1: 2012/11/12(月) 20:50:40.23
女「ねえ男くんちょっといい?」

男「…………」

女「それ寝たフリだよね? ほんとは起きてるんだよね?」

男「…………」スッ

女「………なにそれ?」

男「千円札」

女「わたしに?」

男「あなたに」

女「わたし、カツアゲしにきたんじゃないよ」

男「? じゃあなに?」

女「なにと言われると、こう、困る」

男「多分僕のほうが今困ってる」

女「困ってますか」

男「話したこともない女の子に声かけられて、これからなにされるんだろうっておびえてる」

女「おびえてるわりに態度ふてぶてしいよね」

3: 2012/11/12(月) 20:52:32.33
男「じゃあ正座する。正座するから」

女「いや大丈夫だから。お願いだからそのまま席に座っててくれる?」

男「なんかごめん」

女「いやこっちこそごめん」

男「で、なに?」

女「いやあ、そのう……」

男「?」

女「ちょっとお話しない?」

男「しない」

女「ああ! せっかく顔上げてくれたのにまた寝るの?」

男「寝たフリだけど」

女「それ言っちゃうんだ」

男「こうでもしないと。この教室はぼっちに優しくないよ」

女「男くんはボッチャーなんだね」

男「それ語呂悪いね」

5: 2012/11/12(月) 20:53:57.43
女「のど乾かない? なんか飲みながら話そうよ」

男「乾かない」

女「拒絶はんぱないなあ……」

男「のど乾いたことない」

女「なぜそんなすぐバレる嘘を」

男「いけるかと思って。ぎりぎりいけるかと思って」

女「いくらなんでもわたしを馬鹿にしすぎだよ」

男「ごめん」

女「ま、いいよ。ちょっと待っててね」

男「?」

タッタッタッタッ………

タッタッタッタッ………

女「ただいま」

男「………」

女「寝たフリやめっ」

6: 2012/11/12(月) 20:56:43.47
女「ほら、コーヒーと紅茶どっちがいい?」

男「………」スッ

女「いらないから!! 千円札はいらないから!!」

男「くれるの?」

女「うん。どっち?」

男「オレンジ」

女「ないよ」

男「コーヒーは苦いからいやだ」

女「じゃあ紅茶ね」

男「紅茶は渋いから」

女「うるさい早く飲め」

男「ごめん」

女「? なんでパックを眺め回してるの?」

男「いやどこからかなにかを混入してないかと思って」

女「キミはちょっと疑り深すぎるね」

7: 2012/11/12(月) 20:58:25.05
女「男くんは友達いないの?」

男「いやいますし。二万人くらいいますし」

女「こぼれてるこぼれてる。手震えすぎてこぼれてるから」

男「みんな大体千円札渡したら友達になってくれる」

女「合計で二千万の出費だね」

男「それはまあ、嘘だけど」

女「嘘というかもはや冗談としてとらえたいよわたしは」

男「ぎりぎり騙せるかと思って」

女「男くんはわたしを二歳児かなにかと勘違いしてるな」

男「何歳?」

女「15だけど」

男「僕は16だよ」

女「微妙なしたり顔やめてくれるかな」

男「ごめん」

10: 2012/11/12(月) 21:00:52.82
女「わたしが友達になってあげる」

男「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね」

女「この場合気持ちを受け取ると、もはやすべてを受け取っている気もするんですが」

男「それもそうだね。それじゃあお金だけ受け取っておくね」

女「いや払わないから。払わないからその手を下ろして」

男「負けとくよ」

女「いやどこからだよ。基準額がまずわかんないよ」

男「あ、身体払いは要らないよ」

女「言ってないよ。言ってないしナチュラルに傷つくよ」

男「マジかごめん」

女「わかってくれたらいいよ」

男「処Oなら考えるよ」

女「いややっぱりわかってないね。わかってないしキミって下衆だね」

男「傷つくからやめて」

女「わたしも傷ついてるよ。ヤマアラシのジレンマ状態だよ」

13: 2012/11/12(月) 21:04:12.43
男「なにが目的なの?」

女「ええ……しつこいなあ」

男「まあいいけどね。後ろで友達が呼んでるよ」

女「え、あ、ほんとだ」

男「それじゃさよなら」

女「ありがとう。またね。楽しかった」

男「僕は楽しくなかった」

女「まあまあそう言わずに。またね」

男「さよなら」

女「ま・た・ね」

男「さようなら」

女「…………」

男「あ、怖い顔。またね」

女「よしっ。またね!」

15: 2012/11/12(月) 21:05:55.45
女「男くん」

男「………」

女「いやいやめちゃめちゃ二足歩行中だったじゃん。寝たフリは無理があるでしょ」

男「なんでしょうか」

女「よかったら一緒に帰らないかな」

男「帰らない」

女「そう。残念」

男「………」

女「………」

男「………」

女「………」

男「ついてこないでくれる?」

女「え? わたしもこっちだもん」

男「これじゃ一緒に帰ってる気分になる」

女「それじゃそうなのかも。残念だね」

17: 2012/11/12(月) 21:07:16.57
男「もういいよ」

女「走った!!」

男「!!!!」

女「足早いでしょ、わたし」

男「見えなかった」

女「さすがにそこまでは」

男「今もぶっちゃけあんまり見えてない」

女「それはさすがに」

男「あれーどこかなー。しょうがない見えないし声も聞こえないから黙って一人で帰ろう」

女「これがシカトいじめってやつかあ」

男「結構くるでしょ」

女「普通に話していいの?」

男「もう飽きた」

女「そっか」

18: 2012/11/12(月) 21:08:55.55
男「……なんで後ろ歩いてるの」

女「だってまだ一緒に帰るっていってくれてないしー」

男「たしかに」

女「男くんわたしのこと見えないって言うしー」

男「それはもう」

女「結構わたし傷ついてるしー」

男「横にきていいよ」

女「わあ、ありがとう。優しいんだね」

男「しらじらしい」

女「それは失礼しました」

男「でも話かけないでね」

女「なんで?」

男「話するの面倒くさい」

女「想像を絶するものぐさだ」

21: 2012/11/12(月) 21:11:05.61
女「………」

男「………」

女「………」

男「………中学」

女「あれ、話さないんじゃなかったの」

男「僕から話しかけるのはオッケー」

女「暴君だね。中学がなに?」

男「どこだった」

女「わたし? 第五」

男「ふーん」

女「男くんは?」

男「第二」

女「じゃあ○○って知ってる?」

男「知らない」

女「そっか」

23: 2012/11/12(月) 21:12:29.45
女「男くんは中学時代も今みたいな感じだったの?」

男「忘れた」

女「つい一年ほど前なんだけど」

男「一年も前だと角の先ほどの記憶もない」

女「男くんには角があるんだね」

男「爪だった」

女「男くんには爪まであるんだね」

男「いやそれはあるだろ。霊長類なめんな」

女「あ、わたしこっちだ。男くんは?」

男「僕はこっち」

女「そっかそれじゃまた明日ね」

男「さよなら」

女「また明日」

男「また明日」

女「うん、また明日ね」

24: 2012/11/12(月) 21:14:47.11
女「ねえねえ」

男「なに?」

女「一緒にお昼ご飯食べない?」

男「食べ……ない」

女「おお、今迷ったね」

男「迷ってない」

女「まあまあ、ここにおにぎりが一つあります」

男「はい」

女「あげます」

男「いらない」

女「かわいそう。おにぎりかわいそう」

男「おにぎりは生きてないからかわいそうじゃない」

女「おにぎり泣いてる」

男「おにぎりは泣かない」

26: 2012/11/12(月) 21:17:00.70
女「まあまあいいじゃない。ここ座るね」

男「その強引さに僕は辟易してるよ」

女「へきえきってなんか青天のへきれきとなんか関係あるのかな」

男「辟易と霹靂は無関係だと思うな」

女「そう? いとこ程度の間柄ではあってもいいと思うんだけど」

男「いや多分一介の奥さまと配達員くらいの関係しかないよ」

女「それって肉体関係じゃん。親密じゃん」

男「すぐそういうシチュエーションに当てはめるのはよくないと思う」

女「なんかごめん」

男「まあそういう意味では軋轢とかともなんかありそうだね」

女「いやそれはないな。なに言っちゃってるの」

男「飽きるの早すぎだろ」

女「卵焼きもーらい!」

男「聞けよ」

27: 2012/11/12(月) 21:18:28.00
女「じゃーん。今日はかまぼこのチーズあげです」

男「………」

女「あれ? ほら、かまぼこのチーズあげだよ」

男「なんで僕がかまぼこのチーズあげに食いつくのが当然みたいな雰囲気になってんの」

女「嫌いだった?」

男「普通かな」

女「はっきりしないなあ。もうちょっと真剣に考えてよ」

男「なんでかまぼこのチーズあげについて真剣に考えなきゃいけないんだよ」

女「ここを逃すともうこの先、かまぼこのチーズあげについて真剣に考える機会は一生こないかもしれないんだよ」

男「ないだろうね。そしてそれはそれでいいと思う」

女「かわいそう。かまぼこのチーズあげかわいそう」

男「もうやめて、かまぼこのチーズあげが僕の中でゲシュタルト崩壊してきた」

女「好き? 嫌い?」

男「普通」

28: 2012/11/12(月) 21:19:52.74
女「じゃあわたしとかまぼこのチーズあげどっちが好き?」

男「それでいいのか。比較対象に惣菜が挙げられる人生で満足なのか」

女「かなり渋々だけど」

男「どっちも普通」

女「答えになってませーん」

男「トマトとるなよ」

女「答えたら返してあげる」

男「………」

女「だんまりかー」

男「屈しないことにした」

女「自分で言うのもなんですけど、わたしモテる」

男「ほんとに自分で言うのもなんだね」

女「ぼやぼやしてたらとられちゃうよ」

男「なんで僕が恋してる前提なんだよ」

女「それもそうか」

30: 2012/11/12(月) 21:22:38.61
女「でも男くんは嫌いじゃないとみた」

男「自意識過剰だなあ」

女「正直なの」

男「嫌いだよ」

女「そこまではっきり拒絶してくるか」

男「ふざけてるやつと、他人を見下しているやつは大嫌いだよ」

女「わたしがそれだと」

男「違う?」

女「ふざけてるつもりはないけどなあ。でも真剣ではないかな」

男「同じことじゃないの」

女「真剣っていうのは、真剣なときに使うものだよ。いつも真剣な奴は、いつもふざけてるのと変わんないの」

男「いつも真剣な奴はいつも真剣だよ。そんな簡単なことですらひねた見方をするんだね」

女「簡単だと思ってることこそ、疑ってかかるべきじゃないのかなあ。うがった見方をする人間だけが、世をうがつんだよ」

男「寒い言葉だね」

女「失礼な」

31: 2012/11/12(月) 21:24:32.55
男「いつかきっと痛い目見そうだね」

女「痛い目?」

男「なんとなくだけど」

女「心に留めておくね、その言葉」

男「………あのさ」

女「なーに?」

男「名前、なに」

女「…………信じらんない」

男「あんまり、クラスのやつの名前とか憶えてないんだよ」

女「え、あ………そう、そうだね」

男「で、なに」

女「女……」

男「女さんね」

女(信じられないのは、キミがわたしの名前を聞いてきた行為そのものだよ)

男「? なんか言った?」

32: 2012/11/12(月) 21:26:51.18
女「ひとつ聞いていい?」

男「なに?」

女「ちくわとわたしどっちが好き?」

男「もう口ききたくないと見ていい?」

女「わあ! 待って待って! ごめんて!」

男「なにがしたいの?」

女「しいて言うなら、告白?」

男「絶対にやめて」

女「なんで? わたしのことやっぱ嫌い?」

男「嫌いじゃない。だから絶対やめて」

女「よくわかんないんだけど」

男「………聞こえてたんだよ」

女「………もしかして最初に話かけたときのこと?」

男「それ」

女「ああ、合点がいったなあ……」

33: 2012/11/12(月) 21:29:03.04
男「罰ゲーム、なんでしょ」

女「ああ、うんまあ、そうね」

男「高校生になってもそういうのあるんだなと思って、あきれた」

女「ごめんね」

男「それもう、やめない? 告白したってことにしてさ」

女「それじゃ罰ゲームにならないからなあ」

男「友達に言っていいよ。僕が優しくされて、思いっきり勘違いしてさ。舞い上がってて、みじめで、馬鹿みたいだったってさ」

女「言わないよ。告白してないし」

男「もう……やめてほしいんだよ」

女「うざいから?」

男「好きになりそうだから」

女「わあ」

男「告白さえされなきゃさ、ずっと一緒にいられるかもとか。なんかそういうの悪くないかもとかさ」

女「そんなこと考えてたんだ」

男「そういうのがもう嫌になったよ。舞い上がってて、みじめで、馬鹿みたいでさ」

34: 2012/11/12(月) 21:31:27.64
女「もう言わないよ」

男「うん、終わろう」

女「終わりもしないよ」

男「なんでだよ」

女「告白さえしなきゃ、ずっと一緒にいられるの。罰ゲームを続けようよ」

男「………自分勝手」

女「うん、そう。でももう今は、これ以外思いつかないの」

男「女さんの考えてることが全然わからない」

女「そんなに難しいことじゃないよ。単純なひとつの気持ちだけ。口には出せないけど」

男「なんで僕なんかに関わろうとするの」

女「男くんは自分のことが嫌いなのかな」

男「好きではないね」

女「もったいないね」

男「しょうがないよ」

女「また明日、話をしようね」

35: 2012/11/12(月) 21:35:08.30
女「おはよ」

男「おはよう」

女「こうして会話をするのも、ずいぶんと自然になったと思いませんか」

男「相変わらずなんだか居心地は悪いよ」

女「慣れて」

男「えええ……」

女「昨日の話のことなんだけどさ」

男「唐突だね」

女「うん、でも聞いて。昨日はちょっとわたしも緊張と興奮で冷静じゃなかったんだけど」

男「そうだったんだ」

女「そうだよ。でね、冷静になって考えてみたらそもそもわたしは男くんにまず聞かなきゃいけないことがあったんじゃないかと」

男「なに?」

女「あのさ……わたしのこと覚えてる?」

男「? ……質問の意味も意図もわからないんだけど」

女「えっと、だから……わたしと男くんの初対面はいつ?」

36: 2012/11/12(月) 21:37:35.31
男「一昨日じゃないの?」

女「やっぱり」

男「一体なんなの?」

女「わたしね、中学一年生のとき男くんと同じクラスだったの」

男「え? 女さん僕とは違う中学って言ってた」

女「わたしは入学してまたすぐ転校しちゃったから。だけど中学一年生の最初の二ヶ月だけ、わたしたちはクラスメートだったの」

男「ちょっと待って混乱してきた」

女「大丈夫。実はわたしもちょっと混乱してる」

男「なんで僕はそんなこと覚えてないんだろう」

女「そこがひっかかってた。わたしは最初男くんがわたしを覚えてないってわかったとき、ああそんなもんかなーとか思ったけど」

男「さすがにクラスメート一人減ったことを覚えてないのは」

女「不自然過ぎるよね。名前も顔も、全部忘れて。そこにいた事実もなかったことみたいに」

男「もしかして、一昨日も昨日も、覚えてない僕に合わせてくれてた?」

女「というよりなんかもう言い出せなかったよ。わたしのほうが記憶違いなのかと思っちゃうくらいに、男くんはわたしのことを忘れてたから」

37: 2012/11/12(月) 21:41:20.40
女「もうちょっとつっこんで確認していい?」

男「うん」

女「中学一年生のときの記憶ってどれくらいある?」

男「普通にあると思うけど……」

女「入学式は? 一番最初のホームルームは? クラス委員を決めるときどんな感じだったかとかは?」

男「…………あれ」

女「思い出せない?」

男「なんか、ぼんやりしてる」

女「………あのさ、無理に思い出そうとしなくていいんだけど……中学のときの友達のこと覚えてる?」

男「友達は、あんまりいなかった」

女「あんまり?」

男「ごめん、多分一人も」

女「三年間……?」

男「三年の間、僕に近づこうとしてくるひとはほとんどいなかった」

38: 2012/11/12(月) 21:44:28.94
男「そうだ……気づいたら、一人で教室に座ってたよ」

女「一人……」

男「うん。それが中学時代で一番古い記憶かも」

女「それ以前のこと、小学生のころのことなんかは?」

男「普通に思い出せる。忘れっぽいほうだけど、それでも多分、人間として不足ないくらいには」

女「中学の最初の頃だけ、思い出せないんだね」

男「そうみたい。もやがかかってる。そのことにも初めて気づいた」

女「そっか。わかったよ」

男「僕はなにもわからないままなんだけど」

女「頃してやりたい」

男「…………?」

女「あいつらを頃してやりたい」

男「女さん?」

女「耳と目と鼻と唇と腕と脚と指と首と肩と腰と膝と骨と爪と毛と胸と腹と背と肉と。全部が全部どれがどれかわからなくなるように、頃してやりたいよ」

男「怖いよ。女さん」

40: 2012/11/12(月) 21:48:14.46
女「あ…………」

男「大丈夫……?」

女「ごめん」

男「いや、いいよ。っていうかあいつらっていうのは」

女「男くん」

男「なに?」

女「今日の夜、それがだめなら明日の夜、それがだめなら明後日の夜でもいいから。わたしに付き合って欲しいんだけど」

男「大丈夫かな。僕殺されそうなんだけど」

女「えっ」

男「いやだいぶ物騒なことを言ってたよ今」

女「わたしが男くんを頃すわけないでしょ」

男「いまいち信用しきれないほどの迫力だったんだけど」

女「でもそういうのも、ちょっと悪くないかも」

男「誘い、断るね」

女「冗談だよ。今日の夜でいい?」

41: 2012/11/12(月) 21:51:04.87
女「迎えにきてくれてありがとう」

男「夜、一人歩きさせるのはさすがに」

女「男くんらしいなあ」

男「そう? キャラじゃないという自覚なんだけど」

女「ううん。そんなことないよ。男くんらしい」

男「納得はできないけど……というか、どこへいくつもりなの」

女「着いてからのお楽しみ、じゃだめ?」

男「怪しすぎる。犯罪めいたことなら僕はもう帰りたい」

女「正直ちょっと抵触気味かも」

男「帰るね」

女「だめ」

男「……離して」

女「男くんが一緒じゃなきゃ意味ないの」

男「一体どこでなにをするの?」

女「大丈夫。悪いようにはしないから…………多分」

42: 2012/11/12(月) 21:55:15.76
男「やたら見覚えのある道を歩くと思ったら……」

女「わあ、懐かしくない? わたしは二ヶ月しかいなかったけど」

男「僕あんまりこの中学にいい思い出ないんだけど」

女「うんわたしも」

男「女さんも?」

女「まあねー」

男「中一のときの女さんと僕、仲良かったの?」

女「全然。ほとんど話したことなかったんじゃないかなあ」

男「だろうね。あんまり気の合う性格じゃなかったろうね」

女「ん……多分男くんが思ってるのとはちょっと違うけど」

男「どういうこと?」

女「まあまあ、それは中で話そうよ」

男「中って……入れるの? かなりまずい気がするけど」

女「下調べはばっちりだから大丈夫。ついてきて」

男「不法侵入……まあ確かに法に抵触気味だね…………」

44: 2012/11/12(月) 21:57:30.49
女「目は慣れた?」

男「だいぶ見えるようになってる」

女「それはよかった。夜の学校ってわくわくするよね」

男「あんまりそういう体験ないんだけど」

女「考えてみたらそれもそうだね」

男「適当すぎる」

女「あ、ここだ」

男「中一のときB組だったっけ」

女「そうだよ。ここでわたし、男くんと初めて会った」

男「そうなんだ」

女「男くんがうらやましかったんだ。わたし」

男「え?」

女「友達いっぱいいて、明るくて、男の子みんなの中心にいて……」

男「ちょっと待って」

女「ん」

45: 2012/11/12(月) 21:59:44.65
男「それ、誰の話をしてるの」

女「男くんだよ。覚えてないんだろうけど」

男「嘘だ」

女「ほんと。別人みたいだけど同一人物の話だよ」

男「僕はただのいじめられっこだったよ」

女「男くんがいじめられっこになったのは、いじめられたからなんだよ」

男「女さんの言ってる僕が、いじめられるのはあまりありそうにないなと思うんだけど」

女「それがあったんだよ。推測だけど、それで多分男くんは今の男くんになったの」

男「なんで僕はいじめられたの?」

女「なんでだと思う?」

男「そんなの、わからない」

女「正確には、覚えてない。まあもったいつけてもなんだから言っちゃうね。わたしのせいなの」

男「女さんの……?」

女「うん。と言ってもわたしが男くんをいじめたわけじゃないよ。わたしはいじめられっこだったの」

46: 2012/11/12(月) 22:04:04.49
女「わたしは何人かの女子からいじめられてたんだよ」

男「どうして」

女「きっかけは些細なことだと思う。そもそも、正当な理由があるいじめなんてものは存在するのかな」

男「しない……かな多分」

女「まあしいて言うならわたしはとてもかわいかったので、きっと彼女たちからしたらそこが鼻についたのかもね」

男「なんか今、いじめられてもしょうがないかなって思ったよ」

女「あはは、まあそう言わないで」

男「どんなことされてたの?」

女「そこはちょっと伏せたいなあ……思い出したくもない。でも女子のいじめは陰湿だからね。大体が表面化しないようなものだったかな」

男「怖いな……」

女「怖いよ。当時12歳のわたしはなおのこと怖かった。いじめってどんどんエスカレートするしね」

男「誰かに助けてもらえなかったの?」

女「表面化しないって言ったでしょ。わたしから誰かにーっていうのは、当時怖すぎて考えもしなかった」

男「そんなになるまで」

47: 2012/11/12(月) 22:08:48.72
女「でも一度だけ、助けてもらったことあるんだ」

男「おお。誰に」

女「男くん」

男「え?」

女「男くんだよ」

男「僕……?」

女「うん。わたし、教室でその女子たちに、髪の毛切られそうになったことがあるんだ」

男「酷すぎるだろ」

女「しかもカッターでだよ。怖かったし、嫌だった。羽交い絞めにされて、髪の毛掴まれて、女の子はみんな嗤ってて」

男「………」

女「抵抗したんだけどね。でも暴れると、それはそれでやっぱり怖いんだ。カッター切っ先が目の前でぶんぶん揺れてね。
  いつ瞼を貫いて、目に突き刺さるかってびくびくした。それを続けてると、もうさすがに動けなくなっちゃうんだ。
  ああわたし髪の毛切られちゃうんだなあって。せっかく伸ばしたのにな。もうちょっとで背中の半分くらいいくのになって」

男「女の命っていうもんな」

女「でもやっぱり女の命よりは、人の命のが大切だよね。カッターなんて目に突き刺さったらわたし氏んじゃうって思ったよ」

48: 2012/11/12(月) 22:11:27.18
女「いよいよ覚悟したとき、大声が聞こえたの」

男「大声?」

女「うん、男くんのだね。怒り狂うってああいうのを言うんだね。なに言ってたか全然わかんなかったもん」

男「しかも僕のか……」

女「えっ! って思ってさ。顔をあげたらピピピっとわたしの顔に生ぬるい液体が飛んできたの。カッター持ってた子の鼻血だったよ。
  男くんがその子の顔面を殴ったの。グーで。思いっきり」

男「いやいやいやいや」

女「これマジだからね。大マジだよ。あの容赦なさはいじめられてるわたしでもちょっとどうかと思うレベル」

男「僕がそんなこと……」

女「なにが起こったのか、わたしは理解できなかったよ。男くんがわたしを羽交い絞めにしてる子たちも殴り倒し始めたころにようやく
  わかったの。ああ、この人がわたしを助けてくれたんだって。ぶっ倒れた女の子たちを心配する気持ちの二兆倍くらい、わたしの中に
  スカッとする気持ちが充満したよ。そりゃ惚れるよね。惚れますよ。一瞬でしたよ」

男「まあずっといじめられてた相手だしな。気持ちはわかる」

女「出来過ぎた話でしょ。出来過ぎてるからこそ、現実に起こったときの衝撃は、それはもう相当なものだったの」

50: 2012/11/12(月) 22:16:28.10
女「でもそんなわたしの気持ちとは裏腹にね。やっぱり男くんはやりすぎちゃったんだよね。わたしは学校にいられなくなった。
  結構大事になっちゃったしね。でもこれはどっちみちやっぱり、わたしは転校してたと思うから男くんの責任ではないかな。
  時間の問題だったんだね。それが早いか遅いかっていう違い」

男「……覚えてないけど、ごめん」

女「だから謝らないでよ。わたしはあのとき、本当に最高の気持ちだったんだから。むしろ謝らなきゃいけないのは、わたし」

男「?」

女「ここから先は、わたしの友達から聞いた話なんだけどね。わたしがいなくなった学校で、いじめっこの女子たちはどうしたと思う?」

男「………ああ」

女「察したかな。矛先を男くんにむけたんだよ。そりゃあ収まりがつかないよね。大人数の前で鼻血噴出してぶっ倒されたんだもん。
  プライドが高い彼女たちならなおさらだったと思う。男くんが今座ってる机から、三列から四列くらいは吹っ飛んじゃったくらいの
  大立ち回りされて、彼女たちはこの上ない屈辱を味わったんだから」

男「それで今度は僕がいじめられたと」

女「いじめられたとか、もうそういうレベルじゃなかったらしいよ。再三言うけど、男くんはやりすぎちゃったの。男子が女子を本気で殴って、
  わたしはともかく、クラス中がそれにドン引きするくらいだったから。いわんや先生をや、だよね。この件について男くんは完全に加害者に
  されちゃったの。いじめっこ女子どころか、クラス中、学年中、教師も含めた学校中から悪者扱いをされた。男くんに対してどんなに残酷で
  凄惨ないじめがなされても、だれも庇ってくれない。だれも味方してくれない」

男「だから僕は」

女「そのことを、期間を、時間を………忘れてしまったんだね」

51: 2012/11/12(月) 22:27:27.00
女「無理もないよね。気が遠くなるよね。男くんがなにを思ってあの行動にでたのかは今、結局誰にも分からない。男くん本人ですらね」

男「ここまで思い出せないと、なんかもうやばい薬でも打たれたんじゃないかって気分になるね」

女「やばい薬を打たれたんだよ。高々12、13歳の子が受ける悪意の視線は、それはもう十分やばい薬って言えるんじゃないかな」

男「自分のことながら想像できない」

女「しなくていいよ。男くんが捨て去ったものは、封印したものは、そうするに足るくらい重たくてしょうがないもので、痛くてろくでもないものだったんだよ」

男「記憶喪失ってなあ、実感がわかないにもほどがあるなあ」

女「実感がわかないもなにも、今まさに体感してるんだけどね。でもPTSD……トラウマが原因の記憶障害ってあるところにはあるらしいよ」

男「12歳の僕はいったいどんな人間だったんだろう」

女「不思議?」

男「そりゃまあ。自分の中にもう一人、別人がいたっていうのと同じことだよねそれ」

女「それはどうなんだろう。男くんはやっぱり一人なわけだし」

男「アイデンティティが崩壊しそうだよ」

女「そんなに深くとらえることないよ。自己防衛ってやつだと思う」

男「そうしなきゃ、いけないくらいだったってことかあ」

女「壊れちゃいそうだったんだよ。ほんとに恐ろしい話だよね」

52: 2012/11/12(月) 22:30:44.83
女「わたしがもし転校してなかったら……考えるだけ無駄だね。というかひどいよね。全国津々浦々、いじめというのはどこにでもあるもので、
  それが原因となる転校も山のように存在するわけだけどさ。それってほとんどの場合、いじめられっこのほうが転校させられちゃうんだよ。
  そりゃまあいじめって複数犯が基本だからさ、たくさん転校させるよりは一人、っていうのが合理的なんだけどさ」

男「頃してやりたいっていうのは、そのいじめっこたちのことか」

女「ああ、うん、いや……ちょっと違うかなあ」

男「違うの?」

女「うん。頃してやりたいのは、男くんを悪者扱いしたやつ全員。この中学校にいた当時の同級生、教師、教室、校舎……全部」

男「……壮大過ぎだろ」

女「でもそれは無理だ。無理だしきっと報われないよね。そんなことをしても過去は消えないし、過去は消えちゃだめなんだと思う」

男「僕は多分、消してしまっているんだけど」

女「そうだね。ねえ、いいかな。もうわたし我慢できないよ」

男「なにを」

女「わたしは、わたしはやっぱり男くんのことが……」

男「待って」

女「どうして」

男「言わない約束だったはず」

53: 2012/11/12(月) 22:35:26.39
女「罰ゲームとかもういいよ。本当にラッキーだった。いつも教室で寝たふりしてる男くんがそういう標的に選ばれやすいことが唯一の幸運だったかも」

男「うれしくなさすぎる……」

女「そういう意味では今の男くんに感謝だね」

男「あのさ、女さんの好きな僕はもう存在しないんだよ」

女「そんなことない」

男「いや、存在しない。僕は女さんを助けたことを角の先ほども」

女「爪」

男「爪の先ほども覚えてないし、話を聞いた今でも全然実感がない。やっぱり、女さんが好きな人は僕じゃないんだよ」

女「男くんは、男くんだよ」

男「そうだね。この身体で僕は女さんを助けたんだろう。この腕を振りかざして、この手を握り締めて、拳でそのいじめっこを殴ったんだろうね。
  でもそれはやっぱり僕じゃない。僕は女さんに好きだと言われるのは嬉しい。だけど、女さんはきっと、今の僕を見てくれてないんだろうと、
  そういう風に感じる」

女「もう!! うるっさいなあ!!!」

男「!?」

54: 2012/11/12(月) 22:39:49.90
女「僕は僕が僕に僕をって! 男くんが好きかどうかなんて、そういうのはわたしが決めるの!! わたしはわたしだー!!!」

男「え、いや、あ、はいそうですね……っていうか、女さん近い近い近い……」

女「人間なんてねえ、身体があればそれで十分なの!! 男くんが男くんであるための部位はどこ? 腕? 心臓? 脳? 足?
  それとも眼球? 言っとくけどね、わたしは男くんがばらばらになってわたしの手元に左手の小指しか残らなくても、それを
  男くんとして愛する自信はあるんだよ!?」

男「そりゃ……ありがたいことで………」

女「男くんが男くんたるファクターは、きっと心だ。そしてそれはわたしも同じだと思う」

男「心……」

女「心は、変化するんだ。いくらでも変わるしいくらでも足し算できる。わたしは、男くんに協力してほしいことがあるの」

男「協力? なにに?」

女「わたしは、わたしと男くんをひどい目に合わせたやつらを許すつもりはない。でも復讐なんてできない。だから、前向きに行こうと思うの」

男「というと」

女「取り戻すの。あいつらに奪われた時間とか、楽しいこととか、友達とか、感動とか、きらきらしたものとかもうそういうの全部」

男「………?」

女「つまり、人生積極的に楽しんでいこうってこと」

55: 2012/11/12(月) 22:45:06.66
男「めちゃくちゃわかりやすくなったね」

女「だって簡単に言わないと男くんさっぱり理解しないんだもん」

男「できるかな」

女「やらなきゃ。男くんは本当にたくさんのものを持ってたし、ほんとは中学三年間だっていろんなものを得る予定だったんだから」

男「もったいないか。やらないと」

女「そうそう。まだまだ全然間に合う間に合う」

男「なんか輪郭ぼんやりした目標だなあ」

女「幸せに輪郭なんかないよ。今、ここから始めるんだよ。三年前、地獄が始まったこの教室から這い上がっていくの」

男「地獄っておおげさな……っていうか僕はともかく女さんは今地獄とかいう環境じゃなさそうじゃん。いじめられてもないし」

女「わかってないなあ」

男「?」

女「わたしにとって、男くんがそばにいないっていうのは地獄とおんなじだよ。男くんがいてくれれば、そこが天国なの」

男「…………そりゃどうも」

女「あ、照れてるー」

56: 2012/11/12(月) 22:49:04.10
数日後

女「ねえねえ」

男「ん?」

女「そういえばなんですが」

男「はい」

女「そろそろちゃんと告白させてくれませんか」

男「それはだめ」

女「即答ですか。したいよー! 告白したいよー!」

男「どんな駄々だ……」

女「なんかもやもやするんだもん」

男「それも青春ぽくていいんじゃないの」

女「絶対やだ!」

男「なんか女さんってそういうとこ妙に男前だよね」

女「いけませんか。男前なわたしだめですか」

男「いやそれは別にいいけどさ」

57: 2012/11/12(月) 22:51:16.46
女「どうしてー……もういいじゃんかー」

男「あのねえ……告白はさ」

女「告白は?」

男「僕からしたいんだよ」

女「!! えっ!!」

男「男のほうからしないと締まんないじゃん」

女「急かすみたいでなんなんですけど、それじゃあさっさと告白してくれないかな」

男「急かすみたいっていうか、めちゃくちゃ急かしてるよね」

女「はやく!」

男「えー…………えっと、好き………だよ?」

女「疑問形ー?」

男「…………好きだ」

女「わあ……………えと、わたしも」

男「えと、それじゃあなんか話でもしよっか」

女「あ、話そらすー!」                                       おわり

62: 2012/11/12(月) 22:53:22.39
終わりだよ
見てくれた人ほんとありがとうだよ

60: 2012/11/12(月) 22:52:46.90


世にも奇妙な物語っぽい感じ

引用元: 女「お話しようよ」