1: 2013/04/22(月) 23:07:26.53

2: 2013/04/22(月) 23:11:47.01

 新婦の菜緒さんはとても綺麗で、私は美しいウェディングドレス姿にずっと目を奪われていた。

美希「むー、でこちゃん見過ぎなの」

伊織「ご、ごめんなさい……」

 自分でも、見過ぎだなと思っていた所で、美希が拗ねた。

美希「……このあと、嫌でも見るし話すことになるんだから」

伊織「別に、嫌じゃないけど」

美希「ものの例えだよ」

伊織「……そう?」

 結婚披露宴は盛大に開かれた。相手の実業家の男性の知り合いや、うちの事務所のメンバー。
 いろんなお客さんがいたんじゃないのかしら。

 水瀬家のパーティーでも、ここまでテーブルとテーブルの空気が違うものはないと思うし。

3: 2013/04/22(月) 23:17:14.49

 司会者の案内と会場中の拍手に迎えられて、春香と千早が新郎新婦の横のステージへあがる。

春香「み、みなさまっ、し、新婦の」

千早「落ち着いて、春香」

春香「あ、ありがと千早ちゃん……新婦の菜緒さんの妹さん、美希ちゃんと一緒の事務所で
   アイドルをしています、天海春香です!」

千早「如月千早です、よろしくお願いします」

 拍手をする。

春香「今日は私達、アイドルながら『結婚漫才』をやりたいと思いますっ」

千早「どうぞ、お付き合いください」

 明るいざわめきと、さっきより大きな拍手。
 二人の、努力しているだろうけど面白くない漫才が始まった。

5: 2013/04/22(月) 23:23:54.06

千早「な、なんでやねんっ! どうも、ありがとうございましたっ」

 大きな拍手。春香が目に涙をためながら、笑顔でペコリ、ペコリと頭をさげている。
 春香ちゃーん、よかったよーという男性の声も聞こえてきた。

美希「でこちゃん」

伊織「うん?」

美希「ミキ、もう行ってくるけど……手、握って」

伊織「……ええ」

 ぎゅっ、と美希の手を握る。

美希「ありがとっ」

 美希の手が離れた。立ち上がって、喧騒の中ステージへ。
 妹から姉へのプレゼント。菜緒さんは何も聞いていないから、驚いている。


6: 2013/04/22(月) 23:29:58.89

 司会者は何も言わない。美希が事前に「自分で説明できるから」と説明を断った。
 徐々に会場が静かになっていく。どこからか出てきては、消えるどよめき。

 美希がステージの上にいる頃には、完全に会場は静まり返っていた。
 私と同じテーブルの響も、貴音も、プロデューサーも、小鳥も。
 765プロのみんなだけじゃなくて、誰もが美希の一挙手一投足に注目していた。

美希「新婦のお姉ちゃんのイモウトの、星井美希なの」

 ペコリ、と一礼。

美希「ミキも、さっきの春香や千早さんと同じ……765プロって事務所でアイドルをやってるんだ」

 スタンドマイクからマイクの本体を外して、スタンドを自分の後ろへ置いた。

美希「だから今日は、アイドル活動を生かして、お姉ちゃんと新郎のお義兄さんに、歌をプレゼントするよ」

 美希が、菜緒さんのために選んだ楽曲は。持ち歌ではなかった。

7: 2013/04/22(月) 23:34:38.42

 新郎新婦の席とは逆側に置いてあるグランドピアノの椅子に、スーツの男性が座った。

美希「それじゃあ……聞いてください」

 美希のチョイス、最高だと思った。

美希「『光』」

 ピアノの演奏が始まる。

 菜緒さんは美希の姿から目を離さずにいて……そして、優しい涙を流していた。


8: 2013/04/22(月) 23:42:09.32

 ――「いってらっしゃい」

 1番のサビが終わり、ゆっくりとピアノが演奏を収束させていく。
 音が消えると、一瞬の静寂のあと――今までで一番大きな拍手が会場を包んだ。

美希「ありがとうございました……なの」

 美希は長い時間、頭を下げていた。

 

9: 2013/04/22(月) 23:49:34.77

 拍手が収まらない会場、美希がテーブルに戻ってきた。

小鳥「おかえりなさい」

美希「ただいま」

P「美希、すごかったぞ」

美希「そ、そう?」

貴音「皆が美希の声に心を奪われていました」

伊織「ほんと、アンタはすごいわ」

美希「あ、ありがと……なんだか、照れるね」

 美希はあはは、と笑って右頬をかいた。

10: 2013/04/23(火) 00:02:45.99

真「雪歩っ、急がなきゃ受け取れないよっ!」

雪歩「わわっ、真ちゃん急ぎすぎだよう……っ!」

 ブーケトスの時間。式場の階段の周りに人だかりが出来る。
 真と雪歩はブーケを受け取るために、最前列を取るって張り切っていたわね。

美希「でこちゃーん、こっちだよー」

 お手洗いから戻った私を迎えてくれたのは美希。
 あのいつもの笑顔で、ブンブンと手を振っている。

伊織「お待たせ」

美希「もうちょっとでお姉ちゃんとお義兄さん、出てくるの」

伊織「なら……ブーケ、もらう準備しないとね」

美希「えっ?」

伊織「美希、欲しそうにしてたじゃないの。昨日も、今朝も」

 私と美希は一緒に住んでいる。
 昨日の夜、ずっと美希はそわそわしていた。どうしたの、と聞いてもなんでもないの一点張り。
 寝言でブーケ、ブーケとずっと言っているから、そういうことなんだろうなと見ているけれど。

11: 2013/04/23(火) 00:22:57.47

 歓声が大きくなっていった。式場の大きな扉が開いて、
 新郎新婦がゆっくりと歩いてくる。そして、階段を降りる前で足を止めて――。

 花嫁の持つブーケが、宙に舞った。

伊織「――っ!」

 私の手は届きそうで、ブーケを掴めない。
 ブーケは、空へ突き出た私の右手のわずか上を通過して……、

美希「はわっ」

 美希の胸へとすっぽりと収まった。

伊織「み、みきっ」

美希「や……やったぁ!」

 周りのお客さんが、美希へ向けて拍手をする。
 美希は笑顔で、ブーケを胸に抱えた。

12: 2013/04/23(火) 00:36:27.03

 ■

 式場近くのお洒落な喫茶店に、私と美希はやってきていた。
 待ち合わせの相手である菜緒さんは、もう少し時間がかかるという。

美希「ふぅ」

伊織「どうしたの?」

美希「なんか、ちょっと緊張っていうか」

伊織「大丈夫よ、今回ちゃんとしなきゃいけないのは私なんだから」

 菜緒さんに、伝えなきゃいけないことがある。

美希「お姉ちゃんは、ミキとでこちゃんのこと、知ってるから……平気だと思うの」

伊織「平気だとか平気じゃないとか、そういうことじゃなくてね」

 いわば私は、「娘さんを僕にください」と彼女の父親に言う男のような位置じゃないか。

13: 2013/04/23(火) 00:41:44.54

美希「あっ」

伊織「菜緒さんっ」

菜緒「ごめんなさい、遅くなりました」

 星井……って、もう旧姓よね。菜緒さん。美希の六つ上のお姉さんで、
 学校の先生を目指している真面目な女の人。

伊織「いえ……こんな日に、ごめんなさい」

菜緒「わたしがこの日に話したい、って言ったんだから……大丈夫です」

 美希が、既に届いていたアイスティーをすする。
 菜緒さんは店員を呼んで、アイスコーヒーを注文した。

菜緒「それじゃあ……伊織ちゃんのお話、聞かなきゃですね」

伊織「は、はいっ」

14: 2013/04/23(火) 00:47:35.27

伊織「私……美希と、一緒に暮らしています」

菜緒「うん、仲良く続いていていいと思います」

 美希は真面目な表情で、私と菜緒さんを交互に見ていた。

伊織「それで……もうすぐ、暮らし始めて1年が経つんです」

菜緒「そうですね」

 菜緒さんは微笑んだまま。

伊織「だから、そろそろ区切りをつけたいな、って思って」

菜緒「区切り?」

伊織「菜緒さん」

 私は深呼吸をして、言うべき言葉を脳内で反芻する。
 手が少し震えた。

伊織「っ」

 手に触れる、温かい感触。
 美希が、私の手を握ってくれていた。

15: 2013/04/23(火) 00:57:54.57

伊織「私たち……」

菜緒「……」

伊織「お互いのこと、恋愛対象として愛しているんです」

美希「……」

 一緒に住んでることは伝えていた。それでも、そういうことは一言も言わなかった。
 気持ち悪い、と思われたくなかったから。否定されたくなかったから。
 でも、美希への想いを隠さなきゃいけないなんて、そんなのは……嫌だ。

菜緒「……うん、知ってましたよ」

伊織「え?」

美希「な、なんで」

菜緒「だって、お友達ってだけで同居はしないでしょう?」

 私も美希も、目を丸くしていたと思う。

16: 2013/04/23(火) 01:16:12.23

菜緒「ふたりは、『仲が良い』だけじゃないなぁって思ってたんです」

美希「い、いつから気づいてたの?」

 菜緒さんの前にコーヒーが運ばれてきた。
 ストローでコーヒーをすすったあと、

菜緒「一緒に住むって聞いた時かな」

美希「ずっと……?」

伊織「知ってたんですか……?」

菜緒「ええ」

 菜緒さんは「それで、伊織ちゃん」と私に呼びかけた。

伊織「はい?」

17: 2013/04/23(火) 01:20:47.43

菜緒「愛しているなら、私に言って下さい」

美希「…………」

 そうだ。私は菜緒さんにこの言葉を伝えなきゃ、って。
 ずっと、考えていたんだ。

伊織「菜緒さん」

菜緒「はい」

伊織「美希を……美希さんを、私に」

美希「でこちゃん……」

伊織「預けて下さい」

美希「……え?」

菜緒「はい、わかりました。預けます」

美希「ちょ、ちょっと待ってでこちゃん。預ける、って……?」

 だって、美希をくださいとは言えないでしょう?

18: 2013/04/23(火) 01:25:03.51

美希「お姉ちゃんもちょっと待ってよっ」

菜緒「美希、伊織ちゃんに預かってもらえるんだよ?」

美希「……預かって……かぁ」

 美希は握ったままの手を左右に揺らした。

伊織「菜緒さん、これからも……いろいろと、ご迷惑おかけすると思います」

菜緒「そんなの、かけられてなんぼってものですよ。わたしにとって、伊織ちゃんは家族ですから」

伊織「あ、ありがとうございます……! これからも、よ、よろしくお願いします……!」

菜緒「こちらこそ、お願いしますね。美希のことも含め」

美希「えへへ、なんだか嬉しいなぁ」

19: 2013/04/23(火) 01:30:17.35

伊織「もう、美希ったら」

菜緒「伊織ちゃん、美希のその手、出来るならばずっと繋いでいてくださいね」

伊織「っ、はい」

 見えていたのね。奈緒さんにはなんでもお見通し、ってことかしら。

美希「ミキも離さないの!」

菜緒「そうそう、その心持ちで」

美希「ううん、本当にもう離さないの」

伊織「ええっ!?」

菜緒「あはは……それは、伊織ちゃんが困るかもね」

 美希と手を繋いで。いずれはこの想いを、事務所の仲間にも打ち明けたい。
 私には、こんなに可愛くて優しい、最高の恋人がいる、ということを。

20: 2013/04/23(火) 01:33:05.96

 みきいおで百合風味なものを書いているのですが、一番百合に近くなったかもしれません。
 お姉さんの菜緒さんが多い割合で出てくるので、ふたりだけの雰囲気があんまり無かったです。
 また書かせていただきたいと思います。その時に見かけたら、またお願いします。
 お付き合いいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

引用元: 美希「この思いを、美希と手を繋いで」