1: 2012/07/20(金) 20:07:38.29
将軍「え」

護衛「貴様、将軍に向かって何だ、その口の利き方は!」

剣士「いや、あのさ。俺は人間が嫌いだからこんな山奥に引きこもって暮らしてるわけ」

将軍「はぁ」

剣士「そんなところにね、『私いかにも偉いです』みたいな勲章いっぱい着けた人がお忍びで来ると、もうダメなんですよ」

剣士「俺の静かな生活は木っ端みじんなんですよ」

剣士「しかも『久しいな』って、昔の知り合いみたいな顔でやってくるよね?」

将軍「みたいな……とは酷いな。一応知り合いだろうに」

剣士「それまで一切音沙汰なかったのに?」

将軍「いや、それは……すまない。連絡もなしに押しかけたのは謝る」

剣士「どうせあれでしょ? 『お前のような凄腕の剣士が、こんな貧しい生活……』みたいなこと言うんでしょ?」

将軍「えぇー……」

剣士「いい大人が自己責任でやってることなんだから、放っておいてもいいじゃないかな!? かなぁ!?」

将軍「落ち着け!」


https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1342782458/

2: 2012/07/20(金) 20:11:19.12
※業務連絡

お疲れ様です。下記の話を書いたものです。鳥つけてみました。
そんなに長くはないですが、今日は導入部のみで。
よろしくおねがいします。

女剣士「勝負だ!」剣士「めんどくせぇ!!」


3: 2012/07/20(金) 20:12:40.86
剣士「というわけで、お引き取り下さい」

将軍「そうか……久しぶりに酒でもと思ったのだがな……」

護衛「将軍、こんな奴まともに相手をする必要は……!」

剣士「だからさ、あんた自覚ないかも知れないけど、そういうのがマズいんだって」

剣士「酒飲むでしょ? 昔話するでしょ? 『そういえば、あいつってどうなった?』って第三者の話になるでしょ?」

剣士「そしたらあんたが言うじゃん。『あいつか……どうやら少し苦境に立たされているようだ……』」

剣士「ほれ、想像してみ……」

将軍「…………」

護衛「…………」

剣士「……完全に俺が助けに行く空気だよね!? 話聞いといて行かなかったら俺が悪いみたいじゃん!!」

剣士「そのくせ、話を持ち込んだ張本人は、どうせ『私は今の立場上、自由に動けなくてな』とか言って逃げるんでしょ!?」

剣士「君たちはいつもそうだね、事実をありのままに伝えると決まって同じくトンズラかます!」

剣士「わけがわからないよ!!?」

将軍「だから落ち着け!!」

4: 2012/07/20(金) 20:13:50.13
将軍「そんなつもりはない。少しだけ酒を飲むだけだ」

剣士「……本当に?」

将軍「本当だ。なんなら昔の話はしなくてもいい」

剣士「……証拠は?」

将軍「こっちがめんどくさくなってきた」

護衛「帰りましょう」

剣士「というか、さっきからあんた誰?」

護衛「むっ、私は将軍の護衛だ! 貴様のような素性の知れない輩が、将軍に害なさんとも限らんからな!」

将軍「護衛よ」

護衛「はっ!」ビシィッ!!

将軍「……こいつは私の友人だ。同時に恩人でもあるのだ」

護衛「し……失礼しました……」

剣士「はぁ……まぁ、とりあえず入りなよ……」

将軍「いいのか?」

剣士「もう日が暮れるだろ」ガチャッ

将軍「すまんな。邪魔をする」

護衛「私は、ここで」

剣士「良いから入りな。そんなとこで立ち番されてたら落ち着かない」

護衛「いや、これが自分の仕事で……」

将軍「良い、許可する。同席しろ」

護衛「はっ」ビシィッ!!

5: 2012/07/20(金) 20:15:04.66
――キュポン

将軍「ま、一杯……」トクトク……

剣士「どうも……じゃぁ、ご返杯トクトク……

将軍「ありがとう」トクトク……

剣士「そっちの護衛の人も」

護衛「いや、自分は、職務中……」

将軍「良い。呑め。嫌いではないだろう?」

護衛「し、しかし……」

将軍「……本来、私は休暇中なのだ。護衛は要らんと言ったのを、お前は自分の有休を使ってまで付いてきた」

護衛「それは……将軍の御身が心配で……」

将軍「解っておる。だが、今日はお互いに休暇中だ。肩肘を張ってもつまらんし、こうなっては部下の休暇を楽しくするのも上司の務めだ……呑め」

護衛「……頂きます」トクトク……

6: 2012/07/20(金) 20:16:22.23
剣士「またむやみに良い酒を持ってきたもんだな」

将軍「土産だからな。気に入ったか?」

剣士「たまに飲む分にはな。毎日飲むと命が縮みそうだ」クイッ

将軍「ははは、気に入ったなら、たまに届けさせよう。音沙汰無しと嫌みを言われることもなくなる」

剣士「そうかい……そうそう、ところで……」ガタッ

護衛「(ん?……立ち上がって、どこへ………っ!)」

護衛「(剣っ!? こいつやはり……! 不覚っ!!)」ガタッ

護衛「将軍! 危ないっ!!」ガチャーン!!

将軍「むっ!?」ドシャァッ!!

剣士「よいしょっ!」ドガッ!

??「…………よくぞ見破った」

剣士「ま た お 前 か」

??「…………言ったはず、必ず頃すと……」

剣士「あぁ、もう良いから。今日は見ての通り客が居るから。終わった後でも可愛がってやれないから」

??「………………命拾いしたな」

剣士「はいはい。夜道に気をつけてな」

??「…………えOち///」

剣士「なにが?」

??「………………///」スタタタ……

7: 2012/07/20(金) 20:17:24.94
剣士「はぁ……」

剣士「? ……なにやってんだ。男2人で絡み合って」

護衛「あ、いや。これは……」

剣士「……まさか、休暇で2人旅ってそういう……」

護衛「ち、違うっ! 断じて違う!!」ガバッ!!

将軍「一応私は妻子持ちでな……すまん、お前の想いには答えられない」

護衛「誤解です! と、というか、そっちこそ何なんだ、あれは!」

剣士「刺客……兼、セフレ?」

護衛「は?」

剣士「いろんな奴が来るんだよ。剣の腕を試したい挑戦者とか、俺に恨みがある奴とか、そんなのに雇われた頃し屋とか」

剣士「あれも、大体そんな内の1人だ」

護衛「お、おう……? いやいやいや、駄目だ、納得できんぞ」

8: 2012/07/20(金) 20:18:31.22
剣士「ったく、面倒臭くってこんな不便なところに引っ越したのに、結局あまり変わらないもんなぁ」

将軍「仕様があるまいよ……それはそうと、護衛」

護衛「は、はっ!」

将軍「再度確認するが、こいつは私の友人であり、恩人だ。剣を取ったところで、それをこちらに向けることは『絶対に』ない」

護衛「!! は、はっ……も、申し訳……」

将軍「むしろ、我々が気付かなかった相手の気配をいち早く察知した手腕は、賞賛に値すると思わぬか?」

護衛「お、恐れ入ります……面目次第も……」アセダラダラ

護衛「(言われてしまえばそうだ……あの刺客は、女ながら完全に気配を頃していた、かなりの手練れ……)」

護衛「(たまたま狙いが剣士だから良かったものの、もし将軍が標的だったなら……殺られていた)」

護衛「け、剣士殿!」

剣士「は?」

9: 2012/07/20(金) 20:18:57.90
護衛「か、数々のご無礼、どうぞお許し下さい!」

剣士「お、おう」

護衛「いかなる処断も受ける所存にて……」

剣士「あぁ、待て待て。今は君も休暇中なんだろ? だったら責任も何もないだろうに」

剣士「別に怪我人も居ないわけだし、こっちはあんなの日常茶飯事だから」

護衛「では、先ほどの刺客、人相描きを作製して、手配を……」

剣士「いいってば。放っておけばいいよ」

将軍「まぁ、本人がこう言っていることだし……続きを呑もう」

護衛「は、はぁ……」

10: 2012/07/20(金) 20:19:52.50
将軍「だが、少し安心したよ、剣士」クイッ

剣士「なにが?」グビッ

将軍「人里を離れて独りで暮らすと聞いたときは心配したが……思ったよりも楽しげだ」トクトク……

剣士「刺客だっつってんのに、楽しげはないだろう」トクトク……

将軍「いいや、楽しそうだった」クイッ

剣士「冷やかすなよ……そっちは? まぁ、山奥にいても色々と聞こえては来るが」グビッ

将軍「お前の手を煩わせるようなことはないさ」トクトク……

剣士「それは何よりだ」トクトク……

護衛「(ペースが速い……)」チビチビ

護衛「(自分も酒は好きだが……少し話をして、ペースを落として貰おう)」

護衛「あの……お二人の出会いは、どのようなものだったのでしょうか?」

剣士「昔話は厳禁だと言ったはずだけど」

将軍「別に良いだろう。第三者の話にはならん。私とお前の間の話だ」

剣士「…………ふん」クイッ


将軍「そうだな。お前に命を救われた、あの戦場が……出会いだったな」

11: 2012/07/20(金) 20:20:52.86
――○年前 南の戦場

少尉(後の将軍)「くっ、押し返せないか……退却だ!」

兵士1「了解しました! 全軍退却!」

兵士2「退却! たいきゃあぁぁく!!」

伝令「ご報告します! 既に退却した部隊が、待ち伏せで全滅しました!」

少尉「なに!? 退路を断たれたか!」

兵士1「……少尉殿」

少尉「……かくなる上は、せめて敵に少しでも損害を与えた上で、散るよりない、か……」

兵士2「……お供いたしますよ、少尉殿」

少尉「済まないな。俺が無能なばかりに……」

兵士1「なに、今のご時世、兵士なんざこんなもんでさ」

兵士2「あの世で同胞が待ってます。立派に氏んで見せましょう」



??「立派な氏などない」

12: 2012/07/20(金) 20:22:01.04
少尉「何者だ!?」

剣士「援軍だ」

兵士1「援軍? 他はどうした? 一人じゃないか」

兵士2「本体が退路を確保しているのか? お前は伝令ということか?」

剣士「いや、俺一人だ。とりあえず今到着したから、状況が解らん。退路を確保すればいいのか?」

少尉「……笑えない冗談だ」

剣士「冗談と思うなら結構。ただ、俺にはそれができるから、やるだけだ。退却するならルートを示せ。この地図か?」

少尉「あ、こら! 軍事機密だぞ!」

剣士「……解った。川沿いに谷を通って、東の尾根を超えるんだな」

剣士「地図通りに退却しろ。後はやっておく」スタスタ

兵士1「ま、待て!」

兵士2「……行っちゃったよ」

兵士1「どうしますか、少尉殿……敵の陽動かも」

兵士2「しかし、どうやって本陣の真ん中のここまで来たんでしょうかね? 退却準備中とはいえ見張りがいるはずですが……」

少尉「…………」

少尉「このままここで籠城しても、やけになって突撃しても、退却して待ち伏せを受けても、結果は同じだ」

少尉「ならば、得体の知れない輩にすがって裏切られたところで、変わりはない」

少尉「退却準備を急がせろ! 予定通りに退却する!!」

13: 2012/07/20(金) 20:23:44.29
将軍「……退却した私たちが見たのは、先に退却して待ち伏せを受けた部隊の氏体……そして、夥しい数の折れた剣、それだけだった」

将軍「待ち伏せがあったのは事実だったのだが、敵の部隊は撤退していたんだ」

護衛「全て一人で……?」

将軍「そのはずだ」

剣士「全員は相手してない。奇襲してやったら、パニックを起こして勝手に逃げていったんだ」

剣士「10分の1程度に怪我を負わせただけだ。部下の10分の1が正体不明の敵にやられて戦闘不能になったら、上官としては撤退せざるを得ない」

護衛「それも作戦の内だったのですか?」

剣士「必要以上に頃すのは本意じゃないしね。それに戦場じゃ『1人の氏者より、10人の負傷者』だ」

将軍「氏人は最悪、捨て置けばいい。だが、けが人は治療に人も物資も取られるからな。同じ戦力外でも、言い方は悪いが、けが人の方が厄介だ」

将軍「将軍ともなれば、『見頃し』も作戦の内なのだ。例え遺族にどれほど怨まれようとも……」ハァ……

護衛「将軍……」

将軍「お前が居なかったら、私はあそこで氏んでいた。待ち伏せされていたか、突撃して玉砕していたかは知らないが……少なくとも将軍にはなれなかったろうな」

剣士「将軍になったのはあんたの才覚でしょうか。あの頃から部下に慕われる、いい上官だったろ?」

将軍「そう言われると照れるが……謙遜しなくても良いのだぞ?」

14: 2012/07/20(金) 20:25:22.34
将軍「お前があの日助けた人数は、私たちの小隊を含め、2個師団相当、約2万聞いている。あの作戦に参加していた部隊の8割だ」

護衛「え!?」

将軍「確保した退却路は実に6つ。分散して展開し、敵を包囲としていたところを逆手に取られて、各個撃破されていたところだったからな」

将軍「広範囲に渡るそれを一人で、日の出から真夜中までかけて助けて回ったのだからな」

護衛「(……ほ、本当に人間か?)」

将軍「……お前が敵でなくて心底良かったと思ったよ」

剣士「別にいいさ。貰うもんは貰ってやったことだ」

将軍「そうか……そのときの報償が、あの剣だったな……」

護衛「剣……」

将軍「あぁ、ちょっと持ってみろ。いいだろう?」ニヤニヤ

剣士「……意地の悪い上司だな。怪我するなよ?」

護衛「カチン……じ、自分とて軍人です。剣の扱いには慣れております!」ガシッ

護衛「!!!」ズシッ

護衛「お、重い……んぐぐぐぐっ!!」

護衛「も、持ち上がらない……っ!?」

剣士「無理すんな、腰をやるぞ」ヒョイ

15: 2012/07/20(金) 20:26:57.08
護衛「ハァ、ハァ……」グッタリ

将軍「オリハルコンとアダマント、ミスリルを折り重ねて鍛えた一品……か」

将軍「国王との間で直々に、そして極秘にやりとりが交わされたので、私はその場に居なかったが」

剣士「そうだねぇ……あの当時、俺は、俺に合う剣を探してた」

剣士「一応、普通の剣でも遠慮すれば保たせられたけど、全力で振るとすぐに折れたり曲がったり欠けたり……」

護衛「……散らばっていた折れた剣とは、そういうことですか」

護衛「剣を使って、折れたら敵のモノを奪ってまた使う……」

剣士「そういうこと。酷い戦い方だったなぁ、今思えば」

剣士「で、『謝礼になんでも好きなモノを取らせる』と言うから、『この世で一番頑丈な剣を』を言ったわけだ」

剣士「正直、あんまり期待はしてなかったんだけどな」

剣士「色々あって擦れてた時期だったし、面白半分で王様にちょっとフっかけてやろうと思ったわけだ」

16: 2012/07/20(金) 20:28:40.28
将軍「後で聞いたが、かなり手間をかけたらしいな。鍛冶に長けているドワーフたちに話を付けて、最高級の素材で作ったそうだ」

将軍「あの剣一本で、それなりの屋敷が二、三軒は建つらしいぞ」

剣士「過ぎたモノだよ。今思えば高くついた。おかげで国王様の依頼はしばらく断れなかったからな」

将軍「その辺りも考慮しての報酬だったかも知れんな。お前を安定して味方に付けられるなら、安いものだろう」

剣士「買いかぶるなよ。俺にだって出来ないことはあるんだ」

剣士「ま、それまで散々裏切りだの謀略だの経験してた中、国王様はまだ俺のことを人間として扱ってくれたからな……」

剣士「つい情に流されて、面倒見ちまった」

護衛「なるほど……そんな来歴が……」

将軍「見れば見るほど美しい……ほとんど伝説に近い素材が層状に刃紋を成して、濡れたように光っている」

将軍「冶金に優れたドワーフたちの技術の粋を集めたものだが……馬鹿馬鹿しいほどに重い」

剣士「ドワーフか……注文を受けたときは何かの冗談だと思ったろうな」

17: 2012/07/20(金) 20:29:38.48
将軍「ははは、確かに。そう言えば、そのドワーフだが、最近不穏な噂があってな……」



剣士「あ」

護衛「あ」

将軍「あ」



剣士「……………」

将軍「……………」

将軍「……………ごめん」

剣士「謝るなあぁぁぁぁぁっ!!」

護衛「け、剣士殿……」

剣士「もおぉぉぉぉっ! だから嫌だったのにいぃぃぃっ!!」

将軍「いや、何というか……本当に済まなかった。そんなつもりはなかったのだが」

護衛「そ、そんなに取り乱さなくても……」

将軍「こいつは、『聞かなかったことにする』というのが出来ない性分でな。それは重々承知していたのだが……口が滑った」

剣士「ふざけるな! ふざけるな! ばかやろおぉぉぉっ!!」

25: 2012/07/21(土) 00:18:58.76
――ドワーフの領地

剣士「…………」ブッスー

護衛「いつまでふて腐れてるんですか……」

剣士「ちくしょう、あの野郎。最初からこのつもりで」ブツブツ

護衛「根に持ちすぎですよ……」

剣士「おまけに、監視付き」

護衛「監視だなんて……自分は将軍から、剣士殿のサポートを言いつかっておりまして」
 
 将軍『……こと、ここに至っては仕方あるまい』

 将軍『流石に知らん顔もできんから、忙しいところ悪いがお前にはサポートについて貰う」

 将軍『お前自身もきっと勉強になるだろう』

 将軍『あと、これも持って行け』ピラリ

護衛「ということで、将軍から紹介状も預かっておりますから、話はすぐにつくでしょう」

護衛「さぁ、宿に荷物を置いたら、まず村長に会いましょう」

剣士「あー、めんどーくさいーよー」トボトボ

26: 2012/07/21(土) 00:22:30.87
――ドワーフの村 集会所

ドワーフ村長(以下村長)「ようこそおいで下さいました。お話は手紙にて伺っております」

護衛「こちらが紹介状だ。それでh――」

剣士「どうぞ、お構いなく。お力添え出来れば良いのですが」

剣士「まずは、詳しいお話をお聞かせ下さい」(キリッ

護衛「え」

村長「? 何か?」

護衛「あ、いえ。何でもないです。失礼しました」

村長「はぁ……村の者も手を焼いておりましてな……ほとほと困っております」

剣士「お察しします。被害に遭われた方々へは言葉のかけようもございません」(キリッ

護衛「え」

村長「はい?」

護衛「ご、ごほん! き、気にしないで、続けて……」

村長「わ、解りました。ご存じの通り、またご覧の通り、この村は冶金で成り立っております」

村長「王宮護衛兵用の最上級装飾鎧を始め、大砲、鐘といった大物、はては剣、鏃、蹄鉄、という消耗品に至るまで」

村長「国王様がお召しの王冠も、純金の土台部分は、この村で作らせて頂きました」

村長「それを王宮の職人が宝石をはめ込み、冠に仕立てるわけですが、その仕事の細やかさは歴代の王族様にお褒め頂いております

27: 2012/07/21(土) 00:23:22.97
村長「いや、お話がそれましたな」

村長「当然、それだけの鍛冶仕事をするには、よい鉱山が近くにあるのが条件です」

村長「金鉱山、銀鉱山、銅、鉄、鉛、亜鉛……それらの豊かな鉱脈のど真ん中に、この村は位置しております」

村長「……問題は、今はつかわれていない廃坑でして……近頃、魔獣の住処となっております」

村長「そもそもは、3ヶ月前に村の子供が廃坑の近くで、不気味な影を見たという話から始まりました」

村長「その子供は遠くから見かけた程度で、正体がよく解らなかったとのことなんですが……」

村長「稼働中の鉱山に向かう途中にあるものですから、避けて通るというわけにも行かず、そのままにしておいたのがよくありませんでした」

村長「襲われて怪我をする者が、何人か出始めまして……」

村長「氏者は出ておらず、軽傷ばかりだったのですが、一昨日、とうとう村で一、二を争う鍛冶が利き腕を噛み千切られまして、今も生氏の境をさまよっております」

村長「今回は流石に怪我の程度が違いますし、騒ぎになるとまずいと思って、細かいところは伏せておりますが……人の口に戸は立てられませんでな」

村長「それに、命を取り留めても、職人としてはもう……」

28: 2012/07/21(土) 00:23:57.62
剣士「……それでは、我々の仕事はその魔物の討伐と言うことで、よろしいですか?」

村長「その通りでございます」

剣士「解りました。ところで、その魔獣の特徴を教えて欲しいのですが」

村長「それが、はっきりと解りません」

剣士「解らない?」

村長「襲われたものは皆、背後から突然やられて、姿を見ておらんのです」

剣士「ふむ……」

護衛「被害者に、直接話を聞いたほうがよろしいのでは?」

村長「そうして頂けると、私どもとしても助かりますが」

剣士「……わかりました。では討伐は明日からで、今日はひとまず情報収集と言うことで」

29: 2012/07/21(土) 00:25:13.01
――――
――――――

護衛「意外でした」

剣士「なにが?」

護衛「いえ……面倒臭いと再三言ってらしたので……」

剣士「……あのね、仮にも将軍が直々に招待状を寄越したんだからさ。顔潰すわけにはいかないだろ?」

護衛「(その辺の常識はあるのか……)」

――――
――――――

30: 2012/07/21(土) 00:26:58.60
――モンスター被害者の話

ドワーフ村民1(以下村民1)「あ、あの……」

村長「急に呼び出して悪かったな。そう固くなるな。こちらの方々に、お前さんが魔獣に襲われたときのことを話して差し上げておくれ」

村民1「はぁ……」

村長「あまり思い出したいことではないと思うが、頼む」

村民1「へい、あっしは鉄鉱山で坑夫をしておりやす。その日も、朝に仕事場の坑道へ行こうと通りかかったんですが……」

村民1「その、アレな話ですけど……小便がしたくなりまして……道から外れた森の中で用を足そうとしたんでさ」

村民1「そしたら、最中にいきなり後ろから押し倒されやして、口と鼻がこう、ベタベタしたもんで塞がれて……」

村民1「息ができねぇんで氏ぬかと思いやした。気がつくと、身体中犬に舐められたみてぇにべしゃべしゃで、ひっかき傷が至る所に出来てまして……」

剣士「傷はもう治りましたか?」

村民1「へい、しばらく痛痒くって難儀しましたが、もう跡形もなく……」

剣士「それはいつの話?」

村民1「ひと月ほど前でしょうか」

剣士「なるほど……軽い怪我で良かった」

村民1「へぇ、本当に……あの、村長さん。鍛冶屋の野郎は大丈夫なんでしょうか? 怪我したって聞きましたけど」

村長「あぁ……大丈夫。きっと治る」

村民1「それならようござんすが……あいつの腕はこの村一ですからねぇ。まだまだ頑張ってもらわにゃ」

村長「……そうだな」

剣士「…………」

31: 2012/07/21(土) 00:27:58.36
――――二時間後

護衛「……あれから魔獣に襲われた住人、3、4人に話を聞いてみましたが、大した収穫はありませんでしたね」

剣士「あまり代わり映えはしないな……」

護衛「しかし、口止めしているはずの件が噂になりつつあるのは……」

剣士「細かいところはまだみたいだけど、時間の問題だな。村長も言ってたろ。人の口に戸は立てられない」

村長「次は、大怪我をした鍛冶を発見した者です。女子(おなご)ですので、相当ショックだったようで……」

剣士「会いましょう」

32: 2012/07/21(土) 00:30:54.31
ドワーフ娘(以下 娘)「はい、あたしがあの人を見つけたのは……昼頃のことです」

娘「兄が坑道近くの精錬所で働いてまして、その日はお弁当を届けに行ったんです」

娘「魔獣が出るという話は聞いてましたから、怖かったんですけど、兄が朝出るときに忘れていったもので……」

娘「そしたら、茂みの奥から呻き声が聞こえて……」

娘「最初は獣かと思ったんですけど、よく聞いたら人の声っぽくて……」

娘「あ、あたしどうしたらいいか解らなかったんですけど……でも、人だったら放っておけないし……」

娘「それで、おそるおそるですけど、近寄ったら……あの人が倒れていて……」

娘「ち、血まみれで、倒れてて、うつぶせか仰向けかもわかんなかったんですけど、それで、腕、腕が、片方なくなって、そ、それで……」

剣士「あぁ、もう良いよ。ごめんね、辛いことを思い出させて……」

娘「いえ……すみません、こんなこと、初めてで……」フルフル

村長「……何か、動物の影とか見なかったか? 足跡とか……」

娘「すみません、それどころじゃなくて……とにかくお医者をと思って、大急ぎで村に戻ったものですから」

娘「その……本当に、すみません」

剣士「いやいや、謝ることはないよ。ありがとう、助かった」

村長「済まないが、この件はもうすこし伏せておいてくれぬか……」

娘「承知しております……あの人は……?」

村長「まだ意識が戻らん……」

娘「そうですか……あの人、うちの店の常連だったんです」

剣士「店?」

娘「あ、はい。家が酒場をやってて……」

剣士「へぇ」

娘「だから、その……心配で」

村長「うむ、そうじゃの。大丈夫、きっと、元気になるさ……」

33: 2012/07/21(土) 00:32:58.68
――――
――――――

村長「一通り、関係者は以上ですが……」

剣士「腕を無くしたという鍛冶は、今どこに?」

村長「診療所で治療を受けております」

剣士「お医者にもお話が聞きたいのですが」

村長「そうですか、では、参りましょう。ご案内します」



――ドワーフの村 大通り

護衛「さすがにドワーフの村だ。中心部は鍛冶屋や彫金場が多い」

剣士「常に窯で火を炊いているから、熱気も凄いな。歩いてるだけで汗ばんでくる」

護衛「道具屋も充実してるが……スコップだけで10種類くらいあるぞ」

剣士「本当だ。先がギザギザのに、刃が厚いもの。片刃のものまで……」

店員「そこの兄さん、この包丁、奥さんへのお土産にどうだい?」

護衛「え、じ、自分か? 自分はその……」

店員「大丈夫大丈夫、左利き用も全部揃ってるから!」ガシッ

護衛「いや、そうでなくて……自分は独身で……」

店員「まぁ、見るだけならタダだから、ね? うちの店のは工房から直売してるから、高級料亭でも使ってる道具が驚くほどの安値ですよ」グイグイ

護衛「あ、ちょ、ちょっと!」

村長「これこれ、この方は客人じゃ。強引なことをするでない」

店員「あ、村長……す、すみません」

護衛「い、いや……後で寄らせて貰おう。うん」

34: 2012/07/21(土) 00:35:56.72
村長「どうもご無礼を……料理人や大工が道具を直接買い付けに来るのも珍しくありませんでな」

村長「この村の職人も、もちろん道具にはこだわりがあります。店で買ったものを、さらに各自で改造するのも珍しくありません」

護衛「なるほど、なるほど……」キョロキョロ

剣士「おい、あまり大の男にこういうことは言いたくないが、よそ見してると危ないぞ」

剣士「つーか、反省しろよ……」

??「うおっ!」

護衛「わっ!」

 ドンッ

鍛冶2「いてぇっ!?」

剣士「あぁ、言わんこっちゃない……」

鍛冶2「おう、どこに目ぇつけて歩いてんだよ!」

鍛冶2「あぁ? 人間か? ドワーフごとき目に入らねぇってか!? 悪かったな、チビでよ!」

35: 2012/07/21(土) 00:37:19.51
村長「こ、これ。そんな口の利き方をするものではない。この方は廃坑の魔獣を倒しに来て下さった剣士様じゃ」

鍛冶2「あぁ、そうかい。だからって別に『様』付けするこたねぇだろ。こいつはこいつで仕事してるだけだしよ」

護衛「な、なにっ!? 無礼な!」

剣士「仕事かと言われると複雑だけどな……」

鍛冶2「とにかく俺ぁ忙しいんだよ! あの馬鹿が怪我して使いモンにならねぇから、こっちに仕事が回ってきてんだ!」

鍛冶2「ったく、大迷惑だぜ」

剣士「へぇ、おたくも腕の良い職人のようだ」

鍛冶2「ったりめぇよ!」

鍛冶2「……おや、あんた、その剣は……」

剣士「これかい?」

鍛冶2「あぁ、そうかそうか……あんたが、例の『剣士様』か。そりゃぁ、様も付けるわな」

鍛冶2「その剣は職人が6人掛かり、交代で7日かけて打ったんだ。その間一瞬も休まず、昼も夜もな」

鍛冶2「俺もその6人の中に居た……怪我してるあいつもだ」

剣士「そりゃ、世話になったね。お陰で助かってる」

鍛冶2「いいんだよ……俺は俺の仕事しただけさ」

36: 2012/07/21(土) 00:38:29.91
鍛冶2「俺としちゃ、それをマジで振り回す人間が居る方が驚きだな。注文受けたときは装飾用かと思ったんだが」

鍛冶2「おっと、こうしちゃいられねぇ。あいつのやりかけの仕事を全部持って来ないとなんねぇんだ。じゃぁな!」スタスタ

村長「申し訳ありません。あれも腕は良いのですが、口が悪くて、頑固なもので」

剣士「気にしてませんよ。職人というのはそのくらいがいい」

村長「ははは、確かに今だに女子供は仕事場に入れないという者もおりますでな……」

村長「……わしも思い出しました。国王様直々のご注文でして……オリハルコンとアダマント、ミスリルを層状に重ね、堅さと粘りを出した最高級の剣」

村長「間違いなくこの村の史上最高の作品の一つでございます」

剣士「その恩を返したくて、今回は参りました」(キリッ

護衛「(…………面倒って言ってたよね?)」

37: 2012/07/21(土) 00:40:05.18
――診療所

鍛冶屋「……」

ドワーフ医者(以下 医者)「どうやら薬が効いたようじゃの」

医者「しばらくは安心じゃろうて・・・・・・」

鍛冶屋「先生……俺……」

医者「腕に関しては、どうしようもなかった……到着したときには、もうなくなっておった」

医者「……命を繋いだだけでよしとせにゃぁな」

コンコン

村長「先生や、ちょっと邪魔するぞ」

医者「む、ちょうど良かった。今、意識を取り戻したところじゃ……そちらは?」

村長「魔獣の討伐を受けてくれた、剣士殿じゃ」

剣士「失礼します」

医者「そうか……済まんが、峠は辛うじて越えたものの、余り話はできんよ」

医者「腕の他に、頭を強く打っておる。倒れた際にぶつけたのじゃろうがな」

医者「切断面は、大型の獣に喰い散らかされたようじゃ。肉にも骨にも歯形らしき後が残っておる」

剣士「そうですか……他に外傷は?」

医者「大きなものはそれだけじゃ……まったく、こんなことは始めてじゃてな」

剣士「……発見の経緯を教えて貰えますか? 娘さんからも話を聞いたのですが」

38: 2012/07/21(土) 00:42:24.16
医者「ふむ……なら大して言い添えることもありませんが……2日前の昼前ですな。あの娘さんが、診療所に駆け込んできて」

医者「『鍛冶が、廃坑近くの茂みで大怪我をして倒れておるから、助けてくれ』と……」

医者「酷いショックを受けたせいか、現場に行きたがりませんでな。まぁ、無理もないです。血まみれで、酷かったですからな」

医者「娘さんはひとまず家に帰しまして、助手と二人で担架を持って向かったら、確かに倒れてまして、大慌てで担ぎ込んだという次第で……」

医者「こんなところですな……治療については、カルテをお見せできますが」

剣士「ありがとうございます。後ほど拝見させて頂きます」

鍛冶屋「お、俺を……」

剣士「うん?」

鍛冶屋「俺を襲ったのは……毛むくじゃらの、真っ黒な……化物でした……」

剣士「……そう」

鍛冶屋「…………」

医者「済みませんが、これ以上は傷に障りますので……」

村長「うむ、鍛冶屋……あまり気を落とすでないぞ」

鍛冶「……はい」

医者「何かあったら、呼んでおくれ」

鍛冶屋「……」

剣士「…………」

 ――パタン

39: 2012/07/21(土) 00:43:36.35
――翌日

剣士「さて、いよいよ本番の魔獣の討伐だが……ついてくる?」

護衛「はっ、足手まといかもしれませんが、是非」

剣士「そう力まなくていいよ。好きにすればいい……ちなみに、経験は?」

護衛「魔獣は3度ほど討伐任務に参加したことがあります」

剣士「そうかい。まぁ、自分の身は自分で守ってくれ。俺の予想だと……」

護衛「?」

剣士「いや、なんでもない」

護衛「……ドワーフ族は小柄ですが、腕を食いちぎるとなるとそれなりの大きさでしょうね」

剣士「油断はするな。絶対にだ」

護衛「肝に銘じます」

剣士「(こんなに素直だと、なんかかえって据わりが悪いな……)」

40: 2012/07/21(土) 00:44:40.22
――廃坑

剣士「あぁ、やっぱりか……」

護衛「は?」

 キシャー! シャーーー!!

剣士「数だけは多いな。気をつけろ」

護衛「はっ!」

剣士「廃坑の図面は頭に入れたな? 少しずつ、完全に掃除しながら進む。行き止まりに行くときは必ず2人で」

護衛「はっ!」

剣士「坑道の幅と、自分の剣の長さを見誤るな。狭いときは広い場所までおびき出す」

護衛「はっ!」

剣士「(マジで素直だな。気持ち悪ぃ……)」

41: 2012/07/21(土) 00:46:24.13
護衛「おぉりゃあぁぁぁっ!!」ズブシャッ!!

 キィーーー!

護衛「ちぇすとおぉおぉぉぉぉっ!!」ドシャァッ!!

 キェーーー!!

護衛「邪っっチェリアァァァ『うるさい」』すみません」

剣士「タダですら坑道は音が響くのに、やたら大声出すんじゃない」

剣士「あと夢中になりすぎて松明が消えかけてる」

護衛「面目ない……思ったより歯応えがなくて……」シュボッ

護衛「段々こう……気持ちよく……アハ、アハハ……」

剣士「なんかストレス溜まってんのか」

42: 2012/07/21(土) 00:48:35.76
護衛「(しかし……)」

剣士「……」ブォンッ

 メッシャァーーー!!

護衛「(本当に動きに無駄がない……)」

護衛「(あの馬鹿みたいに重い剣を振ってるとは思えん……)」

剣士「……」ズバァッ!!

 キュイーーーーー!!

護衛「(やはり、化物だ……次元が違う……」

剣士「……っ!!」

護衛「(え? こっちに向かってくる……!!)」

護衛「(振りかぶって、こ、こわっ、目ぇ怖っ!!)」

護衛「ちょ、ちょと待っt」

剣士「伏せろ!!」
 
 メシャァッ!!

 マギイィーーーー!!

剣士「余所見するな」

護衛「は、は、ひ……」

護衛「(こ、こえぇぇぇぇっ!!)」

43: 2012/07/21(土) 00:50:09.95
――3時間後

護衛「これで、最後だ!」スバァッ!!

  キィーーーー……

護衛「はぁ……はぁ……数が多かったな」

剣士「……無事か? 体液は浴びてないな?」

護衛「大丈夫です……でも、解りました」


護衛「油断するなとは……『このこと』だったのですね」


剣士「……」

剣士「……なぁ、頼みたいことがあるんだが……」

44: 2012/07/21(土) 00:51:51.44
――集会所

剣士「魔獣の討伐は終了しました。後は卵を頃すために、定期的に薬を撒けばよいでしょう。作り方はここに……」

村長「誠に、ありがとうございました」

剣士「いえ、大した相手ではありませんでしたから……それよりも、もう少しお話がこじれるようで」

村長「はて……? そういえば、護衛様は……」

 ガチャッ

鍛冶2「おう、なんだい村長。俺ぁ忙しいっつてんのに呼びつけやがってよ!」

娘「あ、あの……あたしも……」

剣士「呼んだのは俺です。すみません、村長の名前を使わせて貰いました」

村長「は? あぁ、それは構いませんが……」

鍛冶2「んだよ? 化け物退治は済んだのか? え?」

剣士「お陰様でね」

鍛冶2「じゃぁ、俺の仕事を邪魔するんじゃねぇよ!」イラッ

剣士「忙しそうだね」

45: 2012/07/21(土) 00:56:16.99
鍛冶2「あぁ? 昨日も言っただろうがよ! あの怪我した奴の埋め合わせをだn」

剣士「どうして?」

鍛冶2「あ?」

剣士「どうして、怪我人の仕事を『全部』引き継いでるんだい? あんた言ってたよな」

 鍛冶2 『おっと、こうしちゃいられねぇ。あいつのやりかけの仕事を全部持って来ないとなんねぇんだ。じゃぁな!』
                                          ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
鍛冶2「そ、そりゃぁ、お前。納期が迫ってるのもあるしよ……」

剣士「『全部』引き継ぐ必要はないだろ。怪我が治ってから続きが出来るものもあるはずだし、そもそも引き継ぎをするにしても早すぎるんじゃないかな」

鍛冶2「……俺ぁ、鍛冶仕事しか知らねぇ。学がねぇんでな。言いてぇことがあるなら、はっきり言えよ、こら」

剣士「まるで、鍛冶屋が二度と仕事に復帰できないと思ってるみたいだ」

剣士「確かに彼は利き腕を怪我して、職人としては再起不可能と言われてる」

村長「け、剣士様……!」

剣士「この情報は、今の今までごく一部しか知らなかったことだ。なのに、なぜ?」

鍛冶2「……あのな。仕事に穴が空いたら、誰かがフォローしないとならんだろ? え?」

鍛冶2「剣士様は世間を知らないみたいだがな。納期が遅れると信頼に関わるんだ。そうなれば、仕事が減る。給料が減る。解るか? あ?」

剣士「変な点はまだある」

46: 2012/07/21(土) 00:58:52.45
  村民1『へい、あっしは鉄鉱山で坑夫をしておりやす。その日も、朝に仕事場の坑道へ行こうと通りかかったんですが……』
  娘『兄が坑道近くの精錬所で働いてまして、その日はお弁当を届けに行ったんです』

剣士「あの廃坑へ続く道は、その先にある坑道や精錬所へ続いている」

剣士「どうして鍛冶屋があの道を通ってたんだ?」

剣士「鍛冶の仕事場は村の中心地にあるし、わざわざ坑道に行く用事があるとは思えない」

鍛冶2「さあな、そんなことは知らん」

剣士「村で一、二を争うほど腕がよい鍛冶屋。当然、仕事熱心だった彼が、受けた仕事を途中で放り出してまで、どうして?」

剣士「俺は『何か急な用事で呼び出された』んだと思う」

鍛冶2「俺が呼び出したっちゅうんか!? え?」

剣士「そうは言ってないさ」

鍛冶2「何を根拠に!!」

47: 2012/07/21(土) 01:00:48.09
剣士「これ、なにか解る?」スッ

鍛冶2「あ? なんじゃ? 小瓶に気色悪い色の液が入っとるが……なんかの薬か?」

剣士「あの廃坑に住んでた魔獣の体液だ」

鍛冶2「げっ」

剣士「俺達が今回討伐したのは『ジャイアントスラッグ』……つまりは、オオナメクジだ」

鍛冶2「じゃ、じゃからどうした! 魔獣は魔獣だろうが! 人の腕を食いちぎるくらい……」

剣士「あり得ない」

鍛冶2「あ?」

剣士「ナメクジってのは舌歯と呼ばれるヤスリのような器官で、餌の表面を削り取って食べる。これはオオナメクジも同じ」

剣士「基本的に動きは鈍いが、音を立てないから氏角から近寄られると気づかないことがあるし、人も襲うから立派に駆除対象ではある」

剣士「だけど、腕だけを噛み千切るような真似はしない。というか、そんな歯は生えてないから、できない」

剣士「人を襲うときも、麻痺効果のある粘液で動きを封じてから、身体の表面の老廃物なんかを舌歯で削って舐め取るためだ。肉に手はつけない」

剣士「実際、ナメクジに襲われた被害者は、いずれも『粘液まみれで身体中にひっかき傷』という怪我だ。傷自体もひと月経てば綺麗に治る」

48: 2012/07/21(土) 01:02:34.11
鍛冶2「ぐっ……?」

剣士「いま、言ったな。『魔獣は魔獣だろうが! 人の腕を食いちぎるくらい……』と」

鍛冶2「う、うぅ……」

剣士「どうして、『食いちぎられた』と思ったんだ? 俺は『利き腕を怪我して、再起不能』とは言ったがな」

鍛冶2「そ、それは……」

剣士「この村で魔獣に襲われたなら『粘液まみれで身体中にひっかき傷』を負ったと思うのが自然だ。そういう被害者は実際に居る」

剣士「腕を食いちぎられるという発想は、そこからは出てこないはずだ。説明してくれないか?」

鍛冶2「ぐ、けっ、つ、付き合ってられねぇよ! よってたかって俺をは、犯人扱いか!? あぁっ!?」

鍛冶2「そこまで言うんだったら、証拠を出せよ! 言葉の揚げ足取りじゃなくてよ!」

49: 2012/07/21(土) 01:07:05.80
 バン!!

護衛「証拠なら、ある!」

鍛冶2「え……」

護衛「私は軍の人間でな。お前の家を捜索させてもらった! これを!」

剣士「よっ、さすが権力の犬! 職権乱用気味!」

護衛「えぇー、あなたのご命令ですが……」

鍛冶2「な、なんで、それ……はっ!?」

剣士「なるほどね。先端をギザギザに加工したスコップか。これで腕を落としたわけだ。これなら動物の歯型っぽい傷になるかもな」

護衛「道具庫の中の、鍵のかかったロッカーに入っていたぞ」

鍛冶2「あ、ぐ、うぅ・・・・・・」



鍛冶2「く、くそぉ……くそっ……!!」



村長「そんな……まさか、おまえが……」

鍛冶2「あぁそうさ……俺がやったんだよ!」

鍛冶2「いつもそうだ! 俺がどんなに努力しても、あいつが一番で、俺が二番!」

鍛冶2「いつもいつもそうだった! あいつの影に隠れて、俺は……何年も、何年も……」

鍛冶2「はは……あの野郎、俺になんて言ったと思う?」
 
 鍛冶1『お前はいい職人だ。きっと一番になれるさ』……』

鍛冶2「お、俺の、俺の屈辱が解るか!? 追い抜け追い越せと張り合っていた相手から、こう言われた気分が?」

鍛冶2「そうさ、ちょうどそこの剣士様の剣を打ち終えた後だった」

鍛冶2「あいつは、順位なんか心底どうでもよかったんだ! 俺が血眼になって求めた一番なんて、あいつには自覚さえなかった!」

鍛冶2「俺は……それが許せなかった! 俺が追いかけてたものは一体なんだった!? なんのために、俺は……!!」

50: 2012/07/21(土) 01:08:00.99
剣士「くだらねぇ」

鍛冶2「なんだと!?」

剣士「くだらねぇんだよ」

剣士「はばかりながら、俺は、この世で一番強いと言われてる男でね」

剣士「強くなりすぎて、居場所がなくなっちまった」

剣士「誰も彼も、俺とまともにやり合おうとしねぇで、良いように利用しようとするだけさ」

剣士「周りに誰が居ても、一人ぼっちだ」

剣士「……互いに鎬を削りあえる相手が居るってのは、幸せなことだ」

剣士「コイツにだけは負けたくない。でも同時に負けるならこいつ以外あり得ないと思える相手が居るのは、得がたいことだ」

剣士「俺の剣には、あんたとあいつも関わったんだろ? だったら、この剣を作り上げたとき、誰が一番貢献したんだ?」

剣士「ドワーフ史上最高の剣を鍛え上げたのは、ドワーフ史上最高の職人たちじゃないのか?」

剣士「そこに順位を設けて、何か意味があるのか?」

剣士「……そいつはこう言いたかったんじゃないか?」

剣士「『お前となら、きっと一番になれるさ』と……」

鍛冶2「う……うぐっ、うううぅぅ……」

鍛冶2「あ、ありえねぇ! あり得るはずがねぇんだ! そんなこと! 畜生! 畜生畜生畜生!!! 俺は認めねぇ!!」

51: 2012/07/21(土) 01:10:09.05
護衛「大人しくしろ! お前を連行する!!」

鍛冶2「……で、でも……待ってくれ。お、俺はあいつを呼び出したりしてねぇ」
護衛「往生際が悪いぞ!」

鍛冶2「いや、これはマジだ! お、俺はたまたま、あそこを通りかかっただけなんだよ!」

鍛冶2「前の日に、坑夫をやってるダチが、仕事帰りに家に寄って、そのまま朝まで飲んでたんだ」

鍛冶2「そのまま、そいつ、俺の家にスコップを忘れて行きやがってよ。商売道具だからって、返しに行ってたんだ」

鍛冶2「そしたら、あいつが茂みに倒れてるのを見つけて……お、俺は……そのとき……俺は、俺……」

護衛「見苦しい。計画的な犯行ではなかったと言いたいのか? 言い分は詰め所でたっぷり聞いてもらうんだな!」

剣士「……それが嘘かどうかは、今から決まる」

村長「え……?」

剣士「娘さん」

娘「!」ビクッ

52: 2012/07/21(土) 01:14:00.15
剣士「お呼びたてしておいて、今まで放っておいてしまって悪かった」

娘「い、いえ……」

剣士「君を呼んだのは、たった一つの質問に答えて欲しかった」

剣士「それだけのためなんだ」

娘「一つ……」

剣士「はい。それだけ」

剣士「お尋ねします」



剣士「……倒れていた被害者は……どちらの腕がなかったんですか?」



娘「え、い、今更……ははは、やだな。なんで……」

剣士「貴方が見たとき、無かったのは右腕ですか、左腕ですか?」

娘「す、すみません。あたし、動転してて……」

剣士「確かにあなたは、俺たちにこう言った」

 娘『ち、血まみれで、倒れてて、うつぶせか仰向けかもわかんなかったんですけど、それで、腕、腕が、片方なくなって、そ、それで……』
              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
剣士「うつぶせか仰向けか解らない。だから、なくなってる腕がどちらかは解らない」

剣士「だが、それはおかしい。医者に、あなたはこう言った」

53: 2012/07/21(土) 01:16:44.41
 医者『ふむ……なら大して言い添えることもありませんが……2日前の昼頃ですな。あの娘さんが、診療所に駆け込んできて』

 医者「『鍛冶が、廃坑近くの茂みで大怪我をして倒れておるから、助けてくれ』と……」
      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
剣士「あなたは倒れている人間の顔を見ている。でないと、相手を特定できない」

娘「!」

剣士「そして、顔を識別できたなら、うつ伏せか仰向けかも解るはずだ。顔の向きは両者では全然違う」

剣士「もう一度思い出してくれませんか?」

剣士「それとも、どちらの腕か『答えたくない』から『片方なくなった』なんて言い方をしていたのですか?」

娘「…………」

娘「…………ふふっ、そんなわけないじゃないですか、剣士様」

剣士「……」

娘「お答えしますよ。なくなっていたのは……」

54: 2012/07/21(土) 01:17:19.96


娘「右腕でした。間違いありません」

55: 2012/07/21(土) 01:20:07.26
鍛冶2「なっ、そ、そんな馬鹿な!」

剣士「…………」

娘「え、え? なに……?」

剣士「……あの人はね。左利きだったんだ」

娘「え?」

剣士「確かに、俺は『利き腕を失って再起不能』と言った。だからあなたは、現場を思い出したのではなく、俺の台詞から推測して『右手だ』と言った」

剣士「本当に、現場を思い出したのなら、なくなってたのは『左腕』と答えたはずだ」

娘「う、嘘よ! あたしのお店で食べるときは、いつも右手で……あ……」

剣士「…………」

娘「ち、違う……違うの、これは……」

剣士「これ……あの人の工房にあった道具なんだけど……」

娘「……鋏?」

剣士「これ、左利き用なんですよ。ほら、普通のものとは合わせが違う」

娘「!」

剣士「気になって魔獣を倒した後に調べたんだ。、道具類は全部、左利き用だった」

56: 2012/07/21(土) 01:22:10.34
剣士「きっと、仕事以外の食事や書き物は右手でこなしていたんだ。ですが、仕事場でだけは、本来の利き腕……左利きで仕事していた」

剣士「両利きなのか、矯正していたのかは解らないが」

剣士「とにかく、だからあなたは、彼をずっと右利きだと思っていた」

村民2「…………」

剣士「もう一度、整理しよう。あなたは、腕を切り落とされた状態の被害者は見ていない」

剣士「にも関わらず、医者を呼べたのは、あなたがあの場所に、彼を呼び出したからだ。逆かもしれないが、とにかく」

  医者『腕の他に、頭を強く打っておる。倒れた際にぶつけたのじゃろうがな』

剣士「何があったかは詳しくは知らない。故意か過失かも解らないが、でも、彼が頭を強く打ってたのは、あなたにも責任があることだったんじゃないかな?」

村民2「……」

57: 2012/07/21(土) 01:24:29.52
剣士「誰も見ていない状況で、あなたは焦った。このままでは氏んでしまうかもしれない。もしかしたら、もう氏んでしまったかも。医者を呼ばなきゃ……」

剣士「あなたが、彼を見たのはこのときが最後だ。それ以降は診療所に入院、面会謝絶だったから、実際に腕をなくした姿を見ることはなかった」

剣士「しかし、医者に言うにしても、正直に言ったら罪に問われてしまうかもしれない。だから、あなたはこう言った」

 医者『鍛冶が、廃坑近くの茂みで大怪我をして倒れておるから、助けてくれ、と……』
                      ~~~~~~~~
剣士「驚いたろうね。『頭を打った』大怪我のはずが、『片腕がなくなってた』んだから」

剣士「だが、どうやらそれは魔獣がやったらしい。ということになった」

剣士「実際は、腕に関しては、君が診療所へ向かっている間に、そこの鍛冶2がやったことだったわけだ」

剣士「鍛冶2にとって、彼の利き腕は、仕事で使う左腕のことだった。被害者と鍛冶2は一緒に仕事をしたこともある」

剣士「ともかく、あなたは被害者の頭の怪我と腕の怪我の原因が一緒にされているために、自分の罪について沈黙する道を選んだ」

娘「…………う、ううぅ……うああぁぁぁぁぁっ!」

娘「そ、そんなつもりじゃなかったんです! あ、あたし……あたし……」

娘「あの人が、目覚めたらすぐに名乗り出るつもりでした! でも、でも……う、うぅ……」

剣士「…………」

護衛「…………」

58: 2012/07/21(土) 01:25:19.42
――1時間後

護衛「……地元官吏への引渡し、完了しました」

剣士「ご苦労さん」

護衛「……剣士殿。お尋ねしたきことが」

剣士「どうぞ」

護衛「剣士殿は、洞窟で大ナメクジを確認する前から、本件を魔獣による獣害ではなく、人為的な傷害事件だと看破してらした」

護衛「もちろん、言葉での証言にいくらか矛盾があったのは確かですが……ナメクジによる被害は被害としてあったのです」

護衛「なのに、どうして?」

剣士「……カンだよ」

護衛「カン……ですか?」

剣士「まぁ、もう少し言葉を足すなら……『一人の氏者より、10人の負傷者』」

護衛「はぁ……?」

59: 2012/07/21(土) 01:27:49.12
剣士「被害者本人を直接見たときだ」

剣士「実際に見ると、腕がないのと頭への打撲以外には『たいしたケガがない』という話だった」

剣士「でもな。獣が肉を噛み千切るときは、当然、前足で獲物を押さえつけるはずだ」

剣士「そうしておいて、首と背中の力で引きちぎるのが普通だ。だが、前足の分の傷がどこにもない」

剣士「まるで『頃して喰う』ことより『利き腕を切断する』ことを優先しているように、俺には見えた」

剣士「獣はそんな込み入ったことは考えない」

剣士「『一人の氏者より10人の負傷者』なんて考えないのと同じように」

剣士「もちろん、偶然と言うことはあるが……ま、あとは経験から来る直感……てとこだな」

剣士「どうも、人間の『臭い』がしたってことで」

剣士「100%確信したのは、ナメクジ見てからだよ」

護衛「そうでしたか……」

護衛「もう一つ、解らない事が……被害者は『毛むくじゃらの化物に襲われた』と言っておりましたが……」

剣士「それについてはね、護衛君」

護衛「は?」

剣士「言うだけ野暮というものだ」

60: 2012/07/21(土) 01:29:06.35
――同時刻、診療所

鍛冶1「……そうでしたか。捕まりましたか」

医者「うむ。2人とも、お前さんに謝っておったよ」

医者「じゃが、おまえさん、目覚めたとき確か……」

鍛冶1「……すみません、少し気分が悪いので、一人にしてくれませんか」

医者「……そうじゃな。何かあったら呼んでおくれ」

医者「………」パタン


 『ごめん、俺はお前と一緒にはなれない』

 『どうして!?』

 『俺、旅に出たいんだ。この村だけじゃない、もっと色んな場所の技術を学びたい。だから……』

 『嘘! あたし知ってる! 雑貨屋の娘とこの間』

 『おい、変なこと言うなよ。そんなんじゃない』

 『いや! 旅になんか出ないで! あたしと一緒に居てよ!』

 『何年かかるか解らないんだ。待っててくれなんて、とても言えない、だから……』

 『いや、いやっ! どうして!? 待つなんて今更じゃない! もうあたし、3年も待ち続けてた。あんたに『一緒になろう』って言われるの待ってたのに!』

 『……すまん』

 『謝らないでよっ!』ドンッ!!
 
 『うわっ』ヨロッ
   
   ――ゴヅッ

61: 2012/07/21(土) 01:31:06.52
 『(……ここは)』

 『(そうか、突き飛ばされて……うぅ、岩で頭を打ったのか、体が動かない……)』

 『…前が、お前……いんだ……』

 『(?)』

 『お前が……れは、お前さえ、居なければ……』

 『(鍛冶2…………様子が、変だ……)』

 『俺が、一番になれる…………くそっ、馬鹿にしやがって!!』

 『(……あぁ……マジかよ)』

 『(……仕方ないな……その代わり、絶対俺の後を継げよな……)』

 『(お前なら……きっと……)」
   
    ――――ブヅン


鍛冶1「……ばか」

鍛冶1「…………ばかばっかりか。ちくしょう……」

――――
――――――


――同時刻 宿屋

剣士「あぁ、やだやだ……順位争いに男女の縺れ。やっぱりこの世はめんどくせぇなぁ……」

剣士「どれ、なんか適当に新しい剣でも見繕って帰るか」

護衛「…………」

62: 2012/07/21(土) 01:34:41.04
――数日後 王都 将軍執務室

護衛「……かなり難しい案件と思われます。怪我の程度としては、『腕の切断』の方が大きいのですが」

護衛「しかし、『頭部への打撲』がなければ、『腕の切断』もなかったとも言えるため、両名の罰については現在議論中であります」

護衛「なお、被害にあったドワーフ男性は、以後、後進の指導に当たっていくということです」

護衛「……以上で、報告を終わります」ビシィッ!!

将軍「うむ、ご苦労だったな」

護衛「いえ、大変勉強になりました!」

護衛「ですが……その、個人的な疑問が」

将軍「うん? 言ってみろ」

護衛「はっ。剣士殿のことでありますが……」

将軍「……どうして酒の席で触れただけの話題で、あそこまで行動的になるのか、という点か?」

護衛「……はっ」

将軍「しかも、面倒だ面倒だと愚痴りながらな。その癖に変に常識は持っている」

護衛「…………」

将軍「そうだな……あいつと初めて会った日、アイツはこう言った」

63: 2012/07/21(土) 01:38:19.55
 剣士『俺にはそれができるから、やるだけだ』

将軍「……できないことはやらない。だから、責任なんか取れないことには手を出さない」

将軍「だが、それは裏を返せば『できると思ったことは、やらずにはおれない』ということだ。それが、あれの本質なのだよ」

護衛「……ですが、それは」

将軍「そう、そしてあれは強い。強すぎる。だから出来てしまうことが多い。手当たり次第に人を助け、街を守り、利用されつくして、そしてあいつは愛想をつかした」

将軍「だが、本質である信条は変えられない。どうしてかは解らないが、あいつは多分、知ったなら『世界だって救う』」

将軍「だったら、どうすればいいか」

将軍「それは『知らずにいることだ』。見ざる、言わざる、聞かざる」

将軍「凄惨な光景から目逸らし、悲鳴から耳を塞いで、なにも尋ねることをせず、最初から知らないでいれば、何もしなくていい」

将軍「そうすることでしか、折り合いがつけられないのだよ」

護衛「それは……それでは、余りにも」

将軍「だから私も必要以上に巻き込まないようにと、気をつけていたのだ。余りにも利用されやすい行動原理だからな」

将軍「もっとも、悪意を持って利用した相手は軒並み只では済んでいないが……」

将軍「だが、私はさほど悲観はしていないよ」

護衛「?」

将軍「おや、気付かなかったか? あの酒の席だよ」




将軍「あいつは一人暮らしのはずなのに、どうして私やお前のコップまであったんだ?」

64: 2012/07/21(土) 01:38:56.81
剣士「あー、だるい……やっと帰ってきたよ……マイ・ホーム……」

剣士「……人の気配がする」

剣士「あいつらか」


 ――ガチャ


「「「「おかえりなさい」」」」

65: 2012/07/21(土) 01:40:17.42
女侍「書置きは見ましたよ。大変でしたね」

剣士「おう、めんどくさかった……」

女侍「所用で家を空けておりましたからね。お手伝いできなくて申し訳ありませんでした」

女剣士「お疲れ様。ちょうど良かった。夕食が出来たところだ。ベーコンとポテトのピザだぞ」

剣士「助かるわー。芋は畑の奴?」

女剣士「あぁ、ジャガイモは良い出来だ。ほとんど収穫してしまった」

剣士「そうか、ありがとさん」

女騎士「大変だったでしょう? わたくしももう少し自由があればよかったのですが……」

剣士「お前は仮にも騎士なんだから、宮仕えだろ。ちゃんとしないと部下の信頼なくすぞ」

女騎士「あぁ、わ、わたくしにだけ冷たい……でも、それがいいですわ……」ゾクゾク

剣士「あと、女暗殺者……お前、なんのつもりだったんだ。来客中に襲い掛かったりして」

女暗殺者「……そろそろ油断したかと思って、首を獲れるか、試してみた……」

剣士「本音は」

女暗殺者「みんな、用事で居なかったから、一人で抜け駆けできるかと……でも予想外の来客で……八つ当たり?」

剣士「……あっそ」

66: 2012/07/21(土) 01:43:39.96
女侍「そちらの包みは?」

剣士「お土産。ほらほら、ドワーフ印の剣ですよー」

女剣士「おおぉぉっ! 憧れのブランドじゃないか! この長剣っ……羽のように軽い!」

女騎士「素晴らしいですわ……レイピアの柄や鍔の装飾も細かくて、洒落ていて……」

女侍「抜けば玉散る、とは申しますが……噂以上です。剣でなく、刀も作っているのですね。東国の刀工にも劣りません」

女暗殺者「ダガー……グリップも馴染む……馴染むぞ……」

剣士「ほら、試しは後にしろ。飯だ、飯食うぞ」モキュモキュ

女侍「あ、あの、お疲れのところかとは存じておりますが、その……夕餉の後はは、お情けを頂きたく……」

女剣士「な、ずるいぞ! 今日は私が先に……」

女暗殺者「いいこと教えてあげる…………今日のボクは、はいてない……よ?」

女騎士「あぁ、今日はどんな風に罵っていただけるのでしょうか……」

剣士「はぁ、飯くらい落ち着いて食えよ……」


 剣士『はばかりながら、俺は、この世で一番強いと言われてる男でね』

 剣士『強くなりすぎて、居場所がなくなっちまった』

 剣士『誰も彼も、俺とまともにやり合おうとしねぇで、良いように利用しようとするだけさ』

 剣士『周りに誰が居ても、一人ぼっちだ』


剣士「……我ながら、説教に説得力なさすぎ」

女剣士「え?」

剣士「なんでもねぇ。飯がうまけりゃ、世はこともなし、だ」モキュモキュ

女剣士「?」



おわり

69: 2012/07/21(土) 01:51:00.05
面白かった乙

引用元: 将軍「久しいな」剣士「めんどくせぇつってんだろ!」