1: 2021/08/16(月) 21:05:23.907
女騎士「今日も暑いな……」

オーク「暑いからこのところ毎日素麺ばっか食ってるぜ」

女騎士「私もだ。あ、そうそう、素麺といえば……損保乃糸は本当においしいな!」

オーク「そんぽの糸?」

女騎士「なんだ、知らんのか。有名な素麺ブランドだぞ」

オーク(え、これってまさか……)

オーク「字は……これか?」

『揖保乃糸』

女騎士「その通りだ。損保乃糸、昨日も食べた」

オーク「いいか? 落ちついて、字をよーく見てみろ……」

女騎士「……? あっ!?」

オーク「気づいたか。これ……“いぼの糸”って読むんだ」

女騎士「くっ、殺せ!」

2: 2021/08/16(月) 21:09:36.788
オーク「殺せって、んな大げさな」

女騎士「だって私、私……今までずっと“損保乃糸”っていってたんだぞ!」

女騎士「騎士団で『損保乃糸うまいなー』『今日も損保乃糸にしようかなー』って……」

女騎士「店で『損保乃糸ください!』って、大声で頼んだこともあった!」

女騎士「たしかにあの時、店員が一瞬首を傾げたから、違和感はあったのだ」

女騎士「こんなの……もう氏ぬしかないじゃないか!」

3: 2021/08/16(月) 21:13:23.080
オーク「落ちつけよ、氏ぬことはないだろ!」

女騎士「いいや、もう氏ぬ!」

女騎士「そうだ、素麺で首をくくってやるぅ!」

オーク「素麺で首くくってもすぐちぎれちまうよ!」

女騎士「流し素麺を流すやつに流されて、頭から激突して氏ぬ!」

オーク「女騎士流せるほど広くないだろ!」

女騎士「めんつゆ山ほど飲んで、塩分過多で氏ぬ!」

オーク「なんかホントに氏にそうだからマジやめとけ!」

4: 2021/08/16(月) 21:17:01.662
女騎士「だったら、剣で首を――」

オーク「落ちつけぇ!!!」

女騎士「!」ビクッ

オーク「物事を間違えてた、知らなかった、ってのはそんなに恥か? いいや、違う!」

オーク「知らなかったことを知れたんだから、むしろ誇るべきだ!」

オーク「だって成長できたんだからな! 反省するのはいいが、落ち込むことなんかねえ! ……そうだろ?」

女騎士「しかし……」

8: 2021/08/16(月) 21:20:20.337
オーク「それに……」

女騎士「?」

オーク「せっかく揖保乃糸の読み方が分かったんだ。いつも食べてる揖保乃糸についてもっと知りたくねえか?」

女騎士「うっ!」

オーク「揖保乃糸がどういうもんか、知らずに氏んだらあまりにももったいないと思わねえか?」

女騎士「思う!」

オーク「よし、じゃあ俺が揖保乃糸についてレクチャーしてやろう」

10: 2021/08/16(月) 21:23:22.514
オーク「さて、揖保(いぼ)ってのはなんだと思う?」

女騎士「体のイボか?」

オーク「全然違う。イボからどうやって素麺が出来るんだよ」

女騎士「イボを潰したら、中からニュルッと素麺が……」

オーク「想像するとホントに気持ち悪いからやめて。揖保乃糸にも失礼だし」

女騎士「すまん」

オーク「揖保ってのはな、地名だ。今でいう兵庫県南西部にあたる」

女騎士「ほう、兵庫!」

オーク「行ったことあるのか?」

女騎士「ああ……兵庫県の騎士団といえば精強なことで有名……」

オーク「無いなら無いっていってくれ」

11: 2021/08/16(月) 21:27:05.424
オーク「揖保って名前は『達磨国風土記』によると、達磨国の神“伊和大神(いわのおおかみ)”と」

オーク「渡来神“天日槍(あめのひぼこ)”の土地争いに由来する」

オーク「住む場所を探す天日槍に、伊和大神は海の中ならいいぞと許可を出した」

オーク「すると、天日槍は剣で海をかき回し、島を作っちまった」

オーク「これに自分の国が占拠されると思った伊和大神は、食事をしながら慌てて川をさかのぼった」

オーク「この途中、口から飯粒がこぼれた」

オーク「その地を“粒丘(いいほのおか)”と呼ぶようになり、これが転じて“揖保”になったといわれる」

女騎士「どことなく間の抜けたエピソードだな」

オーク「神話なんてのはそういうもんよ。神様が案外うっかりさんだったり」

女騎士「しかし、なぜこの地で素麺を作るようになったのだ?」

オーク「その歴史は、今から600年ほどさかのぼる」

13: 2021/08/16(月) 21:30:18.477
オーク「揖保郡太子町の斑鳩寺に残る日記『鵤庄引付(いかるがのしょうひきつけ)』に“サウメン”という文字が出てくる」

オーク「これが1418年の記述だから、600年前から素麺が食べられてたことが分かる」

女騎士「600年! 知り合いのエルフ長老もまだ若かったであろうな」

オーク「エルフあたりを引き合いに出すと、そう古くもない時代に思えてくるから困る」

オーク「とにかく、それぐらいから素麺はあったわけだ」

オーク「んで、素麺作りが本格化したのは江戸時代の安永頃からと考えられている」

オーク「ちなみに安永ってのは1772年から1781年だ。『解体新書』が出来たのもこの頃」

女騎士「ふむふむ」

14: 2021/08/16(月) 21:34:11.209
オーク「江戸時代当時、ここらは龍野藩だったんだが」

オーク「龍野藩は素麺作りを“許可業種”として奨励していたようだ」

女騎士「ほぉ、やるではないか龍野はん」

オーク「“龍野さん”みたいに言わないでくれ。龍野さんって人が頑張ったみたいにあるから」

女騎士「なぜ素麺作りが奨励されていたのだ?」

オーク「ここらは気候は温和で、揖保川なんて立派な川もあり、赤穂で塩も採れる」

オーク「水と塩は素麺作りの命だから、素麺作りに色々適した場所だったんだな」

女騎士「あ! こ! う! の! 塩! というわけだな?」

オーク「……うん」

16: 2021/08/16(月) 21:37:17.040
オーク「揖保乃糸の産地化が始まったのは、1800年頃とされる」

オーク「この頃に龍野藩が著名な産物の保護育成を始めたから、それに乗じた形なんだろうな」

女騎士「これが揖保乃糸ブランドの産声というわけか」

オーク「そういうことだな」

女騎士「それにしても素麺を“糸”と称するのはセンスがあるな。私なら“揖保乃ワイヤー”にしてたかもしれん」

オーク「お前が龍野藩にいなくて本当によかったよ」

オーク「ちなみに江戸時代には、粗製乱造する素麺農家も出てきたようで」

オーク「品質を維持するため、素麺作り仲間同士で取り決めを交わしたりもしてた」

オーク「違反したら違約金2両だとか、かなり厳しいものだったそうだ」

女騎士「ブランドを守るための企業努力というわけだな」

17: 2021/08/16(月) 21:39:15.741
オーク「その後、明治になると廃藩置県もあって龍野藩の保護がなくなってしまう」

オーク「だから明治5年、素麺の製造業者が集まり、“明神講”って組織を設立」

オーク「この頃から、揖保乃糸を製造販売する組織としての形が、少しずつ出来上がっていく」

女騎士「ふむふむ」

オーク「やがて明治7年、兵庫県の産業振興の動きに合わせ、組織を強化」

オーク「よりよい製品を作るために、業者が集まって“開益社”を設立する」

女騎士「まるで騎士団が強くなる過程を見ているようだ」

18: 2021/08/16(月) 21:42:00.979
オーク「明治17年、兵庫県から同業者組合準則が出されたのを受けて」

オーク「さっきの開益社の人らは、組合の設立に向けて動き出し」

オーク「“達磨国揖東西両郡素麺営業組合”が誕生する」

オーク「後に、この組織が今揖保乃糸の製造販売を担ってる≪兵庫県手延素麺協同組合≫となるわけだ」

女騎士「その組合が、揖保乃糸を代表的な素麺ブランドとして成長させていくわけだな」

オーク「そういうことだ」

19: 2021/08/16(月) 21:45:14.109
女騎士「それで、その兵庫県手延素麺協同組合とやらはどういう取り組みをしているのだ?」

オーク「なんといっても徹底した品質管理だ」

オーク「製品には生産者番号を刻印し、入念な品質検査が行われ」

オーク「しかも製品は全て、専用の倉庫で保管される」

女騎士「粗悪な製品が世に出ては、ブランドに傷がついてしまうからな」

組合員「さらに、平成29年には直営工場にて、『FSSC22000』という国際的な食品安全規格を取得しています」

オーク「!?」

女騎士「あ、ありがとうございます」

20: 2021/08/16(月) 21:47:42.013
オーク「突然の組合員さんの登場には驚いたが……とにかく品質管理は万全なわけだ」

女騎士「我が騎士団と同じだな」

女騎士「騎士団も、質を保つために常に厳しい訓練を課し、未熟者を振るい落とすからな」

オーク(果たして品質の高い騎士は、素麺の名前間違えただけで自頃しようとするだろうか……)

女騎士「何か言いたそうだな」ジロ

オーク「いえ、なんでもないです!」

21: 2021/08/16(月) 21:50:49.407
オーク「次に、揖保乃糸のおいしさの秘密を説明しよう」

女騎士「おお、頼む」

オーク「揖保乃糸を電子顕微鏡で観察すると、小麦粉に含まれるグルテンが縄状に方向性を持ち」

オーク「円形のデンプン粒を包み込むように延びてることが分かる」

オーク「このおかげで、揖保乃糸は滑らかな舌触りと歯切れのある食感を生み出してるんだ」

女騎士「どうして、そのような構造にすることができるのだ?」

オーク「手延べ素麺の製造工程である“熟成”と“縄状に麺によりをかけて伸ばす作業”が」

オーク「この構造を生み出してるんだな」

女騎士「美味さにはちゃんと科学的理由があるということか」

22: 2021/08/16(月) 21:53:14.575
オーク「ちなみに、一口に揖保乃糸揖保乃糸っていってるが、等級があるのを知ってるか?」

女騎士「いや、知らなかった。教えてくれ」

オーク「まず、最高級品の『三神』。上質の小麦粉を使用し、熟練した業者しか作れない」

女騎士「三神……! 素麺の神、ラーメンの神、蕎麦の神といったところか」

オーク「いや、そんなに色んな神様が集まったら、反発しあってかえって味悪くなりそう」

オーク「それと、上質の小麦粉を使用し、厳寒期に作られる『特級』」

オーク「国内産小麦だけを使用した『縒(より)つむぎ』」

オーク「播州小麦を使用した『播州小麦』、製造後一年間ゆっくり熟成させた『熟成麺』」

オーク「全生産量の80%を占める『上級』、北海道産小麦を使用した『太づくり』などだ」

女騎士「細かく分かれているのだな」

オーク「まあ、ぶっちゃけどれも美味いだろうけどな」

女騎士「しかし、いつか『三神』を食べてみたいものだ」

24: 2021/08/16(月) 21:54:21.777
オーク詳しすぎ

25: 2021/08/16(月) 21:56:23.228
オーク「その他にも組合は、冷麦やうどん、中華麺やパスタの製造もしている」

女騎士「素麺だけというわけではないのだな。大したものだ」

オーク「素麺で培ったノウハウは、他の製品でも生かせるだろうしな」

女騎士「剣の達人だった兵士が、軍を辞めた後に悪質な盗賊になることもあるしな」

オーク「それあまりいいノウハウの生かし方じゃねえなぁ」

オーク「それと余談だが、組合は毎年『ミス揖保乃糸』を選出してるそうだ」

女騎士「ほう! 私も応募してみるか!」

オーク(女騎士が素麺のPR……ミスマッチすぎる)

27: 2021/08/16(月) 21:59:18.379
オーク「こんなところかな。どうだ、揖保乃糸について少しは分かったか?」

女騎士「ああ、こんな素晴らしい麺を読み間違えていた自分を恥じたい」

オーク「別に恥じる必要はねえって」

女騎士「ところで、素麺の話をしてたら腹がすいてしまったな」グゥゥ…

オーク「そうなると思って、ちゃんと揖保乃糸を用意してあるぜ!」

女騎士「さすがオーク! くっ、食わせろ!」

28: 2021/08/16(月) 22:02:08.487
オーク「さーて、茹で上がったぜ」

女騎士「いただきまぁーす!」

オーク「……」チュルルッ

女騎士「……」ズゾゾゾゾゾッ!

オーク「うん、うめえ」チュルルルッ

女騎士「……」ズゾゾゾゾゾゾゾゾッ!

オーク「いい食いっぷりだな」

女騎士「おかわり!」

29: 2021/08/16(月) 22:05:15.874
ズゾゾゾゾゾッ!

ズゾゾゾゾゾゾゾゾッ!

ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾッ!

女騎士「おかわり!」

オーク「まだ食うのかよ!? わんこそばじゃないんだからさ……」

女騎士「問題ない! いくらでも入る!」

オーク「ったく、日本昔ばなしの『そうめん地蔵』を思い出させる食いっぷりだぜ」

女騎士「くっ、うまぁぁぁぁぁい!!!」ズゾゾゾゾゾゾッ!

31: 2021/08/16(月) 22:05:31.709
素麺食いたくなってきた

32: 2021/08/16(月) 22:08:59.730
……

……

女騎士「う、うぷっ……もう食べられない……動けない……」

オーク「だーからいったのに。食いすぎだよ」

女騎士「食べすぎで体壊したら、お金もらえる損保ってないかなぁ……」

オーク「多分ないと思うぜ」







おわり

38: 2021/08/16(月) 23:10:05.982
よかったよ

引用元: 女騎士「素麺の損保乃糸は本当においしいな!」オーク「そんぽの糸?」