1: 2010/03/24(水) 15:10:08.46
律「客こねー」

3: 2010/03/24(水) 15:15:19.81
ある日の夜

カランコローン

律「お、いらっしゃー…なんだ、またお前か…」

唯「なんだとは失敬な!常連客に向かって!」

律「だってこの3日間で来店客総数4人だぞ。そのうち唯が2人分」

唯「それはこの店が売れないのが悪いんだよ~」

律「はっきり言うな!」

4: 2010/03/24(水) 15:20:06.34
唯「ここは相変わらず閑散としてますなあ」

律「ほぉ~唯が閑散なんて言葉知ってるなんてな。どこで習った?」

唯「本当に失礼な人だな~。りっちゃんが一人で寂しくしてるんじゃないかな~と思って、こうして忙しい中顔を出してあげてるのにさ」

律「お、言うじゃん」

唯「それに今は私の方が教える側なんだよ!」

律「そうだったな。あの唯が、あ・の!唯が幼稚園の先生になっちゃったんだもんな~」

唯「む~!オンボロスナックのママのくせに!」

律「なんだと!?」

5: 2010/03/24(水) 15:25:10.86
唯「えへへ、冗談冗談」

律「まったく…はあ~あ…しっかし毎日体が辛いなー」

唯「ふふ、りっちゃん毎回そう言うね」

律「口癖になってしまったな。歳は取りたくないよ。おっとごめん、注文は?」

唯「オレンジジュースで」ビシッ

律「はいはい。唯は相変わらずな。ここに来ても酒飲まないんだから」

唯「ふふふ、飲まないんじゃないよりっちゃん。飲めないんだよ!」

律「う、うん。なんで得意気?」

8: 2010/03/24(水) 15:30:06.86
律「仕事はどう?うまくやってる?」

唯「相変わらずだよ。元気な子供を相手にするのは疲れるけど、なんとか楽しくやってるかな」

律「音楽は教えてんのか?」

唯「興味を持ってくれてる子には個人的に教えてあげてるよ。中々みんなってわけにもいかないけどね~」

律「唯は幼稚園の先生のおかげで音楽に出会ったんだもんな」

唯「うん。小さい子達に私なりに音楽の楽しさを伝えることが、先生への恩返しになると思ってるんだ~」

10: 2010/03/24(水) 15:35:25.83
律「その先生がいなかったら私達も出会ってなかったもんな」

唯「そうだね。あの時先生にカスタネットを教えてもらったから…」

律「うん。私も唯の先生に感謝しないとな。一生の親友に出会わせてくれたんだもん」

唯「ふふ、恥ずかしい台詞禁止だよ、りっちゃん」

律「ば、馬鹿!冗談で言っただけだよ!…で、その先生今は?」

唯「私の幼稚園で園長先生をしてるよ。この歳になって未だに怒られてるんだ~…」

律「はは、唯らしいな。まあ、それだけ唯に期待を込めてるんだろ」

唯「そうかなぁ…」

12: 2010/03/24(水) 15:40:32.83
律「そうだよ。うんたんうんたん♪だろ?」

唯「もうやめてよ。ハズカシーから」

律「私達の間で今さら恥ずかしいもあるか。唯のことなら隅から隅まで知ってるぜー。へっへっへ。ほいオレンジジュースお待ち」

唯「ありがと。も~、りっちゃんの工口親父!ゴクゴク」

律「いい飲みっぷりですこと」

唯「ぷはー!うん、りっちゃんとこのオレンジジュースはうまい!どこのスーパー?」

律「自家製生絞りでございます」

唯「はいはい、どうせそこの業務用スーパーでしょ。この後買って行こうっと」

13: 2010/03/24(水) 15:45:25.03
律「今日はゆっくりしていかないの?」

唯「うん、子供にご飯作らなきゃ」

律「そ」

唯「あ、ごめん…」

律「なんで謝ってんだよ!子供は?元気?」

唯「元気過ぎてまいってるよ。今小学4年生で暴れたい歳頃だろうからね~」

律「まだ小学生か。へへへ、お前ら仕込むの遅すぎたんじゃないか~?澪の子供はもう20超えてるぞ」

唯「も~、またそういう言い方する~」

14: 2010/03/24(水) 15:50:00.30
律「まあいいや。ほらほら、さっさと帰りな!ガキが腹空かせて待ってんだろ!」

唯「うん、また来るね。はいお金」

律「おう、いつでも来いよ。待ってるからな」

唯「ほいほい!それじゃあ、ばいばい」

カランコローン

律「…」

律(まったくあいつは毎日のようにここに来て。今だにりっちゃん離れできてないんだな~。…けど)

律「唯が帰ると無性に寂しくなるんだよなあ…」

律「はあ…」

律「子供…か」

16: 2010/03/24(水) 15:57:12.40
ある日の夜

律「ひーまーだーなー」

有線「♪~」

律「お、こいつは確か…」

カランコローン

律「ん、いらっしゃいませー。あら、こりゃあ珍しいお客さんだ」

和「こんばんは、久しぶりね律」

18: 2010/03/24(水) 16:03:09.58
律「久しぶり。空いてるところに座って」

和「見たところ、全席空いてるみたいだけど」

律「そんなイジワル言うなよー」

和「ふふ、ごめんなさい。冗談よ」

律「えーと、前にこの店に来てからもう5年は経ったか?」

和「バカね、もっとよ」

律「はは、お互い歳は取りたくねーよなー。時間の感覚も狂ってきたよ」

19: 2010/03/24(水) 16:09:16.18
和「そうね。前回来た時は私が部長になった直後だったわ」

律「そうだったな。和は出世するたび嬉しそうな顔してここに来るもんな。今回もそろそろだと思ってたよ」

和「あら、お見通しってわけね」

律「当たり前だ。和、会社の執行役員になったんだろ?びっくりしたよ!新聞の経済欄の人事異動に和の顔が載ってんだもん」

和「律でも経済欄読むのね。私にとってはそっちの方が驚きだわ」

律「へへ、スナックのママは常に新しい情報を仕入れなくちゃいけないのよん」

和「さすが経営者は違うわね。私も早く律のようになりたいわ」

律「馬鹿言うな。私からしたら和なんて雲の上の存在だよ」

20: 2010/03/24(水) 16:14:14.98
和「そんなことないわよ」

律「いーや、あるね。○○生命、生保レディから初の執行役員誕生!だろ?」

和「本当に新聞を読んでるのね…」

律「んっふっふー。しかしすげえよな、執行役員だろ?なんかよくわかんねーけど社長みたいなもん?」

和「そこまでではないわよ…それにここはまだ通過点」

律「お、言うね~。で、注文は?」

和「そうね…じゃあブランデーで」

21: 2010/03/24(水) 16:19:23.67
律「渋いな…。さすが仕事に生きる女は違うね~。ほいさ」

和「ありがとう。ふふ、こう見えても野心だけは人一倍よ。おかげでこの歳で独身だけれどね」

律「仲間仲間~」

和「はいはい。ゴク、ブフッ!」

律「おいおい大丈夫か?弱いくせにそんなの飲むから」

和「ご、ごめん…やっぱりきついわね」

律「酒弱い奴はカクテルとかにしとけばいいんだよ」

和「私はこれを飲みたいの。ナポレオンになりたいのよ」

24: 2010/03/24(水) 16:24:21.66
律「征服者の酒とは言われてるけど、それ飲んだからってナポレオンになれるわけじゃないだろ」

和「験かつぎよ験かつぎ」

律「へーへー、そうでございますか」

和「それと上司に言われたのよ。偉くなりたかったら酒もタバコもやめろってね。このお酒も8年ぶりよ」

律「やめてねーじゃん」

和「今日は出世祝いだから特別なの。自分へのご褒美よ。誰も祝ってくれないから仕方ないじゃない」

律「私が祝ってやるって!今日の酒代はサービスだ!」

律「…」

律「あ、やっぱりツケで。売り上げがな~…やばいのよ」

26: 2010/03/24(水) 16:35:47.13
和「ふふ、わかったわ。ありがたくツケさせてもらうわね。じゃあそろそろ行こうかな」

律「え?もう行くの?」

和「うん、まだ仕事が残ってるから。それに今まで以上に働かないと上に行けないからね」

律「そっか。頑張れよ、和」

和「ありがとう律。次は執行取締役になったらここへ来るわ。その次は代表取締役ね」

律「何年後になることやら。私がばーさんになる前に頼むよ」

和「ふふ、わかってる。多分すぐに来ることになるわ。それじゃあ」

カランコローン

律「…」

律「仕事に生きるのも一つの幸せなのかな」

27: 2010/03/24(水) 16:48:22.97
ある日の夜

律「かーみさーまおねーがい二人だけの~ってか」

カランコローン

律「あ、いらっしゃーい」

澪「おいっす」

律「宗教の勧誘はお断りでーす」

澪「おい、久しぶりに会った幼馴染に随分な言葉じゃないか」

律「冗談だよ。久しぶりだな、澪」

澪「ああ、律」

28: 2010/03/24(水) 16:59:20.63
律「空いてるところに座って」

澪「ふふ、ここは相変わらず客が来ないな」

律「お前こそ随分な言葉じゃないか?」

澪「本当なんだから仕方ないだろ」

律「返す言葉もございやせん。そういえば澪、次は武道館ライブらしいな」

澪「お、よく知ってるな」

律「世間では知る者のいない、メジャーバンドだからな」

32: 2010/03/24(水) 17:52:32.07
澪「やっとここまで来たよ」

律「私達の夢を叶えてくれたわけだな」

澪「高校生の時のか。まさか本当に武道館に立てるなんて思ってもみなかったよ」

律「すげーよなー、澪」

澪「いやーそれほどでも」テレ

律「の娘」

澪「もっと褒めてもっと褒めて」

35: 2010/03/24(水) 17:58:09.03
律「ガキか、お前は」

澪「この通り、すっかり親バカだよ」

律「はいはい。で、注文は」

澪「うーん、ビールでいいや」

律「澪ちゃんケチくさ~い。いっぱい稼いでるんだからシャンパン入れてよ~」

澪「なんだそれ、唯の真似?なつかしいな」

律「似てた?」

澪「似てない」

律「ちっ。ほれ、ビール」

36: 2010/03/24(水) 18:02:36.75
澪「ありがと。そうそう、はいこれ」

律「ん?何これ?」

澪「ふふ、武道館ライブのチケット」

律「一緒に行こうってか」

澪「うんうん。私達の夢が叶う瞬間だぞ」

律「本当親バカ…」

澪「武道館ライブ一曲目はふわふわ時間だってさ」

律「ほぅ…当然私に著作権料は入るんだろうな?」

48: 2010/03/24(水) 20:42:29.09
澪「は?作曲ムギで、作詞は私だけど?」

律「いやー、最近は著作権著作権うるさいからなー。当時の部長としてそのへんの管理はしっかりしとかないと」

澪「おいおい…私達の曲も夢も、まるごとあの子達に託したじゃないか」

律「そういやそうだった」

澪「律の方はどうなんだよ。息子さんはバンド続けてるのか?」

律「…」

律「あいつの話はやめろよ」

澪「…」

澪「お前…まさかまだ…」

50: 2010/03/24(水) 20:49:34.22
律「…」

澪「まだ息子さんといがみ合ったままなのか?」

律「あんな親不孝者、どうなろうが知ったことじゃないな」

澪「どうしてそんな風に言えるんだよ…自分のお腹を痛めて、苦労して産んだ子じゃないか」

律「育ててやった恩を忘れて大学進学もせず、音楽で食っていくなんて言い放つようなガキを産んだ覚えはねーよ」

澪「それは…それを応援してやるのが親の務めだろ!私だって娘が最初にそう言った時は反対したけど…。
  でもちゃんと面と向かって話し合って、あの子の真剣な目と決意を聞いた時、私が応援してやらないで誰が応援するんだって思ったよ。
  それが親の務めだろうって…だから…」

律「ふん、お前の娘と私のガキを一緒にするなよ。音楽の世界なんて一部の才能を持ったボンボンしか成功するはずないんだ」

澪「…」

澪「取り消せよ」

55: 2010/03/24(水) 21:33:19.61
律「あ?」

澪「才能とかボンボンなんて簡単な言葉で片付けて欲しくないな。あの子が今までに何万時間ベースに触れていたと思ってる」

律「…」

律「わりぃ」

澪「旦那さんのこともあったから音楽の道に進むのは反対なんだろうけどさ…でも旦那さんと息子さんは別だろ?」

律「…」

律(そんなこと、言われなくたってわかってる。でもな澪、夢や野心だけじゃ飯は食っていけないんだよ、私らみたいな凡人はな)

59: 2010/03/24(水) 21:43:38.90
私の夫は売れないインディーズバンドのドラマーだった。

彼と出会ったのは、気まぐれに足を運んだライブハウス。
彼の演奏を目の当たりにし、心底感激した私はライブハウスから出てきた彼に電話番号を書いた紙を手渡した。

数日後、彼から電話がかかってきた。

それからというもの、私は彼に猛アタックを仕掛ける。
今思えば私にとっての彼は、ただの憧れの存在だっただけなのだろうと思う。
『好き』という感情を持って接していたのか、今となっては思い出すこともできない。

私達はなし崩し的に同棲を始めた。
彼がバンド活動に専念できるよう、生活費を稼ぐのはもっぱら私の役目だった。

同棲を始めてから3ヶ月後、私の妊娠が発覚した。

19歳のある夏の日のことである。

64: 2010/03/24(水) 22:31:20.93
子供ができてから、自分の考え方が変わったことに驚かざるを得ない。

お腹に子を抱えて仕事をすることができない私は、再三彼にバンドを辞めるように迫った。
当然だろう、今までのように私と彼がなんとか生活していくのとはわけが違う。
子供の将来を考えると彼にはバンドを辞めてもらい、まともな職についてもらう他ない。

けれど彼はバンドを辞めなかった。

「今に金に困らない生活を遅らせてやる」とか「すぐにメジャーデビューできる」とか、そんな夢物語を語って。

子供ができていなければ応援していただろうか。

この時の私は自分と彼の将来よりも、お腹の子の将来を心配していた。

66: 2010/03/24(水) 22:47:50.35
彼がバンドをやめたのは息子が5歳になった直後だった。
養育費と生活費を女一人で稼ぐのは並大抵のことではない。
彼もようやくそれに気付いてくれた。

しかし、30台半ばの高卒の男を雇ってくれる会社などあるはずがない。

彼が就職活動を始めてから1年、いよいよ私達の貯金が底をつきそうになった時、彼は神妙な面持ちで言った。

「店を開こう」と。

反対した。
当たり前だ。
簡単に「店を開く」などと言うが、私達には何のノウハウもないし店を開くために何千万という借金をしなければならない。

失敗すれば家族もろとものたれ氏ぬしかない。
まさに地獄への片道切符。

71: 2010/03/24(水) 23:04:50.72
熱心に説得する彼を見て、もう一度応援してみようという気持ちになった。
彼の人生を、夢を。
それは私自身と子供の人生にも繋がるから。

私達は開店資金を調達するため、親戚中に頭を下げてまわった。
まさか自分の弟に土下座する日が来るとは思ってもいなかったが。

聡に「もうあの男とは別れてまともな男と結婚しろ」と言われたが、それでも私は土下座をやめるわけにはいかなかった。

私の熱意に負けた聡は300万円もの大金を貸してくれた。
自分の生活もあるだろうに、私のために300万円も。

これほど聡に感謝した日はない。

泣きじゃくる私を、聡は優しく抱きしめてくれた。
いつの間にこんなに大きな男になったのか、その疑問が浮かんだ瞬間、さらに涙が溢れ出した。

私は弟の成長に気付かないほど心に余裕がなかったのか。

74: 2010/03/24(水) 23:15:42.55
各所から金をかき集め、なんとか開店に漕ぎ着ける。

『スナック りっちゃん』

アホかと。
命名者は唯。
恥ずかしいからやめて欲しかったのだが、『スナック りっちゃん』が最もスナックっぽい雰囲気をかもし出していたのでこの名に決定した次第だ。

右も左もわからない私達は必氏に働き、それに伴い売り上げも信じられないくらい伸びた。

けれど、良かったのは数年だけ。

仕事に余裕がでてきた彼は昼間から店の酒をあおるようになる。
何度言っても酒はやめず、挙句のはてに私に暴力を振るうようになった。

82: 2010/03/24(水) 23:31:37.74
――どうして?
――あんたがしたかった事じゃないの?

何度言っても彼が耳を貸すことはなかった。

この時初めてわかった。

この人は音楽がないと生きていけない人間なんだと。
ドラムを叩くことに生きがいを感じる人間なんだと。
そうして初めて彼は『生きる』ことができるのだと。

そして私が愛したのは彼のそんな姿だったんだ。

彼をこんな風にした原因は私にもある。

まあ、今さら気付いたところで後の祭りなのだが。

すでに私には金を稼ぐことと、夫の暴力から息子を守ることしか頭になかった。

もはや彼に対する愛情など露ほどもない。
氏んで欲しい、とすら思っていたのかもしれない。

83: 2010/03/24(水) 23:38:42.34
数年後、彼は急性アルコール中毒で倒れ、そのままポックリ逝った。

通夜も葬儀も火葬も涙は出なかった。

淡々と挨拶をし、淡々と式を進め、淡々と彼を見送った。
参列者から「ずいぶん気丈な人だねぇ」と声が漏れていたが、そんなことはない。
ただ彼を愛していなかっただけなんだ。

「カーチャン。俺、カーチャンが悲しむようなことはしないから」

火葬場の煙突から上る煙をボケーっと見上げていた時、息子がポツリとつぶやいた。

87: 2010/03/24(水) 23:46:02.25
その言葉を聞いた瞬間、私は何がなんだかわからなくなって気が付いたら息子を抱きしめていた。
窒息してしまうのではないかというほど、強く。
小さな息子が私を気遣ってくれた喜びが涙となってあふれてきた。

息子に涙を見せたくなかった。
強いカーチャンでいたかったから。
このチビッコを一生守っていける強いカーチャンに。

私は声が震えないよう必氏にこらえながら「そうか」とだけ答えた。

私に残されたものはこの小さなスナックと、愛する息子だけ。

もうこれ以上大切なものを失うわけにいかなかった。


89: 2010/03/24(水) 23:53:54.27
息子は近所のババア共に自慢しても恥ずかしくないほど好青年に成長した。
高校に通いながらアルバイトをし、夜は店を手伝ってくれる孝行息子だ。

本当に私の子なのかと思うほど頭も良かったし、底抜けに明るい性格もあって生徒会長を務める人望もあった。

ただひとつ気がかりだったのは息子が軽音楽部に入っていたこと。

幼い頃からドラムに触れることができる環境だったにしても、音楽にのめり込んでいく息子を見ているのと胸が締め付けられる思いがした。

まさかこの子もプロを目指すなんて言い出すんじゃないだろうか。
かつて私が愛したあの人のように。

音楽の世界は一部の才能を持った奴しか成功しない。
私達のような凡人がおいそれと武道館に立てるようなものじゃない。

93: 2010/03/25(木) 00:06:47.69
3者面談の日、息子の進路希望を聞いて愕然とした。

――プロになるために東京に行く。

バンド仲間と話し合って出した結論らしい。

成績優秀で生徒会長を務めたこともあって国立大学の推薦入学の話もあったのだが、それを蹴ってまでプロを目指すというのだ。

音楽音楽音楽。
音楽音楽音楽。
音楽音楽音楽。

一体どれほど私を苦しめれば気がすむというのだろうか。

楽しかった放課後ティータイムの思い出などとうの昔に忘れていた私にとって、音楽はもはやゲロ以下の価値しかなかった。

95: 2010/03/25(木) 00:18:00.89
どう説得しても頑として聞き入れない息子との溝は深刻なものとなる。
事あるごとに「そんなに甘い世界じゃない」だの「成功するはずがない」と耳にタコができるほど言い聞かせてきた。

だが、息子の決意は六方晶ダイヤモンド以上に堅かったようだ。

「俺の人生だろ。カーチャンにとやかく言われたくない」

今まで反抗らしきものをしたことがなかった息子が私を睨みつける。
一瞬、何も考えられなくなった。
考えられなくなったのに、なぜか涙だけは自然とこぼれる。

夫だけでなく、息子にまで裏切られてしまうのか。
私は「カーチャン。俺、カーチャンが悲しむようなことはしないから」という言葉を忘れた日はなかったのに。
あの日のチビスケの言葉を、ずっとずっと心の中にしまっていたのに。

息子にとって、あの日の約束は寝て起きれば忘れてしまう程度のものだったのか。

その日以来、私達親子の会話は、ぱったりとなくなってしまった。

97: 2010/03/25(木) 00:31:33.29
卒業式の余韻も冷めやらぬ3月のある日、わずかな着替えを持って玄関を出る息子は不安で一杯だったことだろう。
健気にもそんなそぶりを見せず、店の掃除をする私の背中に「カーチャン、ごめん」と声をかけきた。

私は息子の言葉を無視して掃除を続けた。

バタン、と扉の閉まる音がする。
急いで振り返ったがそこには息子の姿はなく、薄暗い店内にわけのわからんJ-POPが流れているだけだ。

私は一瞬躊躇したが、店内の掃除を再開した。

困ったことに拭いても拭いても水滴が落ちてしまう。
私は掃除を放棄し、モップを放り投げ、その場にうずくまった。

声を押し頃して泣くことを早々に諦め、近所に響くんじゃないかというほどの大声をあげて泣いた。
願わくば、この声が息子に届いていて欲しかった。
もう一度戻ってきて欲しかった。

しかしそれから数年間、息子からの音沙汰は一切ない。

私に残されたものはこの小さなスナックだけ。

私の手から大切なものが次々と零れ落ちていく。

100: 2010/03/25(木) 00:38:16.19
律「…」ポロッ

澪「…」

澪「ごめん…律の気持ちも考えないで言いたいこと言って…ほら、ハンカチ」

律「え?」

律(…昔を思い出しながら泣いていたのか。まだ息子に未練があるのか?バカな)

律「あ、ああ…悪い。なんで泣いてんだろ。はは、歳取ると涙もろくなるよな」

澪「…」

澪「今日はもう帰るから」

102: 2010/03/25(木) 00:45:26.04
律「え…ビール一口も飲んでないじゃん」

澪「おごるよ。車で来たしな。はい、お金」

律「お、おい!」

澪「じゃあね、またくるから」

カランコローン

律「…」

律「何しに来たんだよあいつ…」

律「…グビ。ぬる…」

律(息子も澪の娘のように好きなだけ楽器に触っていられる環境だったら、今頃は武道館に立っていたのかな。
  あいつが澪の息子に産まれて、何不自由なくドラムをしていられる環境だったら…)

104: 2010/03/25(木) 00:49:51.03
ある日の夜

律「あ、このくそ!デスタムーアつええ!」ピッピ

カランコローン

律「すんませーん!今日はもう閉めまーす!うおおおおマダンテくらえやああああああ!」ピッピ

唯「閉めるってまだ8時じゃん!」

律「ん?ああ、唯か。テキトーに座って。うああ、全滅した…やっぱ無職縛りはきついな。無職よわいよ無職」

唯「も~、相変わらず商売っ気ないな~」

律「それがこの店の売りなもんで」

107: 2010/03/25(木) 00:55:02.01
憂「こんばんは、律さん」

律「おおー!今日は憂ちゃんも一緒か!いらっしゃい」

唯「今日は久しぶりに憂がウチに顔出したからさ~。せっかくだし、りっちゃんとこ行こうかってことになったのだよ」

律「それはありがたいねぇ」

唯「ゲームするためにお店閉めようとしてたくせに…」

律「まあまあ、それとこれは別よ。ささ、注文は?」

唯「じゃあ今日はリンゴジュース」

憂「それじゃあ私は魔王のロックを」

147: 2010/03/25(木) 08:04:15.95
律「お、おお…二人とも相変わらずだな…特に憂ちゃん」

唯「憂はいくら飲んでも酔わないからね!サルだよサル!」

律「いや、つまんねえから」

憂「ふふ、それを言うならザルでしょ、お姉ちゃん」

唯「そうとも言うよね!」

律「ぷっ、本当にかわらねえなあお前ら姉妹は」

憂「そんなことないですよ。お姉ちゃん、もう一人で料理や洗濯できるようになったもんね?」

唯「もちろんだよ~」

律(当然だろうが…歳考えろよ…)

151: 2010/03/25(木) 08:09:27.89
律「でもさ~憂ちゃんはホントいい職に就いたよな。まさに天職だと思うよ」

憂「そうですか?自分ではあまりそう思いませんけど…辛いし…」

唯「介護職だもんね~。私も今の仕事、憂に合ってると思うよ!憂は誰にでも優しいもん」

律「それに憂ちゃんは産まれた日から介護の仕事をやってたようなもんだからな(チラッ」

唯「りっちゃんそれどういう意味かな~(ビキビキ」

律「へへへ。ほい、リンゴジュースに魔王のロックね」

唯「ありがと~」

憂「いただきます」

152: 2010/03/25(木) 08:13:16.17
律「そうそう、今度澪の娘が武道館ライブ出るらしいな」

憂「そうなんですか!?」

唯「私も聞いたよ。澪ちゃん知り合いみんなに自慢しまくってるのね…」

律「ふふ、澪は意外と子煩悩だからな」

唯「それを言うなら親バカね、澪ちゃんの場合は」

憂「でも親なら普通のことじゃないですか?頑張ってる子供を見て応援しない親なんていないですよ」

唯「うん、確かに」

律「そう…だな…」

155: 2010/03/25(木) 08:24:21.23
律「憂ちゃんの子供は?そろそろ反抗期だろ?」

唯「ふっふっふ、りっちゃん。憂んちの躾はすごいよ。子供達みんなビシッとしてるんだから。
  私が遊びに行くと玄関に並んで正座でお出迎えだよ。ビックリなんだよ!」

律「おォ~!さすが憂ちゃんだな!」

憂「そんな…普通に育てただけですよ」

唯「その普通が難しいんだよ。私の子供なんて野球やってるから毎日泥だらけになって帰って来るもん」

律「はは、それがガキのあるべき姿だろ。ガキがやりたいようにやらせるのが一番なのさ」

律「あ…」

憂「どうしました?」

律「い、いや…なんでもない…」

唯「そんなこと言ってもねェ。もっと勉強して欲しいもんだよまったく!」

156: 2010/03/25(木) 08:28:17.74
律「…」

唯「お?りっちゃん大丈夫?」

律「あ、ああ…大丈夫だよ」

唯「…」

唯(りっちゃん、子供の話になるといつもこうだもんなぁ…今日は自分から話を振ってきたから大丈夫かと思ったんだけど…)

憂「子供がやりたいように…確かにそうかもしれませんね」

唯「憂?」

157: 2010/03/25(木) 08:34:25.38
憂「最近よく思うんですよね。いくら躾をよくしたところで、本当にこんなこと子供達が望んでるのかって。
  お姉ちゃんの子を見てると特にそう思っちゃう。お姉ちゃんの子、何も悩みがなさそうなんだもん」

唯「そ、そうかな」

憂「そうだよ。やっぱりやりたいことやってる子供が一番輝いてると思う。多分お姉ちゃんの子は世界一幸せな子供だと思うよ」

律「そうかもな」

唯「う~ん、私にはよくわからないけど」

憂「無理に塾に行かせるより、お姉ちゃんみたいに子供の意思を尊重してスポーツ少年団にでも入れた方がいいのかなって思うの」

唯「そうしたら?別に今のうちから勉強勉強言わなくてもなんとかなるもんだよ。私でさえ大学に入れたし」

159: 2010/03/25(木) 08:40:28.68
律(子供がしたいことを…か。普通に考えれば当たり前のことだよな。それを私は自分の意見ばかり押し付けて…)

憂「そうだね。明日、一度子供達とじっくり話してみるよ」

唯「うんうん、そうしな~。きっと子供も待ってるはずだから」

律「…」

律(あいつも待ってたのかな。腹を割って話すときを…)

憂「うん!ありがとうお姉ちゃん!やっぱり私はまだまだだよ。子育てに関してはお姉ちゃんに勝てる気がしないよ」

唯「そ、そんなことないって!」

唯(面倒だから放っておいてるだけなんて言えない…)

160: 2010/03/25(木) 08:45:54.16
―――――――――
――――――
―――

唯「そろそろ帰ろうか」

憂「そうだね。随分長居しちゃった」

律「…zzz」

憂「律さん、飲みすぎだよね…」

唯「うん、とは言っても憂の半分以下だけど。憂はお酒強すぎだよ!」

憂「これくらい普通だよ~。それより律さんを起こすのも悪いし毛布掛けてあげよ」

唯「そだね」

165: 2010/03/25(木) 09:12:46.40
ばさぁ

唯「じゃあね、りっちゃん。また来るよ」

憂「今日はありがとうございました。お金はここに…」チャリンチャリン

律「…zzz」

唯「元気出してね、りっちゃん」

カランコローン

律「…zzz」

律「う、うぅん…」

167: 2010/03/25(木) 09:19:09.37
ある日の夜

律「…」ピコピコ

律「さすがに全員勇者だと、どの敵も雑魚だな」

がんっ!

律「うおっ」ビク

「…」

律「…」

律「お客さんすみませーん、ウチは自動ドアじゃないっすよー」

カランコローン

紬「そうなの…」

律「お前かよ!」

169: 2010/03/25(木) 09:24:16.04
律「うおーーーー!久しぶりだなムギ!」

紬「久しぶりっちゃん」

律「はは。いやー、ムギはまた綺麗になったな。いつ日本に帰ってきたのさ!」

紬「日本支部に用事があって今日帰ってきたの。明日にはここを発つけど」

律「はあ~多忙な奴は違うねえ。ま、何にせよここに顔出してくれるなんて嬉しいよ」

紬「誰かに会っておきたかったから。それにりっちゃんなら絶対ここにいるし」

律「ちげえねえ。何飲む?」

紬「そうね、久しぶりの日本だし日本酒にしようかな」

律「お、いいねえ。ちょうど浦霞が入ったところだよ」

172: 2010/03/25(木) 09:29:16.57
紬「まあ!それってかなりいいお酒じゃない?」

律「ムギだから特別だぜ。再開を祝してってやつだよ」

紬「うふふ、ありがと」

律「しっかし日本支部ってずいぶん大仰だな。LCLだっけ?」

紬「NGOね」

律「ああ、それね。まあ違いはわからんけど。今までどこにいたんだ?」

紬「ここ数年はずっとソマリアにいたの」

律「あーソマリアね~。よくわからんけど」

173: 2010/03/25(木) 09:34:21.82
紬「今はソマリアの小学校で子供達に勉強を教えているのよ」

律「教師か。唯よりはムギに教えてもらったほうが勉強がはかどるだろうな」

紬「そんなことないわ。唯ちゃんだって立派に働いてるじゃない?」

律「あーもうダメダメ。あいつここに来るといっつも仕事の愚痴ばっかりだもん」

紬「そうなの…今日はこないの?せっかくだから会いたいな」

律「おし、電話してみるか」

ピポパ、プ

カランコローン

唯「ちょりーっす」

175: 2010/03/25(木) 09:41:51.89
律「うわ、きた」

紬「唯ちゃん!」

唯「ん?ムギちゃん!?」

紬「久しぶりね~。ふふ、唯ちゃんは相変わらずほわわ~んとしてて」

唯「いやいや~、ムギちゃんは一段と綺麗になってますなあ」

紬「そんなこと…///」

律「いや、ムギは全然シワもないし、マジで私らの中じゃ一番綺麗だぞ」

紬「そ、そうかな…」

唯律(当時は私が一番可愛かったけどね)

唯律「ん?」

176: 2010/03/25(木) 09:46:53.30
唯「ムギちゃんは今ソマリアだよね。大丈夫なの?怖くない?」

紬「怖いよ。今も無政府状態だし」

唯「うわー。ムギちゃんはリアル北斗の拳の世界にいるのかぁ…」

律「ははは!モヒカンの奴が「ヒャッハー!ここは通さねえぜえ!」って言いながら襲い掛かってくるのか?」

紬「うん、そう」

律「え?」

紬「強盗、殺人、誘拐、人身売買、レイプ…ありとあらゆる犯罪がそこかしこで日常的に起きてるわ」

181: 2010/03/25(木) 09:55:11.18
律「え?嘘、マジ?」

唯「マジだよりっちゃん。前にテレビで見たもん」

律「…」

律「な、なんでわざわざそんな危ないところで教師しなきゃいけないんだよ!日本でいいだろ!」

紬「りっちゃん、私はこう思うの。生まれがどこだろうと子供は平等でなければいけないって。
  内戦国に産まれたからと言って、全うな教育を受けることができないなんて、そんな不幸なことはないわ。
  それに、あんな国だからこそ子供達の学力の底上げが必要だと思う。だから私達はどこへだって行く。
  一人でも多くの子供が幸せになれるならね」

唯律「…」

律「何もムギがやらなくても…きっと誰か他の人がやってくれるんじゃないか?」

紬「ふふ、だって…」

紬「自分がやった方が楽しいじゃない?」ニコッ

182: 2010/03/25(木) 09:59:56.95
唯「言うと思ったよ」

律「さすがムギだな。意思の固さでは世界一だ」

紬「ありがと」

唯「でもムギちゃんの子供は寂しいんじゃない?ずっと会ってないでしょ?」

紬「もう数年会ってないかな…でも子供のことは夫と斎藤に任せてるから心配はしてないわ」

唯「でた、斎藤さん」

律「斎藤さんがいればなんでも解決するよな」

紬「ふふ、伝えておくわね。きっと斎藤も喜ぶと思うわ」

184: 2010/03/25(木) 10:07:25.60
―――――――――
――――――
―――

紬「そろそろ行かないと」

律「おお、もうそんな時間か」

紬「ありがとう、唯ちゃん、りっちゃん。また会えるかな?」

律「会えるさ。私がここを立ち退かない限りな」

唯「うう~…ムギちゃん氏なないでえ~!」

紬「あらあら、唯ちゃんは相変わらずお酒に弱いのね」

律「ビール一杯でこれだもんな」

唯「うぇ~い」

187: 2010/03/25(木) 10:13:10.82
律「さ、唯のことは私に任せて行きな」

紬「うん、じゃあねりっちゃん。また今度」

律「ああ、氏ぬなよ」

紬「志半ばで氏ねないわよ。みんなにもよろしくね」

カランコローン

律「…」

律(ムギの奴、自分の子供でもないのに命張って…私は自分の子供と向き合いすらしてねえってのに…)

唯「う~ん、むにゃむにゃ…」

律「はあ…」

188: 2010/03/25(木) 10:17:24.37
ある日の夜

有線「♪~」

律「…」カリカリ

カランコローン

律「お」ガサ

律「らっしゃー」

梓「なんですかそのやる気ない感じ…」

律「ん…?あ、梓か!?」

梓「はい。お久しぶりです、律先輩」

189: 2010/03/25(木) 10:22:18.94
律「よせやい!もう先輩後輩の関係じゃないんだから」

梓「私にとって律先輩はずっとずっと律先輩ですよ」

律「うむ…深いようで浅い言い草だな」

梓「バレちゃいました?」

律「へへ、これでも元軽音部部長だぜ?お前らのことならお見通しだって。ま、とにかくここ座れよ」

梓「はい、失礼します」

律「注文は?」

梓「じゃあカクテルでも。そうだな、カシスオレンジがいいです」

律「ほ~、可愛いの飲むねえ。まあ、梓らしいか」

191: 2010/03/25(木) 10:26:46.16
梓「律先輩、ここ大丈夫なんですか?なんと言うかその…」

律「ん?何?」

梓「全然全く微塵も儲かってないように見えますけど」

律「うるせーよ!ウチは常連客で持ってるんだよ!本当は一見さんはお断りなんだからな!」

梓「そんなスナック聞いたことない…」

律「文句あんなら金落としてけ!シャンパン入れろ!」

梓「ぼったくりバー!?」

192: 2010/03/25(木) 10:33:02.29
律「と、まあ冗談はこれくらいにしてっと」

梓(顔が本気だった…)

律「梓は今何してるんだっけ?」

梓「両親と一緒のジャズバンドで、日本中演奏して周ってますよ」

律「へ~、結局私らの中でちゃんと音楽やってるのは梓だけか。まあ、なんとなくそんな気もしてたけどな」

梓「私は律先輩以外はみんな音楽の道に進むのかと思ってました」

律「梓ちゅわん?なんで私を外すのかな~?(ビキビキ」

195: 2010/03/25(木) 10:38:45.06
梓「だって律先輩は昔からやる気なかったですもん」

律「まあ否定はしないけどさ」

梓「それに、あまりうまくな…げふんげふん」

律「ま、まあ否定はしないけどさ…」

梓「ステージに立っても見栄えしないし…」

律「それは否定しとこうか」

梓「えっ。せめてこれだけは否定しないで欲しかったのに…」

律「おいこら。そろそろ泣くぞこら」

196: 2010/03/25(木) 10:47:34.82
梓「冗談ですよ」

律「お前…歳食って益々生意気になりやがったな」

梓「だから冗談ですって。律先輩に会えて嬉しいなー」

律「ほう、それは私に対する挑戦状かな?」

梓「律先輩は相変わらずキレイですぅ」

律「…」

律「このやろー!」

グググ

梓「うわわ…!ギブギブ…!」

198: 2010/03/25(木) 10:51:17.14
パッ

梓「げほげほ…本気で締めるんだから…」

律「生意気な後輩は総括しないとな」

梓「まったくもう…どこの左翼ですか。…でも元気そうで良かったです」

律「あん?」

梓「前に唯先輩と電話した時、最近律先輩元気がないって言ってたから」

律「…なんだ、気使ってたのか」

梓「そうですよ。先輩の顔を立てるのが私の役目なんです」

律「ったく…お前らって奴は…」

200: 2010/03/25(木) 10:56:29.22
梓「元気でました?」

律「ああ、おかげさまでな。イライラの方が強い気もするけど」

梓「へへへ。そうだ、良かったら今度私達の演奏見に来てください」

律「おお、行ってみるか」

梓「夫や子供も一緒に演奏してるんですよ」

律「へェ~、子供も一緒にか!」

梓「最初は家に一人でおいておくのは可哀想だからと思って連れ回してただけなんですけど、楽器を触らせてみたらこれが意外にうまくてですね」

律「はは、血筋って奴だな。梓の子供も澪の娘のようにメジャーになったりしてな」

203: 2010/03/25(木) 11:02:11.51
梓「さすがにそこまでは…私は家族みんなと一緒にいれればそれで満足なんです。あの子がそう言うなら応援しますけど」

律「そっか。偉いな、梓は」

梓「え?何がです?」

律「なんでもなーい。いいから飲め飲め」

梓「はあ…頂きます」

―――――――――
――――――
―――

216: 2010/03/25(木) 12:14:53.62
どうも

219: 2010/03/25(木) 12:19:50.31
梓「じゃあ私はそろそろ帰りますね。演奏絶対見にきてください」

律「おう、打ち上げはぜひここで頼むよ」

梓「あはは、わかりました。律先輩、今日は楽しかったです。それじゃあまた」

律「ああ、気をつけてな」

カランコローン

律「…」

律(あいつも親として色々考えてんだな…5人の中で一番ガキなのは…私か…)

220: 2010/03/25(木) 12:25:07.64
ある日の昼

律「♪~」ゴシゴシ

カランコローン

律「ん?ごめんなさいねお客さん。まだ準備中なんすよー」ゴシゴシ

「…」

律「日が暮れたら開けますんで、その時また来てくださいな」ゴシゴシ

「カーチャン…」

律「…!?」クルッ

律「お前…」

息子「おいっす」

223: 2010/03/25(木) 12:30:48.27
律「…」

息子「…」

律「何しにきやがった」

息子「カーチャンに色々と言わなきゃいけないことがあったからさ」

律「こっちは何も聞くことはねぇ」

息子「じゃあいい。勝手に喋るから。俺は今日、客としてここに来た。あんたはスナックのママとして俺の話を聞く。そういうことにしてくれ」

律「…」

律「チッ…客なら追い返すわけにいかねえな。今日は特別に今から店開いてやるよ」

息子「ありがとう…カーチャン」

224: 2010/03/25(木) 12:37:13.95
律「…」

息子「…」

律「何か話せよ…聞いて欲しいことがあるんだろ?」

息子「あ、ちょっと待ってて」スッ

息子「驚かないでくれよな…」

カランコローン

律「なんだ…?」

カランコローン

赤ん坊「だぁ~」

律「え、ええ!?」

息子「あんたの孫だよ、カーチャン」

227: 2010/03/25(木) 12:43:25.55
赤「あ~」

律「ちょ、ちょっと待てって…いきなりそんなこと言われても心の準備が…」わたわた

息子「予想以上の反応だな」

律「う、うるせー!私はまだバーさんになる歳じゃねえんだよ!」プイ

息子「もっと良く見てやってくれ。茜って名だ。おデコなんてカーチャンそっくりだろ?」

律「う…」

茜「あう~」

律「茜…」

231: 2010/03/25(木) 12:47:28.71
律「茜」

茜「うーうー」

律「いい…名だな」

息子「抱いてみるか?」

律「い、いいって!もうガキの抱き方なんて忘れちまったよ!」

息子「体が覚えてるだろ。さんざん俺を抱いてたんだから」

律「む、むう…」

息子「ほらよ」スッ

232: 2010/03/25(木) 12:53:21.28
律「うお…」ズシ

息子「どうだ?初孫を抱いた感想は?」

律「ああ…」

律「あったけえ」

息子「そうか」

律「あったけえ…あったけえよ…」ギュウ

律(人ってこんなに暖かかったかな…ずっと忘れていたよ。人の温もりってやつを)

234: 2010/03/25(木) 12:57:10.98
律「くっ…うぅ…クソ、なんで…ぐ」ポロッ

茜「あう~…」

息子「おい、大丈夫か?」

律「こんな…反則じゃねえか…!うっ…会ったら一発ぶん殴ってやろうとか…!考えてのにさ…!ぐす」

息子「カーチャン…」

律「こんなの見せられたら…ぐす…どうでもよくなっちまったじゃねえかあ…うわぁあーん」

茜「…」

茜「うあーん!」ポロッ

237: 2010/03/25(木) 13:02:11.25
律「茜ェ…うう…」スリスリ

茜「あーん!あーん!」

息子「…」

律「茜…わかるか?お前のバーチャンだぞ…お前のクソ親父のカーチャンだぞ」ポロポロ

茜「?」

律「へへ…可愛い顔しやがって…」ポロポロ

律「ホントに…」ポロポロ

律「こんなの…ずるいよ…」ポロポロ

茜「??」

240: 2010/03/25(木) 13:07:16.57
―――――――――
――――――
―――
律「で、お前はまだ音楽は続けてんのか?」

茜「でこ!」バチン!

律「いってえなコラ!デコを叩くな!」

茜「あぅ…」ポロッ

律「ぁ…ごめんね茜ちゃん。茜ちゃんの気が済むまでバーチャンのデコ叩いていいからねェ」

茜「♪」

茜「デコデコ!」バチンバチン!

律「あっはは…可愛いなぁもう!///」

息子(もうすでにバーチャンの目になってる…)

243: 2010/03/25(木) 13:14:16.82
律「んで、どうなんだよ」

息子「今は楽器屋で働いてるよ」

律「そっか。一応音楽には携わってんだな」

息子「最初の志とは違ったけどな。まあでも好きな音楽に囲まれて給料もらってんだ。贅沢は言えねー」

律「そうだな」

息子「そんじゃまあ、そろそろ帰るわ。家で嫁が待ってるし」

律「…」

律「おい待て」

244: 2010/03/25(木) 13:17:15.99
律「これ持ってけ」ガサゴソ

律「ほらよ」ポン

息子「なんだこれ?」ガサ

息子「…」

息子「カーチャン…これ…」

律「…お前を大学に入れるためにずっと貯めてたんだよ。もうお前には必要ないだろうから茜の養育費にでもしてくれ」

息子「500万もかよ…」

律「ま、まあちょっと切り詰めて生活しすぎて、ガキの時のお前には迷惑かけちゃったからな!特別にその金で家族旅行くらいは許してやろう!」

247: 2010/03/25(木) 13:23:46.31
息子「わかった。ありがとうカーチャン。ありがたく使わせてもらうよ」

律「か、勘違いすんなよ!茜のための金なんだからな!余計な物買ってたら承知しないからな!」

息子「わかってるよ」

律「…」

息子「…」

律「…」

息子「…」

250: 2010/03/25(木) 13:28:58.10
息子「ありがとうな、カーチャン」

律「ああ」

息子「…」

律「…」

茜「あうあー」

息子「それじゃあまた…」

律「ぁ…」

有線「何でなんだろ~♪気になる夜キミへの♪この想い便せんにね~♪書いてみるよ~♪」

律「これは…」

息子「この曲、カーチャンの…」

252: 2010/03/25(木) 13:34:32.58
有線「どうしようかな♪読み返すのハズカシイ♪あれこれと便せんに~♪書いたくせに~♪」

律「昔の、な。今は澪の娘の曲だよ」

有線「気持ちごと♪ゴミ箱行きじゃなんだか♪この胸が切ないから~♪持ってようかな♪」

息子「ああ、澪おばさんとこの…」

有線「今の気持ちを表す辞書にもない♪言葉~探すよ~♪」

息子「…」

律「…」

息子「そんじゃ…」

律「…」

254: 2010/03/25(木) 13:40:23.08
カランコローン

律「…」

有線「ワクワクしちゃう計画とか♪グダグダすぎる展開とか~♪全部ホッチキスで~綴じちゃおう~♪」

律「あー、ちょっと待て」

息子「ん?」

有線「今日の出来事思い出して♪いつも心がキュンとなって~♪もう針がないから~♪買わなくっちゃ~♪」

律「今まで色々な人に会って色々考えて…どうすればお前に気持ちを伝えられるのかと思ってたんだ。
  こうして面と向かったら私の性格じゃあ、言いたいことの1割も言えないと思ってた。
  …だからお前に手紙書いたんだよ。いつか出そうと思ってたけど、ちょうどここにお前が来たから今渡す。
  暇なときにでも読んでくれ」

有線「ララまた明日♪」

256: 2010/03/25(木) 13:46:06.92
息子「…ここで読んでいいか?」

律「バカヤロウ!本人の前で読む奴があるか!デリカシーの奴だな!」

息子「あ、ああ。じゃあ帰ったら読ませてもらうよ」

律「また…来いよ。今度は嫁さんも連れてさ。うまい飯作って待ってるから…」

息子「おう、じゃあな」

茜「ばーい」

カランコローン

律「…」

律「家族を幸せにしなかったら許さねーぞ、バカ息子」ポロッ

257: 2010/03/25(木) 13:49:33.05
ある日の夜

聡「そっか」

律「ああ」

聡「まっ、いいんじゃね?良かったな、仲直りできて」

律「…」

律「お前の差し金だったんだろ?」

聡「さぁ?俺は何も知らん」

律「ふん、まあいいや。ほら、今日のビールはおごりだ」

聡「大好きですお姉さま」

律「気持ちわりいな…」

カランコローン

258: 2010/03/25(木) 13:54:18.80
律「らっしゃーい」

聡「げえっ!」

純「お義姉さんこんばんは。…アンタ!またこんなところで飲んだくれて!」

聡「まだ飲んでねーよ!これからだよ!」

純「また減らず口かい!ほら、さっさと帰るよ!」グイ

聡「イテテテ!耳ひっぱんな!ババア!」

カランコローン

律「…」

律「まあ、家族の形はそれぞれだよな」

261: 2010/03/25(木) 14:01:22.22
ある日の夜

律「きらきら光る願い事も~っと」

カランコローン

律「ん?」

さわ子「ちょりーっす」

律「うわ!出やがった!」

さわ子「ちょっとお、客をなんだと思ってるの?」

律「仕方ないだろ。先生が来ると店閉めるの遅くなるんだもん。飲んだくれババアだから」

さわ子「ちょ…」

263: 2010/03/25(木) 14:06:20.06
さわ子「そ・ん・な・こ・と・よ・り」うふ~ん

律「なんだよその喋り方…キモい…」

さわ子「今日はゲストを連れてきました~!」

律「ゲスト?」

カランコローン

唯「私だよん」

憂「こんばんは律さん」

律「なんだいつものメンバーじゃん」

264: 2010/03/25(木) 14:10:13.98
和「私もいるわよ」

律「アレ?和も?験かつぎはどうしたんだよ」

和「仕方ないでしょ…さわ子先生が来ないとあの事をバラすって言うんだもの…」

律「あの事ってなんだよ…」

紬「こんばんは、りっちゃん」

律「お前もかーい!」ズルル!

紬「さわ子先生から国際電話がかかってきてね。緊急だからすぐに日本に戻れって…私てっきり誰かがポックリ逝ったのかと…」

律「縁起でもねえからやめてくれ…」

267: 2010/03/25(木) 14:19:22.10
澪「おいっす」

律「浄水器なら間に合ってまー」

げんこつ!

律「ぶるあ!」

澪「バカ律!」

律「いって~…」

梓「ふふ、お二人は相変わらずですね」

律「おお~!梓も!」

梓「なんだか楽しそうだったんで仕事休んで来ちゃいました」

律澪「おいおい…」

268: 2010/03/25(木) 14:23:57.92
さわ子「さあみんな!今日は飲むわよ~!無礼講よ無礼講!」

唯「わーい!」

和「唯はお酒飲めないでしょ」

唯「さすが和ちゃん!私のことならなんでもお見通しだね!」

和「当たり前でしょ。でもあの唯が人の親になるなんてね…本当に大丈夫なの?」

唯「ぶ~。こう見えても家事はしっかりやってますから!」

梓「ホントですかぁ?信じられないですね」

唯「あずにゃんまで!?」

憂「お姉ちゃんはちゃんと子育ても家事もやってるよ~…」

やんややんや

270: 2010/03/25(木) 14:27:53.13


ガチャ

律「ふう…酔っ払い共め…」

澪「さわ子先生にはついていけないな…」

紬「でもこういうのすごく楽しい~♪またみんなで集まって飲みましょう♪」

澪「ふふ」

律「だな」

澪「じゃあ戻ろうっか。せっかくみんな集まった時間を無駄にしたくないからな」

紬「はい~♪」

律「私はもうちょっと酔いをさましてからいくよ」

澪「うん、早くな」

カランコローン

271: 2010/03/25(木) 14:31:23.73
律「…」カチッ、カチッ、シュボ

律「すううううう、ふう…」ぷかー

律「まったく、騒がしい奴らだ。大人なんだから少しは落ち着いて飲めってんだ」

律「ふふ」

律「今日は貸切にしてやるか。くるっと」

【本日の営業は終了しました】

律「またのお越しをお待ちしておりまーす」ペコリ

ガチャ

律「おいお前らー!私の酒も残しておけよなー!」

バタン

273: 2010/03/25(木) 14:37:36.16
○○へ

○○、ガキの頃の○○は私の顔を見てはよく笑う子だったよ。
私の腕に抱かれて眠りもしたし、いつも私の後をハイハイして付いてきてたんだ。
大きくなってからも、反抗という反抗もせず、カーチャンを助けてくれた。本当に感謝してる。

お前がいなくなってから、カーチャンも自分なりに色々考えてみたんだ。
やっぱり、親として子供を応援しないのは親失格だよな。
今さら許してくれなんて言うつもりもないし、失った時間をこれから埋めていこうなんて言うつもりもない。
ただ、お前のことを応援させてほしい。
親からしてみりゃあ、頑張ってる子供を応援することほど幸せなことはないって気付いたからさ。

挫けそうになったり嫌なことがあったらいつでも帰ってこい。
ケツぶっ叩いて、即追い出してやるから。
せっかくだから特別に飯くらいは食わせてやってもいいけど。

まあとにかく、さっさといい嫁さんと結婚して可愛いガキ作って幸せに生きろってこった。

私はそれで充分だから。









追伸
おしまい!

275: 2010/03/25(木) 14:39:51.01
どうも
特攻隊員が出撃前に娘に宛てた手紙を読んで書き溜めもなしに突発的に書いてしまった
最後の上2行はその手紙から抜粋
俺にはもう親孝行できる相手がいないけど、両親が存命の人はなんでもいいから親孝行してやってください

就職的な意味で俺にとってこれがラストSS
最後に真面目なものを書けて良かった
今まで付き合ってくれてありがとう

277: 2010/03/25(木) 14:43:39.94
乙!!

引用元: 唯「『スナック りっちゃん』?」律「おおー!」