2: 2013/03/02(土) 10:07:45.09


[ ??? ]


『わたしはそれだけで、幸せですから――――――』



3: 2013/03/02(土) 10:08:41.84

[ 現在 ]

『…私と君、どこで道を違えてしまったのだろう』

『一度は共に歩み、喜怒哀楽を共にしていた私たちが』

『手段か、思想か…今でも、はっきりした答えは出ないんだ』

「…ふん」

『私も、君も、変わらないね』

「………」

「もう、二度と歩むことなどない…離合集散、だ」

『ああ…それは、わかっているつもりだ』

『…だが』

『ふと、考えてしまうときがあるんだ』

『もし、あのときから今まで、共に歩んだ未来があったなら』

『その未来は、どのようなものだったのだろう、と』

「……」

「さっきも言っただろう」

「私たちが共に歩む未来など、なかったのだよ……高木」

4: 2013/03/02(土) 10:10:25.98


『離合集散のディスコード』



5: 2013/03/02(土) 10:11:33.30

[ 過去 ]

高木「今日から、よろしくお願いします!」

黒井「よろしくお願いします」

社長「ああ、2人ともよろしく頼むよ」

社長「このアイドル業界にも、だんだんと熱が出てきている」

社長「期待しているよ、君たちが発展させる可能性を」

社長「未来を背負っていく、君たちを」

黒井「……光栄です」

高木「誠心誠意、頑張らせていただきます!」

社長「ああ…たった2人の新人だ、仲良くやっていくことを願うよ」

高木「はい!よろしく、黒井!」

黒井「……ああ、よろしく」

6: 2013/03/02(土) 10:12:30.53

黒井「………」カタカタ

高木「……よし!終わった、黒井、君はどうだ?」

黒井「…私は既に、次の書類をまとめている」

高木「は、早いな…私も負けてはいられないな!」カタカタ

―――
――


黒井「社長、こちらが本日の書類と業務報告書です」

高木「わ、私も今終わりました!こちらです」

社長「ああ、お疲れ。黒井くんは……うん、完璧だね、素晴らしい」

黒井「ありがとうございます」

社長「高木くん…ああ、ここは…こうだね」

高木「あ、ああっ…すみません」

社長「ははっ、まだ急ぐことはないよ、まだ新人なのだから」

高木「次は、気をつけます…」

社長「ああ」


7: 2013/03/02(土) 10:13:33.74

高木「…しかし、黒井…君は本当に仕事が早いな、何かコツとかはあるのかい?」

黒井「コツ?…ただ、技術を磨くだけだ…就職の時、アピールポイントとしていたくらいには」

高木「そ、そうか…私は、とにかくこの会社に入りたい一心で、何かした記憶がいまいち…ははは」

黒井「…ふっ…お前の脳天気さは、時々うらやましくなる」

高木「ははは、そうかな……黒井、やっと笑ったな」

黒井「……そんな事はない、ただ、バカにしただけだ」

高木「最初の印象じゃ、私は君を冷血漢と思っていたけど、今じゃそうは思えない」

黒井「ふん…ただの同僚だ、お前など…あまり馴れ馴れしくするな」

高木「ははっ、私も、嫌われたものだね」


8: 2013/03/02(土) 10:14:23.02

黒井「………」カタカタ

高木「………」カタカタ

高木「………お、終わった…全部」

黒井「……全部?」

高木「ああ、全部だ…以前の君の発言を聞いて、私も頑張ろうと思ったんだ」

高木「日々少しずつだけど、本当に、練習してよかった」

黒井「………」パタン

高木「あ、黒井も終わったか?よかったらこの後、飲みにでも行かないか?」

黒井「……私が、お前とか?」

高木「ああ、そうだ!仕事以外であまり話したことがなかっただろう、ちょうどいいじゃないか」

高木「ま、1回だけ付き合ってくれないか?いい店を知ってるんだ、後悔はさせない」

黒井「…1度だけだ」

高木「ああ!」


9: 2013/03/02(土) 10:16:09.95

店内

高木「どうかな?なかなか雰囲気のいい店だと思うんだが」

黒井「……まあ、悪くない」カラン

高木「褒めてもらえるとは、嬉しいな…黒井はかなり、センスがいいようだから」

黒井「これは当然のことだ…一流を目指す人間は、一流の物を身につけ、見識を持たねばならない」

高木「ははっ、そうだね…やっと、はじめて本音が聞けた気がしたよ」

黒井「気持ち悪いことを言うな…だいたいお前は―――」

黒井「……? ……なんだ、これは」

高木「ああ、この店では、歌も披露されているんだよ…ほら、あそこ」

高木「…私たちも、いつかアイドルをプロデュースするようになれば、ああいう感じなのかもしれない」

高木「輝く人間を間近で支えて、その成長を間近で見られる…」

高木「本当に、この職について良かったと思っているよ」

黒井「………」


10: 2013/03/02(土) 10:17:43.94

店外

高木「どうだ、黒井も気に入ってくれた店だ…2人しかいない新人なんだ、また来ないか」

黒井「ああ、確かに、悪くなかった…だから」

黒井「たまに、だ」

黒井「たまに来るぐらいなら、付き合ってやる」

高木「ああ!いつか、いつか…あそこで、自分のアイドルを歌わせてみたい」

高木「どうだ、なかなかいい考えじゃないか?」

黒井「…確かに、一流のアイドルには相応しい場所だ」

高木「そうだろう!?…なら、勝負だな、ははっ」

黒井「…勝負?」

高木「ああ、勝負だ!私と黒井、どちらが先にあそこに自分のアイドルを立たせるか」

黒井「……ふふ、ふ、ふふふ…」



黒井「おもしろい、受けて立とう」


11: 2013/03/02(土) 10:18:39.47


―――
――


社長「君たちはもう、書類事務も完璧だ…今日からは、営業を行ってもらう」

社長「新人研修の際に、一度ベテランのプロデューサーの仕事を見たことがあったはずだ」

社長「方法はどんなスタイルをとってもいい…が、一応マニュアルはある」ピラッ

社長「見る見ないは君たちに任せる… とりあえず、君たちには2件の契約を任せたい」

社長「今度、ひと通りのレッスンを終え、デビューするアイドルが居る」

社長「そのアイドルの活躍の場を、君たちが提供するんだ」

黒井「……つまり、本格的なプロデュース業への第一歩、という事ですか」

社長「…ま、そういうことになるかな」

高木「本当ですか!?ありがとうございます!や、やったぞ!黒井!」

社長「ああ、補足しておくと、1人が2件の契約をとっても構わない」

社長「1人がブレーン、1人が動く、そのスタイルでも構わない」

黒井「分かりました。やらせていただきます」

黒井「…そのアイドルの情報だけ、いただけますか」


12: 2013/03/02(土) 10:20:09.37

高木「…とは言ったものの…どうしようか、黒井」カタカタ

黒井「…考えがある」カタカタ

黒井「アイドルの得手不得手は頭に入っている」

高木「えっと…とりあえず、今募集しているオーディションと番組ゲストの一覧だ」

黒井「…ふむ…」

高木「あ、これなんかいいんじゃないか!?大きい仕事だし、取れたら…」

黒井「いや…ダメだ」

高木「どうしてだ?取れたら、一気に人気も出るかもしれないじゃないか」

黒井「まず小さな仕事からはじめなければ…ファンも業界人も知らない人間が選考には通らないだろう」

黒井「基盤を固め、土台をつくり… 確実に今の能力でこなせる仕事でなければ」

黒井「だがもし仮に通ったとして… いきなりの大舞台での緊張、雰囲気、周りは有名芸能人ばかり」

黒井「お情け程度のフリを受け、無難な受け答えをして、それで終わりだ」


13: 2013/03/02(土) 10:21:38.98

黒井「逆に基盤と土台さえあれば、ある程度の場慣れもある、地道な営業で固いファンも出てくるだろう」

黒井「そこに逆にゲストとして呼ばれるようにならなければ」

黒井「その時点でやっと、大きな仕事の成功という未来が見込める」

黒井「……仕事は、このラジオ…そして、この、雑誌取材がいい」

高木「……すまない、私は、アイドルの事を考えているつもりで…自分の事だけだった」

高木「…私にも手伝える事はないだろうか、私に出来ること、私にしか出来ないこと、なんでも」

黒井「…ふむ…取材の仕事の契約は私が行こう…相手がどうにも合理性を重んじるタイプだそうだ」

黒井「……が……」

黒井「このラジオの仕事の契約は、お前に任せるとしよう、お前にしか出来ないことだ」

高木「私にしか…」

黒井「ああ… そこの相手はどうにも、私では逆効果だろう… 相手が、そういうタイプでな」

黒井「私の苦手な、情熱、と言ったところか」

黒井「しくじるなよ」



黒井「――――高木」


14: 2013/03/02(土) 10:22:36.37

高木「…な、名前…はじめて…」

黒井「…さっさと営業に行け…これが相手の情報、これが資料だ」ピラッ

黒井「お前のような人間は、せわしなく働いてる方がお似合いだ」

高木「……っ、あ、ああ!行ってくるよ!ありがとう!」

パタン!


黒井「…さて」

黒井「私も、成すべきことを成さねばな」

―――
――



15: 2013/03/02(土) 10:24:47.42

『そちらのアイドルは全くの新人だそうですね』

黒井「ええ」

『そんな方を、私どもの雑誌に?撮影、グラビアなどの経歴もなしに』

黒井「双方の、メリットの為に」

『…そちらのメリットは分かりますが、私どもには、どのような』

黒井「まずは、デビュー当初の新人アイドルを出演させる事によって―――」

黒井「次に、このアイドルが持つ雰囲気を用い、このような―――」

『ふむ…』

黒井「また、消費者の視点から見ても、他の有力な新人から見ても――――」

黒井「しかし、デメリットもあります」

黒井「それは―――」

―――
――



16: 2013/03/02(土) 10:25:22.70

『…ふむ、お話は、分かりました。理路整然としていて、利害が明瞭で、素晴らしい』

『新人の売り込みに、わざわざデメリットを説明する方はなかなか』

『私はその姿勢が非常に気に入りました…よろしければ、こちらからお願いします』

黒井「ありがとうございます…では、反響があれば次回もお声をかけていただければ」

『ええ、すぐにでも』

黒井「では… また、後日改めて」

『そうしましょう』

―――
――



17: 2013/03/02(土) 10:26:48.53

高木「よかったら、お願いします!新人アイドルで、駆け出しで」

高木「はじめての仕事を、ここでさせてあげたいんです!」

高木「…ああ、私もまだ駆け出しで、なんとも言えないんですけど…」

高木「業績も、名前が知られてるわけでもありませんが」

高木「一生懸命、頑張りますので、お願いします!」

高木「あの娘に、活躍の場を…お願いします!」


『…ははは、…あー…いいよ、分かった、まずは、とりあえずってところだけど』

高木「あ、ありがとうございます!ほ、本当に、ありがとうございます!」

『私もね、昔は、君みたいに熱かったよ!久しぶりだね、君みたいな、打算のない人は!』

『情熱…って言うのかな?…久しぶりに、思い出せたかもしれないな!』

『よし、じゃあ、契約の書類は持っているんだろう?今契約してしまおうじゃないか!』

高木「はい!…えと、書類…あ、あれ?書類…」

『ははは、まあ、逃げたりしないからゆっくり探してくれ』

高木「す、すみません…ははは」


18: 2013/03/02(土) 10:27:40.17

―――
――


高木「ただいま戻りました!」

社長「ああ、おかえり…で、どうだったかな」

高木「はい!契約、取ってきました!」

社長「よかった、黒井くんもさっき契約をあげたところだよ」

高木「はい、では、これ…と、これ、ですね」

社長「ふむ、うん、ああ、揃ってる、オッケーだ」

社長「今日は君たちも慣れない事で緊張しただろうし、そろそろいいよ」

社長「まさか、言ったその日に取ってくるとは思っていなかったがね、ははは」

黒井「…わかりました、では、これで…失礼します」

高木「あ、では、私も失礼します! …ま、待ってくれよ黒井、何をそんなに急いでる?」


黒井「……わかっていないようだな、高木…」

黒井「勝負はもう、中盤まで来ている」


19: 2013/03/02(土) 10:28:20.64

高木「ま、まだ担当アイドルも居ないんだぞ… 中盤なんて」

黒井「お前はつくづく…今までの仕事を見れば分かるだろう」

黒井「最初に事務処理で契約書類、書類作成を行って」

黒井「次に営業のマニュアルを貰い、仕事の取り方を教わった」

黒井「…あとは」

黒井「あとは、アイドルを担当するだけだ」


高木「……きみは」

高木「君は、本当に、一歩先を進んでいるな…」

高木「黒井…君には、何が見えているんだ」

黒井「………」

黒井「………私が目指すものは、いつ、どんな時でも、トップのみだ」


20: 2013/03/02(土) 10:29:14.74

社長「…今日から、君たちには2人で1人のアイドルをプロデュースしてもらうことになる」

社長「事前に言わなかったのは、まあ、百聞は一見にしかず、という事だ、ははは」

社長「と言っても、きちんとプロフィールなどの資料も用意しているよ」

社長「これが上手くいけば…君たちには1人ずつ、アイドルをプロデュースしてもらう」

黒井「…つまり、最終試験だ、という事ですか」

社長「そう取ってもらっても構わないよ」

黒井「わかりました」

高木「……わかり、ました……」

高木「………」

高木「………失礼します」


21: 2013/03/02(土) 10:30:27.88

高木「…黒井…やはり、おかしいよ」

黒井「…何がだ」

高木「輝かしいアイドルを、最終試験なんて、材料にするのは…」

高木「仕事を取ってくる、事務仕事が出来る…それなら、それで判断するなら、私にも分かる」

高木「でも、彼女は人間だ… 夢を持ち、未来を持ち、ここへ来た、1人のアイドルなんだ…」

高木「私たちの成功や失敗の材料みたいに…それこそ、代替品のように…」

高木「絶対に、おかしいよ」

黒井「……ここまで来れば、アイドルのプロデュースをするのみ、と分かっていたことだ」


高木「きみは…」

高木「君は、まさか、アイドルをモノとでも、思っているのか……?」

黒井「………」

黒井「………否定は、しない」

黒井「アイドルであろうと、商品だ…ルックス、歌、ダンス、トーク…その1つ1つに価値が出る」

黒井「その1つ1つの密度を高め、商品価値を向上させる…それが、プロデューサーだ」


22: 2013/03/02(土) 10:31:02.27

高木「……」

黒井「いずれ、わかる…どちらが正しいのか」

黒井「私はアイドルの資料を叩きこむので忙しいのでな…これで」

黒井「明日にはプロデュース方法について話がある、お前も考えておけ」

―――
――


高木「……私が、間違っているのだろうか」

高木「私も資料を読まないといけないな…」

高木「私には、君のように有能ではないし…未来が見えているわけでもないけれど…」

高木「…やはり、それは違うと思うんだ…黒井」


23: 2013/03/02(土) 10:33:36.86

『よろしくお願いします! 黒井プロデューサー、高木プロデューサー』

高木「うん、よろしく!共に頑張ろう…ああ、長いから高木さん、とかで構わないよ」

黒井「よろしく頼む…私も、好きに呼んでくれて構わない」

『はい!…えと…私、歌が好きで、歌を歌いたい、と思って、アイドルになりました!』

『まだ、きちんとした夢の形があるわけでは…でも、頑張りますので!』

高木「ははは、私と同じだね」

黒井「…では、私たちのプロデュースの形式について説明しよう」

『はい!』

黒井「基本的に仕事の確認、各所での君の付き添いを行うのはこの高木だ」

黒井「私は営業…つまり仕事を取ってくる、そして君のレッスンを行う」

黒井「君がある程度の水準に達するまでは私でも十分に対応出来るはずだ」

高木「今日は顔合わせくらいって聞いていたからね、本格的には明日からだね」

黒井「ああ…今現在の君のレベルも聞いている、仕事は明日からだ」

『わかりました!では、よろしくお願いします!』

黒井「ああ」


24: 2013/03/02(土) 10:35:44.41

高木「すごく美人だったね…それに歌も上手いんだろう?彼女なら、すぐトップになれるかも」

黒井「…そうだな」

高木「君が反論しないあたり…本当にそうなのか」

黒井「あれは…彼女は、自分の歌を、個人の趣味レベルだと思っているようだがな」

黒井「磨けば、本当にトップアイドル…というのになるかもしれない」

黒井「商品という範疇を超えた、アイドルに」

高木「楽しみだ…すごく」

黒井「楽しみ?」

高木「ああ、そうだ…楽しみなんだ」

高木「これから、彼女が輝き…私も、君も、ともに成長して…どこまでいけるのか」

高木「無論、狙うのはトップだ…けど、その過程が、すごく楽しみだ」

黒井「…楽観的だ…私には、理解し難い」

黒井「だが、それが、お前の…」


25: 2013/03/02(土) 10:36:56.15

―――
――


ガチャッ

『おはようございます!』

黒井「ああ、君か…既に、仕事を1件取ってきている…2時間後、雑誌の取材からだ」

『えと…はい!雑誌取材、ですか』

黒井「聞かれた事に自分が思う通りに答えればいい」

『あ、はい!わかりました…えと、高木さんが一緒に来て下さるんですよね』

高木「ああ、そうだよ?どうしても答えられない質問、というのもあるからね」

高木「だいじょうぶ、君を心配になんてさせないよ」

高木「我が子、同然なのだから」

『………』

『………ふふっ』

『はいっ!』ニコッ

高木「では黒井、行ってくるよ」


26: 2013/03/02(土) 10:37:57.54

記者「では、取材をはじめます…よろしくお願いします」

『よろしくお願いします』

記者「ええ、では…アイドルをはじめた、なろうとしたきっかけがあれば」

『えと…歌が好きで、歌を歌えたら…そう思って、はじめました』

記者「なるほど…では、将来的には歌手へ?」

『なれたらいいな、と思いますが…アイドル、というのにもすごく興味があります』

記者「それは、どうして?」

『みんなを、笑顔にできる存在だから』

『そのときその場に居なくても…その人を、笑顔に出来るから…かな』

『…って、えへへ、恥ずかしい事言っちゃいました…』

記者「いえいえ、立派な志だと思います!ちょっと、私も興味がわいて来ました!他にも―――」

―――
――



27: 2013/03/02(土) 10:39:24.95

高木「いい感じだったね、ははは、私が居なくても問題なかったようだ」

『そ、そんな…私、横に高木さんがいらっしゃるから安心して答えられたのに』

『1人だと、やっぱり心細いですし…心配させない、っておっしゃってましたし』

高木「そうか、そう言ってくれるとありがたいよ」

高木「君は…きっといいアイドルになれるさ」

『…そうなれるように、頑張りたいですね!まだまだこれからです!』

高木「うんうん、その通りだよ」

高木「ああ、そういえば、書面上でしかあまり君のことを知らないんだ」

高木「親睦を深めるついでに、適当にお昼でも食べて帰ろう」

『そうですね!私も、おふたりの事、あまり知りませんから…ふふっ』

―――
――



28: 2013/03/02(土) 10:40:27.75

高木「ただいま戻りました」

黒井「遅かったな…どこかで昼食でもとっていたか」

高木「よ、よくわかるね…」

黒井「お前のことだ、やりそうな事ぐらいはわかる…それを踏まえて時間を都合している」

『…ふふっ、高木さん、黒井さんにプロデュースされてるみたいですね』

高木「ははっ、もう、その通りかもしれないな」

黒井「今日の仕事は雑誌取材のみだ…仕事は以上だが、これから私のレッスンを受けてもらう」

高木「ああ、それ、私もいいかな」

黒井「構わない」

黒井「既に社内のレッスンルームの使用許可は取ってある…付いて来い」


高木「彼はね、口は悪いが思いやりはあるんだよ、一応」

『ふふっ…そうみたいですね』


29: 2013/03/02(土) 10:41:39.96

黒井「では私がピアノを弾こう…音に合わせて声を出せ」

『はい!』

黒井「でははじめるぞ―――」

―――
――



『…ふぅ、どうでしょうか』

黒井「…それなり、だ」

高木「黒井…君はもっと素直に褒めることを覚えた方がいいよ」

黒井「まだまだ、トップアイドルになるには遠いが…新人としてはそれなり、だ」

『ふふっ…ありがとうございます』

黒井「では今から30分間の休憩だ…ほら、きちんと水分補給をしておけ」

『あ…ありがとうございます』

黒井「発声が難しくなったり、違和感を感じたらすぐに報告しろ…ではな」

『はい』


30: 2013/03/02(土) 10:43:13.07

高木「ううむ…素直になれば、言うことはないんだけどな」

『何か…高木さんと黒井さんは、正反対なのに、どこか似てます』

高木「そうかな?」

『はい…表現の方法は、違いますけど…おふたりとも、優しいですから』

高木「…照れるね」

『ふふっ』

『…さて、私も頑張らないといけませんね!』

高木「ああ…君には、その長い髪もよく似合うが…活発そうなショートカットも似合いそうだね」

『…そうですか?なら、考えておきますね?いつか、髪を切る時が来たら』

高木「今のままでも、十分魅力的だがね」

『ありがとうございますっ』


31: 2013/03/02(土) 10:45:14.00

黒井「(その日から、仕事の後など、日々トレーニングをし続けた)」

黒井「(私でも、少々過酷なトレーニングだ、と言えるものも、安定してこなせるようになってきた)」

黒井「(ふむ…)」

・ ・ ・

ガチャッ

高木「…どうしたんだ?ああ、君も、来ていたか」

『おはようございます』

黒井「揃ったか… 早速だが、そろそろ、彼女にオーディションを受けさせようと思う」

『オ、オーディションですか?わ、私にはまだ早い…のでは?』

高木「そうでもないと思うよ?私には、最近、君の歌と歌手のそれと何ら違いが分からないし…」

黒井「そういうことだ…以前より、雑誌での知名度の広まりが想像以上に大きい」

黒井「ダンスなどは…今ひとつ、だが…歌に関しては余裕を持ってオーディション通過を狙える」

『だ、ダンスはどうにも苦手で…』

黒井「話は終わりだ… 高木、今回の資料…そしてリストの各所に顔を出してこい」

高木「ああ、分かった… オーディションが終わったら、行ってくるよ」


32: 2013/03/02(土) 10:46:12.91

車内

高木「はじめてのオーディションだね」

『はい…まだ、数ヶ月くらいしか活動やレッスンをしていないのに…大丈夫でしょうか?』

高木「黒井も言っていたが、私もいけると思っているよ」

高木「聞いていて、すごく気持ちが落ち着くというか…そういう感じかな」

『なんか…嬉しいですね、そういう風に、思ってもらえるのって』

高木「…君はきっと、すぐ有名になって…誰からも、そう言ってもらえるようになる」

『でも…やっぱり、普段の活動を見てくださってるおふたりに、そう言ってもらえると』

高木「そうか」

『ええ』

『ああ、そういえば…お茶の淹れ方を学んだんです…今度、おふたりに、と』

高木「それは、楽しみだな」


33: 2013/03/02(土) 10:46:56.96

高木「ここかな」

『きゅ、急に緊張して来ました…』

高木「えっと… 新人アイドル歌手のラジオ番組のオーディションだそうだ」

高木「成功すれば、一定期間だが、自分のラジオ番組が持てるみたいだね」

『な、なるほど』

高木「よし、とりあえず行こうか」

『はいっ!』

―――
――


『…かなりの人が居ますね…皆さん、アイドルの方なんでしょうか』

高木「…そのようだね」

『わ、私…大丈夫かな…その、上手く歌えなくて失敗したら…おふたりに』

高木「気にしなくていい」

高木「私たちの仕事は、君をプロデュースすることだ」

高木「仕事は、私たちが頑張ればいくらでも取れる」


34: 2013/03/02(土) 10:47:57.38

高木「確かに…上手く歌えることは大事な要素かもしれない」

高木「でも、君が楽しくなきゃ、意味が無い」

高木「だから、好きなように、自分の好きな歌を、歌っておいで」


『……好きな歌を、好きなように』

高木「ああ」

高木「秘密だが、黒井も仕事が終わった後、君がレッスンルームで歌っているのを聞いているんだよ」

高木「で、私も来て、偶然会ったふりをしたり」

高木「私たちは、君のはじめてのファン、ってところだよ…ははは」

高木「君の、そのままの歌が聞きたい」

高木「頑張って」


『………』

『………ふふっ』

『はい!…それじゃ、行ってきます』

35: 2013/03/02(土) 10:49:11.86

高木「どうだったかな」

『はい!私…好きなように、歌えました』

高木「ははは…よかった」

『ええ』

高木「戻ろうか」

―――
――


ガチャッ

高木「ただいま戻りました」

『戻りました』

黒井「…どうだ」

『はい!精一杯、できました』

黒井「そうか、ならいい…緊張もしただろう…今日はもういい、とっとと休め」


36: 2013/03/02(土) 10:50:30.84

『あ、では…その前に、ちょっと』タタッ

黒井「…何だ」

高木「お茶の淹れ方を覚えてきてくれたそうだ、彼女、いい娘だよ」

黒井「…アイドルは己だけ磨いていればよいと言うのに」

高木「そう言うな…彼女なりの、感謝の気持ちと思えばいいさ」

黒井「感謝…か」

『え、えっと…あまり美味しくないかもしれませんが…よろしければ』コトッ

黒井「………ふむ」

『……ど、どうでしょうか』

黒井「不味い」

『…す、すみません…や、やっぱり私がやるべきでは…」

黒井「……だから」

黒井「……だから、次はもっとマシなモノを出せ」

高木「君は…まったく」

『……は、はい!つ、次は頑張りますので!…ふふ』


37: 2013/03/02(土) 10:51:30.99

―――
――


『おはようございます!』

高木「ああ、おはよう!そういえば、ラジオ、受かったそうだ」

『え…本当ですか?よ、良かった…』

黒井「本日から毎週末、約3ヶ月ほどの10回、仕事が入る」

高木「ま、私は横で見ているだけになってしまうんだがね、ははは」

黒井「ここでトークスキルと真面目な姿勢を見せておけ」

黒井「詳細は高木に渡した資料にまとめてある、2時間前には読んでおけ」

『わ、わかりました!ありがとうございます!頑張りますから』

黒井「当たり前だ…言葉より、結果を出してみせろ」

『はい!』


・ ・ ・

高木「彼女も、君の態度に慣れてきたのかもしれないね、ははは」

黒井「……私はこれが常だ」


38: 2013/03/02(土) 10:53:49.82

司会「さあ、今回からはまたもや新人アイドルの登場です!以降10回、この方でーす!」

『は、はじめまして!よろしくお願いします!』

司会「皆さんにお見せできないのが非常に残念ですが、とっても美人なお方!」

司会「今回は私だけが見てしまうことになりますが…ここで皆さんの期待を煽っておきたいですね!」

司会「もちろん、いつも通りラジオの最後には、ゲストさんの生歌披露です!お楽しみに!」

司会「ではでは、はじめていきましょう!まず、お名前からお願いします――――」

―――
――




『今日は、ありがとうございました!』

司会「ええ、ありがとうございました!いつもの2倍くらい、お手紙いただきましたよ!」

『嬉しいです…よかった』

司会「新人とは思えないほど、何か場慣れしていらっしゃいますね!」

『高木さんと、黒井さんのおかげです!色々なお仕事が出来るのも…ふふっ』

39: 2013/03/02(土) 10:55:21.47

司会「ああ、最近業界で有名ですよね、2人の新人敏腕プロデューサー」

司会「あなたを担当されていらっしゃったんですね…ああ、何か納得いきました」

『…そんなに有名だったんですか?』

司会「私もそこまで詳しくはないですが、最近はすごく活躍されてらっしゃるそうで…」

司会「高木さんだと、すぐ皆と交友を広げて仲良くなって、色々仕事を取ってきていたり」

司会「黒井さんは表にあまり出ませんが、ここぞという時に確実に大きな契約を取る、って」

『そんなにすごい人たちだったんですか…私…自分のことばかりで』

司会「それだけ愛されていらっしゃるのかもしれませんね?あはは」

司会「では、また次回もよろしくお願いします!期待していますので!」

『はい!ありがとうございました!』

―――
――



40: 2013/03/02(土) 10:56:26.30

高木「今日、いつもより楽しそうだったね」

『はい!色々な質問やお便りに答えるのは難しかった、ですけど…』

『わたしに興味を持ってもらえて、すごく嬉しかったので』

高木「アイドルとしての自覚が出てきたのかな?ははは」

高木「いいことじゃないか!私も、嬉しいよ」

・ ・ ・

ガチャッ

高木「戻ったよ!彼女のラジオ、大成功だった!すごく、よかった」

黒井「知っている」

『……もしかして、聞いてくださってた、とか?』

黒井「………」

高木「ふ…ふふ、ははは、黒井、君は本当におもしろいな」

黒井「……私の事はいい、初回放送で注目も集まるだろう、雑誌の取材をいれておいた」


41: 2013/03/02(土) 10:58:04.58

高木「あ…はじめて彼女の取材をしてくださった…」

「ええ、お久しぶりです!彼女に、興味がわいたので、また…黒井さんから」

高木「それはありがたいです!すごく、頑張ってるので!」

「ええ、ええ!それだけじゃなく、お二方もすごく尽力されているようで」

「あるプロダクションが音楽関係の仕事を見事に回収していくだなんて、言われてますよ」

高木「ははは、それは黒井の手腕ですよ」

「高木さんも相当人脈を広げていらっしゃると」

高木「友だちになった、という方が適切かもしれませんね…そういえば、お名前は…」





高木「善澤さん、でよろしかったですよね」

42: 2013/03/02(土) 11:02:17.87

善澤「ええ、覚えていただいて光栄ですよ…まだ、駆け出しなので」

高木「いえいえ、とんでもない…前回の記事、評判がすごくいい、って黒井が」

善澤「それはよかった…それでも、彼女の魅力については書ききれなくて」

善澤「…ああ、すみません、では、取材をはじめましょうか」

『あ、お願いします!ふふっ』

善澤「何か、雰囲気ありますね!よろしくお願いします―――」

―――
――



・ ・ ・

善澤「質問は以上です!どうでしたか」

『ま、前よりは緊張せずに済んだかもしれません』

善澤「あはは、どちらかというと私の方が緊張しましたよ」

善澤「では、私はこれで。ありがとうございました」

43: 2013/03/02(土) 11:06:13.47

高木「…前の記者さんだったね?君は、善澤さんを気に入ったのかい」

黒井「彼は、有能だ」

高木「君が素直に褒めるのは、本当に珍しいな」

黒井「今後彼女への雑誌取材があるときはあそこを最優先に使っていく」

黒井「…まあ、もう間もなく増えるだろうが」

黒井「そこまでくれば、後はやることは1つだ」

高木「…アイドルとして、表舞台への完全なデビューか」

黒井「ああ」

黒井「もう、この短期間で十分実力はついた…活躍中のアイドルにも匹敵するだろう」

高木「そうだな…そう、思うよ」

黒井「私が彼女にレッスンをすることももうない…後は専門の人間がすることだ」

高木「彼女を、どこでデビュー発表をさせるつもりかな」

黒井「1ヶ月後…各プロダクションの合同新人アイドル発表ライブがある」


44: 2013/03/02(土) 11:10:08.53

黒井「発表と…実力勝負を兼ねた、トーナメントのようなものでもあるが」

高木「それ…確か、優勝したら、ゴールデンの音楽番組の契約が貰えるやつじゃないか?」

黒井「そうだ…もう、彼女の実力ならば他にも劣らない…優勝はまず間違いない」

黒井「その優勝をもって…彼女のプロデュースを、終了する」

黒井「社長にも、そう、伝えておいた」

―――
――


高木「なあ、黒井、あの店に彼女を連れて今から行かないか」

高木「ほら、景気付けというか…はじめてプロデュースしたアイドルなのだから」

黒井「……私は仕事が」

高木「…ああ、ほら、行こう!仕事なら、私も手伝うよ!下で彼女も待っているんだ」

黒井「お前は… 分かった、では5分後に下に行く…待っていろ」

・ ・ ・

黒井「お前は本当に…」

『お仕事以外でおふたりと居るのって、新鮮ですね?ふふ…何か、嬉しいです』

『どこに連れて行ってもらえるのか楽しみで』

高木「…今日連れて行くのはね、将来の頂点と…私たちの、原点のような場所だ」

高木「きっと、気に入ってくれると思う」


45: 2013/03/02(土) 11:11:21.00

『……わ、すごくおしゃれなお店ですね…』

高木「そうだろう?よかった、気に入ってもらえて」

高木「ほら、見えるかい?あそこのステージ」

高木「いつか君がトップアイドルになったら、あそこで歌ってほしいんだ」

高木「その時には…君のそばに私も、黒井も居ないかもしれない…けど、いつか」

高木「あそこで、歌ってくれないか」

『………』

『………はいっ』

『きっと』

『きっといつか、あそこで…おふたりに、歌を届けます』

黒井「………」

―――
――



46: 2013/03/02(土) 11:12:27.61

高木「彼女…最近、ずっと頑張っているようだな」

黒井「ああ…もう、私たちの必要を感じさせないくらいに」

黒井「……私は」

黒井「そろそろ、独立しようかと考えている」

高木「…独立、だって?」

黒井「このプロダクションを見ろ…入社したばかりは活気に溢れていた」

黒井「今はどうだ…仕事を取ってくるのは私たちぐらい、完全に彼女に事務所の未来がかかっている」

黒井「ここはそう長くない… 経営手腕も身に付いて来た、大きなコネクションも出来た」

高木「…だから、独立するのか」



黒井「ああ…私は、私の手でトップアイドルを育てる…モノではない、アイドルを」


47: 2013/03/02(土) 11:13:21.93

黒井「高木…お前はどうする」

高木「…私は、ここに残るつもりだ…今まで、一緒にやってきたのだから」

黒井「…そうか」

高木「すまないな」

黒井「ふん…お前なぞ居なくとも、トップに立つのは私だ」

高木「…ふっ、ふふ…そうだな、しかし、私も負けはしないさ」

高木「彼女も、もう…巣立ちか」

黒井「ああ」

高木「彼女に…私たちの、プロデュースした証拠として、何か…曲を作ってあげたいな」

黒井「…曲、だと?」

高木「彼女に、歌ってもらえるような…喜ばしい巣立ちを、祝うような」

高木「君は、ピアノが弾けるだろう?音楽の才能もある…協力、してくれないか」

高木「もう、彼女とは、最後かもしれない…だから…だから―――」

黒井「………いい、だろう」


48: 2013/03/02(土) 11:13:57.18

高木「曲は彼女のイメージに合わせて―――」

黒井「違う、そこは―――」

高木「歌詞は――――」

黒井「何度言わせればわかる―――」

―――
――


高木「……で、出来た……や、やっと…」

高木「で、出来たぞ!黒井!私たちの、彼女への…出来た!」

黒井「……私は疲れた、家に戻る」

高木「ありがとう…ありがとう、黒井!」

黒井「……ああ」



黒井「…私も、真面目にやってきたかいが、あったのかもしれんな」

パタン


49: 2013/03/02(土) 11:14:59.94

―――
――


『今日で、本番1週間前ですね』

黒井「ああ」

高木「そうだね」

『よかったら、皆で写真を撮りませんか?』

高木「いいね、いい、そうしよう」

黒井「……私もか」

『ふふっ、当たり前じゃないですか…ほら、黒井さん、高木さんの反対側で…そう』

『あ、ディレクターさんは、もうちょっと左によって…善澤さんは、そう、そこ』

『私、絶対にトップアイドルになってみせます!頑張ります…頑張りますから!』

『はい、撮りますよ?タイマーセットして…』





パシャッ


50: 2013/03/02(土) 11:16:10.48

『またここに来れるなんて、嬉しいです』

黒井「…どうもこいつは、ここが気に入っているようでな」

高木「…君も結構気に入っているだろう?私はこの、角ばった氷で飲むお酒が好きでね」

高木「ははは…これは前祝い、と言った感じだけど…頼み込んで、お願いしてみたんだ」

高木「君と以前、約束しただろう?…まだ、少し早いかもしれないけど…」

高木「ここで、歌って欲しいんだ」

黒井「…ほう」

高木「君の成長を、見たいんだ…私たちの、はじめてのアイドルの…」


『ふふっ…わかりました』

『では、しっかり見ていてくださいね?』

―――
――



51: 2013/03/02(土) 11:17:40.92

高木「……すごく」

高木「すごく、良かった…」

高木「…君に、贈り物があるんだ」

『……え?』

高木「少し、恥ずかしいけれどね…私と黒井で、一生懸命作ったんだ…君への、曲を」

『…………』

高木「気に入ってくれれば、嬉しいけれど…ははは」

『……う』

『……嬉しいです…っ』ポロポロ

『……あ、ありがとう…ございます……っ、ひっく』

高木「あ、ああ、すまない…泣かせるつもりではなかったんだ…」

『…ひっく、ふ、ふふっ…こ、これは嬉し泣きですよ』

『…あ』






『この曲のタイトルは、何て言うんですか?』


52: 2013/03/02(土) 11:18:36.27

黒井「…いよいよ今日か」

高木「ああ…今日で、お別れになってしまうんだな」

黒井「寂しいのか…はっ」

黒井「彼女がトップになれば、どこに居ようとも見られる」

高木「……ふふ、君も、私に少し似たんじゃないかな」

黒井「………そんなことはない」


―――
――


司会「さあ!全国のプロダクションの方々、本日は、新人アイドルの発表です!」

司会「なお、新人アイドルに曲を披露してもらい、最高得点を得たアイドルには、こちら!」

司会「ゴールデンタイムの、あの有名音楽番組の、出演権です!」


53: 2013/03/02(土) 11:20:05.41

司会「…では!午前の部が予選、午後の部が決勝として別れて行きましょう!トーナメント制です!」

司会「では、エントリーナンバー1番!関西のプロダクションの――――――」

―――
――



高木「レベルが高いな」

黒井「…だが、足元にも及ばない」

高木「彼女なら大丈夫だ」


司会「では!午前の部の最後、今急成長中のプロダクションと、新人アイドルの――――!」

―――
――



54: 2013/03/02(土) 11:21:42.58

『や、やりました!午前の部、通過出来ました!』

高木「ああ!やったな、よかったよ!」

『く、黒井さん、どうでしたか?』

黒井「…当然だ」

『…ふふっ、どうしても、褒めてはいただけませんね』

黒井「…優勝したら、褒めてやる」

『…聞きましたよ?…では、午後の部、行ってきますね』

高木「頑張って!」

『はーい!』


・ ・ ・

黒井「……おかしい」

高木「……な、何がだ」

黒井「得点の流れが、不自然だ」


55: 2013/03/02(土) 11:24:04.41

高木「ふ、不自然…?不自然って…」

黒井「これだ…このブロックのこのグループ…確か、大手プロダクションの」

黒井「ほぼ毎回、1点、2点差で通過している…大きくても3票差…」

高木「え?あ、あそこが勝ち上がってるのか?いまいち…その」

黒井「彼女や他のプロダクションは毎回大差をつけて勝ち上がったり、接戦だったりするというのに」

黒井「この得点のぶれのなさ…」

黒井「…大した実力もないグループが勝ち、本来勝つべきグループが落選している」

黒井「……何か、ある…高木、お前も早急にこの番組のスタッフとこのイベントスタッフを当たれ」

高木「わ、分かった!」

―――
――



56: 2013/03/02(土) 11:26:00.87

高木「す、すまない…それらしい証拠は、何も…」

黒井「……こちらもだ…だが、明らかにおかしい」

黒井「落選したグループにあたっても、他にあたっても、『あそこは負けると思っていた』だ」

高木「ど、どうにかならないのか…このままだと…もう、彼女の番が…」


・ ・ ・

司会者「では!最後の最後です!何か、コメントがあれば…その後、合図お願いします」

『はい』

『………私自身、ここまで来られると思っていませんでした』

『高木さん、黒井さん…ありがとうございます』


『おふたりが、プレゼントしてくれた、この曲を』

『ただ、心をこめて、歌います』

『では、お願いします―――』








『空』

57: 2013/03/02(土) 11:27:15.82

―――
――


高木「…すごいな」

黒井「これが私たちの生み出した…アイドルか」

高木「拍手が、鳴り止まないな…ははは…」

高木「これで最後、と思ってしまうと…涙が溢れ出しそうなんだ」

黒井「………」

司会「それでは、結果発表です!」

司会「1位は、なんと!」















司会「華麗なダンスと、圧倒的歌唱力の、新人アイドルグループでした――――――!」

58: 2013/03/02(土) 11:29:06.57

ザワザワ…

高木「……そんな……」

黒井「……くそ」

高木「そ、そんな!おかしいだろう!」

「そうだー!」

「おかしいだろう!」

「最後の娘が1位のはずだろう!」

司会者「い、いえ…そう言われましても、厳正な評議で…」

「どこが厳正な評議だ!元々決まっていたんじゃないか!」

高木「…え?」

「そのグループを出演、そこからドラマの主演までの流れが出来てるそうじゃないか!」

「私は…私は聞いたぞ、ふざけるな!」

高木「そんな……そんなこと……」

黒井「………」

黒井「……くそ」

黒井「……人の努力を、金で踏みにじるなど……許されない事だ…」

黒井「……それが、現実だと、いうのか……」

59: 2013/03/02(土) 11:30:26.07

黒井「……だが、私は…私だけは、許さない」

黒井「絶対に、許さない」

黒井「……思い知るがいい」

黒井「目には目を、歯には歯を、だ」

黒井「貴様らの…その行い」

黒井「彼女の輝かしい未来、歌、経歴…それらに泥を塗り」

黒井「彼女の空へと羽ばたく翼を奪った…罪深き」








黒井「その、代償を」

60: 2013/03/02(土) 11:32:31.99

社長「最近、黒井くんを見ないね…高木くん、連絡は貰っていないかな…大事な話があったんだが」

高木「いえ…私も、連絡がつかなくて…あ、それで、大事な話、とは…」

社長「…この会社を、畳もうと思うんだ」

高木「……え?」

社長「彼女が…その、歌うことを辞めてしまった今…もう、我が社はもたない」

社長「それで、最後に聞きたかったのだよ」

社長「彼か君、どちらかが会社を継いではくれないかと、ね」

高木「………」

社長「潰れかけの会社だ…改装して、新しいプロダクションを設立しても構わない」

社長「君たちはよくやってくれた…だから、それだけの援助はするつもりだ」

社長「だから――――」

「……う!」

「……ちょう!」

「社長!」

社長「……ど、どうした…そんなに血相を変えて…」

「社長!大変です!」

「あの、先日、彼女を退けて優勝したアイドルグループの超大手プロダクションが―――――」












「――――黒井崇男に乗っ取られ、倒産しました!」

61: 2013/03/02(土) 11:33:34.42

社長「な、なんだって!?」

「すぐ、テレビでも…ネットのニュースでも構いません!すぐに!」

社長「あ、ああ…」カチカチ

「――――先ほどの会見で、会社を吸収し、新設された、『961プロダクション』は―――」

「新社長となり、莫大な資本金でアイドルの育成を――――――」

「以前の会社を吸収した経緯を、黒井崇男 新社長は、次のように―――――」

「また、その裏では、吸収以前の会社では、コネクションによるアイドルグループの―――――」

「新会社では、今までの社員との、全員の総入れ替えを行い、反発も起きていますが―――」

「逆に、以上の理由により、芸能業界では、賛美の声もあがっており、黒井社長の新たな――――」

「ですが、最後まで勝ち残った新人アイドルの記録は、未だ出てきておらず―――――」

「各方面を調査しても、名前も書類も、正式な記録が――――――」

「そのようなアイドルは存在しなかったのでは、との推測も―――――――」


62: 2013/03/02(土) 11:34:52.75

高木「……そんな」

社長「…こんなことが…」

社長「…いや…どのような形であれ、彼が去っていくことは、わかっていたことか…」

社長「決断の時だ」

社長「どうする?」


社長「高木 順二朗」

―――
――


63: 2013/03/02(土) 11:35:48.80

[ 結果発表 直後 ]

高木「こ、抗議してくる!」

『……大丈夫です!…これが、私の実力だったんです…』

『私がもっと、歌が上手ければ…もっと、人の心を動かせたなら』

『…こんなことには、ならなかったと思います…』

『褒めてもらうことは、ありませんでしたね』

黒井「…そんな事は…これは…君は、よくやった…よくやった」

『…ふふ、いいんです…黒井さん、やっぱり、優しい人ですね』

『本当に、高木さんと黒井さんって、よく似ています』

『…私』

『…わたし…』





『アイドルを、辞めようと思います』

64: 2013/03/02(土) 11:38:56.26

高木「…な、何で…まだ、君には輝かしい未来が」

『…思ったんです、高木さん、黒井さんを見て、思ったことがあって…』

『だから、少しアイドルと距離を置いて…考える時間をつくろうかな、って』

『もちろん、アイドルにも、少し未練はあります…けど、それと同じくらい、気になるものもあるんです』

『きっと、また、何らかの形で戻ってきます…きっと』

『あの…おふたりに、最後に、お願いが…』

『…私の記録、職務経歴の一切を…全て、消していただけませんか』

黒井「それは…どういう」

『…私、おふたりのおかげで、短いけれど、どこまでも羽ばたく夢を見られました』

『でも、それは、どこまでも夢で…また、どこかでアイドルが生まれて、誰かを笑顔にしてくれるから』

『だから…』

黒井「……わかった…私が…私が、責任を持って、絶対に成し遂げる…絶対に」

『ありがとうございます…最後に、もう1つだけ、お願いが』




『全ての記録から消えてしまっても――――よかったら、私の事を、覚えていて下さい』

『おふたりがはじめてプロデュースした、アイドルのことを』

65: 2013/03/02(土) 11:40:17.00

『どこまでも、羽ばたいていられるような夢でした』

『おふたりなら、素晴らしいプロデューサーになると思います…ふふ、私が、保証しますから』

『私は、この世界に進んで、おふたりとの事を、何も後悔なんてしていません』

『むしろ、本当によかった、と思っています』

『いつか、また出会える、そのときまで』

『全ての記録から、人々の記憶から、私の事が薄れていって…いずれ、消えてしまっても――――』

『おふたりの記憶に、心に…片隅にでも、残っていられたなら…わたしは―――――』










『わたしはそれだけで、幸せですから――――――』

66: 2013/03/02(土) 11:41:17.48

―――
――


高木「…君も一躍、時の人だな」

黒井「………」

高木「………彼女の、復讐か」

黒井「……彼女は、関係ない」

黒井「ただ…許せなかった」

黒井「あのような、行為が」

黒井「だが…逆に分かった…あれが、現実なのだと」

黒井「二度と、私のプロデュースした者に…あのような事はさせない」

黒井「その為には…まだ足りないのだ…権力が、地位が、金が…!」

高木「………」

黒井「だが…また、会うことがあったなら」

黒井「彼女に、謝罪しておいてくれないか」

黒井「すまなかった、と」

黒井「そう、伝えておいてくれないか」


67: 2013/03/02(土) 11:43:54.58

黒井「どのような手を使ってでも、私は…」

黒井「最後に、聞きたい」

黒井「高木…お前はなぜ、この世界に入った」

高木「…それは…」

高木「…頑張る人を応援したい…横で支えてあげたい…そう思ったからだ」

高木「みなで何かを協力し、作り上げ… それが、1番の理由だよ」

高木「何か才能が私にあると言えるわけではないがね」

高木「―――その気持ちだけなら、誰にも負けないつもりだよ」


68: 2013/03/02(土) 11:44:48.28

黒井「…高木、お前とは、もう、これまでのようだな」

高木「君は、間違っているよ」

黒井「…それがどうかは、これからすぐに分かるだろう」

高木「…もう、戻れないのか」

黒井「私は、お前のそういうところが気に入らないのかもしれない」

高木「……」

黒井「友情、仲間、絆… どれも、数値化出来ない非論理的なもの」

高木「君は」

黒井「昔は、少し考えもしたものだ、それが、必要ではないかと」

高木「なら―――」

黒井「―――今ではもう、私に必要のないものだ」

黒井「……だが、悪くはなかったと、思っている」

高木「今までの、日々を」

黒井「…手放さざるをえなくなった未来は、後はお前がなんとかするがいい」

高木「…1つだけ、いいかな」

高木「もし…もし、その未来を、取り戻せる時が来たら―――――」

高木「力を貸してくれないか」

黒井「―――いいだろう」




黒井「さらばだ…高木」


69: 2013/03/02(土) 11:47:54.02

―――
――


「やっと、この会社を立て直すことが出来た…」

「765プロダクション、という大きな看板を設置することは出来なかったが…ははは」

「もう、彼と私とでは、大きな差が出来てしまったな」

「…彼女は…今、どうしているのだろうか」

善澤「………」

「…消えてしまって、だいぶ経つが…相変わらず、連絡はつかない…」

善澤「でも、彼女…また、きっと、って」

「ああ…しかし、私もいい歳だ…彼女を思い出せなくなる時が来ると思うと、怖いんだ…」

「…少し、看板を出すのを手伝ってもらっても構わないかな」

善澤「ええ」

善澤「…はぁ、なかなか、重い」

「歳をとってくると、やはりなかなか身体に来るよ…ははは」

『…あの?』


70: 2013/03/02(土) 11:49:29.36


「あ、ああ、すみません、まだ運営は明日からで…社員募集も――――」

『……え?……あ、ふふっ…ふふ、少し、傷つきました』

『応募しようと思って、ここへ来て』

『私の事、覚えていらっしゃらないんですか?』

「………」

「………まさか…か、髪…」

『ええ…言って下さったでしょう、「ショートカットも似合いそうだ」なんて』

『お久しぶりです』

「君は…今まで」

『…アイドルを辞めてからは…アイドルをサポートする側に回ろうと思って、勉強を』

『支えになってあげたくて』

『いつか私を、プロデュースしてくださった時のように』

「……も、もちろん…君さえ良ければ、ぜ、ぜひお願いするよ」

『ふふっ…よかった…黒井社長には、お断りされましたから』



71: 2013/03/02(土) 11:50:18.88

『会ってもいただけなかったんです…ふふっ…でも…仕方ないですね』

『私のために…ごめんなさい、ありがとう、とだけ、伝えてきました』

「君は…知っていたのか」

『いえ…そんな気が、していたもので』

「そうか…でも、君のせいではない…それに、約束もした…大丈夫だ」

『約束?』

「ああ、いや、こっちの話だ…」

「黒井がね…君に、すまなかった、と伝えてほしい、と」

『…ふふ…いつまでも、おふたりは変わりませんね…ふふっ』

「ははは…では、明日からよろしくお願いしようかな」

『ええ、こちらこそ、よろしくお願いします』


72: 2013/03/02(土) 11:50:47.86

高木「…社長になってから、君は少し変わったね…ははは」

黒井「当たり前だ」

黒井「……この多忙な私を呼び出して何の用だ?それにもう、私たちは―――」

高木「…ちょっとした、サプライズだよ…きっと君も…」

黒井「………」

黒井「…少し、だけだ」

高木「自信にあふれて少し変わったかと思ってたが…そういうところは変わっていないな」

黒井「…ふん」


73: 2013/03/02(土) 11:51:32.19

高木「この店、覚えているだろう…全てを誓って…けど」

黒井「………」

高木「だがね…全てではないが…夢のひとかけらを、また、共に見よう」

黒井「……何を言って…」

高木「…あそこだよ」

黒井「だから、何を―――――…か、彼女は…」








『みなさん、本日はよろしくお願いします』

『また、心を込めて、歌います』

74: 2013/03/02(土) 11:52:47.70

―――
――


「今日から、我がプロダクションがはじまるんだ…よろしくお願いするよ」

『はい、こちらこそ、よろしくお願いします』

「私はしばらくは営業に回らなければならないがね…はは、なんと言っても私含め2人なんだから」

『私も、頑張りますから』

『…あ、もうすぐ9時… それを超えたら、高木さんの事を高木社長と呼ばないといけないんですね…ふふっ』

「ああ、そうだね…まだまだ、慣れそうにないが…ははは」

『昨日は…ありがとうございました』

「いや、いいんだ…私も、君の歌がまた聞けて、とても嬉しかったのだから」

『ありがとうございます…黒井社長も、驚いていましたね』

「ははは、そうだね…でもきっと、また来てくれるよ…私たちは、君のファンなのだから」

『ええ』


75: 2013/03/02(土) 11:53:34.52

「では、そろそろ出なければ…行ってくるよ―――――」







「―――――――音無くん」



『…はい!…この呼び方も、これで最後ですね…ふふっ』

『行ってらっしゃい―――――』












『――――――――――プロデューサー』

76: 2013/03/02(土) 11:54:03.35

P「離合集散のディスコード」

おわり

引用元: P「離合集散のディスコード」