146: 2006/05/27(土) 13:36:01

 アスファルトからは湿った空気が昇ってきて、少し息苦しい。
自然と惣流アスカの機嫌は悪くなり、当然碇シンジが軽くこづかれる。
それは林檎の木から重みに耐えかねた林檎が地面に落ちる事より、当たり前の事である。


 チャイムが鳴り、昼休みになると、皆仲良しの人間と寄り添って昼食を取る。
そんな中、碇シンジは惣流アスカの席へ弁当を届け、中身を確認した惣流アスカに何かしら文句を言われる。

今日は野菜が多いと怒られている。

「アタシは肉が食べたいのよ」
「でもアスカ、野菜を取らないと、身体に良くないよ?」

 そう言う碇シンジに、惣流アスカは決まって、うるさい、と怒る。
碇シンジは反射的に、ごめん、と謝る。

叱られた碇シンジは、一瞬だけ悲しそうな顔をするが、仲の良い友人達に声を掛けられるとあっさりと笑顔に戻り、屋上へ向かう。

惣流アスカはその後姿を少しばかり睨み付けるようにしてから、友人と机を向かい合わせて、食事を始める。

何のかんので彼女が昼食を美味しく、笑顔で頂いているのは、お日様が東から昇る事の様に、自然な事である。

 惣流アスカが週番の時、碇シンジは惣流アスカに呼びつけられ、仕事を押しつけられる。

「アタシこれからヒカリと用事あるから、宜しくね」
「ちょっと待ってよ、僕だってトウジ達と約束が――」

 碇シンジも流石に断ろうとするが、惣流アスカはそれを睨む。
碇シンジは言葉を続ける事が出来なくなる。

いいから、ヨロシク。
惣流アスカはそう言って、碇シンジに日誌を押しつけると、満面の笑みを浮かべて教室から出て行く。
後には立ちすくむ碇シンジと、その仲間の二人だけが残される。

碇シンジが惣流アスカに仕事を押しつけられた回数は、もしかしたら、一年で三百六十五回を超えているかも知れない。

そして大抵、碇シンジが押し切られてしまうのは、ミニスカートの女性に自然と目が向いてしまうのと同様に、仕方の無い事である。

147: 2006/05/27(土) 13:37:29 ID:???
 ある日、その日は碇シンジの機嫌が悪かったのかも知れない。

弁当に文句を言った惣流アスカに、珍しく彼は反抗した。

そんなに文句を言うなら自分で作ればいいじゃないか。

碇シンジはそう言って、心なしガニ股になって、屋上へと向かっていった。

そんな時、惣流アスカはいつも以上に過激な口を持つ。

「何よ、アンタの弁当なんかこっちから願い下げよ。この馬鹿、変態、ファザコン――」

 それすらも聞こえぬかのように、碇シンジが教室から出て行くと、惣流アスカは口をへの字に曲げ、目線が心なしか下を向く。

友人に声を掛けられ、弁当を開くが、その日の彼女は余り楽しそうに食事をしない。
 そういう日の放課後は、碇シンジが惣流アスカを無視するように教室を出る。

いつもなら一緒に帰るか、少なくとも一声掛ける程度はするのに、あからさまに無視をする。
惣流アスカは碇シンジの背中に向けて、暴言を放つ。

馬鹿、変態、ファザコン、スケベ、オカマ、根性無し――。

それすらも碇シンジが無視すると、惣流アスカは、余程注意しないと気が付かない程に、僅かにうなだれながら、教室を出る。

 碇シンジを尾行するように、惣流アスカは帰る。

道路には夕陽が照っていて、碇シンジの影は長く伸び、惣流アスカはその顔の辺りをわざと踏みつけたりしている。

碇シンジは惣流アスカに気が付いているはずだが、声を掛けようとはしない。

 公園の前に来る。碇シンジがその中を横切ろうとすると、中にはずり落ちたズボンを履いた、学生服姿の不良達がたむろしていて、運悪く絡まれてしまう。

「なあ兄さん、金、貸してくんない?」

 一人の、顔中にピアスを付けた男が薄ら笑いを浮かべ、馴れ馴れしく肩に手を回しながら言う。
男の仲間は、四人程居て、皆へらへらと笑っている。

 こういう時、碇シンジは抵抗しない。

黙って財布を出すと、中から札を何枚か抜き取って、ピアスの男に手渡す。

ピアスは碇シンジの素直さに多少驚きながらも、ありがとね、と笑い、金をむしり取る。


148: 2006/05/27(土) 13:38:21 ID:???
 惣流アスカは公園の隅でその様子を眺めている。

碇シンジが金を渡したのを見て、惣流アスカは猛然と走り始め、その勢いのまま空に舞う。

猛烈なドロップキックがピアスの脇腹に決まり、ピアスはその場に倒れ込む。

ヒラヒラと落ちてくる札を片手で掴み、碇シンジの手を取ると、突然の事態に言葉を失っているピアスの仲間を無視して、惣流アスカは再び歩き始める。

「おいコラ、ソコの女ぁ」

 再起動したピアスの仲間が、悠然と歩く惣流アスカに柄悪く叫ぶ。

ナメてんのか、ああ? 惣流アスカは相手にせず、一瞥をくれると公園の出口へと歩いて行く。

「シカトとは良い度胸だなコラ……待てっつってんだろうが?」

 ピアスの仲間が惣流アスカと碇シンジを取り囲む。

惣流アスカは気怠げに空を見上げ、鼻で笑う。
その態度を見て、怒りが頂点に達したピアスの仲間は、大声で叫びながら、拳を振り下ろそうとする。

同時に、木陰から黒服の男達が、タイミングを計ったかのように現れ、ピアスの仲間を取り押さえる。
惣流アスカは黒服達に軽く頭を下げると、マンションへと向かう。

 マンションのロックを外し、玄関で靴を脱ぐ。

碇シンジは一言も喋っていない、惣流アスカも一言も喋らない。

 公園から、彼等は手をつないだままである。

靴が脱ぎ辛いだろうに、わざわざ手を繋いだままお互い靴を脱いでいた。

しかし彼等は一言として、言葉を発そうとはしない。

 リビングを抜け、惣流アスカと碇シンジの部屋の前に来る。

二人は暫くその状態で固まっていたが、やがて碇シンジの方から口を開く。

「……今日の夕飯、何が良い?」
「肉ジャガ」
「……サラダも作るから、食べてよ?」

 彼等は手を離し、お互いの部屋に入る。

きっと明日の昼休みは、惣流アスカに叱られた碇シンジが、ごめん、と謝っているだろう。


 碇シンジと惣流アスカは、きっとこの二人で無ければこなせない日常を送っている。
碇シンジという存在は惣流アスカにとっての碇シンジと同義であるし、惣流アスカという存在は碇シンジにとっての惣流アスカと同義である。



149: 2006/05/27(土) 13:39:12 ID:???
仄かな光しかない広大な空間に、二人の男が居る。

両者共に髭を生やしており、片方はサングラスをしている。

サングラスの男は手に持った書面に目を通し、もう一人のポニーテールの男に、ご苦労、と重々しく呟く。

「しかし、君は作家志望なのかね? そうでないのならば報告書は簡潔に書く事だ」

 サングラスの男がそう言うと、ポニーテールは、昔憧れてたんですよ、とおどけた。

「それよりも司令、何故公園の時にシンジ君を助けなかったのですか? 報告は直ぐに来たでしょう」
「現場の判断だろう、私の知る事では無い」
「シンジ君のガードから聞いてますよ。司令からの直の命令で、セカンドが動くまで何もするな、と言われていたそうじゃないですか」

 場に一瞬の静寂が流れ、それに伴い空気も重くなる。
だが、ポニーテールの男は一筋の同様も見せず、返事を待つ。

「君は頭が回り過ぎるな、加持君……要らぬ興味は身を滅ぼすよ」

 加持と言われた男はサングラスの男の一言に思わず吹き出す。
と同時に、何故こんな下らない話題なのにこの人は糞真面目な話し方なのだろうと、少し真剣に考える。

「親心、ってヤツですかね?」

 加持は口端を弛めながらそう言い、サングラスの奥の表情を覗き込もうとする。

「報告は終わりだ、下がりたまえ……」

 サングラスの奥は見えない。加持は観念して部屋を後にする。
 部屋に一人残った男のサングラスが怪しく光る。
男は口許を隠すように手を組み、無言で椅子に座っている。

男の机の上に広がる書類には、碇シンジと惣流アスカの監視報告が書き連ねてある。
男は静かに引き出しの、最高レベルのセキュリティを外す。
引き出しの中には一つだけ、結構な厚みを持ったファイルが入っていて、男はそれを取ると、加持から受け取った報告書をファイルに仕舞う。


『碇シンジ・現状におけるフラグの状況』


 司令直筆で題されたファイルは、今日も最高レベルのセキュリティの中、司令室の机に守られている。

「……やはりセカンドはツンデレか……全て予定通りだ、何も問題はない……」

 ぼそりと呟いた男の声を聞いた者は、誰一人としていない。 

             了

150: 2006/05/27(土) 15:55:06 ID:???
>>145-149

乙!

とはいえ、ゲンドウが「ツンデレ」という言葉を使うのはなんか違和感がな、、、
ま、俺の個人的な意見だ。気にしないでガンガってくれ。

151: 2006/05/27(土) 20:07:36 ID:???
や、つーかこれはその違和感を笑うところだろう?w

引用元: LAS小説投下総合スレ14