1: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/17(日) 22:21:50.63

 真美も亜美も、ひとしきり泣いた。
 だって、信じられないっしょ。あんなこと。

 真美とやよいっちがデパートでライブをしているとき。
 現れた不審な男は、ナイフを持って真美へひとっ走り。
 兄ちゃんが真美の前に立ちはだかって、命がけで真美を救った。

春香「…………プロデューサー、さん……」

 男はその場で逮捕され、兄ちゃんは倒れた。


https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1361107310

2: 2013/02/17(日) 22:22:25.86

 兄ちゃん、氏んじゃった。

 この間まで事務所でお仕事をしていた兄ちゃんが。
 イタズラしても笑っててくれた兄ちゃんが。
 みんなと楽しそうに笑い合ってた兄ちゃんが。

 いま、告別式の朝。
 中央の棺の中では、兄ちゃんが安らかな笑顔で眠ってる。
 亜美達、大勢を置き去りにして、兄ちゃんは遠い彼方へ旅立った。

『お前らがトップアイドルになるまで、絶対面倒みるからな!』

 うそつき。
 兄ちゃんの、ばーか。


 ばーか。


3: 2013/02/17(日) 22:22:56.20

美希「ミキ、また頑張るの」

美希「だって、キラキラしてないと、空でハニーが怒るから」

 ミキミキはホールを出たすぐ横で、りっちゃんと話していた。

律子「美希。仕事なら、いつでも休みを」

美希「ううん、いらないよ」

律子「……そう」

美希「今休んだりすると、寂しくなっちゃう……って思うな」

 そういうと、ゆっくりとミキミキはホールに戻る。

律子「…………亜美?」

 見つかっちった。


4: 2013/02/17(日) 22:23:28.20

亜美「ねぇ、りっちゃん。……兄ちゃんの次のプロデューサーは、呼ぶの?」

律子「ええ。…………でも四十九日が終わるまでは、このままで行こうと思ってる」

亜美「大丈夫なの?」

律子「12人面倒見るくらい大丈夫よ。少しの間は」

亜美「でも」

律子「プロデューサーは9人も面倒見てたんだから」

亜美「……りっちゃん、無理しないでね」

律子「……亜美らしくないわねぇ。こんな時こそ、アンタと真美には元気でいてくれなきゃ困るのよ」

亜美「…………うん」


5: 2013/02/17(日) 22:24:14.53

律子「ほら、もうすぐ式が始まるわよ。戻りましょう」

 ホールには見慣れない顔もいっぱい。
 兄ちゃんの友達かな、あとお父さんお母さん?
 兄ちゃん、親不幸者っしょ。

春香「……亜美、隣に座って?」

 はるるんが手招き。その周りにはみんなが座って俯いている。服は真っ黒。
 まこちん、ゆきぴょん、お姫ちん。ミキミキ、千早お姉ちゃん、いおりん、ひびきん。
 はるるん、やよいっち、あずさお姉ちゃん。りっちゃん、……真美。

亜美「うん。……んしょ」

春香「なんか、実感持てないよ」

真「うん、そうだね。……今でも、ひょっこり向こうから出てきそうだよ」

 はるるんの後ろに座るまこちんは、疲れた顔をしていた。


6: 2013/02/17(日) 22:24:45.77

やよい「プロデューサーは、真美のことを助けて刺されましたけど、
    あのときのプロデューサー、かっこよかったんです」

 亜美の左隣から、やよいっち。
 そうだ。やよいっちはあの場所にいたんだよね。

亜美「……兄ちゃん、亜美達のこと見ててくれるかな」

貴音「亜美。あの方は必ず、見守ってくださっています。
   わたくし達をトップアイドルにする、と約束されたのですから」

亜美「……そうだね」

 兄ちゃんはうそつきだ。
 だから、せめて見ていて欲しい。自力で這い上がる様を。
 そう思うのは、自分勝手かな?

『まもなく、故・――――様の、告別式を執り行います…………』


7: 2013/02/17(日) 22:25:16.32

 焼香は、はるるんとやよいっちと、3人で済ませた。
 やり方がわからなくてはるるんの方を見たら、目があった。
 結局、やよいっちに教えてもらった。さすがお姉ちゃん。

春香「私たちが、最初だったんだね」

 焼香台を見ると、あずさお姉ちゃんとりっちゃんと真美が立っていた。

やよい「そうみたいですね」

亜美「まあ、親族の席に座ってるからね」

春香「プロデューサーさんのお父さんが、ぜひ765のみんなをここにって言ったみたいだよ」

亜美「いいオヤジさんですなぁ」

やよい「プロデューサーのお父さんですから」


8: 2013/02/17(日) 22:25:47.27

 その後も式は進んでいった。

 棺の中の兄ちゃんは真っ白な顔で、魂が抜けた表情をしている。
 綿で形作られた袴を着て、ただただ眠っている。
 花を納める間、少し泣いてしまった。

 ピヨちゃんと社長は、普通の席に座っていたみたい。
 ……泣いていた。

『それでは、ご出棺となります』

 兄ちゃんを乗せて、霊柩車は雄叫びをあげる。

 泣いてしまった。
 泣いたら、兄ちゃんが氏んだことを認めなければいけなくなる。

 …………兄ちゃんは生きていると、まだどこかで思っていたかった。


9: 2013/02/17(日) 22:26:27.01

 ―

 火葬は親族だけで、といわれていた。
 亜美達はりっちゃんと社長に連れられて、近くのファミレスに入る。
 三つの席に分かれた。亜美は、真美とりっちゃんと社長のいる席。

高木「彼の後任は、考えていないよ。入るとしても、当分先だろうね」

律子「プロデューサーのやりかけの仕事は、私がやっておきます」

高木「うむ。……少しお手洗いに行ってくるよ」

 社長が席を立つ。

律子「ねえ、真美。大丈夫?」

 真美は朝から、全然喋っていない。

真美「……」フルフル

 首を横に振った。

律子「そうよね。大丈夫なわけ、ないわよね」


10: 2013/02/17(日) 22:26:58.38

真美「兄ちゃんは、生きてるよ。氏んでなんかない」

亜美「え……?」

真美「氏ぬわけないよ」

律子「真美。私たちは、受け止めなきゃいけないの。だって」

真美「兄ちゃんは生きてるんだよ」

律子「ねえ真美。私たちはもっと活躍して、プロデューサーに安心してもらわないと」

真美「生きてるよッ!」バン

 真美がテーブルを叩くと、騒がしかった店内は一瞬静まり返った。

亜美「真美、亜美達は兄ちゃんに」

真美「……うるさい」


11: 2013/02/17(日) 22:27:48.48

律子「そうやって落ち込んでばかりいたら、プロデューサーが報われないわよ」

真美「…………兄ちゃんは、真美を守ってくれた」

 真美は涙を目に浮かべた。

真美「生きてるんだよ」

亜美「……」

真美「それに、まだ……」

亜美「……?」

真美「…………帰る」

律子「ちょっと、真美!」

真美「ついてこないで! …………亜美も」


高木「お待たせ。……あれ、真美君はどうしたのかね?」

律子「…………帰っちゃいました」

高木「帰った?」

亜美「……」


12: 2013/02/17(日) 22:28:20.58

 ――――

 それ以来真美は部屋にこもりきりになった。
 亜美はといえば、閉め出されていて今では両親の寝室で寝て起きている。

 当然、芸能活動も真美は休んだままだ。
 ミキミキやはるるんは、もう仕事をしているというのに。

亜美「おはよー」

 だから亜美は、ひとりで事務所に行く。

律子「おはよ、亜美」

小鳥「おはよう」

千早「おはよう」

響「はいさーい」

真「おはようっ」

 みんなが真美を探してから亜美に挨拶することも、もう分かってる。


13: 2013/02/17(日) 22:29:07.38

『生放送、あさワントーク。ゲストはアイドル、星井美希さん!』

真「律子。春香が来たらレッスンに行っていいんだよね?」

律子「ええ、いいわよ」

『おはよーなのー! 今日はよろしくねー!』

千早「……我那覇さん」

響「ん?」

千早「リモコンを取ってもらってもいいかしら?」

響「うん、はいっ」

千早「ありがとう」ピッ

『――なんですね。続いては萩原雪歩さんの新曲「Little Match――』ピッ

亜美「千早お姉ちゃん、何を見たいの?」

千早「普通のニュースよ。あの番組はトークになると、ニュースをやらないから」

『――比奈りんのギリギリアタック! 今週はこちらの商店街にお邪――』ピッ

『――ロ所属のJupiter、バレンタインに伊集院君が脱ぐハプニン――』ピッ

亜美「今って、そういう時間だから……多分やってないよ」

千早「……そう。じゃあ美希のトークにしましょうか」ピッ

『――うしてあなたは、赤い洗面器なんて頭にかぶって歩いているのですか? ってね』


14: 2013/02/17(日) 22:29:44.79

春香「おはようございまーす」

真「おっ、来た来たー! 春香、レッスン行こう! レッスン!」

春香「ええ~? 早いよう」

律子「真、もうちょっと時間にゆとりってものをね」

真「はいはい! はいさい!」

響「はいさい関係ないだろ!?」

千早「ふふっ、賑やかでいいわね」

 兄ちゃんがいれば、この中心に居たんだろうな。
 ふと、そんなことを考える。

 純粋に笑えない自分に嫌気が差した。

 真美すら救えない自分に。

15: 2013/02/17(日) 22:30:20.76

真「いってきまーす」

春香「あわわ、行ってきます!」

小鳥「はい、いってらっしゃい」

千早「転ばないようにね」

響「体動かしなよー!」

真「へへっ、言われなくてもね!」

ガチャン

千早「……亜美、元気ないでしょう?」

亜美「へっ!?」

 千早お姉ちゃんから突然声をかけられて、身体がビクンとした。

千早「なんだか、あんまり笑っていないから」

亜美「そ、そんなことないYO→! メチャンコ元気だよ!?」

千早「なら、いいのだけれど」

『このジェノベーゼを作ったのは、お前かぁー! って、客席に悲鳴が響いたの……』


16: 2013/02/17(日) 22:30:54.24

 元気なわけ、ないよ。真美があんな状態なのに。
 元はといえば、兄ちゃんが居なくなって。

千早「…………真美のこと」

亜美「え?」

千早「真美のこと、気にしないでいいと思うわ」

亜美「どう、して?」

千早「今真美のことを気にしながら仕事すると、亜美まで壊れちゃうんじゃないかって」

亜美「……真美は壊れてなんかないよ」

千早「……言い方が悪かったわね。亜美まで、元気がなくなってしまうんじゃないかな、って」

亜美「うん……」

 千早お姉ちゃんは目線をテレビから動かさない。

千早「私、力になりたいの。亜美と真美の」

亜美「力?」

千早「でも、今はまだ時期じゃない。……亜美が真美を説得しなきゃ行けないんだと思う」

亜美「説得……」


17: 2013/02/17(日) 22:31:36.41

律子「千早」

千早「なに?」

律子「真美は、言葉を聞いて立ち直れるほど大人じゃないのよ」

千早「いいえ、大人よ」

律子「え?」

 千早お姉ちゃんはりっちゃんをまっすぐ見た。

千早「真美は大人よ。大人じゃなきゃ、アイドルなんて出来ない」

律子「……」

亜美「千早お姉ちゃん……」

千早「春香や美希は、プロデューサーに心酔していたわ。
   それでも二人は、今日も仕事をしてる」

『そんなのありえないのー! って感じだったな』

千早「真美だって、きっと立ち直れるはず」

律子「……そう、かもしれないわね」


18: 2013/02/17(日) 22:32:15.27

 ―

AD「小町さん、お疲れ様でした」

律子「お疲れ様です、ありがとうございました」

 りっちゃんの挨拶に続いて、3人で「ありがとうございました」と元気に挨拶。
 スタッフの人には「大変だったね」なんて声をたくさんかけられた。

律子「番組のプロデューサーと話してくるから、先に戻ってて」

 楽屋に向かうまでのテレビ局の廊下。

あずさ「……真美ちゃんは、元気そう?」

亜美「どうだろうね。亜美も、ここ二週間は顔を見てないからさ、わかんないよ」

伊織「お風呂とかトイレはどうしてるの?」

亜美「夜遅くに入ってるみたいだよ」

伊織「そう……」

あずさ「プロデューサーさんだったら、どうしたのかしらねぇ」

伊織「あずさ、プロデューサーが生きてたらこんなことは起きてないわよ」

あずさ「……そうね」


19: 2013/02/17(日) 22:32:50.66

ガチャ

伊織「ねえ」

亜美「?」

伊織「私に、何が出来るのかしら」

あずさ「え?」

伊織「真美に、なんて言えばいいのかしら」

あずさ「……難しいわね」

亜美「『兄ちゃんに顔向け出来ないぞ』、とか」

伊織「ダメよ、真美はプロデューサーが氏んだこと、信じてないもの」

亜美「……」

あずさ「『プロデューサーさんが、そばにいる』とか」

伊織「…………真美は、それで笑ってくれるのかしら?」


20: 2013/02/17(日) 22:33:28.52

 ―

 結局何も思いつかないまま、亜美達は事務所に戻った。
 お姫ちんとひびきん、はるるん、ゆきぴょんが居た。

 呟いてみる。

亜美「ねえ、みんな」

春香「?」

亜美「真美を笑顔にしたいんだ」

雪歩「笑顔……」

亜美「立ち直ってもらって、それで……また、歌いたいんだ」

響「…………亜美」

貴音「ならば」

亜美「お姫ちん……?」

貴音「わたくしに、考えがあります」

21: 2013/02/17(日) 22:34:13.61

 お姫ちんの考えは、突飛なものだった。
 今度やるドラマから思いついたらしい、なかなかなアイデア。

春香「確かに、亜美ぐらいにしか出来ない作戦だよね。
   ……でも、貴音さん。実の妹がそんなことやっても、バレちゃうんじゃ?」

貴音「それは運次第です。ですが、真美ならばきっとこれで立ち直れると、信じます」

 ――題して「双海真美・さわやか笑顔計画」。
 動き出した。

響「よし、協力するぞ!」

雪歩「がんばりますっ!」

伊織「真美を笑顔にしてやろうじゃないの!」

あずさ「上手くいくように頑張りましょうね~」

亜美「みんな、ありがとう……!」

貴音「亜美、礼は全てが成功してから、ぜひ言って下さい」

亜美「う、うん」


22: 2013/02/17(日) 22:34:53.04

 ―

 それは今夜から始まる。
 閉ざされた部屋のドアをノックすることから、スタートするんだ。
 かつて入り浸っていた亜美と真美の部屋。今では、厚い壁に見える。

コンコン

亜美「……真美、真美」

 物音がした。

亜美「真美、ドアを開けてくれないか」

 ガタン、と言った。

亜美「頼む、真美。お前だけが便りなんだ」

 ガチャ、と解錠される音がして、ドアが開く。

真美「――――亜美?」

 随分とやつれちゃったね、真美。
 髪ももう、纏めなくなったんだね。

亜美「真美、落ち着いて話を聞いてほしい」

真美「……なに?」

 これから始まるすべての出来事が、うまくいくことを祈るしかない。

亜美「――俺は、お前のプロデューサーだ」


 お姫ちんが提示した計画……それは、亜美が兄ちゃんを演じることだ。


23: 2013/02/17(日) 22:35:32.96

真美「――――?」

亜美「信じてくれないかもしれないが、亜美の身体に入り込んでしまったみたいなんだ」

真美「にい、ちゃん」

亜美「気づいたら、こうなってて……」

真美「にいちゃんっ!」

 押し倒された。低い温度の廊下、肌が触れる。

真美「にいちゃんっ、にいちゃんなんだよね!?」

 真美は亜美――兄ちゃんをぎゅっと抱きしめて、何度も「にいちゃん」と言った。
 泣いている。

亜美「あ、ああ」

真美「にいちゃん……! にいちゃん、にいちゃん!」

亜美「ま、真美! 落ち着け!」

 バッ、と身体を離した。

24: 2013/02/17(日) 22:36:02.70

真美「……?」

亜美「お前らのこと、ずっと見てたんだ。それで……真美に、迷惑かけちゃってるって思って」

真美「迷惑なんかじゃないよ、にいちゃんは、真美のことを守ってくれた……」

亜美「でも、真美は引きこもりがちになっちゃったろ」

真美「…………だって、にいちゃんがいないから」

亜美「悪かった、真美。俺はいつもお前らのこと、見てるよ」

真美「…………うん」

亜美「だから、安心して外に出てくれ。歌ってくれ。踊ってくれ。笑ってくれ」

真美「………………うん」

 すらすらと言葉が出てくる。
 これは、兄ちゃんの皮を借りた亜美からのメッセージだよ、真美。

亜美「それで――――」

真美「?」

亜美「亜美がさっきから、喋ってくれないんだ」

真美「へ?」


26: 2013/02/17(日) 22:36:41.42

亜美「亜美の身体に入り込んでから、亜美の反応がない」

真美「……亜美が?」

亜美「どうすれば……」

真美「亜美を起こす時はね、いっつもこうやってんの」

 そう言うと真美は、亜美のほっぺたをおもいっきりひっぱった。
 よく知ってるよ。

亜美「いたっ」

真美「あ、亜美?」

 ここは”亜美”の方がいいのか。

亜美「――――あれっ、真美?」

真美「さっきまでね、兄ちゃんが亜美の身体の中にいたんだよ」

亜美「へっ! そなの!?」

真美「うん」

 真美が笑う。欠片も疑ってない。


27: 2013/02/17(日) 22:38:36.09

 ――――

貴音『信用させるために、一度プロデューサーから亜美へと、意識を戻します』

春香『戻す、って?』

貴音『例えば、プロデューサーとして「亜美がいない」などと言い、
   一度亜美に戻った後で、もう一度プロデューサーに戻ります』

響『それをやって、どうなるんだ?』

貴音『真美の信用度が上がるでしょう。目の前で妹とプロデューサーに変わる瞬間を見れば』

亜美『なるほど』

 ――――

28: 2013/02/17(日) 22:39:15.73

亜美「あれ、なんだか眠くなってきたよ……」

真美「へっ、亜美?」

 亜美は寝たふりをして、すぐに”兄ちゃん”になる。

亜美「……よかった、さすが真美」

真美「あ、兄ちゃん?」

亜美「ああ。今は寝ちゃったみたいだけどな。聞こえるよ、いびきが」

真美「あはは、亜美の?」

亜美「そう、亜美の」

真美「そっか」

 真美はしばらく黙って、

真美「部屋、入る?」

亜美「……ああ」

29: 2013/02/17(日) 22:40:15.02

 二段ベッドの上段が、真美。下段が、亜美だった。
 下段には物が散乱していて、とても寝れそうじゃあない。

真美「ごめんね、ちらかってて」

亜美「いや、いいんだ。……こもってからずっとこうなのか?」

真美「見てたんじゃないの? そうだよ」

亜美「さすがに部屋までは入れないだろ。……そうなのか」

 真美はぎゅーっと亜美のうでに抱きつく。

真美「ねえ、にいちゃん」

亜美「ん?」

真美「なんか今日は疲れちゃったから、もう寝るよ」

亜美「ああ、それがいい」

 真美が寝たら、早速お姫ちんに――。

真美「だからさ」

亜美「ん?」

真美「一緒に寝て?」


30: 2013/02/17(日) 22:41:56.03

 添い寝のお誘いだったが、真美は数秒で寝入ってしまった。
 安心感かなんなのかは分からないけど。

 二十分ぐらい横で寝ていて、時期を見てベッドから降りた。
 部屋を出て、トイレの中で、携帯を開く。

亜美「……もしもし」

『もしもし、成功しましたか?』

亜美「ああ」

貴音『それは、良かった』

 電話報告。それが、お姫ちんの作戦の中に含まれていた。
 真美に聞かれても大丈夫なように、亜美は”兄ちゃん”のまま。

貴音『真美は、どんな様子だったのですか?』

亜美「そうだな、最初は俺を抱きしめて、添い寝だな」

貴音『なるほど。心を許したのですね』

亜美「ああ。なあ……貴音」

貴音『なんでしょう?』

亜美「…………本当に、やるのか?」

貴音『………………最終的な判断は、亜美にお任せします」


31: 2013/02/17(日) 22:42:29.29

 ――――

貴音『まず、亜美がプロデューサーのフリをして真美と会話をします』

亜美『……え?』

貴音『あの状態では、きっと真美が心を開けるのはプロデューサーだけでしょう』

亜美『それでどうして、亜美が兄ちゃんのマネッコをするの?』

貴音『特技がモノマネなのは、この事務所では亜美と真美だけです』

亜美『…………うん』

春香『確かに、亜美ぐらいにしか出来ない作戦だよね。
   ……でも、貴音さん。実の妹がそんなことやっても、バレちゃうんじゃ?』

貴音『それは運次第です。ですが、真美ならばきっとこれで立ち直れると、信じます』

響『なるほど。それで、どうするんだ?』

亜美『え?」

響『だって、そのまま亜美が一生プロデューサーを演じるわけにも行かないだろ?』

貴音『そこ、なのですが……』


32: 2013/02/17(日) 22:43:22.89

貴音『しばらくして、亜美がプロデューサーとして、真美を探ります。
   もうプロデューサーが居なくても活動できると判断した場合は、成仏ということにして
   ゆっくりと真美とプロデューサーを離していきましょう』

亜美『…………どうやって判断するの?』

貴音『一言、聞くのです。
   「真美のことは、俺がずっと見守っててやるから、亜美に身体を返してもいいか」と』

亜美『……分かった、頑張るよ』

響『よし、協力するぞ!』

雪歩『がんばりますっ!』

伊織『真美を笑顔にしてやろうじゃないの!』

あずさ『上手くいくように頑張りましょうね~』

 ――――


33: 2013/02/17(日) 22:44:16.15

 もし、真美が「嫌だ」と。「一緒にいて」と言えば。
 亜美は、一生兄ちゃんのままだ。

 お姫ちんは、みんなの前でこの可能性のことは口にしなかった。

亜美「ふー……」

 どうなるかわからない。
 真美が、立ち直ってくれるか、くれないか。

 どちらにせよ、亜美は兄ちゃんになるだけだ。


34: 2013/02/17(日) 22:45:14.72

真美「……おはよう」

亜美「おう、おはよう真美」

真美「っにいちゃん!」

 朝。真美は”兄ちゃん”を強く抱きしめる。

亜美「おいおい、元気有り余ってるな。外、いけるか」

真美「うん。……事務所に、行きたい」

亜美「分かった。行こうか。
   でも、俺が亜美の中にいることは内緒な」

真美「分かった」

 真美は”兄ちゃん”と手をつないで、家を出た。


35: 2013/02/17(日) 22:45:44.92

真美「おはよー」

亜美「おはおはー」

律子「真美!」

千早「真美!?」

春香「まみっ」

貴音「……真美」

真「真美!」

 真美のもとへ、みんなが駆け寄ってくる。
 真美は笑いながら一人一人と挨拶を交わした。

 事務所では、亜美が出てきていることになっている。

春香「とりあえず、クッキー食べよう♪」

真「みんなにメールしないとっ」

貴音「良かったですね」

律子「良かったわ……本当に」


36: 2013/02/17(日) 22:46:20.74

 仕事が始まれば、亜美と真美は別行動が多い。
 真美はやよいっちやみんなと組んで、亜美は竜宮小町で。それがメインだからだ。

 仕事中は遠慮すること無く双海亜美でいられた。
 お姫ちんに言っておきながら、今更兄ちゃんのマネッコが難しいだなんて言えなかった。

 車での移動中。

あずさ「――だったんですよ~」

律子「へぇ、つまり柔道なんですね」

プルルルル

亜美「あっ……電話」

伊織「律子、ラジオ消して」

律子「はーい」カチッ

亜美「もしもし?」

『もしもし、にいちゃん』

亜美「……真美か」


37: 2013/02/17(日) 22:47:15.60

 真美だった。

真美『真美ね、お仕事チョー頑張ったよ!』

亜美「そうか、偉いな。亜美も頑張ってるみたいだよ。今は寝てるけど」

 亜美が寝ている時、兄ちゃんが出てくる。そういう設定。
 強制的に出てくるのも、ありえる。

真美『えへへー。事務所でいっぱい褒めて貰うねっ』

亜美「ああ。……周りには誰も居ないのか?」

真美『えっ? ああ、やよいっちがいるけど、気づいてないよ』

亜美「そうか」

あずさ「…………」

亜美「頑張れよ。じゃあな」

真美『あ、ちょっとまってにいちゃん』

亜美「ん?」


38: 2013/02/17(日) 22:48:11.21

真美『あの時、言えなかったことを……もう一度、言わせて』

 あの時言えなかったこと? あの時っていつ?
 何を言えなかったの?

 どう答えていいのかわからない。”あの時”を知らないからだ。
 なぜ知らないのか?

 亜美は、兄ちゃんではないからだ。

真美『真美ね』

亜美「ああ」

真美『にいちゃんのこと、大好き』

亜美「――――」

真美『ライクじゃなくて、ラブの方でね』

亜美「――ぇ」

真美『そんじゃあね! 答えは聞いてないっ』

ツー ツー ツー

亜美「…………」



 なにそれ。


39: 2013/02/17(日) 22:49:01.88

あずさ「どうしたの? 亜美ちゃん」

亜美「…………あずさ、お姉ちゃん」

あずさ「?」

亜美「どうしよう…………」

伊織「……亜美?」

律子「え?」

亜美「真美が、兄ちゃんのこと、好きだって」

あずさ「…………」

伊織「え?」

律子「……?」

亜美「どうしよう……」

 それって、亜美が答えていいの?
 たとえ、兄ちゃんの解答と違っても。


40: 2013/02/17(日) 22:52:54.65

 電話をした。お姫ちんならば、上手く行けば対処法を教えてくれるかもしれない。

『……はい』

亜美「もしもし、お姫ちん!」

貴音『どうしました? 焦っているようですが……』

亜美「あのね、真美が」

貴音『真美が?』

亜美「真美が、兄ちゃんのことを好きだって」

貴音『…………?』

亜美「真美は、亜美が兄ちゃんだって思い込んでいる。
   兄ちゃんが刺される直前に、真美は言いかけてたみたいで」

貴音『…………そう、ですか』

亜美「どうすれば、いいのかな? それって、亜美が答えても」

貴音『…………亜美』

亜美「なに……?」

貴音『……これは、あなたが選ぶべき選択肢です。
   【真美を騙し続けて、笑顔を見る】未来と、【真美に真実を告げて、前を向いてもらう】未来です』

41: 2013/02/17(日) 22:57:38.52

亜美「え……?」

貴音『…………亜美はこれから、どちらかを選ばないといけません』

亜美「それって、亜美が兄ちゃんのかわりに、告白しなきゃいけないの?」

貴音『そうするか、もうひとつ』

亜美「…………全部ウソだったって、言うの?」

貴音『出来るだけ、そんなことはしたくありません。ですが、愛情はとても繊細なもの』

亜美「…………だったら」

貴音『真実を告げたほうが、真美にとっては幸せかもしれません』

42: 2013/02/17(日) 23:02:04.87

亜美「そんなの……」

貴音『…………すみません』

亜美「え?」

貴音『わたくしの、見誤りです』

亜美「……お姫ちんは悪くないよ」

貴音『…………すみません』

亜美「…………亜美が、どうしたいか決めていいんだよね?」

貴音『………………はい』

亜美「だったら、亜美は」

貴音『…………』

亜美「亜美は、真美に幸せになって欲しいから」

伊織「…………」

亜美「選ぶよ」


46: 2013/02/19(火) 20:37:40.64

亜美「…………ウソをつく」

貴音『…………』

亜美「…………それが、亜美にとっても真美にとっても、兄ちゃんにとっても幸せだと、思う」

伊織「…………どうすんのよ」

亜美「…………伊織、あずささん、律子」

律子「……」

亜美「…………兄ちゃんっぽいかな?」

あずさ「亜美、ちゃん」

亜美「亜美は兄ちゃんになるよ」

伊織「…………」


47: 2013/02/19(火) 20:38:10.53

律子「ただいま戻りました」

 事務所に帰ると真美はソファに座っている。
 近くにはお姫ちんが居たが、真美は事務所に一人きりだと思っているらしい。
 真美が誰かと二人の時に必ず出すお茶を、出していなかった。
 りっちゃん達は社長室に消えた。

真美「にいちゃんっ」

亜美「おっす、真美」

 真美が抱きついてくる。

真美「待ちくたびれたよ、にいちゃん」

亜美「悪かったな」

 笑顔で甘える真美。
 これで良かったんだ。

真美「真美ね、気持ち、伝えるよ」

 真美は亜美の胸から離れた。


48: 2013/02/19(火) 20:38:52.03

 ついに、亜美が亜美でいられなくなる瞬間がやってくる。
 静かに唾を飲み込んだ。

真美「でもね」

 えっ?
 真美の目はまっすぐと亜美を見据えていた。

真美「真美、先ににいちゃんがあの時言いかけていたこと、聞きたいなぁ」

 あの時言いかけていたことって、何?
 混乱してくる。

真美「言って?」

 真美は腕を亜美の首もとまで伸ばした。

亜美「えっ、と…………」


49: 2013/02/19(火) 20:39:22.65

 真美は顔を耳に近づけて、呟く。

真美「いえるわけないよね」

亜美「え?」

 真美が顔を離す。笑っているような、泣いているような顔。

真美「言えるわけないよ、亜美。にいちゃんはそんなこと、言ってないから」

亜美「…………え?」

真美「にいちゃんじゃないよね?」

亜美「…………な、なんで」

 なんで気がついてるの?


50: 2013/02/19(火) 20:39:53.23

真美「……お姫ちんがいるのにどうして正体を隠さないの?」

亜美「…………あ」

 お姫ちんに、気づいてた?
 目をやると、お姫ちんは驚いた表情をしていた。

亜美「……貴音は知ってたんだよ、俺のことを」

真美「…………まだ、真美のことをバカにし続けるの?」

亜美「っ! そんなこと……」

 しまった。

真美「…………きょう、ひびきんが話してるの、聞いちゃったよ」


51: 2013/02/19(火) 20:40:29.69

真美「わかんないよ」

亜美「…………」

真美「にいちゃんは、やっぱり、もうどこにも……」

亜美「…………」

真美「…………ゴメン」

亜美「…………ぇ」

真美「…………バカになんか、してないよね。
   亜美達、真美のこと考えてくれて」

貴音「あの、真美」

真美「……にいちゃんから、答え、聞きたかったな……」バッ

バタン


52: 2013/02/19(火) 20:41:05.58

亜美「真美っ……」

貴音「……見透かされていましたか」

亜美「……うん」

貴音「…………真美は」

亜美「真美は多分、うちにいったよ」

貴音「…………亜美、わたくしに家に行かせてください」

亜美「…………え?」

貴音「真美の笑顔を、まだ見ていません」

亜美「…………笑顔計画は失敗じゃあ……」

貴音「いいえ。まだ計画は続いていますよ」


53: 2013/02/19(火) 20:41:41.67

 お姫ちんは、兄ちゃんのデスクに近寄り、机上を撫でた。
 亡くなったときのまま、りっちゃんとピヨちゃんが残してある。

貴音「ファイル、ですね」

 赤いファイルを手にとった。マジックで「高槻やよい、双海真美」と書かれている。
 お姫ちんは微笑みながら、ファイルのページをめくった。

貴音「『2月14日、バレンタインライブ』」

亜美「…………」

貴音「『会場は湘南ショッピングタウン。最高のステージにする!』」

亜美「バレンタインだったね、兄ちゃんの命日」

貴音「もう、2月も終わってしまいます」

 当然、バレンタイン以降も兄ちゃんはスケジュールを書いていた。
 お葬式の日の撮影は、キャンセルしたんだっけ。


54: 2013/02/19(火) 20:42:42.53

貴音「『2月17日、美希、雑誌表紙』」

亜美「……ミキミキ」

 ミキミキ、ずっと泣いてた。
 事務所で、誰かにあたるわけでもなく、ただただ泣いていた。

 はにぃ、はにぃ、おきてよって。
 兄ちゃんの実家で、顔を見て泣きじゃくった。

貴音「『2月19日、春香、スイーツTVロケ』」

亜美「……はるるん」

 はるるんは、泣くと言うより、放心状態だった。
 ミキミキと顔を見に行っても、静かにお線香をあげただけ。

 お通夜の日かな。ホールに入って兄ちゃんの遺影を見たら、
 泣き崩れたんだよね。

 千早お姉ちゃんは「心酔」って言ったけれど……、
 ふたりとも、兄ちゃんに明確な好意を抱いてた。

 でも、今は辛い顔一つ見せずに仕事をしている。


55: 2013/02/19(火) 20:43:22.71

 ミキミキやはるるんは、完全に立ち直った訳じゃない。
 でも、ある程度「兄ちゃんはもういない」という事実を受け止めている。

 真美も、兄ちゃんを好きだった。
 ……なら、真美だってまた笑えるはずだ。

亜美「真美……」

貴音「さて……。参りましょうか」

 お姫ちんが、手を繋いできた。
 あったかくて、優しいてのひら。

 真美の手も握りたいって、ふと思った。


56: 2013/02/19(火) 20:44:20.11

 ―

貴音「お邪魔します」

 静かな家だ。
 親は医者だし、昼間はいない。

 多分、真美とは電車2本差ぐらい。

 階段をのぼる。すぐ、重い扉が見えた。
 昨日、ここから始まった計画は、半日も持たなかった。

 二回ノック。

亜美「……真美、ただいま」

 返事はない。

亜美「……真美、あのね」

57: 2013/02/19(火) 20:44:51.63

亜美「聞いてほしいことがあるんだ」

「……」

 感じる。真美の息づかいを。

亜美「兄ちゃんが亡くなってからお葬式までのミキミキとはるるん、覚えてるっしょ?」

「……」

亜美「……特に、兄ちゃんの実家に行ったときの二人」

貴音「……」

亜美「みんな悲しがってたけどさ、あの二人は印象に残るよね」

「……」


58: 2013/02/19(火) 20:45:23.73

 ――――

P母「顔を、見てあげて」

律子「はい……。っ!」

美希「はにぃ……?」

春香「……」

美希「はにぃ、ミキだよ。ミキがきたよ」

貴音「……あなた様」

美希「はにぃ、はにぃ。おきてよ」

伊織「……なんで、氏ぬのよ」

美希「……ねえ、はにぃ。…………わらってよ、めをあけてよっ!」

春香「……………………」

やよい「…………いやです」

 ――――

59: 2013/02/19(火) 20:46:03.31

亜美「亜美、思うんだけどさ」

「……」

亜美「ミキミキもはるるんも、兄ちゃんのこと、好きだったと思うよ」

「……」

亜美「二人は思いっきり泣いてたから」

「……」


60: 2013/02/19(火) 20:47:17.02

 ――――

亜美「大きい式場だね」

春香「…………ぁ」

雪歩「……春香ちゃん?」

春香「……やだ……わたし、なんで…………プロ、デュー……」ガン

千早「春香ッ!」

春香「いやだ…………いや…………!」

千早「春香、落ち着いて! 大丈夫よ」

 ――――

61: 2013/02/19(火) 20:47:53.10

亜美「でもさ」

貴音「……」

亜美「二人とも、受け入れて仕事してるよ」

「……」

亜美「兄ちゃんに見守ってもらうために、絶えず笑顔で」

「……」

亜美「ねえ、真美」

「……」

亜美「お願いだよ、またアイドルやろうよ」

「…………」


62: 2013/02/19(火) 20:48:23.25

亜美「亜美、真美とキラキラしたい」

「…………ミキミキじゃないんだからさ」

亜美「っ! 真美」

「…………なに?」

亜美「ドア、あけて」

貴音「……」

「…………やだ」

亜美「…………なんで」

「…………正直真美ね、気が狂いそうなの」

亜美「…………」


63: 2013/02/19(火) 20:48:59.89

「…………にいちゃんのいない事務所が、寂しくてさ」

亜美「…………うん」

「…………耐えられないんだ、にいちゃんがいないって」

亜美「…………」

「…………だからもう、ほっといて」

貴音「……」

亜美「……真美」


64: 2013/02/19(火) 20:49:32.29

「…………」

亜美「……お願い、ここをあけて」

「…………」

亜美「……ねえ、真美」

「…………」

亜美「……真美お姉ちゃんっ!」

「っ!」

亜美「……お姉ちゃんがそんなんでどうすんの!?」

「…………」

亜美「真美、お願いだから――――」

 ぐらり、と視界が揺れた。


65: 2013/02/19(火) 20:50:15.81

亜美「――――貴音」

 なにもしゃべれない。

貴音「……ひさかたぶりです、あなた様」

亜美「俺を呼び出すのが狙いだったのか?」

 身体がまるでのっとられたみたいに、
 自分の意志じゃ動かせなかった。

貴音「…………真美を笑顔にできるのは、あなた様だけです」

亜美「……そうか」

 亜美はごほんと咳払いをした。
 いや、亜美じゃないか。
 それにしても、お姫ちんって何者なんだろ。

亜美「……真美」

「…………え?」

亜美「答えるよ、真美」


66: 2013/02/19(火) 20:51:15.65

「…………何、言ってるの? 亜美」

亜美「貴音に協力してもらってな。亜美の身体を借りてはいるが……」

「…………にいちゃん?」

亜美「ああ」

貴音「…………」

「…………亜美、いい加減にしてよ」

亜美「ウソじゃないぞ、真美。試してもらってもいい」

「…………あの日」

亜美「え?」

「あの、バレンタインライブの日。真美が兄ちゃんとした約束はなに?」

 兄ちゃんは何も言っていないんじゃなかったっけ?

貴音「”約束”は交わしたのでしょう」

 そうなんだ……。てか、お姫ちん、亜美とも会話できるんだ。


67: 2013/02/19(火) 20:51:58.19

亜美「『これが終わったら、やよいと3人でチョコケーキを食いに行こうな』」

「…………」

亜美「ごめんな、約束守れなくて」

「…………」

亜美「幸せにできなくて、ごめんな。でも……俺はずっとみんなを見てる。真美を、見てる」

「…………にいちゃん」

亜美「765プロのみんなを、見守ってるよ」

 次の瞬間、勢い良くドアが開いて、真美が亜美の身体へと飛びついた。

真美「にい、ちゃんっ」

亜美「おう、どうした真美」

真美「にいちゃんっ、にいちゃんっ!」

亜美「よーし、よし。身体は亜美だけど、胸使っていいから」

真美「うわあああああん!」


68: 2013/02/19(火) 20:53:10.86

真美「…………にいちゃん」

亜美「どうした」

真美「にいちゃんの、答えを聞かせて」

亜美「ああ」

 兄ちゃんは亜美の口から、ゆっくりと。

亜美「俺は、双海真美のプロデューサーだ」

真美「……うん」

亜美「毎日真美を見てきた。だから、言うよ」

真美「……うん」

亜美「大好きだよ」

真美「…………にいちゃんっ!」


69: 2013/02/19(火) 20:53:51.53

 お姫ちんは途中で「一階で待たせて頂きます」と階段を降りた。

亜美「寝ちゃったみたいだな」

 ねえ、兄ちゃん。

亜美「どうした?」

 なんで知ってるの、真美のキモチ。

亜美「ああ、真美がお前に電話してきたろ?」

 うん。

亜美「その時、俺は真美のそばにいたんだ。事務所にな」

 ……兄ちゃん、本当にそばにいるんだね。

亜美「ウソはつかないよ、プロデューサーだからな」

 ありがとう、兄ちゃん。

亜美「ん?」

 兄ちゃんのおかげで、真美、またアイドル出来そうだよ。

亜美「……悪かった」

 え?

亜美「俺が無様に氏んだりしたから、みんなを……」


70: 2013/02/19(火) 20:54:35.38

 …………うん、まあ、そうだよね。

亜美「……ごめんな」

 でもさ、兄ちゃんは命がけで真美を守ってくれたんだからさ。

 チャラにしてあげるよ。

亜美「……亜美」

 そのかわり。時々でいいからさ、誰かの身体をこうやって借りて……。

亜美「…………そこらへんは、貴音に聞いてくれ」

 ねえねえ、お姫ちんって何者なの?

亜美「……さあ、な。俺が視えるみたいだし」

 すごいよねー。

亜美「生きてる時から、不思議な奴だとは思ってたけどなぁ」


71: 2013/02/19(火) 20:55:20.87

 …………ねえ、兄ちゃん。

亜美「なんだ?」

 ほんと、ありがと。

亜美「…………俺よりもさ」

 ん?

亜美「俺よりも、きっといいプロデューサーが来るはずだ。だから、お前らは。
   そのプロデューサーを受け入れて、優しくしてやってくれ」

 ……当たり前じゃん。

亜美「あ、でも……俺のことも、忘れないでくれたら、いいけどな」

 …………兄ちゃんの、ばーか。

亜美「なんだよ、突然。あはは」


貴音「……あなた様?」

亜美「貴音……」

 お姫ちん。


72: 2013/02/19(火) 20:55:54.28

貴音「真美は、眠っているのですか」

亜美「ああ、泣き疲れかな」

貴音「そうですか……」

亜美「どうしたんだ、貴音」

貴音「いえ……。それ以上亜美の中に入っていると、亜美の負担になってしまいますので」

 負担?

亜美「ああ、分かった。そろそろ、出ることにするよ。ありがとな、亜美」

 あ、兄ちゃん。

亜美「……どうした?」

貴音「……」

 亜美も、兄ちゃんのこと大好きだよ。

亜美「…………おう」


73: 2013/02/19(火) 20:56:24.09

 ――

亜美「おっはよー!」

真美「おはおはー!」

『おはよー』

小鳥「おはよう、ふたりとも…………って、あら?」

春香「小鳥さん、どうしたんですか? ……あれ?」

千早「真美、髪の毛……」

 真美は髪を結ばなくなった。ちょっとオトナっぽくなって生意気だ。
 ……亜美は結んだまま。

 そうしてからの、初めての事務所。

真美「ああ、これ?」

 真美は髪の毛を触る。


74: 2013/02/19(火) 20:57:04.53

美希「真美、カワイイの!」

真美「へへーん、オトナっぽいかな?」

やよい「かわいいなぁ」

伊織「……へえ、本当ね」

真「でも、どうして結ばないの?」

 真美は「ふふーん」と笑って、

真美「あれは、もうやらないって決めたの」

真「え、どうして?」

真美「ヒミツだよーっ」

真「えー、教えてよぅ、真美ぃ」


75: 2013/02/19(火) 20:58:02.41

ガチャ

高木「うぉっほんっ! やあ、おはよう」

『おはようございまーす』

律子「なんと、今日は新しいプロデューサーが来てるのよ!」

美希「おぉー、なの!」

春香「うわぁ、どんな人なんだろう!」

雪歩「仲良くなれるといいなぁ……」

あずさ「かっこいいかしら~?」

ワイワイ ガヤガヤ!


76: 2013/02/19(火) 20:58:37.53

律子「はい、静かにー!」

高木「それじゃあ、入ってきてもらおうか。おーい!」

真美「……新しいにいちゃんにも、いたずらしまくろうね、亜美!」

亜美「モチのロンだよ、真美!」

 真美がニカッと笑い、髪の毛が揺れた。

 ――――あの髪型は、にいちゃん専用だもん!

 まあ、そう言って笑われたら、
 亜美だって納得するしかないよ。


 やっぱり、二人で一つ。
 亜美と真美。
 ふたりじゃなきゃ、笑えないよね!





 おしまい

78: 2013/02/19(火) 20:59:44.39

 マジオネアの後なのでテンションの差が激しかったような。
 憑依が書きたかっただけですが、ご覧頂きありがとうございました!

79: 2013/02/19(火) 21:14:14.08


亜美サンマジ天使

80: 2013/02/19(火) 21:20:11.72
乙ですよ乙!

引用元: 亜美「ふたりじゃなきゃ、笑えない」