1: 2012/07/27(金) 21:00:23.41
弟子「え」

剣士「もーさぁ、もう何度目かだけど、俺は人間が嫌いだからこんな山奥に引きこもって暮らしてるわけですよ、いい?」

弟子「そ、それは承知しております! ですが、そこを曲げて……!」

剣士「弟子とかもう本当に駄目じゃん! 君知ってる?」

弟子「何を……でしょう」

剣士「師匠ポジションのキャラが氏ぬ確率」

弟子「え」

剣士「もうびっくりするほど氏ぬよ?」

剣士「『師匠すら勝てなかった敵を倒す』」

剣士「解りやすい強さのバロメータになるよね。師を乗り越えて、さらなる高みに……みたいな」

剣士「『もう、お前に教えることはない』って結構な氏亡フラグだから!!」

剣士「それストーリー上『用済み』ってことだから!!」

女剣士「落ち着け!」

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1343390423/

2: 2012/07/27(金) 21:03:32.92
※業務連絡

お疲れ様です。
下記の話の続きです。
主人公は同一人物ですが、話としては独立しています。
よろしくおねがいします。

女剣士「勝負だ!」剣士「めんどくせぇ!!」

将軍「久しいな」剣士「めんどくせぇつってんだろ!」



3: 2012/07/27(金) 21:04:09.61
弟子「あの、そちらは……」

女剣士「あ、いや……こいつと一緒に暮らしている、女剣士だ」

剣士「あ、そうだ。こいつに勝てたら、弟子にしても良いよ」

女剣士「え」

剣士「だって、このままだったら、君。家の前にずっと正座で座り込む展開だよね」

剣士「雨が降っても風が吹いても雪が積もっても、ぶっ倒れるまで座り続けて――」

剣士「意識が戻ると家の中に寝かされてて、それで熱意に押される形で俺が弟子入りを認める形だよね!」

剣士「『身体の調子が戻ったら早速稽古だ、加減はしないし、弱音を吐いたらすぐに放り出すぞ』」

剣士「『はい、師匠! ……ですが、師匠がその……看病してくださったんですか?』」

剣士「『ば、馬鹿。家の前で氏なれたら迷惑なだけだ! 勘違いするな!!』」

剣士「腐女子大喜びだよ! やったね、剣士ちゃん!」

女剣士「色んな意味でやめろ!!」

4: 2012/07/27(金) 21:04:51.72
剣士「まぁ、とにかく。女剣士に勝つという明確な目標があれば、俺の尻は安全なわけだ」

弟子「最初から狙ってません! そ、某はノーマルです!」

女剣士「はぁ……解った。1度言い出したら聞かないんだからな……木剣を取ってくれ」

剣士「手加減するなよ」ヒョイ

女剣士「あぁ、解っている」パシッ

剣士「君も、女だからって舐めてると、最悪氏ぬよ」

弟子「承知しております」パシッ

女剣士「では、未だ未熟な身なれど……お相手いたす」ビリビリ

弟子「(ぐ……流石、剣士殿がおっしゃるだけある……隙がない……だが、負けられないっ!)」

女剣士「(……気迫はある。構えも堂に入っている。しかし……)」



剣士「あ、女侍。なにかおやつない?」

女侍「クッキーがありましたが……はい、あーん」

剣士「あーん……」

5: 2012/07/27(金) 21:05:37.61
弟子「(くっ……駄目だ。待っていては、不利になる! ここはこちらから打ってでなくては!)」

女剣士「(……来るっ!)」

弟子「てやあぁぁぁぁっ!」

女剣士「ふっ!」ヒョイ

弟子「(たやすく避けられた。だが、これは想定内! 返す刀で……!)」

女剣士「やぁっ!」ビュッ!!

弟子「ぐあっ!」ビシッ

弟子「(早いっ! 振り戻す前に小手を取られた……!)」

弟子「ま、まだまだっ!」

女剣士「おうっ!」



女騎士「はぁ……宮仕えと通い妻。両方やらないといけないのが騎士の辛いところですわ。やっと休暇が取れました」トコトコ

女侍「お帰りなさい」

剣士「ほら、女騎士。あーん」

女騎士「あら、来て早々に剣士様からあーんだなんて、今日は良い日ですわ…………あーん。ぐっ、く、口の中パッサパサ……」

女侍「歩いてきてすぐクッキーなんて食べたらそうなるでしょう。ほら、剣士様も笑ってないで水を持ってきて下さい」

6: 2012/07/27(金) 21:07:51.37
女剣士「……それでは、次はこちらから参る」

弟子「……っ!」ゾクッ

女剣士「……」ヒュンッ!

弟子「うぐっ!」カンッ!

弟子「(は、速い上に、フェイントの数が尋常じゃない!)」

弟子「(辛うじて防いだが、これでは……っ!)」

女剣士「まだまだっ!」ヒュヒュヒュン

弟子「(さらに速くなった!? だ、駄目だ! 追いつけない!)」

弟子「うああぁっ!!」 ブン! ブン!!

女剣士「……そこっ!」ベシッ

弟子「くうっ……」

女剣士「勝負ありだな」ピタッ

弟子「ま、参り、ました……」



女暗殺者「…………剣士、手紙が来てる」

剣士「うん?……『南国の香辛料に投資しませんか? 今がチャンス! あなたのお金を10倍にして回収』……」ビリビリ

剣士「ったく、こんな山奥にまでご苦労なこった」

女暗殺者「投資するほど……お金あるの?」

剣士「貯金はあるけど、投資に費やす金はありません。香辛料なんてリスキー過ぎる」



女剣士「あの……終わりましたよー」

剣士「ご苦労」

剣士「と、いうわけで、お疲れ! 解散!」

弟子「ま、また参ります!」

剣士「いや、来なくて良いよ。めんどくさい」

弟子「いえ、必ず! それでは、失礼します!」

7: 2012/07/27(金) 21:08:36.79
弟子「剣士殿! お願いいたします! 弟子に!!」

剣士「じゃぁ、今日は女侍な」



女侍「……私の剣は、いわゆる剛の剣」

女侍「氏にたくなければ、しっかり、受けて下さいね?」ニコッ

弟子「う……」ゾワッ

女侍「りゃあぁぁぁっ!!っ!」ゴォッ

弟子「ぐおっ!」ガンッ!!

弟子「(お、重いっ! 鉛の棒で打ち合ってるようだ!)」

女侍「でやあぁぁっ!!」ブオッ

弟子「いっ!?」ガヅッ!!

弟子「(ぼ、木剣で木剣が……切れた!?)」

女侍「おや、木剣は久々で加減を間違えてしまいました。申し訳ありません。今代わりを……」

弟子「ま、参りました……修行して参ります」

8: 2012/07/27(金) 21:09:11.06
弟子「剣士殿! 今日こそは!」

剣士「女騎士、頼む」



女騎士「わたくしはこの、練習用のレイピアで失礼しますわ」

弟子「はいっ! よろしくお願いします!!」

女騎士「では……」トン

弟子「え」

女騎士「駄目ですわね。真剣なら心臓を抉られてますわ」

弟子「(全然突きが見えなかった……)」

女騎士「もう一度」トン

弟子「ぐ」

女騎士「今度は喉ですわ」

弟子「(速さもそうだが、狙った場所に、軽く『触れさせるだけ』の精密さ……)」

弟子「(舐められているのは解るが……技術があってこそだ)」

女騎士「もう2回は氏んでおりますが、どうなさいますか?」

弟子「……出直して参ります」

9: 2012/07/27(金) 21:10:16.80
弟子「なにとぞ! 弟子にして下さい!」

剣士「女暗殺者、よろしく」



弟子「(……奇妙な構えだ。異様に低い姿勢……獲物はダガーか。木製だけど)」

弟子「(我流なのか……それとも……)」

女暗殺者「…………」ヒュッ

弟子「うあっ!?」ガキンッ

弟子「(威力はさほどでもないが……なんだこれは!?)」

女暗殺者「…………」グリン ヒョッ

弟子「(気配が読めない! 全然予想もしない方から攻撃が……!)」

弟子「(せ、せめて反撃を!)」

弟子「くっ! このぉっ!」ブンッ

女暗殺者「……っ!」シュルン

弟子「(ま、股の間を潜って背後に!?)」

女暗殺者「………………おしまい」ノドモト ピタリ

弟子「ぐ……ま、参りました……」

10: 2012/07/27(金) 21:10:53.22
女剣士「また、来るのかな、あいつ」

女騎士「というか、わたくしたちの方が『熱意に押されて』コースに入りそうですわ」

女侍「かれこれ3ヶ月ほどでしょうか……この短期間に、私達を3巡ほどしておりますが」

女暗殺者「…………剣士は、興味がなさそう」

女剣士「少し可哀相になってきたな」

11: 2012/07/27(金) 21:11:42.49
女剣士「なぁ、剣士。あの、弟子のことだが……」

剣士「うん?」

女剣士「お前は全く興味がないのか?」

剣士「ないね」

女騎士「ですが、それでは余りにも……」

剣士「あのね、いうまでもないが剣術というのは『人頃しの技術』なんだ」

女侍「…………」

剣士「街の道場だと、紹介状がないと入門できないような場所もある」

剣士「そう聞けば、お高く止まってるようでなんとなく印象は悪いが、これは仕方のないことでね」

剣士「世の中のものは何でも悪用できる」

剣士「もちろん、詐欺師が捕まったからって、そいつに読み書き算盤を教えた教師の責任が問われることはないが」

剣士「剣術はそうもいかん。人の命に直接関わるようなものは、教える相手もある程度吟味しないと後々トラブルの元だ」

剣士「つまり紹介状というのは、『ここで紹介するこの者は、道場で習得した技術や知識を悪用しません。私が保証します』という証になるわけ」

剣士「ただ、俺は他人に責任は持てないからね。他人に剣について教えることはしない」

剣士「というか、君たちに勝てるようになれば、強さとしては十分過ぎる」

剣士「ま、あの調子ではあと5年くらいはかかるだろうけどさ。いろんな戦い方を見るだけでも、勉強になるもんだ」

女侍「話を聞くだけでも、というのは愚問なのでしょうね」

剣士「そうだね」

剣士「話を聞いたらもう『無関係』とは言い難いからな」

女暗殺者「…………」

12: 2012/07/27(金) 21:12:32.94
弟子「剣士殿! 今日こそは、なにとぞ!!」

女剣士「む、来たか。生憎、今日はあいつは留守だ」

女剣士「だが、お前の相手をするように言われている。構わないか?」

弟子「はいっ! よろしくお願いします!」

女剣士「よし、ならb」

挑戦者「たのもーうっ!!」

女剣士「ん?」

挑戦者「巷で噂になっておる剣士とやらの家はここか!?」

女剣士「そうだが」

挑戦者「ふはははは! ならば、伝えよ! お前の伝説を終わらせる者が来たとな!」

女剣士「……あ、あぁ! 挑戦者か!」

挑戦者「そうよ! ご大層な評判で天狗になっておるようだが、俺が来たからにはそうはいかん! 手合わせ願おうか!」

女剣士「そう言えばあったな、そんな設定……というか、私も元は挑戦者だったのだが」

挑戦者「えぇい! つべこべ言わずに、呼んで来んか、女!」

女剣士「生憎と、本人は留守でな」

挑戦者「ふっ、名声も地に落ちたものよな。居留守を使ってまで逃げるとは。とんだ腰抜けよ!」

女剣士「人の話を聞け。留守だと言ったら留守だ」

13: 2012/07/27(金) 21:13:15.81
挑戦者「出てこーーい、臆病者! 怖じ気づいたか! ふはははははっ!!」

女剣士「イラッ」

女剣士「おい、いいか。剣士はな」

挑戦者「ん?」

女剣士「居ないんだ。不在だ」

挑戦者「いや、だかr」

女剣士「席を外している。出門して、出払っている」

挑戦者「あ、いy」

女剣士「欠席だ!! 出かけているんだ!! 外歩している! 外出中で、他行中だ!!」

挑戦者「わ、わかっt」

女剣士「つまりは……留守なんだ!!! 解ったか、馬鹿者が!!」

挑戦者「す、すみませんでした……」

女侍「なんの騒ぎですか? というか、もの凄くわかりにくいネタのような気が……」

女騎士「まさかのときにスペイン宗教裁判!!」 ジャーン!!

女侍「誰が解ると言うのでしょうね、これ……」

14: 2012/07/27(金) 21:14:05.41
挑戦者「ご、ごほん。な、ならば、戻るまで待たせて貰おう」

女剣士「! なぁ、気付いてしまったんだが」ヒソヒソ

女騎士「あー、何となく解りましたわ。そうですね。よろしいのではなくて?」ヒソヒソ

女侍「……実力としては伯仲といったところでしょうか」ヒソヒソ

挑戦者「?」

女剣士「ふむ……そうだな。待つには及ばない」

挑戦者「うん?」

女剣士「そこの男は、剣士の弟子だ。こいつに勝てば、取り次いでやろう」

弟子「え、そ、某が!?」

挑戦者「ふん、なるほどな。弟子と戦わせて消耗を狙う作戦か。姑息な!」

挑戦者「だが、あえて乗ってやろう。その程度のハンデはくれてやる」

弟子「いや……女剣士殿。本当に某でよろしいので?」

女剣士「あぁ、やってくれ……立ち会いは木剣でな」

挑戦者「よかろう。細工はなかろうな?」

弟子「っ!! 馬鹿にするな!!!」

女剣士「(……?)」

女騎士「(随分、熱くなりましたわね)」

挑戦者「くく、降参するなら今の内だぞ?」

弟子「(…………口調こそ傲岸だが……できる!)」

弟子「(だが、剣士殿の名を背負ってしまった以上、負けるわけにはいかぬ!)」

女剣士「では……いざ尋常に……」

弟子「っ!」

挑戦者「っ!」

女剣士「勝負!!」

15: 2012/07/27(金) 21:14:38.26
――15分後

挑戦者「ぐあぁぁっ!! やーらーれーたー」ガクッ

弟子「はぁ……はぁ……勝った……?」

挑戦者「くっ……くそぉっ。なんたる未熟……本人どころか、弟子にすら及ばぬとは……」

女剣士「すこし危なかったな。だがよくやった」

弟子「はぁ……はぁ……あ、ありがとう、ございました……」

挑戦者「…………ふっ、ありがとうございました、か……立ち会いの後にかようなことを言われるとはな」

挑戦者「不思議と、爽やかな気持ちだ……こちらこそ、ありがとう。色々と、すまなk」

女騎士「はい、お帰りはあちらですわ」

挑戦者「余韻にくらい浸らせろよ! ちくしょおぉぉぉっ!」

弟子「あ、行ってしまった……」

16: 2012/07/27(金) 21:16:00.44
弟子「……正直、勝てるとは思いませんでした」

女騎士「この三ヶ月の稽古の成果ですわ」

弟子「ま、まさか、剣士殿はこれを見越して、みなさんと手合わせを……」

女侍「いえ、あの人はそこまで考えていないと思います」

弟子「え」

女剣士「あー、残念ながら、あいつはそういう奴なんだ。適当にそれらしいことは言うけどな」

女剣士「だが、お前はこの3ヶ月、私たちに敗北を重ねながら、その中で成長できた。それは立派にお前の財産だろう」

弟子「はい、これも皆様のお陰です!」

弟子「ですが……その……」

女騎士「ふむ……強くなるのが目的ならば、それなりに達成できたのではなくて?」

女侍「どうして、剣士殿にこだわるのですか?」

弟子「それは……」

女剣士「……まぁ、そうだな。まだ1度もちゃんとした理由を聞いていなかったな」

女剣士「喉も渇いたろう。お茶にしよう」

17: 2012/07/27(金) 21:17:05.86
弟子「……某は、貴族の生まれです。祖父の代から武人の家系です」

女騎士「あら、わたくしと同じでして?」

弟子「はい。ですが、ここ以外でお会いしたことは無いと思います。某は5人兄弟の末子ですので」

弟子「長男は家督を継ぐのに方々へ顔を売って根回しする必要がありますが、末子ともなれば、どうにか自分で食い扶持を稼ぐ必要があります」

弟子「その代わりに身分としては気楽なモノではありますが」

弟子「余談ですが、五人兄弟で男子は一番上の兄と某、その間に三人の姉がおり、姉はいずれもまだ嫁いでおりません」

弟子「某は、騎士の家系ということもあり、次第に剣へのめり込んでいきました。いずれ、軍人にでもなれればと思ってました」

女剣士「なるほど、剣の心得があったのはそういうことか」

弟子「はい。皆さんにはまるで叶いませんが。世の中とは広いものです」

女剣士「…………」

弟子「……さて、我が家と長い確執のある、ある名家があります。代々、内政を司る、伝統ある家系です」

弟子「そもそもの始まりは、某の祖父が図らずも、あちら側の祖父に恥をかかせる形になったことと聞いております」

弟子「この辺りの詳しい事情は、某も聞かされておりません。ただ、祖父は『自分は正しいことをした』と申しております」

弟子「あるいは、祖父が戦の軍功で地位を獲得した、いわゆる『成り上がり』であることも、向こうは気に入らないのかも知れません」

弟子「ともかくも、その名家は格としては当家と同等で、一方的に火花を散らすというか、目の敵にされていたというか……そんな関係です」

18: 2012/07/27(金) 21:17:37.32


弟子「問題は、某の兄……長兄が、その名家の息子に殺されたということなのです」


19: 2012/07/27(金) 21:18:51.59
女侍「……暗殺でしょうか?」

弟子「某は、ほとんどそれに近いと思っております……証拠はありませんが」

弟子「……ことが起こったのは、年に一度、開かれる御前試合です」

弟子「騎士の中から武芸に秀でた者が選ばれ、国王の御前で立ち会いを披露するというもので、巷では賭けなども行われているようです」

弟子「一日に12試合行われる中で、兄とかの名家の長子との試合が、8番目に組まれました」

弟子「結果として、兄はその試合で、命を……」

女騎士「……その試合の話ならば、わたくしも聞きましたわ。御前試合で氏者が出るのは、前代未聞のこと、と」

女騎士「そうでしたか、あの方の、弟でしたか……惜しい人を亡くしましたわ」

弟子「はい。元来、真剣勝負ではないはずなのです」

弟子「ですが、戦場での心得を体現するという理念の元で、刃止めはしてありますが剣は木剣ではなく鉄製、試合者はきちんと甲冑を着けて臨みます」

弟子「勝負は一試合3本勝負。2本を先に取った方が勝者となります」

弟子「……試合開始から兄の様子はおかしかった。まるで熱に浮かされたようで、急に体調を崩したようにしか思えませんでした」

20: 2012/07/27(金) 21:19:51.93
――御前試合当日 選手控え室

 弟子『兄上、ずいぶんと顔色が……』

 兄『問題ない……』ヨロッ

 弟子『! なりません! 今からでも、棄権いたしましょう』

 兄『御前試合でそうもいくまい……なに、すぐに終わるさ。兜を……』

 弟子『ですが……!』

 兄『早くしろ、あの名家を国王の前で打ち負かせるのだぞ』

 兄『父上は構うなとおっしゃるが、これは俺から仕掛けたのではなく、天の采配』

 兄『なに、アレに負ける俺ではない。解っているだろう? さぁ、兜を』

 弟子『…………ご武運を』

21: 2012/07/27(金) 21:20:59.73
弟子「兄は……剣士としては一流でしょう。無礼な言い方になりますが、おそらく皆さんと互角以上に戦えるはずです」

女騎士「えぇ、わたくしも保証しますわ。一度だけ、手合わせして頂いたことがございますの」

女騎士「その後すぐに、隣領へ配属となって、それきりでしたが」

女剣士「ほう、そんなにか?」

女騎士「これも、無礼な言い方ですが、わたくしが知る中では、『2番目』に強いお方です」

女侍「まぁ、剣士殿は人間をやめている感がありますから……」

弟子「……率直に申して、兄が負けるはずのない試合でした」

弟子「対戦相手は名家のこちらも長子でしたが、剣の腕は悪くはありませんが……某と同程度と言ったところです」

女侍「となれば、おそらくその対戦カードも金か何かの力があるように思えますね」

弟子「はい、御前試合に出られる実力ではありません」

弟子「……そのはずだったのですが」

22: 2012/07/27(金) 21:22:03.06
――城内 闘技場


 審判『国王の御前である。各々、存分に鍛えし技と力を振るうように。始め!』

 長子『…………』

 兄『…………』フラフラ

 弟子『やはり、兄上の様子がおかしい……構えこそ安定させているが、まるで力が入っていない』

 兄『おぉっ!!』バッ

 長子『…………』ギンッ

 兄『おりゃっ!』ブンッ

 弟子『くっ……剣にキレがない。一気に決めにいっているのも、慎重な兄上らしくない』

 長子『…………!』ヒュッ

 兄『くっ』ガキッ……パキィィィン!

 弟子『なっ! 剣が……折れた!?』

 審判『そこm』ドカァッ!!

 兄『ぐふっ!』

 弟子『(止めが入ったのに、突きを……おのれっ!!)』

 審判『これ、そこまでだ!! 下がれ!!』

 長子『…………不調法、お許しを』ペコリ

 兄『か、構わん……ぐ、くっ……』ガクッ

 審判『む、救護班!!』

 弟子『兄上!? 兄上ーーーっ!!』

24: 2012/07/27(金) 21:23:42.42
弟子「……結局、兄上はそのまま逝きました」

弟子「御前試合も氏者が出たということで、そのまま中止になり……」

弟子「調べでは外傷もなく、試合中に心臓を悪くした、ということになりました。折れた剣についても、兄の整備不足と……」

弟子「ですが、そんなことはあり得ません!」

弟子「あの日の朝まで、兄は持病もなく、健康でした。唐突に心臓を悪くしたと言われて、納得できるものではありません!」

弟子「何よりも剣の道を愛しておられた兄上が、刃止めをした試合用の剣とは言え、御前試合に用いるモノの整備を怠るなど」

弟子「そして、なによりも解せないのは、最後のあのひと突きです」

弟子「戦場ならばいざ知らず、試合である以上『止め』が入れば即時中断するのがルール」

弟子「にもかかわらず、あのときの相手は審判の静止の後で、兄の心臓目がけて突きを打ちました」

弟子「無論、静止されても剣を止められぬということはあり得ますが、あれはどう見てもそんなタイミングではなかった」

弟子「あの一撃こそが、兄の直接の氏因のはずです!」

女騎士「ふむ……しかし、鎧の上からの攻撃で、外傷もないのでしょう? そんなこと……あ」

女剣士「なるほど……剣士にこだわる理由はそこか」

弟子「はい……鎧の上から、外傷も残さずに、心臓だけを止める」

弟子「当代随一と歌われる剣士殿ならば、そんな技術について何かご存じかと思ったのです」

弟子「もちろん、剣士殿が犯人と疑っているわけではありません。ただ、何か情報を得られないかと……」

弟子「ですが、そのような技術は間違いなく秘奥とされるもの……正面から尋ねても教えては貰えないと思いまして……弟子入りという形を……」


 ――ガチャッ

25: 2012/07/27(金) 21:24:30.58
剣士「それならそうと、最初から言って貰った方が楽だったんだが」

弟子「! け、剣士殿……聞いてらしたのですか!?」

剣士「嵌められた」

弟子「え」

女暗殺者「……………成功」

女剣士「上手くいったか」

女侍「よかったです」

弟子「え? どういうことですか?」

女騎士「それは……こういうことですわ」

26: 2012/07/27(金) 21:25:40.44
――1時間ほど前

女暗殺者「……剣士、漁に行こ?」

剣士「ん、俺もか?」

女暗殺者「昨日、川に罠を仕掛けた……それを、回収するだけだけど、数が多いから……」

剣士「解ったよ、手伝うよ」

剣士「女剣士、またあの弟子が来たら、相手しておいてくれ……」


――川

女暗殺者「この辺なんだけど……」

剣士「おい、罠がないぞ」

女暗殺者「…………流されたみたい。探して」

剣士「マジか……」




剣士「ないなぁ……そっちは?」

女暗殺者「もうちょっと、下流かも……」

剣士「頼むぜ、おい……」




女暗殺者「…………あった」

剣士「おう、結構時間かかっちまったな。成果は?」

女暗殺者「……大漁」

剣士「それじゃ、魚籠に入れて持って帰るか。今日は鮎の塩焼きで一杯だな」

女暗殺者「余った分は……干物にする」

27: 2012/07/27(金) 21:27:03.05
女騎士「――という具合で時間稼ぎをしている間にそれとなくわたくしたちが貴方から事情を聞き出し」

女侍「さりげなくドア越しに、剣士殿の耳に入れるという作戦だったのです」

女剣士「予定にない挑戦者はあったが、まぁタイミングを失敗したなら、次回やり直せば良いだけのことだからな」

剣士「いや、途中から薄々は気付いてたよ? 本当だよ?」

女暗殺者「……で、『聞いてしまった』けど、どうするの? 剣士」

剣士「…………」

剣士「話が途中からだったから、確認させてくれ」

剣士「兄の氏で不審な点は三つ」

剣士「1、試合の直前に突然体調を崩した」

剣士「2、折れるはずのない剣が折れた」

剣士「3、持病もなく、外傷もないのに、唐突な心臓の停止」

弟子「そ、その通りです」

剣士「……1と2については、今は何とも言えないな。だが、3は答えられる」

剣士「というか、戦場で鎧の上から衝撃を通す技術については、昔からある」

剣士「ただ、皮膚にすら痕跡を残さず、心臓だけに打撃を与えるとなると、相当な技術が必要だ」

剣士「秘奥か、さもなくば……禁じ手とされる類の技術だね」

剣士「話を聞く限り、その長子にそんな真似ができるとは思えないが、そうなれば……」



弟子「……替え玉!」

28: 2012/07/27(金) 21:28:02.08
女騎士「確かに、御前試合は甲冑姿……顔も兜を被れば見えませんが……」

弟子「それしかあり得ません! なんと卑劣な……っ!」

剣士「……証拠はないな。関係者を捕まえて吐かせれば手っ取り早いが」

女騎士「それは難しいでしょう……貴族相手に物証ナシで挑むのは、かなり危険ですわ。下手を打てば、弟子さんの一族が丸ごと危うくなります」

剣士「上流階級のドロドロかぁ。めんどくせぇなぁ……」

弟子「面目次第もありません」

剣士「全くだ。妙な気を回すからそうなる。3ヶ月も無駄な時を使った」

女侍「そんな言い方はないのでは?」

剣士「いいや、こういう事件は時間が経つほど調査がしにくくなる」

剣士「葬儀も終わってるから氏体を調べられないし、犯人側は隠蔽工作し放題」

剣士「役人は自然氏で片がついた事件をほじくり返されて、本当に面倒が多い」

弟子「…………」

剣士「……ま、一先ず行くか」

弟子「え……」

剣士「ぐずぐずするな。これ以上時間を無駄にするのか?」

弟子「あ、いえっ……!!」ガタッ

剣士「……女侍と女騎士、ついてこい」

女侍「はい。かしこまりました」

女騎士「これでも宮仕え。わたくしの権限の及ぶ内ならば、お役に立てるでしょう」

女剣士「私たちはまた留守番か?」

女暗殺者「また……出番ナシ……」

女騎士「お土産は買って参りますわ」

女侍「よろしくお願いしますね」

29: 2012/07/27(金) 21:29:34.50
――王都

  ワイワイ ガヤガヤ……

剣士「久々だな……あぁ、人が多い」ドンヨリ

女侍「今更でしょうに。けれども、王都だけで人口が200万を越すというのですから、確かに凄い人出ですね」

剣士「国中で2500万も人間が居るんだろ? うんざりだわ」

女騎士「大陸で一番大きい国ですもの。女侍さんは、王都には来たことが?」

女侍「えぇ、何回か。なんだかんだで、やはり便利ですからね。女騎士殿は?」

女騎士「わたくしは、元々ここの生まれですわ。今日は休暇を利用した帰省ということになりますわね」

弟子「申し訳ありません。貴重な休暇を某のために……」

女騎士「お気になさらず。それに貴方のためではなく、剣士様のためですから」チラッ


 「さぁ! 南国生まれの香辛料! 海を渡ってきた最高級品だ! 香りが全然違うよ-!」
 「今朝獲れたばかりの新鮮な鹿肉! グリルにシチュー、最高だ!」
 「どうですか、奥さん! このきめ細かい模様! レースも染色も全て手作業! 仕立ての御用は当店でー!」」


女侍「さすがに活気が違いますね」

剣士「うん、留守番への土産は肉にしよう。精の付くものがいい」

女侍「今目に入っただけでしょう。余りにも適当過ぎです……」

女騎士「あぁ、スルーされるのも、これはこれで……」ゾクゾク

弟子「某の家は、こちらです、ご案内します」

30: 2012/07/27(金) 21:30:49.71
――弟子の家

弟子「――これが、兄が御前試合の時に身につけていた甲冑です」

剣士「状態は?」

弟子「あれから全くいじっておりません。手入れさえもしていない状態です。兄に怒られそうですが……」

剣士「いや、それでいい……誰も触ってないね?」

弟子「某以外は。兄と某以外の兄弟は全て女ですが典型的な貴族の娘です。考えられるといえば父ですが、兄の葬儀以降伏せっておりまして……」

女騎士「惚れ惚れするような、素晴らしい甲冑です。流石に御前試合用ですわ」

女侍「本当に、良い仕事です」

剣士「調べさせて貰うぞ。特に裏地をよく探せ」ガチャガチャ

女騎士「裏地、ですか」

女侍「解りました」

31: 2012/07/27(金) 21:31:58.42
――10分後


女侍「おや、これは……?」

剣士「触 る な!!」

女侍「きゃっ」ビクッ!

女騎士「び、びっくりしましたわ……なんですの」

剣士「脛当てか。貸せ」

剣士「…………」カチャカチャ

剣士「見ろ。裏地に細い針が埋めてある」

弟子「こんな細工が……いつの間に」

剣士「おそらく、御前試合の直前だろうな。針先が上の方に向けてある。履くときに刺さりやすいようにだ」」

剣士「会場まで甲冑を運んだのはいつだ?」

弟子「……前日には人を使って、運び入れてありました」

剣士「なら、夜の間に細工をすれば十分だな」

剣士「あぁ、触るなよ。多分、毒が塗ってある」

弟子「毒……それが、兄の体調が悪かった原因ですか……」

剣士「多分、弱い毒だろうがね。相手の目的は、あくまで試合中での『事故』だから。毒で頃してはあからさま過ぎる」

弟子「肌に刺されば、気付きそうなモノですが……」

剣士「一緒にしびれ薬も塗っておけばいい。皮膚の感覚を鈍くする程度にな」

32: 2012/07/27(金) 21:32:43.95
剣士「時間が経っているが、効果は解らないからな。気をつけろ」

弟子「ですが、これは立派な物証です」

女騎士「いいえ、それは御前試合に不正があったことの証明ではありますが、相手がかの名家であるということの証拠ではありえませんわ」

弟子「!」

剣士「だからこそ、回収しないでここに残してある。危険が及ばないと解ってるからだ」

女侍「急いては事をし損じると申します。一歩ずつ固めて行きましょう。少なくとも、陰謀があったということははっきりしたのですから」

弟子「……はい、そうですね」

剣士「…………少し、気になっていたのだが」

弟子「……」

剣士「物証を見つけて、君はどうするのかな?」

弟子「……それは」

剣士「復讐なんて、やめておけ。割に合わん」

弟子「! で、ですが、それは兄が浮かばれません!」

剣士「氏んだ人間が喜ぶことはないし、悲しむこともない」

弟子「っ!」

剣士「だから、復讐ってのは、徹頭徹尾『生きている人間のため』のものだ」

剣士「復讐がしたかったら、『自分がそれですっきりするから』と宣言しろ」

剣士「理由に氏人を使うな。氏人は……眠らせてやれ」

女侍「…………」

弟子「…………はい」

33: 2012/07/27(金) 21:33:51.25
父「おっしゃる通りでございます」

弟子「ち、父上! お体は……」

父「大事ない……剣士殿でいらっしゃいますね。お噂はかねがね伺っております。愚息がご迷惑をおかけして……ごほっ」

剣士「お初にお目にかかります。どうぞ、ご無理をなさらずに、お座りになって下さい」

父「それでは、お言葉に甘えて……どうも、歳のせいですかな……」

剣士「無理もありません。お察しいたします」

弟子「父上……兄上の鎧に、このようなものが……」

父「うむ……だがな、弟子よ。戦場においては騙し討ち、奇襲、全てが許される……」

父「戦場の心得にて、という御前試合の理念なれば、身につける前に鎧の点検を怠るのも、落ち度とは言えまいか」

弟子「そ、それはあまりにも!」

父「いや、その毒を仕掛けた者が誰であれ、擁護をする気はない。これは卑怯な所行である。それは疑いない」

父「なれど、それを避ける手段があったならば、それをしなかった以上、落ち度はあるのだ」

父「それに……氏者のために何かをなすよりは、生きている者のために心を砕くべきではないか」

父「母や三人の姉のために、お前が次期当主として……しっかりと……」

弟子「…………」

父「剣士殿、遠いところをご足労かけましたが、これは当家の問題。どうぞ、お引き取りを……」

弟子「!!」

女騎士「…………」

女侍「…………剣士殿」



剣士「あー、お父様。そうはいかないのです」

34: 2012/07/27(金) 21:36:03.04
父「?」

剣士「『知る』ということは、取り返しがつかないのです。『知った』状態から『知らない』状態へは戻れません」

剣士「それは紫の絵の具から、青色だけを取り出して、赤に戻すようなものです。絶対不可能です」

父「……知らない振り、はできないと?」

剣士「剣は得意ですが、それだけは本当に苦手で」ポリポリ

父「……ははは、なるほど」

父「兄の氏は当家の問題。なれど、知った事実に大してどう行動するかは、そちらの問題でしょう」

父「確かに、弟子に対してこれと言って口止めをしなかったのはこちらの落ち度。私が口を出せることではありませんな……」

父「……弟子は、貴方のことをよく話します。素晴らしい師だと」

剣士「いや、何もしてはおりませんが」

父「いえ、それが、十分になしておられる」

父「……愚息のこと、よろしく頼みます」

弟子「父上……!」

父「勘違いをするなよ。剣士殿を巻き込んだのは、お前の責任だ」

父「その責任を果たせと言っているのだ……半端は許さん」

弟子「はいっ!」

父「御三方には、客間を用意させましょう。大してお構いもできませんが……」

女騎士「わたくしは実家が近くですので」

父「おぉ、女騎士殿……貴女の噂も聞いております。良かったら、息子の嫁にと思っておりましたが」

女騎士「もったいないことですわ。ですが、既に心に決めた方が居ります故」チラッ

剣士「…………こっち見んな」

父「ははは、さもありましょうな。愚息では勝ち目はありますまい。残念だったな」

弟子「父上、某は何も申しておりません!」

父「はっはっは……む、ごほ、ごほ……」

弟子「父上、お体に障ります。今日は……」

父「そうだな。どうもこういうときは、女の方が強いようで……妻と三人の娘の方が、元気ですな」

父「失礼して、休ませて頂きます」

35: 2012/07/27(金) 21:37:05.43
弟子「……ありがとうございました」

女侍「?」

弟子「兄が亡くなってから、あんなに楽しそうに笑う父は初めて見ます。皆様のお陰です」

女騎士「わたくしたちは、何もしておりませんわ。快方に向かえばよいですわね」ニコッ

弟子「えぇ、本当に……」

剣士「さて、疑問1については解決したと。となると、疑問2についても自動的に答えが出る」

女侍「鎧に細工をする時間があるならば、剣への細工も可能でしょう」

女騎士「そういうことですわね」

弟子「で、ですが、会場は前夜から警備が敷かれています」

剣士「国王が来るともなれば、そうだろうな」

剣士「会場は城内の闘技場だろ? あそこは高い柵に返しがついてて、こっそり忍び込むのはちょっと骨だ」

剣士「となれば、堂々と警護の前を横切ったんだろうな……何らかの手段で」

弟子「当夜の警護兵を当たりましょう!」

剣士「まぁ、待てって。正面切って行ったって、とぼけられるに決まってるんだから。それに、君は御前試合の時に顔を覚えられている可能性がある」

女騎士「いきなり行っても、警戒されるだけですわ」

弟子「ですが、どうすれば……!」

剣士「慌てるなって」

36: 2012/07/27(金) 21:37:45.59
剣士「疑問なのは、名家がどうして御前試合なんて目立つ場で兄を頃したのかだな」

女侍「そうですね……単に殺害するならば、他にも手段はあったはず……わざわざ、替え玉などという力業を使ってまで、どうして……?」

女騎士「……こういうときは、なにか単純に『利』があったと考えるのが妥当ですわね」

弟子「『利』?」

剣士「兄が氏ぬことで、なんらかの金が動いたってこった」

弟子「…………」

女騎士「わたくしは屋敷に戻って資料を当たってみますわ。騎士としての権限を使えばそれなりに突っ込んだ調査が出来ます」

剣士「そうだな。じゃぁ、俺たちは警護兵の方を当たるか」

女騎士「それでは、明日、わたくしの家までいらして下さいな」



女騎士「家族にも紹介したいですし」

剣士「え」

37: 2012/07/27(金) 21:39:02.63
――夜 酒場 カウンター席


警護兵「おーい、もうビール一杯!」

マスター「お客さん、大分酔ってるみたいだけど、大丈夫か?」

警護兵「あ? いいんだよ。明日は非番だし……」

女侍「あの、すみません」

女侍「お隣、よろしいですか?」

警護兵「あ? お、おう……」

女侍「あ、店主殿。私にもビールを」

警護兵「なんだい、姉ちゃん。変わった格好だけど、異国から来たのかい?」

女侍「えぇ、ここより遠く、東の国から参りました」

警護兵「へぇ、女一人で大変だねぇ。その剣は? 使えるのか?」

女侍「囓った程度ですが」

マスター「はいよ、ビール。そっちの姉さんにも」

警護兵「おう、おう」

女侍「それでは、乾杯を」

警護兵「か、かんぱーい」

 ――カツン

38: 2012/07/27(金) 21:39:53.96
女侍「グビッ、グイッ、グイッ」

警護兵「い、いける口だね、姉ちゃん」

女侍「えぇ、この国の酒は悪くありません。 ところでどうなさったのです? 随分と顔が赤いようですが」

警護兵「へ? い、いやぁ、ほら。姉ちゃんみたいな綺麗なコと話すのは久々でさ、なんつーか」

警護兵「ほら、俺、城で警護兵やってんだけどさ。やっぱ男ばっかりの職場だから、こう、なぁ?」

女侍「解りますよ。最近は女性も増えてるそうですが、やはりまだまだ男性の職というイメージがあるのですね」

警護兵「そうそう、そうなんだよー。あ、マスター、こっちの姉ちゃんにビールもう一杯。俺の奢りで」

女侍「あら、よろしいのですか?」

警護兵「いいんだ、いいんだ。奢らせてくれよ、な?」

女侍「それでは、遠慮無く……流石、お城の警護兵ともなると、羽振りもよいようですね」

警護兵「いやぁ、そんなことねぇよ。安月給でさぁ、いやんなっちゃうよな」

女侍「ご謙遜を。立派なお召し物ではありませんか。新品でしょう、そのシルクのシャツ」

警護兵「あ、あぁ、これな? ちょっとこう、臨時収入が入ってよ」

マスター「へい、ビールおかわり」ゴト

女侍「どうも……そうですか。ぜひあやかりたいものですが……」クイッ

警護兵「へへへ、いやぁ、姉ちゃんと知り合うのがもうちょっと早かったら、教えてやれたんだがなぁ」

警護兵「ま、次の御前試合までは、無理だなぁ」

39: 2012/07/27(金) 21:41:10.69
女侍「御前試合ですか。この王都ではかなり盛り上がる催しだとか」

警護兵「王都どころか、盛り上がるのは国中さ」

警護兵「王城の闘技場を一般開放して、観客席は総立ち見だよ。貴族も町民も無礼講。まぁ、流石に王様は特別席に座ってるけど」

警護兵「だが、本当に盛り上がるのは、これさ」ピラッ

女侍「これは……賭札ですか?」

警護兵「あぁ……こいつは、外れ札だがな」

警護兵「闘技場はそれなりに広いが、当然一般の町人全員が試合を見れるわけじゃねぇ。その代わりに、賭をするのさ」

警護兵「まぁ、神聖な御前試合を賭の対象にするってのも、色々お偉方では揉めてるそうだけどよ。今のところは一応公認だわな」

警護兵「王都じゃ、試合が終わる度その都度、賭けと精算がされる」

警護兵「離れた土地だと、大きめの街に臨時の事務所が作られて、試合当日2週間前から購入受付するらしいな」

警護兵「試合当日から数日後に結果発表されて、そのときに全試合分纏めて精算となるようだ」

警護兵「最低額は100Gから。18才以上なら、誰でも賭札を購入できる」

警護兵「内容としてはシンプルだわな。試合ごとに、どっちが勝つか、あとどんな勝ち方をするか」

女侍「勝ち方?」

警護兵「そうさ。御前試合は3本勝負で、2本先取だろ? ってことは、『ストレート勝ち』と『3本目までもつれ込む』パターンがある」

警護兵「単にどっちが勝つかじゃぁ2分の1で、配当も少ないからよ。盛り上がらねぇ」

警護兵「だからそれに『勝ち方の予測』を加えるわけだ。まぁ、それでも4分の1だがな。上手く穴を当てれば、小遣いくらいにはなる」

40: 2012/07/27(金) 21:42:27.70
女侍「なるほど。興味深いお話ですね。臨時収入ってのは、賭けでお勝ちになったということですか?」

警護兵「へへへ、いやぁ。まぁ、はは……これ以上は、ちょっとここじゃ言えねぇなぁ」

女侍「おや、そうですか」

警護兵「まぁ、話したところで、姉ちゃんが乗っかれるわけじゃないんだけどな?」テレテレ

警護兵「どうだい、興味があるならこんなうるさいとこじゃなくて、もっと落ち着ける場所d」グイッ



女侍「いいえ、ここで話して貰います。選択権はありません」パシッ



警護兵「あ……え?」

警護兵「(ぎゃ、逆側の脇腹に、なんか鋭いものが……は、刃物!?)」

女侍「あぁ、振り返らない方が良いです。私の逆隣に座っている殿方が大層お怒りですから」

警護兵「あ……うぅ……てめ」

女侍「さぁ、続きを……」

41: 2012/07/27(金) 21:43:26.01
警護兵「……う、くっ」

女侍「大声を出しても刺します。逃げようとしても刺します。黙っていても、私がこの奢って頂いたビールを飲み干したら刺します」

女侍「……よもや、できるはずがないとは、思っておりませんね?」ニコッ

警護兵「!」ゾクッ

警護兵「……あ、お、俺は……賭けただけだ!」

警護兵「本当だよ! た、たまたま、ツイてて、それで……」

女侍「私の気を引き、なおかつ本当の『臨時収入』を隠すために賭札をチラつかせたところは、少しばかり頭は回るようですが」グイッ

女侍「3ヶ月も前の賭札を未だに持っていることの方が、不自然でしょう」

警護兵「うっ……」

女侍「それを後生大事に持っているということは、何かやましいことがある証拠」クイッ

女侍「……ふぅ、ビールが残り半分ですね」

警護兵「!」

42: 2012/07/27(金) 21:44:23.49
警護兵「わ、解った! 言う、言うから……!」

警護兵「あ、あぁ、そうだ。お、俺は、御前試合の前の夜……闘技場に一人の男を入れた」

女侍「当然、立ち入りは厳禁だったはずでは?」

警護兵「仕方なかったんだ! 立ち番してる俺のところに、そいつはフラリとやってきた」

警護兵「向こうは俺のこと全部調べてて、家族のことも全部知ってた……断ったら何をされるか解らなかった!」

警護兵「そ、そいつの名前も知らない! 目的も……いや、今となっては大体想像はつくが、話さなかった。顔も覆面で見えなかった」

警護兵「俺は、そいつが闘技場に入って、出て行くのを見逃しただけだ!」

警護兵「出て行くときに、金を貰った……口止め料とも何も言わなかったが……かなりの額だった」

警護兵「それからはもうあいつも見てないし、なにもない……そ、それだけだ」

??「それだけ……だと」グリッ

警護兵「ひっ!」

??「それだけのために……兄上は氏んだぞ……っ!」

??「お前が、そいつのことを報告してれば……会場へ入れなければ……」

警護兵「あ、あんた、まさか……!?」

??「振り返るな……顔を見たら、我慢できなくなる……っ!」グリリッ!!

警護兵「や、やめてくれ……頼む。悪かった……」ガタガタ

43: 2012/07/27(金) 21:45:35.56
女侍「……昔、一人の娘がおりました」

警護兵「へ?」

女侍「ここから遠く、東の国のお話です」

女侍「父は政に携わる仕事……如何に強かろうと悪であれば憎み、また如何に弱くとも正しければ助ける」

女侍「子供心にも潔癖に過ぎると感じるところがありました。とはいえ、非常に立派な……品行方正という言葉のために生まれた方です」

女侍「恨み、妬み、嫉み、面子、金銭……後になって調べれば、その理由は山ほどありました。納得できるか否かはまた別ですが」

女侍「ですが、結果として父親と母親は殺されました」

女侍「屋敷に押し入られ、強盗の仕業を装って」

女侍「一人娘はたまたま熱を出し、掛かりつけの医者の元に預けられていて、助かりました」

女侍「そのまま、医師が養父として、娘を引き取って育ててくれました。先代、つまり娘の祖父の代から繋がりがあったのです」

女侍「娘は仇を捜しました。そのために剣を身につけました。養父は難色を示しておりましたが……」

女侍「誰にも負けない自信がつき、道場から目録を頂いたのと時同じく、仇が見つかりました」

女侍「父の政敵に雇われた剣客……腕は一流と言われておりました」

女侍「これこそ天の思し召し、相手に取って不足なし」

女侍「……まるで、古臭いの人情劇のような話です」

女侍「…………」グイッ

女侍「……残りも少なくなりましたね」

警護兵「ひっ、あ……や、やめてくれ……」ガタガタ

44: 2012/07/27(金) 21:46:46.73
女侍「…………」

??「…………続きは?」

女侍「…………娘が見つけたとき、剣客は貧民街のさらに端、ぼろぼろの、小屋と呼ぶにも怪しい家に住んでおりました」

女侍「傾いた戸を開けると、ゴミと埃、虫が這い、悪臭が漂う……」

女侍「その部屋の真ん中で、剣客は酒に溺れ、壊れておりました」

女侍「娘に、頃した娘の両親の面影を見たのでしょう。見るなり二人の名前を呼びながら、涙と鼻水とよだれを流して、命乞いをしてきました」

女侍「『許してくれ、許してくれ。頃した奴らの顔と声が離れない。助けてくれ。許してくれ……』」

女侍「…………馬鹿みたいな話です」

女侍「こんなものを斬るために、辛く長い稽古に耐えてきたのかと思うと、情けなくなりました」

女侍「…………娘はとうとう仇を斬れず……そして、剣を振る理由を失いました」

女侍「ひたすらに、ただそのためだけに腕を磨いた十数年が、無駄になったのです」

女侍「……剣客の雇い主の政敵は、酒色に溺れて既に氏んでおりました。もしかしたら、あの剣客と同じ幻覚を見ていたのかも知れません」

女侍「それから、娘はたまに養父に手紙を出す以外は関係を断ち、国から国へ流れて放浪をし始めます」

女侍「違う国に行けば、この空しさから逃れられるかと思って……」

女侍「剣で名を上げるでもなく、何かの役に立つでもなく……ただ、流れるだけ流れて……」

女侍「そして、娘は世界一と称される剣士に挑みます。その名声などには興味が無く、ただ……」

女侍「そう、ただ……世界一と称される剣士に斬られて氏ぬのなら、それもよいだろうと思っただけです」

45: 2012/07/27(金) 21:47:58.64
女侍「その立ち会いは…………そうですね。一言で言うなら、楽しかった」

女侍「道場の師範の胸を借りて、ただ遮二無二、己をさらけ出して、剣を振っていた頃のような……」

女侍「……ですが、娘は、剣士に負けました。剣士は余りにも強すぎた。それこそ、剣を握りたての初心者と、道場師範ほどの差がありました」

女侍「娘は言いました。『貴方はどうして剣を振るっているのですか?』」

女侍「両親を殺されたこと、そのために剣を磨いたこと、仇を捜し当てたこと、結局その仇を斬れなかったこと……」

女侍「洗いざらいぶちまけて、その上で問いました『貴方はどうして剣を振るっているのですか?』」

女侍「……答えは未だに貰えておりません」

女侍「ですが、その剣士は、『貴方』にした話を娘にもしました」


 剣士『氏んだ人間が喜ぶことはないし、悲しむこともない』

 剣士『だから、復讐ってのは、徹頭徹尾『生きている人間のため』のものだ』

 剣士『復讐がしたかったら、『自分がそれですっきりするから』と宣言しろ』

 剣士『理由に氏人を使うな。氏人は……眠らせてやれ』


女侍「……とどのつまり、娘には仇討ちなどする資格はなかったのです」

女侍「ただ氏人のために剣を磨き、氏人のために仇を捜し……娘自身も氏人と変わらないものになっていました」

女侍「……剣士殿は、そんな娘を生き返らせて下さいましたが」

女侍「その手管については、それこそ、ここでは……とても……///」ポッ

??「…………」

46: 2012/07/27(金) 21:48:46.83
女侍「ふぅ……話しすぎました」グイッ

女侍「お酒もなくなりましたし……」

警護兵「ひぃっ!」

女侍「目を閉じなさい」

警護兵「はっ、え?」

女侍「早く」

警護兵「は、はいぃ……」ギュッ

女侍「私がグラスを置く音がしたら、目を閉じたままでゆっくり五つ数えなさい」

女侍「その間に、ここで話したこと、聞いたこと、見たこと、全て忘れる。出来ますか?」

警護兵「……は、はい!」ブンブン!

女侍「よろしい」

女侍「……ごちそうさまでした」

 ――コトン

警護兵「………………」

警護兵「………………………」

警護兵「………………………」オソルオソル

警護兵「…………い、いない………」

警護兵「………………………助かった……」

47: 2012/07/27(金) 21:50:19.92
――酒場の外
弟子「……女侍殿」
女侍「なんでしょう?」
弟子「…………ありがとうございました。お陰で、頭が冷えました」

女侍「はて、なんのことでしょうか? 私はただ、おとぎ話をしただけですが」クスクス

弟子「……恐れ入りました」

女侍「お粗末様です。それはそうと……いらしていたのですね」

剣士「お、気付いたか」

弟子「!」

弟子「(い、いつの間にこんなに近くに!)」

剣士「こっちは気付かなかったか。ま、仕方ないな。店の中でも客に混ざってたんだが」

女侍「お店では、付けひげをつけてましたから、それは少々意地悪では?」

弟子「………………恐れ入りました」

剣士「動きは?」

弟子「…………なさそうです」

女侍「そうですね。もし、警護兵が嘘をついていて、相手の正体を知っていれば、すぐに知らせに走るはず……」

弟子「帰った振りをして見張っていたのですが。直接繋がっているなら、このまま追跡できたのですが……やはりそう簡単には尻尾をつかめませんね」

剣士「ただ、御前試合において、ある程度まとまった金が動くとなると」

女侍「例の賭け事ですね。やはり」

剣士「今日はこんなもんだな。あとは女騎士の方が上手くいっていることを願おう」

女侍「そうですね……おや」ヨロッ

剣士「おいおい、大丈夫か?」

女侍「ふふ、少し酒量が過ぎたようです。腕を借りてもよいですか?」キュッ

剣士「もう組んでるじゃねぇかよ……本当はそれほど酔ってねぇだろ」

女侍「ふふ、だって、せっかく独り占めできる貴重な機会ですもの」

弟子「そ、某は、先に戻っておりますので……」アセアセ

剣士「悪いね、気を遣わせて」

女侍「…………ふふ」ギュッ

48: 2012/07/27(金) 21:51:43.06
――翌日 女騎士の屋敷


女侍「やはり、騎士……貴族の家ですね。立派な屋敷です」

剣士「ふむ……まぁ、忘れていたが、いわゆるお嬢様なんだよな、あのドM」

女騎士「さぁ、ようこそいらっしゃいました! 剣士様、女侍さん、弟子さん」

弟子「あ、お邪魔します」

女騎士「いいえ、こちらこそわざわざお呼び立てして申し訳ありませんわ」

剣士「成果があったようだな」

女騎士「そうでないと、合わせる顔がありませんもの……」

騎士父「女騎士、そちらが噂の剣士殿かね?」

騎士母「あらあら、確かに凛々しくていらっしゃる」

騎士兄「うん、流石に女騎士が見初めただけあるね」

弟子「うわっ!」

剣士「いや、『うわっ!』ってあんた……」

弟子「いえ、なんというか、その突然だったもので……」アセアセ

女侍「……全員見事に同じドリル髪ですね」

弟子「ブフッ」

剣士「笑うなっつーのよ」

49: 2012/07/27(金) 21:52:47.84
騎士父「いや、この髪型は我が一族の伝統でしてな」

騎士父「初めての方は驚くのも無理はありません」

剣士「ってことは、年始なんかにはその髪型が一堂に会して」

弟子「や、やめて下さい! 想像させないで……」プルプル

剣士「あー、なんというか。きちんとするタイミングを失った感があるけど」

剣士「お初にお目にかかります。剣士と申します」

騎士父「ははは、堅苦しいことは抜きに。娘の伴侶となれば、私にとっては息子も同然」

剣士「え」

騎士父「お、お義父さん、と呼んでもよいよ?」

女騎士「お父様、展開が急すぎますわ」

剣士「……あのー、失礼ですが、娘さんは私のことを、なんと?」

騎士父「娘が配属になった領地の領主が、貴方をスカウトせよと、娘に命令をして」

剣士「はぁ」

騎士母「『勝てば娘に従う。負ければ貞操を貰う』として手合わせをした結果、娘は敗北」

剣士「え?」

騎士兄「朝まで調教した結果、女騎士は自分の内に眠る被虐趣味に目覚め、以降騎士としての仕事と剣士殿への通い妻を両立」

剣士「ちょ」

騎士父「泊まる夜は毎晩、罵りながら尻を叩いて」

剣士「ちょっと待てえぇぇぇぇっ!!」

50: 2012/07/27(金) 21:54:00.42
騎士父「おや、何か誤りが?」キョトン

剣士「いや、事実だけど! えぇ、事実ですよ、すみませんねぇ!!」

剣士「え? 何これ? 公開処刑?」

女侍「というか、犯した相手の実家を訪れている時点で、剣士殿も相当かと」

女騎士「我が家では、家族間の隠し事は一切ありませんの!」ドヤァ

剣士「なさ過ぎるだろ!」

騎士母「とは申しましても、『本音で優雅に』というのは我が家の家訓でして」

剣士「いや、本音は良いことですけど程があるから! トイレまでガラス張りで作る必要はないから!!」

騎士兄「はて? 我が家のトイレはごく普通ですが」

剣士「……もうやだ」

女侍「剣士殿に全力でツッコミさせるとは……」

弟子「はは……凄いご家族ですね……」

51: 2012/07/27(金) 21:55:54.90
騎士父「まぁ、家督は騎士兄が継いでくれます」

騎士父「正直、父親としては、騎士などという危ない仕事は辞めて嫁に行って欲しいというのが本音でしてな」

騎士母「貴族の娘は政略結婚が普通ですが、やはり女騎士の幸せが一番ですもの」

騎士兄「妹が見初めた殿方なれば、間違いはないでしょう。また、間違っていたとしても些細なこと」

騎士兄「妹も自分の責任は自分で取れますし、何があっても帰ってくる家は、ここにあるのですから」

騎士兄「そう、例えマゾでも!」キリリッ

剣士「……はぁ、なんか、凄い人達と知り合いになってしまったようだ」

女騎士「普通ですわ。わたくしは、ただ真っ直ぐに、剣士様をお慕いしているだけです」

女騎士「自分の欲望にも正直、感情にも正直、家族にも正直というだけですわ」

騎士父「そうそう、だから、娘の他に三人の女性が居ても、私たちは気にしません」

剣士「いや、俺が言えた義理じゃないけど、気にしよう? そこは気にしとこう?」

女騎士「わたくしが良いと言っているから、良いのです!」フンスッ

剣士「はぁ……そうですか」

剣士「……意外と苦労の多い性格だったんだな」

女騎士「苦労? なんのことでしょうか」

女騎士「もちろん、正直でいるためにある程度の代償や軋轢などはありますが、それはわたくしの責ですもの」

女騎士「責任ではありますが、苦労ではありませんわ」

剣士「……あれ? ちょっとかっこよく思ってしまった」

女侍「ほとんど悟りの域ですね」

52: 2012/07/27(金) 21:57:57.01
女騎士「話がすっかり逸れてしまいましたわ、こちらへどうぞ」

剣士「なんだか、もうどうでもよくなってしまった……」

女騎士「あぁ、そうおっしゃらずに……面白いことが解りましてよ」

女騎士「私の部屋です。少々散らかっておりますが」

 ――ガチャ

弟子「……すごい。資料が山積みだ」

女騎士「お恥ずかしい限りですわ。どうぞ、お掛けになって」

女騎士「……さて、貴族というのは面子にこだわるもの。家同士の軋轢や摩擦というのは日常茶飯事ですわ」

女騎士「ですが、今回の状況については、体面という目的だけでは説明できない部分がありました」

女騎士「具体的には御前試合という国中が注目する目立つ部隊で、替え玉や毒針まで使って相手の殺害を企てる……」

女騎士「もしかしたら、他の目的があるのかもしれない」

女騎士「その目的はこの場合……単純に『利』。要は金と考えるの自然でしょう」

女騎士「で、御前試合で金が動くと言えば、やはり『賭け』ですわね」

女侍「兄殿と長子殿。剣の腕は兄殿の方が遙かに上……となれば、長子殿は大穴扱いでしょう」

女騎士「えぇ、わたくしも最初、オッズを操作して儲ける算段かと思いまして……これが、今回の御前試合のオッズですわ」

剣士「……兄対長子は……うおっ、『ストレート勝ち』同士だと1.2対16.8!?」

弟子「すみません。某、賭け事には明るくないのですが、これはどの程度の数字なのですか?

女侍「4分の1の賭けとしては、大穴ですね」

53: 2012/07/27(金) 22:02:32.59
剣士「これ、賭けの仕組みとしてはどうなってるんだ?」

女騎士「ご説明しますわ」

女騎士「まず、客は自分が勝つと思った選手に掛け金を払い、賭札を購入します」

女騎士「主催者側、この場合は御前試合開催委員は、この掛け金を試合ごとにプールしておきます」

女騎士「試合開始時に、購入を締め切り、その時点でレートが発表されますわ」

女騎士「試合終了後、プール金から主催者側の手数料を差し引いた額を、的中者に購入額に応じて分配します」

女騎士「なお、手数料のいくらかは孤児院、救貧院などに寄付されますわ」

女騎士「ちなみに、出場選手には一切お金は流れません。選手は国王の前での勝利という名誉のみを報酬に戦うのです」

弟子「…………」


女騎士「内容としては非常に単純です。4分の1の確率ですわ」

 選手A:○○- or ○●○(●○○)      
 選手B:○○- or ○●○(●○○)      

女騎士「ここで、○は勝ち、●は負け、-は試合なしですわ。」
女騎士「2本連続で取れば、3本目はありませんからね」

54: 2012/07/27(金) 22:05:25.62

女騎士「それぞれの選手の『勝敗』、それに加えて『3本目まで行くか行かないか』が賭けの焦点です」
女騎士「3本目をしたのなら、そこにいたる経過は無視で、同じに扱いますわ」

55: 2012/07/27(金) 22:06:34.36
女騎士「この場合、ストレート勝ちを当てれば掛け金の16.8倍が戻ってきます」

女騎士「ギャンブルとしては可愛いモノですわ」

女騎士「もちろん、4分の1は機械的な話で、実際の試合では選手同士の相性などで偏る場合があるでしょう」

女騎士「試合は一日に12行われますから、上手いこと勝ち続ければ、それなりの額を手に出来ますわ」

女騎士「ですが、貴族が危険を冒すには、少々儲けが少ないように思えます」

女侍「替え玉を雇ったり、剣に細工をしたり、少なからず投資してますからね。それを差し引くと少し弱く思えますが」

女騎士「えぇ。ですが、わたくしこれまで、この手の賭けには手を出さなかったのですが、何でも調べてみるものですわね」

女騎士「もう一つ、非常に重要なルールがありますの」

56: 2012/07/27(金) 22:08:07.77
剣士「……試合が不成立になった場合だな」

弟子「!」

剣士「この方式は3本1試合がベースになっている。だが、兄の場合は1本目で敗者氏亡、2本目以降は不成立だ」

女騎士「Exactly(その通りでございます)」

女騎士「これまでの御前試合でも、1本目で選手が大怪我をしたり、試合そのものを棄権したなどの理由で、試合の続行が不可能になった例は珍しくありません」

女騎士「試合としては成立していますが、賭けとしては不成立となりますわ」

女侍「あの警護兵、私のことを完全に王都とは無関係と思っていたようですね」

女侍「不成立の試合で儲けたなどと、口から出任せを……」

女騎士「……そうなった場合プール金は返却されますが……全額は返却されません。手数料などを一定の割合で引いた額が、返金されます」

女騎士「た・だ・し」

女騎士「返却率は、賭札の売り上げ等が反映され、試合ごとに違いますわ」

女侍「……そこに、なにかありそうですね」

女騎士「えぇ、そう思いまして、賭けの主催である御前試合開催委員を調べてみたら、ビンゴでしたわ」

女騎士「こちらが名簿ですが……この会計主査の名前、見覚えがあるのではなくて?」

弟子「……名家殿の姓ですね。確か、当代ご当主の叔父上かと記憶しております。かなりのご高齢のはずですが」

57: 2012/07/27(金) 22:10:12.70
女騎士「もともと、名家は、代々経済に強い家のようですわ。長子こそ軍属ですが、家系を追うと非常に稀な例と言えます」

女騎士「こちらが家系図ですが……財政大臣や税務官などを務めています。貴族の身分を捨てて商人になった者もおりますわ」

女騎士「何かと投資をしているという噂も聞こえておりました」

女騎士「そこで、ちょっと考えましたの。イカサマまでして、まとまった金を欲しいと思う理由……」

女騎士「しかも御前試合で替え玉なんて危ない橋を渡るということは、相当に切羽詰まった事情があるのではないかと」

女騎士「そのつもりで、名家が最近手を出した事業を調べてみたところ……」

女騎士「こちらの瓦版ですわ。6ヶ月前のものです」

剣士「『……香辛料運搬船が嵐で遭難。後日沈没が確認される……』」

女騎士「船名を元に調べたら、運搬船のオーナーの名前に、名家の当代ご当主の名前がございましたわ」

女騎士「かなりの額を投資していたようですが、災害により回収不能となってしまったようですわね」

弟子「……香辛料はこの国の気候では栽培ができません。研究はしているようですが、一部を除けば、まだ輸入に頼るより他ない、高級品です」

剣士「投資のし甲斐ががある物品ではあるな。俺も散々勧誘されてるよ」

女騎士「しかし、業者の大半が他国にあるせいで、トラブルが発生した場合のリスクは大変大きいですわ」

女騎士「海上輸送が主なだけに、今回のような災害に見舞われる可能性もありますし」

58: 2012/07/27(金) 22:11:26.60
剣士「……よし、整理しようか。まず名家の当主が香辛料運搬船に投資するも、災害によって沈没。回収不可に」

女侍「その損害を埋める策として、試合のプール金を利用することにした」

女騎士「具体的には選手の氏亡によって『試合不成立』とすることで、帳簿上で細工をして返却率を操作」

弟子「…………それでプール金の一部を懐に」

剣士「上手い手だ。例えば最低額の100G賭けて、実際の経費よりも大目に返却率を設定する。例えば75Gを返す」

剣士「手数料は25G。客一人一人にすれば、大した額じゃない」

弟子「ですが……その額を全体で見れば……国中を上げて行われるイベントです」

弟子「賭札が買えるのはある程度大きい街だけですし、王都付近以外では結果は数日遅れですが……おそらく、参加者は1000万は下らないかと」

剣士「なら単純計算で2億5000万。もちろん、実際に100Gで賭ける奴はいないだろう。平均掛け金をかなり低く500Gと見積もれば」

女侍「25億……気が遠くなってきました」

剣士「実際はもっと多いだろう。年に一度のイベントだからな。だが、その6割を経費として計上したとしても、10億の金が浮く」

59: 2012/07/27(金) 22:15:35.40
剣士「それを帳簿の操作によって、丸ごとポケットに入れることが出来れば……」

女騎士「……それどころの話ではありません。『氏亡事故』により、御前試合の以降の試合は、全て中止となったのです」

弟子「そうだ! ということは……」

女騎士「全12試合の内、兄様の試合は8試合目、それを含めて5試合が賭け不成立となり、やはり返却金が発生したはずですわね」

弟子「8試合目の時点で、最終戦まで予測して賭札を購入した者は少ないでしょうが……」

女侍「いえ、王都ではその通りですが、王都から離れた場所では、一括で予想して、後日まとめて精算のはずです」

弟子「あ……」

女侍「つまり、王都以外の場所では、試合の数日前には全試合分の賭金がプールされていることに……」

剣士「試合ごとに購入者のバラつきはあるだろうが、さらに倍率ドン! って感じだな」

剣士「一般の町民は、御前試合の会計帳簿なんか見ないから、疑問なんか持たない」

剣士「帳簿を見られる数少ない開催委員には、ちょいと分け前をくれてやればいい」

剣士「その上で帳簿に巧妙に細工しておけばバレることはない。聞けばそういうの得意そうだし」

女騎士「わたくしの権限で御前試合の帳簿も一応当たってはみましたが……不審な点は出てきませんでした。専門外で……申し訳ありません」

女侍「仕方ありません。向こうは三ヶ月も時間があったのですから、辻褄合わせはお手の物でしょう」

弟子「くっ……某が、もっと早く動いていれば……」

剣士「裏帳簿が見つかればいいけど……女暗殺者も連れてくればよかったな。盗み出すのとか得意そうだし」

60: 2012/07/27(金) 22:16:19.36
弟子「」バンッ!!

女騎士・女侍「「!!」」

弟子「……あ、兄は…………このような、企みのために……っ!!」ギリッ

剣士「……あちらにすれば、一石二鳥だった、ってことだな」

弟子「ぐ、うぅ……ぐすっ、こんなことっ、ち、父上に、何と言えば良いのですか……っ!」

弟子「金儲けの企みの……ついでに、殺されたなど……!」

弟子「こんな、こんなっ……非道が……!!」



女騎士「しっかりなさい!」



弟子「!」

女騎士「いつまでもベソベソ泣いて! 名門の出とは思えませんわ! 今や貴方が次期当主でしょうに!」

弟子「………」

61: 2012/07/27(金) 22:17:02.39
女騎士「よくお考えなさい。貴方が頼りなくして、お家が保つと思ってらして?」

女騎士「貴方がやるべきは、お兄様の氏に泣くことではありません。もうそんな時期ではありませんわ」

女騎士「貴族たるもの。感情を露わにするときも、そう、悲しむときも、立ち直るときも、優雅に、ですわ!」

女騎士「取り乱して泣きながら、テーブルを叩くなど、貴族の怒り方ではありません」

女騎士「怒りは胸に秘めるもの。静かに、秘めて、怒りなさい。そうでなくては、大切なものを見失いますわ」

弟子「………はい、お見苦しいところお見せしました」

剣士「……さて、どうする? 仇討ちするかね?」

弟子「…………」

弟子「…………はい」

弟子「どうしても……それを抜きには、剣士殿のお言葉を借りるなら、『すっきりしない』のです」

弟子「女騎士殿の言葉であれば、これを捨て置いて何が『優雅』でしょうか」

弟子「女侍殿の言葉なら、『氏人と変わりない』のです」

弟子「この企みを捨て置いては、名家は味を占めてまた同じことを繰り返すでしょう」

弟子「それを許すわけには参りません!」

62: 2012/07/27(金) 22:17:45.98
女騎士「ですが、これはあくまでも『こう考えれば辻褄が合う』というだけのお話ですわ」

女騎士「やはり、確たる物証とは言えません」

剣士「ふむ……となると、残る手段は……まぁ、シンプルにいくか」

弟子「シンプル……ですか?」

剣士「あ、あと女騎士」

女騎士「はい?」

剣士「よくやった」チュッ

女騎士「!!」

女侍「……昨夜のこともありますし、おあいことしましょう」

女騎士「はぁ、幸せですわぁ……」クネクネ

剣士「気持ち悪く動くな」

弟子「…………(気まずい)」

63: 2012/07/27(金) 22:19:45.92
――数日後 夜 名家の屋敷


名家「さぁ、これが3ヶ月前、御前試合の報酬じゃ」

黒剣士「…………うむ」ジャラッ

名家「支払いが遅れてすまなんだな。しかし、ほとぼりが冷めるまでは、お主には身を隠して貰わねばならなかった」

黒剣士「…………解っておる」

黒剣士「…………だが、剣への細工については、聞いておらん」

名家「気を悪くするな。保険じゃ」

黒剣士「…………あれのせいで戦闘不能となり、1本目が終わるところだった」

黒剣士「…………『やめ』の合図の後で強引に心臓へ『通し』を行ったが、危うかったぞ」

名家「2本目に入ってしまえば賭けは成立してしまうからな。そうなれば返却額を操作する計画が台無しじゃ」

黒剣士「…………確かに、毒針を仕込めと指示はしたのは俺だ」

黒剣士「…………兄は強かった。万全の体調では、『通し』が出来たかは……怪しかった」

名家「承知しておる。まったく、成り上がりらしく、腕っ節だけは強いものじゃてな」

名家「剣について余計なことをしたのは謝る。お主の腕を信用してないわけではないが、こちらとしても気を揉むものよ」

黒剣士「…………」

64: 2012/07/27(金) 22:22:31.90
名家「これから、どうする気じゃ? 良かったら、わしの護衛として雇っても良いぞ?」

黒剣士「…………そちらには関わりないこと」スッ

黒剣士「…………失礼する」スタスタ



――ガチャ


長子「……お話は終わりましたか」

名家「……ふん、剣士か何か知らんが、所詮は口の利き方も知らん下賤の者よな」

長子「はは、やむを得ますまい。汚れ仕事をやってくれたのですから、その程度は大目に見なければ」

名家「手元に置ければ役に立つかと思ったが……その内、口を封じねばならんか」

名家「腕は立つようだが、あのようなネズミ。どうにでもなる」


――屋敷の外

黒剣士「…………(と、考えているのは目に見える)」

黒剣士「…………(三十六計、逃げるが勝ちよ。面倒が起きる前に、この足で街を去る)」

65: 2012/07/27(金) 22:24:09.35
――王都の外れ、北へ伸びる街道


黒剣士「…………」ザッザッ

黒剣士「…………」ピタッ

黒剣士「…………先ほどから、何者だ。口封じか?」

剣士「流石に鋭い。こんばんは」

黒剣士「…………貴様は」

剣士「おや、俺のことを知ってるのかい?」

黒剣士「…………何の用だ」

剣士「剣士とか騎士とかやってる人間って、結構自己顕示欲が強いんだよね」

黒剣士「…………用が無いなら失せろ」

剣士「剣で身を立ててやる! っていうから、二つ名なんかを喜んで名乗る」

剣士「……だから、名前が埋もれる『替え玉』なんて汚れ仕事を受ける剣士なんてのは限られる」

黒剣士「!」

剣士「しかも、鎧の上から皮膚にも外傷を与えず、心臓だけを刺す『通し』の達人なんてのも限られる」

剣士「そして、両方を兼ねているとなれば、俺でも片手の指で足りる程度の人数しか思い浮かばない」

剣士「あとはその内の誰かが、あの名家に出入りしているのを押さえればいい」

剣士「話はシンプル。結局はコネをつかったゴリ押しってわけさ」

剣士「その足で街を出て行くのは予想外だったけどな。あと数日動くのが遅れてれば、逃がすところだった」

66: 2012/07/27(金) 22:26:20.81
黒剣士「…………仇討ちか」

剣士「そうだね。だが、俺じゃない。助太刀もしない」

黒剣士「…………俺の後ろ側に隠れている小僧か。挟み撃ちのつもりか?」

弟子「…………」スッ

剣士「さっきも言ったが、戦うのはあくまでもあっちだ」

黒剣士「…………良いのか。氏ぬことになるぞ」

弟子「構わない! 兄の仇、取らせてもらう!!」

弟子「抜けっ!」スラッ

弟子「(見ただけで解る……この者、かなり強い……っ!)」プルプル

黒剣士「…………(剣先が震える、か)」

黒剣士「…………恐怖を知っているのは、良い剣士だ」

黒剣士「…………だが、氏への恐怖よりも、恐ろしいものがなくては、まだまだだ」

黒剣士「…………お前は、どちらかな」スラッ

剣士「あいつを倒せば、無罪放免だ。ルールは簡単」

剣士「それじゃ、頑張って」ポン

黒剣士「…………っ、気安く触るn――

67: 2012/07/27(金) 22:27:39.41

 ――チクッ

黒剣士「っ…………っ、貴様っ!」

剣士「人を呪わば穴二つ……ごゆっくり……」スゥ……

黒剣士「…………ぐ、うっ! 待て……」ヨロッ

弟子「行くぞ!!」

弟子「おりゃああぁっ!」ビュン!

黒剣士「…………っ!」ガッ

弟子「でやあぁぁぁぁっ!!」

黒剣士「むっ…………!」ギィンッ!!

黒剣士「…………!」グラッ

弟子「(今だっ!)おぉぉぉっ!」

黒剣士「ぐうぅぅっ!!」


 ――バシュッ!!


弟子「はぁ……はぁ……」

黒剣士「はっ……はっ……」

弟子「…………くっ、はぁっ!」ガクッ

黒剣士「……………あ」

黒剣士「……………浅かった……か」ドサッ

68: 2012/07/27(金) 22:28:23.99
弟子「はぁ……はぁ……」

黒剣士「…………頼みが、ある」

弟子「…………」

黒剣士「…………この金を……届けてくれ。子供が、居る……」チャラッ

弟子「!」

黒剣士「…………北国の孤児院に……預けてある。頼む……」

弟子「…………」

弟子「某は、氏人のためには動かぬ。そう誓った」

黒剣士「…………そうか」

弟子「…………」

黒剣士「…………介錯を。金は、好きにしろ」

弟子「…………」


 ―――ズバッ!!

69: 2012/07/27(金) 22:29:38.41
黒剣士「ぐあっ、ぐっ………」

黒剣士「…………な、嬲るか。これも、因果、応報よな……」

弟子「違う。これで終わりだ。利き腕の腱を切った」

弟子「もう、剣は持てないだろう」

黒剣士「!」

弟子「剣士殿が、何かしたのだろう。御前試合と比べて、動きがまるで鈍かった」

弟子「だが、次に同じような悪事に手を染めたら……今度は加減しない」

弟子「もう、兄上は関係ない。某の責任において……お前を頃す」

黒剣士「…………くは、は……甘いものよな……」

弟子「何とでも言え」

弟子「手当はしないからな。金を持って消えろ」クルリ ザッザッ



黒剣士「はは………」

黒剣士「…………」

70: 2012/07/27(金) 22:30:23.65
剣士「終わったか」

弟子「……はい」

剣士「ん、首尾は上々。怪我もかすり傷だな」

弟子「………………」

剣士「余計なことを、と思っているか?」

弟子「正直……ですが、仕方なかったのでしょう。某の実力で勝てる相手ではなかった」

弟子「剣士殿。某は……」

剣士「それ以上はやめておけ」

弟子「え?」

剣士「お前があいつを頃したか、生かしたか、何を話したか。聞きたくない。お前はまた俺を面倒事に巻き込むつもりか?」

弟子「…………いえ」

弟子「ですが、一つだけ」

剣士「ん?」

弟子「某が、『すっきりする』には、あの形しかありませんでした」

剣士「ん、ならいい」

弟子「…………」


 黒剣士『…………だが、氏への恐怖よりも、恐ろしいものがなくては、まだまだだ』


弟子「(…………氏よりも恐ろしいもの、か)」

71: 2012/07/27(金) 22:31:50.09
弟子「(……それが、命を賭けて戦う理由になるのだろう。子供のために、替え玉などという汚れ仕事に手を染めた黒剣士のように)」

弟子「(某にも、見つかるだろうか?)」

弟子「……剣士殿の理由は……何なのだろう?)」

 女侍『洗いざらいぶちまけて、その上で問いました『貴方はどうして剣を振るっているのですか?』』
 女侍『……答えは未だに貰えておりません』

弟子「(…………愚問か。某が問うたところで、答えは同じだ)」

剣士「さて、と! ま、今夜は一先ず、男同士水入らずで痛飲といこうか。酒はいけるだろ?」

弟子「いえ、そんな気分では……」

剣士「いいからいいから。たまには男同士で呑みたいときもある」

弟子「はぁ……」

剣士「それにもう片方の方は、話を付けてあるが……ま、早くて2週間は先だ。スケジュールの調整が大変でな」

弟子「?」

剣士「ほら、行くぞ」

剣士「遊ぶときは遊ぶ。頃しあうときは頃しあう。何事もバランスだ」

弟子「……はい」

剣士「ったく……解ったよ。俺の企みを教えてやる」

剣士「ゴニョゴニョゴニョゴニョ……」

弟子「!!」

弟子「そ、そんなことが……!?」

剣士「言っただろ?」



剣士「コネをつかったゴリ押しってさ」

72: 2012/07/27(金) 22:33:23.01
――数日後


使者「……先より行われた御前試合。兄対長子の試合において、試合中の不幸な事故により、兄が氏亡した」

使者「ついては、この試合。互いの実力を十二分に出せたものとは言えず、兄家より喪中でありながら汚名を雪ぐべく、再試合の申し出があった」

使者「ただし、本人は件の通り氏亡しているため、末子である弟子が相手を務めるとのこと」

使者「受けるか否か、返答を頂きたい」



長子「と、申しておりますが……」ニヤニヤ

名家「くくく……馬鹿め。意地になりおって……」

長子「長男が氏んだところで諦めておけばいいものを、馬鹿な奴らですね。父上」

名家「叔父に頼んで無理矢理試合を組ませたり、替え玉のために裏方を買収したり、色々と金をばらまいたが」

名家「香辛料の投資の分も含め、全て回収できた」

長子「8試合目というのも、中々に絶妙でしたね。あまり早くに氏者を出して御前試合が中止となれば、大衆共の不満も大きかったでしょう」

名家「辛うじて良いところにねじ込めたわ。下手に欲をかけばかえって怪しまれるし、細工にも苦労する」

名家「愚民共は小銭を賭ける。大きく張って損をするか、細かく勝ってささやかに喜ぶか……いずれ、薄汚い欲に塗れたものよ」

名家「本当に賢い者は、欲を手なずけ、理によって利を手にする。覚えておくがよい」

名家「さらには御前試合での勝者という名誉まで手に入るというおまけ付きよ」

73: 2012/07/27(金) 22:34:20.05
名家「今回も替え玉に殺させればよかろう……さすれば、向こうは家督を継げる男児が居なくなる」

長子「残るは女ばかり……ふふ、あそこの3姉妹は、性格は父親ににて高慢ですが、顔だけは良いですからな。娶ってやってもよい」

名家「おぉ、『過去を水に流し、また試合中の事故ながら男児を殺めた罪滅ぼしに』と、我が一族で適当な男を紹介し、娶らせよう」

名家「なに、ごねたら男児が居らぬのを盾に、取り潰しへ追い込んでやるわ。養子の口も徹底的に潰してやる」

名家「承知せざるを得まいて、くくく」

長子「飴と鞭ですな。ふふ、従順な嫁になるように、入念に『躾』てやらねばなりませんが、それも楽しみかと……」ニヤニヤ

名家「さて、そうなれば、早速替え玉に連絡を取らねば……」

名家「使者には『こちらも望むところ』と伝えよ」

74: 2012/07/27(金) 22:35:38.80
――更に数日後


名家「なに!? 連絡がつかぬとな!」

名家「おのれ……高々剣士風情が! なんのために目をかけてやったと思っておる! 使えぬ奴め!」

長子「まぁまぁ、兄はともかく、末子の剣の腕は、私に劣ります」

長子「替え玉などなくとも、負けはしませんよ。鎧越しに頃すことはできませんが、ね」

名家「ふむ……まぁ、よい。確かに、ここで欲を出してはならぬな」

長子「そうですとも。葬り去ることは出来ませんが、二度も御前試合で負けたとなれば、あの騎士気取りの当主も堪えるでしょう」

名家「よし、だが負けは許されぬぞ」

長子「重々承知の上です。まずあり得ませんが」

名家「それが油断というのよ……よし、兄と同じ仕掛けを、奴にもしてやろう……くくく」

長子「あの世で、兄弟感動の対面、ですな……」

75: 2012/07/27(金) 22:39:42.64
――1週間後 城内 闘技場


審判「異例のことなれど、双方の強い希望により、再試合と相成った」

審判「今回は例外故、観客も双方の関係者のみ、賭けに関しても無しである」

審判「しかし、国王、更に将軍が時間を割いてご覧になっておる。まさに御前試合。気を引き締めよ」

将軍「……国王、お時間です」

国王「うむ…………始めよ」スッ

審判「はっ! それでは国王の御前である。各々、鍛え上げた技と力、存分に振るうがよい!」

審判「始め!」



長子「…………」ジリッ

弟子「……」ピタッ

長子「……うっ」ジリッ

弟子「……」

名家「何をしておる! さっきから双方まともに動いておらぬではないか!」

長子「(……外野から好き勝手を……)」

長子「(いったいどうしたというのだ!? このわずかな間に、どんな訓練で、これほど腕を……)」

長子「(くっ、隙がない……バカな、こいつの方が上だと……ありえない!)」

長子「ぬっ……てやっ! おおぉっ!」

弟子「……」ピタッ

名家「えぇいっ!! かけ声ばかりではないか!!」

長子「ぐっ、ぬぅ……でやあぁっ!」ビュンッ!

弟子「……」ヒョイ

長子「くっ……」ヨロッ

長子「(ぐっ、避けるか!)」

76: 2012/07/27(金) 22:41:46.88
弟子「(……解る。女侍殿たちに稽古を付けてもらったからか)」

弟子「(出てくるタイミングも、すべて読める)」

弟子「(次は、こちらから……)」

弟子「参るっ!」

長子「ひ……っ!」ゾクッ

弟子「てりゃぁっ!」ヒュンッ

長子「(馬鹿な! 甲冑でこんな速さっ!)」

長子「ぐ、くぅっ!」ガィンッ!!

長子「(しかも重い! 鉛で打たれたように手が痺れる)」ビリビリ

弟子「……」ヒョッ

長子「くあっ!」ガギョッ!

長子「か、兜が……」カラーン…

審判「待て! ……長子、兜を直せ」

長子「し、失礼つかまつった」

弟子「……不調法、お許しを」ペコッ

長子「ぐっ……よ、よい!」

長子「(よもや、兜のみを狙って弾き飛ばしたわけでは・・・・・・いいや、考えすぎだ!)」

長子「(そうだ、考えすぎだ! そんな精密さ、こやつにあるはずがない! ただのまぐれ……)」

77: 2012/07/27(金) 22:45:26.48
長子「(しかし、長期戦になれば不利は必至……かくなる上は先手を取らねば……)」

審判「両者、元の位置に着け! はじm――」

長子「(今だっ!)でりゃあぁぁっ!」

審判「!」

国王「むっ」

将軍「(……勝負に出たか。際どいところを突いてくる)」

将軍「(……が)」

弟子「・・・・・・」ガクン

長子「え?(き、消えた?)」

弟子「……後ろより、失礼」ドカァッ!

長子「ぐああぁっ!」ドシャァッ

弟子「……いかがか?」メノマエ ピタッ

長子「く、くぅっ。ま、参ったっ!」

審判「い、一本目、弟子の勝ち!」

国王「……弟子よ」

弟子「はっ!」ヒザマヅキ

国王「すばらしき技前よな。以後も励め」

弟子「もったいなきお言葉。ありがたき幸せにございます!」

長子「(こ、国王直々に……だと……っ!)」

78: 2012/07/27(金) 22:47:19.76
――選手控え室


名家「えぇい! 何をしておるか! この愚図めが!!」

長子「くっ……あの弟子、以前、道場で立ち会った時とは、まるで実力が……」

名家「言い訳はよいわ! えぇい、忌々しいっ! 我らが名家を差し置いて、あの成り上がりの息子を国王自らお褒めになるなど……」

名家「この国始まって以来の珍事じゃ! 何を考えておるのじゃ、あの王は!」ドカッ

机「」

名家「ぜぇ……ぜぇ……」

名家「ふん、まぁよい……こちらの細工は仕上げておる」

名家「毒薬の効きが悪いようじゃが、2本目が始まる頃には体に回るじゃろう」

名家「こうなるなら、もっとたっぷり塗るように指示すればよかったわ」

名家「よいか、剣への細工も済んでおる。打ち合っておればいずれ折れるであろう。じゃが、念には念をじゃ、これを使え」

長子「こ、これは……真剣では」

名家「おうよ。これなら、剣も折りやすかろう。なんなら、奴に突き立ててやれ」

名家「試合中の事故じゃ。観客も少ない。どうとでもなるわ。どうせ元々、あの末子には氏んでもらう予定だったからな」

名家「上手くやれよ」

長子「……」

79: 2012/07/27(金) 22:52:56.19
――闘技場

審判「では、二本目を行う」

審判「両者、位置に着け……はじめ!」

長子「(父上は何を考えているのだ。国王の前で刺し頃して、事故も何もなかろうに……怒りで我を忘れている。悪い癖だ)」

長子「(まぁいい……勝つには十分だ)」

弟子「……」フラフラッ

長子「(毒が効いているな……まともに剣も構えられぬ)」ニヤリ

弟子「……ヨロッ

長子「(ふん。兄の奴は毒に侵されても構えは保っておった。やはり役者は劣るか)」

長子「(……まずは剣を折る前に、普通に一本とって、先ほどの屈辱、返してやろう!)」

長子「ぬおりゃあぁぁぁっ!!」ブォンッ

弟子「……」ブオンッ!!


 ――バッキィィィィン!!


長子「……え?」

長子「(な、なぜ、私の剣が、折れ……)」

弟子?「……騙されたな」

長子「は? (こ、声が違――!)」

弟子?「舌噛むぞ」ゴッ!!


 ――ドゴオオオォォォッ!!!

80: 2012/07/27(金) 22:55:31.11
名家「なっ、ちょ、長子! 長子ーーー!!」ダダダッ

長子「」ピクッ、ピクッ

名家「あぁ、か、観客席の最上段まで吹き飛んだ!?」

名家「あ、あり得ぬ! 貴様、弟子ではないな! 兜を取れ!!」

弟子?「……馬鹿が何か言ってるねぇ、弟子君」

弟子「……」スッ

名家「あ、あぁぁ! 見よ、審判! 控え室から弟子が出てきたぞ! やはり替え玉ではないか!」

名家「こ、こんな不正、許されると思って……!」

女騎士「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ!」

名家「なっ、貴様……聞いておるぞ。女だてらに騎士などと、生意気な娘がおると……女の分際で誰に物を言うておるかっ! わきまえよ!」

女騎士「罪人に払う敬意は持っておりませんわ!」

名家「なにを無礼な!!」

81: 2012/07/27(金) 22:57:25.90
弟子「……名家殿。これは長子殿が持っておられた剣ですが……これには刃止めがしておりません。真剣です」

名家「! そ、それは知らぬ! わしのあずかり知らぬところじゃ!」

弟子?「そうかい? 昨夜張ってたら、案の定やってきたよ……お前さんの手下がね」

弟子?「とっ捕まえたら、洗いざらい吐いた。毒針に、剣への細工……」

名家「なっ、ふざけるな! これは陰謀だ! こ、国王!」

黒剣士「…………あきらめろ」スッ

名家「なっ、貴様、貴様あぁぁぁぁっ! 裏切ったかっ!!」

黒剣士「………借りを返して、貸しを返して貰っただけだ」

女騎士「あら、名家様はこの人と面識があるとおっしゃいますの?」

名家「む、ぐっ!? い、いや、それは……し、知らん! そんな者、わしが知るはずなかろう!」

弟子?「それはちょっと苦しいんじゃないかな」

名家「こ、国王! わ、わしは誓って潔白です!」 

名家「そ、聡明な国王が、こんな、どこの馬の骨とも知らぬ輩の言うことなど、本気で信じておられるのですか!!」

82: 2012/07/27(金) 22:59:27.95
将軍「……名家よ、よく言うた」

名家「しょ、将軍・・・・・・そ、そうでございましょう。こんな馬鹿げた茶番……!」

将軍「今現在、この黒剣士の証言に伴って、お主の自宅、及び別荘の家宅捜索を行っておる」

名家「はい?」

将軍「潔白なお主なら、捜索したところで何も出てくるまい。お主の潔白は、こやつらの罪を立証することとなる」

名家「な、何を、そんな馬鹿なことは!」

将軍「疚しいことはないのであろう?」

名家「は……はぇ」ヘナヘナ

名家「は、あぁ……」

将軍「それが答えか……引っ立てろ!」

兵士1「……失礼を」グイッ

兵士2「……残念です」ガシッ

名家「は、離せ! 貴様ら、わしを誰だと思っておる! 貴様らの首など、わしの一声で全て……!」




国王「……待て」

83: 2012/07/27(金) 23:01:18.87
名家「!」

将軍「待て!」

兵士1・2「はっ!」ピタッ

名家「こ、国王……わ、わしは」

国王「…………名家よ。お主はこれまで、王家によく仕えてくれた」

名家「は……こ、国王……そ、そうでございましょうとも、わ、わしのような忠臣を処罰するなd「だが」

国王「……貴様のような奸臣を仕えさせておいたのは、余の最大の誤りであったようだ」

名家「あ……」

国王「余が生きている内は、貴様の罪を、牢の中で贖うがよい」

名家「は……はぁ……あああぁぁ」

国王「…………」ヒラヒラ

将軍「はっ、連れて行け!」

兵士1・2「「はっ」」

名家「ああぁぁ……うああぁぁぁ……」ズルズル……

84: 2012/07/27(金) 23:02:18.54
弟子?「さて、と・・・・・・」スポッ

弟子?→剣士「ひとまずは、こんなものかな?」

剣士「甲冑なんて何年ぶりかな」

女騎士「あぁ、そのお姿も凛々しいですわ・・・・・・」

女侍「お似合いです」

弟子「あの・・・・・・此度は、某のために多大なお骨折り頂き、ありがとうございました!!」

女侍「お礼は必要ありません。大体、本来ならば両方とも貴方が出てしかるべき試合なのに」

女騎士「『あいつらムカつくから殴らせろ』ですものね……」ハァ

剣士「それに、礼を言うなら、俺じゃなくてさ」

国王「ふむ、そうじゃな。わしも苦労したのじゃが」

弟子「こ、国王!」

国王「御前試合の再試合など前代未聞……わしも予定がある身でな」

弟子「はっ、め、面目次第も」

国王「……なんてな」

弟子「は?」

国王「気にしなさんな。元はといえば、目の前で不正をやられて気づかなかった俺の不徳よ」

国王「ま、予定のキャンセルに伴う大臣のイヤミ地獄に耐えられるかが問題だが」

剣士「器が大きいのか小さいのかはっきりしなさいよ」

85: 2012/07/27(金) 23:04:18.78
国王「いや、あいつのイヤミは精神を削りに来てるから、マジで」

国王「俺とお前がこうやって対等に話してるだけで『あのような若者に不遜な口の利き方を許すな!』とかうるさいのなんのって……」

剣士「……何はともあれ、助かったよ。世話をかけた」

国王「ははは、気にするな。お前に頼った数に比べれば、この程度大した事はないさ」

剣士「やっぱり、身分にこだわるだけに、最後の国王直々のお言葉は堪えたようだね」

国王「ふん。前々から、チラチラ悪さしとる節はあったからな。鬱陶しかったのよ。先代からの縁はあったが、せいせいしたぜ。けっ」

将軍「国王。素はその変にしておいたほうが」

国王「……うむ。弟子、剣士、女騎士、女侍。此度は大儀であった」

剣士「ははっ」ヒザマヅキ

弟子「! ははっ」ヒザマヅキ

女騎士・女侍「……」ヒザマヅキ

国王「名家については、法において裁きが下るであろう。そちらには、後ほど追って褒美を取らせる」

「「「「ありがたき幸せ!!」」」」

国王「以上。下がって良いぞ。今日はゆるりと休むが良い」

弟子「ははっ!」

87: 2012/07/27(金) 23:05:50.23
――闘技場 通路


弟子「あ……」

黒剣士「…………む」

弟子「……意外でした」

黒剣士「…………俺が、証言したことか?」

弟子「はい」

黒剣士「…………証言と引き替えに、替え玉の件について不問になった。ただの取引だ」

黒剣士「…………お前が気にすることではない」

弟子「腕は、申し訳ありませんでした」

黒剣士「…………自分でやっておいて、よく言う」

弟子「黒剣士殿も……剣が好きだと思うのです」

黒剣士「…………?」

弟子「でなければ、技を極めることできないはずです。なのに、某は、黒剣士殿から、剣を奪ってしまった」

黒剣士「…………それが、剣を振るう者の責というものよ」

弟子「肝に銘じます」

黒剣士「…………これ以上話もあるまい。失礼する」

弟子「はい。あの……ありがとうございました。お元気で」

黒剣士「…………」スタスタ



黒剣士「…………『ありがとうございました』か。兄の仇によく言う」

黒剣士「…………礼を言われるなど、何年ぶりか」

黒剣士「…………こうなっては仕方あるまいな。息子と畑でも耕すか」

黒剣士「…………」

88: 2012/07/27(金) 23:06:46.15
剣士「あー、終わった終わったー!」ノビノビ

女侍「良いのですか? 何も言わずに帰って」

剣士「書き置きはしたからいいだろ」

女侍「あれを書き置きと言って良いものか……」


  『帰る』


女騎士「単語!?」

剣士「いいのいいの。どうせ家は知ってるんだし、また用事があれば来るだろ」

女侍「……『弟子』なのですからね」

剣士「弟子じゃねーし! めんどくせーし!!」

女騎士「ふふふ……それはそうと、お土産を買って帰らないといけませんわね」

女侍「反物などはいかがでしょう?」

剣士「あー、もう、任せるわ……」



女侍「ふふ、よい仇討ちでした」

女騎士「充実した休暇でしたわ」


89: 2012/07/27(金) 23:07:52.13
――数日後


女暗殺者「……剣士、手紙来てる」

剣士「ん……将軍からだな」

女暗殺者「ダイレクトメールは全部捨てた」

剣士「ご苦労」ナデナデ

女暗殺者「………………えへへ」

剣士「なになに……ほうほう、ふむふむ」

女剣士「なんだって?」

剣士「名家の自宅から、裏帳簿が見つかったそうな。調べたら、今回以外にも色々やらかしてたらしい」

女侍「それはそうでしょうね。初犯では無いと思っておりましたが」

剣士「芋づる式に、御前試合開催委員の内、名家の叔父を含む何人かが逮捕。御前試合の賭けについては今後無期限に凍結……」

剣士「返却金については、現在協議中だとさ。まぁ、一人当たりは少額とは言え、不特定多数の国民が被害者だし、こればかりは難しいだろうな」

剣士「長子は……全治6ヶ月。退院と同時に取り調べ……あー、ごめん、ちょっとやりすぎたか」

剣士「あと弟子は……ほう、今回の褒美として、本人の希望により軍へ入隊。キャリア街道驀進中。面倒そうなのにご苦労だねぇ」

女剣士「そう言えば、お前は何か褒美を貰ったのか?」

90: 2012/07/27(金) 23:08:36.51
女剣士「そう言えば、お前は何か褒美を貰ったのか?」

剣士「いくらか金をな。こっちの方が後腐れ無くて良い」

女侍「私もそうしました。特に欲しいもありませんでしたから」

女暗殺者「……女騎士は……隣の領地から、こっちへ転属を希望しているみたい」

女剣士「後任への引き継ぎがあるから、しばらくは忙しくて来れないとぼやいていたな。だが、それが終われば引っ越してくるそうだ」

剣士「……え、それってここに住む前提?」

女侍「流石に、増築しなくてはなりませんね。王様からの報償を費用にあてますか」ニコニコ

剣士「……めんどくせぇ」


――コンコン


弟子「け、剣士殿……ご相談したき儀が……」ヨロヨロ……

91: 2012/07/27(金) 23:10:04.18
女暗殺者「……噂をすれば、キャリア様が」
女剣士「なんだか随分やつれているな」
女侍「とりあえず、お茶でも……」
剣士「……おい、もう面倒ごとはごめんだぞ」

弟子「いえ、兄の件ほど込み入ってはいないのですが……実はあの後……」


――数日前 弟子屋敷

 ――ドンドン!

 ??『たのもーう!』

 弟子『はい?』

 挑戦者『ふはははは! やっと見つけたぞ! 弟子め!』

 弟子『あなたは……剣士殿のところで手合わせした』

 挑戦者『覚えていたとは殊勝な奴! あの日の雪辱を晴らしに来たぞ!』



剣士「挑戦者って誰?」

女剣士「あぁ、そう言えばお前は女暗殺者と川に行ってたな」

 カクカクシカジカ

女暗殺者「……完全に使い捨てキャラ」

剣士「把握した。続けて」

弟子「はい……」

 
 弟子『解りました。中庭でお相手しましょう』

 挑戦者『か、勘違いするな! あくまで俺の目標は剣士! お前などその踏み台に過ぎないのだからな!!』

 弟子『承知しておりますよ』クスッ

 挑戦者『ドキッ……なっ!? わ、笑うな、馬鹿!』

 弟子『あ、いえ……馬鹿にしたつもりは……』

 挑戦者『そ、そういうことではないが……えぇい、もういい! 案内しろ!』

 弟子『?』

92: 2012/07/27(金) 23:10:58.55
剣士「あれ? なんか雲行き怪しくない?」

女暗殺者「…………挑戦者×弟子……」

剣士「君そんなキャラだったっけ?」

弟子「えぇと」

女騎士「お気になさらず、続けなさいな」


 弟子『それでは……』

 挑戦者『参る! でやあぁぁぁぁっ!」ブオッ

 弟子『むっ!(この間からかなり腕を上げている……!)』ガキッ

 挑戦者『おりゃ、おりゃ、おりゃあぁぁぁぁぁっ!』

 弟子『(こちらも全力で行かなくては……っ!』

 弟子『せやあぁぁぁっ!』ブンッ

 ――ビリッ

 弟子『あ』

 挑戦者『あ』


弟子「そ、某の、木剣が挑戦者殿の胸元に引っかかり、そのままその……破いてしまったのです」

弟子「や、決してやましい気持ちはなく、挑戦者殿の強さにこちらも押される形でもつれ合った結果なのですが、その、あの」

弟子「…………///」

93: 2012/07/27(金) 23:11:52.72

 ――ポロリ

 挑戦者『あっ、なっ、きっ、きゃああぁぁぁぁぁっ!!!』

 弟子『な……あ、え……じょ、女性だったのですか!?』

 挑戦者『うわぁぁぁぁっqあwせdrftgyふじこlp!!』ブンブン

 弟子『うわ、お、落ち着いて! 危ない!!』

 挑戦者『み、見られたあぁぁぁぁっ! いやああぁぁぁぁぁっ!』ダッシュッ

 弟子『あ、待って……!』



剣士「あー、そうきちゃったかー、そっちのパターンね……」

弟子「結局その場はそれきりだったのですが、半裸の女性が悲鳴を上げて家から出て行ったというので、家族への説明に苦労しました……」ゲッソリ

弟子「………」

剣士「え? 終わり? なに? ラッキースケベ自慢?」

弟子「あ、いえ、そうではなくてですね」

弟子「そ、某、あれから非礼を侘びたいと、挑戦者殿を探しておるのですが……」

弟子「その……こちらに、来ていないかと、思いまして……」

剣士「は?」

弟子「…………////」

女暗殺者「……コイバナ?」

剣士「スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルめんどくせええぇぇーーーー!!」


おわり

94: 2012/07/27(金) 23:14:05.38
以上です。

正直ネタ切れです。女暗殺者にも触れたかったのですが。次があるかはまるで未定です。
土日の間は晒しておこうかと思います。

ありがとうございました。

110: 2012/07/28(土) 21:58:25.43
乙乙

引用元: 弟子「そ、某を、是非とも弟子に!」剣士「めんどくさすぎワロタ」