1: 2012/11/14(水) 21:28:48.82
文芸部部室にて。

私は今年最後になる部誌の原稿を仕上げていた。

聞こえるのは、ペンが走る音と、先輩の小さな寝息だけ。

そんな中、自分でもくだらないと思う程に陳腐な、どこにでもあるラブストーリーを

私はただ黙々と書き綴った。

最後の場面。起承転結の終焉。

同じ形を求めた少女が、その病から目を覚ます瞬間だ。

―――――――嗚呼、女の子同士だなんて。所詮は眩暈の様なものなのです。

と、少女が自分の恋心を、絞めて頃す残酷なシーン。

手段は単純で簡単。

靴で砂を被せるように、あの日の気持ちをごまかすだけ。

9: 2012/11/14(水) 21:34:43.15
なんだか、今日の私によく似ている。

まるで自分の事のように、言葉があふれ出てくる。

だけれども反面、ペンは泥濘に浸かった両足のように、重たくて進まなかった。

何故だろうか。こんな気持ちは。

諦めることの苦さは、とうの昔に、嫌という程味わった筈だ。

それなのに、私は今、日記を書くように小説を綴っている。

10: 2012/11/14(水) 21:40:18.23
終わった恋だった。その筈だった。

なのに今更、自分で自分の傷跡を抉り返している。

執筆も佳境にさしかかって、やっと気づく。

この小説は、目の前の先輩に対するあてこすりのつもりでもあったんだ。

先輩が最後にそれを読んで、どう思うのか。

私はそれを知りたいがために、わざわざこうして、蒸し返すような真似をしている。

12: 2012/11/14(水) 21:45:55.57
私は醜い。

つくつぐそう思う。でも、先輩だって悪い。

どうせ私の事など眼中に無いくせして、それでいて私の周りを悪戯な蝶のように舞う。

もしかしたら、手を伸ばせば捕まえられるのでは、と期待をさせる。

先輩だって十分、酷い人だ。

無自覚で無邪気なだけにたちが悪い。

15: 2012/11/14(水) 21:51:26.38
でもね、先輩。私は騙されません。

そう、思えばずっと、その背中だけを遠くから見ていたんだ。

だから分かる。

何でもない時、私がぼーっと先輩を眺めていたとして

互いの視線が交わることなんてないんだと、分かってしまう。

何故なら先輩は、いつも別の方向を見ていたから。

16: 2012/11/14(水) 21:56:20.38
その視線の先にいるのは、いつも部長だった。

きっと、私が先輩を見るのと同じ目で、先輩は部長を見ていた。

中等部の頃からの親友で、楽しいときも辛いときも、共に過ごしてきたらしい。

「ここは女子校だ。友達から思い人に変わってゆくことなんて、珍しい事じゃない。

むしろ順当ともいえる」

これは、部長に嫉妬する自分を覆い隠すために考えた、出来のいい口上だ。

18: 2012/11/14(水) 22:02:00.01
羨ましかった。恨めしかった。

愛するよりも、愛されるのは楽でいいな。

ゆとってんな。

言葉にはしなかったけれども、私は心の中で、部長に呪詛を吐きかけ続けた。

唾のように。痰のように。

犬も食わない醜い思いが渦巻いて、戻しそうになった。

19: 2012/11/14(水) 22:05:22.71
当の本人は何食わぬ顔で、先輩との毎日を過ごしていた。

そりゃそうだ。部長は先輩の事を、なんとも思っていないんだから。

これまた、無自覚故にたちが悪い。

二人がじゃれ合っているその姿さえ

私に見せつけているように思えた。

21: 2012/11/14(水) 22:09:37.82
手をとって、抱き合って、キスのふりをして。

それを見るたびに度に心が根腐れしていった。

恥ずかしがりながらも満更ではなさそうだった先輩の表情が嫌いだった。

もっといえば

好きな人のことを、こんなに簡単に嫌いになれる自分が嫌いだった。

23: 2012/11/14(水) 22:13:29.50
好きなのに、嫌い。

もう、ほとんどわけがわからなかった。支離滅裂だった。

先輩のことをこんなに好きでいるのに

誰かの物になっている先輩なんて大嫌いだった。

私の物になっている先輩なんて、架空の存在だったのに。

じゃあ、なんだ?

結局私は、好きだったのか、嫌いだったのか。

24: 2012/11/14(水) 22:17:50.46
それともいっそのこと

嫌いになってしまいたかったのか。

もし先輩を好きにならなかったら、こんなにも苦しむことはなかった。

汚い自分を、見ずに済んだ。

私は自分の気持ちが怖くなった。

人間は、説明のつかない存在に恐怖を感じる。

私の心はまさにそれだった。

25: 2012/11/14(水) 22:24:01.23
この小説を書いたのは

理解不能なあの日の自分を、とりあえず整理してみるためでもあった。

主人公は、名前が違うだけであとはほとんど私だった。

あらかじめ定められた点線を色濃くなぞるように、私の物語は進んでいく。

そして、私と同じ結論にたどり着く。

先輩への恋なんて、ただの錯覚だ。

女子校という環境において、よくある一瞬の気の迷いだ。

26: 2012/11/14(水) 22:27:44.77
そうしておけば、誰も傷つかない。

少なくとも、私はそうだ。

だから、落ち着くところに不時着してしまおう。

ということなのだ。

それは確かに、純粋ではないかもしれないし、もしかすると薄汚れてさえいるかもしれない。

でも、綺麗なものだけが答えじゃない。

私の恋愛なんて、そんじょそこらの野良猫のそれと一緒なんだ。

そう考えると、心が一気に軽くなった。危うく転んでしまう程に。

27: 2012/11/14(水) 22:32:35.10
足がから回る。

重力を喪失したようだ。

なにもかも、自分さえも、伽藍堂空間の空虚な輪郭へと変わっていくような感覚。

あれ、なんだこれ。

寂しくて、淋しくて仕方がない。

28: 2012/11/14(水) 22:36:59.00
何に縋りつけばいい?

私を、私のままでいさせてくれるのは、果たして誰だったのか。

小説の主人公はきゅうに人恋しくなる。

丁度、今日の私がそうであるように。

目の前では先輩が眠っていた。

―――――――――――昨日まで好きだったんだ。

私は最早、自分と主人公の区別がつかなくなってきていた。

やばい。どうしよう。

触れたい。

29: 2012/11/14(水) 22:41:03.99
たとえ、先輩の瞳の中に私がいなかったとしても

それを理解していても

諦めても挫けても、目を背けてふさぎ込んでも、開き直っても

好きだっていう気持ちから逃げても、だとしても

先輩の柔い唇に、触れてみたかった。

私はペンを投げ出した。

30: 2012/11/14(水) 22:47:16.42
最初で最後のキスをしようと思った。

デスクに突っ伏して眠る先輩の髪を、静かに掻き分けて

その頬に唇を近づけた。

吐息が触れ合う距離。

視界がぼやける。天と地が逆になりそうなほど眩んだ。

甘い香り。シャンプーと、先輩がいつも舐めている飴玉の香りが混ざり合っている。

31: 2012/11/14(水) 22:52:00.39
その時だ。

あまりにもベターだ。

先輩は寝言を口にした。

「------。今までごめんね」と。

私の名前だった。なんの夢を見ているのかは知らないけど

確かに先輩は、私を呼んだ。

そして、今までごめん。と何故か謝った。

酷い戯曲だ。と思った。

なんで今になって、そんなことを言うんですか? 先輩。

32: 2012/11/14(水) 22:57:09.16
夢の中でまで、分かった風な口、きかないでください。

私は惨めになった。今この世で一番、可哀想な奴になった気持ちだ。

声もでない。だけど、涙は出てくる。

どうしよう。止まんないや。これ。

堰を切ったっていうのは、まさにこういうことなんだろうな。と

私は情けなく思った。

捨てたつもりでいたものは全部、此処に溜まっていたらしい。

33: 2012/11/14(水) 23:00:13.10
私はキスをやめた。

書きかけの原稿はほかりっぱなしにして

帰ってしまうつもりだった。

部室のどっかに丸めておいたセーターを探す。

鞄の上だ。すぐに見つかった。

34: 2012/11/14(水) 23:04:27.17
帰り際、いまだに眠っている先輩を暫く見つめて

「さようなら。先輩」と小さく告げた。

――――――――――――――――――――――――――――――

秋が終わり冬に移り変わる日の、放課後。

ほとんど真っ暗な夜道は、セーター無しでは寒すぎて

私はもれなく風を引いてしまった。




おしまい

35: 2012/11/14(水) 23:11:38.33
先輩「ねえねえ」

後輩「なんでしょう先輩」

先輩「後輩って、女の子が好きなの?」

後輩「僕は女の子なので、女の子のことを好きになったりしませんよ」

先輩「えー、嘘」

後輩「な、なんでですか」

37: 2012/11/14(水) 23:14:41.03
先輩「自分の事、僕っていうじゃん」

後輩「これは、子供の頃からの癖で」

先輩「見た目もハンサムだしさ。なんていうのかなー、王子様っぽい!」

後輩「だからって、女の子のことは好きになったりしません」

先輩「じゃあ、なにを好きになるの?男の子?」

後輩「いや、男の子には、興味がないっていうか」

先輩「じゃあ何が好きなの?」

後輩「うーん。難しいですよう」

39: 2012/11/14(水) 23:17:51.86
後輩「ていうか、さっきから質問攻めですね。ずるいですよ」

先輩「じゃあ、私にも質問してよ」

後輩「じゃあ、先輩はなにが好きなんですか?」

先輩「女の子!」

後輩「へえ……へ?」

先輩「だから、私が好きなのは女の子。女の子に恋するの」

後輩「え?えええええ!?」

40: 2012/11/14(水) 23:20:57.42
後輩「そ、それって、レズビアンってことですか?」

先輩「な、生々しい言い方されると恥ずかしいかも…」

後輩「あ、ああ。すみません。そうだなー。じゃあ、先輩は百合ってことなんですか?」

先輩「そう、それそれ。私、百合なんだ」

後輩「な、なにをしれっと」

先輩「えー。だって、この学校じゃ普通だよそんなん」

後輩「はぁ……」

41: 2012/11/14(水) 23:24:57.89
後輩「具体的に、なにをするんですか?」

先輩「お、食いついてきたね」

後輩「いや、僕はただ先輩の行く末が心配なだけです」

先輩「具体的っていうと、普通のカップルと変わらないよ」

後輩「といいますと」

先輩「デートしていちゃいちゃする」

後輩「それから?」

先輩「え?言わせるの?セクハラだよ?」

後輩「おい、マジかよ」

42: 2012/11/14(水) 23:28:05.31
後輩「つまり、先輩は、その」

先輩「はい」

後輩「女の子とするんですか?」

先輩「……ば、バカ!」

後輩「ろ、露骨に恥ずかしがらないでくださいよ……こっちまで恥ずかしくなってくる」

先輩「だって、後輩ちゃんがえOちな質問してくるから」

43: 2012/11/14(水) 23:31:23.32
後輩「えOちだなんて、人聞きの悪い」

先輩「工口いよ!変態!」

後輩「ぐぬぬ」

先輩「だいたい、なんでそんなこと聞いてくるの? もっとましな質問してよね」

後輩「わかりました。じゃあ、そうですねえ」

後輩「今付き合っている人はいるんですか?」

44: 2012/11/14(水) 23:36:24.52
先輩「え?いないけど」

後輩「そう、ですか」

先輩「え、なにそれ。感想は?ねえ」

後輩「先輩、フリー。っと」

先輩「なにメモってんの!?なんか怖い」

45: 2012/11/14(水) 23:39:15.16
後輩「いやあ、ね」

先輩「うん」

後輩「僕はさっき、女の子のことを好きになったりしないっていったじゃないですか?」

先輩「聞いた」

後輩「あれ、嘘です」

先輩「なにこれ、私襲われるの?」

46: 2012/11/14(水) 23:43:29.87
後輩「天井の染みでも数えているうちに終わりますよ」

先輩「ひっ」

後輩「っていうのは冗談で」

先輩「…そう」

後輩「まあ、僕がいわゆる百合ってのは間違いないですけど、それはひとまずおいといて」

先輩「置いとくんだ」

後輩「先輩、僕の事好きですよね」

先輩「……いつから気づいてたの?」

後輩「会った時から」

先輩「べ、別に一目ぼれなんかしてないもん」

47: 2012/11/14(水) 23:47:58.75
先輩「ただ、ちょっとかっこいいなって」

後輩「さあ、この胸に飛び込んでおいでなさい」

先輩「ちょっ……」

後輩「お嬢さん、そんなにもじもじしてないで」

先輩「も、もじもじしてないもん!」

ギュッ

後輩「わー、先輩小っちゃくて可愛いなあ」

先輩「……」

後輩「あれ、先輩?どうしたんですか?」

先輩「なんでも、ないし」

48: 2012/11/14(水) 23:51:01.57
後輩「あ、照れてる。照れてますよね絶対」

先輩「照れてないし」

後輩「くっそかわいい」

先輩「ちょ、痛いし」

後輩「すみません。抱きしめる手に力が入りすぎてしまって」

先輩「もうちょっと優しく」

49: 2012/11/14(水) 23:54:36.72
後輩「じゃ、しましょっか」

先輩「へ?なにを?」

後輩「またまたご冗談を。こんな片田舎ですよ?カップルのやることと言ったら一つしかありません」

先輩「な!……ばかちん!!」

後輩「いてっ……なにも殴らなくたって」

先輩「まだ、私告白してない!!」

後輩「……ああ、可愛い」



おしまい

50: 2012/11/14(水) 23:56:01.25
おつ

引用元: 女子校生「あなたの中に私はいない」