864: 2005/09/29(木) 15:25:07 ID:???
いつもの夜、いつもの夕食後、
他愛もない話が彼と彼女の間に生まれては消える時間、
ただしこの日は少しだけ違っていた。

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         いなたい、二人
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「ねえシンジ」
「何?」
いつもの問いかけ、いつもの答え、のはずだったが、
暇つぶしの雑誌から声の方にシンジは顔をあげると、
二枚の服を見せびらかすアスカがそこにいた。

「どっちの服がアタシに似合うと思う?」
「明日どこかでかけるの?ゆっくり寝て過ごそうと思ったのに…」
「はん!だあれがアンタなんかと!加持さんよ、加・持・さん」
「…そっか…そうだよね」
「さーあーどっち?」
アスカは誇らしげにハンガーにかけられた二枚の服を突き出し、
おあずけを食らった犬の様な顔のシンジに答えを迫る。

「う~ん(左の黄色いワンピースは子供っぽいし右の黒いドレスは背伸びしてる感じだし…)」
時計の振り子みたく首を左右にふり続けるシンジに、
もどかしさを感じたのか切り裂く様な声をアスカは突きつけた、
「さっさと決めなさいよ!じれったいわねえ!」
だがアスカの望んだ答えはシンジの口から出なかった、代わりに飛び出した答えは…

865: 2005/09/29(木) 15:26:27 ID:???
「…前にさ、僕と外食した時に着てた黒のキャミに白のエアースカート、あれが一番アスカに似合ってる」
「…へ?」
「だからアスカはそのスタイルが一番可愛いと思うから、それを着てった方がいいよ」
鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔でアスカは頭を真っ白にしたまま立ち尽くすのみ。

「…そ、そうね…」
「アスカがアスカらしい格好の方が加持さんも喜ぶと思うよ」
「………相手は…加持さんじゃ…ないわよ…」
「え?何?」
「………この鈍感男………」

服を抱えたまま自室に戻ったアスカは己のひどくいびつな計画を少し呪った。

加持と出かけると嘘をつき、ドタキャンされたと理由づけをしてシンジを誘い出し、
偶然や仕方なく、という理由で堂々と二人でお出かけしたいと目論んだが、
思わず「自分の一番可愛い姿」を教えられるなど思ってもみなかった。

それぐらいわかっていてなぜ自分から誘ったりしてくれないのか、
もちろんだからこそこんなもどかしいやり口を作らなければ重い腰を上げない奴だと、
アスカも重々承知はしているのだが。

クロゼットからシンジに薦められた上下を引っぱりだしベッドの上に並べ、
アスカは深いため息をつきながらひとりごちた。
「…ほんと…無自覚なんだから………バカ」

その言葉がシンジに向けられたものかあるいは自分に向けたものなのか、それは誰にもわからない。

866: 2005/09/29(木) 15:28:02 ID:???
~次の日~

いつもより遅めの起床とはいえ寝ぼけ眼で洗面所に向かったシンジは、
そこで見た事もない美少女に出会った。
二、三度目をこすって見直すとそれは、
髪をツーテールにまとめ黒のキャミに白のスカートを纏ったアスカであった。

「…やっぱりアスカその格好にしたんだ」
「…ま、まあね」
歯切れの悪い返事が終わらないままアスカは足早にその場を去ろうとした、
慌ててシンジは追いかけていく。

真新しい黒のヒールが置かれた玄関に二人はたどりついた。
なぜかたっぷりと時間をかけて支度をするアスカにシンジは相変わらずな調子でで話しかけた。
「じゃあ加持さんによろしく、楽しんできてね」
「む…う、うん」
「早く帰ってこれたら連絡して、夕御飯準備しておくから…ってその必要はないか…はは」
気づかいも時には銀、いや銅以下である、アスカの抱えた何かが爆発するには十分な導火線であった。

「そ、そうよ!アンタの夕食なんていらないわよ!加持さんとの素敵なディナーが待ってるんだからっ!ふん!」
言葉の機銃掃射を起きぬけの朴念仁に浴びせまくるとアスカは勢いよく飛び出した、
思いとどまり何かをシンジに云いかけた瞬間、二人の間には金属の板がはさみこまれた。

傷がつく事も忘れ灰色の無機質な壁に力の限りけりを入れると、
憑き物が落ちた様にアスカはとぼとぼと歩き始めた。

867: 2005/09/29(木) 15:41:47 ID:???
給料日前の土曜日という事もあって早い時間ながら第三新東京市は、
家族づれとカップルとそのどちらでもない老若男女でにぎわっていた。

市街の中心地にできたばかりの真新しいカフェはそれゆえ、
今日という日を心ゆくまで楽しもうとやけに笑顔に包まれたカップル達で席は占領されていた。

ただし通りをのぞむ窓側の奥の席にはそんな空気を破壊しかねないほどの、
オーラに包まれた少女がぽつんと座って外の景色に意識を委ねていた。

もちろん彼女は待合せをしてるでも別れ話が一段落したわけでもない、
ただずうっとそこにいるだけだった。

「…アタシ…一人で…カフェで…何してるんだろう…」

手には携帯電話を持ったまま、
そしてその画面にはさっき手痛い言葉を浴びせた少年の名前と番号が表示されている。

窓の外には素敵な日を全うしようと多くの人と車が行き交っているだけ、
何回目になるかわからないため息をこぼしながらアスカは椅子にゆっくりともたれた。

868: 2005/09/29(木) 16:01:43 ID:???
~一時間後~

五杯目の水をウェイトレスが義務的に注いだ時、アスカは決意した。
開きっぱなしの画面を躊躇する事なく操作し、
最後のボタンを何かを込めるように押した。

十回目のコール音が途切れると相変わらずの起きぬけの声が通話口から響いた。

「もしもしシンジい?」
「あれアスカ?どうしたの?」
「どうしたじゃないわよ、今から支度してこっちに来なさい」
「だって加持さんと一緒でしょ?…邪魔したくないよ」
「だからその加持さんが急に来れなくなったのよ、暇だからアンタに電話したわけ」
「そう云われても…」
「…そうよね…アンタなんかに電話したアタシがバカだったわ、じゃ」
「ま、まってよ!すぐ行くから!…今どこ?」
「第三の大通りにある最近できたカフェ、三十分で来れるから、遅刻厳禁、以上」
「わ、わかった!すぐ行くね!」
「…うん…待ってるから…すぐ来て…」

電子音と共に途切れた会話を愛おしむ様に携帯をじっと見つめていると、
目の前の席には待合せの女に男がおどけながら謝って席についていた。
三十秒ほど文句を云うと途端に猫なで声をあげ女は男と共に店を出ていった。

アスカはそれを見ながら、来るべき想い人の姿を想像しほんの少し微笑むと、
慌てて首をふるふると振り再び椅子にゆっくりと体を預け始めた。

869: 2005/09/29(木) 16:03:59 ID:???
~三十分後~

ようやく到着したシンジはそれでも息せきながらうわ言の様に「…ごめん」を繰返す、
しかしアスカはそんな内罰的な態度に怒ったわけではない、
今一度少年の姿を一瞥すると再び言葉の銃弾を装填し機銃掃射を始めた。

「時間通りに来た努力は認めるわ」
「…うん」
「けどなんでいつもの制服姿なのよ!」

白い半袖シャツ、濃紺のインナー、黒のズボン、白のスニーカー、
およそおしゃれとはいえない、何より休日には違和感のあるスタイル、
席に座る二人はまるで不良少女にからまれたいたいけな少年か、
あるいは逆援交のような、およそカップルと形容するにはほど遠い。

「…だってこれくらいしかすぐ着れる服がなかったんだよお」
常に弱気を貫くシンジにさらに深いため息を投げながらアスカは掃射を続ける、
「あー、やっぱりアンタをちょっっっとでも信じたアタシがバカだったわ」
「ごめん…」
呪文の様に繰り返される謝罪にうんざりしながらも、
なぜかアスカの瞳に怒りの色はなかった、むしろ喜びに満ちた瞳…。


870: 2005/09/29(木) 16:13:04 ID:???
「まあいいわよ、その代わり情けないアンタのワードローブ、
 見つくろってあげるから今日はアタシにつきあいなさい!」
我ながら名案、立派な大義名分、
誰かの代わりなんて失礼な理由よりもはるかに納得できるものを思いついたわ、
アスカはそう確信するとシンジの反応を見た。

「…えー」
いつも通りのもどかしい返事、しかしアスカは腰に手をあて一直線に右手を伸ばし、
人指し指を突きつけるお決まりのポーズで言い放った、
「いいわね!!」
「…はい」

それから二人の土曜日がどう展開されたのか、それはまた別の話。
しかしもつれあいからみあう二人の気持ちはいびつな結び目をいくつも作りながら、
それでもしっかりとつながれた事は間違いない。

手もつながず、それでも嬉々として歩いていく、幸せの切符を手に入れたかの様に、
そんないなたい、二人。

それぞれの気持ちが交わる日はそう遠くないはずだ。

871: 2005/09/29(木) 16:20:42 ID:???
~後日談 その1~

次の週の土曜日、加持さんが家に来た。
僕は心にひっかかっていたある事を聞くのにちょうどいい機会だと、
リビングで加持さんに話しかけた。

「ひどいですよ加持さん、アスカとのデートすっぽかすなんて」
「…ん?それはいつの事だい?」
「先週の土曜日ですよ」
「その日は俺、葛城と前から会う約束してたがね」
「なおさらひどいじゃないですか、二股かけるなんて」
「アスカからは何も聞いてないぞ、どういう事だいシンジ君?」
「だってアスカずっと待ってたんですよ加持さんの事」
「そりゃ無理な話だ、その日は松代にいたからな」
「あ………」
「どうかしたかいシンジ君?」
「そういえばミサトさんも松代に行くって………」
「…顔が赤いぞ?大丈夫か?」
「………………」

872: 2005/09/29(木) 16:32:12 ID:???
~後日談 その2~

「アスカ僕に嘘ついてたでしょ」
「何よ、いきなり」
「…先週の土曜日」
「ああ、暇つぶしにアンタを誘ったのは悪かったわよ、だって加持さんが」
「その加持さん…松代でミサトさんと一緒だったんだよ」
「(ぎく)………」
「ひどいよそれならそうと最初っから云ってくれればいいのに」
「…云ったらどうだってのよ」
「暇ならいくらでもつきあうしむしろ僕は」
「僕は?僕はなーに?」
「…いや…だからさ…僕は…」
「なーになーになーに?」
「…荷物運びくらいできるから…手伝うよって…」
「(自分の方がよっぽど嘘つきのくせに)………」
「何?」
「な、何でもないわよ!」
「…ごめん」
「…アンタが謝る話じゃないでしょ」
「……ごめん」
「だあかあらあ!」

その後一時間ほど僕とアスカの禅問答は続いたけど、最後までアスカは謝ってくれなかった。

その代わり来週の土曜日はまた二人で出かける約束をした、
僕だってアスカとちゃんと約束して出かけたかったから嬉しかったけど、
ほんとはただアスカにごめんと云って欲しかっただけなのになあ…

………女の子って難しいや。

873: 2005/09/29(木) 16:34:27 ID:???
これで終了です。

ありふれたほんとに普通な内容ですがお楽しみいただけたら幸いです。

874: 2005/09/29(木) 16:51:30 ID:???
>>864-873Good Job !!!

ところでタイトルの"いなたい"って何?

875: 2005/09/29(木) 18:14:45 ID:???
>>874

いろいろ意味はあるらしいですが、
ここでは「どんくさい」という意味でとらえていただければ幸いです。

個人的には「もどかしい」とか「じれったい」なんて意味だと思ってましたが、
「泥くさい」とか「あかぬけない」らしいですね。

内容から外れるような意味だと後で気づきましたが、
上記のようにここでは「どんくさい」と思ってて下さい。
申し訳ないです。

877: 2005/09/29(木) 23:05:39 ID:???
乙です

引用元: 普通のLAS小説を投下するスレ