439: 2005/04/23(土) 00:29:45

ターゲット捕捉。
リビングで寝転がっている野暮ったい男に近づいて。

「ね、シンジ。『しりとり』しよ」


――――――――――――――――――――
しりとり    ― call my name ―
――――――――――――――――――――

「しりとり?……今すごく眠いんだけど…」

なんでだよぉ、と問いたげな馬鹿シンジ。

「別に?アンタが暇そうだから、かまってあげようと思って。いいでしょ?」

「うー…うん、別にいいけど…」

「じゃ、アタシからね」

実は最近、アタシには一つ悩みがある。
かまってあげる、なんてのはホントは口実で、
アタシの行動はその悩みを解消するための綿密な計略に基づいているのだ。

「『シンジ』」

440: 2005/04/23(土) 00:30:38 ID:???
「何?」

「違う、『シンジ』」

「あ、しりとりの最初?固有名詞でもいいんだ」

「そ。次は『じ』」

そうそう。
固有名詞は許可にしないと、アタシの計画が狂う。

「んーと………『地味』」



思わず吹きだした。



「………なんで笑うのさ」

「…、あー苦しい、なんでそこで『地味』ってでてくるわけ?」

「し…仕方ないだろ、性格なんだよぉ」

まったく。
冴えないヤツだけど、こういうとこ、なんかカワイイと思えるのよね。

「じゃあ『み』……『ミニチュア』」

ここから作戦開始。
いくわよ、アスカ。

441: 2005/04/23(土) 00:31:29 ID:???
「『あ』……『アジ』」

「日本人ってホント魚好きよねー。…『G線上のアリア』」

「バッハ?名曲だよね、Air。『あ』…あ…『雨』」

「アタシ達チルドレンは世界の救世主ってことで『メシア』」

「『あ』………って、また『あ』?」



そう、これこそがアタシの計略なのだ。
アタシの昨今の悩みの種は、シンジに起因していた。

話は例の洋上決戦にさかのぼる。
オーヴァー・ザ・レインボゥの上でアタシがシンジに出会い、
一緒に弐号機に乗って、一緒に勝ったあの日。
あの馬鹿シンジ、戦闘中はアタシを『アスカ』って呼んでたくせに
日本に来てから三日、シンジ→アタシの呼称は『惣流』に落ちついてしまい、
それがどうにも気に入らない。
欧米と違って、親しいもの同士でしか名前で呼び合わない慣習は知ってるけど、
このアタシが『シンジ』って呼んでるにも関わらず
シンジが名前で呼んでくれないのはどーゆーワケよ?
かくして本作戦、『なにがなんでも『アスカ』と呼ばせる大作戦』は決行されたのである。

442: 2005/04/23(土) 00:32:10 ID:???
「いいからはやく。『あ』よ」

「んー……『赤』」

むぅ。
アタシの名前を出させるためだけに、『シンジ』から始めるという伏線も張ったのに、
どうやらこの鈍感馬鹿には通じないらしい。

「『か』…『か』…『カナリア』」

「それってカナリ『ア』?それともカナリ『ヤ』?」

「『ア』に決まってんでしょーが!」

「そんなに怒らなくても…」

怒るわよ、そりゃ。
昨日の夜必氏で考えたんだし。
『あ』で終わる言葉っていうのはかなり少ない。
外来語でないとまず無理だし、短期決戦でいかないとこっちのボキャブラリーが切れる。

「それにしても、惣流がカナリアって、なんか合わないね」

「そぉ?じゃ、可憐なこのアタシを鳥に例えるなら何?」

「惣流ってパワフルだもんね…ダチョウ」

「氏にたい?」

「あ、いや、そのゴメン」

443: 2005/04/23(土) 00:33:39 ID:???
あーもう。
ボキャブラリーの前にアタシがキレるわよ。
なんて思いつつ、
実はこんなジョウダンのやりとりも、この馬鹿と一緒だと楽しめるのだ。
日本に来て一番の収穫は、こうしてじゃれあえるシンジなのかもしれない。
(ちなみに『ジョウダンのやりとり』というのは
 『シンジの冗談』と『アタシの上段正拳突き』のやりとりである)

「さっさと次。『あ』よ」

「さっきから『あ』ばっかりだね……『アクセル』」

「それこそシンジに似合わないんじゃない?」

「そうかもね。どっちかっていうと惣流がアクセルで僕がブレーキ」

「………何が言いたいの?」

「ご、ゴメン、ついっ」

「まぁいいわ。聞かなかったことにしといてあげる」

『アクセル』の『ル』か…
うーん、『る』で始まる言葉自体少ないのに。
『あ』で終わるとなると…無理?
いいえアスカ、諦めるにははやい。
考えるのよアタシ!

444: 2005/04/23(土) 00:34:13 ID:???
「る…『ルーマニア』!」

「うわ、また『あ』………『アジア』」

「!」

「ちょっとお返ししてみたり」

よ、予想外……
今度は何?
『あ』で始まって『あ』で終わる?しかも『アジア』以外で?

「…」

「……」

「………」

「惣流、そこまで『あ』にこだわらなくても」

「ダメよ!ここはアタシの誇りとプライドにかけて!」

「誇りとプライドって意味一緒じゃ……」

むー!
難しいわね、これは…
昨日考えた言葉を頭の中に並べる。
ドア…聖母マリア…ユートピア…エクレア?
サルビアも駄目、ドリアも駄目。『あ』で始まるのはない、か…
うーん。
なんかこう、パッと思いつきそうなんだけど…
あれ??思いつく?思いつき?

445: 2005/04/23(土) 00:34:52 ID:???
「あ、『アイデア』!!」

「すごいや。また『あ』だ」

あ、危ない…
今のはピンチだったわ。
そろそろ限界かも……

「えーっと、『あ』だろ、うーん……」

「ね、例えばさ、固有名詞がありなんだから、知り合いの名前とかでもいいわよ?」

さりげなく誘導してみたり。

「あ、なるほどね。



 『赤木リツコ』」

「なんでそーなるのよ!」

「?ほかに『あ』で始まる人っていたっけ?」

こんの馬鹿…!
目の前にいるでしょうが目の前に!

「あーもう!こうなったらとことん抗戦してやるんだから!
 『こ』でしょ…『ココア』!」

446: 2005/04/23(土) 00:36:37 ID:???
「えーと、『あ』、『あ』…」

「他にもいるでしょうが!ネルフ関係者で!もっと身近に!」

「え?そう?うーん………」

「その人は……シンジとはあんまり、仲がいいとは言えないかもしれないけどさ。ほんとは…ほんとは」

あーもう、アタシってば何言ってんだか。
でもこの超鈍感には、言わないとわかりそうにないし。
ちょっと恥ずかしいけど、いいよね。
出会ってからまだほんのちょっとしか経たないけどさ。
だかろこそ、アンタのこと、もっと知りたい。
アタシのこと、もっと知ってもらいたい。
呼んで欲しい。
アタシが『シンジ』って呼ぶみたいに。

「ほんとは、いつもアンタのこと気にしてるんだから……っ」

「あ………っ!ゴメン…僕は…僕は…こんなに大事な人の名前、忘れてたなんて。
 同じチルドレンなのに…一緒に戦う仲間で、クラスメイトで…それなのに、僕は」

「呼んで。その名前」

「わかった………




 あやな」

ごきゃ。

447: 2005/04/23(土) 00:37:28 ID:???
精神保全のために適切な処置をとった。
ドイツの誇りとプライドにかけて。
ジャーマンスープレックス。
倒れ伏した馬鹿から、白い煙があがっていた。
あの時のセリフを、あの時の一万倍のイラ立ちを込めて言ってみる。

「あんた馬鹿ァ?」

まったく。
いい?シンジ。
今から5秒以内に謝罪がなかったら、も一回やるからね。

5。

4。

3。

2。

1。

「あれ?」

どうにもおかしい。いつもならそろそろ起きあがって、
『ご、ゴメン…』って言うころなのに。
………もしかして、打ち所が悪かった?

「ちょっと、シンジ?大丈夫?」

448: 2005/04/23(土) 00:38:49 ID:???
ゆさゆさ。

「シンジ!?シンジってば?」

返事はない。

「そんな……っ、とにかくミサトに電話しないと!」

あわてて電話にとびついて、ダイヤルしようとしたら。

「………ぁ、」

後から声が聞こえて。
仰向けのシンジが、なにやらうめいていた。

「シンジ?気がついた?」

一度あげた受話器を置いて、駆け寄る。

「すー…すー…」

規則的な呼吸。
どうやら気絶→睡眠、という移行過程らしい。

「なんだ…心配させちゃって」

そう言えば、眠いって言ってたっけ。
それでもアタシに付き合ってくれたんだよね。
人がいいって言うかなんて言うか。
………そんなアンタだからいいんだけどさ。
そう思った、その時だった。

449: 2005/04/23(土) 00:40:23 ID:???
「あ…す。か……」

シンジの声が。

「え?シンジ?今なんて?」

気がゆるんだ心に、完全な不意打ち。

「あ、すか……」

シンジはむにゃむにゃと、でも確実に、
その名前を口にしていた。
『アスカ』と。
ずっと求めていた響き。
それはもしかしたら、アタシと他人を区別するための
一つの記号にすぎないのかもしれないけれど。
アスカという名前。
そう呼ばれること。
シンジに、呼ばれること。
顔が赤くなったのは…突然だったせい。
断じて恋愛感情じゃないんだから。

「もぅ、馬鹿…いまさら遅いのよ…」

450: 2005/04/23(土) 00:42:16 ID:???
ふ、ふんだ。
今日は今ので許してあげるわ。
その代わり明日からは、起きててもちゃんと呼んでもらうんだから。
アタシが『シンジ』って呼んで、
アンタが『アスカ』って呼んで。
単純なことだけどさ。
人の想いって、それだけでけっこう伝わるもんだからさ。
特別な人だけ名前で呼ぶ日本の慣習も、
それはそれで正しいのかもしれない。

「しりとり、まだ続いてるわよね?」

頬が自然と緩んで。
自分の部屋から、毛布を一枚持ってくる。
『アスカ』だから、次は『か』だ。





「風邪ひくわよ、馬鹿シンジ☆」







   (END)

452: 2005/04/23(土) 01:30:04 ID:???
GJ!アスカ可愛い。

引用元: 普通のLAS小説を投下するスレ