320: 2009/07/19(日) 03:57:43 ID:???
それはただ、同じ空間を共有しているだけにすぎなかった。
始まりを迎えた時こそ笑い声や他愛も無い会話、そんな当り前の日常が転がっていた。
けれどそれは、時を重ねる毎に消え、何時しかただそこにお互いがいるだけ。
それ以上でもそれ以下でもない空間へと変貌したのだ。
何が悪いのか、何が良くなかったのか、その過程など今更どうでも良いのかもしれない。
そうなったという結果だけが、転がっているのだから。

「アンタ見てると、ホンットイライラすんのよねっ! 鬱陶しいったらありゃしない!」
「……ゴメン」

少女の心を抉る罵声に少年の内罰的な謝罪。
そして女性は、この惨劇を知り得ながら家を空けるか、眠り扱けるだけ。
こんな形だけの家族に、終焉が訪れるのは時間の問題であり、修復など不可能である。
そんな中、少し遅れた梅雨に晒された日曜日。
その日がやってきた。

「偶には三人で買い物にでも行きましょーか」

発端は何てことはない女性の一言から。
一時でも『家族』であることを認識させるが故の行動か、それとも己が欲する一時の悦楽を与えてくれる甘美な美酒を得るが為だったのか。
『今』となっては知る由も無い。いや、知る必要も無い。

「三人で……ですか?」

そんな女性の提案に困惑した表情を浮かべる少年。
少年にとって女性と少女はもはや他人でしかない。それは『象徴』とも言えるほど。
『家族』などと言う枠に抑え込みながら、その実、『他人』よりもその距離が近いだけ、一層の孤独を与えることにしかならないとは何とも皮肉な話であり、
その分、心の痛みが増すだけだ。
そんな自分を傷つけるだけの存在に何故今になって行動を共にしなければならないのか。
大体、少女が承諾するわけもない。少年は心からそう思った。
当然と言えば当然である。あれだけ少年を忌み嫌い、何かと『暴』の矛先とし、お互いに傷付け合う存在。
少年だって出来うる限り行動を共にしたくない、と思っているのに少女が思わないわけがない。

321: 2009/07/19(日) 03:58:51 ID:???
だから、結局、女性とふたりだけで買い物に行くことになるだろうと踏んでいた。

「……そうね、別に良いわよ」

だが、結果は予想と大きく掛け離れたものとなる。
少女がそれを良しとしたのだ。
生活必需品を少年ではなく、己が手で購入しなければ汚れていると感じるためか、ただの気紛れか。
これもまた『今』となっては知る由もなく、知る必要も無い。

こうして久方ぶりに『葛城家』の面々は、ペンギン一羽に留守番を頼み、出掛けることになったわけである。
しかし、共に行動したところで何も変わらない。
車中、誰も口を開かず、言葉を発さず。
聞こえてくるのは車が道路を走る音だけ。
女性は運転に集中し、少女は顎に手を掛け窓から移り行く景色を眺め、それぞれに心の壁を造り出す。
だから嫌だったんだ……、誰に言うわけでもなく、自分の心に言い聞かせる。

結局、人と人が分かち合えることなど困難を極め、分かち合えたところで無意味であることを示す、何てことは無いどこにでも転がっている物語なのだろうか。
否、そうではない。それならば、この日を選ばず、別の日に目を傾ければ良いだけのことなのだから。
では、何故この日だったのか。
それはまだ自覚していなかった少年の、ある『スイッチ』が鍵を握る。

そのスイッチは自動ドアを潜り、少年が店内へと足を踏み入れたときに『ON』になる。
何時もの買い物と変わりなければ、それもまた平凡な一日でしかない。
だが今は傍らに、女性と少女が共にしている。
偶然と呼ぶか、奇妙と呼ぶか、はたまた奇跡と呼ぶか、それはそれぞれの自由であるが、それも結局『過程』を彩るオブジェでしかない。
起きたからこそ意味がある。何事にも『始まり』があるように。


程なくして目的地に到着。面々は店内へ。
少年は『習慣』という言葉がぴったりなほど慣れた足付きでカート前へと移動し、慣れた手付きでそれを利用する。
今日のメニューは何にしようか、などと先ほどまでのどんより雰囲気はどこ吹く風。
特売のポップが記されたレタスを左右の手に携えながら品定め中。

322: 2009/07/19(日) 03:59:39 ID:???
そんな時、どさどさどさっ、と聞き慣れない音。

「……ちょっとアスカ。何コレ?」
「…………ふん」

レタスの重さを比べていた少年が目の当たりにしたのはカゴの中のお菓子の山。
当然、運び出したのは少女である。
だが、少女は悪びれた様子を見せるどころか質問に答えるつもりもないらしく、またどこぞへと足を運ぶ。

「どこ行くんだよ、コレは何?って聞いてるじゃないか」
「……うっさいわねぇ! 黙ってアンタはそれを買えば良いのよ! それとも何? アンタ、私に文句でもあるわけ?」

ぶわっ、とどす黒い雰囲気を醸し出し、何時ものように『暴』を剥き出しにする少女。
内容だけ見れば陳腐なもので、お菓子の買い過ぎ、という事なのだが、もはや修復不可能なこの『家族』にしてみれば、
たったそれだけのことでも、ガラスを釘で引っ掻くか如く、大きな傷を心に付ける出来事。

少しの小言を漏らしさえするものの、こうして凄んで見せれば何時もの様に内罰的な『ゴメン』が出るに決まっている。
少女はそれが判っているにも関わらず、その事にどうしても苛立ちを隠せなかった。

ホラ、言うんでしょ、また、『ゴメン』って。で、結局流されるだけなのよね、アンタは。

その決まった流れに少女はうんざりとし、そしてそれしか言わない少年と、それを言わせる自分に更に苛立ちを覚える。
だから、決まったその台詞を聞く前に少女は踵を返し、その場を後にしようとした。
だが、既にその『スイッチ』は入っている。

「あるに決まってるだろ!」

ぎょっとして後ろを振り返る少女。
謝罪の言葉を述べ、俯き加減に子犬の様な眼を向けるだけの少年がいるものと疑わなかったが、そこには眼と眉を吊り上げ、明らかに怒っている少年の姿。
まさか言い返してくるとは思っていなかっただけに少々たじろいてしまう。

「もう、こうやってお菓子ばっかり買って! ご飯前に食べないで、って言ってるのに食べる気なんだろ!?」

323: 2009/07/19(日) 04:00:21 ID:???
「……べ、別に私の自由でしょーが!」
「しかもスナック菓子ばっかり……。こんなのばっかり食べてお腹膨らませて、ちゃんとした食事を取らないなんて許せるわけないだろ」

クスクス、と周りのお客から笑い声が漏れる。
少年は特に気にもしていない様子だが、少女は頬が暑くなるのを感じ、それを振り払うかの如く、更に険しい言葉を投げ掛ける。

「黙れ、黙れ、黙れ!! 訳判んないこと言ってんじゃないわよ! アンタは黙って人形のように言う事聞いてれば良いの!! 人にすがるだけのアンタにはお似合いだ!」

声を荒げ、憎悪の感情を隠そうともせず、全身全霊で少年にそれをぶつける。
何時だったか、これと似た事を前にも言った気がする。
その時の少年の目。純粋な漆黒、それでいて光をまったく宿さない瞳、それを思い出す。

アンタはそうやって、他人は愚か自分さえも見ようとしないのよ。……この、私も……。

だが、光を宿さない瞳。それは少年だけではなく、少女も同じであることに気付いてはいないのだろう。
こうして行われる一方的な『暴』。
これが葛城家の出来事ならば、またお互いに傷を造る一幕でしかない。
だが、ここは店内であり、既に少年は『スイッチ』が入っている。
そう、無敵の『主婦モード』の『スイッチ』が。

「コラ! お店の中で騒いじゃ駄目だろ! 大体、お菓子ばっかり食べてちゃんとした食事を取らないから太ったりするんだよ!」

純粋で漆黒、それでいて光を宿さない瞳、どころか、明らかにお怒り的な炎を浮かべる瞳。
てっきり今度こそ何も言い返して来ないだろうと思っていた少女は、『体重』という予想外の話題に一気に頬を発火させる。

「な、な、な!!」
「食べなければ太らないわけじゃないんだよ? 大体、そんなので体重落としたとしても
 ちゃんとした食事、ちゃんとした栄養を抑えた上で、始めて健康が成り立つものなんだから、意味無いよ?」
「なんで、アンタが!」
「この際だから言わせてもらうけど、お風呂上がりにバスタオル一枚でうろつくのも止めなさい」
「ぐっ!」
「年頃の女の子が、まぁ、はしたない」

324: 2009/07/19(日) 04:01:19 ID:???
「ち、ちらちらと横目で見てる癖に、なにをえらそーに!」
「欲情の目ではなく、落胆の目で見てるんだよ、もうっ。で、その後にはコップも使わずに牛乳をパックでラッパ飲み――――」
「わ、判ったわよ! 戻して来れば良いんでしょーが!」

少女の叫びとも言える言葉に、一時は身を顰めるギャラリーではあったが、少年の、まるで母親が子供を叱るかのような物言いに、またしても笑い声。
流石に自分が叱られている状況、そしてそれを笑う人々の声、それらに少女は耐えかね、顔を真っ赤にしたままカゴの中に収められていたお菓子の山を再び手にした。
未だ嘗て味わったことの無い屈辱と敗北感。
それをよもや少年から与えられるとも思っていなかった少女ではあるが、シンクロ率を抜かれたあの時、憎悪を感じ取ったあの時とは違う感覚に戸惑う。

恥ずかしいったらありゃしない!
……でも、何で『腹立たしい』だとか『憎い』って感情じゃなくて、『恥ずかしい』って思うんだろ。
……ん~、違う。それもしっくり来ない。……見返す? あっ、『見返してやりたい』って思ってる?

そうではないか、という答えは導き出せた。しかし、ではなぜそう思うのかが理解出来ない。
ふと、何となしにちらり、と振り返って見る。そこには、やれやれ、と言わんばかりに困った表情を浮かべる少年。

……ふ~ん、ちょっとは……見てて……くれてたんだ。

自分の食事事情、乙女の体重事情、そしてそられを含めて怒ってくれたこと。
何となしに、そこから生まれるのは『嬉しい』という気持ち。
その感情が生まれたことにも、何でかな?と首を傾げてしまう。
それはまだ、感じたことのない『家族』としての感情。

「……アスカ」

突然、少年に呼び止められる。
今度は、ちらりと覗き見るようにではなく、体ごと向き直して少年を見やる。
はぁー、っと溜息を零しながらも、ほんの少し柔らかい笑みを浮かべる少年。
それがどこか懐かしく、少し暖かかった。

「三個までね」
「……えっ?」

325: 2009/07/19(日) 04:02:14 ID:???
「三個までなら、買って良いから」

その言葉を理解した瞬間、何故だか判らないが少女も笑みを零す。
久しく忘れていた、暖かい笑顔を。

「ケチ。どうせならキリ良く五個にしなさいよ」
「ダーメ。三個まで」
「むぅ~、じゃあ間取って四個!」
「…………もうっ! その変わり食事前には絶対に食べない、って約束だよ」
「おっけぇ! 交渉成立ね!」

……なんだ、まだ私、笑えるんだ。……コイツも、まだ笑えるんだ。
時間で言えばそれほど経っていないが、既に遠い過去に置き去りにされた記憶を遡れば、陳腐な『家族』でも笑っていられた映像が頭の隅に残っている。
最近ではそんな余裕なんて一切無かったというのに、それでも今、またその時のように話し、笑い合っている。
たったそれだけでも、単純に嬉しい。
それが、今、少女の素直な気持ちだった。

「じゃあ、どれにしようかなー」
「……そういえば」
「んっ?」
「ミサトさんは?」
「ミサト? さぁ、知らないわよ、別に一緒に行動してたわけじゃないし」
「……じゃあ、何処にいるかも知らないってこと……?」
「そうなるわね」
「………………」
「?」


「それでは、カードをお預かり致します」
「はい、どうぞ」
「はい、ありがとうございます。それでは、そちらの機械に親指をお乗せ下さい」
「はいはい、っと」

326: 2009/07/19(日) 04:03:19 ID:???
ふんふふ~ん♪と鼻歌などを奏でながら女性はご機嫌であった。
レジの棚に置かれた缶ビールのケースを愛おしそうに撫でている。
だが、突然、その指が動きを止める。

『朝から飲酒は良くないですよ?』
『まったく、そんなんだから加持さんにも愛想尽かされるのよ』

何時からだろう、そんな自分を心配する声が聞こえなくなったのは。
何時からだろう、そんな自分に軽い悪態を吐かなくなったのは。
何が悪い?と聞かれれば、それは間違いなく自分。
でも、もうどうしようもない。どうしたら良いかも判らない。
だからこそ、なのか、もう見て見ぬ振りをするのは。
我ながら卑怯だとは思うが、既にバラバラなのだ、『家族』は。

「あの……お客様?」
「あっ、えっ? ……あ~、ごめんなさいね、ちょっち考え事してたものだから。カードの返却ね」

店員に呼ばれている事にも気付かず、考え事に没頭していたようだ。
慌てて差し出されていたカードに手を伸ばし、受け取る。

「それで、お客様……」
「んっ? どうかした? えっ、もしかしてカードの有効期限が切れてた?」

何とも居た堪れない表情を女性へと向ける店員。
それを感じ取った女性は何らかのあってはならないトラブルが起きたのではないかと推測する。

「いえ、そちらは問題有りません」
「じゃあ、指紋が本人の物と認識されなかったとか?」
「いえ、そちらも問題ございません。葛城 ミサト様、ご本人と認識されておりますし、お支払も既に済んでおります」
「あっ、そっかそっか! ごめんなさいね~、さっさとレジからどかないと次の人に迷惑だもんね~」
「あっ、いえ、そういうわけでもなく……、あの、お呼びですよ?」

327: 2009/07/19(日) 04:04:40 ID:???
店員の訳の分からない言い分に、誰が?との台詞を吐こうとした瞬間、どうして店員がこうまで居た堪れない表情を出していたのか。
どうして言い難そうにしていたのか、女性は理解した。理解せざるを得なかった。

『――改めて迷子のご連絡です。葛城 ミサトちゃん、葛城 ミサトちゃん。碇 シンジ様がお待ちですので至急五階の迷子センターまでお出で下さい』

そんな館内放送。
その内容が全て告げられた時、かたーん、と女性の右手に握られていたカードが地面との協和音を奏でる。
女性は既に耳まで真っ赤。
その事態を目の当たりにし、更に居た堪れない気持ちが湧き上がるものの、店員は心を鬼にして、更に一言漏らす。

「あの、お呼びですので、急いでお向い下さいませ……」


「おっ、来た来た」

少女の目線の先、そこにはビールケースを抱えながら顔を真っ赤にした女性の姿。
怒りから来ているのか、それとも羞恥心によるものか。
まぁ、多分その両方を携えてるからこその真っ赤な顔なのだろうな、とどこかのんびりと考えてしまう。
あれだけの事をされたのだ、きっと怒鳴り込むに違いない。
けれど、何となく判る。それが良い意味で上手くいかないことを。

ずんずん、と力強く歩を進める女性。
このような事態へと陥れた張本人を補足。そして、大きく息を吸い、その名を呼ぶ。

「ちょっとシンジ君! どーいう―――」
「ミサトさん、何処行ってたんですか!!」

だが、それは少女の予想通り、全て発せられる前にそれ以上の怒号で遮られる。
きょとんとする女性。そしてそれを見、ほーらね、などと小声を漏らし、肩を小刻みに揺らしながら笑う少女。

「てっきり一緒にいると思ったのに、気付いたらいないんですよ!? 心配するじゃないですか!!」
「……いや、あの……」

328: 2009/07/19(日) 04:06:08 ID:???
「もうっ、ビールを買うんだったらそう言って下さい! 大体、ちゃんとその事も考えてましたよ!?」
「……え~と、その……」
「重い荷物は最後に買うようにしないと! そんな重いの持ってたら、いろいろ見て回るのも大変じゃないですか!」
「……はい、すいません……」
「はい、判ってくれればそれで良いです。一度、ビールを車に置きにいきましょう。重いでしょ、僕が持ちますよ」
「……うん……ごめんね、シンちゃん」
「もう良いですから、ほら行きましょう」

ビールのケースを受け取り、歩き出す少年。
その後ろ姿を呆然としながらも見つめる女性は、今、起きた出来事がまだ良く理解できていなかった。

「ミサトちゃん、怒られちゃったー」

クスクス、と笑い声が聞こえる。
ぐぅっ、となんとも言えない声を漏らしながらも、笑い声を発する少女に女性は耳打ち。

「……ねぇ、シンちゃん、どったの?」
「さぁ? ここに来てから、急にあんな風になったのよねぇ」

私も怒られたしね、と苦笑気味。

「もしかしてシンちゃん、買い物する時、完全に『主婦』に成り切ってる?」
「可能性あるわね、アイツ、単純バカだし」
「…………なんとなく、お母さんに怒られた、って感じがしたわ」
「……同感。実際には、そんな経験、ないのにね」

どこか懐かしむように遠くを見つめる少女の瞳。
ぽろっ、と零した一言だったが、女性は、その一言が少女にあらぬ想いを持たせてしまったかもしれないことに少し複雑になる。

「でも、この雰囲気、って言うのかしら? 『こんな風』に話すのって、何だか久し振りだわ」
「そうね。……でも偶々、よ。そう、偶々。続いたとしても今日までで、明日になれば、また何時もの日常に戻るだけよ」
「……かもしれないわね……。あ~あ、やっぱり私の責任よね……」

329: 2009/07/19(日) 04:07:34 ID:???
「なーに言ってんのよ。ミサト、アンタ自分が神様にでもなったつもり? 誰が悪かったとか、どれがいけなかったとか、関係無いのよ。結局はなっちゃったんだから」

そう、幾ら過去を振り返ろうとも、全ては『後の祭り』なのだ。
過程など、結果の前ではただの彩るオブジェでしかなく、ただの言い訳。
現状を無しになど、誰にも出来ないことだから。

「二人とも~、早く行きましょうよ~」
「「は~い」」

そして、未来もそう変われるものじゃない。
結局そのままズルズルと引き摺られるかの様に、前に進むしかない。
そう簡単に、現状を打破できるなら、人間何にも困りなどしないのだ。

「ねぇねぇ、シンちゃん。私、今日は生姜焼きが食べたいな~」
「迷子になったミサトが権限あるわけないでしょッ! シンジ、今日はハンバーグしなさい、ハンバーグに」
「え~、良いじゃん別にぃ~!」
「良くない!」
「はいはい、喧嘩しない。売り場を見ながら考えましょ」

でも、特別な、たった一日でも、特別な今日も無しには出来ない。
これから、どんな事が待ち受けていようと、どれだけ悲しもうと、どれだけ苦しもうと、どれだけ傷付けられようとも、この日を無くすことは出来ない。
そして、これが大切な第一歩とも成り得る可能性も。

これからも、こんな日が続く日常を得られる時が、来るように。
それだけを願いながら。

そんな『昔の』葛城家。


「という事があったんですよ」
「へぇ~、そうだったのか」

330: 2009/07/19(日) 04:08:43 ID:???
三人で買い物には良く来るのか、という男性の質問に答えるうち、何時しか思い出話に花が咲いたようである。
にこやかに、あの日が多分、原点だったんだと思います、そう答え、思い出の中と同様、レタスを品定めする。

「それよりも、加持さん。最近良く、飴、食べてますね」
「ん? ああ、これ?」

男性が口に銜えるそれ。所謂、キャンディー。
何重にも束ねた紙をスティック状にし、その先端に飴玉がある持ちやすい形式のタイプ。

「禁煙中で、何か口に咥えて無いと落ち着かなくてな。大体、スーパー内で吸うわけにもいかないし」
「禁煙中じゃなくて、完全に止めたんですよね?」
「うっ、そうだな……」

ギラリと光る少年の眼光。それに少し気負いされながらも即座に肯定の言葉を述べる。

「うんうん、それが一番です」
「ははっ、まったくシンジ君は……」
「はい? 何ですか?」
「いや、完全に――」

男性が続けて言葉を述べようとした矢先。
どさっ、と大きな物音がひとつ。
その音がする方向、即ち、先ほど少年が用意したカート。それに備えつけられているカゴ。
そちらに目を向けて見れば。

「何やってるんですか、二人とも……?」
「……あ、あはは」
「……い、いやぁ、これも買ってもらおうかなって……」

少女が両手一杯に抱えるはお菓子の山。
女性が両手一杯に抱えるは缶ビールの山。
親が見ていない間に、カゴの中へお目当ての物を黙って混入させる子供そのものである。

331: 2009/07/19(日) 04:10:03 ID:???
「へえぇぇ……」

少年の頭に久しく見ぬ、大きな♯マークがひとつ。
相変わらず苦笑を浮かべることしか出来ない女性と少女。

「今直ぐ、返してきなさーい!!」
「「はーい!!」」

慌てて逃げ出す女性と少女、そして握り拳をつくった右手を大きく天に翳す少年。
そんな光景を目の前にし、男性は、くっくっく、と声を漏らし笑いながら、先ほど述べようとした台詞を誰に聞かせるわけでもなく、放つ。

「本当、お母さん、だな」

まぁ、そんな風に役割が変わるのも有り、かもな。
ピコピコ、と飴玉から延びるスティック状の白い棒を上下に動かしながら、この平凡で素敵な世界に乾杯、と思う男性であった。

そんな『今の』葛城家。

332: 2009/07/19(日) 10:42:21 ID:???
GJ!

333: 2009/07/19(日) 13:33:33 ID:???
葛城家シリーズ復活キタ━━(゚∀゚)━━?
GJ

334: 2009/07/19(日) 13:38:45 ID:???
なんかいい話だなぁGJ

引用元: 落ち着いてLAS小説を投下するスレ 15