1: 2012/12/26(水) 00:02:42.48


日付がかわると同時に携帯が震えた。
メールの差出人を見るとおなじみの同級生から。

『From:律
 題名:いっちっばん!!
 本文:お!』

何このメール。
と、思ったら写真の添付がある事に気付き、ファイルを開くとちょっと恥ずかしそうに「お」の形に口を開いた澪が写っていた。

「…みお?」

首をひねってメールの意味を考えていると、また携帯が震えた。
差出人は澪。

『From:澪
 題名:2番」
 本文:め』

先程の律のメールよりもシンプル過ぎる題と文に写真の添付。
写真には自分の目を指さして楽しそうに「め」の形に口を開くムギがいた。
なんとなくメールの意図に気付くと、携帯が次のメールを受け取りを知らせてきた。
差出人はムギだ。

『From:紬
 題名:さーん!
 本文:で(ハート×3)』

シンプルだけどムギらしいメールの写真を開けば、「で」のつもりだろうか手の平をいっぱいにひろげた唯が写っていた。
なるほど、そういう事かとこれまでのメールの意図を確信した所で再び携帯が震えた。
差出人は予想通り、唯から。

『From:唯
 題名:4番目だよ~(ハート)
 本文:とー!!!いくよ!和ちゃん!!』

よくわからない文面をスクロールして写真を見れば、両手を大声を出す時のように口に添えた律。
「とー!」という声が聞こえてくるようだ。
2: 2012/12/26(水) 00:04:58.44

…全く変な事を思いつくものだと感心していると、また携帯が震えた。
唯達からまだ続きがあるのかと見ると憂からのメールだった。

『From:憂
 題名:おめでとう!
 本文:和ちゃん、誕生日おめでとう!
 今年は梓ちゃんと一緒にクッキーをたくさん作ったんだよ。
 冬休みに帰ってきたら連絡してね!』

憂のメールにも写真が添付されていて、山盛りのクッキーの乗ったお皿を持った憂と梓ちゃんが写っていた。
憂はえへへといたずらっ子みたいに笑っていて、梓ちゃんは何となく申し訳なさそうに笑っている。
もう、写真だけじゃ食べられないじゃないと思いつつ、
皆に返信しようとメール作成画面を開こうとした所で今度は着信を知らせて携帯が震えだした。


3: 2012/12/26(水) 00:06:27.20

「もしもし」

『あ、もしもし和ちゃん?よかった、起きてた。誕生日おめでとー!』

「ありがとう。唯もまだ寝てなかったのね」

『うん。あ、メール見てくれた?』

「ちゃんと見たわよ。ありがとう。しかし相変わらず妙なこと思いつくわね、あなた達」

『えっへん、しゅこうをこらしてみたんだよ!』

「…あとから皆にお礼の返事しておくわね」

『うん。そうだ!和ちゃん、空見て空!』

「空?」

唯に言われた通り、窓のそばに移動してカーテンを少し開ける。
日中どんよりしていた雲はどこかへ行ったようで黒一色の空に月がぽっかりと浮かんでいた。


4: 2012/12/26(水) 00:08:02.55

「見たけど、どうかした?」

『えっと。そっちはお月さま見える?』

「うん。見えてるけど」

『ねぇ、和ちゃん。満月になる前の月の呼び方なんだったか覚えてる?』

「あー。そのままじゃなかった?多分、今晩のは十三夜か十四夜だと思う」

『おお!さすが和ちゃん!』

「中学生の時に唯が疑問に思ったおかげで私と憂が調べたからね」

『えへへ、面目ない…』

「で、なんで月なの?」

『えっ、和ちゃんに電話しようと思って空見たらキレーだったから』

「そっか。…でもなんだか不思議な感じね」

『ん?なにが?』

「皆からおめでとうってメール貰って嬉しかったけど、今年は明日の朝になっても唯と憂と顔を合わせないって事が」


5: 2012/12/26(水) 00:09:06.88

『……』

「唯?」

『…よかった』

「よかった?」

しばらく沈黙したあと唯はホッとしたような小さな声でそう言うと、言葉を続けた。

『実は、私も自分の誕生日の時にちょっと思ってたんだ。
寮でね、りっちゃん達がお祝いしてくれてすっごく嬉しくて楽しかった!
嬉しかったんだけど、直接おめでとうをくれるのはいっつも憂が一番で和ちゃんが二番だったから、
少し違和感?みたいな、なんか上手く言えないけど私も不思議だなって思ってて。
…和ちゃんも同じふうに感じてたんだね』

正直、唯が違和感を覚えていたという事に私は少し驚いていた。
いつの間にか周りを自分のペースに巻き込んでしまうタイプだし、
澪たち軽音部の皆と同じ大学で心配なんかないと思っていたから。

「…そうね。もしかしたら憂もそうなのかもしれない」

『憂も?』


6: 2012/12/26(水) 00:10:12.73

「さっき、梓ちゃんとクッキー作ったって憂からメールがきてたのよ」

『あー!私の時もあずにゃんとケーキ作ったよーって憂から電話がきてた!
あずにゃんたら『私が唯先輩の代わりにロウソク消しときますから』なんて言ってたんだよ!』

まったく似ていない梓ちゃんの声真似をしながらちょっと拗ねたように唯が言う。
しかし憂は私だけでなく唯にも「写メだけお菓子」を送ってたのか…。
わりといたずら好きなトコもある子だけど、それだけじゃないのかもしれない。

「憂もやっぱり毎年作ってたから作りたくなったんじゃない?」

『あ…! じゃ、あずにゃん、もしかして』

「うん。今、憂を一番そばで見てるのは梓ちゃん達だから。…多分一緒にいてくれたのね」

『そっかぁ。もしそうなら、あずにゃんに感謝しなきゃだねぇ。って、和ちゃんずるいよ!!』


7: 2012/12/26(水) 00:11:42.12

「…何なのいきなり」

『憂のお姉ちゃんは私なのに、私よりお姉ちゃんっぽいよ!』

「知らないわよ、そんな事」

だってとかなんだとうだうだ言う唯をさえぎって私は続けた。

「えっと、だから離れてなんだか慣れないのは唯だけじゃないのよ。
でも私は違う環境に慣れていくのは悪い事だとは思わないわ」

『そう、なのかな…?』

「ええ。相手を想う気持ちが変わらなければね。こうやって電話も出来るわけだし」

『むう…。ね、それって成長するってこと ?』

「そうとも言うかもね。ま、誕生日だしちょうどいいんじゃないかしら」

『うーん。そだね!あ、お月さま雲で隠れちゃった』

「あら。こっちは雲ひとつ無いわよ。さっきより位置は高くなってるけど」

『やっぱり和ちゃんのトコと見え方違うんだ…』

「そうね、でも月は月よ。一つしかないんだから」

『そっか!お月さまも毎日形が変わってみえるけど、お月さまはお月さまだもんね!』


8: 2012/12/26(水) 00:12:52.28

「んー、その例えはどうかと思うわ」

『ええ~』

唯が残念そうな声をあげると同時にふぁあ~と電話口の向こうからあくびが聞こえてきた。
ああ、もうこんな時間なのか。

「誰かさんは眠そうだし、そろそろお開きにしましょうか」

『うぅー無念なり… 』

「ちゃんと暖かくして寝るのよ」

『…うん。あ、和ちゃん』

「何?」

『いーこと思いついたよ』

もにょもにょと眠そうに、でもふにゃりと楽しそうな声で唯が告げる。


9: 2012/12/26(水) 00:14:17.29

「どんな事?」

『えっとね、明日からお月さまに「おやすみ」って伝えておくから』

「へ?」

『ちゃんと忘れないで受け取ってねぇ』

「…唯の方こそ伝えるの忘れないようにしなさいよ」

『まっかせて!』

「はいはい、わかったわ。じゃ、おやすみ」

『楽しみにしといてね、おやすみー』


10: 2012/12/26(水) 00:19:35.38

久しぶりに唯との長電話を終えると携帯はすっかり熱をもっていた。
左耳もじんわりと熱くなっていて、でもそれが何だか心地よい。
ふと思い立って窓を開けて月を見上げる。
ガラスが無い分、空が近くなったような気がした。

「月に伝言、か」

発想が子供なのか風流なのかわからないけれど、全くおかしな事を言う幼なじみだ。
飛行機雲の次はお月さまだって、とぼんやりと月を眺めていたら
窓から部屋に入り込んだ風があっという間に温度を下げてしまった。
これはいけないと窓を閉める。
そうしてカーテンを閉じる前に「おやすみ」と、もう一度だけ月に向かって呟いた。



おしまい!

11: 2012/12/26(水) 00:20:35.34

以上です。

和ちゃん、お誕生日おめでとう!!

12: 2012/12/26(水) 00:38:54.37
乙。和んだ。
和ちゃん、誕生日おめでとう!

引用元: 唯「月に伝言」