2: 2012/12/07(金) 00:44:12.08

―Prologue


友達……。
友達って何だろう……?

春も夏も秋も冬も、友達ならずっと一緒に居る。

嬉しいときも悲しい時も、友達ならずっと一緒に居る。

私たちは女の子同士だし、きっと2人の関係は『友達』なんだろう。

でも……




友達同士でキスなんて、デートなんて、普通はしないよね……?




ねぇ、友達って何だろう……?

3: 2012/12/07(金) 00:45:00.57

―SCENE 1


京子「おーい結衣!お待たせー!」

駅前の寂れた商店街の一角。
そこに見知った旧友の姿を見つけた私は、一目散に彼女のもとへ駆けていった。

結衣「遅い。何分待ったと思ってるんだ……」

京子「いやーゴメンゴメン。打ち合わせが思ったよりも長引いてさ……」

少し不機嫌そうな顔で、私を見てくるこの人物は、船見結衣。
私の、大切な幼馴染。

結衣「とりあえず、寒いからどっか入りたいんだけど……」

京子「じゃあどっかでお茶でもしようか?私、丁度良い店知ってるんだ!」

4: 2012/12/07(金) 00:45:47.96
……。

結衣「へえ、駅前にこんな洒落た喫茶店があったんだな」

私達がやって来たのは、商店街の外れにある喫茶店。
オープンしてからまだ数年だが、どことなくレトロな雰囲気が気に入っている。

京子「今年の夏に出来たんだよ。ネタに困った時とか、気分転換によく来てたんだ」

結衣「そっか、どおりで私が知らないわけだ」

そう言いながら、コーヒーカップに口を近づける結衣。
中学生の頃からブラックコーヒーを飲んだりと、大人びた面を持っていた彼女だったが、今日のそれはまた一段と様になっている。
私なんかはまだ苦くて飲めないブラックを、何の躊躇いもなく口に運んでしまうその姿に、やっぱり結衣は変わってないなと少しだけ安心する。

京子「しばらくこっちには帰ってなかったの?」

結衣「うん、仕事が忙しくてね……。年末は休みが少し長く貰えたから、早目に実家に戻ってきたんだ」

京子「仕事、大変そうだね」

結衣「大変なのはどこも一緒だよ。私だけが特別忙しいって訳じゃない」

5: 2012/12/07(金) 00:47:39.60
大学を出た結衣は、そのまま都内の出版社に就職した。
何でも今は、料理雑誌の編集者をしているらしい。
雑誌編集者というのは相当に多忙らしく、就職してから結衣が地元に帰ってくる事は殆ど無かった。
でも、そんな忙しさや疲れを私の前では見せないところが、結衣らしいなと思った。

結衣「そういえば、京子はあれからどうした?」

京子「あっ、そうだ結衣!聞いてくれよ~!」

私はガサゴソと鞄から封筒を取り出す。

京子「じゃーん!!」

結衣「これは……?」

京子「新作のネーム。さっきまで、これについての打ち合わせだったんだよ!」

結衣「えっ、じゃあ……」

京子「来年から新連載が決まりました!京子ちゃん、ついに漫画家デビューです!」

結衣「えええええええ!?すっ、凄いじゃないか京子!!」

6: 2012/12/07(金) 00:48:08.08
結衣が場違いな大声を出し、他のお客さんに睨まれる。

結衣「あっ、すみません……」

静かに謝り、顔を赤らめた。
私も恥ずかしかったけど、ここまで喜んでくれた事は、純粋に嬉しい。

結衣「それにしても、良かったな。本当に良かった……」

結衣はまるで自分の事のように喜んでくれる。
その姿を見ていると、一番に結衣に報告してよかったなと思う。

結衣「ようやく夢が叶うんだな……。おめでとう、京子」

京子「うん。結衣は昔からずっと応援してくれてたもんね。ありがとう、結衣のおかげだよ」

結衣「そんな、私なんて……」

7: 2012/12/07(金) 00:49:08.47
結衣「京子、それで……、ちなつちゃんにはこの事……」

京子「……」

結衣「あ、ゴメン。無神経だったかな、私」

京子「ううん。わかってるって。少ししたらちゃんと報告するつもり」

結衣「そっか……」

結衣は少し困った顔をして、何か必氏に言葉を探している。

結衣「……余計なお世話かもしれないけどさ、京子の事、一番応援してたのはちなつちゃんだと思うんだ」

京子「……うん」

結衣「だから、報告だけでもちゃんとしてあげなよ」

京子「……へーい」

何だか妙に気まずい雰囲気になり、私は殆ど飲み干してしまったティーカップを、無意識に口に運ぶ。
そんな時、店内のBGMが変わった。

京子「あ、この曲……」

結衣「懐かしいな……」

8: 2012/12/07(金) 00:50:12.97

それは、一昔前に流行ったクリスマスソングだった。
一人の男が、かつての幸せだったクリスマスを回想する、切ないラブソング。
凡そ幸せな聖夜には似つかわしくないこの歌詞に、私は何故だか惹かれるものがあった。

結衣「そういえば、世間ではもうすぐクリスマスなんだな」

結衣がそう言いながら、窓の外を眺める。
商店街には12月のあかりが灯りはじめていた。
来るべき聖夜に向けて、まるで慌しく踊るような街並みを見ていると、不思議とこっちまで暖かい気持ちになってくる。

京子「クリスマス、か……」

本当はもう忘れたい過去だった。
だけど、こんなに幸せそうな街並みを見ていると、どうしても思いだしてしまう。
幸せだった、去年の『私たち』のクリスマスを……。

9: 2012/12/07(金) 00:52:44.01
~1年前~

京子「お疲れ様でしたー!」

やった……!
やっと終わった……!
3日間の短期バイトを終えた私は、受け取ったばかりの給料袋を握り締め、そそくさと職場を後にした。
すっかり暗くなった冬の空を仰ぎ見て、焦った私は腕時計に視線を落とす。

京子「19時40分か……」

今からダッシュで向かっても閉店ギリギリ。
でも、何とか間に合わせなければ……!

京子「……よし!」

寒空の下、賑やかに踊る12月の街を、私は必氏で駆け抜けた。

10: 2012/12/07(金) 00:54:05.17
京子「はぁ……はぁ……」

商店街を全力疾走し、ようやく私がやって来たのは小さな雑貨屋だった。

京子「19時53分……。ま、間に合った……」

乱れている呼吸を整え、私は慎重に店のドアを開けた。
逸る気持ちを抑えつつ、いそいそと店内を見渡し、目的の品物がまだ残っている事を確認する。
よかった、まだ売れてなかった……。

京子「あのー、すいませーん……」

店員「はい、どうなさいましたか?」

京子「この椅子、欲しいんですけど……」

11: 2012/12/07(金) 00:55:02.41
―――
――



ひと月ほど前、私は恋人と一緒にこの雑貨屋に立ち寄った。
恋人の名前は、吉川ちなつ。
私の、世界で一番愛する人だ。

京子『ねぇねぇちなつちゃん、あのソファー可愛い』

ちなつ『そうですね。でも私たちの部屋に置いたらちょっと狭くなっちゃいますよ』

京子『確かに……。でもそれもいいかもね』

ちなつ『へ……?』

京子『だって部屋が狭いほうが、ちなつちゃんとくっつけるもん♪』

そう言って、私はちなつちゃんにギュッと抱きつく。
もふもふのツインテールが心地よくて、この娘を愛おしいと思う気持ちが一層強くなる。

ちなつ『ちょっとやめて下さい!こんな人前で……!』

京子『ちぇーっ』

恋人になっても、ちなつちゃんは相変わらずだった。
私としては、いつでもどんな時でもイチャイチャしたいんだけどなぁ……。

12: 2012/12/07(金) 00:55:41.65
ちなつ『……』

京子『ん、どうしたのちなつちゃん?』

ちなつちゃんが静かに眺めていたのは、赤い木製の小さな椅子だった。
シンプルなデザインだけど、質感とか、大きさとか、如何にもちなつちゃんが好きそうな感じだ。

京子『それ、欲しいの?』

ちなつ『あ、いや……。ちょっと良いなって思って』

ちなつちゃんは、基本的に物をあまり欲しがらない。
だから、こういうちょっとしたサインをなるべく見逃さないようにしている。
そうしないと、ちなつちゃんが欲しい物なんてわからないから。

京子『可愛いちなちゅの為に京子ちゃんが買ってあげよう。どれどれ……って、えっ!?』

私たちは、その椅子に付いている値札を見て驚愕した。
とてもじゃないけど、学生2人が買える様な値段じゃない。

13: 2012/12/07(金) 00:56:32.76
ちなつ『た、高いですね……』

京子『うん……』

ちなつ『まぁ椅子なんて他に安いのがいくらでもありますから……。ほら、京子先輩。あっち見に行きましょう♪』

京子『ちなつちゃん……』

ちなつちゃんは、いつもは棘のある発言ばっかりするのに、こういう時だけは妙に気を使ってくる。
本当はあの椅子を凄く欲しがってる事なんて、こっちから見れば丸分かりなのに。
そこが、ちなつちゃんの悪い癖であり、同時に可愛い所でもあったりする。

14: 2012/12/07(金) 00:57:07.42
……。

店員「お支払いは現金でよろしいですか?」

京子「はい!」

さっき貰って来たばかりの給料袋から、椅子の代金を支払う。
以前ここに来たとき、この椅子を買えなかった事を思うと、感慨深い。

京子「あ、これプレゼントなんで、ラッピングしてもらえますか?」

店員「わかりました。少々お時間を頂いてもよろしいですか?」

そう言うと、店員さんは店の奥に椅子を運んでいった。
自分で頼んでおきながら、椅子なんて大きいもの、どうやってラッピングするんだろうかと、少しだけ気になった。
こっそりと、店の奥の方をのぞいてみる。

15: 2012/12/07(金) 00:57:47.60
店員さんは、包装紙を取り出すと、それを椅子の脚の方から綺麗に巻きつけていく。
一通り包装紙を巻きつけると、今度は大きな袋で椅子を包み、口の部分を可愛らしいリボンで結んだ。

店員「はい、出来ましたよ」

京子「わあ、ありがとうございます!」

これならパッと見、椅子だと分かりづらい。
包装を開けるまで、ちなつちゃんに内緒にしておける。

店員「あの、以前もうちの店に来られてましたよね?」

京子「あ、はい!」

凄いな、覚えててくれたんだ……。

店員「そのプレゼントは、あの時に一緒だった女の子に?」

京子「えっと……。まぁ、そうですね」

改めてそう言われると、何だか恥ずかしい。

16: 2012/12/07(金) 00:58:26.60
店員「ふふっ、仲の良いお友達なんですね」

京子「……」

友達、か……。
それはそうだ、私たちは女の子同士。
世間から見れば、仲の良い友達、それ以上でも以下でもない。
本当はここで、恋人なんです、と訂正したかった。
でも……。

京子「まぁ、そんなトコロです……」

この人に本当の事を言ったって、世間の私たちに対する目が変わるわけじゃない。
それに、今日は特別な日だ。
こんな事で落ち込んでいるなんて、それこそ勿体無い。

京子「それじゃ、ラッピングとか、色々とありがとうございました」

店員「いえいえそんな、ありがとうございます」

私は、精一杯の愛想笑いを浮かべて店を出た。

17: 2012/12/07(金) 00:59:37.31
……。

さっき買ったばかりの大きな荷物を抱え、私は電車に揺られていた。
私の最寄駅まではあと10分程。
ちなつちゃんは、今頃何をしているだろうか。

京子「へへっ」

このプレゼントを渡した時のちなつちゃんの顔を想像すると、どうしても顔が緩んでくる。
内緒でこのプレゼントを買うために、3日間、短期のアルバイトをしてきた。
だからきっと、ちなつちゃんは驚くだろうな。
喜んでくれるかな……。
ちなつちゃんの事だから、口では素直じゃない事を言うんだろうな。
でも、ちょっとでも喜んでくれたらうれしい。
だって……。

京子「今日はクリスマスだもんね……」

18: 2012/12/07(金) 01:00:15.21
私たちは2人とも大学生。
同じ大学に通う私たちは、学校の近くにアパートを借りて、同棲していた。
2人が付き合い始めたのは、私が高校3年生の時。
ちなつちゃんは中学、高校とずっと一緒の後輩で、私は中学生の時からずっと彼女の事が好きだった。
私はこんな性格だから、いつも冗談めかしてちなつちゃんに求愛していた。
でも、高校卒業が近づいてきて、いよいよちなつちゃんと離ればなれになるんだと思うと、いてもたってもいられなくなった。
ガラにもなく大真面目に「愛の告白」なんてしたのは、多分この時が最初で最後だと思う。

京子「あの時は緊張したなぁ……」

告白は、完全に駄目で元々という感じだった。
ちなつちゃんが、私の幼馴染である結衣に夢中だって事は知っていたし、普段からふざけている私の告白を真面目に聞いてくれるかどうかも不安だった。
でも、ちなつちゃんは私の告白を受け入れてくれた。
『私の事を真剣に想ってくれる、京子先輩の気持ちに応えたい』と言ってくれた。

19: 2012/12/07(金) 01:00:44.00
それから、私は都会の大学に進学し、一人暮らしを始めた。
少しの間だけ離れ離れになったけど、やがて同じ大学に通う未来を思えば、寂しさも忘れられた。
一年後、ちなつちゃんは同じ大学に合格し、2人は同棲を始めた。

幸せだ……。
今が、本当に幸せ。
ずっと好きだった女の子が、私の事を好きだと言ってくれ、毎日一緒に暮らしている。

京子「本当に、私は幸せ物だなぁ……」

恋人が家で待っていてくれるのって、とても素敵だなぁと思う。
こんな一人の時間でさえも、ちなつちゃんの事を考えれば苦にならない。
重たい荷物を抱えた電車の中、私は一人で幸せだった。

20: 2012/12/07(金) 01:01:37.62
いつまでも、手をつないでいられるような気がしていた。

日常にある何でもないような事でさえも、今の私にはきらめいて見えた。

さっきの店員さんの顔が頭をよぎる……。
あの店員さんは、私たち2人の関係を、何の疑いも無く『友達』だと言った。
それでも私は構わない。
周りの人達からどう見られようと、私たちが愛し合っている事に変わりは無い。
女の子同士で付き合う事は、やはり難しい。
交際をおおっぴらには出来ないし、傷つくことも沢山ある。
だけども、喜びも悲しみも全部、分かち合える日がくると、2人は信じている。
だから今日は笑っていたい。

だって、今日はこんなにも幸せなクリスマスだから。

21: 2012/12/07(金) 01:02:44.93
……。

京子「~♪」

電車を降りた私は、線路沿いを歩いていた。
もうすぐちなつちゃんに会えると思うと、重い荷物があっても足取りは軽く、自然と鼻歌なんかも混じってくる。

京子「あーもう、早く家につかないかなぁ……」

興奮を抑えきれず、気がつけば私は走り出していた。
会いたい。
早くちなつちゃんの笑顔が見たい。
そう思うと、走る速度はどんどん上がっていく。

22: 2012/12/07(金) 01:03:33.28
京子「ただいまー!」

ドアを開けると、何やら部屋の中が騒がしかった。

ちなつ「あ、おかえりなさい京子先輩」

どうやらちなつちゃんは、夕食の支度をしているようだった。

ちなつ「もうすぐ出来上がるんで、待っててくださいね」

キッチンからそんな声とともに、良い匂いが舞い込んでくる。

ちなつ「今日はご馳走ですよ、京子先輩」

京子「ほんと!?やった!!」

23: 2012/12/07(金) 01:04:23.56
私と一緒に暮らすようになってから、ちなつちゃんの料理の腕前はかなり上達した。
もともと感性が独特なだけで、普通に作ろうと思えば作れたらしい。
だから私の監視の下、徹底的に『普通』のものを作ってもらってきた結果、今では主婦顔負けの料理を出すまでに至った。
今日の夕食も、期待できそうだ。
と、その前に……。

京子「ちーなーつーちゃん♪」

ちなつ「もう京子先輩!もう少しで出来ますから邪魔しないでって……」

京子「はい、これ」

ちなつ「これって……」

京子「私からのクリスマスプレゼントだよ!」

私は誇らしげな顔で、ちなつちゃんにプレゼントを渡した。

ちなつ「開けてみても、いいですか……?」

京子「もちろん!」

24: 2012/12/07(金) 01:05:14.86
ちなつちゃんが、恐る恐るラッピングを剥がしていく。
期待に満ちたその眼差しとは裏腹に、包装紙を剥がす手つきはやけに慎重で、そのギャップが可笑しかった。

ちなつ「わぁ、これ……」

よほど驚いたのか、ちなつちゃんの瞳が大きく見開かれる。

京子「ちなつちゃん、この椅子欲しがってたでしょ?」

ちなつ「お、覚えててくれたんですか……?」

京子「当たり前じゃん!」

ちなつ「でもこれ、確か凄く高いんじゃ……。あっ、もしかしてバイトしてたのって……」

京子「へへっ、まぁそういう事だよ!普段あまり恋人らしい事出来てないから、こういう時くらいはって思って」

25: 2012/12/07(金) 01:05:40.92
ちなつ「……」

京子「ちょっとカッコつけすぎたかな。ってちなつちゃん……!?」

ちなつちゃんは、無言のままポロポロと涙を流していた。

京子「え!?ど、どうしたの??まっ、まさかプレゼント気に入らなかったとか……」

ちなつ「ちっ、違うんです……!私……」

ちなつ「私、嬉しくて……」

京子「ちなつちゃん……」

26: 2012/12/07(金) 01:06:07.61
ちなつ「ごめんなさい。私ってば、せっかくのプレゼントなのに、泣いちゃって……」

京子「……」

どうしよう。
今、ちなつちゃんが物凄く愛おしい。
ここまで喜んでくれるなんて、涙を流してくれるなんて、思ってもみなかった。

ちなつ「京子先輩、ありがとうございます。大好きです……!」

京子「ちなつちゃん……」

こんなにも、素直に心から喜んでくれるちなつちゃんを見て、私もまた、素直にちなつちゃんを抱きしめた。

ちなつ「きょうこせんぱい……」

いつもは素直じゃないちなつちゃんも、今日は大人しく私に抱きしめられている。

27: 2012/12/07(金) 01:06:34.36
ちなつ「私、本当に幸せ物ですね。幸せ過ぎて少し怖いくらいです……」

ちなつちゃんが何気なく言ったその一言に、何故か胸がざわついた。

京子「何も怖いことなんてないよ。私たちはこんなにも想い合ってるんだから、幸せなのは当たり前だよ。これからも、ずっと……」

最後のほうは、まるで殆ど自分自身に言い聞かせるようだった。

京子「さ、いつまでも泣かないで?ちなちゅに泣き顔なんて似合わないよ♪」

ちなつ「もう、京子先輩は相変わらず雰囲気ぶち壊しですね……」

そう言いながらも笑ってくれるちなつちゃんを見て、私もホッとする。

京子「よし、じゃあ晩ごはんにしよう!私も手伝うよ!」

28: 2012/12/07(金) 01:07:05.00
どうしてこんなにも、胸がざわつくのだろう。
あの時、初めて私は怖いと思った。
この幸せが、終わってしまうことを……。
ちなつちゃんが、居なくなることを……。
何でこんな事を考えてしまうんだ。
2人が今幸せであることに、何の疑いの余地もないのに。

ああ、そうか……。

人を愛するって、こういう事なのか。
2人の関係が、いつまでもどこまでも永遠に続いていく保障なんて、どこにも無い。
『友達』とは違う、壊れやすいモノ。
これが今の2人の関係なんだ。
だからこそ、幸せな今がこんなにも愛おしく思えて、同時に、先の見えない未来が、こんなにも怖いのだろう。


29: 2012/12/07(金) 01:07:37.66
……。

夕食を終えた私たちは、テレビもつけずに居間でくつろいでいた。
いつもよりちょっと豪勢な食事の後、ケーキとラムレーズンを半部ずつ食べた、お酒も少し開けた。
少し食べ過ぎたのか、ちなつちゃんは眠たそうにしている。

京子「ちなつちゃん、美味しかったよ」

私は、そんなちなつちゃんのふわふわした髪をそっと撫でる。

ちなつ「京子先輩こそ、プレゼントありがとうございます」

少し酔いが回ってきた所為もあるのか、2人して見つめ合い、その後どちらからともなくキスをする。

ちなつ「ん……」

ちなつちゃんの唇は、ケーキとラムレーズンの味が混ざった、不思議な甘さだった。
きっと私の唇も、同じ味なんだろう。

ちなつ「ねぇ、京子先輩……」

京子「ん?」

ちなつ「私たち、ずっと一緒に居られるのかな……」

30: 2012/12/07(金) 01:08:27.56
何で……。
何でそんな事言うのちなつちゃん。
ちなつちゃんは、一体何がそんなに不安なの……?

京子「……大丈夫だよ」

もしちなつちゃんが少しでも何かに対して恐れを抱いているなら、私がそれを無くしてあげたい。

京子「ちなつちゃん、私の事好き?」

ちなつ「もう、何ですか急に……。まぁ、好きですけど……」

京子「……『まぁ』?それってそこまで好きじゃないって事?」

ちなつ「うっ、今日はやけに突っかかってきますね……」

31: 2012/12/07(金) 01:09:23.60
ちなつ「好きですよ……。大好きです京子先輩」

京子「うん、私もちなつちゃんの事が大好き」

恥ずかしがってそっぽを向いてるちなつちゃんを、そっと抱き寄せる。

京子「だからさ、大丈夫だよ。私たち、こんなに想い合ってるんだもん……」

ちなつちゃんを抱きしめるこの腕に、少しだけ力がこもる。

京子「こんなに好き同士でいるのに、離れる理由なんてどこにもないよ」

それは、さっきと同じく、まるで自分自身に言い聞かせるかのような言葉だった。

32: 2012/12/07(金) 01:09:50.43
……。

ちなつ「……むにゃ……、きょうこせんぱい……」

ちなつちゃんは、疲れ果てて眠ってしまった。
私は、テーブルで揺れるキャンドルの炎をただじっと見ていた。
クリスマスの為にと、数日前に近所の百円ショップで買ったものだ。

京子「私たち、離れ離れになる事なんてないよね……」

一人でそう呟くと、何故だかとても不安で、哀しい気持ちが胸を押しつぶした。
気がつくと、私の頬を伝うものがあった。
私は何故、泣いているんだろう。
2人は今、こんなにも幸せなのに……。

33: 2012/12/07(金) 01:10:22.36

いつまでも、手をつないでいられるような気がしていた。

でもそんな期待は、過ぎ行く季節と共に、あっという間に潰されてしまった。




2人は、別々の道を歩く事を決めた。





34: 2012/12/07(金) 01:10:51.74
私たちは女の子同士で、世間の眼は冷たく、そして何より、2人はどうしようも無く弱かった。
別れの理由なんて、数え上げればそれこそキリが無い。
私たちが仮に異性のカップルだったとしても、この別れは避けられなかったのかもしれない。
永遠に続く愛なんて、きっと無い。
終わりがあるからこそ、幸せな瞬間に、人は全力で愛を燃やすことが出来る。
だからきっと、あのクリスマスは、私たちが最も幸せだった瞬間。

そんな色褪せた冬の日を、私は今でも静かに思い出す。

35: 2012/12/07(金) 01:11:25.96
~現在~

……ょうこ!きょうこ!

京子「……え?」

結衣「どうしたんだよ、急に黙り込んで」

京子「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」

結衣「そっか……」

結衣が少し残っていたカップの中身を、ぐいっと飲み干す。

結衣「そろそろ出よう。もういい時間だし」

京子「そうだね」

36: 2012/12/07(金) 01:11:51.44
……。

京子「うー、寒い!」

結衣「今年の冬も冷え込むなぁ」

会計を済ませ、2人は店の外へと出た。

京子「この後は実家に行くの?」

結衣「うん。でもその前に、ちょっとあかりの所に寄って行こうかなって……」

京子「そっか、きっとあかり喜ぶよ」

結衣「京子も来る?」

京子「私はパス。あかりにはちょくちょく会ってるし」

結衣「わかった。じゃあまた、年末にでも」

そう言い残し、結衣と私は別れた。

37: 2012/12/07(金) 01:12:45.35
京子「報告、か……」

さっき結衣に言われたとおり、やっぱりちなつちゃんには報告するべきだろう。
恐る恐る携帯を取り出して、ちなつちゃん宛てのメールを作成する。
未だに消せない、『吉川ちなつ』のメールアドレス。

京子「これでよし、と」

連載が決まった事だけを記した簡素なメールを送り、私は街並みに視線を戻した。

38: 2012/12/07(金) 01:13:39.35
立ち止まっている私の側を、誰かが足早に通り過ぎていく。
その人の腕には、大きな荷物。
大切な誰かに、プレゼントするのかもしれない。

京子「そっか、もうすぐクリスマスなんだ……」

通り過ぎていったその人の横顔は、とても幸せそうで、華やかな12月のあかりが灯るこの街には、ぴったりだと思った。

京子「ん……?」

ポケットの携帯が震える。
開けてみると、ちなつちゃんから返信が来ていた。

39: 2012/12/07(金) 01:14:09.98
『おめでとうございます。私も嬉しいです』

私に勝るとも劣らない簡素な文面。
ちなつちゃんらしいな、と思った。

京子「さてと……」

私もそろそろ帰ろう。
冷たい風の吹く中、家路を急ぐ私の顔は、数時間前よりも穏やかになっていたかもしれない。

ちなつちゃんさえ良ければ、今年のクリスマスは、娯楽部の皆で過ごそうかな。
そんな事を考えながら、少しだけ歩くペースを速めた。

42: 2012/12/07(金) 17:37:49.35

―SCENE 2


京子「ふぃー、やっと終わった……」

作業机の上にペンを置き、私は思い切り伸びをする。
ここ数日間、原稿を描きっぱなしで硬くなった体は、そう簡単にはほぐれない。

京子「我ながら、頑張ってるなぁ……」

某月刊誌で連載が始まり、プロの漫画家としてデビューを果たした私は、原稿を描く日々に明け暮れていた。
ずっとやりたかった事、長年の夢が叶った今、私はとても充実した毎日を送っている。
でも、『プロとして漫画を描く』という仕事は想像以上にハードなもので、速筆な私でもさすがに疲れが溜まってくる。
こんな時は、やはりちょっとしたご褒美が欲しくなるもので……。

京子「別に電話くらい、いいよね……」

携帯を取り出し、発信履歴からいつもの番号に電話をかける。

43: 2012/12/07(金) 17:38:24.31
―prrrrr

発信音をじっと聞きながら、相手が出てくれるのをじっと待つ。
この時間はいつも嫌いだ。
未練がましい自分自身を攻められている様な気がしてくる。
別に電話をかけることくらい、何もおかしい事はないのに。

??『もしもし?』

京子「あ、ちなつちゃん。今電話大丈夫?」

ちなつ『はい、大丈夫ですけど、どうかしたんですか?』

京子「いや、今やっと原稿が終わってさ。気分転換に誰かと話したいなーって思ったんだ」

ちなつ『もう、またそんな事でかけてきて……。電話代とか大丈夫なんですか?』

文句を言われたけど、本気で嫌がってない事は声を聞けばすぐわかる。

44: 2012/12/07(金) 17:39:14.46
京子「だいじょぶだいじょぶ!他に電話する様な人がいなくってさぁ……」

以前の私だったら、『ちなつちゃんの声が聞きたかったから』とでも言っていただろう。
そんな風に言えないのは、2人の関係が、恋人だったあの頃とはもう違うから。
私たちは、お互いに距離を計りかねていた。

京子「ちなつちゃん、今何してたの?」

ちなつ『えっと、論文とか書いてました。来週提出なので……』

京子「そっか、今年でもう卒業だもんね」

ちなつちゃんは、今年に私が卒業した大学の4年生。
だらけていた私なんかとは違って成績優秀で、教授陣からの評判も良い。
もちろん私も、得意の一夜漬けで点数だけはそれなりに取っていたけど。

45: 2012/12/07(金) 17:39:40.38
ちなつ『京子先輩は、相変わらずお仕事ですか?』

京子「うん、毎日原稿ばっか描いてるよ!もう漫画が嫌いになりそうだよ……」

ちなつ『もう、頑張ってくださいよ!夢だったんでしょ、漫画家』

京子「まぁ、そうだけど……」

ちなつ『それに京子先輩、いつも大変大変って言ってるけど、何だかんだで楽しそうですよ』

京子「そう、なのかなぁ……」

自分では良くわからない。
もう漫画は生活の一部になってしまっているから。

京子「そういえばさ、この前出た新しいアイスなんだけど……」

46: 2012/12/07(金) 17:40:31.48
電話ごしに、取り留めのない会話が続く。
私が脈絡のない話題を提供し、ちなつちゃんがそれに笑いながらツッコミを入れてくれる。
昔と似たような会話。
でも、昔とはどこかが違うって事は、2人ともわかっている。
それでも私は、ちなつちゃんに電話をかける事をやめられなかった。

きっかけは、去年のクリスマス。
久しぶりに娯楽部全員で集まったその夜に、私はちなつちゃんと再会した。
その時は、結衣もあかりも居たし、特にちなつちゃんを意識する事は無かった。
でも翌日、何気ない気持ちで電話をかけてみたのがいけなかった……。
それ以来、食べすぎだとわかっていても、もう1個だけラムレーズンが食べたくなるように、私はちなつちゃんへの電話をやめられずにいた。

47: 2012/12/07(金) 17:41:18.94
身勝手だな、と自分を嘲笑したくなる。
寂しさを忘れさせてくれる居心地の良い場所を、ちなつちゃんに求めてしまっている。

ちなつ『京子先輩、何だか元気ないですね?』

京子「……」

それどころか、私はもっと高望みをするようになってしまていた。

『会いたい』

そんな言葉が、喉を伝って口から溢れ出そうになる。
もう、電話で声を聞くだけでは満足出来なくなっていた。
娯楽部としてじゃなくて、今度は2人きりで、もう一度会いたい。
会ってちなつちゃんの笑顔が見たい。
でも……。

48: 2012/12/07(金) 17:41:52.93
京子「うん、ちょっと仕事でつかれちゃっただけ。心配しないで……」

わかってる、まだ時は十分に過ぎていない。
私たちは、まだお互いに傷を忘れきれていない。
こんなの、私ひとりのフライングだ。
今はまだ、再開を果たす時じゃ……

京子「……会いたい」

ちなつ『……え?』

気がつけば、口から自然とこんな言葉が出ていた。

京子「あ、ごめん!今のはえーっと……」

ちなつ『……』

口に出してみて、やっぱり後悔している自分がいる。
こんなの、どう考えてもおかしい。

ちなつ『そうですね……』

京子「へ……?」

ちなつ『私も、久しぶりに京子先輩の顔が見たくなりました。今度の日曜日、どこかへ行きませんか?』

ちなつちゃんからの予想外の返答に、私は言葉に詰まってしまった。

こうして、私の何気ない一言がきっかけで、2人はあまりにも早過ぎる再会を果たす事になってしまった。

49: 2012/12/07(金) 17:42:56.70
……。

午前10時、駅の改札前で私はちなつちゃんを待っていた。
2人きりで会うのは、もう1年ぶりくらいかもしれない。
自分から会いたいと言っておきながら、私は煮え切らない思いでいっぱいだった。
一体どんな顔で会えばいいんだろう、何を話せばいいんだろう。
そんな事が頭に浮かんでは消え、ただ時間だけが過ぎていく。

ちなつ「京子先輩……!ごめんなさい、待ちましたか?」

京子「いや、私もさっき来たとこ……って、あれ?」

後ろから声が聞こえ、振り返った先にいたちなつちゃんは、私の知っている姿ではなかった。

京子「髪型、変えたんだね……」

ちなつ「ああ、これですか?ちょっと気分変えたくて……」

目の前にいるちなつちゃんは、いつものもふもふツインテールではなかった。
髪を下ろしたその姿は、何だか私の知らないちなつちゃんみたいで……。

50: 2012/12/07(金) 17:43:29.68
京子「大人っぽく見えるね……」

ちなつ「本当ですか?やった!」

喜ぶちなつちゃんを余所に、私の気持ちは複雑だった。
遠い昔、ちなつちゃんが髪型を変えようとした時の事を思い出す。
あの時、『そのままで可愛い』と言った私の言葉を、ちなつちゃんは素直に聞き入れてくれた。
付き合ってからもその事は覚えていたらしく、ちなつちゃんは、『別に京子先輩の為じゃないです』と言いながら、ずっと同じ髪型で居てくれた。
そのちなつちゃんが髪型を変えたという事は、彼女なりの意思表示なのかもしれない。
もう、過去を断ち切ろうとしている、という……。

京子「……とりあえず、行こっか」

ちなつ「そうですね」

こんな暗い気持ちは隠さなければいけない。
ちなつちゃんが過去を乗り越えようとしているなら、私も頑張らなくっちゃ。

51: 2012/12/07(金) 17:44:30.73
……。

2人は映画館に足を運んだ。
ちなつちゃんが見たい映画があるという事でやって来たんだけど……

京子「あ、ミラクるんやってる!」

ちなつ「もう、私たちが今日見るのはこっちですよ!」

そう言って、ちなつちゃんは先週から公開が始まった最新作の看板を指す。

京子「ちぇーっ」

そういえば、中学生の時にもちなつちゃんとクリスマスデートしたっけ。
その時は、私に付き合ってもらって一緒にミラクるんを見た。
やっぱり、あの時とはもう違うんだよね……。

ちなつ「ふふっ、京子先輩ってば相変わらずですね」

でも、髪型や見る映画が変わっても、ときどき見せてくれるその笑顔だけはやっぱり変わらない。
嬉しい反面、その笑顔をもっと見たいと思ってしまう身勝手な自分がいる……。

52: 2012/12/07(金) 17:45:03.66
……。

京子「いやー、良かったねちなつちゃん!」

ちなつ「はい!凄くハラハラしちゃいました!」

映画を見終わった私たちは、あてもなく街をブラブラしていた。
ふと、ちなつちゃんが腕時計に視線を落とす。

ちなつ「もう2時過ぎ……。先輩、お腹空きませんか?」

京子「うん!どっか入ろうか。この辺だと……」

付き合っていた頃、この辺りにも何度も遊びに来た。
街に並ぶ飲食店を見る度、あの頃の空気感を思い出しそうになってしまう。

ちなつ「私いいお店知ってるんです!この前新しく出来たパスタのお店なんですけど……」

ちなつちゃんが私に新しいお店の事を話してくれる。
私たちが恋人だった頃にはまだ無かったお店。
そんな何気ない一つ一つの事が、まるで2人の新しい関係の始まりを私に告げているかのように感じられた。

53: 2012/12/07(金) 17:45:44.67
私たちは、ちなつちゃんの教えてくれたパスタのお店で、少し遅めの昼食を取った。
すぐ店を出る気分にもなれず、食後のコーヒーを飲みながら他愛も無い話をしている。

京子「ちなつちゃん、大学はどう?ちゃんと卒業できそう?」

ちなつ「もう、京子先輩と一緒にしないでくださいよ!」

京子「ごめんごめん……」

ちなつ「京子先輩の方こそ、お仕事どうですか?」

京子「うん、それなりに順調だよ。毎日大変だけど、やっぱり漫画を描くのは楽しいし……」

ちなつ「そうですか……」

ちなつちゃんは、少しだけ気まずそうに髪を弄っている。
付き合っていた頃から、今も変わらない癖の一つだ。

ちなつ「……私、やっぱりこれで良かったと思ってます。京子先輩には、自分の夢を貫いて欲しかったから」

京子「……」

54: 2012/12/07(金) 17:46:17.69
ちなつちゃんと付き合ってから、私は漫画を描かなくなった。
大学3年生の冬、自分の将来を考える時期に、私は一つの決断をした。
一刻も早く普通の企業に就職して、しっかりちなつちゃんを養っていく、という事だ。
漫画家になる事は確かに夢だったけれど、私にとってはちなつちゃんと過ごす時間の方が何倍も大切に感じられた。
だけどちなつちゃんは、そんな私の思いを聞き入れてはくれなかった。

ちなつ『私、京子先輩の夢の邪魔をしたくないです……。京子先輩には、やりたい事をやって欲しい』

ちなつ『いつも自由で、身勝手で、周りの皆を巻き込んで……。でも、そんな京子先輩だから、私は好きになったんです』

そんなちなつちゃんにもまた、夢というものがあった。
やりたいことをやるため、2人はそれぞれの道を歩くことを選んだ。
ちなつちゃんは、それで良かったんだと言っている。
私も、きっとそうなのだろうと自分に言い聞かせる。

55: 2012/12/07(金) 17:46:56.54
……。

ちなつ「それじゃあ、今日はありがとうございました!楽しかったです!」

京子「うん、私も楽しかったよ!」

夜の8時、再び駅の改札前で2人は別れの挨拶を交わす。

京子「……送っていこうか?」

ちなつ「えと……、大丈夫です……」

京子「……そっか、そうだよね」

ちなつ「いえ、その……、決して嫌とかじゃなくて!」

やっぱり2人とも、まだお互いの距離感が掴めずにいる。

ちなつ「とっ、とにかく今日は楽しかったです!それじゃあ……」

京子「うん、ばいばいちなつちゃん……」

ちなつ「はい、さようなら京子先輩」

京子「……また、電話してもいいかな?」

ちなつ「……はい、待ってます」

56: 2012/12/07(金) 17:47:23.14
やっぱり会うのはまだ早かったかな……。
一人きりの帰り道で、そんな事を考えていた。
そんなの、分かりきっていたことだ。
ちなつちゃんの変化、それは何も髪型だけじゃない。
行くお店の先々で、話す会話の節々で、彼女の変化が感じられた。
もしかしたら彼女のほうも、私の変化を感じていたのかも知れない。
でも、時々私に見せてくれるあの笑顔は、やっぱりあの頃と変わっていなかった。

あの笑顔をまた見たい、もっと見たい……。

そんな事を考えてしまうのは、やはり『罪』なのだろうか……。

私は、また同じ『罪』を繰り返そうとしている。

57: 2012/12/07(金) 17:47:54.48
~数ヵ月後~

―prrrrr

何時ものように原稿を描いていたところ、私の携帯に着信があった。
かけてきたのは、少し意外な人物だった。

京子「はい、京子だよん」

結衣『あ、もしもし。私だけど……』

京子「結衣から電話かけてくるなんて珍しいね」

結衣『そうかな?』

京子「どうしたの?結衣にゃんってば、寂しくて私の声が聞きたくなっちゃったとか?」

結衣『まあ、そんなとこだよ』

む、否定しないとは……。
結衣も随分と大人になっちゃったな……。

58: 2012/12/07(金) 17:49:15.39
京子「結衣と話すのは、正月ぶりだね」

結衣『ああ、もうそんなに会ってなかったっけ……』

京子「今年はこっちに帰ってこれるの?」

結衣『うーん、どうだろう……。仕事次第かな……』

結衣は相変わらず毎日が忙しそうだ。

結衣『そういえば、京子の新連載、毎月読んでるよ』

京子「ホント!?嬉しい!!」

結衣『聞いたところによると単行本一巻の売り上げも好調らしいね、良かったじゃないか京子』

京子「へへっ……。ありがと、結衣」

59: 2012/12/07(金) 17:49:46.92
結衣の言うとおり、私の漫画の売れ行きはなかなかに好調だった。
売れっ子とまではいかないけれど、それなりにお金も入るようになり、ようやく安定した生活を送れるようになってきている。

結衣『京子の漫画は私の毎月の楽しみなんだ、頑張れよ』

京子「うん!」

結衣『それでさ、この前、ちなつちゃんとも電話したんだけど……』

結衣『京子、最近またちなつちゃんとよく会ってるんだって?』

京子「……うん」

結衣が知っている事に、私は別段驚くこともなかった。
私たちが別れた時、結衣は私とちなつちゃん、両方の側に立って話を聞いてくれた。
時間が経った今でも、私だけじゃなく、ちなつちゃんのフォローもしてくれている。
その事は、私も良く知っていた。

60: 2012/12/07(金) 17:50:22.85
結衣『京子、お前まだちなつちゃんの事……』

京子「……わからないよ」

そんな言葉が、口をついて出る。

京子「私自身、自分の気持ちが良くわからないんだ……」

一度口に出すと、堰を切ったように言葉が次々と溢れてくる。

京子「ちなつちゃんに会いたい、ちなつちゃんの笑顔を見たいて思う」

京子「でも、これが恋なのか、自分じゃわからないんだ」

京子「ねえ結衣、この気持ちって何なのかな……?」

結衣『……きっとそれは、恋だよ』

結衣が囁くように言った。

61: 2012/12/07(金) 17:50:51.72
結衣『この前ちなつちゃんと電話したとき、ちなつちゃんも京子と会うこと、嫌がっている様子は無かったよ』

結衣『本人から直接聞いたわけじゃないからわからないけど、ちなつちゃんも京子とやり直すことを望んでいるんじゃないかな……』

京子「……」

結衣『ちなつちゃん、電話越しでは明るく喋ってたけど、やっぱり無理してる。きっと寂しいんじゃないかな』

京子「え……?」

結衣『ちなつちゃんの事を好きだって人が他に現れたら、ちなつちゃんはその人の所に行ってしまうかもしれない、だから京子……』




結衣『お前が、しっかりちなつちゃんをつかまえてあげなよ』

62: 2012/12/07(金) 17:51:18.22
結衣との通話を終え、私はしばらく携帯を片手に呆けていた。
さっきの結衣の言葉の一つ一つが、私の頭の中を駆け巡る。

『……きっとそれは、恋だよ』

『ちなつちゃんも京子とやり直すことを望んでいるんじゃないかな……』

『お前が、しっかりちなつちゃんをつかまえててあげなよ』

私のこの気持ちは、やっぱり恋なんだろうか……?
確かに、ちなつちゃんに会いたい、触れたい、と思う気持ちは、日に日に強くなっている。
そういうのを世間ではきっと、『恋』とかいうのだろう。
でも、付き合っていたあの頃の気持ちとは、『何か』が違う。
その『何か』がまだ良くわからないけど、無視してはいけないような気がした。

63: 2012/12/07(金) 17:51:45.97
京子「はぁ……」

だけど、ちなつちゃんとまた楽しく笑いあいたいという気持ちも本物で、相変わらず定期的に連絡を取る日々が続いている。
まるで、別れた事を忘れてしまいそうな程、自然と笑い合える日々だ。
表向きは笑って、ちなつちゃんとの時間をまた求めて、その癖、心の中はこんなにもぐちゃぐちゃ。
まるで、見えない不安と戦っていたあのクリスマスの時のようだった。

そして私は、また『罪』を繰り返すのか……?

答えのない自問自答をしつつも、私の手はまた、ちなつちゃんに送るメールを打ち込んでいた。

64: 2012/12/07(金) 17:52:12.33
―――
――


愛……。

愛って何だろう……?

自分にでも、世間にでもなく、ただ空に、そんな問いかけをしてみる。

恋人に抱く感情が愛?

ならば、愛とは異性同士の間でしか成り立たないものなのか?

友達に抱くこの感情は、愛とは呼べないのか?

そもそも友達と恋人の違いって何だろう。

65: 2012/12/07(金) 17:53:18.24
温もりを与えてくれるのが恋人。

だから、キスしたり、体を重ねたりしたいって思う。

友達同士ではそんな事はしない。

見返りを求めるのが恋人。

だから時に傷つき、人は『別れ』を選ぶこともある。

見返りを求めないのが友達。

だから困った時は、お互いに手を差し伸べあえる。

いつか終わりが来るのが恋人。

『恋』という感情は、永遠には続かない。

いつまでも変わらないのが友達。

どれだけ離れていても、お互いを信じあうことが出来る。

66: 2012/12/07(金) 17:53:53.67
仮に『友達』という関係を定義できたとして、そこに『愛』はあるのだろうか?

恋人でも、家族でもない、『友達』という関係の上に、『愛』を育んでいくことは出来るのだろうか……?




……また、冬がやって来た。

67: 2012/12/07(金) 17:54:27.28

―SCENE 3


ちなつ「京子先輩、今日はどこに行きますか?」

冷たい風に吹かれながら、私たちは海辺を歩いていた。

京子「どこでもいいよ。特に決めてない」

冬の海辺は驚くほど閑散としていて、潮の香りと鴎だけがここの住人だった。
特に目的もなく電車に乗った私たちは、いつのまにかこの海辺へとやって来た。
冬の海が見たかった、なんて理由を後付けしてみるけど、本当は場所も手段もどうでも良かった。
ただ遠くに、広い場所に来たかったのだ。

京子「とりあえず、その辺をブラブラしてみようよ」

68: 2012/12/07(金) 17:54:58.12
2人して静かに浜辺を歩く。
少し湿った砂が靴に吸い付いては離れる音が、より一層寂れた雰囲気を醸し出す。

ちなつ「わ、見てください!この貝殻キレイ……!」

ちなつちゃんが服を汚さないようにゆっくりと屈んで、砂浜に落ちている貝殻を拾う。

京子「お、本当だ!」

白くて大きな蛤の貝殻。
表面が、波に削られてツルツルに光っている。
繰り返す季節の中で、寄せては返す波が、かつては生き物だったこの貝を、まるで工芸品の様にキレイな姿に変えてしまった。
そこには一体、どれほどの時間が流れたのだろうか……。

京子「あっ、こっちにも大きな貝殻みっけ!」

私が見つけたのは、ちなつちゃんのよりも少し大きいけれど、その分形が歪な蛤の貝殻。

ちなつ「わー!こっちにもっとキレイなのありましたよ!」

京子「なにー!?よし、こうなったら競争だー!」

69: 2012/12/07(金) 17:55:47.27
……。

ひとしきりはしゃいだあと、ほとんど人の居ない橋の上のベンチに座った。
2人の間には、さっき集めた貝殻が置いてある。
私たちは、特に言葉も交わさずに波の音を聞いていた。

京子「……」

ちなつ「……海、綺麗ですね」

京子「……そうだね」

本当はもっと言いたい事が沢山ある筈だ。
なのに、いざ口に出そうとすると、どれも違うように思えてしまう。
以前は、このもどかしさに苛立つこともあった。
だけど今は、体の奥に渦巻くこの言葉を、封じ込めてしまう術を覚えてしまった。
繰り返す葛藤の中で身に着けた、自分の身を守る為の手段。

70: 2012/12/07(金) 17:56:17.67
私たちは、互いに愛に飢えている。
その事はもう、火を見るより明らかだった。
だけど2人とも、歩み寄ることが出来ずにいる。
理由なんて分かりきっている、また傷つく事が怖いから。

せめて、私たちの関係を明白なものにしたかった。
そうすれば、日々の中でのお互いの距離感が分かってくる。

いっそのこと、誰かに『2人の関係はこういうものだ』と決め付けて欲しい。

ちなつ「……少し、疲れましたね」

そう俯くちなつちゃんの仕草には、今日の疲れだけではない何かが感じられた。

『ちなつちゃん、電話越しでは明るく喋ってたけど、やっぱり無理してる。きっと寂しいんじゃないかな』

そんな結衣の言葉を思い出す。
ちなつちゃんもまた、様々な苦しみや葛藤、寂しさと戦っているのだ。

71: 2012/12/07(金) 17:56:44.69
でも、そんなちなつちゃんを見ても、私には何も出来なかった。
そもそも、ちなつちゃんを苦しめているのは、他でもないこの私だ。
私がいつまでも、こんな曖昧な関係を続けようとしている事がいけない。
そんな事は自分でも良く分かっている。

京子「……もう少ししたら、帰ろっか」

ちなつ「もう……、結局何しに来たのかよくわかりませんね」

ちなつちゃんが優しく微笑む。
私には、そんな笑顔を向けてもらう資格なんてない。
いっその事、よりを戻してしまおうか。
それとも、二度と会わないように突き放してしまおうか。
どちらにせよ、今よりはマシになる選択だ。
だけど、私は、そのどちらも行動に移すことが出来ない。
今日の空のように、曇った気持ちをいつまでも抱えている。

72: 2012/12/07(金) 17:57:15.31
……。

あの幸せだったクリスマスから、もう2年の月日が流れた。
ちなつちゃんは、来年の春には大学を卒業する。
私の漫画も、順調に連載が続いている。
2人は、気がつけば週に一回のペースで会うようになっていた。
お互いの家にも何度も行ったし、一緒にお酒を呑んだりもした。
ちなつちゃんが私の家に来たときは、嫌がる彼女に無理やりミラクるんのコスプレをさせた事もあったっけ……。
そんな、昔に良く似た日々が続いていた。
でも、同棲していたあの頃とは、決して同じではない。
キスをしたり、体を重ねたり、そういう『恋人同士』がする行為を、私たちは無意識で避けていた。

ちなつ「……最後にもう一回、浜辺のほうに行きませんか?せっかく来たんだし」

京子「そうだね」

集めた貝殻を半分ずつ持ち、2人はベンチを立った。

73: 2012/12/07(金) 17:57:51.43
あの頃よりも、ほんの少し離れて歩く。
距離が近づけば近づく程、相手に触れたいと思う気持ちが高まってくる。
だから、気持ちを抑えられるような、丁度良い距離を保って歩く。
そうしないと、お互いに傷ついてしまうから。

京子「……寒くない?」

ちなつ「……大丈夫です」

あの頃よりも、ほんの少し口数を減らしている。
何か核心めいたものを言葉にしてしまえば、大事なものを失くしてしまいそうだから。




突如、強い木枯らしが吹いた。





74: 2012/12/07(金) 17:59:45.92
ちなつ「きゃっ……!」

京子「ち、ちなつちゃん……!」

ちなつ「す、すみません……」

京子「いや……」

寒さに驚いたちなつちゃんが、急速に私との距離を縮めてきた。
まるで煮えきらずにいる私を、早く決断しろと冷たい風が急かしているようだ。

京子「……」

この胸の痛みは何なんだろう。
ちなつちゃんと触れ合ってしまった事へのときめき……?
それとも、偶然にも2人に距離が縮まってしまった事への恐怖……?

京子「大丈夫だよ。もう少しくっつこうか」

ちなつ「……はい」

75: 2012/12/07(金) 18:00:11.49
偽りの微笑みを浮かべ、ちなつちゃんの手を取る。
言ってから後悔し、ちなつちゃんの温もりにまた戸惑う私がいた。

ちなつ「浜辺、つきましたね……」

京子「……うん」

ちなつ「この貝殻、どうしましょうか?捨てるには勿体無いけど、これと言って使い道が……」

京子「うーん、そうだなぁ……」

何かいい案は無いかと、ポケットの中をまさぐっていると、硬く、細長い物が触れた。

京子「そうだ、これで……!」

ちなつ「何するんですか……?」

京子「まぁ見てなって」

76: 2012/12/07(金) 18:00:42.51
取り出したのは、何処にでもあるような普通のサインペン。
漫画家としてデビューした私は、いつサインをせがまれても良い様にと持ち歩いているのだ。
もちろん、サインなんてまだ頼まれたことないけど……。

京子「これを、こうして……っと」

白い貝殻に、サインペンで器用に絵を書いていく。

京子「はい、ミラクるん!」

ちなつ「わぁ、凄い上手……。他にも何か描いてみてくださいよ!」

京子「よし任せろ!次は……」

こうやって、私たちはさっき集めた貝殻に一つずつ絵を描いていった。

京子「~♪」

ちなつ「……やっぱり、京子先輩は絵を描いてる時が一番イキイキしてますね」

ちなつちゃんが、斜め後ろから私の手の中の貝殻を覗き込んでくる。
凄く、距離が近い……。

京子「……」

私は、その『近さ』に気付かないフリをして、淡々と貝殻に絵を描いていく。

77: 2012/12/07(金) 18:01:21.37
振り返れば、すぐキスできそうなほど近くに、ちなつちゃんの唇がある。
今ここで口づけを交わせば、これまでの関係には戻れないだろう。
無防備すぎるちなつちゃんのその表情は、まるで私からの口づけを待っているようだった。

突き放すにしろ、受け入れるにしろ、私が何か行動を取れば、2人の関係は間違いなく『何処か』へと進む。
そうすれば、少なくともちなつちゃんを寂しさから開放することは出来るのかもしれない。

いっそ、かつて恋人同士だったという『過去』なんて無ければいいのに、と思う。
これまで培ってきた思い出を一つずつ貝殻に描いて、砂に埋めてしまおう。
そして、何も知らなかった頃に戻ってやり直せたら、どんなに良いだろうか。

ちなつ「あ、今度はあっちに綺麗なガラスの欠片がありますよ」

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ちなつちゃんは私の側から離れる。

ちなつ「綺麗ですね、これ。角が削れて丸くなったガラスですよ」

いつかそのガラスのように、私の尖った心も削れて丸くなる日が来るのだろうか……。

78: 2012/12/07(金) 18:03:14.07
心が、警告を鳴らしていた。
もうあまり時間が無い。
2人の心が擦り切れてしまう前に、この気持ちに答えを出さなくてはいけない。

京子「そろそろ行こうか……」

貝殻をポケットに入れ、私たちはまた歩き出す。
遠くで、鐘の音が聞こえた気がした。

ちなつ「これ、4時の鐘ですかね?」

京子「そうだね。さ、もう風が冷たくなってきたし、あまり長居しないほうが良いよ」

何かの始まりと終わりを告げているようにも聞こえるその鐘の音が、いつまでも私の頭の中に鳴り響いていた。

79: 2012/12/07(金) 18:03:54.85
……。

すっかり日も沈んだ午後5時、人の殆どいない電車に揺られながら、さっき拾った貝殻をじっと見つめている。
ちなつちゃんは、私にもたれかかってすぅすぅと寝息を立てていた。

京子「ちなつちゃんは、どうしたいんだろうか……」

私たちがもう一度恋人に戻る事が、2人の未来にとって良いとはとても思えない。
女の子同士の私たちは、結婚することも、子供を授かることも出来ないのだ。

結婚して家庭を持つ事だけが、女の幸せだとは言わない。
でもこれから先、いつまでも世間の目を偽りながら愛し合うのか……?
お互いの両親や家族をどう説得するのか……?
そんな未来の事を、見て見ぬふりをして、今ここにある幸せだけを享受して生きていくのか……?

『愛さえあれば、どんな障害だって乗り越えられる』

昔読んだ漫画に、そんな事が描いてあった。
付き合い始めた頃は、私もその言葉を信じていた。
でも、いざ恋人になってみて、襲い来る様々な障害と闘いながら生きていくには、私たちはあまりにも弱いという事を思い知らされた。

80: 2012/12/07(金) 18:04:33.25
『同性愛は否定しないよ。でも、ずっと一緒に居られる関係じゃないよね』

周囲の人々に言われた心無い言葉。
その一つ一つが私たちを傷つけ、そしていつしか『破滅』を恐れるようになった。
そんな不安に耐え切れなくなった2人は、それぞれ別々の道を歩むことを決めた、筈だったのに……。

京子「どうして、こんなにも会いたくなるんだろう……」

恋人に戻ってしまえば、壊れるものが沢山あることを知っている。
今までは何とか守りきったものでさえ、新たに壊れるかもしれない。
それでもちなつちゃんに会いたくなってしまうのは、これが恋だから?愛だから?
それとも……。




京子(……愛って、何だよ……!)





81: 2012/12/07(金) 18:05:11.11
……。

ちなつ「うぅ、やっぱり夜は冷え込みますね……」

京子「もう本格的に冬だもんね」

電車を降り、私はちなつちゃんを家まで送っていた。
以前は私に送ってもらうのを拒否していたちなつちゃんだったけど、最近は受け入れてくれるようになった。
やっぱり、ちなつちゃんの気持ちにも何かしらの変化が現れている。

京子「今日拾った貝殻、どうする?」

ちなつ「2人で半分こしましょう。今日の想い出に」

京子「そうだね」

ポケットから貝殻を取り出し、その半分をちなつちゃんに渡す。

ちなつ「京子先輩が描いた絵を貰うのって、実は始めてかも……」

京子「え、そうだっけ?」

ちなつ「京子先輩、私の前ではあまり絵とか漫画の話しなかったから……。あ、ミラクるんは別ですけど」

言われてみれば、そうかもしれない。
ちなつちゃんと付き合ってた頃は、意図的に漫画の事を考えないようにしていたから。

82: 2012/12/07(金) 18:05:38.04
ちなつ「もう今年も終わっちゃうんですねぇ……」

京子「今年は本当に色々あったよ。連載開始に、初めての単行本に……」

それから、ちなつちゃんとの再会に……。

ちなつ「私ももう卒業かぁ。これからどうなるんだろ……」

京子「……」

ちなつちゃんは、もしかすると私とやり直すことを望んでいるのかもしれない。
私と同じように、『会いたい』と思っているのかもしれない。
でも、私はどこかで、恋なんてもういらない、と思ってしまう。
なんて一人よがりなんだろう。




ちなつ「……京子先輩っ!」

京子「え……?」





83: 2012/12/07(金) 18:06:10.12
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
さっきまで、私たちは並んで舗道を歩いていた。
そのちなつちゃんの腕が、私に回されている。

ちなつ「……」

ちなつちゃんが、突然その腕を組んできたのだ。

京子「ちなつちゃん……」

可愛い顔だった。
きっと自分から腕を組むなんて、凄く恥ずかしいんだろう。
頬を赤く染めながらも、決意に満ちた瞳で私の腕をぎゅっと掴んでくるその顔は、本当に綺麗で……。
そして私も、気付いてしまった。
この胸の鼓動の正体に……。

84: 2012/12/07(金) 18:06:57.99
哀しかった……。
冷めた自分を、身勝手な自分を嫌悪するわけでもない。
ただその事実だけが、どうしようもなく哀しかった。

85: 2012/12/07(金) 18:07:58.20
この胸の鼓動は、決して恋なんかじゃない。
私はただ、不安なんだ。
この子を、また傷つけてしまう事が。
2人の愛の『終わり』を見届ける事が。

吉川ちなつ、私はこの女の子を誰よりも愛おしいと感じている。

でもそれは、決して恋なんかじゃない。

この日、私のちなつちゃんへの思いは恋じゃなくなった。

もう一度、空に問いかけてみる。

『愛って何だろう……?』

何も答えてはくれない空を、私はただじっと見上げている。

恋じゃなくなった日の空を。

86: 2012/12/07(金) 18:09:01.13

―SCENE 4


季節……。
季節は過ぎ去り、何度でも繰り返す……。

春、彼女は卒業し、新しい世界へと飛び立った。

夏、私は確実に夢を叶えているという確信をつかんでいた。

秋、相変わらず2人は連絡を取り合っている。

冬、毎年同じようでいて、実はいつも新しい、そんな2人の季節。

そんな四季を何度も繰り返す中で、やっぱり私の生活の中に彼女はいた。
これが私の答え、ずっと彼女の側に居続ける為に選んだ道。




……また、冬がやって来た。

87: 2012/12/07(金) 18:09:44.94

―SCENE 5


冬という季節は、私たちにとって特別な意味を持っていた。
幸せだった瞬間、絶望を感じた瞬間、思い返してみれば、どれも冬の出来事だった気がする。
今年の冬は、どうやら例年以上に寒いらしい。
凍りつくような日々の中、私は相変わらず漫画に明け暮れる日々だった。

京子「ふぅ、今日はこんなもんかな……」

キリのいいところまで原稿を終え、ペンを置いて時計を見る。
早朝の5時、職種によってはもう目覚めの時間だ。
漫画家という職業をやっていると、こういう昼夜逆転の生活はもう当たり前の事だったりする。

京子「うぅ、ちょっとだけ仮眠……」

作業用の椅子にもたれかかり、私はそっと眼を閉じた。

88: 2012/12/07(金) 18:10:23.67
少しだけ、懐かしい夢を見た気がする。
それは、何年か前のクリスマスの事。
ちなつちゃんへのプレゼントを買うため、冬の街を必氏で駆け抜ける私の姿が、そこにあった。

京子(懐かしいなぁ……)

あの頃、大人になったつもりでいた私たちは、まだどうしようも無く幼かった。
これから2人に襲い掛かる恐怖も、悲しみも、この時の私はまだ何も知らない。
でも、あの時から今もずっと、変わらない気持ちもある。




私はやっぱり、どうしてもちなつちゃんを失いたくない。




これまでたくさん傷ついて、傷つけて、それでも胸の奥から、私は叫び続ける。





89: 2012/12/07(金) 18:10:57.12
目を覚ますと、窓から朝の光が差し込んできた。
いや、それだけじゃない……。

京子「雪……」

昨晩は窓を閉め切っていたからわからなかったけど、どうやら雪が降っていたらしい。
思い切って窓を開け、外の空気を感じてみる。

京子「うぅ~、寒いけど清々しいなぁ」

ふと道路に目をやると、人気のない交差点を並んで歩く2人の女の子の姿があった。

京子「あれ……?」

その姿が、一瞬、私とちなつちゃんに重なったような気がした。
それとも、私はまだ夢を見ているのだろうか。

京子「どっちでもいいや。もう一眠りしよう……」

再び椅子にもたれかかる。

90: 2012/12/07(金) 18:12:16.39
……。

ちなつ『京子先輩は、どうして今も私に会おうとするんですか?』

京子『ちなつちゃん……』

ちなつ『京子先輩は、私の事を好きなんですか……?』

京子『うん、好きだよ。私はちなつちゃんが大好き……』

ちなつ『じゃあどうして、私の気持ちに応えてくれないんですか!?』

京子『……』

ちなつ『好きなんです!京子先輩!私もまだ京子先輩の事が好きっ……!』

91: 2012/12/07(金) 18:13:14.60
ちなつちゃんは、私が思っているよりもずっと悩んでいた。
私の曖昧な態度が、ちなつちゃんを深く傷つけてしまった。

京子『ごめんね、ちなつちゃん……』

私はそっと、ちなつちゃんを抱き寄せる。

ちなつ『きょうこっ、せんぱいっ……!』

ちなつちゃんの瞳には涙がいっぱい浮かんでいる。
それでも私は、ちなつちゃんの期待に応える事は出来ない。

京子『ねぇ、ちなつちゃん、愛って何だと思う?』

ちなつ『あい……?』

恋じゃなくなることは、人を裏切ることになるのか。
愛を貫くことの結果は、ひとつだけなのか。
幾度と無く繰り返されたその問いに、私は一つの答えを出した。

92: 2012/12/07(金) 18:14:13.32
京子『私は昔、確かにちなつちゃんを恋人として愛していた。でもね、やっぱりそれじゃダメなんだよ……』

ちなつ『どうしてですかっ……!悪いところがあるなら言ってください。私、何でも直しますから……』

京子『そうじゃない。そうじゃないんだよちなつちゃん……』

私はちなつちゃんの髪をやさしく撫でる。

京子『私はちなつちゃんが大好き。この世で一番大切な存在だと思ってる。それは今も昔も変わらないよ』

ちなつ『ならどうして……』

京子『だからだよ!!』

一層強く、ちなつちゃんを抱きしめる。

京子『私たちはね……、恋人じゃダメ……なんだよ……』

私の頬を、涙がとめどなく伝い落ちる。
降りしきる雪のように、その涙を止めることが出来ない。

93: 2012/12/07(金) 18:14:53.13
京子『ちなつちゃんもわかるでしょ……?私たちは……恋人同士じゃ……ずっと一緒に居られないんだよ……』

震える声で、何とか一つ一つ、言葉を紡いでいく。

京子『女の子同士だし、お互いに譲れないものもある……。恋人同士でいても、やっぱりいつかは離れちゃうんだよ……』

涙と言葉が、交互に溢れ出て止まらない。

京子『それでね……、私必氏に考えたんだ……。どうすれば2人はずっと一緒に居られるのかって……』

ちなつ『京子先輩……』

京子『ねぇちなつちゃん。手、握って……』

私が差し出した手を、ちなつちゃんがギュッと握り返してくる。




京子『これが私の答え。ちなつちゃん、私たち……』





94: 2012/12/07(金) 18:15:38.50




京子『友達でいよう、ずっと』




それが、私の行き着いた答えだった。







96: 2012/12/07(金) 18:17:40.44
ちなつ『ともだち……』

京子『うん、友達……』

ちなつちゃんの手の温もりを感じながら、私もまたその手を強く握る。

京子『友達だから、キスもしない』

京子『友達だから、デートもしない。2人で遊びには行きたいけど……』

京子『友達だから、お互いに別の恋人が出来るかもしれない』

京子『友達だから、お互いに家族が出来るかもしれない』

でもね、ちなつちゃん……。



京子『友達だから、氏ぬまでずっと……、ううん、氏んじゃってもずっと友達なんだよ』





97: 2012/12/07(金) 18:18:42.25
ちなつ『ずっと、ともだち……』

京子『自分でも凄く勝手なこと言ってるってのはわかってる。でも私、どうしてもちなつちゃんを失いたくないんだ』

愛って何だろう……。
その答えは、今も相変わらずわからない。
でもこれだけは、心の奥から叫ぶことが出来る。




私、歳納京子は、吉川ちなつを友達として世界で一番愛している。




目まぐるしく変わる季節の中で、幾度となく出会いと別れがちなつちゃんに訪れるだろう。
そんな様々な変化の中で、私は、歳納京子は、友達として……。



京子『いつまでもちなつちゃんと手をつないでいたい』

98: 2012/12/07(金) 18:19:13.77
京子『恋人だった頃みたいに、いつでも側でベッタリって訳には行かないけど、でも……』

そう、辛い時は……。

京子『辛い時は、寂しい時は、私が誰よりも早く駆けつけて、ちなつちゃんの手を握るよ』

それが出来るのが、友達。

京子『だからちなつちゃんも、私が辛い時に、この手を取って欲しい。お互いに手をとりあえる、そんな関係になりたいんだ』

ちなつ『そんなの……』

ちなつ『そんなの、娯楽部でいた時と、何も変わらないじゃないですかっ……!』

ちなつちゃんが乱暴に髪を振り乱す。
その悲鳴のような声を聞いて、私はハッとする。
そうだ、こんなにも簡単なことだったんだ……。

99: 2012/12/07(金) 18:19:42.76
京子『そうかもしれない……。ううん、きっとそうだったんだ……』

私はもう一度、ちなつちゃんの髪をそっと撫でる。

京子『ごらく部にいたときも、今この瞬間も、私の気持ちはいつだって同じ……』

こんな簡単な事にも気付けずに、私はずっと悩んでいたんだ……。




京子『私はミラクるんとっ……、ちなつちゃんがいればっ……、それで幸せなんだよっ!!』



ちなつ『……まったく、京子先輩はっ……』




ちなつちゃんが、袖でゴシゴシと涙を拭う。



ちなつ『私よりミラクるんの名前が先に来るって……、どういう事なんですかまったくっ……!』



ようやくちなつちゃんが、私の大好きな笑顔を見せてくれた。

100: 2012/12/07(金) 18:20:20.55
京子『ねぇ、ちなつちゃん』

ちなつ『何ですか、京子先輩』

京子『いつかまた、一緒に海に行こうよ。あの時の海に』

ちなつ『……私も同じ事を考えてました』

京子『……えへへっ』

ちなつ『……ふふっ』

思わず可笑しくなって、2人して笑い合ってしまう。

ちなつ『また貝殻拾いましょう。今度は私が絵を描きますから♪』

京子『えっ、えーっと、それはちょっと……』

そんな一抹の不安を抱えながらも、私たちはまた海に行く約束を交わした。
あの日の砂の上で、一緒に笑いたい。
そうやって、過ぎ行く日々に手をふって、ようやく私たちは前に進むことが出来る。

101: 2012/12/07(金) 18:21:02.05
幸せだったいつかの冬の日を思い出していた、あの悲しい喫茶店。

まるで依存するように、ちなつちゃんに電話をかけていた、罪深い日々。

私の想いが恋じゃなくなった、あの冬の海辺。

過ぎていった、沢山の季節。

今となってはかけがえのない想い出となったその日々を、私は愛おしく思う。

様々な不安や葛藤を乗り越えて、私の想いは、一つの友情(かたち)へと行き着いた。

102: 2012/12/07(金) 18:21:58.20
……。

また夢を見ていた。
私とちなつちゃんが、お互いの関係に『友達』という名前をつけた、大切な思い出。
あの時から今まで、2人の関係は変わらずにいる。
きっとこれが、一番良い事なんだ。

京子「うーん……」

再び目を覚ます。
どれくらい寝ていたのだろうか、外はもうすっかり真っ白だった。

京子「うー、寒っ!」

開けっ放しになっていた窓から、冷たい風が吹き込んでくる。
早く閉めなくてはと窓の外に立つと、通りの向こうにさっきの2人組の女の子が見えた。
2人は何やら楽しそうに話しているけれど、ここからじゃ話の内容までは聞き取れない。

103: 2012/12/07(金) 18:22:53.18
しばらくすると、その2人組は別れ、別々の方向に歩いていった。
その顔はここから見てもわかるほどに晴れやかで、見ているこっちまでいい気分になる。
そうして2人は、変わらない街のひとごみの中に消えて行った。

京子「よし、今日もいっちょ原稿がんばりますか!!」

パジャマを着替え、コーヒーを淹れて、パンを焼く。
この街のどこかでちなつちゃんも、同じことをしているかもしれない。




変わらない日常が、また動き始めた。

104: 2012/12/07(金) 18:23:19.81

―Reprise


ちなつ「あかりちゃん!お待たせー!」

駅前の寂れた商店街の一角。
そこに見知った旧友の姿を見つけた私は、一目散に彼女の下へ駆けていった。

あかり「もう、遅いよぉちなつちゃん!」

ちなつ「ごめんねあかりちゃん!なかなか仕事抜けられなくて……」

可愛らしい仕草で私に抗議してくるこの人物は、赤座あかり。
私の、大切なお友達。

あかり「じゃあ行こうか、ちなつちゃん」

ちなつ「うん!」

105: 2012/12/07(金) 18:23:52.43
今日はクリスマス。
娯楽部の皆で集まって、クリスマスパーティをやる事になっている。
中学や高校の時は、こういうイベントはいつも結衣先輩の家でやっていた。
でも、大人になってからは、京子先輩の家でやる事が多くなった。

ちなつ「ねぇねぇあかりちゃん、彼氏出来た?」

あかり「えっ、えぇぇぇ!?かっ、彼氏なんてそんな……」

ちなつ「じゃあ好きな人とかは?」

あかり「すっ、好きな人っていうか……」

ちなつ「ああそうか、そういえばあかりちゃんって……」

前に一度、あかりちゃんから恋愛相談のようなものを持ちかけられたことを思い出す。
もっともその時は、あかりちゃんが恥ずかしがっちゃってまともに相談に乗れなかったのだけど……。

106: 2012/12/07(金) 18:24:26.96
ちなつ「あの時からずっと好きなんだね。あかりちゃんってば一途!」

あかり「もー、ちなつちゃんってば……」

この歳になってもこんな事で顔を真っ赤にしちゃうあかりちゃんは、本当に可愛らしい。

ちなつ「でもどんどんアプローチかけないと、一生振り向いてもらえないかもよ?結衣先輩ってかなり鈍感だから……」

あかり「えっ!?そっ、そうなの……?」

ちなつ「中学時代の私のアプローチにも、全然気付いてくれなかったしね!」

今となっては笑い話だが、当時は結構本気で落ち込んだりした。
でも、結衣先輩とあかりちゃんなら、何だかんだで上手くいきそうな気がする。

107: 2012/12/07(金) 18:24:58.34
あかり「それにしても、街はすっかりクリスマスムード一色って感じだねぇ」

ちなつ「そうだね」

12月のあかりが灯りはじめ、踊るように賑やかな街。
いくつになっても、この雰囲気はやっぱり心躍る。

ちなつ「あっ、この店……」

偶然通りがかったそのお店に、私はハッとする。
京子先輩と付き合っていた時に来た、あの雑貨屋さんだ。

ちなつ「まだちゃんとやってたんだ……」

あの日の思い出がまだ残っているような気がして、ちょっとだけ嬉しくなる。

108: 2012/12/07(金) 18:25:36.06
そういえば、あの年のクリスマス、京子先輩がここで買った椅子をプレゼントしてくれたんだよね。
あの時、本当に嬉しかった事を今でもよく覚えている。
幸せだった、本当に幸せだった数年前のあのクリスマス。
思い出すと辛い時期もあったけど、今ならば笑顔で、大切な思い出だと言い張る事が出来る。

『いつまでも、手を繋いでいられるような気がしていた』

あの時の想いは、夢は、今、形は違えどしっかりと実現した。
京子先輩は、今でも私の手を取ってくれる。
私もまた、京子先輩の為ならいつでも手を差し伸べたいと思える。

ちなつ「さ、あかりちゃん、急がないと!結衣先輩たち待ってるよ!」

あかり「わわっ、待ってよぉ、ちなつちゃん!」

109: 2012/12/07(金) 18:26:12.39
……。

楽しい夜だった。
京子先輩が率先して騒ぎ、結衣先輩がたしなめ、あかりちゃんが弄られる。
娯楽部にいた時と変わらない雰囲気。
私はそれを、ずっと笑顔で眺めていた。
時刻は夜の1時。

結衣「……Zzz」

あかり「……Zzz」

京子「……Zzz」

お酒もいい具合に回ってきて、3人とも眠ってしまった。
私はというと、テーブルのキャンドルをただじっと眺めている。

110: 2012/12/07(金) 18:27:22.69
京子「……むにゅ、ちなちゅ……」

京子先輩の寝言が聞こえてくる。

ちなつ「全く京子先輩は……」

いつもの仕返しにと、寝てる京子先輩の頬を指でつついてみる。

ちなつ「ふふっ、やわらかいほっぺ。可愛いなぁ♪」

京子「……ちなつちゃん……だいすきぃ……」

ちなつ「はいはい。私も大好きですよー」

京子「……ゆいも……あかりも、ずっとともだちぃ……」

ちなつ「……やれやれ」

111: 2012/12/07(金) 18:28:20.10
京子先輩は勝手な人だ。

勝手に私の事を好きになって

勝手に私の心をかき乱して

勝手に別れを告げてきて

勝手にまた連絡取ってきて

そして最後に、『友達でいよう』と勝手なことを言った。

本当にこの人は、どれだけ私の事を振り回すのだろうか。

でも……。

112: 2012/12/07(金) 18:29:29.20
ちなつ「そんな身勝手で、いつも私の事振り回す京子先輩が、大好きなんだよね……」

本当に、困ったことに。
基本的にどこまでも自分本位な癖に、最終的にどこまでも私の事を考えてくれる。
恋人同士だった頃はわからなかった、そんな深い愛情。
今ではそんな『愛』を、感じることが出来る。

ちなつ「ま、私の心を弄んだことは、一生許しませんけど……!」

許してやるもんか。
京子先輩には、一生私の側でそれを償わせてやらなくっちゃ。

113: 2012/12/07(金) 18:29:54.41
ちなつ「あ、そういえばこれ……」

テーブルに置いてあったのは、京子先輩が持ってきた漫画。
もちろん描いたのは京子先輩自身。

ちなつ「さっき新作って言ってたよね、これ。読んでみよっかな……」

実は、京子先輩の漫画をちゃんと読むのは、これが初めてだった。

ちなつ「タイトルは……『FRIENDS』かぁ」

京子先輩の話によれば、今回の作品はラブストーリーらしい。
『冬』をテーマにした、一組のカップルの別れと再会と葛藤のお話なんだとか……。
しかも、そのカップルっていうのが、女の子同士らしい。

114: 2012/12/07(金) 18:30:35.93
ちなつ「ん?どこかで聞いたような話……」

まぁ細かい疑問は置いといて、とりあえず読んでみる事にしよう。




やわらかなキャンドルの灯りに包まれながら、私はそっとページをめくった。




―Return to "Prologue"

115: 2012/12/07(金) 18:33:20.70
以上で終わりです。


元ネタはB'zのミニアルバム「FRIENDS」です。


「いつかのメリークリスマス」ばかりが注目されがちですが、このアルバムは全曲通して素晴らしいので、この作品を機に聞いてみてもらえたらと思います。


読んでくださってありがとうございました。

引用元: 京子「いつまでも手をつないでいられるような気がしていた