3: 2011/05/14(土) 21:08:11.00
月が綺麗な夜だった。
丁寧に舗装された道を、一人の少女が歩いていた。
燃えるような深紅の髪を持つその少女の左腕には、林檎が沢山詰まった紙袋が抱えられている。
その中から一つ、少女は林檎を取り出し口元へと運ぶ。
「………………」
無言で咀嚼する少女。
彼女の足音だけが、こつこつと暗闇に響く。
4: 2011/05/14(土) 21:13:28.70
やがて、少女は開けた場所に出た。
頼りない、いくつかの電灯が照らすその場所は公園だった。
人の気配は無く、不気味な程の静寂に包まれている。
不意に、少女は立ち止まる。
何かが聞こえた。
少女が辺りを見回すと、丁度茂みの前。
そこに子猫がいた。
毛並みは酷く乱れていて、体躯も随分と痩せ細っている。
子猫は少女を見つめ絞り出すような声で、鳴く。
「………………はん」
少女は渇いた、けれども確かに笑い、子猫に近づいた。
その白く小さな手が、子猫の頭を優しく撫でる。
5: 2011/05/14(土) 21:15:01.27
「食うかい? ……なんてな。猫は林檎食うのか?」
少女の問い掛けに、子猫は小さく鳴いて答えた。
少女はそれにまたもや微笑みながら、子猫の頭を撫でる。
しかしその微笑みは、何処か悲なし気だった。
「……お前も……一人か……」
佐倉杏子には友達がいた。
何度もぶつかり、ようやく解り会えた。
孤独な彼女にとっては初めて『親友』と呼べるような、そんな存在になるはずだった。
そんな友達が杏子にはいた。
しかし、杏子は失った。
友達――美樹さやかを失った。
さやかは己の愛する人の為、文字通り命を燃やし尽くしたのだ。
6: 2011/05/14(土) 21:20:06.11
「ったく……本当に馬鹿だよなぁ……」
そう言いながらも、杏子は分かっていた。
そんな彼女だからこそ、私は好きになれた。
そんな彼女だからこそ、私は友達になれた。
それなのに。
それなのに彼女は。
さやかはもういない。
「一人は……寂しいな……」
少女はまた林檎をかじる。
しょっぱい。
しょっぱい林檎は初めてだ。
杏子は一人、また歩き始めた
子猫はただ、その背中を見つめていた。
7: 2011/05/14(土) 21:22:21.92
――――
「これで最後!」
巴マミは両手に持ったマスケット銃の引き金を引いた。
放たれた二つの弾は、標的へと見事に命中。
激しい炸裂音と共に、魔獣は姿を消した。
「ふうっ……」
マミはようやく一息つくと、後ろに振り返り、言った。
「魔獣は倒したわ。もう大丈夫よ」
そのマミの声に、物陰から少女が現れた。
少女は用心深そうに辺りを見回すと、マミの元へと小走りで駆け寄る。
「あ、あの、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる少女に、マミは思わず苦笑した。
「いえいえ、魔法少女同士助け合わなくちゃね」
絶望と欲望が具現化した「魔獣」と呼ばれる存在を殲滅する、希望の存在。
それが魔法少女だった。
9: 2011/05/14(土) 21:27:38.89
「君に会うのは随分と久しぶりだね」
少女にそう話すのは、四足歩行の生き物。
外観はネコやウサギに類似しており、長く垂れ下がった特徴的な耳。
一見、愛らしいぬいぐるみのようだが。
しかしその正体は、少女の願いを一つ叶える代わりに、魔獣との戦いを宿命づける存在。
インキュベーター。
通称、キュウべえ。
キュウべえはひょいとマミの肩に飛び乗る。
「君は確か二人組で行動していたはずだけれど、もう一人の魔法少女は元気かい?」
この近辺に存在する魔法少女の契約はほとんどがキュウべえによるものだろう。
どうやらこの少女もキュウべえと契約した少女らしい、とマミは会話から推測。
「あ、あの、それが……」
少女は顔を俯かせた。
何かに恐れているような、そんな表情だった。
「何かあったの?」
少女のそんな異変マミは気づき、尋ねる。
少女は少し戸惑った後、ゆっくりと口を開いた。
11: 2011/05/14(土) 21:30:14.35
――――
「そりゃ、そいつらが油断してたからだろ」
杏子はむしゃむしゃとケーキを頬張りながら、マミの問い掛けにそう答えた。
とあるマンションの一室。
一人暮らしには少し広すぎるこの空間が、マミの部屋だった。
内装は何処にでもあるような、至って平凡なもの。
部屋の中央に置かれたテーブルには、三人分のケーキとティーカップが置かれている。
「本当に……そうかしら?」
マミは湯気の上がるティーカップを手に取り、先程聞いた少女の話を思い出す。
12: 2011/05/14(土) 21:35:08.78
その日もいつものように、少女達は魔獣を倒していた。
彼女達は、二人組で行動していた。
魔法少女の中では珍しいケースだが、それは彼女達の能力を聞けば納得。
マミと出会った少女は主に索敵担当。
すなわち、戦闘以外に真価を発揮する能力。
そしてもう一人の少女は戦闘特化型。
二人の利害が上手く一致したのだ。
その為、その日も少女は離れた場所から魔獣の位置をもう一人の少女に伝達し、魔獣の殲滅にあたるはずだった。
13: 2011/05/14(土) 21:37:49.56
しかし、魔獣と対峙しているはずのもう一人の少女の声が突然に聞こえた。
――――助けて
それ以降、もう一人の少女との連絡は取れなくなった。
彼女が急いで現場に向かったが、そこには何も残されてはいなかった。
さらに彼女の話では、最近魔法少女が行方不明になるという事が増えているらしいとのことだった。
魔法少女の行方不明。
魔法少女はその力が尽きると、消滅する。
絶望に飲み込まれる前に、その姿を消す。
それはすなわち、氏を意味する事だった。
マミは紅茶を啜った。
心地よい香りと温かな甘みが身体を駆け巡る。
「それ以外に何があるってんだよー」
杏子はケーキを食べ終え、くつろぎながら投げやり気味に言った。
マミは、素直に疑問を口にした。
「仮にも、その魔法少女は戦闘に慣れていたはずよ。この辺りの魔獣はそれほどレベルが高くないわ。他にも倒された魔法少女がいるのは、何か他の要因があったからかもしれない」
14: 2011/05/14(土) 21:40:18.10
「あぁ? どういうことだ?」
「彼女達は、本当に魔獣『のみ』に倒されたのかしら?」
「それって……」
「魔法少女が魔法少女に襲われた」
ぴしゃりと。
マミと杏子の会話に割り込むように。
黒髪の魔法少女――暁美ほむらは言った。
冷静な口調でほむらは続ける。
「魔獣との戦闘で疲弊した魔法少女に、魔法少女が襲い掛かった。貴方はそう言いたいのでしょう、巴マミ」
「えぇ……その通りよ暁美さん」
そう仮定できる理由はいくつかある。
魔獣はこの世界に具現化する時に、瘴気を纏い一種の結界の様なものを創り上げる。
その空間に干渉する事が出来るのは魔獣か魔法少女のみ。
魔獣との交戦中に連絡が途絶えた。
それはつまり、魔獣が生み出した結界内で何かが起きたということだ。
もう一つは、少女がその場に駆け付けた時には結界が消滅していたということ。
魔獣が倒されていたということだ。
最後の力で魔獣を倒したと同時に消滅してしまったとも考えられなくはないが、これが立て続けとなると、その可能性は低くなる。
15: 2011/05/14(土) 21:45:48.85
「そ……そんな事して何の為になんだよ?」
「あなたがそれを言うの? 佐倉杏子」
杏子の疑問に、ほむらは冷たい視線を向けた。
「少し前までは、美樹さやかと交戦を繰り返していたあなたが」
「ちっ…………」
杏子はばつの悪そうな顔をして、ほむらから目を逸らした。
マミも分かっていた。知っていた。
杏子とさやかが何度も衝突していた事を。
分かり合えたとはいえ、魔法少女と魔法少女が争っていた例は確かに存在していた。
すると、キュウべえがほむらの肩に飛び乗った。
「確かに、魔法少女同士がぶつかる事は珍しくない。それこそ、杏子みたいに好戦的な魔法少女も多いからね」
「うるせーな」
杏子は舌打ち混じりに言った。
「それは本当なのキュウべえ?」
「本当だとも。この辺りでは少なかっただけで、たいして驚くような事でもないよ。日常茶飯事な場所だってあるくらいだからね。そして、魔法少女同士がぶつかる理由のほとんどは縄張り争いなんだ」
16: 2011/05/14(土) 21:49:29.89
「縄張り争い……」
「そう。君達魔法少女のソウルジェムは、魔力を消費していくと濁っていってしまうという性質を持っている」
「いちいち言われなくたって、んな事知ってるよ。だから私達は魔獣をぶっ飛ばして、コアを手に入れるんだ」
「そのコアで魔法少女は魔力を回復して、残りは僕が回収させてもらう。うん、君達と僕達はそういう契約だからね」
願いを一つ叶える代償。
それが魔法少女とキュウべえの間に交される契約だ。
「だから縄張り争いが起きるんだよ。たくさん魔獣が現れる場所の方がその分コアを沢山入手する事が出来る。
そうすれば、魔法も出し惜しみすることなく使うことが出来るし、魔力の回復だって困らない。僕としてもそちらの方が助かるしね。でも、この短期間でこんなにも複数の魔法少女が倒されるのは前例にない事だよ」
キュウべぇが話し終えると部屋に沈黙が訪れた。
17: 2011/05/14(土) 21:54:54.63
「……私、なんとかしてみるわ」
「なんとかって?」
ほむらが抑揚なく尋ねる。
「……もし魔法少女の仕業なら、止めなきゃ。これ以上被害を広げない為に」
「相手は三人の魔法少女を倒している可能性もあるのよ」
「……それでも、私は行くわ」
マミは自分でも驚いていた。
何故、こんなにもはっきりと言い切れたのだろうか。
恐怖はない。何も、怖くない。
懐かしい気持ちだった。
昔、感じたことのあるような。
不思議な気持ちだった。
仲間。
そんな言葉がマミの頭に、胸に浮かんだ
18: 2011/05/14(土) 21:56:15.30
懐かしいような、愛しいような。
そんな言葉。
私は、仲間を、魔法少女を大切にしたい。
マミはそう強く決意した。
「そう。なら、止めはしないわ」
ほむらはそう言うと、静かに立ち上がり部屋を出て行った。
「あなたはどうする?」
マミはほむらが残したケーキを頬張っている杏子に言った。
「……気がむいたらな」
「そう、期待しておくわ」
マミは紅茶をもう一口啜り、笑った。
19: 2011/05/14(土) 22:00:53.80
――――
ひっそりとした人気のない路地。
月が雲の陰に隠れ、辺りを薄暗闇が支配している。
そこに、一人の少女がいた。
その少女と対峙するのは、異形の白い三体の影。
細長い胴体に、モザイクを散りばめたような顔。
魔獣と呼ばれる存在。
そして、少女は魔法少女だった。
魔獣を殲滅する希望の存在、魔法少女。
少女は魔獣に向け、走り出す。
あのレベルの魔獣なら楽に勝てる相手と少女は判断。
幾分かの余裕を持ってその力を奮おうとした。
その時。
突如、眼前にもう一人の少女が現れた。
「なっ!?」
少女は思わず一歩飛び退き、距離を取る。
20: 2011/05/14(土) 22:05:44.20
「あ、あなたは?」
少女の問い掛けに、もう一人の少女は答えない。
しかし、少女は即座に理解する。
「あなたのその格好、それにここは結界内と、なるほど。あなたも魔法少女って訳ね」
「………………」
「どうも加勢しに来てくれたって感じじゃなさそうね。だけど、おあいにく様。私は争う気はないわ。無駄な戦闘はしたくないの。私弱いしね。だから仕方ないか、ここはあなたに譲ってあげる」
「………………」
「うーん、お礼ぐらいあってもいいんじゃないかな。まぁいいや。それじゃ、頑張ってね」
少女はそう言い残して、その場を離れようとした。
次の瞬間、少女は右肩部に鋭い痛みを感じた。
「えっ?」
何が起きているのか、少女は理解出来なかった。
そして、少女が最期に聞いたのは、もう一人の少女の無機質な声だった。
「さようなら」
21: 2011/05/14(土) 22:08:11.08
――――
「遅かったじゃねぇか」
佐倉杏子は棒付きキャンディーを舐めながら、コンクーリートの塀の上に一人座っていた。
「何故私を呼んだの? 巴マミを呼んであげればよかったじゃない」
ほむらは開口一番、真っ先に疑問をぶつけた。
ほむらの元に、杏子から連絡が入ったのは、丁度一時間前のことだった。
(どうやら、新たな魔法少女がやられたらしい)
そんな杏子の声がほむらに届いた。
これは、魔法少女特有のテレパシーのようなものだ。
魔法少女同士なら、多少離れていても会話をする事が出来る。
ほむらは辺りを見回す。
やはりマミには連絡をしていないようだった。
「そんな事したら、あいつますます張り切っちまうだろ。危なっかしくて見てらんねーよ」
「随分と優しいのね」
「そんなんじゃねぇよ」
ほむらは杏子が座っているすぐ下に向かい、塀に背をもたれる。
冷たい、ひんやりとした感覚が背中から伝わる。
22: 2011/05/14(土) 22:13:38.98
「食うかい?」
杏子はほむらに渦巻き型のキャンディーを差し出した。
いつも何かしら食べている杏子が人に食べ物を譲るのは、信頼の証だ。
それを知っていたほむらは、キャンディーを無言で受け取った。
「私はさ、今まで自分の為だけに魔法を使ってきたんだ。キュウべえとの契約は、父親の為だったんだけどな。その願いに裏切られて、私は自分の為だけに魔法を使う決意をした。人の為なんて、結局は馬鹿見るだけだって」
「………………」
佐倉杏子は間違ってはいない。
魔法少女というものは自分を犠牲に願いを叶えるのだ。
だから、その力を自分の為に使うことは、何らおかしいことではない。
むしろ、そちらのほうが正しいのかもしれない。
そう、きっとそう……
「でもさ、あいつと出会って、ぶつかり合ってさ。私、気付いたんだ。裏切られるのが、傷付くのが怖かった。そして、あそこまで人の為に戦えるあいつが羨ましかった。だから腹が立って。ほんと、ガキみてぇだよな。笑えるだろ」
「………………そうね」
ほむらは空を見上げた。
月が見えない。
明日は雨だろうか、そんなことを考えた。
23: 2011/05/14(土) 22:17:04.90
杏子がぽりっとキャンディーを噛み砕く。
「なぁ、暁美ほむら」
「何かしら?」
「あいつは最期、幸せだったのかな?」
ほむらは風に揺れる前髪を見つめながら言った。
「……きっと、そうよ……」
魔法少女は絶望に飲み込まれる前に、消滅する。
希望に抱かれ消滅する。
それがこの世界のルール。
彼女が守った世界のルール。
ほむらのその言葉に、杏子はにっこりと笑う。
「そっか」
そしてぐいっと身体を伸ばすと、塀から飛び降り、地面へと着地した。
「よっしゃ。そんじゃ、私がその魔法少女を倒すよ」
「…………何故?」
26: 2011/05/14(土) 22:22:20.08
私も、もう一度、人の為に戦ってみるよ。あいつが最期まで信じ抜いた事、私も見てみたいんだ」
「氏ぬかもしれないのよ?」
「そうかもな。まぁ、そしたらそしたらだ。一人は、寂しいからな」
杏子は笑っていた。
まるで、そうなることが望みかのような、そんな笑顔。
「そう…………」
ほむらは身体を起こすと、杏子に背を向け歩き出した。
直後、背後から杏子の声がした。
「巴マミには内緒にしとけよー」
その叫びに、ほむらは立ち止まった。
そして、ゆっくりと振り返る。
「あなたからその言葉が聞けて、よかったわ」
そう、あなたの口から。
30: 2011/05/14(土) 22:25:22.30
――――
翌日。
また、新たな魔法少女が襲撃された。
その報せをマミから聞いた杏子はキュウべえと夜の街を駆けていた。
「今日中に片付けてやる」
「魔法少女が被害に遭っているのは全て魔獣が出現した場所だ。それほど広範囲じゃなければ、大体の目星をつけることができるかもしれない」
「はん、関係ないね。片っ端からぶっ飛ばしていきゃいい話だろ」
佐倉杏子は力強く言い放った。
木を森に隠すつもりなら、森ごと焼いてしまえばいい。
小細工など、必要はない。
杏子はこの近辺に出現した魔獣を全て殲滅するつもりでいた。
そうすれば、自ずと向こうから姿を現すだろう。
魔法少女を襲う魔法少女が。
月は雲に隠れ、生温い風が雨の気配を感じさせる。
夜更けにでも、ひと雨来るかもしれない。
それまでには終わらせたいな。
そんなことを考えながら、杏子は駆けて行く。
32: 2011/05/14(土) 22:30:25.90
「まずは、この辺りか」
ソウルジェムが魔獣の気配を察知し、その輝きを増した。
探索能力が乏しい魔法少女でも、ある程度まで接近しなければいけないが、こうして魔獣の在り処を知ることが出来る。
そして同時に杏子は魔法少女へと姿を変えた。
杏子の髪の色と同じ、深紅のドレスコート。
先程までソウルジェムが握られていた手には多節槍。
さらに思考を戦闘用へとシフトする。
容赦など無用。情けなど不要。
ただ、殲滅するのみ。
杏子を迎えたのは、明らかに異様な空間だった。
結界だ。
魔獣が具現化し、瘴気が立ち込めるその場所。
おそらく、地獄というのはこんな感じかもしれない。
そして、そこに介入出来るのは杏子達、魔法少女のみ。
杏子は一気に結界内へと進入する。
まず目に入ったのは、四つの白い影。
四体の魔獣だった。
しかし杏子は怯まない。
34: 2011/05/14(土) 22:34:44.18
「へっ、たったそれだけの数で私に挑もうってか。なめんなよっ!」
常人では考えられない加速。
魔法少女だからこそ可能な、反則的なまでの身体能力。
杏子は魔獣との間合いを一瞬で失す。
「はあっ!」
そして手に握る多節槍で一閃。
薙ぎ払い。
一瞬で二体の魔獣がコアへと姿を変えた。
杏子は手を休めず、薙ぎ払いの勢いそのままに追撃。
一体の魔獣を槍の尖端で貫くと、それを支えに跳躍。
背後から襲いかかる魔獣の攻撃をかわした。
「うっぜぇんだよ!」
魔獣がコアに姿を変え、自由になった槍を空中から振り下ろす。
杏子の武器であるこの多節槍は湾曲、伸縮自在なところに最大の強みがある。
鞭のような動きで、槍は残っていた魔獣を容易く切り裂いた。
時間にしてみれば、数十秒。
まさに圧巻、あっという間の出来事だった。
36: 2011/05/14(土) 22:38:34.31
すっと着地した杏子は槍を肩に携え、一つため息。
「あんまり楽勝過ぎても意味がねぇかな」
「ここには杏子以外の魔法少女の気配はないね。ハズレみたいだ」
「まぁ、その内ひょっこり現れんだろ」
そして杏子は次の場所へと跳ぶ。
さぁ、次はどこだ?
杏子は、久しぶりの感覚に胸が高鳴っていた。
人の為に戦うのも、なかなか悪くねぇ。
さやか、お前はこんな気持ちでいつも戦ってたのか?
38: 2011/05/14(土) 22:42:22.61
「はあっ!」
そして、五つ目の結界を壊したまさにその時だった。
杏子の前に悠然と一人の少女が現れた。
「随分と張り切っているのね」
少女はゆっくりと、後ろ髪をなびかせながら言った。
「なんだよ……お前か……暁美ほむら」
「そのがっかりしたような顔は止めて欲しいわ」
「ふん、結局あんたもお人好しなんだな」
杏子は思わず苦笑した。
なんだかんだで、皆、人の為なんだ。
39: 2011/05/14(土) 22:47:28.13
しかし、ほむらは予想だにしていない台詞を口にした。
「何を誤解しているの?」
「えっ?」
「まさか、私があなたを助けに来たとでも?」
「そ、そうだろ?」
「不正解よ」
そして、ほむらはいつものように、あくまでも冷静に言った。
「わたしは、あなたを頃しに来たのよ」
「はっ……?」
杏子はその場に固まった。
驚愕のあまり、言葉を失う。
ほむらの言葉の意味を理解するのに数十秒を要し、そして再び愕然とした。
40: 2011/05/14(土) 22:50:17.90
「ま、まさか……あんたが……?」
今の状況は、まさにそれだった。
魔獣との戦闘で体力と魔力を消耗した杏子自身。
そして、そこに訪れたもう一人の魔法少女。
魔法少女を襲う魔法少女。
「えぇ、そうよ。だからがっかりした表情は不正解。私が、あなたの追う魔法少女なのだから」
あの冷たい目で。
暁美ほむらはその言葉を口にする。
「さぁ、来なさい佐倉杏子。あなたの敵は私よ」
杏子は困惑していた。
とてもではないが、ほむらの言っていることを信じることが出来ない。
しかしほむらは一歩ずつ、確かに杏子へと接近する。
42: 2011/05/14(土) 22:55:21.85
「ちょ、ちょっと待てよ! 何の冗談だよ、全然笑えねえって!」
「そう思っているのなら、好きにしなさい」
ほむらは言い終わるのと同時に、虚空に手をかざした。
すると、何処からともなく弓らしき形状のものが現れ、その手に握られた。
「氏んでもらうけれど」
一閃。
弓から眩い輝きを放つ矢が放たれた。
「ちぃっ!」
杏子はそれを槍でなんとか弾く。
避けられる速度ではない。直撃を防ぐのが精一杯だろう。
「なんで、なんでだよ! なんでこんなこと!」
43: 2011/05/14(土) 22:58:52.77
杏子の問いに、ほむらは答えない。
淡々と、弓を構え、放つ。
「くそっ!」
このまま防御に徹していても、身が持たない。
杏子は上に跳ぶ。
「たあっ!」
そのまま力任せに槍を振るった。
伸びた槍は蛇行しながら、ほむら目掛けて突進していく。
「無駄よ」
直撃かと思われたその瞬間、ほむらの背面部に白い翼のようなものが突如現れた。
その翼が一度、大きく羽ばたき、ほむらの身体を宙へと浮かせた。
「なんだよそれ。今のお前の姿、まるで天使だぜ」
聖職者の娘である杏子は、昔見た色鮮やかなステンドグラスに描かれたその姿をほむらに重ねた。
もっとも、その天使は救いの象徴であったはずだが。
44: 2011/05/14(土) 23:03:02.10
「…………」
あくまでも無表情で空中から杏子を見下ろすほむら。
その瞳には、対峙しているはずの杏子が映っていないかのようだった。
「なぁ……暁美ほむら……せめて話ぐらいは聞かせろよな」
「その必要はないわ」
「はぁっ? なんでだよ!?」
「どうせ……あなた達には理解なんてしてもらえないから……」
一瞬、ほむらの表情が歪んだかに見えたが、すぐに矢が杏子に放たれる。
杏子は多節槍で防ぐが、勢いを完全には頃しきれずに、大きく仰け反った。
息をつかせず、追撃の矢が向かってくる。
「くっ!」
それを後方に転がるようにして回避する。
48: 2011/05/14(土) 23:08:10.43
(さて……本格的にやべぇぞ……近接系と遠距離、あいつと私の相性は最悪だ……しかもさすが……強い……)
どうすることもできず立ち尽くす杏子に、ほむらは静かに弓を構えた。
そして、ぽつりと呟く様に言った。
「美樹さやかに、会えるといいわね」
閃光と呼ぶに相応しい光の矢が二本放たれた。
「くっ…………」
一本であの威力の矢を、二本纏めて受け止めることは不可能だろう。
杏子は、動く事が出来なかった。
「はあっ!」
刹那、杏子の身体は宙に浮いた。
否、宙に持ち上げられた。
すぐさま下方で激しい爆裂音。
辺りに爆風が巻き起こった。杏子は思わず目を瞑る。
49: 2011/05/14(土) 23:11:44.49
やがて風が収まり視界が戻った杏子を迎えたのは、やはり、魔法少女だった。
「巴マミ……」
「間に合ってよかったわ。無事みたいね」
マミはそう言って微笑んだ。
しゅるしゅると、杏子の身体に巻きついていたリボンが解けていく。
着地したマミと杏子は、もう一人の魔法少女、暁美ほむらと対峙する。
ほむらは特に表情を変えず翼をたたみ、固いアスファルトにこつっと降りた。
「暁美さん、あなたが……みんなを……」
「そうよ。私が魔法少女を襲っていたの」
「どうして……」
ほむらは嘲るように、どうでもよさそうに言った。
「理由を話したら、あなた達は私を許してくれるのかしら?」
「それは……」
52: 2011/05/14(土) 23:16:14.00
「でしょ? ならお互いに無意味よ。早く戦いましょう」
「それでも……それでも力にならなれるかもしれないわ!」
「無理よ!」
ほむらが突如声を荒げた。
「あなた達には絶対に無理よ! 私にしか、私だけが知っている!」
何かが壊れたかの様に叫ぶほむら。
その悲痛な面持ちはまるで、子供が膝を擦りむいた時のような。
杏子には痛い、痛いと叫んでいるようにしか見えなかった。
「暁美さん……」
ほむらの豹変に戸惑いながらも警戒を強めるマミ。両手には武器であるマスケット銃が握られていた。
「はぁ……はぁ……氏になさい!」
ほむらは殺意に囚われた両の眼を見開き、弓を構え、矢を放つ。
「そうはいかないのよ!」
マミは突進する矢目掛け、両手に持つ単発式のマスケット銃を二発発射。
お互いの攻撃は相殺され、両者の中央で爆ぜた。
54: 2011/05/14(土) 23:21:36.73
すぐさまマミは両手を広げ、いくつものマスケット銃を召喚。
代わる代わる銃を使い連射する。
ほむらはそれを飛んでかわす。
そこにほむらの真下から、リボンが蔓のように伸びて行く。
マミのもう一つの武器。
リボンを自在に操る能力。
先程、杏子を助けたのもこのリボンだった。
伸びてくるリボンに対し、ほむらは光の矢を右手に召喚。
剣のように薙ぎ払い、リボンを切り裂いた。
「くらえっ!」
そこに杏子は多節槍を振るい、波状攻撃。
リボンに気を取られていたほむらは、杏子の一撃をもろに浴びた。
ほむらの細身の身体が、ゴムボールのように弾け飛ぶ。
魔力を消費した杏子の攻撃は致命傷にはならない。
それでも多少なりとはダメージを与えられただろう。
55: 2011/05/14(土) 23:23:53.49
ゆらりとほむらは立ち上がる。
「…………」
だらりと上半身を垂れ下げ、しかし視線だけはこちらを捉えて離さない。
そのほむらの姿に杏子は軽い恐怖すら覚えた。
そこまでして、私達と戦う理由があるのか。
「…………」
無言でほむらは翼をはためかせた。
次の瞬間には、ほむらは杏子達の目の前にいた。
瞬間移動でもしたかのような、そんな加速。
「なっ……」
驚愕の声を上げる前に、杏子は吹き飛ばされた。
背後にあった壁に、背中を強打する。
「があっ……」
そのまま重力に逆らえず、床に崩れ落ちる。
かつてない衝撃に、胃液がたまらず込み上げる。
呼吸することを許されず、涙が自然と溢れた。
魔法少女ではなく、生身の身体なら、今の一撃で氏んでいてもなんら不思議はない。
攻撃する直前に膨大な魔力を付加したのか……。
杏子はなんとかほむらの攻撃を分析しようとするが、意識を保つのが精一杯だった。
57: 2011/05/14(土) 23:28:24.14
「佐倉さん!」
叫ぶマミの声が随分と遠くに聞こえる。
杏子はそれに応えようとしたが、身体のどの部分も言うことを聞いてはくれなかった。
こつこつと聞こえる足音は杏子の直ぐ傍で止んだ。
「大人しくしていれば、すぐに美樹さやかに会えるわ」
氷柱のような暁美ほむらの声が聞こえた。
さやかに、さやかに会えるのか。
なら、このまま大人しくしていようかな。
そうすれば、さやかに会えるんだろ?
私の、友達に。
杏子は、目を閉じた。
これでいいんだ。
これでいい。
さやか……。
さやか……
58: 2011/05/14(土) 23:31:58.06
(ばっかじゃないの)
えっ?
(あんた、私に会いたいから氏のうとしてるの?)
この声は?
(そんなの許さない)
夢でも見てるのか?
(あのねぇ……私はずっとあんたの傍にいるわよ、杏子)
……さやか。
(あんたが私を覚えていてくれる限り、私はずっと傍にいるのよ)
………
(誰かが覚えていてくれさえすれば、私達はずっとそこにいることができる)
……そっか。
59: 2011/05/14(土) 23:33:46.98
(だから、氏なないで杏子。生きて。お願い。私の事をずっと覚えていて)
……任せろ。
(へへっ、ありがとう。あんまりかっこ悪いとこ見せないでよね)
うっせーよ。
(杏子ちゃん、私からもお願いがあるんだ)
ん? 誰だお前?
(……ううん私の事はいい。それよりも、お願い、聞いてくれるかな?)
なんだ?
(ほむらちゃん……私の友達を止めてあげて欲しいの……私のせいでほむらちゃんが……)
ほむらの友達……
(うん……私の、最高の友達……お願い杏子ちゃん、ほむらちゃんを止めてあげて!)
ああ、わかったよ。
(ありがとう杏子ちゃん)
61: 2011/05/14(土) 23:37:00.17
(がんばって杏子。私達はもう行くけど、いつでも傍にいるからさ)
ああ、こっちこそサンキューな、さやか、それに……なぁ?
(うん?)
あんたと私、何処かで会ったことないかい?
(っ………………また、いつかきっと会えるよ)
「なっ!?」
杏子はほむらの足首をありったけの力で掴んだ。
そのあまりの力強さに、ほむらは思わず顔をしかめた。
「悪いな……まだ……氏ぬ訳にはいかなくなっちまった」
夢かもしれない。自分で創り出した、都合の良い妄想かもしれない。
それでも、杏子を奮い立たせるには十分だった。
そして。
暁美ほむらと戦わなくてはいけない理由も。
62: 2011/05/14(土) 23:40:17.60
「はあっ!」
マミがマスケット銃を二発、ほむら目掛け発射する。
ほむらはたまらず空中へと回避。
「佐倉杏子、今の内にこれを使うんだ!」
キュウべぇが杏子に向って、何かを複数個投げつけた。
立方体のサイコロ並の大きさ。
魔獣のコアだった。
コアは全部で三つ。
これだけあれば、杏子の魔力のほぼ全てを回復できるだろう。
杏子は胸元のソウルジェムにコアを当てる。
ソウルジェムは輝きを増していき、本来の眩さを取り戻した。
杏子はゆっくりと立ち上がる。
魔力は魔法少女の力そのもの。多ければ多いだけ、それは直接効果となって現れる。
身体が嘘のように軽い。
槍を握る手にも自然と力が入る。
64: 2011/05/14(土) 23:43:15.01
「往生際が悪いのね」
上空から、ほむらの苛立った声が聞こえた。
「ここからが本番だ、暁美ほむら」
「そうね、一気に終劇まで行くとしましょう」
どちらからともなく攻撃。
あれほど手こずった矢を、杏子の槍は難なく弾き飛ばす。
さらにマミのマスケット銃がほむらを捉える。
その散弾の雨を、ほむらは自らの身を翼で覆い、防御する。
さすがに飛行は困難になったようで、地面へと降り立った。
杏子はその隙を逃さず、地を蹴った。
ほむらのとまではいかないが、かなりの速度で間合いを詰める。
「浅はかね」
しかし、ほむらは冷静だった。
そのほむらの表情に、杏子は嫌な予感を覚え、速度を緩めた。
ほむらは懐に手を忍ばせ、何かを取り出し、それを辺りにばら撒いた。
投擲型の小型爆弾だ。
その一つが起爆し、一斉に連鎖爆発が起きる。
65: 2011/05/14(土) 23:47:09.09
寸前のところで、杏子はなんとか直撃を免れた。
しかし、右大腿部に何か違和感。
矢。
ほむらの放った矢が突き刺さっていた。
爆発はフェイク。
ほむらの本当の狙いはこっちだったのだ。
「痛い? 無駄な足掻きをするからよ」
「へん、全然痛くないね」
「そう。それじゃあ、次は何処がいいかしら?」
「もうくらってやんねぇよ!」
言葉では威勢を張るが、実際には立っているのもやっとだった。
燃えるような熱さと、鋭利な痛み。
魔法少女は痛みを遮断する事が出来る。
しかし、それは同時に感覚を鈍らせる事にも繋がる。
その為、杏子は歯を食い縛り、槍を振り上げた。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
66: 2011/05/14(土) 23:50:07.12
「援護頼むぜ、巴マミ!」
「えぇ、任せてちょうだい!」
マミは力強く答え、マスケット銃を連射する。杏子は空中から。
壁を蹴って足場にし、ほむらへと接近して行く。
「暁美さん……今ならまだ間に合うかもしれないわ……」
「馬鹿言わないで、呆れるほどに今更よ」
「そう……やっぱり、私達は解り合えないのね」
マミの正面にリボンがいくつも生まれ、収束していく。
そして、リボンは巨大な銃へと姿を変えた。
「ティロ・フィナーレ!」
マミのその言葉がトリガーとなり、巨大な銃から薄ピンクの光が放たれた。
その光は、一直線にほむらへと向かっていく。
「くっ……」
ほむらはそれを再び翼でガード。
しかし、勢いを頃しきれずに態勢を崩した。
67: 2011/05/14(土) 23:54:07.58
そして次にほむらが目にしたのは、眼前にある杏子の顔だった。
「お返しだ」
杏子は槍の柄の部分で、ほむらを叩き付けた。
「……かぁっ!」
文字通りのお返し、かなりの魔力を込めたので、威力は数倍に上がっているだろう。
ほむらは地面の上を何回転かしてから、力なく倒れた。
「…………」
「大丈夫佐倉さん?」
マミが杏子の元へと駆け寄ってた。
杏子はマミに無言で頷き、もう一人の魔法少女へと視線を戻した。
「暁美さん……」
ひどくボロボロの少女は、まるで糸の切れた操り人形のように、だらんと、うつ伏せに倒れている。
氏んではいないにせよ、もう限界のはずだ。
杏子が容易くほむらの矢を弾けるようになったのも、矢をくらっても致命傷にならなかったのも、杏子の魔力が回復したからだけではない。
ほむらの魔力が、尽き始めていたからだろう。
もう、とっくに、限界なはずだった。
69: 2011/05/14(土) 23:58:35.73
それでも、魔法少女――暁美ほむらは身体を起こそうとしていた。
「じゃ……邪魔……邪魔を……するな……」
消え入りそうな声で、そんなことを呟きながら。
「もう……もうやめて暁美さん……」
マミが今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。
杏子は唇を噛み締めた。
だめだ。
そんなんじゃ、暁美ほむらは止まらない。
「邪魔……邪魔をするなああああ!」
ほむらは立ち上がった。
あちこちから血を流しながら、ボロボロになりながら。
「私は……まどかに会いたい……それだけ……それだけよ……」
「まどか……」
ほむらの口から発せられた名前。
まどか。
72: 2011/05/15(日) 00:03:49.14
知らない名前だ。
確かに、知らない名前のはずだ。
しかし、杏子の脳裏には、何故かあの声が蘇えっていた。
(ほむらちゃんを止めてあげて)
あの声が、まどか……?
「うあああああ……邪魔をするなあああああ!」
突如ほむらが叫んだ。
すると、それに呼応するように、ほむらの背部から漆黒の翼が現れた。
先程の純白の翼とは、正反対の。
穢れを具現化したような、漆黒の翼。
「まどかぁ! 今会いに行くからねぇ! ひゃはははははは」
漆黒の翼が広がったと思うと、ほむらを取り囲むかのように、空間に奇妙な記号が浮かび上がった。
「だから氏んで。早くまどかに会わせて」
口元だけが歪んだ、狂った笑顔だった。
次の瞬間、おびただしい数の矢が、浮かんだ記号から放たれた。
74: 2011/05/15(日) 00:06:27.21
数十、数百の闇の矢。
その全てが杏子とマミに襲い掛かった。
漆黒の雨は、まるで絶望が降り注ぐ様だった。
おそらく避けることも、防ぐ事も不可能だろう。
しかしどうして、杏子の視界は黄色に包まれた。
幾重に重なった黄色いリボンが、ドーム状になって杏子を包んでいた。
そのリボン達が消滅するのと、ほむらの攻撃が止んだのは同時だった。
「巴マミ……?」
視界がもどった杏子は、もう一人の魔法少女の名を呼んだ。
いなかった。
何処にもいなかった。
いくら杏子が視界を巡らせても、マミの姿を捉える事は出来なかった。
「嘘だろ……おい……」
杏子の声は自然と震えていた。
先程のほむらの攻撃は、生半可な盾では防ぎ切れなかっただろう。
79: 2011/05/15(日) 00:09:17.87
だから、マミは創り出したのだ。
全魔力を注ぎ込んだリボンのシールドを。
ただ、魔力の無くなった魔法少女は、消滅する。
ソウルジェムの色が、絶望へと変わる前に、消滅する。
それが、この世界の「ルール」だった。
だから、マミは守ったのだ。
己が消えると知りながら、杏子を守った。
「くそっ……!」
確かにマミの判断は正解だったかもしれない。
ただ、あまりにも間違っている。
こんなの、間違っている。
「うあああああっ!」
杏子の叫びに、しかしほむらは全く無関心だった。
まるで杏子は相手にせず、何かを呟きながら、頼りない足取りでマミが先程まで存在していた場所へと向かっていた。
「まどか、まどかぁ……そこにいるのぉ……まどかぁ……まどかぁ……」
虚空に向け、ひたすらまどかという名前を連呼する。
時折手を伸ばし、何かを掴もうとする。
しかしほむらの手は、当たり前のように何も掴めない。
81: 2011/05/15(日) 00:14:48.11
「まどかぁ……ねぇ……お願い……抱きしめてよ……手を繋いでよぉ……まどかぁ……」
今にも消えてしまいそうなほど、弱弱しい声だった。
すがるように、助けを求めるように、ほむらは手を伸ばし続ける。
「暁美ほむら! そんなところには誰もいねえよ!」
杏子の言葉にほむらは動きを止め、振り返る。
「黙りなさい。あなたがまどかの何を知っているというの?」
ひどく、冷たい声だった。
人間がこんな声を発する事が出来るのか。
それほどまでに、冷たい声。
先程聞いたあの声とは、対象的な声。
「頼まれたんだよ。あんたをとめて欲しいってな」
「なっ……?」
ほむらの表情に、明らかに動揺の色が混じる。
「嘘! 嘘よ! そんな戯言吐いて、どうにかなるとでも……」
「嘘じゃねぇ。私の、最高の友達だからって」
「っ…………!」
82: 2011/05/15(日) 00:17:22.59
杏子のその言葉に、ほむらはその場に崩れ落ちた。
そのほむらの反応から察するに、やはりあの声の主がまどかだ。
そして、さやかと同じ場所にいたということは、そのまどかはおそらく。
「黙れ……」
「あん?」
「黙れえええええええ!」
ほむらは血走った目を杏子に向けた。
そこにあるのは最早狂気ですらない。
純粋な、想いのみだった。
「まどかあああああああ!」
叫びながら、ほむらは翼を広げた。
先程の様に、その周囲に記号のようなものが浮かび上がる。
83: 2011/05/15(日) 00:20:22.67
「お前も、友達に会いたかったんだな」
杏子はゆっくりと槍をほむらに向ける。
杏子も友人、さやかの影を追って、ここにいる。
ほむらも方法はともあれ、友達の影を追っていただけ。
その気持ちは、杏子には痛いほど理解できた、まさに痛感。
痛みを感じて、痛みで感じた。
「もういい。もういいんだよ。ほむら」
それは、友達が教えてくれた。
さやかが、そして、あの「まどか」という少女が。
「人は、生き続けるんだ。大切な人の中で、ずっと。忘れない限り、ずっと、そばにいてくれるんだ!」
だから、さやかは私の傍にいてくれる。
マミも私の傍にいてくれる。
そして、ほむら。
あんたのそばには。
84: 2011/05/15(日) 00:23:06.73
「うあああああああああああ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
互いに、咆哮。
杏子はほむらに突進する。
ほむらは杏子に向け、右手をかざす。
そこから直接、一筋の光を射出。
杏子は槍でそれを弾く。
しかし、槍が吹き飛ばされてしまった。
それでも、怯むことなく駆ける。
ほむらは最後の力を振り絞り、矢の雨を召喚。
そして、発射――することは出来なかった。
一瞬、ほむらの前に、淡い光が生まれたのだ。
(ほむらちゃん)
「なっ……!」
ほむらは動きを止めた、否、動けなかった。
「ま、まどか…………」
86: 2011/05/15(日) 00:26:06.95
ほむらには見えた。
確かに見えていた。
親友の、一番大切な友達の姿が。
「暁美ほむらああああああ!」
杏子はあらん限りの力で右拳を振り抜いた。
ほむらの顔面を捉え、そのまま吹き飛ばす。
もうすぐ夜が明ける。
雨が、降り出した。
まるで――――誰かが泣いているかのように。
89: 2011/05/15(日) 00:29:37.26
見渡す限りの真っ白な世界だった。
何もない、ただ白い空間。
目の前に、少女がいた。
「ま……どか……」
私のその声にも、少女は反応せず、嗚咽を上げている。
ずっと、ずっと会いたいと願っていた。
私の友達。
今すぐ抱きしめたい。
温もりを感じたい。
それなのに、足は動かなかった。
「まどか……ごめんね……ごめんね……」
涙と共に、そんな言葉が溢れ出した。
取り返しのつかないことをしてしまった。
覚悟は、していたはずなのに。
90: 2011/05/15(日) 00:32:22.18
「私ね……ただまどかに会いたかっただけなの……ただそれだけだったのに……それだけが……まどか……」
わかっていた。
理解はしていた。
まどかが消えたあの日から。
希望となったあの日から。
結局は、わかったふりをしていただけだったのだ。
すぐに、まどかに会いたくなった。
声が聞きたくなった。
笑顔が見たくなった。
手を繋ぎたくなった。
まどかを、感じたくなった。
だから、魔法少女を襲い始めた。
魔法少女は、その力が尽きる時、消滅する。
絶望に飲み込まれる前に、希望と共に消滅する。
それがこの世界のルール。
そして、その希望こそが、「まどか」だった。
「まどか」は魔法少女を救う存在。
消滅する瞬間に、あらわれる概念。
91: 2011/05/15(日) 00:35:14.96
だから私は、魔法少女を襲った。
襲って、頃した。
まどかに会いたくて。
まどかを感じたくて。
虚空に手を伸ばし、声を投げかける私はさぞ滑稽だっただろう。
それでも、幸せだった。
嬉しかった。
ここには、確実にまどかが存在している。
私を見てくれている。
それだけで、私は幸せだった。
巴マミと佐倉杏子にもわかって欲しかった。
でも、理解などされる訳がない。
邪魔をしないで。
私は友達に会いたいだけ。
これはそんなにも罪な感情なのだろうか。
いけない事なのだろうか
私は友達に会いたいだけ。
それだけ。
ただ、それだけなのに。
95: 2011/05/15(日) 00:39:22.95
まどかは泣き続けている。
それもそうだ。
彼女は、魔法少女にとっての希望なのだ。
自身の存在を犠牲にしてまで、魔法少女の幸せを願った少女。
私は、それを踏みにじったのだ。
彼女の願いを、壊したのだ。
「ごめんね……ごめんねまどか……ごめん……ごめんなさい……」
胸が苦しかった。
粉々になってしまいそうな程痛んで、身体中が熱くなる。
もう遅い。
今更、謝罪したところで、私がした事は許されない。
何故、もっと早く気付かなかったのか。
そんな時、声が聞こえた。
ずっと聞きたかった声。
99: 2011/05/15(日) 01:02:03.26
あー
102: 2011/05/15(日) 01:04:16.82
「駄目だよ……ほむらちゃんのした事は絶対にいけない事……許されるべき事ではないよ……」
「っ…………」
どくん。
さらに胸が痛んだ。
呼吸が止まりそうになる。
息苦しい。
身体の中央をざっくりと抉られた様な錯覚にさえ陥る。
痛い、あまりに痛い。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
立っていられなくなり、その場に身体が崩れ落ちる。
まどかの言うことは正しい。
何も間違ってはいない。
間違っていたのは、私自身なのだから。
「でもね……」
まどかはゆっくりと、私の前へと歩いてくる。
そして私を。
103: 2011/05/15(日) 01:08:40.98
「えっ…………」
まどかは私を抱きしめた。
柔らかく、温かい体温に包まれる。
「覚えててくれた……私の事を覚えててくれた……忘れないで、ちゃんと覚えててくれた……」
まどかの抱きしめる力は苦しい程だった。
でも、先程までの苦しさとは違い、心地よくて温かい苦しみだ。
「私怖かった……ほむらちゃんが私の事をわすれちゃったらって……たまらなく怖かった……仕方ないって思っても……怖くて怖くて……でも……ちゃんと覚えててくれた……」
「……忘れる訳ない…………忘れられる訳……ないじゃない……」
「ほむらちゃん……」
ずっと。
ずっと探していた。
たくさん話したいこと、伝えたいことがあった。
104: 2011/05/15(日) 01:11:46.08
「会いたかったよぉ……まどかぁ……会いたかったよぉ……」
「うん……うん……」
でも、言葉に出来るのはただそれだけで。
「会いたかったよぉ……」
でも、それだけでよかった。
それで、私は幸せだった。
「ほむらちゃん……私達、これからもずっと友達だよ……」
「……うん………ありがとう……ありがとう……」
やっぱり、まどかは希望だった。
こんな私でも救ってくれた。
魔法少女の『希望』。
105: 2011/05/15(日) 01:16:12.88
まどかの小さな手に、指を絡める。
「これからはずっと一緒だからね」
まどかが言った。
「うん……一緒」
私は迷わず頷いた。
だって、私達は、友達だから。
私の、最高の友達。
雨だった。
街一帯が見下ろせるほどの高さを誇るビルの屋上。
そこに、一人の少女がいた。
真紅の髪から滴る水滴も気にせず、口にはポッキーが咥えられている。
106: 2011/05/15(日) 01:19:02.45
その少女の脇に、白い生き物が現れた。
四足歩行の、ぬいぐるみに似た生物。
――キュウべえは少女に問いかけた。
「傘も差さずに何をしているんだい?」
「別に、傘を忘れただけさ」
少女はぶっきらぼうに答える。
「今朝からずっと雨だったはずだけどね」
「うるせぇ」
ぽりっと少女はポッキーを噛む。
「あいつ、最後は笑ってやがった」
「あいつ? あぁ、暁美ほむらの事かい?」
暁美ほむらは消滅した。
とても幸せそうな微笑みを浮かべながら。
希望に抱かれて、消えていった。
107: 2011/05/15(日) 01:23:09.43
「おそらく暁美ほむらはずっと、誰かに止めて欲しかったんじゃないかな。本当は魔法少女りなんてしたくはなかったのかもしれない」
それは杏子も分かっていた。
ほむらが消滅した後、その場にはいくつかの魔獣のコアが残された。
ほむらが所持していたものだろう。
それを使えば、ほむらは魔力を回復出来た。
おそらく杏子は負けていた。
だが、ほむらはそうしなかった。
まるで、負けることを望んでいたかのように。
108: 2011/05/15(日) 01:26:10.05
「そういえば、お前はなんで私を助けた? 何か企んでやがんのか?」
「そんなことはないよ。エネルギー収集の為さ。あれ以上暁美ほむらに魔法少女を減らされてしまうと、必然的に得られる量が少なくなってしまうからね」
「はん、何処までも冷徹な奴だなお前は」
「効率的と言って欲しいな。僕達はもちろん、君達にとってもメリットはなかったはずだよ」
「はいはい、一応感謝しておくよ」
杏子は最後のポッキーを食べ終わると、空を見上げた。
厚い雲に覆われた空は、ひどく狭く感じられた。
大きな雨粒が目に入る。
京子はそれでも、空を見上げていた。
「いずれは現れると思うけど、それまでこの辺りにいる魔法少女は君一人だ。大変になると思うよ?」
「一人、か。それは違うよ」
112: 2011/05/15(日) 01:44:33.26
「うん? どういうことだい?」
「私は忘れないから」
Don't forget.
Always, somewhere,
someone is fighting for you.
as long as you remember her,
you are not alone.
忘れないで。
いつもどこかで、
誰かがあなたのために戦っているということを。
あなたが彼女のことを覚えている限り、
あなたは一人じゃない。
「絶対忘れない」
Happy(bad)end!
113: 2011/05/15(日) 01:48:52.52
おさるさんの脅威にさらされながらなんとか完結出来ました!
支援、お言葉の数々、そしてお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました!
支援、お言葉の数々、そしてお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました!
114: 2011/05/15(日) 01:49:51.10
おもしろかったよ、乙
115: 2011/05/15(日) 01:49:56.57
乙
引用元: 杏子「忘れない」
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