1: 2012/01/06(金) 20:10:24.15
あまりにも突然だが、現在私、吉川ちなつと\アッカリーン/こと赤座あかりちゃんは同棲中である。
中学生のときに出会ってそのまま、一緒の高校に進み、大学生になったと同時に
私たちは一緒に暮らし始めた。
他に好きな人がいたこともある。
けれど今は、あかりちゃんのことが誰よりも大切だ。
きっとそれが周囲の人に嫌な気分を与えることになったとしても、私の気持ちは変わらないし変えるつもりもない。
あかりちゃんも、きっと同じだと笑ってくれるだろう。
前作
【ゆるゆり】あかり「ずっとずっと一緒にいられたらいいよね」
2: 2012/01/06(金) 20:27:59.58
◆
あかり「ちなつちゃん、起きて」
一日の始まり。
ここ最近、すっかり冷え込んでしまったためかベッドから出るのは億劫だ。
けれどあかりちゃんにそう言われると起き出さないわけにはいかない。
だらしなくよれたシーツとパジャマを直して、私はもぞもぞと布団から這い出た。
ちなつ「あかりちゃん、もう行くの?」
あかり「ごめんね、忙しくて」
いつもよりもまだ早い時間帯。
それなのにあかりちゃんはすっかりお出かけモード。少し寂しいと思わないわけでもないが、
私も大学が始まって忙しいのはお互い様だ。
あかりちゃんの忙しいは私の比にはならないわけだけど。
ちなつ「もー。もうちょっと寝てたかったのに」
あかり「えへへ……」
まあ、仕方ないんだけどね。
朝はこれをやらなきゃ始まらない。あかりちゃんは甘えん坊なんだから。
ちなつ「ほら」
あかりちゃんは「うん」と嬉しそうに言って目を閉じた。
毎回のことなのに、こういう――私のキスを待っているときのあかりちゃんは、びっくりするくらいに、
なんというか、色っぽい顔をしていると思う。
そんなあかりちゃんを見て、私まで一気に目が覚めてしまうのは秘密だ。
触れるだけの短いキスを一つ。
あかりちゃんに贈ると、「いってらっしゃい」
あかり「ちなつちゃん、起きて」
一日の始まり。
ここ最近、すっかり冷え込んでしまったためかベッドから出るのは億劫だ。
けれどあかりちゃんにそう言われると起き出さないわけにはいかない。
だらしなくよれたシーツとパジャマを直して、私はもぞもぞと布団から這い出た。
ちなつ「あかりちゃん、もう行くの?」
あかり「ごめんね、忙しくて」
いつもよりもまだ早い時間帯。
それなのにあかりちゃんはすっかりお出かけモード。少し寂しいと思わないわけでもないが、
私も大学が始まって忙しいのはお互い様だ。
あかりちゃんの忙しいは私の比にはならないわけだけど。
ちなつ「もー。もうちょっと寝てたかったのに」
あかり「えへへ……」
まあ、仕方ないんだけどね。
朝はこれをやらなきゃ始まらない。あかりちゃんは甘えん坊なんだから。
ちなつ「ほら」
あかりちゃんは「うん」と嬉しそうに言って目を閉じた。
毎回のことなのに、こういう――私のキスを待っているときのあかりちゃんは、びっくりするくらいに、
なんというか、色っぽい顔をしていると思う。
そんなあかりちゃんを見て、私まで一気に目が覚めてしまうのは秘密だ。
触れるだけの短いキスを一つ。
あかりちゃんに贈ると、「いってらっしゃい」
3: 2012/01/06(金) 21:21:35.29
―――――
―――――
あかりちゃんと同棲を始めてから、もうすぐで一年。
そして、あかりちゃんとちゃんとした恋人同士になってから一ヶ月。
一緒に住むようになる前から、きっとお互いのことは好き合っていたはずだ。
けれどきちんと気持ちを伝え合ったことはなかったから、ようやく気持ちを伝え合った一ヶ月前が
本当の意味で私たちのスタートだったと言える。
年も明けて、寒さも本格的になってきた。
冬休みはだいぶ前に終わったはずなのに未だに眠いのはどうしてだろう。
早く春にならないかなあ。
そんなことを思いながら、私は欠伸混じりに空を見上げた。
晴れ渡っていて、雪なんて降りそうには見えない。
今日の天気予報は外れかな。
せっかく傘持って来てたのに。
あかりちゃんはどうだろう。
いつのまにか思考はあかりちゃんのことに変わっていて、朝にあかりちゃんの声を聞いたばかりなのに、
家に帰ればすぐに会えるのに、それでも携帯を開けている自分がいる。
―――――
あかりちゃんと同棲を始めてから、もうすぐで一年。
そして、あかりちゃんとちゃんとした恋人同士になってから一ヶ月。
一緒に住むようになる前から、きっとお互いのことは好き合っていたはずだ。
けれどきちんと気持ちを伝え合ったことはなかったから、ようやく気持ちを伝え合った一ヶ月前が
本当の意味で私たちのスタートだったと言える。
年も明けて、寒さも本格的になってきた。
冬休みはだいぶ前に終わったはずなのに未だに眠いのはどうしてだろう。
早く春にならないかなあ。
そんなことを思いながら、私は欠伸混じりに空を見上げた。
晴れ渡っていて、雪なんて降りそうには見えない。
今日の天気予報は外れかな。
せっかく傘持って来てたのに。
あかりちゃんはどうだろう。
いつのまにか思考はあかりちゃんのことに変わっていて、朝にあかりちゃんの声を聞いたばかりなのに、
家に帰ればすぐに会えるのに、それでも携帯を開けている自分がいる。
4: 2012/01/06(金) 21:49:45.16
しばらくの呼び出し音のあと、あかりちゃんの「ちなつちゃん?」という声。
もうこの時間帯に電話することはあかりちゃんもわかっているのだろう。
前にちなつちゃんからの電話待ってるんだよと言っていたあかりちゃんのことを思い出して、
少しほくほくした気持ちになる。
ちなつ「うん、今日は何時に帰れそう?」
あかり『今日は早めに帰っちゃうよぉ、図書室も席あんまり空いてないし……』
ちなつ「あ、そうなんだ」
大して興味なさそうな口調になってしまうのは照れ隠しとか、そういうわけじゃない。
もうちょっと気の利いた言葉をかけてくれたっていいのに、なんて。
たとえば私に早く会いたいからとかなんとか――まあこれはきっと私の求めすぎ。
でも、こうなるくらいにあかりちゃんのこと好きになっちゃったんだなあとぼんやり思う。
駅に向かって歩きながら、あかりちゃんにほんとはどうでもいい愚痴をこぼしたりして、こういうとき、
私は本当にあかりちゃんに恋してるんだと気付かされる。
昔から恋愛がらみになるとつい暴走してしまう癖があるのだ。
気をつけなきゃ。
そう思いながらも、あかりちゃんならちゃんと受け止めてくれることも知ってしまっているから。
もうこの時間帯に電話することはあかりちゃんもわかっているのだろう。
前にちなつちゃんからの電話待ってるんだよと言っていたあかりちゃんのことを思い出して、
少しほくほくした気持ちになる。
ちなつ「うん、今日は何時に帰れそう?」
あかり『今日は早めに帰っちゃうよぉ、図書室も席あんまり空いてないし……』
ちなつ「あ、そうなんだ」
大して興味なさそうな口調になってしまうのは照れ隠しとか、そういうわけじゃない。
もうちょっと気の利いた言葉をかけてくれたっていいのに、なんて。
たとえば私に早く会いたいからとかなんとか――まあこれはきっと私の求めすぎ。
でも、こうなるくらいにあかりちゃんのこと好きになっちゃったんだなあとぼんやり思う。
駅に向かって歩きながら、あかりちゃんにほんとはどうでもいい愚痴をこぼしたりして、こういうとき、
私は本当にあかりちゃんに恋してるんだと気付かされる。
昔から恋愛がらみになるとつい暴走してしまう癖があるのだ。
気をつけなきゃ。
そう思いながらも、あかりちゃんならちゃんと受け止めてくれることも知ってしまっているから。
5: 2012/01/06(金) 23:19:00.39
あかり『ちなつちゃんは今帰るとこ?』
ちなつ「うん、今日は寒いしさっさと帰ってあかりちゃんを待っとくね」
言葉通り、足が「さっさと」動くのは寒いからでもあるのだけど。
話す度に白く染まる息を目で追う。
意外にもすぐに消えてなくなってしまうそれを見ながら、大学にいる時間もそういえば随分と減ったなあと思う。
単位を落とさないように最低限の授業はとって、あとはひたすらあかりちゃんを待つばかり。
ちょっとした新婚ホヤホヤの新妻さん気分。
あかりちゃんといる時間のほうが大切なのだから当たり前だ。
あかりちゃんもそうであってほしいと思ってしまうのだって、きっと当たり前なんだよね。
たまに私のこんな気持ちがあかりちゃんの負担になってないか心配になってしまうが、心配したって始まらないこともわかっている。私は私なりにまっすぐあかりちゃんに気持ちを伝えなくっちゃ。
あかり『じゃあ今日のご飯は温かいものにしよっか。お鍋とかどうかなぁ』
ちなつ「あ、いいかも。材料買っておこうか?」
あかり『い、いいよ!あかりが買って帰るね!』
えー。そしたらあかりちゃんが遅くなるでしょ。
すぐに帰るから大丈夫だよぉ!寒いしちなつちゃん風邪引いちゃうかも!
そんな簡単に風邪なんて引かないってば。
しばらくそんなやり取りが続いた後、結局私がこのまままっすぐ帰ることで落ち着いた。
あかりちゃんは優しいというか少し過保護っていうか。
まあ私がうまく作れないからっていうのが大きいのかもしれないけど。(前に頑張って作ろうとして台所がひどい有様になったことはさすがに少し気にしている)
ちなつ「うん、今日は寒いしさっさと帰ってあかりちゃんを待っとくね」
言葉通り、足が「さっさと」動くのは寒いからでもあるのだけど。
話す度に白く染まる息を目で追う。
意外にもすぐに消えてなくなってしまうそれを見ながら、大学にいる時間もそういえば随分と減ったなあと思う。
単位を落とさないように最低限の授業はとって、あとはひたすらあかりちゃんを待つばかり。
ちょっとした新婚ホヤホヤの新妻さん気分。
あかりちゃんといる時間のほうが大切なのだから当たり前だ。
あかりちゃんもそうであってほしいと思ってしまうのだって、きっと当たり前なんだよね。
たまに私のこんな気持ちがあかりちゃんの負担になってないか心配になってしまうが、心配したって始まらないこともわかっている。私は私なりにまっすぐあかりちゃんに気持ちを伝えなくっちゃ。
あかり『じゃあ今日のご飯は温かいものにしよっか。お鍋とかどうかなぁ』
ちなつ「あ、いいかも。材料買っておこうか?」
あかり『い、いいよ!あかりが買って帰るね!』
えー。そしたらあかりちゃんが遅くなるでしょ。
すぐに帰るから大丈夫だよぉ!寒いしちなつちゃん風邪引いちゃうかも!
そんな簡単に風邪なんて引かないってば。
しばらくそんなやり取りが続いた後、結局私がこのまままっすぐ帰ることで落ち着いた。
あかりちゃんは優しいというか少し過保護っていうか。
まあ私がうまく作れないからっていうのが大きいのかもしれないけど。(前に頑張って作ろうとして台所がひどい有様になったことはさすがに少し気にしている)
6: 2012/01/06(金) 23:25:31.31
あかり『ごめんね、切らなきゃ』
ちなつ「あ……うん」
誰かに呼ばれたのか、遠くから『はーい』というあかりちゃんの元気な声がした後、少し急いたような『じゃあまた後で!』私がもうちょっと頑張ってねとかなんとか言う前に、電話は切れてしまった。
いつものこと。
けれど、やっぱり少し寂しいし悲しい。
あかりちゃんの声が聞こえなくなってもしばらくじっと、携帯の奥に耳を澄ませて。
いつのまにか立ち止まってしまっていた自分に気付き、私はふっと息を吐いて歩き出した。
すぐに会えるのに、あかりちゃんは私のものなのに、どうしてこんなふうに――たとえば電話を切ったあとや、あかりちゃんが他の誰かと話しているときや――不安になってしまうのだろう。
答えは出ないから、ケリはつけられない。
ただ、そのことであかりちゃんを困らせたくはないから、私は今度こそ早足で駅へと向かっていった。
ちなつ「あ……うん」
誰かに呼ばれたのか、遠くから『はーい』というあかりちゃんの元気な声がした後、少し急いたような『じゃあまた後で!』私がもうちょっと頑張ってねとかなんとか言う前に、電話は切れてしまった。
いつものこと。
けれど、やっぱり少し寂しいし悲しい。
あかりちゃんの声が聞こえなくなってもしばらくじっと、携帯の奥に耳を澄ませて。
いつのまにか立ち止まってしまっていた自分に気付き、私はふっと息を吐いて歩き出した。
すぐに会えるのに、あかりちゃんは私のものなのに、どうしてこんなふうに――たとえば電話を切ったあとや、あかりちゃんが他の誰かと話しているときや――不安になってしまうのだろう。
答えは出ないから、ケリはつけられない。
ただ、そのことであかりちゃんを困らせたくはないから、私は今度こそ早足で駅へと向かっていった。
14: 2012/01/09(月) 16:25:54.29
―――――― ――
「ただいまぁ」と声がしたのは、お昼のワイドショーも終わって夕方のニュース番組が始まった頃だった。
ちょうどテレビ画面に同世代の女の子たちが街に出て遊びまわっている姿をレポートしているのが映っていたから、ほんわかしたあかりちゃんの声が嬉しかった。
せっかく親元から離れて暮らしているのだ。それなりに遊び歩きたい年頃でもあるのだし、よく「それならあかりちゃんと一緒に出かければいいのに」と言われることだってある。でもそういう人たちは私たちの関係を知らないし、二人で外を並んで歩くのは少し――。
ちなつ「おかえり、あかりちゃん!」
ピッとチャンネルをかえたのと、あかりちゃんが中へ入ってくるのは同時だった。
悲惨な事故のニュースを伝えている画面に変わって、あかりちゃんが「最近こんなこと多いね」と悲しそうに言いながら持っていた買い物袋をテーブルによいしょと置く。
私はソファーに膝を抱えて座ったまま、首だけをあかりちゃんに向けた。
「ただいまぁ」と声がしたのは、お昼のワイドショーも終わって夕方のニュース番組が始まった頃だった。
ちょうどテレビ画面に同世代の女の子たちが街に出て遊びまわっている姿をレポートしているのが映っていたから、ほんわかしたあかりちゃんの声が嬉しかった。
せっかく親元から離れて暮らしているのだ。それなりに遊び歩きたい年頃でもあるのだし、よく「それならあかりちゃんと一緒に出かければいいのに」と言われることだってある。でもそういう人たちは私たちの関係を知らないし、二人で外を並んで歩くのは少し――。
ちなつ「おかえり、あかりちゃん!」
ピッとチャンネルをかえたのと、あかりちゃんが中へ入ってくるのは同時だった。
悲惨な事故のニュースを伝えている画面に変わって、あかりちゃんが「最近こんなこと多いね」と悲しそうに言いながら持っていた買い物袋をテーブルによいしょと置く。
私はソファーに膝を抱えて座ったまま、首だけをあかりちゃんに向けた。
15: 2012/01/09(月) 16:26:39.41
ちなつ「みんな気が抜けてるんだよ」
あかり「お正月とっくに終わっちゃったのに」
ちなつ「だからよけいにでしょ」
あかりちゃんが悲しそうな顔をするのは嫌だ。私のことで悲しそうな顔をするのはもっと嫌。あかりちゃんには何より笑顔が似合うと思うから。
だけど今日は。
なんとなく、あかりちゃんを困らせてみたくなった。
腕を組んで歩いたり、手を繋いだり。
さっきテレビに映っていた女の子たちにとっては普通のことでも、私達にとっては特別なこと。
それがなんだか、無性に悔しく思えて。
あかり「お正月とっくに終わっちゃったのに」
ちなつ「だからよけいにでしょ」
あかりちゃんが悲しそうな顔をするのは嫌だ。私のことで悲しそうな顔をするのはもっと嫌。あかりちゃんには何より笑顔が似合うと思うから。
だけど今日は。
なんとなく、あかりちゃんを困らせてみたくなった。
腕を組んで歩いたり、手を繋いだり。
さっきテレビに映っていた女の子たちにとっては普通のことでも、私達にとっては特別なこと。
それがなんだか、無性に悔しく思えて。
19: 2012/01/28(土) 00:29:27.66
ちなつ「あかりちゃん」
本当は、あかりちゃんを待つことは当たり前なんかじゃない。
当たり前なんだけど、当たり前なんかじゃなくって。
あかりちゃんと一緒にいる時間は大切。だけどそこにはきっと、少しの恐怖も混じっている。あの日のあかりちゃんの涙。あかりちゃんの言葉。
いつか離れなきゃいけないとか、周囲の冷たい目に晒されるだとか、そのことがほんの少し怖いから。
あかり「どうしたの、ちなつちゃん?」
ちなつ「……」
立ち上がって、あかりちゃんの背後に回りこんだ。
ぎゅっと腰に手をまわして、抱きつく。あかりちゃんの困ったような声が聞きたい。あかりちゃんの困った顔が見たい。私の中の、一番最初のあかりちゃんはやっぱり困ったような顔を
していたから。まだ中学生だった私たち。結衣先輩に夢中で周りが見えなくて、よくあかりちゃん(や京子先輩も、なのだろうか)を巻き込んでいた。
今、私たちがこんな関係だって知ったら、あのときの私は少しでもあかりちゃんへの態度を変えただろうか。振り返ってみれば、随分と嫌な子だ。
けれどあかりちゃんはそんな私の傍にずっといてくれたのだ、中学生の頃の私なら――あかりちゃんが私から離れるはずなんてないよ、なんて言って高を括るかもしれない。
だというのに今じゃこんなにも、あかりちゃんのことでびくびくしている。
本当は、あかりちゃんを待つことは当たり前なんかじゃない。
当たり前なんだけど、当たり前なんかじゃなくって。
あかりちゃんと一緒にいる時間は大切。だけどそこにはきっと、少しの恐怖も混じっている。あの日のあかりちゃんの涙。あかりちゃんの言葉。
いつか離れなきゃいけないとか、周囲の冷たい目に晒されるだとか、そのことがほんの少し怖いから。
あかり「どうしたの、ちなつちゃん?」
ちなつ「……」
立ち上がって、あかりちゃんの背後に回りこんだ。
ぎゅっと腰に手をまわして、抱きつく。あかりちゃんの困ったような声が聞きたい。あかりちゃんの困った顔が見たい。私の中の、一番最初のあかりちゃんはやっぱり困ったような顔を
していたから。まだ中学生だった私たち。結衣先輩に夢中で周りが見えなくて、よくあかりちゃん(や京子先輩も、なのだろうか)を巻き込んでいた。
今、私たちがこんな関係だって知ったら、あのときの私は少しでもあかりちゃんへの態度を変えただろうか。振り返ってみれば、随分と嫌な子だ。
けれどあかりちゃんはそんな私の傍にずっといてくれたのだ、中学生の頃の私なら――あかりちゃんが私から離れるはずなんてないよ、なんて言って高を括るかもしれない。
だというのに今じゃこんなにも、あかりちゃんのことでびくびくしている。
20: 2012/01/28(土) 00:29:59.35
ちなつ「……大好きだよ、あかりちゃん」
困らせたい。だけど、困らせることが怖い。
あかりちゃんは「突然言われたら照れちゃうよぉ」と言葉通り照れ臭そうに笑ってくれただけだった。
それでもいつの日か、大好きだよと言う言葉でさえ、あかりちゃんを困らせてしまう日が来るのだろうか。そう思うと、無性にあかりちゃんが恋しくなって、こうして
くっついている今でもあかりちゃんが欲しくて欲しくてたまらなかった。
あかり「ち、ちなつちゃん……?」
抱きついたまま、首筋に唇を這わせた。あかりちゃんの身体が小さく震えて、喉の奥から微かに漏れ出た声。
私はそれだけでつい――あかりちゃんに欲情した。もともと、欲情はしていたのかもしれないけれど、理性より先に身体があかりちゃんを求める。
「まだ、だめだよぉ」と怯えたようなあかりちゃんの声に、じゃあいつだったらいいのと訊ねることもせずに私はあかりちゃんに覆いかぶさるようにして
キスをした。あかりちゃんのほうが少し背は高いけど、力なら負ける気はしない。あかりちゃんは小さく抵抗するように声を上げたけれど。
困らせたい。だけど、困らせることが怖い。
あかりちゃんは「突然言われたら照れちゃうよぉ」と言葉通り照れ臭そうに笑ってくれただけだった。
それでもいつの日か、大好きだよと言う言葉でさえ、あかりちゃんを困らせてしまう日が来るのだろうか。そう思うと、無性にあかりちゃんが恋しくなって、こうして
くっついている今でもあかりちゃんが欲しくて欲しくてたまらなかった。
あかり「ち、ちなつちゃん……?」
抱きついたまま、首筋に唇を這わせた。あかりちゃんの身体が小さく震えて、喉の奥から微かに漏れ出た声。
私はそれだけでつい――あかりちゃんに欲情した。もともと、欲情はしていたのかもしれないけれど、理性より先に身体があかりちゃんを求める。
「まだ、だめだよぉ」と怯えたようなあかりちゃんの声に、じゃあいつだったらいいのと訊ねることもせずに私はあかりちゃんに覆いかぶさるようにして
キスをした。あかりちゃんのほうが少し背は高いけど、力なら負ける気はしない。あかりちゃんは小さく抵抗するように声を上げたけれど。
21: 2012/01/28(土) 00:31:20.31
あかり「ふぁ……」
勢いが、強すぎたのかもしれない。
あかりちゃんの身体がふらりとよろけて、テーブルの角に腰をぶつけたみたいだった。「いたっ」と声がして、つい手を離してしまう。
それであかりちゃんの身体は支えを失って、さらに後ろへ傾いだ。あっと手を伸ばす間もなく、あかりちゃんはペタンとフローリングの床に尻餅をついていた。
「だ、大丈夫?」とそっと訊ねると、しばらくぼんやりしていたあかりちゃんは私の差し出した手はとらずに自分で立ち上がって。
「お腹減っちゃったね」と笑った。
勢いが、強すぎたのかもしれない。
あかりちゃんの身体がふらりとよろけて、テーブルの角に腰をぶつけたみたいだった。「いたっ」と声がして、つい手を離してしまう。
それであかりちゃんの身体は支えを失って、さらに後ろへ傾いだ。あっと手を伸ばす間もなく、あかりちゃんはペタンとフローリングの床に尻餅をついていた。
「だ、大丈夫?」とそっと訊ねると、しばらくぼんやりしていたあかりちゃんは私の差し出した手はとらずに自分で立ち上がって。
「お腹減っちゃったね」と笑った。
22: 2012/01/28(土) 00:32:06.91
◆
熱いお湯に浸かりながら、私は自分のしでかしてしまったことに押しつぶされそうになっていた。あれから何事もなかったみたいにいつもどおりの
夕食、それからいつもどおりのあかりちゃん。けれど、あかりちゃんが一瞬見せた戸惑った表情に自分自身を嫌いになってしまいそうになる。
あかりちゃんが私のことを嫌いになってしまってもおかしくないことをしようとしたのだ。
困らせるだけじゃなくって、へたすれば。
少し前、あかりちゃんと約束していた。
約束というよりも、暗黙の了解のようなものだけど。お互いがいいと言うまで、キス以上のことはなにもしないということ。
なのに私はそれを破ろうとした。
熱いお湯に浸かりながら、私は自分のしでかしてしまったことに押しつぶされそうになっていた。あれから何事もなかったみたいにいつもどおりの
夕食、それからいつもどおりのあかりちゃん。けれど、あかりちゃんが一瞬見せた戸惑った表情に自分自身を嫌いになってしまいそうになる。
あかりちゃんが私のことを嫌いになってしまってもおかしくないことをしようとしたのだ。
困らせるだけじゃなくって、へたすれば。
少し前、あかりちゃんと約束していた。
約束というよりも、暗黙の了解のようなものだけど。お互いがいいと言うまで、キス以上のことはなにもしないということ。
なのに私はそれを破ろうとした。
23: 2012/01/28(土) 00:32:37.53
いくらあかりちゃんのことが好きでも、そう簡単には越えてはいけない一線。
わかってるのに。
逆上せてしまいそうになるほど長く入っていたお風呂を上がると、あかりちゃんはもう眠ってしまっていた。
せめて私がお風呂から上がるまでは待っててくれようとしていたのだろう、この寒い中、きちんと掛け布団もかけないで。
ここ最近早起きだったこともあって、相当疲れていたのだろう。
そういえば明日も実験かなにかで早くに家を出なきゃいけないと言っていたっけ。
そっとあかりちゃんの眠る布団に近付いた。肩まで布団をかけ、溜息。
さっきのことがあるのに、あまりにも無防備な寝顔。
それくらい、私のことを信用してくれている証拠でもあるのだろう。私があかりちゃんの寝込みを襲ったら、なんてことはまったく考えていないんだろうな。
わかってるのに。
逆上せてしまいそうになるほど長く入っていたお風呂を上がると、あかりちゃんはもう眠ってしまっていた。
せめて私がお風呂から上がるまでは待っててくれようとしていたのだろう、この寒い中、きちんと掛け布団もかけないで。
ここ最近早起きだったこともあって、相当疲れていたのだろう。
そういえば明日も実験かなにかで早くに家を出なきゃいけないと言っていたっけ。
そっとあかりちゃんの眠る布団に近付いた。肩まで布団をかけ、溜息。
さっきのことがあるのに、あまりにも無防備な寝顔。
それくらい、私のことを信用してくれている証拠でもあるのだろう。私があかりちゃんの寝込みを襲ったら、なんてことはまったく考えていないんだろうな。
24: 2012/01/28(土) 00:33:13.62
それが嬉しくもあって。
少しだけ、ほんの少しだけだ。違う気持ちがふと、心を掠めた。
それを心の隅に押しやって、私はあかりちゃんの傍から離れた。またおかしな衝動に囚われないうちに。
意識しちゃだめだと思うほどに意識してしまう。最近は特にそうだった。
以前は頭の片隅にはあっても、同性同士だなんてことはあまり考えないようにしていたのに。
あかりちゃんには言ったことはない。けれど、あかりちゃんの涙を見たあの日からなのは確かだ。
強気でいようと思えば思うほど、あかりちゃんを好きになればなるほど、ひっそりと私の中で不安が蓄積されていく。
その不安がきっと、私を焦らしていた。
眠れそうにもなくて、ソファーに体育座りしてテレビをつける。
明日の講義は午後からだから、少しくらい寝るのが遅くてもいいだろう。あかりちゃんを起こさないように暗がりのなか、音量を絞ったテレビから聞こえる
明るい笑い声。一緒になって笑う気はせずに、ちかちか光る画面を私はずっと、ぼんやり眺めていた。
少しだけ、ほんの少しだけだ。違う気持ちがふと、心を掠めた。
それを心の隅に押しやって、私はあかりちゃんの傍から離れた。またおかしな衝動に囚われないうちに。
意識しちゃだめだと思うほどに意識してしまう。最近は特にそうだった。
以前は頭の片隅にはあっても、同性同士だなんてことはあまり考えないようにしていたのに。
あかりちゃんには言ったことはない。けれど、あかりちゃんの涙を見たあの日からなのは確かだ。
強気でいようと思えば思うほど、あかりちゃんを好きになればなるほど、ひっそりと私の中で不安が蓄積されていく。
その不安がきっと、私を焦らしていた。
眠れそうにもなくて、ソファーに体育座りしてテレビをつける。
明日の講義は午後からだから、少しくらい寝るのが遅くてもいいだろう。あかりちゃんを起こさないように暗がりのなか、音量を絞ったテレビから聞こえる
明るい笑い声。一緒になって笑う気はせずに、ちかちか光る画面を私はずっと、ぼんやり眺めていた。
25: 2012/01/28(土) 00:33:57.87
◆
ちなつ「バイト増やしてみようかな」
そう漏らしたのは、その数日後の夜だった。
あかりちゃんが「えっ」と声を上げて、広げていたノートから顔を上げる。私はちらりとあかりちゃんに視線を向けただけで、すぐにそれをテレビ画面に戻すと
「ずっとお母さんたちに頼りっぱなしもいけないかなって思って」
あかりちゃんが「うん……」と曖昧に頷く。
これまで、家賃や生活費はほとんどお互いの親に任せっぱなしになっていた。私たちだってバイトをしていなかったわけではないものの、
あかりちゃんは学校が忙しくてほぼ休日だけだし、大して忙しくもなく自由の利く学校に通っている私も週三日、ファストフードのお店で数時間、
にこにこ笑顔を振りまいてるだけだ。だから今自分たちで稼いでいるお金だけではとてもじゃないけど今のような生活は成り立たないだろう。
ちなつ「バイト増やしてみようかな」
そう漏らしたのは、その数日後の夜だった。
あかりちゃんが「えっ」と声を上げて、広げていたノートから顔を上げる。私はちらりとあかりちゃんに視線を向けただけで、すぐにそれをテレビ画面に戻すと
「ずっとお母さんたちに頼りっぱなしもいけないかなって思って」
あかりちゃんが「うん……」と曖昧に頷く。
これまで、家賃や生活費はほとんどお互いの親に任せっぱなしになっていた。私たちだってバイトをしていなかったわけではないものの、
あかりちゃんは学校が忙しくてほぼ休日だけだし、大して忙しくもなく自由の利く学校に通っている私も週三日、ファストフードのお店で数時間、
にこにこ笑顔を振りまいてるだけだ。だから今自分たちで稼いでいるお金だけではとてもじゃないけど今のような生活は成り立たないだろう。
26: 2012/01/28(土) 00:34:29.37
あかり「それも、そうだよね……」
ちなつ「あかりちゃんはいいよ」
またもやあかりちゃんが「えっ」と驚いた声を上げる。
あかりちゃんのことだから、「それならあかりも」と言うはずだから。先回りして釘を刺しておく。
ちなつ「あかりちゃん、今は学校とかで忙しいじゃない」
あかり「う、うん……」
ちなつ「私はどうせ暇だから」
あかりちゃんと一緒じゃなきゃどこにも遊びに行きたくなんてないしね。
そう言ってあかりちゃんを振り向くと、あかりちゃんはまだ納得いかなさそうな顔をしながらもこくんと頷いた。
ちなつ「あかりちゃんはいいよ」
またもやあかりちゃんが「えっ」と驚いた声を上げる。
あかりちゃんのことだから、「それならあかりも」と言うはずだから。先回りして釘を刺しておく。
ちなつ「あかりちゃん、今は学校とかで忙しいじゃない」
あかり「う、うん……」
ちなつ「私はどうせ暇だから」
あかりちゃんと一緒じゃなきゃどこにも遊びに行きたくなんてないしね。
そう言ってあかりちゃんを振り向くと、あかりちゃんはまだ納得いかなさそうな顔をしながらもこくんと頷いた。
27: 2012/01/28(土) 00:35:45.89
京子先輩の提案だった。
30: 2012/02/16(木) 21:58:14.93
昨日、いつものようにぼんやりあかりちゃんを待っていた夕方、突然電話があったのだ。
この間再会して以来、またちょくちょくと連絡をとり合うようになっていた。
私とあかりちゃんの関係を知っている数少ない人でもある。
私の覇気のない声に気付いたのか、京子先輩は珍しく(と言ったら失礼になるだろうけど、ほんとに珍しかったんだから仕方無い)真剣な声で
「なにかあった?」と訊ねてきた。他に用でもあったのだろうけど、それを全部差し置いて。
無理矢理あかりちゃんを襲おうとしたあの日から、私たちの間にぽっかり大きな溝ができてしまったように感じ、あかりちゃんとの距離を
図りかねていた私は、だからそんな京子先輩を頼るしかなかった。
この間再会して以来、またちょくちょくと連絡をとり合うようになっていた。
私とあかりちゃんの関係を知っている数少ない人でもある。
私の覇気のない声に気付いたのか、京子先輩は珍しく(と言ったら失礼になるだろうけど、ほんとに珍しかったんだから仕方無い)真剣な声で
「なにかあった?」と訊ねてきた。他に用でもあったのだろうけど、それを全部差し置いて。
無理矢理あかりちゃんを襲おうとしたあの日から、私たちの間にぽっかり大きな溝ができてしまったように感じ、あかりちゃんとの距離を
図りかねていた私は、だからそんな京子先輩を頼るしかなかった。
31: 2012/02/16(木) 21:59:13.11
前に中学からの同級生である向日葵ちゃんにも言われたことがあるし、自分自身、随分変わったなと思う。
京子先輩に嗚咽混じりに話してしまったことも(今思うとすごく恥ずかしい、結衣先輩にも話されてるかもしれないし)私が京子先輩の前で
そんなふうになってしまうことも。たぶんそれは同時に、私たちの関係がすっかり変わってしまったことも意味しているのだろう。
向日葵ちゃんは、私があかりちゃんに似てきたと、そう言っていた。けれどもしそうだとして、それなら私はあかりちゃんの弱虫だけが似てしまったのかも
しれない。
一度あふれそうになった不安は、今じゃ私の中にずっと溜まりこんだまま吐き出されずに溜まりこんだままだ。
京子先輩は私の話を聞くと、最初に真剣な声のままで『ちなつちゃんのことだから最後までいったのかと思った』
どういう意味ですか!?と声を荒げると、京子先輩は『いやあ』と笑った。
確かに中学生の頃、無理矢理キスしたことはあるけど。
ぐるぐる考えながらも、いつのまにか肩の力が抜けていて。
京子先輩に嗚咽混じりに話してしまったことも(今思うとすごく恥ずかしい、結衣先輩にも話されてるかもしれないし)私が京子先輩の前で
そんなふうになってしまうことも。たぶんそれは同時に、私たちの関係がすっかり変わってしまったことも意味しているのだろう。
向日葵ちゃんは、私があかりちゃんに似てきたと、そう言っていた。けれどもしそうだとして、それなら私はあかりちゃんの弱虫だけが似てしまったのかも
しれない。
一度あふれそうになった不安は、今じゃ私の中にずっと溜まりこんだまま吐き出されずに溜まりこんだままだ。
京子先輩は私の話を聞くと、最初に真剣な声のままで『ちなつちゃんのことだから最後までいったのかと思った』
どういう意味ですか!?と声を荒げると、京子先輩は『いやあ』と笑った。
確かに中学生の頃、無理矢理キスしたことはあるけど。
ぐるぐる考えながらも、いつのまにか肩の力が抜けていて。
32: 2012/02/16(木) 22:00:01.47
京子先輩は、私のとりとめもない話にもしっかり耳を傾けてくれていた。
ちょっと早い倦怠期みたいなもんでしょ、と京子先輩は言った。
あかりちゃんが嫌なわけじゃ無い。むしろ逆だ。けれど、京子先輩の言う「倦怠期」というのに妙に納得がいった。
疲れているのだ、きっと。
だから不安にもなる。
一度、一歩退いてみるのもアリじゃないかな。
ちょっと早い倦怠期みたいなもんでしょ、と京子先輩は言った。
あかりちゃんが嫌なわけじゃ無い。むしろ逆だ。けれど、京子先輩の言う「倦怠期」というのに妙に納得がいった。
疲れているのだ、きっと。
だから不安にもなる。
一度、一歩退いてみるのもアリじゃないかな。
33: 2012/02/16(木) 22:00:56.52
京子先輩のその言葉に、私は自然にこくんと頷いていた。
図れない距離をきちんと見直すには時間が必要。ぐちゃぐちゃなままだと何もかも見えなくなって道を外しちゃうよ。
電話を切る直前、京子先輩はこう付け足した。
『ちなつちゃんだけじゃないからさ、大丈夫』
漫画家の卵らしく決め台詞を放ったものの、電話を切るのに手間取っていて少し笑ってしまって。
以前に言われたことのある大丈夫という言葉が無責任だったとは思わないけど、手離しに大丈夫だと言われなくて良かったと思った。
結局、最後まで京子先輩は自分の用件は言わないままだった。
図れない距離をきちんと見直すには時間が必要。ぐちゃぐちゃなままだと何もかも見えなくなって道を外しちゃうよ。
電話を切る直前、京子先輩はこう付け足した。
『ちなつちゃんだけじゃないからさ、大丈夫』
漫画家の卵らしく決め台詞を放ったものの、電話を切るのに手間取っていて少し笑ってしまって。
以前に言われたことのある大丈夫という言葉が無責任だったとは思わないけど、手離しに大丈夫だと言われなくて良かったと思った。
結局、最後まで京子先輩は自分の用件は言わないままだった。
34: 2012/02/16(木) 22:01:40.57
◆
「吉川さん、ボーっとしないの!」
背後からの叱責に、私は「は、はいっ」と慌ててモップを握りなおした。
時刻はほぼ深夜で、お客さんの入りはほとんどない。昼の間からずっとレジの前で笑顔を固めていたから、顔がひきつってしかたない。
おまけに立ちっぱなしだったから足がガクガクだ。
これまでとやっていることはほとんど変わらないはずなのに、やっている時間が長いだけでこうも地獄になるなんて。
今までよっぽど楽してたんだなあとひしひし感じ入ってると、また「吉川さん!」と担当上司から怒られてしまった。
そんなだから、最初のうちはあかりちゃんのいない寂しさなんて感じる暇もなかった。
入るシフトを増やしてから、学校に行ってバイトをして帰るのは毎日夜遅く。先に帰っていたあかりちゃんと一言二言会話して、必要なことを済ませて
ぐったり眠る。バイトのない日もちょうど学校がテストの前で、家にいる時間のほうが少ないくらいになっていた。
生活のあまりの様変わりに、身体を馴らすことに精一杯で。
「吉川さん、ボーっとしないの!」
背後からの叱責に、私は「は、はいっ」と慌ててモップを握りなおした。
時刻はほぼ深夜で、お客さんの入りはほとんどない。昼の間からずっとレジの前で笑顔を固めていたから、顔がひきつってしかたない。
おまけに立ちっぱなしだったから足がガクガクだ。
これまでとやっていることはほとんど変わらないはずなのに、やっている時間が長いだけでこうも地獄になるなんて。
今までよっぽど楽してたんだなあとひしひし感じ入ってると、また「吉川さん!」と担当上司から怒られてしまった。
そんなだから、最初のうちはあかりちゃんのいない寂しさなんて感じる暇もなかった。
入るシフトを増やしてから、学校に行ってバイトをして帰るのは毎日夜遅く。先に帰っていたあかりちゃんと一言二言会話して、必要なことを済ませて
ぐったり眠る。バイトのない日もちょうど学校がテストの前で、家にいる時間のほうが少ないくらいになっていた。
生活のあまりの様変わりに、身体を馴らすことに精一杯で。
35: 2012/02/16(木) 22:02:17.43
―――――
―――――
ちなつ「あれ……?」
その日もくたくたになったまま、私は家の扉を開けようとしていた。
けれど、開かない。いくら引いてみてもドアは頑なに動こうとしなかった。
何度か試してみてようやく鍵がかかっていることに気が付いた。いつもなら、あかりちゃんが鍵をかけないで待っていてくれるのに。
もしかして、あかりちゃんいないの?
そう思ってから突然、ズキンと嫌な鼓動。
冷たい深夜。いつかの嫌な妄想がぶり返してくるみたいだった。
―――――
ちなつ「あれ……?」
その日もくたくたになったまま、私は家の扉を開けようとしていた。
けれど、開かない。いくら引いてみてもドアは頑なに動こうとしなかった。
何度か試してみてようやく鍵がかかっていることに気が付いた。いつもなら、あかりちゃんが鍵をかけないで待っていてくれるのに。
もしかして、あかりちゃんいないの?
そう思ってから突然、ズキンと嫌な鼓動。
冷たい深夜。いつかの嫌な妄想がぶり返してくるみたいだった。
36: 2012/02/16(木) 22:02:55.16
あかりちゃんがもし、違う誰かと一緒にいたら――
あんなに可愛くて優しい子なのだ、あかりちゃんは。私以外にもあかりちゃんを好きになってしまう人がいたっておかしくない。
ぐるぐるぐるぐると、冷え切った頭の中で以前と同じような思考が繰り返される。
バカみたいだ、そんなはずないのに。
こんなことでパニックになってどうすんのよ私。そんなこと考えるより、さっさと中に入ってしまおう。悴んだ手で鞄を探る。暗い中、鍵は
中々見付からない。よけいなものばかりが入っていて不必要に耳障りな音を鳴らす。ようやく奥底にあった鍵が見付かったとき、「あ、ちなつちゃん」
ちなつ「あかりちゃ……」
絶妙なタイミングのせいでついびくりと鍵だけではなく鞄ごと落っことしてしまった。
ちゃんと口を閉じていなかった鞄からバラバラと物がこぼれおちる。
あんなに可愛くて優しい子なのだ、あかりちゃんは。私以外にもあかりちゃんを好きになってしまう人がいたっておかしくない。
ぐるぐるぐるぐると、冷え切った頭の中で以前と同じような思考が繰り返される。
バカみたいだ、そんなはずないのに。
こんなことでパニックになってどうすんのよ私。そんなこと考えるより、さっさと中に入ってしまおう。悴んだ手で鞄を探る。暗い中、鍵は
中々見付からない。よけいなものばかりが入っていて不必要に耳障りな音を鳴らす。ようやく奥底にあった鍵が見付かったとき、「あ、ちなつちゃん」
ちなつ「あかりちゃ……」
絶妙なタイミングのせいでついびくりと鍵だけではなく鞄ごと落っことしてしまった。
ちゃんと口を閉じていなかった鞄からバラバラと物がこぼれおちる。
44: 2012/02/28(火) 22:11:08.74
あかり「ちなつちゃん、おかえり」
突然暗がりからふらりと現れたあかりちゃんは、一瞬酔っているように見えたけれど驚く程にその声ははっきりしていた。
どうやら私のほうが少しおかしいらしい。
あかりちゃんは「大丈夫?」と言いながら屈みこんで、私の落とした荷物を拾い集めてくれる。うん、と頷きながら私も屈みこんで、残りの荷物を暗い中で掻き集める。とは言っても中に入っているのは財布や定期、ハンカチだったりちょっとしたお化粧道具という必要最低限のものしか入っていないのでそう時間はかからない。
突然暗がりからふらりと現れたあかりちゃんは、一瞬酔っているように見えたけれど驚く程にその声ははっきりしていた。
どうやら私のほうが少しおかしいらしい。
あかりちゃんは「大丈夫?」と言いながら屈みこんで、私の落とした荷物を拾い集めてくれる。うん、と頷きながら私も屈みこんで、残りの荷物を暗い中で掻き集める。とは言っても中に入っているのは財布や定期、ハンカチだったりちょっとしたお化粧道具という必要最低限のものしか入っていないのでそう時間はかからない。
45: 2012/02/28(火) 22:12:04.27
あかり「はい」
ちなつ「……ありがと」
あかりちゃんが拾ったものを受取って、私はごそごそと鞄に仕舞いなおす。
その間、私もあかりちゃんも無言だった。なんと声をかければいいのか、私は考えあぐねて。結局、なにも言えなくなってしまう。
あかりちゃんは私の様子を横目に、自分のポケットから鍵を取り出して部屋の扉を開けた。
あかり「寒いから、早く中に入ろう」
ちなつ「……ありがと」
あかりちゃんが拾ったものを受取って、私はごそごそと鞄に仕舞いなおす。
その間、私もあかりちゃんも無言だった。なんと声をかければいいのか、私は考えあぐねて。結局、なにも言えなくなってしまう。
あかりちゃんは私の様子を横目に、自分のポケットから鍵を取り出して部屋の扉を開けた。
あかり「寒いから、早く中に入ろう」
46: 2012/02/28(火) 22:12:53.08
そうだねと同意し、鞄を肩にかけなおす。
あかりちゃんが私に背を向け、それでようやく「ねえ」と呼び止めることが出来た。ぐちゃぐちゃになった鞄が妙に重い。
あかり「なあに?ちなつちゃん」
ちなつ「あかりちゃん、どこ行ってたの?」
息が詰まるようで。苦しい。
身体の節々が痛いせいで、きっとよけいに。
あかりちゃんはそっと私を振り向いた。その顔がきょとんとしていたので、少しだけ拍子抜けする。もちろん、なにかひどいことを考えていたわけではないけれど。
あかりちゃんが私に背を向け、それでようやく「ねえ」と呼び止めることが出来た。ぐちゃぐちゃになった鞄が妙に重い。
あかり「なあに?ちなつちゃん」
ちなつ「あかりちゃん、どこ行ってたの?」
息が詰まるようで。苦しい。
身体の節々が痛いせいで、きっとよけいに。
あかりちゃんはそっと私を振り向いた。その顔がきょとんとしていたので、少しだけ拍子抜けする。もちろん、なにかひどいことを考えていたわけではないけれど。
47: 2012/02/28(火) 22:14:12.30
あかり「バイトだよ」
ちなつ「え?」
あかり「ちなつちゃんだけに任せるの嫌だから。あかりもね、バイトしようと思って。探しに行ってたの」
なんの屈託も無い答え。当然だと言わんばかりの。
それが妙に、気に障った。あかりちゃんは私のことを気遣ってくれているのだ。あかりちゃんのことだから毎日氏にそうになりながら帰ってくる私のことを見て、なにかしたいと思ってくれていたのだ。なにもできない自分を責めていたのかもしれない。もう随分長くあかりちゃんと一緒にいるから、わかってしまう。
そしてわかっていたはずなのに、そんなあかりちゃんのことを私はなにも考えていなかった。そんな自分自身が腹立たしかったし、なによりもあかりちゃんの勝手な行動が苛立たしかった。
わかっている、私だって勝手な行動をしていることくらいは。
あかりちゃんと距離を置くために突然の生活の変化。
それで溜まったストレスをあかりちゃんにぶつけてることも、ちゃんとわかっている。わかっているのに止まらない。
これまでずっと心の奥底に沈んでいた気持ちたちが、溢れ出てきたみたいだった。
ちなつ「なんで、そんなことするのよ」
ちなつ「え?」
あかり「ちなつちゃんだけに任せるの嫌だから。あかりもね、バイトしようと思って。探しに行ってたの」
なんの屈託も無い答え。当然だと言わんばかりの。
それが妙に、気に障った。あかりちゃんは私のことを気遣ってくれているのだ。あかりちゃんのことだから毎日氏にそうになりながら帰ってくる私のことを見て、なにかしたいと思ってくれていたのだ。なにもできない自分を責めていたのかもしれない。もう随分長くあかりちゃんと一緒にいるから、わかってしまう。
そしてわかっていたはずなのに、そんなあかりちゃんのことを私はなにも考えていなかった。そんな自分自身が腹立たしかったし、なによりもあかりちゃんの勝手な行動が苛立たしかった。
わかっている、私だって勝手な行動をしていることくらいは。
あかりちゃんと距離を置くために突然の生活の変化。
それで溜まったストレスをあかりちゃんにぶつけてることも、ちゃんとわかっている。わかっているのに止まらない。
これまでずっと心の奥底に沈んでいた気持ちたちが、溢れ出てきたみたいだった。
ちなつ「なんで、そんなことするのよ」
50: 2012/03/11(日) 18:33:34.56
あかり「……ちなつちゃん?」
ちなつ「あかりちゃんはなにもしなくていいって言ったでしょ!勝手なことしないで!」
お願いだから、これ以上私を不安にさせないで。
そんなふうな思いが私の言葉を加速させる。「ちなつちゃん」と戸惑ったようなあかりちゃんの声にすら、うまく自分を抑制することが
できなかった。
ちなつ「ほっといてよ!」
ああ、言ってしまった。
はっと気付いてからはきっともう遅い。あかりちゃんの瞳が見開き、みるみるうちに涙が溜まっていく。
泣かせてしまった。そんなつもりはなかったのに。こんな顔をさせるのが何より嫌だったはずなのに。
いつのまにかきつく握っていた拳を、爪が食い込むほどさらに強く握りこんだ。
ちなつ「あかりちゃんはなにもしなくていいって言ったでしょ!勝手なことしないで!」
お願いだから、これ以上私を不安にさせないで。
そんなふうな思いが私の言葉を加速させる。「ちなつちゃん」と戸惑ったようなあかりちゃんの声にすら、うまく自分を抑制することが
できなかった。
ちなつ「ほっといてよ!」
ああ、言ってしまった。
はっと気付いてからはきっともう遅い。あかりちゃんの瞳が見開き、みるみるうちに涙が溜まっていく。
泣かせてしまった。そんなつもりはなかったのに。こんな顔をさせるのが何より嫌だったはずなのに。
いつのまにかきつく握っていた拳を、爪が食い込むほどさらに強く握りこんだ。
51: 2012/03/11(日) 18:34:18.17
ちなつ「……っ」
ごめん。
言いかけたその声は、あかりちゃんの大きな声にかき消された。
「どうして!?」
普段のあかりちゃんからは考えられないような、厳しい声。深夜の静かな空気に、それが響く。
ちなつ「どうしてって」
あかり「どうしてそんなこと言うの!?ちなつちゃん、最近ずっとなにか溜め込んでる!」
ちなつ「それは」
あかり「そんなちなつちゃんといてもなんにも楽しくないし、あかりはそんなちなつちゃんなんて嫌いだもん!」
目が合った。
あかりちゃんの瞳から、ぽろりと一粒、涙が落ちた。
ごめん。
言いかけたその声は、あかりちゃんの大きな声にかき消された。
「どうして!?」
普段のあかりちゃんからは考えられないような、厳しい声。深夜の静かな空気に、それが響く。
ちなつ「どうしてって」
あかり「どうしてそんなこと言うの!?ちなつちゃん、最近ずっとなにか溜め込んでる!」
ちなつ「それは」
あかり「そんなちなつちゃんといてもなんにも楽しくないし、あかりはそんなちなつちゃんなんて嫌いだもん!」
目が合った。
あかりちゃんの瞳から、ぽろりと一粒、涙が落ちた。
52: 2012/03/11(日) 18:34:48.00
痛かった。胸が、抉られるような痛み。
あかりちゃんの言葉の刃が、こんなにも深く突き刺さってくる。
本心で言ってるわけじゃないのだとわかっていても――『嫌いだもん!』
ちなつちゃんなんて嫌い。
一番恐れていた言葉が。私の全てを止めてしまう。
ただ、痛みだけがなによりも大きくなる。
ちなつ「……」
あかり「……」
先に動いたのはもちろんあかりちゃんだった。
あかりちゃんは視線を逸らすと、ぐすっと鼻をすすって私に背を向けた。それ以上、なにも声をかけてはくれなかった。
私もそれ以上、なにも言うことはできなかった。
あかりちゃんの言葉の刃が、こんなにも深く突き刺さってくる。
本心で言ってるわけじゃないのだとわかっていても――『嫌いだもん!』
ちなつちゃんなんて嫌い。
一番恐れていた言葉が。私の全てを止めてしまう。
ただ、痛みだけがなによりも大きくなる。
ちなつ「……」
あかり「……」
先に動いたのはもちろんあかりちゃんだった。
あかりちゃんは視線を逸らすと、ぐすっと鼻をすすって私に背を向けた。それ以上、なにも声をかけてはくれなかった。
私もそれ以上、なにも言うことはできなかった。
53: 2012/03/11(日) 18:36:00.55
◆
翌朝、目が覚めたのは日がすっかり昇ってからだった。
あ、バイト!
気付いて飛び起きて、「いたっ」と顔をしかめる。あかりちゃんの隣で眠ることは出来なくて、ソファーで横になりそのまま眠ってしまったみたいだ。そのせいで首が変に痛むらしい。
後ろ手で首を擦りながら、鞄を探った。携帯がメールや電話を知らせるためにチカチカ光っている。バイト先から何件かメールが入っていた。とりあえず謝罪のメールを送って、私は立ち上がった。ずっと溜まっていたストレスが爆発したみたいに、ずっと溜まっていた疲れも爆発したみたいで長い間眠っていたはずなのにちっとも身体は元気になっていない。
午後からのシフトははいりますとメールを送ったものの、このままでは入れるかどうかわからない。
ちなつ「……」
きちんと目を覚ますためシャワーを浴びようとお風呂場へ行きかけたとき、あかりちゃんの眠っていた布団が見えた。
もちろん、あかりちゃんがいるわけなんてなくて。
翌朝、目が覚めたのは日がすっかり昇ってからだった。
あ、バイト!
気付いて飛び起きて、「いたっ」と顔をしかめる。あかりちゃんの隣で眠ることは出来なくて、ソファーで横になりそのまま眠ってしまったみたいだ。そのせいで首が変に痛むらしい。
後ろ手で首を擦りながら、鞄を探った。携帯がメールや電話を知らせるためにチカチカ光っている。バイト先から何件かメールが入っていた。とりあえず謝罪のメールを送って、私は立ち上がった。ずっと溜まっていたストレスが爆発したみたいに、ずっと溜まっていた疲れも爆発したみたいで長い間眠っていたはずなのにちっとも身体は元気になっていない。
午後からのシフトははいりますとメールを送ったものの、このままでは入れるかどうかわからない。
ちなつ「……」
きちんと目を覚ますためシャワーを浴びようとお風呂場へ行きかけたとき、あかりちゃんの眠っていた布団が見えた。
もちろん、あかりちゃんがいるわけなんてなくて。
54: 2012/03/11(日) 18:36:39.61
そっと自分の唇に指先を持っていく。
毎朝の習慣。
あかりちゃんとの。
ふと、思った。
もしこのままあかりちゃんがこの部屋から出て行ってしまったら。
そんなはずはないと思いながらも、考え始めれば止まらない。今の私はネガティブ生産機みたいなものだろう。
ずるずるとその場に座り込む前に、私は自分の身体に鞭打つと早足で脱衣所に飛び込んだのだった。
毎朝の習慣。
あかりちゃんとの。
ふと、思った。
もしこのままあかりちゃんがこの部屋から出て行ってしまったら。
そんなはずはないと思いながらも、考え始めれば止まらない。今の私はネガティブ生産機みたいなものだろう。
ずるずるとその場に座り込む前に、私は自分の身体に鞭打つと早足で脱衣所に飛び込んだのだった。
55: 2012/03/11(日) 18:37:13.80
――――― ――
あんなふうに怒るあかりちゃんを見たのは、今まで一緒にいて初めてだった。
ざあっと流れるシャワーに身を任せながら、私は大きく息を吐いた。
あかりちゃんはどちらかといえば喜怒哀楽がはっきりしている子だと思う。けれど、あんなふうに本気で私や他の誰かに怒りをぶつけるところは
見たことがない。
あかりちゃんがあんな激しい感情を持っていたことが少し意外に思えて。
同時に、そんなことも知らなかったのかと。自分自身に更なる嫌悪感を植え付ける。
私はなにをやってるんだろう。
あんなふうに怒るあかりちゃんを見たのは、今まで一緒にいて初めてだった。
ざあっと流れるシャワーに身を任せながら、私は大きく息を吐いた。
あかりちゃんはどちらかといえば喜怒哀楽がはっきりしている子だと思う。けれど、あんなふうに本気で私や他の誰かに怒りをぶつけるところは
見たことがない。
あかりちゃんがあんな激しい感情を持っていたことが少し意外に思えて。
同時に、そんなことも知らなかったのかと。自分自身に更なる嫌悪感を植え付ける。
私はなにをやってるんだろう。
56: 2012/03/11(日) 18:37:50.18
今さら、そんなこと。
あかりちゃんとの間に溝が欲しかったわけじゃない。
ただ、自分自身の気持ちを整理したかった。それだけのはずなのに。結局整理するどころかぐちゃぐちゃだ。なにもかも。
シャワーを浴び終えて、髪の水滴をタオルで拭いながらリビングに戻った。
テーブルに冷めた昼ごはん――いや、きっと朝ごはんのつもりだったのだろうけど――が置いてあって。
我慢していた涙が、私が泣いちゃだめなのに、次々溢れ出てきてしまった。
あかりちゃんの優しさが痛かった。ただ、痛かった。
あかりちゃんとの間に溝が欲しかったわけじゃない。
ただ、自分自身の気持ちを整理したかった。それだけのはずなのに。結局整理するどころかぐちゃぐちゃだ。なにもかも。
シャワーを浴び終えて、髪の水滴をタオルで拭いながらリビングに戻った。
テーブルに冷めた昼ごはん――いや、きっと朝ごはんのつもりだったのだろうけど――が置いてあって。
我慢していた涙が、私が泣いちゃだめなのに、次々溢れ出てきてしまった。
あかりちゃんの優しさが痛かった。ただ、痛かった。
61: 2012/03/24(土) 23:45:44.08
◆
雨が降った。
叩きつけるような激しい雨に、私はつい携帯を取り出し握り締める。
いつもの癖であかりちゃんに電話をかけようとしていたことに気付き、自分が相当参っているのだと自覚せざるを得なくなった。
それでもバイトに出てきたのは自分なりの意地だろうし、部屋にいるのが辛かったこともある。もっと正直に言ってしまえば、自分自身を保つためだ。
こんな生活を始めてからはできるだけあかりちゃんに甘えないようにしていたのに、心の枷が外れたみたいにあかりちゃんのことを想う。
空は真っ暗だ。
あかりちゃんはもう、帰っているだろうか。
背後では煌々とお店の光がともっていて、外灯の光だってあるのに足許はあまりにも覚束無い。
怖いと思う。怖いけれど、今の私にはその暗さよりも背後の灯りが何より怖かった。こんな自分自身を浮かび上がらせる、灯りが怖かった。
ちなつ「……」
雨が降った。
叩きつけるような激しい雨に、私はつい携帯を取り出し握り締める。
いつもの癖であかりちゃんに電話をかけようとしていたことに気付き、自分が相当参っているのだと自覚せざるを得なくなった。
それでもバイトに出てきたのは自分なりの意地だろうし、部屋にいるのが辛かったこともある。もっと正直に言ってしまえば、自分自身を保つためだ。
こんな生活を始めてからはできるだけあかりちゃんに甘えないようにしていたのに、心の枷が外れたみたいにあかりちゃんのことを想う。
空は真っ暗だ。
あかりちゃんはもう、帰っているだろうか。
背後では煌々とお店の光がともっていて、外灯の光だってあるのに足許はあまりにも覚束無い。
怖いと思う。怖いけれど、今の私にはその暗さよりも背後の灯りが何より怖かった。こんな自分自身を浮かび上がらせる、灯りが怖かった。
ちなつ「……」
62: 2012/03/24(土) 23:46:48.14
一歩踏み出してしまえばあとはもう簡単だった。
傘もささずに、土砂降りを歩く。冷たいはずの雨が、冷えた身体をさらに冷やしていくためになにも感じない。感じてはくれない。
せめて冷たさを感じられれば少しはぼんやりした頭が冴えてくれたかもしれないのに、いつまでも変わりはしない。ただ働いてくたびれたせいか
ネガティブな思考すらシャットダウンしてしまえているのはありがたかった。
ぴしゃ、ぴしゃ
頼りなくはねる水滴が私の後ろに水たまりを作っていく。たっぷりと水を含み始めた服や髪のせいで、全身がずしりと重くなってくる。
このまま、車にでも轢かれてしまおうか。それともずっと雨に打たれて凍え氏んでしまいたい。
そうしたらあかりちゃんは泣いてくれるかな。もちろん、泣いてくれるだろうけど。
ふらっと短く鋭い風に煽られて、私の身体が傾いた。
傘もささずに、土砂降りを歩く。冷たいはずの雨が、冷えた身体をさらに冷やしていくためになにも感じない。感じてはくれない。
せめて冷たさを感じられれば少しはぼんやりした頭が冴えてくれたかもしれないのに、いつまでも変わりはしない。ただ働いてくたびれたせいか
ネガティブな思考すらシャットダウンしてしまえているのはありがたかった。
ぴしゃ、ぴしゃ
頼りなくはねる水滴が私の後ろに水たまりを作っていく。たっぷりと水を含み始めた服や髪のせいで、全身がずしりと重くなってくる。
このまま、車にでも轢かれてしまおうか。それともずっと雨に打たれて凍え氏んでしまいたい。
そうしたらあかりちゃんは泣いてくれるかな。もちろん、泣いてくれるだろうけど。
ふらっと短く鋭い風に煽られて、私の身体が傾いた。
63: 2012/03/24(土) 23:47:52.13
「ちなつちゃん」
――あかりちゃん?ああ、そんなわけはないのに。
力をなくし膝からガクリと崩れた私はあまりにも安っぽい展開を夢想し心の中で苦笑した。
あかりちゃんが、心配そうな顔をして私に傘を差しかけてくれているわけはないのだ。
「ちなつちゃん!」
今度は強く名前を呼ばれた。はっきりと、私の耳に届いた。
はっと我に帰る。冷たい地面に崩れるようにして座り込んだまま、見えたのは。
64: 2012/03/24(土) 23:48:52.93
ちなつ「……結衣、先輩?」
結衣「ちなつちゃん、どうしたの傘もささないで!」
正気に戻った私の肩を、結衣先輩の手が掴む。すっかりびしょ濡れになった服を通して、結衣先輩のほんのりとした温もりが
伝わってきた。その温もりが、なぜだかひどく私を安堵させた。
結衣「とりあえず立って。うちに行こう、このままじゃ風邪引いちゃうよ」
65: 2012/03/24(土) 23:50:27.87
―――――
―――――
京子「おっかえり~!って、ちなつちゃん!?」
結衣先輩が暮らすアパートは、バイト先から十分ほど歩いたところにこじんまりとあった。
その十分の間に、結衣先輩はぽつりぽつりと自分のことを話してくれた。今は大学でどんなことをしているかだとか、
高校を卒業してから困っていることだとか、はまり始めた趣味のことだとか、昔一人暮らしをしてた部屋にそのまま住まなかったのは親に甘えたくないとかそういうことじゃなくって単純に学校に通うのが大変だったからだとか、先輩が好きだった頃の私が舞い上がるようなことからどうでもいいようなことまで(当時の私はどうでもいいようなことすら結衣先輩のことを教えてもらえて舞い上がっていたのだろうけど)話してくれた。
私のことについてはなに一つ、聞かれなかった。
結衣「京子、タオル持って来て」
京子「ん」
開けた扉をそのままに結衣先輩の部屋から顔を出した京子先輩は、中に駆け戻って行った。
自分の家から飛び出してきたのに、結衣先輩は慣れた様子で私を玄関へ入れるとドアを閉めた。てっきり一緒に暮らしていると思っていたから一人暮らしと聞いて驚いていたけど、やっぱり中学生の頃と変わらず京子先輩は頻繁にここへ通っているのだろう。
中へ入った途端、寒気が襲ってくる。バタバタとした足音をたてながら京子先輩が戻ってきて、「はいこれ!」と大きめのタオルを一枚手渡された。
―――――
京子「おっかえり~!って、ちなつちゃん!?」
結衣先輩が暮らすアパートは、バイト先から十分ほど歩いたところにこじんまりとあった。
その十分の間に、結衣先輩はぽつりぽつりと自分のことを話してくれた。今は大学でどんなことをしているかだとか、
高校を卒業してから困っていることだとか、はまり始めた趣味のことだとか、昔一人暮らしをしてた部屋にそのまま住まなかったのは親に甘えたくないとかそういうことじゃなくって単純に学校に通うのが大変だったからだとか、先輩が好きだった頃の私が舞い上がるようなことからどうでもいいようなことまで(当時の私はどうでもいいようなことすら結衣先輩のことを教えてもらえて舞い上がっていたのだろうけど)話してくれた。
私のことについてはなに一つ、聞かれなかった。
結衣「京子、タオル持って来て」
京子「ん」
開けた扉をそのままに結衣先輩の部屋から顔を出した京子先輩は、中に駆け戻って行った。
自分の家から飛び出してきたのに、結衣先輩は慣れた様子で私を玄関へ入れるとドアを閉めた。てっきり一緒に暮らしていると思っていたから一人暮らしと聞いて驚いていたけど、やっぱり中学生の頃と変わらず京子先輩は頻繁にここへ通っているのだろう。
中へ入った途端、寒気が襲ってくる。バタバタとした足音をたてながら京子先輩が戻ってきて、「はいこれ!」と大きめのタオルを一枚手渡された。
66: 2012/03/24(土) 23:51:18.37
ちなつ「あ、ありがとうございます……」
京子「ついでにお風呂も沸かしといた!」
結衣「京子にしては気が利くな」
京子「私にしてはってどういう意味だ!」
なんだか変わらないやり取りに、私は思わずぷっと噴出していた。結衣先輩と京子先輩が、きょとんと顔を見合わせる。
「すみません、私……」
笑いながら、渡された結衣先輩の匂いがするタオルを握り締め私は俯いた。泣いているところなんて、こんな先輩たちの前で見せたくなかった。
結衣「……ちなつちゃん」
京子「ほら、ちなつちゃん。このままじゃ風邪引くし、シャワーでも浴びてきな!私も一緒に――」
結衣「おいこら」
京子「ついでにお風呂も沸かしといた!」
結衣「京子にしては気が利くな」
京子「私にしてはってどういう意味だ!」
なんだか変わらないやり取りに、私は思わずぷっと噴出していた。結衣先輩と京子先輩が、きょとんと顔を見合わせる。
「すみません、私……」
笑いながら、渡された結衣先輩の匂いがするタオルを握り締め私は俯いた。泣いているところなんて、こんな先輩たちの前で見せたくなかった。
結衣「……ちなつちゃん」
京子「ほら、ちなつちゃん。このままじゃ風邪引くし、シャワーでも浴びてきな!私も一緒に――」
結衣「おいこら」
67: 2012/03/24(土) 23:52:18.36
――――― ――
京子「あ、落ち着いた?」
お風呂を上がり結衣先輩が貸してくれた服を身に着けた私は、脱衣所を出たままどう先輩たちのいる居間に出て行けばいいかわからなかったから居間に続くドアの影にこっそり隠れていた。そんな私を見つけて京子先輩が振り返ってそう言ってくれたのがとてもありがたかった。
結衣先輩もテレビを見ていた身体を反転させて、「入って」と優しく微笑んでくれる。
ちなつ「……はい。失礼、します」
京子「そんなに遠慮しないでよー」
お前はもうちょっと遠慮しろよな、と言いながら結衣先輩が立ち上がって、私を敷いてあるカーペットの上に置いてあるクッションに座らせる。
そのままその足で少し古い台所に立つと、「ちなつちゃん、なんでも飲めたっけ?」と訊ねてきた。
京子「あ、落ち着いた?」
お風呂を上がり結衣先輩が貸してくれた服を身に着けた私は、脱衣所を出たままどう先輩たちのいる居間に出て行けばいいかわからなかったから居間に続くドアの影にこっそり隠れていた。そんな私を見つけて京子先輩が振り返ってそう言ってくれたのがとてもありがたかった。
結衣先輩もテレビを見ていた身体を反転させて、「入って」と優しく微笑んでくれる。
ちなつ「……はい。失礼、します」
京子「そんなに遠慮しないでよー」
お前はもうちょっと遠慮しろよな、と言いながら結衣先輩が立ち上がって、私を敷いてあるカーペットの上に置いてあるクッションに座らせる。
そのままその足で少し古い台所に立つと、「ちなつちゃん、なんでも飲めたっけ?」と訊ねてきた。
68: 2012/03/24(土) 23:53:06.89
ちなつ「あ、はい」
結衣「あー、お茶の葉切らしちゃってる……ごめん、ココアでいいかな」
ちなつ「そんな、私はなんでも……」
ふるふる首を振ると、結衣先輩が三つ分のマグカップを持って戻ってきた。
私に手渡されたマグカップは猫の絵柄だった。あったかな湯気のたったココアは、一口飲んだだけでも疲れきった私の身体に甘くしみこんでいく。
結衣「お腹は減ってない?なにか作ろうか」
京子「今なら京子お手製の味噌汁が!」
ちなつ「ありがとうございます。でも今はなにも食べたくないから……」
結衣「あー、お茶の葉切らしちゃってる……ごめん、ココアでいいかな」
ちなつ「そんな、私はなんでも……」
ふるふる首を振ると、結衣先輩が三つ分のマグカップを持って戻ってきた。
私に手渡されたマグカップは猫の絵柄だった。あったかな湯気のたったココアは、一口飲んだだけでも疲れきった私の身体に甘くしみこんでいく。
結衣「お腹は減ってない?なにか作ろうか」
京子「今なら京子お手製の味噌汁が!」
ちなつ「ありがとうございます。でも今はなにも食べたくないから……」
69: 2012/03/24(土) 23:54:18.15
このココアの温かさだけで充分だった。これ以上なにかを与えられてしまったら、私の中で辛うじて堪えていたものさえ崩れていってしまいそうで。
けれど。
見回した、結衣先輩の生活場所。たとえば本棚には結衣先輩の好きな漫画や本や、パソコンデスクには少し古いタイプのパソコンがあって、一人暮らしには少し大きすぎるくらいのテレビに繋ぎっぱなしのゲーム機。テーブルには照れたような表情の結衣先輩と、元気な顔をして笑う京子先輩。その横に描きかけのネームが散らばっていて、あちこちにこぼれたインクのあと。
結衣「……」
京子「……」
それだけじゃない。ふと、頷きあったり、目が合ったりするだけでなにも言わずに通じ合う。
結衣先輩が、そっと私に近寄ってきてゆっくり私の頭に触れてくれた。やわらかな手が、私の頭を撫でてくれる。
「無理することないよ」と京子先輩が言う。
けれど。
見回した、結衣先輩の生活場所。たとえば本棚には結衣先輩の好きな漫画や本や、パソコンデスクには少し古いタイプのパソコンがあって、一人暮らしには少し大きすぎるくらいのテレビに繋ぎっぱなしのゲーム機。テーブルには照れたような表情の結衣先輩と、元気な顔をして笑う京子先輩。その横に描きかけのネームが散らばっていて、あちこちにこぼれたインクのあと。
結衣「……」
京子「……」
それだけじゃない。ふと、頷きあったり、目が合ったりするだけでなにも言わずに通じ合う。
結衣先輩が、そっと私に近寄ってきてゆっくり私の頭に触れてくれた。やわらかな手が、私の頭を撫でてくれる。
「無理することないよ」と京子先輩が言う。
70: 2012/03/24(土) 23:55:06.11
結衣先輩と京子先輩の、この空間を、羨んでいるわけでもない。羨んでいるわけでもないし、妬んでいるわけでもない。
ただ、わからなくなった。私はあかりちゃんになにを求めていたのか、なにを思っていたのか、なにを考えていたのか、わからなくなった。
私とあかりちゃんより一つだけしか歳が違わないこの二人を見て、なにもかも、わからなくなって。
堪えていたものが溢れたわけじゃない。私自身が崩れてしまったわけじゃ、きっとない。
それなのに、もうすっかり壊れかけていた私の涙腺がまた、突然。
ちなつ「……っ」
落ち着くわけなんてない。
大丈夫なわけなんてない。
あかりちゃんに会いたい。
あかりちゃんに触れたい。
あかりちゃんに――
ただ、わからなくなった。私はあかりちゃんになにを求めていたのか、なにを思っていたのか、なにを考えていたのか、わからなくなった。
私とあかりちゃんより一つだけしか歳が違わないこの二人を見て、なにもかも、わからなくなって。
堪えていたものが溢れたわけじゃない。私自身が崩れてしまったわけじゃ、きっとない。
それなのに、もうすっかり壊れかけていた私の涙腺がまた、突然。
ちなつ「……っ」
落ち着くわけなんてない。
大丈夫なわけなんてない。
あかりちゃんに会いたい。
あかりちゃんに触れたい。
あかりちゃんに――
71: 2012/03/24(土) 23:55:48.35
「ずっとずっと、一緒にいられたらいいよね」って、そう言ったあかりちゃんに、私はいられるよとそう答えた。
違う。私があかりちゃんといたいよ、一緒にいたい。一緒にいたいのに。わからない。
ちなつ「せんぱい……っ、わたし」
『一度、一歩退いてみるのもアリじゃないかな』
一歩退いて、それで私は何を見たんだろう。自分の気持ちと、自分の不安と、ちゃんと向き合ったのだろうか。
きっと逆だ、私は逃げていた。見たくなくて、だから躍起になって目を逸らして。
あかりちゃんの気持ちも、自分自身の気持ちさえ、見失ってしまった。
違う。私があかりちゃんといたいよ、一緒にいたい。一緒にいたいのに。わからない。
ちなつ「せんぱい……っ、わたし」
『一度、一歩退いてみるのもアリじゃないかな』
一歩退いて、それで私は何を見たんだろう。自分の気持ちと、自分の不安と、ちゃんと向き合ったのだろうか。
きっと逆だ、私は逃げていた。見たくなくて、だから躍起になって目を逸らして。
あかりちゃんの気持ちも、自分自身の気持ちさえ、見失ってしまった。
72: 2012/03/24(土) 23:56:35.15
◇
結衣「前に京子がちなつちゃんに電話したときから、なんとなく聞いてた」
熱いココアをいれなおしてくれながら、ぽつりと結衣先輩が言った。
散々泣いてもう完全に涙が乾いてしまった私は、ただ腫らした目に自分の冷たくなった手を宛がいながら生返事に近い声を返した。
結衣「あかりのことだよね?」
ちなつ「……はい」
京子先輩は足りない食糧を買うために半ば結衣先輩に追い出される形で出かけていた。
新しくココアの入ったマグカップを再び受取って、口をつける。
泣きすぎたせいか、喉にすこしひりひりとした感覚を残した。
結衣「詳しくは聞かないけど」
こくんと声に出さず頷き、胸の締め付けられるような感覚に私はまた溢れてきかけた何かの代わりに息を吐いた。
そんな私を見て、結衣先輩は「でも」と私の隣に腰掛けながら小さく笑った。
結衣「前に京子がちなつちゃんに電話したときから、なんとなく聞いてた」
熱いココアをいれなおしてくれながら、ぽつりと結衣先輩が言った。
散々泣いてもう完全に涙が乾いてしまった私は、ただ腫らした目に自分の冷たくなった手を宛がいながら生返事に近い声を返した。
結衣「あかりのことだよね?」
ちなつ「……はい」
京子先輩は足りない食糧を買うために半ば結衣先輩に追い出される形で出かけていた。
新しくココアの入ったマグカップを再び受取って、口をつける。
泣きすぎたせいか、喉にすこしひりひりとした感覚を残した。
結衣「詳しくは聞かないけど」
こくんと声に出さず頷き、胸の締め付けられるような感覚に私はまた溢れてきかけた何かの代わりに息を吐いた。
そんな私を見て、結衣先輩は「でも」と私の隣に腰掛けながら小さく笑った。
73: 2012/03/24(土) 23:57:25.90
結衣「びっくりしたよ、歩いてたらちなつちゃんが雨の中うずくまってて」
ちなつ「う……すみません」
結衣「ううん、むしろあそこでちなつちゃんを見つけてよかったと思ったから」
結衣先輩の優しさが、きちんと胸に沁みてくる。ちゃんと、受け入れられる。
それが結衣先輩だからなのか、今の私がひねくれた考えすらできない状態なのかはわからないけれど。
素直になれたのは、確かだと思う。
ちなつ「私、あかりちゃんのことになるとずっと不安で」
なにも、見えていなかった。
私は、あかりちゃんのことが好きなのに。
恋は盲目なんて、よく言ったものだと思う。
あかりちゃんのことが好きだから、見えないのだ。あかりちゃんのことが、逆に、見えなくなってしまっていたのだ。
ちなつ「う……すみません」
結衣「ううん、むしろあそこでちなつちゃんを見つけてよかったと思ったから」
結衣先輩の優しさが、きちんと胸に沁みてくる。ちゃんと、受け入れられる。
それが結衣先輩だからなのか、今の私がひねくれた考えすらできない状態なのかはわからないけれど。
素直になれたのは、確かだと思う。
ちなつ「私、あかりちゃんのことになるとずっと不安で」
なにも、見えていなかった。
私は、あかりちゃんのことが好きなのに。
恋は盲目なんて、よく言ったものだと思う。
あかりちゃんのことが好きだから、見えないのだ。あかりちゃんのことが、逆に、見えなくなってしまっていたのだ。
74: 2012/03/24(土) 23:58:15.61
それでも。
だからと言って、あかりちゃんを傷つけるようなことを、悲しませるようなことを、したくはなかった。
結衣「同じだよ」
ちなつ「……え?」
言葉に詰まった私に、ふと結衣先輩はそう言った。
『ちなつちゃんだけじゃないからさ、大丈夫』
京子先輩のあの言葉が、やけに耳の奥で響いた気がした。
結衣「うーん、なんて言えばいいかな。誰かを好きな人は、みんな、誰だって不安になるんだよ」
結衣先輩は困ったように頬をかきながら、「そういえばいつだったかな、前に三人で会ったとき」と私から視線を逸らすと言った。
確か、年末のことだろう。久し振りに二人と会った私は、二人がウエディング雑誌を広げているのを見て驚いたんだっけ。
その時のことを思い出して、なんとなく微妙な気分になる。
だからと言って、あかりちゃんを傷つけるようなことを、悲しませるようなことを、したくはなかった。
結衣「同じだよ」
ちなつ「……え?」
言葉に詰まった私に、ふと結衣先輩はそう言った。
『ちなつちゃんだけじゃないからさ、大丈夫』
京子先輩のあの言葉が、やけに耳の奥で響いた気がした。
結衣「うーん、なんて言えばいいかな。誰かを好きな人は、みんな、誰だって不安になるんだよ」
結衣先輩は困ったように頬をかきながら、「そういえばいつだったかな、前に三人で会ったとき」と私から視線を逸らすと言った。
確か、年末のことだろう。久し振りに二人と会った私は、二人がウエディング雑誌を広げているのを見て驚いたんだっけ。
その時のことを思い出して、なんとなく微妙な気分になる。
75: 2012/03/24(土) 23:59:01.84
結衣「あのとき、京子言ったよね」
結婚なんてどうせできないと言った結衣先輩や、私に、京子先輩の言葉。
『きっとあかりもそう思ってるし、結衣だってそう思ってるし、ならそれでいいじゃん』と。
結衣「京子だってあんなこと言いながら、ほんとは結構泣き虫だからさ。すぐに不安になったりして、私たちこのまっまでいいのかなんて言ったりして」
好きならそれでいいって言ったのは京子なのにね。
結衣先輩はそう言って苦笑する。
それでも、わかっているのだ私たちは。その言葉がどれだけ不安定なものか。
結衣「だからね、みんな、同じなんだと思う。ちなつちゃんだけじゃないよ。不安なのも、辛いのも」
私だけじゃない、みんな。
結衣先輩も、京子先輩も、あかりちゃんだって――
結婚なんてどうせできないと言った結衣先輩や、私に、京子先輩の言葉。
『きっとあかりもそう思ってるし、結衣だってそう思ってるし、ならそれでいいじゃん』と。
結衣「京子だってあんなこと言いながら、ほんとは結構泣き虫だからさ。すぐに不安になったりして、私たちこのまっまでいいのかなんて言ったりして」
好きならそれでいいって言ったのは京子なのにね。
結衣先輩はそう言って苦笑する。
それでも、わかっているのだ私たちは。その言葉がどれだけ不安定なものか。
結衣「だからね、みんな、同じなんだと思う。ちなつちゃんだけじゃないよ。不安なのも、辛いのも」
私だけじゃない、みんな。
結衣先輩も、京子先輩も、あかりちゃんだって――
76: 2012/03/24(土) 23:59:58.93
ちなつ「先輩……」
同じ人がいる。ちゃんと、存在している。
それが、私の中に大きな安堵感を産み落とした。
それで、凍り付いていたような心でようやく、見えた気がした。
どうしてあかりちゃんは恋人らしいことを何もしてくれないのと、心の奥底で不満に思っていた。
それに、私はずっとあかりちゃんと二人で出掛けたかった。友達としての皮を被ってじゃなく、ちゃんと、恋人として。なにも悪いことしてないのに。
そうは思っても、出掛けられない自分が歯痒かった。そしてあかりちゃんが他の女の子や男の人と出掛けていってしまうのが、辛かった。嫌だった。どうしようもない嫉妬だ。どうしてあかりちゃんは。そんなふうに、きっと、思ってしまっていた。
あかりちゃんだって、不安だったのだ。こわかったのだ。だから。
そんなの、最初からわかっていたはずなのに。
結衣「でも、それでも好きなんだって、そう言えるようになったらいいよね」
そう言って、結衣先輩が照れたように笑った。
やっぱり、結衣先輩はかっこいい。心の底から、そう思う。
同じ人がいる。ちゃんと、存在している。
それが、私の中に大きな安堵感を産み落とした。
それで、凍り付いていたような心でようやく、見えた気がした。
どうしてあかりちゃんは恋人らしいことを何もしてくれないのと、心の奥底で不満に思っていた。
それに、私はずっとあかりちゃんと二人で出掛けたかった。友達としての皮を被ってじゃなく、ちゃんと、恋人として。なにも悪いことしてないのに。
そうは思っても、出掛けられない自分が歯痒かった。そしてあかりちゃんが他の女の子や男の人と出掛けていってしまうのが、辛かった。嫌だった。どうしようもない嫉妬だ。どうしてあかりちゃんは。そんなふうに、きっと、思ってしまっていた。
あかりちゃんだって、不安だったのだ。こわかったのだ。だから。
そんなの、最初からわかっていたはずなのに。
結衣「でも、それでも好きなんだって、そう言えるようになったらいいよね」
そう言って、結衣先輩が照れたように笑った。
やっぱり、結衣先輩はかっこいい。心の底から、そう思う。
77: 2012/03/25(日) 00:00:44.19
冷め始めたココアを、私は全部飲み干した。
流しすぎた涙のせいで、ようやく頭が覚醒したみたいだった。
あかりちゃんのことを想うとまだ絞ったように涙が出てくるけど、それをぐっと拭って私は立ち上がる。
結衣「ちなつちゃん?」
ちなつ「先輩、ありがとうございました!」
お礼もそこそこに、さっき結衣先輩が濡れた服を乾かし詰めておいてくれた袋を持って部屋を出る。
びしょびしょの靴を履いて走り出そうとしたとき、「ちなつちゃん、傘!」と声がした。
ちなつ「京子先輩!」
京子「水が滴るいい女は私だけで充分」
部屋の外で、壁に凭れ掛るようにして立っていた京子先輩がさっき使っていたらしいビニール傘をぐいっと私に差し出してきた。
それから、京子先輩はにっと笑って言った。
京子「あかり、待ってるよきっと」
流しすぎた涙のせいで、ようやく頭が覚醒したみたいだった。
あかりちゃんのことを想うとまだ絞ったように涙が出てくるけど、それをぐっと拭って私は立ち上がる。
結衣「ちなつちゃん?」
ちなつ「先輩、ありがとうございました!」
お礼もそこそこに、さっき結衣先輩が濡れた服を乾かし詰めておいてくれた袋を持って部屋を出る。
びしょびしょの靴を履いて走り出そうとしたとき、「ちなつちゃん、傘!」と声がした。
ちなつ「京子先輩!」
京子「水が滴るいい女は私だけで充分」
部屋の外で、壁に凭れ掛るようにして立っていた京子先輩がさっき使っていたらしいビニール傘をぐいっと私に差し出してきた。
それから、京子先輩はにっと笑って言った。
京子「あかり、待ってるよきっと」
78: 2012/03/25(日) 00:01:51.43
◆
家に帰るまでの時間が、とんでもなく長くてもどかしかった。
一旦バイト先まで戻って、そこから駅まで走って電車に乗り、電車に揺られてる間はひたすら、あかりちゃんになにを伝えようか、そんなことばかりを考えていた。電車に乗る前だけポケットから取り出した携帯には、一件、着信があった。あかりちゃんからだとすぐにわかったけれど、敢えて掛け直さなかった。
電話越しではなく、ちゃんと会って、触れて、伝えたかったから。
『次は、終点――』
ガタタタンッ、ガタタタンッ...
電車が、ゆっくりと軋んだ音をたてながら止まっていく。止まったと同時に開いた扉から、私は電車を飛び出した。
時刻はもう、深夜0時を回ろうとしていた。この時間でもある程度の人はいる。京子先輩に貸してもらった濡れたビニール傘を持って駅の中を走るのは普段なら勇気のいる行動だけど、今は気にしていられない。前を歩く人たちに時々水滴を散らしながら駅を出て、私はそれでも走った。
早く、早くあかりちゃんに――
そんな気持ちが私を焦らす。
部屋が近付くたびに、胸のドキドキが増していく。走っているからだけじゃない。息苦しくてしかたがないし、せっかく傘をさしていても結局結衣先輩の服を濡らしてしまっているけれど。それでも、そのドキドキをもっと感じたくて、早くあかりちゃんに会いたくて、私は走り続ける。
家に帰るまでの時間が、とんでもなく長くてもどかしかった。
一旦バイト先まで戻って、そこから駅まで走って電車に乗り、電車に揺られてる間はひたすら、あかりちゃんになにを伝えようか、そんなことばかりを考えていた。電車に乗る前だけポケットから取り出した携帯には、一件、着信があった。あかりちゃんからだとすぐにわかったけれど、敢えて掛け直さなかった。
電話越しではなく、ちゃんと会って、触れて、伝えたかったから。
『次は、終点――』
ガタタタンッ、ガタタタンッ...
電車が、ゆっくりと軋んだ音をたてながら止まっていく。止まったと同時に開いた扉から、私は電車を飛び出した。
時刻はもう、深夜0時を回ろうとしていた。この時間でもある程度の人はいる。京子先輩に貸してもらった濡れたビニール傘を持って駅の中を走るのは普段なら勇気のいる行動だけど、今は気にしていられない。前を歩く人たちに時々水滴を散らしながら駅を出て、私はそれでも走った。
早く、早くあかりちゃんに――
そんな気持ちが私を焦らす。
部屋が近付くたびに、胸のドキドキが増していく。走っているからだけじゃない。息苦しくてしかたがないし、せっかく傘をさしていても結局結衣先輩の服を濡らしてしまっているけれど。それでも、そのドキドキをもっと感じたくて、早くあかりちゃんに会いたくて、私は走り続ける。
79: 2012/03/25(日) 00:02:58.20
あかりちゃんがいるはずの部屋の灯りが見えた頃、ポケットが震えた。
着信。
けれど私はそれをとらずに、「あかりちゃん!」と、大きな声で呼んだ。二階の部屋へ続く階段を上るのももう億劫で、焦れていて。
雨の音で、聞こえるわけなんてない。近所の人にだって迷惑だ。そうは思っても、私はもう一度、切れ切れになった声で「あかりちゃん!」
数秒も経たずに部屋のドアが大きな音を立てて開いたのにはさすがに驚いたけれど。
同時に、あかりちゃんと私の気持ちが途切れていないことがわかって嬉しくなった。
あかり「ちなつちゃんっ!」
よろけるように外に出てきたあかりちゃんは、一瞬きょろきょろと辺りを見回したあと、すぐに私を見つけて廊下の柵から身を乗り出すようにして私の名前を呼んだ。
月の光もない。あるのはぼんやりとした廊下の光と外灯だけ。それでもあかりちゃんの姿が、表情が、はっきりわかった。
それだけで、また。
いつのまにこんなに弱くなってしまったんだろうと笑いたくなるくらいに、涙が出てくる。
同時に、やっぱり好きなのだという気持ちが、どうしようもなく溢れてきて。
着信。
けれど私はそれをとらずに、「あかりちゃん!」と、大きな声で呼んだ。二階の部屋へ続く階段を上るのももう億劫で、焦れていて。
雨の音で、聞こえるわけなんてない。近所の人にだって迷惑だ。そうは思っても、私はもう一度、切れ切れになった声で「あかりちゃん!」
数秒も経たずに部屋のドアが大きな音を立てて開いたのにはさすがに驚いたけれど。
同時に、あかりちゃんと私の気持ちが途切れていないことがわかって嬉しくなった。
あかり「ちなつちゃんっ!」
よろけるように外に出てきたあかりちゃんは、一瞬きょろきょろと辺りを見回したあと、すぐに私を見つけて廊下の柵から身を乗り出すようにして私の名前を呼んだ。
月の光もない。あるのはぼんやりとした廊下の光と外灯だけ。それでもあかりちゃんの姿が、表情が、はっきりわかった。
それだけで、また。
いつのまにこんなに弱くなってしまったんだろうと笑いたくなるくらいに、涙が出てくる。
同時に、やっぱり好きなのだという気持ちが、どうしようもなく溢れてきて。
80: 2012/03/25(日) 00:04:03.95
ちなつ「ごめん、あかりちゃんっ……!」
湿った廊下に転びそうになりながら、階段を下りてくるあかりちゃんに、私は叫ぶように言った。
驚いたように、あかりちゃんが立ち止まる。
ちなつ「ごめんね、わたし……勝手なこと言ったり、勝手なことしたり……!」
あかり「ちなつちゃんだけじゃないよ……あかりだって、勝手なことして、それに――」
嫌いだもんなんて言っちゃった。
ぽろぽろ、とあかりちゃんの頬を涙が伝うのが見えた。
『そんなちなつちゃんといてもなんにも楽しくないし、あかりはそんなちなつちゃんなんて嫌いだもん!』
思い出して、少しだけ心が軋むけれど。
あかりちゃんの涙で、あかりちゃんが私のことを想ってくれていることはちゃんとわかっている。
いいよ、もう。
自然とそんな声が出ていた。そのままの勢いで、あかりちゃんに駆け寄って、階段に座り込むようにして泣き出したあかりちゃんをぎゅっと抱き寄せる。
ようやく、戻ってきたあかりちゃんの温もりだ。あかりちゃんに触れられなかったのは少しの間だったはずなのに、こんなにも温かい。
湿った廊下に転びそうになりながら、階段を下りてくるあかりちゃんに、私は叫ぶように言った。
驚いたように、あかりちゃんが立ち止まる。
ちなつ「ごめんね、わたし……勝手なこと言ったり、勝手なことしたり……!」
あかり「ちなつちゃんだけじゃないよ……あかりだって、勝手なことして、それに――」
嫌いだもんなんて言っちゃった。
ぽろぽろ、とあかりちゃんの頬を涙が伝うのが見えた。
『そんなちなつちゃんといてもなんにも楽しくないし、あかりはそんなちなつちゃんなんて嫌いだもん!』
思い出して、少しだけ心が軋むけれど。
あかりちゃんの涙で、あかりちゃんが私のことを想ってくれていることはちゃんとわかっている。
いいよ、もう。
自然とそんな声が出ていた。そのままの勢いで、あかりちゃんに駆け寄って、階段に座り込むようにして泣き出したあかりちゃんをぎゅっと抱き寄せる。
ようやく、戻ってきたあかりちゃんの温もりだ。あかりちゃんに触れられなかったのは少しの間だったはずなのに、こんなにも温かい。
81: 2012/03/25(日) 00:05:03.27
あかり「ちなつ、ちゃん……」
ちなつ「いいよ、もう」
あかり「……あのね、あかり。寂しかった。ちなつちゃんがバイトとかで忙しくて、いつも家に帰ったらちなつちゃんが ただいまって言ってくれるのに、誰もいなくて、こわくて、寂しかったよ」
ちなつ「うん……」
あかり「でもね、それ以上に悔しかったの。どうしてちなつちゃんはあかりになにも言ってくれないのかなって。ちなつ ちゃんだって辛そうだったのに、どうしてあかりはなにも出来ないんだろうって」
ちなつ「ごめんね」
あかり「ううん……だけど、なにかあるならあかりに」
その先はもう、言わせなかった。
ただ、力に任せてあかりちゃんを抱き締める。濡れた身体が、次第に温まっていく。身体の奥底から、指先まで、あかりちゃんといるならどんな冷たさだって。
キスだって、それ以上だって必要ない。ただ、あかりちゃんがいればそれでいいのだ。
ちなつ「いいよ、もう」
あかり「……あのね、あかり。寂しかった。ちなつちゃんがバイトとかで忙しくて、いつも家に帰ったらちなつちゃんが ただいまって言ってくれるのに、誰もいなくて、こわくて、寂しかったよ」
ちなつ「うん……」
あかり「でもね、それ以上に悔しかったの。どうしてちなつちゃんはあかりになにも言ってくれないのかなって。ちなつ ちゃんだって辛そうだったのに、どうしてあかりはなにも出来ないんだろうって」
ちなつ「ごめんね」
あかり「ううん……だけど、なにかあるならあかりに」
その先はもう、言わせなかった。
ただ、力に任せてあかりちゃんを抱き締める。濡れた身体が、次第に温まっていく。身体の奥底から、指先まで、あかりちゃんといるならどんな冷たさだって。
キスだって、それ以上だって必要ない。ただ、あかりちゃんがいればそれでいいのだ。
82: 2012/03/25(日) 00:05:52.21
―――――
―――――
「あかりちゃん」
「うん?」
「好きだよ、すごく」
「えへへ……あかりもちなつちゃんのことすごく好き」
窓の外の雨はまだ降り続いているようだった。けれど、一つの布団に潜り込んだ私たちには関係ない。
狭い布団の中で向き合って、手を握る。くっつけあった額が、あつい。あついけれど、心地よい熱。
こうしていると、昔出会ったばかりの頃、よくお互いの家に泊まりに行っていたことを思い出すけれど、今はきっと、あの時以上に幸せだ。
そして、あの時以上に近くて、あの時以上に危うい。
―――――
「あかりちゃん」
「うん?」
「好きだよ、すごく」
「えへへ……あかりもちなつちゃんのことすごく好き」
窓の外の雨はまだ降り続いているようだった。けれど、一つの布団に潜り込んだ私たちには関係ない。
狭い布団の中で向き合って、手を握る。くっつけあった額が、あつい。あついけれど、心地よい熱。
こうしていると、昔出会ったばかりの頃、よくお互いの家に泊まりに行っていたことを思い出すけれど、今はきっと、あの時以上に幸せだ。
そして、あの時以上に近くて、あの時以上に危うい。
83: 2012/03/25(日) 00:06:46.74
「ねえ、あかりちゃん」
「なあに?」
「明日は、二人でどっか行こうね」
たとえば映画や、たとえば買物や、たとえば――なんでもいい。
明日は休日だ。入っていたバイトは休んで、二人でどこかへ出掛けるのだ。
私たちの不安は、やっぱり消えることはない。
それでも、二人で出掛けるのだ。そうすることで失うものがあったとしても、もっと素敵なものを得られるだろう。
私だけじゃない、みんな不安なのだ。誰かを好きになることで誰もが不安になる。
そして誰かを好きだという気持ちだってみんな、変わらないんだから。
「……そうだね、どこか行こう」
溢れてくるあかりちゃんを愛しいという気持ちが、私にそう思わせる。
なにも変わらない。手を繋ぐことだって、キスすることだって、少し変なのかもしれないけど、なにもおかしくなんてない。
今は。
誰かの前で、手を繋いだりすることだってできないけれど。「仲のいい友達なんです」と嘘を吐きたくはないから。
でも、誰かの前でちゃんと恋人として手を繋いで、そして、「あかりちゃんが好き」と言えたなら。
「なあに?」
「明日は、二人でどっか行こうね」
たとえば映画や、たとえば買物や、たとえば――なんでもいい。
明日は休日だ。入っていたバイトは休んで、二人でどこかへ出掛けるのだ。
私たちの不安は、やっぱり消えることはない。
それでも、二人で出掛けるのだ。そうすることで失うものがあったとしても、もっと素敵なものを得られるだろう。
私だけじゃない、みんな不安なのだ。誰かを好きになることで誰もが不安になる。
そして誰かを好きだという気持ちだってみんな、変わらないんだから。
「……そうだね、どこか行こう」
溢れてくるあかりちゃんを愛しいという気持ちが、私にそう思わせる。
なにも変わらない。手を繋ぐことだって、キスすることだって、少し変なのかもしれないけど、なにもおかしくなんてない。
今は。
誰かの前で、手を繋いだりすることだってできないけれど。「仲のいい友達なんです」と嘘を吐きたくはないから。
でも、誰かの前でちゃんと恋人として手を繋いで、そして、「あかりちゃんが好き」と言えたなら。
84: 2012/03/25(日) 00:07:29.19
まだ私たちには時間がある。
ゆっくり、私たちはゆっくり、伝えていけばいい。
それまでは、内緒の言葉。
「あかりちゃん、愛してる」
びっくりするほど、するりと出てきた声に自分自身さえ戸惑ってしまうものの。
あかりちゃんは恥ずかしそうに笑ったあと、「あかりも」
誰よりあなたを愛しています。
誰より、あかりちゃんを。
いつか世界中の人に、この声が届きますように。
私はそっと目を閉じ、願う。あかりちゃんの手を握ったまま、あかりちゃんの体温を感じて、願う。
ゆっくり、私たちはゆっくり、伝えていけばいい。
それまでは、内緒の言葉。
「あかりちゃん、愛してる」
びっくりするほど、するりと出てきた声に自分自身さえ戸惑ってしまうものの。
あかりちゃんは恥ずかしそうに笑ったあと、「あかりも」
誰よりあなたを愛しています。
誰より、あかりちゃんを。
いつか世界中の人に、この声が届きますように。
私はそっと目を閉じ、願う。あかりちゃんの手を握ったまま、あかりちゃんの体温を感じて、願う。
85: 2012/03/25(日) 00:08:32.52
◆
あかり「ちなつちゃん、起きて」
一日の始まり。
いつのまにか日は高く昇ってしまっていたらしい。あかりちゃんが思い切りカーテンを開けたらしく、日の光が眠りを遮る。
私はごそごそと起き出して、目を開けた。すっかり出掛ける準備の整っているらしいあかりちゃんが、最初に見えた。
ちなつ「……あかりちゃん」
あかり「おはよう、ちなつちゃん」
ぐいっと手を引いて、朝のキス。
こうするのもなんだか久し振りな気がして、だけどぼんやりと幸せな感覚に浸っているわけにはいかなかった。
あかり「ちなつちゃんも早く用意してよぉ!」
ちなつ「えっ、でも……」
あかり「……あかり、ちょっと怖かったけど、でもやっぱりこのままじゃ嫌だから」
昨日の夜、二人でどっか行こうって言われて嬉しかったよ。
そう言って本当に嬉しそうなあかりちゃんを見て、私が目を覚まさないわけにはいかなかった。もう一度あかりちゃんの手を引いて強引に口付けると、布団を飛び出した。
すぐに準備して、そして二人で「行ってきます」と一緒に外へ出るのだ。
私たちがもっとちゃんと、前へ進むために。
終わり
あかり「ちなつちゃん、起きて」
一日の始まり。
いつのまにか日は高く昇ってしまっていたらしい。あかりちゃんが思い切りカーテンを開けたらしく、日の光が眠りを遮る。
私はごそごそと起き出して、目を開けた。すっかり出掛ける準備の整っているらしいあかりちゃんが、最初に見えた。
ちなつ「……あかりちゃん」
あかり「おはよう、ちなつちゃん」
ぐいっと手を引いて、朝のキス。
こうするのもなんだか久し振りな気がして、だけどぼんやりと幸せな感覚に浸っているわけにはいかなかった。
あかり「ちなつちゃんも早く用意してよぉ!」
ちなつ「えっ、でも……」
あかり「……あかり、ちょっと怖かったけど、でもやっぱりこのままじゃ嫌だから」
昨日の夜、二人でどっか行こうって言われて嬉しかったよ。
そう言って本当に嬉しそうなあかりちゃんを見て、私が目を覚まさないわけにはいかなかった。もう一度あかりちゃんの手を引いて強引に口付けると、布団を飛び出した。
すぐに準備して、そして二人で「行ってきます」と一緒に外へ出るのだ。
私たちがもっとちゃんと、前へ進むために。
終わり
86: 2012/03/25(日) 00:11:21.50
のろのろと進めてきましたが、ここまで付き合ってくださった方ありがとうございました
何ヶ月もかかって投稿する予定ではなかったのですが、約三ヶ月間、待っていてくださった方がいらっしゃったのなら
大変お待たせしてしまい申し訳なかったです
それではまた
何ヶ月もかかって投稿する予定ではなかったのですが、約三ヶ月間、待っていてくださった方がいらっしゃったのなら
大変お待たせしてしまい申し訳なかったです
それではまた
87: 2012/03/25(日) 00:20:24.77
お疲れさん 良かったよ
88: 2012/03/25(日) 00:33:32.89
おつー
引用元: ちなつ「誰よりあなたを愛しています」
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