1: 2011/05/19(木) 03:16:35.10
けいおん!のキャラを軸に唯たちがよく分からないオリジナル能力を駆使してなんやかんやするSSです

百合っ気は皆無ですし少々血生臭い場面もありますがそこのところ御了承願います。

2: 2011/05/19(木) 03:18:31.54
2011年4月某日、桜が丘女子高等学校音楽準備室にて。
今年2年生になる軽音部の4人は新入部員の勧誘もそこそこに、放課後を適当に満喫していた。

唯「ムギちゃん今日のおやつはなぁに~?」

紬「女体盛りよ~♪」

澪「ブフッ!!」ピャー

律「うお!澪っ!こっち向いて噴くなよ!」

澪「だってムギがいきなり変なこと言いだすから…!」

紬「変なことってなぁに?澪ちゃん」

澪「いや、それはその…にょ、にょ、にょたいって…///」

唯「ムギちゃん、女体盛りって何?」

紬「澪ちゃんが教えてくれるみたいよ♪」

澪「わ、私は女体盛りなんて知らないからなっ!」

軽音部は学年が上がっても変わらず平常運転だった。
しかしお茶とお菓子をのんびり嗜み、たまに部活動らしく活動して満足する日々も
今日からほんの少しだけ様変わりする。

賑やかな音楽準備室にコンコンと軽く扉をノックする音が聞こえた。
失礼しますと言って入って来たのは幼い顔立ちをした小さな女子生徒だった。

3: 2011/05/19(木) 03:21:42.82
梓「入部希望…なんですけど」

律「おおっ!待ってました!」

律に続いて他の3人も顔を明るくして歓迎した。

紬「ささ、どうぞ座って」

梓「あ、失礼します…」チョコン

唯「名前はなんていうの?」

梓「中野、梓です」

唯「へぇ~、じゃああだ名はあずにゃんで決定だね!」

律「はえーよ!いろんな意味で!」

澪「軽音部に入るってことは、今まで何かやってたのか?」

梓「えっと、ギターを、少し」

唯「えっ?」

梓「え?」

4: 2011/05/19(木) 03:24:36.67
澪「ん?」

唯「あ、ああ、そういうことね。うん、いいよ。全然おっけー」

律「お前が全然おっけーじゃなさそうだが」

梓「その…何か駄目でしたか?」

唯「全然問題ないよ!うん!多分」

澪「そっか、ギターやってたんだ。それで、他には?」

梓「他、ですか?…す、すいません…私ギターしかやったことなくて…」

澪「えっ?」

梓「えっ?」

律「だあーっ!!まどろっこしい!澪、お前聞き方が悪いんだよ」

澪「わ、私は普通に質問してるだけだぞ!」

紬「どうやらコレは去年の唯ちゃんのパターンのようね…」

梓「あ、あの…」

唯「あずにゃんは何も悪くないんだよ!むしろ私たちに非があるっていうか…」

5: 2011/05/19(木) 03:27:01.78
律「…コホン!えーつまりだな。単刀直入に聞くけど…」

律「中野さんの『魔技』は何に特化してるんだ?」

梓「………まぎ?」キョトン

紬「…どうやらまたやってしまったみたいね」

律「まじかぁ~…」

事態を呑み込めない梓は困ったように首をかしげている。
それを囲む4人はそれぞれ目配せした後、仕方ないと納得したように話を続けた。

律「中野さんはどうして軽音部に入ろうと思ったの?」

梓「新歓ライブを見て…かっこいいなって思って」

唯「ホント!?ありがとぉ~」

律「ま、まあそう言われる分にはこっちも嬉しいけどな」

梓「先輩方とっても上手でした!私あのライブを見て感動して…」

澪「い、いや、実はそうじゃないんだ。本当に申し訳ないけど」

梓「?」

紬「私たち軽音部はね、たぶん梓ちゃんが思ってる軽音部とは違うと思うの」

梓「…?どういうことですか?」

6: 2011/05/19(木) 03:30:04.48
澪「要するに軽音部っていうのは表向きの立場で…」

律「実態は桜が丘女子高等学校の生徒会長直属の防諜機関、少数精鋭の治安組織なんだよ」

梓「…???」

律「ちょっとライブで張り切りすぎちゃったかなぁ。まさか音楽の方面で入部希望者が来るとは
  思ってなくて…」

澪「去年も唯が何も知らないで入部届け出したけど…」

唯「あ、あの時は人数足りなくて本気で困ってたんでしょ!?」

紬「それは実際、かなり助かったんだけどね」

梓「ちょ、ちょっと待って下さい。もしかしてバンド活動はやらないってことですか?」

澪「いや、練習もするしライブもちゃんとやるよ」

律「それ以外にも私たちには仕事があるってことさ」

梓「…それでしたら、すいませんけど入部は諦めます」スッ

唯「ま、待って!」ガシッ

梓「え?」

唯「ごめんねあずにゃん。これは決まりなの。ここの存在を知った以上、入部は取り消せない」

7: 2011/05/19(木) 03:34:29.65
梓「そ、そんなの私には関係ありません!」バッ

律「まあまあ、そんなこと言わずに。ちゃんとバンドだってやるぞ?」

澪「少数精鋭というけど人数はそれなりに必要だしな」

紬「歓迎いたしますわ~♪」

梓「…ちゃんと練習するなら…入部します、けど」

律「よっしゃ決まりだ!…と、その前に説明しなきゃいけないことがいくつかあるな」

澪「梓は本当に『魔技』について何も知らないんだな?」

梓「は、はい…」

唯「『魔技』っていうのは魔法のことだよ!あずにゃん!」エヘン

梓「魔法…?」

澪「簡単に言えばそうだな。一部特権を持つ人間だけが使える、特殊な能力のことだ」

紬「それを使って数多の事件を解決するのが私たち軽音部のお仕事なの~♪」

梓「そ、そんなの私使えませんよ!?」

唯「心配には及ばないよあずにゃん。和ちゃん辺りが適当になんとかしてくれるから」

澪「現生徒会長が唯の無二の親友だからな。無能力でもコネで正式加入は余裕だろう」

8: 2011/05/19(木) 03:40:21.23
律「『魔技』の話は追い追いするとして、活動の内容なんだが…」

澪「私たちは事件が起きてから要請を待って動くタイプの生徒会執行部とは違う。
  常に事件の匂いを嗅ぎとって未然に防ぐ、暗密の特殊部隊と言ってもいい」

唯「だからといって勝手に動いていいわけじゃないんだけどね」

紬「上層部である生徒会のトップ、真鍋和生徒会長が軽音部の総指揮官なの。
  だからある意味では生徒会のいいように使われるという側面もあるのだけど…」

梓「…どんな時に出動するんですか?」

律「例えば生徒の非行、『魔技』による暴行、不正、事故、他には部活間抗争の時等々…だ」

梓「そんなの、生徒会執行部や生徒指導教員に任せればいいんじゃ…」

律「奴らがそんな真っ直ぐに解決してくれると思うか?」

紬「執行部も指導教員も、組織が大きくなればなるほど裏で何をしているのか分からなくなる…。
  汚職に献金、利権と保身しか頭にない彼らには何も期待できないわ」

唯「ま、私たちも校則違反スレスレのことやってきてるんだけどね!」フンス!

律「時に思いっきり違反するが、それもこの軽音部の特権ってもんだ」

梓「でも、解決するって言っても4人でどうやって――」

梓がそう言いかけた時、唯たちの携帯がけたたましく鳴り響いた。

9: 2011/05/19(木) 03:44:19.18
ギュイッ ギュイッ ギュイッ

梓「!?」

律「うおっと!新学期初のお呼びがかかったみたいだな」

梓を除く4人がそろって携帯の画面を見た。

律「アンプに転送するぞ」

ブツッ、という音が聞こえたかと思うと、梓の頭にノイズの混じった
機械的なエフェクトをかけたような声が鳴り響いた。

?「第4棟、生物化学教室にて犯行グループが一般生徒を人質に立て篭もりする事件が発生したわ。
  既に生徒会執行部が制圧に向かっているけど犯行声明が確認できない以上、こちらも手出しが出来ない。
  『魔技』の使用を許可するわ。軽音部に人質の救出を要請します」

長々としゃべった後、またブツンという音と共に頭の中の声は消えた。

梓「な、なんですか今の!?」

梓が驚いて唯たちに訊ねるが、4人ともそれぞれの楽器を慌ただしく用意していて答えなかった。

梓「???」

梓はわけがわからないまま立ちつくしていた。

10: 2011/05/19(木) 03:47:52.86
律「…よしッ。準備は出来たか?」

澪「ああ、問題ない」

唯「ちょ、ちょっとお待ちを~…」ゴソゴソ

紬「…目標の情報を取得するわ。第4棟生物化学室…」ブツブツ

梓「な、なに…?」

困惑している梓に、律がやっと声をかけた。

律「梓は無能力だからな…そうだ、ここに居てムギの指示に従ってくれ」

紬「入部していきなり実戦なんて、ついてるわね♪」

梓「は、はあ…」

律「で、どうだ?あっちの状況は」

紬「魔技使いが二人、一般生徒が4人、うち一人は動き回っていることから犯行グループの一員ね…」

律「ってことは犯人は3人、人質も3人か…」

唯「よいしょっ…と。りっちゃん、準備できました!」

11: 2011/05/19(木) 03:52:27.05
律「…よし。今回は私と唯のツーマンセルで行く。澪はサポート頼む」

澪「分かった。だけどどうやって行くんだ?」

律「どうって…そりゃ正面突破だ」

澪「馬鹿、人質がいるんだぞ」

律「大丈夫だって。唯と私で犯人を拘束しておくから、その間に澪の『念動波(テレキネシス)』を
  ぶちかましてやればいい」

澪「ぶちかますような能力じゃありません!」

唯「でも救出には『念動波(テレキネシス)』が一番向いてるんだよ~」

律「信用してるからな!さ、行くぞ唯!」

唯「ラジャ!」ビシッ

澪「お、おい!待って!」

ひとしきり打ち合わせをすると律と唯の二人は迷わず音楽準備室を出て行った。
追いかけて澪も出ていく。

12: 2011/05/19(木) 03:58:53.08
梓「あの…『念動波(テレキネシス)』って…?」

紬「澪ちゃんの魔技のことね。彼女は『空間座標操作』に特化した魔技の使い手なの」

梓「空間座標操作?」

紬「まあ見てれば分かるわ」

紬はそう言うとキーボードにそっと手を乗せた。

紬「まず唯ちゃんたちの固有カメラを設置して…と」

梓は紬が鍵盤を弾く様子をじっと見つめた。
電源が入っていないのか、音が全く出ていない。

梓「つ、紬先輩?音が出ていないみたいですけど…」

紬「これでいいの♪それと梓ちゃん、今日はギター持ってきてないのよね?」

梓「はい…」

紬「じゃあ唯ちゃんのギー太でいいかな。あそこのギター、構えてくれる?」

梓は言われた通りにストラップを首にかけ、ギー太を構えた。

紬「似合ってるわ♪」

13: 2011/05/19(木) 04:02:52.79
梓「そ、それだけですか?」

紬「ううん。何か弾いてみてくれる?」

梓「は、はい」

梓は恐る恐る弦を弾いてみた。とにかく適当なフレーズを奏でていく。

するとギー太の音色が梓の頭をガンガンと鳴らし始め、瞬間的に強烈な痛みが走った。

梓「ッ!!」ガタッ

少し目眩がした後、梓が目を開けるとそこには音楽準備室とは違う風景があった。

否、梓が見ている準備室と見知らぬ風景が同時に見えていた。

梓「こ…これは…!?」

紬「梓ちゃんの目から得る視覚とは別の視覚領域を脳に作ったの~。
  これで私の『衛星解析(サーチ)』を直接梓ちゃんの脳に送り込めるわ。
  ただ梓ちゃんとギー太じゃ相性の問題もあるからクリアな情報は提供できそうにないけど」

梓が両目で見る部屋とは別に、様々な風景が頭の中に渦巻いている。
もやもやしていて良く見えないが、どうやら学校全体の立体的な図面のようだ。
他にも唯、律、澪の目から見える景色らしい映像がチラついたが、今の梓にはそれらも意識するのは
困難だった。

14: 2011/05/19(木) 04:04:51.77
紬「最初は4画面全部を意識するのは難しいだろうから、まず透過図面に意識を集中するのがいいわ」

紬「コネクト開始。ターミナルを田井中律に設定。伝達率97%、異常なし」

紬「今はまだ梓ちゃんに『知覚網(シェア)』で意識伝達までするのはキツイかな。梓ちゃんだけ遮断しておくね」

何やら言っている紬の言葉も、ごちゃごちゃした梓の頭では返事をすることも難しかった。

紬「さ、始めましょうか。作戦開始♪」

梓の意識は音楽準備室から学校の透過図面へと移っていった。

――――
―――
――

律《状況確認。教室の入口付近は物騒な連中でぎゅうぎゅうだ》

唯《生徒会執行部だね。あれじゃ中の様子が分かんないや》

律《ったく…こんな狭い場所なんだから機動力生かせなくてどうすんだよ…》

澪《愚痴ってる場合じゃないぞ。侵入経路を想定して『知覚網(シェア)』した方が効率がいいかもしれない》

律《そうだな。澪は校外から広範囲をカバー、唯と私でそれぞれ潜入できるポイントを探す》

15: 2011/05/19(木) 04:06:49.16
唯《でも執行部のみんなが邪魔だよ》

律《お前の『憑依(ジャック)』を上手く使えば私たちの姿は見えないはずだ。
  下手にこいつらに動かれるより、私たちだけで人質を救助した方がいい》

唯《これだけの人数に?そんな簡単に言わないでよぉ~…結構難しいんだから》

律《そう言うな。澪、そっちはどうだ?》

澪《ムギ、拡大調整してくれ。距離は100メートルだ》

紬《こんな感じでいいかしら?》

音楽準備室に居る紬が澪の『知覚網(シェア)』にのみ視覚拡大調整を施した。

澪《OKだ。……人質の様子を見て回っているのが一人、残り二人は窓側と入口側を見張っているな》

律《…澪、『念動波(テレキネシス)』で唯のピックを教室の中に送り込めるか?》

澪《唯のピックなんて送ってどうするんだ?》

律《私に考えがある》

16: 2011/05/19(木) 04:11:00.84

~~~~~

マミ「…なかなか魔女の結界が現れないわね」

さやか「せっかく周りに被害が出ないように教室を封鎖したってのに…」

まどか「この人たちも早く外に避難させた方がいいんじゃないかな」

鹿目まどかは、気絶している一般生徒を見守りながら二人に声をかけた。

マミ「そのまま外に運んでも人目につくし、何より騒ぎが起きてしまうわ。
   それは少し、避けたいのよね」

巴マミはそう言うと、教室を見渡した。

マミ「…確かにここに魔力の痕跡があったのね?」

さやか「まどかと二人でたまたま見つけたんだけど、ちょっと目を離したすきに
    消えちゃったんだよね…」

マミ「でも被害者の3人が影響を受けてるってことはこの教室のどこか…いえ、
   何かに結界への扉があるはず。色々探してみましょう」

キラッ

さやか「?なんだろ、これ…ピック?」スッ

ドクンッ!


さやか「ッ!?」


17: 2011/05/19(木) 04:18:06.78

~~~~~

澪《よし、ひっかっかったぞ。唯、あとは頼んだ》

唯《…………》ガクン

律《しかし大丈夫か、唯で…。なんかヘマやらかしそうで心配だぜ》

澪《まぁ、確かに『憑依(ジャック)』を唯に使いこなせるかどうか、不安ではあるけど…》

紬《信じるしかないわ。唯ちゃんも軽音部の一員なんだから》

律《こういうの、ホントは澪とかムギに一番向いてる能力なのにな…》


~~~~~


さやか「う、うぅ~ん………」

マミ「美樹さん、どうかした?」

さやか「…えっ? い、いやなんでもないよぉ」アセアセ

マミ「? そう…」

さやか(ん~…。やっぱ他人の体は上手く使えないなぁ…よいしょっと)

まどか「さやかちゃん?」

唯が意識を乗っ取ったさやかの体はどこか動きがぎこちなく、教室をふらふらしていた。

18: 2011/05/19(木) 04:23:42.28
さやか(…さて、と。どうすればいいのかなぁ?)

唯は辺りをキョロキョロと見た。
やはり教室の入り口は黄色い髪の生徒によって塞がれている。

さやか(なんか全然悪い人に見えないなぁ)

さやか(! 人が倒れてる…。3人…でも別に束縛されてるわけじゃないね)

さやか「あ、あの~」

まどか「なに?さやかちゃん」

さやか「(あ、私さやかっていうんだ)その人たち…どうするの?」

まどか「どうするって…さっきマミさんが言ってたじゃない。目が覚めるまで外には出さないって」

さやか「そ、そうだったね!うん、そういえばそんなこと言ってたね!」

まどか「…?」

さやか(状況がよく分からないなぁ…。目的は何なんだろう)

さやか(この体じゃ『読心(ハートキャッチ)』も出来ないし…まずは人命救助から先、かなぁ)

19: 2011/05/19(木) 04:27:08.04
さやか「…なんだかこの部屋、暑くない?窓開けようよぉ」

唯は澪に連絡を取ろうと窓に近づいた。
澪の『念動波(テレキネシス)』で人質を空間移動させるためだ。

マミ「そうかしら?別に暑くはないと思うけれど…」

唯は適当に受け流すと、窓の外に澪の姿を探した。

さやか(あ!居た!っていうか遠すぎる~…えっと、サインサイン)クイックイッ

澪《ん…?あれは…》

律《どうした澪?》

澪《犯人の一人が窓を開けてこっちを見た。サインを送ってる事から、唯だな》

律《『念動波(テレキネシス)』できそうか?》

澪《いや、人質3人の姿が見えないから無理だ。もう少し近づいてみる》

律《慎重にな》

20: 2011/05/19(木) 04:28:11.34
澪は生物科学教室の中が良く見える位置まで行った。

さやか(おっ、来た来た。後は人質を見えやすいところにもってこないと…)

さやか「あ、あの~…」

マミ「…さっきから美樹さん、様子が変よ…?」

さやか「い、いや、私なら大丈夫。全然問題ないよ~」

マミ「ちゃんと魔力の痕跡、探してる?」

さやか「(魔力の痕跡…?)う、うん。探してるよ。
    ところでさ、この人たち地べたに寝かしておくのはちょっと可哀そうじゃない?」

まどか「う~ん、確かに…」

さやか「こう、机の上に寝かせてあげるのはどうかな?」

まどか「…そうだね、それがいいかも」

思ったより簡単に受け入れてくれたな、と唯は心の中でつぶやいた。

さやか「じゃ、じゃあ私が運ぶよ!」

唯は半ば強引に人質を窓際の机に並べて寝かせた。

21: 2011/05/19(木) 04:32:00.29
澪「!」

澪《人質の姿を肉眼で確認、律のいる廊下にテレポートさせるぞ》

律《よし、それが終わったら唯にこっちに戻るよう伝えてくれ》

澪《了解》

澪は『念動波(テレキネシス)』を使い、人質3人を一瞬にして教室の外に移動させた。

さやか(よっし!作戦成功!)

まどか「あれっ!?さ、さやかちゃん!?」

マミ「鹿目さん、どうし……えっ!?あの人たちはどこに…?!」

さやか(気付かれちゃった!ってか当たり前か。どうしよ…)

さやか(あ、澪ちゃん…なになに、「もう戻っていいぞ」…おっけー!)

唯はすぐにさやかの体から抜け出した。

さやか「………っとと…! あれ?二人ともどうしたの?」

まどか「さやかちゃん、あの3人はどうしたの!?」

さやか「???」

22: 2011/05/19(木) 04:33:58.40

~~~~~

唯「………はっ!」ガクン

律「おう、おかえり」

唯が自分の体に戻った時、廊下にいた生徒会執行部はいなくなっていた。

律「人質が私のところに来た時に、アイツらに事情を説明して撤退してもらったんだよ。
  今頃保健室に連れてってるところだな」

唯「じゃあ任務完了だね!」

律「いや、執行部の連中が居なくなったいま、結局犯人の身柄拘束も私たちが引き受けることになった」

唯「そ、そんなぁ~」ガックシ

律「何言ってんだ、こっからが私たちの本領発揮だろ!」

律《澪、犯人の姿は見えるか?》

澪《見える、けど奴らを直接テレポートは出来ないぞ》

澪の『念動波(テレキネシス)』は意識のある物体に干渉するのが難しい。
基本的に"動かない物体"に対して使う澪の能力は、意識レベルの高い人間や動物を対象にするには
かなりの力が必要になる。

律《そうじゃない。これから私と唯で正面から突っ切るんだ》

23: 2011/05/19(木) 04:38:51.00
澪《? 入口は塞がれてるんじゃ…》

律《だから澪の『念動波(テレキネシス)』で入口ごと座標変換するんだよ。
  そうすれば教室はガラ空き、相手の意表もつける》

澪《な、なんつー発想だ…っていうかそんなデカイ空間移動は…まぁ、出来るけど…》

律《よし!カウント3で突入するぞ!》

唯(3…2…)

律《…1…行け!》

ドゴッ!!

マミ「きゃっ!?」

さやか「マミさ…んっ!?」ギュッ

一瞬にして廊下と地続きになった教室に唯と律が突入する。
隙が出来たマミとさやかは二人に後ろを取られ、身動きを封じられた。

24: 2011/05/19(木) 04:42:16.38
まどか「マミさん!!さやかちゃん!!」

律「おっと動くな。この状態なら首も飛ばせるぞ(この人胸でっけー)」

マミ「……っ!」ゾクッ

さやか「は……離せっ…!」ジタバタ

唯「ちょ、ちょっと…暴れないでよぉ」

まどか「あ、あなたたちは誰!?」

律「軽音部だ。3人を強制拉致の疑いで補導する」

さやか「きょ…強制拉致!?私たちが!?」

マミ「…何かの間違いよ」

マミ(ヤバイわね…まさか軽音部が動く事態になっていたとは…)

律「ま、一般生徒3人を気絶させて教室に閉じ込めたという事実は変わらない。
  おとなしくするんだな」

マミ「弁解の余地はないのかしら…(この子…すごい力…っ!)」

律「思ったより抵抗しない所を見ると、なにやら事情はありそうだが…話は別の場所でしようか」

25: 2011/05/19(木) 04:45:44.33
さやか「私たちは何もしていな…」

まどか「ああっ!!」

驚きの声と共にまどかが見つめる先に、孵化しかかっているグリーフシードがあった。

さやか・マミ「!!」

マミ(魔女の結界が…開く!)

律「ん?どーしたんだよ、そんな悲鳴あげて…」

マミ「ごめんなさい、軽音部の人…!」ググ…!

律「うおっ!?」バンッ

マミは魔力を使い、律の拘束から抜け出した。

さやか「は、離してよっ!魔女の結界が…」

唯「まじょ?けっかい?」

マミ(駄目…遅い…ッ)

26: 2011/05/19(木) 04:53:57.22



~~~~~


律「………で、これは一体どーゆーことなんだ?」

マミ「ここは魔女の住処…結界の中ね。私たちは迷い込んでしまったの」

唯「うわぁ~、なんかキレー」

さやか「この人は危機感とか恐怖心とかないの…!?」

律「説明になってないな。魔女ってそもそも何だよ」

マミ「…あの一般生徒3人は魔女の毒気にやられて気絶していたの。
   私たちは原因である魔女を倒すため、あの教室で待ってたってわけ」

律「ふぅん…イマイチ分からんけど、なんか面白そーじゃん」

マミ「あなたたちは危険だから美樹さんと一緒にここに居て」

まどか「マ…マミさん…あれ…」

ゴゴゴゴゴゴゴ…

マミ「…!どうやらあっちから出向いてきたようね」

さやか「で…でっか!」

27: 2011/05/19(木) 04:56:26.20
律「あれが魔女か?」

律は適当に魔女の方へ目をやると、ハハン、と軽く笑った。

マミ「軽音部は早く逃げなさい!」

律「その必要は……ないぜッッ!!」

ビュン、という音とともに律の体は魔女へと一直線に向かっていった。

さやか「なっ!?アンタ氏にたいの!?」

唯「私も~♪」

律を追いかけて唯も魔女の足元へ走っていった。

さやか「ってコラ!……あ~あ、行っちゃったよ」

不意に爆音が轟く。
異形の魔女がバランスを崩し、地面に逆さに激突した。

マミ「こ、これは…!?」

律「唯!こっちによこせッ!」

唯「ほいよりっちゃん!そーれ!」ドゴォ

律「くらえッ!『ウルティマ・シュート』ッッ」

マミ「え」

28: 2011/05/19(木) 04:59:32.91
ドドドドドド・・・!!

律のダサい掛け声とともに、魔女の体は完全に破壊された。

マミ「ちょ、ちょっと!パクらないで頂戴!」プンプン

何故か頬を膨らませて起こるマミを尻目に、律と唯は二人でガッツポーズを取った。

さやか「つ…つよすぎる…」

まどか「あんな大きな魔女を数発、しかも生身で…!?」

律「いやぁーっ、久しぶりに本気だしちゃった」テヘ

唯「普段使わない開放系の魔技なんて使うんじゃなかった…」グッタリ

マミ「……ま、まぁウルティマよりアルティマの方がカッコイイから許すわ…。
   それにしても、あなたたち一体…何者なの…?」

律「だから軽音部だってば。あんたら二人も魔技の使い手なんだろ?」

マミ「魔技…?私たちの場合は魔法だけど…」

律「どっちも一緒だって!私らも魔技を使えるんだよ、一応」

さやか「じゃあアンタらもQBと契約を?」

唯「きゅーべー?」キョトン

29: 2011/05/19(木) 05:03:20.42
魔女を倒したことで律たちの周りはいつもの学校の風景に戻った。

律「お、戻った」

マミ「ちょっと、詳しく聞きたいのだけれど…」

律「あー、話はあとあと!とりあえず生徒会に身柄を引き渡すから、そんときにな」

マミ「…分かったわ」

まどか「マミさん!?」

マミ「ここは大人しく従いましょう。生徒会には逆らえないわ」

マミ(…こんな化物がいるんですもの。この学校…底知れないわね)

~~~~~

マミ達を生徒会室に送り届けた後、律と唯は音楽準備室に帰った。

ガチャ

律「おいーっす。任務完了!だよーん」

紬「り、りっちゃん!」ダキッ

律「うおいっ!?どうしたんだよムギ!?」

30: 2011/05/19(木) 05:06:08.95
紬「いきなり『衛星解析(サーチ)』から消えるんだもの、心配したんだからね!」

唯「あ、そうだったんだ」

澪「そうだったんだ、じゃない!全く、説明してもらうぞ」

律「そうそう、それがさ!なんか魔女とかいうアレがいてさ…………」

さっき起きた一部始終を臨場感たっぷりに澪と紬に聞かせている律を、梓はボーっと眺めていた。

梓(…なんかわけわかんなかったけど、魔技ってすごいんだな…)

紬の『知覚網(シェア)』によって軽音部の活躍を知った梓は色々な考えを頭に巡らせ、
知らぬうちに興奮していたことに気付いた。

梓(あっという間に解決しちゃったし、コレはコレでかっこいいかも)

唯「あ~ずにゃんっ」ダキッ

梓「んにゃっ!?ゆ、唯先輩なにしてるんですか!?」

唯「え~?可愛い後輩にまた会えてうれしいんだよぉ」スリスリ

梓「うぐ…そ、そういえば唯先輩」

唯「なぁに?」

梓「唯先輩の魔技って、どんな感じなんですか?」

31: 2011/05/19(木) 05:13:28.52
唯「ん~…私の場合はね、意識干渉系に特化した魔技、かなぁ」

梓「意識干渉系、って具体的に何が出来るんですか?」

唯「例えば他人の五感を奪って私のものにするとか、逆に自分の五感を強化できるとか…」

梓「さっき、一時的に唯先輩の視覚情報が消えたんですけど…それも関係あるんですか?」

唯「あの時は私の意識を完全に他の人に乗っけちゃってたからね~…」

梓「そ、そんなことまで出来るんですか…」

唯「けっこう難しいんだけどねぇ。それから、ムギちゃんも割と意識干渉系が得意なんだよ。
  ムギちゃんは『憑依(ジャック)』は出来ないけど、そのかわり広範囲に干渉できるんだ。
  それプラス、感知系に特化してるから『衛星解析(サーチ)』で得た情報を『知覚網(シェア)』で
  みんなと意識を共有できるってこと」

梓「は、はぁ…」

唯「…あずにゃん、もしかして自分が魔技使えないから落ち込んでる?」

梓「へ?い、いえ全然そんなことないです!」

唯「焦ることないからね~、私も最初は魔技使えなかったけど
  いつの間にか使えるようになってたから、心配いらないよ!」エヘン

梓(…それよりも私、こんなぶっ飛んだ部活でやっていけるのかな…)

32: 2011/05/19(木) 05:34:30.85
ひとまずここまでにしておきます。
唐突に色々な能力が出てきますが、はっきり言って設定自体はかなりいい加減です。
能力の名前でなんとなく想像してもらってもそんなに問題ない…と思いますが
とりあえず今までに出てきた『魔技』の能力を適当にまとめておきます。

『念動波(テレキネシス)』…空間座標干渉系。澪が得意。
『衛星解析(サーチ)』…感知系。広範囲の情報を取得できる。ムギが得意。
『知覚網(シェア)』…感知系、もしくは意識干渉系。他人と感覚を共有することで、テレパシーのように脳内で会話できる。
           ムギはこれを使って『衛星解析』を軽音部メンバーと共有した。
『憑依(ジャック)』…意識干渉系。他人の感覚を乗っ取る。頑張れば意識そのものを乗っ取り、体まで支配できる。
『読心(ハートキャッチ)』…意識干渉系、または感知系。相手の思考を読む。

他にも色々出てきますが、漢字と当て字からなんとなく推測して下さい。

ちなみに『魔技』というネーミングはまどマギから取りました。
特に意味はありません。この辺の厨二的痛さはマミさんに免じて許して下さい。

37: 2011/05/19(木) 17:42:08.93



~~~~~

数日後。
巴マミを首謀として行われた小規模の拉致事件は、事情を知った唯や律たちの説得もあって
刑を執行されることなく解決した。

澪「和と太いパイプがあったから良かったものの、普通だったら巴マミ一味には実刑が下され
  ててもおかしくなかったな」

律「最近じゃ表立って大きな事件ってのも無かったしな…生徒会の権威を示すための
  見せしめにならなくて、ホント良かったぜ」

紬「それにしても、あれだけの魔技の使い手でありながら
  どこにも所属してなかったっていうのも不思議ね」

唯「マミさんは自分たちの力を魔技じゃなくて魔法だって言ってたよ?」

律「似たようなもんだけどな、実際。もし学校管理外で魔技が使われているとしたら問題だけど」

梓「……でも、その可能性って十分あり得るんじゃないですか?」

律「その通りだ。そこで梓くん」

梓「はい?」

律「巴マミと美樹さやか、それから鹿目まどかの調査を依頼する」

梓「私がですか!?」

38: 2011/05/19(木) 17:49:09.64
澪「ただ調査するだけなら別に魔技は必要ないしな」

梓「で、でも相手は魔技使いなんでしょう?」

律「マミさんは大丈夫だ。悪い人じゃない。だからといって不必要に近づくのも駄目だけど」

唯「実はマミさんを見逃す条件として見張りと身辺調査を頼まれたんだよ~。
  和ちゃんの、生徒会長として公式に処置はしないけど何らかの対応はするべきっていう判断なんだ」

梓「…私に務まりますかね」

紬「大丈夫よ~。一応彼女たちに関する最低限の情報は用意してあるから、そこから身辺の関係を
  探っていけばいいの」

梓「……了解です」

律「何か新しい情報があったら報告してくれ。場合によっては私たちも動く」

澪「そんな大事にならなければいいけどな」

放課後の部室で優雅に紅茶をすすりながら、物々しい会話に身を寄せる5人。
ひとまず巴マミの事件に関するミーティングは梓が引き受けることで終わりとした。

39: 2011/05/19(木) 17:56:20.71
紬「ところでりっちゃん、今後の私たちの活動は?」

律「今まで通り続けよう。ムギは職員組合の潜入調査、澪と私は校内監視。
  唯は待機、だ」

唯「らじゃ!」ビシッ

澪「了解、と…。それじゃさっそく…」

梓は体をこわばらせた。今から自分の仕事が始まると思うと緊張するのだ。

律「そうだな。ムギ!紅茶のおかわりくれ」

澪「違うだろ!練習するんだ!」ゴチン

律「あいたーっ」

梓「れ、練習?」

思いがけない言葉に、梓は聞き返してしまった。

紬「そうね~。たまには練習しましょっか♪」

数名がけだるそうに席を立ち、澪がやる気出せと促す。
梓はここが軽音部であることを思い出し、なんて面倒な部活なのだろうと今更ながら思った。

40: 2011/05/19(木) 18:02:18.28


~~~~~


春が過ぎ、大きな事件も起きないまま梅雨、夏休みと季節は移っていく。
小さな事件が起きても軽音部に回ってくる前に生徒会執行部が処理するため、
軽音部も学園祭に向けてバンドの練習に時間を割くことが出来た。

入部してから半年が経過しても、梓の魔技は一向に目覚めない。
それでも梓は軽音部の仕事を難なくこなすだけの実力をつけていった。

梓「……美樹さやかと佐倉杏子の接触及び魔技の使用はこの一週間、確認されませんでした。
  ただし暁美ほむら、巴マミの両者は今日までで数件、校外での魔技の使用が見られます。
  いずれも物損や人的被害がないので、おそらく魔女が人間に危害を加える前に処理していると
  思われます。報告は以上です」

律「QBとかいう淫獣の調査の方はどうだ?」

梓「相変わらず姿は確認できませんでしたが、鹿目まどかの付近に常にまとわりついているようです。
  物質生成系の魔技による生命体の線ですが、彼女ら5人にしか目視出来ない点と
  魔技使いではない鹿目まどかが会話している所を見る限り、可能性は薄いと思われます。
  もっとも、それほど複雑かつ強力な魔技生命体であることも一概に否定できませんが…」

澪「和が彼女らを黙認する条件として私たちに監視を依頼した以上、正体の分からない魔技を
  放っておくわけにはいかないし…まだ調査は続きそうだな」

紬「でも梓ちゃんは期待以上に働いてくれてるわ」

唯「あずにゃんは真面目さんだからね~」

42: 2011/05/19(木) 18:10:54.10
各々が調査報告をし終えたところで、律が今後の話題をふる。

律「さて、夏休みも今日で終わりだ。みんなの働きのおかげで大きな事件もなく
  2学期を迎えられるわけだが…」

紬「平和で何よりね♪」

澪「このまま無事に学園祭までいけばいいけど」

唯「学園祭かぁ~楽しみ~」

梓「その前に中間テストがありますよ、唯先輩」

梓の言葉に、唯の顔が一瞬にして青ざめる。

律「バンドに仕事に勉強か…忙しすぎるだろ私たち」

澪「テスト期間と学園祭準備の時くらいは仕事を減らした方がいいかもしれないな」

律「ま、今は練習くらいしかすることないし、仕事の優先度はしばらく低くてもいいだろ」

澪「『対魔技用思考楽器』たちのメンテも兼ねて、な」

43: 2011/05/19(木) 18:54:19.81
澪が部室に並べられている楽器を見ながら言うと、扉を開けてさわ子が入ってきた。

さわ子「みんな、揃ってるわね」

紬「どうしたんですか?」

さわ子「あなたたちの『楽器』のバージョンアップ用の追加パッチよ。
    シンクロ率の調整と各種インターフェイスの強化が主な変更点ね」

律「おお、やっと来たか!」

タイミングよく現れたさわ子に律が駆け寄る。

律「…あれ?1枚多いみたいだけど…」

さわ子「これはマザー用の分。今回はマザーの大規模なバージョンアップもする予定なの」

澪「この時期に、ですか?」

さわ子「新しく導入されたむったんとの最終的な組み込み調整もしなきゃいけないし、
    この前、技術部で開発されたソフトもようやく実用化したからよ。
    あなたたちがあまりにも適合能力が高いからこっちは追いつくのに必氏なの。
    むしろこれだけ早く追加パッチを出せたことにびっくりしちゃうわ。協力してくれた
    憂ちゃんのおかげね」

唯「さすが、私の妹!」エヘン

44: 2011/05/19(木) 19:03:50.26
さわ子「私はマザーの方の作業をするから、この追加パッチはあなたたちで組み込んでちょうだい」

さわ子はそう言うと音楽準備室の物置へと行ってしまった。

梓「…あの、追加パッチって何ですか?」

紬「私たちの『楽器』を並列化してパフォーマンスを底上げするためのプログラムのことね」

澪「魔技をバックアップするために『楽器』とシンクロを繰り返してると、次第に私たちの意識に影響されて
  最適化できなくなったり、中枢のマザーが処理しきれなくなることがあるんだ」

紬「それに私たちの魔技は常に進化して特性が変わっていくから、それに対応する必要もあるの。
  梓ちゃんのむったんが前に『楽器』の役割を持たせた時は私たちよりも一つ下のバージョンだったけど、
  それだと色々と弊害があるから今回の追加パッチをさわ子先生に頼んでおいたのよ」

梓「そうだったんですか…」

梓が説明を受けている時、律と唯は嬉々として自分の『楽器』にソフトを組み込んでいた。

梓「これで私も魔技を使えるように…?」

魔技を身につけるためは『楽器』との共鳴による覚醒が必要だ。
今までもむったんを介して共鳴に挑戦してきた梓だったが、上手くいかなかった。

澪「…それは…分からない」

梓は肩をがっくりと落とした。

45: 2011/05/19(木) 19:10:20.72
唯「落ち込まないで、あずにゃん」

律「そうだぞ。楽器と会話するなんて正直めんどくさい事この上ないからな」

梓「でも…むったんと私、何が駄目なんでしょうか」

『対魔技用思考楽器』と共鳴して魔技使いとなった者は、魔力を使って楽器と会話できる。
梓だけが自分の楽器と会話できず、そのことが梓にとっては寂しかった。

唯「ギー太なんて超めんどくさがりだからね。世話するのホントに大変だったんだよぉ」

澪「まぁ唯の意識に感化されれば当然といえば当然だな」

唯「ま、このパッチで少しは普通に戻ったかな~」

紬「梓ちゃんもほら、むったんに設定してあげましょ」

紬と澪の手を借りて梓はむったんに追加パッチを組み込んだ。

梓(……むったん)

どこか釈然としない気持ちで梓はむったんの名前を呼んだ。
結局この日は学園祭に向けて少し練習して解散となった。

~~~~~

46: 2011/05/19(木) 19:17:10.56
某日、昼休み。

純「あずさぁ~っ!」

いきなり純が泣きそうな顔で梓の元に駆け寄った。

梓「ど、どうしたの!?」

純「次の英語の授業の予習ノート見せてください!」

またか、と梓はため息をついた。

梓「別にいいけど…私もそんなに完璧にはやってないよ?
  憂には頼まないの?」

純「憂は唯先輩の教室に行っちゃったから今いないんだ。
  ギー太の調整するとかなんとか言ってたし、頼れるのは梓さんだけなんです!」

梓「はぁ…もうすぐ中間テストなのに、そんなことで大丈夫なの?」

桜高は2学期中間のテスト期間に入っていた。それぞれの部活ではしばらく活動が自粛となり、
軽音部でもバンド練習はテストが終わるまでしないという方針をとっていた。

47: 2011/05/19(木) 19:24:56.91
梓「はい。ちゃんとあとで返してよね」

純「3秒で映すから大丈夫だって!せーの…っ」

純はそういうと、梓のノートを隅から隅まで読んでパタンと閉じた。

梓「ちょっと純、まさか『記録(メモリ)』使ったんじゃ…!」

純「今だけ!今だけだから、ね?見逃してよ~」

梓「…まったく、テストでそれ使ったら留年どころじゃ済まないっていうのに…」

純「さすがにそんなことはしないけど、せっかくの魔技なんだし有効に使わないとね」

梓「…魔技使いがうらやましいよ」

梓は呆れたように言った。

純「それに私の『記録(メモリ)』の容量はノート2、3ページ分の情報しか保存できないから、どっちにしろ
  留年のリスクを犯してまでテストで使うほど私も馬鹿じゃないって」

じゃあ予習くらいちゃんとやってきなさいよ、と言いかけたが説教くさくなってしまうと思い、止めた。

純「ところで梓、あの噂、知ってる?」

梓「うわさ?」

純「…『手品師(マジシャン)』の話。聞いたことない?」

48: 2011/05/19(木) 19:31:04.20
梓「……ああ、なんか聞いたことある。かも」

梓は嘘をついた。というより、本当のことを言わなかった。

なぜなら『手品師(マジシャン)』は現時点で軽音部の最重要調査対象になっていたからだ。
判明しているのは超特A級の魔技使いであるということだけで、軽音部の情報網をもってしても
一切素性が分からないという犯罪者……それが『手品師(マジシャン)』だった。

純「なんでもあの『無人軍隊(アームズ)』とタメ張れるくらいの魔技使いだとか…」

梓「…誰がそんなこと言ったの?」

純「いや、風の噂でね?まさか『無人軍隊(アームズ)』と一人の魔技使いが対等になれるとは思えないけど…」

『無人軍隊』――桜高の運動系クラブにおいて最強の実力を誇るバレー部のことだ。
生徒会執行部と共同で武力制圧による風紀、治安維持を請け負っている。
上の命令には執行部以上に忠実に従い、いかなる非人道的手段を使ってでも使命を全うすることから、
人ならざる者たち……『無人軍隊(アームズ)』と呼ばれている。

梓「でも『手品師』が『無人軍隊』と戦うことなんてないんじゃないかなぁ」

純「確かに『無人軍隊』は力だけで圧倒するタイプだし、そういう意味では
  テクニカル系の能力らしい『手品師』とは関係ないかもね」

49: 2011/05/19(木) 19:40:02.14
梓「…そもそも『手品師』は何か事件を起こしたわけじゃないし…きっとただの噂だよ」

実際には事件を起こしていたのだが、生徒会上層部と職員組合のトップの間で情報が隠ぺいされていた。
彼らの威厳に関わる事態でもあったので、外部には洩らすなと生徒会長から直々に言われていたのだ。
しかしやはり噂は立つもので、最近ではもっぱら『手品師』の話題が生徒の間で盛り上がっていた。

純「まあね。でもなんかカッコイイじゃん。最強の魔技使いなんてさ」

軽音部としても、『手品師』が超特A級の魔技使いだと判断したのはそのたった一つの事件が
きっかけだったに過ぎない。

それは単純に校長室に何者かが侵入しようとした事だった。普通なら誰かがイタズラで
忍び込んだということで済んだかもしれないが、桜高の場合は違う。

桜高のどの施設よりも強固なセキュリティで固められた校長室は、あらゆる魔技を通さない特殊防壁に、
並のミサイルではびくともしないほど分厚い壁で覆われた要塞である。
例え忍び込めたとしても、何重にもに張り巡らされた警備網によってすぐに生徒会執行部に通報がいく。

それほどの場所に、単体で忍び込んだのだ。
セキュリティは全て解除され、警備システムも見事に破られていたが、忍び込んだ形跡があっただけで
校長室の中は何の物的損害もなかった。
まるで自分の能力を誇示するかのように、足跡だけを残して華麗に桜高史上前例のない
大犯罪をやってのけたのだ。

梓「……ただの噂で終わってくれればいいけどね」

50: 2011/05/19(木) 19:53:22.63


~~~~~

中間テスト1日目の放課後。

唯「一日目終わったぁー!」グダー

律「ヤマがことごとく外れた…もう終わりだぁ」グッタリ

澪「おいおい、あと2日あるんだぞ。帰って勉強しないと」

紬「でもせっかく部室に来たんだし、お茶でも飲みましょ♪」

梓「あ、私レモンティーで…」

テスト期間中は軽音部の仕事も量を減らしていたが、『手品師(マジシャン)』の調査だけは
5人で続けていた。
勉強との両立は過酷だったが、なんとかテスト初日は乗り切った様子だ。

澪「流石に今日くらいは『手品師』の調査はいいだろう」

律「ったく、なんでよりにもよってテスト期間中に仕事増やすんだよ…」ブツブツ

唯「でもさぁ、全然手がかりないし、もしかしたら本当に職員組合の自作自演かも」

紬「そんなことしても誰も得しないわ。動機と目的が分からない以上、調べるのが難しいのは仕方ないんだし
  地道にやっていくしかないのよ」

やや諦め気味の唯に対し、紬が諭すように話す。

51: 2011/05/19(木) 20:07:47.29
律「もうその話は止めようぜ。気が滅入る」

澪「そんなこと言って、お前は地味な仕事が嫌いなだけだろ」

律「もっとこう、どかーんと解決できる事件ないかな~」

律が愚痴をもらす。それに対し、梓は少し遠慮がちに話題を元に戻した。

梓「……あの、オカルト研の人たちが捜査対象になることはないんですか?」

紬「う~ん…。あそこなら確かにセキュリティ突破も可能かもしれないけど…」

澪「オカルト研…通称『異常魔技適合者隔離施設』か」

梓「はい…」

唯「でもオカルト研の人たちはみんな良い人ばかりだよ?そんなことするとは思えないよぉ」

律「唯がそう思っててもな…あそこは所謂、タブーの領域なんだよ。一般生徒は誰も近寄らない」

澪「あそこの人たちは確かに悪事を働くようなことはしないかもしれない。
  ただ、隔離施設と称して彼らを利用するやつが居ることも、ほぼ確実なんだよな…」

52: 2011/05/19(木) 20:12:20.79
梓「なら余計に調査するべきなんじゃ…!」

紬「いえ、オカルト研は軽音部の調査対象からは除外されているわ」

梓「…!なんでですか!?」

澪「…つまり、彼らを利用している奴ら…それこそ生徒会長ですら逆らえない上層部からの圧力だ。
  おそらくオカルト研の異常なほどの魔技能力を違法に研究、利用しているんだろう」

梓「そんな…!」

律「正直な話、今回の『手品師』事件の最重要参考人に上がることは間違いない。
  だけど私たちじゃどうすることも出来ないんだよ」

梓「でも…!!」

梓が語気を荒めて反論しようとした時、5人の携帯が一斉に鳴りだした。

ギュイッ ギュイッ ギュイッ

「!!」

全員に緊張が走る。
緊急要請の知らせは4月の巴マミの件以来だ。

53: 2011/05/19(木) 20:16:53.70
律「…アンプに繋げるぞ」

ザザ…というノイズと共にアンプから生徒会長、真鍋和の声が響く。

「緊急事態発生よ。軽音部は大至急職員室に来て頂戴」

緊急を知らせる割に淡々と告げる声はそこでプツンと切れた。

澪「どうやら出動要請というわけじゃなさそうだな」

唯「テスト中に何かあったのかな…?」

律「とにかく行ってみよう。『楽器』の準備は必要ない」

5人とも強張らせた表情を元に戻したが、それでも緊張感は残っていた。
不安な面持ちで部屋を出て、職員室へと向かう。

~~~~~

律「…失礼しまーす」ガチャ

和「来たわね」

軽音部が職員室に入ると、そこには生徒会トップの役員が数人、そして張りつめた空気を
更に重くするほど険しい表情をした教職員が大勢居た。

54: 2011/05/19(木) 20:20:18.75
澪「何が起きたんだ?」

和「……『手品師(マジシャン)』が現れたわ」

梓「!!」

和「そしておそらく、前回の事件より深刻な事態であることは間違いない…」

神妙に語る和に軽音部は困惑した。

紬「『手品師』は何を…?」

紬が質問すると、先生の一人が黙って一枚の紙を渡した。

律「?…なんだこれ」

3年生の数学のテスト用紙…傍目から見ればただの紙だが
答案を見た律は驚愕のあまり紙を落としそうになった。

そこに描かれていたのは赤ペンで塗りつぶされた人間の絵…そしてその下には大きく文字が書かれていた。

『天罰を下す時が来た。悪を為す教員組合に正義の裁きを。血の祭りは学園祭の幕と共に上がる』

55: 2011/05/19(木) 20:32:04.74
澪「な……!?」

5人が言葉を失っていると、先生の一人が事の起こりを説明し始めた。

先生「犯行予告はこれだけじゃない。3年生の数学の解答用紙、全てに似たような落書きがあった」

唯「す、全てってことは…400人近い生徒がこれを!?」

先生「もちろん誰一人としてこの落書きには気付かなかった。魔技対策を施していた私たち教職員ですら、
   解答用紙を回収してここに持ってくるまで気付かなかったのだ」

澪「…生徒はこのことを知っているんですか?」

和「幸いにもこのテストを受けた生徒はみんな、自分がちゃんと数学の問題を解いたを思っているわ。
  だけど情報はどこから漏れるか分からない…拡散することだけは避けたいわね」

先生「当然、今回の数学のテストは返却しない。ただし今すぐにこの回答用紙を処分することもしない。
   君たち軽音部にこの事件の調査を依頼したいのだよ」

律「…ま、確かにこういう事件は私たちの得意分野ではあるけどさ…」

先生「君たちに拒否する権限はない」

律「へいへい、了解いたしやした…」

56: 2011/05/19(木) 20:37:06.95
先生「それから、中間テストは引き続き行っていく」

律「はぁっ!?」

先生「確かに今回の事件は前代未聞の非常事態と言わざるを得ない。しかしテストを中止する理由にもなるまい」

澪「それじゃあ私たちは『手品師(マジシャン)』の調査とテスト勉強を並行してやれと?」

先生「そうだ」

律が今にも怒鳴りそうな剣幕で一歩踏み出したが、和がそれを阻止した。

和「分かりました。ですが軽音部だけに負担をかけるのは得策とは言えません。
  これほど大規模な魔技の使用痕跡を調べるだけでもかなりの手間と時間がかかります」

先生「ほう、何か他に手段があるというのか?」

和「調査にオカルト研の協力を希望してもよろしいでしょうか」

先生「…! それは私の一任では決められないな。少なくとも教頭先生の許可が必要だ」

57: 2011/05/19(木) 20:41:05.04
教頭「私ならここに居る」

先生「!教頭先生…」

教頭「真鍋和生徒会長の意見ももっともだ。いいだろう、オカルト研の顧問の先生には私から言っておく」

和「ありがとうございます」

教頭「ただし、『手品師(マジシャン)』に関する事以外にオカルト研と接触することは禁止する。
   無用な詮索は認められない」

和「結構です。さっそく軽音部に調査を開始させます」

律「お、おい和…」

和「行きましょう」

和はそう言って軽音部を外に連れ出した。

58: 2011/05/19(木) 20:44:26.39
和《かなりキツイかもしれないけど、調査の方頼んだわよ》

廊下を一緒に歩きながら、突然『知覚網(シェア)』で軽音部に話しかける。
5人は顔色一つ変えずに『知覚網』に対応した。

律《テスト終わってからじゃ駄目なのかよ》

和《仮にもあなたたち防諜機関でしょ。情報は新鮮なうちに活用しないと》

澪《それはそうだけど…あの答案用紙で手がかりを掴むなんて短時間で出来るわけない》

和《そのためにオカ研の協力の許可を貰ったんじゃない》

律《…オカルト研が『手品師(マジシャン)』の隠れ蓑だって可能性に賭けるのか?》

和《そうじゃないわ。オカ研の人たちの力を借りるのよ。どんな魔技を使うのかは分からないけど、
  おそらくあなたたちよりも強い魔力を持っている。そういう意味で協力を頼んだの》

紬《…もしもオカ研がそれを断ったら?》

和《その時はオカ研を『手品師(マジシャン)』の容疑者として捜査すればいいわ》

澪《えっ…でもそれはしないという条件なんじゃ》

和《時には型破りの手段も必要よ。むしろそのための軽音部でしょう?上手くやって頂戴》

59: 2011/05/19(木) 20:52:40.14
律《…バレたら和の立場だって危なくなる。相手は教職員なんかより上の権力なんだぞ?》

和《分かってるわよ、それくらい。だけどこれはチャンスでもあるの。奴ら…教員組合が裏で不正や闇取引を
  している証拠を掴むには絶好の機会だわ。今まで以上に危ない橋を渡ることになるけど、軽音部なら
  『手品師(マジシャン)』を捕まえることも、奴らの汚職を暴くことも不可能じゃない…そう信じてるわ》

唯「和ちゃん…」

和の意志を受け止め、軽音部は目的地へ向かった。

和「…さ、着いたわ。ここがオカルト研、いえ『異常魔技適合者隔離施設』ね。
  言っておくけどここから先は魔技は使えない。後は頼んだわよ」

一見、何の変哲もない教室の扉の前で5人は和と別れた。

澪「ここが…オカ研…」

律「…ビビってても始まんないぜ。堂々としてりゃいいんだって」

そう言うと律は思い切り扉を開けた。

律「たのもーっ!!」バンッ

?「ひぇっ!だ、誰ですかぁ!?」

澪「バ、バカっ!そんな大声だす奴がいるか!」

60: 2011/05/19(木) 20:58:44.34
唯「シャロ~元気してた~?」

シャロ「この声は…唯さん!?久しぶりですぅ~!」

梓「え…唯先輩の知り合いなんですか?」

手を取って喜ぶ二人を、軽音部の面々は茫然と眺めていた。

ネロ「シャロ~そいつら誰~?」

コーデリア「なんて美しい再会の喜び…ああ、そこは二人だけの世界…!」ウットリ

エリー「もしかして……一年の時の……軽音部の…人…?」

教室の奥から出てきたのは奇抜な格好をした生徒3人――かつてミルキィホームズとして
探偵クラブを作ったメンバーだった。
  
アンリエット「あなたたちが軽音部ですか?」

律「は、はい…(すげぇ美人な先生だな…おまけにボインだ)」

アンリエット「話は聞いています。この子たちが『手品師(マジシャン)』の捜査を手伝うということですが…」

61: 2011/05/19(木) 21:05:44.02
シャロ「私たちが唯さんたちのお手伝いをするんですか!?」

ネロ「なんの話だよぉ聞いてないぞそんなこと~」プンプン

アンリエット「正直、力になれるかどうか…」

アンリエット会長、つまりオカルト研の顧問の先生は困ったような口調で言った。
対する軽音部は揃って顔を見合わせ、なんだか想像してたのと違うぞ、とでも言いたげな雰囲気だった。

律「(おいおい、ホントにこの中に『手品師』の鍵になる人物がいるのかよ)」ボソボソ

澪「(わ、私に聞くな…)」ボソボソ

ネロ「そこっ。何コソコソしゃべってるんだよ~」

澪「す、すいません…」

シャロ「まあまあ、ネロ。ところで唯さん、私たちが手伝うって、どーゆうことですか?」

唯「実はね、『手品師(マジシャン)』ていうすごい魔技使いが悪い事してるんだ~。
  私たちだけじゃ捕まえられないから、シャロの力を借りたいんだけど…」

シャロ「それでしたらお安い御用です!さあみなさん、唯さんたちに協力しましょう!」

ネロ「ちょっと、何勝手に決めてるんだよぉ~」プンプン

62: 2011/05/19(木) 21:09:21.32
アンリエット「シャロ、あまりみだらにトイズを使うのは駄目ですからね」

梓「トイズ?」

アンリエット「あなたたちで言う所の魔技です。この子たちはこの隔離教室に居る限りはトイズを使えませんが、
       一旦外に出たら収拾がつかなくなる恐れがあります。その時はちゃんと抑え込んであげて下さい」

紬「収拾がつかなくなる…どうなるんですか?」

アンリエット「所謂暴走です。特にシャロのトイズ『念動力(サイコキネシス)』は暴走すると危険ですから、
       そうなる前に平沢さんの『憑依(ジャック)』で無理にでも抑えてください」

唯「あれ?なんで私の魔技を知ってるんですか?」

アンリエット「私はさわ子先生と対魔技用思考楽器を共同で開発しているのです。軽音部の魔技については
       良く知っています」

律「そ、そうだったのかよ…意外な接点じゃねーか」

だったら最初からこんな回りくどいことをせずにさわ子に頼んでオカルト研を調べられたのに、と
律は心の中で思った。

澪「『念動力(サイコキネシス)』か…私の『念動波(テレキネシス)』とほとんど同じ能力だ」

シャロ「よろしくお願いします!軽音部のみなさん!」

63: 2011/05/19(木) 21:15:48.35

~~~~~

ネロ「…んでさ、私たちは何をすればいーの?」

律はとりあえずオカ研改めミルキィホームズの4人を部室へ招き、作戦会議を開いた。

澪「そうだな…今私たちがするべき事はこの答案用紙から魔技の痕跡を探ることだ」

澪は山積みになった答案用紙を指差して言った。

紬「ちなみにシャロさん以外はどんな魔技…トイズが使えるの?」

ネロ「私は『電子制御(ダイレクトハック)』だね。電気で動かせるものならなんでも操作、変形できるよ!」

コーデリア「私のトイズは『五感強化(ハイパーセンシティブ)』と言って、その名の通り五感を強化できるわ」

紬(…私と同じ感知系、もしくは意識干渉系ね)

エリー「わたしは……『怪力(トライアセンド)』…です」

律「お、もしかして私と一緒!?」

エリー「そ、それは……分かりませんけど…」オドオド

澪「……っていうか…」

梓(…この人たちの魔技、全然役に立たないんじゃ……)

64: 2011/05/19(木) 21:19:55.45
みるみる内に軽音部のメンバーに不安の表情が浮かんでいった。
そんなことはおかまいなしに、ミルキィホームズの4人は適当にくつろいでいる。

コーデリア「この答案用紙からトイズの特性を調べればいいのね?」

話が先に進まないと思ったのか、コーデリアが意見した。

律「特性…というか、まぁ何か手掛かりをだな…」

コーデリア「なら私に任せて!こういうのは得意よ」

澪「得意って…パターン分析とか一人じゃ出来ないだろ」

シャロ「大丈夫ですよ澪さん。コーデリアさんは感知系のトイズの限界を超えてますから!
    それぞれの用紙からどんな微細なトイズの痕跡も見つけ出せます!」

コーデリア「そういうことだから、ちょっと一人にしてくれないかしら。
      私のトイズは繊細だから周りに人が居ると集中できないのよ」

ネロ「コーデリアがそう言ってんだから行こうよ。そんでムギ、お菓子の追加お願~い」

ネロがムギのお菓子を両手に持ちながら部室から出て行こうとした。

65: 2011/05/19(木) 21:26:03.64
律「…まぁ任せてみるか。ちなみにどれくらい時間かかる?」

コーデリア「これくらいの量なら1時間もいらないと思うわ」

律「そりゃ頼もしい。あと、くれぐれも答案用紙は大事に扱ってくれよ」

コーデリア「はいはい」

シャロ、ネロ、エリー、そして軽音部の5人は部室を出て、コーデリアの鑑定が終わるまでの間
今後の作戦を話し合った。

律「…中間テストが終わったら2週間もしないうちに学園祭だ。それまでに『手品師(マジシャン)』を
  とっ捕まえないと」

紬「だけど私たちにもテストがあるし…それにライブに向けて練習もしなくちゃいけない」

シャロ「私たちでなんとかしてみせますよ!」

意気揚々とするシャロだったが、流石にミルキィホームズにこの件を丸投げするわけにはいかない。

律「シャロ…気持ちはありがたいけど、捜査するのは基本的に私たちだ。
  ミルキィホームズには必要な時に声をかける」

ネロ「私たちだって探偵だぞー!」

エリー「…とりあえず…コーデリアさんの鑑定の結果を見ないと…次の手は…打てないと思います…」

唯「エリーさんの言う通り、今はコーデリアさんが上手くやってくれるのを待つしかないよぉ」

66: 2011/05/19(木) 21:35:41.59
梓「そうですね…それはともかく」

これ以上『手品師(マジシャン)』の話をしても埒が明かないと思った梓は、話題を変えようとした。

梓「ミルキィホームズの皆さんはどういう経緯でオカルト研に?」

途端に全員の表情が固まる。
一瞬にして場が重苦しい空気に支配された。

唯「あ、あずにゃん…それは…」

シャロ「いえ、大丈夫ですよ唯さん。確か梓さんは今年1年生になったばかりなんですよね?」

梓「え、はい…そうですけど…」

何かまずいことでも言ってしまったのだろうかと梓も不安になった。

シャロ「なら知らなくても無理がありません。私たちは最初、とある事件の容疑者として
    捕まった身なんです」

律「……私も実は詳しい事は知らないが、噂程度に聞いたことがある。
  去年、まだ軽音部が今ほどに生徒会から権力を与えられていない頃だったから情報が入らなかったんだ」

先程まで元気にお菓子をパクパクと食べていたネロが伏し目がちになり、エリーも話題に乗りたくなさそうに
顔を背けた。

シャロ「………」

67: 2011/05/19(木) 21:42:07.09
澪「…梓、『手品師(マジシャン)』に関する事以外でオカルト研と接触してはいけない…もう忘れたのか?」

梓「あ……」

最初、ミルキィホームズが機密機関とは思えないくらい能天気な人柄だったので梓はつい口を滑らせたのだ。
しかしオカルト研との関係性に話題が及んだ時のこの重い雰囲気から察するに、きっと過去に何かしら
重大な出来事があったのだろう。

シャロ「…これ以上しゃべると怒られちゃいますから…すいません」

本当に申し訳なさそうに頭を垂れるシャロに対し、梓も謝る。

梓「私の方こそすいません…無神経な質問しちゃって…」

全員の気分が落ち込んでいた時、不意に音楽準備室の扉が開いた。

コーデリア「みなさ~ん!解析終わりましたよ~……って、なんだか元気ないわね」

律「おお、かなり早いじゃんか。まだ20分経ってないのに」

コーデリア「正直、手掛かりになった部分はほんのわずかよ。かなり注意深くトイズの痕跡を消していた
      みたいだったから」

澪「そうか…ここじゃなんだし、部室で話を聞こう」

68: 2011/05/19(木) 21:45:40.36
メンバーがぞろぞろと部室へ入る。
それぞれ適当な所に腰かけてコーデリアの報告を聞いた。

コーデリア「まず、証拠として使えそうな答案用紙はこの10枚ね」

そう言って机の上に紙を並べていく。

律「?何も変わったところはないみたいだけど…」

コーデリア「実はこの10枚だけ他の答案用紙と比べて文字にトイズの搾りカスみたいな
      ものが付着していたの。そしておそらく、これは各クラスで一番トイズ耐性の強い
      一般生徒の答案用紙だと思うわ」

紬(…私の『局所解析(ポインティング)』でも全く判別できなかったのに……すごい…!)

律「どうしてそんな事が分かるんだ?」

コーデリア「多分だけど、『手品師』はそれぞれのクラスのある生徒に『憑依(ジャック)』を仕掛けて、
      それを中心にクラス全員に『憑依』を感染させていったのね。
      その方が効率がいいし、なにより足が付きにくい」

梓「…でもなんでわざわざトイズ耐性の高い生徒を?それじゃ『憑依』するのが難しいんじゃ…」

コーデリア「『憑依』された生徒が自律的に『憑依』に対抗するための『対抗魔力』を発動させた
      痕跡もあったのよ。トイズ耐性の無い生徒は大きなトイズをかけられると『対抗魔力』が
      発生せずに『憑依』が中々解けないことがあるの」

69: 2011/05/19(木) 21:49:08.27
唯「??なんか良く分かんない…」

澪「…つまり徹底的に足跡を残さないために、わざわざ耐性のある生徒に『憑依(ジャック)』したのか…。
  耐性のある生徒10人に『憑依(ジャック)』しただけでも、信じられないくらいの魔技能力であることが
  うかがい知れるな」

ネロ「へぇ~、そんなすごい奴がいるもんなんだね~」

律「コーデリア、他に何か分かったことは?」

コーデリア「…そうね…この10枚の答案用紙を解析して分かったのは、『手品師』が意識干渉系のトイズに
      特化していること…そしてごく少量だけど、濃度の高い身体変化系、感知系、空間座標干渉系、
      時間操作系、物体生成系、現象系…あらゆるタイプのトイズが検出されたわ」

律「な…なんだと!?」

澪「そんなの有り得ない!10人同時に『憑依』するだけでも個人が持つ能力の限界を超えているくらいなのに、
  それに加えて高濃度かつ数種類の魔技タイプも使っているなんて……!」

コーデリア「いえ…おそらく私たちは何か、重大な勘違いをしていたのかもしれないわ」

エリー「…どういう…こと…?」

コーデリア「確かに澪さんの言う通り、そんな多岐にわたるタイプを一人で使いこなすのは不可能ね。
      でももし、一人じゃなかったら…?」

律「!!……『手品師(マジシャン)』は……複数犯…!?」

70: 2011/05/19(木) 22:00:09.97
コーデリア「これはあくまで憶測だけれど、それ以外に考えられないと思うわ。
      実際、この10枚の答案用紙…それぞれ別のタイプのトイズが検出されてるの」

紬「…複数の魔技使いが3年のクラスの生徒各一名を『憑依(ジャック)』した…
  しかもそれぞれがかなりレベルの高い魔技使いだなんて」

律「思ったより事態は深刻だな…。これは本格的にミルキィホームズの手を借りるしかなさそうだ」

シャロ「任せてください!何でも協力します!」

律「よし…それじゃあ効率よく捜査できるようにこれからはペアで行動してもらおう。
  ムギとコーデリアは『憑依』された3年生及び教職員の調査。
  梓とネロは学校の魔技管理データベースから『手品師』に繋がる情報の探索。
  澪とエリーはさわ子先生と協力して学園祭までに学校全体に魔技対策の防御壁、それからトラップの設置。
  唯とシャロは情報統制と学校内の監視、教職員のお偉い方の護衛にあたってくれ」

澪「了解。律は何をするんだ?」

律「…私は極秘任務にあたる」

唯「とか言いながら時間作ってテスト勉強するんじゃ…」

律「私がそんな真面目なことするわけないだろ」

梓「それもそうですね」

ネロ「後輩にバカにされてるぞ~」

74: 2011/05/20(金) 16:18:40.69
律「私は生徒会長から直々に指令を受けてるんだ。
  内容は軽音部のメンバーにも言えない」

ネロ「そんなのズルイぞ~ボクたちにも教えろ~」

紬「まあまあ、りっちゃんは度々こういう指令を受けることがあるの。
  私たちも気を悪くすることなんてないわ」

一同は律に言われた通り、それぞれでペアを組んで調査に乗り出した。
すぐに打ち解ける者もいればぎこちない者もいたが、軽音部のテスト勉強も並行しつつ
ミルキィホームズのサポートを最大限に生かすにはこの組み合わせしかなかった。

今日の作戦会議はひとまず終了とし、今後なにかあった時は直ぐに全員に知らせるよう念を押し、
解散とした

【唯・シャロペア】

シャロ「…というわけで私たちは何をすればいいんでしたっけ?」

唯「確か…情報統制と監視と護衛だった気がする」

シャロ「なんだか私たちだけいっぱいやることありますね~」

唯「まぁ成るようになるよ~。まずは聞き込みして私の『憑依』で情報操作しとかないとね。
  変な噂流れちゃうと私たちも動きが取りづらくなるから」

75: 2011/05/20(金) 16:23:00.34
【梓・ネロペア】

梓(…この人さっきからムギ先輩のお菓子食べてばっかだけど、ホントに大丈夫なのかな…)

ネロ「~♪………ん?」

梓「どうかしましたか?」

ネロ「そんな欲しそうな目をしてもあげないからなっ」サッ

梓「……いえ、私は結構です…」

ネロ「ならいいけど」パクパクモグモグ

梓「……あの、向かうのは魔技管理室じゃないんですか?」

廊下を悠々と闊歩するネロの後を追いかけていた梓は、自分たちが魔技管理データベースの置いてある
教室から遠ざかっていることに疑問を抱いた。

ネロ「ばっかだな~梓は~。今あそこのコンピュータをハッキングしたら確実に通報されちゃうじゃん。
   『無人軍隊(アームズ)』の世話になりたくなかったら、まずは情報通信ターミナルを直接いじるのが
   得策だと思うけどな」

平然と言ってのけたネロだったが、梓にしてみればハッキングも通信ターミナルをいじるのも
そう簡単に踏み込めるような領域ではない。
セキュリティの固い通信ターミナルに侵入するのは軽音部ですら難しい。

76: 2011/05/20(金) 16:26:19.18
梓(…意外と考えてるのかも、この人)

ネロ「ま、無理やりハッキングするのもターミナルに侵入するのも大して変わらないけど、
   安全にデータベースを調べたいならちゃんとした手順を踏んだ方がいいからさ」

【澪・エリーペア】

澪「エリーさんはさわ子先生のことは知ってるの?」

職員室へ向かう途中で澪はエリーに話しかけた。

エリー「ほんの…すこし…」

言葉少ないエリーとなんとか会話を続けようとする澪だったが、もともと澪も
積極的に話しかけるような性格ではない。
またすぐに沈黙の空気が流れる。

澪(…なんで律は私をエリーさんと組ませたんだ…私こういうの苦手なのに~)

エリー「……あの…澪さん…?」

澪「…えっ?あ、ああ何?」

エリー「澪さんは…どんな魔技を…?」

澪「ん~…私が使う魔技は主に『念動波(テレキネシス)』なんだけど、他の魔技系統も少しは使える。
  あまり軽音部に使える人がいない魔技干渉系の魔技なんかもよく使うんだ。
  対魔技用の防御壁とかトラップの設置にあてられたのはそのせいもあるし」

77: 2011/05/20(金) 16:29:41.06
エリー「そう…ですか……」

澪「エリーさんは身体変化系の魔技…トイズだっけ?」

エリー「はい……『怪力(トライアセンド)』だけですけど……」

澪「身体変化系ってことは治癒能力もあるはずだよ。律なんかは開放系の魔技と合わせて
  ただの攻撃バカになってるけど、本来は変身とか治癒方面で使うことが多い魔技系統なんだし」

エリー「……実は私たちのトイズは…一つの系統を…さらに細分化した…ある能力の一極集中特化型として
    覚醒したものなんです……なので…本当に『怪力(トライアセンド)』しか…使えないんです…」

澪「そ、そうだったのか…」

なるほど、それならさっきのコーデリアの異常なほどの感知系魔技にも納得がいく。
しかし教員組合のトップの連中は彼女らを使って何を企んでいるのだろうか。
一能力だけを極限まで高めて、それを何に利用するつもりだったのだろうか…

澪が物思いにふけっていると、いつのまにか目的地についていた。

エリー「ここが…職員室…」

澪「用事があるのはさわ子先生だけだ。場合によってはアンリエット先生の協力も必要かもしれないけどな」

澪のこの台詞に、エリーの肩が少し震えたのを澪は見逃さなかった。
不思議に思いながら職員室の扉をノックし、二人の仕事は始まった。

78: 2011/05/20(金) 16:34:10.64


【紬・コーデリアペア】

紬「さて、私たちは『手品師』によって『憑依』された生徒をまず見つけないと」

コーデリア「残念ながら答案用紙から生徒個人を特定できるような情報はなさそうね。
      3年生の各クラスをしらみつぶしに調べていく他ないのかしら…」

紬「それには及ばないわ。魔技耐性の高い生徒を探すくらいなら私の『衛星解析(サーチ)』で
  出来るはず」

コーデリア「へ~、便利なのね」

紬は部室に置いてあるキーボードに手をかけた。

コーデリア「これは?」

紬「『対魔技用思考楽器』ね。みんなにはキー坊って呼ばれてるわ。
  どうやらさっきの私たちの会話を聞いて既に『衛星解析(サーチ)』を飛ばしているみたい」

コーデリア「…もしかして……」

紬「?」

コーデリア「いえ、なんでもないわ」

79: 2011/05/20(金) 16:41:16.09
紬はキー坊と意識をシンクロさせ、衛星の射程を3年教室に絞った。

紬「一応コーデリアさんにも『知覚網(シェア)』しておく?」

コーデリア「…私に何かトイズをかけるというなら、オススメしないわ。
      よっぽどあなたの『対抗魔力』が高くないと逆負荷によってあなた自身が傷つく恐れがあるから…」

紬「…そう……」

それほどコーデリアの魔力が強大なのだろう。軽音部も潜在的な魔力は並ではなかったが、
対魔技用思考楽器による底上げによるものが大きいのもまた事実だった。

機械によるドーピングなしで紬を上回る感知能力を発揮したコーデリアなのだ。
紬は内心ある種の恐怖を感じたが、すぐにそれを払拭し、解析に集中した。

紬「…『手品師』に直接『憑依』されたのは確か、10人だったわよね?」

コーデリア「そう。各クラスに一人ずつだと思うわ」

紬「でもこれを見る限り、魔技耐性の高い生徒は3年生だけでもざっと20人以上はいるわ…
  それに今はテスト初日を終えて半数以上がもう帰宅しているから…」

そこまで言いかけた時、紬の『衛星解析』にある人物が映った。

紬「…!?これは…!」

コーデリア「どうしたの?」

80: 2011/05/20(金) 16:46:53.98
紬「現時点で最大級の魔技耐性を示している生徒が一人、3年5組にいるわ」

コーデリア「…ということは、その人が『憑依』された生徒の一人…?」

紬「その可能性は十分あるわね…だけどこの魔技耐性は下手すれば唯ちゃん以上…
  そんな人に『憑依』できるものなの…?」

コーデリア「とにかく、まずはその人を探してみましょう」

紬とコーデリアは部室を出て3年の教室へと向かった。
テストが終わってからだいぶ時間が経っているせいか、いつもより学校の中は静かだった。



~~~~~



3年5組の教室の前――
紬はそっとドアを開けて中の様子を見た。
3年生の教室に入るのが始めてだったこともあり、緊張した面持ちで教室内を見回した。
誰もいない。そう思って首をひっこめた時、不意に後ろから声をかけられた。

マミ「何やってるの?あなたたち」

コーデリア「へぁいっ!?」

突然後ろから話しかけられたコーデリアは驚きのあまり尻もちをついた。

マミ「あら、ごめんなさい。別にそんなつもりじゃなかったんだけど…ってもしかしてあなた、
   軽音部の人じゃない?」

81: 2011/05/20(金) 16:49:45.29
紬「…はい。巴…マミさん、ですよね?」

マミ「覚えていてくれたのね。随分前に軽音部にはお世話になったから」

コーデリア「あたた……紬さん、知り合い?」

紬「うん。……マミさんはここのクラスなんですか?」

マミ「そうよ。テスト勉強してたんだけど……軽音部がここにいるってことは、もしかして
   また事件が起こったの?」

紬「………」

紬はもしやと思い、『衛星解析(サーチ)』をもう一度調べた。

紬(……やっぱり…!あの大きな魔技耐性の持ち主はマミさんだったのね…)

コーデリア「…!この人からすごいトイズの反応がする…」

マミ「トイズ?」

紬「あわわ、な、なんでもないんです!……ところでマミさん、一つ聞きたいことがあるんですけど…」

82: 2011/05/20(金) 16:54:56.80
マミ「何かしら?」

紬「今回のテストで、何かおかしなことが起きませんでしたか?」

マミ「おかしなこと、ね…どうしてそんな事を聞くのかしら?」

ちょっと聞き方が直接的すぎたか、と紬は警戒した。

紬「いえ、実はとある先生が魔技対策を怠っていたみたいで、カンニング調査をしているんです」

紬は嘘をついた。

マミ「ふぅん…そういうことなら……おかしなこと、あったわよ」

紬「! ど、どんな風に?」

マミ「あれは数学のテストの時だったかしら…すごく頭がボーっとしたと思って、気がついたら
   テストが終わっていたの。ちゃんと問題も解いた記憶があるのに、なんだか夢を見ていたような
   気分になったのよね」

コーデリア「それって完全に『憑依(ジャック)』されてたってことじゃ…」

マミ「『憑依(ジャック)』?」

紬「はわわ…ち、違うんです!ただ魔技の使用痕跡を…」

マミ「…ねぇ、あなたたち…何か隠してるでしょう」

83: 2011/05/20(金) 17:01:04.26
紬「い、いえ何も隠してないですよ」アセアセ

マミ「私に出来ることなら何だって協力するわ。だから教えて頂戴。
   今回のテストで何か事件が起きたのよね?」

紬「な、なんでそこまで……」

マミ「私だって馬鹿じゃないわ。そっちの小さな黒髪の女の子が私たちの周りを嗅ぎまわっていたことくらい
   お見通しなんだから。わざと気付かないふりしてただけ」

紬(梓ちゃんの捜査がバレてた……!?)

マミ「そんなに信用されてないのかしら?」

紬としても、マミに『手品師』の事を話していいのかどうか迷っている部分があった。
梓の報告によれば、巴マミとその仲間は無所属でありながら高い魔技能力を持っている。

かなり利用しやすい相手ではあるが、簡単に寝返る可能性もあるとして軽音部でも扱いに困っていたのだ。

コーデリア「いいじゃない紬さん!この人、悪い人じゃなさそうだし」

紬は思った。
何故だかこの3人は妙に似ているような気がする。
その漠然とした感覚が、紬に決心をつけさせた。

紬「…分かりました。巴マミさんに正式に捜査の協力を依頼します」

84: 2011/05/20(金) 17:06:35.16


~~~~~


マミ「………事情は分かったわ。つまり私から『憑依(ジャック)』の足跡を探しだしたいってわけね」

紬はオカ研に関すること以外を洗いざらい話した。
マミがコーデリアの『局所解析(ポインティング)』に応じてくれれば、『手品師』の手掛かりを掴む大きな
一歩となる。

マミ「……良いでしょう。コーデリアさんの検査を受けるわ」

紬「ありがとうございます!」

紬はマミが素直に協力してくれたことで喜んだが、実際にコーデリアがどうやってマミから
魔技の痕跡を検出するのかは知らなかった。

コーデリア「じゃあさっそくやってみましょう♪まずは服を脱いで~」

マミ「ええっ!?そ、そんなの聞いてないわよ!」

コーデリア「でも肌を直接触らないと調べられないんだけど…」

マミ「なら顔とか腕でいいじゃない!なんで脱ぐ必要があるのよ///」

コーデリア「! 確かに…」

がっくりとうなだれたのは紬だった。

85: 2011/05/20(金) 17:13:28.72
コーデリア「じゃあマミさん、両手を繋いでください」

マミ「こ、こう?」ギュ

コーデリア「ああっ、なんて柔らかい肌…!」

おもむろにトリップしかけたコーデリアをなんとか現実世界に連れ戻し、
マミの体に残る『憑依』の痕跡を探り始めた。

コーデリア「……物質生成系のトイズを使うのね。かなり強い魔力を感じるわ」

マミ「それはどうもありがとう」



コーデリア「………っ!!」ガタン!!

目を閉じてマミを検査していたコーデリアが突然体を震わせ始めた。

紬「!?コーデリアさんっ!どうしたんですか!?」

コーデリア「ちょ…ちょっとこれ…私のトイズが逆探知されてる……っ!?」ガクガク

マミ「なんですって!?」

体の自由が利かないのか、コーデリアは小刻みに震えたままその場から動かない。
マミもコーデリアに両手を掴まれているせいか、離すことができずにいた。

86: 2011/05/20(金) 17:16:34.26
マミ「くっ…!」バタン!

マミが無理やり掴んでいた腕をひっぺがし、コーデリアの震えも止まった。
はぁはぁと息遣いを荒くして地面に座り込む。

紬「コーデリアさん、逆探知された…って…どういうこと?」

コーデリア「こ…この『憑依(ジャック)』に感知系のトイズが触れた瞬間、私の中に侵入してきたの…!
      罠だったんだわ…!!」

マミ「で、でも私自身は何も感じなかったわよ?」

コーデリア「『手品師』……こんなに見事に他人の中に逆探知できるトイズを残しておくなんて只者じゃないわ。
      マミさん自身が気がつかないのも無理ないわよ」

紬「そんな…!じゃあもしかしたら『手品師』は他の生徒にも似たようなことを?」

コーデリア「その可能性は大いにあり得るわね。いえ、むしろ確実と思ってもいいかも…」

マミ「…『手品師』はとことん、自分の情報を知られたくないのね」

コーデリア「でも安心して頂戴!逆探知されながらも私、ちゃ~んと『手品師』の痕跡はゲットしたから!」

紬「ホント!?コーデリアさんすごい!」

コーデリア「さっそく皆に知らせましょう!」

87: 2011/05/20(金) 17:21:07.88
こんなにも早く手掛かりを見つけられるとは。
紬は喜び勇んでまだ学校の中にいると思われる軽音部のメンバーと『知覚網(シェア)』を繋いだ。

紬《みんな、聞こえる?『手品師』に関する貴重な追加情報を手に入れたわ!》

澪《本当か!?》

紬《ええ。コーデリアさんのおかげよ》

梓《それで、どんな手掛かりを?》

紬《コーデリアさんは『知覚網(シェア)』を使えないから、もう一度全員で集合してから
  口頭で伝えた方がいいかもしれない》

梓《分かりました。ところで唯先輩と律先輩とは繋がってないんですか?》

紬《唯ちゃんは繋がってるみたいだけど、りっちゃんは圏外か『知覚網(シェア)』を遮断してるわね》

澪《おーい唯~。どうした~》

唯は澪の呼びかけにも応じず、しばらく沈黙が続いた。

紬「……?」

紬が不思議に思っていた、その時。




唯《みんなっ!!シャロが!シャロがあああっ!!》




88: 2011/05/20(金) 17:25:39.59

突然声を張り上げる唯に、澪がすぐに反応する。

澪《どうした唯!シャロがどうしたんだ!?》

唯《分かんない…っ!急にシャロが倒れたかと思ったら…私も吹っ飛ばされて!
  気がついたら教室も廊下も崩壊してて!!》

紬《落ち着いて唯ちゃん。場所はどこ?》

唯《第3棟の…とにかく棟全体がもう原形を留めてないんだよぉ…
  私は今2棟の渡り廊下にいるから、早く助けに来て!》

紬はハッとして窓から第3棟の方を見た。



マミ「な……なによ…アレ…!」

遠目からでも分かる。むしろ今まで何故気付かなかったのだろうか。

音も無く建物が分解し、コンクリートの壁が曲がり、ねじ切られた木片が
第3棟の一帯で中に浮かんでいる。
まるでファンタジーの世界のような異様な光景が広がっていた。


紬《私も今、肉眼で確認したわ!急いでそっちに向かう!》

紬は唯のいる第2棟渡り廊下へ走りだした。


89: 2011/05/20(金) 17:30:12.33



~~~~~


ネロ「お~い、どーしたんだよ~」

梓「そ、そんな…信じられない」

ネロ「?…………」

ネロは、目を見開き体を硬直させたまま窓の外を見ている梓の目線を追う。

ネロ「うげっ!?あ…あれは…シャロ!?」

比較的第3棟に近い場所に居た梓たちは中に浮かぶ瓦礫を真下から見上げる形になった。
梓はその光景に圧倒され、言葉も出ない。

ネロ「まずい!シャロのトイズが暴走したんだ!梓、こんなことしてる場合じゃないぞ!
   早くしないと…桜高がつぶれる!!」

一直線に瓦礫の山へ走って行くネロの後を、梓は無言のまま追いかけて行く。

梓(あれがシャロさんの魔技『念動力(サイコキネシス)』……澪先輩の『念動波(テレキネシス)』どころじゃない…!
  桁が違いすぎる…あんなの、抑えられるわけない!)

90: 2011/05/20(金) 17:37:11.46


~~~~~


エリー「澪…さん?」

澪「……シャロが暴走した」

澪がそれだけ告げると、エリーは口に手をあて、息を呑んだ。

澪「『手品師』は後回しだ。シャロを救出するぞ!」

エリー「ま、待って下さい…」

澪「…?」

エリー「シャロの暴走は…それがどんな原因であれ…私たちミルキィホームズの責任です…。
    軽音部の方々を…危険に晒すわけにはいきません…!これは私たちの問題です…」

澪「エリー……」

澪の袖を掴んだまま首を横にふるエリーの目は力強かった。
しかし…

澪「だけどエリー、それは違う。責任の有無じゃないんだ。
  被害を受けている人が居る…例えそれが暴走している魔技の使い手だとしても、
  私たちにはそれを助ける義務があるんだ。同じ魔技使いとしてもね…」

澪「それに軽音部はエリーが思っているほど弱くないよ。大丈夫、きっと助ける」

そう言って澪はエリーの手を掴み、一緒にシャロのいる第3棟へ向かった。

91: 2011/05/20(金) 17:45:05.54


~~~~~


紬「ハァ…ハァ…ゆ、唯ちゃん!」

唯「ムギちゃん!コーデリアさんも!」

コーデリア「は、走るの…ツライわ…」ゼェゼェ

唯「そんなことより、シャロの魔技が…!」

唯の指差した方向は崩壊している校舎の中心部――シャロがいる場所だ。
しかし浮遊している瓦礫によって目視はおろか、近づくこともできない。

コーデリア「…!シャロのトイズの範囲が広がっている…!」

時間が経つにつれシャロを中心にした『念動力(サイコキネシス)』の半径が広がっていく。

コーデリア「早くしないと桜高全部が呑みこまれてしまう…!
      それでなくてもシャロの暴走が止んだ時、このままだとシャロが潰されちゃう!」

唯「そんな!私たちはどうすればいいの!?」

コーデリア「…前にも一度だけ暴走した事があったわ。その時は誰も手だしが出来ないまま
      シャロの暴走が止まるのを待つしかなかった。周りに物がなかったから…!」

コーデリア「あの子を止められるとすれば、平沢さん…あなたの『憑依(ジャック)』でシャロの
      トイズを乗っ取るしか方法はないわ…!」

92: 2011/05/20(金) 17:56:43.65

唯「だったら行かなきゃ!」

唯がちぎれたコンクリートの海へと走りだそうとした。

紬「今行っては駄目!唯ちゃんも潰されちゃう!」

紬が唯の腕を引っ張り、それを止める。

唯「離してっ!ムギちゃん…っ!私が行かないと…シャロを助けられないんでしょ!?」

紬「今は無理よ!あの『念動力(サイコキネシス)』の領域がどうなっているのか状況が把握できない以上、
  迂闊に近寄ってはいけないわ!」

唯「でも!」

唯は強引に行こうとあがいた。

コーデリア「唯さん、気持ちはすごくありがたいわ…だけどシャロの『念動力(サイコキネシス)』は
      その領域に入ったもの全ての自由を奪ってしまうの。それに対抗する手段がなければ…」

唯「シャロの魔力そのものに対抗するなら、私の開放系魔技を使えば…!」


エリー「ゆ…唯…さん…!」ハァハァ

紬「エリーさん!?それに澪ちゃんも…!」

唯たちの元にエリーと澪が到着し、息を切らしたエリーが唯の言葉を遮った。

93: 2011/05/20(金) 18:01:44.76

エリー「唯さん…いくら開放系の魔技を使っても…シャロの暴走したトイズを全身に浴びたら…
    ひとたまりもありません…!」

唯「確かに私は開放系に特化してないけど…やってみなくちゃ分かんないよ!」

澪「…ムギ、状況を説明してくれ」

澪が冷静に訊ねた。

紬「あの中心にシャロがいるの。それを助けるためには唯ちゃんの『憑依(ジャック)』を使わなきゃいけない…」

澪「なるほど…それで唯の魔技では対抗できるかどうか分からない…」

唯「澪ちゃん!」

唯がせがむように澪を見る。


澪「…よし…ムギ。ギー太の出力を150%にしてくれ」

紬「150%!?無茶よ!」

澪「それからエリザベス、むったん、キー坊、ドラ美をギー太経由で唯に」

紬「!!…駄目…今度は唯ちゃんが壊れちゃうわ!」

エリー「…?」

94: 2011/05/20(金) 18:07:12.13

コーデリア「まさか…あの『楽器』を全部唯さんに…?」

唯「え…」

紬「そんなことしたら唯ちゃんのキャパシティが耐えられない!」

澪「でもそれしかないんだ。私は唯を信じてる」

澪が唯の方を向いた。

唯「澪ちゃん…」

澪「それに、もうすぐ『無人軍隊(アームズ)』も動く」

紬「!!」

澪「そうなってしまったらシャロは本当に助けられなくなる…!
  奴らは依頼を受けたら人質の命も省みない連中だ」

声は落ち着いていたが、澪の全身からは怒りが噴出しているように緊張していた。

澪「だからムギ…時間がない。やってくれ」

澪の迫力を前に、紬は観念したようにため息をついた。

紬「…分かったわ。私も唯ちゃんを信じる」

95: 2011/05/20(金) 18:13:58.18

ズズズ・・・・・・

唯「うっ!?」


唯が苦しそうに体を丸めた。

コーデリア「唯さん!」

澪「唯!」

唯「だ…大丈夫。シャロは任せて!」

唯は苦悶の表情で無理やり笑ってみせると、そのまま『念動力(サイコキネシス)』の中へと走って行った。

紬「…どうか二人とも無事でいて…」


~~~~~


ネロ「くっそ~!このままじゃ近づけないよ!」

梓「ネロさん、ここは一旦引いた方が…」

ネロ「そんなこと出来るわけないだろ~!」

『念動力』の領域に入ることも出来ず、ネロは爪を噛みながら叫んでいた。

梓「あっ!あれは…唯先輩!?」

遠くで唯が瓦礫の山に突入していく所を目撃した。
すると微動だにせず浮いていたコンクリートの破片が轟音と共に次々と外へ放り出されていく。

ブォン! ズドォン…!!

ネロ「あいつ…『念動力』の作用を無理やりひっぺがしてるんだ!」

96: 2011/05/20(金) 18:17:44.28

梓「そんなこと、唯先輩が出来るの…?」

ネロ「普通、シャロのトイズに物理的な干渉は効かない…エリーの『怪力(トライアセンド)』で
   ギリギリ動きを止められるかどうかってレベルなんだ」

梓「じゃあ唯先輩はどうやって…?」

ネロ「あれはシャロのトイズに魔力を直接ぶつけて動かしてるんだ…。
   でもそれだけの魔力を開放して、肉体が無事でいられるわけが…!」

梓「!!」

ネロ「…ボクたちに出来ることは何もない。シャロのことはアイツに任せるしかない…」

梓「どうして!このまま見頃しにするんですか!?」

ネロ「うるさい!!」

突然ネロが怒鳴り、梓はビクッと体をこわばらせた。

ネロ「シャロだけじゃない…ボクたちも自分の力の強大さを前に無力だってこと、痛いくらい
   分かってるんだ…。今のシャロに対してミルキィホームズは何もできない…」

梓「………」

ネロ「だから今はボクに出来ることをやる!このまま生徒会執行部や『無人軍隊(アームズ)』を
   介入させるわけにはいかない!行くぞ梓!」

97: 2011/05/20(金) 18:21:37.20



~~~~~~~~


同時刻、オカルト研にて

アンリエット「…シャロが暴走したようですね」

?「執行部は既に動いています。バレー部にも出動要請がかかったみたいですけど…」

アンリエット「こんな貴重なサンプルデータをみすみす生徒会ごときに渡すものですか。
       あなたの力を使って生徒会側に圧力をかけては頂けませんか?」

?「会長が直接行って執行部の犬どもを蹴散らしてやればいいのでは?」

アンリエット「…私が表舞台に立つことはありません。そのことはあなたも十分御存じでしょう?
       シャロのトイズをギリギリまで暴走させるために、執行部およびバレー部には
       事態が収まるまで『現状維持』を依頼しましょう…」

?「…ふふっ…会長もとことん鬼畜ですね」

アンリエット「…軽音部の妨害も、宜しくお願いしますよ」

?「任せてください…」


~~~~~~~~




98: 2011/05/20(金) 18:29:02.47

唯は体中を巡る魔力の渦と、全身に浴びるシャロの魔力に耐えていた。
ちょっとでも気を緩めると意識を保つことすらままならない。

唯(……ぐっ…!)

ドゴォッ!!
バギッ!

唯はその天性のバランス感覚で開放系と身体変化系を操り、
シャロのトイズによって空中に完全固定された瓦礫を退かしながら中心部へ向かって行く。

唯(シャロ…どこにいるの!?)

息を切らしながら進んでいくと、ひときわ大きなコンクリートの山があった。
まるで何かを覆うように、その部分だけ盛りあがっている。

唯(…もしかして、この中に…?)

唯は全身に力を込め、そのコンクリートの山を崩していく。

唯「!…シャロ!!」

そこには気絶し、地面に倒れているシャロの姿があった。

唯「今助けるからね!」

唯が叫び、シャロの元へ駆けつけようとしたその時――

99: 2011/05/20(金) 18:33:20.63

バゴンッ!!

唯「ッ!?」

唯の土手っ腹に鈍い衝撃が走る。
一瞬にして唯は近くの壁に体を打ちつけられた。

唯「かは…っ!」

身体硬度の強化と開放系魔技によって魔力を纏わせていたにもかかわらず、唯の体は
5メートルほど吹っ飛ばされた。


「そこまでよ。ここから先は私たちバレー部に主導権が与えられています」


唯「!!…その声は…瀧エリ!?」

エリ「軽音部はこの案件に手出しする権限は与えられていません。即刻退去を命じます」

シャロのいた瓦礫の山のすぐそばに立っていたのは、『無人軍隊(アームズ)』の第1級補佐官、
通称『鬼神』の瀧エリだった。

唯「そんな…!シャロはどうするの!?」

エリ「シャーロック・シェリンフォードの能力暴走が収まるまで誰も彼女に手出しをしないよう
  命じられています」

唯(…そんな…『無人軍隊(アームズ)』がこんなところまで介入するなんて…!)

エリ「立ち退かないのであれば…強制措置を取らざるを得ないよね」ニヤァ・・・

100: 2011/05/20(金) 18:37:01.94

ヒュッ

唯「!」

ベコッ!!

唯「あう…っ!」

唯が反応するよりも速く、瀧エリの攻撃が直撃する。

唯(く…!なんでエリは『念動力(サイコキネシス)』の中をあんなに自由に動けるの…!?)

エリ「同じ武力組織のよしみとして見逃してあげてもいいんだよ?」

唯「…あなたたちは…シャロをどうするつもりなの…?」

体の中で限界まで増幅された魔力と瀧エリの攻撃によって、唯の意識は極限状態にあった。
やっとのことで言葉をふり絞るが、今にも気を失いそうだ。

エリ「さあ?とにかく私たちバレー部にかかった要請は、この異常空間をできるだけ維持すること。
  それを邪魔しようとする君たち軽音部は排除の対象ってだけだよ」

唯「………!」

もはや唯の脳は正常に機能していなかった。
エリが何か言っているが、何も聞こえない。

唯(もう…駄目……)

目の前が真っ暗になった。






102: 2011/05/20(金) 19:41:51.20


~~~~~


澪「唯はまだか…!?」

唯がシャロの元へ突入し、中心部へ突き進んだ所までは確認できたが、
領域に入ってしまってからは中の様子がよく分からない。

澪「早くしないと…」

紬「澪ちゃん!あれ…!」

澪「!?」

紬の声の方を向くと、ある一人の生徒が立っていた。

コーデリア「! ここから先は危ないわ!早くお逃げなさい!」

コーデリアが生徒に向かって忠告した。
しかし生徒は尚もこちらへ歩いて来る。

澪「コーデリア!そいつはただの一般生徒じゃない!」

コーデリア「え?」

突然、視界が激しい光に覆われた。

エリー「コーデリアさん!」

103: 2011/05/20(金) 19:49:14.75

間一髪、エリーがコーデリアを引き寄せた。
元居た場所は黒こげになっている。

澪「アイツは…『無人軍隊(アームズ)』の第2級補佐官、佐藤アカネ…!!」

アカネ「…あなたたち、邪魔よ。どきなさい」

コーデリア「な、何よ今の…!?」

紬「彼女たちは魔技兵器のスペシャリスト…魔技使いじゃない代わりに、その体には
  いかなる魔技も通さない特殊装甲と魔技兵器を纏っている」

紬がアカネから目を離さずに言った。

アカネ「解説ありがとう」シュ

澪「!! 避けろ!」

ドガアアン!!

紬「ああっ!」

一瞬にして廊下の真ん中に巨大な穴が空いた。
澪の掛け声のおかげで直撃は免れたが、ものすごい爆風と衝撃で全員なぎ倒される。

アカネ「命令に従いなさい。さもなければ…頃す」

表情一つ変えず、アカネは冷たく言い放った。


104: 2011/05/20(金) 19:54:52.27


~~~~~


ネロ「おい梓っ!なんなんだよアイツはっ!?」

ネロが息を切らしながら後ろの梓に問いかけた。
背中越しに梓が答える。

梓「あれが『無人軍隊(アームズ)』ですよ!というか囲まれてますってば!」

ネロ「そんなの見りゃ~分かるっての!ボクが言いたいのは…」

ネロが何か言う前に、敵の攻撃が二人めがけて飛んでくる。

梓「きゃっ!?」

ネロ「んにゃろ~!!」

何とか攻撃はかわせるものの、敵の数が多く、反撃する隙がない。

ネロ「こんな雑魚どもより…あの大将は何者だよ!」

ネロが指差す方向には一人の女子生徒がいた。

梓「あれは…『無人軍隊(アームズ)』の総指揮官にしてナンバー1の実力者、佐伯三花…!
  通称『女神』の三花!」

ネロ「女神~!?あの覇気からして完全に氏神だろっ!」

105: 2011/05/20(金) 20:01:07.10

三花「私たちバレー部の妨害工作を企んでいたみたいだね。悪いことはしないから
   おとなしく捕まってよ。じゃなきゃここで始末することになるよ?」ニコッ

梓(く…なんで総指揮官がわざわざ現場の、しかも前線に…!?)

三花「…構え」ス・・・

ネロ「!!あぶな…」

三花「撃て」


ドドドドドドド!!!


三花が総攻撃の指令を下し、ネロと梓が居た場所に一斉に攻撃が放たれた。
土煙が立ちのぼり、視界が悪くなる。

三花「………」

煙が晴れる。

そこに二人の姿はなく、まるでコンクリートが組み替えられたように丸い穴が掘られていた。

三花「ふぅん…あの子、こんなことも出来るんだ…。
   よし、あんたたちは持ち場についてオッケーだよ。あいつらは私が殺る」

三花の指令にバレー部員たちが「はい!!」と威勢よく返事する。

三花「…楽しくなってきた♪」

107: 2011/05/20(金) 20:18:16.64

…一方、ネロと梓は『無人軍隊』の攻撃からギリギリのところで逃げ、とある教室に
隠れていた。

梓「はぁ…はぁ…っ」

ネロ「あっぶなかった~…もう少し遅かったらやられてたよ~」

梓「ネ、ネロさんは一体何を…?」

ネロ「地下を通る電気配線にボクの『電子制御(ダイレクトハック)』を仕掛けたのさ。
   一か八かだったけど、ちょうど近くにタービンの駆動装置があったからそこの動力を借りて
   穴を掘ったってこと」

梓「そんなことが…」

ネロ「ってかあの三花とかいうヤツ、いきなり目の前に現れたと思ったら訳わかんない攻撃しやがって…」

本当にいきなりだった。何の前触れもなしに、まるでテレポートしてきたように現れたのだ。

梓「私も初めて見ました…。あれが特殊魔技装甲の能力のひとつ『隠(ヒドゥン)』…だと思います」

ネロ「『隠(ヒドゥン)』…?」

梓「彼女らは目に見えない兵器を身に纏っているんです。それを上手く使うことで
  完全に姿を消すことが出来る…」

108: 2011/05/20(金) 20:25:55.18

ネロ「ふ~ん…てことはあの攻撃の正体も…」

梓「あれは魔力そのものを放出する武器です。バレー部に標準装備されていて、
  言わば開放系魔技のようなもの……詳しい仕組みは分かりませんけど……」

ネロ「…………」

教室の隅でヒソヒソと会話していると、廊下に人影が現れた。

梓「!!」


ガラッ


三花「……フッフーン、見ぃ~つけた♪」

梓「ネロさん!逃げないと!」

梓がネロの服を引っ張り、出口へ向かおうとする。
しかしネロはその場を動かなかった。

ネロ「ボクは逃げないぞ!」

梓「な!?」

109: 2011/05/20(金) 20:31:54.88

三花「抵抗するなら、例え軽音部でも容赦しないよ…?」

シュン

ネロ「危ない!」

梓「きゃ!?」

ドゴッ!!

予備動作なしで繰り出される攻撃を見切り、ネロは梓を蹴飛ばして避けた。

三花「! へぇ…やるじゃん」

梓「あいたたた…」

ネロ「アイツの攻撃の正体が分かったぞ!あれは擬似的に魔技に見立てた微小のナノマシンを
   体に纏い、操っているんだ!そこから魔力エネルギーを生み出したり、周りの景色と同化して
   姿を隠したりしている…!」

三花「…こんなに早く見破られるなんて、大したもんだね。流石オカルト研、誉めてあげよう」

三花は本当に驚いたような顔をした。しかしすぐにニコニコと笑みを顔に張り付ける。

ネロ「梓、アイツの周りの空気をよく見るんだ!攻撃の瞬間に歪むからすぐに分かるはず…」

110: 2011/05/20(金) 20:34:32.96

三花「分かったところで…キミ達に勝ち目はないッ!!」ビュン

梓「!?」

ネロ「うぐッ!?」ドンッ!

三花「私たちの運動能力を舐めちゃいけないよ~。これでも…最強を名乗ってるんだからね」

ギリギリ…

ネロ「あ……が……」

床に叩きつけられ、完全に拘束されたネロは身動きが取れない。

三花「一人目、捕まえた♪」

梓「あ………」

三花「さて、と。もう一人のおチビちゃんは確か…軽音部の新人で魔技も使えないんだって?
   可哀そうに…私手加減出来ないから、かなり痛いよ?」

梓「た、助けてっ!」

三花「半端な覚悟じゃ治安組織なんてやってらんないってこと、教えてあ・げ・る♪」



?「その必要はないわ」



ドドドドドド・・・!!

三花「ッ!?」

111: 2011/05/20(金) 20:43:12.82

カガ゙ン!!

三花「くっ…!」

ネロの上に馬乗りになっていた三花は、何者かによって吹き飛ばされた。

ネロ「かはっ!ハァ…ハァ…お、お前…!?」

梓「あ、あなたは…?」

ほむら「遅くなってごめんなさい。コイツは私が相手するから、あなた達は自分のやるべきことを
    為しなさい」


暁美ほむらは二人を背に、淡々と言った。
梓は何が起こったのか理解する前に、一刻も早くこの場から逃げなくてはと体を起こした。

ネロ「おい!アイツはボクがやっつけるんだぞ!」

梓「駄目ですネロさん!誰だか分かりませんけど…ってあれ?もしかして…」

梓(この人どこかで………! 巴マミと一緒に魔女退治してた、暁美ほむら!?)

ほむら「…………」

ネロ「梓は一人で逃げればいいだろ!ボクは個人的にアイツをやっつけたいんだ!邪魔するな!」

ほむら「…好きにしなさい。だけど足でまといは遠慮するわ」

梓「ネロさん…!」

112: 2011/05/20(金) 20:46:39.13

ネロ「早く行けってば!梓のグズ!のろま!」

梓「…くっ!ほむらさん、ネロさん、ここはお願いします!」

梓はそう言い残すと、出口に向かって走った。

三花「逃がさないよ!!」シュッ!!

バシッ!!

三花「なに!?」

ほむら「…………」

三花の攻撃は梓には届かず、手前で急に消滅した。
その間、梓は勢いよく教室を飛び出し、廊下を走って行った。

三花「…クックック……面白いね…二人同時に相手とは…」

三花は教室の真ん中で高らかに笑った。

ほむら「……一瞬でケリをつけましょう」

ネロ「佐伯三花……お前だけは、このボクがぶったおす!!」




113: 2011/05/20(金) 20:50:50.82


~~~~~


紬「エリーさん!コーデリアさん!しっかりして!」

紬は気を失っている二人に声をかけていた。
すぐそこでは澪がアカネの攻撃を防いでいる。

アカネ「………」

ドゴォン!!
バギッッ!

澪は『念動波(テレキネシス)』を使って物体を呼び寄せ、それでアカネの攻撃を防いでいたが、
『楽器』による魔力増幅をしていない今の澪では運べる物体の大きさや強度で対抗しきれない。

澪「このままじゃ4人ともやられる…!アカネは私が押さえているから、ムギはその二人を連れて
  逃げてくれ」

紬「そんな…澪ちゃん一人残していくわけにはいかないわ!」

アカネ「時間稼ぎしても無駄よ。私の攻撃はバレー部で最高の範囲を誇る…この廊下そのものを
    吹っ飛ばしてもいいのよ?」

澪「く…!」

アカネ「……早くしないと三花に怒られちゃうから、そろそろ本気だします」

アカネがそう言うや否や、澪たちの周り一帯の空気が熱を帯び始めた。

114: 2011/05/20(金) 20:55:50.79

澪「!! 来る!!」

アカネ「 『神の怒り(ジャッジメント)』 」パリ・・・

アカネの掛け声と共に廊下がまばゆい光に包まれる。

ドオオオオオオオオオン!!!

次の瞬間、雷鳴のような爆発音と、何メートルも立ち上がる火柱によって
澪たちが居た場所は跡形もなく消えた。

ドドドドドド…

アカネ(…本気だしすぎたかな……エリに怒られちゃう…)シュン






杏子「へぇ、アンタもそんな顔できるんだ」

不意にアカネの背後から声がした。。

アカネ「!?」バッ

振り向くと、澪たち4人を抱えて安全な場所に立っている一人の少女がいた。

杏子「『魔人』と恐れられた『無人軍隊(アームズ)』の第2級補佐官、佐藤アカネ…
   こんだけ強いのにまだ上に二人いるってのかよ」

澪「あ…あなたは一体…?」

115: 2011/05/20(金) 20:59:09.10

紬と澪は唖然として助けてくれた人物を見上げていた。

杏子「私は佐倉杏子。まぁ知り合いに呼ばれて来たんだが…まさか悪名高い『魔人』と
   会いまみえるとはねえ…楽しくなってきたじゃん」

アカネ「…あなた…桜高の生徒じゃないわね?」

杏子「だからどうってんだい」

アカネ「部外者は問答無用で始末する校則となっています」

杏子「噂通り、物騒な学校だねぇ。ま、あたしには関係ないけど」

澪「学校外の…?一体どうして…」

杏子「巴マミのやつさ。ま、戦友のたっての頼みってところかな…
   ここはあたしに任せな」

アカネ「……舐めた真似を……!」ギリッ

ボッ!!

杏子「おおっと!」バシィ!

不意にアカネから炎が放たれ、杏子がとっさに反応する。
炎は弾かれ、カベに激突した。

116: 2011/05/20(金) 21:03:02.93

紬「アカネちゃんの魔技兵器は現象系特化で、しかもあらゆる範囲をカバーしている…!
  佐倉さんだけじゃ勝てないわ!」

さやか「杏子だけじゃないよ!」

そう言って横に現れたもう一人の少女……以前に巴マミと一緒に
生物化学教室に居た、青髪の生徒だ。

澪「!?」

杏子「おっそいぞ、さやか!」

さやか「まーまー、相手は『無人軍隊(アームズ)』の第2級補佐官だっけ?
    魔女以外で対峙するなんて、杏子くらいなもんだと思ってたのに……」

杏子「ということで、あんたたちは逃げなって。あの場所に用があるんだろ?」


澪「……分かった、二人に任せる」

紬「私たちも協力した方が…!」

澪「『楽器』を使えない私たちは足手まといにしかならない…それよりもエリーとコーデリアさんを
  安全なところへ!」

紬はしばらく迷った後、頷いた。
二人は気を失ったエリーたちを抱え、軽音部の部室へと向かって行った。

117: 2011/05/20(金) 21:08:33.03

アカネ「……ふん。私に課せられた任務は、ここから先には行かせないということだけ…
    だけど私をここまでコケにしてくれたからには、相応の報いを受けてもらいます」

アカネの体から異常な熱気が放出される。

杏子「おいおい…どうなってんだ、こりゃ…」

さやか「『無人軍隊(アームズ)』に魔法は効かないってのは聞いたことあるけど…」

アカネ「……………」

杏子「なら…魔力を上げて…物理で殴ればいいッ!!」ガッ

ドゴオオオン……!!







118: 2011/05/20(金) 21:14:59.52


~~~~


ガキィィン!!

エリ「く…!」ズサッ

「どうしたよ…『鬼神』の名が泣くぜ」

エリ「ふん…」ペッ

「スピードじゃ負けるかもしれねーけどな…こっちはパワーじゃ負けねぇんだよ」

ボ!!!

エリ「ッ!」ガガガッ

「…やっぱり、この『念動力(サイコキネシス)』の中では思ったように体を動かせないみたいだな」

広範囲に渡る衝撃波を受け止め、瀧エリは少なからず負傷していた。
しかしその顔にはまだ余裕がある。

エリ「…まだ私が本気を出していないとしたら…?」ニヤァ

「んなこたー知らねぇよ…オラァッ!!」

接近戦の攻防が続く。
近くで気を失っていた唯は、その開放された魔力の影響で無理やり覚醒した。

唯「う……ん………っぐ…っ!
  あれは………りっちゃん!?」


119: 2011/05/20(金) 21:20:14.15

律「おお!やっと目が覚めたか!」

エリ「よそ見してていいの?」グオン

律「おっと!」バシィン!

目覚めた唯を気にかける暇もなく、エリと律はお互い一歩も譲らない激しい
戦闘を繰り広げていた。

律「唯!今の内にシャロを!」ガシッ

唯「シャロ………そうだ!私はシャロを助けようとして…!」

律「分かってんなら早く!」グググ

エリ「そうは…させない!!」

バァン!!!

唯「!」

唯めがけて放たれた魔力エネルギーは、律のとっさの反応で弾かれた。

律「いててて……」

エリ「…二人相手は流石に分が悪いか…なら、あまりやりたくなかったけど
  本気だすしかないみたいだね」

120: 2011/05/20(金) 21:24:58.41

スッ

エリはそう言うと、姿を消した。

律(『隠(ヒドゥン)』…どこだ…!?)

律は空間の歪みを探すが、どこにも『隠(ヒドゥン)』らしき影は見当たらない。
すると、傍で鈍い音がした。

ズドッ

唯「あが…!!」フラ・・・

律「唯!?」

シャロの元へ駆けつけた唯がその場にうずくまる。

律「野郎…ッ!どこだ!」

律(『隠(ヒドゥン)』を使っている間は他の攻撃は出来ないはず…!どうなってるんだ!?)

律は全神経を集中させ、エリの気配を探る。

律(……!! 風…!?)バッ

律がとっさに後ろを振り返る。
しかし遅かった。

ガツン!!

律「つッ…!!」

121: 2011/05/20(金) 21:32:12.76

振り返った律の後頭部に何かが当たり、視界が一瞬星が飛ぶ。

律(馬鹿な…エリのやつ、ただの超スピードだけでここまで…!?)

空気の流れの変化を敏感に感じ取った律は瀧エリの攻撃の正体をすぐに見破った。
しかし律の反応速度をもってしても対処しきれないほどの超スピードで移動するエリの姿を
とらえることはできない。

ドゴッ!

律「う…ッ!?」

パワーは大したことはないが、次第に攻撃の手が速くなっていく。

ドドドドドド

律「ぐ……」

律は軽音部の中でも近接戦闘のスペシャリストであり、この程度の打撃なら反撃しようと思えば出来る。
だが今はシャロのトイズの中で、しかも『楽器』によるサポートもない。
本来の実力の半分も出し切れない律は、徐々にその体にダメージを溜めていった。

律(畜生…!なぜエリはこの環境下でここまで動けるんだ…!?)

122: 2011/05/20(金) 21:35:23.36

エリの攻撃は激しさを増し、律はとうとう地面に膝をつける。

エリ(もらった!!)


ゴッッ!!!


瞬間、律の体に強烈な一撃が放たれる。
律の顔に苦悶の表情が浮かんだ。

律「ゲホッ…」

エリ「そのまま場外に吹っ飛べ!!」

エリが拳を振り抜かんとした、その時。

ガシッ

エリ「何!?」

律「へへ…つかまえた…ぜ…!!」

律はエリの腕をがっしりと捕えていた。

123: 2011/05/20(金) 21:42:49.38

律「流石に『硬化(ソリッド)』を解除すると…堪えるぜ…っ」フラフラ

エリ「く…離せ!」

律「さて…お前達の特殊装甲に、私の攻撃がどこまで通用するかな?」

律が再び『硬化(ソリッド)』を発動させ、掴んでいない方の手に魔力を溜めていく。

エリ「や…やめろ!!」

ズン!!

地面がめくれあがるほど踏ん張る。
全魔力を集中させた拳を思いっきり構え、エリのボディめがけて叩きつける。

律「フルパワーだ……くらえッッ!!」


ドゴオオオオオオオオオオオ!!!


空気が激しく震え、その衝撃波で周りの校舎もびりびりと鳴る。
もろに攻撃をくらったエリは『念動力(サイコキネシス)』の領域の外まで吹っ飛ばされた。

律「…ぶはあっ…!はぁ…はぁ…結構…きついぜ…」

律はその場にへたり込んだ。
魔力を出し切ったことによって体が言うことをきかない。
それに加え、今の律の全身はシャロのトイズに支配されつつあった。

124: 2011/05/20(金) 21:46:33.53

律「…おい唯!…起き…ろ…!」

唯「……」

唯は相変わらず気絶している。
ただでさえ『念動力(サイコキネシス)』によって身動きが取れない上に、エリから受けたダメージも相まって
唯の意識はそう簡単に戻らない。

律(……シャロを助けられるのは…お前しかいない…!)

律は体を引きずりながら唯の元へなんとか近づく。

律「私の出番はここまでだな…あとは頼んだぞ…!」

そう言って律は唯の頬に手を当てた。
身体変化系の魔技は自分の体の細胞組織を再構築できるだけでなく、触れた相手の傷を治すこともできる。
さらに律は『念動力』から身を守るための開放系魔技も唯に預けた。

唯「………っ!!」ガバッ

突如覚醒した唯の視界に、眠るように横たわる律が見えた。

唯「りっちゃん!!」

律「………シャロを…」

唯はすぐに状況を呑みこみ、律の周りに物がないことを確認したあと
シャロのいるところへ走った。

125: 2011/05/20(金) 21:54:11.54

唯「シャロ!」

シャロ「………」

外傷はない。だが息が荒く、苦しそうにしている。

唯「……!」

唯はシャロにそっと触れる。その瞬間、莫大な魔力が流れ込んでくるのが分かったが
今の唯は不思議とそれに対抗できていた。

唯(『憑依(ジャック)』……!)

シャロの意識に侵入する。
すると決壊したダムのようにあちこちから魔技が溢れているのが感じられた。

唯(……止まれ…! 止まってよ…っ!!)

必氏に念じるが、ギリギリのところで押し返されてしまい、シャロの魔力の源に辿りつくことが
できない。

唯(ここで負けちゃダメだ…止まれ…止まれええええええええ!!!)



フッ…




126: 2011/05/20(金) 21:57:59.90

全身の力が抜けた。

シャロの中で激しく渦巻いていた魔力が消えたのだ。

唯「…………と…止まった…の?」

唯は心臓をバクバクさせながら、シャロの暴走が止まったことを確認した。

次の瞬間、宙に浮かんでいたコンクリートや建物の残骸が一気に降り注ぐ。

唯「!!!」

唯はとっさにシャロに覆いかぶさった。
しかし付け焼刃の『硬化(ソリッド)』ではこれだけの瓦礫を受け止めきれるか分からない。

唯(潰される…っ!)

目をつぶり、衝撃に耐えようと身を固めた時、どこからか爆発音が聞こえた。


ドン!! ドン!! ドン!!


唯「……!?」


…何も落ちてこない。
唯は恐る恐る目を開けると、上空に大きな影が浮いているのが見えた。

127: 2011/05/20(金) 22:01:29.83

マミ「ふぅ……間一髪、ってところね」

唯「マミさん!?」

マミ「危ない所だったわ。さ、今の内に!」

マミはそう言うと、唯とシャロを黄色いリボンで包み、安全な場所へ運んだ。

シュル・・・

唯「あの…あ、ありがとうございます…」

マミ「いいのよ、気にしないで。あのおでこさん…軽音部の部長も無事よ」

シャロ「………う~…ん」モゾモゾ

唯「! シャロ! 大丈夫!?」

シャロ「…ここは…?わたし、何を…?」

焦点の定まらない目でぼんやりと呟く。
暴走が止まったことに一安心するも、まだ油断はできない。
唯はシャロを抱きかかえ、オカルト研の教室へ運ぼうとした。



ドガアアン!!



マミ「!!」


128: 2011/05/20(金) 22:06:47.81

唯とマミが驚いて音のする方を向く。

三花「ちっ……あの黒髪…しぶといヤツだね…」

壁を突き破って出てきたのは『無人軍隊(アームズ)』の総指揮官、佐伯三花だ。
続いて現れたのは、ボロボロになった暁美ほむらとネロだった。

マミ「暁美さん!」

ほむら「…………」

マミたちの居る所へ出てきた三花は、シャロが唯の腕に抱かれている姿を見ると
表情を一変させた。

三花「…なんでオカ研のそいつがそこにいるの?」

三花はそのまま微動だにせず、ぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。
マミ、唯、ほむらは警戒する。

三花「……任務『失敗』…?……はい…分かりました…了解です」

なにやら話を終えたあと、三花は周りをぐるりと見渡した。

三花「…まさか私たちの作戦を妨害するとはね…ま、その代わり、新しい任務も発生したけど」

ズ・・・

唯「……?」

129: 2011/05/20(金) 22:10:25.68

ほむら「危ない!!」

三花「遅いッ!!」

ほむらと三花の声が同時に聞こえたかと思うと、唯の手からシャロがいなくなっていた。

唯「あれ!?」

三花「次の任務はオカ研メンバーの捕獲…あと3人」

シャロは三花に抱きかかえられていた。

マミ「…まさか…暁美さんと同じ、時間操作…!?」

唯「シャロ!三花、シャロをどうするつもりなの!?」

三花「別に乱暴はしないよ…てか手を出すなって言われてるし、安心してよ」

ズ・・・

マミ「…! また消えた…」

ネロ「うわぁっ!!」

唯「!!」

唯たちがネロの居た所を見ると、すでにネロはガクッとうなだれ、三花に捕えられていた。

130: 2011/05/20(金) 22:13:18.95

ほむら「くっ…」

側にいたほむらは三花を攻撃しようと構えるが、すでにそこに三花はいない。

ほむら「!?」

三花「あ~あ、こんな簡単な仕事を任せられるなんて、バレー部の価値を甘く見過ぎてるよねぇ…。
   ちょっとくらい痛い目にあったほうがいいんじゃないの?生徒会も、キミ達軽音部もね……」

マミ「居た!あそこよ!」

マミの指差す方へ全員が一斉に視線を向ける。
三花は学校の屋上の手すりに器用に立ち、気絶したシャロとネロを両手に抱えていた。

三花「この子たちの命は私が預かってるってこと、理解してくれたかな?
   理解したなら、もうバレー部の邪魔はしないことね。じゃ、さよなら!」

ズ…

唯「あ…ああ……」ガクッ

シャロとネロを連れていかれてしまった。
唯はその場に崩れ落ち、敗北に打ちひしがれた。

ほむら「…あれが『女神』の佐伯三花…逃げられてしまったわ」

マミ「…あの移動距離…時間操作じゃないのかしら?」

131: 2011/05/20(金) 22:15:02.90

ほむら「あれは私より格上の能力…『時空間干渉』系の魔法ね…。
    時止めに加えて、彼女は重力の影響を受けずに移動できる…やっかいな能力だったわ」

ほむらが傷を押さえながらマミの元へ近づいた。

唯「…エリーとコーデリアさん…!」

唯が思い出したように言う。

唯「2人が危ない!」

マミ「…軽音部の人…平沢さん…でしたっけ?
   私たち、悪いけどこれ以上は力になれそうにないわ…」

ほむら「…………」

マミ「まさか『無人軍隊(アームズ)』のトップが時空間干渉系を使えるなんて…ね。
   暁美さんで敵わないなら、私たちが出る幕じゃないわ」

唯がうつむき加減に答える。

唯「…ありがとう、マミさん…と暁美さん…。
  もともとは軽音部が解決するべき事態だったんだし、むしろこんな危険を冒してまで
  協力してくれて…感謝します」

132: 2011/05/20(金) 22:19:29.04

マミ「…残りのオカ研の2人のことだけど、軽音部の人が音楽準備室まで運んで行ったのを見たわ」

唯「ホント!?」

マミ「ええ。奴らがそこまで手を出していなければいいけど…」

ほむら「……私たちも厄介事になる前に、ここを去りましょう。
    軽音部の人…せいぜい頑張りなさい」

ほむらとマミはそう言うとバラバラに去って行った。

残された唯は、動けない律を背負い、軽音部の部室へと向かった。


~~~~~


バン!!

唯「みんな!」

勢いよく部室のドアを開け、汗を滲ませた唯は律を背負ったまま叫んだ。

澪「! …唯……か」

唯「……あれ…?エリーさんと…コーデリアさんは…?」

部屋に居たのは澪、紬、梓の3人だけだった。

133: 2011/05/20(金) 22:21:19.65

梓「…………」

紬「……2人は…連行されたわ」

目を伏せて紬が言った。
その声は若干上ずっている。

唯「そんな……!」

唯がドサッと律を降ろす。

律「…痛えぞ……唯…」

体を動かすことが出来ない律は、口だけをかすかに動かして声を発する。

澪「…私たちは負けたんだ…結局、一人も助けられなかった。
  何が治安組織だ…!肝心の魔技も役に立たない…!」

澪は唇を噛み、悔しそうにうつむいた。
梓も誰を見ることもなくただ黙っていた。



5人は失意に打ちのめされた。
敗北。
その二文字が、軽音部の、唯の心に突き刺さった。


138: 2011/05/21(土) 19:42:36.68


◆ ◆ ◆


シャーロック・シェリンフォード暴走事件―――。
二学期中間テストの初日に起きた、桜高史上最大規模の被害をもたらした事件は
ミルキィホームズをオカルト研に再び隔離することで幕を下ろした。

出動した生徒会執行部およびバレー部にも被害が広がり、特にバレー部第一級補佐官と
第二級補佐官である瀧エリ、佐藤アカネは負傷しただけでなく、任務遂行を達成できなかったため
総指揮官の佐伯三花から期限付きの権限剥奪の罰則を与えられた。

テストは一時休止となり、教員組合はひとまず粉々になった第三棟の復旧に全力をあげた。
もっとも、建物を元に戻すのは空間座標干渉系の魔技使いに丸投げだったため、一部の生徒だけが夜遅くまで
働かされた。結果2日ほどで全て元通りとなり、その後、テストが再開された。

一般の生徒はこの事件について表立って伝えられてはいなかったが、オカルト研が関わっていたこと、
バレー部の活躍や、無所属の魔技使いの噂はほとんど全校生徒に知れ渡っていた。

さらにこの事件を受け、教員組合と生徒会において二週間後の学園祭の開催における安全性を疑問視する
声があがったが、多くの生徒の反発によって日程通り行われることが決定した。


この事件は表面的にはオカルト研が暴走し、それをバレー部および生徒会執行部が食い止めたという
エピソードとして生徒の間で語られていた。

しかし本当の事の顛末、事実に近い認識をもっているのは軽音部だけだった。

139: 2011/05/21(土) 19:52:05.43


…学園祭の前日、放課後の音楽準備室にて。


ガチャ

澪「…………」ハァ

唯「あ、澪ちゃん。おつかれ」

疲れ切った様子で椅子に座る澪に、紬がお茶を差し出す。

律「最後の最後まで技術部は大変だな…こっちだって専門じゃないってのに」

澪「しょうがないさ…あんな事件があったからには『手品師(マジシャン)』の犯行予告がなくても
  魔技対策の防御壁に感知器、トラップは準備しないとな…」

律「だけど軽音部だって『手品師』の調査をしなきゃいけないんだぜ?
  大事な部員の一人を別の用事で抜かれるのは大きな痛手だって……」ハァ

生徒会は学園祭の準備期間中、全力で学校のあらゆる所に魔技対策を施していた。
澪は軽音部で唯一、魔技干渉系を使えるため、ここ数日はずっと技術部に合流して作業していた。

紬「…だけどやっぱり、私たち五人だけじゃ『手品師』の手掛かりを掴むことすらできない…
  こんなときミルキィホームズのみんながいれば…少なくても私がコーデリアさんから
  『手品師』の情報を聞いていれば…!」

梓「ムギ先輩…」

ミルキィホームズは先の事件によって完全にオカルト研に幽閉され、面会すらできない状況だった。

140: 2011/05/21(土) 19:59:25.03

律「…まあ私たちは学園祭のライブは辞退したわけだし、みんな不満はあると思うけど
  明日、もし犯行予告どおり『手品師』が動くなら…今度こそ絶対に捕まえてみせる…!!」

律が静かに怒気をはらんだ声で唸った。

軽音部はシャロの暴走事件に関して、どうしても『手品師』の正体を暴き、捕まえなくては
ならない使命感に燃えていた。

実はあの事件のあと、梓や紬の調査によってシャロの暴走に『手品師』の魔技が
深く関わっていたことが明らかになったのだ。

『手品師』は生徒に『憑依』した痕跡を探らせないため、あらゆる所に逆探知用の魔技を忍ばせていたのだ。
シャロはその逆探知に何かのきっかけで触れ、攻撃を受けたために暴走してしまった…
それが軽音部が探し当てた真実のひとつだった。

唯「…マミさんたちは大丈夫なの?」

紬「彼女たちはまだ捕まってないわ。文芸部が情報収集の依頼を受けているようだけど、成果は上がっていないみたい。
  おそらく学区外あたりに逃げているんだと思う…」

梓「佐倉杏子や美樹さやかの安否は分からないんですか?」

澪「…佐藤アカネの負傷の様子から見てかなり激しい戦闘が繰り広げられたことは推測できるんだけど…
  『無人軍隊(アームズ)』が撤退してから2人の姿を見た人はいないそうだ」

141: 2011/05/21(土) 20:05:45.60

バレー部の内部は軽音部と同等の機密扱いなので、生徒会が公表した瀧エリと佐藤アカネの罰則という
情報以外は一切外部に知らされず、佐藤アカネが杏子とさやかとどう決着をつけたのか
調べることは叶わなかった。

律「…まぁ、マミさんとその仲間なら執行部程度に捕まるなんてことはないだろう。
  『無人軍隊(アームズ)』が学校外にまで手を広げることはないだろうし…な」

律が思案にふけながら呟く。

澪「生徒会からは律のバレー部妨害の処罰に関する通達は来てないのか?」

律「学園祭が終わるまで保留だそうだ」

瀧エリと対峙し、バレー部を妨害した律は普通なら永久的に権限を剥奪されてもおかしくなかった。
処罰が保留になったのも、『手品師』に対抗できる組織がほとんど軽音部しかなかったからだ。

しかしいくら桜高トップレベルで情報戦に長けているといっても、さらにそれを上回る魔技能力を
持つ『手品師』に対し、軽音部はほとんど成果を上げられずに明日学園祭を迎えてしまう。

紬「……明日行われるであろう犯行の手掛かりになるのは犯行声明だけね」

梓「…『天罰を下す時が来た。悪を為す教員組合に正義の裁きを。
  血の祭りは学園祭の幕と共に上がる』…でもこれだけじゃ判断材料足り得ないですよ…」

絶対に捕まえると意気込んだものの、正直なところお手上げの状態だった。

142: 2011/05/21(土) 20:19:22.82

唯「……………」

律「……どうした?唯」

唯「……え?う、ううん何でもないよ…」

唯は別のことを考えていた。
それは『手品師』のことではなく、ひとまず解決したかに見えたシャロ暴走事件について、
自分たちが何か重大なことを見逃しているのではないのかということだった。

紬「…唯ちゃん、何か気にかかることがあるのね?」

紬が鋭く言い当てる。

唯「えぇっ、な、なんで分かるの?」

紬「感知系特化を甘く見ちゃだめよ~。それに唯ちゃんはすぐに顔に出るから分かりやすいもの♪」

澪「…どんな小さな事でもいい、気になることがあるなら話してくれ」

少し期待の混じった視線が唯に投げかけられる。

唯「うん……あのね、シャロが暴走した時のことなんだけど…
  実は私、シャロに『憑依(ジャック)』した時に、シャロの記憶の一部に触れた…ような気がしたの」

律「まぁ唯は『読心(ハートキャッチ)』もできるからな…それがどうしたんだ?」

梓「! ということはオカルト研の内情を…!?」

143: 2011/05/21(土) 20:23:01.85

梓が興奮気味に言う。

唯「ち、違うよあずにゃん、そこまで核心に触れることは出来なかったよ…流石に」

澪「…それで、唯は何かを感じ取ったんだろ?」

唯「うん…。シャロたちはね、やっぱり誰かに利用されてたんだよ…
  むしろ強制的に使われていたような…そんな感じの記憶があったんだ」

澪「十中八九、教員組合かその上位役員の方針によるものだろうな。
  憶測だけど、生徒会に圧力をかけてまで隠しておきたい『何か』があるんだろう…
  それにあれほど大きな事件を起こしておいてオカ研の内部を公表しないのはあまりに不自然だ。
  実際、桜高の生徒間では生徒会と教員組合に対する支持率は大幅に下がっているというデータもある…」

律「…だけど唯、シャロの暴走事件に関して調べる所は調べ尽くしただろ?
  結局、あの事件は『手品師』との直接的な関連性はないって結論が出たじゃないか…
  暴走のきっかけを作ったという点を除いては、な…」

う~ん、と全員が考え込む。

梓「…そう言えば、私もずっと引っかかっていたことがあるんです」

紬「何かしら?」

どんな些細なことでも、何かきっかけになれば…
そんな表情で、今度は梓に注目が集まる。

144: 2011/05/21(土) 20:27:43.75

梓「…『手品師』の動機に関して、この犯行予告から読み取れる意図は確かに少ないですが…
  私はこれを見る限り、『手品師』は正義的な思想のもとに動いている印象を受けました」

律「……まぁ、確かにコイツが言っている犯行予告の内容…『悪を為す教員組合に正義の裁き』を
  普通に読みとるなら、現教員組合に対する反政府主義のテロ行為だろうが…」

梓「…思い返すと、最初に『手品師』が現れた校長室侵入事件は極めて直接的なテロ行為でした。
  それに中間テスト乗っ取り事件も、形こそ間接的ですが、その過激な犯行予告からは剥き出しの
  正義感を感じます」

梓の言葉に段々と熱が入る。

梓「…つまり『手品師』には教員組合の不正を何としても暴こうという、ある意味執着心にも似た
  意志を感じませんか?」

唯「…確かに…それはなんとなく思うけど…」

梓「そこで少し疑問というか、不可解な点があるんです…。もし『手品師』が不正を暴こうとするなら、
  まず真っ先にオカルト研との癒着に目を向けるとは思いませんか?」

律「…それでシャロを狙ったってことか?」

梓「いえ、これは私のカンですが、これほど正義感にあふれた人物が被害者とも言えるミルキィホームズに
  手をかけるとは思えません。やるとしても、あそこまで大規模な事件に発展するのは何か違う…」

145: 2011/05/21(土) 20:32:22.01

澪「……やっぱり、『手品師』はあの事件の根幹とは関与していない。そういうことじゃないのか?」

梓「逆です。『手品師』はあのオカルト研に何か仕掛けようとしたんです。
  だけどシャロが暴走するという想定外の出来事が起きてしまった…そしてその想定外の出来事も
  何か『手品師』ではない他の意志によって引き起こされたような気がするんです」

紬「…でもそれは憶測の域を出ていないわ。考察として『手品師』がオカルト研を対象にするのは
  理解できるけど…」

律「う~ん…梓の言うことも一理ある…けど、しばらくオカルト研は完全隔離されるし
  外からの干渉は一切できないようになっている。
  わざわざ学園祭の時に『手品師』がオカルト研の周辺を狙うかぁ?」

梓「…………」

なんとなく『手品師』とオカルト研が密接に関係しているのではないか。
そんな予感がするのだった。
しかし、それはあくまで梓の個人的な推測でしかない。

梓(……違う…もっと…もっと他の要因があるはず…)

梓はなんとなく、『手品師』という人物は存在しないのではないかと思った。
複数の意志が複雑に絡まり『手品師』という現象を引き起こしたのではないか…
現に、驚異的な魔技能力をちらつかせながらもその姿を誰一人として見ていない。

梓(………考え過ぎ…かなぁ…)

146: 2011/05/21(土) 20:41:01.58


~~~~~


学園祭当日。

桜が丘高校は日頃のうっぷんを晴らすかのように賑わっていた。
しかし、一部の生徒は逆に神経をすり減らす行事となった。

律《講堂異常なし…ジャズ研が楽しそうに演奏会やってら》

律が皮肉を込めて言う。

唯《職員室付近も異常なし、だね》

梓《各学年、各クラスともに今のところ異常はありません》

紬《りょうか~い……澪ちゃんはどう?》

各配置場所で定期的に現状報告をしていた軽音部だったが、
澪からの報告がない。

律《お~いみお~、どうした~?》

澪《……あ、ああ悪いみんな…ちょっと手が離せなかったんだ》

あわてて『知覚網(シェア)』に反応する。


147: 2011/05/21(土) 20:46:54.37

紬《何かあったの?》

澪《いや……その、ファンクラブの人たちに声かけられててさ…
  第3棟、第4棟ともに異常なしだ》

紬《了解~♪》


軽音部では、紬を除いた4人が桜高内を巡回して『手品師』の気配を探り、
紬は文芸部と共同して情報の統括を担当するという作戦をとっていた。

紬「長門さん、技術部からの報告は何かあるかしら?」

長門「現在目立った魔技の使用反応なし。セキュリティのパフォーマンスは良好。
   システムの臨時書き換え体制完了」

紬「…準備は万端みたいね」

紬は校内全域に異常がないことを確認すると、再び軽音部に『知覚網(シェア)』で話しかけた。

紬《ひとまず今は何も問題なさそうね》

律《…本当に今日、やつは現れるのか…?》

148: 2011/05/21(土) 20:52:27.21

桜高は、その物々しい警備体制など関係ないかのように学園祭らしい盛り上がりを見せていた。

澪《一応教職員関係者には全員、バレー部の護衛が付いてるんだよな?》

唯《うん。それ以外にも、校内巡回の執行部員もいるみたいだね》

律《そうか…生徒会執行部はともかく、バレー部は屋台もやってるはずなのに大変だな…》

紬《どうやら佐伯三花総指揮官直々に護衛にあたってるらしいわ。それから負傷している
  第1級、第2級補佐官の代わりに時期候補の部員が何人か回っているそうよ》

梓《…でも『手品師』の手口がわからない以上、果たして『無人軍隊』がどれだけ
  対抗できるか…。あそこは戦闘のスペシャリストであって対魔技を広範囲にカバーしている
  わけじゃないですし…》

澪《…正直言ってバレー部と上手く連携が取れるかどうか、不安ではあるけどな…
  いざという時は私たちにも緊急要請がかかるだろうけど、バレー部とはひと悶着あったしなぁ》

律《今はそんなこと心配しても始まらないぜ。巡回してる4人はどんな小さな異変も見逃すなよ》

律が全員に喝を入れ、それぞれが再び持ち場に集中した。

紬「ふぅ…」

紬がため息をつく。
巡回している4人の視覚に『衛星解析(サーチ)』を組み込み、さらにそれぞれの身体状態も
文芸部にモニタリングしているため、紬には常に負荷がかかっているのだ。

149: 2011/05/21(土) 21:03:25.40

長門「…疲れているならしばらく休んでも構わない」

長門が淡々と話しかける。

紬「だけどそれじゃ長門さん一人になっちゃうじゃない。
  疲れたらキー坊と上手く兼ね合いするから、私は大丈夫よ」

紬は数種類のモニターに目配せしながら言った。
今、文芸部の部室には紬と長門しかいない。今年から正式に情報管理の権限を与えられた文芸部は
去年まで廃部だったのが、長門が入部したことによって異例の部員一名のクラブとして認められたのだ。

理由は魔技使いでないにも関わらず情報管理能力が著しく秀でていること。
事実、今まで情報管理を兼ねて活動していた技術部の仕事をほぼ全て長門一人で処理してしまったのだ。
これによって技術部の負担が減り、その分魔技兵器や対魔技用思考楽器の開発に人員を割くことが出来る
ようになった。
軽音部の『楽器』たちの大幅なバージョンアップには、このような背景もあった。

紬「長門さんは何で技術部には入らなかったの?」

長門「………私の当面の目標に合致するクラブが文芸部しかなかった。
   技術部との協力は文芸部設立のための条件でしかない」

言葉少なに話す長門に対し、紬は妙な疑問を抱いた。

情報管理の権限を与えられる前の文芸部には何の特権もなかったはず。
強いて挙げるならば紙媒体の情報の閲覧に際して比較的自由な権限が与えられていただけである。

紬(…この子いつも本読んでるし、単に読書が好きなだけなのかしら)

150: 2011/05/21(土) 21:09:04.00

紬がちらりと長門を見る。
相変わらず彼女は微動だにせず、モニターを凝視している。

長門「……………!」

ス・・・と長門があるモニターを指差した。

紬「?」

紬はそれに反応し、すぐにモニターを見るが何も変わった所はない。

紬「どうしたの?」

長門「…………学校全体に魔技反応があった。極めて短い時間で発生した」

紬「!」

長門はそう言うと、魔技が発生した瞬間の映像まで巻き戻し、再生して見せた。
すると確かに魔技の反応が検出されているのが確認できる。

紬「これは…かなり微小で短時間だけど、ほとんど全域で反応してるわね…」

長門「技術部からの連絡を確認。ほとんど誤差の範囲だが念のため原因を探る、らしい」

紬(……誤差の範囲…?それにしてははっきりと反応しているように見えたけど…)

151: 2011/05/21(土) 21:11:32.79


~~~~~


律「…………」

ワイワイ
ガヤガヤ

律(……ちぇっ。私たちもライブやりたかったな……)

律はひっきりなしに人が入れ替わる講堂のステージを見ながら思った。
ちょうど先程ジャズ研の演奏が終わり、次の演劇部の発表までの間、
客が出たり入ったりと騒がしい。
  
「…デネー…ソウナノヨ……」
「マジデー……ウソー…」
「アハハ…タノシミー…」

律は呑気に学園祭を楽しんでいる生徒たちの会話を聞いていた。
ほとんどどうでもいいような内容ばかりだったが、ある2人の生徒の言葉に
律はハッと意識を向けた。

152: 2011/05/21(土) 21:15:14.55


「軽音部がね……『手品師』と……らしいよ」
「ほんとに?…………あのオカ研……とか?」

律(手品師だと…?)

律はもっとよく聞こうと、その生徒にさりげなく近づいた。

「じゃあ『手品師』は軽音部と裏で繋がってるってこと?」

律「!!」

思いもよらぬ言葉に律は驚いた。

律「…その話、どこで聞いたんだ?」

突然話しかけられ、その生徒はぎくりと肩をすくめる。

「えっ……あ、あの…」

律「…どこで聞いたんだ、と質問してるんだ」

律は自然と高圧的な態度になる。

「と、友達から…」

153: 2011/05/21(土) 21:20:46.52

律(……!! もしかして……)

律はそれ以上追及せず、他の生徒の会話にも聞き耳を立ててみた。

「軽音部と『手品師』って…」
「『無人軍隊(アームズ)』の邪魔した……そう、軽音部…部長が…」
「…学園祭を妨害するって……権力の乱用だって話……」

律(…なんで私たちの噂がこんなに流れているんだ…!?
  しかも悪い噂ばっかじゃねーか…『手品師』とつるんでるだと…!?)

基本的に軽音部もバレー部と同様に内部情報を公にしていないため、様々な噂が立つことは
おかしなことではない。

しかし『手品師』との繋がりなどとデマを流され、しかもかなりの生徒がその話をしている。

律は『知覚網(シェア)』で紬に話しかけた。

律《ムギ!何か変わったことはないか?》

紬《どうしたのりっちゃん?》

律《…何やら生徒の間で、軽音部と『手品師』の繋がりを示唆する悪評が流れている》

梓《律先輩!私の居る2年教室でもその噂が流れています》

唯《ど、どういうこと…?》

154: 2011/05/21(土) 21:23:08.19

梓の居る各学年教室は、この学園祭でも人が数多く往来する場所だ。
そこで噂が流れているなら、すでに広範囲に拡散しているに違いない。

紬《…実はさっき、校内全域にかなり微小な魔技の反応が検出されたの。
  技術部は魔技防壁ネットワークの誤差だと言っていたけど…》

澪《……全域に、微小な魔技…?》

唯《!! もしかして意識干渉系の魔技で、ありもしない噂を生徒に植え付けたんじゃ…!》

律《それだ!あの野郎、私たちに喧嘩売るつもりか!?》

律が見当違いの怒りを表す。

紬《で、でもこんなに広範囲に一度に意識干渉系を仕掛けられるかしら…?》

澪《…いや、この場合、軽音部と『手品師』が関係あるという情報だけを一般生徒に
  『記憶改変(インプット)』したんじゃないか…?》

唯《…確かに、それくらい単純な『記憶改変(インプット)』だったら私でも出来るよ》

唯が自信ありげに言う。

梓《…つまり限りなく薄めた情報を学校中に広く散布した…。
  でも発信源が局所的でなく、学校全体に反応したのは何故…?》

155: 2011/05/21(土) 21:30:49.98

通常、一人の魔技使いが魔技を使えば、それがどんなに広範囲に及ぶ場合でも
発信源は一つしかない。
しかし紬が言うことには、発信源が校内全域だということだ。

澪《……やはり魔技防壁ネットワークのエラーか…?》

澪がそう呟いた、その時――



ドオオオオオオオオン・・・・・・・!!!



全員「!!?」

桜高が揺れた。

爆発――どこだ!?

全員が轟音の鳴るほうを探した。

律《講堂だ!!屋根が吹き飛んだ!!》

攻撃されている。
律の叫びから、軽音部に一瞬にして緊張が走った。

律《唯だけ来てくれ!他は一般生徒の避難誘導を!》

どんな非常事態でも、軽音部は迅速に対応することが求められる。
メンバーは律の的確な指示に冷静に「了解」とだけ言うと、迷わずに自分のするべきことを
把握し、行動に移した。

156: 2011/05/21(土) 21:34:04.41


~~~~~


唯は講堂へと走った。
学校は一斉にパニックになり、唯はその流れに逆らうように前へ進む。

講堂は屋根が吹き飛んでいるだけでなく、壁などもほとんど崩れている。
逃げ惑う生徒たちの中に律が居た。

唯「りっちゃん!」

律は負傷した一般生徒を講堂の外に搬送していた。

律「唯、まずは負傷者を救助しろ!急げ!」

唯はそのまま講堂の中へ入って行った。
いつでも魔技を使えるように準備する。

唯(……酷い…!!)

先程まで輝かしい青春を謳歌していたはずの華の舞台は
土埃舞う地獄絵図と化していた。

逃げ遅れた生徒たちが瓦礫の下敷きになっている。
唯はその光景に絶句しながらも、急いで助けに向かった。

157: 2011/05/21(土) 21:39:41.00

「うう……」

唯「頑張って!今助けるから!」

唯は倒れている生徒に声をかけながら近づいて行く。

しかし様子がおかしい。

血を流し、今にも意識を失いそうな生徒たちは、唯の姿を見た途端に
異常に怯えだしたのだ。

「こ、来ないで下さい!」
「きゃあああああああああ!!」

唯「…えっ…?ど、どうしたの?私は助けに来たんだよ!」

唯がいくら救助に来たと伝えても生徒たちは怯える一方だ。
状況はますます混乱していく。

唯(…まさかこの人たち、私を敵だと勘違いしてる…!?)

もしかしたらこの生徒たちにも『記憶改変(インプット)』が掛けられているのかもしれない。
唯はこの異常事態を敏感に察知し、すぐに紬に講堂近辺の魔技反応を確認した。

唯《ムギちゃん!講堂周辺で魔技の反応がなかった!?
  生徒たちが更に『記憶改変(インプット)』された可能性がある!》

……しかし紬からは何も応答がない。

158: 2011/05/21(土) 21:42:39.12

唯《ムギちゃん!?》

律《ムギ…ザ…答…ろ…ザ…!》

澪《ザザ……どうし……!?…ザ…》

梓《…ザ……ザザッ……シェアが……えない!?……ザッ》

唯たちの『知覚網(シェア)』が不安定になっていく。
ノイズが混じり、もはや他のメンバーの声はほとんど聞き取れない。

唯(ムギちゃんがやられた…!?もしくは『知覚網(シェア)』に妨害が…?)

「助けてえええ!!」
「誰か…!!」

講堂に一人立ちすくむ唯の耳に悲鳴が聞こえる。

唯(…ッ!今は彼女たちを助けないと…!!)

拒否する生徒たちにも構わず、唯は崩れた壁や天井を退けようと自身を
『強化(ライジング)』した。


「そこまでです。軽音部」


159: 2011/05/21(土) 21:45:59.93

唯「!?」

唯の背後から威圧的な声が聞こえた。
即座に振り向く。

「軽音部を校長室襲撃及び中間試験の業務妨害、また無許可の魔技濫用罪の容疑で補導します。
 おとなしくお縄につきなさい!」

唯「え…?」

唯の表情が固まる。

「呑みこみが悪いんですね。あなたたちを『手品師』の一味として強制連行するってことです」

そんな馬鹿な。
私たちが『手品師』の一味?有り得ない。
そもそもこの人は誰?何故軽音部が?

めまぐるしく思考する頭の中で、唯は瞬間的に理解した。


――ハメられた…!


唯「あなたは誰!?」

かがみ「私はバレー部1年生の柊かがみです。教員組合及び生徒会からの要請で
    あなた方軽音部の反政府テロ行為の制圧に来ました」

160: 2011/05/21(土) 21:49:02.95

かがみは少しイラついたように話す。

かがみ「…軽音部にやられた瀧エリ先輩の代理として来ました。
    抵抗しても無駄ですよ。私、結構強いからね」

唯「…くっ…!そんなことより早くこの人たちを助けなきゃ…!」

唯は自分たちが捕まることよりも、瓦礫の下敷きになっている生徒たちのことを心配した。

かがみ「助ける?…何言ってんの…こんな事態を引き起こした張本人のくせに」

はぁ、とかがみがため息をつく。
その顔は呆れているようだった。

かがみ「…講堂が爆発した瞬間のライブ映像に、あんた達の姿がちゃんと映ってるんだから
    言い逃れはできないわよ。ここに居た人たちも全員、軽音部がやったって証言してるんだから」

唯「な…!?そ、そんなの捏造だよ!私たちがそんなことするわけない!」

かがみ「私に言われてもね…。バレー部は上の命令を実行するだけだから」

そう言ってかがみは唯に歩み寄る。

かがみ「それから抵抗した場合、再起不能、もしくは…殺害も認められていますので…」

かがみは面倒臭そうに言った。



161: 2011/05/21(土) 21:52:30.34


~~~~~


律「ムギ!応答しろ!おいッ!」

『知覚網(シェア)』は基本的に紬とキー坊を中心にネットワークを作る。
それが機能しないということは、紬が何者かによって攻撃されているということ…。

律(く…!何が起きてるんだ…!?)

現在、律は校庭で生徒の避難誘導をしていた。

律(唯がまだ講堂にいる…!)

律はこの場を執行部に任せ、講堂へ向かおうとした。


バキッ!!


律「ぐっ!?」ドサ

三花「はいはい、おとなしくしてね」

突然の衝撃と共に律は倒され、踏みつけるように佐伯三花が押さえつけた。

律「三花!?…テメェ!!なんのつもりだ!!」

三花「おぉ怖い怖い…そんな顔しても犯罪は犯罪だからね。
   軽音部をテロに加担した罪で強制連行しますよ…っと」

162: 2011/05/21(土) 21:56:55.31

律「はぁ!?」

三花「…ま、私が単独で相手してあげることを誇りに思うんだね。
   まさか軽音部が『手品師』だったとは知らなかったよ」

律「!!……訳分かんねェこと言ってんじゃねえ!!」バシッ

バゴン!!!

三花「危なっ!」ズ・・・

律が三花を吹っ飛ばそうと魔力を開放するが、三花がとっさに逃げる。
校庭に小さなクレーターができた。

三花「律の開放系と近接格闘は魔技兵器を纏った私にとっても脅威だからね…恐れ入るよ。
   さすが特A級の魔技使い、桜高でも3本の指に入る実力者…」

律「…全部お前らの仕業か?」

律の周辺の空気が歪む。
本気を出した律が解放する魔力は、空間をねじ曲げ熱を発生させるほど濃度が高い。
その魔力だけで人を気絶させることが出来る。

163: 2011/05/21(土) 22:00:47.35

三花「そんなの知らないよ~…あ、それから一つ忠告しておくけど、律のその魔技、
   ここではあまり使わないことをオススメするよ」

正面で対峙する三花が、グラウンドの方を顎で指しながら言った。

律「…!」

キャアアアアアアア

グラウンドに避難していた生徒たちから悲鳴が上がる。
生徒達が皆そろって律の方を指差し、逃げていた。

三花「ほらぁ、みんな怖がってるじゃん。もう軽音部がこのテロの犯人だってことは
   全校に知れ渡ってるんだから…」

律(や…やられた…ッ!『手品師』の狙いは最初から私たちだったんだ…!!)

全校生徒に『悪の軽音部』というメッセージを記憶させ、目の前で『正義のバレー部』と
対決させる。

これによって軽音部は動きを押さえられ、更にはバレー部による教職員の護衛も手薄になる。
その間に『手品師』は悠々と目的を達成してしまうだろう。

三花「あの時みたいに抵抗しないの?まぁここで私と律が本気でやりあったら
   確実に周りに被害がでるだろうけどね」

律「卑怯者…ッ!!」ギリ・・・

164: 2011/05/21(土) 22:03:43.22

なんとかこの状況を打開しなくては…。
必氏で考えるが、少なくとも三花相手に逃げることは難しい。

軽音部のメンバーとも連絡が取れない今、律単体での行動は状況をさらに悪化しかねない。
いくら考えても、律が取るべき最善の手段はひとつしかなかった。

律(…畜生…ッ! …すまん、みんな…!)

律は開放していた魔力を解き、降参のポーズをとった。

三花「…ちょっと。抵抗しないの?」

律「…………降参だ。さっさと捕まえるなりなんなりしろよ」

律が吐き捨てるように言う。

三花「…なにそれ。つまんない」チッ

ドスッ

律「うッ!?」ガク

瞬間移動した三花はそのまま律の腹を殴った。
『硬化(ソリッド)』していない律はモロに攻撃をくらい、気絶する。

165: 2011/05/21(土) 22:07:51.64

三花「みなさ~ん!学園祭テ口リストは見ての通り捕まえましたよ~!
   残りの犯人たちが捕まるまでしばらくグラウンドで待機していてくださ~い!」

三花は避難している生徒に向かって大声で知らせる。
怯えていた生徒たちは少しずつ落ち着きを取り戻していった。

三花「…ったく、とんだ茶番だよ…」ボソ


~~~~~


梓「はぁっ……はぁっ……」タタタ・・・

梓は追われていた。
校内はまだ生徒でごった返しているが、梓はその小柄な体を上手く利用して
人ごみにまぎれようと突っ込んでいく。

梓(一体なんなの…!?いきなり襲いかかってくるなんて…)

梓は文学部の教室へと走って行った。
紬の安否を確認するためだ。

「ま、待って~っ!!」

気の抜けた声が背後から聞こえる。

166: 2011/05/21(土) 22:09:58.39

「逃げないでぇ~っ!」

ザワ…ザワ…

梓と、梓を追いかける人物を周りの生徒が不審な目で見る。

「すいません、そこどいて下さい!私は特殊治安部隊バレー部特等兵の
 柊つかさです!道を開けて下さい!」

廊下にいる生徒が一斉にどよめき始めた。

つかさ「もぉ~っ!言って分からないなら実力行使です!」

走るのを止め、つかさがしゃがみこむ。。
さらに手のひらを地面につけると、つかさの髪がぶわっと逆立った。


パリ………


つかさ「ええいっ!!」

梓「!!」サッ


バリバリバリバリ!!


梓「ああっ!!」 バチッ

167: 2011/05/21(土) 22:12:56.32

梓の体に電流のような衝撃が走った。
筋肉が硬直し、呼吸が止まる。
梓はそのまま地面へと前のめりに倒れた。

バタ…バタ…

周りにいた生徒も残らず地面に倒れ伏した。

先程まで騒々しいほど賑わっていた3年教室廊下は一瞬にして静かになった。

つかさ「もう…一般人にはなるべく被害が及ばないようにって言われてたのに…」

梓「う……うう……」

体が動かない。

つかさ「えぇ~っと、軽音部の中野梓ちゃんね…あなたを行事執行妨害、その他多数の罪で
    強制連行します。…よいしょっと」

ぐったりと横になる梓を軽々と持ち上げ、つかさは静まり返った廊下を歩いて行く。

梓はつかさに担がれたまま、はっきりとしない意識の中でもがこうと必氏だった。

梓(…そんな…! 何故バレー部が…? 何が起こっているの?)

しかし指先ひとつ動かせない梓は、そのまま連れて行かれてしまった。

~~~~~


168: 2011/05/21(土) 22:15:50.31


澪「ムギ!開けろ!ここを開けるんだ!!」

ドンドン!!

澪は誰よりも早く紬の異変を察知し、文芸部の教室に辿りついていた。

澪「くそっ!なんで開かないんだ!」ガチャガチャ

澪がいくら『念動波(テレキネシス)』で扉の空間座標を変換しようとしても、
まるでその一帯だけ違う次元の空間になってしまったように干渉できない。

澪(どういうことだ…!?)

誰とも連絡が取れないことに不安はどんどん募っていく。
澪はそれでも必氏に紬の名前を呼んだ。



ふと、背後に人の気配を感じた……。




170: 2011/05/21(土) 22:52:24.45
今までの話の中で『手品師(マジシャン)』は既に登場しています。
ただし、安直に「これが犯人だ!」みたいな終わらせ方ではありません。
その辺は梓の推測が当たらずと雖も遠からず、といったところでしょうか。

この物語の一連の流れの中で、軽音部、生徒会、教員組合、オカルト研、バレー部、マミさん一味などの個々の思想や思惑は
一つの現象に集約されています。
別に推理物というわけではないですが、まあ大抵の推理物やサスペンスというのは一つの答え、というか原因から色々な事件が発生するものですし・・・・・

ただ、このSSはそんなに厳密に考えているわけではないので多少の矛盾や無理はあると思います。
そもそも推測できるような判断材料をそんなに描写していないので、読んで下さっている方々は気にせず気楽に読んで頂けると幸いです。

173: 2011/05/22(日) 14:04:03.22


~~~~~


文芸部教室内部…。

情報管理室としての役割も担うその教室は、至って静かだった。



―――目を覚まして、琴吹紬―――



紬「……はっ!」ガバッ

紬は意識を取り戻した。

慌てて周りの状況を確認する。

紬「あ、あれ……?」

紬は相変わらず椅子に座り、モニタの正面に居た。

しかしそのモニタには何も映っておらず、真っ暗だ。

長門「やっと起きたね。安心して。ここは現実世界から隔離された空間。
   何者もこの場所に干渉することは出来ない」


紬「長門……さん…!?」

174: 2011/05/22(日) 14:08:18.40

長門「僕は桜高1年生の長門有希じゃあないよ。ただ単にこの体を拝借してるだけ」

紬「何が……どうなってるの…?」

紬の頭は混乱していた。
部屋の外観はいつもと変わらないが、言いようのない違和感がある。

普通じゃない。
それだけは感じ取れた。

紬「! 唯ちゃんたちと『知覚網(シェア)』が出来ない…!?」

紬は長門を無視し、部屋から出ようとした。

ガチャガチャ

紬「っ!? どうして!?」

長門「紬、落ち着いて。今はこの部屋から出ることは出来ないよ。
   それより、僕の話を聞いて欲しいんだ…」


紬はハッと息を呑み、振り返った。
そこに居たのは紛れもない、長門有希の姿――。


しかし声や雰囲気は長門のそれとはまるっきり、似ても似つかない。
全くの別人がそこに居た。

175: 2011/05/22(日) 14:11:08.36

紬は後ずさり、背中を壁に沿わせ長門をじっと見据えた。

長門「そんな不審そうな眼で見ないでよ。僕は悪さするつもりじゃないんだしさ」

紬「あなたは……誰なの?」

用心深く、覗きこむように長門に訊ねる。


長門「そうだね……分かりやすく言うなら、僕は『手品師(マジシャン)』さ」


紬「!!」

紬は驚く。

警戒し、長門の様子を注意深く探るが、彼女は敵意を向けるどころか
あらゆる部分で無防備なように思えた。

紬「……長門さんの体を乗っ取って…私に何をするつもりなの…!?」

長門「…………」

長門の体を乗っ取った『手品師(マジシャン)』はしばらく黙った。。

176: 2011/05/22(日) 14:14:33.94

長門「…何から話せばいいのかな……そうだ、まずは今、僕とキミが置かれている状況を
   整理しようか」

『手品師(マジシャン)』は柔らかい口調で話し始めた。

長門「キミたち軽音部は今、かつてない危機に見舞われている。職員組合の陰謀によって
   現在、紬を除く4人は全員捕えられてしまった」

紬「な…っ!?どういうこと!?」

長門「ついさっきまで田井中律、平沢唯、秋山澪、中野梓は彼女らを捕まえようとするバレー部と応戦していた。
   だけど教員組合は軽音部が今回の学園祭テロの首謀者と断定し、さらにはそれを全校生徒に広めた…
   軽音部は桜高全てを敵に回してしまったんだ」

紬「私たちがテロの首謀者…!?」

長門「教員組合のインチキによって軽音部は崩壊した。
   残されているのは紬…キミだけだ」


長門の瞳に紬の顔が映り込む。

少しの間、静寂が2人を包んだ。

177: 2011/05/22(日) 14:17:03.20

紬「……講堂を爆発させ、生徒に『記憶改変(インプット)』したのは貴方ではないの?」

長門「…僕じゃないよ」

紬「でも貴方は学園祭テロの犯行予告をした……それに校長室侵入も貴方がやったんじゃないの?」

長門「その通りさ。その二つは正真正銘、僕がやった」

紬は長門の言っていることが良く分からなかった。

長門「…学園祭で起きた講堂の爆破、生徒の『記憶改変』、それらは教員組合の
   トップの連中が仕組んだ自作自演なんだ」

紬「…突拍子もないことを言わないで。そんなことをして誰が得を……」

紬はここまで言いかけ、ハッと気付いた。

長門「…紬も気付いたみたいだね。軽音部がいなくなることで得をする人間が誰なのか…」

紬「教員組合上層部…そのトップに立つ校長、そして政治的主権を握る教員議会…」

178: 2011/05/22(日) 14:19:00.70

桜高の政治的側面を担う教員議会――その役員は教員組合の上層部で固められている。
彼らによって桜高のルールは定められていた。

ただし独裁政治とならないために、教員組合に意見を出せる生徒だけの組織…つまり生徒会の存在がある。
形としては教員組合の下部組織だが、実質的な立場はほぼ同等だ。

この二つの組織の均衡によって桜高は成り立ってきた。

風記を取り締まり、法の番人となる生徒会執行部は生徒会長がその最終司令官であるのに対し、
それとは別の法の番犬――バレー部は生徒会の更に上の役員たち、すなわち教員議会が
最終意志決定権を持っていた。

軽音部は、その少数精鋭の実力をもって生徒会と教員議員のバランスを取る役割もあった。

長門「校長たちは女子高生にしか使えない『魔技』という力を悪質な手段をもって研究し、
   この桜高の完全独裁政治の道具に使おうと考えている」

紬「完全独裁政治…!?」

長門「バレー部が使うような『魔技兵器』を用いた恐怖政治さ…紬は自分たちが使う
  『対魔技用思考楽器』や『魔技兵器』がどのようにして作られているか知ってるかい?」

長門が力を込めて言った。

長門「…この桜高に蔓延する、人ならざる異能の力…魔技の力そのものは、もとはと言えば全て
  『オカルト研』に所属する部員からむりやり抽出した人工超能力なんだ!」

179: 2011/05/22(日) 14:20:40.66

紬「…………」

紬はただ黙って『手品師(マジシャン)』の話を聞いていた。

長門「奴ら…教員議会の連中は、自分たちが魔技能力者でなくても魔技が使えるように
   実験的にオカルト研の能力を一般生徒にも普及させ、その力を試していった…」

長門「機械を用いた魔技能力の調整…それが『楽器』や『魔技兵器』が作られた本当の目的さ」

長門「僕はその事実を、ただみんなに知ってもらいたかった……
   腐った教員組合の不正を暴き、軽音部のみんなが信じていた正義を貫く…
   僕はそれがしたかっただけなんだよ!」

紬「…まさか、それで貴方は校長室に証拠を掴むために侵入を…?」

長門「………そうだよ。そして中間テストの場をもって堂々と宣戦布告した。
   奴らを血祭りにあげる、そう脅かしてね…」

紬「駄目よ!そんなこと…!いくら不正を暴くと言っても、犠牲者を出してはいけないわ!」

紬は自分の言っていることがどんなに都合の良いことか分かっていた。
犠牲者を出さずに悪を裁く……それがどんなに難しい事かも。

長門「…ふふっ。やっぱり軽音部だね…どんなに攻性の治安組織を名乗っていても、
   肝心の中の人たちは揃って理想主義なんだ」

180: 2011/05/22(日) 14:23:37.85


長門「でも、キミたちのそういうところ…嫌いじゃないよ。
   僕はいつだって軽音部の味方さ。犠牲者を出さないという信念も、理解できる」

紬(……軽音部の味方?)

紬は軽音部に協力するような犯罪者に心当たりはなかった。

長門「だから僕も、なるべく血を流さない方法で桜高の癌を退治しようとした。
   ……あの犯行声明は、もとから実行する気なんてさらさらない」

紬「……ということは…あの中間テスト乗っ取りテロは、ブラフだったってこと?」

長門「理解が早くて助かるよ。そう、最初から教職員を血祭りにあげる予定なんて
   なかった。僕がこの学園祭でやりたかったこと…それは歴史の闇に隠された
   真実を白日のもとにさらし、桜高が今後どうあるべきか、その判断を生徒たちに
   委ねることだった……それも今や僕の手では叶えられそうにないけどね」

『手品師(マジシャン)』はフフ…と自虐的に口元を緩ませる。

長門「…僕はまんまと上層部に利用されたのさ。その点に関して、奴らは僕よりも
   上手だったと言わざるを得ない」

181: 2011/05/22(日) 14:25:36.73

長門「僕は文芸部と技術部のデータベースに侵入し、隠蔽された教員組合と生徒会の
   癒着の証拠やオカルト研の過去、それに関わる魔技の秘密…それらの情報を
   一般生徒にばら撒こうと企んだ」

長門「だけど上層部の連中は『手品師』という強大なテ口リストの名前を使い
   軽音部をその首謀者に仕立て上げ、僕の目論見を壊すどころか邪魔になる軽音部を
   始末することにも成功してしまった」

紬「………!」

長門「後は協力な魔技兵器を持つバレー部を傘下に生徒会含む全校生徒を恐怖で支配して
   しまえば奴らの目標は達成される…そうなったら真実を伝えるチャンスは
   無くなってしまうだろうね」

『手品師(マジシャン)』は再び紬に視線をむけた。

紬「……ひとつ疑問があるわ」

長門「なんだい?」

紬「なぜあなたはその強大な魔技能力を持っているのに、わざわざ学園祭を狙ったの?
  中間テストの乗っ取りの時に、なぜそれをしなかったの?」

182: 2011/05/22(日) 14:34:20.38

長門「…理由は二つある。まずひとつ目に、中間テストのように全校生徒が規律正しく
   教室に詰め込まれている状態で僕が情報をばらまいても、手段を選ばない上層部は
   全校生徒全員に瞬時に『記憶改変(インプット)』で記憶を消してしまうだろう」

長門「紬は、何故さっき桜高全域に魔技反応が出たか分かるかい?」

紬はこうなる前に、モニタに不可解な魔技反応が検出されたことを思い出した。

紬「あれは…魔技防壁ネットワークのエラーじゃないの?」

長門は首を横にふった。

長門「違う。あれが示しているのは魔技防壁ネットワークから直接『記憶改変(インプット)』が
   発生しているということなんだよ」

紬「ネットッワークから直接…!?」

長門「技術部の一部の人間は教員組合の上層部と密かな繋がりがある。
   奴らはあの魔技防壁ネットワークを使っていくらでも生徒を洗脳できるんだ」

紬「まさか……そんなこと出来るわけないわ!何より私たちの監視がある限り、
  いくら教員組合でも許されないはず…!」

長門「だから軽音部が邪魔だったのさ。連中は僕と同じように、魔技の発生源をごまかすために学園祭の時を狙った。
    それと同時に、魔技防壁ネットワークと呼ばれたシステムを別の意味で実験する目的もあったんだろう。
    魔技防壁ネットワークの真の役割……それは桜高全体をひとつの魔技兵器として機能させること」

183: 2011/05/22(日) 14:37:28.47

次々と明かされる事実に、紬は理解が追いつかない。

長門「そして僕がわざわざ学園祭を狙ったもう一つの理由……。
   確かに僕の能力をもってすれば全校生徒に『記憶改変(インプット)』することだって
   造作もないことだ」

長門「だけどそれじゃ意味がないんだ。桜高の生徒は自分の目で、耳で、この真実と
   向き合わなきゃいけない……そして今後の桜高の方向性を決めるのは僕ではなく、
   あくまで主体となるキミたち生徒たちに委ねたいという思いがあったからさ」

『手品師(マジシャン)』はそれだけ言うと、あとは黙って紬の言葉を待った。

紬「………貴方が言いたいことはだいたい把握したわ。
  証拠はないけど、確かにその話は筋が通ってる。何故だか自分でもよく分からないけど、
  信じてみたい…そう思える」

紬「ただ一つ、どうしても納得できないことがあるわ。
  これほどの魔技能力を持ち、不正を許さない情熱がありながら姿すら現さない…。
  貴方は……何者なの?」

紬は核心に迫った。
2人の間に緊張が走る。

長門「…………まだその問いに答えることは出来ない。
   ただしキミが僕の頼みに応じてくれるなら、然るべき時に僕の正体を明かそう」

紬「頼み…?」

長門「それはね………」





184: 2011/05/22(日) 14:40:02.56


~~~~~


律、唯、梓、澪の4人はバレー部によって捕えられ、魔技の使えない
拘置教室に放り込まれていた。

律「………くそ…ッ!」ガン!

澪「律、物に当たるな…」

4人はそれぞれ絶望していた。
唯はうずくまって何もしゃべろうとしない。
梓の表情も曇り、一点を見つめたまま動かないでいた。

律「…………ムギ……!」

律が紬の名前を呼ぶ。
軽音部が何者かの策略に呑まれ、こうやって無惨にも捕えられたことも腹が立ったが、
今の4人はそれ以上に紬のことを心配していた。

律「……文芸部教室で何が起きたんだ?」

澪「分からない……だけどムギが何か事件に巻き込まれたことは確かだ」

梓「…やっぱり、バレー部に攻撃されて…?」

185: 2011/05/22(日) 14:43:03.47

澪「…それならとっくにここに連れてこられているはずだ。
  おそらくまだ捕まってはいないんだろうけど…」

律「澪は攻撃された時、文芸部教室の前に居たんだろ?」

紬の居る所に唯一近づくことが出来た澪も、バレー部特等兵の泉こなたに見つかり、
ギリギリまで応戦したが結局捕まってしまったのだ。

澪「…文芸部教室が完全に閉鎖された空間になっていたことを、あの泉こなたも
  知らなかった。あの現象はバレー部によるものじゃないことはあの驚きようから分かる」

もともとこなたは紬のいる文芸部を狙っていたらしい。
その時ちょうど居合わせた澪は、そのついでに捕えられたのだ。


唯「……私たち、これからどうなっちゃうんだろう……?」

唯がボソッと呟いた。

その言葉に、全員が沈黙する。

186: 2011/05/22(日) 14:45:09.41

澪「………もしかしたら、軽音部はもう駄目かもしれないな」

梓「!!」

澪「何故かは分からないけど、私たちは学園祭テロの首謀者として扱われている……
  バレー部の連中の言うことが本当なら、例え軽音部が解散しなくても防諜機関として
  今までのように権限が与えられることはないだろうな」

律「畜生ッ!なんで私たちが……!それもこれも『手品師(マジシャン)』の野郎のせいだ!!」

律が怒鳴り散らす。
それでも他のメンバーは押し黙ったままだ。
虚しく、暗い空気が4人にのしかかった。


ギィ・・・


律「!!」

拘置教室の扉が開いた。

入ってきたのは、視線を落とし、口を固く結んだ紬だった。

澪「ムギ!!」

4人は息を呑み、一斉に紬の元に集まる。

187: 2011/05/22(日) 14:53:00.66

「おとなしくしてなさい」

紬をここまで連れてきた教職員は冷たく言い放つと、扉をバタンと閉めた。

唯「ムギちゃん!心配したんだよぉ!」ダキッ

勢い余って唯が抱きつく。
それでも紬は表情を変えず、その場に立ちつくしていた。

律「……無事だったか?」

紬「…うん。みんな、心配かけさせてゴメンね…」

紬がそれぞれの顔を見ながら言う。

梓「ムギ先輩が無事なら………」

梓は少し涙声になっている。

澪「ふぅ…、これでひとまずは安心したよ」

紬「…………」

188: 2011/05/22(日) 14:55:31.31

律「……どうしたんだ?ムギ…」

唯「ムギちゃん……?」

紬がしばらく何も言わないことを察知し、4人に再び真剣な表情が浮かぶ。

紬「………あのね、みんな……これから私が言うことを信じてほしいの…」

意を決したように紬は話し始めた。


―――――


――――


―――




189: 2011/05/22(日) 15:09:24.95


◆  ◆  ◆


時は経ち、12月某日―――。

日の当たる時間は極端に減り、少し前までは紅い葉を灯らせていた木々も
今やその木皮を冷たい風にさらしていた。

律「う~っ、さぶい~……」ブルッ

律は埃の被った音楽準備室のドアノブに手をかける。

ガチャ

律「………まだ誰も来てない…か」

薄暗い部屋に、寂しく椅子や机が並べられている。
あれからまだ1カ月程度しか経ってないのに、まるで数年もの間放置されていたかのように
音楽準備室は哀愁に満ちていた。

律は懐かしむように部屋を眺め、手前のドラムに手を添えた。

律「……こんなに長くお前に触らなかったのは初めてかもな……」

ぼそっと独り言をつぶやく。

190: 2011/05/22(日) 15:14:59.08

ガチャ

律の背後で扉が開く音が聞こえた。

律「……澪か」

澪「なんだ律、もう来てたのか……早いな」

部屋に入った澪も、律と同じような反応をする。

澪「……ほんのしばらく来なかっただけなのに、すごく懐かしい気がするな…」

律「電気、つけるか」

律が壁のスイッチをパチンと押す。

澪「……約束だと、確か今日の夕方5時に部室に集合だったよな?
  まだ30分くらいあるぞ」

律「つっても楽器弾くのは流石にな……休日だからすぐバレるだろうし……」

律と澪は静かに椅子に腰かけた。

191: 2011/05/22(日) 15:20:59.21


――あの日、軽音部は解散した。


5人は執行猶予期間に桜高から逃げだし、散り散りに去った。
生徒会の手が及ばない地区に潜伏したり、誰かにかくまってもらったり……

次に会う日を約束し、その場所を軽音部の部室に選んだのは紬だった。

澪「……ムギは私たちをここに集まらせて、何をするつもりなんだろう」

律「さぁな……今ここで生徒会に見つかったらたまったもんじゃねーってのは確かだけど…
  休日の学校に忍び込んでる時点でアウトだし」

律が机に突っ伏し、いじけたように言う。

ガチャ

唯「おい~っす!」ビシッ

律「お、来たな」

唯「あれ~?まだ2人だけ?」

澪「ああ。久しぶりだな」

唯「ほんと、一ヶ月ぶりだねぇ~」

192: 2011/05/22(日) 15:23:34.37

ガチャ

律「ん?」

唯に続いて扉を開けたのは、梓だった。

唯「あずにゃ~ん!!」ダキッ

梓「きゃっ、ゆ、唯先輩お久しぶりです……他の先輩方も…
  あれ? ムギ先輩はまだですか?」

紬「呼んだ?」ヒョコッ

唯「どぅわ!?ム、ムギちゃんいつの間に!?」

紬は梓のすぐ後ろから顔を出した。
どうやら梓の後をついてきたらしい。

梓「忍者ですか……」

梓がぼやく。
そんなことはお構いなしに、紬は懐かしげに部室を見渡す。

紬「みんな集まってるみたいね」

193: 2011/05/22(日) 15:26:21.53

紬が唯と梓に、座るように促す。
5人はかつて放課後にそうしていたように、それぞれの席に座った。

紬「部屋の明かりは消しましょう。外はもう暗くなってるし、バレるとまずいわ」

そう言うと紬は部室の電気を消す。

唯「暗~い」

律「……ムギ、本当に今、ここで全部話してくれるんだろうな?」

律がいぶかしげに聞く。

紬「私が知っている限りのことはちゃんと話すわ。そのあと私たちがどうするのか……
  それはみんなで決めることよ」

澪「だけど、なんでわざわざこの場所なんだ?
  私たちはもう軽音部じゃないんだ。この部屋に立ち入る権限はないのに…」

紬「………言われたの。この日に、この場所に来るように…って」

律「……誰に?」

194: 2011/05/22(日) 15:30:01.96

紬「『手品師(マジシャン)』よ」

その名前が出た途端、全員が驚いたように目を見開いた。


紬は、学園祭の時に起きた出来事を全て4人に話した。
長門に『手品師(マジシャン)』が乗り移ったこと。
『手品師』の本来の目的は達成されず、その代わりに教員組合が自作自演し、
軽音部を潰そうと企んでいたこと。
オカルト研が桜高の魔技能力の源となっていたこと。
教員議会がそれを利用し、魔技兵器による独裁政治を目論んでいたこと。
そして『手品師』が、紬にある使命を託したこと……。

全てを話し終えた時、4人はさまざまな反応を見せた。

澪「そんな……信じられない」

律「だけどつじつまは合うな……その『手品師』は一体何者なんだ?」

唯「やっぱりシャロは犠牲者だったんだ……教員議会…許せない…!」

梓「……でも正直、まだ不明な点だらけです……何故『手品師』は軽音部に肩入れしながらも
  あの場から私たちを助けようとしなかったんでしょう?
  軽音部が解散してしまったらますます教員議会の思うつぼでは……」

195: 2011/05/22(日) 15:37:36.49

紬「梓ちゃんの疑問ももっともだけど、私たちを解散させ、再びこの場所に集まらせることに
  その答えがあるみたいなの……」

律「しかしそれだけじゃ何も分かんねーぜ……ここに何かあるってのか?」

紬「『手品師(マジシャン)』はマザーを起動して、私たちの『楽器』との連携プログラムに
  アクセスするように言っていたわ……」

澪「マザーに……?」

唯「きっとそこに何か手掛かりがあるのかも!」

唯が興奮気味に身を乗り出す。

律「……行ってみるか……」

5人は重たく腰を上げ、マザーの置いてある倉庫へと向かった。

ギィ・・・

倉庫の中は暗く、埃っぽい。
その狭い空間には無理に詰め込んだような巨大なコンピュータがどっしりと構えていた。

先頭をきった律がけほ、と小さく咳払いする。

律「真っ暗だな……」

196: 2011/05/22(日) 15:40:33.00

手さぐりで電源ボタンを入れると、ディスプレイに青白い光が映りだす。

静かな闇の中で『元』軽音部の5人の顔が照らされる。

唯「……りっちゃん、マザーいじったことあるの?」

律「…初めてだ。っていうかここは澪の出番だろ」

律がぐいっと身を引き、澪にモニタの正面の席を譲った。

澪「よし……」

澪が鮮やかにマザーのキーボードを叩く。
画面上のメッセージが次々と現れては消えていった。

梓「…すごい速いですね。何をしてるのかさっぱりです」

梓、唯、律は感心したように澪のタイピングを見ていた。

澪「技術部のメインコンピュータはもっと面倒だったんだぞ。
  それに比べればマザーは5つの『楽器』を制御するだけだから楽なもんだ」

197: 2011/05/22(日) 15:44:27.35

カタカタとキーボードを叩く音だけが響く。
5人は画面を注視していた。

澪「……これがそれぞれギー太、エリザベス、むったん、キー坊、ドラ美との
  接続タスクだ。今はどれも起動してないから状態は0だけど……」

そう言って澪は全員に説明した。

澪「そして、これがマザーのメインプログラム……ここに各『楽器』との並列リンクや
  相互アクセスプログラムがある」

澪が指をさした箇所にはいくつかのファイルが置いてあった。

律「つまりこのファイルの中を見てみろ、ってことか?」

律は澪の言ってることがさっぱり理解できていなかったが、
分からないなりに意見してみた。

紬「『手品師』は外部からこのファイルに細工したってことかしら……」

澪「可能性としては最も高いな」

澪はファイルを開いてみた。

198: 2011/05/22(日) 15:50:13.95

澪「!!……これだ…!」

唯「ど、どれ!?」

5人に緊張が走った。

澪「これは……テキストデータというより、実行ファイルみたいだな」

紬「…やってみましょう」

律「お、おい…大丈夫なのかよ…?」

2人だけで先に進もうとする紬と澪に対し、律は不安そうに訊ねる。

澪「…このデータを解析してる暇なんてない。それにファイル名からして
  これを立ちあげてくれと言ってるようなものだ」

梓「ファイル名は…『magician_presents』」

唯「なんかすごく怪しいけど……」

律「…ま、やるしかないか……澪、頼む」

澪は軽く頷くと、ファイルを実行した。

199: 2011/05/22(日) 15:53:25.68

ヴン・・・・・・

すると、懐かしい慣れた感覚が頭の中に入ってきた。

《久しぶりだね、紬。急で悪いけど、キミたちの脳に直接おじゃまするよ》

律「『知覚網(シェア)』だと!?」

全員、一斉に警戒する。
攻撃か?いや、どうやら『知覚網』だけを張られているようだ。
実害はないとすぐに判断したものの、5人は用心しながらその声を聞く。

《僕は『手品師(マジシャン)』。便宜上そう名乗っておくけど、本来僕に名前なんてないんだ。
 ま、そこは今は置いておこう》

《紬は僕のこと、みんなに話してくれたかな?》

紬「ええ、話したわ……」

《なら話は早いね。僕はあの学園祭の日、色々なものを失った……
 教員議会に出し抜かれ計画が失敗し、キミたち軽音部も巻き込んでしまった》

《そしてあの日を境に、僕の魔技能力も失われた。もはや僕に残っている物なんて
 何もない。こうやってキミたちと話すことしか出来ないんだ》

律「……私たちをここに呼んで、お前の目的はなんなんだ?」

律が流れを切るように鋭く質問する。

《……そうだね…結論から言おう。僕はキミたち軽音部を救いに来たんだ》

200: 2011/05/22(日) 15:58:24.13

唯「救う……?」

《そう。そしてその先にある未来……軽音部だけでなく、この桜高の未来までも
 決定してしまう二つの選択肢を、キミたちに選んでもらう》

紬「……何を言ってるの?私たちを救うのに桜高の未来が関わる……?」

素朴な疑問を投げかける。
しかし手品師はそのまま話を続けた。

《ひとつは、キミたちの信じる正義を全うし、この桜高を悪の手から解放する。
 上手くいけばキミたちは冤罪を証明して元の軽音部に戻ることが出来るだろう》

澪「だけど私たちはもう何の権限も持たない、追われる身なんだぞ。
  この状況からどうやって……」

《このマザーの深層記憶領域に教員議会とオカルト研、およびその他の部活動や組織との
 関わりを示す証拠になるデータを隠しておいた。それを使えば、例え追われている身でも
 外部から桜高へ情報を浸透させることが出来るだろう》

《上手くやればキミたちは何のリスクも冒さずに桜高に復帰できる。
 生徒会長直属の防諜機関として、再び活躍できるはずだ》

律「……なるほど……そのデータを、学園祭の時にお前がやったように
  全校生徒にばら撒けばいいってか…」

唯「確実な証拠があるなら、むしろ部外者になった私たちにこそ可能なことなのかも……!」

201: 2011/05/22(日) 16:01:50.20

確かに『手品師(マジシャン)』の持っているデータが証拠になるのであれば、根回しの効いてる
軽音部メンバーにとって情報の拡散は不可能なことではない。

5人は『手品師』の説明に納得した。

紬「…貴方の持つ証拠を私たちが掴めば、起氏回生の一手になることは間違いなさそうね…。
  それなら全てが元通りになるかもしれない……現教員議会の役員を桜高から追い出す以外は」

律「ならそれでいいじゃねーか。『手品師』さんよ、選択肢を用意する必要なんて
  無かったみたいだぜ」

律はもう勝ちを確信したかのように笑みをほころばせた。

《……僕が心配してるのは、その元通りになった桜高軽音部が、果たしてキミたちにとって
 本当に良い世界だと言えるのかどうか……そのことなんだよ》

唯「……どういうこと……?」

唯が不可解な表情に変わる。

《楽器も満足に弾くヒマもない、ティータイムも思う存分楽しめない……忙しく治安組織として
 桜高を守り続ける軽音部で、キミたちは幸せなの?》

202: 2011/05/22(日) 16:06:26.01

《キミたちが信じる正義を否定するつもりはない。この仕事だって、十分立派なものさ。
 だけどキミたちは知ってしまったはずだ……魔技と呼ばれる超能力が、ある人を傷つけてまで
 生み出された歪んだ力だってことを……》

5人はハッと思い出した。

自分たちの活動の源になっていた魔技は、オカルト研…ミルキィホームズから強制的に抽出した
人工能力だったことを。

《もし現教員議会の役員がいなくなっても、魔技能力者は残ったままだ。
 でもキミたちは魔技を使うことに疑問を持ちながらそれらと戦って行かなくちゃならない。
 それはとても辛く、苦しい道のりだよ……?》

《それに今の教員議会が一度解散しても、またそれに代わる存在が台頭するだろう…
 この世界には常に悪がいる。闘いは終わることなく、ずっと続くんだ》

律「……じゃあどうすりゃいいってんだよ!?そんなこと言ったって…
  今までだって私たちに出来ることを精一杯やってきたんだ!
  お前に何が分かる!?」

紬「りっちゃん、落ち着いて…」

紬が律をなだめる。
しかし律が怒る理由も、今の軽音部にはなんとなく理解できた。

自分たちだって、出来れば平和なままがいい……。
でもそれが不可能だと分かっているからこそ、こうやって軽音部として活動してきたのだ。

203: 2011/05/22(日) 16:12:45.80

《……その苦しみから解放される術を、僕は知っている》

澪「………なんだと?」

《キミたち軽音部は、本来こんな形で存在するべきじゃないんだ。
 本来の軽音部……それは毎日楽しく放課後を過ごし、何の事件も事故も起きない
 平和そのものの桜高で音楽を演奏し続ける世界の住人…》

律「そんなの幻想さ……」

《違う。幻想なんかじゃない。もうひとつの在るべき世界へ導く術を、僕は知っている。
 今の桜高に残るか、もう一つの桜高へ、もう一つの軽音部として生きていくか……。
 その選択を、キミたち5人に委ねる》

澪「……もうひとつの桜高に行ったら、私たちはどうなるんだ?」

《この桜高は、はっきり言ってしまえば『異常』な世界なんだ。
 幾多の平行世界がいびつに交差した結果、魔技なんていう能力が生まれた……
 元の世界に戻った時、軽音部は永遠の平和が約束される》

唯「永遠の……平和……」

にわかに信じがたい話だ。
先程まで迷うことなく『手品師』の証拠データを受け取ろうと考えていた律も、
その顔に曇りを見せていた。

204: 2011/05/22(日) 16:16:28.28

梓「その、元の世界に戻るための方法は……?」

《……ヒントは、桜高の人工魔技能力開発とは無関係に誕生したもう一つの魔技……
 巴マミたちの『魔法少女システム』だ》

唯「マミさんたちが……」

《彼女たちの魔法の生成ルートは、桜高のオカ研からの魔技抽出ルートから唯一独立している。
 そこに秘められた可能性は桜高の『魔技』以上だ》

《…キミたち軽音部が元の世界に戻るための鍵は二つある。ひとつは巴マミたち魔法少女を
 生み出すQBという存在……そしてもうひとつは、軽音部で唯一魔技を使えない人物……
 中野梓、キミだ》

梓「わたし……!?」

突然名指しされ、梓は戸惑う。
他のメンバーの視線が梓に向けられた。

《梓は魔技が使えないと言っても、実は潜在的に魔技使いになる条件をすでに満たしている。
 僕はこの可能性を残しておくため、今までわざと梓の魔技覚醒を防ぎ続けていた》

梓「!」

《詳しい説明は省くけど、今の梓にはQBとの魔法少女システムと桜高の魔技システムの
 両方を混同させた新しい可能性が秘められている。どちらの法則にも縛られない能力を
 持ってすれば、キミたちだけでなく他の人々も元の世界に戻ることだって出来るだろう》

205: 2011/05/22(日) 16:20:58.17

律「……なにやら良く分からねーが、そのQBってヤツに会えばいいのか?」

《とりあえずはそういうことだね。ちなみに今の梓ならQBが見えるはずだよ。
 巴マミたちの居場所はここに示しておく》

『手品師(マジシャン)』はそう言ってマザーのモニタに地図を表示し、巴マミ、美樹さやか、
佐倉杏子、暁美ほむら、そして鹿目まどかの位置情報を示した。

《QBはだいたい鹿目まどかと一緒にいるから、彼女を追えばいずれ会えるだろう。
 後は梓が願えばいい。交錯した平行世界の紐を解き、それぞれの在るべき世界へと
 還元するように……》

『手品師(マジシャン)』の話はそこで終わった。
5人の反応を待っているようだった。

紬「……治安組織の軽音部としてこのまま生きていくか、事件も何も起きることのない
  別の世界に移るか……その二択なのね」

律「現実的に考えるなら、このまま証拠のデータを私たちが引き継いで軽音部として
  復活するってのが妥当だろうな」

律が全員を見渡す。

律「………多数決で決めよう」

一人一人の眼を見ながら言った。






207: 2011/05/22(日) 16:35:04.04









―――ずさ

―――あずさ…

――おい……梓……!



梓「…………う……ん……」

律「おい!梓、起きろって!」バシバシ

梓「ん……痛いですよ律先輩……えっ!?」ガバッ

梓はハッと目を覚ました。
勢いよく顔を上げ、辺りをキョロキョロと見る。

澪「?どうしたんだ、梓?」

梓「え?あれ?」

目を点にして顔をひきつらせる。
全く状況が呑みこめない。

208: 2011/05/22(日) 16:36:35.36

梓は軽音部の部室に居た。
外は明るい。

軽音部のメンバーは全員、定位置に座って梓を不思議そうに見ていた。

唯「どうしたのあずにゃん……なんだか変だよ?」

梓「えっと……あれ?……なんで……」

紬「…どこか具合悪いの?さっきまでぐっすり寝てたみたいだし…」

梓「ね……寝てた?」

梓の頭は強烈な違和感を覚えたが、それが何なのか分からない。
自分が知らぬ間に寝ていたからだろうか?

いや、そうじゃない。
何かもっと根本的なところで、自分が何か大切なことを忘れているような……

梓は妙な胸騒ぎがしたが、次第に今の状況を受け入れ始めた。

梓「す、すいません……ちょっと昨日の夜遅くまで起きていたので…」

律「それにしても気付いたら熟睡してんだもんなー。びっくりしたよ」

唯「遅くまで起きてるなんて、あずにゃんはイケナイ子だねぇ~」ニヤニヤ

209: 2011/05/22(日) 16:38:39.76

梓「……そういえば今日って何月何日でしたっけ?」

どうしてそんなことを聞くんだろう。
梓は自分で自分の言ったことに疑問を抱いた。

澪「え?4月10日だけど……」

澪が怪訝そうに言う。

梓「……そうですよね」

梓は思い出した。
そうだ。今日は新歓に向けて話し合う予定で集まったのだ。

梓は二年生。
唯たちは三年生になり、新入生を集めるべく真面目に新歓ライブの
作戦を練りましょうと言い出したのは他ならぬ梓だ。

梓「すいません、ちょっと気が抜けてたみたいで……」

紬「気にしないでいいのよ~」

澪「ま、梓の言う通り、今年の新歓祭はちゃんと勧誘のことも
  考えておかないとな」

210: 2011/05/22(日) 16:40:44.60

澪がそう言うと、それぞれ適当な案を出し合ったりして会議が始まった。
紬が淹れる紅茶やお菓子を口に含みながら、梓は唯たちの会話を黙って聞いた。

梓(……何かが違う……でも、別にいつもと変わらない放課後の部活のはず……)

そんなことを考えているうち、梓はハッとギターの仕舞ってあるハードケースに目をやった。

梓(………むったん…?)

心の中でつぶやく。

まるでそこにあるムスタングに語りかけるように。

ひょっとすると返事をしてくれるかもしれない……

そんな淡い期待を抱きながら―――





楽器たちは静かに軽音部の声を聞いていた。




おしまい

引用元: 梓「生徒会長直属特殊治安組織『軽音部』……知らんがな」