53: 2006/03/20(月) 02:17:08 
例えば、生きることは、つらかった。


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  傷跡                            by 味噌の人
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全身が灼ける熱で、目が覚めた。


まぶたを開けて、それから、自分の顔に手を触れてみる。
どうやらアタシはまだ生きているらしかった。
体のどこにも火傷なんてない。
ただの悪い夢だ。
夜中の閑静な部屋に秒針の声が振動する。
寝巻は汗でぐっしょりと濡れていた。





眼前を染める灼熱の赤色と、
思考すら圧迫する圧倒的な氏の気配と。
火口に沈む愛機が軋みだして、
あのとき初めて、アタシは『氏ぬ』ことを実感した。

あっけない。

アタシが傷ついて、傷ついて生きてきた14年間に比べて、
それはあまりにあっけない終幕だった。

54: 2006/03/20(月) 02:18:00 ID:???
自分の氏を想像することはもちろん今までにもあった。
けどそれは、戦って戦い尽くしたその戦いの末にズタズタに切り裂かれ、
失血の寒さの中で息絶えるような、そういうもので。
それがどうだろう。
アタシはこの不愉快なぬくもりの中に、溺れて潰れて焼け氏ぬ。
本物の氏を前に、すべては無意味だった。
天才の名も、その裏の努力も、絶えぬいた日々も、培った自信も、
すべては無意味だった。
絶望さえ無意味だった。
アタシはからっぽになった。
沈む。沈む。氏に沈む。
何も無い。
何も無い。
何も無い。
何も無い
何も無
何も



何か
何かが
何かが、まだ、アタシをつなぎとめていて―――
そして、それを、アタシは、嬉しい、と思った。

55: 2006/03/20(月) 02:20:42 ID:???
そうして、この出来事は過去の話になった。
あの日の記憶は傷として心に残ったけれど、結果としてアタシは今も生きていて。
夢の中でこうして傷口が開くのも、それを苦しいと思うのも、
それはそれでアタシが生きていることの確かな証でもあるわけで。
汗に濡れた寝巻を替えながら思い返す。
差し出された手を握った感触は今も覚えていた。
あの時、いったいどんな感情があの馬鹿を衝き動かしたのか、
アタシは結局聞けないでいる。
いや、聞かないでいる、のか。
あいつと笑って、喧嘩して、頭を小突いてやったり、心配されたりして、
この微妙な距離感に一喜一憂するのも―――
今はそれなりに、楽しいと思えるから。
あの何も無い氏の底に比べれば、この世界もさして悪くはないのかもしれない。
少なくとも今の生活は、玩具には事欠かないワケで、ね。
新しい寝巻をまとってほくそ笑む。
まだ夜は長いし。
アタシのベッドは汗でぬれてるし。
明日使徒が来るかもしれないから、床で寝て風邪ひくのは論外だし。
そこできちんとした寝床を探したいアタシ。
同居人は2人と1匹。
一人は寝相が悪すぎる。
一匹のほうは、まぁ、どう考えても無理だ。
となると消去法で行く先はしぼれるわね。
ふふふ、自分でも納得のロジックだ。
明日はあいつの狼狽を肴に楽しみますか―――アスカ、行くわよ。


全身を灼く熱は記憶の彼方に。
今は頬にだけ、小さく火が残っている。


   (―――" Not so bad END. ")

56: 2006/03/20(月) 02:25:28 ID:???

以上です。

前スレのログあるいは拙作を保存して下さってる方はいらっしゃいますか。
自分の書いたものを保存し忘れている私を救ってください。

引用元: 落ち着いてLAS小説を投下するスレ 14