1: 2012/06/09(土) 16:00:19.04
俺は定刻10分前にインテリア装飾店に商品を届けるとそのまま商店街に出た。
時刻は午前11時。昼時にはまだ早い時間だ…

「見滝原か…知らないんだよなぁ…」

とりあえず腹が減っていた。
インテリアショップの店員に軽く挨拶をし、
歩きなれない商店街を歩いていく。
当然だが目に入ってくるのは
見たことも聞いたこともない店ばかりだ。

4: 2012/06/09(土) 16:01:27.97
「こういう冒険みたいな気持ち…ひさしぶりかもしれん」
心なしか舗装されたコンクリートを叩く足取りも気持ちに合わせてウキウキとしてきた。
「よし…腹も冒険気分だし、今日は珍しいモンを入れてやろう」
そう決心し、店を値踏みし始めたその時だった。

6: 2012/06/09(土) 16:02:32.15

「く、食い逃げだぁー!!!」
食い逃げ…俺の絶対許せない行為の一つだ。反射的に声の方を振り返ってみると
こちらに向かってすごい勢いで駆けてくる小柄な人影。
その人影の背中を追いかける中年男性が大声をまた張り上げた。
「あ、アンタ食い逃げだよ!!捕まえてくれ!!」

8: 2012/06/09(土) 16:03:45.59
「どけよおっさん!!」
声から判断するに女の子か。俺はその子の目の前に立ちはだかるように身構えた。
驚いたことにまるで子猫の様に俊敏に俺の懐に入り込んだ少女は、
正確に俺の顎に狙いをさだめて肘を打ち上げてきた。
「ヌ…フン!!」
「なっ!!…ガアアア!!」
危うかった。少女の寸分狂いのない動きが逆に俺の少年時代の血を呼び覚ましたらしい。
少女の肘鉄をかろうじてかわした俺はそのまま彼女の腕をとりアームロックを決めていた。

10: 2012/06/09(土) 16:05:34.80
「モノを食べる時はね。誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。 
 独りで静かで豊かで…当然それはつくった側に対する礼儀と感謝も含まれる…」
「な、何をわけわかんねー綺麗事をイテテテ!!ギブギブ!!!」
完全に入った関節技を抜けるのは大人でも不可能だ。
この赤髪少女は体格に不釣り合いな怪力を有してる様だが
それもここまで綺麗に決まってしまえば無駄だというわけだな。

12: 2012/06/09(土) 16:07:48.52
俺はサバンナのライオンが仕留めたシマウマの腹の上で悠然としている映像を思い出していた。
捕食ってのは、残酷だけど気持ちいいんだな。
「それにしても腹が減ったなぁ…」
赤髪少女が手元から落とした袋詰めの食べ物が、道路に無慈悲にも転がるのを見て、
俺はゴクリと唾をのみこんだ。

14: 2012/06/09(土) 16:09:10.58
「それ以上、いけない」
通りがかった青年に声をかけられてハッと我に返った。
いつの間にやら人だかりがかなり大きくなっていた。
いかんいかん。飯の事を考えるとすぐにこうだ。
「いやいやこのお兄さんはこの泥棒猫を捕まえてくれたんだよ!
 まったく!警察に突き出してやる!」

15: 2012/06/09(土) 16:10:53.61
「…警察だぁ?」
少女の目つきがにわかに険を含むものに変わった。
まぁ見た所未成年だし、親を呼ばれるといろいろと面倒なのは確かだろう。
しかし…この目にはそれ以上の何かを感じ取れるが…
「ああ、いいですよ。お金は俺が払いますんで警察は勘弁してやってくれませんかね」
「いや…お兄さんがそう言うならいいけどよ…チッ!もうこんなことすんじゃねーぞ!」

16: 2012/06/09(土) 16:12:57.72
集まった野次馬を適当に振り切ってホッと一息ついた。
腹が減ってるだけなのにとんだ面倒事に首を突っ込んでしまった。
さて本格的に胃袋にかっ込めるものを探さなければ。
俺の腹はさっきからジャングルの奥地で救援信号を出しっぱなしだ。




規制怖いので以降ちょっとペース落とします。

19: 2012/06/09(土) 16:18:25.34
「おっさん。何のつもりだよ」
歩き始めた俺に背後から聞き覚えのある声が投げかけられた。
振り向くと、先ほど喧騒にまぎれていつの間にか消えていた赤髪少女がこちらを睨んでいた。
「同情のつもりかよ。気持ち悪い偽善振り撒かれなくても、
 私一人であの場位切り抜けられたんだよ」
「はぁ…まぁそういうつもりじゃなかったんだけど…」
面倒くさい相手に絡まれてしまったか。落ち着け…俺は腹が減ってるだけなんだ。

21: 2012/06/09(土) 16:24:03.39
「それじゃあ俺はこれで…」
二度と食い逃げなんかするなと言おうとも思ったが、これ以上絡まれても厄介だ。
足早に去ろうとする俺に、少女は尚食い下がってくる。
「おい待てっての。別に因縁つけにわざわざ追っかけてきたわけじゃねーんだよ、私も」
…もう既に完全に因縁をつけられたと思うが。俺の腹がまたキューっと鳴いた。

22: 2012/06/09(土) 16:28:23.93
「このままにしたんじゃその…私も何か気持ちわりぃんだよ!
 恩を売られたままだと!」
急に何故かモジモジし始めたと思った少女はそんなことを言い始めた。
うーん…まぁ悪い子ではないのだろうけど…
俺の優先事項はこの腹をどうにかすべきことなんだ…
いや…待てよ…
「それじゃあ一つお願いを聴いてほしい。
それで恩返しって事でどうだい」
「ふーん…まぁいいぜ。でお願いってのは?」

25: 2012/06/09(土) 16:34:12.16
「ここらで食える美味い物を紹介して欲しい。
見滝原ならではって物だと尚の事いいな」
「食いモンのことねぇ…うーん…
私が食うのは基本ジャクフードとかばっかだからな…」
ガーンだな。アテがはずれたか。
この子の問題を解消しつつ、俺の腹も膨らむ良いアイディアだと思ったんだが…
でも…そうか…俺の思いつく良いアイディアって
大抵そんな感じだった気もしてきたな…

29: 2012/06/09(土) 16:40:14.52
「そもそもさっきとっ捕まったばっかの私がふら付くってのもさすがにな…」
ガガーンだな。言われてみればその通りだ。
ちょっと落ち込んだ俺の横で、難しい顔していた少女は
何か思いついたのかこちらに向きなおった。
「…おっさんて珍しい物が食いたいんだよな」
「ああ」
「…ちょっとゲテモノっぽくても大丈夫?」
…これは、何だろう。俺に対する挑戦な気がする。
何者の挑戦なのかはわからないが。

32: 2012/06/09(土) 16:45:00.16
「とりあえず心あたりがあるわけ」
「うーん…まぁ…
 ここで食わなかったら多分おっさんには二度と食える機会もないと思うよ。
 少し移動することになるけどそれは構わないか?」
俺は腹に手を当てて少し考える。
これ以上待たされることに、俺は本当に平気でいられるのか…
「…うん。それでいこう。いこうじゃないの」
結局二度と食えないという売り文句にやられてしまった。
俺は少女の後をついていくことにした。
ああ、こういう所って、俺も日本人なんだよなぁ…
限定品…飛びついてしまう。

34: 2012/06/09(土) 16:49:51.19
「…ここで美味いものが食えるのか」
「まぁ疑う気持ちも分かるけどさ。
ここまでついてきたんだからもう少し待ってくれよ」
なんだなんだ、道中もうすうす感じてはいたけど
妙なことになってきてはいないか。
少女の後に続いて入った場所はどう見ても廃墟だった。
元は…この内装と天井高は、教会か何かだったのか?

35: 2012/06/09(土) 16:54:22.60
「…ここに住んでるの?」
「うーん、まぁここに寝泊まりする時もあるし。基本私は住所不定だよ」
置いてあった椅子を指で撫でてみると
確かにホコリはそれほど被ってはいない。腰をおろす。
少女がどこからか慣れた様子で金属製の鍋とガスコンロを
運んできた所を見ても、
最低限の衣食住ができる様に整備されてはいるらしい。

36: 2012/06/09(土) 17:00:38.90
こんな歳の子が住所不定で廃墟に寝泊まりしてると聴いたら、
やっぱり通報すべきなのかな。
でもそういうのって人それぞれ事情ってもんがあるよなぁ…
俺だって今の商売が傾けば、あっという間にこんな生活になる。
そこには年齢は関係ない、踏み込んではいけない部分ってのがあるよな。
それとも、俺はただトラブルになるのが面倒なだけなのかな…

37: 2012/06/09(土) 17:05:54.51
「おっさんなんか妙に落ち着いてるじゃん。ほい。珍しいモン」
「ん」
廃墟の寂しくて取り残されてる感じって、
どこか自分を思い出させて落ち着いちゃうな…
少女が座っていた俺の目の前に適当に机を引っ張ってきて、
金属製の鍋と箸、取り分け皿を置いた。
「この香り…醤油とみりんの様な…煮魚か何かか」
「うーん…いやこれさ。
 私がほんと食うモンなくてどうしようもなくなってた時期に、
気の迷いでやっちゃったんだよね。
 結局私としたことが食えずに放置しといたんだけど、
 これが何故か腐らなくて余計に気持ち悪くなっちゃってさ…」
少女の口から全く料理の説明とは思えない言葉が出てくる。
なんだ?俺たちが若い時に、買いすぎたもやしを、
どうしようもなく不味いもやし炒めにしちゃったって話と同じなのかな。

41: 2012/06/09(土) 17:12:02.20
「匂いは悪くないな」
「悪くならねーのがまた気持ち悪いんだよ…」
少女の言葉を無視して俺は金属鍋のフタを開けた。
「これは…」


【インキュベーターの姿煮】
説明しようのないワイルドな姿煮。
甘じょっぱい和風テイストなダシ汁で長期間煮込まれており、
どこから箸をつけてもホクホク。姿煮ならではのボリュームも嬉しい。

43: 2012/06/09(土) 17:17:45.32
「…やっぱり当時の私は相当ソウルジェムが濁ってたんだとしか思えねーな…」
どうやら俺の探検隊は、秘境を巡るんじゃなくて、UMAを探す方だった様だ。
うーん、こりゃビックフットもびっくりだぞ。
「…」スッ
「おっさん普通に食うのかよ!!」
これは、犬か兎の仲間なのか…ふむ…とりあえずは腿あたりからガブリといっちゃいますか。
「はむ…はふ…」
「うひゃあ」
「もぐ…もぐ」
これは…うまい!別格にうまいぞ!!牛も尻尾を巻いて逃げ出すうまさだ!

46: 2012/06/09(土) 17:22:29.54
よし次は胸をせめよう。
「はふはふ…そうそう。脂っこい腿とは違うこういうのが欲しいんですよ」
「…」
口を抑えて横を向いてしまった少女に俺は声をかける。
「すいません!ライス一つ!大盛りでね!」
「ねえよ!!」
「ガーン…これで白米がいないのか…酷です…残酷です…」

49: 2012/06/09(土) 17:26:34.09
さてそろそろ頭でも崩していきますか。
「このわざとらしいつぶらな瞳!」
眼球を抉って箸に挟んで、口に運ぶ。
「美味い美味い…やっぱり目玉ってのはこう、身体に良さそうな味じゃないとな」
こっちのおっきいお耳はどうだろう。
「うんうん…身体とは違うシコリと脂の濃度…」
この動物はまるで完成された巨匠の絵画の様だ。
きっと食う人によって印象が違うんだろうな。

52: 2012/06/09(土) 17:30:21.96
「ふぅー美味かった。ごちそうさま」
「…お粗末様」
鍋を空にした俺は立ち上がって改めてあたりを見渡した。
廃墟で食べるよく分からない動物の姿煮…うーんこれはこれで!
さてタバコも吸いたくなったし、そろそろお暇しますか。
「それじゃ俺はこれで。本当に美味かったよ」
「あ、ああ。私の方こそ。ありがとよ。面倒な事にしてくれなくて」

54: 2012/06/09(土) 17:35:23.32
そのまま出て行こうとしたが一つだけ思い出した。
「食い逃げはもうするなよ。食べ物に対して失礼だ」
「うえ!?…う、うん…」
俺を見送ろうとしてくれたのか後ろ付いてきていた少女の
頭に手を当てて軽く撫でる様にすると、彼女は意外なほど素直に返事をした。

…俺も、もしあの時結婚していたらこういう子を娘に持ってたのかな…

いけないな。廃墟のうら寂しさは置いてきたはずの物まで見つけてしまう。
俺はその場で最寄りの交通機関を教えてもらい、少女と別れた。

56: 2012/06/09(土) 17:41:21.30

揺れるバスの中であっという間に微睡が襲ってきた。
「ふわあ…大冒険だったからなぁ…」
それにしてもあの子、本当にどういう子なんだろうな…
あんな廃墟で寝泊まりして、食うものも一人で何とかして…
家族はどうしたんだろう…捜索願を出された家出少女とかなのかな…
頭を撫でた時のあの子の表情…
まるで俺と同じようにずっと忘れてた物をふいに拾ってしまった様な…



何にしても…幸せになれるといいな…
ああいう子が幸せになれるお話の方が…
何とも俺好みだ…


終わり

59: 2012/06/09(土) 17:47:35.63

引用元: 井之頭五郎「魔法少女…そういうのもあるのか」