前は、そこには見当たらない。
誰かが密かにあたしのデレノートに書き込んだわけではない…… となると……

「リューク、人間界にもたらされたデレノートは、もしかして他にも存在するの?」
『……あるかもしれないし、無いかもしれない、としか言えない。
 俺がお前にデレノートを渡したように、他のデレ神が同じことをしているかもしれないからな。
 まぁ、そんな物好きは俺ぐらいだと思っていたけど』

リュークの箸にも棒にも掛からぬトボけた答えに、思わずため息をついた。
大事なことなんだから、あんたも神様の端くれなら、それぐらいハッキリしなさいっての。

でも、本当にデレノートがあたし以外の誰かの手にもあるとしたら……なんて恐ろしいことだろう。

243: 2011/03/09(水) 04:52:07.65

そしてもっと重要な第二の問題は、この書き込みをした者が、あたしの二つ名である「キラッ」に成りすましたということ。
つまり、この偽者はあたしの存在を認識した上で、わざわざ干渉してきたのだ。
それも、周りの人からは分からない、成りすましという方法で。
これは……あたしとのコンタクトを望んでいる?それとも敵対のアピール?

「どちらにせよ、放置しておくわけにはいかないわね……」

モニタに映る偽キラッの忌々しい顔文字を、あたしはもう一度睨み付けた。

……あっ、でもその前にそろそろ晩ご飯の時間ね。

244: 2011/03/09(水) 04:54:29.35

「ごっそさん――」

食事を終えた俺は、自分の食器を重ねると、台所の流し台へと運び、さっさと食卓を後にした。
いつもならリビングでテレビでも観て、しばらく食休みをするのだけど、今日はやらなきゃいけない用事があるんだ。

自室に戻った俺は、机の下のパソコンの電源を入れ、しまっていたモニタとキーボードを設置する。
桐乃とゲームの交流が無くなってからというもの、俺のパソコンの出番はめっきり減っていた。
起動するの自体、何日ぶりだろう、というレベルだ。
まぁ、俺は普段ネットとかしないし、このパソコンだって沙織がくれるというから貰ったようなものだし。
そうだな……しいて言えば、受験勉強の息抜きにちょこっとネットサーフィンするぐらいか?

カリ○アンコムとか、カリ○アンコムとか、カリ○アンコムとか――

……

……久々だし、ちょっとだけ……

と、秘蔵のブックマークを開こうとした瞬間、隣の部屋からドアがバタンと閉まる音がして、俺は思わずビクついた。
どうやら桐乃も部屋に戻ったようだ。ふぅ、ビビらせやがるぜ……

245: 2011/03/09(水) 04:58:21.41

そうだった。今日は用事……というか任務があるんだった。
本来の目的に立ち返った俺は、ブラウザを起動して例の中学校の裏サイトへとアクセスした。
そして現行の恋愛スレッドを開くと、最新の50件を表示する。
どうやらキラッの書き込みはまだ無いようだ。

なんで俺がこんなけったくそ悪いサイトをチェックしてるのかというと、
話は今日の下校時に遡る――


ゲー研での部活(といってもキラッについて話してただけだが)を終えた俺と黒猫は、二人で下校していた。
部室で感じだと、どうやら黒猫は、キラッの人物像にある程度の予想がついているらしい。
そして本気でキラッの行動を止めようと考えているようだ。
だけど、そんなことが果たして可能なのだろうか? 相手は得体の知れない奴だっていうのに。
もしキラッが本当に呪いを使う異能者だったとして、“自称闇属性”にすぎない黒猫に対抗できるとは思えない。

隣を歩く黒猫の方に視線をやると、黒猫もなにやら考え込んでいるようで、自然と俺たちの間には沈黙が横たわっていた。

246: 2011/03/09(水) 05:01:18.59

しばらく経って、黒猫がふと立ち止まり口を開く。

「……先輩の部屋にはネットに繋がったパソコンがあるのよね?」
「ああ、あんまり使ってねーけど一応な」
「じゃあ今晩、そのパソコンを使ってやって欲しいことがあるのだけど――」

その言葉を聞き、パソコン音痴の俺はちょっと身構えた。

「おい、念のため言っとくが、パソコンに弱い俺に高度な作業を要求するなよ?」
「知ってるわよ、そんなことぐらい」

黒猫はふっと鼻で笑ってみせた。
そういう態度って初心者を思いっきり傷つけるんだぜ……チクショウ。

「キラッはいつも19時過ぎから例の掲示板に書き込みを始めるのだけど、今晩、それぐらいの時間になったら、
 先輩は10秒間隔ぐらいでスレッドのリロードを繰り返して、キラッが現れるまで待っていて欲しいの」
「ん?そんなことなら俺でも出来るけど……何の意味があるんだそれ?」
「まだ続きがあるわ。リロードしてキラッの書き込みが表示されていたら、直後を狙ってすぐスレに書き込みをするの。
 内容は何でもいいわ。思い付かなければ『記念真紀子』とでも書けばいい」
「キラッのすぐ後に書けばいいんだな」
「そして書き込みを実行したら、その結果を私にメールで知らせて頂戴」

それでキラッの何が判るのだろう?
俺は首を傾げたが、黒猫は「後で解る」とだけ言い、それ以上の説明はしてくれなかった。
そんなやり取りを交わして、俺は黒猫と別れた。

247: 2011/03/09(水) 05:04:11.48

そして今、俺はF5ボタンを一定間隔で繰り返し押す任務を遂行中だ――

始めてからもうそろそろ20分近く経とうとしているが、まだキラッの書き込みは無い。
こういう単純作業って結構ツラい。
黒猫の話の通りなら、もうとっくにキラッがスレに現れてておかしくない時間なのだが……
まさか今日に限ってキラッはお休みだとか言うんじゃないだろうな?
成りすまし作戦を仕掛けたから、絶対何らかの反応を示すはず、と黒猫は言っていたけど……

そしてそれからさらに5分ほど経ち、これって漫画片手にやってもいいのかな?なんて俺が思い始めたその時、
ようやくキラッの書き込みが表示された。



324 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 19:31:08
>>234>>240
何者?
あんたもノート持ってんの?

248: 2011/03/09(水) 05:05:35.70

どうやらキラッは、黒猫の成りすましレスにまんまと反応してきたようだ。
ノートって何のことだろう?という疑問も湧いたが、今は黒猫の任務を果たすのが先だ。
投稿時刻を見ると、数秒前に書き込まれたばかり。ええっと、あとは急いで書き込めばいいんだよな。
俺は書き込みフォームにカーソルを合わせると、黒猫から指示された通り、ひねりも無く「記念真紀子」とだけ入力した。

「これで書き込み、と」

マウスを操作して投稿ボタンをする。
――だが、投稿は受け付けられず、画面にはエラーが表示されてしまった。



エラー!
120 sec たたないと書けません。(1回目、79 sec しかたってない)

名前:
E-mail: sage
内容:
記念真紀子

249: 2011/03/09(水) 05:09:48.59

エラーって……おいおい、これじゃ書き込めないじゃないか。
またリロードマシーン化させられるのだけは勘弁してくれ、と念じながら再度書き込みをやり直したけれど、
やはり同じエラーが表示されてしまう。
「120sec」ってことは、2分待てということだろう。
でも黒猫からは、キラッのすぐ直後に書き込むように言われていたし……
迷った俺は、とりあえず黒猫にメール報告をすることにした。

《今、キラッのすぐ後に書き込んだけど、120secとかいうエラーが出るぞ。最初からやり直しか?》

すると、間髪いれずに黒猫から返信が届いた。
黒猫からのメールはいつも素っ気無く、簡素なものだけど、この時のメールは更に輪をかけたものだった。

《もういいわ。本当に残念》

スレに書き込めないぐらいでそんなに残念なのか?
そう思っていた俺は、黒猫の言葉の真意を、このときはまだ理解できずにいた。

282: 2011/03/23(水) 15:42:31.12

翌日、俺はまた黒猫とゲー研の部室に居た。
ただいつもと違っていたのは、放課後ではなく、昼休みの誰もいない時間帯に呼び出しを受けたということだ。
もしかして、二人っきりで昼飯でも食べるつもりなのかな?なんて浮ついたことを思ってた俺だったが、
黒猫から突きつけられた衝撃発言で、冷水を浴びせられた気分になっちまった。

「――キラッの正体は、あなたの妹さんだったわ」

あまりにも唐突すぎて、その短い発言の意味を理解するのにも数秒を要した。
静かな部室に響いた黒猫の言葉を、俺は咀嚼してなんとか飲み込み、聞き返す。

「……は? ……それはどういう意味だ?」
「意味も何も、そのままよ。貴方のおかげで確信が持てたわ」
「それって、昨夜の書き込みのことを言っているのか?」

283: 2011/03/23(水) 15:48:13.92

昨夜、俺は黒猫に頼まれて、例の掲示板に書き込みを行った。
実際には連投制限とやらで書き込めなかったわけだが、……どうやら黒猫の目的はその制限そのものだったようだ。

「キラッの直後に先輩が書き込んで、それが連投と判断された。この事実がすべて。 そもそも連投制限というのは、リモートホストのIPアドレスを元に判断されているのだけど――」
「待て、待て! 俺にもちゃんと分かるように説明してくれ」

こいつがマジで桐乃を疑ってるというなら、意味不明な専門用語に生返事をして受け流すことはできない。
俺の妹を犯人扱いするからには、しっかりその根拠を説明してもらわないとな。
それがもし見当違いなものなら、俺は黒猫だって容赦はしない。
第一、こいつにとっても桐乃は数少ない親友だろうに、一体何を考えてるんだ……

そんな俺の非難の視線を、黒猫はまるで気にする様子もなく話を続ける。

「先輩は、インターネットをする際にプロバイダへ接続する必要がある、ということをご存知かしら?」
「ああ、うちはOCNだったかな?とにかく桐乃がどこかと契約してたぜ」
「ネットに繋ぐと、そのプロバイダから固有の番号が払い出され、それを身元としてホームページを見たり、
 メールを送ったりしたりしているのだけど、その番号のことをIPアドレスと呼ぶの」

黒猫はネットに疎い俺にも分かるよう、丁寧すぎるぐらい丁寧に説明した。

284: 2011/03/23(水) 15:55:49.83

「で、掲示板の連投制限っていう機能は、その固有の番号、つまりIPアドレスを元に、
 同じ人が短時間に続けて書き込みをしようとしてないかを判別しているのよ」
「……つまり、俺が昨夜書き込めなかったのは、誰かが俺と同じ……IPアドレスってので書き込みしたからなのか?」
「ええ、その通りよ」

そこまで聞いて、俺は微かに背筋が寒くなるのを感じていた。
昨日の黒猫の指示は、「キラッの書き込みの直後に書け」というものだった。

それはつまり――

「通常、ひとつの家の中で複数台のパソコンを使うには、ルーターという機器で繋ぐのだけど、
 その場合、どのパソコンからネットに接続しても、使われるグローバルIPアドレスは同一のもの……」

黒猫はあえてその先を口にしなかった。だが、俺には伝わった。
――俺の直前に書かれたキラッの発言は、俺と同じく高坂家の中が発信源だったってことだ。

285: 2011/03/23(水) 16:04:07.13

うちにあるパソコンは、俺の部屋以外では桐乃の部屋にしかない。
ということは、……直ちには信じられないことだが、つまりキラッの正体は、桐乃以外に考えられないってことだ。

俺はもう一度、いまの黒猫の話と昨日の状況とを回想して、どこかに齟齬がないかと探し始める。
どんなに仲の悪い兄妹だとしても、自分の妹が犯人扱いされれば、その可能性をなんとかして否定したくなるものだ。
しかし、どれだけ考えをめぐらせても、黒猫の推理を覆せるような材料は見つけられなかった。

あの馬鹿、何やってんだよ……
悔しさと情けなさが混じった感情に襲われる――
さすがの俺も、もう黒猫の推理に乗らざるを得なかった。

286: 2011/03/23(水) 16:13:07.58

「……お前、いつから気づいていたんだよ?」
「裏サイトがあの娘と同じ中学校で、最初の犠牲者が同じ学年、三流アニメのネタを散りばめつつ痛々しい発言の数々――」

そこでひとつ、黒猫は呆れたようにため息をついた。

「――正直、かなり早い段階……書き込みログを見直してたあたりから、目星はつけていたわ」
「そ、そう言われると、尋常じゃない程に条件が桐乃にマッチしまくってるな……」

っていうかこんな大それた事をするなら、少しは身元を隠そうとしろよあのアホ!
あいつは、勉強もスポーツもできる、いわゆる優等生のはずなのに、どうも普段はどこか抜けてるところがあるんだよなァ
工口ゲDVDを落として俺にヲタバレしたり、コミケ帰りに浮かれてあやせに見つかったり……あいつはそういう奴だった。
頭が痛くなってきたぜ……

「それでも、私は自分の予想が外れていることを願っていたのだけど」

そう呟く黒猫は、少し寂しそうな表情を見せていた。

298: 2011/03/24(木) 15:43:45.93

桐乃が“カップル化の呪い”などという異様な行為で世間を騒がせているのなら、
俺は兄として即刻辞めさせなければならない。
すぐにでも桐乃に電話して、真偽を確かめようとしていたが、そんな俺を黒猫は制した。

「先輩、まだ問題は解決してないわ」
「あん?桐乃が犯人なら、とっちめてやりゃいいじゃねえか」

俺は鼻息荒く答えたが、黒猫の反応は冷ややかだった。

「そんなことをしても、証拠はないのだからトボけられて終わりよ。かえって警戒されるだけ」
「証拠って……掲示板の書き込みのことじゃ駄目なのか?」
「それは状況証拠に過ぎないわ。もっと直接的かつ決定的な証拠じゃないと。
 そもそも、あの娘はただの人間なのに、なぜ魅了<チャーム>のアビリティを会得できたのか……」

299: 2011/03/24(木) 15:52:01.95

確かに、今起きているのは、名前と顔写真だけで他人の恋愛感情をコントロールする、などという現実離れした話だ。
そんなことを、桐乃はどうやって実現させているのか?

「大方、闇世界の者が要らぬ能力<ちから>を与えたのでしょうけどね。この私を差し置いて……」

ついさっきまでIPアドレスだのりモートホストだの、小難しいことを理路整然と話してたくせに、
いきなりオカルトな電波妄想を持ち出されると、こいつの推理を信用してホントに大丈夫なのかと不安になる。
だが正直なところ、呪いの正体についてはまるで見当がつかない。
現実的に考えれば、催眠術か何かだろうか?

つまり黒猫の言う“直接的かつ決定的な証拠”というのは、“実際どうやって呪いをかけているのか”、
という部分を明らかにするという意味だろう。
犯人が分かっても、凶器が見つからなければ立証が難しいという、刑事ドラマでよくある展開のアレだ。

300: 2011/03/24(木) 15:57:35.47

「……黒猫、俺に何かできることは無いのか?」

そう尋ねると、黒猫は目を閉じてしばらく考えてから答えた。

「そうね、しばらく先輩は何もせず、普通に過ごして頂戴。もしキラッについて私達が探ってることを
 感付かれでもしたら、おそらく口封じで呪いの餌食にされるでしょうから」
「おいおい、桐乃が俺達に呪いを掛けるってのか!?さすがにそこまでは……」

俺はあいつの兄貴であり、お前はあいつの親友だ。
いくらなんでも考えがドライすぎる、と反論した俺だったが、黒猫の目はマジだった。

「いいえ、十分あり得ることよ。だから本当に気をつけて頂戴。掲示板の書き込みを読む限り、
 あの馬鹿女は呪いを掛けられた人間が幸せになっていると、本気で思ってる節があるから」
「だから身内でも躊躇しないってことかよ……」

301: 2011/03/24(木) 16:01:45.45

俺はブリジットから聞いた加奈子の症状を思い出していた。
四六時中誰かにデレていて、仕事にも無気力になり、恋する乙女モードに……
確かに、もしそんな状態にされたら、キラッ事件の追求どころじゃなくなるだろう。
「むしろ私に言わせれば、あのブラコン娘が今まで貴方を対象としてなかったことが意外だけれど」
「ケッ、あいつはそんなんじゃねーよ」

そこまで話したところで、昼休憩の終わりを告げる予鈴が聞こえてきた。

「私の話はそれだけよ。教室に戻りましょう」
「ああ。……とりあえずお前の言う通りに、しばらく大人しくしておくさ」

事態がだいぶ飲み込めたとはいえ、俺の頭の中はまだぐちゃぐちゃに混乱していた。
色々な考えを整理するには、いずれにしろ時間が必要だ。

302: 2011/03/24(木) 16:06:08.28

俺は部室の照明を切ると、パソコンの操作をしている黒猫を急かした。

「おーい、早くしろよ。授業始まっちまうぜ」
「ちょっと待ちなさい。キャッシュ消してからシャットダウンしないと……」

やれやれ。
先に部室を出て待つことにした俺は、出入り口に向かう。

そのとき俺は、部室の扉の磨りガラスに、一瞬、人影が見えたような気がした。
だけど、ドアを開けても外には誰の姿も無かったので、特に気に留めはしなかったんだ。

326: 2011/03/29(火) 13:16:56.66

あれから一週間が過ぎようとしている。

この間、この事件にはちょっとした変化が訪れていた。
俺が黒猫の指示を受け、キラッの正体――つまり桐乃であることを暴いたあの日を境に、
キラッはなぜか“呪いの掲示板”に現れなくなったのだ。
キラッが桐乃だったという事実は、俺にとって正直かなりショックなものだったけれど、
黒猫の言いつけ通り、俺は桐乃に対して特別な反応は示さないよう努めてきた。
だから、俺たちがキラッの正体を見抜いたということは、まだ桐乃に知られていないはずなんだけど……

327: 2011/03/29(火) 13:18:53.72
そうなると、キラッが現れなくなったのは、黒猫のもうひとつの作戦が効いたってことか?
あの日、黒猫は“成りすまし&自作自演”という揺さぶりも掛けてたからな。

とは言っても、それに対するキラッの反応は――



324 :(・ω<)キラッ☆彡:2011/02/21(月) 19:31:08
>>234>>240
何者?
あんたもノート持ってんの?



この意味不明な1レスだけだったけど。
“ノート”ねぇ…… 普通に考えれば紙を束ねて綴じてある、あのノートだよなァ
それとも何かの隠語になっているのだろうか?
あーっ!チクショウ、実にもどかしい!
隣の部屋をノックして、あいつから直接聞き出せりゃあ、どんなに話が早いだろう。

328: 2011/03/29(火) 13:28:35.20

学校の昼休憩、俺は黒猫と二人で部室に居た――

キラッの正体が身内だと判明してからは、他の部員がいる放課後は話しにくくなったため、
俺たちはほぼ毎日、誰もいない昼の部室でキラッ事件について話し合っている。
もっとも、ここ数日は何の進展もなく、俺たちの捜査は行き詰まり気味だ。

「まずいわね……」

黒猫は腕組みをして呟いた。

「まさかキラッが掲示板から姿を消してしまうなんて……これじゃ探りようがないわ」

正体を知った今でも、俺たちは犯人のことを指して“キラッ”と呼んでいる。
俺にとっての妹、黒猫にとっての親友――お互い、桐乃を犯人として扱うのは抵抗があるからだ。
傍から見ればただの現実逃避かもしれないが、それが俺たちの暗黙のルールになっていた。

「ニセモノの出現で、警戒されたんじゃねえか?」
「……これまでキラッがあまりにも無警戒だったので、ああいう方法を採ったのだけど、
 こうもあっさり動きを停められるとは……正直失敗だったわ」

黒猫は悔しそうに顔をしかめている。
“面倒だから、もうあいつをふん縛って白状させようぜ”と、よっぽど俺は提案しようかと思ったが、
黒猫に一蹴されるのは目に見えているのでぐっと堪えていた。

329: 2011/03/29(火) 13:33:49.08

「……だけど、もしニセモノを警戒して身を潜めているということであれば、それが新たなヒントにもなるわ」
「ヒント?」
「キラッは自分以外の人間が、自分と同じ能力をもつ可能性を否定できないってこと。
 ……あえて拡大解釈をすれば、この能力は私達が思うよりずっと簡単に、人に備わるものなのかもしれない」

なるほどな。
だけど、それは俺にはある程度予想ができていた。

少なくとも今年の始め頃までは、桐乃は“ただの桐乃”だった。
様子がおかしくなったのは、それ以降のことだ。
あいつに何が起きたのかは解らねえが、きっとあいつ自身が望んで手に入れた能力なんかじゃなく、
意図せず誰かに能力を与えられ、唆されて、キラッなんかになっちまったんだと思う。
だからこそ、もうこんなことはやめさせたいのだが……

330: 2011/03/29(火) 13:35:20.89

「このまま大人しくしててくれりゃあ、それでもいいのかもな」

俺の呟きに、今度は黒猫が反応する。

「駄目よ。手口を明らかにして抑止策を講じないと。あの気紛れな娘に生殺与奪を握られている状態なんて危険すぎるわ」
「そ、それもそうか……。でもどうやって?」

黒猫は考え込んでいる。

「――この状態が続くようなら、こちらからアクションを起こす必要があるわね」

……そのアクションって、どうせ俺にやらせるんだろ?
頼むからあまり無茶なことはさせないでくれよ。

331: 2011/03/29(火) 13:37:41.58

◇ ◇ ◇


退屈――

それが今のあたしの中の大部分を占めている感情だ。

偽キラッが現れてからというもの、あたしは用心のため、カップル化作業も掲示板への書き込みも控えている。
あたしが最後に書いたのは、偽キラッに探りを入れるレスだったんだけど、向こうから反応は返ってこなかった。
そして偽キラッの方も、あの日を限りに現れていない。

二人のキラッが居なくなったため、結果としてスレッド上には手付かずのカップル化依頼が溜まり、
スレ住民達も戸惑っているみたい。
まぁ、なりすましの偽者が出現してたってことは、当事者間でしか分からないことなので、他の人達は気付いてないだろうけどね。

はぁ……、めんどくさいことになっちゃったなぁ……

332: 2011/03/29(火) 13:40:22.18

「ねぇ、リューク。あたしどうしたらいいと思う?」
『あん?……なんのことだ?』
「だから、こないだの偽キラッのことよ」
『あー……』

リュークはあまり関心なさそうに、ノーパソへ向いたまま生返事を寄越した。
このデレ神、あたしが冗談半分に工口ゲを薦めたらまんまとハマっちゃって、いまでは昼夜問わずプレイしている。

「ちょっとぉ!話をするときぐらいゲームはやめなさいよ」

パタン、と横からノーパソの画面を閉じてリュークから取り上げる。

『おいおい、りんこルートのクライマックスだったのによぉ』
「あんた、何のために人間界に来たのよ……」

333: 2011/03/29(火) 13:42:26.41

リュークは渋々といった感じで、あたしの方へ向きなおした。

『ニセモノなんか気にせず堂々としてりゃいいじゃねえか』
「だけど気になるじゃん。何のためにわざわざキラッに成りすましたのか……気味悪いって」
『案外、仲間になってくれるかもしれないけどな。
 キラッが増えれば、お前の人類総カップル化計画も大きく前進するじゃないか』

うーん、二冊目のノートなんてホントに存在するのかなぁ……
こいつ、適当なこと言ってるんじゃないの?

『なぁ、それよりシスカリ対戦しようぜ~』

駄目だこのデレ神……早くなんとかしないと……

334: 2011/03/29(火) 13:49:16.26

そんな話をしていると、机の上の携帯電話が着信を知らせた。
ケータイを手に取り、液晶モニタに目をやると、そこには“非通知着信”と表示されている。
不審に思いながらも、あたしは応答ボタンを押す。

「……もしもしぃ?」

どうせ掛け間違いだろう。
そう思ったあたしは、とても迷惑そうな声で応じた。
だけど直後に、あたしは非通知の電話なんかに出たことを後悔するハメになってしまった。

『――こんばんは、突然電話してすみませんね』

その電話の主は、丁寧な口調で話した。
ただ、その丁寧さに反して異様だったのは、その声が妙に甲高く機械的なもので、
明らかにボイスチェンジャーを通している音声だったことだ。
なにこれキモッ!イタ電!?

「な、なんなの? 切るからねっ!」

嫌な予感がしたあたしは、一方的に電話を切ろうとする。
しかし、スピーカーから聞こえてきた次の言葉によって、あたしの全身は金縛りのように強張り、
電話を切ることができなくなってしまった。


『あ、ちょっとちょっと!まだ切らないで、高坂桐乃さん……いや、キラッと呼ぶべきですか?ふふふ……』

335: 2011/03/29(火) 13:52:04.25
今回ここまでです
携帯投下に慣れてきた…

>>319
展開予想とかはネタ作りの材料にもなるんであまり気にしないでくださいww

366: 2011/04/01(金) 11:57:43.64

携帯から聞こえてきた機械的声が、あたしの中で何度も響いている――

『高坂桐乃さん……いや、キラッと呼ぶべきですか?ふふふ……』

一体……なぜ?
どうしてあたしがキラッだと……
あまりの驚き、そして動揺で、まともに呼吸することさえできない。
あたしは全身から汗が噴き出していることを感じた。

『高坂さんー?大丈夫ですかぁ?』

電話の声の主は、こちらの驚きようを見透かしているかのように呼び掛けてきた。

「……あ、あんた誰?……何者?」

あたしはようやく声を絞り出した。

367: 2011/04/01(金) 12:00:04.85

こいつはあたしの携帯に直接電話を掛けてきた。
どうやって番号を調べたのか?それとも元々あたしを知ってる人物……?

『あはは、わざわざ声まで変えて電話してるのに、そんなこと教える訳ないじゃないですか』

その嘲笑い混じりの声は、ボイスチェンジャーによってひときわ甲高く変換され、とても耳障りな音として届いた。

『それに、キラッに名前を名乗るほど、あたしは間抜けじゃないですよ』
「……アンタさぁ、さっきからキラッ呼ばわりしてるけど……何の証拠があってそんなこと言ってンのよ?」

動揺しつつも、なんとかまともに話せるようになったあたしは、敵意をむき出しにした口調で問い返した。
だけど、電話の相手はまったく動じない。
『あららら、その台詞って、追い詰められた犯人が口にする定番の台詞ですね』

368: 2011/04/01(金) 12:03:48.50

まずい、あたし空回りしてる?落ち着かなきゃ……
冷静になって慎重に対応しなければ、後で取り返しのつかないことになってしまう。
だけど、次に電話から聞こえてきた声が、あたしの中にわずかに残ってた冷静さを完全に奪い去ってしまった。

『――証拠はあります。なんならあの掲示板に、証拠を添えて、キラッの正体を暴露してもいいですよ?』
「ちょ、ちょっと!?」

コイツ、なんて恐ろしいことを言い出すのよ!?
あそこにはキラッのアンチがウジャウジャいるし、中には脅迫めいたことを書き込んでる奴もいる。
もし正体がバレたりしたら、あたしはもう家から一歩も出られなくなる……

『まぁ、そんなことしたら、高坂さんは社会的に終わっちゃうでしょうねぇ~、ふふふ』

369: 2011/04/01(金) 12:14:54.05

どうやってこのピンチを切り抜ける――?
あたしは咄嗟にリュークに視線を送り、目で救いを求めた。
だけどリュークは、あたしが電話中なのを幸いとばかりに工口ゲを再開中。こちらには目もくれない。
うん、まぁ、どうせそんなこったろうと思ったわよ。……後でコロス!

電話の相手はなおも続けた――

『まぁ、わざわざボイスチェンジャーまで用意して、あなたに直接電話を掛けてるのだから、
 それだけでも確証なしにできることじゃないって分かるでしょ?』

確かにその通りだ。
それに、もしこいつが握ってる証拠が弱いものだったとしても、嫌疑が掛かった時点であたしの負けだ。
あのスレで一度でも犯人扱いされたらアウト。潔白の証明なんてできやしないし、
そんな状態では危険すぎて、キラッの活動を続けるのは難しくなるだろう。
ダメだ、あまりにも状況が悪すぎる……。

370: 2011/04/01(金) 12:21:30.04

『とにかく、あなたは正体をバラされたらそれで終わり。それを握っているのはあたしだということ』

その言い方で、ようやくあたしはコイツの中に含むものがあると気づいた。

「アンタの目的は何?……正体をバラすつもりなら、電話なんかせず、さっさとスレに書くはずよね」
『あはは、それもそうですね。……でも話が早くて助かります』

こいつの要求が何であろうと、いまのあたしの立場では受け入れるしかない。
そう覚悟は決めていたが、電話の相手は予想以上にとんでもないことを要求してきた。

『他人をカップルにする方法、それをあたしにも教えてください』
「はぁっ!? 方法って、そんなこと言われても……」
『隠そうとしたり、嘘をついたりしても無駄です。高坂さんが今年に入ってからその能力を身に付けたことは知っています』

クッ、こいつ……。
これは……どうすればいいの?
馬鹿正直にデレノートについて話すべきではない、そんなことはあたしだって重々承知している。
となると、ここは適当なことを言って煙に巻き、こいつの正体を暴く時間を稼ぐべきだろう。
顔と名前さえ分かればどうにでも……

あたしはこの場を凌ぐため、そんな対応策を考えていた。


371: 2011/04/01(金) 12:26:09.34

だけど、どうやら駆け引きでは相手の方が一枚上手だったようだ。

『言っときますけど、1週間以内にあたしが“カップル化の呪い”を使えるようにならないなら、
 それがいかなる理由だとしても、あたしはキラッの正体を暴露します』
「なっ……!?」 
『他人に教えられない性質のものだとか、こちらにその呪いを使う適性が無いとか、 そういうやむを得ない理由だったとしても、あたしは絶対に絶対にキラッの正体を暴露します』

こ、こいつは何てコトを言い出すのよ!
キラッの正体を暴露しても、こいつ自身に何のメリットも無いはず。
こいつの目的がキラッに成り代わることなのであれば、むしろそれはデメリットかもしれないのに。
……そう分析したところで、こいつが損得勘定だけで動く保証などどこにも無い。
「バラされたら終わり」という大前提は、依然としてあたし達の間に高くそびえているのだ。

結果として、あたしにはこの無茶苦茶な脅しに抗する手立ては見つけられなかった。

電話の声は、少し得意気にトドメの一言を見舞った。

『ほらほら、選択肢も拒否権もありませんよ』


――そして、あたしはデレノートを失うことになった。

392: 2011/04/05(火) 21:01:14.00

◇ ◇ ◇


その日、学校に着いた俺は、異様な光景を目にすることになった――

教室、廊下、階段……校舎の至るところでカップルがいちゃついていたのだ。
ある者は頬を寄せ抱き合い、ある者はパートナーを膝に乗せ語らい、またある者は――
いや、具体的に文字にするのは憚られる……まぁ、そんな具合だ。
一緒に登校した麻奈実も、目をぱちくりさせている。

「なんだか……みんなすごく仲良しになっちゃってるね……」
「ど、どうなってるんだ……これはまるで――」

キラッの呪いじゃないか、と、俺は麻奈実に聞こえないぐらいの小声で呟いた。

394: 2011/04/05(火) 21:09:11.43

教室に入って自席に着くと、ちょうど教室の出入り口に黒猫の姿が見えた。
駆け寄る俺を見て、黒猫は安心したようにほっと息をつく。

「どうやら先輩は無事のようね」

一年生の黒猫が俺の教室までわざわざ来るのは珍しい。
今はそれほどの異常事態ってことだ。

「こりゃ、一体どうなっているんだ?」
「一年生のクラスでもカップルが急増していて、ここに来る途中に覗いた二年生の階も似たような感じだったわ」
「なぁ、これってやはり……」
「ええ、どう考えてもキラッの仕業よ。ついに再開したようね」

黒猫は廊下の窓から外を眺めながら言った。
俺がそれに倣って外の様子に目をやると、そこには何組かのカップルが仲睦まじく寄り添っている様子が見てとれた。
クッ……あいつら屋外でまで……

395: 2011/04/05(火) 21:11:49.35

「それにしても……これは酷い……」

以前にも、うちの学校にはキラッの呪いを受けたと思われる何組かのカップルがいた。
だが今日の状況は、あまりにも規模が大きく、なによりそのカップルの“性質”がまるっきり違っていた。

「あの莫迦女、まさか新しいジャンルの工口ゲに手を出したのかしら」
「まさかな……。しかし酷い光景だ」
「ええ、凄まじいわね……」


「なぜ男同士で――」


そう、学校内で繰り広げられているカップル達の睦み合い――それはいずれも男同士のものだったのだ。

396: 2011/04/05(火) 21:13:48.56

「とりあえず教室に戻るわ。また昼休みに」

そう言い残し、黒猫は自分のクラスへと戻って行った。
それと入れ替わるように、ちょうど登校してきたクラスメイトの赤城浩平が俺に話しかけてきた。

「おいおい高坂、なんか学校の雰囲気がおかしくねえか?急にホ〇っぽくなってるぞあいつ等」

念のため、俺は赤城をまじまじと観察する。
うむ、どうやらこいつは呪いに掛かっていないようだ。

「ああ、俺が来たときにはもうこの状態だった」
「な、なんておぞましい光景だ……」

赤城は辺りを見回して青ざめている。
家庭の事情で、俺なんかよりよっぽどホ〇に耐性のあるこいつがこの反応なのだから、
今の状況がどれだけ異様かってことは、“推して知るべし”だろう……

399: 2011/04/05(火) 21:20:01.07
無差別テロかよww

410: 2011/04/06(水) 02:19:35.96

その日の昼休み――

俺は教室を飛び出すと、一目散に部室へと向かう。
部室の戸を開けると、すでに中では黒猫がパソコンに向かっていた。
俺は黒猫の隣に腰掛ける。

「なぁ、今日のこの状況、キラッだとしても何かおかしいと思わねぇか?」
「――先輩、その前にちょっとこれを見て」

黒猫は俺の問いには答えず、パソコンのモニタを指差す。
そこにはいつもの“呪いの掲示板”のスレッドが映し出されていた。



299 :学校の名無しさん:2011/03/10(木) 08:47:37
県立千葉弁展高だけど、今朝から校内がホ〇カップルだらけになってる!
キラッがやったのか・・・?

300 :学校の名無しさん:2011/03/10(木) 09:07:11
同じく
やばいこわい

301 :学校の名無しさん:2011/03/10(木) 09:31:39
アッー!

302 :学校の名無しさん:2011/03/10(木) 10:01:00
俺も千葉弁展高校
何が何だかわからない……

303 :学校の名無しさん:2011/03/10(木) 10:03:56
すまないがホ〇以外は(AA略

304 :学校の名無しさん:2011/03/10(木) 10:19:22
俺のダチがなぜかホ〇になってしまった@千葉弁展
ここの奴のせいか?答えろよ!!

303 :学校の名無しさん:2011/03/10(木) 10:24:04
俺もホ〇にされたらどうしよう(((;゚д゚)))

411: 2011/04/06(水) 02:22:43.68

「これは……うちの学校の奴らが書き込んだのか?」
「ええ、おそらく学校から、携帯で書き込んだのでしょうね。
 ただ気になるのは、うち以外の学校からの報告が今のところない点……」
「そういえばそうだな……」

いままでも呪いの影響範囲の偏りはあったが、それはキラッ――つまり桐乃が
身近な対象に呪いを掛けていた当初のことだ。
そのときは桐乃の中学校を中心にカップルが量産されていたのだが……

「それと、以前のように掲示板でカップル化の依頼を受けるやり方ではないわね。
今日起きているカップル化は、キラッ自らの判断で行っているみたい」
「そうだな、キラッを名乗る書き込みは相変わらず無いようだし……」

あの自己顕示欲の強い奴が、ホームグラウンドとも言うべきこの掲示板をシカトして
黙々とカップル化を進めるだろうか?
それになんといっても、新たに呪いを掛けられた連中は、ことごとく男同士でカップルになっている。
あいつにそんな趣味があったとは思えないのだが……一体どうしちまったんだ?

「逆に女同士のカップルがいるわけではないし、どうやら意図して男同士のカップルを作っているようね」

ハァ……
あいつ、マジでホ〇ゲーとかに手を出したんじゃないだろうな?
絶対にありえないと言い切れないところが、兄として情けないぜ……

412: 2011/04/06(水) 02:31:49.32

俺は独り言のように、ぼそっと呟いた。

「……これ、本当にあいつの仕業なのかな」

そういう言い方をしたのは、桐乃=キラッ説を未だに受け入れられない往生際の悪い兄、という風に
受け取られたくなかったからだ。
まぁもちろん、俺の呟きに対する黒猫の反応を待っていたのだけど。

「そうね、私も疑問に思ってるわ。手口があまりにも違うから……まるで別人になったような……」

そこまで言って、黒猫は口をつぐみ、考え込んでしまった。
どうやら黒猫も俺と同じことを考えているようだ。

少なくともこの無差別なホ〇カップル化を、桐乃がやってるとは思えない。
もし本当にうちの高校だけで起きている現象なのだとしたら、いつものような名前や顔写真のタレコミも無しで、
桐乃の奴がうちの生徒達を把握できるはずが無いからだ。
今、カップル化を行っているのは桐乃ではない。それが今回の推理の大前提になる。

じゃあ、誰がやっているのか?
こんなことできる奴が、桐乃以外にもいるのだろうか?
桐乃のように、ある日突然能力を身に付けたのか? それは誰から、どうやって?
……そう考えると、どうしてもそこで推理が行き詰ってしまう。
なぜなら、俺達は“呪い”のシステムについて、あまりにも無知だからだ。
どんな方法で呪いを掛けているのか、どのような条件が必要なのか、どうやってそれを会得するのか……等々。

413: 2011/04/06(水) 02:37:19.41

しばらく黙り込んでいた黒猫も、同じ結論に辿り着いたようだ。

「やはり魅了<チャーム>の呪いについて知らなければ、どんなに推理を巡らせても結論は出ないわね」
「そうだな、同感だ」

だが、どうやって……
目の前で呪いを掛けてもらえれば話は早いが、そんなことは不可能だろう。
そうだな、ここは黒猫の妙案に期待したいところだ。

「そうね、先輩。 こうなったら――」

黒猫は俺の瞳をまっすぐに見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
こういう時のこいつは、俺には思いつかないような素晴らしいアイデアを練り出してくれる。
俺も一緒に不敵な笑みを浮かべ、黒猫の次の言葉を待った。

「――あの女の部屋に忍び込んで、なにか呪いの痕跡を見付けてきて頂戴」

うおおおおおおい!!
俺は思わず椅子からずり落ちてしまった。

「期待したのにっ! 何だよその大雑把な作戦はよ!」

ずっと慎重にコトを運んでいたというのに、いまさら家捜しとか……それって思いっきり本末転倒じゃないか!?

「しょ、しょうがないでしょ。もう他に手が無いのだから」
「そうだけどさぁ……俺に妹の部屋に忍び込めってのかよ……」
「いままでは悠長に構えていたけれど、キラッの無差別攻撃が始まったからにはやむを得ないわ。
 先輩だっていつターゲットになるかも知れないのよ?」
「ターゲットって?」
「つまり……その……貴方もホ〇カップルの片割れに……」

クッ、なんて嫌なことを言いやがる……
俺は渋々、この高難度かつ不名誉なミッションを拝領することになってしまった。

421: 2011/04/08(金) 16:52:58.05
◇ ◇ ◇


「……桐乃、なんだか元気ないね?」

学校の帰り道、あたしの腕に両手を絡めて歩くあやせが、心配そうに顔を覗き込んできた。
ちなみに反対の腕には加奈子がひっついている。
二人がデレ状態になってからというもの、すっかりおなじみの下校スタイルだ。

「ううん、別にそんなことないよ」

そう答えつつも、あたしは自然とため息をついていた。
はぁ……、デレノートのことを考えると、どうしても憂鬱な気持ちになってしまう。
あんな危険なノートをあたし以外の人間が使うだなんて…… マジやばすぎるでしょ……
一応、ノートを渡す条件として、あたしやあたしの家族には手を出さないよう約束をさせたけど、
そんな約束が気休めにすぎないのは分かってる。
とにかく、なんとかしてノートを取り返さないと……

「桐乃っ、悩み事があるなら加奈子に相談しろよな」
「あっ、ずるい加奈子!桐乃、わたしに相談してっ!」

そういうと、あやせも加奈子も争うように強くしがみついてきた。
二人は相変わらずだ。

422: 2011/04/08(金) 16:57:04.07

帰宅してカバンを放り投げると、あたしは着替えもせずベッドに横になった。
はぁ、ホントどうしたらいいのかな……
ごろんと寝返りを打つと、帰るなりそそくさとノーパソを立ち上げるリュークが目に入った。

「ねぇ、あたしどうしたらいいと思う……?」
『ん?すっかりお手上げ状態か?ククク……』

そう言うと、リュークは頬まで裂けた口を吊り上げ、嫌らしい笑みを浮かべた。
どうやらこいつは、デレノートがどこに行こうとあまり気にしてないみたい。

「……ってか、あんたはノートの持ち主のところに行かなくていいの?」
『そうは言っても、俺にだってノートがどこの誰の元にあるのか分からないしな』

あの日、あたしはノートを郵送で送ったけど、指定された宛先は局留めだったので、相手の住所は分からなかった。
おそらく宛名も偽名なのだろう。

『それに、デレノートの所有権はまだお前にある。だから俺がここに居るんだ』
「なによ?所有権って」
『ノートの持ち主はお前だってことだ。つまり、いまは他人に預けているような状態だな』
「じゃあ、たとえばさ、所有者の権限でノートを呼び戻したりできないの?念じたら瞬間移動してくるとかさ」
『そんな便利なシステムはない。……お前はアニメの見過ぎだな』

それじゃ所有権なんて何のメリットもないじゃん。
やっぱりこいつは頼りにならないなぁ……
ノーパソが起動したらしく、リュークはもう画面に釘付けになっている。

423: 2011/04/08(金) 16:59:09.07

しばらくすると、携帯の着信音が鳴り響いた。
携帯のディスプレイには、いつものように“非通知通話”の文字。ああ、またか……
あたしは着信ボタンを押し、気だるそうな声で応えた。

「もしもし、またアンタぁ?」
『ちょっとちょっと、桐乃ちゃん聞いてよー!またカップル作ったんだけどさぁ――』

聞こえてくるのは相変わらず不愉快なボイスチェンジャーの声。
そう、電話の相手はあたしからデレノートを奪った張本人だ。
妙なことに、こいつはあれから毎日電話を掛けてきている。

『――なんか皆おとなし過ぎて物足りないのよ。なんていうか、ナヨナヨしたカップルばかりで。
 あたしはもっとガツガツした男と男の熱いぶつかり合いを期待してたのに!』
「……デレにするノートなんだから、ガツガツってのはちょっと違うんじゃない?」
『えーっ?デレってそういうものだったっけ?』

こいつ、最初の電話のときから随分キャラが変わってきたような……

「ってか、なんで電話してくるのよ。あたしを脅迫してノート奪ったって自覚はないの?」
『えーっ、だってこんな話ができるのは桐乃ちゃんしか居ないし』

“桐乃ちゃん”って……馴れ馴れしい……
完全に舐められてるわね……

424: 2011/04/08(金) 17:01:15.67

しかもこいつは、よりによって男同士でカップルを作っているらしい。
クッ……、あたしはとんでもない変態にデレノートを渡してしまった……胸が痛むわ。

『ねぇ、これって“攻め”とか“受け”とか指定できないの?』
「……そんな使い方したことないから分かんないよ」

リュークに聞いたら何か教えてくれるかもしれないけど、面倒だし、敢えてそれはしなかった。
こいつにはまだデレ神の存在は伝えていない。
別に隠そうとしたわけじゃなくて、特にノート入手の経緯を聞かれたことがなかったからなんだけど。

『なんだか期待したほど便利なノートじゃなかったなぁ~』

人から無理やりノートを奪っておいてこの言い草、大したタマだわこの女。

「アンタさぁ、ノートに飽きたならもう返してよ」
『そうはいかないわよ。これはもうあたしのノートなんだし、これからもカップルを作るんだから』
「……と、とにかく、あの約束はちゃんと守りなさいよね?」
『はいはい、分かってるわよ』

あたし達は、いつも最後にこんなやり取りを交わしてから電話を切る。
約束ってのは、“あたしやあたしの家族に手を出すな”ってコトなんだけど、向こうすれば律儀に約束を守る意味などない。
むしろ、ノートの秘密を知る邪魔者として、いつあたしが口封じにデレさせられるか分かったもんじゃないし。

はぁ、ホントなんとかしなくちゃ……
このままじゃマズいよね……

431: 2011/04/09(土) 02:41:05.37

◇ ◇ ◇


黒猫から指令を受けた俺は、不本意ながら桐乃の部屋に忍び込むハメになってしまった。
はっきり言って、こんなやり方は俺のポリシーに反している。
かつて親父による桐乃部屋の家捜しを、身体を張って阻止したこともあるってのに……
まぁ、いま起きてるカップル騒動――しかもホ〇カップル騒動――は確かにシャレにならないから、
やむを得ないこと……それは理解している。
重要なのは、桐乃に絶対気付かれないようにしないといけないってことだ。
万一バレたら、俺まで呪いを掛けられる恐れがあるからだ……信じたくないことだけど。

夜、俺はいつもより少し早めにベッドに入って横になった。

俺の作戦はこうだ。
桐乃の奴は、いつも俺よりも30分~1時間ぐらい早く登校をする。
俺は普段よりちょっと早めに起きておいて、桐乃が家を出るのを待って部屋に忍び込み、ガサ入れを遂行する。
うむ、実にシンプルな作戦である。
桐乃が確実に家を出たのを確認するってのと、部屋に入った痕跡を残さないようにする、
その点を気をつければきっと大丈夫だろう。

許せ妹よ、俺には大義があるのだ――

そんなことを考えながら、俺はいつの間にか眠りについていた。

432: 2011/04/09(土) 02:43:00.99

そしてその日の深夜――

バチン!

すっかり熟睡していた俺は、突然の頬の痛みで目を覚ました。
な、何だ!?どうやら平手打ちを食らったらしいが……
俺は寝起きの鈍い頭で状況を把握しようと努める。

「……っ!?」

起き上がろうとするが、腹部に重みを感じて起き上がれない。
と、そこで俺は目を見張った。
いま俺の上では、パジャマ姿の桐乃が四つん這いの状態で、顔を接近させて覆いかぶさっていたのだ。

「って、おまえ……またかよ!?」
「……静かにしてってば。いま何時だと思ってんの?」

このシチュエーションは、以前にも覚えがある。
そう、こいつが初めて俺に人生相談を持ちかけたときのこと。
同じように深夜に襲撃を受けて、半ば強制的に部屋に連行の上、とんでもないカミングアウトを受けたんだ。

「アンタに、また……人生相談があるからさ」

桐乃はベッドを降り、音を立てないよう静かに部屋のドアを開けると、犬でも呼ぶように指で手招きをした。
どうやらまた、俺に拒否権はないようだ。

433: 2011/04/09(土) 02:45:29.05

桐乃は俺を自室に連行すると、床にクッションを無造作に放り投げ、そこに座るよう促した。
ここ最近は兄妹でゲームすることもなかったので、桐乃の部屋に入るのは本当に久しぶりだ。
しかし、朝になったら忍び込むつもりだったので、いまここに居るのは妙な気がするけど。
俺はベッドの上に腰掛ける桐乃に問い掛ける。

「んで、なんだよ……人生相談って?」
「あ、うん……ええっと……」

桐乃は口篭っていて、なかなか今回の人生相談の中身を話そうとしない。
その間、俺は脳内フル回転でこの後の展開を予想していた。
桐乃の相談――またアニメや工口ゲのことだろうか?
いや、最近はこいつゲーム自体してなさそうだったし、それに今更改まって相談するようなことでもないだろう。
となると、学校関係?はたまた友人関係とか?

それともまさか……

「あ、あのさ。前にアンタと話した……キラッの話って覚えてる――?」

その言葉を聞いて、俺は戦慄した。
やべえ、嫌な予感がジャストミートでクリーンヒットしてしまったかもしれない。

457: 2011/04/12(火) 11:34:53.67

桐乃部屋への侵入作戦の前夜、就寝中にまさかの逆侵入を許してしまい、
機先を制された俺に待っていたのは、これまでになくヘビーな予感のする人生相談だった。
なんなんだよ、この展開はよ……
とりあえず、下手なことだけは言わないよう気を付けねぇと……

「ねぇ、キラッって覚えてるかって聞いてるんだけど――?」
「あ、ああ。例の掲示板の――キラッだよな?」
「うん、そう……。実はあたし、ずっと秘密にしてたことがあるんだ……」

さっきまでの横柄な態度はどこへやらで、桐乃の表情は神妙な面持ちに変わっていた。
それにしても、まさかこいつの方からこの話題を振ってくるとは……
だけど兄貴としては……この先を聞きたいような、聞きたくないような、とても複雑な心境だ。

「えっと、驚かないで聞いてよね――」

ゴクリ、と俺は生唾を飲んだ。

458: 2011/04/12(火) 11:38:11.88

それから10分ほどが経過したが――
俺は次の言葉を身構えて待っていたのに、桐乃はなかなか口を開こうとせず、部屋は沈黙に包まれていた。
この間、桐乃はずっとひとりで身悶えている。
おそらくこいつの中では、葛藤との戦いが繰り広げられているのだろう。

でも、俺はこいつがキラッだという事実をとっくに知ってるわけで、
いまさら何を言われても驚かない自信があるんだけど……
逆に、自然な驚きのリアクションを取れるよう、さっきから繰り返しイメトレしてるぐらいだ。
そんな状況にたまりかねた俺は、先に口を開いた。

「なァ桐乃、そろそろ話してくれないか……?」

そう言ってもなお、桐乃はウンウン唸っていたが、
しばらくすると何か諦めたように首を横に振り、ハァとため息をついた。

「やっぱりやめとくわ。……ごめん、部屋に戻って」

って、おい!なんだよそりゃ!?

「待て待て!夜中に叩き起こしておいて、それはねぇだろ!」
「だ~か~ら、ごめんって言ったじゃん。ホラっ」

桐乃は立ち上がり、部屋のドアを開くと、俺に出て行くよう促した。
クッ、なんて身勝手な妹だ……知ってたけどよ。

459: 2011/04/12(火) 11:41:56.40

だけどキラッに関する話で、「秘密がある」「驚かないで聞いて」とまで言われて、
ここでおめおめと引き下がるわけにはいかないだろ?

「お前さァ――また何か人に言えない悩みを抱えてるんだろ?だから俺に相談持ち掛けたんだろ?」

負けじと俺も立ち上がり、桐乃の正面に立って対峙する。

「ずっと秘密にしてたことって何だよ? 言ってみろよ」
「もういいってば!あたしがもういいって言ってんだから、それでいいでしょ?」
「よかねぇよ!お前、悩み事があるんだろっ!?」
「アンタしつこい!ウザい!あたしに悩みなんかないっ!」

ああ、こりゃ完全に押し問答だ。
こんな状態じゃ、もうまともな話が出来るはずがない。
……だけど、キラッ事件の自供までもう少しだったかもしれない、という思いに、
深夜特有の余計なテンションも手伝って――
俺はうっかり口を滑らせてしまった。


「――嘘つけ!それなら、なんであの掲示板に書くのをやめたんだよ!?」

460: 2011/04/12(火) 11:50:22.62

部屋には再び沈黙が訪れた――

覆水盆に返らず、後悔先に立たず、口は禍の元……
このとき俺の頭の中では、そんなことわざがピンボールのように激しく飛び交っていた。
桐乃はぽかんとした表情のまま、フリーズ状態になっていたが、
しばらくして瞳に光彩を取り戻すと、再び怒気を含んだ表情に変わった。

「……掲示板って……何のことを言ってるの?」
「えっ? いや、それは……その……」

考えろ俺!とにかく何かごまかせるよう考えろっ!

『キラッの正体を掴んでることを本人に知られたら、口封じに呪いを掛けられる』

――俺はそんな黒猫の台詞を思い出していた。
ヤバい、このシチュエーションはヤバすぎる……っていうか最悪の展開だ!
……だが残念ながら、俺のスペック不足気味の脳内コンピューターでは、
この場を凌ぐ気の利いた言い訳など、唯のひとつも浮かばなかった。

「キラッの掲示板のことよね?……アンタ、あたしがあそこに書き込んでたって言いたいの?」

\(^o^)/オワタ
そうだよな、話の流れ的にそうなるわな……
うん、もう観念したよ。煮るなり焼くなり呪いを掛けるなり好きにしろってな。
俺は覚悟を決め、その場にどしりと座り込んだ。

「ああ、そうだ――桐乃、お前がキラッとしてあの掲示板に書き込んでたことは知ってんだよ。
 こんな形でバラしちまったのは俺の大ポカだけどな」

461: 2011/04/12(火) 11:56:24.86

証拠を掴むどころか、逆に桐乃にあっさりバラしてしまったなんて、
もし黒猫に知られたらどれだけの叱責を受けるか分からねぇけど、俺にはもう開き直るしかなかった。
桐乃はというと、驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせている。

「……なっ、なんでアンタがそんなことを!?」
「ちょっと思うところがあってな。ここ最近、俺なりに調べてたんだよ」

さすがに黒猫と一緒に調べてたなんて言えやしない。
あいつまで巻き添えにするわけにはいかないからな……

「さぁ、覚悟は出来てるからよ。好きにしろよ」

俺は床に大の字になり、呆然と立ち尽くす桐乃を睨んでそう言い放った。

「はぁぁ?アンタ何言ってんのよ?」
「だから、口封じのために呪いを掛けるんだろ?……俺はお前にデレることになんのか?」
「ちょ、ちょっと!!アンタなにキモいこと言ってんのよ!?」

あれ……? なんか予想してた反応と違うな?とりあえず俺は助かったのだろうか。
桐乃は呆れたように首を左右に振ると、再びベッドに腰掛けた。

「――っていうか、アタシにはもうそんな力は無いんだからさ」

弱々しく呟く桐乃に、俺は聞き返す。

「力がないって……どういうことだ?」
「……いいわ、アンタには全部話してあげる。元々そのつもりだったし」

そう言うと、桐乃はこれまでの出来事を少しずつ、ぽつりぽつりと話し始めた。
そして俺は、デレノートという信じがたいノートの存在を知ることとなった。

482: 2011/04/19(火) 03:27:41.24

名前を書くだけで他人をデレさせるノート――


この数か月の間に起きた、そんな嘘みたいなノートを巡る経緯を、桐乃はマジ顔で俺に語った。
にわかには信じられない話だが、邪鬼眼電波上等の黒猫ならともかく、
こいつがこんなことを嘘や妄想で話す奴じゃないってことは、俺が一番知っているわけだし、
そんなノートの存在でもない限り、この奇怪な事件の説明はできないだろう。
不本意ながら俺は、完全にオカルトの世界に飛び込んでしまったようだ……

すべてを話した桐乃は、力なくうなだれた。

「――ま、そんなワケで、いまカップルを作ってるのはあたしからノートを奪った奴なの」

なるほど、状況はよく分かった。
よく分かったんだが……それはそれとして、俺にはどうしてもこいつに確認しなければならないことがある。

「桐乃、お前さぁ――なんでキラッなんかやってたんだよ?」

そう尋ねると、桐乃はびくっと小さく身体を震わせた。

「な、なんでって言われても……」

483: 2011/04/19(火) 03:29:54.63

「カップルを作るってのが、不思議なノートの力だったのは分かったよ。
 だけど、呪いの掲示板で依頼を受けるとか、俺には正直意味が分かんねぇんだけど……」
「ちょ、ちょっと!あれは呪いじゃないってば!あたしはただ……」

俯いていた桐乃は顔を上げて、一瞬、俺に視線を合わせたが、またすぐに目を逸らせてしまった。

「……ただ単に、カップルをたくさん作れば、みんなが幸せになれるんじゃないかなって思ってたの」

なぁおい、信じられるか?
世間を震え上がらせたキラッ事件の動機が、中三女子にありがちなお花畑な発想によるものだなんてよ。
こいつ、まさか恋のキューピッドにでもなり切っていたのだろうか。

484: 2011/04/19(火) 03:33:28.39

「じゃあ、お前に悪意はなかったのかよ?世間を混乱させてやろうとか、さ」
「はぁ?あるわけないじゃん。何でそんなこと――」

桐乃は抗議のため再び顔を上げたが、俺の送るジト目の視線に気づいて、うっ、とたじろいだ。

「そ、そりゃあ、……途中からはちょっと調子にのっちゃってたかもしんないケド」
「ちょっとねぇ……」
「掲示板で叩かれたり荒らされたりして、ムキになっちゃったっていうか、
 そいつらにあたしの力を認めさせてやる、みたいなノリになっちゃって……」

桐乃の話は概ね理解しがたい事ばかりだが、掲示板で叩かれたこいつが顔を真っ赤にして
癇癪起こす様子だけは、悲しくなるぐらい容易に想像することができちまった。
まぁ、ある日突然、人知を超えた能力を手に入れるなんていう、
現実離れしたファンタジー体験をしたことがない俺には分からない話なんだろうけど、
過ぎた力は人を狂わせるってことなのかもしれない。

485: 2011/04/19(火) 03:38:00.15

俺がため息をひとつ吐くと、桐乃はおずおずと顔を上げ、上目遣いで訴えてきた。

「――だけど、いまノートを使ってる奴は少し違うみたいなの。なんて言うか……
 最初っから自分の欲望フルスロットルっていうか……もう誰でもいいって感じで……」
「ああ、確かにそんな感じを受けるな」
「アイツから何とかしてノートを取り返さなきゃ……」

経緯はどうあれ、最終的にいま何が起こっているのかといえば、
桐乃をきっかけとして、とんでもなく危険なノートが、とんでもないイカレ野郎の元に渡っちまったってことだ。

思えば、桐乃がキラッだと判明したとき、なんとかして止めさせなければという気持ちがあったのは確かだが、
それと同時に、俺の妹だから何とかなるだろうという油断が俺にはあったのかもしれない。
もし俺がもっと早くに桐乃を問い詰めていれば、こんな危機的状況にはなってなかったかも……?
と、このとき俺はそんなことを思ったのだが、直後にその考えを打ち消した。
……いやいや、それは結果論だよな。
桐乃だって、そのノートを奪われて、初めて自分の行いを客観視できたみたいだし、
キラッとして現役バリバリだったときのこいつに干渉するのは、黒猫の言うようにリスクが大きすぎただろう。

486: 2011/04/19(火) 03:40:07.04

俺はふと、机の上に置いてある、桐乃のノートパソコンに視線を送った。
ノーパソはつけっぱなしになっていて、さっきまで桐乃がプレイしていたのか、
モニタには妹系対戦獲得ゲーム『妹・真妹大殲シスカリプス』のデモ画面が映されていた。
二体の妹キャラが、様々な技を繰り出して闘っているところだったのだが、
俺はその画面にかすかな違和感を覚えた。
デモ画面にしちゃあ、一方のキャラクターの動きがCPUっぽくない……ていうか普通にプレイ中のような……
よく耳をすませて聞くと、キーボードをカタカタと打つ音もしている。
すると、俺の視線の先に気付いた桐乃が、誰もいない机に向かって言葉を投げかけた。

「ちょっとぉ、夜中はゲーム禁止って言ったでしょ!」

その言葉に反応するように、キーボードを叩く音が止み、画面内には「PAUSE」の文字が表示されている。

「桐乃、もしかして…… そこに……?」
「あ、うん。さっき話したデレ神のリューク。ノートに触れた人間にしか見えないらしいけど」

改めて机の方を向いたが、やはりそこには誰もいない。
俺は幽霊とかの類が怖いと思ったことは無いのだが、この時ばかりは寒気を感じた。
桐乃が見えない何かと会話をする様子は、傍から見りゃあ猛烈に気味の悪いもんだぜ……?

487: 2011/04/19(火) 03:43:33.20

「お、お前、いつもそいつと一緒にいたのか?」
「まぁね。デレ神ってのはそういうシステムらしからさ……もちろんお風呂場とかには近寄らせなかったけど。
 慣れれば別に気にならないけどね」
「そうかのか……」
「あ、リュークが兄貴に、『よろしくな』だってさ」

なんだか超常現象がぐっと身近になっちまったな……
俺はデレ神のことはひとまず置いといて、ここで話を元に戻すことにした。

「なぁ、桐乃。色々聞かされて俺もまだ整理ができてないんだけどよ」
「あ、うん。そうだよね……」
「結局のところ、今回のお前の人生相談ってのは、この状況をどうにかしたいって事でいいのか?」
「……」

桐乃は何も言わなかったが、代わりにこくりと頷いた。
そうなると、やっぱりあいつにも事情を話して、力を貸してもらうしかねぇよな。


「よし分かった――じゃあさ、いま聞いた話を共有しておきたい奴が居るんだけどさ――」

488: 2011/04/19(火) 03:45:34.21

そして翌日の土曜日――


俺からの連絡を受けた黒猫は、“三者面談”をすべく高坂家にやってきた。

「……こんにちは」
「よう、待ってたぜ」

俺は玄関に行き、ゴス口リファッションの黒猫を出迎えた。
桐乃がキラッとしての活動にハマってたこの数か月、自然とオタクっ娘コミュニティの集まりも
無くなっていたので、学校以外の場所で黒猫に会うのは本当に久しぶりだ。
見慣れてたはずのゴス口リファッションも、今日はなんだか新鮮に映ってしまう。

俺は黒猫を連れて妹の部屋へと向かう。
ドアを開けると、桐乃はベッドの上に腰掛けていた。

「随分久しぶりね」
「あっ――うん、久しぶり……」

桐乃はちょっとバツが悪そうにして、黒猫から視線を逸らしている。

489: 2011/04/19(火) 03:47:38.50

そんな桐乃を気にすることなく、黒猫は単刀直入にキラッの話題を切り出した。

「聞いたわよ。貴女、随分楽しそうな遊びをしていたそうじゃない」
「……」

棘のある黒猫の言い方に、桐乃は何も答えず黙っている。黒猫は続けた。

「思いがけず特殊な能力を身に付けた者が、考えなしにその能力を振るい、そして溺れる――よくあるシナリオね」
「……なによ……アンタ何が言いたいの?」
「ふふ、別に…… 異界の能力<ちから>に浮かれて自滅した莫迦女を哂っているだけよ」
「ふんっ、知ったようなこと言っちゃって――あっ、そっかぁ、アンタって“自称”闇世界の住人だもんね~。相変わらずの邪鬼眼乙!」
「に、人間風情が調子に乗って――!」
「おいおい、二人とも――」

二人の間に険悪な空気が渦巻いていることを察した俺は、醜い言い争いが始まる前に割って入った。

「とりあえず、今は奪われたノートの話をしようぜ。電話でも話したけど、厄介なことになっちまってんだよ」

二人は互いにそっぽを向いている。
ハァ、こんなので本当に大丈夫なのかよ……

505: 2011/04/27(水) 03:01:07.49

今朝の電話で、黒猫にはおおまかな事情を話したけれど、俺は改めて桐乃の口から一通りの経緯を説明させた。
こういうのは、相談する本人から話をするものだからな。

桐乃から、他人をデレさせる力を持ったノートや、そのノートに触れることで姿を現すデレ神という
現実離れした話を聞かされても、黒猫があからさまに驚くことはなかった。
この辺の順応性は、さすがに邪鬼眼かつ厨二な電波系少女として、一日の長があるようだ。
と俺は妙な感心の仕方をしていた。

「デレノート……デレ神……」

黒猫は腕組みをして、その単語を噛み締めるように呟いている。

「――ということは、あのときの“ノート”という言葉はそういう意味だったのね」
「えっ、あのときのって……」
「あなたが掲示板に最後に書き込んだ言葉よ。“ノートを持っているか”と」

506: 2011/04/27(水) 03:02:43.27

そう、それは黒猫がキラッ――つまり桐乃をおびき出すため、自作自演をしたときの書き込みのことだ。
それを聞いて、桐乃も思い出したらしい。

「あっ、そういえばそんなことを…… アンタ、あの書き込みを読んでたんだ?」
「ええ、読んでいたわ。というよりも、あなたが私にレスを返したきたからだけど」
「ん?レスを返した……?」

今度は桐乃が腕組みをして考え込むことになった。
そして一拍置いて、その言葉の意味を理解した桐乃は勢いよく立ち上がり、黒猫を指差して叫んだ。

「に、偽キラッ!? アンタが……!」
「そうよ、あの時キラッに成りすまして書き込んだのは私」
「あ、あ、あのレスで……あたしがどんだけ悩んだと思ってんのよ……っ!」

わなわなと肩を震わす桐乃に対し、黒猫は涼しい顔で返した。

「知らないわよ、そんなこと。むしろあのレスであなたのキラッ活動にブレーキを掛けることができたのなら、
 あなたは私に感謝するべきじゃなくて?」
「ぐぎぎ……」

桐乃は悔しそうに歯軋りをしている。
おいおい、あんまり露骨に悔しがられると、こっちが不安になっちまうじゃねーか。

「オイ桐乃、お前まさか、まだキラッに未練があるんじゃねぇだろうな?」
「無いってば!ただ、やり込められてたのがムカついただけ」

そう言うと桐乃は、プイッとそっぽを向いた。

507: 2011/04/27(水) 03:04:25.84

そんなやり取りには付き合ってられないとばかりに、黒猫は話題を戻す。

「それよりも――デレ神とやらは……本当にここに居るの?」

俺にはなんとなく黒猫が言わんとすることが分かった。
現在、デレノートは桐乃の手元にない。となると、この非現実的な一連の話の証拠になり得るのは、
いまこの部屋に居るという“デレ神”の存在だけ。
まずはそれを確認しないと、桐乃の相談には乗れないということだろう。
だが、桐乃はこともなげに答えた。

「あ、うん。いるよ。ホラ、あんたのすぐ後ろに立っ――」

そう桐乃が言い終わる前に、「ひぃっ!?」という小さな叫び声が発せられた。
今の声の発信源は…………黒猫?
桐乃は一瞬ぽかんとしていたが、すぐさま他人の弱みを握ったような、嫌らしい笑みを浮かべた。

「あれぇ~?もしやアンタ、リュークが怖いの? 普段は闇の世界がどうのこうの言ってんのに~?」
「莫迦にしないで頂戴。こ、怖くなんてないわ……」

そう言う黒猫の声はかすかに震えて聞こえた。
桐乃はというと、口に手を当てながら人を小馬鹿にするようにニヤニヤしている。
ハァ、お前らってホントそういうやり取り飽きないよな……

508: 2011/04/27(水) 03:06:37.89

「冗談よ、冗談。いまリュークはそこの机の椅子に座ってるよ」

俺と黒猫は同時に机へ視線を向けた。だが、もちろんなにも見えない。

「そ、そう……。疑うわけではないけれど、なにか証拠を見せてもらえないかしら?」
「うーん、証拠って言っても……」

桐乃は少し考えた後に、ポンと手を打った。

「あ、そうだ。ちょっとリューク、アンタそのノーパソでメモ帳を開いて、何か文字打ってみなさいよ」

そう言うと、ノートパソコンのモニタには、すぐさまメモ帳の白い画面が表示され、
文字が少しずつ入力されていく――

《リュークだ これでいいか?》

モニタに表示されたテキストを見て、再び俺はぞくりとした寒気を感じた。
昨夜も俺は、見えない何者かが工口ゲをプレイしているところを実際にこの目で見たのだが、
そのときはまだ現実味がなく、俺とは関わりのないところでの超常現象だと受け止めていた。
だけど、こうやってコミュニケーションを取ってこられると、否が応にもその存在を認めざるを得なくなり、
自分が怪しげな世界に巻き込まれていることを無理矢理に実感させられてしまう。

509: 2011/04/27(水) 03:11:01.41

俺が黒猫に視線を移すと、黒猫も強張った表情でモニタに釘付けになっていた。
だけど、そうやすやすとデレ神の存在を認めるつもりはないようだ。

「まだ……まだ証拠とはいえないわ。リモートデスクトップ機能を使ったトリックの可能性も……」

いつも闇世界だとか天使だとか悪魔だとか、現実離れした妄想の世界に生きている黒猫の反応としては意外だけど、
現実世界の理<ことわり>の下に留まろうとする努力を、まだ諦めてはいないようだ。
こいつは案外リアリストなのかもしれない、と俺は思った。

……まぁ、そんな黒猫の抵抗も、その後すぐに潰えることになっちまったけど。

「ああ、もう面倒くさい。リューク、ちょっとそれ持ち上げて見せてやってよ」

そう桐乃が言うや否や、室内で起こった超常現象に、俺は思わず声を出して驚いた。
おい、信じられるか?

――机の上のノートパソコンが空中にふわりと浮かんだんだぜ。

510: 2011/04/27(水) 03:12:43.28

そんな俺の反応を見て、桐乃は得意げに胸を張っている。

「これで信じたでしょ?もういいよ、リューク」

桐乃の言葉に応じるように、ノートパソコンは静かに机の上に着地した。
それを見ていた黒猫は、青ざめた表情のままでしばらく固まっていたのだが、
その硬直が解けると同時に勢いよく立ち上がった。

そして――

「鬱欖檳檻樞歿汪搓槃榜棆棕椈楾楷欖棗梭樸檢殀……!」
「待て、落ち着け!ストーーップ!!」

突如怪しげな呪文を大声で唱え始めた黒猫を、俺は羽交い締めにして制止する。
こいつ、どんだけパニックになってんだよ……
我に返った黒猫は、さっきまでより机から少し離れて座っている。やっぱりビビってやがったのか。

「ちょっとぉ~、悪霊祓いみたいな呪文唱えないでよ」

《ああ、失礼しちゃうぜ》

……面倒くさいからお前らは黙っててくれ。

511: 2011/04/27(水) 03:16:08.03

まだ青ざめてはいたが、黒猫はなんとか平静を取り戻すと、観念してこの状況を受け入れたようだ。

「分かったわ…… デレ神がそこに居るのは認めるわ……」

まぁ、目の前でポルターガイスト現象が起これば誰だってパニックになるわけで、
実際俺も十分ビビってたんだけどさ。
黒猫はコホンと小さく咳払いをすると、桐乃に尋ねた。

「そのデレ神にいくつか聞きたいことがあるのだけど、……いいかしら?」
「ん?いいんじゃない? じゃあ、リュークはタイピングでね」

桐乃がノートパソコンの方に向かってそう言うと、また画面には少しずつ文字が表示されていった。

《ああ、わかった》

黒猫はいつものポーカーフェイスに戻り、デレ神へ質問を投げ掛ける。

512: 2011/04/27(水) 03:18:38.58

ここからしばらく、黒猫とデレ神リュークとの間での質疑応答の時間となった。

「いま、デレノートがどこにあるのか、あなたには分かるのかしら?」

少し間をおいて、タイピングが始まる。

《いいや、俺にもわからない》

「じゃあ、いまデレノートを使ってる人間については何か分かるかしら?」

《それも俺にはわからないな》

「もしノートを取り返したとして、そのノートをどう処分したらいいのか教えて頂戴」

《所有者が所有権を失えば、俺がノートを回収して人間界を去る。ただそれだけだ》

この所有権というのが俺にはよく分からないのだけど、昨日桐乃から聞いた話によると、
奪われはしたもののデレノートの所有権とやらはまだ桐乃にあるらしい。
デレ神が桐乃の元から離れないのはそういう理由なんだとか。

「……あなたは今回の件以外にも、過去に人間界にデレノートを持ち込んだことがあるのかしら?」

《ああ、いままでにも何度か、人間にノートを与えたことがあるな》

「ふうん……」

513: 2011/04/27(水) 03:23:01.80

黒猫はそこで一旦やり取りを停めて考え込んだ。
俺と桐乃は、そんな黒猫の様子を静かに見守っている。

「……その割に、今回のようなデレ騒動は、これまで噂レベルでさえ聞いたことがないわ。おかしな話よね?
 他のケースでの顛末はどうだったのか、聞かせてもらえるかしら?」

《それは》

デレ神はそこまで入力したところでタイピングを止めていたが、すぐに別の文を打ち直した。

《なかなか痛いところを突いてきたな。お前のような聞き方をしてきた奴は初めてだ》

「フッ、お褒めに与り光栄よ」

黒猫は髪をかき上げ得意顔を見せる。
傍からやり取りを見てる俺には、質問の意図も、何が痛いところなのかも分からないのだけど……
デレ神はまたゆっくりとタイピングした。

《シラけるから言わないでいたが、ノートの所有権を失うと、それまでに書いたノートの内容はすべて無効になる》

《さらに、デレノートによってデレていた者達の、デレに基づく行動の記憶はすべて消去される》

《過去のデレノートのことが人間界で知られていなかったのはそういう訳だ》

すると、そこで桐乃が割って入った。

「ちょっと、ちょっとリューク!!なによその後付け感たっぷりの設定はっ!?
 前にあたしが聞いたとき、デレを取り消す方法はないって言ってたじゃん!」

《あれは個別に取り消すことはできないという意味だ。嘘は言ってない》

どうやらこのデレ神、かなりの食わせ物のようだ……

514: 2011/04/27(水) 03:32:10.21

まだ文句を言いたそうな桐乃を制して、黒猫は言った。

「とにかく、ノートを取り返しさえすれば、丸く収まるって訳ね」

確かにその通りだ。
特に、すでにデレ状態に陥った人達が正気に戻れる可能性があるっていう光明が見つかったのはデカい。
後はいかにして取り返すか……だよなぁ……

「だけど、どこの誰が持っているのかも分からないノートを、どうやって取り返すんだよ」
「私に考えがあるわ」
「……また俺に忍び込めって言うんじゃねえだろうな?」

妹の部屋への侵入ならバレても半頃しぐらいで済みそうだが、よその家に不法侵入するのはシャレになんねーぞ?
ってなことを考えていると、俺の言葉に桐乃が反応した。

「ん? “また”忍び込む……って?」
「どああああ! な、なんでもないっ!気にすんな!」

あ、あぶねぇ……バレるところだった!
いや、実際は未遂なんだから、俺が後ろめたさを感じる必要はないんだけどさ……

「大丈夫よ。今度は先輩の手を借りることはないわ。私が一人でノート奪還の段取りをつけるから」
「おいおい、一人でって……」
「私に任せて頂戴――明日で、すべてのケリをつけてみせるわ」

って、明日だと!?
ずいぶん急な……いや、もちろん悠長に構えている暇はないんだけど……

「ってことは、お前にはもう犯人が誰なのか判ってるんだな?」
「ええ、それは今日話を聞いて確信したわ。……そして、ノートを奪う作戦も」

いつの間にやら、黒猫の瞳は紅く染まっていた。

515: 2011/04/27(水) 03:38:13.87

「アンタ、犯人が分かってるなら教えなさいよ。あたしだって捕まえてとっちめてやりたいんだからさ」

そういう桐乃に対し、黒猫はハァとため息をついた。

「あなたに教えたらぶち壊しにされそうだから言えないわ。
 それに、犯人のことやノートを奪う手段を今バラしてしまうと、抜け駆けされる恐れもあるから……」
「……抜け駆けってどういう意味よ?」
「あなたが抜け駆けしてノートを取り返して、私や先輩を排除した上でキラッに返り咲く可能性もあるということ。
 私はまだあなたのことを信用していないのだから」

黒猫は冷たく言い放つと、今度は俺をじっと見据えた。

「……悪いけど、先輩にもまだ話せないわ。結果オーライだったとはいえ、
 先の作戦を豪快にしくじった先輩に、今の時点でネタ晴らしするのは色々と危険だから」

クッ……その点を責められると、俺にはグウの音も出せない。
俺が口篭っていると、桐乃が反論した。

「そんなこと言ったら、アンタだってノートを独り占めして、第三のキラッになるかもしれないじゃん!」

桐乃にしてはなかなか鋭い指摘だったが、
黒猫は、引っ込んでなさい、とばかりに、「ふん」と鼻を鳴らした。

「何を言い出すのかと思えば……もしそうだとしたら、今あなた達にこんなことをわざわざ話す訳ないでしょう?
 私がキラッになろうとしているのなら、一人で密かにノートを手に入れるわ」

あっさりと論破され、桐乃も俺と同じく何も言い返せない状態に。
そんな俺たち兄妹を見て、黒猫は言った。

「……勘違いさせたかもしれないけど、私一人でやるのはあくまで下準備だけ。
 明日、犯人と会うときには、あなたたち兄妹にも来てもらうわ。
 犯人を含め、私やあなたたち兄妹、――デレノートの秘密を知ってしまった全員の目の前で
 ノートをデレ神に突き返して、この事件を終わらせるのよ」

そう宣言する黒猫の気迫に圧され、俺も桐乃も無言で何度も頷くしかなかった。
ふとパソコンのモニタに視線をやると、デレ神がなにやらタイピングをしている。


《ククク、面白くなってきたじゃないか》

534: 2011/05/03(火) 03:16:41.36

翌日、俺は桐乃と二人で秋葉原を訪れていた――

別に兄妹で仲良くアニメショップ巡りとか、そういうことじゃない。
昨晩、黒猫からのメールで“決戦の場所”として指定されたのがアキバだったんだ。

俺達は目的の建物へと入り、エレベーターで三階へ。
入り口で受付を済ませると、細長い通路の奥の部屋へと案内された。
そう、ここは以前に沙織主催のパーティで借りたあのレンタルルームだ。
あの時、散々な目に遭わされた上に、仕舞いにカッコ悪く泣いちまった俺にとっちゃあ、ここは忌々しい場所だ……

ドアを開けると、中にはゴス口リ姿の黒猫が足を組み、頬杖をついてソファに座っていた。

「よう、来たぜ」
「……待っていたわ、二人とも」

黒猫は相変わらずの不遜な態度で俺たちを迎えた。
部屋に入り、中を見渡すが、まだ黒猫の他には誰も居ないようだ。

「なぁ、……桐乃からノートを奪った奴も、今日ここに来るんだよな?」
「そうよ、昨夜私が話をつけたから。もうすぐその人物が、ここにデレノートを持ってやってくるわ」

デレノートを持ってやってくるって……昨日の今日で、そんな簡単に事が進むものか?
そもそも話をつけるっつっても、相手がホイホイと応じるわけがないと思うんだが……

535: 2011/05/03(火) 03:21:28.34

俺と同じく怪訝な表情をしていた桐乃が口を開いた。

「アンタさぁ、話をつけたって……一体どうやったのよ?」

そんな桐乃の言葉に、黒猫はこともなげに答えた。

「簡単なことよ。だってノートを奪う方法は昨日教えてもらったじゃない」
「ノートを奪う方法?……昨日?」

そこまで聞いて、俺はようやくピンときた。どうやら桐乃も気づいたようだ。

「あっ……もしかして……」
「そう、あなたがノートを奪われたときのやり方を、私が同じようにやっただけよ」

桐乃がノートを奪われたときのやり方……つまり、ボイスチェンジャーを使って電話を掛けて、
例の掲示板に名前をバラすぞと脅迫したってことかよ。
そう言われりゃ、その方法はすでに実績もあるわけだし、確実といえば確実かもしれない。

やられたことをただやり返すだけ――

黒猫のノート奪還プランは、呆れるほどシンプルなものだった。
だけど、その方法はノートの持ち主が誰なのかが分かっていないと使えない。
痺れを切らした俺は黒猫に問い掛けた。

「なぁ、そろそろ誰なのか教えてくれてもいいだろ?」

だが、黒猫はこちらに視線を向けず、真正面を睨むように見つめていた。
聞こえなかったのか?と、もう一度問い掛けようとした俺だったが、黒猫がそれを制す。

「待って、先輩――どうやらおいでなすったようよ」

黒猫はじっと部屋の出入り口のドアを凝視していた。

536: 2011/05/03(火) 03:25:00.49

俺と桐乃も、黒猫の視線を追って、出入り口へと視線をやる。
すると、ドアは半開きの状態で止まっていた。
俺達の今の位置からはドアの向こうは見えないが、正面に座っている黒猫には見えているようだ。

「どうぞ、中に入って」

黒猫はドアの向こうの人物に呼び掛けたが、ドアは半開きのまま動かない。

「……言っておくけど、電話を掛けたのが私だと判ったからといって、今から逃げ出したとしても無駄よ。
 このままあなたがドアを閉めたら、私は即座に掲示板にあなたの名前を書き込むわ」

そう言う黒猫の右手には、携帯が握られていた。

「――それに、こちらには海外留学経験もある中学陸上の選手が居るから、
 どんなに頑張って逃げても、まず逃げ切れないでしょうね」

その言葉に、半開きのドアが一瞬ビクッと動いた。
そして、黒猫の言葉に退路を断たれ観念したのか、ゆっくりとドアが開く。
いよいよお出ましか――ごくり、と、俺と桐乃は同時に生唾を飲んだ。

その人物は、うつむき加減に部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。

「あの電話は……五更さんだったんですね……」

恨めしそうに呟いたその人物は、
黒猫のクラスメイトで、俺にとってゲー研の後輩でもある――赤城瀬菜だった。

537: 2011/05/03(火) 03:33:54.97

「あ、赤城!?」
「せなちー!?」

俺も桐乃も驚いた。驚いたのだけど――
冷静になって考えてみると、これは「ああ、なるほど」と、実に喉越し爽やかに腑に落ちる結果だった。
うちの学校でホ〇カップルを大量生産する女……ううむ、嫌になるぐらい合点がいくぜ……

「それにしても、何でお前がノートのことを……?」

そう尋ねたが、瀬菜はうつむいたまま何も話さない。
代わりに横から黒猫が答えた。

「どうやら私と先輩が部室で話していたのを盗み聞きしたようね。
 昨日いきさつを聞いたとき、電話の主の話した内容があまりにも私達の会話の内容と同じだったから、
 そのことから、ゲー研の部室に来そうな人物――赤城さんだと気づくことができたの」

あの日、部室の扉越しに見えた人影は、俺の気のせいじゃなかったってことか……
ということは、俺があのとき黒猫にそのことを話していれば、もしかすると少しは展開が変わってたのかもしれない。
……そう思ったけど、今更掘り起こして黒猫に責められるのは御免なので、余計なことは言わないでおこう。

538: 2011/05/03(火) 03:35:31.89

部屋の隅にいた桐乃は、瀬菜に近づいて声をかけた。

「せなちー……どうしてあたしからノートを奪ったの……?」
「桐乃ちゃん、それは……って、えええええええ!?な、何それ!!??」

突如大声をあげた瀬菜は、桐乃の方に指差したままガクガクと身を震わせ、恐怖に慄いている。
――いや、正確には桐乃の隣、誰も居ない空間を指差している。

「あ、そっか。せなちーにはリュークの姿が見ているんだ」
「リューク……?」
「そう、最初にデレノートをあたしに与えたデレ神。ノートに触れた人間にしか見えないの」
「いやあああああ!怪物!!近寄らないでえええ!!」

瀬菜は床にへたり込んだ体勢で、桐乃から後ずさりをしている。
なるほど、デレノートに触れた瀬菜にはデレ神の姿が見えているってことか。
デレ神が見えない俺や黒猫からすれば、まるっきりコントのようなやり取りなんだけど……
でも、これはつまり、瀬菜がデレノートを奪ったというダメ押しの証拠になるわけだ。

539: 2011/05/03(火) 03:41:02.84

桐乃からデレ神について聞き、実際にデレ神と一言二言話した瀬菜は少し落ち着きを取り戻したようで、
ソファーに座ってぜえぜえと呼吸を整えている。

「まったく、お前って奴は……やたらめったら手当たり次第にホ〇カップル作って……何考えてんだよ」

ため息混じりに俺がボヤくと、その言葉に瀬菜が反応した。

「手当たり次第なんかじゃありませんッ!!」

うおっ!!いきなりデカい声出すなよ!
俺の何気ない一言がこいつの癇に障ったのか、瀬菜は肩をいからせて反論し始めた。

「一応言っときますけど、あたしなりの緻密な考察の元にカップルを作らせていただきましたからっ!そこは譲れません」
「……緻密な考察って何だよ?」
「攻め・受けの二極化をベースに、文科系の男子と体育会系の男子や、クラス内で内向的な男子、社交的な男子
 という具合にリストアップし、属性の異なる同士を、通学ルートや学内行事などでなるべく接点のある組み合わせを
 チョイスしてカプ化を――」
「……わ、分かった、もういいぞ」

うむ、こいつの脳が腐ってることが改めてよ~く分かった。
黒猫が今日決着をつけると言ったときは、性急過ぎるんじゃないかと思ったものだけど、
こんな危険なBL職人を放置するなんてとんでもないことだったな……。

「ちなみに高坂先輩は“受け属性”として分類していました」
「うおおおい!!おっかねぇことをシレっと言うんじゃねぇ!」
「でも、せっかく攻め×受けで組ませてカップルを作っても、みんな健全にいちゃつく程度で、
 押し倒したりとかそういう展開になかなか進まないんですよねぇ……」

駄目だこの腐女子……早くなんとかしないと……

540: 2011/05/03(火) 03:45:42.02

話が迷走しそうになってきたところで、あきれ顔の黒猫が口を開いた。

「とにかく――ここに来たって事は、デレノートを返す意思があるということよね、赤城さん?」
「うっ……それは……」

瀬菜は手提げカバンを持つ手にギュッと力を込めた。
あのカバンの中にデレノートが入っているのか……?

「……し、仕方ないですね」

瀬菜は立ち上がると、フーっと大きく息を吐き、黒猫をじっと見据えて言った。

「ノートは返しますよ――“五更瑠璃”さん」

そう言い放つ瀬菜の姿は、不思議と強気に見えた。
それに、今なにか違和感が……

「“高坂京介”先輩と、“高坂桐乃”ちゃんにもご迷惑をおかけしました」

そう言うと、瀬菜はぺこりと頭を下げた。
その時、俺は違和感の理由に気づいた。瀬菜はなぜ俺達をわざわざフルネームで呼ぶのか……?
黒猫も何か感づいたようで、俺の方に目配せを送ってきた。

と、その時、出入り口のドアに視線を移すと、閉じていたはずのドアが僅かに開いていて、
そこから何者かが室内を覗き込んでいた――

「先輩、まずいわ!外に仲間を潜ませていたのよ!名前を書かれてしまう!」

ニヤリと笑う瀬菜――
俺は慌ててソファーから立ち上がり、ドアへ向かって駆けた。

560: 2011/05/08(日) 01:01:01.87

何者かが俺達の名前をノートに書こうとしている――

俺は慌てて部屋の出入り口へと駆け寄った。
せっかくこの騒動が解決間近になったというのに、ここで俺達がデレさせられたら
また振り出しに戻っちまう。
っていうか、事件なんて関係なしに、デレさせられること自体まっぴら御免だっての!
瀬菜が名前を読み上げてから数秒が経過している。間に合うか!?
俺はドアノブを掴むと、思いっきり手前に引く。

すると――

「うおっ!!」

ドアの向こうに潜んでいた人物は、ドアを開けられた拍子に、ドテッと床に転がった。

「お前か……赤城……」
「よ、よう……高坂……」

その人物は、俺のクラスメイトで瀬菜の兄、“残念なイケメン”こと赤城浩平だった。
地べたに突っ伏した赤城の横には、真っ黒な表紙のノートが落ちている。
桐乃がそれを拾い上げ、パラパラとページをめくると、安堵のため息をついた。

「どうやら大丈夫だったみたいよ」

横からノートを覗き込むと、そこには乱雑に書き殴られたいくつかの名前の羅列があった。


後高 ルリ  御高 るり
後光 るり  五高 留理
五光 留理  五光 流里


なるほど……、黒猫の本名が書けなかったってわけか。

561: 2011/05/08(日) 01:03:23.39

確かに、“ごこうるり”で“五更瑠璃”なんて、そうそう書けるもんじゃない。
ついでに言えば、書けない黒猫を後回しにして俺や桐乃の名前を先に書く、というような
融通が利かない奴で命拾いしたようだ。
テストで難しい問題があると、そこで詰まって時間がなくなっちまうタイプだな。

「お兄ちゃん!ちゃんとやってくれないとだめじゃない!」
「すまん、瀬菜ちゃん!……俺の漢字力では無理だった……」

瀬菜の叱責を受けて、赤城は土下座して謝っている。
これがシスコン兄貴のなれの果てか……身につまされるぜ……
赤城家での兄の威厳は、すっかり地に堕ちているようだ。
まぁ、うちだって威厳があるかと言われれば微妙なところではあるんだけど。

「……このノート、あたしのデレノートで間違いないよ。 以前に書いたページを確認できたから」

ノートの内容を精査していた桐乃がそう言うと、瀬菜は観念したように肩を落とした。

「今度こそ回収できたようね」

黒猫は満足そうに呟いた。

562: 2011/05/08(日) 01:08:21.04

そして今、俺達はテーブルの上のデレノートを囲むようにして座っている。

「じゃあ、このノートをデレ神とやらに返して、お引き取りいただこうかしら」
「ようやくこれで一件落着ってわけだな」

この数か月の間、俺達が振り回されてきた原因であるデレノート――
桐乃や瀬菜のせいで起こった混乱は決して小さくはなかったけど、ノートを返すことで掛かっていた呪いがチャラになるなら、
これはもうハッピーエンドに相当するんじゃねえか。
満足そうにひとりで何度も頷いていた俺だったが、そんな俺に黒猫は、実にありがたくない提案をしてきた。

「……先輩、ちょっとノートに触ってみる気はない?」
「な、なんで今更ノートに触る必要があるんだよ! 触ったら……見えちまうんだろ?デレ神が……」
「妹さんとデレ神との会話を聞くためには必要でしょう? ノートを返すにしても、私かあなたのどちらかが第三者として
 やり取りの内容を聞いていないと不安じゃない」
「不安って、何がだ?」
「私達に分からないように何か取引をされるかもしれないでしょう。デレ神の声が聞こえるのは他に赤城さん兄妹だけなのだから」

それを聞いた桐乃がキッと目をむく。

「アンタねぇ、少しは信用しなさいよ!あたしはもうデレノートなんかに未練は無いってば」
「それなら別に会話を聞かれても構わないはずよね」

黒猫は桐乃の抗議などどこ吹く風で続けた。

「……ということで、先輩、どうぞ」
「ちょっと待て待て!なんで俺なんだよ!? こういうのに慣れてるお前こそ適任じゃないか」
「だらしないわね…… デレ神が怖いなんて……」
「お前にゃ言われたくねーよ!」

そんなやり取りをしていると、ふいに桐乃が俺と黒猫の手を取った。

「あーっ!もう面倒くさいからさ、触るんなら二人ともノートに触ればいいじゃん」

そう言って、桐乃は俺達の手を机の上のデレノートへと導く。
虚を突かれた俺と黒猫は、抵抗する間もなくノートに触れてしまった。

「「あ……」」

563: 2011/05/08(日) 01:12:41.99

ノートに触った瞬間、俺は思わず肩をすくめて身構えたが、ノートが光を発するとか、
身体に電気のような衝撃が走るとか、そんなファンタジーでありがちな特殊効果は何も起きなかった。

だけど、部屋の隅に視線を移すと、そこには壁に寄りかかって立っているそいつが見えたんだ――

長身の赤城よりもさらにデカい図体で全身黒ずくめ、逆立った髪の毛がさらにその身体を大きく見せている。
そして青味のかかった真っ白な顔面に頬まで裂けた口に、なにより特徴的なギョ口リとした焦点の合わなさそうな瞳。
……まぁ、それらを総合すると、要するに化け物だってことだ。

「うおおおおおおおおおおお!!」

あまりにも不気味な姿形に、俺は思わず叫び声を上げちまった。
こ、こんなのが何か月もうちに住み着いてたのかよ……!

「うおおおおおおおおおおお!!」

そんな俺に呼応するように、赤城も同じような叫び声を上げていた。

「うぉい!いまさらかよ!? お前はずっと見えてたはずだろ!」
「……いや、なんかさっきから驚くタイミングが見つからなくってよ」

そう言うと、このイケメンはサムアップして白い歯をきらりと光らせた。
ああ、前から知ってはいたけど、やっぱりお前はアホだよ。

564: 2011/05/08(日) 01:19:59.43

黒猫はというと、デレ神の方向を見つめたまま、微動だにしていない。
微動だにしていなかったが……、しばらくしてスッと立ち上がると、両手で印を組んだ。

そして――

「鬱欖檳檻樞歿汪搓槃榜棆棕椈楾楷欖棗梭樸檢殀……!」
「待て、落ち着け!ストーーップ!!」

またもや怪しげな呪文を大声で唱え始めた黒猫を、俺は必氏に制止する。
こいつのブレのなさは尊敬に値するぜ……
とにかく、ビビったときに呪文を唱える癖は直そうな!

俺達が一通り驚きのリアクションを済ませたところで、デレ神は口を開いた。

『まぁ、そんなに怖がることはない。俺はこれでも神の端くれだからな』

嘘付け! 神っていうか、そのビジュアルはどう見ても悪魔寄りじゃねえか!
俺は心の中で思いっきり突っ込んだ。……口に出す勇気は無かったけど。
デレ神リュークは、頬まで裂けた口をさらに吊り上げてニヤついている。

565: 2011/05/08(日) 01:24:31.83

顔面蒼白で震えていた黒猫は、どうにか落ち着いたようで、コホンとひとつ咳払いをした。

「……それじゃ、気を取り直して、今度こそノートをデレ神に返してもらおうかしら」

その言葉を受けて、桐乃がこくりと頷く。
桐乃はノートを手に取り、両手で胸の前に持つと、立ち上がってデレ神と向き合った。

「リューク、そういうことだから、あたしはデレノートの所有権を放棄するね」

そう言うと、桐乃はデレ神に優しく微笑みかけた。

「この数か月、なんだかんだでアンタと一緒に工口ゲしたりして楽しかったよ。……元気でね」

俺や黒猫、赤城兄妹の見守る中で、デレノートを返し、デレ神が去り、すべてが終わる。
これでようやく元の日常に戻れるんだ。

――そう思っていたけれど、事はそんな簡単に終わらなかった。

『ククク……所有権を放棄? 何を言っている』

デレ神リュークは小馬鹿にしたように嘲笑っている。
部屋の中に不穏な空気が漂い始めているのを俺は感じた。

566: 2011/05/08(日) 01:26:14.24

デレ神の意図のみえない言葉に、桐乃は食って掛かった。

「えっ、アンタこそ何言ってんのよ。昨日そう言ったじゃん。
 所有権を放棄したらノートを回収して人間界を去って、これまでのデレも無効になるって」
『俺は、所有者が所有権を“失ったら”と言ったんだ』
「だから失って良いって言ってるじゃん。何が違うのよ?」

するとデレ神は呆れたように言い放った。

『そんな放棄宣言なんかで、俺がすんなりデレ神界に帰ると思ったのか?
 デレノートの表紙裏に書かれたルールに従わなければ、所有権の喪失はありえないし、
 俺がデレ神界に帰ることもない』
「表紙裏のルールって――」

桐乃が机の上でデレノートを開き、表紙裏を確認する。
俺達もノートを覗き込む。
そこに書かれていたルールとは――


《デレノートを持っている限り、自分が誰かにデレるまで元持ち主であるデレ神が憑いてまわる》

590: 2011/05/13(金) 00:47:17.11
最終回のつもりが、やっぱりもう1回続くことになってしまいました…


 ヽ | | | |/
 三 す 三    /\___/\
 三 ま 三  / / ,、 \ :: \
 三 ぬ 三.  | (●), 、(●)、 |    ヽ | | | |/
 /| | | |ヽ . |  | |ノ(、_, )ヽ| | :: |    三 す 三
        |  | |〃-==‐ヽ| | .::::|    三 ま 三
        \ | | `ニニ´. | |::/    三 ぬ 三
        /`ー‐--‐‐―´´\    /| | | |ヽ

592: 2011/05/13(金) 00:49:21.72

デレノートを手放し、デレ神と縁を切るための条件
――それは、デレノートの持ち主自らが、デレの呪いに掛かることだった。

予想外の展開に、俺達はノートの表紙裏を見つめたまま、声も出せずにいた。
桐乃とデレ神の別れを皆で見守っていた数分前とは一転、室内は重苦しい空気に包まれている。

『別に、無理にノートを手放す必要はないぞ。今まで通りでも構わない。俺も人間界は嫌いじゃないからよ』

ククク……と独特の笑い声を漏らしながらデレ神は言う。

『その場合はもちろん、デレノートでデレた者共は元に戻らず、ずっとそのままだけどな』

これまでのデレの呪いをすべてリセットできる――そんな旨い話には、しっかり代償が必要だったって訳だ。
こいつはやっぱり神なんかじゃなく、見た目通りの悪魔だったらしい。

593: 2011/05/13(金) 00:50:17.82

重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのは黒猫だった。

「……あなた、どうするつもり?」

さすがの黒猫も、この状況に戸惑い気味の様子だ。
キラッの正体を暴き、今日のこの場をセッティングした張本人だが、まさかこんな展開になるなんて
思ってもみなかっただろう。
当の桐乃も、大いにショックを受け、ずっと押し黙っている……
――かと思いきや、意外にも妙に晴れ晴れとした表情をしてやがった。

「え? そんなの、決まってるじゃん」

桐乃はそう言うとソファーから立ち、デレ神と向き合った。
そして、俺達の視線を一身に受けながら、その決意を表明した。

「あたしが撒いた種なんだから、あたしがちゃんと責任を取るってば」

594: 2011/05/13(金) 00:53:01.42

桐乃はこの数か月、他人の心を操るという不気味なノートを使って、世間を混乱に陥れていた。
それは、法に照らして罰することなんてできない、超常現象の類ではあるけれど、
それが人のモラルに反する行為だということは、俺を含め、誰もが感覚的に解っている。
そして、キラッだった以前ならいざ知らず、今の桐乃だってそのことを認識しているだろう。
だからこそ、桐乃はその責任から逃げるようなことはしない。
どうしてかって?

――俺の妹はそういう奴だからだ。

自分の過ちに気付いたら、そのことを誤魔化したり、言い逃れするようなことをせず、バカ正直に潔く受け入れる。
親父譲りの芯の強さを持ち、自分自身に対して人一倍厳しい――そんな奴なんだ。

「桐乃ちゃん……その……ごめんね。あたしの責任でもあるのに……」

瀬菜はおずおずと桐乃を見上げ、今にも泣き出しそうな顔を見せた。

「ううん、せなちーは気にしないでいいって」
「でも……」
「そりゃあ、ノート奪わて好き勝手されたのはムカついたけど、結果的にそのおかげであたしの目が覚めたんだしさ」

桐乃は瀬菜に微笑んでみせた後、再びデレ神と対峙した。

「んじゃ、デレノートにあたしの名前を書けばいいのね?」

595: 2011/05/13(金) 00:55:52.59

傍から見れば、単に桐乃の自業自得、因果応報かもしれない。
そして、道理に従えば、これまでの悪戯の“責任”を取らせるべきなのかもしれない。
だけど――だけどさ、
だからといって、桐乃を誰かにデレさせるだと?
そんなの、兄貴として到底認められるわけがねぇだろうよ。

「……桐乃、バカな真似はよせ」

俺が発したその言葉に、バッグの中のペンを探していた桐乃が顔を上げる。

「はぁ~?今更なに言ってんのよ」
「あのな、デレるってことは……つまり、お前がデレデレになっちまうってことだぞ?
 他の誰でもなく、お前がだ。 そんなのダメだろ?」

まさに“何を今更”な当然のことをまくし立てている俺を、桐乃はぽかんと見つめている。
クソっ、俺は何を言ってんだよ……
頭の整理ができていないので、自分でも何を言いたいのか分からねぇ。
――分からねぇけど、いまは桐乃を思い留まらせないといけない。 誰かにデレてる桐乃なんて我慢できるかよ!
そんな俺の中の秘められたシスコン魂が、俺を喋らせていた。

「お前がデレちまうなんて……そんなの、お前がお前じゃなくなっちまうじゃねえか」

596: 2011/05/13(金) 00:59:56.88

「でもあたしがデレないと、終わりにできないじゃん!」

そんなことは承知の上だ。
だけど、俺はお前のように、潔くこの状況を受け入れることなんてできやしない。

「そんな結末あり得ないだろ! お前がデレる? なんでそんなことになっちまうんだ」
「あ、あたしだって望んでデレるわけじゃないって!でもしょうがないでしょ!」
「ふざけんなよ!まだ中学生のお前が、なんでそこまで背負う必要があるんだよ」
「だって、あたしが責任とってデレないと、デレノートでデレさせられた大勢の人達が元に戻れない。
 ……それでいいワケがないじゃない」

俺は一瞬ひるんだ。
確かに桐乃の言う通りだ。その通りなんだけど……でも――

「そんなの……お前が変わっちまうぐらいなら、そいつらなんか――」

そう言いかけたところで、「兄貴!」と桐乃が妨げた。

「あたしを想ってくれるのは嬉しいけど、その先を言っちゃったら兄貴はサイテーだよ」

その言葉は俺の胸を突いた。
俺は何も言い返せず、舌を打ち、ソファーにどさっと腰掛ける。
自分の無力さが恨めしい――俺は心底そう思い、大きく息を吐いた。

597: 2011/05/13(金) 01:03:31.15

そんなやり取りを黙って聞いていたデレ神が口を開いた。

『――どうやら決まりのようだな』

桐乃は無言でこくりと頷く。

『言っておくが、自分を自分にデレさせることはできないぞ。
 自分の名前を書くのなら、デレる対象を指定しなければならない。もしくはデレ対象の人物に書かせるか、だ』
「わ、分かってるってば!」

桐乃はデレノートをパラパラとめくり、まっ白なページを開く。
そして一度大きく深呼吸をすると、そのノートとペンを差し出した。
――俺の目の前に。

「さすがに自分で書くのは抵抗があるからさ……アンタがあたしの名前書いてよ」

は??
俺が、お前の名前を、デレノートに書く?
それってつまり……

598: 2011/05/13(金) 01:06:34.51

俺が尋ねるよりも先に、桐乃は慌て気味の弁明を始めた。

「しょ、しょうがないでしょ! 事情知らない人にいきなりデレるわけにいかないし――」

桐乃はチラッと横目で黒猫に視線を送る。

「この黒いのにデレたっていいんだけど、こいつひ弱だからさ。
 デレたあたしが力尽くで何かしちゃいそうになったときに、抵抗できなさそうだし」
「なっ!? あなた……お、恐ろしいことを言わないで頂戴……」

何かしちゃうって……なにをだよ……
黒猫は額に縦線を浮かべて思いっきり引いている。
そんな黒猫のことは気にすることもなく、桐乃は俺を指差して話を続けた。

「――そんなわけで、あたしのデレ対象候補はあんたぐらいしか居ないのよ!
 一応……あんたならちゃんと、兄妹の節度を守ってくれるかなって……、信じてるし……」

待て待て待て!
節度って!お前はどういう状況を想定してんの!?

「よその男にデレて、世間で変なウワサたっちゃうよりは、
 不本意だけど……ブラコン娘だと思われる方が少しはマシだし……すっごく不本意だけど!」

そこで依然引き気味の黒猫がぼそっと呟く。

「私に言わせれば、本質は今とあまり変わらない気がするのだけど……」

桐乃がジロッと睨むと、黒猫はわざとらしく口を押さえて顔をそむけた。

599: 2011/05/13(金) 01:09:41.59

「というわけだから、はいっ」

桐乃は俺にペンを押し付け、俺はやむなくそれを受け取る。
な、なんてこった……
俺が、自分の手で妹をデレさせるのかよ……しかも俺に。

「なぁ、桐乃…… ノートも返ってきたんだし、急いで結論出すこともないんじゃないか?
 もう一度じっくり考えてから決めても……」

そんな諦めの悪い俺の提案を、桐乃は一蹴する。

「くどい!……っていうかアンタさ、そんなにあたしにデレられるのが嫌なの!?」
「い、いや、そういうわけじゃねえけどよ……」

腕組みをして、さっさと書けと言わんばかりに俺を見下ろしている桐乃の迫力に圧され、
俺は仕方なくペンを握り、ノートの白いページの左上に構える。
なんで俺が追い込まれる立場になってるんだよ……
そんなボヤキを呟きつつ、皆が注目する中、俺はゆっくりと桐乃のフルネームを書き始めた。

600: 2011/05/13(金) 01:11:18.87

俺は一画ずつ、普段よりもずっと丁寧に文字を書く――

いつでも中断できるようにという、そんな考えで時間を稼いでいたのだけど、
結局、桐乃からストップの声が掛かることはなかった。

そして最後の一字、「乃」の字を書き終えてしまう最後のハネに差し掛かり、
そこで顔を上げると、俺のペン先を見つめていた桐乃と視線が合った。


「デレたあたしのことも、よろしくね――兄貴」


そう言い残し、桐乃は俺に

デレた。

624: 2011/05/16(月) 20:33:07.70

あれから数日が経ち――

今日も、なんら変哲も無い、いつもの朝を迎えた。
いつものように、部屋に鳴り響く目覚まし時計。そのけたたましいベルの金属音に、俺の眠りは妨げられる。
しばらくすると、ガチャっと部屋のドアが開く音が聞こえ、目覚まし時計のベルが鳴り止んだ。

「お兄ちゃ~ん?――いつまで寝てるの? もう朝だよ」

まるで世話女房のように振る舞う桐乃がカーテンを開くと、薄暗かった部屋に眩しい朝の光が差し込んできた。

「早く起きないと、朝ごはん冷めちゃうでしょ。せっかく作ったのに~」

そう言って俺の身体を揺さぶる桐乃に、俺は背中を向けて狸寝入りを決め込み、
ささやかな抵抗を試みるが、

「ふ~ん、起きないなら……」

そんな声が聞こえ、ゴソゴソとベッドシーツをまさぐられている感じがしたかと思えば――

「抱きつき攻撃ぃぃぃ~!」

ぬおおおおお!!
寝ている後ろから抱き締められ、背中に感じた柔らかく温かな感触に、俺は今度こそ完全に目を覚ました。
そして慌てて上体を起こし、桐乃を引き離す。

「お、お前! ベッドに潜り込むのはよせって言ったろう!」
「えへへ~、おはよっ、お兄ちゃん」

あの日以来、俺の妹はずっとこんな調子だ。

625: 2011/05/16(月) 20:34:50.74

以前の桐乃からは到底想像できない、妹萌えのキャラを地で行くようなこの変わりよう。
四六時中ツンツンして、俺を「クソ兄貴」呼ばわりしてたこいつが、今では「お兄ちゃ~ん」だぜ?
俺にはどうしてもこの甘ったるい呼称が受け入れられず、呼ばれる度にムズ痒さと気恥ずかしさの
ハイブリッドな感覚に襲われてしまう……

ガシガシと頭を掻く俺に、ベッドから降りた桐乃は手を差し出して言った。

「ほら、服も脱いで。洗濯するから」

俺は黙ってシャツを脱ぎ、桐乃に手渡す。
朝からこうやって兄貴に甲斐甲斐しく世話を焼く妹だなんて、まさに兄妹の理想像だろう。
赤城のようなエリート級のシスコン兄貴だったら、喜んでこの状況に順応するんだろうけど、
俺の場合、どうしても以前とのギャップがさ……俺を素直にさせてくれないんだ。

「じゃ、先に下に降りてるからね」

そう言ってそそくさと部屋を出る桐乃を、俺は「ちょっと待て」と呼び止める。

「なあに、お兄ちゃん?」
「……念のため言っとくけど、シャツの匂いは嗅ぐなよ」
「ぎくっ!」

ぎくっ、じゃねえっての。
なぁ、こういうのもデレの内なのか……?

626: 2011/05/16(月) 20:38:54.11

「――きょうちゃん、最近、桐乃ちゃんと仲良しになったんだってね」

いつものように麻奈実と並んで登校していると、この幼馴染はふいにそんなことを言ってきた。

「な、なぜお前がそんなこと知ってんだ!?」

別に隠していたわけではないけど、デレノートの件を知らない麻奈実には、どうにも事情を説明しづらい。
そんなわけで、わざわざ我が家の兄妹仲の変化を報告するようなことはしなかったのだが、
どこかから漏れ伝わってしまったようだ。

「ふふふっ、わたしは意外と情報通なんだよ」
「なんだそりゃ……。 一応言っとくけどよ、前が仲悪すぎたから、せいぜい普通レベルになった程度だぜ」

勘違いしてもらっては困るが、俺が、今朝のようなやり取りを“普通レベル”の兄妹仲だと
歪んだ認識をしてるわけではない。
俺の中のフィルター機能が働いて、ちょっと控えめに……いや、相当控えめに表現したんだ。
……妹が俺にデレですウヘヘ、なんて言えるかっての。

「まぁ、兄妹仲が良いのはいいことだよね~」

俺の微妙な反応を察したのか、麻奈実はこの件を深く追求してくることはなかった。
そういや、麻奈実はあやせと仲良かったんだよな。 おそらくネタの出どころはその辺りだろう。
っていうかさ、桐乃が俺にデレてることをあやせが気付いているとしたら……色んな意味で俺やばくね?
近親相姦上等の兄貴への憎しみで悪鬼と化すあやせを想像し、俺は思わず身震いした。

627: 2011/05/16(月) 20:41:04.90

学校に到着し、麻奈実と教室に入ると、なんの変哲もない普段のクラス風景が目に入ってきた。
かつてこの学校を恐怖に陥れた、ホ〇カップル達による睦み合いの地獄絵図は、
あの日を境に綺麗サッパリ消え失せていた。


あの秋葉原での出来事の後――

俺がデレノートに名前を書いたことで、桐乃はノートの所有権を失った。
そして、ノートを回収したデレ神リュークは、あっけなく人間界を去り、デレ神の言葉通り、
デレの呪いに掛かっていた奴等は、みんな一斉にデレ状態から元に戻ったようだ。

かつて桐乃が根城にしていた例の掲示板も、“一斉デレ解除”を契機に、多くの書き込みで賑わっていた。
と言っても、ほとんどの書き込みが、デレ解除に対するクレームだったり、キラッに対して説明を求めるもの
だったりするんだけど……ホント勝手な奴等だよ。
それでも、キラッはもう現れることはないのだし、時間が経てば皆忘れていくだろう。

ちなみに、俺の学校でも、影響がまったく無かったわけではない。
当人たちはデレてた時の行動を憶えてないからまだ良かったんだけど、周りの人間は衝撃のホ〇化事件を
バッチリ覚えているわけで、そういう訳で、ホ〇の呪縛から解き放たれた者たちへの微妙な空気は残ってしまった。
まぁ、この件の後ろめたさは赤城兄妹に背負ってもらおう。

とにかく、やっと平穏な日々がようやく戻ってきたんだ。

628: 2011/05/16(月) 20:46:06.57

その日の放課後、俺は久しぶりに部活に顔を出し、帰りは黒猫と一緒に下校した。

「――妹さんは相変わらず?」

俺と並んで歩きながら、黒猫は微かな笑みを浮かべながら、そう尋ねてきた。
いつも無愛想なこいつが微笑むときは、大抵が俺をからかう予兆なのだ。

「まぁ、相変わらずデレてるよ。こればっかりはしょうがねぇからな」
「そう言いながら、満更でもないと思っているのでしょう? シスコンとブラコンで相思相愛じゃない」

ぐっ…… 何を言ってやがる……
黒猫は手を口に当て、くすくすと笑っている。ほらな、やっぱり予兆通りだろ?
俺は気を取り直して反論する。

「お前はそう言うけどな……、一応桐乃は自分の行いの代償としてああなったんだからな。
 あんな事をしてた奴だけど、ケジメのつけ方については、俺は褒めてやりたいと思ってんだよ」

黒猫の軽口に対し、俺が割とシリアスな調子で返したので、黒猫はちょっとバツが悪そうにそっぽを向いた。
その後、コホンとひとつ咳払いをすると、黒猫はいつもの無表情に戻って言った。

「……これは先輩に話そうか話すまいか迷ったんだけど、やっぱり伝えておくわ」

あん?いきなり何の話だ?

「私は……その件については、少し異なる考えを持ってるの」
「異なる考え?」

道端で立ち止まった黒猫に合わせて、俺も一緒に立ち止まる。

629: 2011/05/16(月) 20:51:39.75

「そう、あのデレノートのルールについて、どうしても腑に落ちない事があるのよ。
 ――それは、所有者がノートに名前を書かれると所有権を失い、ノートの効果もすべて無効になる、という点」
「腑に落ちないって言っても、元々常識外れのノートなんだから、どのルールだってそうじゃねえか?
 逆に“腑に落ちる”ルールなんて無いだろ」
「そうでもないのよ。あの表紙裏に書かれていたルールは、どれも突飛なものではあったけど、
 それぞれが矛盾しないようになっていたわ。でも――」

そこで黒猫は顔を上げ、俺の目をまっすぐ見つめた。俺は思わず視線を逸らす。
端正な顔立ちのこいつに正面からまじまじと見つめられると、どうも照れてしまう。

「――でも、デレノートを手放す条件がデレることで、手放したらすべてのデレ効果がリセット。
 これって矛盾しているでしょう?」

そう説明されても、どうにも得心がいかない俺の反応を見て、黒猫はさらに丁寧な説明を始めた。

「つまり、あなたの妹はデレノートに名前を書かれて、その結果ノートの所有権を失ったわよね」
「ああ、そうだな」
「でもノートの所有者が居なくなると、それまでにそのノートに書かれたデレはすべてリセットされる。
 その時リセットされる対象に、デレたばかりの元所有者は含まれるのかしら?含まれないのかしら?」

あっ、と思わず声を出し、俺はようやく気づいた。

「普通に考えれば、あの女もノートによってデレた一人なのだから、リセットされるでしょうね。
 だけど、あの時のデレ神とのやり取りを見た限りでは、リセット対象外のような雰囲気だったわ」
「……デレ神がそういう反応を示してたなら、そういうものなんじゃねぇのか……?」
「そうかもしれないわね。でも、数あるルールの中で、曖昧になっていたのはその部分だけだった。
 だからわたしは腑に落ちないのよ」

630: 2011/05/16(月) 20:56:01.78

「もし私の考えが正しいのだとすると、『デレによってノートの所有権を失う』というのは
 意味のない“氏にルール”になってしまうけど、おそらくそれは複数のデレノートが存在する状況下で
 はじめて意味を成すものなのではないかと思うの」
「他のノートの所有者の名前を書いて、所有権を失わせるってことか……」

改めて指摘されると、確かに黒猫の言うようにルールが矛盾しているし、
そう言われてみると俺も、あの時、何かすっきりしないものを感じていた。
感じていたのだけど、あの場の雰囲気で、なんとなく“そういうものだ”と納得してしまっていた……
例えばさ、漫画や小説でこういう些細な設定ミスっぽいものに気づいても、物語として都合のいい方に
解釈してやるっていうか……そこはお約束としてスルーするじゃねえか?そんな感じだよ。
俺には、ドラゴンボールの神龍に「願い事の回数を増やしてくれ」と願い事するような無粋さは
持ち合わせていないのだ。

自論を説き終わり、再び歩き始めた黒猫に、今度は俺から問い掛けた。

「でもよ……実際のところ、桐乃は今でもデレてるんだぜ? お前の言う通り無意味な“氏にルール”だったしたら、
 名前を書かれた所有者は、デレた直後にすぐデレ解除されているはずだろう?」
「もちろん、もしかすると本当に『デレノート所有者は解除の対象外』なんて例外ルールがあるのかもしれない。
 それはあのデレ神にしか分からないことよ。だけど――」

黒猫は視線をこちらに向けないまま、ぼそっと小声で言った。


「――デレノートの呪いがなくても、デレることは可能でしょ」

631: 2011/05/16(月) 20:58:59.27

「それは……つまり…… 桐乃がデレを装っているかもしれないと言いたいのか?」

俺の言葉に黒猫は答えず、すました顔で正面を向いて歩いている。

「意味わかんねーし…… 第一そんなことをする理由が無いだろ?」

黒猫はピタリと立ち止まる。
気づくとそこは、俺の黒猫の帰宅路の分かれ道だった。

「たとえば、無意味な“氏にルール”のことを知ったあの女が、この機会に乗じるために、
 デレ神と一芝居打ったのかもしれないわね。
 ――鈍感な先輩には理解できないことでしょうけど」

機会に乗じる……?

「まぁ、先輩に任せるわ。追求するもしないも自由よ。 それじゃ、また明日」

そう言い残し、黒猫はさっさと去っていった。
丁字路に残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
何なんだよあいつは。意味深な言い方しやがって……

632: 2011/05/16(月) 21:05:18.15

ただ、実は俺にもちょっと気になっていたことがある。

デレの呪いに掛かった桐乃は、今朝のようにブラコン丸出しのお兄ちゃんっ娘に変貌を遂げ、
猫なで声の「お兄ちゃ~ん」呼びや、俺への過度の世話焼き、すぐにくっついて甘えてくるところなんか、
一見デレデレのようだけど、俺がこれまで見聞きしてきたデレノートによる“デレ状態”に比べると
なんか違うっていうか、まるでアニメに出てくる仲良し兄妹のテンプレートに沿って行動してるような、
そんな感じを受けるんだよな。
ブリジットの話だと、デレてたときの加奈子は、デレの副作用で無気力になってることが
しばしばあったというけど、桐乃の場合はそんなことも無いようだし……
それに、当初のあいつは、デレてくる動作が妙にぎこちなかったんだ……すぐ顔真っ赤にしてたし。

もしかして、本当に黒猫の言うように――

そんなことを考えながら家に着き、俺は玄関の扉を開く。
すると間髪入れずリビングの扉が開き、駆け寄ってきた桐乃が俺に飛び掛るようにして抱きついてきた。

「おっかえり~!お兄ちゃん!」
「お、お前……いちいちくっつくなよ!」
「ええ~っ、 せっかくカワイイ妹が出迎えてあげてんのに~」

抱きついたまま、俺の胸元で一瞬むくれた後にすぐ笑顔を見せる桐乃。
俺は、そんな桐乃の頭を撫でてやりながら思う。


まぁ、いいじゃねえか――
桐乃のこのデレが、デレノートの力だろうと自発的なものだろうと


俺の妹が可愛いことに違いはねえんだからさ。





おわり

635: 2011/05/16(月) 21:07:14.00
以上で終わりです。

1月あたりの金曜ロードショーでデスノートやってて、そのダジャレで始まったSSでしたが、
まさか5月まで掛かるとは……
書くのが遅いのは自覚してたけどw

感想などいただけるとうれしいです。
読んでいただきありがとうございました。

636: 2011/05/16(月) 21:08:19.76
完結乙!
超面白かった!

だが最後のデレシーンはもうちょっと多めに書いてほしかった

644: 2011/05/16(月) 22:46:39.14

面白かったぜ

引用元: 桐乃「デレノート……?」