1: 2012/06/09(土) 19:11:25.71
――――――――――――――――
もうすぐ高校生活が終わる、私は上手くやってこれただろうか。
色々あったが、今となっては青春のひとコマだろう。
卒業式を間近に控え、私たちは家路に就いている。
河川敷の上、少し高くなった道路を進む。
私となっちゃんと英子ちゃんの三人で。
今日は本当に楽しかった、今までこんなにはしゃいだ日はなかっただろう。
軽音部のみんなが私たちの教室でライブを行ってくれた。
和ちゃんがみんなの指揮をとり、協力して実現したライブ。
私は――私たちは、ずっと忘れないだろう。
今日のライブだけじゃなく、修学旅行や学園祭はもちろん。
受験勉強に苦しんだのだっていい思い出だ。
二人の背中を見つめながら、軽い足取りで歩く。
鞄が軽い、もう教科書を入れる必要は無いから。
履き慣れたローファーともお別れ、もう履くことは無いかな。
着慣れた制服ともお別れ、卒業式ではちゃんと前を留めよう。
掛け慣れた眼鏡は、もう少し付き合ってもらおう。
髪は長いままでいいかな、今は染める気も無いし。
なっちゃんが英子ちゃんに、「今日の風子ご機嫌だね」と耳打ちをした。
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1339236685/
もうすぐ高校生活が終わる、私は上手くやってこれただろうか。
色々あったが、今となっては青春のひとコマだろう。
卒業式を間近に控え、私たちは家路に就いている。
河川敷の上、少し高くなった道路を進む。
私となっちゃんと英子ちゃんの三人で。
今日は本当に楽しかった、今までこんなにはしゃいだ日はなかっただろう。
軽音部のみんなが私たちの教室でライブを行ってくれた。
和ちゃんがみんなの指揮をとり、協力して実現したライブ。
私は――私たちは、ずっと忘れないだろう。
今日のライブだけじゃなく、修学旅行や学園祭はもちろん。
受験勉強に苦しんだのだっていい思い出だ。
二人の背中を見つめながら、軽い足取りで歩く。
鞄が軽い、もう教科書を入れる必要は無いから。
履き慣れたローファーともお別れ、もう履くことは無いかな。
着慣れた制服ともお別れ、卒業式ではちゃんと前を留めよう。
掛け慣れた眼鏡は、もう少し付き合ってもらおう。
髪は長いままでいいかな、今は染める気も無いし。
なっちゃんが英子ちゃんに、「今日の風子ご機嫌だね」と耳打ちをした。
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1339236685/
7: 2012/06/09(土) 21:01:59.44
宙に浮いたような足取りで二人へと近づき。
「だって、本当に楽しかったんだよ。そう思うよね? 二人とも」
なっちゃんが「はいはい」と言いながら私の頭を撫で、
英子ちゃんがそれに対し、「夏香、風子を子ども扱いしないの」と促した。
「今日だけは怒らないから。子ども扱いしても」
「いいの? もうちょっと可愛がってあげようかな?」
なっちゃんにからかわれながら家路に就く。残す行事は卒業式だけだ。
あのころは思いもしなかった、こんな気分で卒業を迎えられるなんて。
といっても三ヶ月ほど前の事。ほんの少し落ち込んだだけ。
今日は空が青い、空気も澄んでいる。
あのころの空は灰色だった、冬だったせいもあるけれど。
きっと私は、濁った目で空を見ていたんだと思う。
真っ直ぐ見つめられず、不安から目を背けたかった。
でもそれが出来なくて、立ちすくむしか方法がなかった。
「風子ってば」
なっちゃんの声で我に返り、「お、怒ってないよ」と反応する。
「いや、なんか黙ってたから……。怒らせちゃったかなって」
「だって、本当に楽しかったんだよ。そう思うよね? 二人とも」
なっちゃんが「はいはい」と言いながら私の頭を撫で、
英子ちゃんがそれに対し、「夏香、風子を子ども扱いしないの」と促した。
「今日だけは怒らないから。子ども扱いしても」
「いいの? もうちょっと可愛がってあげようかな?」
なっちゃんにからかわれながら家路に就く。残す行事は卒業式だけだ。
あのころは思いもしなかった、こんな気分で卒業を迎えられるなんて。
といっても三ヶ月ほど前の事。ほんの少し落ち込んだだけ。
今日は空が青い、空気も澄んでいる。
あのころの空は灰色だった、冬だったせいもあるけれど。
きっと私は、濁った目で空を見ていたんだと思う。
真っ直ぐ見つめられず、不安から目を背けたかった。
でもそれが出来なくて、立ちすくむしか方法がなかった。
「風子ってば」
なっちゃんの声で我に返り、「お、怒ってないよ」と反応する。
「いや、なんか黙ってたから……。怒らせちゃったかなって」
8: 2012/06/09(土) 21:03:06.70
「ううん、違うの。色々思い出してただけ」と、目を伏して首を横に振った。
崩れた髪を整えながら二人と一緒に歩く。
私の『色々思い出してただけ』という言葉には触れず、
二人は静かに寄り添ってくれる。
「よっぽどライブが楽しかったのね」
英子ちゃんがそう話し掛けてきたけれど、
私が今浮かべている笑顔は二人によるものだった。
「それも……あるかな」
含みのある言い方をして前へと向き直り、少し顔を下げた。
崩れた髪を整えながら二人と一緒に歩く。
私の『色々思い出してただけ』という言葉には触れず、
二人は静かに寄り添ってくれる。
「よっぽどライブが楽しかったのね」
英子ちゃんがそう話し掛けてきたけれど、
私が今浮かべている笑顔は二人によるものだった。
「それも……あるかな」
含みのある言い方をして前へと向き直り、少し顔を下げた。
9: 2012/06/09(土) 21:03:39.05
三ヶ月前の私なら、素直にライブを楽しめただろうか。
とてもそうは思えない。
それ以前に、『さわ子先生に何かしたい』という言葉も出なかっただろう。
――このクラスになって本当に良かった。
ここにいるなっちゃんと英子ちゃんだけじゃない。
唯ちゃん、秋山さん、田井中さん、琴吹さん。
そして和ちゃん。
それに、あまり話さなかった子まで大切に思っている。
「――それでさ、風子」
「えっ?」
「このまま真っ直ぐ帰る? それとも寄り道してく?」
「どうしようかな」
「まあ……人に聞くってことは、私が寄り道したいってことなんだけどね」
なっちゃんは悪戯っぽい笑顔を浮かべてこっちに振り向いた。
「決まりでいいかしら? 風子も」
英子ちゃんが同意を促して、私も「うん」と首を縦に振った。
とてもそうは思えない。
それ以前に、『さわ子先生に何かしたい』という言葉も出なかっただろう。
――このクラスになって本当に良かった。
ここにいるなっちゃんと英子ちゃんだけじゃない。
唯ちゃん、秋山さん、田井中さん、琴吹さん。
そして和ちゃん。
それに、あまり話さなかった子まで大切に思っている。
「――それでさ、風子」
「えっ?」
「このまま真っ直ぐ帰る? それとも寄り道してく?」
「どうしようかな」
「まあ……人に聞くってことは、私が寄り道したいってことなんだけどね」
なっちゃんは悪戯っぽい笑顔を浮かべてこっちに振り向いた。
「決まりでいいかしら? 風子も」
英子ちゃんが同意を促して、私も「うん」と首を縦に振った。
10: 2012/06/09(土) 21:04:07.53
先を行く二人を見つめながら、私はもう一度空を見上げた。
二月にしては澄み切った空だ。
卒業式までこの天気が続けばいい。
未来のことはわからない。でも、今の私は満ち足りている。
これで志望校に受かっていれば言うことなしだろう。
気になるけれど、合格発表は卒業式のあとだ。
「なっちゃん、英子ちゃん」
「ん? どうしたの、風子」
なっちゃんは私のほうに向き直り。
英子ちゃんは顔だけをこっちに向けた。
「えっと……」
何かを伝えようと思った、上手く言葉に出来ない何かを。
でもそれは、浮かんだと同時に霧散してしまう。
「いい、天気だね」
やっと出た言葉が天気の話だなんて、私はどこか抜けている。
二月にしては澄み切った空だ。
卒業式までこの天気が続けばいい。
未来のことはわからない。でも、今の私は満ち足りている。
これで志望校に受かっていれば言うことなしだろう。
気になるけれど、合格発表は卒業式のあとだ。
「なっちゃん、英子ちゃん」
「ん? どうしたの、風子」
なっちゃんは私のほうに向き直り。
英子ちゃんは顔だけをこっちに向けた。
「えっと……」
何かを伝えようと思った、上手く言葉に出来ない何かを。
でもそれは、浮かんだと同時に霧散してしまう。
「いい、天気だね」
やっと出た言葉が天気の話だなんて、私はどこか抜けている。
11: 2012/06/09(土) 21:04:49.30
「どこ行こっか?」
抜けているのを取り繕うように、少し慌てて声を出した。
「ハンバーガー食べに行こうよ」と、素早いなっちゃんの回答。
英子ちゃんも「そうね」とうなづき、
私たちはハンバーガー屋さんへ足を向けた。
再び空へ視線を投げると、一羽の鳥が空を飛んでいた。
名前はわからないけど、青い空を水平に横切っている。
私はもう一度あのときの空を思い出し、静かに歩みを進めた。
――――――――――――――――
抜けているのを取り繕うように、少し慌てて声を出した。
「ハンバーガー食べに行こうよ」と、素早いなっちゃんの回答。
英子ちゃんも「そうね」とうなづき、
私たちはハンバーガー屋さんへ足を向けた。
再び空へ視線を投げると、一羽の鳥が空を飛んでいた。
名前はわからないけど、青い空を水平に横切っている。
私はもう一度あのときの空を思い出し、静かに歩みを進めた。
――――――――――――――――
12: 2012/06/09(土) 21:05:17.41
――――――――――――――――
図書室の窓枠越しに空を見ていると、一羽の鳥がそこを横切った。
外には灰色の空が広がっていて、十二月ということを実感させる。
放課後の時間、私たち受験生は勉強をして過ごすことになる。
とはいえ、自宅で勉強すると集中力を保てない子が多い。
そういうわけで、私はなっちゃんと英子ちゃんの三人で図書室にいる。
左隣に座っているなっちゃんに数学の質問を受けている最中だ。
「風子、ここはなんで高さが5になるの?」
「ここは正弦定理を使って、斜辺の高さから計算するの」
「なるほど、じゃあこれは――」
この学校の図書室は窓が広くて好きだ、
日差しが辺り一面に差し込んでくる。
高い天井は開放感を与え、堅苦しい思考を開放してくれそうだ。
木製の床と白塗りの壁が上手く調和して、
落ち着いた雰囲気を出している。
図書室の窓枠越しに空を見ていると、一羽の鳥がそこを横切った。
外には灰色の空が広がっていて、十二月ということを実感させる。
放課後の時間、私たち受験生は勉強をして過ごすことになる。
とはいえ、自宅で勉強すると集中力を保てない子が多い。
そういうわけで、私はなっちゃんと英子ちゃんの三人で図書室にいる。
左隣に座っているなっちゃんに数学の質問を受けている最中だ。
「風子、ここはなんで高さが5になるの?」
「ここは正弦定理を使って、斜辺の高さから計算するの」
「なるほど、じゃあこれは――」
この学校の図書室は窓が広くて好きだ、
日差しが辺り一面に差し込んでくる。
高い天井は開放感を与え、堅苦しい思考を開放してくれそうだ。
木製の床と白塗りの壁が上手く調和して、
落ち着いた雰囲気を出している。
13: 2012/06/09(土) 21:05:43.64
「夏香、そろそろ自分で考えたらどう?」
私の正面に座っている英子ちゃんがすかさず口を開き、
なっちゃんは決まりが悪そうに答える。
「なんで私にはきつく当たるかなあ、英子は。
宿題だって見せてくれないし……」
「夏香はちゃんとして来てるじゃない。何を見ようっていうの?」
「いや、言ってみただけ。私も優しくされたいなって――」
「夏香は自分で出来てるでしょ。
私が宿題見せたりするのは自分で出来なかった子だけよ」
「うん、そういうのうらやましいなって思っただけ」
「そもそも、夏香はやれば出来るじゃない。
国語なんてクラスでも上位でしょ?」
私の正面に座っている英子ちゃんがすかさず口を開き、
なっちゃんは決まりが悪そうに答える。
「なんで私にはきつく当たるかなあ、英子は。
宿題だって見せてくれないし……」
「夏香はちゃんとして来てるじゃない。何を見ようっていうの?」
「いや、言ってみただけ。私も優しくされたいなって――」
「夏香は自分で出来てるでしょ。
私が宿題見せたりするのは自分で出来なかった子だけよ」
「うん、そういうのうらやましいなって思っただけ」
「そもそも、夏香はやれば出来るじゃない。
国語なんてクラスでも上位でしょ?」
14: 2012/06/09(土) 21:06:11.09
割り込んでいいものかと思ったが、すでに言葉が先走っていた。
「まあまあ英子ちゃん、人に教えるのって自分の勉強のためにもなるんだよ」
「そう――、それならいいけど。あんまり夏香を甘やかしちゃ駄目よ」
英子ちゃんに見つめられながら、自分の後ろめたさから目を反らせた。
そういえば、『人のために何かをするのは見返りを期待しての行動だ』
という言葉を聞いたことがある。
嫌な言葉だけど、いつかは向き合わないといけないのかもしれない。
「さっすが! 風子は優しいなあ」
なっちゃんに微笑み返した顔は、きっと不自然になっているだろう。
「まあまあ英子ちゃん、人に教えるのって自分の勉強のためにもなるんだよ」
「そう――、それならいいけど。あんまり夏香を甘やかしちゃ駄目よ」
英子ちゃんに見つめられながら、自分の後ろめたさから目を反らせた。
そういえば、『人のために何かをするのは見返りを期待しての行動だ』
という言葉を聞いたことがある。
嫌な言葉だけど、いつかは向き合わないといけないのかもしれない。
「さっすが! 風子は優しいなあ」
なっちゃんに微笑み返した顔は、きっと不自然になっているだろう。
15: 2012/06/09(土) 21:06:52.29
正面に向き直ると、本棚の隙間から近づいてくる人影に気付いた。
見慣れた赤い眼鏡、和ちゃんだ。
「英子、ここいいかしら?」
「いいわよ、座って」
遅れてやってきた和ちゃんが私の左斜め前に座る。
着席するや否や、
なっちゃんが主人を見つけた飼い犬のように身を乗り出した。
「和、おっそーい。おかげでお母さんに怒られたんだよ?」
「あら、そう」
主人は飼い犬を軽くあしらって鞄から参考書とノートを取り出し、
付箋の貼ってあるページを開いた。
英子ちゃんに対する『お母さん』という愛称はどうかと思う。
言われている本人が不快に思っていないのなら、それでいいんだろうけど。
見慣れた赤い眼鏡、和ちゃんだ。
「英子、ここいいかしら?」
「いいわよ、座って」
遅れてやってきた和ちゃんが私の左斜め前に座る。
着席するや否や、
なっちゃんが主人を見つけた飼い犬のように身を乗り出した。
「和、おっそーい。おかげでお母さんに怒られたんだよ?」
「あら、そう」
主人は飼い犬を軽くあしらって鞄から参考書とノートを取り出し、
付箋の貼ってあるページを開いた。
英子ちゃんに対する『お母さん』という愛称はどうかと思う。
言われている本人が不快に思っていないのなら、それでいいんだろうけど。
16: 2012/06/09(土) 21:07:22.58
もともと私は数学が得意なほうではなかった。
かといってどうにもならないほど苦手なわけではない。
やはりみんなで勉強をしているからだろう。
自分では解決出来なかった問題でも、
人の協力でいとも簡単に解けることがある。
和ちゃんは理数系に強いところがある。
その影響なのか、人に教えられるレベルにまで理解が高まった。
「こうなったら和に見せてもらうからね」
「そう、丁重にお断りするわ」
「夏香、あんまり人のことを覗き込むのは感心しないわね」
やっぱり楽しい、みんなとワイワイしているのは。
このまま続けばいいと思わずにいられない。
かといってどうにもならないほど苦手なわけではない。
やはりみんなで勉強をしているからだろう。
自分では解決出来なかった問題でも、
人の協力でいとも簡単に解けることがある。
和ちゃんは理数系に強いところがある。
その影響なのか、人に教えられるレベルにまで理解が高まった。
「こうなったら和に見せてもらうからね」
「そう、丁重にお断りするわ」
「夏香、あんまり人のことを覗き込むのは感心しないわね」
やっぱり楽しい、みんなとワイワイしているのは。
このまま続けばいいと思わずにいられない。
17: 2012/06/09(土) 21:07:51.48
夕日が差し込み、図書室の一角をオレンジ色に染めている。
黒い影とのコントラスト。
その様子に目を奪われていると、
なっちゃんの手が止まっていることに気付いた。
これはそろそろ言い出すころかなと、私は一人納得し手を休める。
「そろそろ切り上げてさ、この辺でどっか遊びに行こうよ」
「夏香、私たち受験生なのよ」
英子ちゃんはこう言うものの、
なんだかんだで付き合ってしまうことはわかっている。
私もその一人だ。
黒い影とのコントラスト。
その様子に目を奪われていると、
なっちゃんの手が止まっていることに気付いた。
これはそろそろ言い出すころかなと、私は一人納得し手を休める。
「そろそろ切り上げてさ、この辺でどっか遊びに行こうよ」
「夏香、私たち受験生なのよ」
英子ちゃんはこう言うものの、
なんだかんだで付き合ってしまうことはわかっている。
私もその一人だ。
18: 2012/06/09(土) 21:08:47.49
「わかってるって。じゃあさ、本屋だけ行こう」
「ちょうどいいわね、買いたい本があったのよ」
和ちゃんも乗り気のようだ。
英子ちゃんも「しょうがないわね」とひと言つぶやく。
「夏香、少し寄るだけだからね。風子はどうする?」
「私も行くよ、ちょっと勉強疲れてきたかなって」
半分は本当だけど、もう半分はみんなに合わせたことも否定出来ない。
それに、『みんなと長く過ごしたい』という気持ちもあった。
「よっし! じゃあ今日の勉強おーわりっと」
「そう、私は帰ってからも勉強するわ」
和ちゃんは相変わらずマイペースといったところだ。
「ちょうどいいわね、買いたい本があったのよ」
和ちゃんも乗り気のようだ。
英子ちゃんも「しょうがないわね」とひと言つぶやく。
「夏香、少し寄るだけだからね。風子はどうする?」
「私も行くよ、ちょっと勉強疲れてきたかなって」
半分は本当だけど、もう半分はみんなに合わせたことも否定出来ない。
それに、『みんなと長く過ごしたい』という気持ちもあった。
「よっし! じゃあ今日の勉強おーわりっと」
「そう、私は帰ってからも勉強するわ」
和ちゃんは相変わらずマイペースといったところだ。
19: 2012/06/09(土) 21:09:44.51
――――――――――――――――
本屋に入り真正面の手帳コーナーを眺める。
様々な手帳を見ながら『もう十二月なんだな』と、
時間の流れを意識して、足は文庫コーナーへ向かった。
「私漫画見てくるね」
なっちゃんはそう言って本棚の間を抜けて漫画コーナーへ行った。
英子ちゃんと和ちゃんは幅の広い通路から雑誌コーナーへ向かった。
――さて、どうしようか。
赤茶色の背表紙を目で追い、
今は古典文学を読むような気分じゃないな。
芸能人やマンガ調の表紙を見ながら、
日本文学で装丁だけ変えて再販って増えたな。
などと脳内でつぶやきつつ、淡い色の背表紙を目に留める。
棚から取り出し表紙を見る。
長い髪の女の子が空を見上げている絵だ。
青色の絵の具に、気持ち程度橙色を混ぜた空。
その絵は水彩調で優しげな印象を与える。
直感を信じてこれにしよう。
本屋に入り真正面の手帳コーナーを眺める。
様々な手帳を見ながら『もう十二月なんだな』と、
時間の流れを意識して、足は文庫コーナーへ向かった。
「私漫画見てくるね」
なっちゃんはそう言って本棚の間を抜けて漫画コーナーへ行った。
英子ちゃんと和ちゃんは幅の広い通路から雑誌コーナーへ向かった。
――さて、どうしようか。
赤茶色の背表紙を目で追い、
今は古典文学を読むような気分じゃないな。
芸能人やマンガ調の表紙を見ながら、
日本文学で装丁だけ変えて再販って増えたな。
などと脳内でつぶやきつつ、淡い色の背表紙を目に留める。
棚から取り出し表紙を見る。
長い髪の女の子が空を見上げている絵だ。
青色の絵の具に、気持ち程度橙色を混ぜた空。
その絵は水彩調で優しげな印象を与える。
直感を信じてこれにしよう。
20: 2012/06/09(土) 21:10:10.76
早々にレジを済ませ鞄に放り込み、
漫画コーナーをうろついているなっちゃんに声を掛けた。
「なっちゃん何買うの?」
「欲しかった新刊が売ってなかったんだけど……」
「私は文庫本買ったよ」
「いいなあ、風子は」
どうやら無かったらしい。
無駄足になったのかな。
「そんなこともあるよね」「発売してるはずなのに」
「通販は?」「直接買いたいの」
こんなやりとりをしながら、二人で雑誌コーナーへ向かった。
漫画コーナーをうろついているなっちゃんに声を掛けた。
「なっちゃん何買うの?」
「欲しかった新刊が売ってなかったんだけど……」
「私は文庫本買ったよ」
「いいなあ、風子は」
どうやら無かったらしい。
無駄足になったのかな。
「そんなこともあるよね」「発売してるはずなのに」
「通販は?」「直接買いたいの」
こんなやりとりをしながら、二人で雑誌コーナーへ向かった。
21: 2012/06/09(土) 21:10:46.84
雑誌コーナーに足を運ぶと、和ちゃんと英子ちゃんの姿を見つけた。
棚にはライフスタイル、料理、暮らし、といったラベルが貼られている。
「風子、私雑誌見てくる」
なっちゃんはまたふらりとファッション誌のコーナーへ行ってしまった。
「二人とも何読んでるの?」
私が後ろから話し掛けると、和ちゃんが振り向いて答えた。
「料理の雑誌よ」
そういえば和ちゃんは自分で弁当を作ってきてるんだった。
私は料理を出来ないわけではないけど、弁当を作るほどの意欲はない。
「その本買うの?」
「そうよ、弟と妹に作ってあげるの」
弟と妹の存在、彼女の性格を形作った一因だろう。
面倒見のいい人柄、真面目過ぎるわけでもなく柔軟な一面もある彼女。
「ところで風子、焼き海苔をメインにした料理って無いかしら?」
こんな一面もある。
棚にはライフスタイル、料理、暮らし、といったラベルが貼られている。
「風子、私雑誌見てくる」
なっちゃんはまたふらりとファッション誌のコーナーへ行ってしまった。
「二人とも何読んでるの?」
私が後ろから話し掛けると、和ちゃんが振り向いて答えた。
「料理の雑誌よ」
そういえば和ちゃんは自分で弁当を作ってきてるんだった。
私は料理を出来ないわけではないけど、弁当を作るほどの意欲はない。
「その本買うの?」
「そうよ、弟と妹に作ってあげるの」
弟と妹の存在、彼女の性格を形作った一因だろう。
面倒見のいい人柄、真面目過ぎるわけでもなく柔軟な一面もある彼女。
「ところで風子、焼き海苔をメインにした料理って無いかしら?」
こんな一面もある。
22: 2012/06/09(土) 21:11:17.54
――――――――――――――――
私たちは本屋をあとにし、しばらく歩いた。
雑貨屋、服屋、ファーストフード店、誘惑に耐えつつときには耐えられず。
徐々に店も少なくなり、住宅の数が目立つようになった。
行きかう人も減ってきている。
荷物を抱えたなっちゃんが、英子ちゃんと和ちゃんに声を掛ける。
「じゃあ私たちこっちだから、また明日ね」
私となっちゃんが同じ方向、英子ちゃんと和ちゃんが同じ方向だ。
私も続けて「じゃあね」と言い、
方向の違う二人もそれぞれ挨拶を返した。
私たちは本屋をあとにし、しばらく歩いた。
雑貨屋、服屋、ファーストフード店、誘惑に耐えつつときには耐えられず。
徐々に店も少なくなり、住宅の数が目立つようになった。
行きかう人も減ってきている。
荷物を抱えたなっちゃんが、英子ちゃんと和ちゃんに声を掛ける。
「じゃあ私たちこっちだから、また明日ね」
私となっちゃんが同じ方向、英子ちゃんと和ちゃんが同じ方向だ。
私も続けて「じゃあね」と言い、
方向の違う二人もそれぞれ挨拶を返した。
23: 2012/06/09(土) 21:11:50.77
二人と別れたあと、なっちゃんと夕焼けの道を歩いた。
荷物を持ってあげようかなと思いつつ、
そこまでするのは変だなと考え直し、
当たり障りのない話題を振りながらしばらく歩いた。
こうして帰れるのもあと数ヶ月か、
わかってはいるけど、違う大学に進むということを改めて意識してしまう。
「風子どうしたの、悩み事? 相談に乗ろっか?」
「無いよ、悩みなんて。なっちゃんこそ勉強とか困ってない?」
「私は上手く気分転換してるからね。本当に何もない?」
「あ、り、ま、せ、ん! 私だって子供じゃないんだから」
悩みが無いというのは嘘だし、子供じゃないというのも嘘だ。
「そっか……、ならいいけど」
会話もそこそこに「それじゃ風子、また明日」「じゃあね」
と挨拶を交わし、道を分かれ、それぞれの家路を進んだ。
荷物を持ってあげようかなと思いつつ、
そこまでするのは変だなと考え直し、
当たり障りのない話題を振りながらしばらく歩いた。
こうして帰れるのもあと数ヶ月か、
わかってはいるけど、違う大学に進むということを改めて意識してしまう。
「風子どうしたの、悩み事? 相談に乗ろっか?」
「無いよ、悩みなんて。なっちゃんこそ勉強とか困ってない?」
「私は上手く気分転換してるからね。本当に何もない?」
「あ、り、ま、せ、ん! 私だって子供じゃないんだから」
悩みが無いというのは嘘だし、子供じゃないというのも嘘だ。
「そっか……、ならいいけど」
会話もそこそこに「それじゃ風子、また明日」「じゃあね」
と挨拶を交わし、道を分かれ、それぞれの家路を進んだ。
24: 2012/06/09(土) 21:12:23.45
――――――――――――――――
夕食を終えてお風呂に浸かっていると、
昼間何を考えていたのかわからなくなりそうだ。
浴槽の淵に両腕を乗せ、その上に頭を置いてみる。
洗い場を眺めながら今日一日を振り返ってみた。
放課後は勉強だ……やっぱりみんなで勉強するとはかどる。
そのあと本屋に行って、色々まわって。
そう、『楽しい』って思って『このまま続けばいい』って思ったんだ。
あと数ヶ月で離れ離れになる、みんな違う大学へ行くから。
少し体が冷えてきた、もう一回肩まで浸かろう。
夕食を終えてお風呂に浸かっていると、
昼間何を考えていたのかわからなくなりそうだ。
浴槽の淵に両腕を乗せ、その上に頭を置いてみる。
洗い場を眺めながら今日一日を振り返ってみた。
放課後は勉強だ……やっぱりみんなで勉強するとはかどる。
そのあと本屋に行って、色々まわって。
そう、『楽しい』って思って『このまま続けばいい』って思ったんだ。
あと数ヶ月で離れ離れになる、みんな違う大学へ行くから。
少し体が冷えてきた、もう一回肩まで浸かろう。
25: 2012/06/09(土) 21:13:15.81
晩御飯を食べる、お風呂に入る、勉強に取り掛かる。
受験が終わるまでこのリズムは崩さないだろう。
合格するために勉強する、第一志望に合格しみんなと離れ離れになる。
まるで一人になるために勉強してるみたいだ。
そんなことを考えてる場合じゃない、簡単な微分積分も手に付かない。
とりあえず今日のノルマは達成しないと。
なんだか気持ちが沈んでいる、上手く解消出来そうにない。
明日は一人で勉強したほうがよさそうだ。
受験が終わるまでこのリズムは崩さないだろう。
合格するために勉強する、第一志望に合格しみんなと離れ離れになる。
まるで一人になるために勉強してるみたいだ。
そんなことを考えてる場合じゃない、簡単な微分積分も手に付かない。
とりあえず今日のノルマは達成しないと。
なんだか気持ちが沈んでいる、上手く解消出来そうにない。
明日は一人で勉強したほうがよさそうだ。
26: 2012/06/09(土) 21:13:50.19
――――――――――――――――
たまには一人で勉強するのもいいものだ、教室には人一人居ない。
オレンジ色が教室を染めている。椅子、机、教壇、それに私。
幻想的ではないけれど心が落ち着く。
今日はこれぐらいにしておこう。
そう思い左側を向くと、夕日が目に飛び込んできた。
まるで朝日みたいな強さだ。
冬は空気が澄んでいる、そのせいで余計まぶしく見えるのだろう。
とっさに左腕で影を作り、夕日が目に入らないようにした。
そうしている内に見慣れた人影が入り口に現れた。
「和ちゃん今帰るの?」
私に気付いたようで、こちらに向いて「そうよ」と返事をした。
彼女もまた夕日を浴び影を伸ばして、オレンジ色に染まっている。
「生徒会室に寄ってたら時間かかっちゃって。風子も帰るの?」
私が「うん」とうなづくと和ちゃんは「少し待ってて」と返事をした。
用意が済むまで唯ちゃんの席に、
つまり和ちゃんの後ろの席に腰掛けて待つことにした。
たまには一人で勉強するのもいいものだ、教室には人一人居ない。
オレンジ色が教室を染めている。椅子、机、教壇、それに私。
幻想的ではないけれど心が落ち着く。
今日はこれぐらいにしておこう。
そう思い左側を向くと、夕日が目に飛び込んできた。
まるで朝日みたいな強さだ。
冬は空気が澄んでいる、そのせいで余計まぶしく見えるのだろう。
とっさに左腕で影を作り、夕日が目に入らないようにした。
そうしている内に見慣れた人影が入り口に現れた。
「和ちゃん今帰るの?」
私に気付いたようで、こちらに向いて「そうよ」と返事をした。
彼女もまた夕日を浴び影を伸ばして、オレンジ色に染まっている。
「生徒会室に寄ってたら時間かかっちゃって。風子も帰るの?」
私が「うん」とうなづくと和ちゃんは「少し待ってて」と返事をした。
用意が済むまで唯ちゃんの席に、
つまり和ちゃんの後ろの席に腰掛けて待つことにした。
27: 2012/06/09(土) 21:14:19.21
「もうすぐ卒業だね」
何気なく話し掛けた、この時期の学生はそれが挨拶だという風に。
彼女は「そうね」と軽く言いまた用意に戻った。
和ちゃんと唯ちゃんは別々の大学に進学するという。
「ねえ、唯ちゃんと離れて寂しくない?」
さらに問いかけた。こんなこと聞いても仕方ない、
私の寂しさが紛れるわけでもないのに。
「そうね、寂しくないと言えば嘘になるわ。
でも仕方ないわよ、それぞれの人生だもの」
それぞれの人生、確かにそうだろう。
二人は十年以上の月日を過ごして来たはずだ、
それを簡単に割り切れるものだろうか。
私はわずか二年で動揺しているというのに。
「和ちゃんにはわからないよ、私の気持ちなんて」
何気なく話し掛けた、この時期の学生はそれが挨拶だという風に。
彼女は「そうね」と軽く言いまた用意に戻った。
和ちゃんと唯ちゃんは別々の大学に進学するという。
「ねえ、唯ちゃんと離れて寂しくない?」
さらに問いかけた。こんなこと聞いても仕方ない、
私の寂しさが紛れるわけでもないのに。
「そうね、寂しくないと言えば嘘になるわ。
でも仕方ないわよ、それぞれの人生だもの」
それぞれの人生、確かにそうだろう。
二人は十年以上の月日を過ごして来たはずだ、
それを簡単に割り切れるものだろうか。
私はわずか二年で動揺しているというのに。
「和ちゃんにはわからないよ、私の気持ちなんて」
28: 2012/06/09(土) 21:14:50.15
思わず棘のある言い方をしてしまったが、もう取り消せない。
「風子?」
和ちゃんの声が変わった、いつもの様な明瞭とした声ではない。
かすかな戸惑いを含んだ声。私はかまわず言葉を続けた。
「そういえば言ってなかったね。一年のとき……友達いなかったの」
和ちゃんは黙っていた、こんなことを言われても困るだけだろう。
放課後の静けさが強く感じられる。
「もちろん中学のころはそんなことなかったよ。
でも高校に入ってから上手く話しかけられなくって。
気付いたら一人になっちゃった」
「風子?」
和ちゃんの声が変わった、いつもの様な明瞭とした声ではない。
かすかな戸惑いを含んだ声。私はかまわず言葉を続けた。
「そういえば言ってなかったね。一年のとき……友達いなかったの」
和ちゃんは黙っていた、こんなことを言われても困るだけだろう。
放課後の静けさが強く感じられる。
「もちろん中学のころはそんなことなかったよ。
でも高校に入ってから上手く話しかけられなくって。
気付いたら一人になっちゃった」
29: 2012/06/09(土) 21:15:24.60
「そう、だったの……」
ようやく和ちゃんが口を開いた。
沈黙に耐え切れなかったのだろう。
それは私も同じ事で、話を続けずにはいられなかった。
「同じ中学の子もいなかったし寂しかった。
これからどうなるんだろうって思ってた。
二年になってからなっちゃんと英子ちゃんが友達になってくれて、
それから学校が楽しくなってきたの」
彼女の顔を見ないように、目を合わせないようにしていた。
「三年になって和ちゃんとも友達になったし、
このクラス、今までで一番居心地いいと思う。
でも、もうすぐ卒業なんだね……」
こんなことを話して彼女はどう思っただろうか、
私の話している間、力のない相槌を打っていた。
ようやく和ちゃんが口を開いた。
沈黙に耐え切れなかったのだろう。
それは私も同じ事で、話を続けずにはいられなかった。
「同じ中学の子もいなかったし寂しかった。
これからどうなるんだろうって思ってた。
二年になってからなっちゃんと英子ちゃんが友達になってくれて、
それから学校が楽しくなってきたの」
彼女の顔を見ないように、目を合わせないようにしていた。
「三年になって和ちゃんとも友達になったし、
このクラス、今までで一番居心地いいと思う。
でも、もうすぐ卒業なんだね……」
こんなことを話して彼女はどう思っただろうか、
私の話している間、力のない相槌を打っていた。
30: 2012/06/09(土) 21:16:36.15
「ごめんねこんな話しちゃって、迷惑だったよね?」
「そんなことないわよ。他の誰かに話した?」
私は目を閉じてうつむいて、涙がこぼれないようにしていた。
それでも声を出して平気なフリをした。
「ううん、でもなっちゃんと英子ちゃんはわかってると思う」
よせばいいのに、私はまた弱音を吐いた。
「どうしよう、こんな気持ちのまま卒業出来ないよ……」
視界がわずかに滲む、我慢しないと。
こんな所で泣いて、同情してもらって、そんな所が子どもなんだろう。
沈黙が長い、何か言って欲しい。
私は机の上で手を組んだりしながらそわそわしていた。
彼女のことだから、気の利いた一言を探しているんだろう。
寂しさなんて吹き飛ばしてくれるような言葉を。
「そんなことないわよ。他の誰かに話した?」
私は目を閉じてうつむいて、涙がこぼれないようにしていた。
それでも声を出して平気なフリをした。
「ううん、でもなっちゃんと英子ちゃんはわかってると思う」
よせばいいのに、私はまた弱音を吐いた。
「どうしよう、こんな気持ちのまま卒業出来ないよ……」
視界がわずかに滲む、我慢しないと。
こんな所で泣いて、同情してもらって、そんな所が子どもなんだろう。
沈黙が長い、何か言って欲しい。
私は机の上で手を組んだりしながらそわそわしていた。
彼女のことだから、気の利いた一言を探しているんだろう。
寂しさなんて吹き飛ばしてくれるような言葉を。
31: 2012/06/09(土) 21:17:11.58
「……ごめんなさい風子、私は何も言えないわ。寂しいのは一緒だもの。
生徒会長失格ね、友達一人励ませないなんて」
――和ちゃんも私と同じなんだ。
彼女はずっとマイナスの感情を抑えてきたのかもしれない。
生徒会長として学生の手本になろうとして。
私が彼女にこんな表情をさせてしまったのだろうか。
その表情が泣くまいと我慢してた私に、涙と心無い言葉をこぼさせた。
「そんなこと……言わないでよ。いつもみたいに、しっかりしてよ……」
「……ねえ、風子」
静かで優しい声、これも初めて聞いた。
あたたかい何かが手を包む。
すぐに彼女の手だとわかった。
「これだけは言えるわ。卒業してもずっと友達よ」
生徒会長失格ね、友達一人励ませないなんて」
――和ちゃんも私と同じなんだ。
彼女はずっとマイナスの感情を抑えてきたのかもしれない。
生徒会長として学生の手本になろうとして。
私が彼女にこんな表情をさせてしまったのだろうか。
その表情が泣くまいと我慢してた私に、涙と心無い言葉をこぼさせた。
「そんなこと……言わないでよ。いつもみたいに、しっかりしてよ……」
「……ねえ、風子」
静かで優しい声、これも初めて聞いた。
あたたかい何かが手を包む。
すぐに彼女の手だとわかった。
「これだけは言えるわ。卒業してもずっと友達よ」
32: 2012/06/09(土) 21:17:49.85
手の冷たい人は心が温かいと言われている。
――じゃあ和ちゃんの手はどうして温かいんだろう。
夕日は顔をひそめ、蛍光灯の明かりが教室を支配している。
視線を落とすと、机が涙で濡れていた。
そういえばここは唯ちゃんの席だった、拭いておかないと。
机を濡らしたことを謝るべきだろうか、
それよりも和ちゃんを悲しませたことを謝るべきかもしれない。
遠くのほうで「じゃあね」「また明日ね」と聞こえた、
部活帰りの生徒だろう。
――じゃあ和ちゃんの手はどうして温かいんだろう。
夕日は顔をひそめ、蛍光灯の明かりが教室を支配している。
視線を落とすと、机が涙で濡れていた。
そういえばここは唯ちゃんの席だった、拭いておかないと。
机を濡らしたことを謝るべきだろうか、
それよりも和ちゃんを悲しませたことを謝るべきかもしれない。
遠くのほうで「じゃあね」「また明日ね」と聞こえた、
部活帰りの生徒だろう。
33: 2012/06/09(土) 21:18:21.64
長い沈黙のあと、最初に口を開いたのは私だった。
「私たちも、帰ろう」
「……そうね」
――――――――――――――――
荷物をまとめ、薄暗い廊下に出た。
窓枠の影を踏みながら歩いたが、交わす言葉は無かった。
校舎を出て民家を数軒通り過ぎ、横断歩道に差し掛かる。
赤信号を見つめながら、車の音を聞いていた。
でも、彼女の声は聞こえない。
視界の端には眼鏡を掛けた横顔が写るだけ。
もしかしたら、彼女を傷つけたのかもしれない。
人に嫌われるのは怖い。
でもそれより怖いのは、人を傷つけたかもしれないことだ。
「私たちも、帰ろう」
「……そうね」
――――――――――――――――
荷物をまとめ、薄暗い廊下に出た。
窓枠の影を踏みながら歩いたが、交わす言葉は無かった。
校舎を出て民家を数軒通り過ぎ、横断歩道に差し掛かる。
赤信号を見つめながら、車の音を聞いていた。
でも、彼女の声は聞こえない。
視界の端には眼鏡を掛けた横顔が写るだけ。
もしかしたら、彼女を傷つけたのかもしれない。
人に嫌われるのは怖い。
でもそれより怖いのは、人を傷つけたかもしれないことだ。
34: 2012/06/09(土) 21:18:56.05
赤信号を見つめながら、意識は彼女の方に向いていた。
「風子、意外だと思うだろうけど、唯は案外しっかりしてるの。
試験勉強と平行して演芸大会の練習もしてたのよ。
あ、演芸大会ってのはギターの発表のことね」
「うん……、そうだね」
信号が青に変わり同時に歩き出す。
急に口を開いた彼女に、どんな反応をすればいいのかわからなかった。
「受験勉強だって頑張ってるのよ。軽音部のみんなのおかげだけどね」
どうして急に唯ちゃんのことを話し始めたんだろう。
考えても憶測に過ぎないので聞き役に徹することにした。
「風子、意外だと思うだろうけど、唯は案外しっかりしてるの。
試験勉強と平行して演芸大会の練習もしてたのよ。
あ、演芸大会ってのはギターの発表のことね」
「うん……、そうだね」
信号が青に変わり同時に歩き出す。
急に口を開いた彼女に、どんな反応をすればいいのかわからなかった。
「受験勉強だって頑張ってるのよ。軽音部のみんなのおかげだけどね」
どうして急に唯ちゃんのことを話し始めたんだろう。
考えても憶測に過ぎないので聞き役に徹することにした。
35: 2012/06/09(土) 21:19:22.28
――――――――――――――――
和ちゃんと別れたあと、彼女の言動を気にしていた。
やっぱり寂しいのだろうか。
唯ちゃんと違う大学へ行くことが。
等間隔に並ぶ街路樹を横目に家路を急いだ。
こうして人の心配をするのは、私にも心配事があるからかもしれない。
これがいい傾向なのか悪い傾向なのかはわからない。
ただ心が晴れてくれればいい。
私にせよ彼女にせよ、そう願わずにはいられなかった。
和ちゃんと別れたあと、彼女の言動を気にしていた。
やっぱり寂しいのだろうか。
唯ちゃんと違う大学へ行くことが。
等間隔に並ぶ街路樹を横目に家路を急いだ。
こうして人の心配をするのは、私にも心配事があるからかもしれない。
これがいい傾向なのか悪い傾向なのかはわからない。
ただ心が晴れてくれればいい。
私にせよ彼女にせよ、そう願わずにはいられなかった。
36: 2012/06/09(土) 21:19:57.47
――――――――――――――――
眠れない。
十二時にはベッドに潜りこんだのに、時計の短針は3の数字を指していた。
家族を起こさないよう台所へ行き、
冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出し、コップに汲んで喉に流し込んだ。
少しでも気分を紛らわせるため水を飲む。
いつからだろう、心を落ち着かせるために水を飲むことを覚えたのは。
同じ建物で家族が眠っているのに、世界中で一人だけみたいだと感じた。
もう一杯汲み、部屋まで持っていくことにした。
少し落ち着こうと思いテレビを付けてみたが、
ただのノイズか欧米の街並みが映っているだけだった。
眠れない。
十二時にはベッドに潜りこんだのに、時計の短針は3の数字を指していた。
家族を起こさないよう台所へ行き、
冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出し、コップに汲んで喉に流し込んだ。
少しでも気分を紛らわせるため水を飲む。
いつからだろう、心を落ち着かせるために水を飲むことを覚えたのは。
同じ建物で家族が眠っているのに、世界中で一人だけみたいだと感じた。
もう一杯汲み、部屋まで持っていくことにした。
少し落ち着こうと思いテレビを付けてみたが、
ただのノイズか欧米の街並みが映っているだけだった。
37: 2012/06/09(土) 21:20:35.95
時計の短針は3と4の間、長針は真下を指している。
ベッドに潜り眠気を待ってみるが、一向に訪れない。
このまま寝ずに学校へ行こうか。
私がこうしている間にも、みんなはどんどん先に行ってしまう。
みんなが特別速いわけではない、私がついて行けないだけ。
喉元の不安感を押し流すように、もう一口水を飲んだ。
気になるのは和ちゃんのこと、
彼女なりにけじめをつけようとしていたのかもしれない。
幼馴染の唯ちゃんのことやクラスのみんなのことを。
ベッドに潜り眠気を待ってみるが、一向に訪れない。
このまま寝ずに学校へ行こうか。
私がこうしている間にも、みんなはどんどん先に行ってしまう。
みんなが特別速いわけではない、私がついて行けないだけ。
喉元の不安感を押し流すように、もう一口水を飲んだ。
気になるのは和ちゃんのこと、
彼女なりにけじめをつけようとしていたのかもしれない。
幼馴染の唯ちゃんのことやクラスのみんなのことを。
38: 2012/06/09(土) 21:21:15.16
時刻は午前四時を過ぎ、カーテンの隙間からは空が見えている。
空は薄い藍色に染まり、朝の訪れを予感させた。
無防備に空を見ていた私に、小さな物音が飛び込んだ。
泥棒と思ったけど、おそらく新聞配達だろう。
だいたい、『寂しい』なんて感情は胸に留めておけばよかったんだ。
みんな多かれ少なかれそんな感情は持ってるんだから、
ただ表に現さないだけ。
胸が痛い、心臓ではなく心が。
人の心は脳にあるというけど、今はそんな気がしなかった。
――卒業するのはみんな同じなのにどうして私だけ。
そんな思いが頭をよぎる。
こんなに不安を感じるのは何が原因なんだろう。
空は薄い藍色に染まり、朝の訪れを予感させた。
無防備に空を見ていた私に、小さな物音が飛び込んだ。
泥棒と思ったけど、おそらく新聞配達だろう。
だいたい、『寂しい』なんて感情は胸に留めておけばよかったんだ。
みんな多かれ少なかれそんな感情は持ってるんだから、
ただ表に現さないだけ。
胸が痛い、心臓ではなく心が。
人の心は脳にあるというけど、今はそんな気がしなかった。
――卒業するのはみんな同じなのにどうして私だけ。
そんな思いが頭をよぎる。
こんなに不安を感じるのは何が原因なんだろう。
39: 2012/06/09(土) 21:21:45.38
午前五時さすがに眠い。
でも今寝たら学校に行けなくなる。
いや少しでも寝ておいたほうがいい。
徹夜はしたことがある寝なくても大丈夫。
そうじゃなくて体に悪いから寝ておいたほうがいい。
だから寝たら起きれないんだってば。
一日ぐらい休んでもいい。
体調が悪いわけでもないのに休むのは気が引ける。
そんなふうに考えるの嫌だな。
少しぐらい気を抜いてもいい。
勉強が遅れるとかそんな心配じゃない。
恥ずかしいから。
自分が情けないから。
ただ気持ちの問題。
だって自分が嫌いなんだから。
そんなことない頑張ってる。
自分を認めてあげてもいい。
そもそも自分に価値なんてない。
価値は作り出すものって本で読んだけど。
じゃあ作り出せない人はどうすればいいんだろう。
ああ嫌だこんなこと考えるのは。
もう寝よう頭を休めよう。
目が覚めれば全部忘れるよ。
でも今寝たら学校に行けなくなる。
いや少しでも寝ておいたほうがいい。
徹夜はしたことがある寝なくても大丈夫。
そうじゃなくて体に悪いから寝ておいたほうがいい。
だから寝たら起きれないんだってば。
一日ぐらい休んでもいい。
体調が悪いわけでもないのに休むのは気が引ける。
そんなふうに考えるの嫌だな。
少しぐらい気を抜いてもいい。
勉強が遅れるとかそんな心配じゃない。
恥ずかしいから。
自分が情けないから。
ただ気持ちの問題。
だって自分が嫌いなんだから。
そんなことない頑張ってる。
自分を認めてあげてもいい。
そもそも自分に価値なんてない。
価値は作り出すものって本で読んだけど。
じゃあ作り出せない人はどうすればいいんだろう。
ああ嫌だこんなこと考えるのは。
もう寝よう頭を休めよう。
目が覚めれば全部忘れるよ。
40: 2012/06/09(土) 21:23:10.25
――――――――――――――――
結局和ちゃんとはよそよそしいまま、三日が過ぎた。
そのあいだ私は、夜中に鬱々と考え朝方に眠り、
学校では集中出来ない日々が続いていた。
私はなっちゃんと英子ちゃんと、和ちゃんは軽音部のみんなと一緒にいる。
表面的には何も変わっていない。
何人が気付いているだろう、私と和ちゃんがよそよそしくなったことに。
なっちゃんと英子ちゃんは気付いているとして、唯ちゃんはどうだろうか。
和ちゃんと距離が近い分敏感かもしれない。
結局和ちゃんとはよそよそしいまま、三日が過ぎた。
そのあいだ私は、夜中に鬱々と考え朝方に眠り、
学校では集中出来ない日々が続いていた。
私はなっちゃんと英子ちゃんと、和ちゃんは軽音部のみんなと一緒にいる。
表面的には何も変わっていない。
何人が気付いているだろう、私と和ちゃんがよそよそしくなったことに。
なっちゃんと英子ちゃんは気付いているとして、唯ちゃんはどうだろうか。
和ちゃんと距離が近い分敏感かもしれない。
41: 2012/06/09(土) 21:23:39.66
昼休みの教室では昼食を終えたあと、みんな思い思いの時間を過ごしている。
勉強する子、談笑する子、本を読む子、トランプに興じる子。
その一方私は机に座り、置物のようにじっとしていた。
頭の中に泥が詰まっているような感覚、ただの寝不足だと思うことにした。
「どうしたの風子? 具合悪いの?」
なっちゃんの問いにも「なんでもないよ」と返した。
あれ以来ずっと気にしていた。
なぜあんな話をしてしまったんだろう、『みんなと離れて寂しい』だなんて。
まるで小学生のようなワガママ、自分が恥ずかしくなる。
その上、和ちゃんまで惑わせてしまった。
「だって弁当残してたじゃない」
「ダイエットしてるから残したんだよ」
もっとマシな嘘を付けないのだろうか、私は。
「嘘付いてるよ風子、保健室行こ。
顔色悪いし目の下にクマ出来てる。休んでた方がいいよ」
勉強する子、談笑する子、本を読む子、トランプに興じる子。
その一方私は机に座り、置物のようにじっとしていた。
頭の中に泥が詰まっているような感覚、ただの寝不足だと思うことにした。
「どうしたの風子? 具合悪いの?」
なっちゃんの問いにも「なんでもないよ」と返した。
あれ以来ずっと気にしていた。
なぜあんな話をしてしまったんだろう、『みんなと離れて寂しい』だなんて。
まるで小学生のようなワガママ、自分が恥ずかしくなる。
その上、和ちゃんまで惑わせてしまった。
「だって弁当残してたじゃない」
「ダイエットしてるから残したんだよ」
もっとマシな嘘を付けないのだろうか、私は。
「嘘付いてるよ風子、保健室行こ。
顔色悪いし目の下にクマ出来てる。休んでた方がいいよ」
42: 2012/06/09(土) 21:24:44.31
――――――――――――――――
なっちゃんに手を引かれ、保健室の前までやってきた。
「誰もいないみたいだね、入っちゃおうよ」
中に入ると薬品の匂いが漂ってきた。
ずいぶん久しぶりだ、この匂いを嗅ぐのは。
ベッドが二つあり、その周りにはピンク色のカーテンがあしらわれている。
「やっぱり戻るよなっちゃん、私は大丈夫だから」
「どうせ今戻っても自習だよ、それより体が大事」
手を引かれベッドのそばに連れてこられたときには、
反論する気も失せていた。
なっちゃんに手を引かれ、保健室の前までやってきた。
「誰もいないみたいだね、入っちゃおうよ」
中に入ると薬品の匂いが漂ってきた。
ずいぶん久しぶりだ、この匂いを嗅ぐのは。
ベッドが二つあり、その周りにはピンク色のカーテンがあしらわれている。
「やっぱり戻るよなっちゃん、私は大丈夫だから」
「どうせ今戻っても自習だよ、それより体が大事」
手を引かれベッドのそばに連れてこられたときには、
反論する気も失せていた。
43: 2012/06/09(土) 21:25:19.29
「それじゃあ、休むよ」
上着を脱いで、手を差し出している彼女に手渡した。
「風子、眼鏡も」
完全に忘れていた、眼鏡を掛けたまま寝ようとするなんて。
外した眼鏡を渡し布団に潜り込んだ。
「眼鏡取ったとこ初めて見たかも、カーテン閉めるね」
彼女はピンク色のカーテンを閉め、
空いているベッドに腰掛けると、横たわる私に話しかけた。
「何があったか知らないけど、少しは私たちのこと頼ってくれてもいいんだよ」
そうは言っても頼る気にはなれなかった。
これは個人的な問題、気持ちの問題なんだから。
「一人で抱え込もうとしてるでしょ、話すだけでも楽になるよ」
「うん……」
あくまで話すだけ、少しでも気持ちが晴れるならそれでいいと思った。
上着を脱いで、手を差し出している彼女に手渡した。
「風子、眼鏡も」
完全に忘れていた、眼鏡を掛けたまま寝ようとするなんて。
外した眼鏡を渡し布団に潜り込んだ。
「眼鏡取ったとこ初めて見たかも、カーテン閉めるね」
彼女はピンク色のカーテンを閉め、
空いているベッドに腰掛けると、横たわる私に話しかけた。
「何があったか知らないけど、少しは私たちのこと頼ってくれてもいいんだよ」
そうは言っても頼る気にはなれなかった。
これは個人的な問題、気持ちの問題なんだから。
「一人で抱え込もうとしてるでしょ、話すだけでも楽になるよ」
「うん……」
あくまで話すだけ、少しでも気持ちが晴れるならそれでいいと思った。
44: 2012/06/09(土) 21:26:32.49
「放課後和ちゃんと話してたの、もうすぐ卒業だねって。
そしたら私、卒業するのが寂しいって、和ちゃんの前で泣いちゃった。
私ね……一年のとき友達居なかったの。
話す子が居なかったわけじゃないけど。
友達って言えるのは……たぶん、一人も居なかった」
白い天井を向き、彼女を横目で見ながら話を続けた。
「二年になってから、なっちゃんと友達になって。
それから英子ちゃんとも友達になって。
あのときなっちゃんが隣の席でよかった。
話し掛けてくれなかったら今も一人だったかも」
そしたら私、卒業するのが寂しいって、和ちゃんの前で泣いちゃった。
私ね……一年のとき友達居なかったの。
話す子が居なかったわけじゃないけど。
友達って言えるのは……たぶん、一人も居なかった」
白い天井を向き、彼女を横目で見ながら話を続けた。
「二年になってから、なっちゃんと友達になって。
それから英子ちゃんとも友達になって。
あのときなっちゃんが隣の席でよかった。
話し掛けてくれなかったら今も一人だったかも」
45: 2012/06/09(土) 21:28:14.94
今彼女が隣にいるのは、あのとき話し掛けてくれたからだ。
席が一つずれていたらどうだっただろうか。
きっかけは何だっていい、こうしてそばにいてくれるんだから。
「だから……ありがとう。友達になってくれて嬉しかった」
「大げさだよ風子。恥ずかしいなあ」
彼女は少し照れた様子で顔を背けた。
「ごめんね、でも今なら言えると思ったんだ」
今の内に言っておいたほうがいい、あとで後悔する前に。
「恵まれてるよね、私は。
なっちゃんがいて英子ちゃんがいて和ちゃんがいる、みんながいる」
――それなのに。
席が一つずれていたらどうだっただろうか。
きっかけは何だっていい、こうしてそばにいてくれるんだから。
「だから……ありがとう。友達になってくれて嬉しかった」
「大げさだよ風子。恥ずかしいなあ」
彼女は少し照れた様子で顔を背けた。
「ごめんね、でも今なら言えると思ったんだ」
今の内に言っておいたほうがいい、あとで後悔する前に。
「恵まれてるよね、私は。
なっちゃんがいて英子ちゃんがいて和ちゃんがいる、みんながいる」
――それなのに。
46: 2012/06/09(土) 21:29:19.35
「それなのに卒業するのが寂しいだなんて……。
ワガママだよね、自分が嫌になっちゃう」
こぼれた涙が枕を濡らした、文字通りの意味で。
「私どうしちゃったのかな、こんなことで落ち込むなんて」
「風子、さわちゃ……山中先生に相談してみたら?」
「え?」
思いがけない提案だった、山中先生が出てくるなんて。
「さわ……先生はここの卒業生だし。人生の先輩だし、ね」
ワガママだよね、自分が嫌になっちゃう」
こぼれた涙が枕を濡らした、文字通りの意味で。
「私どうしちゃったのかな、こんなことで落ち込むなんて」
「風子、さわちゃ……山中先生に相談してみたら?」
「え?」
思いがけない提案だった、山中先生が出てくるなんて。
「さわ……先生はここの卒業生だし。人生の先輩だし、ね」
47: 2012/06/09(土) 21:29:50.00
「でも……」
思わず口ごもった。相談するのが嫌なわけじゃない。
なんとなくみんなに悪い気がしてしまったから。
「もしかして私たちに遠慮してる? 全然気にする事ないよ。
風子は人に頼ること覚えてもいいと思うよ。
みんなに優しくするだけじゃなくて」
でも、人に頼るってどうすればいいんだろう。
今まで我慢してた分のツケが回ってきたような気分だ。
「さてと」
なっちゃんはそう言いながら立ち上がり、スカートを整えた。
「じゃ、そろそろ教室戻るね」
「なんか……ありがとう、なっちゃん」
「少し寝たほうがいいよ、風子。それじゃ」
彼女を見送ったあと、目を閉じ布団をかぶり、睡魔に身をゆだねた。
思わず口ごもった。相談するのが嫌なわけじゃない。
なんとなくみんなに悪い気がしてしまったから。
「もしかして私たちに遠慮してる? 全然気にする事ないよ。
風子は人に頼ること覚えてもいいと思うよ。
みんなに優しくするだけじゃなくて」
でも、人に頼るってどうすればいいんだろう。
今まで我慢してた分のツケが回ってきたような気分だ。
「さてと」
なっちゃんはそう言いながら立ち上がり、スカートを整えた。
「じゃ、そろそろ教室戻るね」
「なんか……ありがとう、なっちゃん」
「少し寝たほうがいいよ、風子。それじゃ」
彼女を見送ったあと、目を閉じ布団をかぶり、睡魔に身をゆだねた。
48: 2012/06/09(土) 21:30:39.56
――――――――――――――――
「……ん」
薄目を開き最初に飛び込んできたのは、ピンク色のカーテンだった。
しばらくまどろんだのち、周りの状況を確認することにした。
枕の感触がいつもと違う、かすかだけど薬品の匂いがする。
寝てるはずなのに靴下を履いている。
それに、太腿から下に直接布団の感触があった。
着ているのはパジャマではなく、制服だった。
保健室にいる、やっと思い出した。三時間ほど眠っていただろうか。
「……ん」
薄目を開き最初に飛び込んできたのは、ピンク色のカーテンだった。
しばらくまどろんだのち、周りの状況を確認することにした。
枕の感触がいつもと違う、かすかだけど薬品の匂いがする。
寝てるはずなのに靴下を履いている。
それに、太腿から下に直接布団の感触があった。
着ているのはパジャマではなく、制服だった。
保健室にいる、やっと思い出した。三時間ほど眠っていただろうか。
49: 2012/06/09(土) 21:31:44.80
「風子やっと起きたわね」
「わぁっ!」
急に話しかけられ心臓が高鳴ったが、すぐに英子ちゃんだとわかった。
上体を起こし呼びかけに答える。
「ビックリしたよ英子ちゃん」
「ごめん、よく寝てたから。はい、これ」
差し出されたのは私の鞄だった。
「教科書は教室に置きっぱなしだけどね」
「もう放課後だから今日はこのまま帰ったほうがいいわよ。
勉強しないでゆっくり休んだら?」
わざわざ教室まで戻らなくてもいいように持ってきてくれたのか。
彼女はいつもこう、お節介で親切で、本当に優しい。
「わぁっ!」
急に話しかけられ心臓が高鳴ったが、すぐに英子ちゃんだとわかった。
上体を起こし呼びかけに答える。
「ビックリしたよ英子ちゃん」
「ごめん、よく寝てたから。はい、これ」
差し出されたのは私の鞄だった。
「教科書は教室に置きっぱなしだけどね」
「もう放課後だから今日はこのまま帰ったほうがいいわよ。
勉強しないでゆっくり休んだら?」
わざわざ教室まで戻らなくてもいいように持ってきてくれたのか。
彼女はいつもこう、お節介で親切で、本当に優しい。
50: 2012/06/09(土) 21:32:17.75
「ありがとう、私恵まれてるね」
「何かあったの? 風子」
「ううん、何でも」
彼女は無理に聞き出してこない、そういったところも優しい。
「じゃあそろそろ帰るよ」
そう言って帰り仕度を始めた私に、彼女が心配そうに尋ねてきた。
「一人で大丈夫なの?」
「何かあったの? 風子」
「ううん、何でも」
彼女は無理に聞き出してこない、そういったところも優しい。
「じゃあそろそろ帰るよ」
そう言って帰り仕度を始めた私に、彼女が心配そうに尋ねてきた。
「一人で大丈夫なの?」
51: 2012/06/09(土) 21:33:27.42
「もう平気」
「風子、あんまり無理しないでね」
私は笑顔を作り少し強がって見せた。もう大丈夫、心配要らないよと。
無理はしていない、きっとそうだ。
今だって大丈夫、一人で帰れる。
「ねえ、英子ちゃん――」
出かかった声を抑えることはせず、すぐに言葉を続けた。
「やっぱり一緒に帰ろう」
「そうね、夏香呼んでくるわ」
「風子、あんまり無理しないでね」
私は笑顔を作り少し強がって見せた。もう大丈夫、心配要らないよと。
無理はしていない、きっとそうだ。
今だって大丈夫、一人で帰れる。
「ねえ、英子ちゃん――」
出かかった声を抑えることはせず、すぐに言葉を続けた。
「やっぱり一緒に帰ろう」
「そうね、夏香呼んでくるわ」
52: 2012/06/09(土) 21:34:44.17
――――――――――――――――
『三年二組高橋風子さん、進路指導室まで来て下さい』
弁当を食べたあと数人で談笑していると、
山中先生の声で校内放送がかかった。
私は「ちょっと行ってくるね」と言い教室をあとにした。
廊下を歩み階段を下り、指導室の扉の前に立つ。
ドアを二回ノックし、先生の返事を待ってから中に入った。
指導室には初めて入ったがドラマでみる取調室みたいだ。
でも窓が広くて明るい。
白く透き通ったカーテンが閉められていて、
プライバシーもある程度確保出来そうだ。
「高橋さんこっちよ」
「失礼します」
「じゃ、そこに座って」
机も角ばった物ではなく、卵のように丸みをおびている。
先生に向かい合って座ると意外に近く、少し手を伸ばせば肩に届きそうだ。
『三年二組高橋風子さん、進路指導室まで来て下さい』
弁当を食べたあと数人で談笑していると、
山中先生の声で校内放送がかかった。
私は「ちょっと行ってくるね」と言い教室をあとにした。
廊下を歩み階段を下り、指導室の扉の前に立つ。
ドアを二回ノックし、先生の返事を待ってから中に入った。
指導室には初めて入ったがドラマでみる取調室みたいだ。
でも窓が広くて明るい。
白く透き通ったカーテンが閉められていて、
プライバシーもある程度確保出来そうだ。
「高橋さんこっちよ」
「失礼します」
「じゃ、そこに座って」
机も角ばった物ではなく、卵のように丸みをおびている。
先生に向かい合って座ると意外に近く、少し手を伸ばせば肩に届きそうだ。
53: 2012/06/09(土) 21:35:21.61
「先生、どういった話でしょうか? あまり身に覚えが無いんですけど」
「進路の話じゃないの、飴なめる?」
そう言って飴が三個差し出された。
白い包み紙には赤と青の模様が水玉のように配置されている。
そこには可愛く舌を出した女の子がデザインされていた。
「はい、あとでいただきます」
甘い味を想像しながら制服のポケットにしまいこんだ。
話とはなんだろう、進路じゃないとすれば素行の話だろうか。
さすがに制服の着方の話ではないだろう。
そんなことを思いながら先生を見つめた。
「高橋さん。渡り鳥って仲間がケガしたときどうすると思う?」
嫌な想像が頭をかすめた、仲間に置いていかれる渡り鳥。
自分と重ねてしまうのは考えすぎだろうか。
「……置いて行かれると思います」
「進路の話じゃないの、飴なめる?」
そう言って飴が三個差し出された。
白い包み紙には赤と青の模様が水玉のように配置されている。
そこには可愛く舌を出した女の子がデザインされていた。
「はい、あとでいただきます」
甘い味を想像しながら制服のポケットにしまいこんだ。
話とはなんだろう、進路じゃないとすれば素行の話だろうか。
さすがに制服の着方の話ではないだろう。
そんなことを思いながら先生を見つめた。
「高橋さん。渡り鳥って仲間がケガしたときどうすると思う?」
嫌な想像が頭をかすめた、仲間に置いていかれる渡り鳥。
自分と重ねてしまうのは考えすぎだろうか。
「……置いて行かれると思います」
54: 2012/06/09(土) 21:36:00.25
「それがね、違うのよ。ケガして地上に降りるとき、
他の鳥が付き添ってあげるんですって。
意外でしょう?
自然って厳しいと思ってたけどそうでもないみたい」
何を言いたいのか意図がつかめない、
鳥の生態を聞いたところで役に立つんだろうか。
「先生、いったい何の話ですか?」
「ある生徒から相談があってね、
友達に卒業するのが寂しいって言われたらしいの。
そのとき自分は何も言ってあげられなかったって」
「先生、ある生徒って……」
「それで私の所に相談に来たってわけ、力になってやって欲しいってね。
いい友達を持ったわね高橋さん」
――ああ、私の知らない所で動いてくれている。
彼女はいつもこうなんだろうか、それに比べて私は何も出来ていないのに。
「真鍋さんよ」
他の鳥が付き添ってあげるんですって。
意外でしょう?
自然って厳しいと思ってたけどそうでもないみたい」
何を言いたいのか意図がつかめない、
鳥の生態を聞いたところで役に立つんだろうか。
「先生、いったい何の話ですか?」
「ある生徒から相談があってね、
友達に卒業するのが寂しいって言われたらしいの。
そのとき自分は何も言ってあげられなかったって」
「先生、ある生徒って……」
「それで私の所に相談に来たってわけ、力になってやって欲しいってね。
いい友達を持ったわね高橋さん」
――ああ、私の知らない所で動いてくれている。
彼女はいつもこうなんだろうか、それに比べて私は何も出来ていないのに。
「真鍋さんよ」
55: 2012/06/09(土) 21:36:52.16
――なんで、先生も和ちゃんもなっちゃんも英子ちゃんも。
「どうしてですか! なんでみんな優しくしてくれるんですか!」
行き場の無い感情が口をついて出た。
わからない、自分にそんな価値があるのかどうか。
「みんなに親切にしてきたからよ。その分が今返ってきたの」
「違うんです、私が優しくするのは――」
かっこいい理由なんて無い、もっと後ろ向きな理由。
「……嫌われたくないんです、傷つきたくないだけなんです」
結局は自分の弱さから出た行動なんだろう。
それだけじゃないかもしれない、でも何が本当かわからなかった。
視線を下げ、泣きそうになるのをこらえながら、
ずっと、無機質な机を見ていた。
「一人にはなりたくないんです」
「どうしてですか! なんでみんな優しくしてくれるんですか!」
行き場の無い感情が口をついて出た。
わからない、自分にそんな価値があるのかどうか。
「みんなに親切にしてきたからよ。その分が今返ってきたの」
「違うんです、私が優しくするのは――」
かっこいい理由なんて無い、もっと後ろ向きな理由。
「……嫌われたくないんです、傷つきたくないだけなんです」
結局は自分の弱さから出た行動なんだろう。
それだけじゃないかもしれない、でも何が本当かわからなかった。
視線を下げ、泣きそうになるのをこらえながら、
ずっと、無機質な机を見ていた。
「一人にはなりたくないんです」
56: 2012/06/09(土) 21:37:27.05
「聞いて高橋さん」
「……聞いてます」
母親になだめられる子どもの様で、自分が惨めに思えてきた。
「あなたの優しさは弱さから出たものなのかもしれない。
……いいわ、それでも。嫌われたくないって思うのは当たり前よ」
「でもね、優しくする理由はそれだけじゃないと思うわ。
あなたが気付いてないだけ、きっと他にもあるのよ」
「……聞いてます」
母親になだめられる子どもの様で、自分が惨めに思えてきた。
「あなたの優しさは弱さから出たものなのかもしれない。
……いいわ、それでも。嫌われたくないって思うのは当たり前よ」
「でもね、優しくする理由はそれだけじゃないと思うわ。
あなたが気付いてないだけ、きっと他にもあるのよ」
57: 2012/06/09(土) 21:38:18.52
「一つだけお願い。
あなたが大人になって強くなっても、優しいままでいて欲しいの。
本当に強い人っていうのは優しさも持ってるはずだから」
「でも私……、どうすれば強く、どうすれば大人になれますか?」
私はようやく顔を上げ、重々しく口を開いた。
「難しいわね、かくいう私も立派な大人じゃないし。
一つ言えるのはやるべき事をやる事かしら」
やるべき事とは一体なんだろう。受験生にとってはやはり勉強だろうか。
「勉強だけというわけじゃないのよ、大事だけどね」
あなたが大人になって強くなっても、優しいままでいて欲しいの。
本当に強い人っていうのは優しさも持ってるはずだから」
「でも私……、どうすれば強く、どうすれば大人になれますか?」
私はようやく顔を上げ、重々しく口を開いた。
「難しいわね、かくいう私も立派な大人じゃないし。
一つ言えるのはやるべき事をやる事かしら」
やるべき事とは一体なんだろう。受験生にとってはやはり勉強だろうか。
「勉強だけというわけじゃないのよ、大事だけどね」
58: 2012/06/09(土) 21:39:11.19
「本を読んでみるのもいいかもね、
学校で習うことなんてほんの一握りなんだから。
知識が広がるわ、あなたはもう知ってるかもしれないけど」
「それ以上に人と関わってみる事ね、苦手だって思ってるでしょう?
大丈夫よ、時間が掛かっても絶対慣れてくるから」
「旅行してみるのもいいわね。卒業旅行とか考えてみたらどう?」
「必要だと思ったらなんでもやってみなさい、自分のためになるわ。
身に付けるべき知識、築くべき人間関係、積極的な意志、
ブランド品より価値のあるものよ」
先生は私の目をじっと見つめて、付け加えるように。
「こういうのが揃ったらどうなると思う?
きっとあなた無敵よ、本当にいい女になるわ」
学校で習うことなんてほんの一握りなんだから。
知識が広がるわ、あなたはもう知ってるかもしれないけど」
「それ以上に人と関わってみる事ね、苦手だって思ってるでしょう?
大丈夫よ、時間が掛かっても絶対慣れてくるから」
「旅行してみるのもいいわね。卒業旅行とか考えてみたらどう?」
「必要だと思ったらなんでもやってみなさい、自分のためになるわ。
身に付けるべき知識、築くべき人間関係、積極的な意志、
ブランド品より価値のあるものよ」
先生は私の目をじっと見つめて、付け加えるように。
「こういうのが揃ったらどうなると思う?
きっとあなた無敵よ、本当にいい女になるわ」
59: 2012/06/09(土) 21:39:54.81
「――さて、話はおしまい。年をとると説教臭くなって嫌ね」
まだ若いのに、学生に囲まれるとそう感じるのだろうか。
「先生は若くて綺麗です、説教臭くもありません」
「あら上手ね」
「あなたとはもっと早く話したかったわ。
気付かなかったの、色々考えてたんだなって」
そんな素振りは見せなかったし、訴えかけもしなかった。
気付かないというのは当然だろう。
「ごめんなさい」
そうつぶやいた先生は少し弱々しく見えた。
「どうして謝るんですか?
私が平気なフリしてただけなのに。先生は悪くないです」
「……ありがとう。先生っていうのは意外と生徒を見てるの。
だからこそなの、気付いてあげたかったなって」
まだ若いのに、学生に囲まれるとそう感じるのだろうか。
「先生は若くて綺麗です、説教臭くもありません」
「あら上手ね」
「あなたとはもっと早く話したかったわ。
気付かなかったの、色々考えてたんだなって」
そんな素振りは見せなかったし、訴えかけもしなかった。
気付かないというのは当然だろう。
「ごめんなさい」
そうつぶやいた先生は少し弱々しく見えた。
「どうして謝るんですか?
私が平気なフリしてただけなのに。先生は悪くないです」
「……ありがとう。先生っていうのは意外と生徒を見てるの。
だからこそなの、気付いてあげたかったなって」
60: 2012/06/09(土) 21:40:24.03
私はあまり目立つ方ではない、それは自覚している。
でも見ていてくれた、私の事を。
大勢の生徒としてではなく私を。
「このクラスには問題児が多くてね、ついつい気を取られちゃうの。
でもちゃんと見てるわ、あなたのこと」
「……ありがとうございます」
「大丈夫、私はいつでも味方よ」
でも見ていてくれた、私の事を。
大勢の生徒としてではなく私を。
「このクラスには問題児が多くてね、ついつい気を取られちゃうの。
でもちゃんと見てるわ、あなたのこと」
「……ありがとうございます」
「大丈夫、私はいつでも味方よ」
61: 2012/06/09(土) 21:41:44.11
なんだか恥ずかしくなって、思い出したように声を発した。
「えっと……相談があるんですけど」
「ごめんね私ばかり喋ってて、卒業のことね?」
わずかながら気は楽になっていた。
今ここで話を聞いていられるのはみんなのおかげ。
不安ばかり見つめて、手に入れたものに気付こうとしなかった。
「卒業するのが嫌なわけじゃないんです、
こんな気持ちのまま卒業するのが嫌なんです」
結局は気持ちの問題、いつだってそうだ。
一年のとき周りと馴染めなかったこと、
そのことが尾を引いているのかもしれない。
「私は成長出来ていないのかもしれません、
中身は一年生のときのままなんです。
だから……みんなと違って寂しいなんて思ったりするんです」
「それは違うわ、高橋さん」
「えっと……相談があるんですけど」
「ごめんね私ばかり喋ってて、卒業のことね?」
わずかながら気は楽になっていた。
今ここで話を聞いていられるのはみんなのおかげ。
不安ばかり見つめて、手に入れたものに気付こうとしなかった。
「卒業するのが嫌なわけじゃないんです、
こんな気持ちのまま卒業するのが嫌なんです」
結局は気持ちの問題、いつだってそうだ。
一年のとき周りと馴染めなかったこと、
そのことが尾を引いているのかもしれない。
「私は成長出来ていないのかもしれません、
中身は一年生のときのままなんです。
だから……みんなと違って寂しいなんて思ったりするんです」
「それは違うわ、高橋さん」
62: 2012/06/09(土) 21:42:44.17
先生が迷いの無い声で話し、言葉を続けた。
「人は変わろうとするとき不安になるの、それが証拠よ。
でもあなたなら大丈夫、心が痛いってこと知ってるでしょう?
そんな人ほど強くなれるわ」
「それとね、私の経験から言わせてもらえば、
卒業しても友達は友達のままよ。
同窓会とかで会ったりするとね、
何年も離れてたのに昨日も会ってたような気になるの」
先生はわずかに視線を落として柔らかい表情を見せた。
もしかして高校時代を思い出しているのだろうか、その仕草が可愛く見えた。
「そういうものなんですか? 私には想像つきませんけど」
「そうよ、時間や距離なんて関係ないの」
「人は変わろうとするとき不安になるの、それが証拠よ。
でもあなたなら大丈夫、心が痛いってこと知ってるでしょう?
そんな人ほど強くなれるわ」
「それとね、私の経験から言わせてもらえば、
卒業しても友達は友達のままよ。
同窓会とかで会ったりするとね、
何年も離れてたのに昨日も会ってたような気になるの」
先生はわずかに視線を落として柔らかい表情を見せた。
もしかして高校時代を思い出しているのだろうか、その仕草が可愛く見えた。
「そういうものなんですか? 私には想像つきませんけど」
「そうよ、時間や距離なんて関係ないの」
63: 2012/06/09(土) 21:43:15.51
「少し楽になった? 私の経験談じゃ駄目だったかしら」
「いえ、そんなことありません。ありがとうございます」
「もう少しここに居る? 昼休みが終わるまで居てもいいのよ」
「もう行きます。ありがとうございました」
今はとりあえず一人になりたい。
感情を上手く処理できなくて混乱しそうだ。
「そう、いつでも待ってるわ」
「いえ、そんなことありません。ありがとうございます」
「もう少しここに居る? 昼休みが終わるまで居てもいいのよ」
「もう行きます。ありがとうございました」
今はとりあえず一人になりたい。
感情を上手く処理できなくて混乱しそうだ。
「そう、いつでも待ってるわ」
64: 2012/06/09(土) 21:44:04.76
――――――――――――――――
指導室をあとにした私は、一人になれる場所を探していた。
色んな言葉が頭に渦巻いている。
泣きそうなのを見られないように、顔は上げないまま、上目遣いで歩く。
『これだけは言えるわ。卒業してもずっと友達よ』
和ちゃんだって寂しいのにこんな言葉を掛けてくれた。
私こそ励ましてあげないと、友達なんだから。
『少しは私たちのこと頼ってくれていいんだよ』
なっちゃんは面倒見がいい、みんなにも頼られている。
頼ろうとしなかったのはただの意地だ。
私は、『自分でなんとかしなきゃ』『迷惑になるんじゃないか』
といった思いで何も言えなかった。
人に頼るのも勇気がいる。
指導室をあとにした私は、一人になれる場所を探していた。
色んな言葉が頭に渦巻いている。
泣きそうなのを見られないように、顔は上げないまま、上目遣いで歩く。
『これだけは言えるわ。卒業してもずっと友達よ』
和ちゃんだって寂しいのにこんな言葉を掛けてくれた。
私こそ励ましてあげないと、友達なんだから。
『少しは私たちのこと頼ってくれていいんだよ』
なっちゃんは面倒見がいい、みんなにも頼られている。
頼ろうとしなかったのはただの意地だ。
私は、『自分でなんとかしなきゃ』『迷惑になるんじゃないか』
といった思いで何も言えなかった。
人に頼るのも勇気がいる。
65: 2012/06/09(土) 21:44:37.57
保健室、ここはどうだろうか。かすかに人の気配がする、だめだ。
階段を昇って上に行こう。
『風子、あんまり無理しないでね』
英子ちゃんの前で自分を偽った、無理なんかしていないのは嘘だ。
弱い自分を認めたくないから強がった。
理科室、離れたところでも声が聞こえる。次はどうしよう、見つからない。
昼休みの廊下は賑やかだ。
このままだと『二組の高橋さんが廊下で泣いてた』、
なんてことになりかねない。
階段を昇って上に行こう。
『風子、あんまり無理しないでね』
英子ちゃんの前で自分を偽った、無理なんかしていないのは嘘だ。
弱い自分を認めたくないから強がった。
理科室、離れたところでも声が聞こえる。次はどうしよう、見つからない。
昼休みの廊下は賑やかだ。
このままだと『二組の高橋さんが廊下で泣いてた』、
なんてことになりかねない。
66: 2012/06/09(土) 21:45:31.15
上手い具合に空き教室があった。
昼だというのに薄暗いのはカーテンが閉められているからだろう。
ここは本当に人が居ないんだなと安心する。
「うぅ……」
ドアを閉めた途端涙があふれてきた。
そのまま壁に背中をあずけ、重力に従いその場にうずくまった。
誰が置いたのだろうか、
隅の段ボール箱には丸められたポスターが入っている。
昼だというのに薄暗いのはカーテンが閉められているからだろう。
ここは本当に人が居ないんだなと安心する。
「うぅ……」
ドアを閉めた途端涙があふれてきた。
そのまま壁に背中をあずけ、重力に従いその場にうずくまった。
誰が置いたのだろうか、
隅の段ボール箱には丸められたポスターが入っている。
67: 2012/06/09(土) 21:46:24.44
「せんせぇ……」
『大丈夫、私はいつでも味方よ』
私を見てくれていないと思っていた。
でも違ってた、ちゃんと一人一人を見てくれていた。
「……っく、……っう」
制服の袖が濡れるのもかまわず、顔を押さえた。
ハンカチがあったことを思い出し、制服のポケットから取り出す。
そのまま顔に当てて泣き続けた。
手を拭く以外に使ったのは初めてかもしれない。
『大丈夫、私はいつでも味方よ』
私を見てくれていないと思っていた。
でも違ってた、ちゃんと一人一人を見てくれていた。
「……っく、……っう」
制服の袖が濡れるのもかまわず、顔を押さえた。
ハンカチがあったことを思い出し、制服のポケットから取り出す。
そのまま顔に当てて泣き続けた。
手を拭く以外に使ったのは初めてかもしれない。
68: 2012/06/09(土) 21:47:35.49
ハンカチをしまったとき、ポケットに入ったままの飴に気付いた。
まだ涙は止まらないけど一つ食べることにした。
両端を引っ張り包み紙を開き、手のひらに乗せ口に放り込んだ。
口内で転がし、少しずつ舐め、そのうち甘い味が染み出した。
甘いものは元気を出してくれる、単純だけどそう実感した。
先生はそう思って飴をくれたのだろうか。
立ち上がってスカートの後ろを手で掃い、
ドアの前に人の気配がないことを確認する。
念のためもう一度目元を拭いドアを開ける。
心なしか、廊下が明るく見えた。
まだ涙は止まらないけど一つ食べることにした。
両端を引っ張り包み紙を開き、手のひらに乗せ口に放り込んだ。
口内で転がし、少しずつ舐め、そのうち甘い味が染み出した。
甘いものは元気を出してくれる、単純だけどそう実感した。
先生はそう思って飴をくれたのだろうか。
立ち上がってスカートの後ろを手で掃い、
ドアの前に人の気配がないことを確認する。
念のためもう一度目元を拭いドアを開ける。
心なしか、廊下が明るく見えた。
69: 2012/06/09(土) 21:49:19.81
――――――――――――――――
教室に戻り、席に座っている和ちゃんと唯ちゃんに声を掛けた。
「和ちゃん、唯ちゃん」
伝えたいことは色々あった、『ありがとう』とか『ごめんなさい』とか。
「えっと……」
言葉だけで気持ちは伝わらない、
そんな思いが私に似つかわしくない行動をとらせた。
右手を和ちゃんの肩に、左手を唯ちゃんの肩に乗せ、二人を励ます。
「受験頑張ろうね」
教室に戻り、席に座っている和ちゃんと唯ちゃんに声を掛けた。
「和ちゃん、唯ちゃん」
伝えたいことは色々あった、『ありがとう』とか『ごめんなさい』とか。
「えっと……」
言葉だけで気持ちは伝わらない、
そんな思いが私に似つかわしくない行動をとらせた。
右手を和ちゃんの肩に、左手を唯ちゃんの肩に乗せ、二人を励ます。
「受験頑張ろうね」
70: 2012/06/09(土) 21:51:02.43
目を丸くする和ちゃん、顔を明るくする唯ちゃん。
私もきっと笑っているだろう。
「そうだ、これあげるね」
私はポケットに入ったままの飴を取り出し、二人に差し出した。
「あ、ペロちゃんだ! ありがとう風子ちゃん」
「頂いておくわ」
二人の返事を聞き、私はすぐに踵を返した。
私もきっと笑っているだろう。
「そうだ、これあげるね」
私はポケットに入ったままの飴を取り出し、二人に差し出した。
「あ、ペロちゃんだ! ありがとう風子ちゃん」
「頂いておくわ」
二人の返事を聞き、私はすぐに踵を返した。
71: 2012/06/09(土) 21:53:33.17
――――――――――――――――
それからは吹っ切れたのだろうか。
寝付きもよくなり、その分朝が清々しくなった。
学校でもいつものように、いや、前より少し元気になれた気がした。
そんなある日のことだ、
唯ちゃんに袖を引っ張られ空き教室に連れて来られたのは。
「唯ちゃん、何の用かな?」
「えっとね、ちょっとお礼言いたくて来てもらったの」
「飴のことなら先生にもらった物だから、お礼言われることじゃないよ」
「うん、おいしかったよ。……じゃなくて和ちゃんのことなんだ」
和ちゃんの名前を聞いて一瞬たじろいだ。
余計なことを言ったり泣いてしまったり、
私が和ちゃんを動揺させたことは否めないだろう。
「あ……ごめんね、唯ちゃん。
私、和ちゃんに変なこと言って困らせちゃったんだ。
そのことだったら本当にごめんね」
唯ちゃんは「風子ちゃんのせいじゃないよ」と首を振って。
「和ちゃんはいつも通りだったよ。
でもなんとなくわかっちゃうんだ、ちょっとおかしいなって」
それからは吹っ切れたのだろうか。
寝付きもよくなり、その分朝が清々しくなった。
学校でもいつものように、いや、前より少し元気になれた気がした。
そんなある日のことだ、
唯ちゃんに袖を引っ張られ空き教室に連れて来られたのは。
「唯ちゃん、何の用かな?」
「えっとね、ちょっとお礼言いたくて来てもらったの」
「飴のことなら先生にもらった物だから、お礼言われることじゃないよ」
「うん、おいしかったよ。……じゃなくて和ちゃんのことなんだ」
和ちゃんの名前を聞いて一瞬たじろいだ。
余計なことを言ったり泣いてしまったり、
私が和ちゃんを動揺させたことは否めないだろう。
「あ……ごめんね、唯ちゃん。
私、和ちゃんに変なこと言って困らせちゃったんだ。
そのことだったら本当にごめんね」
唯ちゃんは「風子ちゃんのせいじゃないよ」と首を振って。
「和ちゃんはいつも通りだったよ。
でもなんとなくわかっちゃうんだ、ちょっとおかしいなって」
72: 2012/06/09(土) 21:54:40.26
「なんかね、私のことばっかり聞いてくるんだ。
『勉強進んでる?』とか、『一人暮らし大丈夫?』とか。
たぶん心配してくれてるんだろうけど――」
いつも和ちゃんはクラス全体のことを考えている。
でも、個人に肩入れすることもあるだろう。幼馴染ならなおさらだ。
「でもね、和ちゃん自分のことあんまり話さなくなって。
『どうしたの?』って聞いてみたけど、
『どうもしないわ』って言うだけだったんだ」
「それがね、こないだ風子ちゃんが飴くれたときから、元に戻ったかなって」
「風子ちゃんのおかげだよ、ありがとう」
何気ない一言で傷付けたり。
本当に和ちゃんには悪いことをした。
唯ちゃんにお礼を言われて、少しは帳消しになったかなと思いつつ。
「そう言ってくれるなら……嬉しい、かな」
ここは素直に気持ちを伝えておこう。
『勉強進んでる?』とか、『一人暮らし大丈夫?』とか。
たぶん心配してくれてるんだろうけど――」
いつも和ちゃんはクラス全体のことを考えている。
でも、個人に肩入れすることもあるだろう。幼馴染ならなおさらだ。
「でもね、和ちゃん自分のことあんまり話さなくなって。
『どうしたの?』って聞いてみたけど、
『どうもしないわ』って言うだけだったんだ」
「それがね、こないだ風子ちゃんが飴くれたときから、元に戻ったかなって」
「風子ちゃんのおかげだよ、ありがとう」
何気ない一言で傷付けたり。
本当に和ちゃんには悪いことをした。
唯ちゃんにお礼を言われて、少しは帳消しになったかなと思いつつ。
「そう言ってくれるなら……嬉しい、かな」
ここは素直に気持ちを伝えておこう。
73: 2012/06/09(土) 21:57:12.60
――――――――――――――――
唯ちゃんと別れ、家に帰ってから、ある一つのことを考えていた。
食事中でも、入浴中でも、勉強中でも考えていた。
私に何か出来ることは無いだろうか。
この『何か』というのはまだ形が無く、私の中でもやもやしている。
でも『誰か』に向けてというのははっきりしている。
山中先生に向けてだ。
それはもしかしたら、クラスメイトのみんなも含んでいるかもしれない。
この気持ちというのは、いつか聞いた言葉。
『人のために何かをするのは見返りを期待しての行動だ』
という言葉通りかもしれない。
ただの自己満足でもかまわない。
唯ちゃんと別れ、家に帰ってから、ある一つのことを考えていた。
食事中でも、入浴中でも、勉強中でも考えていた。
私に何か出来ることは無いだろうか。
この『何か』というのはまだ形が無く、私の中でもやもやしている。
でも『誰か』に向けてというのははっきりしている。
山中先生に向けてだ。
それはもしかしたら、クラスメイトのみんなも含んでいるかもしれない。
この気持ちというのは、いつか聞いた言葉。
『人のために何かをするのは見返りを期待しての行動だ』
という言葉通りかもしれない。
ただの自己満足でもかまわない。
74: 2012/06/09(土) 21:59:26.25
眼鏡を外し、ベッドに潜り思いを巡らす。
『先生のために、みんなのために』ということを。
形に残る物がいいのか、残らない物がいいのか。
渡す時期も場所もまだ決めていない。
ここまで考えて間違いに気付いた。
また一人で抱え込んでいる。
なっちゃんがいて英子ちゃんがいて和ちゃんがいる、みんながいる。
なっちゃんに言われた通り、人に頼ってみればいい。
とはいえ今は受験勉強に専念しないと。
ひと段落するまでは考えを眠らせておこう。
『先生のために、みんなのために』ということを。
形に残る物がいいのか、残らない物がいいのか。
渡す時期も場所もまだ決めていない。
ここまで考えて間違いに気付いた。
また一人で抱え込んでいる。
なっちゃんがいて英子ちゃんがいて和ちゃんがいる、みんながいる。
なっちゃんに言われた通り、人に頼ってみればいい。
とはいえ今は受験勉強に専念しないと。
ひと段落するまでは考えを眠らせておこう。
75: 2012/06/09(土) 22:01:40.16
いつか眠れない夜があった。
今日もあの夜に似ているかもしれない。
あのときは世界中で一人だけみたいだと感じていた。
でも今はそんなこと思わない。
みんながいてくれると感じられるからだ。
一人で生きてきたわけじゃないし、
そう感じたときも一人じゃなかったはずだ。
みんなが居てくれるんだから、
高校生活の最後を悔いのないように過ごさないと。
勉強だけじゃない、それ以外のことも。
自分にしか出来ないこともあるはずだ。
卒業までのわずかな時間、これからのことに思いを馳せつつ。
私は静かに目を閉じて、明日を迎える眠りについた。
今日もあの夜に似ているかもしれない。
あのときは世界中で一人だけみたいだと感じていた。
でも今はそんなこと思わない。
みんながいてくれると感じられるからだ。
一人で生きてきたわけじゃないし、
そう感じたときも一人じゃなかったはずだ。
みんなが居てくれるんだから、
高校生活の最後を悔いのないように過ごさないと。
勉強だけじゃない、それ以外のことも。
自分にしか出来ないこともあるはずだ。
卒業までのわずかな時間、これからのことに思いを馳せつつ。
私は静かに目を閉じて、明日を迎える眠りについた。
76: 2012/06/09(土) 22:04:29.47
――――――――――――――――
何かに集中していると時間は早く過ぎるものだ。
勉強、模擬試験、復習、規則正しいサイクルで日々は過ぎていく。
教室はいつもより賑やかだった。
久しぶりの登校日ということもあるだろう。
合格の喜びを分かち合っている子たちも居るし、
卒業旅行の話をしてる子たちも居る。
自分の席に荷物を置いて、二つ右隣の宮本さんに「おはよう」と挨拶をした。
それから和ちゃんの席へ行って声を掛ける。
「この前言ってた『さわ子先生に何かしたい』って話、
みんなにも聞いてみようと思うんだけど」
「いいわね、それ」
和ちゃんの賛成も得て教壇の前まで移動し、
改めてみんなに向かって声を出す。
「みんなちょっといい?
卒業式の日にクラス全員で、
さわ子先生に何かしたいんだけど、何がいいと思う?
あ、コレもちろん先生には内緒で」
そう言った瞬間、教室の空気が変わった。
それまでみんなバラバラの話をしていたのに、
急にさわ子先生の話題に切り替わった。
何かに集中していると時間は早く過ぎるものだ。
勉強、模擬試験、復習、規則正しいサイクルで日々は過ぎていく。
教室はいつもより賑やかだった。
久しぶりの登校日ということもあるだろう。
合格の喜びを分かち合っている子たちも居るし、
卒業旅行の話をしてる子たちも居る。
自分の席に荷物を置いて、二つ右隣の宮本さんに「おはよう」と挨拶をした。
それから和ちゃんの席へ行って声を掛ける。
「この前言ってた『さわ子先生に何かしたい』って話、
みんなにも聞いてみようと思うんだけど」
「いいわね、それ」
和ちゃんの賛成も得て教壇の前まで移動し、
改めてみんなに向かって声を出す。
「みんなちょっといい?
卒業式の日にクラス全員で、
さわ子先生に何かしたいんだけど、何がいいと思う?
あ、コレもちろん先生には内緒で」
そう言った瞬間、教室の空気が変わった。
それまでみんなバラバラの話をしていたのに、
急にさわ子先生の話題に切り替わった。
77: 2012/06/09(土) 22:06:20.70
みんなで話し合った結果、寄せ書きを贈ろうということに決まった。
和ちゃんも乗り気のようで、色紙やマーカーの注文もしてくれるそうだ。
『やっぱりみんなさわ子先生が好きなんだな』と、今回のことで実感した。
どんなものが出来上がるかわからないけれど、先生も喜んでくれるだろう。
みんなの『好き』という気持ちを集めたものだから、喜ばないはずがない。
色紙に何を書くかは決めて無い。
変に飾ったりせず素直な気持ちを伝えるつもりだ。
きっと、他のみんなも同じ気持ちで寄せ書きを書くだろう。
和ちゃんも乗り気のようで、色紙やマーカーの注文もしてくれるそうだ。
『やっぱりみんなさわ子先生が好きなんだな』と、今回のことで実感した。
どんなものが出来上がるかわからないけれど、先生も喜んでくれるだろう。
みんなの『好き』という気持ちを集めたものだから、喜ばないはずがない。
色紙に何を書くかは決めて無い。
変に飾ったりせず素直な気持ちを伝えるつもりだ。
きっと、他のみんなも同じ気持ちで寄せ書きを書くだろう。
78: 2012/06/09(土) 22:10:07.32
――――――――――――――――
白い色紙が色とりどりのメッセージで埋まり始めたころ、
軽音部のみんなが卒業旅行から帰ってきた。
行った先はなんとロンドンだ。
一般的な高校生からすると高嶺の花と言えるだろう。
なんと、そこで演奏も行ったらしい。
今日は登校日で、みんなが卒業までの時間を過ごしている。
全員が揃う機会というのはあと数回もないだろう。
もし色紙が書けなくとも、卒業式の日に書くという手もある。
教室のどこからか、『軽音部の演奏を教室で聴きたい』という声が上がった。
その声はあっという間に広まり、
みんなも乗り気になって山中先生に相談することになった。
白い色紙が色とりどりのメッセージで埋まり始めたころ、
軽音部のみんなが卒業旅行から帰ってきた。
行った先はなんとロンドンだ。
一般的な高校生からすると高嶺の花と言えるだろう。
なんと、そこで演奏も行ったらしい。
今日は登校日で、みんなが卒業までの時間を過ごしている。
全員が揃う機会というのはあと数回もないだろう。
もし色紙が書けなくとも、卒業式の日に書くという手もある。
教室のどこからか、『軽音部の演奏を教室で聴きたい』という声が上がった。
その声はあっという間に広まり、
みんなも乗り気になって山中先生に相談することになった。
79: 2012/06/09(土) 22:11:56.10
軽音部のみんなが職員室から戻ってきて、
部長である田井中さんが口を開く。
「さわちゃんに聞いて来たんだけど、早朝ならいいみたいだぜ。どうする?」
「もちろんオッケーだよ」「いつするの? 楽しみー」「秋山さんの演奏!」
みんな大はしゃぎで、私も表には出さないまでも内心喜んでいた。
もう一度彼女たちの演奏を聴けるというのは、やっぱり嬉しい。
私に音楽的な知識は無いし、演奏の技術も評価出来ない。
それでも、彼女たちの演奏には力があると思う。
教室でのライブが楽しみだ。
部長である田井中さんが口を開く。
「さわちゃんに聞いて来たんだけど、早朝ならいいみたいだぜ。どうする?」
「もちろんオッケーだよ」「いつするの? 楽しみー」「秋山さんの演奏!」
みんな大はしゃぎで、私も表には出さないまでも内心喜んでいた。
もう一度彼女たちの演奏を聴けるというのは、やっぱり嬉しい。
私に音楽的な知識は無いし、演奏の技術も評価出来ない。
それでも、彼女たちの演奏には力があると思う。
教室でのライブが楽しみだ。
80: 2012/06/09(土) 22:13:30.09
――――――――――――――――
ライブの当日、私も準備に取り掛かる。
机を並べての即席ステージ、黒板には軽音部のみんなを称えるメッセージ。
ステージ上に機材が運び込まれ、いよいよライブらしくなってきた。
軽音部のみんなは内履きの底を丁寧に拭いている。
机が汚れたら拭けばいいんだけど、気を遣っているんだろう。
彼女たちはステージに立ち、楽器のセッティングを始めた。
しばらくしてから配置について、唯ちゃんがマイクで声を出す。
「放課後ティータイムです。ロンドンから帰ってきました!」
いよいよライブの始まりだ。
ライブの当日、私も準備に取り掛かる。
机を並べての即席ステージ、黒板には軽音部のみんなを称えるメッセージ。
ステージ上に機材が運び込まれ、いよいよライブらしくなってきた。
軽音部のみんなは内履きの底を丁寧に拭いている。
机が汚れたら拭けばいいんだけど、気を遣っているんだろう。
彼女たちはステージに立ち、楽器のセッティングを始めた。
しばらくしてから配置について、唯ちゃんがマイクで声を出す。
「放課後ティータイムです。ロンドンから帰ってきました!」
いよいよライブの始まりだ。
81: 2012/06/09(土) 22:14:55.84
「――それでね、最後の日さわちゃんが……」
唯ちゃんの話も長引いてきたころ、田井中さんが控えめな声で話し掛ける。
「おーい、そろそろ始めるぞ」
「ごめんごめん」
「それでは最初の曲!」と、唯ちゃんが後ろを振り向き合図をする。
私はステージに向かって左側に陣取り、
隣のなっちゃんと静かに最初の音を待った。
唯ちゃんの話も長引いてきたころ、田井中さんが控えめな声で話し掛ける。
「おーい、そろそろ始めるぞ」
「ごめんごめん」
「それでは最初の曲!」と、唯ちゃんが後ろを振り向き合図をする。
私はステージに向かって左側に陣取り、
隣のなっちゃんと静かに最初の音を待った。
82: 2012/06/09(土) 22:17:14.90
ドラムのスティックを打ち鳴らす音と同時に、
田井中さんの「ワン、ツー、スリー」という掛け声。
最初にイントロが聴こえてきて、ギターの音色が教室に響く。
それから飛んできたのは音の塊だ。
『聴こえてきた』のではなく『飛んできた』。
音は空気の振動だけど、まるで物体のように飛来した。
その塊に圧倒され、私は仰け反りそうになる。
なんとか直立したまま演奏に耳を澄ませた。
次に聴こえてきたのは唯ちゃんの歌声。
ギターの音とはまるで違って、優しく私たちに語り掛けるように歌う。
とてもやわらかくて、ふわふわした声だ。
気付けば体が動いて、自然に手拍子を送っていた。
一緒に歌いたくなる気分だ。
田井中さんの「ワン、ツー、スリー」という掛け声。
最初にイントロが聴こえてきて、ギターの音色が教室に響く。
それから飛んできたのは音の塊だ。
『聴こえてきた』のではなく『飛んできた』。
音は空気の振動だけど、まるで物体のように飛来した。
その塊に圧倒され、私は仰け反りそうになる。
なんとか直立したまま演奏に耳を澄ませた。
次に聴こえてきたのは唯ちゃんの歌声。
ギターの音とはまるで違って、優しく私たちに語り掛けるように歌う。
とてもやわらかくて、ふわふわした声だ。
気付けば体が動いて、自然に手拍子を送っていた。
一緒に歌いたくなる気分だ。
83: 2012/06/09(土) 22:19:43.16
あっという間に数曲が終わり、今度は秋山さんの歌声が聴こえてきた。
しっかりとした声で、力強く歌い上げる。
普段の彼女は恥ずかしがり屋だけど、舞台の上に立ったときは輝いて見える。
学園祭の演劇やライブ、あのときは本当にかっこよかった。
次に聴こえてきたのは琴吹さんの歌声。
ありきたりな表現だけど、妖精みたいだと感じた。
キーボードの鍵盤ひとつひとつには妖精が宿っているという。
それを反映したような彼女の歌声に魅了される。
再び秋山さんのボーカルになり、しっとりとした声が響く。
彼女のベースの音色も合わさって、
教室は五月の雨のように落ち着いた雰囲気に包まれた。
しっかりとした声で、力強く歌い上げる。
普段の彼女は恥ずかしがり屋だけど、舞台の上に立ったときは輝いて見える。
学園祭の演劇やライブ、あのときは本当にかっこよかった。
次に聴こえてきたのは琴吹さんの歌声。
ありきたりな表現だけど、妖精みたいだと感じた。
キーボードの鍵盤ひとつひとつには妖精が宿っているという。
それを反映したような彼女の歌声に魅了される。
再び秋山さんのボーカルになり、しっとりとした声が響く。
彼女のベースの音色も合わさって、
教室は五月の雨のように落ち着いた雰囲気に包まれた。
84: 2012/06/09(土) 22:21:03.74
ライブは進行し、ステージ上から音の波が押し寄せてくる。
唯ちゃんのギターからは音があふれ、教室全体に響き渡る。
梓ちゃんのギターは上手く寄り添い、二人の音色が調和する。
田井中さんのドラムはリズムを刻み、みんなの土台となる。
秋山さんのベースは静かに響き、根底の流れを作る。
琴吹さんのキーボードは綺麗な音色で、曲の輪郭を彩る。
五人のうち誰が欠けても成り立たない演奏。
それに唯ちゃんの歌声が合わさり、
キラキラの宝石箱をひっくり返したような曲になっている。
私たちが希望し、準備を整えた教室で。
これ以上は無いようなライブが繰り広げられている。
観客である私たちまで一緒になって、このステージを成り立たせている。
手拍子、掛け声、体の揺さぶり、みんなでこのライブを楽しんでいる。
こんなに一体感を感じたことはなかった。
唯ちゃんのギターからは音があふれ、教室全体に響き渡る。
梓ちゃんのギターは上手く寄り添い、二人の音色が調和する。
田井中さんのドラムはリズムを刻み、みんなの土台となる。
秋山さんのベースは静かに響き、根底の流れを作る。
琴吹さんのキーボードは綺麗な音色で、曲の輪郭を彩る。
五人のうち誰が欠けても成り立たない演奏。
それに唯ちゃんの歌声が合わさり、
キラキラの宝石箱をひっくり返したような曲になっている。
私たちが希望し、準備を整えた教室で。
これ以上は無いようなライブが繰り広げられている。
観客である私たちまで一緒になって、このステージを成り立たせている。
手拍子、掛け声、体の揺さぶり、みんなでこのライブを楽しんでいる。
こんなに一体感を感じたことはなかった。
85: 2012/06/09(土) 22:26:20.80
間奏の部分で唯ちゃんと梓ちゃんが向かい合い、お互いの演奏を見合う。
二本のギターが音を奏で、特別な音色を作り出した。
不意に音の数が減り、唯ちゃんの優しい歌声が強調される。
同時に奏でられるのは琴吹さんのキーボード。
続いてギターの旋律が合流する。
数秒後、急に音が爆発した。
それに押し出されるように、
唯ちゃんがステージから躍り出て私たちと同じ高さに立つ。
演奏はまだ終わらない。
さらに盛り上がって、曲は最高潮を迎える。
唯ちゃんの歌声が伸びる、演奏が続く。
いつの間にか山中先生と堀込先生も教室に入っている。
堀込先生は演奏を止めに来たんだろう、でもそれは無理な話だ。
いつか先生に聞いた『無敵』という言葉が思い浮かんだ。
今ここに居る私たちというのは、それに近いのではないだろうか。
軽音部のみんなは輝いて見えるし、観客である私たちも空間の一部だ。
もう奇跡としか言いようがなかった。
そして、それを成し遂げたのが私たちだということ。
今日のライブを一生忘れることはないだろう。
気付けば目元には雫がたまり、あふれ出して頬を濡らしている。
私には、それが汗なのか涙なのかわからなかった。
二本のギターが音を奏で、特別な音色を作り出した。
不意に音の数が減り、唯ちゃんの優しい歌声が強調される。
同時に奏でられるのは琴吹さんのキーボード。
続いてギターの旋律が合流する。
数秒後、急に音が爆発した。
それに押し出されるように、
唯ちゃんがステージから躍り出て私たちと同じ高さに立つ。
演奏はまだ終わらない。
さらに盛り上がって、曲は最高潮を迎える。
唯ちゃんの歌声が伸びる、演奏が続く。
いつの間にか山中先生と堀込先生も教室に入っている。
堀込先生は演奏を止めに来たんだろう、でもそれは無理な話だ。
いつか先生に聞いた『無敵』という言葉が思い浮かんだ。
今ここに居る私たちというのは、それに近いのではないだろうか。
軽音部のみんなは輝いて見えるし、観客である私たちも空間の一部だ。
もう奇跡としか言いようがなかった。
そして、それを成し遂げたのが私たちだということ。
今日のライブを一生忘れることはないだろう。
気付けば目元には雫がたまり、あふれ出して頬を濡らしている。
私には、それが汗なのか涙なのかわからなかった。
86: 2012/06/09(土) 22:29:57.57
――――――――――――――――
もうすぐ高校生活が終わる、私は上手くやってこれただろうか。
特に大きな事件もなく平穏に過ごせたことは喜ぶべきなのだろう。
一年のころは周囲と打ち解けられず寂しい思いをした。
今となっては仕方のないことだけれど。
卒業式の朝、部屋の窓を開けてみると少し肌寒かった。
でも風が気持ちいい。
しばらく目を閉じて頬にあたる風を感じていた。
優しい風が吹いたとき、人は少しだけ嬉しくなる。
私もそんな風のようになれたらいい。
そう考えれば風子という名前も悪くない。
外の道路には街路樹が等間隔に並んでいる。
窓からぼんやり眺めていると、
鳥がその間を低く飛び、高く舞い上がって枝に止まった。
その目線の先には、青空が広がっている。
もうすぐ高校生活が終わる、私は上手くやってこれただろうか。
特に大きな事件もなく平穏に過ごせたことは喜ぶべきなのだろう。
一年のころは周囲と打ち解けられず寂しい思いをした。
今となっては仕方のないことだけれど。
卒業式の朝、部屋の窓を開けてみると少し肌寒かった。
でも風が気持ちいい。
しばらく目を閉じて頬にあたる風を感じていた。
優しい風が吹いたとき、人は少しだけ嬉しくなる。
私もそんな風のようになれたらいい。
そう考えれば風子という名前も悪くない。
外の道路には街路樹が等間隔に並んでいる。
窓からぼんやり眺めていると、
鳥がその間を低く飛び、高く舞い上がって枝に止まった。
その目線の先には、青空が広がっている。
87: 2012/06/09(土) 22:31:44.79
――――――――――――――――
卒業式とはいっても、朝の教室はいつも通りだ。
寄せ書きは鮮やかな色彩で飾られていた。
中央には『大好きなさわ子先生へ』という言葉。
その周りには感謝の言葉、色んな記号、可愛い絵。
秩序の無い花壇の様な色紙だ。
見てると気持ちがあったかくなる。
これを先生に渡せることが嬉しい、みんなに提案してよかった。
まだ空白があるけれど、これは軽音部のためのスペースだ。
色紙をなっちゃんに渡し、和ちゃんに話し掛ける。
「寄せ書きいつ渡そうかな?」
「式のあと教室で卒業証書渡されるから、そのときがいいんじゃないかしら」
「そうだね、和ちゃん渡す?」
「風子が渡すべきだと思うわ、きっかけは風子だもの」
卒業式とはいっても、朝の教室はいつも通りだ。
寄せ書きは鮮やかな色彩で飾られていた。
中央には『大好きなさわ子先生へ』という言葉。
その周りには感謝の言葉、色んな記号、可愛い絵。
秩序の無い花壇の様な色紙だ。
見てると気持ちがあったかくなる。
これを先生に渡せることが嬉しい、みんなに提案してよかった。
まだ空白があるけれど、これは軽音部のためのスペースだ。
色紙をなっちゃんに渡し、和ちゃんに話し掛ける。
「寄せ書きいつ渡そうかな?」
「式のあと教室で卒業証書渡されるから、そのときがいいんじゃないかしら」
「そうだね、和ちゃん渡す?」
「風子が渡すべきだと思うわ、きっかけは風子だもの」
88: 2012/06/09(土) 22:33:55.76
――――――――――――――――
講堂の前、女性教師が生徒たちに号令をかける。
「それでは、在校生は卒業生に花を付けて下さい」
雲がかかってはいるもののよく晴れた空、
桜の木にはかすかに色が付いていた。
朝は寒いと思っていたが、陽射しにあたたかさを感じる。
私も一年前は卒業生に花を付けていた。
目の前の二年生も一年後には付けられる立場になる。
私は今どんな顔をしているだろう、
少しは先輩らしい表情になっているだろうか。
そう思いながら眺めていると、彼女のぎこちない動作に気付いた。
講堂の前、女性教師が生徒たちに号令をかける。
「それでは、在校生は卒業生に花を付けて下さい」
雲がかかってはいるもののよく晴れた空、
桜の木にはかすかに色が付いていた。
朝は寒いと思っていたが、陽射しにあたたかさを感じる。
私も一年前は卒業生に花を付けていた。
目の前の二年生も一年後には付けられる立場になる。
私は今どんな顔をしているだろう、
少しは先輩らしい表情になっているだろうか。
そう思いながら眺めていると、彼女のぎこちない動作に気付いた。
89: 2012/06/09(土) 22:35:22.61
「あんまり焦らなくてもいいよ、時間あるから」
小さく言うと、彼女の表情が和らいだ。
待っている間、かすかな桜色を見上げ、
淡い色が木を埋め尽くす姿を思い浮かべていた。
「卒業おめでとうございます」
「ありがとう、ご苦労様」
付け終わったあとの表情を見て、私にも笑みがこぼれる。
わかった気がする、
人に優しくするのはこんな顔が見たかったからかもしれない。
それを見て少し嬉しくなる、それだけで十分。
彼女が三年に上がるころ、桜は満開になるだろう。
小さく言うと、彼女の表情が和らいだ。
待っている間、かすかな桜色を見上げ、
淡い色が木を埋め尽くす姿を思い浮かべていた。
「卒業おめでとうございます」
「ありがとう、ご苦労様」
付け終わったあとの表情を見て、私にも笑みがこぼれる。
わかった気がする、
人に優しくするのはこんな顔が見たかったからかもしれない。
それを見て少し嬉しくなる、それだけで十分。
彼女が三年に上がるころ、桜は満開になるだろう。
90: 2012/06/09(土) 22:39:23.63
みんな花を付けられ、講堂へ向かおうとしたころ、
唯ちゃんたちを見つめている女の子に気付いた。
軽音部の唯一の後輩である梓ちゃんだ。
彼女にも思うところがあるのだろう。
風がスカートを巻き上げたが、気にも留めない様子だった。
「風子ー、何してんのー」
なっちゃんが呼んでいる、そろそろ行かないと。
なぜだろう、今日は人のことが気になる。
悪い意味ではなく、きっといい意味で。
梓ちゃんを気にしつつ講堂へと向かった。
唯ちゃんたちを見つめている女の子に気付いた。
軽音部の唯一の後輩である梓ちゃんだ。
彼女にも思うところがあるのだろう。
風がスカートを巻き上げたが、気にも留めない様子だった。
「風子ー、何してんのー」
なっちゃんが呼んでいる、そろそろ行かないと。
なぜだろう、今日は人のことが気になる。
悪い意味ではなく、きっといい意味で。
梓ちゃんを気にしつつ講堂へと向かった。
91: 2012/06/09(土) 22:42:52.91
――――――――――――――――
卒業式自体はつつがなく終わった。
式が終わり、卒業証書を配り終わったあとの教室、
山中先生が名残惜しそうに教壇に立つ。
「みんな、卒業証書に名前の間違いはないわね。
各自確認したら大事にしまって持って帰ってね。
それでは……皆さんの高校生としての生活は以上をもって終了となります」
「えーと……私にとっては初めて受け持った担任クラスでしたが、
みんな元気でこの日を迎えることが出来てよかったです。
卒業してもみんな……。元気でね」
静寂と呼ぶべき空気が教室を包む。
でも、それを打ち破る必要がある。
「じゃあ……解散」
今だ、声を出さないと。
卒業式自体はつつがなく終わった。
式が終わり、卒業証書を配り終わったあとの教室、
山中先生が名残惜しそうに教壇に立つ。
「みんな、卒業証書に名前の間違いはないわね。
各自確認したら大事にしまって持って帰ってね。
それでは……皆さんの高校生としての生活は以上をもって終了となります」
「えーと……私にとっては初めて受け持った担任クラスでしたが、
みんな元気でこの日を迎えることが出来てよかったです。
卒業してもみんな……。元気でね」
静寂と呼ぶべき空気が教室を包む。
でも、それを打ち破る必要がある。
「じゃあ……解散」
今だ、声を出さないと。
92: 2012/06/09(土) 22:44:52.68
「先生! あの……私達から先生に感謝を込めて渡したいものがあります」
そこまで言ったあと、先生の「え……」という声で気が付いた。
「今、持ってるの誰だっけ?」
肝心なことを忘れていた。
なっちゃんに渡してそれから……。
そんな私に唯ちゃんが助け舟を出してくれた。
「はいっ、私、私」
元気な声に救われ、私も精一杯の声で。
「じゃあ、唯ちゃん贈呈お願いします」
先生と馴染み深い彼女に任せるとしよう。
そこまで言ったあと、先生の「え……」という声で気が付いた。
「今、持ってるの誰だっけ?」
肝心なことを忘れていた。
なっちゃんに渡してそれから……。
そんな私に唯ちゃんが助け舟を出してくれた。
「はいっ、私、私」
元気な声に救われ、私も精一杯の声で。
「じゃあ、唯ちゃん贈呈お願いします」
先生と馴染み深い彼女に任せるとしよう。
93: 2012/06/09(土) 22:47:39.67
「ちゃーんちゃーんちゃ、ちゃーんちゃーん」
「それ、優勝旗返還」
すかさず清水さんの訂正が入った。
唯ちゃんが照れくさそうに答える。
「でへへ……」
「山中先生、お世話になりましたっ」
「もしかして式の間、持ってたのは……」
「これですっ」
「ありがとう」
先生はそう言って、色紙をじっと見つめた。
「大切にするね」
「さわちゃーんありがとう」と歓声があがる。
「私……私こそ……。
本当にありがとう。
初めての担任がこのクラスでよかった」
「それ、優勝旗返還」
すかさず清水さんの訂正が入った。
唯ちゃんが照れくさそうに答える。
「でへへ……」
「山中先生、お世話になりましたっ」
「もしかして式の間、持ってたのは……」
「これですっ」
「ありがとう」
先生はそう言って、色紙をじっと見つめた。
「大切にするね」
「さわちゃーんありがとう」と歓声があがる。
「私……私こそ……。
本当にありがとう。
初めての担任がこのクラスでよかった」
94: 2012/06/09(土) 22:50:14.60
私もこのクラスでよかったと心から思っている。
「卒業してもまた、遊びにきてね」
山中先生はそう言ってしばらく間を置き。
「お前らが来るのを待ってるぜー!」とライブにも負けない声を叩きつけた。
なんて大きな声だろう。
教室の外どころじゃない、隣のクラス、さらにその隣まで聞こえるような声。
「よっ、さわちゃん!」
中島さんが声を上げたが、先生に比べればかわいいものだ。
なんにせよ、これで上手く行ったと思える。
みんな笑顔で卒業出来るだろう。
「卒業してもまた、遊びにきてね」
山中先生はそう言ってしばらく間を置き。
「お前らが来るのを待ってるぜー!」とライブにも負けない声を叩きつけた。
なんて大きな声だろう。
教室の外どころじゃない、隣のクラス、さらにその隣まで聞こえるような声。
「よっ、さわちゃん!」
中島さんが声を上げたが、先生に比べればかわいいものだ。
なんにせよ、これで上手く行ったと思える。
みんな笑顔で卒業出来るだろう。
95: 2012/06/09(土) 22:52:40.28
――――――――――――――――
教室の出口には和ちゃんと軽音部の四人が集まっていた。
五人の手には黒い筒が握られている。
卒業証書、それは桜高に居たという証拠だ。
これがあれば、どんな困難にも打ち勝てそうな気がしてくる。
「風子、私たちもう行くね」
和ちゃんが声を掛けてきて、私なりに声を張って答えた。
「うん、みんな元気でね」
唯ちゃんが筒を片手に挨拶をする。
「風子ちゃんまたね」
田井中さんが「なっちゃんも元気でな」と言って、
なっちゃんは「りっちゃんも元気でね」と返した。
手を振ってみんな笑って別れる、次会うときもきっと笑顔で会えるだろう。
いつになるかはわからない、胸を張って会えるように準備をしておこう。
「私たちも帰ろっか?」
そう話し掛けると、
なっちゃんは「ちょっと待ってて」と言い黒板のほうへ近づいて行った。
教室の出口には和ちゃんと軽音部の四人が集まっていた。
五人の手には黒い筒が握られている。
卒業証書、それは桜高に居たという証拠だ。
これがあれば、どんな困難にも打ち勝てそうな気がしてくる。
「風子、私たちもう行くね」
和ちゃんが声を掛けてきて、私なりに声を張って答えた。
「うん、みんな元気でね」
唯ちゃんが筒を片手に挨拶をする。
「風子ちゃんまたね」
田井中さんが「なっちゃんも元気でな」と言って、
なっちゃんは「りっちゃんも元気でね」と返した。
手を振ってみんな笑って別れる、次会うときもきっと笑顔で会えるだろう。
いつになるかはわからない、胸を張って会えるように準備をしておこう。
「私たちも帰ろっか?」
そう話し掛けると、
なっちゃんは「ちょっと待ってて」と言い黒板のほうへ近づいて行った。
96: 2012/06/09(土) 22:53:45.06
「夏香、何してるの?」
すでに黒板には先生へのメッセージであふれている。
『大好き』とか『ありがとー』とか『おつかれ』とか。
『卒業おめでとう』という言葉を囲むように。
なっちゃんがチョークを片手に話し始めた。
「英子さ、高校でやり残したことってある?」
「私は無いわね」
「さすがお母さ……、っと風子は?」
すでに黒板には先生へのメッセージであふれている。
『大好き』とか『ありがとー』とか『おつかれ』とか。
『卒業おめでとう』という言葉を囲むように。
なっちゃんがチョークを片手に話し始めた。
「英子さ、高校でやり残したことってある?」
「私は無いわね」
「さすがお母さ……、っと風子は?」
97: 2012/06/09(土) 22:54:43.24
黒板には彼女の字で『さわちゃん』と書かれている。
「えっと……」
一年のとき、いろいろと絡んでくれる子たちがいた。
それなのに上手く話せなくって、結局心を開けなかった。
やり残したというわけではないが、そのときに心を開いていれば……。
「私は――」
やめておこう、今満足してるんだから。
過去を振り返ってもしょうがない。
月並みな思いだけど事実だった。
「みんなに会えてよかった」
「えっと……」
一年のとき、いろいろと絡んでくれる子たちがいた。
それなのに上手く話せなくって、結局心を開けなかった。
やり残したというわけではないが、そのときに心を開いていれば……。
「私は――」
やめておこう、今満足してるんだから。
過去を振り返ってもしょうがない。
月並みな思いだけど事実だった。
「みんなに会えてよかった」
98: 2012/06/09(土) 22:59:05.40
なっちゃんは黒板に『サイコー』と付け加え、チョークを置いて言う。
「私ね、山中先生をさわちゃん、って呼んでみたかったんだ。
だから黒板に書くの、『さわちゃんサイコー』ってね」
「そういえば寄せ書きには『山中先生』って書いてたよね」
彼女は視線を窓の外に向け、整った横顔を見せた。
「さすがに形に残るから書けなかったよ」
こういうところが彼女らしい。
基本的には真面目という印象だがまれに無邪気な顔を見せる。
私もときどき子供っぽいといわれる。
そして英子ちゃんはお母さんなどと呼ばれる。
「私ね、山中先生をさわちゃん、って呼んでみたかったんだ。
だから黒板に書くの、『さわちゃんサイコー』ってね」
「そういえば寄せ書きには『山中先生』って書いてたよね」
彼女は視線を窓の外に向け、整った横顔を見せた。
「さすがに形に残るから書けなかったよ」
こういうところが彼女らしい。
基本的には真面目という印象だがまれに無邪気な顔を見せる。
私もときどき子供っぽいといわれる。
そして英子ちゃんはお母さんなどと呼ばれる。
99: 2012/06/09(土) 23:01:48.80
「ふふっ」
家族みたいだ、私が妹でなっちゃんがお姉さん、英子ちゃんがお母さん。
「何? 風子、今の笑いは」
なっちゃんが、続いて英子ちゃんが私の顔をのぞき込んだ。
「ううん、何でも」
――今更だけど会えてよかったな、二人に。
家族みたいだ、私が妹でなっちゃんがお姉さん、英子ちゃんがお母さん。
「何? 風子、今の笑いは」
なっちゃんが、続いて英子ちゃんが私の顔をのぞき込んだ。
「ううん、何でも」
――今更だけど会えてよかったな、二人に。
100: 2012/06/09(土) 23:04:29.66
――――――――――――――――
しばらく校舎を見て周り、私たち三人は外へ出た。
青色の絵の具に、気持ち程度橙色を混ぜた空だ。
「見てあれ! 飛行機雲!」
なっちゃんの声で上を向き、長く伸びた雲を見上げる。
そのまま校舎に目線を移動させ音楽室を探した。
あそこには軽音部のみんながいるはずだ、おそらくは和ちゃんと山中先生も。
しばらく校舎を見て周り、私たち三人は外へ出た。
青色の絵の具に、気持ち程度橙色を混ぜた空だ。
「見てあれ! 飛行機雲!」
なっちゃんの声で上を向き、長く伸びた雲を見上げる。
そのまま校舎に目線を移動させ音楽室を探した。
あそこには軽音部のみんながいるはずだ、おそらくは和ちゃんと山中先生も。
101: 2012/06/09(土) 23:06:26.50
彼女たちのことだ、きっと悲しい別れにはしないだろう。
――何だかうらやましいな軽音部って。
「おーい、風子ー」
後ろ髪を引かれるというのはこのことだろうか。
そう思うのは前に進もうとしているからかもしれない。
「風子、もう行くわよ」
髪が揺れるのを感じた。
少し冷たくて冬の空気が残っている風、でも悪くない風だ。
向こうで二人が待っている。
私は校舎に別れを告げ前に向き直った。
「わかった、今行く」
――今日吹いた風でみんなが高く飛べますように。
そう願いながら、ずっと空を見ていた。
――何だかうらやましいな軽音部って。
「おーい、風子ー」
後ろ髪を引かれるというのはこのことだろうか。
そう思うのは前に進もうとしているからかもしれない。
「風子、もう行くわよ」
髪が揺れるのを感じた。
少し冷たくて冬の空気が残っている風、でも悪くない風だ。
向こうで二人が待っている。
私は校舎に別れを告げ前に向き直った。
「わかった、今行く」
――今日吹いた風でみんなが高く飛べますように。
そう願いながら、ずっと空を見ていた。
102: 2012/06/09(土) 23:07:31.99
――――――――――――――――――――――――――――――――
真鍋 和様
初夏の風もさわやかな今日このごろ、いかがお過ごしですか。
この度は同窓会へのお誘いありがとうございます。
葉書にてお伝えいたしました通り、参加させていただきます。
またみんなに会える日を楽しみにしています。
くれぐれも体調を崩されませぬようご自愛下さい。
真鍋 和様
初夏の風もさわやかな今日このごろ、いかがお過ごしですか。
この度は同窓会へのお誘いありがとうございます。
葉書にてお伝えいたしました通り、参加させていただきます。
またみんなに会える日を楽しみにしています。
くれぐれも体調を崩されませぬようご自愛下さい。
103: 2012/06/09(土) 23:09:46.87
堅苦しいのはここまでに致しまして、
そちらの状況はいかがでしょうか?
私はまあまあ上手くやっています。
一般的に大人と呼ばれる年齢は過ぎましたが、
まだまだ自覚の足りない日々です。
そちらはいかがでしょうか?
大人になって面倒も増えました。
でも学生時代とは違った風景が見えることを楽しく思っています。
私の速度は遅く、置いていかれることもしばしばですが、
着実に進んでいるという実感もあります。
そちらの状況はいかがでしょうか?
私はまあまあ上手くやっています。
一般的に大人と呼ばれる年齢は過ぎましたが、
まだまだ自覚の足りない日々です。
そちらはいかがでしょうか?
大人になって面倒も増えました。
でも学生時代とは違った風景が見えることを楽しく思っています。
私の速度は遅く、置いていかれることもしばしばですが、
着実に進んでいるという実感もあります。
104: 2012/06/09(土) 23:12:14.38
駄文はこれまでにして、一つお知らせがあります。
近々、私の本が出版されることになりました。
書く際には私たちの高校時代をモチーフにしました、
もちろん脚色はしてあります。
特別な事件もなく平穏に過ごした日々でしたが、
心動かされる出来事もありました。
書いた動機というのは、
そういうものを知ってもらいたかったのかも知れません。
近々、私の本が出版されることになりました。
書く際には私たちの高校時代をモチーフにしました、
もちろん脚色はしてあります。
特別な事件もなく平穏に過ごした日々でしたが、
心動かされる出来事もありました。
書いた動機というのは、
そういうものを知ってもらいたかったのかも知れません。
105: 2012/06/09(土) 23:15:22.44
貴女に限って大丈夫だとは思いますが、
くれぐれも無理はなさらずにお体に気を付けて下さい。
余談が長くなりました、そろそろ筆を置くとします。
そうそう、本のタイトルを忘れていましたね。
――――風待ち鳥は空を見ていた――――
高橋風子
――――――――――――――――――――――――――――――――
おわり
くれぐれも無理はなさらずにお体に気を付けて下さい。
余談が長くなりました、そろそろ筆を置くとします。
そうそう、本のタイトルを忘れていましたね。
――――風待ち鳥は空を見ていた――――
高橋風子
――――――――――――――――――――――――――――――――
おわり
106: 2012/06/09(土) 23:17:06.72
以上で終わりです。
ありがとうございました。
VIPから来た人へ、お手数おかけしました。
ありがとうございました。
VIPから来た人へ、お手数おかけしました。
107: 2012/06/09(土) 23:17:54.38
乙!久々にいいSS読めたわ
引用元: 風子「風待ち鳥は空を見ていた」
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