1: 2013/09/25(水) 18:19:16.06 ID:H0cdSB15P
人の気持ちとはとかく移ろいやすいものである。
ついさっきまで仲良く談笑していた友人同士がふとしたきっかけで険悪な関係となり、そのままその友人関係がフェードアウトしてしまう例など枚挙にいとまがない。
だがそれも同じ時間を共有すればするほどそういった事は少なくなり、安定した、より強固な関係が築かれていくものである。
この説から言えば家族などは親密な例のその最たるものであろう。だからその関係が変わる訳がない。少なくとも昨日の今日で変わるものではない。そう信じていた。今日、今朝までは……



2: 2013/09/25(水) 18:20:36.12
いつもの放課後。いつもの奉仕部部室。そこにいつも通りの能天気な挨拶と共に一人の女子が入ってくる。

「やっはろー!!」

由比ヶ浜結衣。あだ名はゆいゆい。付けたのは本人なのだがこう呼ぶとものすごい勢いで否定されるのである。そんな自分でも恥ずかしいあだ名を自分に付けるとか雪ノ下ではないが自虐癖があるとしか思えない。

「…こんにちわ。由比ヶ浜さん」

雪ノ下雪乃。あだ名はゆきのん。付けたのは由比ヶ浜だが呼ぶのも由比ヶ浜だけである。…これってあだ名って呼んでいいの?一度あだ名の定義を問い直したいところだ。

「…………おぅ」

そして俺、比企谷八幡。あだ名はヒッキー…ってもういいよ。これだって由比ヶ浜が呼んでるだけじゃん。やっぱりあだ名ってのは皆が呼ぶものを指すんじゃないだろうか。
そう…例えばヒ、ヒ、ヒキガエル君とか。…くそっ、嫌な事思い出しちまった。故あって只今絶賛ブルー中な俺なのだがそれに輪をかけて落ち込んでしまいそうだ。

3: 2013/09/25(水) 18:22:58.75
「あ、あれぇ?なにこの微妙な空気…っていうかなんでヒッキー机に突っ伏してるの?ゆきのん、あんまいじめちゃだめだよ?」

そうだ。もっと言ってやれ。雪ノ下を糾弾しろ。…まぁ別に今の俺の状況に雪ノ下は関係ないけど。

「私がいつも彼をいじめているみたいに言うのはやめてくれるかしら由比ヶ浜さん。別段私は何もしていないわ。彼、この部屋に来てからずっとこんな感じなのよ。教室ではそうではなかったの?」

「んー、どーだろ。あれ?そういえば今日教室で見かけてない気もしてきたんだけど」

誰が呼んだかステルスヒッキー。この能力は常時発動型のアビリティなので自分でコントロールする事も出来なければ普通の人間にも気付けない。ちょっと中二設定をくすぐられるじゃねぇか。
でもね、由比ヶ浜さん、同じ部の人間じゃん?少しくらい目に入ってもおかしくないんじゃね?

「そうね。彼が教室でどうしていたかなんて答えられる人間は一人もいないわよね。変な質問をしてしまってごめんなさい」

「ちょっとそこ?だから俺の存在感の無さを揶揄するのやめてくんない?由比ヶ浜も俺の事見てるんじゃなかったのかよ」

「あっ…覚えててくれたんだ」

由比ヶ浜の顔が少し赤らむ。…俺としたことが迂闊な一言だったかもしれない。

4: 2013/09/25(水) 18:24:15.05
「あら、いつからいたの?比企谷君。全く気が付かなかったわ」

「嘘つけ。今俺がどうこうって話してたばっかだろ。つくならもっと上手い嘘をつけよ。少しずつ俺の心が削られちゃうだろ」

こいつは俺の心を容赦なく削ってきやがる。どうせ削るならもっとリンゴの皮むきみたいに薄く綺麗に削ってくれない?まぁ料理下手の雪ノ下には無理な相談かもしれんが。因みに俺は上手く出来るぞ。
などと心の中で一人雪ノ下の料理下手を馬鹿にしていた俺に由比ヶ浜が声をかける。

「ねーねーヒッキー、なんで突っ伏してたの?」

ちょっとそこ。不用意に顔覗き込むのやめてくんない?近いから。並の男子高校生なら好きになっちゃうだろ。
だがエリートぼっちの俺はそんなものには惑わされない。仏の道に女は不要!平静を装って答える。…装ってる時点で惑わされてんだろ俺。

「…言いたくねぇ」

「別に言いたくないのなら構わないのだけれどあからさまに何かあった態度をとっておきながら話さないのは…そう、なんて言ったかしら」

「あ!構ってちゃん?」

「そう、それね。良かったわね、新しい二つ名が付きそうよ。構ってちゃんの比企谷君?」

「くっ…、これ以上不名誉な二つ名を付けられてたまるか」

構ってちゃんとかなに?俺超構われたくないし。ぼっち上等な俺には酷く不名誉な二つ名である。

5: 2013/09/25(水) 18:25:47.72
「なんかあったんでしょ?同じ部の仲間じゃん、話してみなよ」

由比ヶ浜が優しく声を掛ける。さすが援交してそうなキャラナンバー2の由比ヶ浜。男の心を手玉に取るのはお手の物というとこか。
まぁ仕方ない。そこまで言われちゃ答えるしかないだろう。…いや、そこまでと言う程言われてもいないけど。

「…はぁ。今朝小町に『お兄ちゃん嫌い』って言われた」

すると俺の勇気ある告白を前に二人とも露骨に呆れた顔をしやがった。なぁ…お前らには分かんないだろうけど俺には一大事なの!事件なの!姉さん、事件です!!

「それだけ…かしら。私は姉にしょっちゅう言っているけれど」

「おまえんちと一緒にすんな。小町はお前と違って純粋な普通の可愛い妹なんだよ」

雪ノ下は姉の陽乃さんと何かしらあったらしく酷く姉妹仲が悪い様である。正直俺も陽乃さんは苦手であり二人の問題には関わりたくないんだが……近い将来かかわる事になりそうな予感が半端ない。
そんな事を考えていると由比ヶ浜が軽い感じで話しかけてきた。

「出たシスコン…でも喧嘩くらい兄妹でもするもんじゃないの?ヒッキーと小町ちゃんって今まで喧嘩した事ないの?」

「まぁ確かに小さい頃は喧嘩くらいしたけどな。でも成長するに連れてしなくなっていくもんなんだよ」

成長するとお互い踏み込んではいけないラインみたいのが分かってくるのか自然と喧嘩をしなくなるものである。まぁ、雪ノ下の様に例外もあるが。

6: 2013/09/25(水) 18:31:42.24
「そうね。それに子供の頃の喧嘩は数日経てばまた仲良くなるけれど大人になってからの喧嘩だとお互い意地を張ったりして長引くものだと思うわ」

「さっすが現在進行形で喧嘩をしてらっしゃる雪ノ下さんはおっしゃる言葉の重みが違いますなー」

「そうかしら?ありがとう比企谷君。きっとこれからあなたと小町さんは私と姉さんみたいな関係になるのでしょうね」

くっ、こいつ俺の一番踏み込んで欲しくないところを軽快に突っ込んできやがる。そして想像してしまった。もうその時点で俺の負けだ。

「………」

「ヒッキーが氏にそうな顔に!?もぅ…そんなに気になるならとりあえず小町ちゃんに謝っちゃいなよ」

「謝ると言ってもなー。全く心当たりがないんだわ。これが」

もちろんそれは考えた。だが理由も分かっていないのにとりあえず謝るというのは本当に怒っている相手には逆効果だ。ここは慎重に。超慎重に。セーブは出来ないんだ。選択肢を間違えるな!

7: 2013/09/25(水) 18:32:47.55
「無自覚に人を傷つけるなんてすごい才能ね。尊敬するわ」

「尊敬するか馬鹿にするかどっちかにしろ」

「当然後者に決まってるじゃない」

「少しはオブラートに包めよっ!」

もうなんなのこいつ?前世は鎌か鋸だったんじゃないの?イガリマ?シュルシャガナ?関係ないけど調ちゃんの変身シーン超工口いよね。
即脱線する俺と雪ノ下を由比ヶ浜が方向修正する。

「まぁまぁ。んー、ヒッキー、昨日の夜は小町ちゃんの様子はどうだったの?」

「ん?そうだな…親が遅かったから小町と夕食とって普通に雑談して…特に変わったとこは無かったぞ?」

両親共働きの我が家は小町と俺の二人で夕食をとる事が多い。いつものごとく小町の料理に舌鼓を打ちつつ小町と会話しながらとる夕食は俺の一日の中で一番癒される時間である。妹サイコー!
すると雪ノ下もこの話にのってくる。

「小町さんとはどんな事を話したの?」

「いや、まぁ普通の雑談をだな…」

「あなたのその氏んだ鯖の様な目では雑談の後小町さんの様子が変わったのを見抜けなかっただけかも知れないでしょう?分かったら雑談の内容を詳しく話してみて」

氏んだ鯖とか表現がグロ過ぎんだろ。なに?俺そんなに目濁ってる?実は俺もう氏者?アイちゃんもびっくりの超展開である。

8: 2013/09/25(水) 18:34:04.57
「へいへい。えっと確かこんな感じだったな…」

俺は二人に昨晩の小町との会話を説明する。


「でさでさ、お兄ちゃんはもう彼女出来たの?」

「なんだ小町、藪から棒に」

テレビの話から急に小町はこう切り出してきた。話の脈絡がないのはAB型の特権じゃねーのかよ。因みに小町はO型である。OはおーざっぱのOらしい。あれ?これも当てはまるのか。

「いやさー、お兄ちゃんの周りは彼女…というか嫁候補の美人さんが勢ぞろいじゃん?妹の身としては気になるんですよー」

女子はホント恋愛話好きだよねな。あ、でも待てよ。基本恋愛物のギャルゲーって男性向けのもんが大多数だよな。なら女子は恋愛話が好きなんじゃなくて盛り上がる話が好きなのか。
なら極力興味の無いように話すだけである。

「そんなんねーよ。俺に今までそんな話なかっただろ。お前は生まれてから今まで俺の何を見てきたんだよ。あ、小町、そこの醤油とってけれー」

「ほいよ。小町的にはねー、今お兄ちゃんモテ期だと思うんだよね」

「あれか?あの人生に三回来るってやつ。あんなの迷信に決まってるだろ。一生モテない男もいる。ソースは俺」

そう言いつつ小町から醤油を受け取る。今日のメインはアマダイの干物。小料理屋小町のセレクトの渋さに驚愕しつつ醤油を垂らす。あ、何これ超旨そう

9: 2013/09/25(水) 18:35:04.91
「まだ一生を語る程生きてないでしょお兄ちゃん…それによく考えてみなよ。雪ノ下さんに由比ヶ浜さん、陽乃さんに平塚先生、それに川…川……川なんとかさん。
こんな美人さんに囲まれてもうお兄ちゃんこれ逃したら一生彼女出来ないよ?ってか結婚出来ないよ?」

「俺は専業主夫になんだよ。不吉な予言すんじゃねぇ」

だから同級生の名前くらい覚えておいてやれよ。その川…川…川島さん?が可哀想だろ。あと戸塚はどうした戸塚は。お嫁さん第一候補だろ。

「小町はお兄ちゃんが彼女さん作って結婚してくれないと安心してお嫁に行けないよ」

「なら専業主夫にはなりたいがなれなかったらなれなかったでしょうがないな。それもありだ」

「およ?なんでそうなるの?」

不思議そうに小首を傾げる小町。ここはキリッと決めてやろう。

「だって俺が結婚出来なくても小町がいてくれるんだろ?なら俺は十分幸せだよ。あ、今の八幡的にポイント高いよな?」

「ちょっ!?ももももも、もうなに言ってんの!お、お兄ちゃんのばかぁー。……はぁ、これは益々小町が一肌脱がなきゃいけないかなぁー」


「と、こんな感じだが」

10: 2013/09/25(水) 18:36:33.98
あらかた説明はしたはずだ。あとはまぁここで話す必要もない本当にどうでもいいような雑談だったはず。
例えば千葉県富津市の名産である青柳の最近の漁獲量とか。因みにこの青柳、別名バカ貝と呼ばれている。だからそういう名前付けちゃうといろいろ色眼鏡で見られちゃうでしょ。
アホウドリしかりルーシーの両親しかり名付ける方はもう少し自覚と責任感を持ってもらいたいものである。あ、あとガガガ文庫から出版されているアニメ化された某小説の編集さんとか。
そんなとりとめもない事を考えていると雪ノ下が珍しくおずおずと話しかけてきた。

「ひ、比企谷君…あなた小町さんといつもこんなやり取りをしているの?」

え?なに?なんで雪ノ下マジ引きしちゃってんの?

「ヒッキーのシスコン具合が想像以上だよ!ってか小町ちゃんもまんざらじゃない様子!?」

だから驚き過ぎだろ。あとシスコン言うな。俺のはあれだよ。妹への愛が深いだけなんだよ。

「兄妹なんてどこもこんなもんなんじゃないのか?いや、他のご家庭の兄弟なんて知らんけどさ。で、どうだ?何か原因みたいなもの分かったか?」

これ以上の追及を避けるべく少し強引に話題を変えてみる。別にやましいことなど一つもないのだがこれは小町の名誉の為でもある。
愛は深いがそれはあくまで家族としてだ。小町に彼氏が出来たら喜んでやるし、結婚したいという相手を連れて来たら…うん、まぁ一発くらいは殴っても許されるよな。

11: 2013/09/25(水) 18:37:28.14
「比企谷君の兄弟観に大きな疑問を感じるのだけれど…まぁそれは取り敢えず置いておいて。私は特に小町さんが怒る様な箇所は見受けられなかったわ。しいていえばあなたが小町さんに対して好意的な態度を示した所かしら」

「おい…冗談でもやめてくれ。小町は他の女子とは違うんだよ。俺の愛情をキモがらずちゃんと受け止めてくれるいい娘なんだよ。最早この事実だけが俺が生きる上での唯一の救いなんだよ」

「いやいや、それさすがにキモいし。でもあたしもゆきのんと一緒かなー…ってか小町ちゃんには直接聞いてみたの?」

「いんや、まだ聞けてない」

ゆきのんと一緒ってなに?それ好意的な態度うんたらかんたらは含まれてないよね?
そして雪ノ下はさらに続ける。

「それはそうよね。嫌いと言われた相手に理由を尋ねる事が出来る度胸があるのなら少しくらいは人とのコミュニケーション能力があってもおかしくないもの」

「ばっかお前。俺は小町に限定すれば通常以上のコミュニケーション能力は持っているんだぞ。もう小町とのコミュニケーション能力が十分過ぎてむしろ他の人とのコミュニケーション能力いらないまである」

「コミュニケーション能力って誰かに多いから誰かに少なくていいってものじゃないよ!?ヒッキー小町ちゃんが絡むといろいろ変になるし…。じゃあなんで聞けなかったの?」

「小町に言われた言葉がショック三十分くらい放心してて気付いたら小町はもう学校行ってた」

「やっぱり変だしっ!!」

だが事実である。ショックのあまり俺は放心しその前後の記憶は不確か。そして小町は既に学校に向かっていて俺は十五分程いつもより遅く家を出たのだ。…ってか小町、置いてくなんてお兄ちゃん悲しいぞ?

12: 2013/09/25(水) 18:38:38.39
「ねぇ、ゆきのん…」

「嫌よ」

「まだ何も言ってないよ!?」

「あなたの事だもの。きっと小町さんの怒った事情を突き止めてあげようって言い出すのでしょう」

「さっすがゆきのん!」

「私基本的に他人の家庭の事情に首を突っ込む様な事はしたくないの。それに忘れているのかもしれないけれど今は部活中なのよ?」

そう。忘れがちではあるが俺達は奉仕部部員でありこの教室は奉仕部の活動の為割り当てられたものである。
部室という限られたリソースをこの意味不明な…やもすればボランティア部と合同でも構わない様な部に割り当ててもらっている以上俺達には一種の責任みたいなものが生じているのである。
それは真面目に部活動にいそしむ事であり、あまり好き勝手していると恐らくは強引に部室の手配をしてくれたであろう平塚先生の顔を潰す事になりかねない。
強制的に入部させられたにもかかわらずこの従順さ。俺には案外社畜としての才能が有るのかもしれない。…はぁ、働きたくねーなぁー。

「えー、別に首を突っ込むとかそんなんじゃなくて仲直りのアドバイスをしてあげるだけだって。それにさ、もうゆきのんとヒッキーは他人じゃないでしょ?」

「他人よ」
「他人だな」

「なんでそこシンクロしちゃうの!?」

「いんだよ由比ヶ浜。それにどちらにしろ今は部活中なんだ。俺の私用で時間潰す訳にもいかんだろ」

「えー、どーせ二人とも本読んでるだけなのにー?」

「うっ…」

確かにいくら真面目に活動する気があっても部活動の性質上やはり受け身にならざるを得なく実際依頼が入ってくるまでは何もすることがない。
ただ部室にいる必要はあるので依頼者が来るまでは読書を楽しんでいるのである。読書が趣味の雪ノ下も同様だ。

「ま、まぁ由比ヶ浜さんが言うのならある程度は譲歩するのもやぶさかではないけれど…」

部室にいる間特に読書が趣味という事でもない由比ヶ浜を放置して自分は読書を楽しんでいる事に多少なりとも罪悪感みたいなものはあったのだろう。珍しく雪ノ下から譲歩してきた。
だがさすがに完全な私事だしここは遠慮するべきだろう。

「だからいいってば」

しかし由比ヶ浜も簡単には引き下がらない。こいつは基本やはり良い奴なのである。

13: 2013/09/25(水) 18:39:57.99
「むー、ヒッキーこういう時はいっつも強情なんだから。そだ!……………よっし、送信っと」

「お前メール打つの早いよなー。両手打ちとかなに?どこでそんな技術習得すんだよ」

由比ヶ浜の無駄に高度な技術に関心していると、部室の備品であるパソコンから流れる電子音と共に雪ノ下から声がかかった。

「比企谷君…メールが届いているのだけれど」

「ん?また千葉県横断お悩み相談メールか?平塚先生やる気出し過ぎだろ。現場が処理しきれない仕事を持ってくる営業は現場の人間に嫌われるんだぞ?もっと力抜けよ」

「基本的に読書しかしていない私達が言っても説得力がないのだけれどね。あら、これ…………やられたわね」

千葉県横断お悩み相談メール。平塚先生発案のネット上でもお悩み解決相談所である。そしてこちらからは特に宣伝している訳では無いはずなのだが妙に幅広い層から相談メールが届く。

「今度はどんなみょうちくりんな相談がって………由比ヶ浜…」

「えへへー」

雪ノ下にこうまで言わせた相談メール、一体どんなものかと少しの興味と共に腰を上げて雪ノ下の後ろからパソコンを覗きこんでみると、その本文には
『同じ部の仲間が妹さんに嫌われてしまったと落ち込んでいます。どうにかして助けてあげてくれませんか?』と綴られており、当然その差出人は驚いている俺たちの後ろで何がそんなに嬉しいのかニコニコしている由比ヶ浜でなのであった。

14: 2013/09/25(水) 18:40:50.17
「奉仕部の活動の一環というのなら仕方ないわね。由比ヶ浜さんの思いもよらない行動には時々驚かされるわ」

「なんで俺まで…」

「だって当然でしょ。奉仕部でーさらに依頼者なんだからこれだけ関係者的な人が参加しない訳ないじゃん」

「諦めなさい。ここまでお膳立てされたらやるしかないでしょう。いい知り合いを持った事に感謝するのね」

「へいへい」

気乗りは決してしている訳では無い。が、素直に由比ヶ浜の気遣いはありがたいと思うし雪ノ下もなぜか妙に上機嫌だ。ならやはり俺もここは素直に同行するべきだろう。さすがにここでバックれる程空気を読まない俺じゃない。
もう一度言うが俺は空気が読めないんじゃなくて空気を読まない人間なのである。この二つの差は大きい。そう例えるなら…例えるなら…うん、良い例えが思いつかなかったからいいや。

「で、どうしよっかゆきのん」

「そうね。やはり小町さんに直接聞いてみるのが一番早いと思うのだけれど」

「でも小町ちゃんの中学校に乗り込む訳にもいかないしねー」

そう。小町は中学三年生。俺達は高校二年生。中高一貫校という訳でもないので当然通う学校も校舎も違う。
その小町だが実は進学先としてうちの高校を志望しており上手くいけば来年は小町と一緒に通う事になる。…俺、一年くらい留年しちゃおっかな。

15: 2013/09/25(水) 18:41:43.54
「ならこうしましょう。とりあえず小町さんには放課後時間をとってもらう様にメールでお願いして、それまでは他の人に話を聞いてみましょう。私達では気付かなかった事も気付ける人がいるかもしれないわ」

「りょーかい!じゃ、あたし小町ちゃんにメール送っとくね」

早速由比ヶ浜がケータイを取り出しピコピコやりだす。由比ヶ浜と小町、結構メールで頻繁にやり取りしてるらしい。何をそんなに話す事があるんだろうか。
因みに俺の一番多いメールの返信内容は『了解』の一言である。以前由比ヶ浜からメールが来た時いつも通り『了解』の一言で返したら『なんかヒッキー怒ってる?』と更に返信が来て困惑したものだ。え?なに?俺に絵文字でもを使えと?
中学時代、女子からのクラス内連絡メールに絵文字満載の面白キャラを気取った内容で返信した結果
『比企谷君、別にただの連絡なんだからそんなに頑張んなくていいんだよ。ってかちょっとキモい』と返されて枕を濡らした夜以来、俺は極力簡素な返信を心掛けている。…ちっ、また嫌な事を思い出しちまった。
そんな気分を紛らわしがてら雪ノ下に話しかける。

「おい雪ノ下。そんなら小町に直接電話かメールで聞いてみたらいいんじゃねーの?」

「こういったナイーブな問題は電話やメールじゃなくて直接話すのがいいのよ。じゃないといろいろと勘違いをしてしまうものなのよ。いろいろと…ね」

「ふーん、そか」

「えぇ、そうよ」

なになに?なんで遠い目しちゃってんの?もしかしてなんか触れられたくない話題だった?気分を紛らわすとかそんな理由で話しかけてごめんなさい。俺はメールに加えて会話も極力簡素に行くべきなんだろうか。

16: 2013/09/25(水) 18:43:00.87
「よっし、送信っと。じゃあ誰から話聞きに行こっか」

「そうね。特に当てがある訳でもないし取り敢えず校内を歩いてみましょうか」

雪ノ下の提案に従い部室から出るとそこには大きな肉塊…いや、材木座があった…いや、いた。

「おう八幡!!…やはり何度この時代を繰り返してもやはりお前とはここで出会ってしまうのだな。やはり運命からは逃れる事はできないのかっ!!!!」

「ちょっと…なんで一番最初に会うのがよりにもよってお前なんだよ。ねぇ、なんか間違ってるでしょ。他にもいろいろいるでしょ、ねぇ!!」

材木座義輝。ゆいゆいの付けたあだ名は「中二」。常にロングコートを…ってかいいや。中二のオタ。以上説明終わり。
ってかお前明らかに部室の外でスタンバってたよね?それ運命じゃなくて必然でしょ!?運命は自分自身の力で切り開いちゃうの!?ってかお前俺の事好き過ぎんだろ。

「ヒッキー誰に向かって抗議してるの?」

「彼は放っておきましょう。きっと時々こうなってしまう病気なのだと思うわ。でも安心して比企谷君、私はずっと変わらずいつまでもあなたの知り合いよ」

「だから凄くいい笑顔でそういう事言うのやめてくんない?一見よさげなセリフだけど明らかにそれ相手に対して一本線引きしちゃってる発言だからね?」

つまりは今後何があろうと知り合い以上にはなりませんよ宣言だ。べ、別に俺だってそれで構わんし?つ、強がってなんていないんだからねっ!
心の中でツンデレ八幡になっていると材木座が話しかけてきた。…主に俺に向かって。

「ふむん。そなたらはあれか?また奉仕部なるものの活動中か?」

「え?あ、うん。そうなんだけど…どうする?ゆきのん」

「ん?何かあるのか?まぁ我も忙しい身である故あまり時間はとれぬがそなたらとここで出会ったのもまた運命の導きというものであったのだろう…。ふっ、ならその運命とやらの掌の上であえて転がされてみるのも悪くはないか…」

う、うぜー。

17: 2013/09/25(水) 18:43:56.20
「そうね、どうするべきかしら…」

さすがの雪ノ下も材木座に話を聞くのは躊躇するところなんだろう。恐れ多いとかそういう意味じゃなくてね?
俺達がどうしようかとためらっていると材木座が更に今度は顔を近づけてきた。…俺に。

「ん~?八幡、お主と吾輩の仲ではないか。遠慮など無粋だぞ?」

「ちょ、ちょっと、あんま近づくな。暑い暑い暑い暑苦しい!!」

傍目に見たら仲良くじゃれあっている様に見えるのだろうか。そう考えたら妙に周りの視線が気になりだした。違いますよー。俺別にこいつと仲良くないですからねー。
そしてそろそろ実力行使をしようかと考えていると雪ノ下がようやく覚悟を決めたらしい。

「はぁ…まぁサンプリング時に意識的に個体を選別してしまっては正しいデータが取れないものね。ここは彼にも話を聞いてみましょう」

雪ノ下らしい真面目な解である。サンプルをとる場合あくまで無作為に行うべきであり、そこを踏み違えてしまうとデータそのものの信頼性が揺らいでしまう。
ましてや既に着地点が決まっていて、サンプルをとる側が意図的に誘導などしたりすればそれは立派なねつ造である。どことは言わないが某テレビ局も某新聞社もそこの辺りはしっかりして欲しい。どことは言わないが。
そんな事を考えていた超社会派な俺に急に由比ヶ浜が声を掛ける。

「うん…じゃ、じゃあヒッキーお願いっ!」

「お前ら俺に丸投げかよ。ってかなんで微妙に距離取ってんの?」

「はっはっは。八幡、お主も嫌われたもんだな」

いや、嫌われてるのはお前だからな…などと残酷な事はさすがに俺でも言えない。傷ついたことのある人間は人の痛みも分かる人間なのである。
しかしそんな俺の配慮も空しく特に理由もない一撃が材木座を襲う。

「え?だって中二なんか臭そうなんだもん。わかんないけど」

「本当にごめんなさい。でもその…無理」

「はふんっ!!」

「容赦ねーなお前ら。それ生理的にうんたらかんたらってやつと同じだぞ。イジメヨクナイ。材木座、ちょっと聞いて欲しい事があるんだが」

とりあえずこれ以上材木座がサンドバックにならないように強引に話を逸らしてやる。少しは俺の優しさに感謝しろよ?

18: 2013/09/25(水) 18:46:01.35
「八幡…。ふっ、一般人なら鼻であしらうところだが兄弟たるお主の頼みとあらば聞かぬであるまいかっ!!さぁなんだ!?なんでも申してみよっ!!」

「う、鬱陶しい…」

「ヒッキーふぁいと!」

こいつ全然俺のフォローに気付いてねぇ…。しかも何?そのキラキラした目は。そういうの俺生理的に無理なんだけど…いろいろと。
心折れかけた俺になぜかさっきより遠い位置から由比ヶ浜からエールが送られる。きっと無意識なんだろーなぁ。お前は悪くないよ。うん。

「由比ヶ浜さーん、さっきよりさらに距離離れてませんかねー」

「さっさと終わらせてくれるかしら比企谷君」

「お前はこっち向いてさえいないのな。完全に他人のふりかよ」

「そんなつもりはないわ。ふりではなくて他人よ」

「デスヨネー。まぁ…仕方ないか」

こいつはきっと意識してやっているんだろうなぁ。お前は悪い奴だよ。…仕方ないんだけどな。

19: 2013/09/25(水) 18:46:44.05
「あっれー?我相談される立場だよね?なんかおかしくない?ねぇおかしくない?」

「うっさい、さっさと終わらせるぞ。今朝こんな事があってな…で昨晩は…」

かいつまんで状況を材木座に説明する。恐らくさっきより手馴れていたせいだろう。部室で二人に説明した時の半分の時間で終わった。
いや、別に適当に説明したからじゃないからな。ただちょーっと早くこの場を離れたくていろいろ省略しただけだからな。

「という訳なんだが材木座、お前なんか気づいた事ある?」

「…」

説明が終わった後材木座に声を掛けると。なぜだか生まれたての…ウシ?いや、そんな可愛いもんじゃないな。そう、例えるなら…例えるなら生まれたての材木座の様にプルプル震えていた。しかも顔が赤い。え?なにこいつ興奮してんの?

「振るえてる?」

「えぇ、そう見えるわね」

そんな材木座の様子を二人は更に遠くから気持ち悪そうに見ている。もういいよ。お前らは頑張った。だからむしろこれ以上材木座を傷つけないようにどっかに隠れててくれよ。
そう二人に声を掛けようとした瞬間、いきなり材木座が叫びだした。

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!」

「うぉっ!びっくりしたー。なんだよ急に。なんなの?そういう発作なの?」

「見損なったぞ八幡!!お主はなんだ!主人公気取りか!!ハーレムラノベの主人公気取りなのかぁぁぁぁぁぁ!!!!……ふふっ…あたり構わずフラグをおっ建ててさらに夜には妹とイチャラブだとぅ……」

「ざ、材木座?ちょっと落ち着け?湯気出てるぞ?俺が聞きたいのはだな…」

こいつ何を勘違いしてやがる。おれがハーレムラノベの主人公?そんなラブコメチックな展開今まで一度も無かっただろ。…無かったよな?

20: 2013/09/25(水) 18:48:11.78
「黙れ八幡っ!!そうか…お主ただ自慢したかっただけなんだな?くっ、仲間に裏切られるのもやはり変えられぬ未来なのか……」

「おーい、材木座ー?」

一人ブツブツ言っている材木座は正直不気味だ。ところで気持ち悪がられるのと不気味がられるのってどっちが良いんだろね。

「我よりアドバイスなどないっ!!言う事があるとしたらただ一つ………こここここここ小町殿を我の嫁に」

「氏ね」

「ぐはっ…」

その先は言わせなかった。誰が言おうとどんな理由があろうと俺の目の前でそのセリフを吐いたものは同時に俺の拳によって血を吐く事になるだろう。
小町が欲しければ俺を倒して行け。そしてまた小町に相応しい男が出てくるまで俺の拳は血に染まり続けるのである。
そして場を仕切り直す為極力爽やかに声を掛ける。

「よっし、次行くか」

「中二…」

「…結局なにも得るものが無かったわね」

21: 2013/09/25(水) 18:48:52.28
俺達奉仕部一向はやっと部室前から離れ本来の目的へと向かう。今のは…そう、チュートリアルみたいなものだ。これでモンスター退治の予行練習も万全。4も出たし久々に腕が鳴るぜ!
そんな狩猟解禁な気分で意気揚々とダンジョンを進むと突然廊下の曲がり角に天使が現れた。なにこれゲットしたい。

「あ、八幡~!」

こちらに気付くと天使は手を振ってきた。え?俺もしかしてこのまま天に召されちゃう?いや…でもいいや。うん、全てを受け入れよう。
そんな聖なる気分で天使を眺めていたが、よくよく見るとそれは天使では無く俺の友達でテニス部部長の戸塚彩加だった。
まぁ俺としては天使も戸塚も同義なんだが。男じゃなければ即告ってるレベル。っと、こうしちゃいられない。天使が呼んでいる。急いで行かなくては。
そして走り出しながら二人に声を掛ける。

「と、戸塚!!聞きに行くよな?当然だよな?ってか用がなくても俺は行く!!」

「彼、行ってしまったわね」

「うー。さいちゃんは男だって分かっててもちょっと複雑な気分だよ…」

「どうしたの?早く私達も行きましょう」

「う、うん!あれ?ゆきのんちょっとアグレッシブ?」

「いえ、そんな事は断じてないわ。ただちょっと置いてきぼりにされるのが気にいらないだけよ」

「ふーん」

23: 2013/09/25(水) 18:50:21.96
何やら話しつつ遅れて来る二人を置いて、いち早く戸塚と合流する俺。

「八幡どうしたの?あ、部活?」

「あぁ、そうだったんだけどな。でも彩加がどこか行きたいなら部活抜けて俺も付き合うぜ」

「も、もー、だからいきなり名前で呼ぶのはずるいよー。それにダメでしょ、部活さぼっちゃ」

「はっはっは。彩加は相変わらず真面目だなー」

少し怒った顔もマジ天使。奏もビックリの天使っぷりである。彩加ちゃんマジ天使。

「あたし達から離れた一瞬でもういい雰囲気になってる!?」

「このコミュニケーション能力の一割でも普段の生活に割ければ彼もぼっちにはならいないのでしょうけどね」

やっと合流した二人が俺と戸塚の仲睦まじさを見て早速からかいだす。だがそれすら今の俺には心地よく感じる。あぁ…これが勝者の余裕か。

「ふん、戸塚と話す事に俺のコミュニケーション能力の全てのリソースが割かれているせいでぼっちになってるんならむしろ誇らしいくらいだ」

「コミュニケーション能力に加算も減算もないのだけれど」

先にコミュニケーション能力を数的に言い出したのはお前だろ。
脱線しそうな俺と雪ノ下を尻目に由比ヶ浜は本題を切り出す。

「あ、さいちゃん。あたし達今みんなにヒッキーの事で話を聞いてもらってるんだけどさいちゃんも時間があったら協力してくれない?」

「うん、僕で良かったらいいよ」

当然のごとく二つ返事での了承。あまりの良い人具合に逆に戸塚の今後が心配である。悪い奴に騙されねーかなぁ。心配だなぁ。もうこれ俺が一生側にいるしかなくね?

24: 2013/09/25(水) 18:51:28.71
「ありがと。実はヒッキー今朝小町ちゃんとね………で、昨日の夜………ってな事があったんだけど…」

由比ヶ浜が事情を説明している間雪ノ下が俺に話しかける。…俺、雪ノ下じゃなくて戸塚と話したかったなぁ。

「ところで戸塚君には兄弟はいるのかしら」

「そういえば聞いたこと無かったな。俺としては一人っ子として大切に育てられているイメージなんだが」

戸塚の家族構成か…。戸塚は天使だから自然発生的に生まれてきたと思い込んでいたがよく考えればそんな事はないか。

「あなたの相手を嫌な顔せずしてくれる程純粋な心の持ち主だものね。私も概ねそのイメージ通りだわ」

「おい、そんなに俺の相手をする事は苦痛なのかよ。ってか純粋じゃない雪ノ下さんは実はポーカーフェイスで嫌々ながら俺の相手をしてるのかよ」

「いくら私でも本人を目の前に実は相手をするのが苦痛だなんて言えないわ。でも…そうね、あえて一つ言うのなら私、あまり感情を顔に出さないタイプなの」

「それほぼ直接苦痛だって言っちゃってるからね?むしろ遠回しに言っている分余計こたえるわ」

こいつは悪魔か。ちょっと戸塚。試しに光属性の攻撃を雪ノ下にぶつけてみてくれよ。
また少し俺の心が削られたところで由比ヶ浜の説明が終わった様だ。

25: 2013/09/25(水) 18:52:24.63
「さいちゃんどう思う?」

「うーん、どうかな。僕は小町ちゃんは八幡の事慕ってると思うし、きっとそれ本心じゃなくて何か理由があったんじゃないかな」

「それってヒッキーの事『嫌い』って言ったことだよね」

「うん。八幡、きっと小町ちゃんは小町ちゃんで何か考えがあって言った事だと思うし、小町ちゃんは八幡の事嫌ってないと思うから八幡も小町ちゃんの事嫌いにならないでね」

「うっ…」

俺の事を慰めてくれつつさらに小町への気遣いも忘れない。あぁ、なんといういたわりと友愛。思わず王蟲も心を開く勢いである。子供達よ、わしのめしいた目の代わりによく見ておくれ。

「は、八幡!?なんで泣いてるの!?」

「いや、すまん。戸塚はホント優しいなぁ。大丈夫、俺が小町の事嫌いになるなんて事はないから」

「うん、なら良かったよ。あ、ごめん、そろそろ部活行かなきゃ…」

そうか、部活に向かう途中にも関わらず…。もう世界の人間全てが戸塚になればいいのに。

「引き留めてしまってごめんなさい。とても参考になったわ。ありがとう戸塚君」

「うん!じゃあ、ねみんな」

「またねー、さいちゃん」

「助かったよ(結婚しよ)」

「なぜかしら。今の比企谷君の言葉にとても邪悪なものを感じたのだけれど…」

26: 2013/09/25(水) 18:53:19.96
戸塚と別れた後どこに行くか話していると由比ヶ浜の携帯に着信がきた。

「あ、小町ちゃんからだ!もしもーし、小町ちゃん?」

『やっはろーです結衣さん。メール見ましたけど小町に御用ですか?』

「うん、小町ちゃんにちょっと聞きたい事があってね。電話とかじゃなくて直接お話ししたいなーって思ってるんだけど時間ある?」

『直接ですか?小町は大丈夫ですけど………はっ!ももももも、もしかしてお兄ちゃんとお付き合いする事になりました的な報告!?』

「ん?どうしたの、小町ちゃん」

『いえいえ、何でもありませんよ。それでは小町ちょうど学校出たところですしそちらへ向かいます。校門で待ち合わせで大丈夫ですか?』

「じゃあそれで。ごめんね小町ちゃん」

『そんなー水臭い事言わないで下さいよー結衣さん。もう小町と結衣さん家族も同然じゃないですかー?では超特急で向かいますのでしばしお待ちをっ!!』

「家族?」

「どした?由比ヶ浜」

「んーーー、ま、いっか。小町ちゃん校門まで来てくれるって」

少し怪訝な顔をしていた由比ヶ浜だったがすぐ調子を取り戻した。

27: 2013/09/25(水) 18:54:25.01
「そう。また小町さんに面倒をかけてしまったわね。いつか何かの形でお返しが出来ればいいのだけれど」

「まぁ気にすんな。小町もお前らと話すの楽しいって言ってたし」

「元々あなたのせいなのだけれど。そうやって小町さんからの施しを当然と思って受け取る所が嫌われてしまった原因かもしれないわね」

「ばっかお前。俺に優しくしてくれるのは小町くらいだったからな。優しくされる度忘れない様に「小町ノート」に小町がしてくれた事の記録を付けるくらい感謝してるっつの」

「なにその「小町ノート」って!?ヒッキー、シスコン通り越してもはやヤンデレ入っちゃってるよ!?」

通称「小町ノート」。本来は人から優しくされた時にその事を忘れず心の支えとする為に付け始めたノートだったがそもそも学校生活で俺に親切にしてくれる奴などいるはずもなく、
結果小町がしてくれた親切がひたすら並ぶ事になり今では既に小町専用のノートになってしまったのだ。
ってか親切にされた事を感謝する行為のどこが悪いんだよ。…まぁ小町には内緒にしてるけど。

「どうしてかしら。比企谷君が小町さんから嫌われた理由を探していたはずだったけれど、今となっては彼の彼の一挙一動が嫌われる理由だとしか考えられないわ。…まぁとにかく校門へ向かいましょう」

おい、簡単に人の行動の全否定をすんのやめてくんない?確かに良かれと思ってやった事が「キモい」とか言われて傷ついてきた事は山ほどあるけどよ。
隣の席の少し気になる女子の瀬谷さん。その子が消しゴムを落としたので親切心から拾って渡してあげたのだがその行為に対して返ってきたのは「ありがとう」の感謝の言葉ではなく「もうこの消しゴム使えない…」という泣き声だった。
俺はただただ困惑するだけでその真意は分からなかったが、その後俺が触った故にその消しゴムを捨てるしかなくなった事を知り次に泣くのは俺の番だった。
…あー、なんかまた氏にたくなってきた

28: 2013/09/25(水) 18:55:27.84
また一人で地雷を掘り返しつつ目を濁らせながら校門へ向かう雪ノ下達の後をついていく。ちょうど校門へ到着した時手を振りながら走ってくる一人の美少女が見えた。あ、小町か。早速由比ヶ浜があの馬鹿っぽい挨拶で声を掛ける。

「あ、やっはろー!小町ちゃん!!」

「やっはろーです結衣さん!途中まで大志君の自転車に乗せてもらって小町超特急で参上しましたよっ……と、あれ?お兄ちゃんと雪ノ下さんもいる?って事は…あーなんだー、結衣さんとお兄ちゃんとお付き合いするって報告じゃなかったのかぁ…」

ちょっと?後半部分は独り言で聞こえなかったけど今聞き捨てならないセリフを聞いたぞ。あのガキ小町を自転車の後ろに乗せやがったのか?
きっと今頃人目の付かないところで小町を乗せていた荷台に頬をすりすりしているに違いない。…小町、今度会ったらお兄ちゃんが一発食らわせておいてやるからな。
しかし当の小町はそんな俺の固い決意は他所に、急いで来たにも関わらず肩透かしを食らったといった様子である。

「どうしたんだ小町、妙にがっかりした顔して」

「はぁ…まったく、小町はお兄ちゃんにがっかりだよ」

「うっ…」

すっかり忘れていたが俺は今小町に絶賛嫌われ中だったのだ。その事実が重く重く俺にのしかかり自然と俺の目から涙が流れ落ちる。嫌わないでくれ小町。三千円あげるから。

「比企谷君、その濁った眼で泣かないでくれるかしら。本当に気持ち悪いわね。気持ち悪い」

「ねぇヒッキー、とりあえずあたし達が小町ちゃんに聞いてみるから。ヒッキーは話聞いてるだけでいいからちょっと離れてて?」

「……そうさせてもらうわ。すまん」

由比ヶ浜の提案に素直に従う。正直今の精神状況では噛んだりどもったりまともに話せないだろう。いや、いつもはそんな事ないぞ?クラスメイトとも軽快な軽口をたたき合う仲だ。…うん、ちょっと無理があったな。
つか雪ノ下は気持ち悪い言い過ぎだぞ?二回言うとかなに?大事な事なの?

29: 2013/09/25(水) 18:56:32.30
「どうしたんですか兄は?なんだか妙にナーバスになってる気がするんですが」

「小町さん、あなた何も心当たりは無いの?」

「心当たり…ですか?んー、そうですねぇ…。あ!また学校でいじめられたんですか?兄はその場では何とか気丈に振る舞うらしいんですが、家で一人酷く落ち込んだり拗ねたりナーバスになるんですよねー」

おい小町。俺がなんで家まで落ち込むのを我慢してるか分かってる?そういう人には見せたくない部分をさらっと言うなよ。また嬉々として雪ノ下にいじめられるだろ。

「そ、そうなんだ。でも今回はそういうのじゃなくて…うーん、もういいや。あのね、小町ちゃん、ヒッキー今朝小町ちゃんに『お兄ちゃん嫌い』って言われたらしくてそれで落ち込んでるみたいなんだけど」

「由比ヶ浜さん、いきなり正面突破なんて勇敢なのか考えなしなのか…」

さすが今流行りの猪っ娘の由比ヶ浜さん。俺達にできない事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる!あこがれるゥ!

「へ…?あー、あーあーあー、あれですかー。えぇ、小町は確かに今朝兄にそう言いましたよ」

「小町さん、例え常日頃から比企谷君を嫌っているとはいえあまり面と向かって直接言うのはお勧めしないわね。そういう意思を示すのなら他にもいろいろ方法があるわ。
そう…例えば料理を作る時比企谷君の料理だけ塩分を多目にするとか。彼、意外に細かい所に気が付くからそういった事でも十分愛されていない事を感じ取ってくれるはずよ」

お前は邪魔な姑を頃しにかかる嫁か。いきなりそういう発想が出てくるあたりもう実は実践中だったりするんじゃないの?
そういえばたまに雪ノ下が部室に飲物を持ってくることがあるが、いつも俺にくれるのは通称マッカンことマックスコーヒーだよな。乳成分に練乳を使用しており他の缶コーヒーに比べてかなり糖分量が多いが…いや、他意はないはず…だよな?

30: 2013/09/25(水) 18:57:24.61
「いえいえ、そうではなくてですねー。昨晩の兄との会話でですね…」

「それならヒッキーから聞いたよ。なんというか…ヒッキーってやっぱりシスコンだよね」

だからお前何度言えばわかんの?シスコンじゃなくて愛が深いの。…まぁ声には出してないけどさ。

「およ?もう聞いてましたか。なら話は早いです。このまま妹離れが出来ないと小町的にやっぱり兄の将来が心配なんですよ」

「まぁ妹離れが出来なくても十分心配…いえ、不安だけれどね。ここまで明るい将来が見えない人間というのも珍しいわ」

おいそこ何で今言い直した。私は心配してないわよアピールやめてくんない?

「それで今朝試しにこう言ってみたんですよ『お兄ちゃん嫌い』と」

やっぱり言われてたんだな…。もしかしたら聞き間違いじゃないかとか考えてたんだけど。例えば「お兄ちゃん黄色い」とか。黄色いとかなんだよ黄色いとか。豚カレーかよ。あははは……はぁ…

「あー、そういう事だったんだー。でもヒッキーちょっとかわいそうじゃない?」

「もちろん本気じゃないですよ?ですから後に続けてこう言ってるんです。『こう言われても俺には彼女がいるから構わねーよくらい言えるようになれば小町も安心なんだけどねー』って」

…え?

「…ヒッキー?」

「…比企谷君?」

31: 2013/09/25(水) 18:58:21.35
「い、いや。その、ショックが大きくてその後の記憶は曖昧で…」

「すいませんすいません!うちの馬鹿兄がご心配をお掛けした様で本当に申し訳ありません!!」

キツツキの様に怒涛の勢いで頭を上げ下げする小町。そ、そうか、嫌われてたわけじゃなかったんだ。良かった、妹に嫌われていた兄はいなかったんだね。うん、でも本人を前に馬鹿兄はやめてね。

「あははは…。でもまぁ喧嘩したとかそういうんじゃなくて本当に良かったよ。ヒッキー?小町ちゃんに見離されないよーに日頃からちゃんと感謝するんだよ」

「わーてるよ。感謝し過ぎてむしろ小町しか要らないまである」

「いや、だから感謝とシスコンは違うって…」

笑顔で、そして少し呆れた様に返す由比ヶ浜。本当に心配しててくれたんだな。こいつは本当にいい奴だ。
そして雪ノ下がポツリとつぶやく。

「とりあえずこれで一件落着かしら。やっぱり兄弟は仲が良いのが一番だものね…」

「…」

きっとそれは雪ノ下の本心なのだろう。ならまぁここまで手伝ってもらった事だしその時が来たら俺も全力を尽くそう。あえて具体的にその時がどの時とは言わないが。

32: 2013/09/25(水) 18:59:05.36
ここで仕切り直しとばかり小町が声を上げる。

「ではでは、せっかくですしこのままどこかファミレスにでも行ってデザートでも食べに行きましょー!ご心配お掛けした分もちろんここは兄の奢りですのでご心配なく。今兄の財布には三千円程入ってますからそれくらい余裕です!」

「おい、俺の奢りとか勝手に決めんな。ってか何で俺の財布の中身把握してんだよ」

なに?お前俺の財布チェックとかしてんの?うっかり迂闊な物を財布の中に入れられねーじゃねーか。…いや、そんなアダルティーなもんは入れねーよ?俺が言っているのは懸賞で当たった美少女キャラの書いてあるクオカードとかだ。

「ヒッキーの奢りなら行くー!!」

「そうね、私はどちらでもいいのだけれど比企谷君の財布の中身を減らせるというのなら私も付き合うわ」

「ちょっと?俺への嫌がらせの為だけに付いてくんのやめてくんない?」

第一お前超金持ちだろ。貧乏人からさらに巻き上げるとかもう一揆起こしちゃうよ?むしろお前が奢れよ。

「ふふっ…、冗談よ。小町さんのお誘いですもの。断る理由は無いわ」

「あくまで俺の存在は理由として除外するのな…」

そんな軽口を叩きあっていると小町が二人を連れて俺から少し距離をとる。大丈夫、問題ない。距離を置かれる事には慣れている。むしろ近すぎると落ち着かなくて俺から距離をとるまである。べ、別に寂しくなんてないんだからねっ!

33: 2013/09/25(水) 18:59:54.45
「お二人とも、すこーしいいですか?」

「なに?小町ちゃん」

「何かしら」

「小町的には『お兄ちゃん嫌い』以外の発言は割と本気なんですよー。お二人のどちらかでも兄の彼女…いやいやむしろお嫁さんになってくれると小町的に安心なんですけどねー」

「なっ!?ちょちょちょ、小町ちゃん?いきなりなに言い出すのっ!?ってかまだ高校生だしっ!おおおおお嫁さんとか…その、まだちょっと早い…みたいな……」

「…」

「いやいや、急ぎの話じゃないんですが一応考えておいて下さいねー。ではではファミレスにれっつらごー♪」

話は終わった様で上機嫌の小町は張り切って先頭を歩き出し、その場には妙に顔を赤らめ慌てた様子の由比ヶ浜と顔を背けてはいるがいつも通りであろう雪ノ下が残された。

「なんだ?小町の奴いやに上機嫌だな。お前ら何話してたんだ?」

「べっ、別にヒッキーには関係ないしっ!!」

「そうね。私とあなたの関係と同じレベルでしかあなたには関係のない事よ」

「ほとんど関係がないって言いたいのかよ。まぁいいや、ほら、行こうぜ」

34: 2013/09/25(水) 19:00:45.38
マイペースさには定評のある小町。このままではどんどん引き離されてしまう。二人を急かすように俺も小町に続き、それに倣う様に二人も付いてくる。こんな状況に不覚ながら少し青春みたいなものを感じてしまう俺がいる。
俺の勘違いから始まった今回の騒動ではあったが、お互い信頼し合えている間柄ならその騒動さえも結果的には良い思い出になってしまうのだろう。
なら、俺の様に間違いや勘違いの多い人間こそ、周りの人間と信頼し合える間柄というものを構築する必要があるのかもしれない。
きっとこの事実は皆無意識に感じ取り、そしてより良い人生を送る為無意識に仲間を作り信頼関係を深めていっているのだ。だがここまで分かっていても俺はまだ彼らの域には達する事が出来ない。
………でも。でも、この二人に対してならもしかしたら。そんな事を考えてしまう自分が少しづつ生まれ始めているというのもまた事実。だが…結局具体的には何をしたら良いのか分からず俺は今まで通りの日々を過ごす事になるのだろう。

はぁ…やはり俺の青春ラブコメは間違っている。

35: 2013/09/25(水) 19:02:16.17
以上で終わりになります。
しえんしていただいた方ありがとうございました。
ゲームも発売されたし誰かの暇つぶしにでもなればと思って書きました。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

引用元: 比企谷小町「お兄ちゃん嫌い」