2: 2012/06/18(月) 02:35:28.20





 ねえ真美。

 亜美と真美は生まれた時からずっと一緒だったよね。

 朝起きるのも一緒。歯を磨いて顔洗って、おそろいの服に着替えて同じご飯食べて。

 同じ学校行って、流石にクラスは違うけど同じ勉強して、同じお弁当食べて。同じ時間に一緒に下校して。

 ふたりで勉強したりゲームしたりして遊んで、一緒に晩ごはん食べて、一緒にお風呂に入って。

 そんで眠くなるまでおしゃべりして、だいたい同時に眠る。そうやってふたりで大きくなってきたよね。
 
 ケンカもいっぱいしたけれど、われながらびっくりするくらいの仲良し姉妹だったよ。



3: 2012/06/18(月) 02:36:25.58


 小学校の終わりに亜美がアイドルになりたい!ってパパとママに言ったら真美もなる!って言ってくれて、
ふたりで765プロのアイドルになったね。亜美が竜宮小町に入ると別々に行動する事が多くなったけど、
それでも所属事務所も帰る家も同じだし、ふたりのつながりは変わらなかった。亜美は真美と、このままずっと
一緒にアイドルをやってくと思ってたよ。

 そりゃいつかはアイドルも引退して、カレシでも出来て結婚したらふたり一緒にいられないよね。でもそんな
話はもっと先だと思ってた。亜美も真美もまだ中一だし、高校卒業するくらいまでは仲良しアイドルだって、
何となく考えてた。真美だってそうでしょ?真美の考えてる事だったら、亜美は何でもわかるよ。
亜美と真美は一心同体だもんね。


4: 2012/06/18(月) 02:37:11.69


 ………だからまだ信じられないんだ。いきなり真美と離れ離れになっちゃった事が。いくら仲良しでも一緒に
氏ぬ事はないと思ってたけど、まさかこんなに早くに亜美が氏んじゃうなんてね。

「ぐす……、えぐっ、………亜美ぃ……亜美ぃ………」

「(もう真美、氏んじゃったもんはしょうがないじゃん!だからいい加減泣きやんでよ。真美がいつまでも
そんなんだったら、亜美も安心して成仏できないじゃん!)」

 部屋のカーテンも開けずに、この一週間ほぼゴハンも食べないで引きこもってる真美に向かって怒る。でも
亜美はユーレイだし、真美に亜美の声は聞こえないみたい。



5: 2012/06/18(月) 02:40:09.87


「(はぁ~、パパとママも大丈夫かなあ。せめて真美がもうちょっと元気だったらマシだと思うんだけど)」

 スケスケの自分の手を見て、亜美はためいきをついた。パパもママも明るい人だったから、双海家はいつも
笑い声のにぎやかな家庭だった。だから家の中がこんなに静かなのは生まれて初めてだよ。パパもママも何とか
元気にふるまってるけどやっぱり悲しそう。ごめんね親不孝な娘で。

「(真美、とにかくゴハンはしっかり食べてね。真美まで氏んじゃったら、双海家は滅亡しちゃうんだからね)」

 ぐずぐず泣いてる真美に向かって注意だけして家を出た。ユーレイって何かさわったり出来ないけど、カベ
抜けとか出来るんだよ。1日で飽きちゃったけど。家を出て、何となく駅の方へ歩いていく。生きてた頃は、
真美と一緒に歩いたっけ。


6: 2012/06/18(月) 02:41:12.88


「(……事務所、行ってみようかな)」

 正直気まずいんだけど、久しぶりに皆の顔が見たくなった。ユーレイになっちゃってからは、事務所には一度
も顔を出していない。ニュースで見たけど、765プロは活動休止してるみたい。みんなにも迷惑かけちゃったな。
りっちゃんやいおりん、怒ってるかな。

「(それからあずさお姉ちゃん……。ごめんね、やっぱり亜美、あずさお姉ちゃんを助ける事が出来なかったの
 かなあ……)」

 駅前の交差点にある巨大モニターのニュースを見る。そこでは

『三浦あずさ意識不明の重体。一週間経った今も目を覚まさず。トラックに撥ねられた事によるショックか?』

 っていうニュースが流れていた。でもやっぱり変だ。亜美達はあの時、確かにトラックに当たらなかった
はずだ。トラックにぶつかる前にあずさお姉ちゃんにタックルして、道路の向こう側につきとばしたはずだもん。
着地点は草がふさふさ生えてたから大丈夫だと思ったんだけど、打ち所が悪かったのかなあ。



7: 2012/06/18(月) 02:41:43.52


「(それから……)」

 亜美はそのままニュースを見る。あずさお姉ちゃんのニュースが終わり、次のニュースが流れた。

『双海亜美失踪。現代の神隠しか?依然、事務所も家族も連絡取れず………』

 モニターでは亜美のニュースが流れていた。

「(亜美、氏んじゃったんだよね……?今の亜美は、魂だけのユーレイなんだよね……?)」

 スケスケの自分のカラダをもう一度確認する。確かあずさお姉ちゃんにタックルしたところまでは憶えてるん
だけど、そこから先の記憶がない。気がついたらユーレイになってたんだもん。


8: 2012/06/18(月) 02:42:12.32


「(でもだったら、亜美のカラダはどこに行ったんだろう?亜美もトラックをよけたんだけどな……)」

 一週間前の記憶を何とか思い出そうとしたけど、やっぱりわからなかった。いつの間にかユーレイになってた
んだもん。ワケわかんないよ。ニュースによると、亜美のカラダはまだ発見されてないらしい。だから行方不明
あつかいなんだって。ホントにどゆこと?

「(……ま、いっか。とりあえず行こっと)」

 改札を通り抜けて、電車に乗る。ユーレイに法律は通用しないのさ!ひとりで言って、何だか悲しくなって
きた。亜美このままずっと、ユーレイとして生きていかなくちゃいけないのかな……。いや、ユーレイとして
生きるって言葉はおかしいか。


9: 2012/06/18(月) 02:44:35.68


「(どーしてこうなっちゃったんだろ……)」

 クセになっちゃった溜息をついて、亜美は一週間前の竜宮小町の解散ライブの日を思い出していた―――――


10: 2012/06/18(月) 02:46:38.99


第一部 いんびじぶるガール!


「みんなー、今日はありがとーっ!!これからも私達と765プロの応援よろしくねーっ!!」

 ここはとあるコンサートホール。今日は竜宮小町の解散ライブだ。竜宮小町は人気ゼッコーチョーだけど、
今後のアイドル活動のために解散することになっちゃった。もともと1年だけの期間限定のユニットだったから、
亜美もいおりんもあずさお姉ちゃんも納得してる。亜美もいつまでも竜宮小町に頼ってちゃダメだよね。
真美もソロで頑張ってるみたいだし、亜美も負けないようにしなくちゃっ!!



11: 2012/06/18(月) 02:47:30.05


「お疲れみんな。最高だったわよ。さすが私のプロデュースしたユニットって感じね!!」

 ライブを終えて舞台裏にひっこむと、りっちゃんがタオルを持って出迎えてくれた。

「何言ってんのよ、頑張ったのは私達でしょうが。このスーパーアイドル伊織ちゃんの活躍があったからこそ
 竜宮小町の成功があったのよ。にひひ♪」

 いおりんが胸を張ってヘンジをする。あずさお姉ちゃんはそのうしろで笑っていた。



12: 2012/06/18(月) 02:48:14.91


「まあ、律子にもちょっとくらいは感謝してやってもいいけどね。あんたが竜宮小町を作ってくれたおかげで
 私達もトップアイドルになれたわけだし。亜美とあずさと一緒に活動するのも楽しかったしね……」

「いおりん……」

「伊織ちゃん……」

 ちょっと顔を赤くしてボソボソとしゃべるいおりん。あれ、いおりんちょっと泣いてる?よく見るとあずさ
お姉ちゃんも目が赤いような……


13: 2012/06/18(月) 02:49:20.02


「も、もう何言ってるのよ!!これからが大変なんだからねっ!!さあ、打ち上げ行くわよ!!」

 りっちゃんも泣きそうなのをごまかしながら、先に楽屋へ戻って行った。あれれ~?何でみんな泣いてるの?
これからガンバろー!!って時なのに。そりゃあ亜美だって竜宮が解散するのはちょっとは悲しいケドさ。
う~ん、亜美はまだまだコドモなのかなあ……



14: 2012/06/18(月) 02:49:56.47


***


「「「「かんぱ~いっ!!」」」」

 竜宮の3人とりっちゃんと、それからライブを支えてくれたスタッフのみんなと打ち上げをする。ここは
ちょっとゴーカな居酒屋で、亜美達は大広間でお料理を食べている。事務所のみんなとはまた今度やる予定だ。
んっふっふ~、悪いね真美。これも竜宮のトッケンなのだ!!


15: 2012/06/18(月) 02:50:36.87


「いや~、ホント上手く行って良かったわよ。最初はどうなるかと思ったけど、ここまで人気が出るとは
 思わなかったわ」

「あんたさっきまで自信満々だったじゃないの。この伊織ちゃんがいるグループが失敗するわけないじゃない」

「アンタが一番心配だったのよ……。ワガママばっかり言ってスタッフやトレーナーの先生困らせるし、
 プロデュースする私の身にもなって欲しかったわよ」

「う……、それを言うならあずさだってしょっちゅう迷子になってたし、亜美も好き放題やってたじゃないのっ!!
 私だけじゃないわよっ!!」

「はいはいそこまで。今日はおめでたい日なんですから仲良くしましょうね~」

 あずさお姉ちゃんがりっちゃんといおりんのケンカの仲裁に入る。いつものパターンだね。


16: 2012/06/18(月) 02:51:11.88


「ところでみんな、契約更新の書類さっさと出してちょうだいね。締め切り間際になって出されても面倒くさい
 んだから。特に亜美。あんたはいっつも最後なんだからちゃんとしてよね」

「うう~……あれ書くのメンドイんだよね~……。真美のやつと一緒ってわけにはいかない?りっちゃん」

「ダメに決まってるでしょうが。アンタもこれからはソロ活動するんだから、うかうかしてると真美に置いて
 かれちゃうわよ」

 りっちゃんの話では竜宮が解散して、雇用形態?がまたちょっと変わるみたい。ちょっと前に契約更新の書類
を出したばかりなのに、また書かなくちゃいけないのぉ………


17: 2012/06/18(月) 02:51:54.85


「さっさと出しちゃいなさいよ。これからはこういうちまちました仕事も自分でやっていかなくちゃいけない
 のよ。放っておくとどんどん溜まって、レッスンどころじゃなくなっちゃうわよ」

 いおりんが横からアドバイスをくれる。そうだよね。いおりんもりっちゃんもあずさお姉ちゃんも事務所には
いるけど、もう一緒に活動はしないんだよね。亜美もガンバらないとっ!!

「そういえばあずささんもまだ出してませんでしたね。いつもすぐに提出してくれるあずささんが珍しい。何か
 書類に不備でもありましたか?」

 りっちゃんが不思議そうにあずさお姉ちゃんに質問する。するとあずさお姉ちゃんはちょっと悲しそうな顔を
してから、ぽつぽつとつぶやいた。


18: 2012/06/18(月) 02:52:29.18


「あの……律子さん、竜宮小町をもう少し続ける事ができないでしょうか………?」

「え……?それはどういう事ですか………?」

「はぁ?今更何を言ってんのよアンタ?」

 りっちゃんといおりんがびっくりしている。亜美もびっくりしちゃった。確かに竜宮小町がなくなっちゃう
のはちょっと残念だけど、それはそれで仕方ないと思ってたもん。それにもう解散ライブまでやっちゃったし。


19: 2012/06/18(月) 02:53:19.84


「竜宮小町のおかげでせっかくトップアイドルになれたのに、解散してしまうとこれからどうしたらいいのか
 わからなくて……。それにまだまだ人気もあるし、もったいないというか………」

「気持ちは分からなくもありませんが、竜宮小町は最初から1年間限定のユニットだったじゃないですか。
 それに確かに人気絶頂の今解散するのは惜しいですけど、あまりだらだら続けていても今後の活動に支障が
 出ますよ。いつか全体ライブで一夜限りの再結成をしてもいいかもしれませんが、今の所予定はありません」

「そうよあずさ。私達は竜宮でやりたいことは全部やったじゃない。これ以上は晩節を汚すだけよ。それより
 新たな自分の可能性を探して活動した方がよっぽど有意義よ」

 りっちゃんといおりんが真剣なカオであずさお姉ちゃんを説得する。亜美はどうすればいいんだろう。



20: 2012/06/18(月) 02:53:57.57


「でも……、でも伊織ちゃんや亜美ちゃんはそれでいいかもしれないけど、私はもう………っ!!」

 あずさお姉ちゃんは下を向いたまま、悲痛な声で叫んだ。亜美にもあずさお姉ちゃんの言いたい事は何となく
わかる。あずさお姉ちゃんは21歳。もうすぐ22歳だ。アイドルを続けるかどうかはビミョーな年齢だ。あずさ
お姉ちゃんは歌も上手だし、千早お姉ちゃんみたいにソロの歌手に転向したり、お姫ちんやはるるんみたいに
女優や役者の道に進んだりしてもいいと思うんだケド……



21: 2012/06/18(月) 02:54:43.45


「あずささん。その事については昔私言いましたよね?アイドルを続けるかどうかで2人で悩んでいた時、私は
 プロデューサーの道を選びましたが、あなたは歌手や女優になってでもアイドルを続けたいって言ってたじゃ
 ないですか。そしてあなたは言葉通り1人でも頑張ってました。だから私はあなたを竜宮のメンバーに入れた
 んですよ。あの時の決意はどうしたのですか?」

「それは………」

 りっちゃんの言葉にあずさお姉ちゃんは戸惑う。すると横からいおりんが口をはさんだ。


22: 2012/06/18(月) 02:56:22.17


「あずさ。竜宮のリーダーとして言わせてもらうけど、もう次の段階へ進んでもいいんじゃないの?あんたの
 アイドルにかける熱意は十分理解しているわ。最初はあんただけ大人っぽくて違和感があったけど、あんたは
 それを感じさせないくらいよくやってくれた。私も亜美もずいぶん助けてもらったしね。でもこれからは
 自分の為に道を歩むべきよ。あんただったらひとりでも、女優でも歌手でも何でも出来るわよ」

「伊織ちゃん……」

 確かに亜美も最初は何だかおかしいと思った。ミキミキや真美ならまだ分かるけど、何で一番お姉さんの
あずさお姉ちゃんが選ばれたんだろうって。竜宮を結成した最初の頃は「ババア」とかひどい意見もあったけど、
それでもあずさお姉ちゃんはくじけることなく頑張っていた。亜美だったらきっとアイドル辞めちゃうと思う。


23: 2012/06/18(月) 02:56:57.53


「それとも何?あんたもしかして765プロ辞めるつもりなの?」

「え?どういう事よ伊織?なんでいきなりそんな事……」

 突然のいおりんの言葉にりっちゃんが驚く。あずさお姉ちゃんの顔色が変わった。何だかイヤな予感が
するよ……。どうしてさっきまで楽しい雰囲気だったのにこんな事になっちゃったの……?



24: 2012/06/18(月) 02:57:48.81


「私知ってるのよ。あんた961プロから勧誘されてるわよね。解散ライブが終わったらウチに来いって、
 765プロ以上のアイドルにしてやるって黒井社長とTV局で話しているの、私聞いちゃったんだから。
 あの時はあんた断ってたけど、ウチでアイドルが出来ないなら961プロに移籍しようって考えてない?」

「そ、そんなつもりは………」

 慌てて否定するあずさお姉ちゃん。あずさお姉ちゃんがいなくなっちゃうなんて、亜美そんなのヤだよっ!!


25: 2012/06/18(月) 02:58:27.35


「私はそれもいいと思うわよ。あんたの人生はあんただけのものなんだから。それにあんたも二十歳越えた
 大人なんだから、いい加減自分の事くらい自分で決めなさいよ。そうよね律子?」

 いおりんはりっちゃんに話をふった。何だかいおりんご機嫌ナナメ?


26: 2012/06/18(月) 02:59:07.01


「……あずささんが居なくなるのは残念ですけど、それがあずささんの意志ならなら私は止められません。
 765プロでは今後、あなたを千早のようなソロの歌手として売り出して行こうと考えています。他にも女優
 としてあなたを使いたいという映画監督さんからのオファーもあります。もちろんあずささんの意志を出来る
 限り尊重しますけど、竜宮のようなアイドル歌手という選択はほぼないと思ってください」

「そんな………」

 申し訳なさそうな顔で言うりっちゃんの言葉に、あずさお姉ちゃんはこの世のおしまいみたいな顔をしてた。
亜美はよくわかんないケド、なんだかあずさお姉ちゃんがカワイソーだよっ!!


27: 2012/06/18(月) 02:59:54.73


「あんたもプロなんだから割り切りなさいよあずさ。アイドルだっていつまでも出来るわけじゃないのよ。世間
 のニーズに合わせて売り出し方を考えるのは事務所だったら当然でしょ。それに私達は基本的には個人営業よ。
 事務所と意見が合わなかったら移籍というのもありだと思うわ。961プロはしょうもない嫌がらせばっかり
 してくるけど、ジュピターとか見てるとレッスン環境は悪くないと思うわよ」

 いおりんが淡々と答える。いおりんだってホントはあずさお姉ちゃんに765プロを辞めてほしくないはずだ。
いおりんも亜美や事務所のみんなと同じであずさお姉ちゃんのことが大好きなはずだもんっ!!


28: 2012/06/18(月) 03:00:40.15


「……すみません。少し考えさせてください」

 あずさお姉ちゃんはそれだけ言うと、荷物を持ってふらふら~っと店を出て行っちゃった。あずさお姉ちゃん
を追いかけないと!!

「放っておきなさい亜美。あずさももう大人なんだから、自分の事くらい自分で出来るわよ」

「でもでもあんなあずさお姉ちゃん放っておけないよっ!!いおりんも何であんなひどいこと言ったのさっ!?」

 亜美はいおりんに怒った。ツンデレにしてもツンツンしすぎだよっ!!


29: 2012/06/18(月) 03:01:38.55


「うっさいわねえ。私だってあずさに辞めて欲しくないわよ。でもあずさのレベルだったら、いつまでも
 アイドルやらせとくのは勿体ないのよ。ダンスはいまいちだけど歌は上手だし美人だし、何より努力家じゃ
 ないの。あずさは選り好みしなかったらいくらでも仕事があるのよ。その可能性を自分で潰すのは同じ
 仲間として我慢できないわ」

「まあ伊織の言いたい事も分かるけど、あの人はずっとトップアイドルになりたくて頑張ってたのよ。私の
 ちょっと先輩で一緒にアイドル候補生として頑張ってたんだけど、同期の子が次々に引退していく中で
 あずささんだけは最後まで夢を諦めずにレッスンを続けていたわ。竜宮小町で長年の夢が叶って燃え尽き
 ちゃったのかも。でもあずささんもそろそろ自分の将来と向き合って、今後の事を考えないといけないわ」

 りっちゃんもいおりんも冷たいよ………。あずさお姉ちゃんがいなくなっちゃうなんて、亜美そんなの
ゼッタイヤだかんねっ!!


30: 2012/06/18(月) 03:02:11.06


「亜美あずさお姉ちゃんさがしてくるっ!!」

 後ろでりっちゃんの声が聞こえた気がしたけど、そんなの知らない。あずさお姉ちゃんの方が大事だもん。
それにさっきからむなさわぎがすんだ。何だかあずさお姉ちゃんがいなくなっちゃいそうでこわいよ。どうか
何も起きませんように………


31: 2012/06/18(月) 03:02:54.67


***


「いたっ!!お~い!!あずさお姉ちゃ~んっ!!」

 店を出て少し歩いた所にあずさお姉ちゃんはいた。なんだろう、何か心ここにあらずというようなカンジで、
こっちに背中を向けてボーッと立ってる。お酒飲んでなかったと思うけどなあ。


32: 2012/06/18(月) 03:03:32.98


「聞こえてないのかなあ……?あーずーさーお姉ちゃ~んっ!!」

 亜美はもう一度大声で呼んでみた。でもあずさお姉ちゃんはこっちをふりかえらずに、そのまま道路を歩き
始めちゃった。よく見るとあずさお姉ちゃんの視線はどこか遠くを見ている。何を見ているのかなあと思って、
亜美もその視線の先を見てみる。


33: 2012/06/18(月) 03:04:45.77


――――そこには、ピカピカ光る大きな丸いわっかがふわふわ浮いていた――――


 大きさは事務所のドアくらいかな。どこでもドアみたいなカンジで、穴の向こう側は何だか虹色のセカイが
広がっている。最初はキレイだなって思ったケド、同時にめちゃくちゃ怖かった。得体の知れない恐怖って
やつかな。何だかあれに近づいたらダメな気がする。


34: 2012/06/18(月) 03:05:46.51


「……ってあれ?何だかあのわっかあずさお姉ちゃんに近づいてきてない?」

よくよく見ると、そのヘンなわっかはものすごいスピードでぐるぐる回りながら、あずさお姉ちゃんの方へ
向かってゆっくり飛んで来ていた。その反対側からはおっきなトラックが迫ってきている。どっちもヤバそうだ
けど、とりあえずトラックにぶつかったら氏んじゃうし、あずさお姉ちゃんを助けないとっ!!


35: 2012/06/18(月) 03:10:10.82


「てや――――――――っ!!!!」

 亜美はあずさお姉ちゃん目がけてタックルして、その腰のあたりに手をまわして道の反対側へ飛び込む。
トラックとヘンなわっかに挟まれそうになったけど、ぎりぎりわっかにかすってなんとかよけることができた。
ちょっとわっかにかすった瞬間、亜美のカラダが吸い込まれそうになった気がしたけど、なんとかカラダを
ねじって逃げる。やっぱりあのわっかはあぶなかったんだ。



36: 2012/06/18(月) 03:10:52.54


 亜美があずさお姉ちゃんの腰を抱えて、道路の向こう側の土手に飛び込んだすぐ後に、後ろでトラックが
急ブレーキを踏む音が聞こえた。あずさお姉ちゃんも気絶しちゃってるケド、ケガがなくて良かったよ。もう、
うっかりさんなんだから♪亜美は倒れているあずさお姉ちゃんを抱き起そうとした。

「(……あれ?)」


37: 2012/06/18(月) 03:11:57.85


 その時はじめて、亜美は自分のカラダに起きている異変に気付いた。……あずさお姉ちゃんにさわれない?
てゆーか亜美の身体がスケスケになってる?トラックのブレーキ音を聞いて人がいっぱい集まって来たけど、
みんなあずさお姉ちゃんの方ばかり行って亜美に気付かない。

「あずさ!?どうしちゃったのよあずさっ!!」

「あずささん!!しっかりしてくださいあずささんっ!!」

 亜美がボーっと見てると、打ち上げの店の中からいおりんとりっちゃんが出て来た。でもふたりともあずさ
お姉ちゃんの方にかけ寄って、亜美の方には見向きもしない。



38: 2012/06/18(月) 03:12:32.57


「(りっちゃん、いおりん!!亜美もいるよっ!!亜美があずさお姉ちゃんを助けたんだよっ!!)」

 亜美もふたりの横でいっぱい呼びかけてみたけど、ふたりとも全然気付いてくれなかった。最初はイジワル
してるのかなと思ったケド、そのうち救急車が来て、ふたりはあずさお姉ちゃんと一緒に病院へ乗って
行っちゃった。事故現場ではトラックの運ちゃんが警察に事情聴取をされている。亜美もおまわりさんの横で
説明したけど、おまわりさんにも亜美の声は聞こえてない。ていうか亜美が見えてないみたい。


39: 2012/06/18(月) 03:13:12.93


「一体どーなってんのさ………」

 大勢の人達の中で、亜美はひとりぽつんと立ち尽くしていた。トラックは確かによけたハズ。亜美もあずさ
お姉ちゃんもケガしてない。何が悪かったの?――――――



40: 2012/06/18(月) 03:14:17.90


***


 これが一週間前の話。あれから家に帰ったんだけど、パパとママは警察に亜美の捜索願いを出しに行ったり、
おまわりさんと話をしたりしていた。真美はずっと泣いてるし、亜美が呼んでも全く気付かなかった。それで
次の日の朝、テレビのニュースで事件が報道されて、亜美は自分がどうなったのか知った。


41: 2012/06/18(月) 03:15:09.88


 あの時のトラックの運ちゃんの話では、運ちゃんがあずさお姉ちゃんに気付いた時、確かに横に亜美がいた
みたい。でも道路の反対側へ飛んで行った時は亜美はいなくて、あずさお姉ちゃんひとりだったそうだ。近くで
見ていた通行人もいたけど、亜美が突然消えちゃったって言ってた。てっきり亜美はトラックにはね飛ばされて
電柱にでも引っかかってるのかと思ったけど、トラックにも亜美達がぶつかったキズやへこみが無かったみたい。

 あずさお姉ちゃんは腕にちょっと擦り傷が出来ちゃったみたいだけど、命に別状はないみたい。ただ気絶
したきり全然起きないって言ってた。脳にも異常はないみたいなのに、お医者さんも原因が分からないらしい。
とにかくそんな状態で、765プロは活動休止。事務所のみんなは警察に事情聴取に行ったり、病院へあずさ
お姉ちゃんのお見舞いに行ったりしてた。いおりんはあずさお姉ちゃんのそばでずっと泣いてた。亜美がみんな
に見えたら、真美もいおりんも元気になるのかなあ。


42: 2012/06/18(月) 03:16:14.67


 そんな事を考えていると、事務所に到着した。何となく気まずいけどビルの前まで来ると、やっぱり亜美は
この事務所が好きなんだって思った。ボロくて小さいけど、楽しい思い出がいっぱい詰まった心のオアシスだ。

「(おっは→♪)」

 誰にも聞こえないだろうけど、元気よく事務所に入る。活動休止中の事務所は静かで、ピヨちゃんがひとりで
お仕事をしていた。兄ちゃんやりっちゃんは外出中みたいだ。そのままいつもみんなでダベってた応接スペース
のソファをのぞくと、ひびきんとお姫ちんが向かい合って座ってた。


43: 2012/06/18(月) 03:16:49.66


「そうか、真美はまだ家にこもったままなのか……。あまりひとりで抱え込むのもよくないぞ」

「ええ。しかし真美と亜美は生まれた時からずっと共に在ったのです。突然亜美が居なくなってしまえばそう
 なるのも無理はないでしょう。雪歩も家から出て来ないようです。こちらは真が様子を見に行っておりますが」

 ひびきんが真剣な顔で考えて込んでいる。お姫ちんは相変わらずのポーカーフェイスだけど、何となく
さびしそうにも見える。とりあえず亜美もひびきんの横にすわってみた。


45: 2012/06/18(月) 03:17:33.94


「ヂュイッ!?ヂュヂュヂュヂュイッ!?」

「ん?どしたハム蔵?」

 亜美がふたりを見ていると、突然ハム蔵がさわぎだした。そういえば動物ってユーレイとか見えるんだっけ?
ハム蔵に向かって手をふってみた。


46: 2012/06/18(月) 03:18:27.73


「(いえーいハム蔵!ゲンキ→?亜美はスケスケだけどチョーゲンキだZE→!)」

「ヂューッ!!ヂュヂュヂュヂュヂューッ!!」

「痛い、痛いぞハム蔵!!なんだよさっきから……」

 ハム蔵はひびきんの髪の毛をギューギューひっぱって何か言おうとしている。


47: 2012/06/18(月) 03:19:02.52


「え……?隣に亜美がいるだって?何を冗談言ってるんだハム蔵。慰めてくれなくてもいいぞ」

「ヂューッ!!」

 すげー!!ひびきんってホントにハム蔵とおしゃべり出来たんだっ!!亜美てっきりひびきんのキャラ設定かと
思ってたYO!!


48: 2012/06/18(月) 03:19:46.36


「……何やらハム蔵が随分必氏ですね。もしやとは思いますが……」

 お姫ちんはそう言ってロッカールームに消えたと思いきや、ハリガネみたいなものをふたつ持って戻って来た。
何だかあれどっかで見た事あるような……


49: 2012/06/18(月) 03:20:16.14


「貴音、それってもしかして………」

「だうじんぐましん、というものです。失せ物を探すときなどに使用する物ですが、役に立つかもしれません」

 ああそうだっ!!ダウジングマシンだ。昔、真美と宝探しした時に使ったっけ。


50: 2012/06/18(月) 03:20:55.66


「ハム蔵。亜美はどこにいるのですか?」

「自分の横だって言ってるぞ」

 ひびきんが亜美に向かって指をさす。お姫ちんは亜美にダウジングマシンを向けた。するとダウジングマシンは
ぐいーんと先が開いて、そのままポッキリ折れて床に落ちちゃった。


51: 2012/06/18(月) 03:21:38.65


「メッチャ反応してるぞ……。なあ貴音、もしかして本当に………」

「……響、わたくしが倒れたら看病をお願いしますね………」

 お姫ちんは震える手でメガネを取り出すと、おそるおそるそれをかけた。おおっ、メガネ姿のお姫ちんなんて
超レアだよ→!!みんなにも見せてあげたいな。


52: 2012/06/18(月) 03:22:09.01


「ひうっ………」

 お姫ちんは亜美とばっちり目が合うと、そのまんま小さく悲鳴をあげて気絶しちゃった。え?お姫ちんって
メガネかけたらユーレイとか見えちゃうヒトなの?だから目が悪いのに、いつもメガネなしで活動してるの?


53: 2012/06/18(月) 03:22:51.87


「た、貴音っ!?しっかりするさーっ!!」

「ヂュイッ♪」

 慌ててお姫ちんを呼び起こす。お姫ちんはすっかり白目をむいて倒れている。うわあ、アイドルがしちゃダメ
な顔してるよ……。ひびきんの上では、ハム蔵が得意気にイバってた。とりあえず亜美の事が分かる人に会えた
から良かったのかな?ハム蔵には後でちゃんとお礼を言わないとね♪


54: 2012/06/18(月) 03:24:35.86


第一部終了。つづく


63: 2012/06/18(月) 20:18:52.76


第二部「そうるめいとフェアリー!」


「(……というワケなんだよ~)」

「なるほど、気がついたら身体が無くなってたのか。それじゃあ氏んでないかもしれないな。自分にはよく
わからないけど」

「ええ。どうやらそのようです。確かに身体が透けておりますが、この亜美からは幽霊や物の怪の類が持って
 いる恐ろしさや寒々しさは感じられません。わたくしが見る限り、わたくし達のよく知る亜美そのものです」

 お姫ちんが目を覚ましてから、亜美はひびきんとお姫ちんにこれまでの事を話した。お姫ちんは最初亜美を
怖がってたけど、まじまじと見つめて『ユーレイとは別の存在』と認識したみたい。ちなみに亜美の言葉は、
ひびきんはハム蔵が通訳で、お姫ちんは読唇術?で理解してるらしい。ふたりともアイドル以外のお仕事で
生きていけるんじゃないの?


64: 2012/06/18(月) 20:20:54.22


「亜美の話だと、そのピカピカ光るわっかが妖しいな。それに触っちゃったから亜美は身体を無くして、あずさ
 さんは目覚めないんだろ?だったらそれを探してみればいいさ!」

「(でもひびきん、あれマジでヤバイよ。きっと近づいちゃダメなやつだと思う。うまくいえないけど、あの
 わっかにさわっちゃったらユーレイにされちゃうんじゃないかな→?)」

「わたくしもそう思います。何の準備もなしに自ら未知の危険に飛び込むなど愚の骨頂。まずはそれについて
 知識がある人の意見を聞きましょう」

 ついでにここは事務所の屋上だ。ピヨちゃんに聞かれたくないワケじゃないけど、お姫ちんが亜美の状態が
ハッキリするまでは内緒にしておこうって言った。氏んでないけどユーレイみたいなカラダになっちゃって、
元に戻れるかわかんないもんね。真美やみんなをもっと悲しませることになるかもしれないし、ひびきんも
黙ってくれることを約束してくれた。


65: 2012/06/18(月) 20:21:34.43


「心当たりがあるのか貴音?でも自分達留守番だぞ。小鳥もいるけど、まだ事務所を動くわけにはいかないぞ」

 事務所はお休みだけど亜美がいつ帰って来てもいいように、みんなは交代でお留守番してるみたい。

「心配に及びません。そろそろ交代の時間です」

 お姫ちんがそう言うと、屋上のドアが開いた。


66: 2012/06/18(月) 20:22:07.23


「ここにいたんですか貴音さん。響も一緒だったんだね」

「交代です四条さん。我那覇さんもお疲れ様」

 屋上に来たのは、はるるんと千早お姉ちゃんだった。ふたりともどこか元気がない。きっとさっきまで
あずさお姉ちゃんのお見舞いに行ってたんだね。


67: 2012/06/18(月) 20:23:00.60


「お疲れだぞふたりとも。あずささんの様子はどうだった?」

「相変わらず眠ったままだったよ。伊織がずっとついてたんだけど、今朝体調を崩して倒れちゃったみたいで
 新堂さんが迎えに来たみたい。代わりに律子さんがついてたんだけど、律子さんもあまり寝てなさそうだった
 から、私達が交代している間に休んでもらったの」

 はるるんは無理して笑顔を作ろうとする。でもうまく笑えなくてヘンな顔になってた。いつもなら笑っちゃう
けど、今は痛々しくて笑えないよ……


68: 2012/06/18(月) 20:23:38.32


「プロデューサーはどうしておられますか?それから真美の様子も知りたいのですが」

 お姫ちんはどうやら、はるるんに聞くふりをして亜美にみんなの様子を教えてくれてるみたい。

「プロデューサーさんは多分事故現場にいるんじゃないかなあ。亜美の手掛かりがないか探しているみたい。
 真美は美希が様子を見に行くって言ってたよ。さっき美希から、真美の家に着いたって電話があったよ」

 兄ちゃん、あのわっかに吸い込まれてなければいいんだけどな~。それからミキミキはさすがだね。真美は
事務所の中では特にミキミキと仲良かったもんね。ふたりで竜宮小町を倒してやる!って、いつも言ってたっけ。


69: 2012/06/18(月) 20:24:50.98


「高槻さんは水瀬さんのお見舞いに行ってるわ。こっちも任せておきましょう」

 千早お姉ちゃん、やよいっちをいおりんにとられてくやしいだろうなー。でもいおりんのためにガマンしてる
んだね。ゆきぴょんも大丈夫かなあ。まこちんなら元気にしてくれると思うけど。

「わかりました。では春香、千早。後はよろしくお願いします。あなた達もゆっくり休むのですよ」

 お姫ちんはそれだけ言うと、はるるんと千早お姉ちゃんの横を通って屋上を出て行った。後にはひびきん
とはるるんと千早お姉ちゃん、それからスケスケになった亜美がのこる。


70: 2012/06/18(月) 20:25:24.81


「う……、うまく言えないけどさ、ふたりとも元気出すさ!!あずささんもそのうち目が覚めるし、亜美だって
 ひょっこり帰ってくるぞ!!こ、これくらいなんくるないさー!!」

「ヂュイッ!!ヂュヂュヂュヂュイッ!!」

 ひびきんが不器用にハム蔵とはるるん達をはげます。あはは、やっぱりひびきんは頼りになるね。亜美も
ちょっと元気が出て来たよ。ハム蔵もありがとね。


71: 2012/06/18(月) 20:26:18.90


「じゃあ自分と貴音は帰るから、後はよろしく頼むぞ。行くぞ亜美!!」

「え……?」

「我那覇さん、今なんて……」

 げ……、秘密にするって言ったばかりなのにバレそうになってるよ。しっかりしてよひびきんっ!!


72: 2012/06/18(月) 20:27:30.67


「い……、いやあ~……、ハム蔵がさっきから自分をはげましてくれるさ~……。亜美が生きてるって
 考えると、自分も何だか空から亜美が見ているような気がして、ついつい一緒に頑張って行こうって
 思っちゃうというか……」

「ヂュイッ!?」

 汗をダラダラかきながら苦しい言い訳をするひびきん。でもそんな言い方したらまるで……


73: 2012/06/18(月) 20:28:25.21


「やっぱり亜美はもう氏んじゃったんだ………。う、ううぅ………ぐす」

「春香!?」

 ほらはるるんが勘違いしちゃったじゃないかっ!!もっと別の言い方はなかったの!?泣いてるはるるんを、
千早お姉ちゃんが優しくなぐさめる。


74: 2012/06/18(月) 20:29:07.40


「安心しなさい春香。亜美は絶対生きているわ。それにあずささんだって、必ず目を覚ますはずよ」

「……千早ちゃん?」

 はるるんは千早お姉ちゃんの方を見る。千早お姉ちゃんはにっこり笑った。


75: 2012/06/18(月) 20:29:44.71


「私も何となくだけど、亜美の気配を感じるのよ。きっとあずささんを守れなくて、気まずくて出て来れない
 だけよ。もし帰ってきたら、真美と一緒に同じ姉としてとっちめてやるんだから!」

 千早お姉ちゃんは明るく言った。ちょっと間違えてるところもあるケド、千早お姉ちゃんはやっぱりスルドイ
ね。真美と一緒に事務所のみんなによくイタズラしてたけど、千早お姉ちゃんとお姫ちんだけはゼッタイ
引っかからなかった。背中に目でもついてるのかなって思うくらい、こっちの視線に素早く反応してたからね。


76: 2012/06/18(月) 20:31:09.76


 でもね千早お姉ちゃん、亜美はゼッタイ帰ってくるけど怒るのはカンベンしてね。きっといろんな人に
怒られることになると思うケド、千早お姉ちゃん怒ったらメッチャ怖そうだもん。きっとりっちゃんより
怖いだろうな。だからおてやわらかにおねがいします………


77: 2012/06/18(月) 20:33:01.64


***


「春香達と話は終わりましたか?では行きましょうか」

 事務所を出るとお姫ちんが待ってた。

「(あれ?お姫ちんメガネ外してる。それじゃ亜美のコト分からないんじゃないの→?)」

「……って亜美が言ってるぞ」

「も、申し訳ありません……。あまりに多くの魑魅魍魎が見えすぎてしまうので……」

 うげ~……、真昼間なのにそんなにいっぱいいるんだ。亜美にはゼンゼン見えないケドなあ。


78: 2012/06/18(月) 20:33:41.73


「そっか、貴音も大変なんだな。じゃあハム蔵、しっかり亜美を見てるんだぞっ!!」

「ヂュイッ♪」

 お姫ちんとひびきんの後ろについていく。うわ、ハム蔵亜美の事ガン見してるよ。心配しなくてもちゃんと
ついていくってばっ!!それから亜美達は、電車をのりつぎ横浜の中華街に到着した。こういうところは生きてた
頃と変わらないんだなあ。ユーレイなんだから、ワープとか出来ないのかな?


79: 2012/06/18(月) 20:34:27.02


「中華街に何の用さ?昼ごはんならもう食べたぞ」

 ひびきんがお姫ちんにたずねる。そういえば事故の日から亜美何も食べてないや。お腹が減らないから別に
いいケド。う~ん、でもいざ中華まんを目にするとガマンできないYO→


80: 2012/06/18(月) 20:35:31.70


「わたくし達の目的地はもう少し先です。亜美、ちゃんと着いて来ておりますね?」

「(もちろんであります!!)」

「……って言ってるぞ」

「よろしい。では先を急ぎましょう。あまり悠長に構えていると店を閉めてしまうかもしれません」

 お姫ちんはそう言って、ずんずん先を進んだ。この感じなつかしいなあ。昔「生っすかっ!?」のロケで、
こうして真美と一緒にお姫ちんについて行ってラーメンいっぱい食べたっけ。山盛りのラーメンは苦しかった
ケド、また真美とあんなロケやりたいなあ。


81: 2012/06/18(月) 20:38:54.09


「ヂュヂュ……」

「元気出せって言ってるぞ」

 亜美がしんみりしているとハム蔵とひびきんがなぐさめてくれた。えへへ、ありがとひびきん、ハム蔵。でもね
ひびきん、亜美は今、ひびきんの反対側にいるんだよ?ひびきんには亜美が見えてないみたいだから仕方ないけど。


82: 2012/06/18(月) 20:39:25.22


「この香り、とんこつをべーすにした広東仕立ての……」

「わわっ!?貴音、ラーメン屋の行列に並んでるさっ!!目的地はそこじゃないんだろっ!?」

 こうして亜美達は、ラーメンの誘惑に負けそうお姫ちんを何とかひっぱりながら目的地をめざした。


83: 2012/06/18(月) 20:40:26.97


***


「もし。占いをお願いしたいのですが」

「ああ久しぶりだね。いらっしゃい、今日はあずさ殿と一緒ではないんだね」

 お姫ちんが亜美とひびきんをつれてきたのは、港の近くにかかる橋の占い師のおじさんの所だった。
あれ?このおじさんどこかで見たような……


84: 2012/06/18(月) 20:41:07.59


「あっ!!このおじさんあずささんのウェディングドレスの時の雑誌に載ってたぞ!!」

「(ああそうだ!!『走る花嫁』の写真に載ってたうさんくさい占い師のおじさんだ!!)」

「誰がうさんくさいだっ!!」

 亜美の言葉におじさんが怒る。………って、あれ?亜美の声がきこえるの?


85: 2012/06/18(月) 20:41:48.49


「じ、自分うさんくさいなんて言ってないぞっ!!」

「わたくしもです。この御方は亜美の声を聴いたのですよ。そうですよね、御主人?」

 お姫ちんにそう言われて、占い師のおじさんは気まずそうに頭をぽりぽりかいて、占い道具を片付けはじめた。


86: 2012/06/18(月) 20:42:36.46


「出来れば見えないふりをしたかったのだが、これまた厄介な客を連れて来たな。銀髪のお嬢さん、どうして
 ワシが『本物』だと分かったんだ?」

「以前あずさとこちらで占って戴いた時に、貴方はあずさに当たり障りのない占いをしつつ、その瞳の奥では
 別のものを見ておりました。そして去り際に、わたくしだけにくれぐれも彼女から目を離さないようにと
 申されました。きっと貴方は、今回の事故を予見していたのではないのですか?」

 お姫ちんは占い師のおじさんとガチな話し合いをしてた。ひびきんも亜美も何も言えなくて、おろおろして
いる。なんだかお姫わいよ……


87: 2012/06/18(月) 20:44:00.63


「そう睨まないでくれ。ワシにもどうすることも出来なかったのだ。あずさ殿は今どうなっている?」

「病院で眠っております。脳も身体も正常に機能しているようですが、一向に目が覚めません」

「そうか。まだ命をつないでいるのか。なかなか運の強いお方だ」

「な……、何て事言うさっ!!それじゃああずささんがまるで助からないみたいな言い方じゃないかっ!!」

 おじさんの言葉にひびきんが怒る。そうだよ!亜美がちゃんと助けたんだもんっ!あずさお姉ちゃんは
氏なないよ!!



88: 2012/06/18(月) 20:46:10.34


「いやすまない。悪気はなかったんだ。ただそこのお嬢ちゃんが頑張ってくれたおかげで、あずさ殿の未来は
 少しだけ変わったようだ。そしてあずさ殿を助けることが出来れば、お嬢ちゃんも人間に戻れるよ」

「(ホントッ!?亜美また普通の人間になれるのっ!?)」

 亜美の言葉におじさんはひげを少しだけ撫でて、

「あずさ殿にはワシも借りがあるからな。ついてきなさい。ここでは込み入った話が出来ない。聞きたい事も
 あるし、特別に私の家に招待しよう」

 おじさんは占いの荷物をまとめて歩き出した。亜美達はその後ろをついていく。亜美もあずさお姉ちゃんも
助かるって聞いて、ひびきんはハム蔵と喜んでいた。でもお姫ちんは、こわい顔のままで占い師のおじさんの
背中を見てる。よくわかんないケド、亜美もあずさお姉ちゃんのためにもガンバるYO!!



89: 2012/06/18(月) 20:50:10.77


第二部終了。続く


96: 2012/06/19(火) 19:34:43.54


第三部「ふぉーちゅんキューピッド!」


「(ちょっとおじさん、部屋の掃除くらいしなYO→)」

「ホコリが先に座ってるぞ……」

「ええいうるさいっ!!一人暮らしの男の部屋などこんなものだっ!!」

 亜美達が連れてこられたのは、中華街の雑居ビルの一室だった。どうやら占い師のおじさんはここで生活
しているみたい。765プロの事務所より小さい部屋で、占いの本とか道具がごちゃごちゃと積み上げられていた。


97: 2012/06/19(火) 19:37:07.44


「おや、あずさがうぇでぃんぐどれすを着た時の雑誌がありますね。御主人も購入されたのですか」

 荷物をどけながら何とか座るスペースを確保したお姫ちんが、手に持った雑誌をながめる。あ~、さては
おじさん、あずさお姉ちゃんのファンだったんだな→♪

「そ、そういうワケではないっ!!ワシも写っていたから記念に買っただけで、それに自分の娘ほど歳の離れた
女性に惚れるなどと……」

 おじさんが必氏になって否定する。そこまでわかりやすいリアクションを取られたらバレバレだYO……。
ひびきんもお姫ちんも冷たい目で見ている。おじさんはその目に耐え切れずにあきらめると、

「……まあ、あの時の騒動以来、この辺りの男はみんなあずさ殿のファンだよ。この中華街は一丸となって
 あずさ殿を応援しているからな。彼女が店に立ち寄っただけでその店が繁盛するという噂まで出たほどだ」

 さすがあずさお姉ちゃんだね!亜美やいおりんじゃムリだYOっ!!やっぱり竜宮小町のお色気担当は
レベルが違うNEっ!!


98: 2012/06/19(火) 19:38:24.68


「しかしだからこそ私は言い出せなかったんだ。彼女の未来にその先がない事をな……」

 おじさんが深刻な顔でつぶやく。……え?あずさお姉ちゃんも亜美も助かるんじゃないの……?

「あずさが今回の事故に遭う事は避けられぬ運命だったという事ですか。そして本来ならば、あずさは
 命を落としていたと」

 お姫ちんの言葉に、おじさんはうなづいた。そんな……、だってあずさお姉ちゃんまだ生きているじゃんっ!!
亜美がちゃんと助けたじゃんっ!!


99: 2012/06/19(火) 19:40:35.31


「ああ、お嬢ちゃんはちゃんとあずさ殿を助けたよ。それによってあずさ殿の運命は変わった。お嬢ちゃんが
 あずさ殿を助けたことで、お嬢ちゃんの運命があずさ殿に混じってあずさ殿は生き延びる事が出来たんだ。
 お嬢ちゃんはまだまだ長生きするからね」

「(どーゆうコト?それじゃあ亜美はどうなっちゃうの?)」

「順を追って説明しようか。まずはお嬢ちゃんが見た大きな光の輪の話からだね」

 おじさんはひびきんとお姫ちんの前に座ると、ボロボロの本を取り出した。そしてページをパラパラと
めくると、ひとつの絵を亜美に見せてくれた。


100: 2012/06/19(火) 19:41:11.48


「お嬢ちゃんが見たのはこんな輪じゃなかったかい?」

「(あ、これだっ!!確かこんなカンジだったよっ!!)」

 おじさんの見せてくれた本には、昔の人が筆で描いたっぽいわっかの絵がのってた。キラキラしていたこと
くらいしか覚えてなかったケド、大きさとかデザインとかこんな感じだったよっ!!


101: 2012/06/19(火) 19:41:58.83


「ふむ、これは……」

「なんだ?サーカスの火の輪くぐりの輪みたいだな」

 亜美の横からお姫ちんとひびきんが覗き込む。お姫ちんはメガネ装着済みだ。

「名前だけならお嬢ちゃん達の方が詳しいだろう。これは『運命の輪』と呼ばれているものだ。英語では
 ホイール・オブ・フォーチューンだったかな」

 えっ!?あれが運命の輪なの?亜美もっとロマンチックなものだと思ってたんだけど、めっちゃ怖かったよっ!?


102: 2012/06/19(火) 19:42:39.48


「あの肉まんの中に入ってる小さな紙か?確かここに来る途中で売ってたぞ」

「それはこの輪にあやかったおまじないです。なるほど、運命の輪ですか。一般的には縁起の良いものだと
 言われておりますが、その実この輪がもたらすものは必ずしも幸運ばかりではないという事ですね」
 
 ひびきんに素早いツッコミを入れて、お姫ちんが質問する。おじさんはうんうんとうなづく。


103: 2012/06/19(火) 19:43:20.67


「人はこの世に生まれ落ちた瞬間から何らかの運命を背負っている。生まれた国、親兄弟などの家族、性別や
 体格などに始まり、友人、職業、趣味嗜好、伴侶、そして寿命まで運命に定められている。変えようのない
 運命は宿命などと呼ばれるが、運命というものは基本的に努力によってある程度変えることが出来る」

「定められた運命が幸福なものであれば受け入れ、不幸であれば抗えば良いということですか。そして運命を
 変えることが出来なくても、前向きに受け入れられるように努めるべきである、ですね」

 お姫ちんとおじさんの話が続く。ん~、何だかムズカシイ話になってきたぞ~。亜美よくわかんないや。


104: 2012/06/19(火) 19:44:39.42


「運命の輪というのは、良くも悪くも人間を定められた運命に導く存在でね。本人の行動や頑張りに関係なく、
 出会った人間を強制的にその人本来の運命に導くのだよ。それが幸福につながれば良いのだが……」

「不幸に導かれてしまうこともあると。そしてあずさは不幸に導かれてしまったということですね」

 なるホド。つまり不幸にもなっちゃうんだね。でもそれでいきなりあずさお姉ちゃんが氏んじゃうなんて
ヒドくない?強引すぎるよ。


105: 2012/06/19(火) 19:45:26.04


「あずさ殿は健康面では問題ないが、その生命の灯は今にも燃え尽きかけていたのだ。私が占った時、彼女の
 未来はただただ真っ暗で先は無かった。運命の輪に出会わなくとも、彼女は近いうちに氏んでいただろう」

「そんな……、どうしてあずささんが氏なないといけないさっ!?あずささんは何も悪い事してないのにっ!!」

「(そーだよっ!!亜美もナットクできないよっ!!)」

 おじさんの言葉にひびきんと亜美は怒っちゃった。運命だかなんだか知らないケド、あずさお姉ちゃんが
氏んじゃうような未来は間違ってるよっ!!


106: 2012/06/19(火) 19:46:03.60


「ふたりとも静粛に。話を戻しましょう。運命の輪に出会った事によって氏ぬはずであったあずさは、亜美の
 助けによって生き延びました。しかしあずさは目覚めず、そして亜美は身体を失いました。これはどういう事
 でしょうか?」

 お姫ちんが亜美達を黙らせる。うう…、メガネかけたお姫ちんに睨まれると何だか逆らえないよう……


107: 2012/06/19(火) 19:47:33.86


「あずさ殿は運命の輪に出会った事で、その生命を輪の中に吸い込まれるはずだった。運命の輪というのは人の
 生氏に干渉するのが好きなようでね。お嬢ちゃんがあずさ殿を見た時は、生命を吸われているところだったの
 だろう。運命の輪はまずは生命を吸い、そして肉体を吸い込んで生命エネルギーを抜出し、対象者の命を奪う
 と言われている。その後肉体だけを輪の外へ排出し、彼女は生命のない抜け殻になるところだったのだ」

 そういえば亜美があずさお姉ちゃんを見つけた時、あずさお姉ちゃんは何度呼んでも亜美の声にこたえてくれ
なかったっけ?タックルした時もボーっとしてたし……


108: 2012/06/19(火) 19:48:29.35


「しかしお嬢ちゃんが割り込んだことで、あずさ殿の運命は大きく変わった。お嬢ちゃんがあずさ殿を運命の輪
 から助けた事で、お嬢ちゃんの肉体が代わりに吸い取られてしまったのだよ。しかしお嬢ちゃんは本来もっと
 長生きをする運命だ。だから運命の輪もお嬢ちゃんの生命を完全に奪うことが出来ず、そして当初氏ぬ予定
 だったあずさ殿を生かす事も出来ず、二人とも半氏半生のような状態になってしまったのだ」

 亜美が身体を吸い込まれて、あずさお姉ちゃんが魂を吸い取られちゃったのか。どっちも無くなったら
氏んじゃうけど、どっちかがこの世に残っていたら、まだ生きてるってコトになるらしい。


109: 2012/06/19(火) 19:49:29.59


「(じゃあ亜美のカラダはあの輪っかの中にあんの?すぐに探さないと!!)」

 でも亜美の言葉におじさんはストップをかけた。カラダの場所が分かったら、こんなさびしいユーレイ生活
さっさとオサラバしたいんだけど。


110: 2012/06/19(火) 19:50:10.58


「落ち着きなさい。まず運命の輪というのは、そう簡単に見つかるものではない。それこそ運命の巡り合わせ
 でもないかぎり、普通はお目にかかれないものなんだ」

 言われてみればそうかも。亜美まだ13年しか生きてないケド、今まであんなの見たことないし。

「それにもし仮に運命の輪を見つけてお嬢ちゃんが身体を取り戻すと、その時点でお嬢ちゃんの『生』は確定
 し、同時にあずさ殿の『氏』は予定通り決行される。今度は運命の輪などくぐらなくても、あずさ殿は氏ぬ
 だろう。だから物事は慎重に進めなければならない」

 そうなんだ。確かに亜美だけが助かっても意味ないもんね。あずさお姉ちゃんとふたりで助からないと!!


111: 2012/06/19(火) 19:50:40.12


「して御主人。ふたりが助かるにはどうすればよいのでしょうか」

 お姫ちんがメガネを光らせる。いつもなに考えているのかゼンゼンわからないヒトだけど、今日はメッチャ
頼りになるよ!!まるでりっちゃんみたいだ。


112: 2012/06/19(火) 19:51:56.86


「まずはあずさ殿の氏を回避する。お嬢ちゃんの氏は最初から運命の外の話だ。あずさ殿が甦ったところで、
 お嬢ちゃんが代わりに氏んでしまうということはない。だからまずは、運命の輪に吸い込まれてしまった
 あずさ殿の魂を探す必要がある」

「ん?って事は、結局運命の輪を探さないといけないのか?そんな簡単に見つかるものじゃないんだろ?」

 ひびきんが首をかしげる。そしたらついでに亜美のカラダも見つかってラッキーだね!


113: 2012/06/19(火) 19:52:48.48


「いや、彼女の魂は既に運命の輪の中には無いだろう。あずさ殿の魂は自分の命をつなぐために“運命の人”
 を探して過去を遡っているはずだ。あずさ殿だけでは未来は来ないから、お嬢ちゃんを巻き込んだように
 誰かの運命を巻き込んで、その人の未来に寄り添う形で彼女は生きながらえようとするだろう」

 運命の輪の中は時空を超越するからね、とおじさんは続ける。ってことは亜美の身体も過去や未来に飛んで
行っちゃってるのかなあ。ジュラ紀とかに飛んでって、キョーリューとかに食べられてなければいいケドなあ。


114: 2012/06/19(火) 19:54:05.85


「という事は……」

「あわわ……、それってもしかして……」

 お姫ちんとひびきんが顔を真っ赤にしている。ん?ふたりともどしたの?


115: 2012/06/19(火) 19:54:57.30


「そうっ!!つまりあずさ殿は生涯の伴侶を求めているのだっ!!“運命の人”に巡り合い、彼と燃えるような情事に
 身を委ねてその愛を身体に受け止め、ふたりの愛の結晶をその身体に宿し、やがて子を成し、母として妻と
 して家族に寄り添う事で、彼女自身の未来を繋いでいくのだあああぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

「ふんっ!!」

「何言い出すさこのヘンタイ―――――ッ!!」

 ヒートアップしたおじさんをお姫ちんとひびきんがビンタした。うわ、良い音したなあ→。亜美も身体が
あったら叩いてみたかったYO!!


116: 2012/06/19(火) 19:55:39.50


「な、何をするっ!!私はただあずさ殿を助ける方法を言っただけで………」

「ここには子供もいるのです。少しは弁えなさい」

「じ、自分もエOチなのはいけないと思うぞっ!!」

 涙目で抗議したおじさんをお姫ちんとひびきんが怒った。なんかチョーシに乗った兄ちゃんが、たまに
いおりんやりっちゃんにこんなカンジでシバかれてたっけ。男のヒトってみんなこんなんなのかな。


117: 2012/06/19(火) 19:56:45.82


「と、とりあえず話を戻すぞ。今日であずさ殿が運命の輪に魂を吸われて一週間だと言ったな。ならばそろそろ
 あずさ殿の魂は過去で運命の人を見つけて、現世に戻ってきているはずだ。運命の人同士の魂はくっつき
 やすいから、おそらくあずさ殿の魂を持った人間が彼女の近くに現れる。我々はそいつを見つけ出して、
 あずさ殿に会わせれば良いのだ。そうしたらあずさ殿の魂は彼女の身体に戻っていくだろう」

 ん~、亜美よくわかんないケド、つまりあずさお姉ちゃんのミライのダンナさんを探せばいいんだね?でも
近くにいるのかな?外国のヒトだったらお手上げだYO→


118: 2012/06/19(火) 19:57:34.13


「運命はそんなに大きく変えられるものではないのだ。お嬢ちゃんの介入もあったが、あずさ殿がまだ生きて
 いるということは、あずさ殿を救う事が出来る可能性のある運命の人も身近にいるだろう。そうでないと、
 そもそもこんなややこしい事態になってないはずだからな」

 どゆこと?ややこしい事態ってナニ?

「こっちの話だ。それよりさっさとあずさ殿を助けないと、彼女の運命がまた変わるかもしれないぞ。今は
 かろうじで生きているが、彼女の運命は非常に不安定だ。いつ氏んでもおかしくない」

 あわわ、そうだ。あずさお姉ちゃんは本当ならば氏んでるんだ。ちゃちゃっと助けないと、あずさお姉ちゃん
を助ける事が出来るのは亜美達だけなんだから!!


119: 2012/06/19(火) 19:58:12.04


「まずはあずさ殿の運命の人を探すレーダーを作る。響と言ったか。お前は病院に行って、あずさ殿の髪の毛を
 少しだけ切ってきてくれないか。ほんの少しでいい。それから書店に行って、首都圏を網羅した大きめの地図
 を買って来てくれ。それからミネラルウォーターと……」

 おじさんはひびきんにいくつかおつかいをお願いした。ひびきんはメモを取ると、「いってくるさーっ!!」と
言って元気に出て行った。


120: 2012/06/19(火) 19:58:44.15


「亜美、一応貴女もついて行ってあげて下さい。響ひとりでは買い忘れをしてしまうかもしれません」

「(いいケド、お姫ちんはどーすんの?)」

「わたくしは御主人と今後の方針をもう少し詰めます。かなり難解な話になると思いますが、付き合いますか?」

 うげー……、さっきのハナシでもムズカシかったのに、これ以上はゴメンだYO……


121: 2012/06/19(火) 19:59:44.98


「(じゃーひびきんについて行くね。お姫ちん、メーワクかけちゃってゴメンね)」

「何を言うのです。貴女のお陰でわたくし達はあずさを失わずに済んだのです。必ず貴女もあずさも助けます
 から、わたくし達に任せなさい」

 お姫ちんがにっこり笑ってくれた。なんだかユーレイになって初めて、自分がしたことが褒められた気がする。
うん!亜美もガンバるかんねっ!!


122: 2012/06/19(火) 20:00:36.25


***


 響と亜美が去った後、部屋にはわたくしと御主人のみとなりました。先程までと比べて流れる空気が重く、
冷たくなってゆくのを感じます。御主人はわたくしを警戒しておられるようですね。先程とは別人のような顔で
わたくしを見ております。

「貴音殿、と言ったかな。まだわしに何か訊きたい事でもあるのか?正直あんたはこちらの事情をどこまで
 知っているかわからんから、あまり話したくはないのだが……」

「申し訳ございません。わたくしは人の言葉の裏を読む癖がついておりまして。とは言っても完全に理解出来る
 わけではないのですが、御主人の嘘を見抜く事くらいは造作もありません」

 わたくしが御主人を見つめると、御主人はひげを少し撫でて目を背けました。


123: 2012/06/19(火) 20:01:29.90


「先ほどまでの会話に嘘偽りはないぞ。あずさ殿を救う為には現状ではこうするしかない」

「ええ。あずさを助ける方法については貴方は嘘をついておられません。しかし亜美を助ける方法については、
 貴方は本当の事を申しておりませんね?」

 ご主人は驚いた顔をしてこちらを見ると、深いため息をついて両手を挙げられました。どうやら降参なさる
ようです。


124: 2012/06/19(火) 20:03:10.26


「……あのお嬢ちゃんが氏んでないのは間違いない。しかし全てが終わった時、お嬢ちゃんがどうなるかは
 分からない。運命の輪に吸い込まれて生還した人間は今まで一人もいないと記述されているからな。それに
 お嬢ちゃんがどうしてあの状態で生きているのかも、本当は確信が持てないんだ。正直謎だらけだよ」

 やはりそうでしたか。先程お話を聞いた時は納得のいく説明のように思えましたが、よくよく考えると矛盾の
多い話でした。そもそもご主人は、亜美の救出方法については明言してません。この運命の輪自体が、過去にも
ほとんど目撃情報のない面妖な代物です。わたくし達は仮説の上に推測を積み上げて、あずさと亜美を
助けようとしているのです。


125: 2012/06/19(火) 20:04:06.16


「あずさ殿はおそらく助けることが出来る。先程あのお嬢ちゃんを見た時、お嬢ちゃんの魂の中にあずさ殿の
 魂の破片がわずかに混ざっているのを見たからな。その破片が反応していたから、おそらく近くに集まって
 きているのだろう。我々が集めてやれば、またひとつの魂に戻ってあずさ殿は甦るはずだ」

「なるほど。離れてはしまいましたが、あずさの魂と身体は同じ現世のこの時代に存在しているのですね」

 魂と身体があれば、人は人として生きることが出来る。ならばわたくし達が元に戻してあげれば良いのです。


126: 2012/06/19(火) 20:08:44.26


「おそらくあずさ殿は、自分の氏という運命を回避する為に運命の輪を呼び寄せたのだろう。自分の氏と
 いう未来を回避する為に、彼女は運命の輪にその判断を委ねた。しかし運命の輪も、彼女の氏という
 運命を推した。それであのお嬢ちゃんまで巻き込んで、あずさ殿は生き延びたのだ。もちろん意図して
 出来る事ではないが、彼女の生への執着は恐ろしいものを感じるよ」

「あずさは良くも悪くも女性らしさを体現したような人です。わたくし達の中でも、あいどるという生業に
 対する執念は人一倍持っておりました。それに彼女は幸せになりたいと、常日頃から運命の人を探して
 おりました。あずさが自分の運命を知っていたとは思いませんが、生への執着も強かったようですね」

 それも彼女の生い立ちを知れば納得出来る話ではありますが……。この話は追々すると致しましょう。


127: 2012/06/19(火) 20:09:38.22


「ひとまずあずさを助ける目途がついたので、わたくしは亜美を助ける方法を探ろうと思います。運命の輪の
 文献については西洋の方でも残っておりますから。亜美と響をよろしくお願い致します」

「すまないね。わしはあずさ殿の救出にかかりきりになるからお嬢ちゃんの方はあまり手伝えないが、師匠や
 仲間に連絡を取って出来るだけ調べてみるよ。しかし貴音殿は随分こちらの業界にも詳しそうだな。身内に
 占い師でもおられるのかな?」

「ふふ、それはとっぷしーくれっとです。それにわたくしは幽霊の類が苦手ですので、本来はこのような
 おかると現象も得意ではありません」


128: 2012/06/19(火) 20:10:37.44


 わたくしは御主人に一礼すると、雑居びるを後にしました。そういえば眼鏡をしたままでしたね。びるを出る
前に取り外します。すると外の景色はぼやけました。わたくしがいつも見ている世界。やや不便を感じる事は
ありますが、仲間の笑顔くらいは分かりますので問題はありません。亜美の笑顔を取り戻すために、わたくしも
頑張りましょう。このわたくしにここまでさせたのですから、あずさには全てが終わった時に文句のひとつでも
言わせて貰いましょうか。ふふ……


129: 2012/06/19(火) 20:14:39.23

第三部終了。つづく



136: 2012/06/20(水) 20:04:52.65


第四部「しゃどーダンディ!」


「それではいくぞ……」

「(どんとこい!!)」

「静かにしてるんだぞ、ハム蔵……」

 次の日、亜美はひびきんとふたりで占い師のおじさんのビルに来た。お姫ちんは用事が出来たみたいで、
しばらく別行動になるって聞いた。ひびきんとふたりだけってのは不安だけど、ゼータク言っちゃダメだね。
そして今、亜美達はおじさんが作ったあずさお姉ちゃんの『運命の人レーダー』を見守っている。なんでか
知らないケド、このレーダーもまたダウジングマシンみたいな形だった。


137: 2012/06/20(水) 20:10:11.79


 おじさんは小さなダウジングマシンを持って、都内の地図の上をゆっくり動かしている。そのハリガネの
先にはあずさお姉ちゃんの髪の毛をくくっていて、反応があると先が震えるみたい。おじさんはチョー真剣
で、亜美もひびきんも息を止めてじっと見てた。

「やはり近くに居るみたいだな……。あずさ殿の魂が反応しておるぞ」

「おお、なんかぶるぶる震えてるぞ!!……って、ここって……」

 レーダーが示した先は亜美も知ってた。あれ?確か『あそこ』ってここらへんにあったよね……?


138: 2012/06/20(水) 20:11:35.57


「このデカいビルだな。大田区の矢口2丁目……『961プロダクション』か。どうやらここにあずさ殿の運命
 の人がいるようだ。ではさっそく行ってきなさい」

「「ええ―――――っ!?」」

 なんでよりによって961プロになんか行かなきゃいけないのさっ!?ひびきんもチョーイヤそうだし、それに
門前払いになるのがオチだYO!!


139: 2012/06/20(水) 20:12:40.16


「お嬢ちゃんは姿が見えないではないか。だからどこからでも入れるだろ」

「ああそっか。じゃあ亜美がひとりで行くしかないな!ゴメンな亜美。自分は遠くで応援してるぞ!」

 うう……、ひびきんの薄情者……。でもあずさお姉ちゃんのためだし、行くっきゃないよね!!


140: 2012/06/20(水) 20:13:33.39


***


「(ねえねえひびきん、961プロってことはやっぱり……)」

「そうだな。おじさんの話ではあずささんに関係のある人が運命の人の確率が高いらしいから、黒井社長か
 ジュピターだな。でももしかしたら、961プロのスタッフにあずささんの知り合いがいるかもしれないぞ」

 961プロのビルの入口の陰に隠れて、ひびきんとふたりで作戦会議をする。まずは偵察だ。


141: 2012/06/20(水) 20:14:33.61


「ところでおじさんの話では運命の人が近くに来たら亜美は分かるみたいだけど、何か変わったことはないか?」

「(う~ん、そう言われてもわっかんないな→。その『運命の人』が来たら亜美がピカーン☆と光ったりヘンシン
 したりするのかな→?)」

「いや、それはないと思うぞ……」

 すると亜美達の横を、真っ黒でピカピカした車が通り過ぎて行った。その車はビルの前に横付けになる。


142: 2012/06/20(水) 20:15:40.45


「あれは黒井社長の車だぞ。確かいつもあれに乗って、TV局とかに来てるぞ」

 そういえばそうだ。いつもブンブンうるさいから、一度こっそり10円キズつけてやったっけ。キズを
見つけた時の黒井社長の顔面白かったな→。

「全く、どいつもこいつも無能ばかりだな……」

 亜美達がこっそり見ていると、車の中から黒井社長が降りてきた。おうおうダンナ、今日も真っ黒ですな→。
カラダがあったら後ろからケリ入れてやるんだけど。


143: 2012/06/20(水) 20:16:30.34


「(あれ………?)」

 亜美が悪だくみしていると、何だかカラダがぽかぽかしてきた。なんだか急に暑くなってきたような。
ユーレイになってから暑いとか寒いとか感じなくなってたのに、一体どうしたんだろう。

「あわわ……、亜美、何だか自分にも亜美がうっすら見えるぞっ!!」

 ひびきんがびっくりした顔でこっちを見ていた。え、どういうこと?慌てて両手をじっくり見ると、
確かにスケスケ度がちょっと低くなってる。何が起こってるの?


144: 2012/06/20(水) 20:17:57.89


「さわれないし声も聞こえないけど、亜美は確かにいるんだな……よかった……。貴音やハム蔵は亜美が
 見えるみたいだけれど、自分は見えないから不安だったさ……。ホントによかった……ぐす……」

 ひびきんは亜美のカラダをつかまえようとしたけど、そのうち諦めて優しく包むように抱きしめてくれた。
そしてそのままえぐえぐ泣き出した。亜美もひびきんにさわれないけど、ひびきんの優しさだけは伝わって
くるよ。確かに見えないし、聞こえないものを信じろっていうのも無理な話だよね。


145: 2012/06/20(水) 20:19:39.99


 ちょっとの間そうしていたんだけど、そのうちまた亜美のカラダがきえていった。ぽかぽかしていた体温も
なくなっていく。ビルの方を見ると、黒井社長が中に入ってくところだった。どうやら黒井社長と離れちゃうと、
またユーレイに戻っちゃうみたいだ。

「(ひびきん、とりあえず帰ろっか。ホシは黒井社長で確定っぽいし、あとはあのミスターブラックをどうやって
 あずさお姉ちゃんの所まで連れて行くか考えないといけないしね)」

「うん……、そうだな……。ゴメンな、自分足引っ張っちゃって……」

「ヂュヂュ……」

 ハム蔵に慰めてもらいながら、ひびきんは何とか泣き止んだ。あまりここで騒いでいるとそろそろ守衛さんが
来そうだし、ひとまずテッタイだ。



146: 2012/06/20(水) 20:20:25.07


***


「ふむ。あずさ殿の相手がオーバー50のオッサンだったと……。これは許せん事態だな……」

 占い師のおじさんの所に戻って、亜美はひびきんと一緒に説明した。亜美がちょっとの間だけどひびきんに
見えたのは、黒井社長の魂にくっついてるあずさお姉ちゃんの魂のカケラが亜美の中にあるあずさお姉ちゃん
の魂のカケラと反応したかららしい。亜美は黒井社長に近づけば近づくほどはっきり見えるみたい。


147: 2012/06/20(水) 20:21:16.70


「いきなり亜美が出て来たからびっくりしたぞ。半透明だったけど、貴音やハム蔵にはあんな感じで見えている
 んだな。自分もちょっと嬉しかったさ……」

 ひびきんはまだちょっと泣いてる。もう、大げさだよ。亜美はそう簡単にいなくならないって!

「なあお嬢ちゃん、ワシに近づいてみても、その、ぽかぽかした感じというか、何か変化したりしないか?」

「(ううん全然。ってゆうかオジサン昨日から亜美達とずっと一緒にいたじゃん。全く反応しないよ?)」

 亜美の言葉にオジサンはがっくりと下を向いちゃった。あれ?亜美何かひどいこと言ったかな。


148: 2012/06/20(水) 20:22:28.27


「でもどうすればいいんだ……?あずささんを助ける為には黒井社長に協力してもらわないといけないぞ……
 そうなったらあずささんは765プロを辞めて黒井社長と結婚して、それからそれから………、うが――――っ!!」

 ひびきんはなんかぶつぶつ独り言を言って、そのまま頭から湯気を出して暴れ出した。ちょっ、オジサンも
ハム蔵も困ってるからじっとしてよ!こういう時にお姫ちんがいてくれたらなあ。


149: 2012/06/20(水) 20:23:26.07


「待て。まだ諦めるのは早い。あずさ殿は自分の運命と戦う女性なのだ。今だって、自分の運命に必氏で抗おう
 としている。だから運命の人だって、彼女なら変えてしまうかもしれない」

「そうかっ!!その手があったなっ!!黒井社長があずささんの運命の人だなんて何かの間違いさっ!!きっとあずさ
 さんの事だから、魂まで迷子になってうっかり黒井社長にくっついちゃっただけだぞ。だったらさっさと
 引きはがして、後は自分達があずささんを守ればいいさーっ!!」

 急に元気になったひびきんが、一気に早口言葉で言い切った。そんなこと出来るのかなあ。よくよく考えると、
あずさお姉ちゃんは、ジュピターや黒井社長のことをそんなに嫌ってなかったような気がする。いおりんや
りっちゃんがボロクソ言ってたからそれに合わせていただけで、あずさお姉ちゃんの口から961プロの悪口は
あまり聞いたことがない。亜美もよく悪口言ってたけど、むしろ注意されていたくらいだ。


150: 2012/06/20(水) 20:25:09.60


 あの日の打ち上げの夜を思い出す。あずさお姉ちゃんはアイドルを続ける為に、961プロへの移籍も考えてる
みたいなことをいおりんが言ってた。亜美はあずさお姉ちゃんがいなくなるのは嫌だけど、あずさお姉ちゃんが
氏なない為ならそれもしょうがないかもしれない。あずさお姉ちゃんは一体どう思っているのかな……

「しかし自分の親ほどの男性を運命の人にするとは、あずさ殿も意外と渋い趣味をしているな。ならばワシにも
 チャンスが……」

「(それはないよ)」「それはないぞ」「ヂュヂュヂュイ」

「………」

 全員でツッコミを入れて、オジサンはまたしょんぼりしちゃった。きっとお姫ちんがここに居ても、同じ事を
言ってたと思う。黒井社長はオジサンと同じトシくらいだと思うけど、オジサンよりカッコいいもん。真っ黒で
怪しい雰囲気がプンプンするけど、顔だけならうちのパパの次くらいにダンディなおじさまって感じかな。


151: 2012/06/20(水) 20:26:02.22


「ええいわかったわいっ!!ワシはワシで自分の運命を変えてやるっ!!だからお前らはさっさとあずさ殿を助けに
 行かんか―――いっ!!」

 結局、逆ギレしたオジサンに亜美達は追い出されちゃった。あずさお姉ちゃんが元気になったら、亜美達は
このオジサンからもあずさお姉ちゃんを守らないといけないかも。


152: 2012/06/20(水) 20:26:55.56


***


――夜・961プロダクション本社社長室――


「ふう。三浦あずさの容体は変わらず、双海亜美の捜索の方は依然進展なしか……」

 カチカチとデスクの上のパソコンを操作しながら、私はコーヒーを片手に深いため息をついた。高木に連絡
を取ればもう少し詳しい話が聞けるかもしれないが、ライバル事務所という関係上安易な接触は避けるべきだ。
この黒井嵩男が765プロのアイドルの事を気にかけているなんて事が世間に知れたら、今まで作り上げてきた
イメージが崩壊するしな。


153: 2012/06/20(水) 20:27:54.91


「……全く、何をやっているんだお前は」

 デスクの引き出しから一枚の写真を取り出す。セピア色に褪せてしまったその写真には、5歳くらいの三浦
あずさの姿が写っていた。今と変わらない、優しい笑顔をこちらに向けている。いい加減に目覚めてくれないと
私も仕事が手に着かない。お前のせいで今日も残業ではないか。


154: 2012/06/20(水) 20:29:09.65


「(うわ……、あずさお姉ちゃんの子供の頃の写真だ……。黒井社長、こんなちっちゃい頃からあずさお姉ちゃん
 を狙ってたの……?流石の亜美でもドン引きだYO……)」

 すると、ふとどこからか聞いたことのある声が聞こえた。しかしこの社長室には私しかいないはずだ。私は
もう一度あたりを見回す。夜の社長室は月明かりのみで暗闇に包まれていた。気のせいか?


155: 2012/06/20(水) 20:29:59.79


「(こういうの何て言うんだっけ?ヒカルゲンジ?いや~、そんなキレイなもんじゃないか。やっぱり最近の
 ブームに合わせて、口リコンヘンタイオヤジと呼んだ方が……)」

「誰が口リコンヘンタイオヤジだっ!!」

 空耳などではない。今度ははっきり聞こえた。しかもこの小生意気な口調、TV局やスタジオで嫌と言う程
聞いた事がある。しかし警察が全く見つけられないアイツが、どうしてここに居るんだ?


156: 2012/06/20(水) 20:30:49.09


「今すぐ高木の所へ送りつけてやるからとっとと出てこい。さもなくば私の車に10円キズをつけた時の弁償代
 を事務所に請求してやるぞ」

「(ゲ……、バレてたんだ。事務所にバレたらりっちゃんに怒られるからカンベンして~……)」

 私が気付いてなかったとでも思っていたのか。あんな幼稚なイタズラをするのはお前だけだろうが。あの時は
後であずさが必氏で謝ってきたから許してやったが、二度目はないぞ。


157: 2012/06/20(水) 20:32:35.21


「(う~ん、亜美もさっさと765プロに帰りたいんだけど、今のままじゃ帰れないんだよね→。あずさお姉ちゃん
 もまだ助けてないし、カラダもどっかいっちゃったままだし→)」

「何?あずさを助ける?どういう事だ?」

 声のする方向を探す。すると真っ暗闇の中から、ぼんやりと双海亜美の姿が浮き上がって来た。私と目が合う
と、ウサギのようにピョンピョンと飛び跳ねて両手を振った。


158: 2012/06/20(水) 20:34:13.78


「(よーやく見つけてくれたっ!もう、さっきからずっとここにいるのにニブすぎだよ社長→。そんなんで
 961プロやってけるの?もちろんあずさお姉ちゃんを任せる事は出来ませんなあ→)」

……私は夢か幻を見ているのだろうか。目の前にいる半透明の双海亜美が、生意気な態度で指をこちらに突き
付けている。幽霊か?しかし不思議と恐怖を感じない。幽霊はもっとネガティブな存在だと思うのだが、目の前
の双海亜美はあまりにもポジティブでアクティブだ。


159: 2012/06/20(水) 20:35:49.09


「(とりあえずあずさお姉ちゃんの病院に行ってくんない?今ならいおりんもりっちゃんもいないと思うから
 こっそり入れば大丈夫だよ!もちろん亜美も連れてってね♪そんじゃアッシー君シクヨロー☆)」

 そしていつも以上に態度がでかくて生意気だ。確信した。これは幽霊などではない。身体が半透明になった
だけのただの双海亜美だ。水瀬伊織や秋月律子というストッパーがいない分、いつもより腹が立つ。


160: 2012/06/20(水) 20:37:25.07


「……わかった。とりあえず病院には行ってやる。勘違いするなよ、あずさの為だからな。詳しい話は車の中
 でじっくり聞かせてもらおう。お前の事も一応高木に教えてやらんといかんしな」

「(え――→、どーしよっかな―→。オトメの秘密はそうそう簡単に聞いちゃイケナイんだぞ☆)」

「塗装修理代10万円、今すぐ事務所に請求するぞ」

「すみませんごめんなさいかんべんしてください。あらいざらい白状します……」

 幽霊になったというのに、相変わらずお調子者のガキだ。私は車のキーを用意すると、双海亜美を連れて
社長室を後にした。狐か狸に化かされているような気分だが、それでも構わないさ。たかが超常現象に怯む器
では、961プロの社長は務まらないのだからな!!ハ―――――ハッハッハッハッ!!


162: 2012/06/20(水) 20:39:12.11


「(……うわあ、ひとりで思いっきり笑ってるよ……。キショッ)」

 ぐ………、我慢だ我慢。たかが小娘に気味悪がられたくらいで、この私がショックを受けたり
しないからなっ!!


163: 2012/06/20(水) 20:40:20.41


第四部(前半)終了。後半に続く


167: 2012/06/21(木) 18:31:52.95


***


「だから、どうして私があずさに出会うとお前が助かるんだ?」

「(もーっ!!さっきから説明してるじゃんっ!!黒井社長があずさお姉ちゃんに接近したら、あずさお姉ちゃんの魂
 がビューンって移動して、運命の輪がドーンって来て、亜美のカラダがピカーンってシュツゲンするんだYO!!)」

 病院に向かう途中、双海亜美を助手席に乗せてこれまでの経緯を聞いた。あずさはどういう状態なのか、双海
亜美は何故幽霊になっているのか。しかし先程からこいつの説明は擬音とフィーリングばかりでいい加減で、
どうも要領を得ない。もうなんだかどうでも良くなってきた。


168: 2012/06/21(木) 18:32:51.90


「はあ、もういい。とりあえずあずさに会えばいいんだろう?わかったわかった」

 ずっと気にはなっていたしな。車内の時計を見ると22時を少し過ぎた所だった。今ならうるさい765プロ
の連中もいないだろう。さっさと会って帰ろう。

「(む~、何だかハラ立つなあ。それにさっきからあずさあずさって、黒井社長のくせになれなれしすぎるYO!!
だいたいどうして黒井社長があずさお姉ちゃんの写真を持ってるのさっ!?)」

 頬を膨らまして、すっかり不機嫌になってしまった双海亜美。なんだ、こいつ何も聞いてないのか?てっきり
もう知れ渡っていると思っていたのだが。それとも765プロが伏せているのだろうが。


169: 2012/06/21(木) 18:33:42.85


「(とにかく黒井社長があずさお姉ちゃんの運命の人だなんて、亜美ゼッタイ認めないかんねっ!!黒井社長と
 あずさお姉ちゃんの結婚式なんて、ゼッタイ邪魔してやるっ!!)」

「結婚?何を馬鹿な事を。何故この私が実の姪と結婚しなければいけないのだ」

「(え……めい?さつきの妹?)」

 私の言葉に双海亜美はきょとんとした顔をしていた。どうやら本当に知らなかったようだな。


170: 2012/06/21(木) 18:34:17.26


「あずさは私の妹の娘だ。まあもっとも、妹が氏んで私が引き取ったから、姪というよりは実質的には娘の
 ようなものだがな」

「(ええ~っ!?黒井社長ってあずさお姉ちゃんのアンクルなの~っ!?)」

 幽霊になってもやかましい娘だな。どういう原理だか知らんが、頭の中に直接響くような声でさっきから頭痛
がする。いい加減大人しくしないと、このまま神社に行ってお祓いしてもらうぞ。ぎゃあぎゃあ騒ぐ双海亜美を
無視して、私は昔の事を思い出していた。


171: 2012/06/21(木) 18:35:00.71


***


 昔話をしよう。どこにでもあるような、三文芝居以下のつまらん話だ。

 ある所に兄ひとり、妹ひとりの兄妹がいた。両親は兄妹が幼い頃に蒸発し、ふたりは親戚中をたらいまわしに
されながら生きてきた。親戚のいじめから兄は妹を守り、妹はそんな兄から片時も離れることはなかった。
中学を卒業した頃、兄は妹を連れて親戚の家を出た。朝から晩まで必氏で働いて、妹を高校まで行かせた。
幸い兄は商才があったのか若くして事業を成功させ、妹と2人ささやかな暮らしを手に入れることが出来た。

 しかしそんな生活は長くは続かなかった。妹が20になったある日、結婚して家を出ると言い出したのだ。
相手は妹が職場で知り合ったらしく、兄に内緒で密かに愛を育んでいたらしい。妹のお腹の中には、既にふたり
の愛の結晶が宿っていた。


172: 2012/06/21(木) 18:35:33.55


 兄は怒り狂った。大事に大事に育ててきた妹が自分の知らない所で男を作り、更に妊娠までしていたのだ。
思わず相手を頃してやろうとさえ考えた。当然結婚には猛反対した。妹は兄を何とか説得しようと連日連夜
必氏に訴えたが、兄は妹の声に耳を貸す事はなかった。やがて妹は荷物をまとめて家を出て行き、相手の男も
同時に姿を消した。どうやら2人で駆け落ちしたようだった。

 もしあの時、兄が妹を許してやっていればこんな悲劇は起こらなかったのかもしれない。許す事はなくとも、
妹の足取りを追っていれば別の未来があったかもしれない。しかし後悔しても遅い。兄が妹の居場所を知った
のは妹が家を出てから3年後、安アパートで氏んでいるところを発見されてからであった――――


173: 2012/06/21(木) 18:36:26.54


 役所から連絡をもらい、飛行機に乗って訪れた見知らぬ土地で妹は静かに眠っていた。妹の娘は発見時ひどく
衰弱していたが何とか生きていたので、すぐに病院に搬送された。兄は警察や役所の職員から、当時の妹夫婦が
自分の元を出て行ってからの生活を詳しく聞いた。

 妹夫婦はこの地で新たな生活を送っていたらしい。夫は新たに職を見つけ、妹は娘を産み、妻として母として
甲斐甲斐しく家を守っていた。貧しいながらも幸せそうな夫婦だったらしい。妹は美人で明るく働き者で、近隣
住民からもとても慕われていたそうだ。


174: 2012/06/21(木) 18:36:58.25


 しかしそんな生活は長くは続かなかった。結婚して2年目のある日、妹の旦那は殺されてしまう。犯人は妹の
ストーカーで、旦那から妹を奪おうとしての凶行だった。それ以来、妹は他人との接触を避けて娘とふたりで
ひっそりと生きるようになった。周囲は手を貸そうとしたが、旦那のような犠牲者が出る事を恐れた妹は援助を
受けようとしなかった。そして体を壊し、近所の住民が娘の泣き声に気付いた時には既に手遅れだったそうだ。


175: 2012/06/21(木) 18:38:43.60


 兄は妹夫婦の遺骨と、容体が回復した妹の娘を自分の元へ引き取った。妹に対する罪滅ぼしのつもりだった。 
しかし姪を引き取って2年、兄はその選択を後悔するようになる。すくすくと成長する姪が、あまりにも妹に
似すぎているのだ。顔はもちろんの事、仕草や声まで瓜二つだった。そしてそれが結婚を許さなかった自分を
妹が怨んで現世に甦ったようで、兄は日を追うごとに苦しめられていった。

 結局兄は姪が6歳になる前に、彼女を施設に預けた。自分の存在は一切伏せて、彼女が大きくなるまで施設に
援助を続けながら、離れた所で見守っていた。兄は自己満足の為だけに姪を引き取り、そして自分勝手な理由で
姪を捨ててしまった。だから施設に預けてから彼は姪に会う事は無かったし、今後も名乗り出るつもりもない。
ただ兄はこれからも、妹の忘れ形見を見守っていこうと心に誓っている。

 以上。エゴにまみれて贖罪を勘違いした、愚かな男のくだらない話である―――――


176: 2012/06/21(木) 18:39:34.26


***


「(でもクロちゃん、あずさお姉ちゃんを961プロに勧誘したんだよね。どうして今さらそんなことしたのさ?
 やっぱりクロちゃんも、あずさお姉ちゃんのお色気せくしーオーラにクラっときちゃったの→?)」
 
 セクシーオーラねえ。確かに胸はデカいと思うが、しかし今のあいつは生前のあいつの母親に瓜二つなのだ。
だから身内としては、色気を感じるよりドッペルゲンガーのような不気味さが先行するな。それから勧誘の話を
知られていたのは迂闊だったな。まあこいつはあずさと同じ竜宮小町だし、聞いててもおかしくはないが。


177: 2012/06/21(木) 18:40:09.37


「あずさの母親が夢に出て来たのだよ。あずさを守ってくれと頼みに来たような気がしてな。あずさは765プロ
 のアイドルだし気は進まなかったが、竜宮小町解散後はどうせ女優でもやらせるつもりだろうと予想していた
 から、あいつが続けたがっていたアイドルをやらせてやると言って誘ったのだ。結局断られたがな」

「(え、クロちゃんもあずさお姉ちゃんがアイドル続けたがってたって知ってたの?)」

 さっきからクロちゃんとは誰の事だ。幽霊じゃなかったらひっぱたいているぞ。あずさは昔からアイドルに
なりたいって親代わりの施設職員に言ってたらしいからな。アイドルになって可愛くなって、素敵な旦那に
見つけてもらって早く結婚したいと中学生の頃には夢を語っていたそうだ。まだ相手もいない様だし、
竜宮小町解散後もアイドル活動をやる気でいただろうとは容易に推測できる。


178: 2012/06/21(木) 18:41:08.39


「(へえ~……、あずさお姉ちゃんマジで運命の人をさがす為にアイドルやってたんだ……。亜美はてっきり
 ジョーダンだと思ってたよ……)」

「私も馬鹿げた理由だと思ったがな。何を生き急いでいるのか知らんが、若いのだからもっと人生を楽しめば
 良いのだ。ああいうところまで母親そっくりだよあいつは………っと、そろそろ到着だな」

 駐車場に車を停めて、双海亜美を連れて病院へ向かう。面会時間は過ぎているので裏口から入る事になった。
双海亜美が手を振る先には、我那覇響が待機していた。どうやら道案内をしてくれるようだ。私の顔を見て
我那覇響は露骨に嫌そうな顔をしたが、あずさの為だと我慢をしているのか黙って病室まで誘導してくれた。


179: 2012/06/21(木) 18:41:37.05


「あずささんに変なことしたら許さないからな………」

 病室の前で我那覇響に凄まれる。随分と良い仲間を持ったものだな。

「フンッ、小娘が調子に乗るな。お前達は目上の人間に対する言葉遣いを知らないのか」

 いつも通り見下してやる。我那覇響の頭上のハムスターまでもが威嚇しはじめた。


180: 2012/06/21(木) 18:42:24.97


「(ひびきん、クロっちはあずさお姉ちゃんのね……)」

 私とあずさの関係をばらそうとした双海亜美を睨みつける。おそらくだが、今後の為にもあまり言わない方が
良いと思う。調べれば分かる事だが、私も過去の過ちをあまり知られたくないし、その方が都合が良い。

「それからあずささんのそばで伊織が寝てるさ。起こしたらダメだからな……」

 おいおい、人払いは済んでいるのではないのか?まあ最初から期待はしていないがな。多少のトラブルは
想定内だ。しかしよりによって水瀬の娘がいるとはな。あいつもよく私につっかかって来ていたな。


181: 2012/06/21(木) 18:42:55.56


「私も忙しいのだ。さっさと見舞いをして帰る。お前らみたいな暇人に構っている暇などない」

 それだけ言って、私は病室のドアを開けた―――――


182: 2012/06/21(木) 18:43:45.11


***


「うぐぐ……、ホントにむかつくヤロウだな。今すぐぶん殴ってやりたいぞ……」

「(まあまあひびきん落ち着いて。クロっちもそんな悪い事しないから。きっと大丈夫だYO)」

「なんだ亜美、随分黒井社長の肩を持つんだな。今までウチがあいつに何されたか忘れたのか?」

「(いや~、そういうワケじゃないケドさ……)」


183: 2012/06/21(木) 18:44:43.60


 病室の外で、亜美はひびきんと待機している。あずさお姉ちゃんと運命の人が接触したら、一応何が起こるか
分からないので、特に亜美は近づかない方がいいって占いのオジサンに言われちゃった。でもだったら、病室の
中にいるいおりんも心配なんだけどな……

「自分もそーっと病室の外に連れ出そうとしたんだけど、伊織は寝ててもあずささんから離れないんだ。
あんまり無理したら起きそうだし、放っておくしかなかったぞ」

 大丈夫かなあいおりん……。亜美みたいにユーレイにならなかったらいいケド……


184: 2012/06/21(木) 18:45:20.53


***


 病室に入るとあずさのベッドの横で、水瀬伊織があずさの手を握って寝ていた。目元に涙の筋がいくつか
見える。全く、ガキが無理をしよって。竜宮小町のリーダーだか知らんが、そこまで責任を負う必要はないのに
愚かな娘だ。

 確か双海亜美の話では、私はあずさの手でも握って呼びかけてやれば良いらしい。しかしあずさの手は先約が
ある。私は水瀬伊織の指をゆっくり一本ずつ外しながら、あずさから引き離す。そのまま彼女を抱き上げて、
病室の外にいる我那覇響に手渡してやる。


185: 2012/06/21(木) 18:45:49.79


「邪魔だからお前が面倒見ておけ。もし目が覚めたらちゃんと相手をするのだぞ」

「うぇ……?どうやって伊織を引きはがしたさ!?あんなにがっちりあずささんにくっついていたのに……」

 コツがあるんだよ。昔、あずさの母親が眠れない時によく私にこんな感じでくっついていたからな。身動きが
取れなくて困るから、完全に熟睡した時にそっと離して仕事をしていた。まさかあれがまた役に立つとはな。
私は何も答えず、再び病室に引き返した。


186: 2012/06/21(木) 18:46:38.79


「さて……」

 病室に戻りあずさの顔を眺める。本当に眠っているようだ。しかし見れば見るほど母親にそっくりだな。
あずさの母親は髪が長かったが、それ以外はほとんど生き写しだ。確かもうすぐ22だったか。私が最後に見た
こいつの母親より成長したのだな。もしあの時運命が変わっていたら、こいつは母親と双子のような親子に
なっていたのだろうか。


187: 2012/06/21(木) 18:47:05.12


「おいあずさ、さっさと起きろ。いつまでも周りに迷惑をかけるな。私も大迷惑だ」

 あずさの手をとってやり、そっと呼びかけてみた。しかし特に反応はない。おいおい、これでいいのではない
のか?やはり幽霊の言う事などあてにしてはいけなかったのだろうか。

「フンッ、図体ばかりでかくなりおって。中身は夜泣きしていたあの頃のままだな。いい加減自立しないと、
 この私が961プロで直々に再教育してやるぞ」

 前々から気にはなっていたんだ。どうもお前はのんびりしすぎているというか、年齢のわりに幼い印象がある。
よく迷子になって収録にも遅れているようだし、そんな様子でこれからやっていけるのか。見守る私の気持ち
にもなってほしい。


188: 2012/06/21(木) 18:48:14.52


 あずさは特に反応しなかった。なんだかだんだん虚しくなってきた。私は今頃のこのこ出て来て、一体何を
やってるのだ?こいつの母親に夢枕に立たれてまであずさを守れと言われたのに結局守ることも出来ず、何も
かもが遅すぎたのではないだろうか。

「まだ私を恨んでいるのか?それともあずさを守れなかった事を責めているのか?なあ……」

 ぽつりと、私はあずさに向かって20年ぶりくらいにあずさの母親の名前、そして妹の名前を呼んだ。あいつ
が氏んでからずっと口にする事さえ避けてきた名前だ。しかしもはやこれくらいしかあずさにかける言葉が思い
つかなかった。いきなり言われても何の話か分からないと思うが。


189: 2012/06/21(木) 18:48:45.96


「……?何だ……?」

 私があずさの母の名を呼ぶと、握っていた手が光り出した。これは……私の手が光っているのか?やがてその
光がだんだん大きくなってきて、私とあずさを包み込んでいく。そして視界が光に覆われて、部屋全体に
広がっていった。

―――――フンッ、意地の悪い女だ。母親の名前を呼ぶのを待ってやがったな。あいつの入れ知恵か?

 こんなに愉快な気持ちになったのは久しぶりだ。そこで私の意識は暗転する。


190: 2012/06/21(木) 18:49:24.93


***


 光が徐々に落ち着いていき、目が慣れて来る。そこは先程までの病室ではなく、辺り一面が淡い白色の優しい
温かな空間だった。辺りには何もない、現世とは思えない浮世離れした世界。ここは天国だろうか。

「フンッ、私を道連れにするつもりか。お前を守ってやれなかったからな。それもやむを得ないか」

 辺りを見回しながらひとり呟く。しかしてっきり地獄に連れて行かれると思っていたがな。961プロを大きく
する為にあくどい事も随分やってきた。私を恨んでいる人間は大勢いるだろう。


191: 2012/06/21(木) 18:49:54.42


「まさか。そんな事しませんよ。ここはあの世でも天国でもありません。ちゃんと人間界に帰してあげます♪」

 すると後ろから聞き慣れた声がした。懐かしい声のようで、つい最近聞いたような不思議な女の声。さて、
どちらだろうか。私はゆっくり振り返った。


192: 2012/06/21(木) 18:50:25.08


「すみません、わざわざこんなところまでお越しいただいて。お久しぶりです黒井社長」

 髪の短い方だった。どうやらあずさだな。もう私の目には、どっちがどっちか区別がつかないよ。あずさは
相変わらずの穏やかな微笑みを浮かべて、少し離れた所に立っている。


193: 2012/06/21(木) 18:50:51.56


「フンッ、全くだ。それで私はこれからどうすれば良いのだ。どうやったらお前は目覚める?」

「私にもよく分からないんです。今はまだここで亜美ちゃん達にお任せするしかないみたいで。これからどう
 なるか分かりませんが、私もここでゆっくり亜美ちゃんも一緒に助かる方法でも考えようかと思います」

 双海亜美ほどではないが、いまいち要領の得ない掴みどころのない答え。おそらくあずさ自身も、今どういう
状況におかれているのかよく分からないのだろう。しかし相変わらず危機感がないというか、自分は絶対に
氏なないし、双海亜美も必ず助かると信じている。その自信はどこから来るんだ。


194: 2012/06/21(木) 18:51:47.67


「そうか……」

 それだけ言って、私とあずさはしばし無言になる。あずさの話しぶりから見るに、おそらくあずさは私と
双海亜美の会話を聞いているだろう。迂闊だっただろうか。しかし前に961プロに勧誘した時、いやもっと
以前から、あずさは私が自分の叔父である事を知っていたような気配がある。こいつも20を過ぎた大人だ。
自分の素性くらいは調べていたのかもしれない。


195: 2012/06/21(木) 18:52:18.51


「母に会ってきました」

 笑顔を崩さないまま、ぽつりとあずさがつぶやいた。やはりここは天国なのか?ならばあいつもここにいるの
だろうか。さぞや私を憎んでいる事だろうな。


196: 2012/06/21(木) 18:52:53.19


「いえ、残念ながら母はここにはいません。代わりに伝言を預かっています」

「ほう、聞こうではないか」

「『つまらない意地を張ってごめんなさい。だから兄さんも、もう意地を張るのをやめて』だそうです」

「……それだけか?」

「はい、それだけです♪」

 思わず拍子抜けしてしまった。もっと罵詈雑言を浴びせられると思っていたが。


197: 2012/06/21(木) 18:53:39.91


「フフフフフ………、ハーッハッハッハッハッハッ!!」

 あいつめ、何を言うのかと思えばそんなくだらん事を。わざわざ娘に伝言を頼むほどの事なのか。

「あなたと母の間に何があったのかは知りません。母も教えてくれませんでしたから。でも母はあなたに感謝
しているようでしたよ。ちょっとひねくれたところはあるけど優しいお兄さんだったって教えてくれました」

「フンッ、心にもない事を言いよって。お前も私がどういう人間かよく分かっているだろう。悪徳芸能事務所の
 大悪党、それがこの黒井嵩男だよ」

「あら、そうでしょうか?私も母と同意見ですけど。ほんの少しの間でしたがお世話にもなりましたし」

 ニコニコとした笑顔で答えるあずさ。……全く、調子が狂うな。これ以上の会話は無意味だ。私は帰らせて
もらおう。


198: 2012/06/21(木) 18:54:06.73


「フンッ、とにかくさっさと目を覚ませ。そしてあのクソガキを黙らせろ。今日のように幽霊になって事務所
 に不法侵入されたらたまらん」

「あら、可愛らしくていいじゃないですか♪私だったら大歓迎ですけど。私が眠っている間、あの子の事を
 私のように見守っていただけるとありがたいです。それから伊織ちゃんや律子さん達の事も心配で……」

 付き合いきれん。何故この私がライバル事務所のアイドルの事を気にかけてやらねばならないのだ。他人の
心配をしている暇があれば、自分が1秒でも早く目覚める事だな。お前が目覚めれば全てが解決するらしいぞ。


199: 2012/06/21(木) 18:55:21.99


「そうやって人の話を聞かない所はお前の母親そっくりだよ。とにかくさっさと起きろ。765プロが活動して
 いないと私も張り合いがないではないか。獲物は活きの良い方が狩る側としても楽しいからな。竜宮小町
 を解散したぐらいで弱ってもらっては困るのだよ。弱小は弱小らしく、あくせくと踊り続けるのがお似合いだ」

「はい、わかりました。これからもお手柔らかにお願いしますね。黒井社長も私達全員が立派になるまで、お体
 を壊さないようにご自愛下さい。それからもう歳なんだから、相応の落ち着きを見せてはどうですかって
 母が言ってましたよ。うふふふふ……」

 どうしてこいつはこう話が通じないのだろうな。それから病人と氏人に心配される程、私は落ちぶれては
いない。日和見主義の高木と一緒にするな。まだまだ若手に譲るつもりは無い。私は生涯現役、現場主義なのだ。
あずさの言葉には応えず、私は彼女に背を向けて歩き出した。もう話す事もないだろう。お節介も終了だ。
我ながら、柄にもない事をしてしまったな。


200: 2012/06/21(木) 18:55:51.87


「今日は来て下さってありがとうございました。何のお構いも出来ずに申し訳ありません。それではお元気で
 …………………おじさま」

 聞こえないふりをする。出来ればこれからも黒井社長で頼む。お前にそんな風に呼ばれると、何だか身体の
あちこちがむず痒くなるんだよ―――――


201: 2012/06/21(木) 18:56:19.31


***


「ちょっとっ!!いつまであずさの手を握ってんのよっ!!さっさと離れなさいよっ!!」

 意識を取り戻すと両頬に軽い痛みを感じた。目を開けると、水瀬伊織が私に平手打ちをしている。それを
我那覇響が必氏に抑えていた。


202: 2012/06/21(木) 18:57:07.96


「お、落ち着くさ伊織っ!!気持ちは分かるけどそれ以上やると色々面倒な事になるさっ!!」

「これが落ち着いていられるわけないでしょうっ!!なんでコイツがここにいるのよっ!!まさかアンタの手引き
 じゃないでしょうねっ!?」

「う、う~んそれは……」

 キャンキャンと喧しい奴らだ。私はそっとあずさの手を離すと、そのまま争っているふたりを無視して病室の
出口へと向かった。


203: 2012/06/21(木) 18:57:40.36


「待ちなさいよっ!!」

 水瀬伊織が呼び止める。相変わらず尊大な態度だ。いつまでもそんな調子では老後が寂しいぞ。

「……何だ。私も忙しいんだ。手短に頼む」

 一睨みしてやると水瀬伊織は一瞬怯んだが、すぐにまた威勢を取り戻す。なかなか気丈な娘だ。


204: 2012/06/21(木) 18:58:06.32


「アンタとあずさの関係は知ってるわよ。でも私達は961プロにあずさを渡さないからね!!アンタなんかより
 私達の方がよっぽどあずさの事を大事にしてるんだからっ!!」

 こいつが情報を抑えていたか。高木は知っていそうだが、黙っていてくれるならそれに越したことは無い。


205: 2012/06/21(木) 18:58:47.83


「何の話だ?それに注意力散漫で交通事故に巻き込まれるような、自己管理も出来ないプロ意識の低いアイドル
 は961プロにはふさわしくない。精々これからも弱小事務所で細々と活動しているがいい。お前らのような
 小バエ共、この私がいつでも潰してやるわ」

 そう言って高笑いをしながら病室を出る。後ろでまだギャーギャー喚いていたが、もう相手をするのも疲れた。
病院を出ると、半透明の双海亜美が裏口に立っていた。どこに行ったのかと思えばこんな所にいたのか。


206: 2012/06/21(木) 18:59:29.76


「(いおりんが起きちゃったからね→。ひびきんとお姫ちんは知ってるんだけど、他のみんなには亜美のことは
 まだナイショなんだ→。だからクロちゃんも秘密ってことでヨロシク!!)」

 言うも何も、お前らの事をどうやって伝えればいいのだ。普通に説明したら私がおかしくなったのかと周囲に
心配されるわ。しかしこれで良かったのか?結局何も変わらなかったような気がするのだが。


207: 2012/06/21(木) 19:00:24.07


「(うん!どうもあんがとね→。亜美もよくわかんないケドもうちょっと頑張ってみるYO!そんじゃクロちゃん
 まったNE→☆)」

 それだけ言うと双海亜美は徐々にその姿を消し、やがてその声も完全に聞こえなくなってしまった。結局今夜
の事は全て夢だったのではないだろうか。しかし頬をつねってみると痛かった。


208: 2012/06/21(木) 19:00:56.54


「あずさを頼んだぞ……」

 先程まで双海亜美がいた虚空に向かって、私は誰も聞こえない位の小さな声でつぶやいた。それから車に
乗り込み、961プロ事務所に向かう。時計を見ると間もなく日付が変わろうとしていた。やれやれ、今日は徹夜
になりそうだな―――――


209: 2012/06/21(木) 19:01:27.05


第四部終了。つづく


212: 2012/06/23(土) 00:19:58.04


第五部「とろぴかるナイスガイ!」


「なるほど。あずさ殿の親類縁者であったか。ならばあずさ殿の魂が近くに寄り添ったのも納得出来る。言う
ならば『元・運命の人』と言ったところかな。氏は天涯孤独のあずさ殿を引き取り、彼女が大きくなるまで
 陰ながら見守っていた。氏がいなければ今のあずさ殿はいなかったはずだ。あずさ殿の魂が時空を超える
 過程で、そのような人物の魂に寄り添うこともあるのだろう」

 次の日、亜美はひとりで占い師のオジサンのビルに来ていた。ひびきんはあれからいおりんに捕まって、今も
クロちゃんとの関係をジンモンされてるみたい。うまくごまかしてくれたらいいんだけどなあ。


213: 2012/06/23(土) 00:21:53.39


「(もー紛らわしいYO!!てっきり亜美はあずさお姉ちゃんがクロちゃんのお嫁さんになっちゃうと思って
 メッチャあせったじゃんっ!!オジサンもちゃんと説明してくれないと困るYO!!)」

「運命と一言で言っても色々あるからのう。誕生、暮らし、進学、就職などなど、人生にはその都度運命を決定
 づけた誰かがいるのだよ。21年とはいえ、あずさ殿は多くの人に出会っているだろう。だがそのような人でも
 黒井氏のような、魂が寄り添う程の密接な関係を持つ相手などそうそうおらん。未来を共に歩むような相手
 なら尚更だ。だから次の相手なら期待してもいいのではないかな」

 しかも『運命の人』ってのはひとりじゃないみたい。クロちゃんが持ってたあずさお姉ちゃんの魂は3分の1
くらいで、あずさお姉ちゃんの魂のカケラを持ってる人は他にもいるみたい。残りが3分の2ということは、
運命の人はあと2人いるのかな。それとも運命の人は、残りの全部を持ってるのかなあ。こればっかりは
ジッサイに会って、あずさお姉ちゃんのトコロまで連れて行かないと分からないみたい。


214: 2012/06/23(土) 00:23:35.20


「(で、オジサン。次のあずさお姉ちゃんの運命の人は見つかったの?亜美もさっさと助けて早く元に戻りたい
 んだケド……)」

「そう急かすな。一応目星は付いているのだが、どうも次の相手は行動範囲が広くてなかなか定まらんのだ。
 時間がかかりそうだから、テレビでも見て大人しく待っておけ」

 は~い、って返事をして、亜美はお昼のワイドショーを見てた。一週間以上も経ったら、さすがに亜美達の
ニュースも小さくなっちゃうな。765プロはまだお休みしてるし、ファンが減っちゃわないか心配だなあ……


215: 2012/06/23(土) 00:25:20.76


『ここでたった今入ったニュースです………』

 ボーっとテレビを見ていると、芸能リポーターの兄ちゃんがいきなり画面に割り込んできた。

『人気男性アイドルグループ『ジュピター』の伊集院北斗さん(20)が、ライブのリハーサル中に足を挫いて倒れ、
病院に搬送された模様です。骨などには異常は無いようですが、靭帯を痛めている可能性もあるので大事を
 取って明日のライブは見送る事に……』

 何やってんのジュピター。ダッセ→。イジューインって、確かほくほくだよね。いっつも「チャオ☆」とか
カッコつけてるクセにみっともないZE!!


216: 2012/06/23(土) 00:26:24.14


「お、ようやく居場所が固定されたな。全く、うろちょろしよってからに……」

 亜美の後ろでオジサンがレーダーを止めた。お、ついに発見しましたか。うむ、ご苦労ご苦労。

「○○病院……?はて、あずさ殿が入院している病院のようだな。何か病院に用事でもあるのか?じっとして
 いるあたり、もしかしたら入院でもするのかもしれんな」

 …………なんだかメッチャ嫌な予感がするんだケド。まさか、ね。


217: 2012/06/23(土) 00:27:10.98


***


――病院――


「悪いな冬馬、翔太。ライブが中止になっちまって」

「気にすんな。むしろサボる口実が出来てラッキーだぜ。オッサンも最近俺らに隠れて何かコソコソやってる
 みたいだし、それを棚上げしてハードなスケジュール押し付けられてムカついてたんだ」

「あはは、そんな事言ったらダメだよ冬馬君。でも大したケガじゃなくて良かったね。3日くらい安静にして
 いたら大丈夫なんでしょ?たまにはゆっくり休んだらいいと思うよ」

 同じグループのメンバーに謝罪する。全く、年長者の俺がこんなんじゃカッコつかないな。我ながら情けない
限りだ。社長にもさっき電話で怒鳴られちまったよ。デビューしてからおよそ一年、天下のジュピターがライブ
に穴を空けたのは初めてだ。


218: 2012/06/23(土) 00:27:43.71


「それじゃあ俺達は帰るからゆっくり寝とけよ。ナースに手を出すんじゃねえぞ」

「じゃあね北斗君。また来るよ」

 冬馬と翔太はそう言って、病室を出て行った。俺より年下なのにしっかりしてるよ。初めはこんなガキと組む
のかと憂鬱にもなったけど、今ではすっかり良い仲間だ。ジュピターのメンバーはあいつら意外に考えられない。
でもそろそろあいつらに合わせるのがキツくなってきた。


219: 2012/06/23(土) 00:28:44.21


「潮時、かな……」

 病室にひとり取り残されて、俺はぽつりとつぶやいた。思えば翔太くらいの時からアイドルを目指して8 年と
ちょっと。今までがむしゃらに頑張って来た。デビューするのは遅かったけど、それでもジュピターとして人気
アイドルの一員になれた。俺のアイドル人生、もう十分じゃないだろうか。あんな簡単なステップでケガをする
なんて、そろそろ引退を考えないといけないかもしれないな。


220: 2012/06/23(土) 00:29:16.84


「先輩らしくないですね。何弱気な事を言ってるんですか」

 ふと病室の入口から、昔よく聞いた可愛い後輩の声がした。たまには入院もしてみるもんだな。まさかキミが
お見舞いに来てくれるとは思わなかったよ。


221: 2012/06/23(土) 00:29:49.83


「チャオ☆律子ちゃん。わざわざ俺の為に来てくれたのかい?嬉しいなあ」

「違いますよ。上の階であずささんが入院してるからついでに寄っただけです。一応伊集院先輩があずささんに
 手を出さないように釘を刺しておこうと思いまして」

 昔とは違うスーツ姿で、765プロの敏腕プロデューサー秋月律子ちゃんが病室の入口に立っていた。伊集院
先輩って懐かしい呼び名だね。一緒にレッスンしていたアイドル候補生時代を思い出すよ。北斗でいいって
言ったのに、律子ちゃんだけは最後まで他人行儀に伊集院先輩って俺の事を呼んでいたよね。俺がジュピターと
してデビューして、律子ちゃんがプロデューサーになってからは互いに話す事もなくなったけど。


222: 2012/06/23(土) 00:30:21.85


「おいおい、この足を見てくれよ。こんな状態でどうやってあずさちゃんに会いに行けって言うのさ?」

「男の人って足が三本あるんでしょ?伊集院先輩だったら問題ないんじゃないですか」

 うわ、昔はそんな下ネタ言ったら顔を真っ赤にして怒ってたのに律子ちゃんも随分変わったね。あの頃の
ウブなキミはどこにいったんだい?


223: 2012/06/23(土) 00:31:05.40


「私だっていつまでも子供じゃありませんよ。アイドル辞めてプロデューサーになって、色々知りたくない
 ような世界も知ってしまいました。あの頃と変わらない伊集院先輩とあずささんが羨ましいですよ」

 ベッドのそばの椅子に座って、律子ちゃんは遠い目をして寂しげに笑った。なるほど、色々大変みたいだね。
プロデューサーになった律子ちゃんは俺達以上に苦労しているようだ。本当に尊敬するよ。


224: 2012/06/23(土) 00:31:34.00


「よしてくださいよ。私は夢を諦めた人間です。今でこそ敏腕プロデューサーなんて持てはやされてますけど、
 結局は挫折したんですよ。私から見たら、努力を続けて夢を叶えた先輩達の方がよっぽど尊敬出来ます」

 律子ちゃんはそれだけ言うと、俯いて黙ってしまった。よくオーディションに落ちた時とか、この子はこんな
感じで泣くのを我慢していたっけな。その度にあずさちゃんが慰めていたけど、今泣かれたら俺は彼女を慰める
事が出来るかな。女の子の扱いには慣れているつもりだけど、律子ちゃんだけは昔から苦手なんだよな……


225: 2012/06/23(土) 00:32:06.41


「……すみません。愚痴を言いに来たつもりはなかったんですけど、ついつい懐かしくなっちゃって」

 少し待っていると、律子ちゃんが顔を上げた。お、泣いてないな。偉い偉い☆

「もうっ!子供扱いしないで下さいよ!伊集院先輩はいつもそうなんですから」

 頭を撫でようとした手を叩いて、律子ちゃんが怒る。ははは、昔もこうやってよく叩かれたっけな。あずさ
ちゃんや他の女の子にちょっかいを出そうとしたら、その度に律子ちゃんが飛んで来て俺の手を叩いて来た。
俺はそれが面白くて、ついつい調子に乗っておちょくってたっけな。


226: 2012/06/23(土) 00:33:02.24


「……あずさちゃんと何かあったの?あずさちゃんが事故に遭った日って、竜宮小町の解散ライブの日だよね。
 今後の活動方針で、あずさちゃんと意見が合わずにケンカでもしちゃったのかな?」

 俺は核心を突いてみる。状況を察するあたりおそらく間違いないだろう。律子ちゃんはプロデューサーとして
事務所の意向を伝えたはずだ。候補生時代から一緒に頑張って来た妹分の律子ちゃんに自分の希望を反対されて、
あずさちゃんもショックが大きかったんじゃないかな。


227: 2012/06/23(土) 00:33:34.81


「流石、伊集院先輩は何でもお見通しですね………。時々心を見透かされているようでぞっとしますよ」

「俺は女の子の事なら何でも分かるのさ。わざわざ律子ちゃんが俺の所に来るなんて、あずさちゃんの話くらい
 しかないだろう?事務所は違ったけど、俺達3人は同時期のアイドル候補生の中では最後まで残った仲間
 だからね」

 俺がおどけてみせると、律子ちゃんはクスリと笑ってお見舞いのリンゴを手に取った。そして慣れた手つきで
皮を剥いていく。まるで何かをごまかそうとしているかのように……


228: 2012/06/23(土) 00:34:40.25


「……正直、竜宮小町にあずささんを入れた事は今でも良かったのか分からないんです。ウチにはあずささん
 より若くて才能がある子も他にいました。小悪魔的な魅力を持った伊織をリーダーにして、せっかく才能が
 ある双子がいるんだから1人はグループで、もう1人はソロで売り出して行こうと思って亜美を入れて。
 ここまでは良かったんですけど、最後の1人は本当に悩みました」
 
 わお、これまたぶっちゃけたね。あずさちゃんにはとても聞かせられないな。


229: 2012/06/23(土) 00:35:40.60


「私情を挟まなかったかと言われたら嘘になります。私もずっとあずささんがアイドルを目指して頑張っている
 のを間近で見ていましたから、その経験が活かせないかと考えたんです。自分よりもだいぶ若い子と組ませて、
 しかもリーダーじゃないなんて、あずささんのプライドを傷つけてしまったかもしれません。でもこの機会を
 逃したらもうあずささんはアイドルになれないような気がして、最終的にねじ込みました」

 ちょうど俺がジュピターに入った時の心境だったのかもしれないな。あずさちゃんは気にしなさそうだけど。
しかし結果だけ見れば、竜宮小町は大成功したじゃないか。律子ちゃんの判断は間違ってなかったんじゃない
のかい?


230: 2012/06/23(土) 00:36:46.52


「最初の頃は随分批判もされましたけどね。『無理して若作りさせるな』とか、『あずささんだけ浮いてる』とか
 私も胃の痛い思いをしましたよ。でもあずささんは私以上に辛かったと思います。なのにそんな世間の声に
 負ける事なく、あずささんは実力で竜宮小町のメンバーとしての地位を確固たるものにして、未熟な他の2人
 のフォローもよくしてくれました。あのユニットの本当のリーダーはあずささんだったんですよ」

 それは見てて分かったよ。あずさちゃんの頑張りがあったからこそ、伊織ちゃんと亜美ちゃんがあれだけ
活き活きしていたのだろう。それから律子ちゃんも、あずさちゃんのおかげで安心して竜宮小町を売り込む事が
出来たんだろ?あずさちゃんの包容力は半端じゃないからね。


231: 2012/06/23(土) 00:37:20.56


「ええ、私もすっかりいつの間にかあずささんに甘えてしまっていました。アイドル候補生だった頃はよく
 可愛がってもらっていましたけど、プロデューサーになってからも自分の立場を忘れて私はあずささんに
 頼り切っていたのかもしれないですね。そしてそれがあの事故のきっかけになってしまった……」

 リンゴを剥き終えた律子ちゃんが黙ってしまった。再び俯いてしまう。あらら、今度は泣いちゃったかな。


232: 2012/06/23(土) 00:37:56.92


「今になって考えれば分かっていた事だったんです……あずささんが竜宮小町にどれだけ強い思い入れを持って
 いたのかって事くらい……念願だったアイドルになれて、一躍人気者になって、私もあずささんを頼って、
 それがどれだけのプレッシャーになっていたか……。それでもあずささんは頑張ってくれたのに、そんな竜宮
 小町を私はあずささんから取り上げて、更にはもう用無しと言わんばかりにアイドル歌手以外の方針を突き
 付けた……それがどれだけ残酷な事か………」

 なるほどね。やっぱりそういう話になっていたんだな。あずさちゃんは本当に竜宮小町を楽しそうにやって
いたからなあ。俺達ジュピターが竜宮小町で一番脅威に感じていたのはあずさちゃんだった。あずさちゃんの
コンディションを見て、俺達はライブバトルの対策を考えていたくらいだ。浮いているなんてとんでもない。
むしろあのグループは、あずさちゃんがいて初めて完成していたんだ。


233: 2012/06/23(土) 00:38:44.81


「このままあずささんが目を覚まさなければ、私は一体どうしたらいいのか……おまけに亜美も行方不明のまま
 だし、本当に最後の最後になって、私が竜宮小町をぶち壊してしまって……いえ、もう765プロ自体が存続の
 危機で……」

 俺は律子ちゃんからリンゴを受け取ると、黙って一口かじった。しょっぱいな。こんな悲しい味のするリンゴ
を食べたのは初めてだ。やっぱり果物と女の子は、甘くないと美味しくないよね☆


234: 2012/06/23(土) 00:39:17.26


「律子ちゃん☆」

「………なんですむぐっ!?」

 目を赤くした律子ちゃんが顔を上げた瞬間に、俺は彼女の口にバナナを押し込んでやった。プロプレイボーイの俺が言うと誤解があるかもしれないから一応言っておくけど、果物のバナナだからね?


235: 2012/06/23(土) 00:39:50.29

「むぐっ、むぐぐぐぐっ……!!」

 口いっぱいにバナナをほおばりながら、必氏に何かを言おうとしている律子ちゃん。その様子がおかしくて、
ついつい笑ってしまった。


236: 2012/06/23(土) 00:40:27.06


「大丈夫だよ律子ちゃん。俺もあずさちゃんも、こんな年になるまでアイドルになるというバカな夢を諦め
 きれずに踊り続けてきたロクデナシだ。あずさちゃんは知らないけど、俺は随分親を泣かせてきたよ。だから
 それだけずっと強い。自分のグループを取り上げられたくらいで、俺もあずさちゃんもへこたれたりしないさ」

 俺の言葉を律子ちゃんはバナナを食べながら、黙って聞いていた。


237: 2012/06/23(土) 00:41:04.47


「それにあずさちゃんも、真面目に頑張ってるように見えて結構いい加減だぜ?律子ちゃんの前では良い先輩を
 演じていたけど、俺とふたりになったらいかにレッスンを効率よくサボるかってよく話し合ってたよ。そんな
 事ばかりしてたから、俺達はこんな年までデビュー出来なかったのかもしれないけどな」

 律子ちゃんがびっくりしている。本当はあずさちゃんの名誉の為にも内緒にしておくつもりだったけど、律子
ちゃんをこんなに悲しませた罰だ。後で怒られそうな気もするけど、それで目が覚めるのならそれもいいだろう。


238: 2012/06/23(土) 00:41:55.68


「きっとあずさちゃんは疲れちゃったんだよ。だから今は少し休んでいるだけ。今はちょっと混乱しているかも
 しれないけど、しばらくしたら自分の中で答えを見つけてまた元気に活動するよ。俺達はずっとそうしてきた
 だろ?律子ちゃんだって、プロデューサーという形でアイドルの仕事を頑張っているじゃないか。夢を諦めた
 なんてとんでもない。アイドルとプロデューサーなんて『輝く』か『輝かせる』かくらいの違いだろ?
 律子ちゃんもちょっと方針転換しただけで、俺達と変わらないさ」

「ふぇんはい……」

 ようやく声が出るようになったみたいだ。ちょっと詰め込みすぎたかな。


239: 2012/06/23(土) 00:42:40.92


「……ごっくん。失礼しました。そうですよね。あずささんがそんな簡単にこの業界からいなくなったりする
 はずないですよね。同期の候補生の中でもアイドルにかける情熱は当時から一番でしたし。むしろそんな
 あずささんに怖気づいて辞めた子もいましたし……」

「そういえばそうだったね。あの頃のあずさちゃんは、ニコニコ笑ってはいるけど何か怖かったもんな。今は
 だいぶ丸くなったけど、たまに鋭い目つきで睨まれることがあるよ。あの人は殺されても氏なないさ」

 本人の居ない所で言いたい放題だな俺達。当時のこんな話が出来るのも律子ちゃんだからだけど。


240: 2012/06/23(土) 00:43:20.20


「なんだかちょっと楽になりました。そろそろ仕事に戻りますね。亜美も捜さないといけないし、事務所が
 活動停止していても結構やること多いんですよ。どうもありがとうございました」

 律子ちゃんはそう言って、病室を出て行こうとした。……と思ったらドアの前で立ち止まり、振り返って
赤い顔をしてもじもじとする。


241: 2012/06/23(土) 00:44:10.55


「あ……、あの伊集院先輩……。また相談させていただいても………」

 やれやれ。この子はこうやってすぐに甘えてしまう。さっきあずさちゃんにそうして反省しているって言って
なかったかい?強がっているように見えてそういう所は昔と変わってないな。


242: 2012/06/23(土) 00:44:39.02


「律子ちゃん、さっきのバナナ食べてる顔なかなか工口かったよ。今度俺のバナナも食べて欲しいな☆」

「な……っ!?サイッテ――――ッ!!二度と来ませんからっ!!さっさと氏んで下さいっ!!」

 それだけ喚き散らすと、病室のドアを叩きつけて出て行った。あれだけ元気になったらもう大丈夫だろう。
足が三本とか言ってたくせに、まだまだお子様だね☆


243: 2012/06/23(土) 00:45:08.79


「ふぅ~、それにしても亜美ちゃんはどこに行ったのかなあ。神隠しなんて言われているけど、ホントに消えた
 とも思えないし……」

 再び1人になった病室で、俺は気になる事を口にしてみる。あずさちゃんは放っておいても起きそうだけど、
亜美ちゃんは本当に分からない。あの子も何だかんだでしぶとく生きてそうだけど。


244: 2012/06/23(土) 00:45:43.87


「(うあうあ―――→っ!?カラダがポカポカしてきたYO――――→!!ほくほくが運命の人とかチョーサイアク
 じゃ―――――ん!!マジありえな―――――い!!)」

 急にどこからともなく亜美ちゃんの声が聞こえて来た。何だ?幻聴か?俺も疲れているのかな………


245: 2012/06/23(土) 00:46:51.46


「(ところでほくほく、さっきりっちゃんがメッチャ怒りながらこの病室から出て来たんだケドなんかしたの?)」

「どわっ!?」

 ふと横を見ると、どこから現れたのか半透明の亜美ちゃんが立っていた。俺は思わずベッドから転げ落ちた。
あいたたた、入院長引くかもしれないなこれは………


246: 2012/06/23(土) 00:48:51.13


第五部前半終了。後半につづく

251: 2012/06/23(土) 20:54:14.75


***


「(もーほくほく遅い―――→!!さっさと来てよ――――→!!)」

「無茶言わないでよ亜美ちゃん………。俺まだ松葉杖とか慣れてないんだからさ………」

 夜になって、俺は亜美ちゃんの幽霊に案内されてあずさちゃんの病室を目指していた。何だかよく分からない
けど、俺があずさちゃんの手を握って優しく呼びかけてあげたら、亜美ちゃんは人間に戻って、ついでにあずさ
ちゃんも目を覚ますらしい。別にそれくらいはお安い御用だけど、今あずさちゃんの病室には誰もいないよね?


252: 2012/06/23(土) 20:55:52.37


「(んっふっふっ~、ほくほくはプレイボーイだからね→。あずさお姉ちゃんの病室に侵入したなんて事がみんな
 にバレたら、フクロにされちゃうかもNE―――→)」

 怖いこと言わないでよ。お昼に律子ちゃんに釘さされたばかりなのに、シャレにならないって……

「(ダイジョーブダイジョーブ!!ちゃんとチェックしてるから!!今日はひびきんがそばについてるってちゃんと
 言ってるから誰も来ないって♪)」

 どうやら現在の亜美ちゃんの状況を知っている子もいるみたいだ。しかし基本的には秘密のようで、固く
口止めをされてしまった。う~ん、とりあえずレディの秘密は守らないとね☆


253: 2012/06/23(土) 20:56:34.29


「ゲ……、ホントに来たぞ……。なあ亜美、ホントにコイツが運命の人なのか……?」

 病室の前まで行くと、響ちゃんが待機していた。そんなイヤそうな顔しないでよ。俺は今日は王子様として、
眠り姫をキスで起こしに来たんだからさ☆

「キ……、キスなんてしたらダメだからなっ!!事務所通して訴えてやるさっ!!」

 顔を真っ赤にして怒る響ちゃん。ハハハ、冗談だよ。なんかこの反応、昔の律子ちゃんを思い出すなあ。


254: 2012/06/23(土) 20:57:27.67


「(手握るだけだかんね!それ以上したら亜美が呪っちゃうかんね!)」

 声を低くして脅してくる亜美ちゃん。キミみたいな可愛い幽霊に呪われるんだったら俺も大歓迎だよ☆

「(ぐぬぬ……、やっぱりほくほくはてごわいYO………)」

「これが大人の余裕なのか……?確かあずささんもこんな感じだぞ……。意外とお似合いかもしれないさ……」

 それは光栄だね。でも俺にはとてもあずさちゃんの相手は務まらないよ。松葉杖でケンケンしつつ、俺は彼女
が眠る病室に入った。


255: 2012/06/23(土) 20:58:02.66


***


「チャオ☆久しぶりあずさちゃん。元気………なワケないか」

 あずさちゃんが眠るベッドの横に腰かけて、話しかけてみる。何だか本当に今すぐ起きそうだな。一週間
以上も眠っているとは思えない。ノーメイクでもここまで美人なのは流石だね。ええと、とりあえず手を握れば
いいんだっけ……?


256: 2012/06/23(土) 20:58:57.67


「あずさちゃん、いい加減に起きないと律子ちゃんが胃に穴を空けて倒れちゃうよ。あんまりイジワルしちゃ
 ダメじゃないか。あの子は真面目で不器用で、融通が利かないんだから☆」

 あずさちゃんの手を握り、こっそり耳元で囁いてみる。昔はダンスレッスンをサボりたい時とか、時々こう
やって狸寝入りをしていたよね。俺しか見抜けなかったけど、律子ちゃんはいつも本気で心配してたんだよ。


257: 2012/06/23(土) 20:59:29.48


「おや……?これが亜美ちゃんの言ってた『ビカーン!!』ってやつなのかな?」

 手を握っていると、俺の手が輝きだした。薄い緑色のような、何だか落ち着く雰囲気の色だ。そのまま俺達
は光に包まれて、同時に俺は急激な眠気に襲われた―――――


258: 2012/06/23(土) 21:00:38.58


***


「う……、ここは……?」

 目を覚ますと、そこは何もない世界だった。うっすらと淡い緑色の光に包まれている。ハハ、まるでライブ
会場みたいだな。サイリウムでも光ってるのかな。


259: 2012/06/23(土) 21:01:07.62


「北斗くんこういう景色が好きでしょう?ジュピターは緑色ですものね~」

 後ろから聞き慣れた声がする。北斗くんなんて呼ばれるのも久しぶりだな。ファンの女の子やガールフレンド
の中にはそんな風に呼ぶ子もいるけど、俺を弟のように扱うのは今も昔もキミだけだよ。


260: 2012/06/23(土) 21:01:48.07


「美少女戦士なら古いよ。もう亜美ちゃん世代の女の子は知らないんじゃないかい?」

 振り返ると、そこには昔と変わらないニコニコした笑顔であずさちゃんが立っていた。相変わらずスキがない
なあ。だから俺なんかじゃあずさちゃんの王子様にはなれないんだよ。

「もう、またそんな事ばかり言って~。昔から私の事なんて眼中にないくせに~♪」

 参ったな。やっぱりお見通しだったか。あずさちゃんは文句なしの美女なのに、なんかおっかないんだよな。
全然似てないのに、不思議と黒井社長に通じるところがあるんだよ。


261: 2012/06/23(土) 21:02:19.01


「何だか亜美ちゃんに言われて来たんだけど、俺はあずさちゃんの運命の人なの?あずさちゃんを助けるには、
 俺の力が必要だとかドラ○ンボールみたいな事言われたんだけど」

「う~ん、半分正解って感じかしら~。確かに私がアイドルを続ける事が出来たのは律子さんと北斗くんが
 一緒に頑張っていたからだけど、北斗くんが『運命の人』かと言われたら、ちょっと違う気がするのよね~」

 俺もそう思うよ。あずさちゃん俺を恋愛対象として見てないもんね。友達付き合いをする分には楽しそう
だけど、結婚なんて考えられないよ。


262: 2012/06/23(土) 21:03:18.48


「俺をわざわざこんなところまで呼び出したのは律子ちゃんの事でしょう?お昼に律子ちゃんも俺に相談に
 来たよ。これでも一応トップアイドルなんだから、スキャンダルになるような真似は控えて欲しいな」

「うふふ~、レディの相談には乗るものよ。それにここは私達以外誰も居ないんだから、気にすることも
 ないわ~。久しぶりに会ったんだし、ちょっとお話でもしましょうか」

 やれやれ、こう言われると逆らえないんだよな。今あずさちゃん大ピンチなんじゃないの?随分余裕だね。


263: 2012/06/23(土) 21:04:09.03


「大丈夫よ~。私は殺されたって氏なないんでしょう?律子さんと亜美ちゃんの為にも、絶対に生き返って
 みせるわ♪」

 ……やべ、昼の会話聞かれていたのかな。だったら俺のバナナプレイももしかしたら……

「あんまり律子さんをいじめるのは感心しないけど、お姉さん特別に許しちゃいましょう♪でもあんまりおイタ
 しちゃダメですからね!」

 俺に人差し指を突き付けてめっ、をするあずさちゃん。………そういえばあずさちゃんは、こう見えて俺
よりよっぽど下ネタが好きだったな。一緒によく律子ちゃんをからかっていたっけ。


264: 2012/06/23(土) 21:04:49.64


「はいはい分かりましたよ。でも俺はあずさちゃんを助けに来たんだからね。さっさと起きてくれないと、
 俺も手ぶらで帰れないよ」

「わかってます♪でも私が目覚めるのはもう少し先になるみたいなの~。だから私の代わりに、律子さん……
 いえ、律子ちゃんを助けてあげて欲しいのよ。北斗くんもそのつもりで来てくれたんでしょう?」

 全く、天下のプレイボーイと言われたこの俺が、女性にここまで手玉に取られるとは情けない限りだぜ。
ホントに天然なんだか狙ってやってるのかわからないんだよなこの人。


265: 2012/06/23(土) 21:05:38.99


***


「ずっと夢だったアイドルにようやくなれたのに、それが竜宮小町の解散で辞める事になってしまった時は
 ショックだったわ。生きる目標を見失ってしまったみたいで、明日からどうやって生きていこうかって
 悩んじゃうくらい落ち込んだんですもの。冷静に考えるとそんな事ないのにね。でもまだ正直、ちょっと
 立ち直れてないけどね」

 地面に座り込んで、あずさちゃんと話をする。765プロの千早ちゃんが歌バカなら、あずさちゃんはアイドル
バカだろう。それくらい彼女のアイドルにかける執念は凄まじいものがあった。


266: 2012/06/23(土) 21:06:32.08


「でも私の事より、律子ちゃんの事が心配だったのよ。私なんかより律子ちゃんの方がよっぽど竜宮小町の
 事を大事にしていたわ。まだプロデューサーになりたての新人さんだったのに、私達がデビュー出来る
 ように 朝から晩までがむしゃらに営業して、私達のレッスンも指導して……。律子ちゃんって昔から
 ああいう子でしょう?そんなあの子が竜宮小町を失ったらどうなるか、怖くなっちゃったのよ」

 あずさちゃんもあずさちゃんで、アイドル候補生時代の悪い癖が出ていたのか。プロデューサーとアイドル
という立場を考えずに、必要以上に律子ちゃんを気にかけていたようだ。まあアイドルを辞めたばかりの頃の
律子ちゃんは結構落ち込んでいて、元気にするにはどうすればいいかって俺もあずさちゃんからよく電話で
相談されてたから分からなくもないけど。


267: 2012/06/23(土) 21:07:17.76


「余計なお節介なのは分かってるわ。でも竜宮小町の活動の中で、律子ちゃんも何度か危ない事があったのよ。
 だからどうしても放っておけなくて、ついつい竜宮小町を辞めたくないなんて言っちゃったわ。自分のエゴも
 あったけど、せっかく律子ちゃんがプロデューサーとして業界に認められるようになったのに、またゼロから
 アイドルのプロデュースなんて出来るかしらって不安になったのよ。私は次は女優かソロの歌手になるだろう
 から律子さんの担当外になるし、私がいなくても大丈夫かしらって……」

 律子ちゃんが聞いたら怒りそうな言葉だな。………あれ?お昼に律子ちゃんも、あずさちゃんが聞いたら怒り
そうな事言ってなかったっけ?つまりは似た者同士と言うわけか。強い絆で結ばれていると言えば聞こえは
良いけど、ここまで来るとやや依存に近いものがあるな。下手すれば共倒れしちゃうよ。


268: 2012/06/23(土) 21:08:22.31


「やれやれ、あずさちゃんも律子ちゃんの事を分かってないね。あの子は俺達なんかよりよっぽど強い子だよ。
 まだ19なのに、女だてらプロデューサーとして業界人と戦っているんだ。だからあずさちゃんは、余計な
 手を貸さずにドーンッ!!と任せておけばいいんだよ。そっちの方がむしろ律子ちゃんのプラスになるさ」

 何でも器用にこなすように見えて実は不器用なところもあって、意地っ張りで負けず嫌いで滅多に弱みを
見せてくれない子だから心配になる気持ちも分かるけど、あの子だって成長しているんだ。もう俺達が見守る
必要なんてないさ。


269: 2012/06/23(土) 21:08:59.05


「それにレディが泣いている時は、その涙を拭ってあげるのはいつだって王子様って決まっているんだよ。
 それは男の特権だ。だから女の子は大人しく俺達王子様に助けられればいいのさ☆」

 俺はそう言ってウインクしてみせる。松葉杖ついてる今の状況じゃ恰好がつかないけど、ジュピターじゃ
ビジュアル担当なんだぜ。俺だってあの頃より立派になっただろ?


270: 2012/06/23(土) 21:10:01.34


「う~ん、でもいつまで経ってもその王子様は律子ちゃんを助けてくれないのよねえ~。他の女の子には
 すぐちょっかいかけるのに、どうして律子ちゃん相手だとヘタレになっちゃうのかしら~?だから私も
 ずっと心配で心配で~」

 しまった墓穴を掘った。いつものキザな言い回しはこの人には通じないんだった。それにあずさちゃんは、
ずっと昔から俺の律子ちゃんに対する気持ちに気付いている。よくそれでからかわれたっけな。


271: 2012/06/23(土) 21:10:55.10


「北斗くんが頑張って律子ちゃんに告白して、ふたりがくっついてくれたらお姉さんも安心してお仕事が出来る
 んだけどねえ~。律子ちゃんはそういうのニブいから、ちゃ~んと言葉にしないと分からないと思うし~」

 相変わらずの笑顔を崩さないまま、プレッシャーをかけてくるあずさちゃん。ヤバい、目が笑ってないよ。
今俺はケガしてるし、まともに組み合って勝ち目はない。ここはひとまず戦略的撤退を……


272: 2012/06/23(土) 21:11:29.78


「逃がさないわよ~。いい加減にはっきりして欲しいんだし、北斗くんが律子ちゃんの事をどう考えてるのか、
 今日はきちんと聞かせてもらいますからね♪」

 退路を塞がれた。ていうかこの空間、どうやったら出られるんだ?まさかあずさちゃんを納得させることが
出来なければ、俺も目覚めないまま永久に閉じ込められてしまうのか?


273: 2012/06/23(土) 21:12:03.96


「……今の俺じゃ律子ちゃんには釣り合わないよ。あの子はアイドルを辞めちゃったけど、俺なんかより
 よっぽど実力も才能もあったんだ。あともう少しだけアイドルを続けていたら、俺達の中で一番人気者に
 なっていただろう。だからまだまだ俺には高嶺の花なのさ」

 あれ?でもそうなっていたら竜宮小町は生まれなかったのか?ならばあずさちゃんはアイドルとしてデビュー
出来ずにいたのかな。こればかりはよくわからないね。


274: 2012/06/23(土) 21:12:50.67


「俺も男として、告白する時はカッコ良く決めたいんだよ。今のまま付き合っても尻に敷かれることは間違い
 ないし。だからもう少しだけ待ってくれないか?ちゃんと律子ちゃんの事は気にかけておくからさ☆」

 我ながらヘタレ全開だな。でもこの人にはごまかしは一切通用しない。何だかあずさちゃんが小姑みたいに
思えて来たよ。どうして律子ちゃんに告白するのに、この人に話を通さないといけないんだ?


275: 2012/06/23(土) 21:13:22.69


「北斗くんの言うカッコ良いがどんなものか分からないけど、でもどっちみち尻に敷かれることにはなると
 思うわよ。でも安心したわ~。ちゃんと律子ちゃんの事も考えてくれていたのね。うん、わかりました♪
 ちょっと甘いけど、特別に許して上げましょう。でもあんまり待たせちゃダメよ~♪」

 それからガールハントもほどほどにね、って釘を刺された。やっぱりあずさちゃんには敵わないな。これから
もライバル事務所として争う事はあっても、敵には回したくないな。


276: 2012/06/23(土) 21:14:13.13


「それじゃあそろそろ帰るよ。あずさちゃんも早く運命の人に告白したら?もう分かっているんでしょ?」

「え……、ええ~!?な、なんのことかしら~?」

 帰り際にちょっとだけ仕返しをしてやる。こんなに動揺しているあずさちゃんを見るのは初めてだ。告白する
ことは出来なくても、俺が伝言を聞いて亜美ちゃんか響ちゃんに教えてあげたら解決するんじゃないの?


277: 2012/06/23(土) 21:14:44.95


「ちょ…、ちょっと、それはダメ~~~~~ッ!!」

 大慌てで追いかけてくるあずさちゃん。俺は松葉杖で全力ダッシュをした。意外と速く走れるもんだな。

「冗談だよっ!!でもあんまり律子ちゃんを悲しませたらバラしちゃうからね―――――っ!!」

「北斗く~~~~~んっ!!」

 いや~愉快愉快。大人ぶって余裕っぽく振る舞っているけど、あずさちゃんもやっぱり女の子なんだな。
あんなに取り乱すなんてカワイイところもあるじゃないか☆


278: 2012/06/23(土) 21:15:40.94


 でもだったら尚更不思議だなあ。数多の恋愛を経験してきたこのプロ・プレイボーイの俺の勘が正しければ、
あずさちゃんの運命の人なんて『あの人』しか考えられないのに。亜美ちゃんも同じ事務所だったら気付きそう
なものなのになあ。上手く隠しているように見えて、あずさちゃんの『あの人』に対する態度は明らかに他の
男とは違うんだもん。どうして俺を呼んでまで、こんなに回りくどい事をしているのだろう。


―――765プロの男のプロデューサーを連れて来たら、あずさちゃんはすぐに目覚めるんじゃないの?


279: 2012/06/23(土) 21:17:10.79


第五部終了。続く


293: 2012/06/24(日) 19:17:47.22


第六部「さいれんとサポーター!」


「(はあ……、結局あずさお姉ちゃんの運命の人って誰なんだろ……?)」

 ほくほくに協力してもらってから3日経ったけど、あずさお姉ちゃんはまだ目が覚めない。占い師のおじさん
が言うには、ほくほくもあずさお姉ちゃんの人生の中では大切な人だったみたいなんだけど、将来のダンナさん
じゃなかったみたい。でもほくほくもあずさお姉ちゃんの魂のカケラを持っていたから、どっちみち連れて
こないといけなかったみたいだケド。


294: 2012/06/24(日) 19:19:05.19


「大体3分の2くらいあずさ殿の魂は身体の中に戻っているな。残りの3分の1の魂を持っているのが運命の人
 で間違いないだろう。後はそいつをあずさ殿の所へ連れて行けば、彼女の魂は全て元に戻り目を覚ます
 はずだ」

「(亜美の中にもあずさお姉ちゃんの魂のカケラがあるんだよね?それはどーなんの?)」

 亜美が質問するとおじさんはひげを撫でて、

「お嬢ちゃんの持っているあずさ殿の魂の欠片はほんの少しだ。そのままお嬢ちゃんが持っていても
 問題ない。だから放っておいてもいいだろう」

「(そーなんだ。じゃあ人間に戻った時、亜美もあずさお姉ちゃんみたいにセクシ→になんのかな?)」

 亜美のキュートさと、あずさお姉ちゃんのセクシーさが合体したら最強じゃん!!んっふっふ~、悪いね
真美。双子だけどオンナとしては亜美が先に成長することになりそうだYO!!


295: 2012/06/24(日) 19:20:07.00


「ははは、そうなるかもしれんな。それは戻ってからのお楽しみにすればいいさ」

「(やった―――――っ!!じゃあさじゃあさ、早く最後の運命の人を探そうよ!!)」

 コーフン気味に話す亜美をなだめて、おじさんはレーダーを動かした。

「うむ。そうしたいのだがな……。それがなかなか見つからないのだよ。あずさ殿の魂が過去で運命の人を
 見つけて現代に戻って来ているのは分かっているのだが、どうやら現世に戻った瞬間にその人の魂から
 離れて、寄り添うのを拒絶しているようなのだよ。だから彼女の魂の欠片は行くあてもなく辺りを漂って
 いる。運命の人を介してではないとあずさ殿の魂は身体に戻すことが出来ないから、今のままでは
 どうしようもないのう」

 どゆこと?つまりあずさお姉ちゃんはその運命の人の事がキライなの?


296: 2012/06/24(日) 19:20:53.24


「いや、そういうことはないと思うのだが。そもそも自分が嫌いな相手の魂に寄り添ってまで現世に戻って
 来る事は出来ないだろう。その人の事が好きではあるが、それを認めたくない特別な事情があるのか……」

 おじさんも首をかしげていた。う~ん、オトナには色々あるのかな~。でもあずさお姉ちゃんには悪い
けど、亜美もはやく人間に戻りたいんだけどなあ……


297: 2012/06/24(日) 19:21:57.48


「とにかくこれ以上はどうすることも出来んな。お嬢ちゃんには気の毒だが、こればかりはあずさ殿の
 気持ちの問題だ。いくら好きな相手でも、いきなり結婚しろと言われると戸惑いがあるのかも
 しれないからな」

 そういうものなのかなあ。亜美だったらすぐに結婚したいと思うけどなあ。まだ結婚出来るトシじゃ
ないケド。

「あずさ殿の気持ちが固まるのが待てないと言うのなら、こちらからアクションを起こすという手も
 あるぞ。彼女の運命の人が近くにいるのは分かっているのだ。もしかしたらお嬢ちゃんが知っている
 男かもしれん。そいつをあずさ殿の所に連れて行けば何か変化があるかもしれん。誰か心当たりは
 ないか?」

 う~ん、あずさお姉ちゃんのラブな人か~。心当たりがないわけでもないケド……


298: 2012/06/24(日) 19:22:44.66


「そういえばウェディングドレスの騒動の時にメガネの若い男がいたな。確か765プロのプロデューサーだと
 言っていたが、あの男はどうなのだ?」

「(兄ちゃんでしょ?でも兄ちゃんちょくちょくあずさお姉ちゃんのお見舞いに来てるみたいだけど、何も
 変化ないみたいだよ。亜美もあずさお姉ちゃんは兄ちゃんの事が好きだと思ってたんだけど、運命の人じゃ
 ないんじゃないかな→)」

 亜美も初めは、あずさお姉ちゃんの運命の人は兄ちゃんしかいない!!って思ってたんだケドなあ。でも
確かに兄ちゃんイイ人だけど、ちょっと頼りないもんね。あのプレイボーイのほくほくがギブするんだから、
あずさお姉ちゃんのダンナさんになるのは結構ハードなのかも。


299: 2012/06/24(日) 19:23:24.36


「そうか……。とにかくここにいても仕方があるまい。あずさ殿のお見舞いにでも行って来たらどうだ?
 何か 運命の人につながるヒントが転がっているかもしれんぞ」

 おじさんにそう言われて、亜美は病院に行く事にした。そういえばユーレイになってから、クロちゃんと
ほくほくを連れて行った時以外であずさお姉ちゃんのお見舞いに行くのは初めてだっけ。ずっと眠っている
あずさお姉ちゃんに会うのが何だか気まずくて、今までずっと避けてきた。


300: 2012/06/24(日) 19:23:56.17


「(でもいつまでも逃げてちゃダメだよね。あずさお姉ちゃんが起きないのは亜美のせいでもあるんだし……)」

 せめてひびきんかお姫ちんが一緒だったら心強いんだけどなあ。ところでお姫ちん、占いのおじさんのビル
に連れてってもらった次の日からどっか行っちゃって一度も会ってないや。どこ行っちゃったのかなあ。


301: 2012/06/24(日) 19:24:27.30


***


「(おお、これは珍しい組み合わせですな→)」

 あずさお姉ちゃんの病室に行くと、ミキミキとまこちんがいた。ミキミキはイスを並べてあずさお姉ちゃん
の横で寝てて、まこちんは雑誌を読んでる。何だかふたりとも、事務所でダベってる時とあまり変わらないね。


302: 2012/06/24(日) 19:25:15.52


「おうご苦労。後は俺が見とくから、お前ら帰っていいぞー」

「あ、プロデューサーお疲れ様です。警察の方はもういいんですか?」

「むにゃ~、ハニ~?もう遅いの。ミキ待ちくたびれて寝ちゃったよ~。あふぅ」

 亜美が来てちょっとしてから、兄ちゃんがお見舞いに来た。そういえば兄ちゃんと会うのも
久しぶりだね。ひびきんの話では、兄ちゃんは警察の捜索隊に加わって亜美をさがしたり、
TV局に行ってみんながお休みしているのを謝りに行ってるみたい。だからあずさお姉ちゃんの
お見舞いにはあまり来てないんだって。


303: 2012/06/24(日) 19:26:04.92


「お前はいつも寝てるだろうが。真も悪かったな。本当は律子と美希が当番だったんだけど、律子が急用で
 来れなくなったから無理に出て来てもらって」

「別にいいですよ。美希ひとりだったらすぐ寝ちゃうし、雪歩もだいぶ落ち着いてきましたから。ボクも
 あずささんに会いたかったですしね」

「ぶ~、ひどいのふたりとも。ミキも真美の所に行って励ましてたんだよ?真美もだいぶ元気になったから
 あずさの所に来たのに……あふぅ」

 さわやかに笑うまこちんと、ご機嫌ナナメのミキミキ。ホントふたりはマイペースだよね。


304: 2012/06/24(日) 19:27:13.39

「そうだな。美希もよくやってくれたよ。俺もしっかりしないといけないよな」

 兄ちゃんがポリポリと頭をかきながら、ミキミキのイスベッドをひとつ抜き取ってあずさお姉ちゃんの
横に座る。ミキミキはバランスを崩してイスベッドから転がり落ちそうになった。

「やんっ、ひどいのハニー!ミキそういうのよくないって思うな!」

「いいからとっとと起きろ。明るいうちからそんなに寝てると夜眠れなくなるぞ」

「だってお仕事もお休みだからタイクツだし、寝るくらいしかやることないの」

「まあそれもそうだけどな。もう二週間近く事務所も活動してないし」

 ミキミキがう~んと柔軟をして首をコキコキ鳴らす。そうだよね、竜宮小町が解散するちょっと前は、
もうみんなもアイドルとしてそれなりに忙しく活動してたもんね。それが急にヒマになったら、ミキミキも
不機嫌になっちゃうよね。


305: 2012/06/24(日) 19:27:55.35


「プロデューサー、せめてレッスンだけでもそろそろ再開しませんか?ここでうじうじ悩んでいたら、
 ボク達まで病気になっちゃいますよ。雪歩にも良い気分転換になると思うんです」

 まこちんが兄ちゃんに提案する。そうだよね、亜美もそうしてくれた方が気がラクだよ。

「ミキも真クンの意見に賛成だな。あずさだって生きてるんだし、亜美もゼッタイ帰ってくるの。変に
 気を遣ってお通夜ムードしてるよりは、今ミキ達が出来る事をやってた方がいいと思うの」

 ミキミキも同じ意見みたい。きっと千早お姉ちゃんも歌を歌いたくてうずうずしてるだろうな。


306: 2012/06/24(日) 19:28:30.62


「そうだな。伊織や真美はまだちょっと気持ちが切り替えられてないから難しいかもしれないが、みんな
 アイドルを引退したわけでもないしな。あまり大々的に活動するとバッシングされる危険があるけど、
 腕を鈍らせると活動再開も出来ないし。一応スタジオ抑えておくか」

 兄ちゃんも手帳を見ながら考えていた。ビジネスの世界はシビアなんだね。亜美も復活した時に事務所が
無くなっちゃってたら困るし、みんなにはゲンキでいてもらいたいもんね!


307: 2012/06/24(日) 19:29:07.57


「じゃあレッスンの件よろしくお願いしますね。亜美とあずささんが復帰した時にいつでもサポート出来る
 ように、ボクも頑張らないとっ!!」

「ミキも帰るね。ついでに真美の所に寄って帰るの。まだちょっと目が離せない所もあるし。亜美に比べて
 大人っぽくなったと思ってたのに、またお子様に戻っちゃったの」

 バイバ~イって言って、まこちんとミキミキは帰って行った。兄ちゃんはいつもと同じ優しい笑顔でふたりを
見送った。もう、真美もダメダメだね→。ミキミキ、もうちょっとの間だけ真美の面倒みてあげてね。


308: 2012/06/24(日) 19:29:34.38


「ふう、ようやく帰ったか。すみませんあずささん、うるさくしてしまいまして」

 兄ちゃんはあずさお姉ちゃんのベッドの横に座って、まこちんが置いて行った雑誌を手に取った。アイドルの
タマゴちゃん達の専門誌だ。オーディションやライブの情報の他に、事務所の募集要項とかレッスンスクールの
紹介なんかが載っている。亜美も事務所に入ったばかりの頃はよく読んでたやつだ。


309: 2012/06/24(日) 19:30:02.58


「真のやつ、まだこんな候補生が読むような雑誌見てるのか。初心を忘れないことは大事だが、いい加減自分が
 有名アイドルになったという自覚を持って欲しいな」

 兄ちゃんが苦笑しながらページをパラパラめくっていた。亜美もたま~に読んでるよ?あずさお姉ちゃんが、
こういう雑誌は最近のアイドルの動向をチェックしているから、プロになっても見ていて損は無いって教えて
くれたの。いおりんは自分がお手本になればいいから必要ないって言って読まないケドね。


310: 2012/06/24(日) 19:30:32.19


「お、○△オーディションまだやってるのか。会場はと……、ひえ~まだあのボロスタジオ残ってたのか。
 もう 昭和の遺物だぞあそこ……」

 やっぱり兄ちゃんもギョーカイ人なんだね。亜美も横から覗いてみたけど、聞いたこともないような小さい
オーディションとスタジオだった。ていうか都内じゃないジャン!!こんな遠い場所までオーディションなんて
行けないよ!!移動だけでくたびれちゃいそうだYO!!


311: 2012/06/24(日) 19:31:16.44


「そういえば昔、あずささんも律子と一緒によくこんな感じの小さいオーディション受けに来てましたよね。
 たまにジュピターの伊集院北斗も一緒だったかな。懐かしいなあ」

 するといきなり、兄ちゃんが眠っているあずさお姉ちゃんに向かってしゃべり始めた。え、なにその話?
兄ちゃんとあずさお姉ちゃんって、765プロに入る前に会ったことがあるの?


312: 2012/06/24(日) 19:31:45.97


「こうして眠っているあずささんの傍にいるとあの頃を思い出しますよ。あずささんはいつもベロンベロンに
 酔っぱらってましたから俺の事を憶えてないと思いますけど、毎回家に連れ帰るのは大変だったんですよ?」

 ひゃ~~~~~~~っ!!兄ちゃんとあずさお姉ちゃんって、そういうオトナのカンケイだったの!?これは
事務所のみんなには聞かせられませんなあ!!なんだか亜美までドキドキしてきたYO!!


313: 2012/06/24(日) 19:32:22.46


「俺はあなたが目覚めるまでいつまでも待ちますよ。でも流石に、今回ばかりはちょっと長すぎやしませんか?
 そろそろ起きましょうよ。みんながあなたを待ってますよ、ねえ……」

 ここで兄ちゃんはぐるっと辺りを見回して、誰もいないか確認してからそっとあずさお姉ちゃんの耳元に
顔を近づけた。え、なになに、チューとかしちゃうの!?それともふたりだけの秘密の呼び方とかあんの!?


314: 2012/06/24(日) 19:32:57.09



「“三浦さん”」



 ………あれ?ラブラブなカノジョを呼ぶにはずいぶんよそよそしいというか、むしろ『あずささん』の方が
まだ仲良さそうな気がするんだケド。

「(……あれ?カラダが熱い……?)」

 その時ちょっと遅れて、亜美は自分のカラダが熱くなっているのを感じた。このカンジは確か、運命の人に
会った時のサインだ。でもこれは今までとは違う。ポカポカするとかいうレベルじゃない。なんだかめっちゃ
熱い。さっきまでなんともなかったのに、どうして急に……


315: 2012/06/24(日) 19:33:29.79


「え……?亜美……?」

 ふと気が付くと、兄ちゃんがびっくりした顔でこっちを見ていた。そうだ、カラダがポカポカしてくると
いうことは、亜美が他の人にも見えるってことなんだ。じゃあ兄ちゃんってやっぱりあずさお姉ちゃんの……

「(わわ……、兄ちゃん………)」

 亜美が何か言いかけようとしたら、今度はあずさお姉ちゃんのカラダが光り出した。そして急にそっちに
吸い込まれる。あの事故の日と同じように、まるで運命の輪に引き寄せられてるみたいな……


316: 2012/06/24(日) 19:34:07.97


「亜美っ!?」

 兄ちゃんが慌てて亜美の手を掴もうとする。でも亜美はユーレイだから兄ちゃんもさわることが出来ない。
そのままスカると、亜美はあずさお姉ちゃんのカラダの中に吸い込まれちゃった。

「(うあ――――――っ!?兄ちゃ―――――んっ!!)」

 あずさお姉ちゃんに吸い込まれる前に、兄ちゃんが亜美に何か言ってるのが見えた。ごめんね兄ちゃん
せっかく会えたのに。運命の輪の次はあずさお姉ちゃんに吸い込まれるなんて、もう亜美もなにがなんだか
よくわかんないよ!!


317: 2012/06/24(日) 19:34:37.47


第六部前半終了。つづく


321: 2012/06/25(月) 20:22:16.31


***


「だーかーら、自分は961プロのスパイじゃないって言ってるぞ!!どうして分かってくれないさ!?」

「だったらアンタあの時一体何してたのよ。まさか黒井社長があずさの病室に入っていくのを黙って見ていた
 わけじゃないわよね?それに昨日の夜、あんたジュピターの伊集院北斗をあずさの病室に通したみたいじゃ
 ない。水瀬のSPを甘く見るんじゃないわよ」

 今自分は、病院のロビーで伊織に尋問を受けている。一昨日は何とか逃げ切れたのに、今日あずささんの様子
を見に行こうとしたら伊織が病院の入口で待っていた。うう……、参ったぞ。黒井社長どころか、ジュピターと
会ってたことまでバレてるなんて。亜美は暗いとよく見えないからバレてないみたいだけど、伊織は自分の事を
すっかり疑っているぞ……


322: 2012/06/25(月) 20:23:48.49


「ジュピターの奴は同じ病院に入院してるからたまたまお見舞いに来ただけで……、うが――――っ!!とにかく
 自分はみんなを裏切ったりしてないぞ――――っ!!」

「ヂュヂュヂュイッ!!」

 どうして伊織はこんなにマセてるというか、可愛気がないんだ?真や美希みたいにごまかされてくれないぞ。


323: 2012/06/25(月) 20:25:10.38


「とにかく、ちゃんと説明してくれないことにはアンタひとりだけではあずさには会わせないわよ。アンタが
病院に来たら、この私がずっとつきっきりで見張らせてもらうからね!!」

「わかったよ。好きにすればいいさ……」

 運命の輪があずささんを殺そうとしているとか、亜美が幽霊になってうろついてるなんて言えないし、
ここは自分だけで何とかするしかないさ。うう……、貴音ぇ……。どこに行ったか知らないけど早く帰って来て
欲しいぞ……


324: 2012/06/25(月) 20:26:51.21


***


「はいさーい!!見舞いに来たぞーっ!!」

 病室に到着して、いつも通り元気な挨拶をする。みんなお見舞いに来るとやっぱりしんみりしちゃうから、
自分が明るくしてやらないとなっ!!

「あずささん!!しっかりしてくださいあずささん!!」

 でも自分の予想とは違って、病室の中は慌ただしかった。プロデューサーの他に、お医者さんと看護婦さん
もいて、眠っているあずささんに器具を取り付けて検査をしている。


325: 2012/06/25(月) 20:28:04.51


「どうしたのよ!?一体何があったの!?」

 そのやばそうな雰囲気に、伊織が慌ててあずささんの元へ走る。

「ああ、伊織と響か。それがさっきあずささんの身体が急に光り出してな……。何か異常があったかもしれない
 から、こうして診てもらっているんだ」

「はあ!?どうして病人が光るのよ!!アンタ寝ぼけてたんじゃないでしょうね!!」

「いや、俺にも信じられないんだけど本当に光ったんだって!!」

 プロデューサーが伊織に説明してるけど、伊織は信じていない。お医者さんも首をかしげていた。一体
どういう事だ?亜美はプロデューサーはあずささんの運命の人じゃないって言ってたぞ?


326: 2012/06/25(月) 20:29:45.18


「心拍、脳波、脈拍異常ありませんね。今日はやや調子が良いみたいですが、現状お変わりありません」

「そうですか……。ありがとうございました……」

 お医者さん達はそれだけ言うと、病室から出て行った。静かになった部屋には、眠っている
あずささんと自分達3人だけが残される。


327: 2012/06/25(月) 20:30:52.40


「ねえ、他に何か変わった事は無かったの?この際あずさが光ろうが浮かぼうが何でもいいわ。きっと何か
 原因があると思うんだけど……」

 伊織が冷静になってプロデューサーにたずねる。プロデューサーはちょっと迷った様子だったけど、

「伊織、落ち着いて聞いてくれ。これはさっきの医者にも言ってないんだが……」

 何だか自分はものすごく嫌な予感がした。ハム蔵も全身の毛を逆立てている。


328: 2012/06/25(月) 20:33:03.34


「……いきなり亜美の幻が現れた。そしてあずささんの身体の中に入っていったんだ……」

「なっ………!?」

 プロデューサーの言葉に目を大きく見開いて驚く伊織。そのままプロデューサーのネクタイを締めあげた。

「言っていい冗談と悪い冗談があんのよ!!亜美の幻って何よ!!アンタ亜美が氏んで幽霊にでもなったって
 言いたいの!?」

「ほ、本当なんだ!!俺もまだ信じられないんだが、半透明の亜美が急に出て来て、そのままあずささんの
 身体に吸い込まれていったんだ……!!」

 目に涙をいっぱい浮かべて怒る伊織を何とかなだめようとしているプロデューサー。自分もよく分からない
けど、何かよくない事が起きている気がする。亜美の身体が出て来ることはあっても、魂が吸い込まれる事
なんてあるのか?しかもあずささんに吸い込まれるって、じゃあ亜美はどうなるんだ!?


329: 2012/06/25(月) 20:33:46.09


「プロデューサー、それは本当に亜美だったんだな?本当に半透明の亜美が出たんだな?」

「あ、ああ、間違いない。あれは亜美だった……」

「アンタまでこんなバカな話を信じるつもり!?きっとコイツの見間違いよ!!亜美が氏ぬわけない
 じゃないのっ!!」

 こうしちゃいられない。今すぐにおじさんの所に行かないと!!


330: 2012/06/25(月) 20:35:10.43


「伊織、安心するさ。亜美は氏んでない。それからあずささんも絶対に起きる。今はまだうまく言えないけど、
 自分に任せるさ。だからちょっとそこでプロデューサーと一緒にあずささんを見ててもらっていいか?何か
 あったら自分の携帯に電話してくれ」

「響……?お前何か知ってるのか?」

「アンタ一体……?」

 ふたりの言葉には応えず、自分は全力疾走で病室を出る。途中で看護婦さんに院内は走るなって怒られたけど、
それどころじゃないさ。ここから中華街まで電車で大体1時間くらいか。早くしないと……!!


331: 2012/06/25(月) 20:36:31.97


「あれ?どうしたの響?そんなに急いでどこ行くのよ?」

 病院を出た所で、車から降りて来た律子に会った。この際だから仕方ない、律子にはバレちゃうかもだけど
ふたりを助ける為なら仕方ないさ!!

「律子、自分を今すぐ中華街まで連れてってくれ!!頼むこの通りだ!!」

「え、中華街?何でそんなところに用があるのよ?」

 いきなり頭を下げる自分によく分かってない様子の律子。でも今は説明してるヒマはないさ!!


332: 2012/06/25(月) 20:37:24.47


「いいから!!あずささんと亜美のためさ!!詳しくは後で説明するから、とにかく車を出してくれ!!」

 ふたりの名前を出して律子はびっくりしたみたいだけど、自分の必氏さが伝わったみたいで、

「……わかったわ。後できっちり聞かせてもらうからね。伊織から聞いてたけど、あんたが貴音と一緒に何か
 してるのは私も気になってたし」

 はは、さすが律子だな。ちゃんと自分達の事も見ていたわけか。自分達は車に乗り込むと中華街を目指した。


333: 2012/06/25(月) 20:38:25.12


***


「おじさん!!大変さ!!」

「お邪魔します……、ってどこよここ……」

 雑居ビルに飛び込むと、おじさんは電話中だった。こっちを見て目で頷くと、そのままソファにかけるように
手で案内される。自分と律子は電話が終わるまで待つことにした。


334: 2012/06/25(月) 20:39:14.96


「……ああ、わかった。おそらく今夜が勝負だな。では必要な道具はこちらで準備しよう。……そうか、無理
 なら仕方ない。ワシらだけで何とかしよう。ではまた、何かわかった事があれば連絡してくれ」

 おじさんは電話を切って、ふう、と溜息をついた。そして自分の方を見る。


335: 2012/06/25(月) 20:41:09.65


「大体の事情はこちらも把握している。これは緊急事態だ。今さっきまで、貴音殿とその対策を考えていた。
 待たせてすまなかったな」

「貴音と相談?貴音は今どこにいるさ!?」

「電波が遠くてよく聞き取れなかったが、エジプト辺りだと言ってたぞ。貴音殿はこちらに戻ってふたりを
 助けるのは間に合いそうにないから、ワシらで何とかするしかない」

「エジプトって……、いつの間にそんなところに行ってたんだ貴音……」

 律子も隣でこめかみを抑えている。道理で連絡がつかないわけだぞ。貴音はたまにふらっといなくなることが
あるけど、今回はちょっと遠くに行きすぎだぞ。


336: 2012/06/25(月) 20:42:11.59


「あの……、話がよく見えないのですが……、あなたはここで響達と一体何をしているのですか?」

 すると横から律子が質問してきた。おじさんはちらりとこちらを見る。ああそうだ、自分が紹介しないと。

「このお嬢さんは?」

「亜美とあずささんのプロデューサーだぞ。ここまで送ってもらったさ。出来れば内緒にしときたかったん
 だけど、そんな事も言ってられなくて……」

 律子が慌てて自己紹介をする。さすが律子、こういう時でもきっちりしてるな。


337: 2012/06/25(月) 20:43:37.31


「ふむ。ではあんたが事務所で一番、あずさ殿とあのお嬢ちゃんについて詳しい人物なのだな?」

「へ……?そ、それは確かにこの一年ほとんど一緒に活動してましたからそうですけど……」

 おじさんの質問にやや戸惑いながらも応える律子。するとおじさんは自分の方を見てにやりと笑った。


338: 2012/06/25(月) 20:44:24.77


「よくやったぞ響。これから行う『作戦』の為には、あのお嬢ちゃんの事に詳しい人物の協力が必要不可欠
 だからな。律子殿が力を貸してくれれば、あのお嬢ちゃんとあずさ殿を助けることが出来るかもしれん」

「ほ……、ホントか!!亜美とあずささんは助かるんだな!!」

 自分はついつい大声で聞き返してしまう。でもおじさんの顔はまだ渋いままだ。


339: 2012/06/25(月) 20:46:21.54


「悪いが保証は出来ん。ワシは西洋の方の魔術は専門外だからな。先程貴音殿のアドバイスを元に、手探りの
 状態で救助することになる。とにかく事態は一刻を争う。すぐに準備に取り掛かるぞ」

「あ、あの……、まだ事情がよく理解出来ないのですが……。魔術であのふたりを助けるって、あのふたりに
 何が起きてるんですか?」

 まだ混乱しっぱなしの律子。とりあえず準備をしながら説明するしかなさそうだな。

「なあ律子、『運命の輪』って知ってるか?―――――」


340: 2012/06/25(月) 20:50:02.44


第六部中編終了。後編につづく

前半ではなく前編にしておけばと、ちょっと後悔。


343: 2012/06/26(火) 22:00:59.53


***


「おじさ~ん、もう一杯おかわりぃ~」

「姉ちゃん呑み過ぎだって。もうその辺にしときな」

「え~、じゃあこれで最後にしますからぁ~。おねが~い」

「はぁ……、わかったよ仕方ねえなあ。これが本当に最後だからな」

「ありがと~!おじさんだいすきぃ~!」

「そ、そうかい、うへへへへ………じゃあオジサンもサービスしちゃおうかな!」

 ………う~ん、あれ?ここどこ?居酒屋っぽいけど、亜美こんなところ行ったこと無いよ?それで目の前
でベロンベロンに酔っぱらってるのは……あずさお姉ちゃん!?でも髪も長いし、今よりちょっと若いみたい。


344: 2012/06/26(火) 22:03:46.07


 あずさお姉ちゃんに吸い込まれたと思ったら、亜美はどうやら過去の世界に来ちゃったみたい。いや、これは
あずさお姉ちゃんの記憶の中なのかな。スケスケになった自分のカラダすらない。ただ亜美は過去の世界を見て
いるだけしか出来ないみたい。

「あ、いたいた。もう三浦さん、またこんなに呑んで……」

 しばらく見てると、店に若い男のヒトが入って来た………って、兄ちゃん!?メガネかけてないけど、兄ちゃん
で間違いない。兄ちゃんもちょっと若くて、スーツじゃなくてイベント会社のスタッフジャージを着てた。

「お疲れ様ですスタッフさ~ん。一緒に一杯どうですかぁ~?」

 あずさお姉ちゃんは兄ちゃんを見ると、とっくり持って笑顔で出迎えた。やっぱり兄ちゃんこの時はまだ
プロデューサーじゃないんだ。でもイベント会社のヒトだったなんて知らなかったよ。


345: 2012/06/26(火) 22:04:39.05


「何をバカな事言ってるんですか。三浦さんはまだ未成年でしょう。ほら、もう遅いんだし帰りますよ」

「え……?兄ちゃん、その姉ちゃん未成年だったのか?オレはてっきり23、4かと……」

 兄ちゃんの言葉に顔を青くするおっちゃん。未成年にお酒を出したら警察に捕まっちゃうもんね。

「ああ別に誰にも言いませんから。この人大人っぽいし、呑みっぷりも良いからまず未成年だって分からない
 でしょう。その代わりご主人も、この事は内緒にしておいて下さいね。こっちもバレると色々厄介ですから」

 兄ちゃんはおっちゃんにウィンクした。うわ、兄ちゃんも結構ワルだね~。


346: 2012/06/26(火) 22:06:04.18


「あ、ああ、そうしてくれると助かる……。しかし兄ちゃんもこんな美人のカノジョ1人にしたらダメだろ~。
 周りの男が放っておかないぜ?」

 おっちゃんのひやかしに兄ちゃんはビミョーな顔をして笑って、

「違いますよ。俺なんかがこんな美人と釣り合うわけないでしょう。ただの知り合いですよ。さ、帰りますよ
 三浦さん。家まで送りますから背中に乗って下さい」

「いや~ん、もう一杯だけぇ~。もう半年もしたら20なんですからいいじゃないですかぁ~」

 兄ちゃんはぐずるあずさお姉ちゃんを背負って店を出た。何だかあずさお姉ちゃんミキミキみたい……


347: 2012/06/26(火) 22:07:53.06


「どう見てもカップルにしか見えないんだけどなあ……」

 ふたりの背中を見送りながら、おっちゃんがぽつりとつぶやいた。うん、亜美もそう思うよ。


348: 2012/06/26(火) 22:08:54.47


***


「全く、何度言ったら分かるんですか。呑みたくなる気持ちも分かりますけど、女性がこんな夜遅くまでひとり
 でいるのは危ないですよ。俺が来なかったらどうやって家まで帰るつもりだったんですか」

「うふふ~、でもスタッフさんはいつも来てくれるじゃないですかぁ~♪だから私も安心していっぱいお酒が
 呑めるんですよぉ~」

 グデングデンのあずさお姉ちゃんを車に乗せて、兄ちゃんはあずさお姉ちゃんのマンションまで車を走らせる。
途中で兄ちゃんがあーだこーだ説教してるけど、あずさお姉ちゃんはゼンゼン聞いてないみたい。


349: 2012/06/26(火) 22:10:56.56


「それは三浦さんが毎回ウチの会社主催のオーディションで落ちた時に、いつもヤケになって呑んでる
 から俺も放っておけないっていうか……」

 兄ちゃんもヘンな所でマジメだねぇ~。今のあずさお姉ちゃんは危なっかしくてほっとけないケド。

「そうなんですよぉ~。もう10連敗もしちゃいましたぁ~!また落ちちゃいましたぁ~!」

 イェイッ!ってVサインを作るあずさお姉ちゃん。そのままゲラゲラ笑ってたけど、そのうちシクシク
泣き出しちゃった。……ええと、亜美こんなあずさお姉ちゃん見たこと無いからどうしたらいいのかよく
わかんないんだけど。ユーレイだからどうも出来ないケドね……


350: 2012/06/26(火) 22:12:43.82

「どうして……、どうして今回も落ちちゃったんですか……?今回はちゃんと傾向見て対策を立てて、準備も
 いつもよりしっかりしたのに……。それにオーディション本番も、私が一番上手に歌えたのに……。
 何がダメだったんですか……?」

 ぐずぐず泣きながら質問するあずさお姉ちゃんに、兄ちゃんは困ったような顔をしながら


351: 2012/06/26(火) 22:13:24.18


「すみません……、俺みたいな下っ端には三浦さんのどこが悪かったのか判断出来ません。でも俺は今回の
 オーディション、三浦さんが一番だと思いました。だから次こそはきっと……」

「もうその言葉も聞き飽きちゃいました……この前も、その前もスタッフさんそう言ったじゃないですか。
 なのに今回もダメだった。もう私はアイドルにはなれないんですよ……う、うううう………」

 あずさお姉ちゃんと兄ちゃんは、それっきり一言もしゃべらなかった。車の中はあずさお姉ちゃんの
泣く声だけが響いている。兄ちゃんもなんだか気まずそうだった。



352: 2012/06/26(火) 22:14:18.88


***


「よっこいしょっと。ふう、やれやれ。あとは胃薬と二日酔いの薬と……」

 マンションに着いた時には、あずさお姉ちゃんはすっかり寝ちゃってた。兄ちゃんはあずさお姉ちゃんを
おんぶして部屋まで運んでベッドに寝かせた。あずさお姉ちゃんのカバンから部屋のカギ取り出して、
キッチンから水と薬を準備して………兄ちゃん、ホントにあずさお姉ちゃんと付き合ってなかったの?


353: 2012/06/26(火) 22:15:06.91


「う~ん、△△企画のばかやろぉ~……、工口社長いやらしい目でみてんじゃねえぞぉ~……」

「ハハハ、仰る通りです。ホントにすみません……」

 寝言を言うあずさお姉ちゃんの傍に座って、兄ちゃんは苦笑いをしていた。よく見ると兄ちゃんのジャージの
背中には『△△企画』って書いてある。うわあ、あずさお姉ちゃん兄ちゃんの会社ディスってたんだね……


354: 2012/06/26(火) 22:16:09.50


「うふふ~……またよろしくお願いしますね~……、スタッフさ~ん……」

 しばらくすると、あずさお姉ちゃんは幸せそうな笑顔を浮かべて完全に寝ちゃった。兄ちゃんは溜息を
つくと、そっと立ち上がってあずさお姉ちゃんに向きなおった。

「……すみません三浦さん。あなたをこうして家まで送るのは今日が最後になると思います」

 ん?どゆこと?兄ちゃんはベッドで眠っているあずさお姉ちゃんに、深々と頭を下げた。


355: 2012/06/26(火) 22:17:16.17


「今まで我が社のせいで、あなたに大変なご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした。夢に
 向かって ひたむきにオーディションに臨むあなたの努力を踏みにじるような事をしてしまって、
 いくら償っても償いきれません。俺が言うのも変な話ですが、あなたはこんなところでくすぶって
 いるような人じゃない。だから夢を諦めずに、アイドルになるまでこれからも挑戦を続けて下さい。
 俺も陰ながら応援しています」

 兄ちゃんはそれだけ言うと、そっと部屋を出て行った。


356: 2012/06/26(火) 22:18:53.65


「それではお元気で。さようなら、三浦さん……」

 部屋の外からカギをかけて、ポストの中にカギを入れて兄ちゃんは帰って行った。あずさお姉ちゃんを
見ると涙を流していた。眠ってるみたいだけど、ぼんやり聞こえていたのかなあ……


357: 2012/06/26(火) 22:19:40.67


***


「あれ?また場面が変わった……?」

 さっきまで夜だと思ってたのに、気がついたら亜美は真昼間のオーディション会場にいた。そして亜美の
目の前には、オーディション会場を見つめるあずさお姉ちゃんの姿がある。ん?あずさお姉ちゃん何か
ボーッとしてるような……


358: 2012/06/26(火) 22:20:44.17


「どうしたんですかあずささん?もうすぐ本番ですよ。そんな気の抜けた顔をしていて大丈夫ですか?」

 するとあずさお姉ちゃんの横から、見たことのある顔がひょっこり出て来た。あ!りっちゃんだ!うわ、
りっちゃんも若!あずさお姉ちゃんが確か19って言ってたから、このりっちゃんははるるんくらいかな。

「律子ちゃん……?今回のオーディションって、いつもの会社じゃないの……?」

「ああ、そうですね。何か変わったみたいです。でも良かったじゃないですか。これで合格するチャンスも
 出てきますよ!」

 びっくりしたままのあずさお姉ちゃんと、気合が入りまくってるりっちゃん。どうやら今回の
オーディションは兄ちゃんの会社じゃないみたい。という事は兄ちゃんはいないのかな?


359: 2012/06/26(火) 22:21:36.22


「内部告発があったみたいだよ。それで△△企画は今回のオーディションからは降りさせられたんだって。
 あの工口社長悪い噂がいっぱいあったからね。ついに部下に裏切られたんじゃないかな☆」

 どこかで聞いたことのある声がしたと思ったら、ふたりの後ろからこれまた若いほくほくがやって来た。
うわ、ほくほくこの時は茶髪だったんだ。なんかあまとうみたい。

「内部告発?内ゲバでもあったんですか?」

 りっちゃんがほくほくに聞くと、ほくほくはちらっとあずさお姉ちゃんの方を見てから話してくれた。


360: 2012/06/26(火) 22:22:15.45


「あの会社の社長の女好きは有名だったからね。これは噂だけど、オーディションで自分の気に入った女の子を
 見つけると、その子が夢を諦めるまで何度もオーディションで落選させていたみたい。そして女の子が完全に
 心が折れた時を見計らって、自分の愛人になるように持ちかけるんだってさ。女の子もヤケになってるし、
 △△企画といえば業界でも大手だ。社長の言う事を聞いたらまたアイドルになれるかもしれないと思って、
 愛人になる子も居たみたいだよ」

 あずさお姉ちゃんは目を大きく見開いて驚いた。ほくほくの話は続く。


361: 2012/06/26(火) 22:23:20.66


「今回社長を告発したのは、社長の愛人候補の監視役だったみたい。あの会社には、女の子が社長の愛人になる
 前にキズ物にならないように、女の子の身の安全を守る見張り番がいたらしいよ。弱った女の子に手を出した
 りしないような、マジメな人が選ばれていたんだって。でもそんなマジメな人だったからこそ、社長の悪事を
 見過ごす事が出来なかったんだろうね。告発文書バラまいて、社長と一緒に自爆したって話だよ」

「ずいぶん詳しいですね伊集院先輩。まさか961プロにもその告発文書が届いたんですか?」

 りっちゃんがメガネを光らせる。う~ん、亜美はよく分からないケド、つまり悪い社長さんが正義のミカタに
やっつけられたってことかな?


362: 2012/06/26(火) 22:23:58.97


「765プロは女の子ばかりの事務所だから、そういう話は社長がストップをかけたのかもしれないね。ウチの
 社長は朝から狂喜乱舞してたよ。△△企画は961プロより大きい会社だけど、この機に乗じて乗っ取ってやる
 って気合入りまくってたもん。だから俺も今日のオーディションで勝って、961プロを勢いづけないとね☆」

 ほくほくは軽く準備体操をはじめた。そろそろオーディションが始まるみたい。


363: 2012/06/26(火) 22:24:58.09


「ま、どこまでがホントの話か分からないけどね。でも律子ちゃんの言う通り、主催者も審査員もごそっと
 変わったんだから今回はチャンスかもしれないよ。だからふたりとも頑張ってね☆チャオ☆」

 それだけ言うと、ほくほくは男性アイドルの審査会場に行った。りっちゃんも軽く屈伸をはじめる。

「全く、励ましに来たんだか不安にさせに来たんだかよく分からないですねあの人は。とりあえず私達は
 いつも通り頑張るだけです。さ、行きましょうかあずささん!」

 りっちゃんが元気に笑う。でもあずさお姉ちゃんは返事をしなかった。


364: 2012/06/26(火) 22:25:55.06


「……?どうしたんですか、あずささん?どこか具合でも悪いんですか?」

「……ううん、なんでもないわよ律子ちゃん……。さあ、行きましょうか……」

 涙をぬぐって無理して笑って、あずさお姉ちゃんはりっちゃんとオーディション会場へ向かって行った。その
背中は見覚えがあった。いっつも亜美が竜宮小町で見てた、あの安心出来る優しい背中だ。亜美もいおりんも
りっちゃんも、ゼンブ軽々と受け止めてくれるような大きくて温かい背中。あずさお姉ちゃんは色々大きいヒト
だけど、どうやらこの時に一気に色々なものがビッグになったみたい。亜美なんかまだまだ敵わないや――――


365: 2012/06/26(火) 22:26:47.68


***


「あれ?また場所が変わった……?」

 次に気がついたら、今度はまっくらやみの中だった。ここはどこだろう?


366: 2012/06/26(火) 22:27:31.52


「う……、ううぅ……」

「あずさお姉ちゃん!?」

 ふと後ろを見ると、ぼんやりとあずさお姉ちゃんが膝を抱えて泣いているのが見えた。いつもニコニコ
笑っているあずさお姉ちゃんがこんな風に泣いてるのを見るのは初めてだ。


367: 2012/06/26(火) 22:28:19.24


「亜美ちゃん……、ごめんね……、ごめんね……」

 亜美が近づくとあずさお姉ちゃんは顔を上げて、また泣きながら亜美に謝り出した。

「どうしたのあずさお姉ちゃん!?イキナリ謝られても亜美もサッパリわかんないよ!」

 亜美は一所懸命なぐさめたけど、あずさお姉ちゃんは謝るだけでゼンゼン泣き止んでくれない。
せっかく久しぶりに会えたのに、これじゃあ素直に喜べないよ―――――


368: 2012/06/26(火) 22:29:11.76


第六部終了。つづく


371: 2012/06/28(木) 00:11:19.89


第七部「びりおねあプリンセス!」


「……ごめんなさい亜美ちゃん、ついつい取り乱しちゃって………」

「う、ううん。もういいよ。あずさお姉ちゃんも色々大変だったんだよね?」

 ようやく泣き止んだあずさお姉ちゃんとふたりで向かい合って、亜美はこれまでのコトを話した。でもあずさ
お姉ちゃんも亜美のカラダを通して大体の事は知ってたみたい。そういえばあずさお姉ちゃんの魂のカケラが
亜美のカラダの中にもあるんだっけ?じゃあ亜美はあずさお姉ちゃんと、今までずっと一緒だったんだね。


372: 2012/06/28(木) 00:12:10.12


「貴音ちゃんと響ちゃんにも謝らないといけないわね……。それから占い師のおじさんにも……」

「何言ってんのさあずさお姉ちゃん!!謝るんじゃなくて『ありがとう』でしょ!!おじさんあずさお姉ちゃん
 のファンみたいだし、あずさお姉ちゃんがお礼を言うだけでメロメロになっちゃうYO!!」

 亜美の言葉に、あずさお姉ちゃんはさびしそうに笑うだけだった。


373: 2012/06/28(木) 00:13:06.61


「亜美ちゃん、ここがどこか分かる……?」

「へ?このまっくらなセカイ?……う~ん、運命の輪の中かなあ?」

 イキナリ聞かれても亜美もよくわかんない。あずさお姉ちゃんに吸い込まれたんだケド、だからって
そのままあずさお姉ちゃんのカラダの中ってワケでもなさそうだし……

「いいえ、ここは私の身体の中なのよ。正しくは、私の精神世界と現実世界の狭間の世界かしら」

 ん?なんだかムツカシイ話になってきたぞ。あずさお姉ちゃんオカルトとか詳しいの?


374: 2012/06/28(木) 00:13:45.79


「昔少しだけタロット占いで遊んでいた時期があってね。私もよく分からないんだけど、運命の輪っていうのは
 精神世界と現実世界の狭間に存在するみたいなのよ。精神世界のカードが、運命の輪を区切りに現実世界の
 カードに切り替わるんですって。ここはその狭間の世界だと思うの」

 ハザマのセカイかあ。よくわかんないケド、どこもこんなにまっくらなのかな。

「いいえ、真っ暗なのは私の未来がないからよ。私はどのみち氏ぬみたいだからお先真っ暗らしいのよ。
 うふふ、運命の輪もなかなか洒落がきいてるわ」

 そんなのってないよ!?亜美達頑張ったのに、結局ダメだったの!?


375: 2012/06/28(木) 00:14:29.96


「ごめんね亜美ちゃん。どうやら私は運命の輪と長く一緒に居過ぎたみたいなのよ。亜美ちゃんが外で頑張って
 くれている間、私もこの世界で運命の輪に負けないように頑張ってたんだけど、結局負けちゃって……」

 そう言って、あずさお姉ちゃんは亜美に左手を見せてくれた。よく見ると薬指にゴツい指輪がついている。
ん?なんだかこの指輪、キラキラ光ってるような……


376: 2012/06/28(木) 00:15:19.97


「……!!これって……」

 ユーレイになったあの夜を思い出す。あの恐怖はそう簡単に忘れられそうにない。

「気がついたら指輪になってたのよ。外そうとしてみたけど取れないの……。私は自分の氏という運命から逃れ
 られないという意味なんでしょうね……」


 あずさお姉ちゃんの左手薬指には、指輪サイズになった運命の輪がはまっていた―――――



377: 2012/06/28(木) 00:15:58.85


***


「多分だけど、私がすぐに氏ぬことは無いと思うわ。今の状態で元の身体に戻っても、運命の輪もこんなに
 小さくなっちゃったし、もしかしたら5年、10年くらいは生きられるかもしれないわ。亜美ちゃん達が
 頑張ってのおかげで、この子の力もだいぶ弱っているみたいだから」

 あずさお姉ちゃんは運命の輪とバトっている間に、感覚的に運命の輪の力が弱っているのがわかったみたい。
運命の輪を『この子』あつかいするなんて、さすがだね!


378: 2012/06/28(木) 00:16:44.93


「でも最終的に、私はこの子に捕まってしまったわ。これからの人生、私はずっと自分の氏を身近に感じながら
 この子と生きていかないといけないの。私が氏ぬまで、この子は私を解放してくれないでしょうね」

 うえ~……、なんかそれヤだなあ。ずっと氏神さんが横で見張ってるカンジ?そんなんじゃ人生楽しめないよ。
しかも指輪にしてもゴツくてシュミ悪いし……

「でもあずさお姉ちゃん、とりあえず今元に戻っても、すぐに氏んじゃうコトはないんでしょう?だったら
 このまま自分のカラダに戻って、それから外でその運命の輪を壊せばいいんじゃないの?そしたらみんな
 バンバンザイだよ!」

 われながら名案ですなあ。きっとおじさんやお姫ちんなら何とかしてくれると思うし。


379: 2012/06/28(木) 00:17:41.24


「私もそれを考えたんだけどね……」

 途中であずさお姉ちゃんの顔が暗くなった。え?どしたの?どっかぐあいでも悪いの!?

「亜美ちゃん……。この輪の中をよく見てくれる……?」

 あずさお姉ちゃんに言われた通り、亜美は指輪になった運命の輪をじっくり見てみる。……ん?何か小さな
人形みたいなのがプカプカ浮いてる……?


380: 2012/06/28(木) 00:18:12.28


「……って、これって亜美のカラダじゃん!!」

 こりゃたまげた!どこに行ったと思ってたらこんなところにあったのか!運命の輪のリングの中に、ありんこ
サイズの亜美のカラダが入っていた。とりあえずジュラ紀でキョーリューのエサになってなくてよかったケド、
これはこれでやっかいだよ……


381: 2012/06/28(木) 00:18:46.41


「私が今の状態で自分の身体に戻っても、亜美ちゃんを助けることが出来ないのよ……。亜美ちゃんが中にいる
 からこの指輪を壊すわけにはいかないし、私が氏んだらおそらく亜美ちゃんの身体も解放されると思うけど、
 それもいつになるか分からないし……」

 だからあずさお姉ちゃんこんなに元気なかったのか。どうやら運命の輪は、亜美がジャマしてちょっと
狂っちゃったケド、まだまだあずさお姉ちゃんを頃す気マンマンみたい。ホントにしつこいなあ。


382: 2012/06/28(木) 00:19:24.97


「今の状態だと私は助かるけど亜美ちゃんはこのまま。亜美ちゃんを助けるには私が氏ぬしかない。でも何より
 耐えられないのは、亜美ちゃんをこのままにしておいて私だけが生き返る事なの。そんなの許されないわ……!!」
 
 あずさお姉ちゃんはそれっきり、また黙っちゃった。それであずさお姉ちゃんどうしたいいのか分からなくて、
ここにひきこもってたの?う~ん、でも何かふたりとも助かる方法があると思うんだケドなあ……


383: 2012/06/28(木) 00:20:03.97


『――ささん……、あずささん……』

『―――さ、あずさ……』

 その時、ふとどこからか兄ちゃんといおりんの声が聞こえた。そういえばここはあずさお姉ちゃんのカラダの
中なんだっけ?じゃあすぐ近くに、お見舞いに来ているふたりがいるんだね。


 パチンッ パチンッ


 兄ちゃんといおりんの声が聞こえたと思ったら、今度は花火みたいな光が飛び込んできた。いや、流れ星かな?
キラっと光ってはすぐに消えちゃう。あずさお姉ちゃん、これってなあに?


384: 2012/06/28(木) 00:20:58.23


「……私の魂ね。ちょっとでも気が抜けちゃうと、プロデューサーさんを通じてすぐに入って来ちゃうのよ。
 魂が戻ったら目が覚めちゃうからずっと我慢してたんだけど、さっき『三浦さん』って呼ばれちゃってつい
 懐かしくなっちゃって……」

 顔を赤くして恥ずかしそうに言うあずさお姉ちゃん。なるほど、だから近くにいた亜美が吸い込まれちゃった
んだ。じゃあやっぱり、兄ちゃんはあずさお姉ちゃんの運命の人で間違いないんだね?

「ねえあずさお姉ちゃん、思い切って兄ちゃんに任せてみたらどうかな?運命の人だったら何とかしてくれる
 んじゃない?兄ちゃんだったら、きっと亜美もあずさお姉ちゃんも助けてくれるよ!」

 どっちみち、ちょっとずつ魂は戻ってきてるんだよね?だったらあずさお姉ちゃんが目覚めるのも時間の問題
じゃん。それにあずさお姉ちゃんも、兄ちゃんのことキライじゃないんでしょ?


385: 2012/06/28(木) 00:21:44.41


 でもあずさお姉ちゃんは、亜美の言葉に黙って首をぶんぶん横に振るだけだった。何で?兄ちゃんとケッコン
するのそんなにイヤなの?

「嫌なわけがないわ……。プロデューサーさん、いえスタッフさんのおかげで私はアイドルになれたんですもの。
 スタッフさんと765プロでもう一度会えた時は本当に嬉しかった。この人が運命の人だったらどれだけ
 いいかって思って、しかも本当に運命の人だった。今すぐにでも会いたい気持ちでいっぱいよ……」

「じゃあ会いにいこうよ!兄ちゃんは普段はたよりないケド、いざという時はキチンとやるヒトなんだから!!」

 運命の輪が左手のくすり指にくっついているのも、そういうイミだと思う。あずさお姉ちゃんと亜美を助ける
ことが出来るのは兄ちゃんだけなんだよ。兄ちゃんだったらきっと運命の輪に勝てるよ!


386: 2012/06/28(木) 00:22:29.38


「そうね……、あの人だったら私を助けてくれるでしょうね……、でもね亜美ちゃん、それはダメなのよ……」

 そう言うと、あずさお姉ちゃんがまた顔を手でおおって泣き出した。どうしてダメなの?

『ねえアンタ、ちょっと聞きたい事があるんだけど………』

 その時、外の世界からいおりんの声が聞こえた。いつものいおりんとは違う、何かエンリョがちな声だ。


387: 2012/06/28(木) 00:23:17.27


『ん?どうした伊織?』

 兄ちゃんが返事をした。するとこのハザマのセカイに、たくさんのあずさお姉ちゃんの魂が流れ星みたいに
入ってくる。あずさお姉ちゃんは目をつぶって耳を塞いで、必氏にガマンしてた。

『こんな時に聞く話じゃないと思うんだけど……』

 いおりんはそう言って、兄ちゃんと話を始めた―――――


388: 2012/06/28(木) 00:25:00.62


第七部前編終了。つづく


390: 2012/06/28(木) 19:11:02.93


***


 自分でも嫌な女だと思う。あずさがずっと眠り続けていて、コイツはそれを心配している。きっとそれが
嘘偽りのない事実なのだろう。でも私はこいつのその気持ちが本物かどうか、どうしても勘ぐってしまう。
アンタは本当にあずさの事が心配なの?どうしてそこまで気にかける事が出来るの?


―――――あずさのせいで、アンタの人生は大きく狂ってしまったんじゃないの?



391: 2012/06/28(木) 19:12:44.17


「こんな時に聞く話じゃないと思うんだけど……」

「なんだ?伊織らしくない物言いだな」

 うるさいわねえ。こっちもそれなりに覚悟がいるのよ。

「私ね、今回あずさがこんな事故に遭ってずっと目が覚めなくっちゃったから、何とか助ける方法がないか
ずっと探していたの。過去の記憶を呼び起こす催眠療法とかもこっそり試してみたわ」

 あの夜の打ち上げを思い出す。あずさが事故に遭った原因は私にもあるんだから。


392: 2012/06/28(木) 19:13:59.08


「それで結果的にだけど、あずさの事を色々調べることになっちゃったのよ。プライベートを探るような事を
 しちゃって悪いと思ったけど、あずさってあんまり自分の事を話さないじゃない?一年近く竜宮小町で一緒
 に活動してきたけど、私あずさのこと仕事以外ではほとんど何にも知らなかったのよ」

「確かにそうだな。友美さんって友達がいるくらいで、俺もあずささんの事はよく知らないなあ」

 ……コイツ、本当の事言ってるのかしら。まあ律子もあずさについては私達に隠し事をしているところがある
みたいだけど。ジュピターの伊集院北斗と仲良しだったっていうのは腰を抜かすほど驚いたわよ。黒井社長の姪
だったのにはもっとビックリしたけど。


393: 2012/06/28(木) 19:14:38.81


「それでね……、あずさがアイドルとしてデビューするきっかけになった、とあるオーディションと△△企画の
 内部告発事件に行きついたのよ。どうやらあずさはこの件に関わっているらしいのよね」

 私がそう言うと、プロデューサーは一瞬顔がこわばった。でもすぐに元通りになり、

「へえ、そんなことがあったのか。それは知らなかったな」

 と平静を装う。なるほど、シラを切るつもりね。でも私もここまで言ったからには引き下がれない。だから
悪いけど、言いたい事全部言わせてもらうわよ。


394: 2012/06/28(木) 19:15:43.15


「そんな面白い話じゃないわ。上司の悪事を見過ごすことが出来なかったひとりの社員が、当時オーディション
 の参加者だったあずさを守る為に告発文書をばらまいて自分の会社を失墜させたってだけの話よ。でも残念
 な事に△△企画は大手だったからオーディションの主催を一度降ろされただけで、すぐにまた業界に戻って
 きたけどね」

 告発された社長も、何食わぬ顔をしてその次のオーディションの主催者席に座ってた。流石に告発される
きっかけとなった愛人捜しは控えたようだけど、会社と当人のダメージはほぼゼロだったみたい。


395: 2012/06/28(木) 19:17:09.99


「で、その告発した社員だけど、事実無根だとして逆に会社から訴えられたらしいわ。当初は同じ会社の仲間や
 協力者がいたみたいだけど、△△企画を恐れた奴らはみんな裏切って彼ひとりの犯行だと口を揃えた。結果的
 に彼は裁判に負け、1億円近い賠償金を背負わされてこの業界を去ることになった。彼には婚約者がいた
 みたいだったけどそれも破談になり、家も車も全部奪われて追い出されたそうよ」

 当時の彼を知る人の話では、彼はとても仕事の出来る優秀な人だったそうだ。若くしてチーフスタッフを
任され、現場を指揮して会場の設営やオーディションの進行などを執り仕切っていたらしい。プライベートでも
結婚間近で全てが順風満帆だったそうだ。それがこの件で、彼は一瞬にして全てを失った。


396: 2012/06/28(木) 19:17:53.37


「彼のおかげで、あずさはアイドルを辞めることなく竜宮小町としてトップアイドルになることが出来た。でも
 彼はそんなあずさを見てどう思っているのかしらね。確かにあずさを守ることが出来たけど、そのせいで彼は
 地獄に落ちてしまった。もちろん彼のしたことは間違っていないわ。でも上司の悪事を見知らぬふりをして
 いれば、彼はきっと今も幸せに生活する事が出来たんじゃないかしら」
 
 一部では彼は氏んだと噂されていた。その彼が自分を追い出したこの業界に戻って来て、さらに全てを失った
原因となったあずさの事務所でプロデューサーとして働いている。この事実を知った時、私は戦慄した。コイツ
はどんな気持ちであずさを近くで見ていたのだろう。表面上はあずさと楽しげに話しているが、内心ではどんな
感情が渦巻いているのだろうと気が気ではなかった。


397: 2012/06/28(木) 19:22:40.64


 だから聞かずにはいられなかった。今もこうしてあずさの横についているコイツが、本当はどういう気持ちで
いるのか。表面だけ見れば、所属アイドルを心配する心優しいプロデューサーだ。コイツが悪い奴じゃないと
いうことは私もよく分かっている。でも本当はどんな感情であずさに向き合っているのだろうか―――――

 言いたい事は全部言った。私はプロデューサーの顔を見るのが怖くて下を向いた。病室は静寂に包まれる。
ふとプロデューサーが立ちあがった気配がした。おそらく一番知られたくない過去に触れられたんだ。私は
怒られるかもしれない。視界の端で彼が手を挙げるのが見えた。叩かれるのを覚悟して、私はぎゅっと目を
強くつぶった。


398: 2012/06/28(木) 19:23:23.54


 ぽん


「へ……?」

 しかしその手は、軽く私の頭の上に乗せられた。そしてそのまま優しく私の頭を撫でる。

「全く、相変わらずマセてるな伊織は。そんなつまらんことばかり考えていたらハゲるぞ?」

「な……っ!?余計なお世話よっ!!あとハゲてないわよっ!!」

 相変わらずの笑顔を向けるプロデューサーの手を振り払う。プロデューサーは「それでこそ伊織だ」と
満足そうに笑っていた。ほんっとに腹立つわね!!


399: 2012/06/28(木) 19:23:55.96


「なあ伊織、この一年竜宮小町やれて楽しかったか?」

「何よ急に……、そりゃ楽しかったけど……」

 急にユニットのメンバーに選ばれて、しかもリーダーに任命されて毎日忙しかった。でも亜美もあずさも私を
支えてくれたし、律子も厳しかったけど何だかんだでいたわってくれた。楽しいことばかりではなかったけど、
私はこの一年をこれからも忘れる事はないだろう。それは竜宮小町のメンバー全員が思っているはずだ。


400: 2012/06/28(木) 19:24:23.94


「そっか。ならきっとその社員さんも満足なんじゃないかな」

 プロデューサーは他人事のように飄々と話した。あくまで自分だと認めないつもりね。別にいいけど。

「そうかしら。確かに自分が助けたあずさが大活躍していたら少しは報われるかもしれないけど、手放しでは
 喜べないんじゃない?きっと今でも、彼は借金に苦しんでるでしょうし」

 私も気づかないふりをして話を続ける。プロデューサーは苦笑いしていた。


401: 2012/06/28(木) 19:24:59.24


「まあ確かに楽な生活ではないだろうな。でも生きる希望さえあれば人間何とかなるもんだぞ?あずささんが
 楽しそうに活動していたらその社員さんも疲れなんて吹っ飛んで、また頑張ろうって思うだろうさ。アイドル
 はそういう存在だろ?」

「そんな綺麗事で……!!」

 私は怒りそうになったけど、プロデューサーの優しい笑顔を見て何も言えなくなった。この時何となくだけど
分かった。コイツは本心からあずさの活躍を喜んでいる。そしてあずさを助けたことを微塵も後悔していない。


402: 2012/06/28(木) 19:25:33.33


「きっとその社員さんには分かっていたんだと思うぞ。あずささんが多くの人達に夢と希望を与えるアイドルに
 なるっていう事が。あずささんが凄いのは、ファンだけじゃなくてお前達竜宮のメンバーや俺達スタッフ、
 そして業界関係者への気遣いも常に怠っていない所だ。だから業界にもあずささんのファンは多い。お前と
 亜美がワガママ放題しても律子が営業を続けることが出来たのは、あずささんの功績があったからだぞ」

 うぐ……、そんな事くらい分かってるわよ!!あずさには私達も律子も何度も助けられた。あずさが後ろで
支えてくれたから、私も竜宮小町のリーダーとして存分に振る舞う事が出来た。それは本当に感謝してるわ。


403: 2012/06/28(木) 19:26:19.31


「お前や美希がその才能で村に嵐を巻き起こす女王様なら、あずささんはその嵐が起きる前に村の人々にパンと
 毛布を配る心優しいお姫様だな。あずささんがいるからお前達も存分に暴れることが出来るし、俺達スタッフ
 も万全の体制でそれを受け止めることが出来る。しかもあずささんは決して嵐に負ける事のない強い心を
 持っている。だから多くの人達に安らぎと安心感を与えることが出来るんだ」

 なんだかひどい言われようね。あの金髪と同列にされるのは私のプライドが許さないわ。でも確かに、才能で
好き勝手しているあたりは私とアイツは似た者同士かもしれない。暴君扱いされるのは腹立つけど。それで
あずさが民を思いやる心優しいお姫様ですって?悔しいけどお似合いの配役じゃない。
 

404: 2012/06/28(木) 19:28:04.27


「きっとその社員さんも、オーディション会場でそんなあずささんに優しくされたんだろうな。スタッフの事
 なんて雑用程度にしか思ってない参加者の中で、あずささんだけは優しくしてくれた。だから彼もそんな
 あずささんを守ってあげたいと思ったんだろう。結果的に彼は全てを失って、しかも多額の借金を背負う
 羽目になってしまったけど、それでもあずささんというアイドルを助けることが出来たのは 彼の誇りに
 なっていると思うぞ。あずささんの為なら10億円背負っても安いくらいだろう」

 プロデューサーはそう言って白い歯をのぞかせて笑った。何バカな事言ってんのよ。1億円だって苦しい
でしょうに、10億円なんて個人が支払えるわけないじゃない。ホントに男っていつまでもガキなんだから。


405: 2012/06/28(木) 19:28:48.69


「アンタずいぶんその社員さんの気持ちが分かるのね。どうしてその社員さんとあずさの馴れ初めを知ってる
 のよ?私そこまで言ってないと思うけど」

 私は意地悪く揚げ足を取ってやると、プロデューサーは冷や汗をかいて瞳を泳がせた。

「ヤ……、ヤツは業界でも有名だからな……。婚約者がいるのにアイドル候補生の女の子の為に全てを捨てた
 バカな男だって、4人の親からぶん殴られたうえ勘当されたらしいし……ほんとバカだよなハハハ……」

 ええほんとバカね。追及すればするほどボロを出していることに気付いてないのかしらコイツは。このあたり
で止めておこう。私は席を立つと、そのまま病室の出口へ向かった。


406: 2012/06/28(木) 19:29:44.71


「もしその社員さんに会ったら伝えて頂戴。あなたがあずさを守ってくれたおかげで、竜宮小町はトップ
 アイドルになれたって。そしてリーダーの水瀬伊織はそれをとても感謝しているわ。借金で困ってるなら、
 1億円くらい立て替える準備はあるからいつでも連絡しなさいって」

 去り際に言っておく。どうせ借金の肩代わりを申し込んでもコイツは断るでしょうけど、どうしても困った
時には私がついているということだけは分かっていて欲しい。


407: 2012/06/28(木) 19:30:46.82


「ふん、コドモが余計な心配しなくていいんだよ。お前はやよいと一緒にチャイルドスモックを着て
 『おはよう!!朝ご飯』を歌っているのがお似合いだよ。竜宮小町も解散したことだし、いっちょ
 やってみるか?」

「イヤよ!!これからオトナ路線で売り込みたいのに、どうして幼児退行しなきゃいけないのよ!?」

 あ……、でもやよいとユニットを組めるならそれもアリかも……って、何を考えてるのよ私は!!
これはスーパーアイドル水瀬伊織ちゃんの存在意義がかかっているのよ!!


408: 2012/06/28(木) 19:31:37.74


「ちょっと飲み物買ってくるわ。しっかりあずさの事を見ときなさいよ!!」

 はいはいと返事をするプロデューサーに命令して、私は病室を出た。でも悔しいけど私はまだまだコドモ
なのね。アイツとあずさの間に立ち入れるほどの勇気はないわ。別に負けを認めたわけじゃないけど、少し
ふたりにしておいてあげましょう。感謝しなさいよね。


409: 2012/06/28(木) 19:32:16.89


「伊織、伊織……」

 すると病室を出た所で、響が手招きして私を呼んでいた。あら?アンタどこ行ってたのよ。もういいの?

「今から亜美とあずささんを助ける準備をするぞ。伊織も協力してほしいさ」

 準備?何の準備が必要なのよ。


410: 2012/06/28(木) 19:33:20.43


「いいから手伝っていおりん。いおりんがいないと亜美が助けられないの」

 その時、響の後ろからよく聞いた声が聞こえてきた。この一年ほとんど毎日聞いていた声だ。

「アンタ……、どうしたのよその頭……!?」

 私の目の前には亜美と同じ髪型をした、亜美と区別のつかなくなった真美がいた―――――


411: 2012/06/28(木) 19:33:56.26


***


「……だってさ、あずさお姉ちゃん。兄ちゃんあずさお姉ちゃんのためだったら、10億円借金してもヘーキ
 みたいだよ」

「う……、うぅぅ……ああぁ………」

 いおりんも良いタイミングでしゃべってくれるねえ~。さすが竜宮小町のリーダーだよ!あずさお姉ちゃんは
さっきからずっと泣いている。でも悲しくて泣いてるんじゃないみたい。亜美はそんなあずさお姉ちゃんの手を
にぎった。


412: 2012/06/28(木) 19:35:07.88


「兄ちゃんはきっと、スタッフさんの頃からあずさお姉ちゃんのことが大好きだったんだよ。だからあずさ
 お姉ちゃんを守ってくれた。そして今もあずさお姉ちゃんが起きるのをずっと待ってる。だったら
 兄ちゃんの為にも、あずさお姉ちゃんはあっちのセカイに戻らないとダメだよ」

「で…、でもそうしたら亜美ちゃんが……」

 ハザマのセカイにたくさんのあずさお姉ちゃんの魂が流れ込んでくる。まっくらだったセカイが淡い
ピンク色になった。うまく言えないケド、これは『恋の色』かな?もうダイジョーブみたいだね。


413: 2012/06/28(木) 19:35:50.25


「亜美のことならシンパイしないで。ゼッタイ助かるから!亜美はひびきん達と兄ちゃんを信じてるから!」

 すると亜美の中から、あずさお姉ちゃんの魂のカケラがぼんやり浮かび上がってきて、そのままにぎった
手をつたってあずさお姉ちゃんの方へ流れて行った。あちゃ~、あずさお姉ちゃんとガッタイすることは
出来なかったか→。ザンネン。


414: 2012/06/28(木) 19:36:34.21


「……って、あれれ……?」

「亜美ちゃん!?」

 すると亜美は急に浮き上がり、そのままあずさお姉ちゃんの指にはまっている運命の輪に引き寄せられる。
ああそうなんだ。今まで亜美がユーレイとして存在できたのは、あずさお姉ちゃんの魂のおかげだったのか。

「亜美ちゃん!!すぐに手を離して……!!」

 あずさお姉ちゃんが慌てて亜美の手を離そうとする。でももう遅いみたいだよ。


415: 2012/06/28(木) 19:37:27.14


「じゃあねあずさお姉ちゃん、ゲンキでね。亜美はこの中で気長に待ってるよ。兄ちゃんと幸せになるんだよ→!!」

「亜美ちゃあああああぁぁぁあああんっ!!」

 亜美は笑顔で手を振って、運命の輪に吸い込まれていった。ホントはこわくてこわくて仕方がない。でも亜美
だってあずさお姉ちゃんを助けたいんだ!!だからみんな、後は頼んだよ!!あずさお姉ちゃんを助けられなかったら、
今度は本当にユーレイになって呪ってやるかんね!!


416: 2012/06/28(木) 19:38:08.22


第七部終了。つづく

次回、クライマックス


420: 2012/06/29(金) 21:36:55.09


第八部「てんぺすとエンジェル!」


――少し前・双美家――

「それじゃあミキそろそろ帰るね。真美もちゃんと食べてちゃんと寝るんだよ?」

「もう、わかってるってば。ミキミキまでママみたいなこと言わないでよ!」

 真美はミキミキを玄関まで見送る。ミキミキはいつもただそばにいてくれるだけだけど、不思議と安心させてくれる。
いつも通りのミキミキを見ていると、真美もウジウジしてるのがバカらしくなっちゃった。


421: 2012/06/29(金) 21:38:02.91


「あ、そうそう。これはミキのカンなんだけど……」

 ミキミキが突然言い出した。ミキミキのカンは結構当たる。兄ちゃんが事務所に帰ってくる時間とか、
おにぎりの中身を当てることくらいだけど。

「あずさと亜美、今日か明日には帰ってくると思うの。だから真美も早くお姉ちゃんモードに戻るんだよ」

ミキミキがそんなことを言うのは初めてだった。なんでいきなりそんなこと……


422: 2012/06/29(金) 21:38:56.35


「今日あずさのカオを見たらなんとなくそう思っただけ。そんじゃね☆」

 呆然としている真美を残して、ミキミキは手をぷらぷら振って帰って行った。もちろん真美も、亜美も帰ってくるし
あずさお姉ちゃんもゼッタイ起きるって信じてるけど、心の準備が……

「あ、いたいた。真美~!!」

 ミキミキと入れ替わるタイミングで、今度はりっちゃんが来た。車のクラクションを鳴らして手を振っている。よく
見ると助手席にひびきんも乗っている。何だか珍しい組み合わせだね。


423: 2012/06/29(金) 21:39:42.09


「りっちゃん、それにひびきんも久しぶりだね。ごめんね、メーワクかけちゃって……」

 亜美がいなくなってから真美はずっと家に居たから、ミキミキ以外の事務所のヒトに会うのは久しぶりだ。ずっと
お休みしてたんだし、ちゃんと謝っておかないとね。

「ううん、それは別にいいのよ。それより今からちょっと一緒に来てくれない?アンタにも協力してほしいのよ」

「協力?何するの?」

 少し慌てている様子のりっちゃん。すると横からひびきんがカオを出した。


424: 2012/06/29(金) 21:40:30.56


「亜美を助ける準備さ。そのためには真美の協力が絶対に必要なんだ。手伝ってくれるよな?」

 いつもと違う真剣な顔のひびきん。え?亜美を助ける?それって一体どういうこと?

「詳しい話は後でするから、とにかくすぐに乗って。もうあまり時間がないのよ」

 りっちゃんに急かされて、真美はよくわからないまま車に乗せられた。

「さてと、まずは……」

 りっちゃんが手帳を確認する。そこには何か手順が書かれたメモがはさまっていた。


425: 2012/06/29(金) 21:41:20.09


「真美、あんた行きつけの美容室とかある?」

「え……?駅前の床屋さんだけど……」

 亜美と小さい頃からずっとお世話になってる床屋さんだ。そろそろ美容室デビューしようかなと思いつつも、
行きなれたおっちゃんの床屋にずっと通い続けている。最近は真美達の為に、イマドキの髪型もお勉強してる
みたいで流行に後れているカンジはない。


426: 2012/06/29(金) 21:42:07.30


「床屋って……あんた仮にもアイドルなんだから、もっとちゃんとした美容室に行きなさいよ。今度連れてってあげるわ」

 むむ、おっちゃんをバカにするのはりっちゃんでも許せないよ!亜美と真美をキッチリ区別して、別々の髪型を考えて
くれたのはそこのおっちゃんなんだよ!真美達の髪型をカンペキに切れるのはあそこの床屋だけなんだからね!

「ま、予想はしてたけどやっぱり亜美も同じ所で切ってたんだな。これでいくらかやりやすくなったぞ。真美は最近
 マセてるから、亜美より先に美容室デビューしてるかなと思ったんだけど安心したさ」

 ひびきんがりっちゃんの横でケラケラ笑う。でも床屋に何の用?真美つい最近行ったばっかだよ?


427: 2012/06/29(金) 21:43:22.04


「今からあんたには亜美と同じ髪型になってもらうわ。亜美→真美は難しいけど、真美→亜美なら出来るでしょ?」

「ええ―――――っ!?」

 そりゃ小学校までは右にくくるか左にくくるかくらいの違いで同じ髪型してたケド、また亜美の髪型に戻るの?
さっきミキミキにお姉ちゃんモードに戻っておけって言われたばかりなのに、逆に妹に戻っちゃうよ!

「ごめんなさいね真美。でもこれも亜美を助ける為なのよ。だからあんたも辛いでしょうけど協力してちょうだい」

「悪いけど拒否権はないさ。自分達も必氏だからな。亜美とあずささんの為にも力を貸してくれ」

「ヂュヂュイ」

 うわ、ハム蔵まで大マジだよ……。髪型を変えるくらい別に構わないケド、でもそれがどうして亜美を助ける事に
つながるの?真美まだよくわかんないんだけど……


428: 2012/06/29(金) 21:44:14.08


「私もまだ信じられないんだけど、あずささんと亜美は何だかややこしい事に巻き込まれているらしいのよ。
 ついでに今日は泊まりも覚悟しといてね。亜美救助作戦はおそらく夜になると思うから……」

 車を走らせながらりっちゃんは説明してくれた。パパとママに連絡しとかないと……。ひびきんも
りっちゃんもチョー真剣で、真美は結局黙って座ってることしか出来なかった。


429: 2012/06/29(金) 21:46:04.15


***


 床屋さんで亜美ヘアーにしてもらって、真美はりっちゃんと一緒に病院に向かった。床屋のおっちゃんはちゃっちゃと
切ってくれるからいつもはそんなに時間がかからないのに、横からりっちゃんが細かい注文をつけてきたせいで長引い
ちゃった。どうやらりっちゃんは竜宮小町のプロデューサーとして、真美を完全な亜美にする必要があったみたい。
うなじやまつ毛の長さまで注文をつけて、おっちゃんも苦笑いしていた。なれない事させてごめんねおっちゃん……

「うん!こんなもんね!しかしホントにあんた達ってそっくりよね。ここまで似てる双子は見たことないわ」

 本気出したらパパとママも間違えちゃうからね。でもここまでそっくりにする必要があったの?さっき真美、鏡に
映った自分を見て思わず亜美かと思ったよ。りっちゃん亜美の事よく見てたんだね。


430: 2012/06/29(金) 21:47:51.81


「そりゃ竜宮小町でほぼ一年一緒に活動してたからね。さて結構時間がかかっちゃったから急ぎましょうか。もう
 響も到着してるでしょうし」

 ちなみにひびきんは、真美が髪を切ってもらっている間に一度マンションに帰ると言って別行動になった。
何でもイヌ美を連れて来ないといけないみたい。病院にペット連れ込んで大丈夫なの?

「ダメに決まってるでしょ。でも私達が今からやろうとしていることはもっとダメな事でしょうね。だからナース
 さん達にも気付かれないように、こっそり侵入するわよ」

 病院に到着すると、りっちゃんは非常階段を上って屋上を目指した。あれ?真美てっきりあずさお姉ちゃんの
お見舞いをすると思ってたんだけど……


431: 2012/06/29(金) 21:48:47.81


「お見舞いは伊織がやり倒しているからいいわ。それに今はプロデューサー殿もいるし任せておきましょう。私達は
 私達でやることがあるのよ」

 りっちゃんは足早に階段を上っていく。真美も遅れないように駆け足で追いかけた。結局、真美は何をするのか
聞かされてないや。屋上で病院に内緒でいけないことをするらしいケド、とりあえずパパの病院じゃなくて
良かったよ。


432: 2012/06/29(金) 21:50:09.95


***


「……で、結局アンタも何も聞かされないまま協力させられてるわけね」

「うん、ごめんねいおりん。りっちゃんもひびきんもピリピリしてて、どうも聞きづらかったというか……」

 さっきあずさお姉ちゃんの病室から出て来たいおりんをつかまえて、真美達は病院の屋上に来た。真美といおりんの
他にはりっちゃんとひびきん、それからうさんくさい占い師のおじさんがいる。そのおじさんが屋上にチョークを
使って何か魔方陣みたいなのを描いてた。一体何が始まるの?


433: 2012/06/29(金) 21:50:59.33


「ああ来たわね伊織。どうかしら真美は?あんたの目から見てちゃんと亜美に見える?」

 こっちに来たりっちゃんがいおりんに話しかける。いおりんはまじまじと真美を見つめると、

「外見だけならほぼ亜美ね。でもやっぱり真美の方が落ち着いてるわ。一緒にいてもてハラハラしないし」

「あはは、それは私も思ったわ。やっぱり双子でも姉と妹だと性格が変わるみたいね」

 りっちゃんが笑う。そっか、ふたりはずっと竜宮小町で亜美の面倒をみててくれたんだよね。


434: 2012/06/29(金) 21:52:00.86


「で、今から何をするのよ律子。まさか悪魔でも召喚する気じゃないでしょうね?」

 いおりんがりっちゃんにたずねる。真美も同じこと思ったよ。

「いや、召喚ではない。むしろ封印だな」

 りっちゃんの代わりに答えたのは占い師のおじさんだった。おじさんは魔方陣を描き終えたみたいだ。


435: 2012/06/29(金) 21:52:51.90


「この子があのお嬢ちゃんの姉か。しかしホントにそっくりだな。貴音殿から聞かされていたが、ここまで似ているとは
 思わなかったぞ。律子殿もご苦労だったな」

 おじさんがりっちゃんにお礼を言う。ん?今お姫ちんの名前が出たような。それからおじさん亜美のことも知ってるの?

「知ってるも何も、今朝まで一緒にいたわい。この一週間ほぼ毎日あのお嬢ちゃんはウチに来ていたぞ」

 いおりんがびっくりした顔をする。じゃあ何で真美に会いに来てくれなかったのさ!?



436: 2012/06/29(金) 21:53:41.67


「ただし魂だけだがな。今の亜美殿は、氏んではないが身体を失って魂だけの状態なのだよ。だからワシや貴音殿の
ような特殊な力を持つ人間や、特定の条件がそろわない限りその姿を確認する事は出来ないのだ」

「やっぱり貴音は知ってたのね。あの子の秘密主義には困ったものだわ……」

「まさかアイツ、本当に亜美を見たっていうの……?」

 頭痛を抑えるようなりっちゃんと、いおりんが震える声でしゃべる。ん?どゆこといおりん?


437: 2012/06/29(金) 21:54:50.65


「これからお嬢ちゃん達に協力してもらう作戦は、亜美殿の身体を悪魔から取り返す作戦だ。ここにいる全員の力を
 合わせないと不可能だが、この作戦の成功のカギを握っているのはお嬢ちゃん、君だよ」

 おじさんはそう言って真美の方を見た。え?真美が?

「説明は後でするから、とりあえず今は言う通りにしてくれ。さ、律子殿達も準備をするぞ」

「え?もしかして私も何かするの?」

「当たり前でしょうが。何のためにあんたを呼んだと思ってるのよ。さ、行くわよ」

 りっちゃんはいおりんを連れて魔方陣の方へ向かった。ちなみにひびきんは、さっきから魔方陣のはしっこで
イヌ美と遊んでいた。ホントに大丈夫かなあ……


438: 2012/06/29(金) 21:57:03.43


***


 真美は魔法陣の中心に立つように言われる。そして真美を囲むように、東西南北にそれぞれひびきん、いおりん、
りっちゃん、おじさんが立った。何かアヤしい儀式でもするみたいだよ。

「……本当にこんな恰好する必要があるの?なんだか一気に老け込んだ気分なんだけど」

 ボロボロの地味なフードをかぶったいおりんが、おじいちゃんがつくような杖をいじりながら文句を言う。
真美にはよく分からないけど、いおりんは『隠者』の格好をしてるらしい。


439: 2012/06/29(金) 21:58:01.12


「あら、結構似合ってるわよ。耳年増で小難しい事ばかり考えてるあんたにピッタリだと思うけど?」

 いおりんとは逆にりっちゃんは上機嫌だ。右手に剣、左手に天秤を持ってビシっと胸を張って立っている。りっちゃんは
『正義』の格好らしい。何となくピッタリだと思った。

「なあおじさん、自分はホントにこのままでいいのか?何かいつもとあんまり変わらない気がするんだけど……」

 ひびきんはイヌ美の口元をつかんだり離したりしている。あんまり口をいじられるとイヌ美が怒るらしいから加減を
しているみたい。ひびきんは『力』の格好らしい。本当はライオンが良いみたなんだけど、さすがのひびきんでも
ライオンは飼ってなかったからイヌ美を連れて来たらしい。


440: 2012/06/29(金) 21:59:38.83


「それでいい。この際だから贅沢を言ってられんだろう。さて、後はワシが……」

 おじさんは病院の屋上にあった物干し竿を持ってくると、それに足をひっかけるようにして「よっ」っと逆立ちをした。
でもすぐバランスを崩して頭から落ちちゃった。屋上に鈍い音が響く。

「ぐへっ、あいたたた……」

「何やってるんですか……。もしかしてご主人が『吊るされた男』を?」

 りっちゃんが呆れ顔で質問する。おじさんは頭をさすりながら、

「仕方がないだろう。ここに男はワシしかおらんのだし。なに、少しコツをつかめば逆立ちくらいは……」

 おじさんは気合を入れて、もう一度チャレンジしようとする。こういうの何て言うんだっけ?年寄りの行水?


441: 2012/06/29(金) 22:00:59.15


「年寄りの冷や水よ。今からでもあずさの病室に戻ってアイツを呼んでくる?多分まだいると思うけど……」

「う~ん、でもプロデューサーも運動神経あんまり良くなさそうだぞ。逆立ちなんて出来るかなあ……」

 いおりんとひびきんが相談を始める。とにかく4人揃わないと魔法陣が完成しないみたいなんだケド、ここに来て
トラブル発生だよ。どうしよう?


442: 2012/06/29(金) 22:01:56.29


「あれ?こんなところに集まって何をしているんだい、子猫ちゃん達☆」

 その時屋上の入口から聞いたことのある声がした。ふと振り返ると、そこには松葉杖をついたジュピターの
ほくほくがウィンクしてた。そういえばここに入院してたんだっけ?

「コイツだったら……」

「いけそうだぞ……!!」

 いおりんとひびきんがガッツポーズを取っていた。りっちゃんがすかさずほくほくの方へ歩いていく。
……え?りっちゃんもしかして……


443: 2012/06/29(金) 22:02:46.52


「伊集院先輩、少しお願いがあるんですけど……」

「なんだい律子ちゃん?律子ちゃんの頼みだったら何でも聞いちゃうよ☆」

 髪をかき上げて恰好をつけるほくほく。あ~あ、まだ何するか聞いてないのに安請け合いしちゃって。
ほくほくはきっと女性問題で身を滅ぼすタイプだね。


444: 2012/06/29(金) 22:04:05.59


「何とかいけそうだな。では皆の者、そろそろ位置についてくれ。間もなくここに『運命の輪』がやって来るぞ……!!」

 おじさんの真剣な声に、りっちゃん達は慌てて準備を始めた。真美も魔方陣の中心でスタンバイする。さっき軽く
聞いた話では、どうやらここに亜美を取り込んだ『運命の輪』ってのが来るみたい。真美の役割はその運命の輪から
亜美を引っ張り出すコトみたいなんだケド、一体どんなのが来るのか想像がつかないよ。真美に出来るかなあ……


445: 2012/06/29(金) 22:05:25.60


第八部前編終了。つづく


448: 2012/06/30(土) 18:28:38.92


***


 空はすっかり暗くなっていた。夕方にりっちゃんに連れ出されて、今何時くらいだろう。なんだか雨も降りそうだ。

「来たぞ!!」

 おじさんが大きな声で言った。え?どこどこ?『運命の輪』ってどこから来るの!?

「下だ!!」

 おじさんが指した先は、屋上のフェンスだった。そのフェンスの向こう側に、大きなまるいわっかがプカプカ浮いて
いる。わっかはギュイーンって回ってて、中はキラキラしたセカイが広がっていて向こう側が見えなかった。あの中に
亜美がいるの……?


449: 2012/06/30(土) 18:29:53.74


「……わわっ!!」

 運命の輪はそのままフェンスをひとっとびすると、一気に真美の目の前に降りて来た。トツゼン目の前にやってきて、
真美はびっくりしてしりもちをついちゃった。なんだかチョーコワいんだけど……

「真美!!」

「真美!!しっかり!!」

「真美、頑張るさーっ!!」

 りっちゃん達が声をかけてくれる。そうだ、まだ真美にはやることがあるんだ!!

「ひるむでない!!運命の輪は混乱しているはずだ。だから今のうちに亜美殿を救い出せ!!」

 おじさんに言われて、真美はおそるおそる運命の輪の中に手を伸ばした―――――


450: 2012/06/30(土) 18:30:54.86


***


―――――以下、占い師と貴音の電話

『運命の輪は一度『氏』という情報を一度いんぷっとすると、対象の命を奪うまで止まらないそうです』

「では仮にあずさ殿を救うことが出来たとしても、今度はあのお嬢ちゃんが命を狙われることになるのか」

『残念ながら。亜美の運命関係なしに、あずさの生が確定した瞬間にあの子は命を奪われてしまうでしょう。
そこで姉の真美に協力してもらいます』


451: 2012/06/30(土) 18:32:37.90


「姉?あのお嬢ちゃんには姉がいるのか?」

『はい。亜美と全く同じ容姿をした、双子の姉の真美がおります。彼女達は元はひとつの生命でしたので、魂も
ほぼ同一のはず。おそらく運命の輪も間違えるほどに……』

「なるほど。では具体的にどうやってお嬢ちゃんを助けるのだ?」

『まずは運命の輪を誘い出すために、真美の存在をあぴーるする魔法陣を作ります。それにつられて真美を亜美と
 間違えた運命の輪が、再度その命を奪う為にやってくるでしょう。真美を見た運命の輪は、亜美と全く同じ存在が
 自分の中だけでなく外にもいるので混乱するはずです。その隙を狙って、真美が直接運命の輪から亜美を引きずり
 出します』


452: 2012/06/30(土) 18:33:49.19


「そんなことをして大丈夫なのか?今度はその真美というお嬢ちゃんが身体を持って行かれないか?」

『ご安心を。運命の輪の中には既に亜美がおります。身体も魂もほぼ同一の存在がいるので、真美が吸い込まれる
 ことはないでしょう。そして似たような魂同士は非常にくっつきやすい。おそらく真美が手を入れた瞬間、亜美は
 真美に引き寄せられるはず。後はその手をとって、そのまま外に引きずり出せばよいのです』

「双子だからこそ出来る手法だな。あのお嬢ちゃんがあずさ殿を助けるために運命の輪に飲み込まれたのは、ある意味
 必然だったのかもしれんな」

『長生きする運命であるはずの亜美の命を奪う事は、運命の輪と言えど容易な事ではないのでしょう。わたくし達が
 亜美を救い出す事もまた、亜美の運命なのかもしれません。それから亜美を救い出した後ですが―――――』


453: 2012/06/30(土) 18:34:26.82


***


 おじさんに言われた通り、真美は運命の輪の中に腕を突っ込んだ。熱いとか冷たいとかないけど何か気持ち悪い……

「そのまま妹の亜美殿を強く思い浮かべろ。お前達も亜美殿が戻って来るイメージするんだ!!」

 おじさんはりっちゃん達にも呼びかけた。いおりんもひびきんも必氏に目をつぶってイメージしてる。真美も亜美の
存在を強く思い浮かべながら、運命の輪の中をいっしょうけんめい捜した。


454: 2012/06/30(土) 18:35:22.55


 ぎゅっ

 
 あ、みつけた


 自分とまったく同じ手の感触。大きさ。あたたかさ。ちいさい頃からいつもいっしょで、どんな時でもその手を
離した事はなかった。手をつないで学校に行って、手をつないで遊びに行って、手をつないで眠って……。自分の
手じゃないのに自分のカラダ以上によく知ってる亜美の手を、真美は確かにつかんでいた。


455: 2012/06/30(土) 18:36:26.76


「亜美!!」

 真美はその手を両手でつかむと、思いっきり外に引っ張った。すると運命の輪のキラキラの中から亜美が出て来た。
二週間ぶりに見る双子の妹は、眠ってたけどいなくなった時と全く同じ格好をしていて、元気そうだった。

「亜美!!」

「亜美……!!」

「よくやったぞ真美!!」

 嬉しそうなりっちゃんと涙ぐむいおりん。それからひびきんは真美をほめてくれた。亜美は真美のウデの中で
「う~ん」とかうなってる。意識もあるみたいだし、大丈夫そうだよ!!


456: 2012/06/30(土) 18:37:11.75


「じゃあ真美ちゃん、早くそこから離れて。後は俺達の仕事だからさ☆」

 逆立ちしているほくほくがウィンクして、そのまま運命の輪の方に歩き出した。りっちゃん達もじりじり
運命の輪に近づいて行く。真美は亜美をひきずりながら、急いで避難した。

「さあここからが本番だぞ!!このまま一気に運命の輪を封じ込めるのだ!!」

 おじさんもあやしげな呪文みたいなのを唱えながら、運命の輪にゆっくり近づいて行った―――――


457: 2012/06/30(土) 18:38:01.14


―――――再び、占い師と貴音の電話


『亜美を救い出した後の運命の輪ですが、何をしでかすかわかりません。また亜美に襲い掛かるか、それともあずさの
 元へ舞い戻るか。どのみち危険ですので、そのまま封印するのが良いでしょう』

「封印?そんなことが出来るのか?」

『正確には運命の輪が本来存在する『狭間の世界』に閉じ込める事です。運命の輪は『精神世界』と『現実世界』の間に
 存在すると言われています。ですので精神世界を表す『力』『隠者』と、現実世界を表す『正義』『吊るされた男』を
 揃えて狭間の世界を作り出し、運命の輪をその中に追い込みます』


458: 2012/06/30(土) 18:38:56.01


「なるほど、またずいぶん過激な方法を取るのだな。しかしたった4つの要素で足りるのか?それに狭間の世界に戻した
 所で、またこちらに戻って来る危険性もあると思うが……」

『あまり要素を集めすぎると、また新たな災厄をもたらす危険性がありますので4つが限度だと思います。それから
 確かに運命の輪がこちらの世界に戻って来る可能性もありますが、それは100年か200年先の話になるでしょう。
 元々、この運命の輪は一世紀に一度顕現するか否かと言われている面妖な代物。わたくし達が出会う機会は
 もうないでしょう』

「そうか。では封印に使う道具の確認だが―――――」


459: 2012/06/30(土) 18:39:42.77


***


「ちょっとジュピター!!アンタだけ遅れてるわよ!!もっとキリキリ歩きなさいよ!!」

「ム、ムチャ言わないでよ伊織ちゃん……こう見えて逆立ち歩きって結構キツイんだぜ……?」

「伊織、あんたはちょっと早く歩き過ぎよ。もっと周りに合わせなさい」

「いぬ美、大丈夫だからな。ほら怖くない怖くない……」

「バウウ……」

 みんながちょっとずつ包囲網をせばめて行って、運命の輪はだんだん大人しくなっていった。わっかの中のキラキラ
光る空間はなくなって向こう側が見えるようになり、回転していた外側も止まって静かになった。こうして見て初めて
分かったんだけど、運命の輪って木で出来てるみたい。昔の神様とか、エライ人が作ったのかなあ。


460: 2012/06/30(土) 18:40:14.77


「よし、いいぞ……そのままそのまま……」

 みんなの後ろから、おじさんもゆっくり距離をつめていく。真美は眠っている亜美を連れて、離れた所で見てた。
あれ?運命の輪がだんだん消えてる?わっかのふちがだんだん半透明になってきた。このまま行けば……


461: 2012/06/30(土) 18:40:56.35


ゴロゴロゴロ……、ピシャ―――――ンッ!!


「キャインッ!!」

 その時、空からカミナリが鳴った。それにびっくりしたいぬ美がびっくりしてパニックを起こした。

「わわ……、いぬ美!!」

 いぬ美はひびきんの手を離れて、そのままほくほくに突進する。ほくほくもバランスを崩してコケちゃった。


462: 2012/06/30(土) 18:41:38.34


「うおっ……!?」

「ちょ、ちょっと何やってんのよアンタ達!!」

 追いつめていたフォーメーションが崩れる。その瞬間、運命の輪がまた光り出した。

「まずい!!全員離れろ!!」

 キンパクした雰囲気でおじさんが叫ぶ。りっちゃん達は慌てて運命の輪からテッタイした。運命の輪はまたゆっくり
回転を始めて、元通りになっていく。

「どうします御主人!?このままだとまたあずささんと亜美の命が……!!」

「わかっておる!!」

 焦るりっちゃんを抑えて、おじさんはお札のようなものを沢山準備した。


463: 2012/06/30(土) 18:42:17.97


「失敗した時の対処法も考えてはいた。とりあえず運命の輪をこの場に縛り続ける。お前達は絶対に近づくなよ!!」

 おじさんはそう言うと、運命の輪に向かってお札を投げつけた。投げたお札は運命の輪に貼りついて回転を弱める。
でもすぐにお札は焼けちゃって、いたちごっこの状態だった。

「ワシが食い止めている間にお前達はまた包囲網の準備をするのだ!!ワシも長くは保たん!!急げ!!」

 おじさんは汗びっしょりになってお札を投げ続けている。でもりっちゃん達はなかなか準備が出来なかった。


464: 2012/06/30(土) 18:42:50.74


「いぬ美!!しっかりするさ!!大丈夫だから!!怖くないから!!」

「ゴメン……、俺もちょっと頭に血が上りすぎてめまいが……」

「しっかりしなさいよアンタ達!!早くしないとアイツを逃がしてしまうじゃない!!」

「おおお落ち着いて伊織、まずは深呼吸よ!!ヒッ、ヒッ、フゥ―――ッ……」

 みんな完全にパニックになっていた。空ではカミナリが鳴り続けていていぬ美は完全に怯えているし、ほくほくは
顔が真っ青になっている。ヤバイよ……、このままだったらまた亜美とあずさお姉ちゃんが……


465: 2012/06/30(土) 18:43:29.52


 ♪~コドモ扱いしないで すぐ上から目線! ちゃんと話を聞いてよっ マジメなんだぞ!~♪


 その時真美のケイタイが鳴った。着信は……お姫ちん!?真美は慌てて電話に出る。

『もしも「お姫ちんタイヘンだよ!!いぬ美がビビってほくほくが倒れていおりんがヒスってりっちゃんが生まれそうだよ!!」
 ……わかりました』

 自分でも何を言ってるのかよくわからなかったケド、お姫ちんはだいたいの状況を理解したみたい。スゲ→


466: 2012/06/30(土) 18:44:03.30


『では封印することは諦めましょう。ただちに運命の輪を破壊してください』

「え?そんなコトできんの!?でもアレ近づくのもチョーヤバイんでしょ?木で出来てるみたいだけど、ギュイーンって
 回転してるよ?」

 近づいたら吸い込まれるというより月まで吹っ飛ばされちゃいそうなんだけど……

『ふふっ、問題ありません。知っていますか真美……』

 お姫ちんは楽しそうに笑ってからこう言った。


467: 2012/06/30(土) 18:44:46.79


『ひーろーは遅れてやって来るものなのですよ』

 お姫ちんがそう言ったと同時に、屋上のドアが勢いよく開いた。

「うおっ、何だありゃ?みんな何してるんだこんな所で?」

「兄ちゃん!?」

 屋上にやって来たのは兄ちゃんだった。真美は急いで駆け寄る。

「ん?亜美がふたり!?いなくなったと思ったらどうして増えてるんだ!?」

 いや、そんなワケないじゃん。確かに今の真美は亜美そっくりだけどさ……。電話の向こうでお姫ちんが笑っていた。

『これで役者は揃いました。ではそろそろ幕引きと致しましょうか』―――――


468: 2012/06/30(土) 18:46:50.41


第八部中編終了。つづく


470: 2012/07/01(日) 18:54:13.02


***


「う……、う~ん……」

 何かうるさいなあ……、さっきまで静かだったのに……

「だから、真美が真美であっちが亜美だって!!」

「そんな事言われてもなあ……。だいたい何でまた同じ髪型にしたんだ?真美は確かサイドテールだったと思うのだが……」

「だからそれは亜美のためで……!!」

「亜美のため?亜美はお前じゃないのか?」

「も―――――っ!!」

 あれ?ここってもしかして外なの?目を開けると亜美のカッコした真美が兄ちゃんと言い争ってた。ああそっか、
亜美は運命の輪からダッシュツ出来たんだね。安心したらなんだか眠くなっちゃった。もうちょっと寝よう……


471: 2012/07/01(日) 18:56:10.84


「……って、そうじゃなくて!!兄ちゃん!!あずさお姉ちゃんはどうなったの!?」

「亜美!?目が覚めたんだね!!」

 嬉しそうな真美。寝てるバアイじゃなかったよ!!亜美だけが助かってもイミないじゃん!!

「ん?あずささんなら大丈夫だぞ。何か急にあずささんの手に指輪が現れたと思ったら、それがどんどんでかくなって
 きてしまいには病室の窓を破って飛んでいってな。その直後にあずささんが目を覚まして、俺にあれを追いかけて
 くれって言うもんだから医者に任せてここに来たんだが……」

 よかった……、亜美もあずさお姉ちゃんも助かったんだね……


472: 2012/07/01(日) 18:56:52.13


「いや、まだだよ亜美。今りっちゃん達が必氏に抑えているけど、けっこうアブない状況だよ……」

 横から真美がシリアスな顔で教えてくれた。そうなの?やっぱり運命の輪はてごわいんだね。

「ところで何だあれは?新しい舞台装置か何かか?それで何で律子達はあんなに必氏なんだ?」

 兄ちゃんが亜美達に聞いてくる。う~ん、本当の事を言っても信じてくれるかな。兄ちゃんニブいしな~。真美の方を
見ると、真美もまたどう説明したらいいのかわからないみたいで悩んでた。


473: 2012/07/01(日) 18:57:53.07


「……はは~ん、さてはお前ら、また何かやらかしたな。これは後でお仕置きだな」

 亜美達が黙っていると、兄ちゃんがひとりナットクしたみたいに頷きだした。え?何それ?ひどいヌレギヌだよ!!

「わかったわかった、言い訳はあとでゆっくり聞いてやるよ。それでどうすればあれは止まるんだ?あずささんにも
 何とか止めてくれって言われたんだが……」

 兄ちゃんの質問に真美がおずおずと答えた。

「お姫ちんに聞いたんだけど、壊すしかないんだって。とりあえず消火器でも持ってぶん殴ればいいんじゃないかな?」

「貴音も一枚噛んでるのかよ……。道理で不思議で厄介な感じになってるわけだ」

 兄ちゃんは溜息をつきながら、屋上にあった物干し竿の土台を下のブロックごと持ち上げた。うわ、兄ちゃんって
意外と力持ちなんだね。いつもと違って何だかワイルドでコワイよ……


474: 2012/07/01(日) 18:58:27.37


「とりあえずさっさと片付けるか。もうすぐ雨も降って来そうだしな。それから亜美」

「ひゃ、ひゃい!?」

 土台を肩に担いだ兄ちゃんは、いつもの優しい笑顔を亜美の方に向けた。

「とりあえずおかえり。無事で良かったよ」

 そう言って、兄ちゃんは運命の輪の方へ向かった。亜美がぼーぜんとしてると、後ろから真美が抱きついてきた。


475: 2012/07/01(日) 18:59:05.40


「心配したんだからね……ゼッタイ許してやんないかんね……」

 亜美の背中でぐずぐず泣きながら、真美がきつくきつく抱きしめてくる。ちょっと苦しかったケド、自分のカラダの
感覚があるのは久しぶりで嬉しかった。

「うん……、ごめんね真美……もうどこにも行かないかんね……」

 亜美は真美をなぐさめながら兄ちゃんの背中を見ていた。後は頼んだよ、兄ちゃん―――――


476: 2012/07/01(日) 19:00:09.36


***


「お疲れ~、選手交代だ。お前らは下がってろ」

「プ、プロデューサー!?」

「ア、アンタ何でここにいるのよ!?あずさはどうしたのよ!!」

 自分達がパニクってると、後ろから物干し竿の土台を担いだプロデューサーがいつもの調子でやって来た。いぬ美を
落ち着かせるのに必氏で、自分も全然気付かなかったぞ。


477: 2012/07/01(日) 19:02:27.52


「ああ大丈夫だ。あずささんならさっき目を覚ました。ついでに亜美も無事に戻って来たし、後はその変なデカい
わっかをぶっ壊せばいいんだな?」

 プロデューサーは律子に自分のメガネを渡して、土台で軽く素振りを始めた。重くないのかそれ?

「昔は肉体労働専門だったからな。さっき貴音から真美に電話があったそうなんだが、そのわっかを止めるには壊すしか
 ないらしいぞ。持ち主への謝罪と賠償は後で考えるとして、とりあえず後は俺に任せろ」

 豪快なんだかセコイんだかよくわからないぞ……でもいぬ美もすっかり怖がってるし、自分達はもう無理っぽいさ。


478: 2012/07/01(日) 19:03:24.60


「貴音殿がそういうのなら、もはやそうするしかないのだろうな。では若いの、頼んだぞ!!」

 お札を投げながらおじさんが言った。自分達は運命の輪からすぐに離れる。

「あれ?あなたは確か中華街の……、その節はお世話になり「いいからさっさと壊せ!!ワシももう限界に近いのだ!!」」

 空気を読まずに営業あいさつをするプロデューサーにおじさんが怒鳴る。ホントに任せて大丈夫か?不安になってきたぞ。

「加勢しますよ、765プロのプロデューサーさん☆」

 プロデューサーの横では、ジュピターの伊集院北斗が物干し竿を構えていた。でもお前、足にケガしてるじゃないか。
止めといた方がいいぞ。


479: 2012/07/01(日) 19:04:23.61


「―――――全くだな。貴様それで入院が長引いたら、今度こそクビにするぞ」


 その時、後ろから機嫌の悪そうな低い声が聞こえた。皆が一斉に振り返る。北斗も青い顔をして声のする方を見た。

「く……黒井社長……?」

 いつの間に来たのか、黒井社長が灰皿スタンドを肩に担いで自分達の後ろに立っていた。


480: 2012/07/01(日) 19:05:36.99


「貴様らアイドルは事務所の大事な商品だ。だから現場やステージの上ならともかく、こんな金にならん事でつまらん
 ケガをして価値を下げる事はこの私が許さん」

「何ですって!!私達はモノじゃないわよ!!」

「い、伊織、落ち着くさ……」

 黒井社長に掴みかかろうとする伊織を抑える。確かに言い方はムカつくけど、よく考えると一応自分達の事を大事に
してくれてるみたい?だぞ。多分だけど……


481: 2012/07/01(日) 19:06:43.34


「では私が協力します。非力ですがこれでもプロデューサーですので」

 そう言って律子が鼻息を荒くして腕まくりをする。でもプロデューサーは首を横に振った。

「いいから、ここは俺達に任せとけ。それより亜美とあずささんを頼む。お前はあのふたりのプロデューサーだろ?」

 プロデューサーに止められて、律子は少し迷ってから「では後はお願いします」と言って屋上を出て行った。


482: 2012/07/01(日) 19:07:51.48


「フンッ、自分の力を過信しよってからに。それもこれも高木がきちんと社員教育をしてないからだぞ。だから765プロは
 いつまで経っても三流なのだ。分かっているのかへっぽこプロデューサー」

 いつもの嫌味を言う黒井社長。でもプロデューサーは飄々としていて、

「ウチは社員全員が強い責任感を持って業務に取り組んでるんですよ。厄介事を女子供に丸投げして、最後にオイシイ
 所だけかっさらおうとしているセコイ事務所の社長に言われたくないですね」

 ニヤリと黒い笑顔を見せた。うわ……なんかプロデューサーがワルになっちゃったぞ……


483: 2012/07/01(日) 19:08:41.69


「貴様……後で覚えてろよ。事務所ごとその減らず口を叩き潰してやる……」

「黒井社長こそケガしないでくださいね。デカい事務所でも油断してると寝首をかかれますよ……」
 
 激しく睨み合う黒井社長とプロデューサー。何だか今にも殴り合いをしそうさ……

「どうでもいいから早くしてくれー!!ワシもそろそろ限界だーっ!!」

 一触即発の空気を壊したのは、ひとりで運命の輪と戦っていた占い師のおじさんだった。ああそうだ、自分もすっかり
忘れる所だったぞ。


484: 2012/07/01(日) 19:09:22.51


「おっとそうだったな。ではさっさと片付けて……」

「話(ケンカ)の続きをしましょうか……!!」

 プロデューサーと黒井社長は運命の輪に向かって、思いっきり手に持った凶器を振り下ろした――――


485: 2012/07/01(日) 19:10:14.38


***


「ファ―――――ッハッハッハッハッハッ!!これがシュ○インズゲートの選択だぁ―――――っ!!」

「ヒャッハ―――――ッ!!氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ねェ―――――っ!!」

「……」

「……」

「……ヒュウ♪キミ達のプロデューサーさんもやるねぇ☆」

 どっかネジが外れた様子で運命の輪をガンガン殴り続ける黒井社長とプロデューサーを、自分と伊織と北斗は離れた
所で見ていた。……何だか別の意味でアブなくて近づきたくないぞ。


486: 2012/07/01(日) 19:10:54.68


「ウチの社長最近残業続きでイライラしてたからね。ちょうどストレス発散になっているのかもしれないな」

「そういえばアイツも私達が休んでいる間、テレビ局やスタジオ関係者に頭下げまわってたわね……」

 いつもプロデューサーを召使いみたいにコキ使ってる伊織が珍しく労わってるぞ……

「人聞きの悪いこと言わないでよ。それよりそのおじさん大丈夫なの?すっかりノビてるけど」

「……うう~ん」

 自分の隣には、さっきまでお札を投げ続けていた占い師のおじさんがいぬ美に介抱されていた。プロデューサー達が
加勢した直後にぶっ倒れたから、いぬ美が引きずって来たんだ。よしよし、えらいぞいぬ美。


487: 2012/07/01(日) 19:11:26.98


「何言ってるのよ。元はと言えばそいつがパニック起こしたから失敗したんでしょうが。しっかり叱っときなさいよ」

「イ、イヌはカミナリが怖いんだぞ!!だからあれは仕方ないさ!!」

 伊織のところのシンバルだって、きっと今頃犬小屋の中で震えてるさ!!だからいぬ美は悪くないぞ!!

「シンバルじゃなくてジャンバルジャンよ。でももう私達の手出しは必要ないみたいね。よくもあんな不気味なものを
 あそこまでボコボコに殴れるわねアイツら……」

「ハハ、すっかり形が変わっちゃってるね……。あのふたり怖くないのかな。俺もちょっと無理だな……」

 黒井社長とプロデューサーに散々殴られて、運命の輪はすっかりひしゃげちゃっていた。


488: 2012/07/01(日) 19:12:30.20


「ハァ……、ハァ……、さて気晴らしになったし、そろそろ仕上げといこうか……」

 黒井社長はそう言うと、ジャケットの内ポケットからライターのオイルを取り出して運命の輪にドボドボかけ出した。
そしてそのまま火を点けたジッポを投げつける。運命の輪はあっという間に燃え上がった。

「ちょっと……、病院で火を使ったらダメでしょうが……、火事になったらどうするんですか……」

 すっかり曲がった土台を捨ててプロデューサーが注意する。でもすっかりバテてるみたいで、止めようとはしなかった。

「心配無用だ……、もうすぐ雨が降るさ……、それまでに燃え尽きればいい……」

 それもそうかとプロデューサーが笑い出す。黒井社長も笑い出した。このふたり、実は仲が良いのか?


489: 2012/07/01(日) 19:13:05.59


「う……、う~ん……なんだかコゲ臭いぞ……?」

「あ、気が付いたかおじさん。もう心配ないぞ。全部終わったさ!!」

 目が覚めたおじさんは炎に包まれている運命の輪をボーッと見たと思ったら、みるみる顔色が変わった。

「まずい!!今すぐここから離れろ!!」

 急に焦り出すおじさん。そのただならぬ気配に、伊織も北斗も深刻な顔になる。


490: 2012/07/01(日) 19:13:49.74


「どうしたのよ一体?まだ何かあるって言うの?」

「もうあれは動きそうにありませんが?今もよく燃えてますし……」

 自分もよくわからないけど、何だかやばそうな雰囲気がした。すぐにいぬ美を避難させる。

「爆発するぞ!!」

「「「へ?」」」

「だから、運命の輪は火を点けると爆発する危険性があるのだ!!だからすぐに逃げろ!!」

「「「えぇ~っ!?」」」

 自分達は慌てて屋上出口に向かってダッシュする。でも黒井社長とプロデューサーは気付いていない。


491: 2012/07/01(日) 19:14:31.28


「社長!!早くそこから離れて下さい!!危ないですよ!!」

「早くこっち来なさいよアンタ!!それ爆発するらしいわよ!!」

 伊織と北斗が必氏で呼びかける。でもふたりは燃え盛る運命の輪の前で大笑いをしていて、こっちに気付いてなかった。

「ハッハッハッハッハッ!!ハ―――――ッハッハッハッハッハッ!!」

「ヒャッハ―――――ッ!!燃えろ燃えろ燃えろォ―――――ッ!!」

 ダメだ、すっかりゴキゲンになってるぞ……


492: 2012/07/01(日) 19:15:39.88


「いかん!!伏せろ―――――っ!!」

 おじさんが叫ぶ。ここで初めて、ふたりはこっちを見た。でももう遅かった。運命の輪は強力な光に包まれて、耳を
つんざく轟音をとどろかせて大爆発した。自分達は爆風に巻き込まれないように、屋上の扉の後ろに隠れてやりすごした。

「プロデューサー……?」

 おそるおそる扉の陰から屋上を見る。屋上にはそこらじゅうに運命の輪の破片が転がっていた。

「プロデューサァ―――――ッ!!」

 自分の叫び声は、降りだした激しい雨と雷にかき消された―――――


493: 2012/07/01(日) 19:16:48.74


第八部終了。つづく

497: 2012/07/02(月) 19:49:50.01


第九部「もだんレディー!」


「すぅー、はぁー……」

 目を覚ましてから3日。精密検査を受けたり、警察から聴取を受けたりと何かと忙しかった。そしてようやく解放
されて、今私は『運命の人』が入院する病室の前にいる。でも緊張して、何を話したら良いのか分からなくて
なかなか入ることが出来ない。いつも通りの笑顔も、どうやって作っていたのか忘れてしまったわ……




498: 2012/07/02(月) 19:51:09.23


「はぁ……ダメね私は。あの人は私のせいでひどいケガをして入院しているのに……」

 深い深いため息をつく。いつもは事務所の一番先輩としてかっこ悪いところは見せないようにしているのに、
これじゃああの子達に示しがつかないわ。

「何がだめなのですか?」

「きゃっ!?た、貴音ちゃん!?」

 急に背後から声をかけられ、びっくりして振り返る。そこにはハム○プトラで見たような古代エジプトの王女様の
ような恰好をした貴音ちゃんが立っていた。まさかその恰好でここまで来たの?


499: 2012/07/02(月) 19:52:19.21


「はい。先程日本に到着いたしまして。そのまま空港から直接参りました」

 淡々と答える貴音ちゃん。そういえばこの子は、私と亜美ちゃんを助ける方法を探す為にわざわざエジプトまで
行ったのよね。ずいぶん迷惑をかけてしまったわ。

「あ、あの貴音ちゃん……、今回の事は本当に……」

 精一杯心を込めて謝罪をしようとした私の口を貴音ちゃんは軽く人差し指で抑え、そして綺麗な顔で微笑みました。

「何の事でしょうか。わたくしはえじぷとに料理研究に行っただけです。ふふ、さすがくれおぱとらの国、どれも
美味でした。そうそう、あずさにもお土産が……」

 貴音ちゃんはそう言って、私に小さなスフィンクスの置物をくれた。この子は本当によく分からない子だわ……。
でもこれだけは言わせてね。


500: 2012/07/02(月) 19:53:01.92


「貴音ちゃん、本当にありがとう」

 私が笑顔でお礼を言うと、貴音ちゃんも同じように笑って

「それでよいのです。やはり貴女には笑顔がよく似合います」

 ときっぱりと言った。もう、この子ったら。こんな事を言われたら私も照れちゃうじゃない。

「では参りましょうか」

「え……、ええ~っ!?ちょっと待って~っ!!」

 一瞬の隙を突かれて、貴音ちゃんは病室のドアを開けた。まだ心の準備も出来てないのに……


501: 2012/07/02(月) 19:53:45.35


***


「失礼致します」

「し……、失礼します……」

「おう貴音か。……って、どうしたんだその恰好?」

 病室に入って来た貴音ちゃんを見て、プロデューサーさんは目を丸くして驚いています。貴音ちゃんは涼しい顔をして、

「えじぷとに行って参りました。いかがでしょうか?」

 と、得意気にターンをして見せる。あら、意外と気に入ってるのね。


502: 2012/07/02(月) 19:55:20.83


「う~ん、悪くは無いんだが、そういう方針転換は俺や律子と相談してから決めてくれ。今まで『月の王女』という
 イメージで売り出していたのに、それじゃあ『太陽の王女』だ」

「ふふ……、それもそうですね。確かにわたくしも太陽よりは月の方が好きです。いめちぇん失敗ですね」

 難しい顔をしているプロデューサーさんに貴音ちゃんはいたずらっぽく笑って見せました。この子も冗談とか言えるのね。

「あずささんもお久しぶりですね。何だかよく分かりませんけど、亜美も戻って来たし全部元通りになって良かったです」

「え……、あ……そうですね……ご迷惑をおかけしました……」

 いきなり話をふられて慌てて返事をする。うう……、不意打ちなんて卑怯ですよぉ……


503: 2012/07/02(月) 19:56:53.64


 ちなみに私が眠った原因および、亜美ちゃんが幽霊になってしまったきっかけとなった『運命の輪』については、事情を
知っている人達以外には秘密にする事にしました。だから亜美ちゃんも、行方不明になった時の記憶は憶えてないという事
で警察や事務所のみんなに通しています。言ったところでこんな荒唐無稽な話とても信じてもらえないだろうし、それに私
の『運命の人』というだけで、プロデューサーさんの人生まで束縛したくなかったから……

「プロデューサーも元気そうで安心しました。退院も早そうですね」

「ああ、見た目ほど重症じゃないよ。ちょっとヤケドしたくらいで他にケガもないし、来週からでも復帰できるぞ」

 貴音ちゃんとプロデューサーさんが楽しそうに話をしている。なかなか会話に混ざるタイミングが掴めないわ……


504: 2012/07/02(月) 19:57:32.84


「身体は何ともないのだが、むしろ社会的ダメージの方が深刻だ……」

「なんと。それは御愁傷様でした……」

 急にガックリと項垂れるプロデューサーさんをなぐさめる貴音ちゃん。確かになかなか過激でしたね……


505: 2012/07/02(月) 19:59:55.37


 あの事故の夜、運命の輪の大爆発に気付いた救急隊員が駆け付けた時に見たものは、ほぼ全裸の状態で折り重なって
倒れているプロデューサーさんと黒井社長でした。どうやら爆風で服が吹き飛び、互いに互いの身体を盾にしようと
もつれ合った末にくんずほぐれつの状態になったようで、抱き合ったような状態で意識を失っていたようです。
それを運悪くゴシップ紙にキャッチされてしまい、


『黒井社長、夜のキケンな密会!!相手は765プロの敏腕プロデューサー(ただし男)!!』

『嵐(アッー!らし)中の極秘デート!!屋上で765プロのカレと夜の全裸レッスン!!』

『ジュピター天ヶ瀬冬馬、765プロ如月千早移籍を表明!!事務員のOさん『ホ○が嫌いな女子はいません!!』』


 などと散々書かれてしまいました。そのおかげで私と亜美ちゃんがこっそり復帰することが出来たのですが。ただ、
千早ちゃん本当に大丈夫かしら。今は事務所のみんなで必氏に止めているけど、海外進出が早まりそうだわ……


506: 2012/07/02(月) 20:00:52.86


「雪歩が鼻息荒くして迫って来たと思ったら真にビンタされるし、春香が泣き出したと思ったら美希がプロデューサー
 呼びに戻ってるし……。伊織や響は事情を知ってるから優しくしてくれるが、でも病院の屋上で火遊びしてたなんて
 言えないから誤解もなかなか解けないしなあ……」

「ご安心ください。わたくし達はプロデューサーの味方です。そうですよねあずさ?」

「え……、ええもちろん!!私もプロデューサーさんを信じてますから!!」

 だから急に話を振らないでよ……そもそも私のせいでこんなことになったのに、邪険に出来るはずがないじゃない。


507: 2012/07/02(月) 20:01:26.57


「すみませんせっかくあずささんが復帰するのに事務所のイメージを悪くするような事をしてしまって……。俺も全力で
 信頼の回復に努めますから、これからもよろしくお願いします」

 申し訳なさそうに頭を下げるプロデューサーさんを、私は必氏に止めました。ホントにごめんなさい……


「―――――フンッ、こっちも大迷惑だ。これは慰謝料を請求する必要がありそうだな」


 その時、カーテンの向こうから機嫌の悪そうな低い声がした。そういえばこの病室、個室じゃないのね。でもこの2人
を一緒にするなんて、看護婦さんにも小鳥さんみたいな人がいるのかしら。


508: 2012/07/02(月) 20:02:26.59


「おや、黒井殿。隣にいらしたのでしたら一声かけて頂ければよろしかったのに」

 貴音ちゃんはベッドの仕切りのカーテンをシャッと開いた。そこには人を頃しそうな目つきでこちらを睨む黒井社長が
いました。プロデューサーさんも同じ目で睨み返します。あらあらダメよ貴音ちゃん。今にも一触即発な雰囲気じゃない。

「名誉棄損で訴えたいのはこっちですよ。アンタが火を点けなかったらそもそもこんな事にはならなかったでしょうが。
 ウチは961プロと違って年頃の女の子も多いんです。俺がクビになったらアンタも道づれにしてやりますからね」

「その言い方は気持ち悪いから止めろ。貴様こそ765プロのつまらんゴタゴタにウチの北斗を巻き込みよって。そもそも
 どうして事故の真相より私のゲイ疑惑が大きく取り上げられているのだ?」

「ハッ、普段の行いが悪すぎるからそういう目に遭うんですよ。いい加減歳相応の落ち着きを持ったらどうですか?」

「何だと貴様、へっぽこプロデューサーの分際で……」

 はいはいストップ、ストップです。貴音ちゃんが黒井社長を、私がプロデューサーさんを抑えて何とか止まりました。
もう、黒井社長もプロデューサーさんもホントに大人気ないんだから……


509: 2012/07/02(月) 20:03:52.24


「フンッ、元より貴様に慰謝料を請求したところで支払えるとも思えんが。聞いたぞ貴様、△△企画に9000万円近くの
 借金があるそうではないか。765プロに務めているようでは10年かかっても返済出来そうにないしな」

 しばらくして落ち着いたと思ったら、黒井社長がとんでもないことを言いました。どうしてこの人がその事を知って
いるのかしら。事件自体は当時話題になりましたが、告発した社員さんのことなんてほとんど知られてなかったはず。
私も当時、調べるのが大変だったのに……。プロデューサーさんは一瞬身体が強張ったと思ったら息を吐いて、

「人違いじゃないですか?俺はそんな会社に借金を作った憶えなんてありませんよ。アンタの言う通り、せっせと営業を
 かけてまっとうに小銭を稼ぐのが俺の美徳ですから」

 別人だと主張します。私に気を遣っているのかしら。この人は本当に優しいんだから……


510: 2012/07/02(月) 20:04:34.84


「フンッ、しらばっくれても無駄だぞ。正式発表は来週になるが、△△企画はわが961プロが買収したのだ。だからあの
 会社の資産情報は全てお見通しだ」

「な、何ィッ!?でもあそこは961プロより大手だったはず。そんな乗っ取りなんて簡単に出来るわけが……!!」

 びっくりするプロデゥーサーさんに、黒井社長は「ノンノンノン」と得意気に指を振りました。

「どんなに巨大な堤でも、アリほどの小さな穴で決壊する事もあるのだよ。2年前の内部告発の時から、私の買収計画は
 既に始まっていたのだ。告発した社員クンには感謝しないとなあ」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる黒井社長。プロデューサーさんは何とも形容しがたい顔をしていました。


511: 2012/07/02(月) 20:05:30.86


「自分の会社のボスにたてつくなど本当にバカで愚かな男だが、そういうバカがいるからこういう面白い事も起こる。
 そういえばそのバカはウチに再就職のための履歴書を送って来たっけなあ。あまりにもバカだから、うっかり
 765プロに郵送してしまったが」

「……っ!!アンタのせいだったのか!?」

 プロデューサーさんはそこまで言いかけて、私の存在に気が付いて黙りました。やっぱり自分から765プロに来た
わけではなかったのですね。私は嬉しかったですけど、プロデューサーさんは気まずかったのですね。


512: 2012/07/02(月) 20:06:23.71


「フンッ、しかし△△企画の連中はホントに無能ばかりだな。ステージの設営やセッティングだけは評価出来るが、
 それ以外の経営はからっきしダメだ。何を勘違いしたのかしらんが、堅実にしていれば良かったものを。買収後は
 即解体だな。社長含め社員は全員異動だ。961プロ海外支局設立の為にBRICsのどこかに飛んでもらおうか」

 愉快そうに笑う黒井社長でしたが、プロデューサーさんが渋い表情をしているのを見て再び不機嫌になりました。

「ここは笑う所だぞ。だから貴様はつまらんのだ、甘くて青いへっぽこが」

「……俺がどう思おうがアンタには関係ないでしょう。それともアンタみたいに下品に笑えと言うのですか?」

 プロデューサーさんも不機嫌な口調で返しました。黒井社長はフンッ、と鼻を鳴らすとそのままベッドを降りました。


513: 2012/07/02(月) 20:07:19.44


「そういうわけだから私は忙しくてな。貴様と違ってこんな所でだらだら入院している暇はないのだ。では失礼する」

 そう言って病室を出て行く黒井社長。ところが去り際にこちらに振り返ると、

「ついでに例の内部告発したバカな社員クンだが、ヤツの△△企画への借金はチャラにしてやる。もうそんな会社は
 存在しないし、ヤツの愚かさが961プロに伝染してはかなわんからな。それにちまちまと徴収を続けて、恨まれた
 うえに寝首をかかれてもたまらんし」

「な……?気でも狂ったんですか!?今更そんな恨みのひとつやふたつ、アンタなら何とも思わないでしょうが!?」

 ひどい言われ様ですね……、そんなプロデューサーさんの言葉に黒井社長はニヤリと笑って

「勘違いするな。悪者には悪者の美学があるのだ。貴様のようなへっぽこには到底理解出来ないだろうがな。それに……」

 その時一瞬でしたが、黒井社長は私の方を見ました。え?何ですか……?


514: 2012/07/02(月) 20:08:52.09


「借金を背負うのはひとりでいい。余計な苦労をかけるな」

 黒井社長それってもしかして……、まさかそれを私に言う為だけに、お忙しいのに入院していらしたんですか……

「ありがとうございます……!!」

 呆然とするプロデューサーさんに代わって、私は思わず頭を下げてしまいました。黒井社長は少し顔を赤くして咳払い
すると、そのまま病室を出て行きました。本当にありがとうございました…………おじさま。


515: 2012/07/02(月) 20:10:34.05


「ふふ、因果は巡るという事ですね。このような一方的な敵対的買収、どうやら件の会社の社長殿は黒井殿の怒りを相当
 買ったようです。何が、いえ『誰が』黒井殿をそこまでさせたのか、ふふ……とても興味があります」

 黒井社長が出て行ってから、貴音ちゃんが楽しそうに笑いました。この子は本当にどこまで知っているのかしら……

「ではわたくしもそろそろお暇させていただきましょう。あずさ、後はよろしくお願いします」

「え……、ええぇ~!?貴音ちゃん、もう帰っちゃうの!?」

 涼しい顔をして出て行く貴音ちゃんを慌てて呼び止めます。すると貴音ちゃんは私にだけ聞こえるくらいの小さな声で、

「(受け入れなさいあずさ。これは貴女の運命です。いえ、これが貴女が勝ち取った人生です。同じ女性としてわたくしは
 貴女を心から尊敬します)」

 静かに微笑みました。でもいいの貴音ちゃん?貴女も事務所のみんなもプロデューサーさんの事を……


516: 2012/07/02(月) 20:11:21.11


「(わたくし達の事ならお気になさらず。皆が貴女を祝福するでしょう。美希は少々駄々をこねるかもしれませんが)」

 確かに美希ちゃんには怒られちゃうかもしれないわね……。でも私だって、それくらいで運命の人を諦めたりしないわ。

「ふふ、それでこそあずさです。ではプロデューサー、お大事に。御機嫌よう」

「お、おう。土産ありがとな」

 プロデューサーさんの返事を聞いてから、貴音ちゃんは病室を出て行きました。そして私とプロデューサーさんのふたり
だけが残されます。しばらく沈黙が流れました。ううぅ……また緊張してきたわ。でも私も勇気を出さなくちゃ!!


517: 2012/07/02(月) 20:11:54.19


「あ、あの!!」

「は、はい!?」

 うわずった声を出した私に、同じくうわずった声で返すプロデューサーさん。どうしてあなたまで緊張してるんですか!

「少しふたりでお話ししたいことがあります。プロデューサーさん、いえ……」

 私は覚悟を決めました。この人が本当に運命の人なら、私も逃げるわけにはいかないわ。


518: 2012/07/02(月) 20:12:34.00


「……スタッフさん」

 プロデューサーさんは一瞬驚きましたが、私の目を見てごまかすのが難しいと判断したのか小さく溜息をつくと、

「……そう呼ばれるのは久しぶりですね、三浦さん」

 メガネを外して私に微笑みかけてくれました―――――


519: 2012/07/02(月) 20:13:45.97


第九部前編終了。つづく



522: 2012/07/04(水) 23:33:41.18


***


「やっぱりバレちゃってましたか。メガネかけたり髪型変えたりして上手く変装出来たと思ったんだけどなあ」

 バツの悪そうな顔でプロデューサーさんが笑う。私も最初、765プロにあなたがプロデューサーとして来られた時は
気付きませんでした。でもその背中や仕草、みんなを気遣う優しさはあの頃と変わってなかったので分かりました。

「本当はもう二度と三浦さんの前には姿を現さないつもりだったんですけど、何か大きな陰謀に巻き込まれてしまった
みたいで………すみません、わざと知らないフリをするようなことをしてしまって」

プロデューサーさんは病室の窓の外を睨みました。その先には、看護婦さんやお医者さんの制止を振り切って退院しよう
とする黒井社長の姿がありました。黒井社長がどうしてプロデューサーさんを765プロに入社させたのかは分かりません。
高木社長も協力したのでしょう。プロデューサーさんを受け入れてくれたお二方には、いくら感謝しても足りません。


523: 2012/07/04(水) 23:34:28.49


「ス、スタッフさん、あの……」

 言いたいことはいっぱいありました。オーディションで応援してくれたこと、酔いつぶれていた時にいつも迎えに来て
くれた事、私の愚痴を聞いて慰めてくれて、家まで送り届けてくれたこと、私が眠るまで傍にいてくれてたまに朝ご飯を
用意してくれていたことなどなど、あの時言えなかった沢山の感謝の想いが溢れて来ました。

「ちょ、ちょっと……、ハンカチハンカチ……」

 気が付けば、私は慌てたプロデューサーさんに涙を拭いてもらっていました。どうやらいつの間にか泣いていたようです。
プロデューサーさんはお見舞いの果物の近くにあったハンカチで、優しく私の涙を拭いています。……このハンカチ、律子
さんのものね。プロデューサーさんが入院して大変ですって文句を言いながらも、お見舞いに来ている律子さんが容易に
想像出来て、少し笑ってしまいました。


524: 2012/07/04(水) 23:35:01.24


「無理をしなくていいですよ、あずささん」

 プロデューサーさんは優しく笑うと、メガネをかけなおしました。どうやら『スタッフさん』タイムは終了のようです。

「昔は色々ありましたが、今の俺はプロデューサーであなたはあずささんです。それでいいじゃないですか」

 あの時の事を沢山感謝したかった。そしてその後の事を沢山謝りたかった。それからあなたのおかげでアイドルになれ
ましたってお礼を言いたかった。でも今の私にはまだ、その全部を伝える勇気はないみたいね……。だから今は、これだけ
を聞いておこう。そうしないと次に進めない気がするから。


525: 2012/07/04(水) 23:35:33.93


「プロデューサーさん、ひとつだけ教えてくれませんか……?」

「はい、なんでしょうか?」

「どうしてあの時、私を助けてくれたのですか?今も昔もあなたがあんな無茶をしてまで助けるほど、私は立派な人間では
 ありませんよ……」

「ああ、そのことですか」

 私が勇気を振り絞って言ったのに、プロデューサーさんの返事は思ったより軽かった。思わず肩の力が抜けてしまう。
プロデューサーさんは少し遠い目をしてから、ゆっくりと話してくれました。


526: 2012/07/04(水) 23:36:25.94


「実は今でもよく分からないんです。あの時の俺は、ただオーディションで合格するあずささんが見たかっただけだった
 のかもしれません。あなたはウチに不当に落とされ続けているのに、それでもめげずに挑戦を続けていた。そんなあなた
 の力になりたいと、後先考えずに無謀な事をしました。もちろん社長の悪事を見過ごすつもりはありませんでしたが、
 もっと賢いやり方もあっただろうなとは思います」

 黒井社長にバカにされても仕方ありませんねと、プロデューサーさんは苦笑しました。

「でもあの時の判断は間違ってなかったと断言出来ます。竜宮小町で活躍するあなたは俺の想像以上のアイドルになって
 いました。一度オーディションに勝ったくらいで、誰もがトップアイドルになれるわけではありません。更にファンだけ
 ではなく、俺達スタッフや業界の人間まで虜にするようなアイドルなんてほんの一握りしかいない。俺はあなたを助けた
 なんて思ってません。むしろ俺の方があなたに助けられたくらいですよ」

 照れくさそうに笑うプロデューサーさんに私は嬉しい反面、少し残念な気持ちにもなりました。アイドルとして評価して
くださるのはとても光栄ですけど、私個人に特別な感情を持っているわけではないのですね……


527: 2012/07/04(水) 23:37:06.42


「律子から聞きましたけど、竜宮小町の解散後の活動で意見の衝突があるみたいですね。俺で良ければ力になりますよ。
 事務所の方針としてはソロのシンガーや女優だそうですが、あずささんならまだまだアイドルもやれます。何なら社長に
 賭けあってもいい。俺があなたを竜宮小町以上のアイドルにしてみせますよ!!」

 自信満々に答えるプロデューサーさん。この人のこういうところ、黒井社長に似ているのよね。この一年、律子さんの
プロデュースで竜宮小町として活躍したけど、この人にプロデュースされていれば私はまた違ったアイドルになっていたの
かしら。それも面白かったのかもしれませんね。でも自分の今後についてはもう決めているんです。

「ありがとうございますプロデューサーさん。でも私、アイドルを引退しようと思います。社長は休業扱いにして下さる
 そうですが、復帰も今は考えていません。新しい人生に向かって頑張ろうと思います」

 私の言葉にプロデューサーさんはとても驚いていましたが、冗談でないと理解したようでメガネをかけ直して真剣な顔に
なりました。そしてとても悲しそうに、深いため息をつきました。


528: 2012/07/04(水) 23:37:55.72


「止めても無駄ですか……既に社長や律子も散々止めた後でしょうし、決意は固いみたいですね」

「はい、すみません。もう決めた事ですから」

 まだ社長と律子さんと小鳥さんにしか話していませんが、社長には土下座されるし律子さんには泣きつかれました。
でも引退後の希望を話すと、2人とも納得してくれましたよ。すると今度は小鳥さんが泣きついてきて大変でしたが……

「そうですか……、あずささんがいなくなるのは悲しくなりますね。俺は明日から何を希望に生きて行けばいいんだ……」

「大げさですよ。私がいなくなっても春香ちゃんや美希ちゃん達がいるじゃないですか。あんなに可愛い子がいっぱい
 いるのに、ぜいたく言ってるとバチがあたりますよ~♪」

「まだまだ落ち着きのない子供ですよ。それに小鳥さんはたまにトチ狂うし、律子はガミガミうるさいし、貴音はさっき
 みたいにエキセントリックな行動をすることがあるし……あずささんだけが俺の心のオアシスでした」

 あら、私はプロデューサーさんの癒しくらいにはなれていたのですか。ちょっと自信をなくしていたけど、少しだけ元気
が出てきました。でも今言った事、本人の前で口にしたらダメですよ。特に小鳥さんの前では……


529: 2012/07/04(水) 23:38:27.37


「安心して下さい。アイドルは引退しますけど、プロデューサーさんの前からいなくなるわけではありませんから」

「ホントですか!?いや~、それは嬉しいなあ!!」

 途端に笑顔になるプロデューサーさん。765プロのみんな、それになによりプロデューサーさんのいない生活なんて
もう私には考えられませんから。

「しかしそれならどうして引退を?あずささんはこれから何をなさるおつもりなんですか?」

 不思議そうな顔をするプロデューサーさん。この人はこういうところは鈍いのよねえ。自分自身の気持ちにも気付いて
ないかも……と思うのは私の思い上がりかしら。アイドルが引退する理由なんて、そう多くないと思いますけど……


530: 2012/07/04(水) 23:40:08.51




 プロデューサーさん、私ずっと昔から夢があったんです。アイドルになったのも、その夢の為でした


 それは壮大ですね。トップアイドル以上の夢なんて、俺なんかには想像もつかないな


 ふふ、そんなに難しい夢ではありませんよ。女の子だったら誰もが必ず憧れるような、そんなありふれた夢です。だから
 プロデューサーさん、私の夢を叶える為に協力してくれますか?


 へ?俺に手助け出来るようなことなんてあるんですか?あずささんの為なら喜んで力になりますが……


 ありがとうございます。そう言っていただけて安心しました♪






531: 2012/07/04(水) 23:41:07.81


 プロデューサーさんの手を取って、私はとびきりの笑顔を作りました。プロデューサーさんは顔を赤くして目を泳がせて
います。竜宮小町のビジュアルクイーンなどと呼ばれて、世の男性を惑わす魔性の笑顔と言われたけど、私がこの笑顔を
見せたかった男の人はこの人だけです。酔いつぶれた私を優しく介抱してくれたあの時からずっと……

「私をあなたのお嫁さんにしてください、プロデューサーさん」

 きらびやかなトップアイドルでも10億円のお姫様でもない、普通の可愛い奥さんになるのが私の夢です。あなたと一緒
なら、私はその夢が叶うと思います。ふつつか者ですが末永くお願いしますね、あ・な・た・♪―――――


532: 2012/07/04(水) 23:41:38.88


***


「ねえ亜美~、どーして中に入らないの?真美も兄ちゃんのお見舞いに行きたいんだけど→?」

 今、亜美は真美と一緒に病院の外のベンチに座っている。ようやくケーサツから解放されて、今日はじめて兄ちゃんの
お見舞いに来たところだ。でもタイミング悪かったね、今兄ちゃんの病室はアダルトなフインキになってるから、亜美達
お子様は入れないよ→

「……何それ?兄ちゃん黒井社長とエOチな事でもやってんの?」

 うわ~、それなんかヤダな~。亜美達はゴカイだって知ってるケド、千早お姉ちゃんやミキミキはまだ兄ちゃんの事
キモチわるがってるしね。さっきお姫ちんからメールであずさお姉ちゃんからがお見舞いに来たって聞いたから、いよいよ
勝負の時が来たみたい。なんだか亜美までドキドキしてきたよ……


533: 2012/07/04(水) 23:42:07.97


「亜美なんか変わったね。なんだか急にオトナになっちゃったみたい……」

 まあ亜美もイロイロあったからね。むしろ真美がコドモに戻ってない?イキナリいなくなったせいだと思うケド、亜美が
帰ってきてからぴったりくっついてゼンゼン離れてくれない。髪型も昔に戻ってるし、まるで妹ができたみたいだよ。

「む~、姉妹と言っても双子なんだから、そんなにかわらないよ……」

 真美はほっぺたをふくらましてぴったりくっついてくる。ちょっと前までは「真美の方がお姉ちゃんなんだからね!」が
口ぐせだったのに、すっかり甘えんぼうになっちゃって。


534: 2012/07/04(水) 23:42:43.57


「おや、真美も来ていたのですか」

 亜美達が外にいると、病院の外からエジプシャンなお姫ちんが出て来た。どしたのそのカッコ?舞台帰り?

「亜美を助ける方法を調べるためにエジプトまで行ってたんでしょ。お帰りお姫ちん、今回は亜美のためにありがとう。
 ほら、亜美もちゃんとお礼言って」

 ああそうだった!すっかり忘れてたよ。さっすが真美、お姉ちゃんだね!

「ふふ、よいのです。そういえばふたりにもお土産がありました。どうぞ」

 お姫ちんはそう言って亜美達にピラミッドの置物をくれた。う~ん、こんな時どういうカオをしたらいいんだろう?


535: 2012/07/04(水) 23:43:15.45


「(笑えばいいんだよ!真美もビミョーだと思うケド、ありがとって言っときな!)」

 真美が小声でツッコんでくる。そうだね、ここはいつもの双子スマイルでのりきろう!

「「ありがとうお姫ちん!!」」

 呼吸もタイミングもバッチリの、イノセントツインズスマイルが炸裂だよ!りっちゃんや兄ちゃんに怒られても、いつも
これでのりこえてきたもんね!!

「おや、お気に召さなかったようですね。残念です……」

 げ、バレてらあ。その後、ションボリしたお姫ちんを真美と必氏でフォローした。なんだかとっても疲れちゃったし、
お見舞いは今度にしよっと……


536: 2012/07/04(水) 23:43:49.78


***


「ところで亜美、あなたは今後の活動について何か希望はあるのですか?」

 病院からの帰り道、お姫ちんがトツゼン聞いてきた。そういえば竜宮小町を解散してからどうするかなんて、ゼンゼン
考えてなかったな→。いおりんはソロでスーパーアイドル目指すって言ってたし、あずさお姉ちゃんはケッコンするって
こっそり教えてくれたケド、亜美はどうしようかな。

「う~ん、亜美が出来ることは真美も出来ちゃうしね~。765プロに同じアイドルは2人もいらないよね→」

「え……?亜美もしかして移籍とか考えてないよね?真美そんなのヤダよ!真美達はずっと一緒だかんね!」

 ぎゅーっと亜美のウデにしがみついてくる真美。でも同じ事務所で双子同士バトっても不毛だよ?それよりは別々で
活動した方がいいと思うケドなあ……


537: 2012/07/04(水) 23:44:25.21


「ふふ、大人になりましたね亜美。わたくしもそれが良いと思います。あなた達は双子ですが、それぞれ個性を持つひとり
 の人間なのです。いつまでも同じというわけにはいきませんよ、真美」

「そんなぁ、お姫ちんまで……」

 涙目になる真美。ホントに世話の焼ける姉ですなあ。

「真美がアイドル路線で活躍してるから、亜美は女優路線を狙ってみようかな。『竜宮小町の双海亜美・女優デビュー!』
 とかビッグニュースになりそうじゃない?」

「あずさお姉ちゃんならともかく、亜美みたいなちんちくりん誰が使ってくれるのさ。子役にしても大きすぎるよ」

 む~、そんなのわからないじゃんか!もしかしたらどっかのハリウッド監督が使ってくれるかもしれないじゃん!


538: 2012/07/04(水) 23:45:00.62


「世界進出ですか。亜美はずいぶん壮大な野望を持っているのですね」

 お姫ちんが楽しそうに笑っていた。ゴメン、ちょっとだけ盛っちゃった。亜美もまだそこまではムリだと思う……

「そうですか?わたくしは不可能ではないと思いますよ。自分の人生は自分で勝ち取るものです。強く望めば、亜美も
 あずさのように自分の運命さえも従えることが出来るかもしれませんよ」

 それはそうだけどさあ。亜美はあずさお姉ちゃんみたいに強くないよ?

「あずさも最初から強い女性だったわけではないでしょう。彼女も亜美くらいの頃は普通の少女だったと思いますよ。
 まだ望みを捨てるのは早計です」

 そんなもんかなあ。亜美もあんな風に自分の夢を叶える事が出来るかなあ……


539: 2012/07/04(水) 23:45:54.84


「うう~……、お姫ちんが真美から亜美を引き離そうとしてる~……」

 真美が半ベソをかいた。ああもうわかったって!この話はヤメヤメ!とりあえず真美がお姉ちゃんモードに戻るまでは
一緒にいてあげるからさ!

「それより久しぶりにこうして3人揃ったわけだし、ひさしぶりにラーメン食べに行かない?亜美、今なら二十郎も
 いけそうな気がするなあ!」

 ユーレイの間は何も食べてなかったからね。お仕事が忙しくなったら、こうして3人集まることもなくなるだろうし。


540: 2012/07/04(水) 23:46:22.90


「それはよき考えです。ではわたくしと同じ、麺カタ辛め野菜ダブルニンニクアブラ増し増しにちゃれんじしましょうか」

「え、いや亜美はフツーというか、むしろ少なめでお願いしたいんですけど……」

 ていうかあそこのメニュー、フツーがすでにおかしいよね?マシマシなんてムリムリ!

「亜美、あきめなよ……お姫ちんはすっかりその気だよ……」

 真美がすっかり悟りきった目で亜美の肩をたたいた。え?なにこれ?もう逃げられないカンジ?


541: 2012/07/04(水) 23:47:07.68


「亜美、真美、これもあなた達の運命です。山盛りの二十郎を乗り越えてこそ、これからあなた達が進む道が見えてくる
 でしょう。さあ、あなた達の輝かしい未来のためにいざ参りましょう!」

 これ以上ないくらいの笑顔を亜美達に向けるお姫ちん。隣からは「なんで真美まで……」って悲しい声が聞こえて来た。
山盛りのラーメン乗り越えた先にある未来なんて、大食いタレントくらいしかなさそうなんだケド……。でも運命の輪に
比べたら、ラーメンくらいへっちゃらだよね!!

「よっしゃーっ!!待ってろよナントカカントカマシマシ!!亜美がやっつけてやるからな→っ!!」

「ふふ、その意気です」

「やれやれ、困った妹だよホントに……」

 お姫ちんと真美を連れて、亜美はゲンキにゲンバへ向かった。カラダも戻ったことだし、今の亜美にフカノウはないよ!


542: 2012/07/04(水) 23:48:10.27


――ラーメン二十郎――


「うぷ……、やっぱりムリかも……」

「がんばって亜美……まだ麺が見えてないよ……」

「御馳走様でした。ふふ、お後がよろしいようで」


end



543: 2012/07/04(水) 23:50:19.70


亜美「ふぉーちゅんキューピッド!」終わりです。読者のみなさんに感謝を。

感想でも批判でも分からないことでも、何でもご意見いただけると次の作品の活力になります。
ありがとうございました!


544: 2012/07/05(木) 00:21:48.70
おつ

546: 2012/07/05(木) 00:28:01.75

語り手がコロコロ変わって少し読みづらかったけど面白かった

引用元: 亜美「ふぉーちゅんキューピッド!」