1: 2009/07/20(月) 23:33:14.82
ゴトン・・・ゴトトン・・・

女「・・・男君ねぇ・・・」
男「・・・」
女「ついこの間まで、都会で暮らしたいと言ってたのは、どこの誰なのかしら」
男「・・・それは」
女「いや、もちろん気持はわかるけど」
男「・・・」

女「でもちょっと、未練もいい加減にしてほしいところよ」
男「・・・」
女「いいじゃないの、都会・・・しかも、こんなに大きな市場があるのよ?」

女「まぁ馬車はうるさいけどぉ・・・いいじゃないの、山の暮らしよりも、断然」
男「・・・」
女「山にいた人たちの多くは、そのままこっちで暮らすらしいわよ」
男「・・・」

ゴトン・・・ゴトトン・・・

男「・・・うるせぇー」
女「がまん」

3: 2009/07/20(月) 23:37:59.72
男「っはー!まったくよぉ!息苦しくてたまんねぇーよ!」
女「うるさいわよ」
男「我慢しろ」
女「それこそ我慢よ」
男「あ」

女「都会の息苦しさがなんだっていうのよぉ」
女「ここにはちゃんと安定した水もある、食事だって」

男「・・・」
女「ちょっと都会人に冷たくされたくらいで、何すねてるのよ」
男「あんなの気にしてねぇよ」
女「嘘ねぇ、ずっとぐちぐち言ってたじゃない、“挨拶しても返事しねぇ”って」
男「・・・」
女「普通は見ず知らずの相手には話しかけないものなのよ」
男「・・・う、うるさい、そんなの知ってる」
女「どーだか?」

男「・・・とにかく!」
男「・・・俺は、早く山に帰りたい」

女「・・・」
男「・・・山に・・・やっぱりこの目で、見とかないと・・・駄目なんだよ」
女「・・・」

女「・・・私も」
男「ん」

女「・・・私だって、帰りたいわよ」

4: 2009/07/20(月) 23:43:09.83
男「・・・なんだい」
男「なんだい、お前だってホームシックじゃねーか」
女「そ、そうに決まってるでしょ!」

女「誰が、自分の実家が全焼したなんて・・・目で見てもいないのに、信じられるのよ」
男「・・・まぁ」
女「・・・ママからもらったブローチ・・・焦げ炭になってたらどうしよう・・・」
男「(そーいう心配かよ)」

男「・・・俺はよ」
女「?」
男「俺の、俺らのいた山にはよぉ、やっぱよ・・・故郷じゃん?色々さ、あったんだよ」
女「・・・そんなの」
男「くそつれぇ坂道とか、降らない雨とか、全部さ」
女「わかってるわよぉ、私だって山は好きよ」

男「なら」
男「行くしかないだろ」
女「・・・」
男「いや、行くだけじゃねぇ、戻るんだ」
女「ちょ・・・戻るって・・・」
男「山の暮らしにだ、決まってるだろ」
女「(・・・馬鹿・・・)」

5: 2009/07/20(月) 23:50:19.78
女「ねえ、男君?あなたも見たわよねぇ?」
男「何を」

女「山が噴火して、頂から・・・ずっとずっと下にも火が降りて来たの」

男「・・・ああ見たさ、見たよ」
女「燃えるのも見たわよね?焦げくさい匂いも、蒸し暑い夜の風も」
男「・・・見たさ、かいださ」

女「ではこれは見たかしらぁ?“危険区域指定”の立て看板」
男「・・・見たよ、見たに決まってんだろ」

男「俺が一番にそれを見ただろうよ、噴火したその晩に山へ戻ろうとしたんだからな」
女「・・・馬鹿・・・」
男「・・・・馬鹿・・・?戻って何が悪かった」
女「当然よ、悪いわよ、戻ったら焼け氏ぬのよ?」

女「その立て看板とロープで山への入り口が封鎖されていなかったらあなた、黒焦げだったのよ?」
女「いいえ今だってそう、今だって、山は戻れる状況じゃない」
女「・・・まだ山は封鎖されているし・・・また次にいつ噴火するかも・・・」

男「だから!戻って何が悪いんだ!」
女「氏ぬからよっ!」
男「ああ氏ぬよ!いや氏んだ方がよかったね!俺も一緒に氏ねば良かった!」

6: 2009/07/20(月) 23:56:20.45
男「“あいつ”は戻ったぜ・・・自分の命を顧みずに、頂から流れる火炎にも怯えずな」

女「それが何よ、友君のことを“勇気がある”って褒めたたえたいの?尊敬しているの?氏ぬと半分わかっていて、救助のために山に引き返した彼を?」

女「そして、彼と比べてあなたは!自分に罪悪感を抱いているのでしょぅ?そうでしょ?」

男「違う、俺は」

女「考えなしに命を投げ出すことはただの蛮勇よ、男君、あなたは正しかった」

男「正しいもんか、俺は間違っていた!」

男「・・・あの時・・・噴火から、逃げようと・・・俺は」

あいつを見捨てた

9: 2009/07/21(火) 00:02:02.11
その日の夜、静かな山で噴火が起きた。

被害を被ったのは小さな村だった。そう、俺らの村。

だか被害は小さくなんてない。山の肌が大きく焼けただれるほどの、そりゃあ酷いもんだった。

俺は真っ先に逃げようとしたが、俺と一緒にいた“友”は、急に走る方向を変えて、

“助けなくちゃ”と、山の方へと駆け出した。

俺はそこで奴を、あいつをとめることができたんだが、だけど、

「ごめん」 と、

あいつに、別れ際に言われて、それで、

俺は何も言えなくなって、それで、

それで、・・・

それだけだ。

俺と、そして俺と同じ学校の同級生だったこいつ、女・・・とまぁ、村人の大多数は避難することができたのだが、

・・・友は。

10: 2009/07/21(火) 00:08:28.62
「いらっしゃい、いらっしゃい、美味しい洋ナシがあるよー」

男「・・・っち、いつもいつも市場には洋ナシか・・・腹が下っちまうぜ」
女「なら2個も買わなきゃいいじゃないの」
男「・・・腹が減ってんだよ」
女「あまのじゃく」
男「っせ」

しゃもしゃも

男「・・・っあー、空気最悪、帰りたい」
女「だから、無理って言ってるじゃない」
男「山の澄んだ空気を腹いっぱいに吸い込みたい、むしろ吸い込んで破裂しt」
女「いい加減にしなさい」

女「とにかく山は封鎖中なの」
男「ん」
女「封鎖が解かれるまでは・・・家も、友君の安否もまだ、駄目よ」
男「・・・」トントントン
女「貧乏ゆすりしないの」

男「・・・封鎖が解かれるのっていつだよ?いつ?すぐ?」
女「・・・」
男「1年後とかだったら国王をぶっとばしてやる」
女「王様は政治してないわよ」
男「じゃあ将軍・・・あ、やっぱり国王で良いや」

男「・・・くっそ・・・封鎖なんて・・・」
女「・・・」

12: 2009/07/21(火) 00:13:42.98
男「あーあー日がたけえ」ゴロン

女「あ、お魚!」
男「何!?女、獲れ!」
女「いや無理よ、河のあっちの方だもん、深いわ」
男「泳げ!」
女「自分で行きなさい」

男「・・・」ゴロン
女「・・・それでふて寝するのね」
男「都会の河なんかつまらん」
女「いいじゃない、すごく広いしきれい」
男「どこがだ、整備されてる河なんてちっとも・・・」
女「(今はしゃいでいたのはどこの誰よ・・・)」

男「・・・はー・・・暇だな・・・」
女「・・・そうねぇ」
男「先生が腰打って寝込んでなけりゃ、今頃は授業してたんだけどなぁ」
女「そうねぇ・・・」

13: 2009/07/21(火) 00:20:59.30
女「噴火の後、学校も開かれてないし・・・結局理学の授業も半端なところで終わっちゃったわよねぇ」
男「(やべぇ、聞いてなかったからわかんねー)」
女「せっかく応用に入ったんだから、もっと話を詳しくねぇ・・・」
男「・・・」
女「まぁ男君は授業のことなんて頭に入っていないだろうけど」
男「てめぇ女、わざとか」

女「・・・はー、思い出しちゃうと、私も山に戻りたくなるわぁ・・・」
男「・・・だろ?」
女「ええ・・・だって、友君がいて・・・あ」
男「・・・もういねえよ」
女「・・・」

男「・・・あいつ、良い奴だったなぁ」
女「・・・うん」
男「川で水かけてやると“ひゃあっ”ってな」
女「なにそれ初めて聞いた」
男「うん・・・まぁ、そういう事が色々あったりな」
女「・・・あぁ・・・友くぅん・・・」
男「んのやろー、彼女と一緒に昇天しやがって・・・」

15: 2009/07/21(火) 00:27:09.26
チャプチャプ

女「つめたぁい」
男「ねみー」
女「こっちに来て顔でも洗いなさんな、目がさめるわぁ」
男「やでぇ、汚い」
女「都会の水とはいえそこまで・・・」
男「女が今足つけてるし」
女「よし、来なさい男、沈めてやるわ」


ナンダテメー ナニヨー

ザッザッ・・・

??「・・・」

バシャバシャ
男「ちょ、顔は反則・・・」
女「ルールなんてあってないようなもんよー!」

??「・・・見つけた」

女「・・・ん?」
男「・・・ん、どうした女・・・」
女「あの人・・・」
男「え?ああ・・・あのつばの広い帽子の人か?」
女「こっち見てるけど・・・」
男「・・・知り合いか?」
女「・・・うーん・・・」

16: 2009/07/21(火) 00:32:21.74
??「あまり抵抗してくれるな・・・?」

カチャッ

女「!! ちょっとあれ・・・!」
男「じゅ・・・銃か!?いやいや・・・嘘だろ・・・そんな偽物・・」

??「・・・」ザッザッ・・・

ガシャッ

女「な、なななんかものすごくリアルなリロード音だけど」
男「いや、冗談にきまってる・・・」

ザッザッザッザッ・・・

女「あの人こっちに歩いてきてるけどぉ!」
男「知るか!俺はあんな奴に恨まれるようなことなんて何も・・・!」

??「やっと追いつめた・・・!」

女「あなた何かしたでしょぉー!?」
男「してねぇえええ!」

??「一思いに・・・逝けッ!」


ドンッ・・・ッ・・・

18: 2009/07/21(火) 00:37:30.86
獣「グルぁ・・ァ・・・」

男女「・・・・え・・・・」

ドシャッ・・・

男「(背後にこんな大きな魔獣が・・・いつの間に・・・)」
女「(うわぁ・・・氏んでる・・・)」

??「ふー、いや、危なかった・・・あんたら、怪我は無かったか?」
男「あ・・・どうも・・・(この人が仕留めてくれたのか)」
女「あ、はい・・・怪我は何も」

??「つい最近の噴火の影響でね、山にいたこいつらも住処を追われたんだ」
男「あ、なるほど・・・」
??「安心しな、都会じゃ普通はこんな、魔獣になんかは出会わない」

グッ

女「! あ、・・・あなたってもしかして・・・」
男「・・・お」

猟師「よっ」

男「イチさん!」
女「イチさま!」
猟師「いや・・・猟師で良いよ、猟師で」

19: 2009/07/21(火) 00:43:28.05
ガッ、ガッ、

猟師「まー兼業猟師さ、普段は荷物関係の力仕事をしてる」ガッガッ
男「へ、へー・・・」
女「そ、そうなんですかぁ・・・」

猟師「山での暮らしの方が狩りも多かったけどね、でもこっちでの方が安定するかな」
男「は、はぁ」
猟師「あんたらは学生だったよね?学校はどうなった?」ガッガッ
女「あ、あの、先生が腰を悪くしちゃいまして・・・」
猟師「あー・・・あの先生は老いぼれだからな、しかし生きていたか、それなら良かったよ」ガッガッ

男「・・・あのー・・・」
猟師「ん?」ガッガッ

男「・・・それは・・・何を?」
猟師「解体だよ、決まってるだろ」ガッガッ
女「(ちなまぐさい・・・)」

21: 2009/07/21(火) 00:49:07.01
猟師「・・・へぇ、一応生活の補助はされているんだ」
男「両親ともに仕事を失いましたからね、次の仕事を見つけるまで・・・ですが」
猟師「・・・なんだ、私も補助受ければよかったなぁ・・・自力で見つけた意味無かったな・・・」
男「いや、あはは・・・」

女「イチさんはこの近くに住んでいるんですかぁ?」
猟師「ん?あー・・・近く・・・っていうわけでもないかなぁ、微妙なところ」
女「西側・・・?」
猟師「ああ、多分ね」
女「(あ、じゃあ逆方向だ)」

男「・・・噴火ではあまり氏傷者は出なかったみたいです・・・聞いてますよね?」
猟師「そりゃね、三日三晩の新聞で見たよ」
男「・・・じゃあ、誰が氏んだかは?」
猟師「・・・誰」

男「・・・」
女「・・・」
猟師「・・・まさか」

22: 2009/07/21(火) 00:53:52.06
猟師「・・・そうか、あのちびっ子が・・・」
男「・・・」
女「・・・」
猟師「・・・そっ、か・・・あの子がか・・・信じられないけど・・・」

猟師「・・・あんたら二人・・・ときたら、あの子も一緒だったからな・・・」
男「・・・はい」
猟師「よくウチに遊びに来てくれたけど・・・そうか・・・」
女「・・・」

男「・・・あ!イチさん、暴れ木はどうなりました?」
猟師「え」
男「イチさんの家の脇に植えてあるあの、昔よく友を吹っ飛ばしてた木です」
猟師「あ・・・あーあれ?あれは・・・」
男「・・・やっぱり、噴火で・・・」
猟師「あーうん、うん」

猟師「・・・とにかく、そうか、友は氏んじゃったのか・・・そりゃ、残念だ・・・」
女「・・・はい」
猟師「・・・ナムアミダブツ・・・」
男「・・・」

23: 2009/07/21(火) 00:59:11.59
パチパチ・・・パチ・・・

猟師「まぁせっかく久々に村人に会えたんだ、バーベキューといこうじゃないか」

女「(・・・イチさんって日頃あんなんなのかな)」
男「(・・・俺が知るかよ)」

男「・・・でもよかったよ、イチさんは前と変わってないんだな」
女「・・・ふふ、そうねぇ、変わらずかっこいいわぁ」

男「・・・でも、」
女「ん」
男「俺らや・・・みんなのほとんどは、変わっちまったよ」
女「・・・」
男「大人は都会の便利さにうっとり、子供は新しいものに釘付けだ」
女「・・・そんなものじゃないの」
男「・・・俺は、」
女「山のが良かった?」
男「・・・ああ、何度でも言ってやる」

男「・・・お前だって、そうだろ」
女「当然」
猟師「焼けたぞー」

25: 2009/07/21(火) 01:05:12.33
猟師「まぁ都会の方が住みやすいさ、物流もしっかりしてるし、何より安全だ」

がつがつ

猟師「レンガならアリに柱を食われる心配もないし、魔獣も来ない・・・居心地は良いと思うよ」

がつがつ

猟師「誇りの持てる仕事は、そりゃ減ったけどね・・・でも私はここでの生き方も悪くは無いと思ってる」

がつがつ

猟師「ねえ聞いてる?」
男「はひ」ガツガツ
女「んぐぐぐ・・・(固い・・・)」

猟師「・・・どいつもこいつも食い意地張りやがって・・・ま、学校に行けなくとも生活には困らないだろうよ」
男「・・・」ゴクン
女「・・・」ガジガジ

男「・・・イチさん、俺」
猟師「・・・ん?」
男「・・・」

26: 2009/07/21(火) 01:12:16.57
猟師「山に戻りたい」
男「はい」
女「・・・」

猟師「・・・そうか」
男「・・・駄目ですかね、やっぱり」
猟師「・・・まだ登山は禁止されているんだろう?」
男「う・・・はい・・・」
猟師「なら駄目だ、何が起こるかわかったもんじゃない」
男「・・・」
女「ほらみなさい」

猟師「山はただでさえ危険なんだ、それに噴火とあれば・・・」
男「・・・でも俺、どうしても・・・」
猟師「アンタの両親だって、行きたがるアンタを“どうしても”行かせたくはないだろう」
男「・・・」
猟師「両親には相談してみたか?なら、そんな反応が返ってきたはずだよ」

猟師「・・・故郷や友達を大切に思う気持ちはわかるよ」
猟師「私だって、あそこには沢山の思い出を残してきたからさ・・・わかるよ」
女「・・・」
猟師「けど、そんなわがままはいけないな」
男「・・・はい」
猟師「・・・友達思いなのは良いことだよ、うん・・・はは、友は素敵な親友を持ってたんだな」
男「・・・ごめんなさい」
猟師「ん、いいんだよ」

27: 2009/07/21(火) 01:20:52.10
カポッ

猟師「飲むか?緑茶でよければ」
男「あ・・・いただきます」
女「・・・」
猟師「そっちのアンタもどう?」
女「良いんですか?」
猟師「遠慮すんな」

猟師「・・・はー、しかし、山か・・・懐かしいな・・・」
男「・・・」
猟師「やっぱり自分の育った場所っていうのはね、良いよ・・・良かった」
男「イチさんも、戻れたらな・・・とか、思うんですか?」
猟師「そりゃね」

猟師「まー、私ゃ独り身だったからな・・・寂しい暮らしではあったけどさ」
男「え、イチさんって独身なんですか?」
猟師「いまさら何を」
女「じ、実はわ、私もフリーでして・・・」
男「諦めろ、性別の垣根は越えられない」

猟師「・・・そうか、山か・・・」

29: 2009/07/21(火) 01:26:40.05
猟師「よし、じゃあ山に行くか」
男「ん?」
女「ん?」
猟師「まだ日は高い、それに夏だ、さあ急ごう、馬車に乗ればすぐだ」

男「あのイチさんちょっと待ってください」
猟師「どうした」
男「あの、イチさん、さっき山に登っちゃ駄目って・・・」
猟師「私は駄目とは言ってないぞ」
男「(いやいやいや)」

女「ちょっと・・・イチさん、山は危険って・・・!」
猟師「魔獣なら私に任せればいい、噴火の再発は・・・また、逃げれば良いさ(ニコッ」
女「(イチさんカッコイイ!)」

男「いや・・・いやいや、でも立て看板とか・・・」
猟師「そんなもの踏み倒しとくんだよ」
男「(いやいやいや・・・)」
猟師「帰りたいんだろう?山の暮らしにさ、良いと思うよ」

猟師「・・・ただし」
男「は、はい」
猟師「・・・いや、やっぱり良い、行こうか」
男「・・・?」

30: 2009/07/21(火) 01:31:27.67
山の女は山に似て気性が荒いというが、イチさんもその類なんだろう。

俺ら二人は半ば強引に安い馬車へと連れられて、しかしお金はイチさん持ちで。

懐かしの山行きの馬車は、緩やかに出発した。

イチさんは馬車の中で「危険の事は心配するな」とにこりと笑っていた。

女は背徳感と期待が入り混じる複雑な表情で、馬車の外の景色を眺めていた。

それにしてもなぜ商業用馬車なのだろう。

まるで俺らは荷物みたいだ。


ゴトン・・・ゴトトン・・・

31: 2009/07/21(火) 01:36:38.91
猟師「案外早く着いたな」
男「・・・まぁ、もともと街道に近い山ですし・・・」
女「・・・山の見た目はあまり・・・変わってないけど・・・」
男「あ、でもちょっと削れてる」
女「え、本当?」

猟師「さて、さあ、早く登るぞ二人とも・・・もともと山の民だろう?なら暮れない内に急いで登るぞ」
男「は、はい」
女「はーい」


ザッザッザッザッザッザッ・・・

女「(・・・本当にいいのかしら・・・山に入っちゃって・・・)」
男「(・・・さあ・・・)」

男「・・・でも」
女「?」
男「この土の感触さ・・・・」

男「・・・なんかうれしい」
女「・・・」

女「・・・ええ」

33: 2009/07/21(火) 01:43:05.45
ザッザッザッザッ・・・

男「うわ、枝がひっかかる」
猟師「ナイフがあれば払ってやるんだけどな・・・くそぅ、手入れされてないからってこいつら調子に乗って・・・」
女「やっぱり、いつもの山とは少し違うわねぇ・・・いたた」
猟師「そうさ、人がいてこそ人がいられる山、人がいなければ人の住める山じゃない」

猟師「足元を見ろ、獣の足跡は沢山ある・・・今まではこの近くにはいなかった小さな動物の痕跡だ」
男「・・・本当だ」
猟師「人がいなければ生態系も変わる・・・生態系が変われば、山の表情もね」

猟師「・・・どこにでも言えることだけどさ」

ザッザッザッザッ・・・

女「ちょ、ちょっとまってー、早いわよぉ・・・」
男「急げ急げ、おいてかれるぞ」
女「いたー、また枝がひっかかったー!」
猟師「休んでる暇はないぞ」

ザッザッザッザッ・・・・

34: 2009/07/21(火) 01:49:18.59
男「・・・」
女「わぁ・・・」
猟師「ふー、やっと村への道についたな」

男「・・・ひでぇ、これ、あの道か・・・」
女「う・・・臭っ・・・」
猟師「さすがにもう熱は無いから、そんなにオドオド歩かなくても良いんじゃないか」

ザッザッザッザッ・・・

男「・・・なんだか、怖いな」
女「・・・えぇ・・・」
男「木は半分枯れてる・・・この先・・・村に着いたら・・・」
女「いや・・・なんだか、想像したくない」
男「・・・ああ」
猟師「・・・」

猟師「・・・さ、早くいくぞ、ここでゆっくりしている暇は無い」

37: 2009/07/21(火) 01:55:36.84
猟師「あーらら」

男「・・・」

女「・・・」

ザッ・・・ザッ・・・

猟師「・・・これが現実ってとこか」
女「・・・そんな」
男「・・・」

男「・・・まるで墓場だ」
女「・・・やだ・・・吐きそう」
猟師「驚くほど何もないな・・・木は黄土色に立ち枯れ、土は焦げ灰、草は無いときた」

猟師「・・・で?」
男「・・・は、はい?」
猟師「アンタはどうするんだ」
男「・・・俺・・・ですか」
猟師「ああ」

猟師「山の生活に戻りたい?」
男「・・・」
女「・・・男・・・」
猟師「これがそうだよ、自然ってやつ・・・山ってやつだ」

猟師「・・・私もこれは、初めての経験だったけどね、はは」

38: 2009/07/21(火) 02:00:18.37
―噴火・・・!そんな、この山が噴火するなんて・・・!―

―ここは・・・危ない!男、逃げよう!―


男「・・・・」

女「男・・・」
ぽん

猟師「・・・」
女「・・・イチさん」
猟師「アンタは自分の家の場所、わかる?自分の家に入る?」
女「・・・私は・・・なんだか、怖いので・・・」

女「今の、今のこの・・・家をみたら・・・なんだか、心が砕けちゃいそう」
猟師「・・・ああ、そうだな」

男「・・・」

男「(・・・友・・・)」

41: 2009/07/21(火) 02:04:23.76
―急げ急げ急げ急げ急げー・・・一気に駆け下りるぞ!―

―! おい!何立ち止まってるんだよぉ!―


男「(・・・)」
男「(あの時、無理やりにでも俺が、)」
男「(あいつの腕を掴んだりして、そんで引っ張っていけば・・・)」


―ばっ・・・!小屋なんてもうとっくに通りすぎちまっただろうが!―

―行かないと・・・!あの子が氏んじゃう・・・!―


男「(・・・馬鹿野郎・・・)」


―・・・うう・・・お、男ぉ・・・―
―うう・・・ごめん―

―ばっ・・・かやろ・・・!―

―く・・そ、くそ!先に行ってるぞ!?―


男「~・・・!!!」

42: 2009/07/21(火) 02:08:46.38
猟師「ほら、力抜け、唇を食う気か?」
男「・・・あ」

猟師「そろそろ暮れる、夕日になる前に降りてしまおう」
男「・・・」
猟師「・・・やれやれ」

ぽん

猟師「どうした?」
男「・・・イチさん・・・俺は」

男「・・・もしも、もしもですよ」
猟師「・・・ああ」
男「もしも女がここに残るって言って・・・夜の暗くなる寸前のこの村に、残ったとします」
女「わ、私は残らない」
男「わかってる」
猟師「ふむ・・・それで?」

男「・・・そうして、俺は・・・そうなったら、女を止めるべきなんでしょうか」

43: 2009/07/21(火) 02:14:11.85
女「・・・」
猟師「止めるべき・・・っていうのは」
男「あの、つまり・・・“夜のここはあぶないから”って、女を引きとめたり・・・」
猟師「ああ、そういうこと」
男「・・・」

猟師「・・・さあ、どっちでも良いんじゃないかな?」
男「え」
猟師「山の日はすぐに暮れる・・・傾き行けば、気もはやる・・・そんな中で冷静な答えを出すのは難しい」

猟師「人はパニクると正常な判断ができなくなるからな、自分の身を守るためだけに動いても、助けに行ってもどっちでも良いと思う」
女「ちゃんと引きとめるんでしょうね、男」
男「あ、ああ・・・」

猟師「・・・そう」

猟師「今は、ちゃんと引きとめる人がいてくれる」
男「・・・」
女「・・・」
猟師「・・・今はね、今だけのことだ・・・いや、今のことだけ考えれば良い」

猟師「・・・ふふ、難しい話は私には合わないなぁ・・・さあ、山を降りよう」
男「・・・はい」
女「・・はい」

45: 2009/07/21(火) 02:18:24.03
ザッザッザッザッ・・・

男「・・・」
猟師「まー数年、十年かすれば山も形を取り戻すだろう」
女「本当ですか?」
猟師「ああ、たぶんね・・・そうなればまた、人も住み着くようにはなるだろう」
女「・・・そうかぁ・・・」
猟師「その時に戻るかどうかは、まー今は考えなくても良いんじゃないかな」
女「どうしようかなぁ・・・」

ザッザッザッザッ・・・

男「・・・」
ザッ

女「・・・?男・・・?」
猟師「・・・どうした」

男「・・・!」

くるっ ダッダッダッダッダッ!!

女「ちょ・・・!あなた村に戻るつもり!?」

男「・・・!」ダッダッダッ・・・


猟師「・・・いや・・・」

46: 2009/07/21(火) 02:22:25.05
ダッダッダッダッダッ・・・

男「はっ・・・はっ・・・!」
男「くそっ・・・登りはつれぇなぁっ・・・!」

ダッダッダッダッ・・・

男「はっ・・はあっ・・・!でも俺は・・・はっ・・・!」

ダッダッダッダッ・・・

男「友ぉ・・・!ヒョロヒョロなお前なんかより早く登れる・・・早く、追いついてやれるんだぜ・・・・!」

ザザッ


女「あ、止まった・・・」
猟師「・・・」
女「・・・?何か・・・掴むそぶりをしてるけど・・・」
猟師「・・・ふふ」

猟師「捕まえたんじゃないか?」
女「え?」
猟師「さあ行こう、暮れたら危ない、手を引いてやる人は、一人はいなくてはね」
女「え?え?イチさん、何を捕まえたんですか?男は何も掴んでませんよ?」
猟師「どうかな」

48: 2009/07/21(火) 02:26:58.13
陽は暮れそうだ

今にも、まるであの日のように赤く燃えそうだ

あの夕焼けを見ると俺の胸は苦しくなる

噴火の日の焦げくささにも、あの時の焦燥感にも似ている

だから俺はあの太陽から、あの噴火と同じように、そう、逃げるように走り始めた

女は俺に「どうしたの?」と心配そうにいってくれた


・・・そうか

手を引いてくれる人、か・・・

・・・

さて、俺らの都会に戻ろうか

新しい生活が待ってるぜ


男「(・・・じゃあな、友・・・いつか、またちゃんと来るよ)」

49: 2009/07/21(火) 02:31:29.84
チャプチャプ・・・

女「・・・ふぁぁ・・・良い陽気・・・」
女「・・・あらぁ、お魚・・・足元に・・・」

女「(・・・獲れるかな・・・)」

女「・・・えいやぁ!」

ドッパン

女「・・・」ビショビショ


男「おーい、女ー」
女「・・・あ、お、男・・・」
男「・・・どうしたんだ、随分と楽しそうだが」
女「黙りなさいな」

女「・・・って、え・・・?」
男「ん?」
女「・・・なによ、その格好・・・」
男「ああ・・・これか?」

男「俺はもう19だしな・・・そろそろ仕事をってことで、レンガ工を始めたのよ」
女「へぇえ・・・仕事、見つけたのね」
男「へへ、まあな」

50: 2009/07/21(火) 02:35:27.70
チャプチャプ

女「私もそろそろ仕事始めないといけないわぁ」
男「お前はまだ17だろ?まだまだ大丈夫だよ・・・それこそ先生が治ったら、復学すりゃいい」
女「でも、なんだか負けた気分」
男「どういう意味だ」
女「さぁねぇ~」

男「・・・まー、あの老いぼれ先生もだ、腰が治って早々、生徒が0人ってのも切ないじゃねえか」
女「・・・それもそうね」

女「決めた、復学する」
男「そうしとけ、お前は俺と違って頭が良い」
女「そうね」
男「・・・」

男「・・・女、俺さ」
女「ん?」
男「都会で暮らすわ」
女「何をいまさら」

51: 2009/07/21(火) 02:39:35.53
良く見たら空は高い。

良く見たら水は澄んでいる。

良く見たら緑は多い。

良く見たら人の表情は明るい。

良く見たら、良いところなんて沢山あるもんだ。

ほら、こんな身近なところにも。


女「・・・ねえ、聞いてるぅ?」
男「ん、あ、ああなんだ」
女「あの魚、どうにかして獲れない?」
男「・・・んー、どうだろうな」

男「・・・ずぶ濡れになってでも獲りに行くってのも・・・悪くはないかもな」


   おわり

52: 2009/07/21(火) 02:40:15.67
イイハナシダナー

53: 2009/07/21(火) 02:41:08.91

引用元: 男「・・・早く山に帰りたい」