131: 2010/12/07(火) 05:01:09
1 全てが始まる
携帯を見たら2020年12月25日22時を過ぎたばかりだった。
碇シンジは駅の階段を降り街の外へ出た。街は緑と赤の色に染められ人々は浮かれてい。5年前の災害のカケラは微塵にも浮かばせない。嬉しさと、喜びと、幸せに包まれている世界。シンジはそんな世界の中で無表情のまま歩いていた。
駅から10分ほど歩きシンジは自分が住んでいるアパートに辿りつく。部屋に入り彼は気付いた。ラベンダーの香り。直ぐに香水の匂いだと分かった。その匂いに心を少し戸惑わせつつ6畳1間の部屋へと急ぐと予想通りに自分の布団に誰かが寝ていた。
布団に近寄りそこで寝ている人を確認する。今回寝ていたのは髪の長い自分と同じくらい年頃の女性だった。
シンジは少しの間を置いて、彼女の体を揺すった。
「もしもーし」
「……んー」
「すいませんが」
「やーだ」
「やだじゃなく起きてくれませんか?」
「いやん」
いやんじゃなくてさ、とシンジはため息をつき部屋の電気をつけて部屋を見回し女性を連れ込んだと思われるその人を探す。
部屋には自分と寝ている女性以外に人影はなく、ちゃぶ台の上の灰皿にはタバコの灰はなかった。カーテンを開け窓の外を確認する。ベランダにもいない。シンジは窓を開けた。冷やりとした風が頬を掠めた。火照った気持ちを覚ますのにちょうど良い風だった。
シンジは冷蔵庫からペットボトルのコーラを取り出すと部屋の片隅に座り、彼女が目覚めるまで待った。布団の女性が自発的に起きたのはコーラを半分ほど減った辺りだった。
132: 2010/12/07(火) 05:02:01 ID:???
「……あれ?」
「起きましたか?」
起き上がった女性は下着は身につけていたもののほぼ裸に近い姿だった。シンジは女性の体から視線を外し会話を続ける。
「僕の家です。加持さんはとっくに帰っているみたいです」
「……あなたは?」
「碇です。えっと、すいません、服着て貰えませんか?夜食くらいご馳走しますから」
「……はーい」
シンジは台所に行くと料理を始めた。女性がシャワーを借りたいと言うので隣にある浴室を教えた。シャワーの音と鼻歌が聞こえた。クリスマスソングだった。
そうだ、今日はクリスマスだった。こうなるくらいならケーキくらい買ってくればよかったとシンジは少し後悔した。
女性がチャイナ風の服を着て部屋に戻るとラーメンが出来ていた。シンジは食べずに座って待っている。
「先に食べていてもよかったのに」と笑いながら彼女はシンジと向かい合わせになるように座った。シンジは無言で手を合わせるとラーメンを食べ始めた。彼女もシンジと同じように手を合わせ「いただきます」と挨拶しラーメンを食べる。
「美味しい!」
「そうですか?」
「うん!」
そこら辺の店のラーメンより美味しいわ、そう彼女は絶賛し1滴残さず平らげた。少ししてシンジも間食し箸を置いた。
2人の間に沈黙が流れた。こういう沈黙が苦手なシンジは何の会話でやり過ごそうが悩んだ。
いつもなら向こうの女性から話題を振ってくる。それに答えるか頷くかすればよかった。しかし目の前の彼女はシンジの言葉を待っているように見えた。
こういう時は愛想良く笑って黙ってるに限る、我慢比べ。我慢すればそのうち相手から声が出る。その声に合わせればいい。女性の言葉に同意し、優しくし、慰めれば部屋を去っていくのだから。シンジは作り笑顔で相手を見つめ、彼女からの言葉をただ待った。
133: 2010/12/07(火) 05:04:10 ID:???
「……えっと、碇君」
「はい」
「慣れてるわよね」
「慣れ?」
「いや、普通知らない人が自分の布団に寝てたら慌てふためかない?」
「……まぁ、慣れてるっていうかなんというか」
「……もしかして加持さんって、しょっちゅうこんな事してるの?」
シンジと加持は大学の写真サークルの飲み会で知り合った。加持はシンジより5つ年上で現役のカメラマン、後輩に写真の指導するという理由でよくサークル主催の飲み会にOBとして参加している。
その席でシンジと加持はウマが合い頻繁に連絡を取り合っている。それは先輩と後輩、というよりまるで兄と弟のような関係だった。
気さくでクールでカッコいい、頼れると皆が口を揃えて言う加持には1つの欠点がある。女性関係にだらしないということである。
雑誌の撮影などの仕事が関係しているとはいえシンジが知る限り両手では数え切れないくらいの女性と関係を持っている。加持は付き合っている女性と距離を置きたくなるとシンジの部屋に女性を連れ込み、営み、シンジが帰ってくるとすれ違うように女性を置いて帰る。
帰る前にシンジは問う。「運命の人ですか?」と。加持は答えはいつも同じだった。「いや、違うな」
加持が自分の部屋に女性を連れ込んでくるのは1ヶ月に1回くらいのペース。それはしょっちゅうの枠に入るのか考え「……ご想像にお任せします」とだけ答えた。女性は呆れた顔をして「そうですか」と一言呟いた。
シンジは立ち上がると台所に用意していたリンゴのデザートを持ってきた。4等分に切られたリンゴが2つずつ皿に盛り付けられていて、各皿の21はうさぎリンゴの細工が施してあった。
「ケーキじゃなくてすいません」
「そんなことない。本当優しいね、碇君って」
「そんなことないですよ」
134: 2010/12/07(火) 05:05:14 ID:???
シンジの優しさは哀の情からのものだった。目の前の彼女は加持の運命の人か否か、答えはまだ聞いていない。哀はまだ抱いていない。それでも何故か目の前の彼女に優しくならざる得なかった。
「惚れちゃいそうだわ」
彼女のその言葉でシンジは顔を一気に赤くし、慌てふためいた。
「!!?!?」
「あ、やっと顔が崩れた」
「崩れたって、その、あの、それ冗談?」
「半分は冗談」
「半分って……」
彼女はうさぎリンゴを1口食べた。シャリっとした歯ごたえ、冷えていて甘くてとても美味しかった。彼女はシンジの顔をマジマジと見る。今のシンジの顔はリンゴの皮より赤かった。
「ミサト」
「はい?」
「葛城ミサト、私の名前」
「……か、葛城さん」
「ミサトでいいわよ。碇君の下の名前は?」
「……シンジです、碇シンジ」
「よろしくね、シンジ君」
今まで加持の手によってこの部屋を訪れた女性はシンジに興味を持つことはなかった。加持とシンジの関係に興味持つことはあってもシンジという個体に興味を持つ人はいない。でも、ミサトは違う、確実に碇シンジに興味を持っている。
僕は彼女に興味もたれている、シンジはそう思った。
140: 2010/12/11(土) 15:24:17 ID:???
2 何かの為に
あの日は葛城ミサトと何気ない会話を数十分交わし、駅まで送った。友人という関係以上の事はなかった。
会話の中身は他愛無いものばかりで今では全てを思い出すことができない。ただ、どうでもいい会話の合間に挟まれた自分の事の質問はされていた。
誕生日と血液型、家族構成。家族は五年前の災害で失ったと言ったら悲しそうな顔をしていた。そんな顔をさせたくて言ったわけじゃないのに。あの悲しそうな顔がシンジの心にいつまでも残る。
あれから三日経つ。今頃ミサトは加持の隣で笑っているか、または怒っているか。願わくば前者であってほしいとシンジは思った。
「はい、今日はここまで」
「シンジ先生、ありがとうございます」
「だから先生じゃなくていいよ」
「ダメです。お兄ちゃんに怒られますから」
鈴原ナツミは中学の教科書をしまい、机の上を綺麗にした。彼女の部屋は来るたびにきちんと整理整頓されており几帳面な性格を表しているようだった。
シンジは家庭教師のアルバイトをしている。他にもコンビニのバイトも掛け持ちしている。
シンジには両親はいない。母は十五年前に、父は五年前の災害で行方不明。他に身内が居なかったので災害孤児として国から援助され生きてきた。
将来の夢は未だ決まってない。それを見つける為に大学に、奨学金制度を利用して通っている。
学費は援助と奨学金でどうにかなったが生活費までお金が回らず。なので家庭教師とコンビニのバイト、長期休みになると期間限定のイベントのバイトなどを数こなし生活費を稼いでいる。
「次は年明けだからね。宿題は出さないけど、学校の宿題はきちんとね」
「はーい」
あの日は葛城ミサトと何気ない会話を数十分交わし、駅まで送った。友人という関係以上の事はなかった。
会話の中身は他愛無いものばかりで今では全てを思い出すことができない。ただ、どうでもいい会話の合間に挟まれた自分の事の質問はされていた。
誕生日と血液型、家族構成。家族は五年前の災害で失ったと言ったら悲しそうな顔をしていた。そんな顔をさせたくて言ったわけじゃないのに。あの悲しそうな顔がシンジの心にいつまでも残る。
あれから三日経つ。今頃ミサトは加持の隣で笑っているか、または怒っているか。願わくば前者であってほしいとシンジは思った。
「はい、今日はここまで」
「シンジ先生、ありがとうございます」
「だから先生じゃなくていいよ」
「ダメです。お兄ちゃんに怒られますから」
鈴原ナツミは中学の教科書をしまい、机の上を綺麗にした。彼女の部屋は来るたびにきちんと整理整頓されており几帳面な性格を表しているようだった。
シンジは家庭教師のアルバイトをしている。他にもコンビニのバイトも掛け持ちしている。
シンジには両親はいない。母は十五年前に、父は五年前の災害で行方不明。他に身内が居なかったので災害孤児として国から援助され生きてきた。
将来の夢は未だ決まってない。それを見つける為に大学に、奨学金制度を利用して通っている。
学費は援助と奨学金でどうにかなったが生活費までお金が回らず。なので家庭教師とコンビニのバイト、長期休みになると期間限定のイベントのバイトなどを数こなし生活費を稼いでいる。
「次は年明けだからね。宿題は出さないけど、学校の宿題はきちんとね」
「はーい」
141: 2010/12/11(土) 15:25:09 ID:???
シンジは「じゃ、良いお年を」と言い残しナツミの部屋を出た。階段へと歩くとナツミの兄であるトウジがいた。どうやらシンジを待ち伏せしていたようだった。
「せんせ」
「トウジ」
「いつもありがとさん。大変やろ?」
「そんなことないよ、ナツミちゃんはとても覚えが良くて教えがいあるよ」
「そうか?まぁ、わいより頭はいいはずやからな」
トウジは満面の笑顔で妹の自慢をした。
「せんせ、せっかくやからご飯食べてかへんか?」
「おかんがおかず作りすぎてな」と言葉を続けるトウジ。いつもトウジの家族は晩御飯に誘ってくれる。
いつもは言葉に甘えてご馳走になるのだが「今日は用事があるんだ。ごめん」とシンジはやんわりと断った。トウジは意外そうな顔をして、それから「そうか、すまんな」と少し残念そうに謝った。
シンジが鈴原家を出るとぴりっとした冷たい風が肌にあたった。この世界に冬が訪れ五年になるが、この寒さには未だに慣れない。夏が少し恋しい。シンジはカバンからマフラーを取り出すと首に巻き歩き出した。
鈴原家から三十分、第三東京大学から五分ほどの場所にあるBebopという喫茶店。そこにシンジは辿りついた。中に入り店内を見渡すと店の奥で手を振っている女性がいた。シンジはその女性が座る席へと向かう。席には女性の他に男性が一人、向かい合うように座っていた。
「加持さん、リツコさん」
「久しぶりね」
「いやあ、シンジ君」
赤木リツコは隣の席に置いていた荷物を自分の膝元へ移動させた。シンジは「ありがとうございます」と言いその席に座った。シンジはマフラーを外しながらリツコに謝る。
「すいません、呼び出して」
「そんなことないわ。言ったでしょ?いつでも力になるって」
「二人揃って俺を虐めるんだな」
「当たり前よ。そろそろ大人になりなさい」
シンジはやってきた店員にコーヒーを頼むと、加持と向き合う。
142: 2010/12/11(土) 15:26:17 ID:???
「もう毎回毎回、止めてください。女の人連れ込んで置いて帰るの」
「すまんな」
「……いつも、別れるつもりで置いてくんですよね」
「…………」
加持からの返事はなかった。きっと図星なのだろう。シンジは呆れのため息をついた。
「僕の部屋を別れのワンクッションするのは止めてください」
「ま、そんなに怒るなって」
「この前の人もそのつもりじゃないですよね?」
「この前?」
「ミサトさんですよ」
「……あぁ、彼女ね。そんな事はないよ」
加持の言葉にシンジは握っていた拳を更に強く握った。歯をギリッと噛み自分に芽生える不要な感情を押し頃す。
「……これ以上同じ事するなら大家さんに言って鍵変えてもらいますから」
「わかった、わかった。もうしない」
「約束ですよ」
「あぁ」
リツコは二人の会話を黙って聞いていた。
リツコと加持は仕事を通じての友人である。年はリツコの方が十も上だが不思議と気が合っている。まるで昔から何でも知っている友人のように。その加持を通してシンジとも知り合いになった。
リツコがこの場に呼ばれたのは加持のちょっとした事に困っている、助けて欲しいとシンジにお願いされたからだ。話を聞けば女性関係の解決に無関係のシンジを利用している加持の方が悪い。
気弱で優しくて控えめな主張、シンジの性格をそう分析しているリツコは訴えの半分も言えないだろうと思う彼を助ける為にこの話を了承した。
リツコの職は弁護士だ。だからといって今日の話し合いは法律で解決するわけではない。友人同士のささいなトラブルは話し合いで解決できればそれに越した事はない。
口が上手い加持がシンジの主張を言いくるめて逃げようとしたら、それを止める役。そう自分の立ち位置を弁えてこの席に座った。
が、予想外な事にほとんどシンジのリードで加持逃げる余裕なく話が進み終結を迎えた。自分の出番は全くなかった。
運ばれてきたコーヒーを飲み終えたシンジは加持にもう一度釘を刺し、リツコに何度も謝罪すると「次のバイトがあるので」と帰っていった。
143: 2010/12/11(土) 15:27:40 ID:???
「初めて見たわ、彼が怒っているところ」
「タイミングが悪いというかなんと言うか」
「てか、リョウちゃんが悪いのよ。いつまでもシンジ君に甘えるから」
「そっか?俺は弟分に彼女を作ってあげようと……」
「はいはい、言い訳はいいから」
「でも、それもいらないようだな」
加持はコーヒーを一気に飲みきると立ち上がった。
「じゃ、俺もこれで失礼するよ」
「あら、デート?」
「いや、仕事」
この場の会計を済ませようとレシートを探したが見当たらなかった。どうやら先に帰ったシンジが支払ったようだった。
全く、今日はシンジ君にやられっぱなしだ。そう加持は思った。
「そうだ、リッちゃん。今度の日曜日暇かな?」
「なんで?」
「近くの水族館にデートしないか?頭の良いイワトビペンギンがいるって有名なんだよ」
リツコは「そうね、考えとくわ」と笑って答えた。
シンジがミサトと再会したのはその次の日の事だった。授業を終え、帰宅しようと正門へ向かっていた時、門に寄りかかるようにミサトは誰かを待っていた。
シンジは暫し呆然と彼女を見ていた。ミサトはそのシンジを見つけると一目憚ることなく大声で名前を呼んだ。その大声で周囲はミサト、そしてシンジに注目する。
144: 2010/12/11(土) 15:28:53 ID:???
何年ぶりだろうか、自分が注目されるなんて。シンジは胸から湧き上がる恥ずかしい気持ちを抑え急いでミサトの側へと近寄った。
「よかったー。待ってたんだよ」
「待ってたって?」
「一緒に帰りましょ」
「か、帰るって」
「アパートに」
「……えっと、ミサトさんを送ればいいんですか?」
「今日は、ちゃんと着替え持ってきたから大丈夫よ」
「はい?」
「洗面用具の他にお茶碗と箸も持ってきたし」
「……なんで?」
「お世話になりまーす♪」
「お世話って…えぇぇぇ?!!」
「今日はハンバーグがいいなぁ」
「ちょっー…」
シンジは直ぐに断ろうとした。だけどその言葉の前にミサトが首を傾け切ない目でシンジに訴える。
「ダメ?」
「……あの、質問していいですか」
「何かしら?」
「僕に襲われるとかそういう心配はしなくていいんですか?」
「そういう風にシンジ君が私の身を心配してるから私はしなくていいと思う」
「……それは僕がミサトさんを襲わないって信用してるって事?」
「そうよ。後ね、襲い狼になるとしたら基本私の方だと思うの」
「……自分の家に帰っ」
「ほらほら行くよー、れっつごー!」
シンジの言葉を遮り、彼の手を掴み前に進むミサト。引っ張られるがまま着いて行くシンジ。ミサトの足取りはまっすぐシンジのアパートへと向かっている。
ミサトの背中を見ながらシンジは「全く敵わないな、この人には」と思った。
150: 2010/12/16(木) 00:25:19 ID:???
3話 何を見ているの?
惣流・アスカ・ラングレーが帰国したのは年が明けて10日以上経っていた。
久々の日本はうっすらと雪が積もっていた。息が白い。その白さを見て数時間前までいたドイツを思い出した。ドイツの寒さに比べれば日本の寒さは春のような暖かさだわ、彼女はそう感じた。
空港前のタクシー乗り場でアスカはタクシーを拾う。アスカはとある地名で行き場所を伝える。近くに着いたら詳しい場所をナビするから車を走らせて欲しいと言うと運転手は了解し車を出した。
タクシーが辿りついたのは駅から比較的近いアパートだった。アスカは料金を支払うとアパートの階段を登る。
端から3つめのドアのインターホンを押した。ブザーが鳴り、部屋の中から「はーい」と声が聞こえた。しばらくすると部屋から一人の青年が出てきた。黒いTシャツにジャージズボン。頭にタオルをかけ、濡れた髪をふき取っている。どうやら入浴中だったらしい。
「どちら、って」
「ハロー、シンジ」
「アスカ!帰ってきてたの!」
「えぇ、さっきね。はい、これお土産」
アスカは少し大きめのカバンから紙袋を取り出した。シンジは受け取ると中身を確認する。入っていたのは色々な種類のソーセージだった。
アスカのお土産は置物や本やら様々だがシンジが一番気にいっていたのは食べ物だった。金欠の時はとても助かっている。シンジはお土産を受け取るとお礼を言った。
「学校でよかったのに、わざわざありがとう」
「元気にしてた?」
「うん、アスカも元気そうで」
「もっちろんよ。ね、お邪魔していい?」
151: 2010/12/16(木) 00:27:52 ID:???
アスカの何気ない言葉で今まで喜んでいたシンジが急に戸惑いだした。アスカが部屋に上がりお茶を飲むのは今日限っての事ではない。試験が近づけば友人達とほぼ強引的に泊まりながら勉強をする。大抵成績優秀なアスカがそのシンジの友人達に教師する形でだ。
その他にも学校行事で帰りが遅くなったりした時にご飯をご馳走したりと2人っきりでくつろぐこともある。
別に珍しい事ではない。が、今日はタイミングと言うか間が悪い。シンジは何とかこの場を退けようとやんわりと交渉してみる。
「……いや、ちょっと今日は都合悪いかなー」
「何よ、せっかく来たんだからお茶くらい出しなさいよ」
「いや、寝起きだし」
「全然構わないわ」
「部屋散らかってるし」
「気にしないから」
「ペットいるし」
「え?どんなペットよ!」
見てみたい、アスカの意外な食いつきに断り方を間違えたとシンジは思った。ヤバイ、どうしようと冷や汗をかきながら言い訳をぐるぐると考えていると部屋の奥から「シンジくぅーん、どこー」とまぬけた声が聞こえた。
アスカの耳にも届いたらしく、彼女は一瞬で険しい顔を作る。
「……日本語喋るペットなのね」
アスカがシンジから視線を外し部屋の奥を見ると一人の女性が歩いてくるところだった。日の丸柄のタンクトップにハーフパンツの季節感ない格好。寝起きらしく髪はぼさぼさ。その姿を見てアスカは何ともいえない感情が胸の中で渦巻いた。
「あ、いたぁ」
「ミサトさん、自分の服着てくださいよ」
シンジの背後に立ったミサト。ミサトの姿を見たシンジは慣れた口調で小言を出す。それをさらりと交わしミサトは目の前のお客、アスカと視線を合わせた。
152: 2010/12/16(木) 00:29:48 ID:???
「あら、お客さん?」
「始めまして」
「始めまして、葛城ミサトです」
「惣流です」
「よろしくね」
「いや、挨拶じゃなく服着てください。そんな寒い格好で」
「だってシンジ君が私の服着てるし」
「お客さんが着たから借りただけです!」
「借りただけ、ね」とアスカは鼻で笑った。それは呆れが混ざった笑い方だった。ミサトはアスカに声をかける。
「惣流さん、お茶飲んでく?」
「えぇ」
アスカを六畳間の部屋に通すとミサトは2つの布団をたたんだ。部屋の片隅に布団を置き、小さいテーブルと座布団を2つを出す。そのテーブルを間に挟むように2人は座った。
シンジは台所でお茶の準備をしながら2人をちらちらと見た。二人の会話はなく、空気はピリピリしている。まるで昔を思い出すかのような緊迫した雰囲気。
鍋のお湯が沸いたので火を止め計っておいた茶葉を投入、すぐに蓋をした。砂時計をひっくり返し3分待つ。砂が半分落ちた時、8畳間の部屋から声が聞こえた。
「シンジとはいつから付き合ってるんですか?」
「友達よ。出逢ったのは半月前かしら?」
「そうなんですか」
「惣流さんはシンジ君の幼馴染?」
「そんなとこです」
砂が全て落ちた。シンジは茶漉しを通してカップに3人分の紅茶を注ぎ分ける。確かクッキーがあったはずだと棚を見たら何もなかった。無いと言うことはきっとミサトが食べたのだろう。シンジは紅茶のカップが乗ったお盆を持つと部屋に入った。
「……粗茶ですが」
「ありがと」
「ありがと♪」
153: 2010/12/16(木) 00:32:09 ID:???
紅茶を飲んだアスカから「美味しい」と声が出た。紅茶の味に関してはアスカはうるさい。この気まずい空気の中で良の判定をもらえた事にシンジはほっとする。
ミサトの方は美味しいともまずいとも言わず飲んでいる。ミサトに関しては紅茶より珈琲、珈琲よりビールなのであまり気にしない。
シンジも紅茶を一口飲む。少し口寂しく感じた。やっぱりお茶請けが必要だと思う。そして2人に挟まれた自分は何とも居心地悪い。出来ればこの場から一時退散したいと願う。
「お菓子切れてたからちょっとそこのコンビニに行ってきてもいいかな?」
「いらないわ」
「……えっと、そういえば大家さんに呼ばれてたんだ」
「後でいいんじゃない?」
「郵便……」
「いいからそこに座ってなさい、バカシンジ」
「……はい」
シンジの言葉にミサトとアスカが交互に答え、最終的に命じられた。シンジがこの部屋からの脱出する術は潰えた。2人は仲が良いというわけではないのになんだろう、このコンビネーションは、とシンジは思った。
紅茶を飲み終えたアスカに「お代わりは?」と聞くと「いらない」と返ってきた。アスカは大きな息を吐くと急に笑顔になり、ミサトにいくつかの質問してきた。
「葛城さんはおいくつなんですか?」
「身長かしら?それとも靴のサイズ?」
「年齢です」
「先月19歳になったばかりよ」
アスカは「奇遇ですね、私も先月19歳になったばかりなんですよ」と笑った。そのアスカを見てシンジは冷や冷やしていた。アスカは笑っている、けど心から笑ってはいない。
言うならばスマイル0円の営業表情。アスカの真意が読めないシンジは今までの経験上、下手に言葉を挟むと後で報復されると分かっているので黙って話を聞く事にした。
「大学はどこですか?」
「シンジ君と同じ第三東京大学よ、学部は違うけど」
「私も留学生で通ってるんです。同じですね。でも葛城さんのような綺麗な方は見かけた事ないんです。何学部なんですか?」
「法学部よ」
「そうなんですかっ!」
思わずシンジが声を上げた。その声に笑顔だったアスカがギリッと睨む。右手で口を塞いでも後の祭り。シンジは肩をすくめて視線を下ろした。
ミサトの方は美味しいともまずいとも言わず飲んでいる。ミサトに関しては紅茶より珈琲、珈琲よりビールなのであまり気にしない。
シンジも紅茶を一口飲む。少し口寂しく感じた。やっぱりお茶請けが必要だと思う。そして2人に挟まれた自分は何とも居心地悪い。出来ればこの場から一時退散したいと願う。
「お菓子切れてたからちょっとそこのコンビニに行ってきてもいいかな?」
「いらないわ」
「……えっと、そういえば大家さんに呼ばれてたんだ」
「後でいいんじゃない?」
「郵便……」
「いいからそこに座ってなさい、バカシンジ」
「……はい」
シンジの言葉にミサトとアスカが交互に答え、最終的に命じられた。シンジがこの部屋からの脱出する術は潰えた。2人は仲が良いというわけではないのになんだろう、このコンビネーションは、とシンジは思った。
紅茶を飲み終えたアスカに「お代わりは?」と聞くと「いらない」と返ってきた。アスカは大きな息を吐くと急に笑顔になり、ミサトにいくつかの質問してきた。
「葛城さんはおいくつなんですか?」
「身長かしら?それとも靴のサイズ?」
「年齢です」
「先月19歳になったばかりよ」
アスカは「奇遇ですね、私も先月19歳になったばかりなんですよ」と笑った。そのアスカを見てシンジは冷や冷やしていた。アスカは笑っている、けど心から笑ってはいない。
言うならばスマイル0円の営業表情。アスカの真意が読めないシンジは今までの経験上、下手に言葉を挟むと後で報復されると分かっているので黙って話を聞く事にした。
「大学はどこですか?」
「シンジ君と同じ第三東京大学よ、学部は違うけど」
「私も留学生で通ってるんです。同じですね。でも葛城さんのような綺麗な方は見かけた事ないんです。何学部なんですか?」
「法学部よ」
「そうなんですかっ!」
思わずシンジが声を上げた。その声に笑顔だったアスカがギリッと睨む。右手で口を塞いでも後の祭り。シンジは肩をすくめて視線を下ろした。
154: 2010/12/16(木) 00:34:33 ID:???
「じゃ、将来は弁護士の道ですか?」
「法学部は義両親の希望で進んだだけで、私のやりたい事は違うの」
ミサトは紅茶を飲み干し「恩を仇で返す形になるんだけどね」と言いながら言葉を続けた。
「私ね、ジャーナリストになりたいの」
「……ジャーナリスト、ですか」
「数年前に起きた災害について調べたいの」
「……それだけの為にエリート街道捨てるのですか?」
「普通はそう思うわよね。でも、私は『それだけ』じゃないの」
シンジは顔を上げミサトを見た。アスカもミサトの言葉を待つように彼女を見る。そんな2人を眺めるように見たミサトは優しく微笑んで自分の思いを言葉にした。
「私は五年前の災害に何か大切なことを置いてきたような気がする、そう思ってるの」
155: 2010/12/16(木) 00:35:58 ID:???
アスカがシンジのアパートを出たのはそれからすぐの事だった。駅からタクシーを拾う、まっすぐ大学の寮へは帰らず外で食事を取るつもりで歩いていた。歩きながら携帯を取り出し、過去の受信履歴から相手を探しメールを打つ。文字を打ち終え送信し、空を見ると曇っていた。
もしかしたら雪が降るかもしれない、と彼女は思った。
「惣流さん」
名を呼ばれ後ろを振り向くと先程まで一緒にいたミサトがいた。部屋の中での格好とは違い赤いコートにジーパンで防寒している。息を切らしているところをみると走ってきたようだ。
アスカは無の表情でミサトを見る。ミサトは「私も帰るの。一緒に駅まで行きましょ?」とアスカの隣に並んだ。その距離がアスカにとって懐かしいものだったがその感情に浸ることが苦手であった為、意識して距離を作った。
ミサトは歩きながらもう一度「惣流さん」と名前を呼ぶ。アスカは数秒の間を置き「何かしら?」と返事をした。
「私、シンジ君とは何にもないから」
「そう」
「今はね」
「…………あんたってムカつくわね」
「ありがと」
「何がありがとうよ」と疑問をぶつけたらミサトは「ようやく本音が出たことかしら」と笑って言った。
156: 2010/12/16(木) 00:38:18 ID:???
相田ケンスケが都内の24時間営業のファミレスに来たのは夜の8時を回った頃だった。肩や頭に積もった雪を落とし中に入ると夕方に連絡があった友人を探す。赤い髪に背が高い女性、と彼女の特徴を思い浮かべ店内を見回すと直ぐに見つかった。
席に行くとテーブル一杯に食事が並んでいてびっくりした。食べ終わった皿と食いかけの皿を合わせても10枚は超えている。恐る恐るレシートを見ると一人分とは思えない金額が書かれていた。
「遅かったわね」
「急に呼び出すなよ」
ケンスケは席に着き、店員を呼ぶとメロンソーダを頼んだ。アスカは食べる手を止めない。ケンスケが「太りたいのか?」と聞いたらアスカは「こんなんで太るわけないでしょ?」と言った。
あのな、と言い返そうと思ったが女性に体重の事をこれ以上追求したら失礼にあたると思い直しケンスケは言葉を引っ込めた。
メロンソーダがテーブルにやって来た時、ケンスケはストレートに今日呼び出した理由とアスカのヤケ食いの理由を聞いた。
「バカシンジにね、女ができたのよ」
ケンスケは目を丸くした。そして『あぁ、だからか』とアスカの行動を直に理解した。
「私が何年かかっても見れなかった顔をミサトはたった半月で可能にしたのよ……」
ミサトと言う名に心当たりはない。きっとそのシンジの女だろうとケンスケは察した。シンジが何処で彼女を捕まえたのだろうかと興味が湧いたが、今自分がする事はそれではない。
今自分がすべき事はアスカの愚痴を聞き慰め、元気付ける。それが自分のやるべき事だし、呼ばれた理由だ。
「だから諦めるのか?付き合い長いのはアスカの方だろ?」
「だって、あんな作ってない顔見せられたら、諦めるしかないでしょ!」
叫ぶように言い切るとアスカは水を飲み干した。ケンスケは周りの目を気にした。何人かの客はケンスケ達を見ていたがケンスケの視線に気づくと直に視線を逸らした。きっと周りの目は修羅場を迎えてるカップルに見えるんだろうなと思った。
「シンジの幸せを願ってアスカは身をひくのか……良い女だな」
「どこがよ」
157: 2010/12/16(木) 00:41:33 ID:???
アスカは空になった皿を片付けながら五年前のあの日を思い出していた。
人々が言う災害はサードインパクト。赤い海から帰還したアスカは「気持ち悪い」の言葉と共に記憶を失った。次に意識を取り戻した時は廃墟に近い病院のベットの上だった。
側にはシンジと白衣の先生ががいた。目が覚めた私の姿を見て「よかった」と笑って呟いた。シンジは笑っていた。でもそれは人形のような精巧に作られた笑顔に見えた。
ヒトとして生きたいと願った者達は還ってきた。微妙なズレと都合が良い記憶操作を施して。
微妙なズレは還ってきた人の願望を叶えた結果、都合の良い記憶操作は誰の願望かは分からない。でも、アスカの願望ではない事は確かだ。
人々の記憶から使徒とエヴァとネルフ、アスカの今までの生きる価値だったものは全て消えた。
彼女は狂った。狂って狂って狂いまくった。周りを罵倒し、側にいるシンジを傷つけ、自分自身をも傷つけた。
医者は彼女は助からないと思い、匙を投げかけた。
シンジはアスカをどうにかしたいと思ったけどどうする事もできなかった。アスカの絶望と悲劇が混じった攻撃から逃げる事もせず、しかし助ける事もせず、その身に傷を増やし続けていた。
そんなアスカを救ったのは、母の存在だった。
158: 2010/12/16(木) 00:42:40 ID:???
エヴァに取り込まれていた母の魂は人として生きる事を願い還ってきていたのだ。母と再会したアスカは回復し、奇跡の復活を果たす。
2年後、アスカは母と共にドイツへ帰る事になった。見送りにはシンジが来た。シンジの表情は病院で見た時から変わっていない人形のような顔だった。
「よかったね、アスカ」
アスカは無意識にシンジに蹴りを入れていた。そんな気持ちの入っていない言葉なんて要らない。そもそも何?よかったって。意味が分からなかった。
アスカがシンジの言葉の意味を知ったのはそれから一年後。再び日本にやってきた時だった。一部を除いて、多くの人々は既に帰ってきて日本は経済復興を果たしていた。
子供の側に親が一緒に居る事が当たり前で、使徒の恐怖に怯える事のない平和な世界。
だが、シンジの側には父も母もいなかった。彼は一人で変わり行く世の中を生きていた。何を話しかけても、何を施してもシンジからは義務的で模範的な行動しか返ってこない。
一人で生きる為に彼が選んだ道は、自分を表現せず世の中の流れに身を任せる、他人から見たらつまらない生き方だった。
アスカはそこで初めて知った、あの時のシンジの言葉の意味を。本当に救われなければならなかったのは、彼の方だと。そして手遅れだと気付いた。
自分ではシンジを救うことが出来ない、何故ならアスカは既にシンジよりも母を選び、彼を見捨てていたのだから。
159: 2010/12/16(木) 00:44:07 ID:???
「結局、私は自分を犠牲にしてまで相手を救おうとする人には勝てないのよ」
「どういう意味?それ」
「アンタには関係ないわ」
アスカは呼び鈴を鳴らしてやってきた店員に食後の珈琲を頼んだ。ケンスケが「ついでに」と一緒にサンドイッチを頼んだ。
「俺、今日何も食べてないんだ」
「何してたのよ?」
「先輩の付き添い。俺、カメラマンになりたくてさ。頼み込んで助手もどきしてんの。無収入覚悟で働いてるから食事代も考えモンだよ」
「そうなんだ」
「アスカは将来何になる気?」
「私は研究者よ。生体科学のね。本格的に研究者になるならドイツや日本よりアメリカの方が進歩してるって分かってたんだけどね……」
「けど?」
「なんだかんだで日本に未練あったのよ。良い事も悪い事も含めて色々あった場所だから」
頼んだ珈琲とサンドイッチがやってきた。ケンスケはすぐにサンドイッチを食した。アスカは砂糖とミルクを入れてゆっくりとかき混ぜる。
「でも、もう終わり。これからは自分の為に生きるわ。それでいいと思う」
ケンスケは2つ目のサンドイッチを口に運ぶ。腹ペコだったので食のスピードは早い。自分の食べる早さもだが、女の回復も早い。自分なら長年思っていた相手に間接的でも振られてしまったら3日以上は寝込むと思う。女って、いやアスカは強いなぁと心で思った。
結局のところこの場に自分は必要なかったんじゃないか?と考えたが、彼女の内なる思いを聞く人がいたから気持ちの整理がついたのであって、その場所に自分が選ばれた。と思ったら少し笑った。
162: 2010/12/21(火) 09:42:03 ID:???
4話 パンドラの箱
次の日、シンジの携帯にケンスケからのメールが来た。
件名は『昨日、アスカと飯食べた』でアスカと話した他愛ない内容が書かれており最後は『いつになるかわかんないけど次は3人で食べようぜ』と締めくくられていた。シンジはバイトの休憩中に『そうだね』と返信した。メールの返事は直に来た。
『シンジ、ちょっと変わったな』
『変わった?僕が?』
『あぁ。前までのお前は誰の意見にも模範的な回答で対応してた。でも他人との距離は必ず一歩作ってたな。
前なら口約束だけになりそうな事は断ってた。他人を傷つけるのが怖いって逃げてた奴なのに今のお前は他人と向き合おうとしてる。だからやっぱ変わったよ、お前。きっと「ミサト」さんのおかげだな』
3件目のケンスケのメールを見てシンジは自分の些細な変化を指摘され、ミサトの存在を知られた事に恥ずかしくなった。何て返事をすれば良いか悩んでいた時に電話の着信が来た。相手はアスカだった。
着信は直に切れた。シンジは休憩室を抜け出し外に出るとアスカへかけ直した。コール音が一つ鳴ると直に繋がった。
「アスカ?」
『シンジ、ミサトは思い出そうとしてるんじゃない?』
前置きも何も無い要点だけついた一直線の言葉にシンジは「そうかもしれない」と答えた。
昨日の3人での会話で最後にミサトが口にした言葉
『私は五年前の災害に何か大切なことを置いてきたような気がする、そう思ってるの』
過去の葛城ミサトは自分達の上司で、サードインパクトの原因となる組織に関わっていた。引き起こしたのは彼女ではない。だが、エヴァという駒を動かし使徒を殲滅していた人物の一人である。
163: 2010/12/21(火) 09:43:07 ID:???
「そうだとしたら、どうすればいい?」
『別れなさい』
「……そうなるよね」
『思い出させたくないなら離れて、触れない』
アスカがミサトの事を「葛城さん」と言っていたのは彼女なりに距離を置こうとしての事だった。
「あんたと関わってるから過去を思い出そうとしてるのよ、ミサトは」
「…………」
「過去を背負うのは私達だけでいいのよ」
「そうだって分かってる」
還ってきた人は使徒の存在を忘れていた。エヴァの存在を忘れてしまった。自分達だけが知る過去の出来事。
トウジやナツミのように損傷をなかったことにした者もいれば加持のように楽しかった過去の自分に戻り新しい人生を歩む者もいる。
様々な結末で生きる人々に共通する事はエヴァが関わる過去は「なかった」事。
絶望と悲劇だった過去はパンドラの箱に似ている。あの過去がこの世に開け放たれれば忘れていた後悔と苦痛が人々に蘇り新たな悲劇を呼ぶかもしれない。
「でも、大丈夫だと思うんだ」
164: 2010/12/21(火) 09:44:14 ID:???
昔、パンドラが開け放った箱から様々な想いが広がった。その中で最後まで広がらず、人間の手の元に残っていたのは希望。
「ミサトさんが事実を知っても大丈夫」
「それは確信?」
「分からない。でも、僕はそう信じてる」
葛城ミサトがその箱を開け放てば何が手元に残るのだろうか。
シンジは思う、手に残るのは『奇跡』
彼女は奇跡を自分の手で起こした事がある。捨て身の努力で奇跡を生んで、奇跡に価値を作った。それはシンジが一番近い距離で見てきたから分かっている。
「勝手にしなさい」
アスカはそう言うと電話を切った。ツーツーと通話を終えた音だけが聞こえた。3分24秒の会話。
シンジは黙って空を見上げた。空の向こう、宇宙の彼方にいるエヴァ初号機、生きた証を残す為に無限に生きる事を選んだ母に向かって何かを呟いた。
167: 2010/12/26(日) 21:44:39 ID:???
5話 明日も、未来も
碇シンジは純粋な青年、だと葛城ミサトは思っていた。
彼と知り合って1年になるが、友人以上の関係に進んだ事はない。シンジの部屋で寝食を共にし、季節のイベント事には2人揃ってお祝いするまでの仲。しかし営みはない。
自分から押しかけておいて言うのも何だが、年頃の女と一緒にいて性欲が湧かないのだろうかと考えた事がある。同性愛者ではないかと疑った事もある。押し倒して、既成事実を作れば友人から恋人へ昇格するだろうかと計画した事もある。
しかし「ある」だけで実行に移したことはなかった。あの日までは。
「ねぇねぇ、約束覚えてる?」
大学3年の夏休みが近い日の事だった。来年は互いに就職活動などで忙しい。遊ぶなら今だろうとミサトは思っていた。しかしシンジは違う、将来に備えての貯金を第一に考えているので財布の紐は緩めない。
彼が喜ぶ場所と言えば図書館くらいなものだ。そう知っているから、ミサトは考えた。昔から遊ぶ約束しているふりをして彼の財布の紐を緩めようと。
そう、約束なんてハッタリだったのだ。
シンジは少しの間を置き「何のこと?」と聞き返した。ミサトはその「少しの間」をしっかり見た。彼の目が驚愕していた事に。初めて見た目だった。
その目を見てミサトは無意識にシンジの唇にキスをしていた。キスをし、シンジの体に身を委ねた。だけど、直ぐに体を離した。
シンジは泣いていた。嗚咽を漏らし「ごめんなさい、ごめんなさい……」と何度も謝った。自分は汚らしい、最低な人間だと過去の自分を悔いていた。
ミサトはそこで初めて知った。
純粋ではなく、怖い。彼は人と触れ合うのが怖い。怖いから距離を置くんだ。
その時、ミサトが出来た事は泣いているシンジの手をずっと握っている事だった。
168: 2010/12/26(日) 21:46:34 ID:???
「それで、貴女は身を引くの?」
「だって」
それから3日後の土曜日、ミサトは喫茶店Bebopにいた。梅雨は晴れ、日の光は強いがまだ暑くなく過ごし易い夏の日の午後。店内の客数は少ない。いつもなら店内にはジャズが流れているのに今日はブルース。多分店員の趣味だろう。
ミサトは一人の女性と向き合っていた。彼女とミサトの年齢は17歳離れている。二人は血は繋がっていない義姉妹だ。
ミサトの両親は2015年の災害で行方不明、本来ならシンジと同じように災害孤児になる筈だった。しかし、幸にも父方の遠い親戚が名乗りでて彼女を引き取る。
彼女が引き取った義父母が尊敬し、科学者として名を馳せていたミサトの父。彼がこの世にいた痕跡を消さない為、そして何よりミサト自身の願いの為に彼女の苗字は変わらなかった。が、戸籍上は養子縁組などの手段を得て二人は義姉妹となっている。
「だってもへちまもないわ。本当、貴女って都合がいい女ね」
3日前のあの日からミサトはシンジを避けるようになった。自分を拒絶された事に悲しんでいるというよりは、どう彼に接すればよいか分からないのが本音だった。
「じゃ、義姉さんはどうしろっていうの?」
義姉は珈琲をすすり、飲み込む。そして目を閉じた。
頻繁に家を空ける妹がこの数日ずっと自宅にいる。その事に家族としては安心すべきなのだが、帰って来た義妹・ミサトの落ち込み方は尋常じゃない。
ビールを飲まない、いつもならぺろりと平らげてしまう夕ご飯も半分残す。天変地異の前触れだ、と父は怯えた。あら食費が助かるわ、と母は笑っていた。
義姉は最初は驚き何日か様子を見てから母に相談した。母は「恋の病よ」と答え、長引くようなら助けてあげなさいと指南した。
「ねぇ、その前に一つ聞いていい?」
「なぁに?」
「貴女はどうやってその、シンジ君と出逢ったのかしら?」
義姉の質問でミサトは過去を思い出す。
さて、どこから話せばいいものか。出逢った部分を話すなら2年前のあのクリスマス、ミサトがシンジの部屋にいたところから話さなければならない。
あの日の出来事は自分だけの秘密にしたかった。が、出逢ったあの日を話さなければ義姉は助けてくれるない。彼女はそういう人だって分かっている。ミサトは覚悟を決めて、あの日の事を説明する事にした。
「だって」
それから3日後の土曜日、ミサトは喫茶店Bebopにいた。梅雨は晴れ、日の光は強いがまだ暑くなく過ごし易い夏の日の午後。店内の客数は少ない。いつもなら店内にはジャズが流れているのに今日はブルース。多分店員の趣味だろう。
ミサトは一人の女性と向き合っていた。彼女とミサトの年齢は17歳離れている。二人は血は繋がっていない義姉妹だ。
ミサトの両親は2015年の災害で行方不明、本来ならシンジと同じように災害孤児になる筈だった。しかし、幸にも父方の遠い親戚が名乗りでて彼女を引き取る。
彼女が引き取った義父母が尊敬し、科学者として名を馳せていたミサトの父。彼がこの世にいた痕跡を消さない為、そして何よりミサト自身の願いの為に彼女の苗字は変わらなかった。が、戸籍上は養子縁組などの手段を得て二人は義姉妹となっている。
「だってもへちまもないわ。本当、貴女って都合がいい女ね」
3日前のあの日からミサトはシンジを避けるようになった。自分を拒絶された事に悲しんでいるというよりは、どう彼に接すればよいか分からないのが本音だった。
「じゃ、義姉さんはどうしろっていうの?」
義姉は珈琲をすすり、飲み込む。そして目を閉じた。
頻繁に家を空ける妹がこの数日ずっと自宅にいる。その事に家族としては安心すべきなのだが、帰って来た義妹・ミサトの落ち込み方は尋常じゃない。
ビールを飲まない、いつもならぺろりと平らげてしまう夕ご飯も半分残す。天変地異の前触れだ、と父は怯えた。あら食費が助かるわ、と母は笑っていた。
義姉は最初は驚き何日か様子を見てから母に相談した。母は「恋の病よ」と答え、長引くようなら助けてあげなさいと指南した。
「ねぇ、その前に一つ聞いていい?」
「なぁに?」
「貴女はどうやってその、シンジ君と出逢ったのかしら?」
義姉の質問でミサトは過去を思い出す。
さて、どこから話せばいいものか。出逢った部分を話すなら2年前のあのクリスマス、ミサトがシンジの部屋にいたところから話さなければならない。
あの日の出来事は自分だけの秘密にしたかった。が、出逢ったあの日を話さなければ義姉は助けてくれるない。彼女はそういう人だって分かっている。ミサトは覚悟を決めて、あの日の事を説明する事にした。
169: 2010/12/26(日) 21:49:14 ID:???
「加持さん、あのう……」
「ん?どうした、葛城?」
2020年12月25日20時、葛城ミサトと加持リョウジは碇シンジの部屋にいた。ミサトはこの部屋に訪れるのは初めてだった。ミサトは見知らぬ場所に戸惑い、部屋の片隅に立っていた。加持は押入れから布団を出し床に引く。
どうしてこうなったんだろう、とミサトは思った。自分は『シンジという青年と知り合いになりたい』と加持に相談しただけなのに。
ミサトは大学に入学してから報道部に入った。部活の内容は主に大学の広報作りで新聞記者の真似事をしている。加持は報道部の部長(留年中)と仲が良く月に何回か広報に使う写真を渡す為に出入りしていた。
何ヶ月かは接点無く顔を知ってるだけの関係だったが、ある日加持の方から話しかけられ、それから自然と知り合いになった。
加持が写真部のOBだと知るとミサトは一つの希望を持つ。
『加持さん、1年の碇君って知ってますか?』
『知ってるよ。写真部の碇シンジ君だろ?ちょっと陰気っぽいけど、真面目な奴で芯はある。たまに飯おごったりして可愛がってる。そうだな、例えるなら弟みたいな奴かな?』
加持とシンジは接点がある。ミサトの持つ希望は願いになった。
『私、シンジ君と話してみたいんです。紹介してもらえませんか?』
加持は女の頼みには弱い、と部長は言っていた。その弱さをアテにしてミサトは頼んだ。部活動の先輩と後輩という仲で、兄弟のような関係ならきっと接点を作ってくれるだろう、と。
加持はあぁ、いいよ。でも時間がちょっと必要かな?と答えた。ミサトは『待ちます!待ちます!』と有頂天で喜んだ。
加持の事だからきっと合コンとかで『始めまして』かな?それなら女友達を誘って人数揃えなきゃとミサトは予想と対策を立てた。
が、その予想は当たらなかった。
数時間前に電話で呼び出され、連れられた場所は見知らぬ部屋。そこで加持は布団を敷いている。ミサトは変に高鳴る胸を押さえ、加持に恐る恐る聞いた。
「ここ、どこですか?」
「シンジ君の部屋」
170: 2010/12/26(日) 21:51:18 ID:???
驚いた顔をして再び部屋を見る。小さな本棚と整理されたテーブル以外何も無いアパートの一室。ここがあの、シンジの部屋。そう思ったら彼女の中の一気に恐怖は失せた。
本棚の中をマジマジと見る。教育学部の本と天体の本、何かの楽譜もあった。本棚の中にシンジの趣味が詰まっている。話した事もない碇シンジの一面を知ったミサトは嬉しくなった。
「なぁ、葛城」
「はい?」
「俺じゃ、ダメか?」
振り向くと加持は布団を敷く手を休め、自分を見ていた。その視線はいつもの加持と違って真面目で強い思いを感じられた。
「いや、シンジ君はなんというか、不幸を背負って生きてる青年なんだよ。それを宿命のごとく受け入れて生きている。俺もそんな彼を何とかしたいと思って関わっていたんだが、最近無理だと思っててな」
加持は感じていた。
何とかしたいと思っていても彼が背負った不幸は決して下ろす事はできない。それを共に背負い生きていく覚悟を要する。自分にはその覚悟はない、と心で理解していた。
そう理解した時、加持はある事を思い出した。昔、誰かに男と女の間には海よりも広く深い河があると諭した事があると。いつ、どこで、誰に喋った事かは思い出せない。ぼやけた過去、でも確かにそう話した記憶はある。
男と女だけじゃなく、男同士でも分からないものは分からない、でも――――
加持はミサトと向き合い、彼女の肩を両手で力いっぱい押さえた。ミサトの顔に苦痛の表情が浮かぶ。
シンジの心に抱えているものを理解し俺がそれを背負えば、今目の前にいる女性は俺を見てくれるだろうか?それは何度も想像した、加持の願いだった。
「葛城がシンジ君とどうなりたいのかは分からないが……。少なくとも、俺なら葛城に悲しみを伝える事はしない」
今付き合ってる女性と縁を切ろう
手っ取り早くポケットにある携帯をこの窓から投げよう
目の前の女が俺のモノになるなら何でもしよう
それが、犯罪でも
171: 2010/12/26(日) 21:52:41 ID:???
恐怖が混じった加持の欲望からミサトは逃げる事もせず、抵抗する事もせず、少しの間を置いて笑った。慈悲を込めて。その表情を見て加持は我に返りミサトに込めていた力を弱める。
「ダメですよ、加持さん」
そう言って何人の女性を落としたんですか?とミサトは言葉を続けた。加持は困った顔をして「いや、これはお前にしか……」と言い訳じみたの台詞を吐いた。
ルックスは良い、話も上手いし、相談もしやすい。同じ部活動仲間の先輩が「恋人になりたぁ~い!」と愚痴ってたのを聞いてるし、他にも加持に片思いしてる子もいる。
正直な話、ミサトも加持に思いを向けた時がある。今の自分が恵まれず、寂しさに飢えていたら加持みたいな包容力ある男性の胸に飛び込むんだろうな、と。でも、
「部室の窓からシンジ君を始めて見た時からずっと彼を見てきました。確かに笑った顔は見たことありません。いえ、喜んだ顔も驚いた顔も見たことないんです。自分の感情を無理やり封印している。そう感じました」
「だからこそ、私は彼を笑わせたいんです」と微笑みながらミサトは言った。そのミサトの顔を見た加持は自身の顔を歪ませて、直ぐに諦めた表情をし「そうか」と言うと彼女の肩にかけていた手を離した。
「それなら、インパクトある事してまずは驚かせようじゃないか」
「例えば?」
「そうだなぁ、シンジ君が来る前に裸で布団で寝てるとかは?」
「やり過ぎのような気もするんですが……」
「それくらいしなきゃシンジ君の鉄壁の仮面を崩す事なんかできないと思うんだが」
172: 2010/12/26(日) 21:53:51 ID:???
んー、と悩みミサトが出した結論は「それもそうですね、じゃやってみます」だった。
その答えを聞いた加持は「俺はこの辺で帰るわ」と言うとミサトにシンジの部屋の鍵を渡し帰り支度を始めた。ジャンパーを着て内ポケットからタバコを取り出し火をつけるとまっすぐ玄関へと歩きだす。
「加持さん」
ミサトは加持を呼んだ。加持は止まらなかった。ミサトが何かを言おうとしていたが加持はそれを聞くことなくシンジの部屋を出た。
ドアを閉め加持はその場に立ち尽くし呟いた。
「俺よりも先にシンジ君に運命の人が現れた、か」
先ほど火をつけたタバコを思いっきり吸う。飲み込み、吐き出す。心の整理はまだついてない。それでも願う、扉の向こうの彼女、幸あれと。
もしも、もしもだが、そう、これは彼女が望んだ道だからシンジ君には罪はない。が、もし彼女が泣いたり悲しい顔をしていて、それが彼のせいであるのなら1発殴ろう。
振られたんだからそれくらいいいよな?と、加持は決意した。
ドアの前から立ち去り、星が輝く夜空を見上げながら道路を歩く。一瞬、空の星が落ちた。加持は願いを唱える事をせずタバコを持つ右手を高々と上げて「メリークリスマス」と声を上げた。
173: 2010/12/26(日) 21:54:44 ID:???
「それから、シンジ君が来るまで待ってたんだけど寝ちゃってて。起きたら部屋の片隅にシンジ君がいてね、如何にも慣れてる感じで扱われて……」
「ミサト」
一部始終の話を聞いた義姉はミサトに一つの質問をした。
「貴女は、シンジ君の笑ったりとかの喜びの表情だけ見たいの?」
「え?」
「人間には喜怒哀楽があって、シンジ君は明らかに喜の感情は欠落してる」
「でも、人は喜や楽だけでは生きていけないのよ。哀を乗り越え人は強くなれる。怒の感情は人に未知なる力を起こす。感情の激しさや行き場が間違っていれば、人は人を傷つけ罪となるのだけど」と義姉は言葉を続けた。
「哀と怒は人にいらない感情ではなく、人として生きる為に必要な感情なのよ」
「……シンジ君の哀を受け入れろって事?」
「彼と共に歩みたいならそうしなさい。どうでもいいならもう関わらなければいいわ」
「どうでもいくない。でも」
ミサトは自信を失っていた。悔しいけど、泣いていたシンジに自分が出来た事は手を繋ぐ事。それだけで精一杯だった。
「私の知るミサトは行動力があって、頭で考えるより体が動く子だわ」
義姉は指を一本一本折り曲げながらミサトの長所を述べる。
「男まさりで、がさつで、無鉄砲で、お調子者で、ズボラで。スポーツなら大差付けられて負け決定の試合でも、まだまだっ!って悪あがきしちゃう子ね」
「なんか、それ、褒めてないよね?」
「あら?これでも褒めてるのよ?」
ミサトは残りわずかなコーラを不機嫌な顔で啜る。氷だけになったコップを置き、ストローを噛み口で遊ぶ。そんなミサトの姿を見て義姉は笑う。
「貴女の場合、それが間違ってる事ではないの。逆に慎重に考えて行動した事は全部裏目にでて失敗してる」
174: 2010/12/26(日) 21:56:17 ID:???
ミサトの姉となってから8年。ずっと彼女を見てきた。成人してから出来た中学の妹に抵抗はなかった。義姉は初めてミサトに逢った時、なんだか懐かしい気がした。後で聞いた事だがミサトもそう思ったらしい。
ミサトとの関係を大切にしたい。義姉は長い時間をかけて彼女を知り、理解する。彼女の中では友と言う表現がしっくり来る、親しい妹。
ミサトのことなら何でも知っている、分かっている。彼女の行動、そして言えずにいる思い。義姉はミサトの封印している思いを解こうとする。
「貴女の本能はどうしたいの?」
「…………私は、シンジ君の隣にいたい」
「それでいいじゃない。迷うことなく隣にいればいいのよ」
「…………」
「手を繋ぐ事しかできなかった、と悔いてるけど逆を考えれば手を繋いでいられたのよ?悲しみの彼はまた一人になる選択もできたのにミサトの手を振り払わなかった。そう、貴女はまだ彼と繋いでいられる位置にいるの。彼は貴女を繋ぎとめているのに、貴女は振り払うの?」
彼女がそう言うと、ミサトは勢いよく席を立ちあがった。その姿を見て義姉は安心する。
「ミサト、定期的に家に帰りなさい。なんなら、そのシンジ君も呼んでいいから」
「うん、分かった!ありがとう、義姉さん!」
お礼の言葉を述べたミサトは直ぐに店を出た。窓からミサトが走る姿が見える。彼女はそれを見守り、ミサトの姿が見えなくなると珈琲を啜った。
そしてミサトの席にある伝票を自分に寄せる。ふと、2年前のある日を思い出した。あの時は相席した青年が払ってくれたなと。そういえばあの子もミサトの彼氏と同じ名前だった。
そういえばあの時、彼の口から「ミサトさん」と名前を出ていた。あの時は義妹と同じ名前とだけ思っていたのに。
加持、シンジ、ミサト。2年前の会話と今の会話から出た3人の名前と関係をそれぞれ頭で描き、照らし合わせる。ぴったりと照合した。再び珈琲を啜り飲み干した赤木リツコは「世間ってのは狭いわね」と呟いた。
ミサトとの関係を大切にしたい。義姉は長い時間をかけて彼女を知り、理解する。彼女の中では友と言う表現がしっくり来る、親しい妹。
ミサトのことなら何でも知っている、分かっている。彼女の行動、そして言えずにいる思い。義姉はミサトの封印している思いを解こうとする。
「貴女の本能はどうしたいの?」
「…………私は、シンジ君の隣にいたい」
「それでいいじゃない。迷うことなく隣にいればいいのよ」
「…………」
「手を繋ぐ事しかできなかった、と悔いてるけど逆を考えれば手を繋いでいられたのよ?悲しみの彼はまた一人になる選択もできたのにミサトの手を振り払わなかった。そう、貴女はまだ彼と繋いでいられる位置にいるの。彼は貴女を繋ぎとめているのに、貴女は振り払うの?」
彼女がそう言うと、ミサトは勢いよく席を立ちあがった。その姿を見て義姉は安心する。
「ミサト、定期的に家に帰りなさい。なんなら、そのシンジ君も呼んでいいから」
「うん、分かった!ありがとう、義姉さん!」
お礼の言葉を述べたミサトは直ぐに店を出た。窓からミサトが走る姿が見える。彼女はそれを見守り、ミサトの姿が見えなくなると珈琲を啜った。
そしてミサトの席にある伝票を自分に寄せる。ふと、2年前のある日を思い出した。あの時は相席した青年が払ってくれたなと。そういえばあの子もミサトの彼氏と同じ名前だった。
そういえばあの時、彼の口から「ミサトさん」と名前を出ていた。あの時は義妹と同じ名前とだけ思っていたのに。
加持、シンジ、ミサト。2年前の会話と今の会話から出た3人の名前と関係をそれぞれ頭で描き、照らし合わせる。ぴったりと照合した。再び珈琲を啜り飲み干した赤木リツコは「世間ってのは狭いわね」と呟いた。
175: 2010/12/26(日) 21:59:30 ID:???
店から勢い良く飛び出したミサトは大切な事に気づいた。シンジの行動パターンを把握して無かった事に。
何のバイトをしているか聞いた事はあるがバイト先に赴いた事はない。大学にいても学科が違うので基本授業が被らない。何の授業を受けているか分からない。
ミサトは『あぁ、結局シンジ君の事理解してるようで、全く理解してなかったわ』と思った。そして『まぁ、今から知ればいっか』と前向きに考える。クヨクヨはいけない、前向きに。それが私の取り得。さっき義姉に言われたん事。
ミサトはシンジの部屋の前に辿りつくとドアを開けようとした。が、カバンに鍵が入ってなかった。多分実家においてきたのだろう。ブザーを鳴らしても応答はない。いないようだ。ミサトはドアの前でシンジの帰りを待つことにした。
シンジが帰って来たのはそれから4時間経ってからだった。階段を上がり、自分の部屋の前に誰かがいる。駆け寄ればそこいたのはミサトで、彼女は倒れていた。
シンジは「ミサトさん!ミサトさん!」と声を荒げながら呼びかけ、ミサトの体を揺する。振動で目が開けたミサトはまぬけな声でシンジの名を呼んだ。
「ど、何処か具合悪いんですか?」
「ううん。シンジ君待ってたら寝ちゃったみたい」
シンジは大きなため息をついた。よかった、何も無くてと心からほっとした。
「シンジ君、ここ、どうしたの?」
ミサトは気づいた。シンジの右頬が腫れている事に。シンジは「ちょっとこけちゃって」と理由を述べた。右頬の腫れはこけた割には酷い気がする。そう、喧嘩などで誰かに殴られたようなそんな傷だった。
ミサトはシンジの頬を撫でた。両手で包み込むように撫でた。シンジは頬に添えるミサトの手を見つめ、ぬくもりを肌で感じた。恐る恐る手を重ね、そこにある手の存在を確認している。彼の頬に涙が伝い、ミサトの手に落ちた。
176: 2010/12/26(日) 22:01:11 ID:???
「何か、ついてる?」
「……いいえ、ついてません。ついてないんです……」
シンジの目からボロボロと涙が流れる。
「頬、凄く腫れてるね」
「これくらい、平気です」
「中入ろう、そんなに腫れてちゃ口の中も切れてるんじゃない?」
「……はい」
ミサトは涙の理由と怪我について追求したかった。けど、今は聞かない。きっと訳があるだろう。それよりも聞きたいことがある。バイト先や大学での彼、好きな食べ物や嫌いな食べ物。その他にも色々、とだ。
彼をもっと知って、彼に欠けている感情を蘇らせ、新しい明日を一緒に過ごしたい。いつか自然に心から笑う事ができれば今日の怪我の事も話してくれるだろう。
だから、今は離さない。繋がっている彼との絆、離さない。
ミサトは頬から手を離し、立ち上がり、シンジに手を差し出す。シンジは、自分の涙を軽く拭うとミサトの手を掴み、ぎゅっと握った。
183: 2011/01/03(月) 18:54:13 ID:???
第四新東京市郊外にある高級料理店付近に不信な車が止まっていた。1971年から1984年にかけてフランスのアルピーヌ社が何回かに分けて発展と強化を繰り返された青いスポーツカー、ルノーA310。その車に近づく一人の男性がいた。
彼は運転席側の窓を静かにノックした。窓が開き一人の女性が顔を出す。
「葛城さん」
男性は近くのコンビニの袋を彼女に見せる。葛城と呼ばれた女性はニッコリ笑うと助手席側のノックを外した。男性はぐるりと回って車に乗り込む。
「ありがと、日向君。お腹ペコペコだったの」
日向と呼ばれた男性が持って来たコンビニの袋をガサガサと漁る。中には鮭と昆布のおにぎりとペットボトルの麦茶が入っていた。
「あの、この車じゃバレバレじゃないですか?」
「こっちはダミー。裏の方に相田君がいるわ」
「そういうことですか」
ミサトは昆布のおにぎりの包み紙を破り即座に口にする。空いた左手で膝元に置いてあったデジタルカメラを日向に渡した。
「これ、さっき相田君が撮ってきたの」
彼は運転席側の窓を静かにノックした。窓が開き一人の女性が顔を出す。
「葛城さん」
男性は近くのコンビニの袋を彼女に見せる。葛城と呼ばれた女性はニッコリ笑うと助手席側のノックを外した。男性はぐるりと回って車に乗り込む。
「ありがと、日向君。お腹ペコペコだったの」
日向と呼ばれた男性が持って来たコンビニの袋をガサガサと漁る。中には鮭と昆布のおにぎりとペットボトルの麦茶が入っていた。
「あの、この車じゃバレバレじゃないですか?」
「こっちはダミー。裏の方に相田君がいるわ」
「そういうことですか」
ミサトは昆布のおにぎりの包み紙を破り即座に口にする。空いた左手で膝元に置いてあったデジタルカメラを日向に渡した。
「これ、さっき相田君が撮ってきたの」
184: 2011/01/03(月) 18:55:08 ID:???
ミサトが差し出したデジタルカメラを日向は操作する。そこには世間を賑わせている大物ミュージシャンのAと人気アイドルグループのIが写っていた。それを見た日向は小さく声を上げる。ミサトは「フィルムにも何枚か収めたそうよ」と伝えた。
「……もう十分じゃないですか?」
「もうちょい粘ってみたいの」
「分かりました」
日向はミサトからカメラを返した。仕事のやり取り一段落したところで、ミサトは彼に頼んでいた自分の件の旨を聞く。
「で、どう?データ手に入った?」
日向はズボンのポケットからUSBメモリースティックを取り出しミサトへ差し出した。
「これです。社内から無断で借用したものです」
「ごめんね。ドロボーみたいな事をさせて」
ミサトは麦茶を一口飲むとキャップを閉め、後部座席に置いてあったパソコンを自分の膝元に置くと起動させた。数分後、無事に画面が立ち上がったパソコンにUSBメモリースティックを差し込み、中のファイルデータを開く。
そこに書かれていたのは十年前の2015年、あの災害時に行方不明になっている人物のリストだった。様々な国籍の人物の名前が連なっている。ミサトは名前が赤色でチェックされている部分を見る。
キール・ローレンツ、最先端で人口進化論を研究していた人物で『SEELE』と言う組織に所属。他にもチェックされている名前があり、その数は十二人だった。
「希望に添えましたか?」
日向は少し不安そうな顔でミサトに尋ねた。ミサトは険しい顔から表情を和らげ「えぇ」と答えた。
「これで一つ真実に近づいたわ」
185: 2011/01/03(月) 18:57:08 ID:???
六話 愛求めて旅をする
大学を卒業して二年。碇シンジは市内の幼稚園の保育士として働いていた。
シンジは自分のように親の愛に恵まれず生きていく子供達の心の支えになりたい、とこの道を選んだ。意気込みは立派なものだったが、実際は不慣れさと空回りと失敗の繰り返し。何度も悩む、自分にとってこの道が向いていないかもしれないと。
でも失敗は経験となり、経験はいつしか自信へと繋がっていく。
失敗しても諦めず一生懸命に頑張る姿に多くの父母や先生方の不安を消し去り信頼を得た。素直で嘘のつけない性格、シンジの人柄に子供達は惹かれ慕う。
自分のありのままの姿で、少しずつ自分の職の居場所を築いていく。
九月十三日、シンジは仕事を定時で終えると、ある人との約束の場所へと向かった。大学時代から付き合ってる彼女、葛城ミサト。互いに仕事が忙しく実に二ヶ月ぶりのデートだった。
郊外にある二十四時間営業のコンビニに着くと時間を確認した。約束時間の五分前、彼女はいない。シンジはジャケットの右ポケットに手を入れた。ポケットの中に小さな四角い箱がある事を確認する。柔らかい表情をして、直ぐに眉をひそめた。
そして、思う。
今日という日が無事に終わりますようにと。
ミサトがやってきたのは待ち合わせ時間から十三分遅れての事だった。
青いルノーがコンビニの駐車場に急ブレーキと共に入り込んできた。素早くドアが開き、サングラスをかけた女性が微笑みながらシンジに声をかける。
「ごめん、仕事が切り良く終わらなくて!」
「いえ、大丈夫です」
186: 2011/01/03(月) 18:59:28 ID:???
雑誌記者の仕事をしているミサトは定時の時間は決められているが基本的に定時で終わることはない。スクープの為なら残業、徹夜、泊り込みが定番で毎日が不規則な生活。
一年以上その姿を見ているシンジはそれを理解しているから、仕事の為での予定キャンセルは何度も経験し耐えてきた。
だからだろうか、シンジはミサトに逢えて素直に嬉しかった。そして、少し懐かしくも感じた。
二人が辿りついた場所は先日ミサトが張り込みしていた高級料理店だった。中に入ると女将らしき人が奥の席に通してくれた。店内の雰囲気、女将や店員達の厳格な接客。シンジは緊張した。
「なんか、高級そうな店ですよね」
お金は大丈夫なんですか?とシンジは聞く。ミサトは堂々と歩き、席に着くと一度去ろうとする女将に生を二つ素早く頼む。席に座ると温かいタオルで手を拭きながら「大丈夫よ」とシンジの問いに答えた。
「ボーナス出たばかりだし」
そしてこの店の特徴を一つ言う。ドアを閉めれば廊下や隣の部屋に声が漏れる事はない。その証拠に、ここに訪れる客の大半は大物政治家だと。値段は張るが秘密は厳重に守られるからヤバイ話をするには持って来いの場所だとミサトは語った。
「じゃ、この店でなら何を話しても僕とミサトさんだけの話になるんですね」
「そういうこと」
シンジはミサトと向かい合う様に座った。小さなテーブルの下は堀になっており正座ではなく椅子に座る形で食事が取れる。
一般的な居酒屋でもありそうな小さな部屋なのだが、メニュー表を見るとよく分からない料理名がずらりと並んでおり金額を見ると末尾に0の数が明らかに多い。1品で万を超える料理がいくつもある。自分の予想を超えたメニュー表の料金にシンジは冷や汗をかいた。
生ビールを二つ持って来た店員にミサトは指を四本出し「このくらいでお願い」と頼む。店員は「品数は?」と聞くと「任せるわ。初めてだからその辺踏まえてよろしく」と答える。店員は「ありがとうございます」と言うと部屋を後にした。
四本の指はきっと予算なのだろう。予算を先に伝え料理をお願いする。一般的には真似出来ないけど、実に効率的な頼み方だとシンジは思った。
187: 2011/01/03(月) 19:01:22 ID:???
「慣れてますね」
「そうじゃないわよ。聞いた事を実践しただけ」
ミサトはカバンから大き目の封筒を取り出しシンジへと渡した。シンジは封筒の中身を取り出す。
シンジは資料を一枚、また一枚と読んでいく。
書類には1999年に起きたセカンドインパクトの事、光の巨人の写真、使徒が襲来した形跡がある土地の取材レポート、そして現在の芦ノ湖の写真。
シンジがそれらを全て読み終えると、テーブルの上には既に魚料理や肉料理が並んでいた。ミサトはビールを持ち「乾杯しましょ」と挨拶を求めた。
ジョッキとジョッキの重なる音が部屋に響く。ミサトはビールを一気に飲み干し、シンジはビールに口つけず資料を読みながら食事にありついた。自分の料理では表現できない、美味たるものだった。
雑談無く飲むものを飲み、食べるものを食べ続ける味気ない食事。ミサトがシンジのも飲み干し合わせて六杯目のビールを注文した時、シンジの口が開いた。彼が指差す資料は数日前に日向が持って来たデータ『SEELE』についてだった。
「この中に、碇ゲンドウという人はいませんでしたか?」
「いなかったわ」
「そうですか」
食事の半分が片付いただろうか、シンジは空いた皿を片付け店員を呼ぶとウーロン茶を頼んだ。ミサトは熱燗を頼む。注文を取った店員は空いた皿を持つと去っていった。それを確認したシンジは深いため息をつき、穏やかな目でミサトを見つめた。
「過去に辿りついたんですね。ミサトさん」
「えぇ」
ミサトはシンジと同じように穏やかな目をして答えた。
「私の質問に答えてくれるかな。サードチルドレン、碇シンジ君」
188: 2011/01/03(月) 19:04:13 ID:???
――貴方がエヴァンゲリオンというロボットに乗る理由はなんだったんでしょうか?
「僕はネルフと言う組織に呼ばれ、乗れと言われました。最初は乗る気はありませんでした。けど僕と同じくらいの女の子が怪我を押して乗ろうとしてるのを見て「逃げちゃだめだ」って」
――勇敢だったんですね。
「勇敢とはちょっと違います。自分にしかできない事をやらないで拒絶され怖かったんです。現に乗りたくないと言ったら「帰れ」と言われました。期待を裏切った事に対して何らかの形で取り戻して再び繋がりを得たかったんだと思います」
――エヴァに乗るのは貴方しかできなかった?という事ですか。
「正確には十四歳の子供、ですね。パイロットに選ばれたのはみんな同じ年の子供でした。基本的に乗る機体が決められていました」
――その子供達の中で災害後に記憶を持って生きているのは貴方だけですか?
「はい」
まっすぐと肯定の返事をした彼の眉間に微かに皺が寄った。ミサトはその些細な変化を見逃さなかった。
189: 2011/01/03(月) 19:05:33 ID:???
――エヴァというロボットに乗った貴方はいくつの敵を倒したのですか?
「十体くらい、でしょうか。自分一人ではなく共に戦う仲間、周囲の大人のサポート。それらが無ければ僕は最後まで戦えなかったでしょう」
――子供を戦わせる大人を恨んだことは?
「当時は戦って生きる事で精一杯だったので何とも。でも恨む、という事はないですね。何故に恨まねばならないのでしょうか?」
――子供に危険な事をさせているのですよ?
「確かに使徒は怖かったです。でも、エヴァという機体に乗っている時はその恐怖が薄れたんです。母の存在が自分を守ってくれてる、そんな感じに。むしろ危険だったのはサポートしてる大人だったんじゃないかなと思います。僕らが負けたら人類は滅亡したかもしれない。
スポーツはルールに従って戦う。戦争だってある程度の敵の戦力を把握して地形などを利用した作戦を用いて戦う。でも使徒との戦いは違います。使徒に関しての情報は無いしルールも通じない。作戦なんて一か八かの賭けみたいなもの。
普通なら考えられない巨大な敵に立ち向かい、地球の為に人類の為に戦った、そんな仲間を恨む事はできません」
――大人ですね。
「模範的な回答っぽくてすいません。僕が関わっていたのは一部の大人達で、結構上の階級の人達だったんですがその姿は一生懸命でした。その姿を見ているからこそ僕は憎む事はありません」
ミサトはテーブルに置いていたメモ帳に何かを書き込む。
(その中に私はいた?)
メモ帳に書かれた文字を彼に見えるように置き直しシャープペンを彼に向けて渡す。が、彼はシャープペンを取る事はせず、否定も肯定の返事もしなかった。
――それでは2015年の災害はその使徒を倒せなかったから起きたものなんでしょうか?
「いえ、全て倒しました。倒したからこそ起きた災害です」
――からこそ、ですか
「はい。最後の敵は使徒と言う怪物ではなく「ヒト」でした。ヒトが起こした災害なんです」
――具体的にどういう災害なのでしょうか?
「ヒトの形を捨て、新たな生命体として進化。その為にヒトを滅ぼす」
彼はシャープペンを手に取り文字を書く
(そう、語られました)
190: 2011/01/03(月) 19:07:56 ID:???
「……僕はその時十四歳で、その事を知った時は引き返せない事態になっていて、そしてそのまま終わりを迎えました。記者さんが知りたい仕組みや内部の事に関しては実際の所さっぱりなんです。なのでこれ以上詳しい話はできません」
すいません、と謝る彼は難しい顔をしていた。ミサトは彼の機嫌を損ねる前に少し質問を変える事にする。
――災害が起きた後、多くの人は無事でした。でも怪我人や氏者の人数より行方不明者の数が圧倒的に多いですね。
「『見失った自分は自分の力で取り戻せる。自分の力で自分自身をイメージできればヒトの形に戻れる』と。戻ってこない人は全てが一つに融合している世界で自分を造り出さずに彷徨っている、のだと思います」
SEELE達が望んだ世界がその『全てが一つに融合している世界』ならば還って来る事はないだろう、とミサトは思った。ミサトは一枚の写真をシンジに提示する。それは芦ノ湖を写した写真だった。写っているのは赤い湖と、巨大な少女の石像。
――芦ノ湖に浮かぶ少女の石像は、その世界の象徴でしょうか?
芦ノ湖は第三東京市があった場所に存在する。
今まで世界海域、そして国内の湖は赤色に変色していた。赤色の水は水中生物に対して毒素を持ち、生を奪う。後に災害の後遺症だと報道され、日本を中心に本来の海を取り戻す活動が行われていた。
日本、アメリカ、ドイツ、様々な科学研究所の成果により、ようやく青色の水を取り戻す事に成功する。が、芦ノ湖だけは赤色のままだ。
災害の跡地であり、どんな技術を持っても青色に戻る事がない。そして不思議な石像がその湖に浮かんでいる事により、国内では摩訶不思議スポットで芦ノ湖は有名になった。ミサトも雑誌の特集でその湖に浮かぶ少女の石像を取材しに行った。
191: 2011/01/03(月) 19:10:31 ID:???
確かに湖に浮かんでいた少女の石像は奇妙で不気味であった。少女の顔は半分に割れ大地に対して斜めに突き刺さっている。像の体はバラバラで市内の各地でパーツが見つかっていた。
推測すると百メートルは越す巨大な像だったのだろう。風化された少女の顔は所々剥げているが、瞳の色だけは色あせる事がない。湖と同じ赤い瞳。
少女の大きく開かれた瞳を見た時、ミサトは懐かしさと複雑な気持ちになった。
私はこの少女を知っている。それは昔、碇シンジや惣流・アスカ・ラングレーにも抱いた気持ちでもあった。
「いえ、あの少女の石像は象徴ではないと思います。ヒトが人の道を選んだからこそ崩れた世界の残骸だと、自分はそう思ってます……」
――そうで
そこで、シンジの手によりカセットレコーダーの停止ボタンを押された。シンジは「ごめんなさい」と謝った。彼の頬に汗が垂れている。彼の中で過去を語る事は限界を迎えたようだった。
「こっちこそ、ごめんなさい」
シンジが頼んだウーロン茶のコップは既に空だった。対してミサトの熱燗は一口も手が付けられおらず、冷え切っていた。
『私は五年前の災害に何か大切なことを置いてきたような気がする、そう思ってるの』
ミサトがそう語った時、シンジは彼女に全てを話そうと昔から決めていた。ミサトはシンジが関係者である証拠を持ってきたら包み隠さず話そうと。
ずっとずっと昔から彼女に全てを話すと決めていたのに、事件の半分も話す事もできず自分から白旗を上げた。足が震え、心が恐怖で支配されている。もしかしたら、自分が過去を語るのはまだ早かったかもしれないとシンジは思った。
いや、違う。怖いのだ。真実を語る事で目の前の彼女を失うかもしれない、それがシンジにとって一番の恐怖。
「……一つだけ、聞いてもいいですか?」
シンジはミサトに聞いた。ミサトは「いいわよ」と答えた。シンジはミサトと目を合わせず語る。
「僕が今まで逢って来た人達は幸せだった頃の自分や、理想の自分。または生きたいと願ったからこそ当時の年齢になってます」
推測すると百メートルは越す巨大な像だったのだろう。風化された少女の顔は所々剥げているが、瞳の色だけは色あせる事がない。湖と同じ赤い瞳。
少女の大きく開かれた瞳を見た時、ミサトは懐かしさと複雑な気持ちになった。
私はこの少女を知っている。それは昔、碇シンジや惣流・アスカ・ラングレーにも抱いた気持ちでもあった。
「いえ、あの少女の石像は象徴ではないと思います。ヒトが人の道を選んだからこそ崩れた世界の残骸だと、自分はそう思ってます……」
――そうで
そこで、シンジの手によりカセットレコーダーの停止ボタンを押された。シンジは「ごめんなさい」と謝った。彼の頬に汗が垂れている。彼の中で過去を語る事は限界を迎えたようだった。
「こっちこそ、ごめんなさい」
シンジが頼んだウーロン茶のコップは既に空だった。対してミサトの熱燗は一口も手が付けられおらず、冷え切っていた。
『私は五年前の災害に何か大切なことを置いてきたような気がする、そう思ってるの』
ミサトがそう語った時、シンジは彼女に全てを話そうと昔から決めていた。ミサトはシンジが関係者である証拠を持ってきたら包み隠さず話そうと。
ずっとずっと昔から彼女に全てを話すと決めていたのに、事件の半分も話す事もできず自分から白旗を上げた。足が震え、心が恐怖で支配されている。もしかしたら、自分が過去を語るのはまだ早かったかもしれないとシンジは思った。
いや、違う。怖いのだ。真実を語る事で目の前の彼女を失うかもしれない、それがシンジにとって一番の恐怖。
「……一つだけ、聞いてもいいですか?」
シンジはミサトに聞いた。ミサトは「いいわよ」と答えた。シンジはミサトと目を合わせず語る。
「僕が今まで逢って来た人達は幸せだった頃の自分や、理想の自分。または生きたいと願ったからこそ当時の年齢になってます」
192: 2011/01/03(月) 20:13:50 ID:???
シンジは思い出す。第三新東京市に来た時に初めて出来た友人、フォースチルドレン鈴原トウジ。そしてエヴァ初陣で怪我を負わせた少女、鈴原ナツミ。
「僕の友人は事故で妹が怪我、自身も片足を損傷します。彼らはその時より一歳若返った年齢で今を生きています」
当時のミサトの恋人だった加持リョウジを思い出す。加持にとって大学時代が一番の幸せな時だったのかもしれない。
「他にも三十近い人が大学生に戻ったり、本当様々なんです」
ケンスケやリツコの様に当時と同じ年齢で世界に還ってきた者もいる。世界に還ってくる人達に規則性はない。強いて言えば『生きたい』と強く願ったからだろう。自分の幸せだった頃の自分を思い出し、または理想の自分を願ったからこそ、それが実現し今を生きている。
「僕の知る当時のミサトさんは…………二十九歳でした。ミサトさんは、サードインパクトで、十四歳になったんです。……十四歳のミサトさんは、災害でお父さんを亡くして、失語症になって……人生で、一番の絶望を体験していた、年だと、僕は……聞いてます」
シンジは言葉を選びながら話す。声が所々小さくなりたどたどしくなる。震える腕を必氏で隠しできる限りエヴァの真実に触れないように、でもミサトの本当の過去を伝え、そして不思議であり彼の中で一番の疑問だった事を彼女自身に問う。
「人は、幸せな時を選んで、還ってきているのに、なぜミサトさんは……苦痛であった十四歳に戻り、今を生きようとしてるのでしょうか?」
「僕の友人は事故で妹が怪我、自身も片足を損傷します。彼らはその時より一歳若返った年齢で今を生きています」
当時のミサトの恋人だった加持リョウジを思い出す。加持にとって大学時代が一番の幸せな時だったのかもしれない。
「他にも三十近い人が大学生に戻ったり、本当様々なんです」
ケンスケやリツコの様に当時と同じ年齢で世界に還ってきた者もいる。世界に還ってくる人達に規則性はない。強いて言えば『生きたい』と強く願ったからだろう。自分の幸せだった頃の自分を思い出し、または理想の自分を願ったからこそ、それが実現し今を生きている。
「僕の知る当時のミサトさんは…………二十九歳でした。ミサトさんは、サードインパクトで、十四歳になったんです。……十四歳のミサトさんは、災害でお父さんを亡くして、失語症になって……人生で、一番の絶望を体験していた、年だと、僕は……聞いてます」
シンジは言葉を選びながら話す。声が所々小さくなりたどたどしくなる。震える腕を必氏で隠しできる限りエヴァの真実に触れないように、でもミサトの本当の過去を伝え、そして不思議であり彼の中で一番の疑問だった事を彼女自身に問う。
「人は、幸せな時を選んで、還ってきているのに、なぜミサトさんは……苦痛であった十四歳に戻り、今を生きようとしてるのでしょうか?」
193: 2011/01/03(月) 20:15:24 ID:???
ミサトは柔らかく微笑んだ。
そして、シンジを初めて見た時の事を思い出す。
それは第四新東京市にある田舎の古ぼけた駅だった。義姉を迎えに車を走らせ辿りついた駅。時間を確認し渡り廊下の窓から義姉が降りるはずのホームを眺めた。そこには一人の青年が立っていた。彼はずっと俯いていた。
しばらくして電車が来るアナウンスが流れる。彼は顔を上げ電車が来る方角を見た。
その彼の横顔を見た時、ミサトは息が止まりそうになった。
同時に芦ノ湖に浮かぶ少女を見た時に思った気持ちも湧き出る。懐かしさと、複雑な思い、そして締め付けられる胸の痛み。何なの、これは?分からない、初めての経験。痛みに堪えミサトはホームに立つ青年を見る。
目が合いそうになった、が電車で二人は目を合わせることなく別れる。
あぁ、きっと、これはそうだ。ミサトは高鳴る胸の動悸の訳を理解した。
これは、運命だと。
「そんなの決まってるじゃない。シンジ君、貴方に出逢う為よ。貴方と同じ目線で出逢いたくて私は十四歳を選んだの」
194: 2011/01/03(月) 20:19:39 ID:???
高級料理店の奥の部屋でミサトは一人席に着いていた。シンジはほんの少し前に店を出た。一緒に帰る筈だったが、あの会話をした後ではどうも甘い雰囲気にはなれない。
少し距離を置きたかったのがミサトの本音だった。シンジもそのミサトの気持ちを理解したのだろう、気を利かせて先に席を外した。
ミサトは冷めた熱燗を空になったコップに一気に注いだ。並々と注がれた日本酒を半分飲み干す。喉に熱さを帯びた。
結局、私は何をしたかったのだろうか。
迷わずに突き進んだ過去への追求。ようやく辿りついた先に待ち構えていたのは自分が愛する人。
彼が全てを知っていた。知りたいが為に聞いた事は彼のトラウマ部分であり語る事に心を抉った。
そういうつもりじゃなかったのに、笑って欲しかったのに。
結果的に彼を一番傷つけることになったのは自分の探究心だった。
ミサトはカセットレコーダーの巻き戻すボタンを押す。キュルルルルルと音を立てテープは巻き戻っていく。巻き戻りが止まりボタンが戻る。ミサトは再生ボタンを押し彼と自分の会話を聞いた。
自分の声が機械的に聞こえた。彼の声が強張っているように聞こえた。
シンジが「はい」と肯定の返事をした時、彼の眉間に微かに皺が寄った事を思い出した。相変わらず嘘を吐くのが下手ね、と笑った。
テーブルのメモ帳を見る。自分が書いた文字(その中に私はいた?)その答えは無かった。
「きっと、私はネルフと言う組織に居てパイロットだったシンジ君と何らかの形で関わっていたのね」
否定も肯定もしない事で知った事実。ミサトは次に書かれたシンジの文字を見る。
(そう、語られました)
「語ったのは私かしら」
そうなると過去の私は組織上で重要な位置についていたのかもしれない。パイロットと近い距離で上層部にも通じる位置、情報部長、参謀長、作戦部長?まさかね。どれも女性がなれる地位ではない。
どういう経由で真実を知りシンジに語ったのだろうか。それを思い出す事が出来ない。ミサトは歯痒さを感じた。
言葉に出来ない渦巻いた感情を飲み込む為に、コップに残った日本酒を一気に飲み干した。
少し距離を置きたかったのがミサトの本音だった。シンジもそのミサトの気持ちを理解したのだろう、気を利かせて先に席を外した。
ミサトは冷めた熱燗を空になったコップに一気に注いだ。並々と注がれた日本酒を半分飲み干す。喉に熱さを帯びた。
結局、私は何をしたかったのだろうか。
迷わずに突き進んだ過去への追求。ようやく辿りついた先に待ち構えていたのは自分が愛する人。
彼が全てを知っていた。知りたいが為に聞いた事は彼のトラウマ部分であり語る事に心を抉った。
そういうつもりじゃなかったのに、笑って欲しかったのに。
結果的に彼を一番傷つけることになったのは自分の探究心だった。
ミサトはカセットレコーダーの巻き戻すボタンを押す。キュルルルルルと音を立てテープは巻き戻っていく。巻き戻りが止まりボタンが戻る。ミサトは再生ボタンを押し彼と自分の会話を聞いた。
自分の声が機械的に聞こえた。彼の声が強張っているように聞こえた。
シンジが「はい」と肯定の返事をした時、彼の眉間に微かに皺が寄った事を思い出した。相変わらず嘘を吐くのが下手ね、と笑った。
テーブルのメモ帳を見る。自分が書いた文字(その中に私はいた?)その答えは無かった。
「きっと、私はネルフと言う組織に居てパイロットだったシンジ君と何らかの形で関わっていたのね」
否定も肯定もしない事で知った事実。ミサトは次に書かれたシンジの文字を見る。
(そう、語られました)
「語ったのは私かしら」
そうなると過去の私は組織上で重要な位置についていたのかもしれない。パイロットと近い距離で上層部にも通じる位置、情報部長、参謀長、作戦部長?まさかね。どれも女性がなれる地位ではない。
どういう経由で真実を知りシンジに語ったのだろうか。それを思い出す事が出来ない。ミサトは歯痒さを感じた。
言葉に出来ない渦巻いた感情を飲み込む為に、コップに残った日本酒を一気に飲み干した。
195: 2011/01/03(月) 20:22:45 ID:???
ミサトが部屋を出たのは二十二時を過ぎていた。寒くは無かった。あの後、熱燗を三本頼み一気に飲んだ。だから無駄に熱い。でも心はぽっかり穴が開いたようで寂しかった。そして会計を済ませると財布も一気に寂しくなった。
靴を履きながら乗ってきた車をどうしようか悩んだ。代行を頼むべきか、しかし財布の中身は空に近い。カバンから車の鍵を取り出し、さてどうしようかと悩みながら外に出た。店の前に一人の青年が誰かを待つように立っていた。
「シンジ、君」
ミサトは息を飲んだ。とっくに帰ったかと思っていた人がそこに立っていたから。
「遅いですよ」
「まだ、いたの?」
「酷いなぁ、待ってたのに」
シンジはミサトに近づき、彼女が手にしていた車の鍵を取る。
「送ります」
「だって、お酒」
「飲んでないですから」
ミサトはあの部屋でのシンジの一連の行動を思い出す。ビールには口を付けていないし、彼が飲んだのはウーロン茶一杯。確かに飲んでない。
「何で飲まなかったのよ?」
「お酒、苦手だから。あと、これ」
シンジは笑いながらジャケットのポケットから小さな小箱を取り出し、中を開けた。
そこにあったのは紐に通されたシルバーのクロスペンダントだった。シンジはペンダントを手に持つとミサトの首にかけた。紐が少し長い為か彼女の胸元にペンダントは丁度良く飾られ、輝いた。
196: 2011/01/03(月) 20:23:39 ID:???
「おかえりなさい」
優しい声だった。その声にミサトの涙腺が緩くなる。目に涙が溜まり今にも溢れ出しそうになった。それを隠す為にミサトはシンジの肩に顔を埋めた。シンジに出来る限り見られないように、声を噛み頃し涙を我慢した。ミサトの肩にシンジの手が添えられた。とても温かかった。
「…………ただいま」
何故かそう言わなくてはいけない様な気がしてミサトは小さく掠れた声で言った。その声はシンジの耳に届き、ミサトの肩に添えられたシンジの手に力が込められた。
悔しさも、歯痒さも、寂しさも、悲しさも全て吹き飛んだ。そこにあるのは確かな「幸せ」
ミサトはシンジに体を委ね、彼のぬくもりを等身大で感じた。
204: 2011/01/15(土) 21:29:36 ID:???
最終話 時を越えて呼び合う
碇シンジが見ていた景色は廃墟だった。目の前に広がる湖は過去の戦闘での爆発により出来た人工のものだった。山へ降りる夕日が周りの景色を夕焼けに染め上げる。
歌が聞こえた。第九・喜びの歌だった。シンジは声がする方へ顔を向ける。湖に突き刺さった壊れた石像、その上に座る少年。少年は夕日を見ながら歌う。
「あの時、僕は君を頃した」
歌が止む。シンジは少年を見続けた。少年は目を合わせることなく夕日を見ている。
「そうだね」
「どうして僕を選んだんだ」
「僕の願いだったから」
少年は振り向いてシンジを見た。赤い目と茶色い目が合う。そして少年は思いを伝えた。
「忘れて欲しくなかったんだ、僕の存在を。人はいつの日か失ったモノの存在を忘れる。僕の氏は避けられないモノだった。でなければ君達がこの世界から消えていたのだからね」
「それは間違ってる」
シンジは目をしかめた。その目に込められたのは悔しさと悲しさ。
「僕が失ったのは君と生きる未来だ」
「シンジ君……」
「記憶を失っても人はまた繋がる事ができる。決して忘れる事はない、心が覚えているから」
2015年に失ったモノは形を変えて今に存在する。確かに出逢えていない人もいる。けどそれは失ったのではなく自分の知らないところで、違う誰かと繋がりながら生きてる筈だ。幸せを築きながら、求めながら、人は未来に進んでる。
罪悪感や嫌悪感、使命や義務で人を気持ちを束縛なんかしないで欲しかった
君に向けていた感情、僕はそのままの君を思い続けたかったんだ
碇シンジが見ていた景色は廃墟だった。目の前に広がる湖は過去の戦闘での爆発により出来た人工のものだった。山へ降りる夕日が周りの景色を夕焼けに染め上げる。
歌が聞こえた。第九・喜びの歌だった。シンジは声がする方へ顔を向ける。湖に突き刺さった壊れた石像、その上に座る少年。少年は夕日を見ながら歌う。
「あの時、僕は君を頃した」
歌が止む。シンジは少年を見続けた。少年は目を合わせることなく夕日を見ている。
「そうだね」
「どうして僕を選んだんだ」
「僕の願いだったから」
少年は振り向いてシンジを見た。赤い目と茶色い目が合う。そして少年は思いを伝えた。
「忘れて欲しくなかったんだ、僕の存在を。人はいつの日か失ったモノの存在を忘れる。僕の氏は避けられないモノだった。でなければ君達がこの世界から消えていたのだからね」
「それは間違ってる」
シンジは目をしかめた。その目に込められたのは悔しさと悲しさ。
「僕が失ったのは君と生きる未来だ」
「シンジ君……」
「記憶を失っても人はまた繋がる事ができる。決して忘れる事はない、心が覚えているから」
2015年に失ったモノは形を変えて今に存在する。確かに出逢えていない人もいる。けどそれは失ったのではなく自分の知らないところで、違う誰かと繋がりながら生きてる筈だ。幸せを築きながら、求めながら、人は未来に進んでる。
罪悪感や嫌悪感、使命や義務で人を気持ちを束縛なんかしないで欲しかった
君に向けていた感情、僕はそのままの君を思い続けたかったんだ
205: 2011/01/15(土) 21:31:05 ID:???
「あの時、君の中ではあの選択しかなかったかもしれない。でも僕は君に生きて欲しかった。君の最後の願いが『氏』ならば僕の願いは『生』。君の願いは叶えられ僕の願いは叶えられていない。不公平だ」
「でも、そうしなければ」
「人類の未来とか仕組まれた運命とか僕の安否とかじゃなく、本当の君自身の願いは?」
「僕の?」
「そう、君自身の願い」
「僕は…………」
少年は立ち上がり、空を歩いてシンジに近づいた。それに驚く事せず、少年が自分に歩いてくるのをただじっと見つめた。地面に降り立った少年はシンジと目線を合わせると「あはっ」と笑った。
「それなら僕は、君と生きたかったのかもしれない。それが例え自由じゃなくても、君と生きたかった」
「氏が自由をもたらす事は絶対にない。自由は生きていく中で自分で見つけるものだ。他人が決めた自由の『氏』が本当の自由なら人は既にこの世に存在しないんだから。束縛、柵、規則、全てを受け入れた上で生きる事が本当の自由だと僕は思ってる」
「強くなったね」
「そうかな」
「うん、強くなったよ」
褒められた、と同時にシンジはしゃがみこんだ。そしてすがすがしい顔をした。長年の考えを思いを打ち明けられてスッキリした、と心で感じていた。
「次に人として生まれた時は君にまた逢いたい。君と一緒に生きたいよ」
「あぁ、待ってる」
「ありがとう」
そしてまた歌が流れた。シンジは静かに目を閉じて少年の歌声に声を合わせた。
『次に出逢った時は君の本当の友になることを、誓うよ』
206: 2011/01/15(土) 21:33:49 ID:???
次に目を開けた時は短髪の少年の顔が目の前にあった。目と目が合うと少年はニッコリと笑った。
小さくなった、髪の色が黒になった、瞳の色が違う、前歯欠けてる、殴った覚えは無いのに、シンジは色々と混乱した。
「せんせー、おきたでー!」
頬に絆創膏、関西弁交じりの言葉を話す少年はシンジから離れるとワーイと言いながら外へ走っていった。
自分に小さな布団がかけられて周囲を見渡すと他にも何人かの子供が寝ていた。お昼寝の時間に子供達を寝かせていた、それからの記憶がない。どうやら気が緩んで一緒に寝ていたようだった。
さっきまでの『渚カヲル』との会話は夢だった。夢と言うには現実感がありすぎる、とシンジは思った。
「夢は忘れちゃうからさ、早く逢いに来いよ」
「そうすれば忘れないから」と呟き、先に起きていた子供達の布団を片付け始めた。途中、書きかけの書類を思い出し「しまった、今日は残業できないのに」とシンジは少し落ち込む。
布団を片付け終えたシンジは園長に書類の提出を延ばして貰った。締め切りを守らない事に普段なら嫌味の一つを吐き出す園長だが許してくれるところか「これから頑張りなさいね」と真剣に応援された。その言葉にシンジはまっすぐに「はい」と答える。園長は笑った。
「後は年明け後に改めて、ね」
「よろしくお願いします」
「ママさん方のご機嫌損ねなきゃいいけど」
シンジは園長の言葉の意味がよく分からなかったが適当に笑って誤魔化す事にした。
最後の引継ぎを他の先生に頼み、シンジは帰り支度を始めた。ホールからオルガンと子供達の歌声が聞こえた。どんぐりとどじょうが戯れる歌だった。
207: 2011/01/15(土) 21:48:30 ID:???
「すいませーん」
園の入り口から声が聞こえた。先生達はみんなホールに行っていて手が空いているのはシンジだけだ。シンジは玄関へと向かった。そこにいたのは自分が受け持ってる園児の母親だった。
「あ、先生。ごめんなさい。早い時間なんですけど息子を迎えに……」
「あぁ、鈴原さん。分かりました。今呼んで来ますね」
シンジはホールへ行きドアの近くにいた先生に母親が迎えに来たからその子の支度をお願いした。玄関に戻ると母親は段差に腰掛けていた。シンジは職員室に戻りお茶を汲むとお盆に載せ母親の元へ戻った。
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
お茶を受け取ると母親は一口啜った。そばかすの頬が少し赤くなった。
「ごめんなさい、急にお父さんが出張先から帰ってくるから二人で出迎えたくて」
「大阪、でしたっけ?」
「そう。クリスマスだからって無理やり戻ってくるみたいなの」
「家族思いの良いパパですね」
「帰ってきてもなーんにもしないで子供と一緒にはしゃぐんだけなんだけどね」
「ははっ」
そう談話していると先生と一緒に少年がやってきた。母親の顔を見た少年は笑って走ってくる。
「おかー!」「さんでしょ?」
シンジは引継ぎをやってきた先生に「よろしく」と任せると職員室へと戻ろうとした。母親は「碇先生」と呼び止めた。シンジは「はい?」と答え足を止める。
「おめでとうございます」
母親からの言葉にシンジは首を傾げたが彼女が自身の左手の薬指を指し示した事で、意味が分かった。シンジは頬を赤らめたが胸の内からすっと自然に「ありがとうございます」と答えられた。
園の入り口から声が聞こえた。先生達はみんなホールに行っていて手が空いているのはシンジだけだ。シンジは玄関へと向かった。そこにいたのは自分が受け持ってる園児の母親だった。
「あ、先生。ごめんなさい。早い時間なんですけど息子を迎えに……」
「あぁ、鈴原さん。分かりました。今呼んで来ますね」
シンジはホールへ行きドアの近くにいた先生に母親が迎えに来たからその子の支度をお願いした。玄関に戻ると母親は段差に腰掛けていた。シンジは職員室に戻りお茶を汲むとお盆に載せ母親の元へ戻った。
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
お茶を受け取ると母親は一口啜った。そばかすの頬が少し赤くなった。
「ごめんなさい、急にお父さんが出張先から帰ってくるから二人で出迎えたくて」
「大阪、でしたっけ?」
「そう。クリスマスだからって無理やり戻ってくるみたいなの」
「家族思いの良いパパですね」
「帰ってきてもなーんにもしないで子供と一緒にはしゃぐんだけなんだけどね」
「ははっ」
そう談話していると先生と一緒に少年がやってきた。母親の顔を見た少年は笑って走ってくる。
「おかー!」「さんでしょ?」
シンジは引継ぎをやってきた先生に「よろしく」と任せると職員室へと戻ろうとした。母親は「碇先生」と呼び止めた。シンジは「はい?」と答え足を止める。
「おめでとうございます」
母親からの言葉にシンジは首を傾げたが彼女が自身の左手の薬指を指し示した事で、意味が分かった。シンジは頬を赤らめたが胸の内からすっと自然に「ありがとうございます」と答えられた。
208: 2011/01/15(土) 21:49:56 ID:???
◇
「甚大なる処置ありがとうございます」
「いやいや、あっちの部署も手が足りないって言っていたから助かると言っていたよ。正式な移動は年明けだが今から少しずつ慣れておくといい」
「はい」
「あと、これは返しておくよ」
「やはり、ダメですか?」
「いや、とても興味深い内容だった。だが、編集者の立場で言えばこれを記事として掲載するよりも小説として出版したほうが面白い。無論、SF小説でね」
そうですよねーと葛城ミサトは楽天に笑った。彼女の上司である冬月編集長の机に置かれた原稿、1枚目のタイトルに『2015年の真実!人類は巨大生物に襲われていた?!』と書かれている。碇シンジと対談した内容を彼女なりにまとめた記事だった。
笑っているミサトに対して、冬月の表情は少し険しかった。
「……この事実とAという少年の存在が公になれば他局のマスコミはどんな手を使ってでもその人物を探し出し事実を追求するかもしれない。もしかしたら政府が関わるかもしれないな」
その言葉でミサトの笑顔も消える。確かにそうかもしれない、それを覚悟での取材して記事を書いた。もし彼の身に何かあったらミサトは身を犠牲にして彼を守るつもりだった。
「しかし実際は見向きもされんだろうな、この記事は。2015年は隕石が衝突した災害こそが我々の真実なのだから。56億分の1の人類の真実なんてものはカルト宗教並の戯言にしかならん」
冬月は再び原稿を手に取りパラパラと捲った。原稿に挟まれている1枚の写真を見た。そこに写っていたのは国連直轄の人工進化研究所で行方不明になっている碇ユイだった。
「人類の新しい歴史、か」
「編集長?」
「私はAという少年が幸せになって欲しいと思っている。何故だか分からない。もしかしたら失われた過去の記憶からの気持ちで、私はこのAとその時接触し、彼を知ってるのかもしれない」
209: 2011/01/15(土) 21:51:49 ID:???
憶測だがね、と冬月は言葉を閉め原稿をミサトへ返した。受け取るミサトは残念がっていたが少し安心したような表情にも見えた。その表情を見て冬月は自分の判断に間違いはなかったと胸を張った。
「もし君がこの少年に再び逢う事があるのなら伝えてくれないか、幸せになってくれと」
「はい」
葛城ミサトはタイムカードを付いた。付かれた時間は17時ちょうどだった。定時退社なんて何年ぶりだろうと思った。エレベーターを使い自社の地下駐車場へ降りる。その足で愛車ルノーA310に乗り込んだ。
運転席で一息ついた後、携帯を見るとメールが1件入っていた。受信ボックスを開くと宛先の名前は碇シンジと表示されていた。
『仕事終わりました。時刻どおり待ち合わせ場所に行きます』
絵文字も顔文字もないシンプルな文だった。ミサトは返事の文を打ちメールを送る。送信完了の画面が表示され、携帯を折りたたんだ。
が、もう一度携帯を開くとアドレス帳を開いた。五十音順で三番目に表示されているシンジの名前を選択し編集した。彼から苗字が消えた。
「とりあえずこれで、よしっと」
背もたれに体を預け息を吐く。携帯をバックに戻し、一つの封筒を手に取る。
ミサトは中身は見なかったが、その封筒を大切そうに腹元で握る。
彼女が碇シンジと出会って七年が過ぎた。
彼を知り、きっかけが欲しくて加持に相談した。加持の企画どおりクリスマスの日に彼の部屋に忍び込んだ。覚悟と期待をして忍び込んだのに何もなかった事にあっけなさを感じた。
でも、それがより一層彼を知りたい欲を生み出した。
ぎゅっと封筒を握り、右手で優しくお腹を撫でる。
一緒に泣いた、笑った、喧嘩した、あっという間に時が過ぎた。
事実を知る事で幸せを失う覚悟をした事もある。でも、私は失っていない。失わずに幸せを得て生きていける。あぁ、なんて私は幸せなんだろう。
溢れそうな涙を堪え、封筒を助手席に置くとミサトはエンジンをかけてアクセルを思いっきり踏み車を走らせた。
210: 2011/01/15(土) 22:19:29 ID:???
先月から長い間お付き合い恐縮です。
駆け足で書いてきたような気がしますが、ここで一旦終わりです。
とある主要キャラが出てこないお話ですが、シンジが親となり本当の父となれた時に彼らは再会できると思ってます。
彼らの負い目と憎しみは時間と周りの人達が救ってくれると思っていますので。
最後になりますが、お読み頂きまことにありがとうございました。
◆C7/C1VxgKE
駆け足で書いてきたような気がしますが、ここで一旦終わりです。
とある主要キャラが出てこないお話ですが、シンジが親となり本当の父となれた時に彼らは再会できると思ってます。
彼らの負い目と憎しみは時間と周りの人達が救ってくれると思っていますので。
最後になりますが、お読み頂きまことにありがとうございました。
◆C7/C1VxgKE
引用元: ミサトシンジの小説投下スレ
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