735: 2007/11/03(土) 23:47:23 ID:???
古来より人間は平等たる行為を模索してきた。
集団行為においてそれは必要不可欠なのである。
その行為の結果は誰にも文句を言えるものではない。
だからこそ必要なのである。
そう、『じゃんけん』は。

じゃんけーんぽん!
「へっへーん、頂きぃ!」
「くぅー、最後のコロッケがー、アスカの元にぃー!」
「とほほ、じゃんけん苦手なのに……」

ここ葛城家でもこの行為は大きな意味を持つ。
ありとあらゆる面で融通が利くその行為はこの家庭でも必要不可欠なのである。
まずは定番、最後のおかず争奪戦。

じゃんけーんぽん!
「よっしゃぁ! 今日はあのドラマが見たかったのよねー!」
「ぶーぶー! ミサトが見てるあのドラマ退屈なのよねぇ」
「とほほ、今日の『ガッテン』は見逃せない回なのに……」

お次も定番、チャンネル争い。
さてさてお次は……
じゃんけーんぽん!
「よっし! 今日もアタシが一番風呂ー!」
「むぅー、まぁ二番目になれただけでも良しとしましょ」
「とほほ、ふたりとも長風呂なのに……」

838: 2008/02/18(月) 01:56:41 ID:???
程好い空腹感が脳を刺激する夕方時。
何時もならば喧しいほど賑やかなその家庭で、ペンギン一羽はほとほと困り果てていた。
そう、今日に限って空気が悪いのだ。どんよりと。
その理由など些細な事である。
少女と女性が他愛も無い恒例行事である口喧嘩を開始させ、食事の準備に勤しんでいた少年がその行為を咎める発言をした。
ここまでは良くある光景なのだが、今宵は女性陣ふたりがヒートアップしており、何時もなら従うその少年の言葉も強い口調で一蹴してしまったのである。
何とかそれでもふたりのボルテージを下げようと必氏になる少年だったが、何時しか状況は三つ巴と変化していた。
唯一の防波堤であった少年がまさかの戦争へ参加表明を宣言したことにより、事実上この修羅場を抑えられる存在はペンギン一羽だけなのだが、悲しいかな彼の言葉は伝わらない。

「「「・・・・・・いただきます」」」

うっわっ、お通夜でございますか!?という突っ込みがどこからともなく聞こえて来そうなこの雰囲気。
だがペンギン一羽は何故か冷静に、そこはちゃんと言うんですね、と突っ込みを忘れない。葛城家順応の証である。
しかし、順応されようともやはりこの沈黙は戴けない。と言うよりもあってはならないのだ。
どうしたものかと頭を捻るが、既に語ったように言葉が通じないのであるからして手の施しようがないのだ。
ほとほと情けない話ではあるが流れに身を任せることがペンギン一羽に残された最後の手段。

沈黙したまま食事は進む。
味噌汁に手を付ける女性。

「……あ、シンちゃん、お出汁変えた?」
「あっ、マズかったですか?」
「ううん、普段と違うからなんか新鮮だなぁ、と思って。味は何時も通り美味しいわよん」
「良かったぁ、何時ものお味噌じゃなくて今回は―――」
「オホン!」

少女の咳払い。
そうだった今は喧嘩中。
再び沈黙が葛城家を襲う。

902: 2008/05/15(木) 02:57:26 ID:???
休日の昼下がり、騒音とも取れる人混みのメロディーを聞きながら男性はほとほと困り果て、後悔していた。
誘うべきでは無かったと。
カラコロと鳴るアイスティーの氷が、眩しい太陽の光を浴びて幻想的に輝いている。
その太陽に負けないほど、少女の笑顔もまた眩しい。

「ねぇ、ねぇ、加持さん。次はどこ連れてって来れるの?」
「いや、まぁ……そうだな……」

男性にしては珍しく、何とも歯切れの悪い回答だった。
それほどまでに男性はこの状況に身震いするほどの悪寒を感じているのだ。
ただ久しぶりに誘ってみるのも悪くない、そう思っただけで他意は無い、本当に。
しかし、如何に本人に悪気など無かろうが第三者はそんなこと知ったことではないし、堪ったものではない。

「どっか行きたいところある?……シンジ君は?」
「……別に……僕はどこでも良いですよ……」

好意を抱く相手を休日に連れ回されたとあっては第三者はやはり黙ってなどいられないのだ。
少年は珍しく不機嫌な態度を露ほども隠そうとせず、心成しか頬を、ぷくっ、と膨らませている。
なんでこうなるかなー、と心の中で溜め息を吐く。
時期的にそろそろ問題無いと思ったのだが、その考えがどれほど甘いのか良く解った。

「なによ、アンタ、その態度は。ってゆーか、アンタは何時まで着いて来るつもりよ?」
「……むぅ、なんだよそれ。僕が居て何が悪いって言うのさ」
「空気読みなさいよね、アタシと加持さんのふたりっきりにさせるのが道理ってもんでしょ」
「アスカの我が儘……」
「むかっ! 言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ!」
「ヤダ。どうせ言っても怒るし、言わなくても怒るでしょ。だったら言わない方がよっぽどマシ」
「なーまぁーいーきぃー!」

736: 2007/11/03(土) 23:49:49 ID:???
これもある意味定番?お風呂の順番決め。
さてさてお次は?
じゃんけーんぽん!
「あっ……こういう時だけ勝っちゃうんだ……」
「……ふん、さっさとやりなさいよ」
「あらあら、アスカ。顔が真っ赤よ?」
「ウッサイ!」
「じゃあ、まずはミサトさんから……」
「はいはい、どーんときなさい」
ちゅっ
「……お休みなさい」
「あはは、これぐらいで照れないの、本番はこれからなのに」
「ほ、本番ってなによ!?」
「なにかしらねー?」
「むむむ……!」
「じゃあ、次はアスカね……」
「ど、どーんと来なさいよ! ほらぁ!」
「いや、顔を突き出されても……、ほっぺを突き出してもらわないと……」
「わ、解ってるわよ、馬鹿!」
「唇にして欲しかったりするわけ?」
「ウッサイって言ってるでしょうに! 外野は黙ってなさい!!」
お休みなさいのキスをする担当決め。
何とも初々しいというか、恥ずかしいというか。
それもこれも家族だから。
三人合意の元の行動なのだ。
これからも三人仲良く幸せに家族として暮らせますように、おやすみなさい。
「でも、このふたり、家族って言うよりも恋人って感じなのよねぇー」
「ニヤニヤしながら訳解んないこと言ってんじゃないわよ!」
「……恥ずかしいから早く済ませたい……」
そんな葛城家。

741: 2007/11/22(木) 01:54:24 ID:???
「あ、雨」
気付いたのは窓際に座っていた女子生徒1人だった。
ポツリと零れたその一言にクラス中の目線は外へと注がれ、あちゃー、や、私傘持ってきてないよぉ、
などと溜め息混じりの声が授業中であるにも関わらず漏れ出している。
しかし、教師と呼ばれる存在も人であり、その突然の自然現象には成す術は無く、生徒と同じように窓
の外を眺め、少々困った表情を見せていた。
が、そこはやはり大人である。
その表情も一瞬の出来事であり、お静かに、という一言を大声ではなく力強く発することにより教室の
静寂は守られた。
けれどもそれで天気が変わるわけではない。
これから起こる行事、帰宅という面においてこの雨は避けては通れない試練である。
静寂に包まれた教室内とは言え、生徒達の心は晴れない。
それはもちろん、少年と少女も同じであった。

「やまないね」
「やまわないわね」

授業も全て終わり、後は帰宅するだけとなったところでふたりは足を止めていた。
当然と言えば当然なのだが、このままこうして学校内に居てもただの延命処置でしかない。
それを悟った生徒等の多くは濡れながらも走り帰宅する姿がちらほらと見て取れる。
自分達もその行動しか残された術はないのだが、どうも憂鬱だ。
ただ濡れるだけ、そう考えれば良いのだが、どうもそれだけはない感覚。
皆様にもないだろうか?

「はぁーあ、やんなっちゃうけど走るしかないわねぇ……」
「そうだね」
「ミサトのお迎えでも期待したいところだけど……」
「仕事中だろうし無理は言えないよ」
「解ってるわよ、そんなの」

自分達の姉を思い浮かべる。
が、駄目。頼りにならないだとか、そういうことじゃない。

742: 2007/11/22(木) 01:56:12 ID:???
仕事中であろう時に無理は言えない、甘え過ぎるわけにはいかない。

「……雨、嫌いだな……」
「……アスカは雨が苦手なの?」
「ううん、嫌い、なの。なんでかなぁ、嫌なことばっかり思い出しちゃうから」

気の持ち様、だとは良く言う言葉。
だったら悲しい気持ちでいれば少女のようになってしまうのも道理ではないだろうか?
良い風にだけ捉えれば済む話など、人間様には難しいことだ。

「……うん、何となく解るよ、僕も」
「……でしょ?」

ざぁざぁ、と振り続ける雨を見続けるふたり。
その心には何を想っているのだろう?
悲しみだけが巣食う世界なのだろうか?
そうだったとしても、それは人間様だから致し方ない。

「でもさ」
「え?」

突然、少年が少女の手を取り出し外へと駆け出す。
外は雨、どんどん体は濡れていく。
それでも少年は少女の手を離さずに走り出す。

「僕達はまだまだ子供なんだから。こういうのも楽しむべきだと思うんだ」

息を切らし、精一杯濡れながら走る少年。
そしてそれに引っ張られる形の少女。
今の少年の台詞、何てことはない台詞。

743: 2007/11/22(木) 01:57:40 ID:???
少女にだけはその意味を知っている。

自分はもう大人だと思っていた頃、同年代をガキだと思っていた頃、精一杯背伸びをして大人びていた
あの頃。
それはあんまり今と変わっていないかもしれない。
でも、年齢は誤魔化せない。
結局のところ自分はまだまだ子供なんだ。
だから少年は言ったのだ。

そんなに片意地張らないで、精一杯子供として楽しんで、精一杯頑張って成長しようと。

どこまでも、どこまでも、どっこまでも少女のツボを突付いてくる。
だからこそ少年は少女にとって最高なのである。

「言うわねぇ! にしてもアンタには珍しく強引ね!」
「ほら、そこは雨のせい、ってことで!」
「何それ!? バッカみたい!」

雨の音に負けないように、声のボリュームを少し上げて楽しそうに濡れて走るふたり。
しかし、そこでふたりの時間は終わりを告げる。それは唐突に。

「待ったぁー!」

どこからともなく聞こえる声。とても聞き覚えのある声だった。
振り返れば傘を差しながらこちらに向かって走ってくる女性の姿。

「ギリチョンセーフ!!」
「ミサトさん、どうしたんですか!?」
「仕事は!?」

ゼェゼェ、と息を切らしながらふたりの上に傘を翳す女性。

744: 2007/11/22(木) 02:01:06 ID:???
期待していたとは言え、雅か本当に現れるとは思ってもいなかったふたりは困惑顔。

「どうせ濡れて帰るつもりだろうなぁ、と思ってね。というかその考えがドンピシャだったわけだし」

「でも仕事が……」
「そうよ、何も無理してこなくても……」
「はいはい、子供が大人に気を使ってんじゃないわよ。ほらほら、起きちゃったことは仕方ない。後悔は後だろうが先だろうが立てるもんでなし、ちゃっちゃと帰るわよぉ」

女性の台詞に苦笑を浮かべるふたり。
こういう時、子供というのは今みたいな台詞を言われれば反抗したくなるものだが、つい先ほど自分達はまだ子供だと認めただけになんとも言えない。

「あはは、やっぱりミサトさんには適わないですね……」
「なんのこと?」
「まっ、別に良いけどさぁ……もうちょっと空気読みなさいよね……」
「空気読んで傘を持ってきたんでしょうが! 何よ、私邪魔?」
「べっっにぃー、そうとは言ってないわよ」

どうやら少女としてはふたりっきりで何とも言えない良い雰囲気を壊されたことに少しお冠の様子。
ふたりの時は男女の仲となれるのだが、女性が現れると家族として一纏めにされてしまう。
それがとても幸せだということは解っているのだが、どうにもこうにも歯痒いのである。

「はいはい、悪ぅござんしたね。じゃあ、こういうのはどうよ?」

そう言って女性は傘を持ち、左隣に少年を、右隣に少女を携える。

「これにどういう意味があるのよ?」
「相合傘に決まってるじゃない」
「……アンタ、相合傘の意味知ってる?」

一本の傘に男女が入ることを相合傘と世間は言う。
現状では女性の割合が高すぎるわけだ。

745: 2007/11/22(木) 02:03:30 ID:???
「勿論、知らぬわけがなかろうて」
「じゃあ、なんで相合傘になるわけよ」
「ふたりの仲は傘に守られてこそ、だったら傘を持つ私がしっかり守ってあげるわよ」

女性は冗談のつもりで言ったのかもしれない。
だけどその言葉は少女の心に、少年の心にも深く刻み込まれていた。
所詮は『ごっこ』でしないのかもしれない。
けれども幸せなら、誰がそれを笑い飛ばせるのだろうか。
大体、この光景はどう見えるだろう?
きっと仲の良い家族が楽しくじゃれ合っている姿に見えるに見えるに違いない。
それだけで十分なのだろう。
だからこそ女性が用意したふたりの傘は開かれず、3人で入るには些か小さめの傘だけを使用していない。

「さっ! 濡れるのは良い気分じゃないし、さっさと帰りましょー!」
「帰ってお風呂の準備しなくちゃ」
「じゃー、アタシが一番風呂!」
「そこはお迎えに来た私に譲りなさいよ!」
「それとこれとは別問題よ!」
「じゃー、何時も通りじゃんけんで決めましょ」

何時までも家族として幸せでいられるように。
何時までも家族でいられるように。
3人は前へと歩き出して行く。

「そういえばアスカ、相合傘は否定しないの?」
「……コホン、じょーだんじゃないわ! 誰がこんな――」
「はいはい」
「……相合傘ってなんなのか、聞くべきじゃないよね……」

そんな葛城家。

746: 2007/11/22(木) 02:05:14 ID:???
で、この家族の後方。
もうひとりのチルドレンである少女。
この少女も雨に悩まされていた。
濡れて帰るという選択肢しかないのだが、後の事を考えるとどうにもこうにも躊躇してしまう。
風邪を引くわけにもいかないのだ。孤独の自分なら尚更。
しかし、そんな少女の前に猫のプリントがされた可愛らしい傘が視界に入る。

「レイ、帰りましょ」
「赤木博士……」

そこに居たのは仕事場で出会う女性。
少女は驚きながらも差し出された傘を受け取り、礼を言う。

「気にしなくて良いのよ」

女性はそれだけ言って少女が隣に来るのを待っていた。
そしてふたりは雨の中、並んで歩く。
妙な沈黙がそこにはあったが、少女にとってそれは嫌なものではなかった。

「少し冷えたでしょ? 帰ったら暖かい野菜スープを作るわね」

わざわざ迎えに来てくれたのだろうか?
少女にはその理由が良く解らなかった。
けれど、今は「喜び」という感情に浸れればそれで良いと思う。
不意に女性が少女の手を握る。

「ほら、こんなに冷えて。早く帰りましょ」
「はい……赤木博士……」
「リツコ」
「え?」

747: 2007/11/22(木) 02:06:45 ID:???
「リツコで良いわ」

少し照れ臭そうにしながら笑顔を見せる女性。
自分には何も無いと思っていた、少年に違うと言われてもそう思っていた。
確かに何も無いかもしれない。
けれど無いところから生まれるものもある。
それは何かは解らない。
けど、これが『家族』としての暖かさかもしれない。

「はい……」

だって、自分の手から伝わるこの暖かさは本物だから。

「……リツコ博士」
「そうぢゃなくて」

ガックリと項垂れる女性。
これからゆっくりと頑張りましょう。

そんな葛城家と愉快な仲間達。

839: 2008/02/18(月) 01:58:07 ID:???
「あーーーー! 今日見たいドラマあったんだったぁーーーー! 見逃しちゃったーー!!」
「そうなると思ったから予め僕が録画しておいたよ」
「えっ!? ウソ!? ホント!?」
「録画は男の仕事、なんてね」
「良かったぁー!! さっすがシンジ、だから大す―――」
「ん?」
「ナンデモナイヨ」
「なに、その急な片言は? 何を言いかけたのさ?」
「ナニモナイアルヨ」
「……あからさまに怪しいね……何を言うつもり―――」
「うぉっほん!」

女性からの咳払い、と言う名の助け舟。
そうだった今は喧嘩中。
再び沈黙が葛城家を襲う。

「そうそう、アスカ、聞いた?」
「何を?」
「ほら、オペレーターのハルちゃん、やっと彼とゴールインしたみたいよ」
「うっそー、あれと? あんな優柔不断の男のどこが良いのかしら、趣味わるぅー」
「あと、スイちゃんもやっと彼氏が出来たって」
「あのどん臭い子にぃー!? なんかショックだわ……」
「アスカも負けてらんないわよねぇ~!?」
「そりゃあ、こっちには幾らでもチャンスはあるわけだから―――」
「お、おほん……」

少年からのやるべきかやらざるべきか散々迷った挙句の控え気味な咳払い。
そうだった今は喧嘩中。
もう無意味な気がするが再び沈黙が葛城家を襲う。

840: 2008/02/18(月) 01:59:37 ID:???
「そうだ、今度のお休み、晴れたら何処かドライブに行きましょうか?」
「どうしたんですか、突然?」
「最近お外に出てないなぁ、って思っただけなんだけどね……」
「たまには良いかもね、体動かしたいし」
「あら、だったらバトミントンでもする? 言っとくけど私強いわよ?」
「ほっほー、それはそれは……楽しみね。若さに楯突くその愚かさを存分に後悔することね」
「ふん、経験どころか尻も青い若造に負けるほど老いてないわよ……ふふふ」
「じゃあ、お昼はサンドウイッチにでもしましょうか」

やいのやいのと次の休日の予定を考える三人。
しかし、同時にピタッと会話が止まる。
そうだった、今は喧嘩中。
再び沈黙が―――

「もう、そろそろ良いですかね?」
「そうね、無意味すぎるわ」
「同感、じゃあ『せーの』でね」
「せーの」

「「「ごめんなさい」」」


何とも自然な流れで三人同時に『ごめんなさい』。
そしてその後はまた楽しく談笑を始める三人。
その全てを見ていたペンギン一羽は、自分の心配があまりにも杞憂であったことに気付かされる。
最近の雰囲気でそれは感じ取っていた。
けれど、『あの葛城家』を見ていたペンギン一羽だからこそ、ほんの些細な亀裂から、また『あの葛城家』が蘇ってしまうのではないかと考えてしまう。

841: 2008/02/18(月) 02:01:11 ID:???
「楽しみねぇー、早く日曜になんないかなぁー」
「折角外に出るんですから、飲酒は無しですよ?」
「ねぇねぇ、どうせだし雨天決行ってことにして、雨の時の計画考えない?」

でも、もう大丈夫。きっとじゃない、絶対大丈夫。
この世界はそういうところだから。
きっと三人は幸せになるんだろう。

ペンギン一羽は嬉しそうに一声挙げて、羽をパタパタとバタつかせていた。
そんな夕食時。




そしてペンギン一羽は思う。
私と一緒に住んでいる人達は、不器用で、優しくて、暖かくて。
そんな人達に飼われている自分はなんて幸せなんだろう、と。


そして、今晩のメインである焼き魚を頬張る三人を見て更に思った。




アレ、絶対、わたしの餌だ、と。
そんな葛城家。

903: 2008/05/15(木) 02:58:40 ID:???
懇々と繰り返される言い合い。
自分がこの出来事を招いた張本人となれば、それを黙って見過ごすわけにもいかず、大人として、男としてこの事態の収拾をさせなければならない。
できることなら自分に火の粉が降り掛からない様に。

「まぁまぁ、ふたりともそこまでにしておけ。折角のお出掛けなんだ、喧嘩ばかりしてても詰まらないだろ?」
「……加持さんがそう言うなら……」
「判ってるなら誘わなければ良いのに……」

ぼそりと男性だけに聞こえる台詞があったがここは聞かなかったことにする。
そういうことにしておく。

「ふたりとも何処でも良いって言うなら映画でも行くか? 丁度見たいのがあるんだ」

出来る限り会話が発生しない場所が良いということでこの選択肢を提示する男性。
見たかった、という気持ちも嘘ではないのだが、大人としての、男としての役割は当に捨てて、保身に走っているのは人間として仕方ないのかもしれない。
平和な日常が続く世界なら尚のこと。

「見るとしたら何をですか?」
「面白いって評判の恋愛もののやつ。正直、苦手なジャンルなんだが、こうも話を耳にするとね、年甲斐も無く気になるもんさ」
「あ、それ僕も見たかったんですよ。ひとりで行くのも何だか恥ずかしかったし、丁度良いです!」
「そりゃあ良かった。じゃあ、映画で決定―――」
「あっ!」

突然声を上げる少女。
きょとんとする少年とビクッと体を強張らせる男性。

「どうしたの?」
「ごめん、シンジ! 何も聞かずにここのフロアをぐるっと一周して来て!」
「何ソレ? 何かあったの?」
「見間違いじゃなければ……アンタにも判る筈! だからここは何も聞かず、ねっ?」

904: 2008/05/15(木) 03:00:11 ID:???
普段の少女とは違った態度。
これが何時も通り強気な命令口調だったならば少年も反論し、その願いは却下していただろう。
だが、ぱんっ!と両手を合わせて必氏にお願いするその姿から察するに余程の訳有りと感じ取り、男性と少女がこのままどこかへ消えてしまうかもしれないという可能性を疑いもせず、
戸惑いながらも承諾し、歩を進めた。
ちらちらとこちらに振り返りながらも、少年の姿はどんどん小さくなる。
それに反して男性の鼓動は大きくなる。
それは何故かと問われたら、答えは簡単。

「……さて、シンジもちょっとの間だけですけど席を外したことですし、ゆーっくりお話しましょうか、加持さん?」

にっこりと天使の笑顔を曝け出す少女がいたから。

「……いや、あの、たまにはさー、いいかなーと思ったわけです……はい……」
「ほぉー」
「……ゆっくり話したいなぁー、とそう思った次第です……ええ……」
「へぇー」
「い、良いじゃないか、弟みたいに慕ってるんだから、シンジ君を遊びに誘っても」

天使の笑顔を崩さずにいる少女。
男性にとっては悪魔。
如何なるものでも貫けない盾と、如何なるものをも貫く矛を対決させるよりもそれは矛盾していた。

「今日はですね、ある乙女はある少年をデートに誘おうとしてたんですよねー」

まだまだ笑顔を崩さずに語り出す少女。
もう当日なのにまだ誘えてなかったのか!?なんて言葉はぐっと喉元で押し潰す。

「いーろいろショッピングなんかしたり、今いるようなカフェで楽しく談笑したり、極めつけはどっかの誰かさんが行こうとした映画を観に行こうとしたり、
 それはもう夢心地だったんですよねー、その乙女的には」
「それは、まぁ、その乙女も難儀だな……」

905: 2008/05/15(木) 03:01:47 ID:???
あっはっはっは、とふたりして笑う。
だが両者、目は笑っていない。なんだこれ。

「加持さん、邪魔してる?」

極上の笑顔でニッコリと。しかし、左手に握られているグラスはピシッと悲鳴を上げる。
白衣の女性がいれば「ATフィールドを物理的に破った音」と比喩するほど素晴らしい悲鳴だ。

「滅相もございません」

その光景を見て誰がこの少女に反論する返事を返せるのか、それほど広くない世界で彼はそんな人物を見てみたいと思った。少年以外で。

「なら、答えはお判りですね?」
「了解です、お嬢様」
「はい、結構。…………あ、シンジ、どうだった?」

冷汗を拭いながら少女が声を掛けた方を見れば首を傾げる少年の姿。

「別に何も無かったよ? 何だったの?」
「んー、やっぱり見間違いかー。実はね、ユキそっくりな子がいたの」
「同じクラスの?」
「そそ。で、何か彼氏っぽいのといたからちょっと見て来て欲しいと思ったのよ」
「アスカが行っても問題無いんじゃない?」

ガタガタと音を立てながら椅子をひく少年。
そんな少年を見ながら、昔は自分がそのポジションだったのになぁ、と少し感傷にふける男性。

「仮にユキだったら正直に彼氏って言わないわよ。だからってこそこそ様子を窺うのも恥ずかしいし。その分アンタなら、ユキに見つかってもスルーされるだろうし」
「そんなもの?」
「そんなものよ。で、アンタから見たそのふたりの様子がどうだったか知りたかったのよ、事前情報を与えずに。アンタってそういうのに疎いでしょ?」

906: 2008/05/15(木) 03:03:21 ID:???
「そんなアンタからでも恋人同士に見えたら、それはもう疑う余地もなく恋人同士ってなるわけ」

良くもまぁ、咄嗟に思いついた言い訳にしては壮大な物語になったものだ。
嘘っぽさはどうしても拭い切れていないが、真実味もそれなりに滲み出ているのが素晴らしい。特に少年には効果的だったに違いない。
ふーん、なんて言いながら全然疑っていないのだから。自分自身のことを少々小馬鹿にされたと言うのに。

「それにしても無駄足だったわけね。ごめんね」
「んーん、別に良いよ。じゃあ、気を取り直して映画行きましょうか」
「あっ、そのことなんだが……」

ギラリと光る眼光。形容し難い威圧感が圧し掛かるほどの鋭さ。
判ってる、判ってるから、そんな眼で俺を見ないでくれよ……。

「ついさっき連絡があってな、ちょっと仕事が入ったみたいなんだ」

少女に比べて自分の嘘は何と薄っぺらいものだろう。まぁ、太けりゃ良いものじゃないのだが。

「えっ……そうなんですか……、残念ですね……」

心底残念そうにしている少年。その姿を見ると良心が痛んでしまう。

「そうなのよー、ほんっと残念よねー!」

片や少女はこたばとは裏腹に嬉々とした感情を言葉から消去しきれていない。
本当に昔は慕われていたのか、その過去さえ怪しく思えてくる。

「じゃあ、今日はもう帰りましょうか?」
「なぁーに言ってんのよ、アンタ映画見たかったんでしょ? アタシが付き合ってあげるわよ」
「えっ? あっ、でも加持さんも見たがってたし、やっぱりみんなで行こうよ」

907: 2008/05/15(木) 03:04:52 ID:???
その言葉が少年の口から出たと同時にまたしてもギラリと光る眼光。
判ってる、判っております!

「ははっ、気にするな。まだ帰るにも早い時間だろ? のんびりと過ごして行けば良い。大体、子供が大人の事情に気を使うもんでもないさ」
「だってさ、加持さんもこう言ってるし、行こ!」

先ほどの自分といることに対して嬉しそうにしていた仮面を脱ぎ去って、自然な感情で少年を誘う少女。
アスカ、そんなのだと、さすがのシンジ君でも怪しんでしまうぞ、なんて言葉を心の中で語りかける。苦笑付きで。



「それじゃあ、加持さん、また誘って下さい」
「加持さん、またね!」

デパート前で別れの挨拶。
ああ、と笑顔で男性はそれに答える。
ふたりはゆっくりと右手を振って前へと進み出した。
ふぅー、と溜息をついて胸ポケットに仕舞い込んでいた煙草を取り出す。
しゅぼっ、とライターに火を点け、口に銜えた煙草を近付けようとした時、何かが視界内で動いているのに気付いた。
ふとそちらに目をやれば、むっとした表情の少年と少女がこちらを凝視している。
どうやら煙草に関して異議を唱えているようだ。
ははっ、ともう一度だけ苦笑を零し、銜えていた煙草を折り曲げ、右手を軽く挙げてその異議に了承の合図を送る。
その光景に満足したのか、ふたりは笑顔でもう一度だけこちらに手を振り、また歩を進める。
が、少女がぴたりと足を止め、踵を返してこちらに振り返り、少し困った顔でゆっくりと口を動かした。

ゴメンネ

それはこの出来事に関しての謝罪なのだろう、だが、男性は同じように、気にするな、と口を動かす。
その言葉に安心したのか、少女は先ほどみせた天使の笑顔を浮かべる。だが、悪魔の部分は感じられなかった。
少女が踵を返したことを疑問に思ったのだろう、困惑顔をしながら少年もこちらへと視線を向ける。
ここでばれてしまったら全てが水の泡になるのもそれはそれで難儀である。

908: 2008/05/15(木) 03:06:05 ID:???
それを悟られないように、今度はふたりに対して、いってらっしゃい、と口を動かし、何も無かったことをアピール。
どうやらそれは悟られずに済んだようで、少年はまたしても笑顔で、いってきます、と口を動かしていた。傍らで同じように少女も。
そして、ふたりの姿は人混みの中に消えていった。

ふたりの姿を見届けた後、男性は余った時間をどうしたものかと考えて、取り敢えずまずは約束を果たすことが先決と、折り曲げた煙草、そしてまだ何本か入っている煙草の箱をゴミ箱へと放り込む。

「まぁ、恋する乙女に敵う奴なんていないってわけだな」

昔のように慕われていないのは少し寂しいと思う気持ちは少なからずあったが、何よりもふたりがこれからも幸せでいてくれるなら男性にとってもそれが一番素敵な世界になる。
そんなことを考えながら、男性は携帯を取り出し、余りに余った時間をどう有効に使うべきか手っ取り早い解決法を実行する。

「よぉ、葛城、今暇?」

そんな昼下がり。



「よぉ、葛城、今暇? ん? ああ、見事に振られたよ。ってお前も随分不機嫌そうだな。 なに? 誰かさんに家族をふたりも奪われたから?
 勘弁してくれ、さっきアスカにこってりと絞られ……何!? 腹いせにふたりの邪魔をする!? おい、なんだそりゃ! 意味が……
 あっ、お前、ふたりがひっついたら自分だけのけものにされそうで寂しいんだろ? 怒鳴るな! 怒鳴るな! 冗談だってば。
 って、本気で邪魔するのか? マジで次はアスカに殺されるって……。……拒否すればお前に殺されるのかよ……。
 前門の虎、後門の狼だな……、いや、ホント、止めろ! 止めろって! 止めて下さい!」

そんな葛城家と愉快な仲間達。

引用元: 落ち着いてLAS小説を投下するスレ 14