14: 2006/01/17(火) 21:48:03 ID:???
   紫煙でくもる室内を、モニターの明かりが照らしだしている。
   コンクリートと電子回路からなる完全無機空間。
   サイドテーブルに手を伸ばして、
   本日七杯目のコーヒーに口をつける。
   赤木研究室の主たる私の今日の仕事は、
   これでようやく終盤といったところ。

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  アンロジカリィ システマティック              by 味噌の人
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   「午前2時、ね…」
   応える者は誰もいない。
   本部に残っているのは当直の者だけで、
   したがって研究室には私以外の人間は存在せず、
   つまりこれは私の独り言だと断定できる。
   見事なロジックだ。
   第一、この窓のない部屋においては時間なんていう概念は希薄で抽象的で、
   『モニターの右下に表示されている数字の羅列』という程度の存在にすぎない。
   ここにある全ての物質は、調査と分類と検討と保存のための機械であり、
   それは私自身も例外ではないのだった。
   目的は仕事。それのみ。
   メインディスプレイに目を戻す。
   表示されているのは、チルドレンのシンクロ及びハーモニクス推移グラフ。
   先程MAGIから落したデータ。
   彼女らの体調を把握し、実験のスケジュールを決めるのも
   私というマシンに課された仕事の一つである。

15: 2006/01/17(火) 21:50:58 ID:???
   折れ線で表されたラインは3本。
   ほとんど上下しないのがファーストチルドレン。
   対照的にあとの二人―――セカンドとサードは凹凸が激しい。
   これが私の大きな心配事の種なのだ。
   ことは直接人類の存亡に関わる。
   「全く…どうにかならないかしら、この変動値」
   近頃は二人そろって高数値だが、肝心の戦闘時に低下するようでは困り物だ。
   重ねてみると二人の上下動はほぼ同じ時期に重なっているし、
   これは葛城作戦部長の監督責任が問題なのではなかろうか。
   保護者といえば聞こえはいいが、『酒豪』で『ずぼら』で『家事不能』とくれば
   十分確実性のある推論である。
   これもまた見事なロジックだ。
   全く、後で小言を―――いや、忠告―――むしろ警告しておこう。
   そう思った矢先に、背後でエア・ロックの音が響き、

   「リっツコぉ~!コーヒーちょーだい♪」

   ………などとお気楽に、本人お出まし。
   「あらミサト、今日は残業?」
   「そーなのよう」
   いつでも天真爛漫な友人は、あはは、と笑いながら隣までやってきた。
   「こないだの戦闘の後始末が大変なのよぅ。
    被害報告と各方面への偽造文書、UNへの追加予算申請でしょ、あと苦情処理も。
    いったい何百枚あると思う?おかげでここ一週間、ろくに帰ってないのよねぇ…」
   「あらあら、あなたも大変ね作戦部長さん」
   まぁ、本当に大変なのは彼女の笑顔の裏で日毎にやつれていく日向君だけど。
   私の溜め息をよそに、ミサトはごきゅごきゅとコーヒーをからにしてしまっていた。

17: 2006/01/17(火) 21:55:37 ID:???
      『それは私のコーヒーよ』
      『そのかわいい猫マグは私専用よ』
      『コーヒーをいっきにあおるのは飲み方として間違ってるわ』
      『そもそもここはコーヒー屋ではありません』

   言いたい事は多々あるが、口にはしない。
   ゴミンゴミン、などと一言で流されるのがオチだ。
   彼女の性格から考えて、実にロジックである。
   伊達に長い付き合いをしているわけではない。
   人間は学び、成長するものなのだ。
   その損得はともかく。
   「それにしてもミサト、あなた保護者でしょ?
    あの二人の管理、ちゃんとしてくれないと」
   それでもこれだけは言っておく。
   ミサトはちゃらんぽらんだが、その実信頼に足る友人ではあるのだ。
   「ん~。そうね…もう今日は帰ろうかしら~」

   日向君。あなたは帰れなくなったわ。実にロジックな展開上。

   「リツコのその口ぶりからすると、マズいの?二人の調子」
   「今のところはいいけれど。両者絶好調なのよ」
   「あ、やっぱ?そりゃ心配だわ」
   「?どうして?」
   「あーいや、最近あの二人怪しくてさぁ。
    おねーさんのいない間に、あ~んなコトやこ~んなコトしてたらどーしよ、なんて」
   なはは、と笑うミサト。
   ―――前言撤回。
   彼女に『信頼に足る』などという形容詞は使えない。
   あ…頭痛がする…

18: 2006/01/17(火) 21:58:49 ID:???
   「ちょっと待ってミサト…あの二人ってそんな仲なの?ネルフ内じゃ、どう見たって険悪じゃない。
    つい二十三日と十一時間前には、アスカがシンジ君に怒鳴りつけてるのを見たわよ?」
   「ん、ウチでもそうだったんだけどさ。内心まんざらでもなかったらしいわよ?
    しかも意外なことに、シンちゃんがアスカを口説き落としたとか」
   ………頭痛が更にひどくなってきた。
   しかしながら、確かに、胸は少しあたたかくなる。
   そう―――そういう事情だったの。
   ミサトの不在と、二人の好調。
   それがもし、恋愛感情に絡むものだとしたら―――?
   彼女達は、大人の都合で随分とつらい思いをして育っただろうに。
   そんな二人が―――互いに想いを通わせようとしているなら。
   ふいに、なんとも言えない感慨が私を走った。
   「あの…リツコ?もしかして怒ってる?」
   「どうして?怒っているように見えるかしら」
   「い…いえ。笑ってるように見える」
   「自分でもそう思うわ」
   「………なんか、リツコが笑うのって久し振りかも」

   そうね。
   そうかもしれない。
   機械としての性能を持つ私が、唯一機械と違うところ。

   「恋愛はロジックじゃないものね…非論理機構も、捨てたものじゃないわ」

19: 2006/01/17(火) 22:00:34 ID:???
   キーボードに向き直って。
   自分でも惚れ惚れするタイピング速度で、訓練スケジュールを書きかえはじめる。
   なるべく二人が一緒にネルフに来て、一緒に家に帰れるように。
   …別に二人の恋仲を応援するわけじゃないわよ?
   これで彼女達のシンクロ率が上がるなら、それも私の仕事ってこと。
   …自分に言い訳してみても、頬がゆるんで止まらない。
   全く、私もまだまだ甘いものね。
   愛用のパソコンに向かって微笑む。
   母さん―――あなたは何て言うかしら。
   無視する?嘲笑する?それとも軽蔑するかしら。
   いえ―――やっぱり微笑むでしょう。
   女として生き、女として氏んだあなたなら。
   ロジックを目指しながら、アンロジックな恋を選んだあなたなら。
   いいわ、アスカ。シンジ君。
   私はいつも通り厳格だけど、こうして影からこっそり応援してあげる。
   そうしてタイプを終えた後。
   私はいつになくすがすがしい気持ちで、機械の群れの電源を切った。
   時刻は3時前。
   たまには星でも見に外に出るのもいいかもしれない。
   モノレールは勿論止まっているだろうが、
   管理者特権というのはこういう事態のために存在するのだ。
   この暖かい、非論理機構的に私を満たす想い。
   アンロジカリィ・システマティック。
   もしかすると、世界を救うのは、
   難解な数式や、練成の技術や、複雑な科学ではなくて。
   ただこの『ぬくもり』なのかもしれない。
   閉じこもりすぎて忘れかけていたもの。
   人と人とが相互理解のための努力を惜しまない、
   そんな世界への希望。
   少し大げさかもしれないけれど。
   子供達が大人に提示する一つの可能性。
   それに懸けてみるのも悪くはないわね、母さん。

20: 2006/01/17(火) 22:02:38 ID:???
  「ほんとに、笑えるくらいアンロジックね―――」



   背伸びをして、天井のはるかむこうの空を思う。
   今の一瞬、どこかでまた生まれている愛を思いながら。







   ( "unlogicaly systematic thing : love " is END.)





   「リツコ?なによそのニヤケっぷり。むしろ怖いわよ、なんか」
   「お黙り。さっさと戻って仕事をなさい。今日も帰らなくて結構よ」
   「えぇ!?ひどい…リツコ、さっきと言ってることが逆ぅ…」

21: 2006/01/17(火) 22:04:05 ID:???
以上です。
全然LASじゃねぇよ、との御意見ごもっとも。
復帰時には甘い甘いのを持ってまた参りますのでどうぞよしなに。

引用元: 落ち着いてLAS小説を投下するスレ 14