2: 2011/05/03(火) 13:52:25.21
世界には、希望と絶望が存在する。
その差し引きがゼロになるように、うまく世界は回っている。
だから、幸せな結末があれば、どこかで悲劇は生まれるのだ。
この世界ではおそらく、他に幸せな話があったのだろう。
きっと誰かがどこかで幸せになったのだろう。
だからこそ、少女たちが救われる可能性は
―――――――無い。
3: 2011/05/03(火) 14:10:48.42
「……暇だ」
拗ねたように、虚空を見つめる少女。
彼女には、人としての名前がある。
だが、それをここで語るのは不要なこと。
便宜上、『ワルプルギス』、そう呼称しよう。
「……えーと、放課後始まってすぐその発言はどうなんだろう」
「えー? だってさぁ、実際暇なワケだし」
そして、それに反応する少女。
『エリー』、そう呼ぶのが適切であろうか。
「エリーちゃんはいいよねー、恋の真っ盛りだしさぁ」
「も、もう……」
かぁ、とエリーは頬を染める。
これは、いつもの風景。
中学校に通う少女たちの、日常のカタチ。
4: 2011/05/03(火) 14:20:17.46
「……ま、仕方ないよね。あたしの家庭の事情だし」
その顔には、一種の諦めのようなものが見えた。
だが、すぐにそれは明るいものへと変わる。
「それにあたしには……このエリーちゃんがいるではないかー!!」
「ひゃあっ!? い、いきなり抱きつかないでよぉ……」
「あっははは……ごめんごめん、それじゃあ帰ろっか」
左手で鞄を持ち、右手をエリーへと差し出す。
「……うん」
答える少女も、手を差し出す。
そして、歩きだす。
いつもと変わらぬ、いつも通りの帰り道へと。
6: 2011/05/03(火) 14:33:17.56
「……それでさぁ、どうなの?」
「え……どう、って?」
「決まってるじゃん、エリーちゃんの恋の進展だよ!」
「きょ、今日も話さなきゃダメなの……?」
「とーぜん! それともエリーちゃんは、あたしの生涯唯一の娯楽を奪う気かー!」
娯楽、という物言いで、完全に面白がっているのが誰の目からも明らかだった。
だが、エリーはそれ自体は不快に思っていない。
彼女にとって、ワルプルギスはそれだけ重要な友人ということだろう。
「……もう。いつも通りで、進展はナシ、だよ」
「えー、もっとアタックしようよー。こんな可愛いんだしさぁ」
「そんなこと、な―――――え?」
「ん、どうしたの?」
「……何、この景色」
7: 2011/05/03(火) 14:42:56.29
慌てて周りを見渡す。
空は、夕焼けでなく、血を撒き散らしたような赤だった。
地面はコンクリートではなく、奇妙な絵画のようだった。
「な、なにコレ……」
そして目の前に現れるは、門のような形をした異形。
ソレは、門であるのに、動かないはずなのに、『化け物』という表現がピッタリだった。
―――逃げろ
頭の奥で、そういう言葉が聞こえる。
だが、足は震えて動かなかった。
横の少女も同じだった。
そして、
8: 2011/05/03(火) 14:51:27.90
ヒュオ、と風を切る音と共に、何かが飛んだ。
それは少女たちの前に現れた異形を、瞬時に縛りあげる。
「……え?」
コツ、と後ろから足音が聞こえた。
すがるように、反射的に振り向く。
「……危ない所だったわね」
そこに居たのは、一人の少女。
その手に持つ鞭、それが異形を縛りあげていると瞬時に理解する。
「……あなた、は?」
「そうね……自己紹介も大事だけれど」
「―――まずは、こっちをなんとかしないとね!」
9: 2011/05/03(火) 15:02:40.51
声と共に、鞭が変質した。
なめらかだった表面が、バラの茎のごとく無数の棘で覆われる。
それを、そのまま引けばどうなるか。
答えは、簡単に導き出せる。
ギュガァッ!!と音を立てながら、異形の表面を削り取る。
さらに、追撃。
鞭が光を帯び、そのまま光速で薙ぎ払う。
通過点には、門のような異形。
ピシ、とひび割れるような音の後、
異形の上半分が切り口から、崩れ落ち、勝敗は決した。
「……すごい」
「倒し、ちゃった……?」
10: 2011/05/03(火) 15:10:42.13
「―――魔法少女、絶望を振りまく存在である魔女を狩る者さ」
唐突に、足元からの声。
白く、赤目の小動物。
本来なら不審な存在だが、今の少女たちにはソレの善悪を判断する能力は失われていた。
「魔法、少女……」
「怪我はないみたいね……よかった」
その声の方を見れば、先ほどの鞭を持っていた少女。
だが、その服装は、
「……もしかして、同じ学校の生徒?」
「そうみたいね、それじゃ、自己紹介しておくわ」
「私は『ゲルトルート』、よろしくね、二人とも」
11: 2011/05/03(火) 15:19:10.09
「さて、唐突だけど、二人にお願いがあるんだ」
尻尾を振りながら、白い小動物が告げる。
「僕はキュゥべぇ、魔法少女の契約をとり行っている者なんだが……」
「君たちには素質があるんだ、ワルプルギス、そしてエリー」
「え……どうして名前を?」
「その辺りは、まあ気にしなくてもいいよ……とにかく、」
小動物は、満面の笑みを浮かべる。
できるだけ、愛想を振りまくために。
確実に、契約を結ぶために。
「僕と契約して、魔法少女になってよ!」
そう、切り出した。
12: 2011/05/03(火) 15:32:01.88
「す、ストップ! 魔法少女とか、契約とか全然よくわかんないんですけどっ!」
「そうね、説明することもあるし……二人とも、時間はある?」
「わ、私は大丈夫ですけど……」
「えーと、あたしは……」
そう言って、ワルプルギスは携帯の画面を開く。
そして紡がれるのは、げっ、という言葉。
「ごめんエリー!あたし帰らなきゃ!!話聞いといて!」
「え、ええっ!?」
「内容は後でメールして!それじゃ、また明日!」
ダダダダダダッ!!とワルプルギスは全速力で家へと駆ける。
「……あの子、どうしたの?」
「えーと、ちょっと門限厳しくて……」
13: 2011/05/03(火) 15:41:24.11
風を切り、猛スピードで走りながら、ワルプルギスは悪態をつく。
せっかくのお誘いを受けることができない自分の不自由さに。
だが、それでも彼女にとって、悪いことばかりではなかった。
謎の怪物、魔女。
同じ学校に通う、魔法少女。
そして、奇妙なマスコット。
それらは彼女が渇望していた、非日常であり、特別な出来事。
そして、自分も魔法少女になれば、その一員になれるかもしれない。
それが、彼女の心を弾ませた。
期待に胸を膨らませながら、
門限まであと3分、1キロの道を走りぬけた。
18: 2011/05/03(火) 20:48:03.20
「……ふぅ」
いい汗をかいた後の風呂は気持ちがいい。
そして、風呂上がりの牛乳もおいしい。
ぺろ、と口の周りにできた白い髭を舐め取る。
「さぁって、と……」
とてとて、と携帯を置いてある机に向かう。
「エリーちゃんからのメールは……えー?」
受信メールを見て、顔をしかめる。
埋まっている。
文字で埋まっている。
典型的な読む気が失せるメールだ。
「ぐぬぬ……反抗期か、反抗期なのかエリーちゃん……!」
メールは読まず、そのまま返信する。
「『三行でお願い』……っと」
「僕の出番のようだね!」
「うわっとぉ!?」
19: 2011/05/03(火) 21:01:25.07
「エリーに任せるのは心許ないから、直接説明しに来たんだけど……どうしてそんなに後ずさるんだい?」
「いやー、さすがにお風呂上がりのレディーの部屋に上がり込むのは不謹慎じゃないかなって」
「そうなのかい? すまないね、まあ座りなよ」
ワルプルギスのベッドに飛び乗り、自分の隣をぽんぽんと尻尾で叩くキュゥべぇ。
謝罪の言葉を口にしながらも、言われたことに反省の色は無い。
「スルーだと……それにこの部屋あたしのなんだけどー!?」
「まあまあいいじゃないか、それに、厳密に言えば君の保護者が購入した家の一部屋を与えられているだけだろう?」
「うっわなんかむかつく!屁理屈並べるマスコットなんて聞いたことないよ!……でも、」
まじまじと、ワルプルギスがキュゥべぇの身体をくまなく観察する。
「……なんだい?」
「かわいいからゆーるーすー!」
ガバァ、と勢いよく少女の発達途上の胸に、小動物が引きずり込まれる。
「……訳がわからないよ」
20: 2011/05/03(火) 21:12:01.97
「―――つまり、魔法少女になるとソウルジェムという石を手にするんだ」
「ふぅん、それでそれで?」
「その石はまあ魔法少女の力の源っていうか……大事なものなんだが」
「ふむふむ」
「魔力を使うとその石に濁りが生じる。そこで必要になってくるのがグリーフシードだ」
「ほうほう」
「グリーフシードは魔女がたまに落とすものなんだ。それを使えばソウルジェムは元通りってワケさ」
「なるほどねー」
「……そろそろ離してくれないかい?」
そう言うキュゥべぇは、少女によって抱きしめられ、しきりに身体を撫でられていた。
胸を押し付けられ、撫でられ、香るのはシャンプーの香り。
世の男共からすればご褒美なのだろうが、キュゥべぇにとっては特に何の意味も持たなかった。
21: 2011/05/03(火) 21:24:21.77
「というか、聞いていたのかい? 少し上の空だった気がするんだが」
「あったり前じゃん!ソウルジェムが変身アイテムで、グリーフシードが回復アイテムでしょ?」
「……ああ、うん、もうそれでいいよ」
実際、こういう勘違いはキュゥべぇにとっては都合がいい。
その方が、効率的にエネルギーを回収できるのだから。
それでも、ここまでトントン拍子なのは珍しかった。
「ああ、それと、僕と契約すれば、なんでも一つ願いを叶えてあげられるよ」
「え、キャンペーン期間中か何か? 今なら願い事一つサービスとかって感じ?」
「いや、これは期間の制限なんて無いさ。魔法少女になってくれるなら、いつでも叶えてあげられるよ」
「ワオ、太っ腹! でも、願い事一つかぁ……」
「なんでもいいんだよ? 美系の恋人が欲しいとか、金銀財宝だとか」
22: 2011/05/03(火) 21:39:07.93
「いや、一応考えてはいるんだけどね……」
「……言ってごらん、事前に聞いておけば、後々咄嗟に契約したくなった時に便利だからね」
「……キュゥべぇ、あたしの家を見て、何か感じなかった?」
「そうだね、他の家に比べて随分大きいかな?」
「そ、要するに親が金持ちなんだ。あたしはいわゆる令嬢ってヤツ?」
「親の顔を見るのなんて、金持ち連中のパーティーだけ。そこにいる人もペコペコご機嫌取ってくるだけだし」
「家は使用人に任せて自分たちは海外言ってるのに、無駄に門限は厳しいしさ?」
「おかげで放課後まともに遊べないから、ノリ悪いってみんなに除け者にされて……」
「結局、エリーがいなかったらあたしは一人ぼっちだったわけだよね。うん、エリーはいい子」
「……要するに、君は自由が欲しいのかい?」
キュゥべぇの言葉に、こくり、と頷く。
23: 2011/05/03(火) 21:51:38.16
「そうだね、あたしは自由が欲しい。親の身分なんかに関係なく、自分の好きなことをしたい……普通の女の子みたいに生きてみたい」
キュゥべぇは、しばらく沈黙し、腕の中からワルプルギスの顔を見上げる。
「……そういう願いなら、今までも叶えた事がある。君が望むなら、すぐにでも魔法少女にしてあげるよ」
「んー、でも、そういうことじゃないんだよね」
「……というと?」
あー、と恥ずかしそうにワルプルギスは頭を掻く。
「正直不安なんだよね、ゲルトルートさんみたく、鮮やかに戦えるか……あの時だって、震えて動けなかったし」
ふむ、とキュゥべぇは納得したように頷く。
「誰だって最初はそうさ。だけど、安心するといい。君の素質は、彼女のそれをはるかに凌駕しているんだから」
「えー?うっそー」
信じていませんよ、とでも言いたげな声色で返す。
24: 2011/05/03(火) 22:03:31.08
「本当さ。君の願いの種類も鑑みれば、それは強い魔力を持った魔法少女が生まれるだろうね」
「でも、実戦っていうのは経験が重要でしょー? ぜったい無理だって」
「それなら、彼女に戦い方を教わればいいさ。別に敵対している訳ではないんだから」
「……ま、それもそうだね。でも、これは一応保留ってことで!」
すくっ、とベッドからキュゥべぇを抱えたまま立ち上がる。
「おや、どこへ行くんだい?」
「洗面所、歯を磨かないで寝るのは不潔だよー?」
「僕を連れていく意味が分からないんだが……」
「キュゥべぇも磨くの、ホラ、文句言わない!」
「訳がわからないよ……」
25: 2011/05/03(火) 22:14:20.39
「んんんん……」
「歯ブラシは毎回新品か……ホテル並みの待遇だね」
「ん、ふぁあふぃ?」
「……いや、磨きながら話さなくてもいいよ」
水を含み、口の中身をかき混ぜ、プッと吐きだす。
「ホラ、キュゥべぇ磨かないの?」
「……あいにくだが、僕の口には君たちのような歯は無くてね。磨く必要なんてないんだよ」
「そ、じゃあうがいだけでもしなさいよー」
はぁ、と少し溜息が漏れる。
好意的に接してもらえるのは構わないが、ここまでされるとさすがに問題だ。
26: 2011/05/03(火) 22:20:41.30
「それじゃ、電気消すねー」
「……ちょっと待ってほしい、このまま一緒に寝るつもりかい?」
「ん、そうだけど?」
キュゥべぇは、またも溜息をつきたくなった。
「……だったら最初の反応は何だったんだい?」
「あー、アレはその場のノリって言うか……うん、そんな感じ」
「訳が分からないよ……」
「それ三回目、それじゃおやすみー」
バサァ、と布団が少女と小動物に覆いかぶさる。
キュゥべぇは、仕方なくその場で眠りにつくしかなかった。
30: 2011/05/04(水) 18:32:16.03
「―――あら?」
行きつけの花屋に、見慣れない少女がいた。
その少女の制服が、自分と同じ学校のものだったからか。
それとも、悩んでいるのが傍目にもわかったからか。
自然と、声をかけていた。
「……贈り物かしら?」
「ふぇっ!? だ、誰?」
「あら、驚かせてごめんなさい。悩んでいるようだったから……」
突然声をかけたのは失敗だっただろうか、と少し後悔した。
だが、困っている人を見れば放っておけない。
それが彼女―――ゲルトルートの性分であった。
31: 2011/05/04(水) 18:43:24.51
「……幼馴染が交通事故で入院してて、」
ぽつり、と声をかけられた青い髪の少女が呟く。
「お見舞いに花を持って行こうと思ってるんですけど、花のこととかわかんないし……」
「なるほど、それで迷っていたと」
「……はい」
一拍遅れて青髪の少女が返事をする。
相手の年齢を測りかねたが、咄嗟に年上だろう、と結論付けたのだろうか。
「うーん、今は春だから、丁度いいのは菜の花かしら」
「……え?」
「花言葉がね、『快活』って言うのよ。丁度いいんじゃない?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
32: 2011/05/04(水) 18:53:20.21
ああ、とその反応から理解する。
「そっか、いきなりそんなこと言われてもどう反応するか困るわよね」
うんうん、とゲルトルートは頷く。
「けどまあ、目の前で悩んでいる人がいたら、手を貸すのはいいことじゃない?」
「……はあ」
流されながら、結局菜の花を手に取る少女。
「そうそう、その幼馴染って男の子?」
「え、ええ、そうですけど……」
思いつきで、またも世話を焼こうとする。
悪いことではないが、初対面の人間は戸惑っても仕方が無い。
33: 2011/05/04(水) 19:02:49.41
「それなら……薔薇ね。赤いのがいいわよ」
「そう……なんですか」
言われるがまま、赤い薔薇に手を伸ばす。
菜の花と揃えて持ち、レジへと向かう前に、
「あの、ありがとうございます……それと、」
「?」
「薔薇の、花言葉って……?」
振り返る少女の問いに、くす、と小さく笑みを返す。
「……ヒミツ、だけど、悪いものじゃないから安心して?」
「はあ……それじゃああたし、行きますね」
たた、と青い髪の少女が駆けていく。
残されたゲルトルートが、ぽつりと呟いた。
「……薔薇の花言葉は、『愛』よ。伝わるといいわね」
34: 2011/05/04(水) 19:12:23.59
「ゲルトルートさーん!」
ぶんぶん、と大きく手を振りながら少女が歩いてくる。
その後ろには、おどおどとした様子の少女。
「あら、二人とも、どうして……?」
「えっへへー、キュゥべぇに教えてもらったんです!」
ひょい、とワルプルギスが背中に回していた手を前方に持ってくる。
そこには、軽く抱えられたキュゥべぇ。
「あら、随分仲良くなったのね」
「いや、僕が振り回されていただけなんだが……」
物理的にも精神的にも、という言葉は一応言わないでおいた。
感情の無いキュゥべぇにとって、ワルプルギスの無駄なテンションの高さは理解しがたいものだった。
エリー以外のまともに話せる初めての相手なので、当然と言えば当然なのだが。
35: 2011/05/04(水) 19:22:57.82
「……それで、何か用がありそうだけど」
ワルプルギスの顔を見れば、容易にわかるもの。
彼女は、感情が表情に出やすいのだ。
「さっすが鋭い! 用件って言うのはゲルトルートさんがやってるっていう放課後のパトロールなんですけど……」
ゲルトルートは、ちら、とキュゥべぇの方を見る。
視線に対し、キュゥべぇはこくり、と頷いた。
どうやら、キュゥべぇから聞いていたらしい。
「それに、同行させてほしいなーって」
期待のこもった目で、ワルプルギスはゲルトルートを見つめる。
パトロールに行けば、魔女との戦いもありうる。
さすがに、丸腰の民間人を連れていくのは気が引けた。
だが、魔女との戦いを知らず、そのまま契約する可能性もある。
それよりは、実物を見て経験を積んでもらおう、と考えたのだ。
36: 2011/05/04(水) 19:28:55.99
「……わかったわ。その代わり約束して」
「はい、なんですか?」
少し目をつぶり、息を深く吸い、吐く。
なるべく、相手の心に残るように。
「私が逃げて、と言ったら絶対に逃げて。立ち向かおうだなんて考えないで……いいわね?」
「……わかりました」
「わ、わたしもそれでいいです……」
やんちゃな割に、素直に話を聞くことができるのを、少しだけ感心する。
だが、まだ安心はできない。
こういうタイプこそ、土壇場でとんでもないことをしかねないのだから。
「それじゃ、行きましょうか」
「はいっ!」
「……はい」
38: 2011/05/04(水) 21:08:51.82
「ふぅん、ソウルジェムってセンサーでもあるんですね」
「そ、この反応を頼りに魔女を探すのよ」
手のひらにソウルジェムを乗せたゲルトルートに、二人が続く。
「魔女っていうのは普段結界に隠れてるから、倒すためにはこっちから行かないといけないのよ」
「へぇ……じゃあ、この前は運悪く縄張りに入り込んじゃったって感じなんですかね?」
「……そうね。魔女の口づけもされてなかったし、そういうことになるのかしら」
少し考えて答えた、ゲルトルートの言葉に疑問が湧く。
「あの、魔女の口づけ……って?」
「……言ってなかったわね。洗脳のようなもの、と言えばわかりやすいかしら?」
「洗脳?」
そう、とゲルトルートは軽く頷く。
39: 2011/05/04(水) 21:22:37.13
「魔女の口づけを受けた人は自分の意思に関係なく、自殺を図ったりするのよ」
「……こ、怖い」
びく、と怯えるエリーに、ゲルトルートは少しだけ、優しく微笑む。
そして、あ、と一つ気付く。
「そういえば、今日は門限大丈夫なの?」
「あー、えーっと、あはは……」
「……そうね、たまには破るのもいいわよね」
「そ、そーですよ! 魔法少女になれば関係無いし!」
「それはまだ保留にしておきなさい。あとで悔やむことになるか、も……ッ!」
ピクン、とゲルトルートの肩が跳ねた。
「……ど、どうかしたんですか?」
「近いわ……こっちよ!」
タン、と地面を蹴って駆け出す。
ワルプルギスとエリーも、それに続いた。
40: 2011/05/04(水) 21:35:09.95
向かう先は、廃ビル。
その内部。
「どこかに入口が……あった!」
「……入口って、アレ?」
ゲルトルートが指差すのは、奇妙な空間の切れ目のようなもの。
なぜか、奥にビール瓶が見える気がする。
「……飲酒運転でも誘発するのかなー?」
「呑気に構えてもいられないわ。二人とも気を付けて」
ポワン、とゲルトルートの身体が光に包まれる。
そして、瞬時に魔法少女の装束を形成する。
「……行くわよ」
とん、と踏み出し、結界の中へと入り込んでいく。
その後に、二人も続いた。
41: 2011/05/04(水) 21:44:23.66
「……うっわぁ」
「な、なにこれ……」
非現実的な空間だった。
人間の生きている世界とは、何かが根本的に違う景色。
「……主は高みの見物か。趣味の悪い」
見上げれば、鳥かごのようなものが上空にあった。
おそらく、そこに魔女がいるということだろう。
「そして、使い魔もワラワラ出てくるのね……」
「……うわっ!何アレ気持ち悪ぅ!鳥男!?バランス悪いってーの!!」
ワルプルギスの言うとおり、それは鳥男だった。
ただし、筋骨隆々だったり、足が大量のすね毛で覆われていたりする。
それら十数体が、どたどたともみ合いへし合い迫ってくる。
気持ち悪い。
ものすごく気持ち悪い。
42: 2011/05/04(水) 21:54:43.63
即座に、シュパン、とゲルトルートは二人の周りに魔法で防御壁を形成する。
それは、さながらいばらの檻のようなもの。
だが、その強度は鋼鉄など比較にならぬほどのもの。
「その中なら安全よ……ゆっくり見物してなさい」
そして、くるり、と使い魔たちに向き直る。
「さて……鳥男なんて、好きじゃないのよね」
ヒュオ、と右手を素早く振る。
そこには、すでに鞭が握られていた。
鞭の先が、使い魔の群れへと飛ぶ。
それは、人間の動体視力程度では目が追いつかぬほどの速度。
瞬時に、使い魔の一体を絡め取り、意思を持つように、全身を縛りあげる。
そこで、鞭が変質した。
表面に現れるは、棘。
だが、前回の魔女の時とは違い、その棘は鋭く、長く、強靭だった。
43: 2011/05/04(水) 22:02:44.34
全身を串刺しにされた使い魔の断末魔が響く。
近くに居た使い魔もまた、それに巻き込まれた。
そして、それで終わりではない。
「……ふっ!」
使い魔を縛り上げたため、ハンマー状になった鞭を、そのまま振り回す。
ぐちゃ、ぐちゅ、ぐしゃり、と使い魔が肉片と化していく。
それは、さながらミキサーで細切れにするようで。
「……あら、品切れ?」
わずか数秒で、使い魔は全滅した。
ならば、次の標的は、
「さあ、あなたの番よ、かごの魔女さん?」
シュン、と鞭が再び飛んだ。
44: 2011/05/04(水) 22:10:49.29
空中へと飛んだ鞭の先は、高速で魔女との距離を詰める。
そして、シュルル、とかごに巻き付く。
バッとゲルトルートが鞭を持った腕を引いた。
当然、鞭と魔女もそれに引かれる。
ガキィン、と金具の砕けるような音と共に、魔女が支えをなくした。
そして、落ちる。
それも、凄まじい速度で。
ズゥゥウン……!と轟音を立てながら、地面に激突する。
だが、かごには傷が無い。
強度が高く、真正面から破るのは難しそうだった。
だが、相手が悪い。
ゲルトルートの鞭は、かごの隙間から触手のように入り込んだ。
45: 2011/05/04(水) 22:16:13.74
シュルシュルと、鞭が魔女に巻きついていく。
抵抗しようとしても、まったくの無意味。
攻撃手段も無いのか、ただ身をよじって逃れようとするだけ。
すぐに、魔女の全身を鞭が包み込んだ。
そして、
「―――さよなら」
ザン!!と無数の刺が魔女を貫く。
貫く、という表現が適切だったかはわからない。
ただ、棘が密集していて、刺し傷が残るどころか、ミンチに近いものが出来上がったのだ。
46: 2011/05/04(水) 22:24:43.54
そして、景色が戻っていく。
結界が消え、いばらの檻も消え、魔女も消えた。
元の廃ビルには、三人の少女、そしてその一人に抱かれた一匹が残った。
「……これが、グリーフシード」
す、と地面に落ちていたそれを拾い、ゲルトルートは二人に見せる。
「これで、ソウルジェムの魔力を?」
そう、と言って変身を解き、コツン、とソウルジェムとグリーフシードを合わせる。
すると、宝石は輝きを取り戻し、魔女の卵が濁りを取り込んだ。
「大体こんな感じよ……感想は?」
「うーん……やっぱりすごいなーって」
あはは、と頭を掻きながらワルプルギスが答える。
47: 2011/05/04(水) 22:31:31.04
「わ、わたしはやっぱりちょっと怖いなって……」
「……うん、ま、そんなものでしょうね」
くる、と出口に身体を向ける。
「送っていくわ、二人とも……もう遅いし」
「……げ、もうこんな時間」
携帯を開き、絶句する。
門限までは無理と分かっていたが、辺りの真っ暗な今ではこってり絞られそうだ。
「ふふ、じゃあ、一緒に謝ってあげるわよ。危ないことに付き合わせちゃってるしね」
「わ、わたしも一緒だよ!」
温かい言葉が、嬉しかった。
「二人とも……ありがとうっ!」
ワルプルギスは勢いよく、二人の『友達』を抱きしめた。
51: 2011/05/05(木) 13:41:54.97
「ゲルトルートさーん!」
明るい声が、放課後の通学路に響く。
「……あら二人共、今日も元気ね」
その方向に振り向き、少しだけ微笑む。
「当然じゃないですかー! あたしはいつでも元気ですよ!」
「元気すぎて、ちょっとついていけないような……」
「なにおー!エリーちゃんのくせに!こうしてやる!」
がばぁ、と抱きついて、エリーの身体をわきわきとまさぐる。
「ひゃうっ! ど、どこ触ってるの!?」
「ふはははー、よいではないかよいではないかー」
「ふふ……」
52: 2011/05/05(木) 13:54:52.78
「……ところで、昨日はあれからどうだったの? 私たちはあまり言われなかったけど」
「ああ……まあ大丈夫でした。エリーちゃんは昔からの友達だし、ゲルトルートさんもいい人だから」
「そういう理由かなぁ……」
「うーん……まあ、男じゃないならいいのかもね」
実はそれなりにこってり絞られたのだが、そのことは言わない。
言ってしまえば、また無駄に気を使われることになるだろうから。
「それじゃ、今日もパトロール行きましょうよ!」
「今日も、ね……約束は、ちゃんと守ってね?」
「当然ですよ!」
「……それならいいんだけど」
少しだけ、心配だった。
それでも、自分と一緒に居てくれることはうれしかった。
53: 2011/05/05(木) 14:01:55.64
ソウルジェムを手に乗せ、魔女を探して歩く。
「……そういえば、」
ふと、疑問をぶつける。
「ゲルトルートさんって、どんな願いで魔法少女になったんですか?」
質問に、自然と表情が固くなる。
「……それは、」
「あ、べ、別にどうしても聞きたいってわけじゃ……」
「……いえ、いいのよ。そう、あれは2年前だったわ」
声の調子が弱くなる。
暗い記憶だというのは、簡単に想像できた。
54: 2011/05/05(木) 14:14:17.08
「私の家はね、花屋だったの。小さな店だったけれど、お客さんは毎日数人は来ていた」
空を見上げながら、呟くように話す。
「お母さんが薔薇が好きでね、いつもいろんな種類のものを入荷してたの。赤、黄、オレンジ……いろいろね」
「私の部屋にもしょっちゅう薔薇を飾ってね、『これでゲルトルートもモテモテかな!』なんて言ってたの」
「……でもある日、家に帰ってきたら、中の景色は一変してたわ」
「そ、それって……?」
嫌な予感を感じながら、エリーが先を促す。
「真っ赤に染まっていたのよ。花弁ではなく、鮮血の赤でね……」
「……そ、んな」
その事実に、ワルプルギスとエリーは絶句する。
「犯人はすぐ捕まったわ。衝動的な犯行らしくて、顔も見たこともない人だった」
「……そして家族を失った私は、キュゥべぇと出会ったの」
55: 2011/05/05(木) 14:25:09.32
『うっ、ぐす、うぅ……』
『……悲しいかい?』
『え……?』
『君の家族を頃した人間は、どうやら魔女に操られて自我を失っていたようだね。その憎しみは、正しい場所にぶつけるべきだよ』
『魔、女……?』
『そう、魔女だ。周囲に絶望をふりまき、人の命さえ奪うバケモノだよ。倒したいと思わないかい?』
『できる、の……?』
『できるさ。僕と契約して、魔法少女になってくれればね』
『魔法、少女……』
『そして、ひとつだけ願いを叶えてあげるよ。君の素質で叶う限りね』
『……人を、生き返らせたりは?』
『悪いが、それは無理だ。世界のルールに逆らうことになるからね』
『そう、それじゃあ―――』
56: 2011/05/05(木) 14:32:28.86
「それで、結局お願いしたのは、家族のお墓を沢山の薔薇で彩ってほしいっていう願いだったわ」
「……そう、だったんですか」
「ゲルトルートさん、あの……」
「いいのよ」
くす、と困ったように笑う。
「私も、話して楽になったの。ずっと一人だったから」
少しだけ、俯く。
「親戚にも預かってもらえないで、一人暮らしで、友達付き合いも魔法少女としての仕事が忙しくてできなかったから……」
「一人なんかじゃ、ないです」
「―――え?」
57: 2011/05/05(木) 14:39:48.50
「あたしも、魔法少女になって一緒に戦います! もう、ゲルトルートさんを一人にしません!」
「……ほんと、に?」
「わ、わたしも! わたしも一緒です!」
遅れて、エリーもワルプルギスに続く。
「いい、の?」
「はい、わたしもワルプルギスちゃんも他に友達いませんけど……」
「ちょっ!? それは言わないでいいって!!」
お仕置きだー、と言いながら、エリーの額にデコピンをくらわせるワルプルギス。
くらったエリーは少し涙目だった。
「……駄目だなぁ」
温かい時間に、ふと、涙がこぼれた。
58: 2011/05/05(木) 14:52:09.68
「私、しっかりしないといけないのにね。後輩を助けてあげないといけないのに……」
「弱みがあった方が魅力的じゃないですかー!それにその方が友達っぽくていいですよ!」
「友達……ふふ、そうね」
ごし、と涙を拭って、満面の笑みを浮かべる。
「それじゃ、願い事もちゃんと決めておかないとね」
「ふふん、あたしは決まってるから問題なしっと! エリーちゃんは?」
「え、えっと……まだ決めてなくて……」
「それじゃ、明日までに決めなかったら罰ゲームね!」
「え、ええっ!?」
「あら、それは面白そうね」
「ゲルトルートさんまで……」
59: 2011/05/05(木) 15:00:12.40
途端、ゲルトルートの表情が一変する。
「……魔女ね、二人とも、気を引き締めて!」
「了解です!」
「は、はい!」
タン、と地を蹴り駆け出した。
身体は別々でも、心は一つになっている気がした。
その姿を、ビルの屋上から一匹の小動物が見ていた。
60: 2011/05/05(木) 15:08:18.72
「―――うわわわわ、落ちるぅうう!!」
「ひぃいい、足の踏み場が無いよぉ……!」
セーラー服の干された糸に、必氏にぶら下がる二人。
「待ってて! すぐに足場を―――ッ!?」
嫌な予感を感じ、上空に顔を向ける。
飛来するは、スケート靴をはいた少女の下半身。
「くっ……!」
咄嗟に、それを鞭で叩き落とす。
だが、その一体では終わらない。
次いで、2体目が、3体目が飛んでくる。
61: 2011/05/05(木) 15:18:11.48
ヒュオ、と鞭をすばやく振り回し、まとめて弾き飛ばす。
「……二人とも! すぐに終わらせるから、少しの間だけ耐えて!!」
言葉が終わる前に、次の行動に移る。
鞭の速度をさらに上げ、迎撃能力を高める。
さらに、スケート靴の使い魔の数は増えていく。
「……魔女は、どこっ!?」
元凶を叩かねば負ける。
そう判断し、使い魔が来ている方向に目を向ける。
「……アレね!」
そうして、見つけたのはセーラー服を着た六本腕の魔女。
そちらに鞭を向ける。
だが。
62: 2011/05/05(木) 15:25:22.42
途端、魔女の生み出す使い魔の量が一気に増える。
「……な、」
それは、まるで洪水のような勢いで。
無数の使い魔が、ゲルトルートに飛来する。
もちろん、黙ってやられるわけにはいかない。
さらに鞭を振り回し、それを迎撃する。
だが、量が多すぎる。
完全に防ぐことはできず、何体かが掠り、身体に小さな傷をつけていく。
そして、
ゲルトルートの、鞭を持っていない左手が宙を舞った。
63: 2011/05/05(木) 15:31:09.64
ブシュウ、と勢いよく切断面から血が噴き出す。
「ゲルトルートさんっ!!」
悲痛な声が響く。
「……大、丈夫」
魔法で傷口を塞ぎ、血の流出だけは止める。
「そんな……!」
ワルプルギスは、ひどく後悔した。
なぜ、キュゥべぇを連れてこなかったのかと。
そうすれば、すぐに契約して助けることができるのに。
64: 2011/05/05(木) 15:37:32.92
だが、現実は理想とかけ離れるもの。
しゅる、と気付かぬうちに身体に鞭が巻きついていた。
「……え?」
見れば、エリーも同じだった。
その鞭の主は、ゲルトルート。
「……まさ、か」
くす、とゲルトルートが困ったように笑った。
「ごめんね、一緒に魔法少女っていうのは無理みたい」
「そんな……駄目ぇっ!」
「ありがとう……さよなら」
ヒュン、と勢いよく鞭が飛んだ。
二人を、結界の外へと投げ飛ばす為に。
65: 2011/05/05(木) 15:46:19.42
「……っぐ!」
「……っあう!」
結界からはじき出され、地面に叩きつけられる。
「ゲルト、ルートさん……」
立ち上がり、結界へと戻ろうとする。
だが、
「おーい!そこで何してる!」
警官が、不意に声をかけ、近付いてくる。
「怪我してるじゃないか、近くの交番で手当てを……」
「助けて……魔女が、ゲルトルートさんが!」
「……よくわからないが、まずは手当てだ。さあ、来なさい」
そして、思い出す。
魔女は一般人に見えないと、キュゥべぇが言っていたことを。
「……嫌ぁぁああああああああああああああああっ!!」
66: 2011/05/05(木) 15:52:57.28
「……立派な魔法少女になってね」
二人が結界の外へ出るのを見送って、ゲルトルートは魔女に向き直る。
「さて、何にしても魔女を放ってはおけないのよね」
タン、と細い糸を蹴り、魔女に向かっていく。
迎撃のため、使い魔が大量に吐き出される。
だが、臆することはない。
使い魔の迎撃も、回避も考えない。
ただ、魔女を倒すことに力を集中する。
両足の、腹の、頬の肉が抉られていく。
構いはしない。
そのまま、光の鞭を振り抜いた。
67: 2011/05/05(木) 15:58:36.50
景色が戻る。
だが、妙な感じだ。
首から下の感覚が無い。
そして、目を凝らして見えてきたもの。
八つ裂きにされた自分の身体。
首が千切れようが、身体を八つ裂きにされようが、ソウルジェムが無事なら再生可能。
それが、魔法少女。
だが、その光景に少女の心が耐えられるはずもない。
魂の宝石は砕け散り、そして、
魔女の卵が生み出された。
68: 2011/05/05(木) 16:04:21.42
「ちょうどいいタイミングだったね……」
呟くは小動物。
「マミの獲物にはピッタリかな。まどかの勧誘もはかどりそうだ」
その名前は、インキュベーター。
「どうやらワルプルギスの勧誘もしてくれたようだし、よく働いてくれたよ」
魔法少女を、契約によって生み出す存在。
「さて、行こうか。うまく立ち回って効率的にエネルギーを回収しないとね」
とん、とその場から跳ね、目的地を目指す。
ワルプルギスを魔法少女にするため、彼女の家へと。
72: 2011/05/05(木) 18:32:12.60
「……キュゥべぇ」
「やあ、大変だったみたいだね」
無感動に言い放つキュゥべぇに、少し苛立つ。
「他人事みたいに、言うんだね……」
「ゲルトルートのことかい? あれは彼女が選んだ道さ。君や僕がどうこう言うものじゃあない」
「でも、キュゥべぇがあの場に居れば……ッ!」
「そうだね。だけど、僕は君たちがまたパトロールに行くなんて聞いていなかったんだ。仕方ないだろう?」
「それは……」
言葉に詰まる。
そうして、ゲルトルートのことをキュゥべぇに当たることは筋違いだと悟る。
この時点では、そうだと思い込む。
73: 2011/05/05(木) 18:38:32.07
「力が欲しいかい?」
ばっ、と顔をキュゥべぇに向ける。
「君の力があれば、彼女のような悲劇も事前に防ぐことができるだろう」
「……本当に、そうなの?」
ああ、とキュゥべぇは肯定する。
「君の持つ素質は未知数だ。ゲルトルートをはるかに超える力を扱えるようになるだろう」
「あたしの、ちから……」
「さあ、どうする? すべては君次第だよ」
「……………」
74: 2011/05/05(木) 18:46:19.21
「……ねえ、キュゥべぇ、」
しばらく間を置いて、ワルプルギスが切り出す。
「あたしが家に帰って来た時、使用人の人たち、何て言ったと思う?」
「……さあ? とにかく、心配していたんじゃないかな」
「『こんな時間まで夜遊びして、服もぼろぼろにして、家の品位を落とさないでください』って言ったんだよ」
「なるほど、令嬢の使用人らしい発言だね」
そう、と力無く頷く。
「事情を知らないから仕方ないんだけど、それでも嫌だった。人が氏んだのに、家の評判を心配するなんて」
「……そうか」
75: 2011/05/05(木) 18:55:49.44
「キュゥべぇ、確か人を生き返らせるのは無理なんだっけ?」
「……ああ、ゲルトルートに対して、そう言った覚えがあるね」
ワルプルギスにそう言った覚えはないが、とは口に出さない。
「なら、あたしは自由になりたい。家の都合で生き方を決められたくない」
「それが、君の願いだね?」
うん、と力強く頷いた。
「いいだろう、契約は成立だ……」
「っく、う……!?」
苦悶の声をあげる少女の胸から、光の塊が生み出される。
「さあ、受け入れるといい」
それを、両手で掴む。
「―――それが君の、運命だ」
76: 2011/05/05(木) 19:03:03.09
「……大きい」
そう、確かに彼女のソウルジェムは大きかった。
両手を広げて、ようやくおさまるほどに。
「ソウルジェムの大きさは持ち主の魔力に比例するからね。それだけ君の力が強いのさ」
「…………」
「君の才能が目で見えるようになって、少しは自信が出たかい?」
「…………」
「まあ、今日はいろいろあったからね。お暇させてもらうとしよう」
す、とワルプルギスに背を向ける。
「そうそう、普段は指輪にして持ち歩くといい。その状態では不便だろうからね」
そして、小動物は姿を消した。
77: 2011/05/05(木) 19:10:55.90
どさり、とベッドに倒れ込む。
「魔法少女に、なったんだ……」
ソウルジェムを指輪に変化させ、それを嵌めた手を天井へとかざす。
「……ゲルトルートさん」
す、と胸の上にその手を置く。
「大丈夫です。あたしが、魔女と戦いますから……」
目を瞑り、届くようにと願いながら呟く。
「だから、ゆっくり眠っていてください」
氏んだ家族と再会できていればいいな、とせめて冥福を祈る。
その前に、人を呪う存在にされていることは知る由も無かった。
78: 2011/05/05(木) 19:20:45.63
そして、街のどこかで。
「―――と、いうわけさ。一人いなくなった分、二人も契約してしまってね」
「うわぁ、タイミング悪っ」
もぐもぐと、チーズを食べながら悪態をつく少女。
「それじゃ、ボクの取り分減るじゃん。めんどくさいなぁ」
「まあ、いいじゃないですか」
微笑みながら言う、物腰の柔らかい少女。
「同じ魔法少女なんですし、仲良くできればその方がいいでしょう?」
「はいはいそーだね、向こうにその気があれば、だけど」
79: 2011/05/05(木) 19:29:20.59
「そういう物言いはいけませんよ? 誤解を招いてしまいます」
「……ふん、ボクはどーせ子供だよ」
「あらあら……」
困ったように、丁寧な言葉遣いの少女が笑う。
「それにしても、一人の魔法少女が亡くなってしまったのは悲しいことですね……せめて、安らかに眠れますように」
「安らかに眠るだとか、そういうものは僕には理解できないんだが……『エルザマリア』」
「ふふ、そうですね。これは人間になってみないとわからないかもしれません」
「……ボクもあんまり理解できないけどね」
80: 2011/05/05(木) 19:37:57.16
「さて、ではどうします?『シャルロッテ』」
「決まってるじゃん……まずは、会ってからだよ」
要するに何も考えてないのだろう、と考え、エルザマリアはくす、と笑う。
「……今、馬鹿にしなかった?」
「ええ、少しだけ」
正直なのは悪いことではない。
だが、こういう場合は単にむかつく。
「……ったく。それじゃ、行こっか」
「……ええ」
そして、二人は夜の闇に姿を消す。
魔法少女としての使命を果たす為に。
81: 2011/05/05(木) 19:39:38.31
「……シャルロッテは、もうすぐタイムリミットかな?」
小動物の呟きは、誰の耳にも入らなかった。
86: 2011/05/06(金) 20:53:52.50
「ぶうぅううううん!」
煩わしい声を上げながら、落書きのような使い魔が飛びまわる。
空中にいるのは厄介だが、その動きは単調で、飛び道具があれば問題なく倒せるだろう。
そして、エリーが得た武器はちょうどよく遠距離戦に向いていた。
それは、投げナイフ。
『投げ』ナイフとはいうものの、術者が投げる必要はない。
空中に現出させ、標的へと自在に飛ばすのは序の口。
近距離ならば、直接相手に突き刺さるように生み出すのも可能だった。
武器としては、いささか貧弱に思える。
しかし、問題無い。
彼女の力の真髄はそこではない。
90: 2011/05/07(土) 13:34:54.65
正確な行動予測。
それをもたらすのは緻密な計算や魔法少女としての勘ではない。
そもそも、彼女が引っ込み思案である理由は周りから変に思われるのが嫌だからだ。
だからこそ、彼女は契約の際に願った。
他人に愛されたい、ではなく、変に思われないようにしてほしい、でもなく、
『他人の心の中を知りたい』と。
心を強制的に変えても、それは意味の無いことだ。
だから心を読み、できるだけ他人に好かれるよう行動する。
本人にとってはまともかもしれないが、実際それは歪んだものだ。
だが、だからこそインキュベーターにとって好都合な願いでもあった。
つまり彼女にとって最大の武器は、心を読む力なのである。
91: 2011/05/07(土) 13:41:15.54
「…………!」
シュッ、とナイフが瞬時に飛ぶ。
使い魔は4体。
ナイフも4本。
カカカン!と音を立て、壁に突き刺さる。
「使い魔は……」
見渡せば、仕留められ、消えていく使い魔が4体。
確実に倒すことができた。
よし、と小さくガッツポーズを作る。
ゲルトルートには及ばずとも、
自分も魔法少女としてやっていけると確信を持ちながら。
92: 2011/05/07(土) 13:51:54.99
くるくる、と杖を片手で回す。
使い魔より安定した結界で、魔女がどこかにいるのはわかっていた。
だが、どこを探しても見つからない。
はぁ、と溜息が出るも、慌てて表情を厳しいものにする。
「……こんなことで疲れてちゃ、ダメだよね」
探して見つからないなら、探さなければいい。
おびき出せないなら、呼ばなければいい。
頭上に杖を掲げ、魔力を収束させる。
空中に紫の球体が現出し、肥大化していく。
そして、
「―――吹っ飛べ!!」
炸裂。
衝撃波が、結界にあるものを悉く吹き飛ばした。
93: 2011/05/07(土) 14:01:56.18
景色が戻っていく。
倒せたのだろうが、結局魔女を見つけられなかった。
この分では、グリーフシードを見つけることもできない。
はぁ、と再び溜息をつく。
「なーにやってんのさ」
ばっ、と急いで振り返る。
「あんな強引な戦い方じゃ、この先やってけないよー? ま、新人だから仕方ないのかな」
「……魔法少女?」
そ、と現れた少女は肯定した。
94: 2011/05/07(土) 14:11:18.56
「ボクもアンタと同じで魔法少女。それなりにベテランの、ね」
ふふん、と少女が胸を張る。
ぺったんこなので威厳も何も無いが。
「……はぁ」
「ちょ、何そのリアクション!? 先輩だよ先輩!!」
「いや……だってさ」
コツコツ、と目の前まで近付く。
「こんなに小さいのに先輩って言われても、こう……」
ぽん、と頭に手を置く。
あ、なんか触り心地いいなー、と思っていると、その手を跳ね除けられた。
「……ムカついた。ぶっ飛ばす」
ぴき、と青筋がシャルロッテの額に浮かんでいた。
95: 2011/05/07(土) 14:18:56.37
「ええー、でも小さいのは事実―――」
「黙れぇ!」
「おわっとぉ!?」
即座に蹴りが飛んでくる。
間一髪で回避するも、足はそのまま壁に激突した。
ドゴォン!!と轟音を立てて壁が粉々に粉砕される。
「……わー、けっこーピンチ?」
「まだまだぁ!」
そのまま拳が繰り出される。
近距離はマズイな、と判断し、一旦距離を取った。
ヴォン、と空気の振動が遠距離でも伝わってくる。
「そんな怒らなくても……かわいくていいじゃん」
「うっさい! こっちは気にしてんだー!」
96: 2011/05/07(土) 14:34:38.49
「席が後ろの方だと黒板見えないし!」
ビュオ、と高速でワルプルギスに迫る。
「近所の小学生には同級生扱いされるし!」
ワルプルギスは即座に障壁を展開し、繰り出される拳を防ぐ。
「クラスメイトにはぬいぐるみみたいでかわいいとしか言われないし!」
武器は手甲と足甲か、と判断して対策を考える。
「レストランではお子様ランチ勧められるし、困ってるんだってーの!」
シャルロッテが腕に魔力を収束させ、思い切り障壁に叩きつける。
だが、その程度で破れはしない。
障壁を炸裂、シャルロッテを吹き飛ばした。
「っく……ちょっと、聞いてんの!?」
「あ、ごめん。何の話?」
ぶちん、と何かが切れる音がした。
「ふふ……上等じゃん、生意気な新人なんてボコボコに―――」
「はい、そこまで」
97: 2011/05/07(土) 14:46:16.46
とん、と少女が降り立った。
「魔法少女同士でケンカなんて、ダメだと言ったでしょう?」
「いや、ボクはケンカじゃなくて教育的指導を……」
ズゥン!!と轟音が響き、空気を震わせた。
少女の手には、巨大な、朱いトゲ付きのハンマー。
モーニングスターと呼ぶべきだろうか。
「……いけませんよ?」
「……ハイ」
一瞬でも、穏やかで優しそうなイメージを持ったのを後悔した。
怒らせると恐いんだな、とワルプルギスは脳内メモに書き記しておく。
「ワルプルギスちゃ……あれ?」
声がしてそちらに振り向けば、エリーが初対面の人物に驚いているところだった。
98: 2011/05/07(土) 14:55:43.74
「……自己紹介がまだでしたね」
くる、とシャルロッテの方を向いていたエルザマリアが二人の方を向く。
「私はエルザマリア、彼女はシャルロッテといいます」
以後お見知りおきを、と言って頭を深々と下げる。
思わず、釣られて頭を下げる。
「わ、わたしはエリーです」
少しどもりながら、エリーが自己紹介をする。
読心術を持つエリーが何も言わないのなら大丈夫だろうか、と思いながら、
「あたしはワルプルギス……二人とも、昨日から魔法少女になった新米だよ」
す、と手を差し出した。
エルザマリアもそれに応え、互いに手を握った。
99: 2011/05/07(土) 15:01:48.67
「……ボクの時と違わない?」
「いや、だっていきなり襲ってきたのそっちだし」
「むぅ……」
不満げに、頬を膨らませる。
「ふふ、まだまだ子供ですね」
「……うっさい」
「ふふ……」
くす、とワルプルギスとエリーもつられて笑う。
そこには、いまだ希望があった。
一人の少女が氏んでいても、まだ笑っていられた。
そう、まだこの時点では。
104: 2011/05/09(月) 20:22:19.12
四本足で白黒の、絵に描いたような使い魔が消し飛ぶ。
それは暗闇の魔女の手下であり、暗闇の中では強大な力を誇る。
だが、今、この時にはあまりにも無力だった。
魔女共々、己の特性を理解して明りの少ない場所に居た。
だが、照らされてしまえば。
そして、照らす光が強ければ。
魔女も使い魔も、ただ殺される家畜と同じである。
今の状況がそれだった。
エルザマリアの持つモーニングスター、それが太陽のごとく輝き、周囲を照らす。
戦いすらそこにはなかった。
ただ、動くことすらできず狩られるのみ。
「だぁああああああああっ!!」
ズドン、と轟音と共に、暗闇は消え去った。
105: 2011/05/09(月) 20:33:12.30
魔女にとどめをさしたシャルロッテの手に、チーズが落ちてくる。
それをそのまま、むぐ、と咥えた。
「……なんでチーズ?」
「ふひはははふぃひふぁふ」
「いや、食べてからでいいから」
がつがつと一気に食べつくし、ぺろり、と口の周りを舐めとる。
「……好きだからいいじゃん」
「へぇ……チーズが、ねぇ」
「なに? 文句でもあんの?」
「べっつにー? ただ、素手で掴むのは行儀が悪いんじゃないかなー」
「お嬢様らしい発言だね? 生憎ボクはびんぼーだからさ」
「……そんなこと、」
106: 2011/05/09(月) 20:40:58.60
「はいはい、仲良くしましょうね」
険悪になってきたところで、エルザマリアが間に入る。
「そ、そうだよ。ケンカはよくないって」
それに、エリーも加わる。
二人に諭されると、自分たちが子供のような気分になってしまう。
実際に子供ではあるのだが。
ぷい、と顔を互いに背けた。
ワルプルギスとシャルロッテ。
戦闘となると息が合うのだが、それ以外ではこの始末だ。
出会って数日とたっていないのだから、無理もないのだが。
107: 2011/05/09(月) 20:49:22.91
「そういう態度もいけませんよ?」
「はいはい、わかっ、て―――」
ぐらり、とシャルロッテの身体が崩れ落ちる。
「え……ちょっと!?」
ワルプルギスが、咄嗟に手を差し出す。
だが、間に合わない。
少女の身体は、地面へ倒れ伏した。
「ど、どうしたのよ一体!?」
身体を抱き上げ、ゆさゆさと揺らす。
「……エリーさん、救急車を!」
「は、はい!」
エルザマリアだけは、冷静に行動できた。
もっとも、心の中ではこの上なく動揺していたのだが。
108: 2011/05/09(月) 21:00:18.87
「―――それで、なんだって?」
しばらくして、病室に至る。
「……悪性の腫瘍、がんだって」
気の弱いエリーと、付き合いの長いであろうエルザマリアに気を使い、ワルプルギスが告げる。
言いにくそうで、辛そうな声だった。
「だ、大丈夫……きっと治るから、ね?」
エリーが自分にも言い聞かせるように言う。
だが、無理をしているのは簡単に見てとれた。
基本的に自分本位である、シャルロッテすらも。
それが気休めであるのは、他の二人の表情からも読み取れた。
109: 2011/05/09(月) 21:10:37.13
告げられたのだ。
命を救う立場の医者に、最大限の努力をするであろう人間に、
もう手遅れだと。
ただ、氏を待つ他に道は無いと。
ここまでもっている方が奇跡だと。
ぐ、とワルプルギスが爪が食い込むまで手を握りしめる。
彼女とシャルロッテは馬が合わないのか初対面から戦闘になった。
だが、だからこそ悔しかった。
目の前で苦しんでいる少女に、自分が何もできないことが。
しかし。
「ぷ、くく……」
かみ頃したような笑いが聞こえ、そして、
「ふふふ……あはははっ!」
快活な笑い声が、その場に響いた。
110: 2011/05/09(月) 21:22:18.48
「な、なんで笑って……!」
「だ、だって……ホンットバカ丸出しだからさ」
くく、とそれでもなお笑う。
「バ、バカってどっちよ! 氏ぬかもしれないっていうのに―――」
「だーかーら、それがバカなんだってば」
へ、と間の抜けた表情になる。
「普通の人間ならそうだけど、ボク達は魔法少女だよ? こんなことで氏ぬわけないじゃん」
ふふん、と初めて会った時と同じように自慢げな表情をする。
「……そっか」
よかった、と溜息をつく。
が、慌てて表情をキリッとしたものにする。
ワルプルギスは、安心した自分に少しだけ驚いていた。
111: 2011/05/09(月) 21:31:17.97
「それじゃ、退院祝いはチーズだね! とびきり美味しいのを食べさせてあげるわよ!」
「ふぅん……ま、期待しないでおくよ」
「ほほう……? 言うじゃないか。ならば金の力を見せてやるー!」
「うっわーサイアクだコイツー」
「うっさい! 友達の為なら金は惜しんでられないの!」
ぴく、とシャルロッテが固まった。
「とも、だち……」
友達、と小さな声で呟く。
ワルプルギスは、はたして意識して言ったのだろうか。
いや、そうではないだろう。
今ここで問い詰めれば、必ず焦って否定するだろうし。
そう思い、心の中が暖かくなった。
同時に、とても苦しくなった。
112: 2011/05/09(月) 21:41:39.72
「あ、そうだ! 二人はどうす……る、の?」
ワルプルギスは、振り向き、固まる。
エリーもエルザマリアも同じだった。
俯き、思いつめたような顔をしていた。
「……二人とも?」
繰り返すと、はっと我に返る。
「え、な、何が?」
「……ふーん、エリーちゃんやっぱ反抗期かぁ」
「ち、違うよ! ちょっと聞いてなかっただけで……」
焦るエリーに、はぁ、と苦笑しながら溜息をつく。
「ま、いいけど……退院祝いの話だよ」
113: 2011/05/09(月) 21:54:30.63
「そう、ですね……チーズはワルプルギスさんに取られてしまいましたし」
困りましたねー、と微笑みながら告げる。
一見、退院祝いに困っているような笑顔と錯覚する。
それが、無理をした笑顔だというのを、ワルプルギスには見抜けなかった。
「……ちょっと、今決めるのは難しいかな」
おずおず、とエリーが控えめに保留を提案する。
「うーん、そうだね……それじゃ、」
す、と椅子から立ち上がる。
「退院するまでの宿題! シャルロッテ、驚いて腰抜かさないでよー?」
びしぃ、と力強く指差す。
「ふふ……ま、期待せずに待つよ」
「期待しなさいってー。……それじゃ、また明日」
114: 2011/05/09(月) 22:03:53.15
たた、と三人の姿が消えるのを見送った。
病院内で走るなよー、という注意はシャルロッテから出るはずもない。
「……よかったのかい?」
一人になったはずの病室で、別の声が聞こえた。
「……キュゥべぇ」
「エリーとエルザマリアは気付いていたよ? 隠さずに、すがりつけばよかっただろうに」
「……いいのさ、これで」
ふ、と自嘲気味に笑う。
「まったく、感情と言うものは個体によって違いが多いな」
「……何の話?」
「いや、気にしなくていいさ。それより、君は現状をわかっているのかい?」
115: 2011/05/09(月) 22:15:38.60
「…………」
「君の願いは癒しとは関係ない。再生能力は期待できないよ」
わかっている。
それは、自分自身のことだから。
「まあ、彼女たちの手を借りるにしてもその病気とは相性が悪いかもね」
「…………」
「腫瘍のある部分を丸ごと作り直さないといけないからね。生半可な傷とはわけが違う」
「…るさい」
「しかも無意識に痛覚を遮断していたようだから、もう全身に転移しているようだし―――」
「うるさいっ!!」
機械的な話し方に苛立ち、思わず感情のままに叫ぶ。
116: 2011/05/09(月) 22:24:13.95
叫んだ少女は、肩で息をしている。
「……体力も急速に落ちてきているね、そろそろ限界かな?」
「そう、かもね……」
ぽす、とベッドに倒れ込む。
「……キュゥべぇ」
「……なんだい?」
「代わりに、謝っといてくれる、かな……」
弱弱しい声で、懇願するように告げる。
「ウソ、ついちゃったから、それに……」
ワルプルギスの、友達という言葉が頭に響く。
「結局、ケンカばっかりで何もできなかったしさ……」
117: 2011/05/09(月) 22:31:59.31
「友達、って言ってくれたの、アイツが初めてだったんだ」
くす、と少しだけ、寂しそうに笑った。
「ずっと病院暮らしで、友達なんていないまま、魔法少女になって……」
走馬燈のように、過去の出来事を思い出す。
「エルザマリアと会って、二人と会って……」
ああ、と落胆した。
自分の人生は、こんなにも中身が詰まっていなかったのかと。
「だから、さ、ウソついたままは嫌なんだ」
そして、途中で気づいて付け足す。
「ありがとう、とも言っておいてくれない? 『友達』って言ってくれて、うれしかったからさ」
そう言って、微笑んだ。
それが叶えば、未練などない。
そう言いたげな顔だった。
118: 2011/05/09(月) 22:33:07.58
「―――やだなあ、どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないんだい?」
119: 2011/05/09(月) 22:40:51.60
「……え?」
理解が、できなかった。
目の前の小動物が発した言葉の意味が、わからなかった。
「まあ、伝えようが伝えまいがその希望は絶望に変わるんだ。僕としては、どちらでもいいんだけどね?」
「どういう、こと……」
震える声で、回らない頭で、必氏に問う。
「そのままの意味さ。どうして君たちのことを魔法少女って呼ぶのか、理解できたかい?」
ふるふる、と首を横に振った。
わからないのではない。
認めたくないのだ。
「いずれ魔女になるからさ。そうして、君たちの生み出すエネルギーを僕が回収しているんだよ」
120: 2011/05/09(月) 22:50:04.16
「うそ、」
「嘘じゃないさ。君が今まで倒してきた魔女も、そのなれの果てだよ」
「うそ、だってキュゥべぇ、願い事を叶えてくれて、」
「ああ、ソウルジェムを生み出す際に願いのエネルギーが必要だからね」
「そん、な」
「君はお菓子、特にチーズをお腹いっぱい食べたい、だったかな?」
そう言う様子は、まるで嘲っているようだった。
「まったく、病気の完治を祈れば良かっただろうに。まあ、そのおかげでエネルギーをここで回収できるんだが」
冷たい言葉に、背筋ぞくり、とした。
いや、しなかった。
その前に、少女の魂は闇に包まれた。
「さて、と……どうやら『聞こえて』いるようだね」
話す相手の居なくなった病室に、声が響く。
その対象は、近くにはいない。
121: 2011/05/09(月) 22:56:17.17
びくん、と隣でエリーが驚いたように身体を跳ねさせた。
「……どうしたの?」
「あ、え……」
要領をえない返答だった。
おかしいと思い、問い詰めようと考える。
「だ、大丈夫! 大丈夫だから、ね!」
完全に、様子がおかしかった。
だが、呼び止める前に、少女は離れていく。
「それじゃ、また明日……っ!」
何かをこらえるように走っていった。
ワルプルギスは、何のことかまったくわからなかった。
エルザマリアも、真相には気付けなかった。
ただ、見送ることしかできなかったのだ。
125: 2011/05/10(火) 20:34:01.45
沈黙。
部屋の中に音は無かった。
だが、頭の中はその逆。
真実に、事実に、心をかき乱されている。
エリーはただ、頭を抱えるしか出来なかった。
「―――やあ、随分苦しそうだね?」
突如、声が聞こえた。
それは、現在の彼女にとって恐怖の対象。
小首を傾げる仕草も、小動物のような外見も、恐ろしくて仕方がなかった。
「……ひ、」
か細い悲鳴しかあげられず、じり、と後ずさりする。
「やれやれ、嫌われたものだね……契約した時にはこういう反応をしなかったのに」
事実、そうだった。
キュゥべぇを信じ切っていた彼女は、契約直後にソレの頭の中を覗こうとはしなかった。
126: 2011/05/10(火) 20:46:32.40
「君の能力は心を読む……いや、正確には相手の思考、記憶を読み取る能力と言うべきか」
正しくは、そうだった。
魔女や使い魔に、心があるとは言えない。
それは、絶望によって砕け散ったただの残骸。
もしくは、魔女によって生み出されたモノであり、『心』には程遠いもの。
「さて、どうする? 自分で全てを知るか、僕が全てを伝えるか」
『君は知らせた方が効率がいいからね。まあ、どちらでも同じではあるけれど』
耳を塞ぎ、魔法の使用も強制的にカットした。
『……残念だったね、テレパシーもあるんだよ』
やめて。
『さて、何から話そうか……そうだね、まずは君たちの役割について、かな』
やめて。
『君たちはこの宇宙にとって有用なエネルギー資源だ。だが、まあ君の場合はそれはおまけさ』
もう、やめて。
『ワルプルギスを魔女にするための、ただの踏み台のようなものさ』
127: 2011/05/10(火) 21:00:06.37
『彼女を見つけた時、僕に感情があれば歓喜しただろう。なにしろ、他に比べて数十倍の素質を持っていたからね』
『そのままエネルギーとしてもいいんだが、もっと効率的な使い方があってね』
『エネルギーを戦闘能力として使うことにより、強力な魔女を作り出すんだよ』
『そうすれば、たくさんの魔女を生み出すツールとなってくれる。僕達にとって、とても好都合なのさ』
『それだけではなく、さらに高い素質を持っている子がいてね?その子一人で数千、いやそれ以上の魔法少女を補えるのさ』
『そして、それを魔女にするのに必要なのがワルプルギス。普通の魔女では役不足なんだよね』
『つまり、君は踏み台の踏み台、というわけだ。まあ、一応宇宙の役に立てるんだから感謝してほしいな』
『……ああ、でも』
『もう、聞こえていないみたいだね』
128: 2011/05/10(火) 21:12:54.11
だらり、と腕を垂らしてエリーは転がっていた。
まるで、氏体のように。
「やれやれ、脆いものだね。感情の取り扱いは本当に難しい」
そう言っていても、想定内の事態だった。
魔女になろうが、ソウルジェムを砕こうが、ワルプルギスが絶望するのに変わりはない。
「さて、と……僕は帰るとしよう。あちらには面倒なイレギュラーもいることだしね」
まあ、代わりはあるからいいんだが、と呟く。
代わりといっても、無駄に消費するとある程度エネルギーが必要なのも事実。
だが、それだけのリスクを侵しても十分に元は取れる。
鹿目まどかさえ、魔女にしてしまえば。
感情のない、固定された表情の顔をあげる。
そのまま、消えるようにその場を離れた。
129: 2011/05/10(火) 21:18:03.79
「あ、は」
一人になった部屋で、声がやけに響いた。
「あ、はは、は……」
笑い声。
絶望しか持たない笑い。
「ふ、あはは、は」
見開かれた目は、瞳孔が開いていた。
口の端からは、だらしなく涎が垂れていた。
「あっは、はひゅ、ふ、えひゃはははははぁ!!」
人間ではなかった。
もはや、獣だった。
133: 2011/05/11(水) 21:16:15.93
「ちょっとー、なんなのー? ずっと前から約束してたじゃーん?」
「悪い悪い……ちょっと仕事がな……」
ああ、ウザい女だ。
さっきからベタベタと気持ち悪い。
店でちょっと優しく相手をしてやってたらこれだ。
「えー? 仕事って他の女と話すんでしょー? やだー」
腕を絡め、顔を近付けてくる。
趣味の悪い香水の臭いに、吐き気がした。
「それでもさ、俺が働かないと君も困るだろ? 許してくれよ」
「うーん、しかたないなぁ」
ん、と顔を近付けてくる。
キスは嫌だったが、仕事に行くためだ。
クソうぜえ女―――
「『クソうぜえ女だな、そのアホ面へこますぞ』」
135: 2011/05/11(水) 21:25:09.97
背後の声に、急いで振り返った。
「正直に言えばいいじゃないですか。『テメーは金のために相手してやってんだよ』って」
「な、なによアンタ! いきなり出てきて失礼な……!」
「へぇ……彼氏と別れて寂しいからホスト通い? あわよくば身体も慰めてほしいって?」
「なっ……」
図星を言い当てられ、真っ赤になる女。
どうせ当てずっぽうで言っているんだ、という発想も起こらない。
「おいおいお嬢ちゃん、あんま大人の事情に首突っ込まない方が……」
「今日の仕事はお気に入りの子の予約だからさっさと行きたいんですよね? だったら、そう言えばいいじゃないですか」
じり、と男は後ずさった。
気味が悪かった。
心の底を見透かされているようで。
その目は、何も見ていないようで。
「正直に言えばいいじゃないですか。『テメーは金のために相手してやってんだよ』って」
「な、なによアンタ! いきなり出てきて失礼な……!」
「へぇ……彼氏と別れて寂しいからホスト通い? あわよくば身体も慰めてほしいって?」
「なっ……」
図星を言い当てられ、真っ赤になる女。
どうせ当てずっぽうで言っているんだ、という発想も起こらない。
「おいおいお嬢ちゃん、あんま大人の事情に首突っ込まない方が……」
「今日の仕事はお気に入りの子の予約だからさっさと行きたいんですよね? だったら、そう言えばいいじゃないですか」
じり、と男は後ずさった。
気味が悪かった。
心の底を見透かされているようで。
その目は、何も見ていないようで。
136: 2011/05/11(水) 21:33:46.06
「ね、ねえショウ? こんなのほっといて行こうよ……」
ぐい、と女が男の服の袖を引いた。
「お、おう……」
先ほどまで嫌悪の対象だった女の言葉も、心強い助け船に聞こえた。
そそくさとその場を足早に後にする。
「……さらけ出しちゃえ、みんな、みぃんな」
ニタァ、と少女の口角が吊り上がった。
「本心で話してさぁ! 感情を吐き出してさぁ! それならみんなシアワセだよねぇ!?」
狂ったように身体を跳ねさせ、天を仰ぐ。
「あっははははは!! そうすれば恐いものも無いんだよ!! みんなみんなウレシイんだよ!!」
正常時に比べ、話し方が明らかにおかしかった。
まともな思考など、してはいない。
人格の根幹をなす、心がすでに壊れているのだから。
137: 2011/05/11(水) 21:44:58.90
「―――エリーさんっ!!」
凛、とした声がエリーの耳に届いた。
「エルザマリア、ちゃん?」
ニヤァ、と気味の悪い笑みを浮かべる。
エルザマリアは、背に何か冷たいものを感じた。
「どうしたんですか、ワルプルギスさんがいくら連絡しても返信が来ないって……」
「それで空気読めないヤツとかサイッテー、チームワーク乱れるだろカス、って思って探しに来たってトコ?」
その時、ようやくエルザマリアはエリーの目を見た。
空虚で、何も見ていない目。
それでいて、そこにはまるで何かがあるかのように虚空を見つめる目。
ひ、と思わず後ずさった。
「……気持ち悪いよねぇ、恐いよねぇ、さらけ出しちゃいなよ、全部、さぁ!」
138: 2011/05/11(水) 21:55:56.46
だが、折れない。
エルザマリアは、そこまで弱くない。
ぎゅ、と拳を握りしめ、キッと前を見つめる。
「……あーあーつまんない、予想通りだったのは恐怖だけかー。聖人君子サマか何か?」
呆れたように、見下したように、エリーが告げた。
「わたしと違っていい人だねぇ……人の心を盗み見るような人間とは」
「そんな、こと」
「ああ、同情ならいらないよ? わたしが空しくなるだけだからさ。 そういうの、ウザいんだよね」
くる、とエリーが逆の方を向く。
「もっと遊びやすい人探しに行くよ。 言っておくけど、ついてこないでよね?」
そのまま、駆け出した。
エルザマリアには、伸ばせる手も、踏み出せる足も無かった。
139: 2011/05/11(水) 22:02:29.40
ぽん、と肩を叩かれた。
「……ごめんね。あの子、いつもはああじゃないんだけど」
「ええ……わかっています」
それでもダメージが大きかったのか、声は震えている。
その大部分は、面と向かって責められた恐怖ではない。
変貌してしまった少女へ向けた、悲しみだった。
「あの子のことは、任せといて」
す、とエリーが去った方向に、ワルプルギスも足を向ける。
「ちゃんと元の優しいエリーちゃんに戻しとくから、心配ないよ」
「大丈夫、なんですか……?」
「もちろん」
くす、と小さく笑った。
「……だって、友達だから」
140: 2011/05/11(水) 22:06:19.78
「ふ、ふふ、あ、ははは」
みんな、みんなさらけだせ。
「ふへ、へは、ひふふ……」
全部、ぜんぶ壊れちゃえ。
わたしのこころと同じように。
みんな、みんなこわれちゃえ。
だって、平等なら、
ぜんぶぜんぶ、おんなじなら、
なにもこわく、ないでしょ?
「……エリー」
141: 2011/05/11(水) 22:16:01.10
ベンチに座り、気味悪く笑い声をあげていたエリー。
その隣に、どかっと遠慮なく座る。
「ったくもー、あたしの運動神経なめんなよ?」
言いながらも、肩で息をしていた。
おそらく、必氏に追いかけたから、すぐに追いつけたのだろう。
「ホンットどこで育て方間違えたのかねー、他人にあんなこと言う子だった?」
はぁ、と溜息をつく。
だが、面倒くさそうな顔をしながらも、そこには笑顔があった。
ぎぎ、と錆びついた機械のようにエリーの首がそちらを向く。
「何? お説教? さっすがお嬢様はわたしとは違うねぇ」
虚ろな目で、睨みつけながら言葉を吐く。
「いっつもいっつもうざったいんだよねぇ、そういうキャラでも作ってんの?」
142: 2011/05/11(水) 22:26:02.09
「人が嫌がってるのにさぁ、無理矢理絡んできて、面倒くさいんだけど?」
吐く。
「それで内心では他人をバカにしてんでしょ? あーあ、酷い女」
ただ、傷つけるために。
「自由が欲しいってのも馬鹿馬鹿しいよねぇ、贅沢な暮らししてるんだから、我慢しろってーの」
責めるための言葉を吐き続ける。
「それで何? 保護者面して、そんなのいけませんよーって? 何様のつもり?」
目の前の少女を、傷つける。
「さっさとどこかに行ってくれないかなぁ、見てるだけでウザいんだから」
「……それだけ?」
143: 2011/05/11(水) 22:35:18.15
え、と思わず聞き返した。
「うーん、エリーちゃんが素直になったら、もっと文句言ってくると思ったのになー」
いやー結構愛されてるなあたし、と誇らしげに頷く。
「何言ってんの? だからうざったいって―――」
「うん、だから思ってくれてるじゃん?」
にっこり、と快活な笑みを浮かべた。
「『好き』の反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』、あたしは十分幸せだよ」
「バッカじゃないの? 嫌われて、罵られて喜ぶなんて……」
言い終わる前に、エリーをぎゅう、と抱きしめた。
「そういうもんでしょ、友達って……怒って、泣いて、笑って、喧嘩もするよ」
だから、と頭を優しく撫でた。
「我慢しなくていいからさ、もう、全部ここで吐き出しちゃっていいよ。全部、ね」
「……あ、」
じわ、と涙が溢れた。
そのまま、エリーもワルプルギスの背に腕を回した。
144: 2011/05/11(水) 22:41:39.70
「……うん、我慢しなくていいからさ、ゆっくり泣いていいんだよ」
優しく、背中と頭を撫でてやった。
しばらくそうしていたが、すぐに押し返され、離れる。
「……ありがとう」
ぼそ、と呟くようにエリーが言った。
それを聞いて、ワルプルギスも満面の笑みを浮かべる。
「それじゃ、エルザマリアにも謝りに行こっか? そのままじゃあ、もやもやするでしょ?」
す、と手を差し出す。
「……エリー?」
だが、反応が無い。
いつもなら、おずおずと手を掴んでくるのに。
145: 2011/05/11(水) 22:42:23.68
「……ごめんね」
146: 2011/05/11(水) 22:50:45.51
「……え?」
どうしてか、その言葉がやけに胸に突き刺さった。
ただの、謝罪の言葉なのに。
そして、エリーが黒い塊を差し出す。
「グリーフ、シード? でも、これって……」
黒く、輝きは存在しなかった。
けれど、それは確かに、
エリーのソウルジェム、それに間違いは無かった。
「やっぱり、優しいよね……だけど、さ」
自嘲したような笑みを、口元に浮かべる。
「だからこそ、わたしみたいなのは傍にいちゃいけない、そう思うの」
その目からは、大粒の涙。
「―――だから、ごめんね」
その雫が、ぴちゃ、と音を立て、ソウルジェムを濡らした。
147: 2011/05/11(水) 22:54:44.85
衝撃。
気付けば、十数メートル吹き飛ばされていた。
「う、そ」
ソウルジェムが砕け、そこから何かが生まれてくる。
この感覚は、数回程度しか味わったことがない。
だが、間違うはずはなかった。
「そんな、こんな、こんなこと……!」
否定に意味は無い。
そこで、彼女が感じたもの。
それはまぎれもなく、
魔女の、ものだった。
151: 2011/05/13(金) 20:54:38.05
エリー『だったもの』から奇妙な箱が現出する。
まるで、テレビのような箱。
ヴン、と画面に光がともる。
「……え、」
少女が一人、映っていた。
その姿には見覚えがある。
見違えるはずもなかった。
「エ、リー」
ワルプルギスは、目を見開いて固まった。
事実に、現実に、理解が追いつかない。
152: 2011/05/13(金) 21:01:37.78
箱は、静止していた。
相手の出方をうかがっているのではない。
早く消してくれ、できないなら逃げろ、と言っているようだった。
だが、ワルプルギスは動けない。
さっきまで、エリーはそこにいたのだ。
きっと、きっと、これは悪い夢だ。
こんなことが、ありえるわけがない。
心の中でそう叫ぶ。
だが、目の前の現実は消えてくれはしない。
さらに、悪化する。
ボコボコ、と空中に何かが湧いた。
それは、どんどん人の形になっていく。
使い魔。
だが、笑顔の天使に見えた。
153: 2011/05/13(金) 21:07:04.88
ビュオ、と使い魔が飛来し、ワルプルギスに襲いかかる。
思わず、目を瞑った。
「―――ひ、」
バヂィ!!と何かがそれを防いだ。
障壁。
自分が作った障壁だ。
無意識に戦闘態勢に入っていたのか、自分の装束が魔法少女のものに変わっていた。
それを知覚して安堵するも、落胆した。
自分は友達を敵だと思うほど冷たかったのか、と悲しくなった。
154: 2011/05/13(金) 21:11:56.72
そして、その考えにまた自己嫌悪に陥る。
目の前の魔女が元は友達だと、どうして思ったのか、と。
自然なことで、その判断は的確ではあった。
だが、納得ができない。
頭で理解してはいる。
それに感情が追いつかない。
当然ではあった。
彼女の年齢で、割り切れという方が無理な話だ。
155: 2011/05/13(金) 21:16:08.22
そして、彼女が取った選択。
逃亡。
逃避。
逃走。
目の前の魔女を倒す、そんな思考は最初から無かった。
ヒュオ、と魔方陣を展開し、高速で飛行する。
使い魔の移動速度は速くなかった。
結界も生まれたばかりの魔女だからか、大きくはなかった。
彼女は、魔女から逃げ出した。
156: 2011/05/13(金) 21:19:16.49
結界から出てしまえば、一般人の人目につく。
変身を解いた。
走った。
がむしゃらに走った。
息が切れた。
足がもつれた。
転げそうになったが、持ちこたえた。
だが、そのまま座り込んだ。
立ち上がれそうもなかった。
157: 2011/05/13(金) 21:24:43.42
「ワルプルギス、さん」
声がした。
「エルザ、マリア……」
力なく、その方向に顔を向ける。
「あの、エリーさん、は……?」
意味のない問いだった。
顔を見れば、良い結果で無かったことなどわかる。
だが、諦めたような目をしているワルプルギスを見ているだけではいられなかった。
「……ねぇ」
震えた声。
虚ろな目で、空を見上げる。
「どうして、こんなことになっちゃったのかな」
158: 2011/05/13(金) 21:34:37.24
「なに、予定調和さ。彼女はああなるのが役割だったからね」
「キュゥ、べぇ?」
気付けば、その場に小動物がいた。
「彼女の能力は、武器にもなり弱点にもなる。彼女はシャルロッテの最期の絶望の声を聞いてしまった」
「……まさか、シャルロッテも?」
ああ、と平然と肯定した。
「魔法少女の最期とはそういうものさ。魔女になるか、戦って氏ぬか。僕としては前者が好ましいんだが」
「どう、して」
「そうすれば、大量のエネルギーが生まれるのさ。僕はそれを回収する役割を担っているんだよ」
159: 2011/05/13(金) 21:44:48.16
「……じゃあ、あなたはみんなを魔女にするために?」
「そうだね。簡潔に言えば、その通りだ」
「どうして……そんな酷いことを……!」
エルザマリアが、涙をこらえながら、拳を握りしめながら叫ぶ。
「別に、それ自体が目的ではないさ。これはこの宇宙を存続させる、効率的な方法のひとつなんだよ」
「なに、それ……」
「まあ、詳しい説明は省くが、宇宙の危機を乗り越えるため、感情エネルギーが必要なのさ」
「だからって……!」
「……どうしてそんなに怒るんだい?一定数の少女と、人類を含むこの宇宙のあらゆる生命。どちらを優先すべきかは一目瞭然だろう?」
「命を比べている時点で、おかしいのよ……!」
160: 2011/05/13(金) 21:49:51.69
はぁ、とインキュベーターは溜息をついた。
「……君たち人間は家畜を頃しているが、それにいちいち躊躇しているのかい?」
「……何、を」
「つまり、それと同じことさ。これは必要な犠牲だった……そう、仕方のないことなんだよ」
「ふざけ、ないで……!」
「僕から見れば、ふざけているのは君たちさ。他の個体の生き氏ににこだわって、一体何になるんだい?」
その言葉に、決定的な溝を感じた。
何をやっても、何を話しても、
『コレ』とわかり合うことはできない、そういう確信があった。
161: 2011/05/13(金) 21:58:50.45
「まあ、ようやく下ごしらえも整ってきたところだ。ワルプルギス、よろしく頼むよ」
「……何が」
「シャルロッテが、エリーが魔女へと変わった。絶望をふりまく存在にね……ああ、ゲルトルートもだったか」
ぴく、とゲルトルートの名に反応した。
彼女までも魔女になっているとは思っていなかったのだろう。
「君の絶望は蓄積してきているだろう? どうしようもない現実に。君が魔女になるのは僕にとってとても有益な出来事なんだよ」
「誰が、そんなこと……」
「魔法少女としての力が高ければ高いほど、強い魔女が生まれる。君には、さらに絶望を撒き散らしてもらいたいのさ」
ぞっとした。
気味が悪かった。
「ある少女を魔女にするために君の力が必要なんだよ。そう、とても強力な魔女が、ね」
「ある、少女……?」
162: 2011/05/13(金) 22:09:47.52
「そう、その子はとてつもない才能を持っていてね。単体で他の魔法少女が用済みになるほどの力があるんだ」
「それなら、他の子は契約する必要なんて……っ!」
「そうは言っても、環境を整えないと難しいのさ。それと、彼女だけが契約しても結果は同じさ」
え、と意表を突かれ、言葉に詰まった。
「言ったろう?魔法少女の力が強ければ強いほど、魔女の力も強くなると。当然、その子も例外じゃない」
「生まれた魔女は人類を殲滅しかねないだろう。そうすれば、最終的に行きつく先は同じさ」
「そ、んな……」
「そういうことだ。まあ、彼女たちの犠牲を無駄にしないためにも、君が魔女になればいいんだよ」
「どの口で、そんな……!」
「僕は無駄というのが嫌いでね。まぁ、リスクをおかすほどのメリットがあれば別だが」
163: 2011/05/13(金) 22:14:31.37
「それじゃあ、魔女になってくれたらまた会いにくるよ。待ってるからね!」
す、とインキュベーターが背を向ける。
ワルプルギスは、一つの衝動に支配された。
それをして、意味があるかはわからない。
だとしても、止まる理由にはならない。
宝石が輝く。
服装が変化する。
右手に杖が現出する。
右手の杖を、振りあげる。
そして、そのまま、
勢いよく、振り下ろした。
164: 2011/05/13(金) 22:20:14.43
白い肉片が、弾け飛んだ。
「あ、は……」
満足感に浸りながら、笑みを浮かべる。
「あはははは!! 偉そうにしといて、随分とあっけないねぇ!?」
「……やれやれ、もったいないじゃないか?」
振り返る。
飛び散った肉片の元と、寸分たがわず同じものだった。
「この身体はいくらでも代わりがあるけれど、無駄に消費しないでほしいんだが……」
ぴょん、と肉片へと跳び、それを食べていく。
共食いではなく、回収。
見ているだけで、そう感じ取れた。
165: 2011/05/13(金) 22:22:50.25
す、とワルプルギスがそれに背を向けた。
「あ、あの……?」
「……帰る」
呟き、歩き出す。
その胸に、希望は無かった。
だが、絶望も無かった。
虚構。
彼女の心には、ぽっかりと穴が開いてしまった。
171: 2011/05/14(土) 14:11:08.05
ふと思い立ち、こんなところまで来ていた。
小さい頃、通っていた教会。
ここでは、他とは違う話を聞かされた。
新しい時代には、新しい信仰が必要だと。
信者はみるみる減っていった。
けれど、私はその話が好きだった。
古い考えにとらわれず、必氏に世を救おうとする姿勢。
それに心打たれたのだ。
自分もそうありたい、そう思った。
172: 2011/05/14(土) 14:17:27.19
結果、この教会の神父は破門された。
教義に無いことを語っていたのだ。
怪しげな新興宗教とも、反逆ともとれた。
私もそのうち、家族に通うのをやめさせられた。
父も母も、神父の話を聞こうとしなかった。
神父は生活に困っていた。
彼には、妻と二人の娘がいた。
私はいつも祈っていた。
その家族が、救われるように、と。
そんな頃、キュゥべぇと出会った。
173: 2011/05/14(土) 14:26:34.53
『契約すれば、君は戦いの運命に身を投じることになる』
『……大丈夫です、そのくらいの覚悟はあります』
『なら、願いを一つ言うといい』
『……願い?』
『そう……契約の条件として、僕は君たちの願いを一つだけ叶えることになっているのさ』
『……それは、誰かを幸せにしてほしい、というものでも?』
『構わないさ。自分より優先したいものがあるのなら、ね』
『……なら、決まりました』
『早いね、僕としては願ってもないことだが』
『ある神父さんを、救ってあげてほしいんです』
『……いいだろう、救えばいいんだね?』
174: 2011/05/14(土) 14:30:46.09
そうして、契約した。
だが、今、その教会はさびれ、廃墟と化している。
願いが叶わなかったのか、それとも聖職者でなくなったのか。
今となってはわからない。
ただ、懐かしい感覚を受けながら、中へと入った。
「……あら?」
先客がいた。
赤い髪を、長く伸ばした少女。
気に食わないことでもあったのか、リンゴを乱暴に食べている。
175: 2011/05/14(土) 14:39:11.49
「……ん?」
少女も、自分に気付いた。
リンゴの袋を傍に置き、少しだけ歩み寄ってくる。
「おいおい、こんな所に何か用か?」
「……ああ、すみません。少し懐かしかったもので」
「懐かしい……?」
なんだそれは、意味がわからない、という風に顔をしかめる。
そして、少し驚いたように、
「あんたまさか、親父の話を……?」
その言葉で、ふと思い出した。
神父には、娘がいた。
普通に成長していれば、このくらいの少女になっているのではないか、そう思った。
176: 2011/05/14(土) 14:49:20.84
「……そっか、あんたは親父の話を真面目に聞いてくれてたんだな」
「ええ、今の時代に合った信仰で世を良くしようとする考え、素晴らしいものでした」
微笑んで返すと、少女は悲しそうに俯いた。
「……ごめん、あんたがそう思ってるのは、あたしのせいだ」
え、と意表を突かれて固まった。
「親父の話は、誰も聞いてくれなかった。あたし達は、毎日食うものにも困る有様だった」
リンゴを見つめながら、少女は悲しい目をしていた。
「そんな時、あたしは願い事をひとつ叶えてくれるって奴に出会った。当時は手放しで喜んだよ」
「……それって、」
「それで、願ったのさ。『みんなが親父の話を真面目に聞いてくれますように』って、ね」
「……!」
177: 2011/05/14(土) 14:56:12.44
「だから、あんたがその話を良く思ってるのも―――」
「違います!」
え、と今度は少女が意表を突かれた。
「私は、皆さんが話を聞く前から好きでした。その話を、心から素晴らしく思っていました!」
「……そっか、そういう人もいるんだな。多分、親父も喜ぶよ」
少女は、悲しそうにまた俯いた。
暗いものを感じ取り、エルザマリアが問う。
「あの、神父さんは……?」
「……そうだね、なら、さっきの続きを話そうか」
178: 2011/05/14(土) 15:06:49.10
「しばらくして、魔法で信者を増やしてたのがバレたんだよ。あたしの事を、人を惑わす魔女だって罵ったさ」
魔女、という単語に反応してしまった。
魔法少女は、いずれ魔女になる。
ある意味、その神父は物事の本質を見抜いていたのかもしれない。
「それから親父は酒に溺れて、頭がイカれちまった。家族もメチャクチャさ。そしてついに……」
ぐ、と言いにくそうに一瞬躊躇った。
「家族そろって無理心中さ。あたしだけを残して、ね」
家族の最期を、悲しく思った。
だが、それより引っかかることがあった。
「……あの、」
「ん、何だい?」
「無理心中って、前触れはあったんですか? 氏にたいって呟いたりとか……」
179: 2011/05/14(土) 15:14:25.55
少女の顔が曇った。
さすがにきつい質問だったか、と後悔する。
「いや、特に無かったよ。ただ酒を飲んでぐーたらしてただけさ」
「本当に、何も?」
「ああ、急に何かにとりつかれたように―――」
その言葉に、目の前が真っ白になった。
泥沼の人生なら、それは地獄ではないだろうか。
ならば。
それならば、『氏』は『救い』たりうるのではないだろうか。
だとしたら、
自分が目の前の少女の家族を頃したことになる。
180: 2011/05/14(土) 15:19:45.91
がくん、とその場に崩れ落ちた。
「お、おい!? どうしたんだよ!?」
駆け寄ろうとして、少女が止まる。
何かに気付く。
エルザマリアも、同時に気付いた。
魔女の気配。
「……っち、悪いね、用事ができちまったらしい」
「あ、待って……」
伝えなければならない。
謝らなければならない。
あなたの孤独を作り出したのは私です、そう言わねばならない。
だが、足に力が入らなかった。
制止を聞かず、少女は駆け出した。
エルザマリアは、その場で顔を覆って、自身の愚かさに涙を流すしかなかった。
186: 2011/05/15(日) 09:48:16.43
「―――はっ」
息を整え、相手の追撃に備える。
だが、速い。
双爪を両手に携えた少女は、杏子に絶え間なく攻撃を仕掛ける。
「ホラホラァ!! 愛が全ッ然足りないよぉ!!」
そもそも、手数が違うのだ。
その上、目で捉え切れぬ速度。
傷は蓄積し、体力は消耗していった。
そして、
ギィン、と槍が上空へ跳ね飛ばされる。
ああ、終わりか、そう思った。
つまらない人生だったと、少女ながらに悟った。
ニタァ、と狂った魔法少女の得物が眼前へと迫る。
―――そして、
「あたしの『友達』に、何してくれてんのよ」
ガギィン!!と今度は双爪が弾かれた。
「―――え、」
呆然とした。
そこにいたのは、先ほど口論をして別れた少女。
「さや、か?」
そんな電波を受信した
娘ができたなら夫婦……いや、婦妻で育てればいいじゃない
超速再生と痛覚遮断でキリカの武器を身体に突き刺したまま相手の身動きを取れなくするさやかのバトルとか
またまともな構想も無しに書いてしまいそうだなぁ
187: 2011/05/15(日) 09:54:07.57
コツ、コツとただ靴音が響いた。
二人の間に会話は無い。
嫌っているのではない。
むしろ、どちらも仲間との関係は良好にしようとするタイプ。
だが、二人には心に余裕が無かった。
その瞳は、もはや光を灯さない。
ただ、濁りきっていた。
悲しみに。
自己嫌悪に。
絶望に。
だが、歯車は止まらない。
世界は少女たちの心など気にもかけない。
タイムリミットは、すぐそこだった。
188: 2011/05/15(日) 10:02:59.82
ブォン、と耳障りな音が響いた。
「……来るよ」
「……はい」
高速で襲い来る使い魔。
音も相まって、バイクで走り回る暴走族のようだった。
数十のそれを、一体一体潰すのは面倒極まりない。
ならば、一網打尽にする。
ワルプルギスが杖に魔力を収束する。
出し惜しみはしない。
そんなことを考える余裕はない。
感情のままに、力を解放する。
ゴパァ!!と使い魔の群れが結界内の地形とともに消し飛んだ。
189: 2011/05/15(日) 10:11:11.64
「―――アレ、か」
綺麗になった視界の先、銀色の輝くもの。
魔女だろう、と判断した。
とん、と二人が地を蹴る。
魔法で加速。
人間とは思えぬ速度で接近する。
魔女も、迎撃を試みる。
使い魔が生み出され、魔女を取り囲む。
そして、そのまま周囲を回り始めた。
盾のつもりだろうか。
だが、無意味だ。
ワルプルギスが再び魔力を収束。
―――解き放つ。
190: 2011/05/15(日) 10:16:42.14
使い魔は、一掃できた。
だが。
「……ち、」
魔女は無傷。
その輝く身体を保ったままだった。
「鏡、か」
そう、鏡。
魔女はその光を反射する特性でもって、ワルプルギスの攻撃を凌いだのだ。
ワルプルギスの攻撃はエネルギー体に近い。
魔女であるから、魔法少女の力も弾けるのだろうか。
だが、突破口はある。
ワルプルギスは、一人ではないのだ。
191: 2011/05/15(日) 10:23:46.03
ヒュオ、と使い魔を一掃され、丸裸になった魔女の頭上にエルザマリアが跳ぶ。
その手には、巨大なモーニングスター。
そう、鏡だから光を反射するのなら。
物理攻撃で、叩き割ってしまえばいい。
「―――ハァッ!!」
ミシゴキベキィ!!と銀色が砕け散る。
砕けた表面の下に、『中身』が見えた。
ならば、そこからはワルプルギスの仕事だ。
再び魔力を収束。
そして、
容赦なく、吹き飛ばした。
192: 2011/05/15(日) 10:32:47.92
景色が戻っていく。
カラン、と軽い音を立ててグリーフシードが落ちた。
あれだけの攻撃をしても無事なのか、と少しだけ驚く。
「……この魔女も、元は魔法少女だったんだよね」
ぽつ、と魔女の卵を握りしめながら呟く。
「じゃあ、あたし達は同類を頃してるってことになるの、かな……?」
震える声で、否定を望むように声が絞り出された。
それは、右も左もわからぬ子供が初めて自分の失態に気付いたようで。
失敗しても仕方ないことを押し付けられて、
それでも、失敗という事実に苦しめられているようで。
193: 2011/05/15(日) 10:39:42.30
「―――そうでも、ないですよ」
返すのは、否定の言葉。
「彼女たちは、きっと正義の魔法少女を夢見ていた。だというのに、呪いをふりまく存在になってしまったんです」
一瞬、言いにくそうに躊躇った。
「多分、それはきっと氏ぬよりも辛い……だからこれは救いなんだと、そう思うんです」
顔を伏せ、俯いた。
その様子に困惑しながらも、ワルプルギスは少しだけ心が軽くなった気がした。
「……そう、だよね。みんな、こんなこと本当はしたくないはずだよ」
ふふ、と疲れたように笑った。
ゲルトルートも、シャルロッテも、エリーも。
せめて救われていてほしい、そう思った。
「だけど、私に救う資格は無いと、わかったんです」
194: 2011/05/15(日) 10:46:24.20
「―――え?」
突然の言葉に、固まった。
「……ワルプルギス、さん」
「な、に?」
ふふ、とエルザマリアは笑っていた。
全て諦めたような、そんな笑顔。
「私は、犯罪者なんですよ。罪も無い家族を皆頃しにした、殺人鬼なんです」
懺悔するよう、告白するように告げる。
「そんな……そんな血にまみれた私の手で他人に救いを与えるなんて、おこがましいと思いませんか?」
「そん、な、事……!」
195: 2011/05/15(日) 10:51:34.00
ワルプルギスは、否定する。
目の前の少女が何者だろうと、何をしていようと、
もう、目の前で絶望を見るのは耐えられなかった。
「あなたは、本当に優しいですね……」
必氏な様子を、少しだけ嬉しく思った。
だが、好意を受け取れはしない。
す、とソウルジェムを前に突き出した。
「それ、は……! 早く、浄化を……ッ!」
だが、手で制される。
「……もう、いいんですよ」
「そんなっ!」
196: 2011/05/15(日) 10:58:30.12
濁りきったソウルジェムを前にして、何もできない。
これでは、エリーの二の舞だ。
けれど、無理矢理浄化することはできなかった。
弱弱しくも、強いエルザマリアの言葉が彼女を止めた。
「罪人の私は、魔女の姿がお似合いなんです、だから、いいんですよ」
覚悟を決め、諦めた少女にワルプルギスは何も言えなかった。
「けれど、一つだけ、お願いがあるんです……聞いて、くれますか?」
「……うん」
ありがとう、と言いたかったが、言葉にならなかった。
「魔女になったとしても、人を呪いたくはないんです。これ以上、誰かを傷つけることなんてしたくないんです、だから―――」
197: 2011/05/15(日) 11:02:10.68
―――頃して。
言葉は空気を震わせることはなかった。
意思だけが、脳に届いた。
衝撃波が生まれる。
辺りの景色が変貌していく。
白と黒。
光と闇。
それしか存在しない世界。
少女のようなものが、祈りをささげていた。
直感で、それがエルザマリアだとわかる。
その姿には、悲しみと、後悔と、絶望が背負われていた。
198: 2011/05/15(日) 11:05:32.92
杖に魔力を集める。
そう、これは救いだ。
頃しではなく、解放だ。
そして、約束だ。
エルザマリアの、願いだ。
だから、迷いはいらない。
この行動は、正しいのだから。
それでも、
それでも、
それでも、
―――耐えられは、しなかった。
199: 2011/05/15(日) 11:10:19.94
からん、と杖が転がり、その場に倒れ込む。
もはや、立ち上がる気力は無い。
いくら約束でも、望みでも、
共に闘った少女を手にかけることなど、できはしない。
自分の無力さに、絶望した。
抗えぬ運命に、憤った。
全てを、諦めた。
くす、とただ笑った。
自分は一体、何のために生まれてきたのだろう、そんなことを考えながら、
少女の意識は、真っ黒に染まっていった。
200: 2011/05/15(日) 11:11:12.49
「―――さて、これで準備は整ったようだね」
204: 2011/05/16(月) 20:26:37.91
プログラム構築開始
記憶の中の魔法少女、詳細データ算出
……完了
具現化のためのリンク開始
……完了
舞台装置の作成が可能、作成しますか?
……YES
……WALPURGIS NACHTの構築を完了、今すぐ展開しますか?
205: 2011/05/16(月) 20:37:20.68
「……まあ、当然まだだよね。さやかと杏子を待つ必要があるし」
す、と小動物が魔女の卵から手、否、前足を退けた。
「あの二人が失われれば、見滝原の魔法少女は暁美ほむら一人になる。それで全てチェックメイトだ」
美樹さやかは恐らくすぐに潰れる。
佐倉杏子は彼女に入れ込み過ぎている。
よって、共倒れの確立が高い。
そうでなくても、何も問題は無い。
そして、暁美ほむら。
時を超えてワルプルギスの夜と戦い続けているのだろうが、無意味だ。
そもそも、元になった魔法少女の才能が桁違いなのだ。
その上、特殊な仕様も施してある。
最早、魔法少女の手に負えるものではなかった。
ただ一人、鹿目まどかを除いて。
206: 2011/05/16(月) 20:41:55.28
どこだろう、ここは。
真っ暗だ。
何も無い。
けれど、なぜか安心する。
気負う必要性を感じない。
全てをさらけだしている気がした。
全部、全部思い通りになる気がした。
もう、何も考えなくていい気がした。
もう、何も考えられなくなってきた。
207: 2011/05/16(月) 20:45:04.01
懐かしい感じがした。
もう、ありえるはずのない感覚がした。
エリーがいた。
ゲルトルートがいた。
シャルロッテがいた。
エルザマリアがいた。
揃うはずもない皆が、揃っている気がした。
満足だった。
もう、これ以上は何もいらないと、そう思えた。
208: 2011/05/16(月) 20:48:52.12
けれど、どうしてかとても寂しかった。
皆はそこにいるのに、そこにいないような気がした。
まるで、全て自分の妄想であるかのように。
それは、認めたくなかった。
皆の居ない世界なら、
自分にとって不都合な現実なら、
全て、壊してしまえ。
心が、そう叫んだ。
209: 2011/05/16(月) 20:54:56.55
痛かった。
我慢した。
けれど、また痛くなった。
だから、痛くする元を排除しようとした。
先に進まなければいけない気がした。
だから、先に進んでいった。
自分を守ってくれる、皆と一緒に。
けれど、何人かが殺された。
ひどい、と思った。
さっきの痛みの元の仕業だった。
だから、もっと強い力をぶつけてやった。
210: 2011/05/16(月) 21:01:34.38
空が晴れた。
空なんて、久しぶりに見た気がする。
ずっと、落ち込んでいたから。
すごく、眩しかった。
暖かかった。
『……もういいの。もう、いいんだよ』
声が聞こえた。
誰だろう。
すごく、優しい感じがする。
『もう、誰も恨まなくていいの。誰も、呪わなくていいんだよ……』
それはすごく幸せだな、そう思った。
さらに眩しくなった。
211: 2011/05/16(月) 21:02:47.49
『そんな姿になる前に、あなたは、わたしが受け止めてあげるから……!』
212: 2011/05/16(月) 21:09:43.91
ピピピ、と目覚まし時計が鳴っていた。
眩しかった。
ただし、朝の日差しで。
「……えー、夢オチぃ?」
壮大な非日常から現実に返された気がして、少し文句が口から漏れた。
だが、
「……ん? 夢って何だったっけ?」
別に、夢とは何か分からなくなったわけではない。
内容が思い出せないのだ。
まあ、夢なんてそんなものだろうと結論付け、時計を見る。
「……あっれー? 時間ギリギリ?」
目覚ましの時間設定ミス。
冷や汗を垂らしながら、部屋を飛び出した。
213: 2011/05/16(月) 21:17:58.85
「遅いですね、ワルプルギスさん……」
大人しそうな少女が、心配そうに呟いた。
「どーせまた寝坊だよ。心配なんて全然必要無いってーの」
「……登校途中にチーズ食べるのはどうなのかしら?」
呆れたように返した少女に、落ち着いた雰囲気の少女が素行を注意する。
そして、足音。
どたばたと、とても乙女と思えない音。
「ごっめーん、遅れちゃっ、たー!!」
掛け声とともに、気弱そうな少女に飛びつく快活な少女。
「ひゃあう! い、いきなり抱きつかないでよぉ……」
「ふふ、よいではないかよいではないかー」
214: 2011/05/16(月) 21:22:34.71
ある者は、呆れて溜息をついた。
ある者は、苦笑した。
ある者は、あらあら、と微笑んだ。
「……って時間! みんな急がないと!!」
「誰のせいだと思ってんのさ!」
「え、あたし? やっばー結構罪な女?」
はっはっはー、と豪快に笑い声を上げる少女。
諦めた少女たちは、無視を決め込んで駆け出した。
「ちょっ……スルー!? 待ってよみんなー!」
少女もそれを追う。
屈託のない笑みを浮かべながら。
215: 2011/05/16(月) 21:31:48.43
「……ふぅん、アレが、か。確かに高い素質を感じるね」
そう呟くと、隣の少女に鋭く睨まれた。
「そんなに怒らないでくれよ……第一、別に契約してもそれほど問題は無いだろう?」
「……魔法少女の運命は、今の世界でも十分過酷よ」
「まあ、確かにそうなんだが」
ふ、と空を見上げた。
「君の言う『まどか』によって絶望はしなくなったんだろう? なら、十分良心的なものだと思うよ」
「……まあ、いいわ。どうせあなたに何を言っても意味は無いだろうし」
少女が、頭の左側で結んだリボンを愛おしそうに触れた。
「―――まどか、彼女たちは幸せよ。あなたは……どうなの?」
216: 2011/05/16(月) 21:36:57.47
答えなど、わかっている。
どうせ、魔法少女に希望を与えられて自分は幸せだ、そう言うに決まっている。
奔放な親友に不満はあったが、そこも含めて好きなのだ。
だから、今日も戦い続ける。
少女たちの笑顔を、希望を、願いを守るために。
優しく強い、一人の少女の世界を守るために。
歩みは止めない。
ただ、未来へと進み続ける。
少女の行方を、桃色の髪の少女が優しく見つめていた。
―――END
218: 2011/05/16(月) 21:43:00.05
終わりました……
うん、オリキャラのSSはその場のテンションで書くものじゃないね
モチベとかいろいろヤバい
さて、またまたコンパクトに終わってしまいました
途中で本編のキャラを出さないと気が済まない病気が出てくるなど、トラブル多々ありました
今回はいろいろと黒歴史状態になりましたが、それでも面白いと言っていただけると嬉しさで発狂します
また深夜のテンションでやらかす可能性もありますが、その時は生温かい目で見ていただければ幸いです
長々と失礼しました
それでは
219: 2011/05/16(月) 21:45:01.02
お疲れ様でした。
引用元: 魔法少女の、願いと希望と絶望と
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