1: 2014/09/24(水) 23:23:47.62
 - 夕方 765プロ事務所 -


P「正式には明日からになるが、みんなの仲間になる……」

ローラ「ロ…ーラ・ローラです。よろしくお願いします」

P「わからないことも多いだろうから、みんなもなるべく助けてやってくれ」

一同「「はい!」」

春香「はじめまして、ローラさん!」

ローラ「あ、はい……はじめまして」

やよい「はわ~、貴音さんみたいに綺麗な髪ですね~」

ローラ「ど、どうも」

響「ローラはどこか来たんだ?」

ローラ「どこから?」

響「外国の人じゃないの?」

ローラ「え? あ……月」

響「つき?」

ローラ「じゃなくて! えっと、アメリ…カです」

一同「「おお~!」」

貴音「……」

律子「はいはい、これから歓迎会だから。聞きたいことはあとにしなさい」

ローラ「……」

P「どうした?」

ローラ「い、いえ……」

P「ははっ、すぐに慣れるよ。もっと気楽にしてくれ」

ローラ「はい、ありがとうございます」


ローラ「慣れる、って言ったって……」


Shttps://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411568617

2: 2014/09/24(水) 23:25:10.34
アイマスと∀ガンダムのクロスです。
キャラや設定の解説は入れないので、∀未見だと話がわかりにくいと思います。
言語の問題とかは考えない方向で。

no title


4: 2014/09/24(水) 23:27:08.50
 - 歓迎会終了後 屋上 -


ああ、夜風が気持ちいい……。

こういう開放感のある空間が存在しているのはありがたい。


女性ばかりの職場とは聞いていたけど……。

その中にいて、本当に女性のフリなんてしていられるんだろうか。

考えれば考えるほど憂鬱になる。


歓迎会で触れ合った彼女たちは、とても素直で純朴で、でもみんな個性的で可愛らしかった。

あれこそが、たくさんの人に愛されるアイドルという存在なのだろう。


僕が、そのアイドルだって? 

しかもローラ・ローラという名の女性として?


もう考えるのも面倒になってきた……。


ローラ「今夜は満月か……」


こんなことなら、もう月に還りたい……。

そこはもう、僕の知る生まれ故郷ではないかもしれないけれど。


ローラ「え……」


銀色の光の波が、夜風にたなびく。

満月を背に、その人は佇んでいた。


ローラ「ディアナ様……?」

5: 2014/09/24(水) 23:28:26.31
貴音「……」

ローラ「あ……」

貴音「どなたと勘違いされているのかわかりませんが、わたくしは四条貴音です」

ローラ「し、失礼しました……四条さん」


そうだ、この人がディアナ様であるはずがない。

一瞬でも見間違えるなんて、どうかしている。

ディアナ様をお見送りしたのは、他の誰でもないこの僕なんだから。


貴音「……」

ローラ「……」


四条さんにも失礼なことをした。

さっきまで歓迎会で一緒だったじゃないか。


貴音「貴音……で、かまいませんよ」

ローラ「え? あ……貴音さん、ですね」

貴音「もう間違えないように」

ローラ「あ、はい……」

貴音「ふふっ」


月光に映えるその人は、とても美しかった。

6: 2014/09/24(水) 23:29:49.91
 - 翌朝 -


リリ「みなさん、おはようございます」

P「あ、リリさん。おはようございます」

一同「「おはようございまーす!」」

ローラ「……おはようございます」

リリ「今日からよろしくお願いしますわね、ローラ」

ローラ「はい……」


この女性は、僕の「古くから」の知人であるリリ・ボルジャーノ嬢。

わけあって、今はこの芸能事務所の実質的なオーナーに収まっている。

そのへんの経緯はいろいろとややこしいので、あとで整理するとしよう。


ある意味で、僕は幸運だったと思う。

今いるのは右も左もわからない世界だけど、そこには僕の知る人がいたから。

独りぼっちではないというだけで、とても心強い。


でも、今の僕の境遇を考えると、素直には喜べない。

ローラ・ローラなどとかつての偽名を持ち出して、アイドルなんてものをやることになったのは、

言うまでもなくこのリリ様の差し金なのだから。

10: 2014/09/24(水) 23:31:58.45
高木「おや、少し遅れてしまったかな」

リリ「ギャバン。私より遅れてくるとは何事ですか」

高木「いや、私は高木……」

リリ「口答えとは、ずいぶん出世しましたね、ギャバン・グーニー」

高木「いや、だからね……」


たしかに声は似ている。

というか、ギャバン隊長本人かと思うほどそっくりだ。

最初に紹介された時は、僕も本当に驚いた。


ローラ「社長、申し訳ありません! リリさ……んにも事情があってですね」

リリ「差し出口ですよ、ローラ」

ローラ「もう、なに言ってるんですかぁ」

高木「いやいや、気にしなくていいよ、ローラくん」

ローラ「でも……」

高木「ローラくんは今日からだったね。がんばりたまえ」

ローラ「はい、ありがとうございます」


リリ様はとてもお強い人だから、人前で弱みを見せたりしないけど……。

見知らぬ世界にあって、それはやはり辛いことだろう。


リリ様にとって、ギャバン隊長は幼いころからよく知る人だ。

もしかしたら、高木社長と彼を重ね合わせているのかもしれない。

少しだけ高慢でわがままなリリ様は、まるで出会ったばかりの頃の彼女のようだから。


リリ「なにを笑っているのですか、ローラ?」

ローラ「ごめんなさい……」


高木社長、同情します……。

11: 2014/09/24(水) 23:34:21.16
───

──




僕は今、長い眠りから覚めて見知らぬ世界にいる。

わかる限りで状況を整理しておこう。


僕の名はロラン・セアック。

月の運河人として生まれ育ったムーンレィスだ。

そして、この大地で生きることを選んだ地球人でもある……と、自分では思っている。


ディアナ様を看取るお役目を終えた僕は、その報告のために月を訪れた。

この事実を知るのは、ごくごく限られた人間だけだ。

その一人であるリリ様も、ボルジャーノ公の名代として同行していた。


月で反女王派による大規模な武装蜂起があったと聞いたのは、僕らが地球に還って間もなくのことだ。

「あった」というのは、僕たちが知るころには、すでにディアナカウンターによって鎮圧されていたから。


クーデターの首謀者は、失脚し冷凍刑の執行直前だったアグリッパ・メンテナー。

何者かの手引きで、自身とギンガナムの残党を糾合したらしい。

月訪問の際、アグリッパの減刑嘆願に協力したリリ様は、この件でひどく悔やまれていた。


だがこれは、地球の僕たちにとっては遠い月の出来事だ。

無事に鎮圧されたことに胸をなでおろし、また平穏な日常に戻る。

そのはずだった。


それからしばらく過ぎたところで、僕の記憶は途絶えている。

最後の記憶は、空に浮かぶ何かを見上げていたこと。

なにがあったのか、何を見たのか……思い出せない。


そして、この世界で目覚めた。

12: 2014/09/24(水) 23:37:09.24
それは、「昨日」まで使っていたベッドではなかった。

上体を起こして見渡してみても、やはり見慣れた寝室ではない。

寝覚めも、いつになく悪い。


これがいつもの日常の延長でないことは、すぐに思い知らされることになった。

まったく信じがたいことだが、僕は自分でも知らぬ間に、何千、あるいは何万年も未来の世界に目覚めたらしい。


もちろん、生身の人間がそれほどの期間を生きたまま眠ることはできない。

ムーンレィスとしては一般的な技術である、コールドスリープが使われたということだ。


いつの間に? まったく覚えはない。

いや、辿るべき記憶が途中で途絶えてしまってる。

僕に……僕たちになにがあったのか、今はなにもわからない。


眠った僕を発見してくれたのはリリ様だ。

彼女も同じくコールドスリープ処理をされていたが、装置の稼働限界の差で一年ほど早く目覚めたそうだ。


見知らぬ世界に放り出されるのが、どれほど心細いことか……。

僕にも似たような経験がある。


でも、僕は地球に降りるために必要な教育と訓練を受け、ともに行く仲間もいた。

リリ様のそれと比較することは、とてもできない。

13: 2014/09/24(水) 23:38:35.74
リリ「母の形見の首飾りを売って、生きるための糧と、そこから這い上がるための足掛かりとしました」

ロラン「形見を?」

リリ「どのような時代、世界にあっても、本物の価値は失われないものです」

ロラン「でも、そんな大切なものを……」

リリ「お母様であれば、そんなことより私が路頭に迷うことを悲しみます」

ロラン「……」

リリ「それに……縁あるものなら、いずれ私の元に戻ってきます。それまでどなたかに預けておくだけですわ」

ロラン「リリ様……」


それからわずか数か月で財を成し、新たに得た知己の縁で、遠く海を隔てたこの国に移住した。

日本、という国に。


本当にお強い方だ。

僕には、同じことなんてとてもできない。


リリ「私とて、独りだったというわけではありません」

ロラン「え?」

リリ「ついてきなさい、ロラン」

ロラン「はい?」

14: 2014/09/24(水) 23:40:09.11
 - リリ私邸 地下室 -


そこは、僕の記憶にある月の文明を思わせるような、なんとも未来的で無機質な空間だった。

一般的に地下室と呼ばれる施設とは、およそ掛け離れた広大な空間。

MSを数体格納できそうなこの空間には、なにかの工場か研究施設のように整然と機械が並べられている。


この私邸自体は、かつて商業施設として利用されていた建物を改築したものだそうだが……。

リリ様が数か月で築いた財産とは、僕の想像とは桁がひとつふたつ違うらしい。


一望すると、片隅に僕が眠っていたと思しきコールドスリープ装置が見える。

そして、もう一人の見知った顔。


ロラン「ホレスさん!?」

ホレス「やあ、お久しぶりですねロランくん」

リリ「ホレスさんとすぐに再会できたのは、私にとってもロランにとっても幸運でした」

ロラン「僕にとっても?」

リリ「コールドスリープの蘇生処置なんて、私にはわかりませんから」

ロラン「は?」

リリ「せっかく発見したロランを、半生で解凍してしまうところでしたわ」

ホレス「ははは」

ロラン「いや、笑えませんよ」


相変わらず、恐ろしいことをさらっと言う人だ……。

15: 2014/09/24(水) 23:41:44.60
ロラン「僕たちの他には?」

ホレス「当時の私の部下だった人たちが、何人かここで働いているよ」

ロラン「そうですか……」

リリ「……」


僕の知る名前が出てこないのは、つまりそういうことだろう。

僕が発見されたのだって、偶然や奇跡のような話なんだろうから。


キース、フラン、ジョゼフさん、シド爺さん、ヤコップさん、ブルーノさん……

ソシエお嬢さん……。


そもそも、彼らが僕たちと同じようにコールドスリープ処理をされているのか、それすらわからない。

仮にそうだとしても、僕たちと全く違う時代に目覚めていることだって考えられる。


ロラン「そうだ、月は? 月の人たちは?」

ホレス「わからない……」

ロラン「わからない?」

リリ「この世界の人たちは、ムーンレィスとその文明の存在すら知りません」

ロラン「どういうことですか?」

ホレス「私たちの故郷とは比べるべくもないが、この世界の技術レベルでも月を観測することはできる」

ロラン「?」

ホレス「つまり、痕跡すら残っていない……ということです」

ロラン「そん、な……」


それ以上、僕はなにも聞くことができなかった。

17: 2014/09/24(水) 23:43:34.87
それから一か月ほど、この世界……この時代のこの国で生きるための教育と訓練を受けた。


生きるために欠かせないものは多い。

いつまでもリリ様のお世話にならないためにも、まずは職が必要だ。


どのような方法で得たのか知る由もないが、僕がこの世界に生きる証明はすでにある。

それはいくつかの書類だったりカードだったり手帳だったりするのだが、そこにはこう記されていた。


『Laura Rolla 性別:F (ローラ・ローラ 性別:女性)』


ロラン「なんでそうなるんですか!?」

リリ「今風の女性のファッションというものも、なかなか似合っていますよ」

ロラン「そういうことじゃありません!」


素直に用意された服に着替えている僕も僕だけど。

まさか、この世界でまでこんな姿を……

どころか、女性として生きていかなきゃならないなんて……。

18: 2014/09/24(水) 23:45:26.38
リリ「仕事も用意しました」

ロラン「はい!?」

リリ「今、私がオーナーを務めている……」

ロラン「そんなの、勝手に決められても困りますよ! 僕だって……」

リリ「『僕』ではなく『私』です。いいですね、ローラ・ローラ」

ロラン「くっ……」

リリ「仕事の詳細は、事務所に向かう道すがら説明するとしましょう」

ロラン「事務所?」

リリ「それはあとで……」

ロラン「待ってください。このまま人前に出て、もし僕が男だと……」

リリ「『私』」

ロラン「……私が男だとばれたらどうするんですか?」

リリ「そのことなら、心配には及びません」

ロラン「え?」

リリ「ホレスさん、説明を」

ホレス「はい」

ロラン「ホレスさん?」

ホレス「今、ロランくん……失礼、ローラさんが着用している下着には、特殊な加工が施してあります」

ロラン「特殊加工?」

ホレス「自分で確かめてください」

ロラン「確かめるって……あれ?」

19: 2014/09/24(水) 23:47:20.75
ホレス「どうかな?」

ロラン「あるのに……な、無い!?」

ホレス「大丈夫、ありますよ。無いように見えるだけで」

リリ「ローラ、人前ではしたないですよ」

ロラン「し、失礼しました……///」

ホレス「成功のようだね」

ロラン「ど……どうなってるんですか、これ?」

ホレス「ナノスキン技術の応用だよ」

ロラン「ナノマシンの、ですか?」

ホレス「そう。目くらまし程度だが、日常生活レベルなら支障無いでしょう」

ロラン「目くらましって……」

ホレス「体型もいくらか女性らしく見えているはずだよ」

ロラン「下着を脱ぐと、元に戻るんですよね?」

ホレス「もちろん」

ロラン「……よくこんな技術が残ってましたね」

ホレス「私と部下たちが眠っていたのが、かつての研究室だったんだ」

ロラン「研究室ごとナノマシンで保護されていた、と?」

ホレス「その通りだ。理解が早くて助かるよ」

ロラン「地下の機械は……」

ホレス「ああ、そこから可能な限り機材を持ち出したんだよ」


それにしたって、なんてものを作ってくれるんだ。


僕が……こんな、女の人みたいな……///

いやいや! なにを考えてるんだ、僕は!


リリ「それでは出発しますよ、ローラ。急いで準備なさい」

ロラン「今からですか!?」

20: 2014/09/24(水) 23:49:02.47
そもそも、なぜリリ様がアイドルプロダクションのオーナーになったのか。

所属アイドルの一人、水瀬伊織さんのご実家である水瀬家とのご縁かららしい。


僕も詳しいことは聞いていないが、水瀬財閥はアメリカにいたころからのビジネスパートナーであり、

水瀬会長(伊織さんのお爺様?)とも個人的に親交があったそうだ。

地球人を見下していたアグリッパもリリ様はお気に入りだったようだし、

社会的地位の高い人間に好かれる才能でもお持ちなのだろうか。


当時、765プロの経営はかなり厳しい状況で、破綻寸前だったそうだ。

水瀬会長も支援を考えていたそうだが、ご実家からの干渉を嫌った伊織さんが、頑としてそれを突っぱねた。


そこで、代わりに支援を申し出たのがリリ様だ。

自分がオーナーに収まり、経営の立て直しを図るという条件で。


その後、プロデューサーさんが入社して、停滞していたアイドルの活動も徐々に軌道に乗っていった。

現在は破綻の危機を脱し、経営も順調らしい。


まったく、リリ様には驚かされることばかりだ。

21: 2014/09/24(水) 23:50:42.53
 - 移動中 車内 -


ロラン「でも、なぜアイドルなんですか?」

リリ「なぜとは?」

ロラン「ぼ…私に務まるとは思えません。それもローラ・ローラとしてなんて」


僕自身は興味がなかったが、ムーンレィスの文化にもアイドルに類するものはあった。

だから、自分にできるかどうかぐらいはわかる。


リリ「ローラならできると思うから、やってもらうのです」

ロラン「無理ですよぉ」

リリ「そんなことは、やってみてから言いなさい」

ロラン「うぅ……」


そもそもアイドルという職業は、容姿の優れた美女・美男子がやるものだ。

僕は女性に見えるような容姿ではあるが、特別優れているとは思えない。

まして、そういう女性たちの中に入るなんて……。


リリ「ふぅ……そこまでいくと、謙遜ではなく自虐ですね」

ロラン「どういう意味ですか?」

リリ「自分で考えなさい」

ロラン「わかりませんよ……」

22: 2014/09/24(水) 23:52:12.53
ロラン「だいたい、なんでローラ・ローラなんですか?」

リリ「アイドルというのは人気商売でしょう」

ロラン「ええ、まあ」

リリ「ローラのほうに、より価値を見いだせるということです」

ロラン「私は商品じゃないんですから……」

リリ「人間の魅力に価値を付する、という意味ではそうともいえます」

ロラン「商売人みたいなことをおっしゃいますね」

リリ「いけませんか?」

ロラン「……」


そうだった、この人はすでに商売人として大成しているんだ。

僕とは言葉の説得力が違う。


どうせ、僕がなにを言っても聞く人じゃないし……。

23: 2014/09/24(水) 23:53:56.20
リリ「それに、もし私たちと同じ境遇の人たちがいたら……」

ロラン「え?」

リリ「ローラ・ローラの名がアイドルとして広まることで、彼らに私たちの存在を知らしめることができるかもしれません」

ロラン「ああ……」


不本意ながら、∀……ホワイトドールのローラ・ローラの名は、かつての世界では広く知られていた。

リリ様の言うことは一理ある。

僕には考えの及ばないところまで、リリ様は考えられているんだ。


かつての友人知人たち……

もし彼らがこの世界に生きているのなら、ローラ・ローラの名を聞いて、あるいは……。


リリ「着きましたよ。ここです」

ロラン「ここが……」

リリ「ここから、あなたはローラ・ローラです」

ローラ「……」


こうして僕の……いや私の、「アイドル ローラ・ローラ」としての新たな人生が始まった。

24: 2014/09/24(水) 23:55:45.76
 - >>10から 765プロ事務所 -


P「今日は一日俺と一緒に行動して、仕事を見学してもらう」

ローラ「はい」

P「千早も一緒に送るから、少し待っててくれ」

千早「わかりました」

ローラ「千早さん、よろしくお願いします」

千早「……」ジー

ローラ「あ、あの……?」

小鳥「あ、ローラちゃん、ちょっといい?」

ローラ「なんですか?」

小鳥「スリーサイズってわかる?」

千早「……!」

ローラ「スリーサイズ? いや、私は……」

小鳥「プロフィールに必要だから、わからないなら計らないと」

ローラ「えぇ~……」

千早「ローラさん」

ローラ「は、はい?」

千早「あなた、もしかして……」

ローラ「?」

千早「いえ、辛いこともあるでしょうけど、お互い頑張りましょうね」

ローラ「え? ええ、そうですね」

小鳥「あら? さっそく千早ちゃんと仲良くなるなんて、なかなかやるわね、ローラちゃん」

千早「ふふっ、からかわないでください」

小鳥「うふふ」

ローラ「……?」

25: 2014/09/24(水) 23:57:32.09
 - 初日終了 車内 -


P「どうだった?」

ローラ「どう、といわれても……わからないことばかりです」


イベントとか、テレビの収録とか、レコーディングとか、各種レッスンとか……

あと、いろいろな人に挨拶したけど、あまり覚えていない。

やっぱり、僕にはよくわからない世界だ。


P「最初はそんなもんだ。なあ、春香」

春香「そうですね。私なんて、みんなより物覚え悪かったし」

P「ああ、春香には苦労させられたな」

春香「そこは少しぐらいフォローしてくださいよ~」

P「おかげで俺も勉強になったから感謝してるよ」

春香「ふーんだ! プロデューサーさんのイジワル!」

P「ははは」

ローラ「……」

P「そういえば、テレビ局のディレクターさんな」

ローラ「はい?」

P「ローラのこと気になってたみたいだぞ」

ローラ「え?」

春香「おお! 活動初日でさっそく大抜擢!?」

P「さすがにそれはないだろうけど、ローラは目立つからな」

ローラ「ぼ…私がですか?」

春香「たしかに」

ローラ「私なんか……そんな……」

26: 2014/09/24(水) 23:59:27.72
P「アイドルにとっては、人目を引くのも才能のひとつだぞ」

ローラ「自分では、わかりません」

P「……」

ローラ「……」

春香「ローラさん、もっと自信持ちましょう!」

ローラ「自信……」

春香「アイドルなんだから、いつだって顔を上げて笑顔じゃないと!」

P「お、さすが先輩。頼りになるな」

春香「からかわないでください!」

ローラ「笑顔、ですか」

P「慣れないうちは意識しても難しいだろうけどな。いずれ慣れるよ」

春香「そんなに難しいとは思いませんけど」

P「春香は、そのへん天然だからな~」

春香「天然ってなんですか!」

P「ははは」

春香「もう!」

ローラ「……」

P「当面はレッスンがメインになる。厳しいと思うがついてきてくれ」

ローラ「わかりました」

春香「明日は私たちと一緒にダンスレッスンですよね?」

P「そうだな」

春香「ローラさん、明日はよろしくお願いします!」

ローラ「あ、はい。こちらこそ」

27: 2014/09/25(木) 00:01:06.87
 - ダンスレッスン -


真「はい、タンタンタンタタタンタターン」

ローラ「……」

春香「……」

響「春香ー、少し遅れてるぞー」

春香「うはっ……」

真「ローラは腕の振りをもっと大きく」

ローラ「は、はい!」

響「うん、いい感じ」

真「それじゃ、少し休憩にしようか」

春香「ふぁ~い……」

ローラ「ハァ……ハァ……」


 ───


響「ローラはリズム感いいなぁ」

ローラ「そうですか?」

真「うん、身体能力もすごく高いよね」

ローラ「それはまあ、男だし……」ボソッ

真「え?」

ローラ「い、いえいえ!」

春香「すぐに上達しちゃうんだもん、羨ましいなぁ」

ローラ「それほどでも……」

響「そうそう、春香なんて最初の頃は」

春香「私のことはいいよ!」

真「あはは」

28: 2014/09/25(木) 00:02:33.97
響「ローラって、もしかしてダンスやってた?」

ローラ「社交ダンスなら、昔、少し」

真「社交ダンスか~、いいなぁ」

ローラ「?」

真「ボクなんて空手だよ、空手」

ローラ「カラテ?」

響「ねえ! 自分にも教えてよ、社交ダンス!」

ローラ「え?」

春香「あ、私も!」

真「ボクも!」

ローラ「ええ!? ぼ…私なんて、人に教えられるほどじゃ……」

真「いいからいいから」

春香「私たちの仕事でも、なにか役に立つかもしれないしね」

響「春香は通常のダンスレッスンが先」

春香「う……痛いところを」

真「あはははは」

春香「もう、真までー!」

29: 2014/09/25(木) 00:04:14.58
ローラ「ははは……みなさん、ほんとに仲がいいですね」

春香「それがうちの事務所のいいところですから!」

ローラ「そういうの、羨ましいです」

響「ローラもさ!」

ローラ「はい?」

響「それダメ!」

ローラ「な、なにがですか響さん?」

響「それもダメ! さん付けとか敬語はやめて」

真「あ、それはボクも思った」

ローラ「そ、そんなこといきなり言われても」

春香「そうだね。私もローラって呼んでいいかな?」

ローラ「はい、それはかまいませんけど……」

響「ほらまた!」

ローラ「あぅ……」

響「わかった?」

ローラ「はい……」

春香「はい?」

ローラ「あ……う、うん。わかったよ」

三人「「よろしい!」」


女の人三人に勝てっこないよ……。

でも、こういうのも悪くないかな。ははっ。

30: 2014/09/25(木) 00:05:47.97
 - 愛称 -


亜美「どうする?」

真美「ん~……」

ローラ「な、なに? どうしたの二人とも?」

亜美「ちょっと待って!」

真美「今、考え中だから!」

ローラ「へ?」

真美「ロラロラ?」

亜美「ゴロ悪くない?」

真美「たしかに……」

ローラ「いったい、なんなの……?」

亜美「黒お姫ちん?」

真美「あはは、そりゃないっしょ」

亜美「あはは、だよね~」

リリ「あら? なんの話ですか?」

亜美「あ、リリっち」

ローラ「ぼ…私も、なにがなんだか」

真美「そういえば、このあいだリリっちが……」ヒソヒソ…

亜美「ああ、あれ? いいかも……」ヒソヒソ…

ローラ「?」

リリ「?」

31: 2014/09/25(木) 00:07:30.56
あみまみ「「よし! ロランでどうだ!」」

ローラ「えぇ!?」ドキッ

リリ「ロラン? なんですか、それは?」

ローラ「え?」

リリ「双子さんに聞いたんですよ」

亜美「ローラお姉ちゃんの愛称だよ!」

真美「二人で話してたとき、リリっちが使ってたっしょ?」

リリ「ああ……聞かれてましたか」ボソッ

ローラ「……」

あみまみ「「どう?」」

リリ「いいんじゃないでしょうか。ねえ、ローラ?」

ローラ「いや、使い分けがややこしく……」

亜美「つかいわけ?」

ローラ「う、ううん! なんでもないよ!」

真美「じゃあ、オッケー?」

ローラ「あ~……うん」

あみまみ「「じゃあ、ロランで決まり!」」

ローラ「ああ、また面倒が増えた……」

リリ「そのぐらい、なんとかなさい」

ローラ「人ごとだと思って~」

あみまみ「「?」」

34: 2014/09/25(木) 00:09:43.94
 - ボイストレーニング終了後 -


美希「ローラってさ、男の子みたいな声してるよね」

ローラ「ええっ!?」ドキッ

あずさ「美希ちゃん、そんなこと言ったら失礼よ」

伊織「こいつが失礼なのは、いつものことでしょ」

美希「むぅ~……デコちゃんこそ失礼だと思うな」

伊織「デコちゃん言うな!」

あずさ「あらあら」

千早「ふふっ」

美希「千早さんはどう思う?」

千早「そうね……」

ローラ「……」

千早「声変わり前の少年みたいな声質だとは思うけど」

美希「だよね! さすが千早さんなの」

伊織「美希の耳なんて信用できないけど、千早が言うならそうかもね」

美希「デコちゃんは一言多いの」

あずさ「うふふ、伊織ちゃんはツンデレさんだから」

美希「あはっ♪ デコちゃんツンデレ」

伊織「誰がツンデレだ!」

ローラ「あはは……」


千早、正解……。

ていうか、とっくに声変わりしてていいような歳なんだけどなぁ……。

35: 2014/09/25(木) 00:12:19.04
貴音「おや、みんなも休憩ですか?」

あずさ「あら、貴音ちゃんと雪歩ちゃん」

美希「ん~ん、ミキたちはもう終わりだよ~」

雪歩「お茶持ってきたから、みんなもどうぞ」

あずさ「声を出した後だから助かるわ~」

伊織「オレンジジュースじゃないのは不満だけど、せっかくだからもらってあげるわ」

千早「ありがとう、萩原さん」

雪歩「いいよぉ、好きでやってることなんだから」

貴音「では、わたくしも」

雪歩「はい、四条さん」

貴音「ローラも、遠慮せずこちらへ」

ローラ「は、はい」

雪歩「はい、ローラちゃん」

ローラ「どうも……」

雪歩「きゃっ!」サッ

ローラ「え?」

あずさ「ど、どうしたの雪歩ちゃん?」

雪歩「あ、あれ? 私どうしたんだろ?」

伊織「なによ、男の手に触ったわけでもないのに」

ローラ「う……」

貴音「……」

36: 2014/09/25(木) 00:14:20.29
伊織「美希といい雪歩といい、なんなのよ? こいつのどこを見ても女にしか見えないでしょ」

美希「ローラが女の子なのはわかってるよ~」

雪歩「そ、そうだよね」

千早「ふふっ、ローラが男性なんてありえないわ」

あずさ「そうね~、むしろうちで一番女性らしいと思うわ」

貴音「そうですね……」

ローラ「うぅ……」


ばれても困るけど、そこまで女の子だと断言されるのも……。

自分が本当に男なのか、自信がなくなってきた……。


雪歩「ごめんねローラちゃん? お茶かからなかった?」

ローラ「う、うん……大丈夫だよ」

P「みんな、お疲れ様」

一同「「お疲れさまでーす!」」

P「俺もお茶もらえるか?」

雪歩「は、はい。どうぞ」

P「おう、ありがとう」

美希「雪歩センサーは、プロデューサーでギリギリセーフか~」

伊織「なに言ってるのよ……」

P「貴音とローラ、ちょっといいか」

ローラ「はい?」

貴音「なんでしょう?」

P「話があるから後で俺のところに来てくれ」

ローラ「話ですか? わかりました」

貴音「かしこまりました」

37: 2014/09/25(木) 00:16:28.76
 - 765プロ事務所 -


ローラ「ユニット……ですか?」

貴音「わたくしとローラが?」

P「そうだ」

ローラ「待ってください」

P「なんだ、不服か?」

ローラ「違います。私なんてまだ不慣れだし、足を引っ張るだけじゃ……」

貴音「……」

P「だからこそだ」

ローラ「?」

P「貴音なら、技術面でもメンタル面でもローラをフォローできるし、手本としても申し分ない」

貴音「そのように買い被られても困りますが」

P「俺はそう思ってる。それにな」

ローラ「はい?」

P「ローラはもっと積極的に前面に出ないとダメだ」

ローラ「え?」

貴音「それは、わたくしも思います」

ローラ「ええ!?」

P「今すぐソロで、っていうのは難しいからな」

貴音「それでゆにっとですか」

ローラ「……」

P「そうだ。やってくれるか?」

貴音「わかりました。よろしくお願いします、ローラ」

ローラ「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」


貴音さん……少しだけディアナ様に似た人。


整理しきれない多くの想いが、まだ僕の中に燻っている。

また心をかき乱されそうで、少しだけ複雑だ……。

38: 2014/09/25(木) 00:18:51.30
 - ライブ会場 控室 -


ローラ「き、着替えですか?」

P「ああ、ステージ用の衣装だ」

ローラ「だ、だって……みんないるのに」

P「ん? もちろん俺は外に出るぞ?」

ローラ「そうじゃなくて、その……」

P「音無さん、ローラの衣装を」

小鳥「は~い。ローラちゃんのはこれね、どうぞ」

P「あ、あの……」

亜美「なになに? どしたの?」

真美「着替え? 手伝ったげよっか?」

小鳥「あ、私も手伝うわ」

三人「「うひひ……」」ニタァ

ローラ「ひぃっ!?」

P「ん?」

ローラ「わ、私……トイレで着替えてきます!」

 ダダダッ

P「おい、ローラ!?」

あみまみ「「あれれ?」」

小鳥「どうしちゃったのかしら?」

律子「……そこの三人」

三人「「うっ!?」」

律子「ちょっとこっち来なさい」

小鳥「私もですか!?」

真美「ま、まだなにもしてないよー!」

亜美「ヌレギヌだー!」

39: 2014/09/25(木) 00:20:56.76
 - 同日夜 リリ私邸 -


今日はどさくさでごまかせたけど……。

今後のことを考えたら、これは切実な問題だ!


リリ「だから、ばれないようにしてあるではないですか」

ローラ「ばれるとか、ばれないとかじゃないですよ!」

リリ「では、なんですか?」

ローラ「僕が女性の着替えの場にいることが問題なんです!」

リリ「そんなことは、あなたが気にしなければ済む話でしょうに」

ローラ「これは女性の尊厳の問題です!」

ホレス「ロランくんは真面目ですねぇ」

リリ「まったく、融通の利かない朴念仁ですこと」

ローラ「だったら、リリ様!」

リリ「はい?」

ローラ「リリ様のお着替えに僕が居合わせても、気になさらないんですか!?」

リリ「追い出すに決まっているでしょう?」

ローラ「……」プルプル…

リリ「冗談ですわ」

ローラ「なんなんですか、もう!」

リリ「ローラの言うことももっともです」

ローラ「は? あ……はい」

リリ「適当な理由を付けて、今後は便宜を図ってもらうようにします」

ローラ「……」

リリ「それでいいですね?」

ローラ「……変な理由はやめてくださいね」

リリ「善処しますわ」

40: 2014/09/25(木) 00:22:44.26
 - ユニット レコーディング -


スタッフ「次、ローラさんお願いしまーす」

ローラ「あ、はい!」

貴音「もっと肩の力を抜きなさい、ローラ」

ローラ「は、はい」


緊張するなといわれても、それは無理だ。

人前で歌うのは慣れてきたけど、レコーディングは初めてだし勝手が違う。

それが形あるものとして残され、顔の見えないたくさんの人たちに届くと思うと……足が震える。


レーベルP「ん~……少し休憩してからリテイクしようか」

ローラ「はい、ごめんなさい……」

貴音「……」

ローラ「やっぱり私には早すぎたんじゃ……」

貴音「そう思うのなら、今すぐお辞めなさい」

ローラ「え?」

貴音「続けるだけ時間の無駄というものです」

ローラ「そんなことしたら……」

貴音「ええ、どれだけ多くの人に迷惑がかかるかわかりませんが、それも仕方ないでしょう」

ローラ「……」

貴音「あなたが言い出せないのなら、わたくしが言います」

ローラ「待ってください!」

貴音「なんですか?」

ローラ「僕だって、そこまで言われたら引き下がれません!」

41: 2014/09/25(木) 00:24:36.86
貴音「……」

ローラ「……」

貴音「『僕』ではなく『私』では?」

ローラ「え? ……あ」

貴音「ふふふ」

ローラ「いや、これはその……」

貴音「やっと、少しだけ本当のローラを見せてくれましたね」

ローラ「……」

貴音「人の心を動かすのは、偽りのない真実だけです」

ローラ「真実……」


僕は、たしかにローラ・ローラであろうとしすぎていたのかもしれない。

本当の自分を見失うほどに……。


僕はロラン・セアックであり、ローラ・ローラでもある。

今はそれでいい。


貴音「顔つきが変わりましたね」

ローラ「そうですか?」

貴音「ええ、今は真っ直ぐわたくしの目を見ています」

ローラ「……」

貴音「その気持ちを忘れないように」

ローラ「はい」

レーベルP「よし、そろそろ再開しようか」

ローラ「はい! お願いします!」

42: 2014/09/25(木) 00:26:52.91
 - リリ私邸 -


こうして、僕のアイドル活動が始まってから3か月ほどが過ぎた。

語り切れない出来事と、多くの出会いがあって、ローラ・ローラは少しだけアイドルになれた……と思う。


でも……アイドルって、未だにわからないことばかりだ。


リリ「どうです? そろそろ慣れましたか?」

ローラ「ええ、まあ」

リリ「頼りない返事ですね」

ローラ「まだ大丈夫だと言えるほどは自信がないですから」

リリ「ふぅ……男の子でしょうに」

ローラ「こんな恰好をさせておいて、なに言ってるんですか……」

ホレス「ところでロランくん」

ローラ「なんですか?」

ホレス「四条貴音嬢のサインをいただくことはできませんか?」

ローラ「はい? 頼んではみますけど……」

ホレス「おお、それはありがたい。ぜひお願いします」

リリ「ホレスさんは、貴音さんが一押しですか?」

ホレス「ええ、あの凛とした佇まい……年甲斐もなく心奪われました」

ローラ「……」

ホレス「ははは、これはお恥ずかしい」

リリ「そこはお世辞でもローラと言っておくものですわ」

ホレス「失礼、そういうものですか」

ローラ「そんなお気遣いは結構です……」

43: 2014/09/25(木) 00:28:27.73
 - サイン&握手会 -


ファン1「ロォォラァァァァ!」

ファン2「褐色隻眼銀髪萌えぇぇぇ」

ローラ「!?」

P「どうした?」

ローラ「な、なんなんですか、あの人たちは!?」

P「今日のイベントに来てくれたファンだ、笑顔で応えろ」

ローラ「笑顔で……」

P「……」

ローラ「……」ニコッ

 ウオォォォォ!

ローラ「すごい……」

P「どうだ?」

ローラ「私にも……こんなことができるんですね」

P「ローラも、だいぶアイドルらしくなったな」

ローラ「これが、アイドル……」


まだ、よくわからないけど……。

少しだけ、自信が出てきた気がする。

44: 2014/09/25(木) 00:30:30.82
春香「あ、ローラ」

ローラ「春香、みんなも」

P「俺は会場の担当者に挨拶してくるから、みんな頼むぞ」

一同「「はい!」」

亜美「うおっ! ロランのとこ、結構お客さん集まってんね」

美希「ミキのほうが勝ってるけどね♪」

真「デビューして三か月ぐらいでこれならすごいよ」

ローラ「そ、そうかな?」

あずさ「うふふ、私も負けてられないわね」

ローラ「そんな……」


みんながいなかったら、もっと早く諦めていたと思う。

もっと頑張って、みんなに並ぶことができたら……きっと感謝の気持ちを伝えよう。

この素敵な仲間たちに……。


 ウオォォォォ……!


ローラ「ん?」

亜美「あれ? あっちでもイベントやってんの?」

あずさ「そうみたいね」

美希「アイドル?」

春香「あ~たしか……ローラと同じころに出てきたアイドルだったと思うよ」

真「うん、メリーだかマリーだかって名前だったかな」

ローラ「……」

春香「それじゃ、私たちも頑張ろう!」

一同「「おー!」」

45: 2014/09/25(木) 00:32:44.32
 - テレビ局 オーディション -


今日は、テレビ局の歌番組のオーディション。

僕と貴音さんのユニットで挑むのは初めてだ。


いつまでも貴音さんの足を引っ張ってはいられない。

この日のために、やれるだけのことはやってきた。

どんな結果でも、悔いだけは残さないように。


でも……。

結果は惜敗。


合格したグループと僕たちに……いや僕に、明らかな実力差があったとは思わない。

貴音さんだけなら、おそらく負けるほどの相手じゃなかった。


でも、ユニットとしての結果は敗北だ。

46: 2014/09/25(木) 00:34:22.51
ローラ「負けちゃいましたね……」

貴音「ええ……」

ローラ「私が……足を引っ張らなければ」

貴音「……」

ローラ「ごめんなさい……」

貴音「本気で言っているんですか?」

ローラ「え?」

貴音「どうなのです?」

ローラ「だって……貴音さんなら勝てる相手だったのに」

貴音「わたくしなら?」

ローラ「そうじゃないですか」

貴音「……」

ローラ「……」

貴音「わかりました。では、ゆにっとは解消しましょう」

ローラ「……え?」

貴音「わたくしからプロデューサーに申し出ます。それでいいですね?」

ローラ「な、なに言って……」

貴音「帰ります」

 スタスタ…

ローラ「貴音さん!?」

47: 2014/09/25(木) 00:36:09.74
 タタタッ…

少女「ここがテレビ局か! あははっ」

ローラ「貴音さん、ちょっ……」

 ドンッ

少女「きゃっ!」

ローラ「ご、ごめんなさい! 急いでるんで」

少女「あ、ちょっと!」

貴音「先に行きますよ、ローラ」

ローラ「待ってくださいってば!」


少女「ローラ?」


ローラ「あれ? さっきの人、どこかで……?」


少女「あいつ、まさか……」

青年「そのまさかだな」

少女「あっ! あんた、ここにいたんだ」

青年「お前こそ、あまり勝手に動き回るんじゃない」

少女「あいつ……やっぱり、そう?」

青年「ああ、間違いない」

少女「グエン、あんたまだ……」

青年「昔のことだ、メリーベル」

メリーベル「ふ~ん……」

グエン「……」


グエン「ローラ、か……」

53: 2014/09/25(木) 14:39:08.16
ユニバアアアアアアアアアアアアアス!!!!

57: 2014/09/26(金) 22:43:09.79
 - 翌日 765プロ事務所 -


P「貴音から話は聞いた」

ローラ「プロデューサーさん……」

P「ユニットをどうするかは、お前たち二人に任せる」

ローラ「……」

P「決められないか?」

ローラ「……」コクッ

P「なら、お前はどうしたい?」

ローラ「……わかりません」

P「わからない?」

ローラ「私が足手まといになっているのは事実ですから」

P「それは俺も貴音も承知している」

ローラ「そう、ですよね」

P「その上で、貴音のパートナーとして相応しいと思ったから、ユニットを組ませた」

ローラ「相応しい? そうでしょうか?」

P「貴音もな。あいつは嫌なら遠慮なく拒絶するよ」

ローラ「でも……今回のことで、愛想を尽かされたんじゃないですか?」

P「だったら、あんなに怒るわけがないな」

ローラ「怒る? 貴音さんが?」

P「ああ、あんな貴音は初めて見た」

ローラ「私に……ですか?」

P「お前が思ってるのとは、たぶん意味が違うけどな」

ローラ「……」

P「ユニットの解消は保留にしておく」

ローラ「はい……」

P「あと、これは俺からの宿題だ」

ローラ「宿題?」

P「お前は、アイドルとしてどうしたい? どうなりたいんだ?」

ローラ「アイドルとして……」

P「少し考えてみてくれ」

ローラ「わかりました……」

58: 2014/09/26(金) 22:44:39.20
 - 同日 仕事終わり -


僕がアイドルを続ける理由。

アイドルとしてどうしたいのか。

かつて同じ時代に生きた仲間たちを見つけるため?


違う。それは目的であって目標じゃない。

でも、他になにがある?


アイドルとして……この問いに対して、僕はなにも持っていない。

僕がアイドルになったのは自分の意思じゃなく、ただのなりゆきなんだから。


みんなとは……違う。

みんなに追いつくなんて、初めから無理だったのかもしれない。


春香「ローラ、どうしたの?」

ローラ「え? ううん、なんでも」

春香「ふ~ん……」

千早「……」

やよい「なんだか元気ないですよ?」

ローラ「だ、大丈夫だよ」

春香「ほんとに?」ジー

ローラ「う、うん」

春香「……」

響「ローラは嘘が下手だなぁ」

ローラ「う……」

春香「響ちゃんも人のこと言えないけどね」

響「あはは、それほどでも……って、なんでだー!」

やよい「ケンカはダメですよ!」

春香「してないしてない!」

響「仲良し仲良し!」

千早「まったく……」

59: 2014/09/26(金) 22:46:19.12
響「貴音となにかあったの?」

ローラ「うん、ちょっとね……」

やよい「仲直りしないとダメですよ?」

ローラ「それは、わかってる……」

千早「他にもなにかありそうね」

ローラ「……」

春香「そこで黙っちゃうのは水臭いんじゃない?」

ローラ「うん……みんなは、なんでアイドルになったの?」

春香「ん? 私は小さいころからの夢だから」

ローラ「夢……」

やよい「私はお父さんとお母さんを助けたいからです」

響「自分は……ん~、なんだろ?」

千早「……」

ローラ「目指しているものは違うはずなのに、勝ったとか負けたとか、よくわからないんだ」

春香「?」

響「目指しているもの?」

千早「アイドルとして、どうなりたいかってこと?」

ローラ「うん……」

やよい「それって、みんな同じじゃないかなーって」

ローラ「え?」

千早「私は、自分には歌だけしかないと思っていた」

ローラ「……」

千早「でも、今は違うわ。自分がアイドルだということに誇りを持っているから」

ローラ「誇り……」

春香「千早ちゃん……」

60: 2014/09/26(金) 22:47:58.39
響「自分も、765プロのみんなが仲間でよかったぞ!」

ローラ「仲間……」

響「みんなと一緒に同じものを目指せるからね」

ローラ「同じもの?」

やよい「私もです!」

ローラ「?」

やよい「他になにもできないから、これだけは絶対に諦めちゃダメだって!」

春香「私も……他のみんなもね」

ローラ「春香……」

春香「理由とか目的とかは違うけど、目指すものはみんな同じだよ」

響「うん!」

やよい「はい!」

千早「そうね」

春香「私たちはアイドルだから……」

四人「「トップアイドル!」」

ローラ「トップアイドル……」

春香「同じものを目指しているからこそ、誰にも負けたくないんじゃないのかな」

響「自分だけ置いてかれるのは悔しいからね」

ローラ「悔しい……そうか」

春香「ん?」

61: 2014/09/26(金) 22:50:11.59
ローラ「私は、みんなに……貴音さんに追いつけないのが悔しかったんだ」

春香「え?」

ローラ「え?」

春香「ローラってそのへん淡々としてるから、そういうこと気にしてないのかと思ってた」

響「そんな、春香じゃないんだから」

春香「そんなこと言ったら春香さんに失礼だよ……って、私のことか!?」

やよい「ケンカはダメです!」

はるひび「「ノーノー!」」

千早「四条さんも、そういうところがあるわね」

ローラ「?」

響「あ~……貴音とローラって結構似た者同士かもね」

春香「そう?」

響「貴音っていつもすましてるけど、あれで意外と意地っ張りで子供っぽいところがあるよ」

やよい「貴音さんがですか? ん~?」

千早「似た者同士だからこそ、言葉じゃないとわからないこともあるのかもしれないわね」

ローラ「言葉……」

春香「そういうことなら、ここで私たちと話しててもしょうがないよね」

ローラ「え?」

春香「貴音さんと話してこなきゃ」

千早「私もそう思うわ」

ローラ「春香、千早……」

やよい「貴音さんと仲直りできるように、私も応援します!」

ローラ「やよい……ありがとう」

響「貴音のことだから、たぶん今はあそこじゃないかな」

ローラ「?」

62: 2014/09/26(金) 22:51:45.89
 - ラーメン屋 -


貴音「ローラ……なぜここへ?」

ローラ「ラーメンを食べに来たんですよ。いけませんか?」

貴音「いいえ、店に来てなにも食べないほうが失礼というものです」

ローラ「ヤサイアブラカラメニンニク! 」

 ヤサイアブラカラメニンニク!

貴音「わたくしと張り合うつもりですか?」

ローラ「そうだと言ったら?」

貴音「望むところです」

ローラ「私が勝ったら、ユニット解消は撤回してもらいます」

貴音「できるものなら」

 ハイ、オマチ!

ローラ「いただきます!」

貴音「いただきます」

63: 2014/09/26(金) 22:53:21.14
貴音「……」ズズズ…

ローラ「……」ズズズ…

貴音「……」ズズズ…

ローラ「……」ズズズ…

貴音「なんですか? 言いたいことがあるなら言いなさい」ズズズ…

ローラ「私はやっぱり、貴音さんの足手まといだと思います」ズズズ…

貴音「まだそんなことを……」ズズズ…

ローラ「事実は事実です」ズズズ…

貴音「……」ズズズ…

ローラ「春香たちに教えられて、やっとわかりました」ズズズ…

貴音「なにがですか?」ズズズ…

ローラ「見下されるのは悔しいってことが」ズズズ…

貴音「わたくしは、見下してなどいません」ズズズ…

ローラ「してますよ!」

貴音「していません!」

ローラ「……」

貴音「……」

ローラ「そんな悔しい思いはしたくないから……だから、もう弱音は吐きません」ズズズ…

貴音「……」ズズズ…

64: 2014/09/26(金) 22:54:44.31
貴音「ローラこそ、わたくしなどより春香や響のほうがいいんじゃないですか?」ズズズ…

ローラ「ユニットですか?」ズズズ…

貴音「ええ、ずいぶん仲が良いようですし」ズズズ…

ローラ「そうですね。彼女たちはいい友達です」ズズズ…

貴音「……少しも否定しないのですね」ズズズ…

ローラ「……ヤキモチですか?」ズズズ…

貴音「なっ……!」

ローラ「貴音さん以外とユニットを組むつもりなんてありませんよ」ズズズ…

貴音「そ、そんな気遣いは無用です」

ローラ「箸が止まってますよ」ズズズ…

貴音「くっ……」

ローラ「私のパートナーは貴音さんしかいません」

貴音「……」

ローラ「……」

貴音「そう、ですか……///」

65: 2014/09/26(金) 22:56:09.68
ローラ「後はつゆを……うぷっ」

貴音「それ以上は無理です。丼を置きなさい」

ローラ「負けを認めろと?」

貴音「こんなことで勝った負けたなどと……体を壊したらどうするんですか」

ローラ「冗談じゃない。約束は守ってもらいます」

貴音「……」

ローラ「もう二度とユニットを解消するなんて言わせません!」

貴音「……!」

ローラ「……」ゴクゴク…

貴音「……」

ローラ「ぷはっ……! わ、私の勝ちですね?」

貴音「ふぅ……わかりました、わたくしの負けで構いません」

ローラ「ユニットは?」

貴音「もちろん続けます。もう二度と辞めるなどとは言いません」

ローラ「約束ですよ?」

貴音「はい、約束します」

ローラ「はぁ~……よかったぁ」

貴音「ふふっ」

66: 2014/09/26(金) 22:57:54.45
貴音「わたくしも、ローラに言われてわかったことがあります」

ローラ「え?」

貴音「オーディションで勝てなかったのは、ローラを支えきれないわたくしが悪いのだと思っていました」

ローラ「……」

貴音「こう思うということは、やはり心のどこかではローラを下に見ていたのでしょう」

ローラ「……」

貴音「とんだ思い上がりです。わたくしとローラは対等なパートナーなのに」

ローラ「対等な……」

貴音「わたくしも、パートナーはローラ以外に考えられません」

ローラ「貴音さん……」

貴音「次は、勝ちますよ」

ローラ「もちろんです」

貴音「二人でともに目指しましょう……トップアイドルを」

ローラ「トップアイドル……」

貴音「……」

ローラ「はい……きっと、貴音さんと二人で」

貴音「では、これも約束ですよ」

ローラ「はい!」


貴音「ふふっ……では、次のお店に行きましょうか」

ローラ「そ、それは無理です」

貴音「なんと」

67: 2014/09/26(金) 22:59:23.26
 - 翌日 -


P「宿題の答えは見つかったか?」

ローラ「まだわかりません」

P「まだ?」

ローラ「まだ半人前だから、胸を張って一人前のアイドルと言えるようになるのが先です」

P「……」

ローラ「でも、いつかそうなれたら……」

P「うん」

ローラ「きっと、みんなと同じものを目指せると……思います」

P「そうか……」

ローラ「……」

P「そういうことなら、一日でも早く一人前になってもらうぞ?」

ローラ「はい!」


トップアイドル……。

まだ、具体的な目標というにはピンとこない。


でも、いつかこの目にも見えるはずだ。

貴音さんと……みんなと一緒なら。


僕はもう、アイドルなんだから。

68: 2014/09/26(金) 23:00:57.44
 - お料理さしすせそ -


やよい「今週もはじまりましたー! お料理さしすせそー!」


やよい「あ……」

ローラ「?」

やよい「うっうー! 今日はちゃんと言えましたー!」

ローラ「さしすせそ?」

やよい「はい! さししゅしぇ……あ」

ローラ「……」

 アハハハハ

やよい「う~……」

ローラ「やよい、進行進行……!」ヒソヒソ…

やよい「あ、はい! 今回のゲストは……」

ローラ「ローラ・ローラです。よろしくお願いします」


 - 765プロ事務所 テレビ前 -


響「あ~……やよい、惜しかったな~」

真美「今のは今ので、可愛かったからいいんじゃん?」

貴音「ふふふ、そうですね」

69: 2014/09/26(金) 23:03:24.98
真美「おお!? ロラン、なんかすごくない?」

響「うん……」

雪歩「やよいちゃんと同じぐらい料理上手いね……」

小鳥「ローラちゃんって、ほんとになんでもできるのねぇ」

一同「「……」」

真美「なんていうか……完璧超人?」

響「完璧……!」

 イタダキマース!

 イタダキマス

小鳥「わぁ~、美味しそう」

響「料理なら自分だって……」

貴音「……」

雪歩「四条さん? どうしたんですか?」

貴音「律子嬢!」

律子「な、なによ?」

貴音「ローラのパートナーであるわたくしが、なぜゲストではないのですか!?」

ひびまみ「「うわっ!?」」

雪歩「し、四条さん?」

律子「それは私じゃなくてプロデューサーに言って」

 コレ、スゴクオイシイデス~

 アハハ、アリガトウ

真美「いいなぁ、真美も食べたい~」

貴音「くっ、今からでも……!」

律子「生放送じゃないっての」

小鳥「た、貴音ちゃん、落ち着いて」

貴音「恨みますよ、プロデューサー……!」

70: 2014/09/26(金) 23:05:30.29
 - ユニット 歌番組収録 -


このまま、何事もなくというには刺激に満ちたアイドルとしての日々が、ずっと続くと思っていた。


貴音さんと二人、そしてみんなと一緒にトップアイドルを目指して。

泣いたり笑ったりしながら、賑やかで慌ただしくて……幸せな第二の人生が続く。


そういうものだと思っていた。

この日までは。


司会「……のお二人でした。ありがとうございました」

貴音「ありがとうございました」

ローラ「ありがとうございました!」


僕たちのユニットは順調に実績を積み重ね、テレビ番組にも頻繁に呼ばれるようになった。

アイドルとしての成長を自分でも実感できる。


トップアイドルという目標が、漠然としたものから、少しづつ輪郭を持ち始めている。

もう少しで、僕もみんなと同じものが見えるはずだ。


司会「続いては……最近話題の小悪魔系アイドル」


あれ? あの女の子どこかで……?

ああ、オーディションの時にテレビ局でぶつかった彼女だ。

彼女もアイドルだったのか。


ローラ「ん?」

貴音「?」


いや、違うぞ……。

もっと前から知っている。


そうだ。この時代じゃなくて、かつての……


司会「メリーベル・ガジットさんです!」

ローラ「!?」

71: 2014/09/26(金) 23:07:22.61
メリーベル……メリーベル・ガジット!

なぜ彼女がこんなところにいる!?


貴音「わたくしたちは楽屋に戻りましょう」

ローラ「……」

貴音「ローラ、どうしました?」

ローラ「い、いえ……」

貴音「彼女が、なにか?」

ローラ「……」

貴音「ローラ?」

ローラ「貴音さんは先に戻っていてください」

貴音「はい?」

ローラ「私は、少し用事があります」

貴音「用事?」

ローラ「はい」

貴音「……そうですか。あまり遅くならないように」

ローラ「わかってます」


一曲分だから、ほんの数分だ。

その数分を待ちながら、思考の定まらない頭で考えを巡らせてみた。


いや、考えなんてまとまるわけがない。

時間とともに焦燥が募るだけだ。


司会「……ありがとうございました!」

ローラ「……!」


パフォーマンスを終えた彼女が、ステージ裏に走り込んできた。

その先にいたのは……。

72: 2014/09/26(金) 23:08:55.07
まったく考えなかったわけじゃない。

でも、本当に……。


そこにはメリーベルとともに、忘れもしないあの人がいた。

同じ時代にいるはずのない、いてはいけない人だ。


ローラ「グエン様……」

グエン「ローラか。久しぶりだな」

ローラ「なぜ……あなたがこんなところに」

グエン「……」

ローラ「なぜですか!?」

グエン「同じことを君に聞いたら、どう答えるんだ?」

ローラ「それは……」

グエン「そういうことだ」

メリーベル「……もういいだろ、グエン」

グエン「そうだな」

ローラ「待ってください!」

グエン「……」

メリーベル「あんたと話すことなんて、なにもないよ」

ローラ「なに!?」

メリーベル「ふんっ! じゃあな」

グエン「失礼するよ、ローラ。リリ嬢によろしく」

リリ「私がなにか?」

グエン「?」

ローラ「リリ様?」

73: 2014/09/26(金) 23:12:37.39
グエン「リリ嬢……」

リリ「これはグエン様。お久しぶりですわね」

グエン「ええ、お久しぶりです」

リリ「ローラ、貴音さんが待っていますよ。あなたは先に行きなさい」

ローラ「え……でも」

リリ「ここは私が引き受けます」

ローラ「……お願いします」

グエン「メリーベル、お前も先に戻っていろ」

メリーベル「えー?」

グエン「何度も言わせるな」

メリーベル「わかったよ! ふんっだ!」

グエン「で、ご用向きはなんでしょうか?」

リリ「いえ、このような場所で再会するとは思ってもみませんでしたので」

グエン「世界なんて、案外狭いものですよ」

リリ「文明を塗り替えるほどの時の流れを越えても?」

グエン「そのような偶然もあるでしょう」

リリ「……」

グエン「私をお疑いか?」

リリ「疑わしいということでは、他の誰かや偶然などよりもよほど」

グエン「私があなたとの再会を歓迎するとでも?」

リリ「なるほど、それは考えられませんわね」

グエン「逆に、あなたがなにかして、私がここにいるということは?」

リリ「それこそありえません」

グエン「ははは、リリ嬢は相変わらずだ」

リリ「あら、そういうグエン様こそ。ふふっ」

グエン「……」

リリ「なにを目論んでおいでですの?」

グエン「答える理由がありません」

リリ「ありましょう? かつてあなたの再起を支援したというのに、恩を仇で返されたではないですか」

グエン「昔のことをよく憶えていらっしゃる」

リリ「あなたのお心掛け次第で、すぐにでも忘れますわ」

74: 2014/09/26(金) 23:14:40.50
グエン「……」

リリ「……」

グエン「ふぅ……リリ嬢には敵いませんね」

リリ「それで?」

グエン「質問に答えることはできませんが、私が知る事実をひとつだけお教えしましょう」

リリ「お聞きしましょう」

グエン「月の……ムーンレィスとその文明は、今もまだ存続しています」

リリ「!? 本当ですか?」

グエン「本当だったら、昔のことは忘れていただきましょうか」

リリ「……」

グエン「私がなぜそれを知るのか、よくお考えになることだ」

リリ「相変わらず意地の悪いこと」

グエン「それは、お互い様ですよ」

リリ「それもそうですわね」

グエン「では、私は今から約束がありますので。失礼します」

リリ「ええ、ごきげんよう」

グエン「……」

リリ「……」


グエン「リリ・ボルジャーノか……やはり厄介だな」


リリ「グエン・サード・ラインフォード……あなたの好きにはさせませんわ」

75: 2014/09/26(金) 23:16:15.32
 - リリ私邸 -


ローラ「グエン様がそのようなことを?」

リリ「ええ。すべては信用できないとしても、月に関してはおそらく事実でしょう」

ローラ「今も月となんらかの関わりを持っている、ということですか?」

リリ「あるいは、そう思わせたいのか……」

ローラ「……」

ホレス「しかし、わかりませんね」

ローラ「なにがですか?」

ホレス「月の都市や運河が消失した理由です」

ローラ「それは……」

リリ「……」

ホレス「地下なり、月の裏側なりに潜んでいるのであれば、発見されないことは説明できますが」

ローラ「なぜそうしたのか、そうなったのか……ですか」

ホレス「ええ」

リリ「今わかっていることだけでは、いくら考えても答えは出ませんわね」

ホレス「ですが、グエン卿の話が事実なら、なおさら月との交信を図るべきかと」

リリ「私たちの味方とは限りませんよ?」

ローラ「そんな」

ホレス「だとしたら、なおさら対策が必要では?」

リリ「そうですね……それはお任せしますわ」

ホレス「わかりました」

76: 2014/09/26(金) 23:18:06.40
リリ「ところで、あの一緒にいたメリーベルという少女は?」

ローラ「ご存じありませんでしたっけ?」

リリ「ええ」

ローラ「ギム・ギンガナムのもとにいたパイロットです」

ホレス「ああ、あのバンデットという機体の?」

ローラ「そうです。今はグエン様のもとにいてアイドルをやっています」

リリ「……」

ホレス「これはまた……」

リリ「アイドルというのは、おそらくなにかの手段でしょう」

ローラ「手段ですか?」

リリ「目的は別にあるということです」

ホレス「あのグエン卿のことですからね」

リリ「それがなにか……」

ローラ「……」


こういうことはリリ様に任せたほうがいい。

僕が考えるよりずっと先まで、リリ様はすでに思いを巡らせている。


でも……彼らが同じ時代にいて、同じアイドルという世界にいる。

この現実からは、逃れられそうにない。

77: 2014/09/26(金) 23:20:21.47
 - テレビ局 通路 -


メリーベル「またお前か! いちいち目障りだな!」

ローラ「こっちも仕事で来てる」

貴音「?」

メリーベル「あっそ!」

グエン「メリーベル、お前もいちいち絡むな」

メリーベル「ふんっ!」

グエン「申し訳ない。彼女にはあとで言って聞かせる」

ローラ「いえ……」

貴音「ローラ、いきますよ」

ローラ「あ、はい。失礼します」

グエン「ああ」

貴音「……」

グエン「……」


貴音「あの二人……」

ローラ「え?」

貴音「いえ、なんでもありません」

ローラ「?」


グエン「あれは……四条貴音といったか」

メリーベル「グエン、あの女……」

グエン「間違いないか?」

メリーベル「ああ……あんなの初めて見た」

グエン「まさか、こんなところにいたとはな」

メリーベル「どうするんだ?」

グエン「……」

メリーベル「本気か?」

グエン「ああ」

78: 2014/09/26(金) 23:22:53.78
 - テレビ局 女子トイレ洗面台 -


トイレだけは慣れない。


個室なのはいいけど、音までは防げないから。

誰か入ってくるたび、どうしても耳を塞いでしまう。


気にしすぎなんだろうけど、こういう性分はどうにもならない。

こればかりは、誰も理解者のいない苦労だよなぁ。


涼「あ……ど、どうも」

ローラ「え? あ、こんにちは」


誰だろ? 知り合いじゃないと思うけど。

可愛らしい人だし、やっぱりアイドルかな。


涼「あの……」

ローラ「え?」

涼「765プロのローラさんですよね?」

ローラ「そうですけど?」

涼「はじめまして! 876プロの秋月涼っていいます!」

ローラ「秋月? ……って、もしかして律子さんの?」

涼「はい、秋月律子は従姉です」

ローラ「そうなんですか。知りませんでした」

涼「私なんて、まだまだですから……」

ローラ「そ、そういう意味じゃなくて」

涼「ぼ…私、ローラさんは憧れのアイドルなんです!」

ローラ「そ、そうですか。ありがとう」

79: 2014/09/26(金) 23:26:01.47
今、なにか妙な既視感?があったけど、気のせいかな。


同業者からこんなことを言われたのは初めてだ。

照れくさいと同時に、少しだけ誇らしくもなる。


でも なんだろう、この人。

このアウェーで、一緒にいてすごく安心感というか、親近感みたいなものを感じる。


涼「あの……もしよかったら、ぼ…私と」

ローラ「え?」

涼「お、お友達に……」

ロ・涼「「あっ」」


誰か入ってきた。

耳を……あれ?


ローラ「……?」

涼「……」


なんで涼さんまで僕と同じことしてるんだ?

変わった人だな……

って、それは僕も思われてるかもしれないけど。

80: 2014/09/26(金) 23:28:07.83
律子「二人してなにしてるの?」

ローラ「あ、律子さん」

律子「律子姉ちゃん」

律子「涼はわかるけど、なんでローラまで……」

ローラ「え?」

律子「あ~……なんでもないから気にしないで」

ローラ「?」

涼「……」

律子「で、なにしてるの涼?」

涼「なにって?」

律子「早く出ていってもらいたいんだけど?」

涼「え……」

ローラ「あ……」

ロ・涼「「ごめんなさい!」」

 ダダダッ

律子「いや、だからローラには言って……って」

律子「……なんなのよ、まったく」


その後、涼とは友達になった。


たまに、僕と似たような行動や考え方をするのは不思議だけど。

あまり気を使わずにのんびり付き合える、とてもいい友達だ。

81: 2014/09/26(金) 23:32:51.84
 - 夜 リリ私邸 -


リリ「月との通信が?」

ローラ「本当ですか!?」

ホレス「ええ、ほんの短時間でしたが」

リリ「それで?」

ホレス「相手はなんとハリー大尉です」

ローラ「ハリー大尉!?」

リリ「なんと……」


時間にしてほんの2~3分程度の通信で、得られた情報は断片的だ。

だが、再生した通信記録から聞こえてきたのは、まぎれもなく懐かしいハリー大尉の声だった。


内容を要約すると……


現在ムーンレィスは、月の裏側の地下都市で生活している。そのため地球からの通信が届かない。

最近になって急激に治安が悪化し、大変な混乱状態となっている。

ハリー大尉は長く「眠り」についていたが、事態の鎮静化のため覚醒した。

今回は治安出動で通信の遮られない宙域にいたところ、偶然受信したらしい。

キエルお嬢さん……女王陛下も近く目覚められるそうだ。


……ということらしい。

グエンとメリーベルに関しては、時間が足りず聞けなかったようだ。


ホレス「引き続き交信を図ってみます」

リリ「お願いします」

ローラ「ハリー大尉とキエルお嬢さんが……よかった……」

ホレス「これ以上ない、心強い味方ですね」

リリ「ですが、喜んでばかりもいられません」

ホレス「ええ……」

リリ「月の混乱に……こちらではグエンとメリーベル……」

ホレス「なにやら、きな臭くなってきましたね」

ローラ「……」

83: 2014/09/26(金) 23:35:05.22
 - テレビ局 ホール -


リリ「グエン様、少しお話があります」

グエン「奇遇ですね、私もです」

ローラ「……」

メリーベル「ちっ……」

リリ「では、私から話させてもらいますわ」

グエン「どうぞ」

黒井「弱小プロダクション同士で、なにを馴れ合っているのかな?」

ローラ「!?」

メリーベル「!?」

黒井「おおかた共謀でもして……」

ロ・メ「「ギム・ギンガナム!?」」

黒井「な、なにを言っているんだ?」

メリーベル「なんだ、違うじゃないか! 紛らわしいな、おっさん!」

黒井「お、おっさん?」

グエン「メリーベル、失礼だぞ」

ローラ「びっくりしたぁ……」


高木社長にも驚いたけど、この人の声も、あの……

ああ、思い出しただけでうんざりする……。

まさか……子孫じゃないよね?

84: 2014/09/26(金) 23:38:05.13

リリ「どなたですの?」

黒井「小娘が、私を知らないで……」

グエン「初めてお目にかかります、黒井社長。グエン・サード・ラインフォードです。以後、お見知りおきを」

黒井「……ふんっ」

リリ「ああ、この方が」


黒井社長……って、あの961プロの?

高木社長となにか因縁があるって話だけど……。


リリ「何万年も前に聞いたようなお声ですが、なにか良からぬ物でも取り憑いているのですか?」

黒井「なっ……な……」

ローラ「リリ様、失礼ですよ……!」ヒソヒソ

リリ「先に失礼を働いたのはあちらでしょう」

黒井「この小娘が……」

リリ「小娘ではなく、リリ・ボルジャーノですわ。お見知りおきはしていただかなくて結構です」

ローラ「また、そんなことぉ」ハラハラ

グエン「失礼。今は立て込んでおりますので、ご挨拶は後ほどゆっくりと」

メリーベル「私は嫌だからね!」

黒井「ふんっ、まあいい。あとで吠え面をかかんことだな」

メリーベル「べーっ!」

リリ「声だけでなく、器が小さいところまで似ておられますこと」

グエン「ははは、黒井社長にそこまで言えるのは、あなたしかいませんよ」

ローラ「ほんとに、リリ様は……」ハァ…

リリ「ケチがつきましたわ。お話はいずれゆっくりさせていただきます」

グエン「わかりました。そのように予定を入れておきますよ」

リリ「では、ごきげんよう」

グエン「失礼します」

ローラ「ああ、リリ様!」

メリーベル「待ってよ、グエン!」


85: 2014/09/26(金) 23:41:14.76
 - 地下室 -


ローラ「カプル!? なんでここに!?」


球体に手足の生えた、およそ人型とは言いがたい独特のフォルム。

薄緑色の装甲と相まって、愛嬌すら感じさせるMS。

間違いなくカプルだ。


ホレス「細かく分解しながら搬送したのでね。組み上げるのに時間がかかってしまった」

ローラ「こんなものまで残ってるなんて……」

ホレス「ああ、使わないに越したことはないが」

ローラ「……」

ホレス「万一の備えはあったほうがいいからね」

ローラ「そうですね……」


懸念は確かにある。

あり得ないこととは楽観できない。

地球と月のかつての過ちも、僕にとってはあり得ないことだったんだから。


ホレス「実はもう一機ある」

ローラ「まさかホワイトドールじゃないですよね?」

ホレス「そうだとしたら?」

ローラ「あれは、人間の手には余るものです」

ホレス「そうだね。技術者としては探究したい対象ではあるが」

ローラ「あんなののパイロットは、もうこりごりですよ」

ホレス「ははは、もう一機は見てのお楽しみということにしておこう」

ローラ「おかしなものが出てこないことを期待します」


本当に、こんなものを使うことにならなければいいけど……。

86: 2014/09/26(金) 23:44:17.50
 - 露天風呂 -


今日は765プロ総出で、観光地でのロケ。

最近はみんなそれぞれの活動が忙しくなり、全員揃う機会は滅多にない。

有名な温泉もあることから、リリ様と社長のお計らいで旅館に一泊することになった。


その旅館は露天風呂が売りであるらしい。

露天風呂というと、ウィル・ゲイムさんのところで入浴したお風呂のようなものだろうか。


あのときはテテスさんもいたっけ。

野外の浴場で、女の人と一緒になんて……


ダメだろ!


とりあえずリリ様の用事ということで話を合わせてもらい、みんなとは時間をずらして入浴することにした。

着替えでも無理なのに、みんなと一緒に入浴なんて許されるはずがない。


ローラ「誰も……いませんよね?」


女湯を使うのも気が引けるが、女性として宿泊している以上は仕方ない。

幸い僕たち以外に宿泊客は少ないらしく、見渡しても誰もいないようだ。


下着を脱ぐと、身体的特徴は男に戻る。

誰かに見られたら一大事だが、何度も確認したし大丈夫だろう。


感覚的にはなにも変わらないが、やはり自然のままの姿は開放感がある。

僕はやっぱり男なんだなぁ。


そんなのんきなことを考えながら、しばし星空の露天風呂に日頃の諸々の疲れを癒してもらっていた。

87: 2014/09/26(金) 23:46:24.74
小鳥「律子さんは……いませんね?」コソコソ

あずさ「大丈夫……みたいです」コソコソ

ローラ「え?」

小鳥「え!?」

あずさ「あら? ローラちゃん?」

小鳥「ローラちゃん? もう、律子さんかと思ってびっくりしちゃったわ」

ローラ「なっ……なな……な……」

あずさ「露天風呂といったら、やっぱりこれよね?」

小鳥「律子さんには内緒よ?」


あとで調べてわかったことだが、この国の温泉ではお湯に浸かりながら熱燗というお酒を飲む風習があるそうだ。

伝統ある風習のはずなのに、なぜ律子さんには内緒なんだろうか。

結局すぐにばれて、二人とも怒られていたけど。


というか、今はそれどころじゃない。


ローラ「あ……あああ……ああ……」

小鳥「?」

あずさ「ローラちゃん、どうしたの?」

ローラ「わ、私はそろそろ……」

あずさ「え?」

ローラ「あ……」


今、お湯から出たら絶対にばれる。

どうすればいいんだ……。

88: 2014/09/26(金) 23:49:02.81
あずさ「ローラちゃんも入ったばっかりよね? もっとゆっくりしないと疲れがとれないわよ」

ローラ「は、はい……」

小鳥「あれ? なんかいつもと少し雰囲気が違うような……」

ローラ「いぃっ!?」ビクッ

あずさ「音無さんったら、もう酔ってるんですか?」

小鳥「え~、これからが本番じゃないですか~」

あずさ「そうそう、うふふ」

ローラ「うぅ……」

小鳥「ローラちゃん、なんでそんなに端っこのほうで縮こまってるの?」

あずさ「ほら~、こっちきて」ムギュ

ローラ「うわぁ!?///」

小鳥「ローラちゃんもどう?」

ローラ「わ、私は未成年ですから!」

小鳥「も~、いけずなんだから~」ムギュ

ローラ「ああぁ……!///」

小鳥「あら? ローラちゃんって、意外と体が引き締まってるのね」サワサワ

あずさ「女の子にそんなこと言ったら失礼……あら、ほんと」サワサワ

ローラ「ふぁあぁぁぁ……///」

小鳥「色っぽい声出しちゃって、いけない子ね♪」ムギュー

あずさ「そんないけない子は、こうしてあげます♪」ムギュー

ローラ「ぁ……ぁぁ、ぁ……///」


この辺りから記憶が曖昧だ。

辛うじて二人が浴場から出るのを見送って、自分も這いずりながら脱衣所に向かったけど……。


そこで僕の意識は完全に途絶えた。

89: 2014/09/26(金) 23:50:40.42
───

──




「ロラン……」


僕を呼ぶ、懐かしい声……。

憶えている……忘れるはずのない声。


「ロラ……」


意外と寂しがりで、いつも僕を呼んでいた……

何万年も前のような、昨日のことのような……記憶。


僕を呼んでいる。

起きなきゃ。


ローラ「ディアナ様……?」

貴音「気が付きましたか、ローラ?」

ローラ「え……?」

貴音「急に起きてはいけませんよ」

ローラ「た……かね、さん……?」

貴音「わたくしの膝が不服でなければ、もう少しこのままで」

ローラ「……?」

90: 2014/09/26(金) 23:52:27.66
これ、膝枕っていうのかな?

浴衣姿の貴音さんが、どう言えばいいのか、その……自分の胸越しに僕をのぞき込んでいる。

なんだか暖かくて、ふわふわで、いい匂いがすると思ったら……。


 パタパタ

団扇で扇いでくれてるみたいだ。

優しい風が気持ちいい。


もう少し、このまま……。


ローラ「んっ!?」

貴音「?」


ちょっと待った! 

浴衣は着てるみたいだけど、その前に下着は着けてるのか!?


…………


着てるみたいだ。

なんとか、気を失うまでにそこまではできたのかな?

助かったぁ……。

91: 2014/09/26(金) 23:54:04.66
貴音「どうかしましたか?」

ローラ「いえ、なんでも///」

貴音「まだ顔が赤いですね」

ローラ「そ、そうですか? でも、もう……」

貴音「たかが湯あたりといっても、無理はいけませんよ」

ローラ「はい……」

貴音「それから……」

ローラ「はい?」

貴音「何度も名前を間違うのは失礼というものです」

ローラ「ごめんなさい……」

貴音「わたくしは誰ですか?」

ローラ「貴音さん、です」

貴音「ふふっ、次はもう許しませんよ?」

ローラ「気をつけます……」

貴音「では、このままもうしばらくお休みなさい」

ローラ「はい、もう少し……」


───

──



92: 2014/09/26(金) 23:55:37.08
 - 朝 765プロ事務所 -


リリ「みなさん、朗報です」

一同「「?」」

P「俺から説明する。みんな会議室に集まってくれ」

真「なんだろ?」

春香「ローラ、なにか聞いてる?」

ローラ「ううん、なにも」


 - 会議室 -


『THE IDOLM∀STER』

そんな聞き慣れない言葉が、スクリーンに投影されていた。

ひとつだけ、あまり見たくはない文字が使われてるけど……。


P「今度開催されるイベントの詳細が決定した」

亜美「イベント?」

真美「おお!? どんな?」

P「イベントテーマはここにある『THE IDOLM∀STER』……」

一同「……」ゴクッ

P「今からそれを説明する」

93: 2014/09/26(金) 23:57:11.28
概要はこうだ。


事務所の枠を超えた、アイドルによる大規模なライブフェスティバル。

国内ほぼすべての事務所・アイドルのみならず、外国からも多数招聘される。

世界規模といっていいイベントだ。


東京湾岸の広大な未開発地域を借り上げ、およそ二カ月後に開催される。

企画したのは765プロとグエン様で、主催は961プロ、僕でも知っている大企業が多数協賛しているそうだ。


プロデューサーさんから一通りの説明が済むと、みな一様に唖然としていた。

もちろん僕も。


P「以上だが、なにか質問はあるか?」

一同「……」

P「なんだ、なにもないのか?」

春香「すごすぎて、なにがなんだか……」

雪歩「うん……どのぐらいすごいのかも、よくわからない……」

P「それは俺もそうだ」

真「でも、これってすごいチャンスだよね?」

律子「そうね。最高のパフォーマンスを発揮できれば……」

P「ああ、トップアイドルが見えてくる」

一同「「!」」

ローラ「トップアイドル……!」

P「それに関しては、なにも言うことはない」

一同「……」

P「俺はみんなを信じる」

一同「「はい!」」

94: 2014/09/26(金) 23:58:50.71
ローラ「それにしても、∀って……」

響「なんか、Aがひっくり返ったみたいな変な文字だな」

伊織「数学記号じゃなかった?」

真美「そなの?」

亜美「いおりん、すげぇ!」

リリ「∀という記号には、『すべての』という意味があります」

千早「すべてのアイドルが集う……という意味ですか?」

リリ「そうです」

ローラ「こじつけですよね?」ヒソヒソ

リリ「お黙りなさい」ヒソヒソ

P「他になにか質問は?」

伊織「よくこんな企画が通せたわね」

P「それは……」

リリ「そういったことは私の仕事です」

伊織「アンタの?」

リリ「話があるなら、個人的に聞きますわ」

伊織「……」

P「他になにもないなら、これで解散だ。みんな仕事の準備をしてくれ」

一同「「はい」」

95: 2014/09/27(土) 00:00:37.12
ローラ「グエン様と打ち合わせされていたのって、これですか?」

リリ「そうです」

ローラ「よく黒井社長が承諾してくれましたね」

リリ「なぜですか?」

ローラ「あれだけ怒らせておいて、なぜもないでしょう……」

リリ「怒らせるのも交渉術のひとつですよ」

ローラ「あれがですか?」

リリ「あのような小物を黙らせるのは、難しいことではありません」

ローラ「?」

リリ「日頃から培っておいた資本と人脈は、こういうときに使うものですわ」

ローラ「あ~……さすがリリ様です……」

伊織「へえ……目的のためには手段は選ばないってわけ?」

ローラ「え? 伊織?」

伊織「アンタ、恥ずかしくないの?」

リリ「恥ずかしいとは?」

伊織「そうやって、なんでも出来るみたいに思い上がってることよ」

ローラ「伊織、そんな言いかた……」

リリ「ローラ、あなたはもう出発でしょう?」

ローラ「でも……」

リリ「……」

ローラ「……わかりました」

96: 2014/09/27(土) 00:02:29.57
リリ「伊織さん」

伊織「なによ?」

リリ「家名に頼らず生きていこうというあなたの信念は、敬意に値しますわ」

伊織「それはどうも」

リリ「ですが、それは帰る家がある者の甘えです」

伊織「なっ!? 言っている意味がわからないわね」

リリ「わからないなら、そのほうがいいこともあります」

伊織「?」

リリ「私は母の形見以外なにも持たないまま、道端に放り出されました」

伊織「は?」

リリ「そして、母の形見は……今は手元にありません」

伊織「……」

リリ「自分の力だけで生きるというのは、そういうことです」

伊織「そんなの、信じられないわ」

リリ「そうはそうでしょう。あなたは私のことをなにも知りませんから」

伊織「……」

リリ「まだお若いのだし、今はそれでいいでしょう」

伊織「なによ偉そうに。ちょっとばかり早く生まれたからって」

リリ「ほんの何千年か、何万年ばかり早くですわ」

伊織「はあ?」

リリ「うふふ」

97: 2014/09/27(土) 00:04:12.86
 - 同日夜 屋上 -


貴音「ローラ、ここにいましたか」

ローラ「あ、貴音さん」

貴音「なにか気がかりでも?」

ローラ「いえ、そんなことは……」

貴音「……」


こればかりは、貴音さんにだって相談できるわけがない。

僕が何者かというところにまで関わってくる話なんだから。


貴音「月が……」

ローラ「ええ、綺麗ですね」

貴音「……!」

ローラ「どうしました?」

貴音「い、いえ……」

ローラ「?」

貴音「……」

ローラ「……」

貴音「今朝、リリ嬢とプロデューサーの言っていた……」

ローラ「『THE IDOLM∀STER』ですか? あれがなにか?」

98: 2014/09/27(土) 00:05:40.87
貴音「トップアイドルになれたら……」

ローラ「……」

貴音「そのときこそ、わたくしは……わたくし自身のことをすべて話そうと思っています」

ローラ「貴音さんの?」

貴音「ええ。誰にも話せなかった……ありのままのわたくしを」

ローラ「それを、私に……?」

貴音「だからローラ。あなたも話してくれませんか?」

ローラ「私が?」

貴音「本当の、あなたのことを」

ローラ「……!」


やはり、この人には嘘はつけない。

その時は、きっと来るだろう。


とても怖いことだけど、それでも僕はこの人を信じることができる。


貴音「約束して、くれますね?」

ローラ「はい、必ず」

貴音「……」

ローラ「……」


貴音「月が綺麗……ですね」

ローラ「ええ、とても……」

99: 2014/09/27(土) 00:07:58.70
───

──




それから二カ月は、静かに賑やかに、何事もなく過ぎ去った。


 - 地下室 -


ホレス「リリ様、こんな時間にどうされました?」

リリ「機械人形の整備は進んでいますか?」

ホレス「順調です」

リリ「結構です。三日後には使える状態にしてください」

ホレス「やれと言われればやりますが……その日は、たしか例のイベントでしたよね」

リリ「当日は、私はここで様子を見ます」

ホレス「いいんですか? 大切なイベントだというのに」

リリ「それですよ」

ホレス「え?」

リリ「グエンがなにか仕掛けてくるとすれば……そこでしょう?」

ホレス「まさか、それを承知で彼の話に乗ったんですか?」

リリ「虎穴に入らずんば、というやつですわ」

ホレス「まったく……無茶をなさる」

リリ「とびきりの援軍にも来てもらいますし」

ホレス「援軍?」

リリ「無茶が無理にならないための備えです」

ホレス「よくわかりませんが……もし、なにもなかったら?」

リリ「それはそれで、商業的な成功とローラたちアイドルの躍進が、より確実になりますわね」

ホレス「……リリ様は逞しくていらっしゃる」

100: 2014/09/27(土) 00:10:12.36
 - THE IDOLM∀STER -


ついに幕が上がった。

僕たちがトップアイドルを目指す道筋の、ここが最初の道標だ。


グエンとメリーベルは気がかりだが、今は忘れよう。

僕一人が、みんなの足を引っ張るわけにはいかない。

余計なことは考えず、全力を出し切る。


オーディションに負けて自分を見失っていたあの頃とは違う。

自分を信じるだけだ。


P「そろそろ出番だな」


A・B・C・D・Eの5ステージあるうち、僕たち765プロに用意されたのはメインのAステージ。

さすがにトリとはいかないが、観客の盛り上がりが期待できる終盤が出番だ。

事務所の規模を考えれば破格の扱いだが、どなたがどうしたなどと詮索するのは野暮というものだろう。


ちなみにメリーベルの出番は僕たちのすぐ後に、やはりAステージだ。

ソロでこれだから、僕たち以上に破格の待遇といえる。

あちらも、いろいろと勘繰りたくなる人はいるが……。


舞台裏で何があろうと、表舞台に立つ僕たちアイドルがやることは変わらない。

与えられたチャンスを、120%活かすだけだ。


P「春香、頼む」

春香「はい!」

一同「「……」」

春香「みんな、いくよ! 私たちは絶対に……」


「「トップアイドルになる!」」


P「よし、いってこい!」

一同「「はい!」」

101: 2014/09/27(土) 00:11:24.64
スポットライトに飛び出した瞬間、観客の歓声にステージが震える。

いや、大げさじゃなく揺れている。


見渡す限り、遥か彼方まで埋め尽くす人の波……

その熱気だけで押し潰されそうだ。


貴音「ローラ」

ローラ「え?」


どれほどの歓声の中でも、貴音さんの声は不思議とよく通る。

それが当たり前のことのように。


貴音「……」コクッ

ローラ「……!」コクッ


無言でうなづきあって、前を見据える。

さっきまで見えなかった観客ひとりひとりの顔が……見える。


春香「みんなー! いっくよー!」


春香の歌い出しで、僕たちのライブが始まった。


───

──



102: 2014/09/27(土) 00:13:27.80
 - ライブ終了後 バックステージ -


観客の熱狂が見送られ、僕たちはステージを後にした。

この大舞台に相応しいパフォーマンスを発揮できたかなんて、僕にはわからない。


でも、これだけは自信を持って言える。

120%じゃない、200%やり切れたと。


それは、きっとみんなもそうだろう。

今までのどのステージ後よりも、彼女たちは晴れやかで美しかった。


メリーベル「……」

ローラ「……」


続いてステージに立つメリーベルが、僕たちを一瞥してからステージへ駆け込んでいった。

いつものように悪態をつくでもなく、表情には余裕すら伺える。


緊張なんてものとは無縁なんだろうか。

同業者としては、良くも悪くも自分本位な彼女の性質は、少しばかり羨ましくもある。

グエン様は苦労が絶えないだろうけど。


そういえば彼の姿が見えない。

運営に携わっているから多忙ではあるだろうが、担当アイドルを蔑ろにするほどだろうか。


なにか……嫌な感じがする。

103: 2014/09/27(土) 00:15:20.52
爆音がバックステージまで響き渡り、メリーベルのライブが始まった。

僕たちがもたらした熱狂を吹き飛ばそうというかのような、攻撃的なロックナンバーだ。

それは、意図としては理解できるけど……。


美希「ミキ……これ、あんまり好きじゃない」

千早「そうね。挑発的で……戦いたがっているように感じるわ」

響「歌もダンスも上手いんだから、もっと違った表現もできそうなのになー」

ローラ「……」


個人的に好きにはなれないが、メリーベルの境遇には不憫に思う部分もある。

彼女がもし、765プロにいたらどうなっていたんだろうか。


僕のように、支えてくれる仲間がいたら……。


亜美「あれ? お姫ちんいなくない?」

ローラ「え?」


見渡してみても、たしかに貴音さんの姿は見えない。

さっきまでいたはずなのに。


ここにいない貴音さんと……もう一人。

二人には、僕を介する以外の接点なんてない。


でも、まさか……

104: 2014/09/27(土) 00:16:55.27
 - ステージ外通路 -


貴音「うっ……」

 フラフラ…

貴音(頭が、痛い……)

貴音(この先は、海……?)

貴音(あそこに、なにかが……)

 キィィィン…

貴音「くっ……!」

貴音(また強くなった……)

貴音(これは、止めなければいけないものだ……!)

貴音(これは、わたくしにしか……)


グエン「四条貴音さん、ですね?」

貴音「!?」

グエン「失礼。少しお時間よろしいですか」

貴音「あなたは……」


───

──



105: 2014/09/27(土) 00:18:55.28
スタッフ「四条貴音さんですか? 先ほど男性と一緒にどこかに向かわれたようですけど」

ローラ「男性?」

真美「お、お姫ちん……なんてダイタンな」

響「ええっ!?」

やよい「だいたん?」

P「おいおい……」

ローラ「男性って、誰ですか!?」

スタッフ「え? ええと、たしかイベント運営の……グエンさんでしたね」

ローラ「!?」

P「どういうことだ?」

亜美「これはまた……」

美希「秘密のにおいがするの……」

律子「勘弁してよ……」

P「グエンが、貴音さんを……」

春香「どうしたの、ローラ?」

ローラ「……」

春香「ローラ?」

律子「とにかく、控室に戻って着替えましょう」

P「そうだな。それからみんなで手分けして探そう」

ローラ「貴音さん……!」

P「おい、ローラ!」

ローラ「私は先に探してみます!」

春香「ローラ!?」

P「どうしたっていうんだ?」

律子「プロデューサー、急ぎましょう」

P「ああ、そうだな」

106: 2014/09/27(土) 00:21:21.21
 - 30分後 ステージ外通路 -


真「見つかった?」

亜美「ダメ……」

真美「真美のほうも……」

雪歩「四条さん、ステージ衣装のままだから、連絡手段もないって……」

真「そっか……」

律子「ここで、ラインフォード氏と話しているのを見た人はいましたが……」

P「みんな、いったんここに集まるように連絡してくれ」

律子「わかりました」


 ───


やよい「あずささん、こっちです!」

あずさ「ご、ごめんね、やよいちゃん」

春香「まだ見つかってないの?」

雪歩「うん……」

響「貴音……」

千早「……」

美希「ミキ、お昼寝したいのに~」

伊織「こんなときになに言ってんの、このバカ!」

美希「む~……」

ローラ「ハァ……ハァ……」

春香「ローラ! どうだった!?」

ローラ「いや……」

春香「そんな……」

P「とりあえず着替えてくるんだ、ローラ」

ローラ「はい……」

亜美「ねえ、真美?」

真美「ん?」

亜美「さっきから、なんかヘンな感じがしない?」

真美「うん、なんか気持ち悪いドキドキがする……」

107: 2014/09/27(土) 00:23:25.70
───

──




 - ○○内部 コントロールルーム -


 フィィィィン…

グエン「起動した……やはり、これは人の想いの器か」

グエン「幾万もの純粋な想いが、彼女たちを介して器に注がれる……」

グエン「人々の想いの拠り所たる者……」

グエン「偶像……アイドルとはよく言ったものだ」

グエン「あとは、あなたにやっていただく」

貴音「……」

グエン「浮上を開始する」


グエン「今宵は満月だ。月の皆様にもご覧になっていただこうか」

113: 2014/09/27(土) 22:37:39.69
 - Aステージ -


グエン『メリーベル、聞こえているな』

メリーベル「グエンか、なんだい?」

グエン『そこはもういい、バンデットに乗れ』

メリーベル「ふんっ! やっぱりその女に頼るのか」

グエン『二度も失敗はできないからな』

メリーベル「ちっ、わかったよ!」


 ドォーン!

「きゃー!?」

「ステージが崩れたぞ!?」

「どうなってんだよ!?」


メリーベル「……起動しろ」

114: 2014/09/27(土) 22:38:56.01
 グゥーーーン…!

「な……なんだよ、あれ!?」

「ロボット!?」

「アトラクションかなにかだろ!?」

「大きいぞ!?」


メリーベル「よし、そのまま私を掴め」


「ロボットに……捕まったぞ!?」

「メリーベルが!」

「逃げてぇ!」


メリーベル「謎のロボットに捕えられた歌姫、ってね」


「うわぁぁぁぁ!」

「逃げろーー!」


メリーベル「大した茶番だよ、グエン!」

115: 2014/09/27(土) 22:40:14.30
ローラ「まさか……!」

美希「な、なにあの大きいの!?」

あずさ「ロボット……かしら?」

伊織「ね、寝ぼけてんじゃないの、あずさ!?」

律子「でも、あれ……」

真「どう見てもロボット……だよね?」

ローラ「バンデットだって!? こんなところでモビルスーツを!」

雪歩「な、なに言ってるのローラちゃん?」

ローラ(あんなの、いったいどうすれば……!)

やよい「ローラさん? どうしたんですか!?」

ローラ「……!」ハッ

P「とにかく、みんなここは……」

ローラ「そうだ! こっちだってモビルスーツは……」

 ゴゴゴ…!

ローラ「!?」

一同「「!?」」

116: 2014/09/27(土) 22:41:55.47
 - ○○内部 キールーム -


貴音「ここは……」

貴音(動けない……椅子に拘束されている?)

貴音「くっ……」

グエン「気が付きましたか」

貴音「あなたは……」

グエン「申し訳ないが、そのままで話しをさせていただく」

貴音「なんの真似ですか、これは?」

グエン「あなたにご協力をお願いしたいのですよ」

貴音「バカな……これは脅迫です」

グエン「そう受け取っていただいて構いません」

貴音「わたくしが屈するとでも?」

グエン「そう急かさないでください。まずは話しをしましょう」

貴音「話すことなどありません」

グエン「では、聞いていただくだけで結構」

貴音「……」

117: 2014/09/27(土) 22:44:59.14
グエン「興味がありましてね、あなたのことはいろいろと調べました」

貴音「?」

グエン「どこから来たのか。何者なのか」

貴音「なっ!?」

グエン「あなたの一族が守ってきたものも、もちろん知っている」

貴音「……!」

グエン「たとえばそう、あなたの後を受け継いだ……」

貴音「なぜ、それを知っているのです!?」

グエン「調べたと言ったでしょう。あなたは、私が何者かもご存じではありませんか?」

貴音「それは……」

グエン「興味深くはあるが、今、あなたの過去を詮索するつもりはありません」

貴音「……」

グエン「必要としているのは、あなたが持つその特異な力です」

貴音「そのようなものは、知りません」

グエン「黒歴史はご存知か?」

貴音「……!」

グエン「それは肯定として受け取るが、そこではあなたのような人はこう呼ばれている」

貴音「……」

グエン「ニュータイプ……あるいは強化人間、と」

貴音「存じません、そのようなもの!」

グエン「では、知っていただきましょう。強制的に力を行使させる技術も黒歴史にはある」

貴音「やめなさい! そんなもの知りたくない……!」


グエン「さあ、解き放て!」


貴音「あ…ぁあぁぁぁ……!」

118: 2014/09/27(土) 22:46:20.69
 - 会場 -


 ゴゴゴゴゴ…!

ロラン「地鳴り……?」

真美「な、なにこれ? 地震?」

律子「それにしては、こんな長く……?」

雪歩「や、やだ……怖いよ」

真「だ、大丈夫だよ雪歩!」

ローラ「いや、これは……」

P「みんな、落ち着け!」

ローラ「プロデューサーさん、みんなを避難させてください! ここは危険だ!」

P「あ、ああ……わかってるが」

ローラ「お願いします、早く!」

P「……お前は?」

ローラ「私は……やることがあります!」

 タタタッ

P「ローラ!?」

律子「ローラ!? なにしてるの!」

伊織「あいつ、どこに行くつもりよ!?」

P「くっ! とにかく避難するぞ、みんな!」

119: 2014/09/27(土) 22:48:12.35
公式発表によると、観客動員数はおよそ10万弱。

これほどの人間が一度に逃げ惑うとなれば、パニック状態から大惨事が引き起こされそうなものだが、

いまのところ、そのような凄惨な状態にはなっていない。

人の流れは、思いのほか緩やかだ。


あまりに非現実的な物体の出現は、深刻な危機感には結びつかないのかもしれない。

巨大ロボットなんて、この時代の人たちにとっては創作の世界の中だけのものなんだから。


あるいは、何者かがそう仕向けているのか……?


───

──



120: 2014/09/27(土) 22:49:52.57
警察ヘリ「……危険ですから近寄らないでください! 付近の方は直ちに避難を……」

メリーベル「どこに逃げたって無駄なのにねぇ」

グエン『民間人と警察には手を出すなよ』

メリーベル「わかってるよ。壊しちゃっていいのは……」

 バラバラバラバラ…

メリーベル「あはは! カトンボが集まってきた!」

グエン『軍用ヘリか……自衛隊だけじゃないな』

メリーベル「ん~?」

グエン『米軍も動いたようだ。思ったより早かったな』

メリーベル「そりゃあいい。世界最強の看板を下ろさせてやる」

グエン『ビームは使うなよ、メリーベル。人が氏にすぎる』

メリーベル「なんで? これは戦争だろ?」

グエン『機械人形一機で戦争ができるものか』

メリーベル「やれと言われればやってやる」

グエン『では、やめろ。今はまだ不確定な要素を持ち込みたくない』

メリーベル「ふんっ、了解!」

121: 2014/09/27(土) 22:51:28.96
ローラ「!?」


地鳴りとは別の何かが近付いている。

機械の重厚な稼働音と、大質量を伴った独特な金属の接地音。


この音は知っている。

これは……


ローラ「カプル!」

ホレス「ロランくん! ここにいたか!」

ローラ「ホレスさんが操縦してるんですか!?」

ホレス「ああ、整備は万全だ。君が使いなさい」

ローラ「ありがとうございます!」


差し出されたカプルのマニュピレーターに乗って、コックピットのホレスさんと入れ替わる。

操作系は……よし、いけそうだ!


ローラ「ホレスさんもすぐに避難してください!」

ホレス「わかった!」

ローラ「バンデットは……あそこか!」


ローラ「ソシエお嬢さん、お借りします!」

122: 2014/09/27(土) 22:53:28.63
亜美「え? え? あの丸っこいのもロボット?」

響「な、なんであんなのにローラが乗ったんだ!?」

雪歩「そんなのわからないよ!」

春香「と、とにかく! 今は避難しないと!」


 ───


ローラ「みんなは? ……まだ、あんなところか」


バンデットを、なるべくみんなから引き離さないと。


自衛隊か米軍かはわからないが、軍用ヘリが次々と撃ち落されている。

バンデットは月で発掘された中でも、かなり高性能なMSだ。

現用兵器で太刀打ちできるはずがない。


 ザァァァァァ…

ローラ「波が……こんなところまで?」


 ビーッビーッ!

アラート? 未確認……識別不能物体?

なんだこれは? 


ローラ「沖合のほうか? 遠いな……」


海中に反応……上昇中……


ローラ「なんだ、あれ……」


その瞬間、文字通り海がせりあがった。

とてつもなく巨大な物体が、海水をかき分けて徐々にその姿を現す。


ローラ「大きすぎる……」


大きいなんてものじゃない。

水平線に届くような距離なのに、肉眼でもその大きさを認識できる。

123: 2014/09/27(土) 22:54:50.07
ローラ「うぁ……なんだ、これ……!」


耳鳴りのような……でも、全く違う何か。

音ではないが、「声」と表現するのが最も近い。


いや、「歌」か……?


不快でありながら、甘く蕩けるように囁きかけてくる。

徐々に、僕の魂を侵食するように。


ローラ「くそっ! しっかりしろ!」


囚われてはダメだ。

そのまま魂を引き込まれてしまう。


そうだ……あの時のように。


ロラン「そうか……」


覚えている……思い出した。

コールドスリープ前の、かつての世界で僕が最後に見たもの……


ローラ「こいつだ!」

124: 2014/09/27(土) 22:55:54.51
ホレス「リリ様、ロランくんへ無事カプルを引き渡しました」

リリ『ご苦労様。そのままロランと皆のサポートをお願いします』

ホレス「わかりました。いったん通信を……」

 ゴゴゴゴゴ…!

ホレス「え……」 

リリ『?』

ホレス「あれは……?」

リリ『どうしました?』

ホレス「あ……ああ……」

リリ『ホレス!』

ホレス「映像を……転送します」

リリ『映像?』

125: 2014/09/27(土) 22:57:21.67
 - 地下室 -


部下「外周の直径、およそ……20km!」

リリ「目も耳も常識も疑いたくなりますわね……」

ホレス『しかし、あんなものまで遺っているとは……』

リリ「なんなのですか、あれは?」

ホレス『黒歴史の時代に造られ、実際に用いられた兵器です。もちろんオリジナルではないでしょうが』

リリ「兵器? あんなものが? 大きな輪っかにしか見えませんわ」

ホレス『対象の物理的な破壊を目的としたものではありません』

リリ「?」

ホレス『攻撃対象は人間……そのものです』

リリ「人間そのもの?」

ホレス『実際に使われた例では、人間の精神を赤子にまで退行させ、事実上人類の粛清を……』

リリ「そんなことが!?」

ホレス『オリジナルと同等であれば可能です。それも地球全域にわたって』

リリ「使われたら、逃げ場はないと?」

ホレス『そうなります』

リリ「なんという……まるで月光蝶のような……」

ホレス『それほど危険な兵器だと思って間違いありません』

リリ「そんなものが、なぜ地球の海に……」

ホレス『オリジナルは完全に崩壊したと聞きますが』

リリ「……」

126: 2014/09/27(土) 22:58:48.15
エンジェル・ハイロゥ。


天使の光輪というふざけた名前は印象に残っていた。

かつて黒歴史の一端を覗いたときに、ひときわ異彩を放っていた存在。


どういうものかは知っていたし、二度と使われるべきものではないこともわかっている。

そんなものが今、黒歴史の闇から蘇ろうとしている。


いや、黒歴史じゃない。

「正暦」だ……。

127: 2014/09/27(土) 23:01:29.85
これはホレスさんから聞いて後から知ったことだ。

この狂った兵器もまた、ほぼ完全に再現されたものが正暦の時代まで遺されていた。


宇宙に浮かぶ巨大な遺物を、かつてのムーンレィスはコールドスリープ装置の集合施設として利用していたそうだ。

正しくは、冷凍刑に処された数万もの罪人を収容する、宇宙の孤島として。


僕たちが生まれたころには久しく使われなくなり、忘れられた存在だった。

そのまま、宇宙の闇に封印されるべきものだったはずだ。


断じて、二度と本来の兵器としての用途で用いられてはいけない。

だが許しがたいことに、これは歴史上すでに二度使われている。


一度は黒歴史の時代のオリジナル。

二度目は「正暦」を葬った、あのとき……。


ローラ「これを使ったのか……。これで、僕たちのいた世界を……」

メリーベル『はっ、その通りだよ』

ローラ「お前たちは……!」

メリーベル『グエンはね、お前たち人間どもを歴史から完全に消し去るつもりだよ!』

ローラ「なに!?」

メリーベル『前回は中途半端だったけど、今度こそ目障りなお前たちを消してやる!』

128: 2014/09/27(土) 23:04:12.17
こんなときに、事実を客観的に判断できるほど、僕は冷静ではいられない。

だから、これも後からわかったことだ。

僕の知り得た事実を繋ぎ合わせると、こうなる。


まず、僕とリリ様が月を訪れたところまで話はさかのぼる。

このとき、僕たちの乗った船に密航して、グエンとメリーベルが月に潜入していた。

反女王派を扇動し、クーデターを起こすために。


だがそれは、本来の目的のための陽動に過ぎない。

ディアナ・カウンターが反乱鎮圧に追われることで、グエンの一隊は易々とそれを遂行することができた。


忘れられた遺物であるエンジェル・ハイロゥを動かすこと。

兵器として、地球で使うために。


それは……地表からは、空を割って大地に降り立つ巨大な墓標のように見えた。


辛うじて生き延びた人類が再び文明を築くまでに、いったいどれほどの世代を重ねたのだろうか。


文明が崩壊したのは地球だけではない。

エンジェル・ハイロゥの余波は月にまで達し、そこに呼応した反女王派残党の最後の抵抗で、多くの都市や運河が壊滅。

その結果、ムーンレィスとその文明は月の裏側に追いやられた。


僕たちは、なぜ永い眠りにつくことで生き延びることができたのか。

ディアナ・カウンターの有志が決氏の覚悟で地球に降り、コールドスリープ装置に保護してくれたからだ。


彼らの多くは、月には還れなかった……。

129: 2014/09/27(土) 23:06:17.73
美希「頭……痛い……」

真「美希、大丈夫!?」

真美「真美も……これ、やだ……」

亜美「なにこれ……怖いよ……」

やよい「う……うぁ……」ポロポロ

響「貴音の、声……?」

雪歩「ど、どうしちゃったの、みんな!?」

伊織「私も、さっきから嫌な感じがするけど……」

律子「私たちだけじゃないわ」


「いやぁぁぁぁ!」

「どうしたんだ!?」

「来るな! 来るなぁ!」

「もうダメだもうダメだもう」

「おい、こっちも人が倒れたぞ!」


P「あの、でかいリングみたいなのがやってるのか?」

ホレス「その通りです」

P「あなたは……?」

ホレス「失礼、私はホレスといいます。ローラさんとリリさんの古くからの知り合いです」

P「あの二人の……」

130: 2014/09/27(土) 23:07:38.72
P「あの丸いロボットに乗ってきたのは、あなたでしたね?」

ホレス「ええ」

P「ロボットといい、あのリングといい、いったいなんなんですか!?」

ホレス「……」

P「それだけじゃない。ローラもリリさんも、あなただって……」

ホレス「今はまだ、私からは話せません」

P「それで納得できるわけが……!」

あずさ「ぷ、プロデューサーさん、落ち着いて」

ホレス「納得できなくても信じてください。ローラさんとリリさんを」

P「信じて……?」

ホレス「あなたたちの仲間でしょう」

P「……!」

春香「そうですよ、プロデューサーさん! 私たちが信じなくてどうするんですか!」

P「春香……」

千早「私も、ローラとリリさんを信じます」

雪歩「わ、私も!」

真「そうですよ!」

P「みんな……そうだな、すまなかった」

春香「ローラを、信じましょう……!」

P「ああ……!」

131: 2014/09/27(土) 23:09:59.54
ローラ「貴音さんはどこだ!?」

メリーベル『聞きたきゃ、私を倒してみなよ!』

ローラ(カプルでやれるか!?)

 キィィィィン

ローラ「うっ! またか……!」


僕の思考を奪おうとする、何者かの意志。

それは僕だけじゃなく、ここにいる10万……世界中の何十億もの魂を取り込もうとしている。


あの、禍々しくも荘厳な天使の輪が……。


メリーベル『なんだい、この程度でだらしないね』

 ガンッ!

ローラ「メリーベル!」

メリーベル『あははっ! それでも、あの∀のローラ・ローラか!』

ローラ「うるさい!」


反撃も虚しく空を切る。

カプルとバンデットでは、機体性能が違いすぎる。


ローラ「ホワイトドールなら、こんなやつ!」

メリーベル『無駄無駄!』

ローラ「後ろ!?」


まずい! 転ばされ……た!


 ズシッ!

メリーベル『あはっ、捕まえたぁ♪』

ローラ「しまった……!」

 グリッ

メリーベル『このまま踏み潰してやろうか?』

ローラ「くっ……!」

メリーベル『そこで這いつくばって聞いてなよ。天使の歌をさ!』

ローラ「歌……?」

132: 2014/09/27(土) 23:11:53.89
真「ああ! ローラがやばいよ!」

雪歩「私たちに、なにかできることはないんですか!?」

P「俺たちに……」

千早「……」

春香「千早ちゃん?」


千早「♪山の端 月は満ち~」


伊織「え?」

あずさ「ローラちゃんの歌……」

春香「千早ちゃん……」

律子「そうね。これが私たちにできることだわ」

P「そうだな……よし、みんな!」

一同「「はい!」」

春香「美希、大丈夫?」

美希「うん……ミキも歌う」

響「自分も……」

あずさ「やよいちゃん、亜美ちゃん、真美ちゃん!」

やよい「はい!」

亜美「オッケー、超回復!」

真美「真美たち無しじゃ始まらないっしょ!」

春香「いくよ、みんな! 千早ちゃん!」

千早「……」コクッ


千早「♪風に~」

「「♪LaLaLu LaLaLu~」」

133: 2014/09/27(土) 23:13:43.16
歌が聞こえる……僕の歌?

いや、これはみんなの歌だ。


みんなが僕を信じて……!


メリーベル『ちっ、うるさい連中だ! 黙らせてやろうか!』

ローラ「させるかぁ!」

メリーベル『なにぃ!?』


メリーベルがみんなの歌に気を取られた隙を、僕は見逃さなかった。

カプルの胴体を展開状態にすることでバンデットのバランスを崩し、すかさず拘束を逃れる。


あの嫌な感じも、今はしない。

きっとみんなのおかげだ。

みんなの歌には、そう思える力がある!


ローラ「みんなは、僕が守る!」

メリーベル『言うだけならな!』

ローラ「なんとぉぉぉ!」


気合や歌の力で機体性能が覆るわけじゃない。

でも、絶対に負けるわけにはいかない。

カプルだって戦えるはずだ!

134: 2014/09/27(土) 23:15:46.78
───

──




メリーベル『へぇ……少しはらしくなってきたじゃないか、ローラ・ローラ』

ローラ「ハァ……ハァ……」

メリーベル『おかげで嫌なことを思い出させてもらったよ』

ローラ「……」

メリーベル『ビームは使うなって言われてるけど……もういい!』

ローラ「なに!?」

メリーベル『お前たちみんな焼き頃してやる!』

ローラ「まずい!」

 ビーッビーッ!

ローラ「!?」


またアラート!? こんなときになんだ!?

急速接近する物体……モビルスーツか!?


 ゴォォォォォ……!

『ユニバァァァァス!』

メリーベル『なんだぁ!?』

 ドゴォォォ!

メリーベル『うあぁぁぁぁ!?』


突撃してきたMSは、その勢いのまま左肩からぶつかりバンデットを弾き飛ばした。

来てくれたのか、あの人が!


ロラン「ああ……」

135: 2014/09/27(土) 23:19:44.86
それは、月光にも煌びやかな金色のMS。

金色のス……ボルジャーノン!?


ローラ「ハリー大尉!?」

ハリー『待たせたな、ロラン・セアック』

ローラ「助かりましたけど……そのボルジャーノンはなんですか?」

ハリー『スモーは地球に持ち込めないのでな。余っていたこの機体を、ホレス技師に頼んで私用に調整してもらった』

ローラ「悪趣味ですよ!」

ハリー『悪趣味とは? ボルジャーノンは君たちミリシャが使っていたMSだろう』

ローラ「その色がです!」

ハリー『これは譲れんな』

ローラ「……構いませんけど、バンデット相手にボルジャーノンでは不利ですよ」

ハリー『承知している。が、ここは私に任せてもらおう』

ローラ「でも……」

ハリー『ロラン、いやローラ・ローラ! 今の君はアイドルだろう』

ローラ「……!」

ハリー『君と、君の仲間にしかできないことがあるはずだ』

ローラ「それは……」

ハリー『私も、私にできることをやるためにここに来た』

ローラ「僕たちに、できること……」

ハリー『私は君を信じる。君も私を信じろ』

ローラ「わかりました。ここはお任せします!」

ハリー『了解した!』

136: 2014/09/27(土) 23:21:47.64
ハリー『さて、お相手願おうか』

メリーベル「親衛隊のハリー・オードが、また邪魔をしに来たのか!」

 グッ…

メリーベル(なんだ!? 動きが鈍い?)

ハリー『この機体は鈍重だが重い』

メリーベル「なに言って……」

ハリー『勢いよくぶつけるだけでも、有効な質量兵器になるということだ』

メリーベル「さっきの……!」

ハリー『ほう……どうやら効果があったようだな』

メリーベル(こいつ、カマをかけやがったのか!?)

メリーベル「ちっ!」

ハリー『装甲は呆れるほど頑強なようだが、中身はそれほどでもあるまい』

メリーベル「……」

ハリー『特にパイロット、貴様がな』

メリーベル「この程度で勝ったつもりになるなぁー!」

137: 2014/09/27(土) 23:23:52.11
『……ロ……ラ…………』

ローラ「!」


聞こえる……声が……

貴音さんが、あそこにいる。


エンジェルハイロゥの、キールーム!


ローラ「貴音さん! 聞こえました!」

ハリー『ロラン、急げ! あれが上空に出たら手を出せなくなるぞ!』

ローラ「わかってます!」


貴音さんを助け出し、エンジェル・ハイロゥを止める!

今、それができるのは僕だけだ!


ローラ「このカプルなら!」


この機体は水中でこそ本来の性能を発揮できる。

距離はあるが……届くはずだ。

いや、届かせる!


ローラ「まだ上昇するのか……?」


その巨体はついに海面を離れ、さらに上空を目指している。

高度は……カプルの推力ではギリギリか。


ならば、ひとまず潜航する。

充分に深度を取り、そこから浮力を利用して一気に浮上。

その勢いのまま……


ローラ「翔ぶ!」

139: 2014/09/27(土) 23:25:25.51
 ゴォォォォォ……!

届け……届け……!


ローラ「カプル!」


 ガシッ!

届いた!


ローラ「貴音さん、聞こえますか!」

グエン『ローラか』

ローラ「グエン!」

グエン『カプルでなにが出来るつもりだ?』

ローラ「黙れ! そこに貴音さんがいるな!」

グエン『ああ、声を聞かせてやることはできないがね』

ローラ「貴様……!」

グエン『諦めろ、ローラ。エンジェルハイロゥはもう止められない』

ローラ「あなたの思い通りにはさせない!」

グエン『時間は元には戻らんよ』

ローラ「黒歴史を繰り返すつもりか!」

グエン『何度もそうしてきたのが人類だろう』

ローラ「なにを……!」

グエン『それを、ここで終わらせると言っている』

ローラ「終わらせる……?」

140: 2014/09/27(土) 23:28:49.92
リリ『ホレスさん、聞こえますか?』

P「この声、リリさん?」

ホレス「失礼……なんでしょう?」

リリ『今どちらに?』

ホレス「765プロの皆さんと合流しました」

リリ『皆、無事ですね?』

ホレス「年少の子たちには、影響が強く出始めていたようですが」

P「……」

リリ『そうですか……あまり余裕はありませんね』

ホレス「はい」

リリ『あれは過去に二度止められているはずです。方法はわかりませんか?』

ホレス「止めるどころか、そもそも動いているのがおかしいとしか」

リリ『どういうことですか?』

ホレス「あれを稼働させるには、不可欠なものがあります」

リリ『なんですか、それは?』

ホレス「人間です。ただし、ある種の特殊な力を持った」

リリ『魔法使いみたいなものですか?』

ホレス「少し違いますが、そのぐらい見つけにくいものでしょう」

リリ『そもそも見つからないと思いますが』

ホレス「そんな人間が何万人も必要なんですよ」

リリ『バカな』

ホレス「私もそう思います。少なくとも、グエン卿が個人で集められるとは……」

リリ『ですが、実際に動いているのですから、なんとかして集めたのでしょう』

ホレス「現実的とは言えませんがね」

リリ『いや……何万人もの人間?』

ホレス「?」

141: 2014/09/27(土) 23:31:39.19
グエン『これを稼働させるには、サイキッカーというある種の能力者が必要になる』

ローラ「サイキッカー?」

グエン『出来ると思うか? それを最低でも2万人も選り集めるなんてことが』

ローラ「できるわけがない」

グエン『だが、かつてこれを作った組織も、そして私も、こうして動かしてみせた』

ローラ「……」

グエン『これを最初に造った組織は、小さいながらも国家だった』

ローラ「……」

グエン『だからといって、何万人も集められるかといったら、やはり不可能だろう』

ローラ「それが?」

グエン『必要ないんだよ、特殊な能力なんてものは』

ローラ「?」

グエン『かの国家には女王が君臨していた』

ローラ「女王?」

グエン『政治的なものではなく、ある種の宗教的な信仰の対象として』

ローラ「……」

グエン『そう……ディアナ・ソレルの如く、だ』

ローラ「ディアナ様のような……?」

142: 2014/09/27(土) 23:34:46.94
グエン『サイキッカーに求められた資質とは、女王に対する信仰の強さ……すなわち「想い」の強さではないのか?』

ローラ「……」

グエン『前回の結果で確信を得たよ』

ローラ「前回?」

グエン『私たちがかつて生きていた時代のことだ』

ローラ「……!」

グエン『無論サイキッカーなどは集められなかったが、稼働させることはできた』

ローラ「なぜ?」

グエン『代わりに、冷凍刑にされた幾万の罪人を使ったのさ』

ローラ「なに!?」

グエン『彼らの強すぎる負の思念を制御しきれず、最後まで完遂することはできなかったがね』

ローラ「……」

グエン『必要なのは、最初のそれが信仰であったように、同一の指向性を持った純粋な「想い」だ』

ローラ「……」

グエン『つまり、かつての女王と同じ役割を担える存在があればいい』

ローラ「まさか……」

グエン『そう、それが君たちアイドルだ』

ローラ「なら、『THE IDOLM∀STER』は……」

グエン『「想い」を集めるために利用させてもらった。観客をサイキッカーに見立てて、な』

ローラ「僕たちは信仰の対象なんかじゃない!」

グエン『そうかな?』

ローラ「なに!?」

グエン『私に言わせれば、アイドルに対する「想い」とは信仰そのものだよ』

ローラ「……!」

143: 2014/09/27(土) 23:37:16.66
グエン『私の仮定が正しいことは、結果を見ればわかるだろう』

ローラ「まだ終わってはいない!」

グエン『だが、止められまい?』

ローラ「くっ……!」

グエン『四条貴音……ここまで完璧に制御するとは素晴らしい力だ』

ローラ「なぜ貴音さんを!?」

グエン『制御するための鍵だ。これには絶対的な力がいる』

ローラ「鍵?」

グエン『メリーベルにも似た資質はあるが、完全に制御するには不完全だった』

ローラ「……」

グエン『今回は鍵も「想い」も揃っている。止められんよ』

ローラ「止める!」

グエン『邪魔はしない。好きにしろ』

リリ『ローラ! どうしたのですか?』

ローラ「リリ様?」

グエン『話が過ぎたな。失礼する』

ローラ「待て!」

リリ『グエン!? いったいどうなっているのです!?』

ローラ「……」

リリ『ロラン!』

ローラ「貴音さんが……この中にいます」

リリ『貴音さんが?』

144: 2014/09/27(土) 23:39:19.34
ハリー『ここまでだな』

メリーベル「くそっ、こんなポンコツに!」

ハリー『動けまい。重い機体はこうやって使うものだ』

メリーベル「うるさい! どけっ!」

ハリー『バンデットのパイロット。ビームを使わなかったのは褒めてやろう』

メリーベル「使っていれば、お前なんかに……!」

ハリー『そうかもしれんが、そちらの都合に合わせてやる義理はないな』

メリーベル「グエンが使うなって言わなきゃ、使ってる!」

ハリー『律儀なことだ。では、このままおとなしくしていろ』

メリーベル「誰がお前の言うことなんか!」

グエン『やめろ、メリーベル。それ以上抵抗するな』

メリーベル「グエン! あんたまで!」

グエン『もう充分だ。あとは私がやる』

ハリー『グエン卿か……貴公こそ無駄な抵抗はやめるべきだな』

グエン『私は、まだ終わってはいない』

メリーベル「グエン! 私だって……!」

グエン『通信を切るぞ』

メリーベル「グエン!」

ハリー『……』

メリーベル「くそぉーーー!」

145: 2014/09/27(土) 23:42:07.69
P「貴音があの中に!?」

ホレス「はい」

P「どういうことですか?」

ホレス「あのリング……エンジェル・ハイロゥを完全稼働させるには、ある特殊な力を持った鍵が必要です」

P「鍵?」

ホレス「その力を持った人物のことです」

P「?」

ホレス「超常の力のようなものですが、誰でも生まれ持つものではありません」

P「その力を貴音が?」

ホレス「ええ、そうなのでしょうね」

P「でしょう、とは?」

ホレス「常人が感知できるようなものではないですから、私には断言できません」

P「……」

響「プロデューサー……」

P「どうした、響?」

響「貴音、あそこにいるよ……」

P「わかるのか!?」

響「うん、泣いてる……」

P「泣いてる……?」

響「プロデューサー、助けてあげないと……!」

P「響……そうだな。絶対に助ける」

響「うん……」

P「ホレスさん、ローラと通信を繋ぐことはできますか?」

ホレス「はい、これを使ってください」

P「ありがとうございます」

146: 2014/09/27(土) 23:43:51.79
P『ローラ、聞こえるか?』

ローラ「プロデューサーさんですか!?」

P『貴音がそこにいるんだな?』

ローラ「はい、間違いなく」

P『そうか……』

ローラ「?」

P『ローラ、お前も歌うんだ』

ローラ「歌?」

P『お前の歌で、貴音まで届かせろ』

ローラ「……!」

P『出来るな? いや、やるんだ!』

ローラ「わかりました!」

147: 2014/09/27(土) 23:45:03.93
ローラ「♪破れかけた空の彼方から~」

『『♪まっすぐな光が現れ~』』


貴音さん、聞こえていますか!

僕はここにいます!


僕の歌が……

僕たちみんなの歌が……


届け!


ローラ「いまこそ扉は……」

『『開く!』』


ローラ「貴音さん!」

148: 2014/09/27(土) 23:47:02.51
 - エンジェル・ハイロゥ キールーム -


グエン「停止したか……」

貴音「……」

グエン「人の想いを利用しながら、私はその本当の強さを見誤っていたのかもしれないな」

ローラ「なぜ、もっと早く気付かなかったんですか?」

グエン「……ローラか」

ローラ「貴音さんは?」

グエン「そこにいる」

ローラ「貴音さん! 無事ですか!?」

グエン「気を失っているだけだ」

ローラ「よかった……」

グエン「……」

ローラ「どうしてこんなことを……」

グエン「言えば信じるのか?」

ローラ「それは僕が決める」

グエン「人類は、何度も同じ過ちを繰り返している」

ローラ「……」

グエン「こんな馬鹿げたことは、そろそろ終わらせるべきだとは思わないか?」

ローラ「……」

グエン「贖いきれない罪を背負った私が、人類最後の罪を引き受けるつもりだったんだがな」

ローラ「バカな……」

グエン「まあいい、私以外の誰かがやるだけだ」

ローラ「それこそ馬鹿げてる」

149: 2014/09/27(土) 23:49:19.68
グエン「そうかな。結局人類はかつての過ちを忘れ、兄弟たる月も忘れた」

ローラ「あなたがそうしたからでしょう!」

グエン「違うな。私がやらなくても、歴史はそうなるようになっている」

ローラ「言い逃れを……!」

グエン「地球と月は、またいずれ血を流すことになるよ。絶対にな」

ローラ「させませんよ、そんなことは!」

グエン「それは思い上がりだ、ローラ」

ローラ「お前が言うな!」

グエン「君にも、いずれわかる」

ローラ「あなた言うことはわからないし、わかろうとも思わない」

グエン「君は昔からそうだな」

ローラ「なにがですか?」

グエン「いや、愚痴だ。気にするな」

ローラ「あなたは、こんな人じゃなかったはずだ」

グエン「……」

ローラ「なぜ……」

グエン「何度も氏に損なえば、おかしくもなるさ……」

ローラ「なに……?」

150: 2014/09/27(土) 23:54:22.92
グエン「かつての……氏に瀕した地球で救助されたのは君たちだけじゃない」

ローラ「?」

グエン「もっとも、私とメリーベルはディアナカウンターによって捕えられたのだが」

ローラ「……」

グエン「宇宙に捨てられなかったのは、キエル嬢……女王陛下のご恩情だろうな」

ローラ「……」

グエン「冷凍刑だよ。君たちと同じく長い眠りについた」

ローラ「冷凍刑……」

グエン「二度と目覚めさせるつもりは無かっただろうがね。だが、目覚めてしまった」

ローラ「……」

グエン「私ではなくメリーベルだが、装置の稼働限界によって自動蘇生された」

ローラ「なら、メリーベルがあなたを?」

グエン「そうだ」

ローラ「リリ様も自動蘇生と言っていたが……」

グエン「私たちが入れられたのも、もとは君たちを保護するための装置だ」

ローラ「……」

グエン「同様の設定がされていたんだろう」

ローラ「だから同じ時代に目覚めた……」

グエン「私を止めるために、奇跡とやらが悪戯をしたのかもしれんがね」

ローラ「……」

151: 2014/09/27(土) 23:56:09.31
ローラ「今の月の混乱は?」

グエン「私が引き起こしたことだ」

ローラ「やはり……」

グエン「おかげで、追手もなく地球に来れたよ」

ローラ「いったい、どうやって?」

グエン「簡単なことだ。一緒に眠っていた罪人たちを起こしただけだからな」

ローラ「……!」

グエン「あとは想像できるだろう?」

ローラ「そこまでするのか……!」

グエン「人類を滅亡寸前にまで追い込んだ大罪人にとっては、取るに足らん話だな」

ローラ「あなたは……!」

グエン「許せないか?」

ローラ「許せるわけがないでしょう!」

グエン「ああ、君はそれでいい。それでこそ私の愛したローラだ」

ローラ「……」

152: 2014/09/27(土) 23:58:35.84
 ゴゴゴゴゴ…!

ローラ「!?」

グエン「エンジェル・ハイロゥは、このまま宇宙にあがるようだ」

ローラ「なに!?」

グエン「やはり完全にコントロールできるものではなかったか」

ローラ「宇宙にあがって、それで?」

グエン「さあね。次の文明でも探そうか」

ローラ「新たな破壊と創造のために、ですか?」

グエン「それも悪くはないな」

ローラ「ありえない話だ」

グエン「私の人生は、そんなことばかりだったよ。君は違うのか?」

ローラ「……」

グエン「このままでは君も道連れだ」

ローラ「それは……」

グエン「君だけじゃない。君の大切なこの女性もな」

ローラ「貴音さん……」

グエン「行くがいい。君たちがいても息苦しいだけだ」

ローラ「グエン様……」

グエン「よせ。憎まれていたほうが気楽でいい」

ローラ「……」

グエン「早くしろ! 間に合わなくなるぞ」

ローラ「わかりました……僕たちは行きます」


グエン「ああ……さようなら、ローラ」


ローラ「さようなら、グエン様」

153: 2014/09/28(日) 00:01:50.08
 - カプル・コックピット -


貴音「ん……」

ローラ「気が付きましたか!?」

貴音「ロ…ーラ?」

ロラン「はい、僕です!」

貴音「ふふっ、僕ではなく私では?」

ロラン「いや、それは」

貴音「ありがとう、ロラン……」

ローラ「え?」

貴音「ありがとう……」

ローラ「貴音、さん……?」

貴音「……」

ローラ「あの……」

貴音「どうしました、ローラ?」

ローラ「い、いえ。狭いけど我慢してください」

貴音「問題ありません」

ローラ「高度は……こんなに!?」

154: 2014/09/28(日) 00:04:14.28
ローラ(海上だけど……この高度から、カプルで降りられるか!?)

ハリー『聞こえるか、ロラン!』

ローラ「ハリー大尉!?」

ハリー『そこからだと、カプルの推力では充分に減速できない』

ロラン「わかってますよ!」

ハリー『水深は充分ある。頭から真っ直ぐ落ちて着水の抵抗を減らすんだ』

ローラ「空中で姿勢制御なんて……!」

ハリー『できなければそれまでだ。やってみせろ』

ローラ「無茶言ってくれて!」

貴音「大丈夫です」

ローラ「え?」

貴音「わたくしはローラを信じています」

ローラ「貴音さん……」

貴音「……」コクッ

ローラ「体は固定できていますか?」

貴音「このベルトでいいんですね?」

ローラ「ええ、それで大丈夫です。あとはこっちにしっかり掴まっていてください」

貴音「わかりました。さあ、ローラ」

ローラ「……」

貴音「あなたならできます」

ローラ「いきます!」

貴音「……!」

ローラ「うおぁぁぁぁぁ!」


───

──



155: 2014/09/28(日) 00:05:51.17
ハリー『やってくれたようだな、ロラン』

メリーベル「ふんっ……」

ハリー『さて、こっちは……』

メリーベル「離せ、ハリー・オード。これ以上なにもしない」

ハリー『……』

メリーベル「もう、終わったんだ」

ハリー『わかった』

メリーベル「……」

ハリー『どうするつもりだ?』

メリーベル「グエンを追う」

ハリー『本気か?』

メリーベル「バンデットなら、ここからでも届くはずだ」

ハリー『そうか……好きにするがいい』

メリーベル「そうする!」

 ゴオォォォォ…!

メリーベル「じゃあな、いけ好かない人間ども……」


メリーベル「アイドルっての、少しは楽しかったよ!」

156: 2014/09/28(日) 00:09:02.54
 - エンジェル・ハイロゥ キールーム -


グエン「……少し、眠るか」

メリーベル『待ちなよ、グエン!』

グエン「メリーベル、なにをしている」

メリーベル『私を置いていくつもりか!』

グエン「戻れ。私に付き合う必要はない」

 ゴウン…!

メリーベル『取りついた! もう遅い』

グエン「運が良ければ月に届く。お前の故郷だろう」

メリーベル『ふざけるな! 勝手なことばかり言って……!』

グエン「……」

メリーベル『最後まで勝手なことばかりして! 私はあんたに付いてくって言っただろ!』

グエン「バカな……」

メリーベル『バカなのはあんただ!』

グエン「……」

メリーベル『なんとか言え!』

グエン「そうだったな。一緒に行こう、メリーベル」

メリーベル『ふんっ! 言われなくても、そうしてやるってんだよ……』


───

──



157: 2014/09/28(日) 00:10:34.62
 - 海上 カプル コックピット内 -


着水の瞬間、ほんの短い間だと思うけど気絶していたようだ。

どれほどの衝撃があったのか、思い出さなくていいのはありがたい。


気がついたら、僕たちの乗ったカプルは海上で波に揺らされていた。


ローラ「た、助かったのか……?」

貴音「ええ、わたくしもローラも、確かに生きていますよ」

ローラ「貴音さん?」

貴音「お見事でした」

ローラ「だ、大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか?」

貴音「言ったはずですよ、ローラを信じると」

ローラ「え?」

貴音「あなた様が、わたくしに怪我などさせるはずがありません」

ローラ「貴音さん……」

貴音「ですが……」

ローラ「な、なんですか?」

貴音「さすがに疲れました。もう少しこのままで……」

ローラ「あ、そちらでは窮屈でしょう。こちらに」

貴音「そうですか? では」

158: 2014/09/28(日) 00:11:53.95
 ムギュ

ローラ「ふゎ!?///」

貴音「ふむ……二人掛けでは、やはり窮屈ですね」

ローラ「ぼ、僕がどきます!」

貴音「ダメですよ」

ローラ「え?」

貴音「ダメです」

 ギュッ

ローラ「た、貴音さん?」

貴音「このままで……」

ローラ「は、はい///」

貴音「……」

ローラ「……」

貴音「ふふっ……///」

159: 2014/09/28(日) 00:13:13.85
 - とある国のパン屋 -


TV『……ローラ・ローラ、四条貴音両名の生存が確認されました』

TV『……これが救助された際の映像です』

TV『……日本政府は、この件に関して』


青年「ロランのやつ、またあんなかっこをして」

女性「ふふっ、困ったお友達ね」

青年「でも、またあいつに助けられたな」

女性「私たちも一から出直しなんだから、のんびりしてられないわよ、親方」

青年「よし! 俺たちも負けてられないな!」

女性「ええ!」

160: 2014/09/28(日) 00:14:17.76
 - とある国の民家 -


青年「行くのか?」

女性「当然でしょ。ロランの大仕事を、私が取材しないでどうするの」

青年「たしかにな。大したやつだよ、まったく」

女性「素直に褒めるなんて珍しいわね。昔はなにかっていうと……」

青年「今さら勘弁してくれ。俺だって、もう親父なんだから」

赤子「う~」

青年「な~?」

赤子「だ~♪」

女性「うふふ」

161: 2014/09/28(日) 00:16:21.45
 - 地下室 -


リリ「ホレスさん、ご苦労様でした」

ホレス「いえ、私はなにも」

リリ「ロランは?」

ホレス「貴音嬢ともども、もちろん無事です」

リリ「世界も貴音さんも等しく救うとは、大したものですね」

ホレス「本当に……」

リリ「ハリー大尉にもお礼をしませんと」

ホレス「そうですね。彼が来てくれなかったら危なかった」

リリ「……」

ホレス「どうしました?」

リリ「いえ、つまらないことです」

ホレス「?」

リリ「文明が滅び原始に還っても、また人は引き写したように文明を築き、同じ過ちを繰り返す……」

ホレス「……」

リリ「間違っているのは、グエンのような人ではなく、私たちのほうではないのか、と……」

ホレス「リリ様……」

リリ「ふふっ、なにを言っているのでしょうね」

ホレス「私はこう思います」

リリ「?」

ホレス「残された人類の記憶がまた同じものを造り、壊そうとする……」

リリ「……」

ホレス「それが間違いであっても、人間は積み重ねた歴史を捨て去ることはできない」

リリ「……」

ホレス「それこそが、人間そのものだから……」

リリ「それこそが……」

ホレス「そんなことより、カプルとボルジャーノンの修理のほうが気がかりですがね」

リリ「ふふふ……そうですね」


リリ「私たちは、私たちにできることをやりましょう」

162: 2014/09/28(日) 00:17:30.96
───

──




ハリー大尉は、結局すぐに月に戻った。


あちらもまだ、治安が完全に回復してはいない。

キエルお嬢さん……女王陛下とともに、しばらくは「起きて」いることになるようだ。

事態の鎮静化と、今後のために。


月に帰還する彼の宇宙艇は、おそらく地球のあらゆる地点で観測されたことだろう。

これから大変な騒ぎになることは間違いない。


月は、地球との交流の準備を進めている。

あるいは、かつてのような不幸が繰り返されるかもしれない。


あってはならないことだが、もしまた争いの源を生む人がいるのなら……


僕は戦う。

アイドルとして、僕なりの戦い方で。


だけど、今だけは少し眠らせてほしい。


ああ、疲れた……。


───

──



163: 2014/09/28(日) 00:19:05.27
 - 数日後 765プロ事務所 -


P「二人とも著しく疲労していますので、会見は後日に」

記者「そんなこと言わずに」

記者「一言でもお願いしますよ」

律子「ですから、今は取材には応じられません!」


春香「あはは、さすがにすごい騒ぎだね」

伊織「事務所に入るだけでひと苦労だったわ……」

雪歩「仕方ないよ。私たちだって信じられないような話だもん」

響「ロボットとか、あのおっきい輪っかとか……嘘みたいだよね」

あずさ「しかも、ローラちゃんと貴音ちゃんがね~」

やよい「でも、ローラさんかっこよかったです!」

真「世界を救ったヒロインか~……くぅ~! 憧れちゃうな~」

真美「で、その肝心のお二人さんはどこにいんの?」

亜美「リリっち?」

リリ「特別休暇ですわ」

春香「特別休暇?」

亜美「どっか行ってんの?」

リリ「ええ。アメリカ……いえ、アメリアに」

一同「「?」」

164: 2014/09/28(日) 00:20:25.72
 - 北アメリカ 某所 -


ローラ「この辺りがビシニティか……」

貴音「……」


そこは間違いなく、かつてそう呼ばれていた土地だ。

だが、気の遠くなるほどの年月が覆い隠したのは、滅び去った文明だけではない。

見渡す限り広がる荒涼とした不毛の大地に、かつての面影を見出すことはできなかった。


ローラ「信じられないと思いますけど……私は月から来た人間なんです」

貴音「月から……」

ローラ「それも、たぶん何千年とか何万年も前に」

貴音「……」

ローラ「ははは……やっぱり信じられませんよね」

貴音「いえ……」

ローラ「え?」

貴音「ローラがそう言うなら、わたくしは信じます」

ローラ「貴音さん……」

貴音「あなた様は、わたくしに嘘などつかないでしょう?」

ローラ「もちろんです!」

貴音「ふふっ」

ローラ「あ……」

貴音「?」

165: 2014/09/28(日) 00:21:31.86
ひとつだけ、嘘をついたままだ。

僕は……自分という人間を偽っている。


貴音「ローラ?」

ローラ「……」


話すべきだろうか。


うん、考えるまでもなく答えは決まっている。

この人にだけは、自分を偽りたくないから。


ローラ「あ、この川……」

貴音「どうしました?」


かつての記憶より流れはか弱く、水は淀んでいる。

でも、間違いない。

ここは、あの美しい姉妹と初めて出会った……あの川辺だ。


ローラ「……」

貴音「……」

ローラ「そうか……」

貴音「はい?」

166: 2014/09/28(日) 00:23:10.74
ローラ「ここが、私の地球での第一歩目なんです」

貴音「ここが……」

ローラ「ここから、また始めます」

貴音「なにをですか?」

ローラ「聞いてください。私は、ひとつだけ貴音さんに嘘をついています」

貴音「嘘を……」

ローラ「私は……いえ、僕の本当の名はロラン・セアック」


ロラン「僕は……男です」

貴音「知っていましたよ?」


ロラン「……」

貴音「……」

ロラン「え?」

貴音「ですから、知っていましたと」

ロラン「ええぇ!?」

貴音「知っているのは、わたくしだけだとは思いますが」

ロラン「いつからですか!?」

貴音「最初からです」

ロラン「うぁ……」

167: 2014/09/28(日) 00:25:03.09
そうとは知らずに、貴音さんの前でずっと女性のフリをしていたのか?


ローラ・ローラとしてはすでにだいぶ開き直っているが、ロラン・セアックはやはり男だ。

ふと我に返って、自分を殴ってやりたくなることだってある。

今が、まさにそれだ。


そんな事実はできれば知りたくなかった……。


貴音「少しでも皆を辱めるような行為があったら、容赦なく懲らしめるつもりでしたが……」

ロラン「……」

貴音「そのへんは充分に配慮されていましたね。ふふふ」

ロラン「当然ですよ……」

貴音「それはわたくしも信頼しています」


考えてみたら、なにかを誤解されているわけじゃない。

そうだよ、僕にはなにもやましいことなんてないんだから。


いや、待った。

もしかして……一番されたくない誤解をされてないか?


ロラン「趣味でやってるわけじゃないですよ?」

貴音「なにがですか?」

ロラン「なにがって……女装が」

貴音「そのような趣味を持った殿方がいるとは、聞いたことがありますが」

ロラン「僕は違います!」

貴音「では、そういうことにしておきましょう」

ロラン「そういうことでしかないんですよ!」

貴音「ふふふ」

168: 2014/09/28(日) 00:26:24.72
貴音「まだトップアイドルにはなっていませんが……」

ロラン「え?」

貴音「わたくしも話さないと、やはり不公平ですね」

ロラン「?」

貴音「約束したはずです。トップアイドルになったら、と」

ロラン「あ……」

貴音「わたくしも、話していいですか?」

ロラン「はい……聞かせてください、貴音さんのことを」

貴音「……」

ロラン「……」

貴音「あらかじめ誤解のないように断っておきますが……」

ロラン「はい?」

貴音「わたくしはわたくしであり、四条貴音以外の何者でもありません」

ロラン「ええ、わかってますけど」

貴音「ですが、わたくしの中には……もう一人、別の意識が宿っています」

ロラン「別の意識?」

貴音「わたくしの一族の、定めです……」

ロラン「……」

169: 2014/09/28(日) 00:28:12.30
貴音「わたくしは一族の中で、あるお方の記憶を受け継ぐお役目を負っていました」

ロラン「……」

貴音「不幸があって、わたくしはお役目を追われ……いえ、自ら放棄したというべきでしょう」

ロラン「……」

貴音「お役目は妹に引き継がれました」

ロラン「妹さんがいるんですか?」

貴音「ええ。それ以来、会うことも許されませんが……」

ロラン「……」

貴音「わたくしに、そのお方の記憶は残されなかった……はずでした」

ロラン「え?」

貴音「わずかに埋もれていたのでしょうか、稀にその意識が顔を覗かせます」

ロラン「そのお方というのは?」

貴音「光り輝く、とても美しい姫君だった、と……」

ロラン「姫君……」

貴音「……」

ロラン「……!」

貴音「?」

ロラン「その姫君って、まさか……」

貴音「いえ……わたくしが知るのは、そこまでです」

ロラン「そう、ですか……」

貴音「……」

170: 2014/09/28(日) 00:29:54.05
ロラン「貴音さんは……ムーンレィスなんですか?」

貴音「月人ということですか?」

ロラン「ええ」

貴音「なぜそうだと?」

ロラン「僕が月から来たと言ったのを信じてくれたからです」

貴音「いえ、わたくしはこの星で生まれ育ちました」

ロラン「……」

貴音「ただ……」

ロラン「?」

貴音「遠い遠い祖が、月から来たとは聞いています」

ロラン「ご先祖様が?」

貴音「正直に言えば、信じがたい話だと思っていましたが」

ロラン「そうですよね、ははっ」

貴音「こうしてあなた様と出会えたことで、自らの生まれに誇りを持つことができました」

ロラン「ぼ、僕はなにも」

貴音「一族以外でこれを話したのは、ローラ……いえ、ロランだけですよ?」

ロラン「え……」

貴音「これからも、あなた様ただ一人だけです」

ロラン「貴音さん……」

貴音「……」

ロラン「……」

171: 2014/09/28(日) 00:32:51.63
少女「あー! なんでロランがこんなところにいるのよ!?」

ロラン「え?」

貴音「?」

少女「あなたロランよね?」

ロラン「え……えぇ!?」

少女「またそんなかっこして、もう!」

ロラン「……」

貴音「あの……?」

少女「ん?」

ロラン「はは……ははは」

貴音「どうしました?」

少女「なに、人の顔を見て笑ってるのよ」

ロラン「こんなことが……」

貴音「?」

少女「?」

ロラン「嘘じゃないですよね?」

少女「嘘ってなによ? 久しぶりに会って、言うことがそれ?」

ロラン「いえ……」

少女「……」

ロラン「ソシエお嬢様、お変わりなく」

ソシエ「ええ、おかげさまで」

172: 2014/09/28(日) 00:34:00.96
貴音「お知り合いですか?」

ソシエ「あなたこそ、誰?」


これはきっと奇跡だろう。

でも奇跡ってやつは、どこかの双子より困った悪戯好きみたいだ。



おわり

174: 2014/09/28(日) 00:35:22.83

涼ちんとの行方が気になる

176: 2014/09/28(日) 00:50:21.59
よかった

そして、この設定でも全く違和感のないお姫ちんすげぇ

177: 2014/09/28(日) 00:51:25.40
乙乙

引用元: ロラン「THE IDOLM∀STER」