280: 2009/07/06(月) 03:28:11 ID:???
 世界の果てまで続いているような広大な草原が、彼女の目の前に広がっていた。辺り
一面に生える背の高い草と同じように、少女の腰まで伸びた自慢の髪も風になびいてい
る。

 少女は、この風景に全く見覚えがなかった。それどころか、自分がどうしてこの場所
に立っているのかもわからない

「どこなのここ……?」

 率直な疑問を言葉にするが、少女の問いかけに答えてくれる者はいない。
 辺りを見渡してもただ鮮やかな緑の海原があるだけで、ほかに存在しているのは青い
空と白い雲――そして太陽だけ。

 見知らぬ場所にたった一人でいても、不思議と心細さはない。風が肌をなでると懐か
しさにも似た感情が生まれた。

「大地と空と太陽があるんだもん、おおむね大丈夫よね」

 少女の口から、そんな緊張感のない台詞が自然に出た。

 どうせならこの状況を楽しもうと、彼女は一度深い深呼吸をしてから歩きだした。こ
ういう楽観的なところを彼女は自覚していたし、美徳だとも思っていた。

 腰の高さほどもある草を、かき分けながら進んでいく。夏の草原独特の草いきれは
まったくしなかった。

 十分ほども歩いただろうか、ガサッと前方の草むらが揺れた――風は止んでいるし、
何か生き物の気配のようなものも伝わってくる。

 少女は体を固くした。これだけの草原なら、どんな獣がいても可笑しくはない。脚力
には自信があるが、狩りを生業としている野性の獣から逃げきれるは思えなかった。刺
激しないように目を合わせないとか、氏んだふりをするという考えが頭をかすめる。

 しかし、草むらから飛び出してきたのは凶暴な肉食獣ではなく――

「わぁっ」

 人間――少年だった。

 予想外の出来事に少女は悲鳴を上げ、

「きゃあっ!」

 尻餅を着いて後ろに倒れた。草がクッションになったおかげで、派手に倒れたわりに
は痛みはない。

「大丈夫、アスカ?」

「えっ」

281: 2009/07/06(月) 03:29:34 ID:???
 声に顔を上げると、先程の少年の顔が驚くほど近くにあった。しゃがんで心配そうに
こちらを見つめている。彼女の胸の鼓動がフルマラソンをした後のように早くなった。
顔もいくらか上気しているかもしれない。

(どうして……?)

 よく見ると少年は彼女の見知った顔だった。より正確に言えば、よく知っている少年
の面影を残していた。

(シンジ?)

 彼女の幼なじみの少年。それは間違いないのだが、彼女の知っている少年よりも少し
年齢をかさねている。十七、八歳だろうか?

(これって――)

 夢。これは夢なのだと彼女は唐突に理解した。改めて自分の身体を見下ろしてみれ
ば、やはり成長していた。胸の双丘は今まで気づかなかったのが不思議なくらい膨らん
でいるし、スカートから生える二本の長い足も――彼女自身から見ても――女性の色気
を感じさせていた。

 そんなことを意識すると、胸の動悸は一層速まった。

 少女に怪我がないのを見て安心したのか、幼なじみの少年は微笑を浮かべた。見てい
る者の心にそっと入り込むようなそんな笑顔。現実の少年と同じ笑みだ。

「驚かせすぎた?でもアスカらしくないな、あんなに驚くなんて」

「お、狼かなにかだと思ったのよ……」

 ぎこちない台詞を言うのが精一杯だった。夢だと分かっているのに、胸の高鳴りは治
まろうとしない。

「ふーん、ここには僕とアスカの二人しかいないよ。でも――」

 言って、少年は少女を草むらに押し倒してきた。とっさのことで反応できずに、上か
ら覆いかぶさるように押さえつけられてしまう。

「アスカを食べられるなら、狼になってもいいかもね」

 悪戯っぽく笑う少年。現実世界の彼ならけっして見せない――危険を感じさせるが―
―ひどく魅力的な笑み。

「ちょと……放して……」

 少女は抗うが、見慣れた細腕ではなく成長した逞しい腕に動きを封じられてしまう。

「だ・め」

 少年がゆっくりと顔を近づけてくる。

「いやっ!」

282: 2009/07/06(月) 03:30:52 ID:???
 口から出た言葉とは裏腹に、体全体が火照っていくのが彼女にもわかった――瞳を閉
じろと、どこかアスカの心の一部が、訴えかける。

(どうしてよ、シンジはただの幼なじみじゃない……腐れ縁なだけで………好きじゃな
いのに……)

 胸中でうめき繰り返す――好きではないと――呪文のように、あるいは祈りのよう
に。どちらも似たようなものだが。

(絶対に好きじゃないんだから!)

 断言する。彼に感じていたのは嫌悪と憧憬、理解と不理解。だが、それらがそろえば
――おおむね好きと変わらない。

 彼の顔はもうあと数センチのところまで近づいている――互いの吐息さえ感じられた。
 ただの特別な幼なじみの笑顔を見て、彼女は抵抗するのを止めた。
(でもまあ、これは夢だもんね)

 自分に言い訳をして、苦笑する。少女は目を閉じた。
 そして――

 二人の唇が重なった。

 ――ヂリヂリヂリヂリヂリヂリ――

 シンデレラに十二時を知らせる鐘のようにと言えば聞こえがいいが――無粋な音を響
かせる目覚まし時計に邪魔され、アスカは目覚めた――触れ合った唇の温もりも感じら
れないまま。

 呪詛をこめた視線で枕元の時計を睨むが、時計は動じた様子もなく大小の針でいつも
どうり午前七時三十分を指していた。

(あと五分、眠っていたかったな……)

 もう少し夢の続きを見ていたかった。そんなことを考えている自分に気づいて、はっ
とする。

(私ったら、なに考えてるのよ!あれは悪夢よ、悪夢。早く忘れなくちゃ)

 そう念じるのだか、目覚めた瞬間に忘れてしまうような普段の夢と違って、すぐに記
憶から消せそうにはない――それどころか鮮明に蘇って彼女を焦らせた。

 部屋の隅にある鏡を覗くと、いつもの自信に溢れた勝気な少女ではなく、恥ずかしそ
うに顔を伏せた――それでいてどこか嬉しそうな、そんな少女が映っている。

(こんなの私らしくない。私は惣流・アスカ・ラングレーなのよっ!)

 アスカは勢いをつけて、ベットから飛び出た。

283: 2009/07/06(月) 10:18:37 ID:???
GJ!きゅんってしたぁぁぁ。
なんて甘酸っぱい。

引用元: 落ち着いてLAS小説を投下するスレ 15