1: 2013/06/03(月) 22:47:18.69

 電池がなくなれば、携帯電話なんてただの箱だ。そう思い知る。

千早「……」

 機種変更したばかりのスマートフォンを何度も軽く叩いてみたけれど、電源は入らない。
 春香や我那覇さんに765プロのみんなの写真や映像を入れてもらって、それを見ていたら簡単に電池が切れた。

 前の携帯ではそこまで使うことがなかったから、驚いている。

千早「……いいところだったのに」

 プロジェクト・フェアリーファンクラブ限定の特典映像を見ていたら、良い所でシャットダウンした。
 四条さんが「蕎麦にわさびといえば……」に続いて何と言ったのか、気になって仕方がない。

 私は少々落胆して、鞄に携帯電話をしまった。


https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1370267238/

2: 2013/06/03(月) 22:52:23.75

 電車内、家に着くのはもう少し時間がかかる。
 音楽も全てここに入れてしまったから、曲を聞くことも出来ない。

千早「……」

 走行音をバックに、夜の景色を眺めるだけ。
 そんな夜もなかなか良いけれど、なんとなく慣れない。

 美希や水瀬さんから送られてくるメールに返信したり、
 亜美、真美、律子のメッセージに既読だけでなく返信をしたり。

 そんなことも、全て電車の中でやっていた。


3: 2013/06/03(月) 22:58:24.94

 携帯電話が無いだけで、私自身までがバッテリー切れしたようにやることがなくなる。
 昔はそんなことはなくて、ひとりでもいくらでも何かに逃げることが出来た。

千早「……っ」

 鞄から、プロデューサーがくれたツアーライブの資料を取り出す。

 765プロダクション。
 その場所が、優しい場所が……私を、受け入れてくれたから、今があるのよね。

 楽しい話をするのも、悔しいねって言い合うのも。

4: 2013/06/03(月) 23:01:59.12

 電車のドアがゆっくりと開く。隣のサラリーマンがそそくさと降りていった。
 次の駅が、私の家の最寄りだ。

 春香と我那覇さんに、連絡を取らないと。

 ――今日は不定期開催の、『同い年反省会』だ。
 反省会といっても、お菓子を食べてジュースを飲んで、私の家で一晩過ごすだけなのだけれど。

 それがとっても心地よくて、私は大好きだ。

 いつもは寝に帰るだけの場所が、あの事務所と同じような空間に早変わりするのだから。


5: 2013/06/03(月) 23:07:10.63

 ガタン、ゴトン。
 いろいろな人を詰め込んだ電車は揺れる。

 私より少し早く事務所を出たふたりは、きっともう駅に付いているはずだ。

 もしかしたら、電話をかけているかもしれない。
 駅についたら、公衆電話を探しましょう。

千早「……そろそろかしら」

 電車内にあるモニターは、最寄りの駅名を表示していた。


6: 2013/06/03(月) 23:13:50.51

千早「……」

 到着した。ドアの前に立ち、開くのを待つ。
 やがてドアが開いて、人を吐き出していった。

 階段を下り、あたりを見渡す。
 ふたりはまだ居ない。

 改札を通って公衆電話を探す。しかし、記憶と違って駅には公衆電話が設置されていなかった。
 おかしいわね、前はここに確かにあったと思うのだけれど。

 普段、公衆電話を必要と思っていないから……きっと、曖昧なのね。


7: 2013/06/03(月) 23:22:46.57

 自宅のある方向に歩いて行く。電話ボックスを探しながら。

千早「……ないわね」

 緑色の看板のコンビニエンスストア。個人経営らしい焼き鳥屋。
 チェーンのハンバーガー店。人が入っているのか分からない、寂れた雀荘。

 この街の雑多な雰囲気は、今の私にはよく似合っている。
 昔の私は、この街があまり好きではなかった。

 そんな、音楽しか拠り所のない私に、いろいろな要素を詰め込んでくれたみんな。
 私を、仲間と認めてくれたみんな。

 一貫性に欠けているものが、皆苦手だったあの頃。


8: 2013/06/03(月) 23:28:54.04

 しばらく歩いて、マンションの近くにある公園。
 街頭がついていても薄暗く、何かの鳴き声が聞こえている。

千早「……あっ」

 電話ボックスがひっそりとひとつ、そびえている。
 こんなところに設置されていたのね。

 近づくと、誰かが中に入っているようだった。
 そして外にひとり並んでいる。

千早「……?」

 どこかで見たことがあるような立ち姿だ。

千早「……我那覇さん?」


9: 2013/06/03(月) 23:36:43.62

響「へ? あれっ、千早!」

 電話ボックスが開き、「えっ?」と誰かが顔を出す。

千早「春香も」

春香「千早ちゃん……」

千早「どうして公衆電話に?」

春香「いやー、あはは。ケータイ忘れちゃって」

響「自分の電話は電池切れちゃって。千早に電話かけてたんだぞ」

千早「ごめんなさい、私も電池切れ」

響「えっ、そうなのか?」

春香「そっか、だから繋がらなかったのかぁ……ちょっと不安だったよ」

 春香と我那覇さんの言葉に、笑って返した。

千早「ごめんなさい。うちに、行きましょうか」


10: 2013/06/03(月) 23:41:05.81

 みっつのグラスがそれぞれぶつかり、気持ちのよい音を立てる。

千早「乾杯」

春香「乾杯っ」

響「乾杯!」

 オレンジの炭酸飲料を一気飲み。

響「ぷはぁ……おいしーい」

春香「なんだか久しぶりだね」

千早「ええ、最近は仕事であまり集まれなかったから」

12: 2013/06/03(月) 23:49:45.13

 床には、充電中の電話が二台。オレンジ色の光を灯して、力を蓄えている。

春香「……千早ちゃん?」

千早「……あ、ごめんなさい」

響「どうかしたの?」

千早「……いいえ、なんでもない」

響「変な千早だなぁ」

春香「ふふっ」


13: 2013/06/03(月) 23:53:03.99

千早「それで、萩原さんがね――」

響「あははっ! すっごく雪歩っぽいな!」

春香「……」

千早「そして……って、春香?」

響「ん、どしたー春香」

春香「あー、ごめん……ちょっと眠いかな」

千早「……そう。それじゃあ、私達もそろそろ寝る?」

響「そうだね。明日はみんなでオフ取ったけど、早寝の方が健康的だし」

 春香が船をこいでいた。今日は確か、朝から隣県のショッピングセンター巡りのロケだったわね。
 きっと疲れているはず。

14: 2013/06/03(月) 23:57:57.18

 テーブルを壁に立てかけて、布団を敷く。
 春香をベッドに運んで、私と我那覇さんは布団で眠ることにした。

 既に春香はすうすうと可愛らしい寝息をたてている。

響「疲れてたんだな、春香」

千早「ええ。明日改めてやりましょう。反省会」

響「うん、自分まだ話し足りないからな」

 明日の朝にシャワーでも浴びよう。
 夜に入浴するだけの気力が残っていない。


15: 2013/06/04(火) 00:08:31.85

響「ふあーあ……」

千早「ふふっ、我那覇さんも疲れてるんじゃない? ふわぁ……」

響「あはは、そっくりそのまま千早に返すぞ。その言葉」

千早「そうね、私のバッテリー、そろそろ切れそうよ」

響「電話とかけてるのか? 面白いな」

千早「だから充電しないとね」

響「うん、そうだね」

千早「おやすみなさい、我那覇さん」

響「おやすみ、千早」

 青いパジャマが、よく風を通して涼しい。
 一枚の毛布をかけて、目を閉じる。


16: 2013/06/04(火) 00:20:08.71

 そろそろ、私自身の瞼が落ち……電池が切れる。

響「すぅ…………すぅ…………」

 我那覇さんの寝息が聞こえ始めた。


 ねぇ、ふたりとも。
 携帯電話ってとても便利だと思う。ただ、電池が切れたらそれはただの箱になるわよね。
 そうしたら、みんなと連絡をとることも、写真を見ることも出来なくなってしまう。

 それでも、こうやって会って一緒に眠れるうちは。
 少しぐらい電池がなくても、寂しくないって思うの。

 だって、私たちはずっと…………でしょう?

17: 2013/06/04(火) 00:21:07.22

 スマホが上手く扱えない千早を書こうとしたんですが、それは別の所で。
 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

18: 2013/06/04(火) 00:35:11.15

凄く良い雰囲気だった

引用元: 千早「バッテリー切れ」