1: 2021/09/08(水) 21:00:08.467
― スラム街 ―

悪女「新入りィ……お前、スラムの外歩いてる商人から金品奪おうとしたらしいな」

新入り「へい……」

悪女「いったよな? “外のモンから盗むな”って。あたしらは山賊じゃねえんだ」

新入り「す、すんません……」

悪女「どれでもいい。指出しな」

新入り「へ、へい」サッ

ポキッ

新入り「…………ッ!」

悪女「掟破ったら、指一本ヘシ折る。新入りも例外じゃねえ」

3: 2021/09/08(水) 21:03:21.793
新入り「う、うう……」

悪女「だが、指折られても悲鳴上げねえとは、なかなかの根性じゃねえか」

新入り「どうも……」

悪女「今回のことはしょうがねえ。その調子で頑張りな! 期待してるぜ、新入り」ニコッ

新入り「あざっす!」ニカッ



大男「ったく指折った相手を笑顔にするなんて、姐(あね)さんにしかできねえ芸当だ」

眼帯「腕っぷしだけじゃねえ。あの人を惹きつける妙な力で、スラムをまとめあげやがったからな。
   姐さんは……」

5: 2021/09/08(水) 21:06:12.540
金髪「姐さん」

悪女「どうした?」

金髪「妙な奴が、姐さんに会いたいっていってきてるんですが……」

悪女「妙な奴?」

金髪「“教会の司祭”だとかほざいてる若い男です。どうしますか? 追い返しますか?」

悪女「教会ィ? おもしれえじゃねえか。会ってみたい。通してくれ」

金髪「分かりました」

6: 2021/09/08(水) 21:09:21.911
司祭「初めまして」

悪女「おう。神に仕える人間がこんなとこになんの用だ?」

悪女「あたしはむやみに外のモンに手ェ出すことは禁じてるが、
   そっちからスラムに入ってきた場合は容赦しねえ。
   くだらねえ話だったら、マジでこの場で神様んとこ行くことになるぞ」

スラム住民すら息を飲む迫力。が、司祭はひるまない。

司祭「ビジネスの話を持って参りました」

悪女「ビジネスぅ?」

司祭「もし引き受けて下さるのであれば……前金としてこれだけお渡ししましょう」ドサッ

札束が置かれる。

オオッ…

悪女「よくこんな金用意できたな」

司祭「聖職者というのは儲かるものなのですよ」

9: 2021/09/08(水) 21:12:22.576
大男「す、すげえ!」

眼帯「こんな大金見たことねえ!」

ザワザワ…

悪女「あんまりがっつくんじゃねえ! みっともねえ!」

眼帯「す、すんません……」

悪女「これだけあれば、駄菓子の『うまいスティック』何本買えるかなぁ……」

大男「姐さんが一番みっともないっすよ!」

悪女「えへっ」

司祭「…………」

10: 2021/09/08(水) 21:15:23.691
悪女「この金はもらっとく」

司祭「ということは、引き受けて下さると?」

悪女「ああ、どんな汚れ仕事だろうがやってやるよ」

金髪「待って下さい、姐さん。いくらなんでも怪しすぎる」

悪女「んなことは百も承知だ。あたしらが怪しい話に飛び込まなくてどうすんだよ」

金髪「……そりゃそうですけど」

悪女「で、どんなビジネスだ? 久しぶりにワクワクしてきた」

司祭「極秘のビジネスなので、是非人払いを」

悪女「いいだろ。ほら、みんな散った散った!」

チンピラ達が立ち去っていく。

司祭「流石ですね。荒くれ者たちが大人しく散っていくとは」

悪女「一応スラム仕切ってんだ。これぐらいできねえとな」

悪女「んじゃ、ビジネストークといこう。これだけの大金だ、相当ヤバイ仕事なんだろ?」

司祭「はい、かなりヤバイです」

悪女「ゾクゾクしてきた。たまんねえな」

12: 2021/09/08(水) 21:18:17.161
司祭「実はですね……あなたに“聖女”になってもらいたいのです」

悪女「へ? 聖女?」

司祭「正確にいうと、聖女の代わりをしてもらいたいのです」

悪女「ふーん……聖女ね……」

司祭「よろしくお願いします」

悪女「いや、ちょっと待って!」

司祭「なにか?」

悪女「聖女ってあれだろ? 教会に所属して、人々に救いを与えて……みたいなことやる女だろ?」

司祭「その通りです。それをあなたにやってもらいます」

悪女「ハァ~? あたしに聖女の代わりなんて出来るわけねーだろ!」

13: 2021/09/08(水) 21:21:31.351
悪女「あたしは生まれも育ちも生粋のスラムっ子! 教会なんか入ったことすらねえ!
   聖女とまるっきり正反対の悪女なんだよ!」

司祭「いえ、あなたなら出来ます」

悪女「いや無理だって!」

司祭「以前あなたをたまたま見かけた瞬間、ビビビッと来たのです」

悪女「それきっと蜂かなんかに刺されたんだよ!」

司祭「それに、あなたにしか頼めない理由もあるのです」

悪女「どんな理由があるのか知らねえが、聖女の代わりなんてムリムリムリ!
   んな話だったらお断りだ! 金も返す!」

司祭「そうですか、残念だなぁ……」

悪女「あ?」

14: 2021/09/08(水) 21:24:42.287
司祭「スラム統一を成し遂げた天下の悪女が、まさかこんなチキンだとは思いませんでした」

悪女「なんだと!?」

司祭「だってそうでしょう。お金を受け取っておきながら、話を聞いたとたん降りるなんて。
   チキンを越えたチキン……超チキンですよ」

悪女「てめえ!」ガシッ

司祭「殴りますか? 頃しますか? いいでしょう。私は氏を恐れません。
   天国中にあなたのチキンっぷりを広めることにしましょう」

悪女「うぐぐ……」

司祭「さあ、どうぞ」

悪女「分かった……やるよ」

司祭「やる、とは? はっきりおっしゃって下さい」

悪女「“聖女”……やってやろうじゃねえか!」

司祭「おおっ、さすが天下の悪女!」

悪女「うっせえ!」バキッ

司祭「あ、結局殴るんですか」

15: 2021/09/08(水) 21:27:15.648
スラム住民に見送られ、悪女と司祭が出発する。

金髪「姐さん、お気をつけて」

悪女「おう、留守はお前に任せる。しっかり頼むぞ」

眼帯「行ってらっしゃい!」

大男「たっぷりお土産頼んますぜ!」

ワイワイ… ワイワイ…

イッテラッシャーイ… アネサーン… スグカエッテコイヨー…

司祭「大人気ですね」

悪女「へっ、あんな荒くれ者どもに人気でも嬉しくねえよ」

16: 2021/09/08(水) 21:31:13.987
二人は教会にたどり着く。

悪女「へえ~、結構でかい教会じゃねえか」

司祭「ええ、この辺りで一番大きな教会ですから。領民からの信頼も絶大です」

悪女「ここであたしの聖女生活が始まるわけ……ん?」

司祭はまた違う方向に歩いていく。

悪女「おいっ、どこ行くんだよ!」

司祭「まずは“本物の聖女様”に会ってもらいます」

悪女「へ? 本物の聖女は教会にいるんじゃねえの?」

司祭「違います。ついてきて下さい」

悪女「どうなってやがる……」

17: 2021/09/08(水) 21:34:25.211
森の奥深く、目立たぬところに小屋が建っていた。

悪女「ったく、なんでこんなところにいるんだよ。森林浴が趣味か?」

司祭「色々と事情がありまして。このことを知ってるのは、私を含めほんの数名のみです」

悪女「マジでトップシークレットじゃんか。聖女ってのがどんな女か楽しみだよ」

司祭「おそらく、一目でなぜ私があなたを選んだか分かると思います」

悪女「分かるわけねえだろ」



小屋に入る二人。悪女はその瞬間、司祭の言葉は正しいと思い知ることになる。

18: 2021/09/08(水) 21:37:21.210
老執事「お帰りなさいませ」

司祭「連れてきましたよ。聖女様の代わりを務めて下さる方を」

悪女「ちぃーっす」

聖女「あなたが……私の代わりを……」

悪女「…………ッ!」

悪女「おい、司祭!」

司祭「なんでしょう」

悪女「こいつ……あたしに“そっくり”じゃねえか!」

司祭「これで、私があなたを選んだ理由が分かったでしょう?」

悪女「分かりすぎるほど分かったよ……」

悪女(一瞬、なんであたしがベッドに寝てるんだって思っちまったぐらいだ!)

20: 2021/09/08(水) 21:41:33.950
悪女「あんたが聖女か。初めましてだな」

聖女「初めまして……。私もあなたを見て、驚いております……」ケホッ

悪女「聖女っていわれるからにゃ、そう呼ばれるだけのことはしてんだろ? なにしてんだ?
   発光したり、宙に浮いたりすんのか?」

司祭「聖女様は教会を拠点に、村や町を巡り歩き、人々に励ましの言葉を届けています。
   この活動に多くの人間が救われ、いつしか“聖女”と呼ばれるようになったのです」

悪女「なるほどね。ご立派なこって。だが、あたしのスラムに来たことはねえよなぁ?
   所詮あたしらは励ます価値もねえってことか?」

聖女「申し訳ありません。もちろんスラム街も訪ねたかったのですが……」

司祭「私が止めました。いくらなんでも危険すぎると」

悪女「アハハ、それで正解だよ。スラムにあんたみたいな清楚な娘が来たらろくなことにならねえさ。
   イジワルいって悪かったな」

21: 2021/09/08(水) 21:45:47.009
悪女「だけど、なんであたしが代役しなきゃならないんだ?」

司祭「実は……聖女様はご病気なのです」

悪女「病気?」

聖女「はい……咳がよく出て、手足が痺れ、歩くこともままなりません」

悪女「マジかよ……。だがよ、それだったら素直に病気だって公表した方がいいんじゃねえか?」

司祭「しかし、聖女様の励ましは今や大勢の村人、町民が待ち望むものとなっており、
   やめるわけにはいかないのです」

悪女「そういうもんなのか」

聖女「皆様を失望させたくはありません……。どうか……お願いできないでしょうか」

老執事「私からもお願いいたします」ペコッ

悪女「…………」

24: 2021/09/08(水) 21:48:26.536
悪女「ま、いいや。引き受けてやるよ。金もらっちったし」

司祭「ありがとうございます」

聖女「ありがとう……ございます……」ゴホゴホ

悪女「あまり期待すんなよ」

老執事「ではさっそく、こちらにお着替えを。聖女様のお召し物と同じものです」

悪女「うおっ、白くてヒラヒラしてる……」

文句を言いつつ着替える。

司祭「よくお似合いですよ。ますます聖女様そっくりになりました」

悪女「へへ……なんかスースーすんな」

司祭「普段は教会に過ごしてもらうことになります。教会へ向かいましょう。
   くれぐれも自分が聖女であることを忘れずに」

悪女「あいよ」

25: 2021/09/08(水) 21:51:38.862
― 教会 ―

悪女「豪勢な教会だねえ。ホントに庶民を救いたいなら、この金を回してやれよ」

司祭「ごもっともです。耳が痛い」

歩いていると――

悪女「ん。なんだあのおっさん。たくさん僧侶を引き連れてやがる」

司祭「大司教様です」

悪女「大司教?」

司祭「平たくいうと、“この教会のボス”です」

悪女「平たすぎるだろ」

大司教「おや、これは聖女君。今日もどこぞの村や町を回ってきたのかね?」

悪女「ええ、まあ……そうです」
  (どうやら、見た目では全くバレてねえようだな。本当にそっくりなんだな……)

28: 2021/09/08(水) 21:54:27.147
大司教「困るんだよねえ」

悪女「え……」

大司教「村や町の連中に励ましの言葉とやらをかけて、チヤホヤされてるようだが……
    あまり庶民に施しを与えては、教会が安く見られてしまう」

悪女「あ……?」ピクッ

司祭(悪女さん!)コツン

悪女「申し訳ございません、大司教様」

大司教「先代大司教の娘だからといって、あまり調子に乗るんじゃないぞ。
    今、この教会のトップは私なのだ」

悪女「もちろんです……」

大司教「ふん」スタスタ

29: 2021/09/08(水) 21:57:40.065
悪女「なんなんだあの野郎は。ムカつく奴だ」

司祭「聖女様は今、大司教様以上に慕われる存在になってますから。
   自分の権威が脅かされるのではと不安を抱いてるのでしょう」

悪女「あたしにゃ分かる。ありゃあ悪党のニオイがプンプンするぞ。同類のニオイっつうか」

司祭「うかつなことを言わないように」

悪女「へいへい」

司祭「ああ、それとどこで誰が見てるのか分かりませんから、そういう口調も控えめに。
   聖女の入れ替わりを知ってるのは、私や老執事さんだけなのですから」

悪女「……分かりました」

悪女「…………」

悪女(だがよ、あたしはお前からも悪党のニオイがすんだよ、司祭)

悪女(本当に信じていいんだな……?)

30: 2021/09/08(水) 22:01:16.854
……

司祭「今日から、本格的に聖女としての活動をして頂きます。
   ある小さな村で、励ましの言葉をかけてもらいます」

悪女「おう」

司祭「口調!」

悪女「はい」

司祭「頼みますよ。いくら外見がそっくりでも、悪女丸出しの態度をされたら、
   周囲から怪しまれてバレますから」

司祭「そうなったら、このビジネスはここで終わりです。残金の支払いも無しです」

悪女「私、お金のために頑張りますわ!」

司祭「…………」ジロッ

悪女「そう怒るなって! 仕事はマジでやるからさ!」

司祭「不安になってきました……」

31: 2021/09/08(水) 22:04:11.084
― 村 ―

村人達は聖女の登場を心待ちにしていた。

「おおっ……!」 「聖女様だ!」 「来て下さったぞ!」

ワイワイ… ガヤガヤ…

司祭「まもなく始めますので、皆さま並んで下さい」

悪女(たかが小娘に励ましてもらうだけなのに、すげー盛り上がってんな。
   なるほど、代役立ててでも中止できないのも分かる……)

32: 2021/09/08(水) 22:07:19.541
ワイワイ…

悪女「おい」ボソッ

司祭「なんでしょう?」

悪女「なんでしょうじゃねえよ。励ましってどういうことを喋ればいいんだ?
   よく分かんねえけど“神はあなたをお救い下さいます”とかでいいのか?」

司祭「聖女様はあまりそういった言葉は用いません。
   あくまで自分の言葉で、ひとりひとりに言葉を投げかけます。
   だからこそ皆から慕われ、“聖女”と呼ばれるほどになったのです」

悪女「あたしにもそうしろと?」

司祭「はい」

悪女「実質アドバイス無しかよ。まあいい、やってみるか」

33: 2021/09/08(水) 22:10:15.249
農民「ど、どうも……」

悪女「初めまして」ニッコリ

聖女らしいスマイルを浮かべる。

農民「聖女様にお会いできて光栄です」

悪女「私もです」

農民「ぜひ握手をさせてもらってもいいですか」

悪女「ええ、いいですよ」

ガシッ

農民「す、すんません。こんなごつごつした手で……いつも農作業してるせいで……」

悪女「…………」

34: 2021/09/08(水) 22:13:16.886
悪女「いえ、逞しくて、とても温かい手ではありませんか」

農民「え……」

悪女「あなたがこの手で頑張って農作業をしてくれているから、
   私たちはおいしい野菜を食べることができるのです」

悪女「本当にありがとうございます。私はこの手に触ることができたことを誇りに思います」

農民「あ、は……はいっ! これからも一生懸命やります!」

悪女「無理なさらないで下さいね」ニコッ

司祭(ほう……)

35: 2021/09/08(水) 22:15:34.128
村娘「噂では聞いてましたけど、聖女様ってホントお綺麗ですね」

悪女「そうですか、ありがとうございます」ニコッ

村娘「私なんかほら、こんな地味な顔で……」

悪女「そんなことはありませんよ。むしろ私の故郷では、貴女の方が人気が出るでしょうね」

村娘「ホ、ホントですか。ちょっと自信がつきました!」

悪女「いい笑顔です。そうしていれば必ず幸せが舞い込みますよ」

司祭(故郷ってのはスラムのことかな……たしかに素朴そうな彼女は新鮮で大人気になりそうだ)

36: 2021/09/08(水) 22:18:41.352
励ましが終わり――

司祭「お疲れ様でした」

悪女「う~、疲れた」コキッコキッ

司祭「悪女というよりおっさんですね」

悪女「うるせえよ。こんなんでいいのか?」

司祭「ええ、やるじゃないですか。違和感ありませんでしたよ。
   聖女様と会って、なんとなくあの人ならこういうだろうなってことをいったんですか?」

悪女「いいや? ただ思ったことを口にしただけだよ。もちろん口調はそれっぽくしたけど」

司祭「…………」

司祭「あなたには“聖女”の素質があるのかもしれませんね」

悪女「アホか! あるわけねえだろ! さ、帰ろ帰ろ! メシだメシ!」

37: 2021/09/08(水) 22:21:04.499
― 教会 ―

司祭「食事です、どうぞ」

悪女「…………」チュルッ

パンやスープ、サラダを食べる。

悪女「う~ん、薄い。教会のメシってのはこんなに薄いのか?」

司祭「神に仕える者の食事というのはこういうものです。素材の味を大事にしますから」

悪女「味気ねえなぁ。スラムのメシのがよっぽど美味かったぜ」

司祭「ま、どうしてもというなら、調味料ふりかけてもいいですが」サッ

悪女「持ってんのかよ! この悪党!」

40: 2021/09/08(水) 22:24:25.378
― 小屋 ―

聖女「あ……来て下さったのですね」

悪女「具合はどうだ?」

聖女「今のところは……悪女さんも、今日はどうでしたか?」

悪女「まあ、なんとか上手くいったよ。とりあえずはな」

聖女「そうですか、よかった! あなたならきっと大丈夫だと信じていました!」

悪女「ホントかよ」

聖女「ええ、あなたはお優しい方ですから。
   私なんかよりよっぽどためになる励ましの言葉をかけられたと思います」

悪女「あたしが優しい? 冗談だろ。スラムのボスやってんだぜ」

聖女「いえ、私には分かります」

悪女「アハハ、お前と話してると調子狂うなぁ。優しいなんていわれるの初めてだ」

41: 2021/09/08(水) 22:27:19.298
医者「失礼します」

聖女「あ、お医者様」

医者「今日の分のお薬です。さ、どうぞ」

聖女「ありがとうございます」

粉薬を飲み干す。

医者「では失礼します。また伺いますので」

悪女「おつきの医者もいるのか」

聖女「ええ、司祭様が連れてきて下さった御方で、私のために特別な薬を調合して下さってます」

悪女「ふーん……」

42: 2021/09/08(水) 22:31:28.238
― 町 ―

悪女「今日は町か。結構でかいな」

司祭「はい、ですから励ます人数も多いです。大変でしょうが、頑張って下さい」

悪女「ああ、あのお嬢ちゃんの期待にも応えてやらなきゃなんねえしな」

司祭「お、少しやる気が出てきましたか」

悪女「まあな」

……

中年「このところ息子が反抗期で……生意気な口をきくようになり……」

悪女「子供が怖い、可愛い、叱りたくない、という気持ちは分かります。
   しかし、時にはガツンといってあげることが必要なのです」

悪女「悪いことをする人間は心のどこかで止められること、叱られることを期待してますから。
   今ならまだ間に合うはずです」

中年「なるほど……」

司祭(悪のトップがいうと説得力が違う)

43: 2021/09/08(水) 22:33:30.339
商人「聖女様、ぜひ相談させて下さい」

悪女「どうぞ」

商人「つい最近のことなのですが、スラムの近くを通りがかったら、そこの住民に襲撃されましてねえ。
   危うく金や商品を奪われるところでした」

悪女「まあ……危ないところでしたね」

商人「スラム内の抗争が収まり、少しは秩序が出来たと聞いてましたが、
   結局なにも変わってなかったのです」

商人「奴らは国の恥さらしです。領主様ももはや放置しており、手に負えない」

商人「なんとか聖女様のお力で、スラムのクズどもに天罰を与えて下さいませんか。
   このままでは気が収まらないのです」

悪女「…………」

司祭(ま、まずいっ! 悪女さんっ……!)

44: 2021/09/08(水) 22:37:10.459
悪女「私もスラムの方々の蛮行にはひどく心を痛めております」

司祭「え」

悪女「本当に申し訳ございません。聖女として深くお詫びいたします」

商人「いや、あなたが謝らなくても」

悪女「しかしながら、彼らがああいう場所でしか生きられない境遇なのも事実なのです……。
   親兄弟を亡くし、行くあてのない者たちばかりですから。
   もちろん、そんな境遇が免罪符になることはありませんが」

商人「そうだったのですか……それは知りませんで」

悪女「いつか必ず、この私があの方たちを更生させてみせます」

悪女「どうか、もう少しの間だけ、スラムの方々を見守って頂けないでしょうか」

悪女「お願い致します……」

商人「…………!」ドキッ

商人「は、はいっ! ――スラム最高!」

悪女「いえ、最高はおかしいです」

46: 2021/09/08(水) 22:40:38.319
司祭「お疲れ様でした」

悪女「いやー、今日は人が多かったな。みんなどんだけ悩み苦しみ抱えてんだよ」

司祭「ところで……さっきは怒りませんでしたね」

悪女「怒る?」

司祭「スラム住民はクズだといわれて……」

悪女「そら多少はカチンときたよ。だが、ホントのことでもあるからな。
   ウチの連中は酒と喧嘩が大好きな荒くればかりだし、よそから嫌われてるって認識はある」

悪女「だが、そのままじゃスラムに未来はねえ。いつか潰されるか、自分で潰れる。
   だからあたしは悪女として成り上がって、スラムを統一したんだ」

司祭「あなたなりにスラムの未来を想い、抗争をし、勝利したわけですね」

悪女「まぁな」

司祭「やはりあなたは聖女様とよく似ている」

悪女「似てるどころかそっくりだろ。容姿だけは」

司祭「いえ、そうではなく……中身も」

悪女「中身ィ? 冗談よせよ」

47: 2021/09/08(水) 22:43:33.109
帰り道――

司祭「帰って夕食にしましょう」

悪女「まーたあの味の薄いメシかぁ」

司祭「料理人に味を濃くするよう指図しておきますよ」

悪女「おほっ、やったぁ!」

ザザッ…

悪女「なんだ?」

黒い装束の二人組が、悪女と司祭に襲いかかってきた。

悪女「あいつらは……!?」

司祭「下がって下さい、こいつらは私が相手します!」

司祭がメイスを構える。

悪女(へえ、こんな武装してやがったとは!)

49: 2021/09/08(水) 22:46:46.393
二人組と攻防を繰り広げる司祭。

司祭「はっ!」ブオンッ

襲撃者A「くっ!」

司祭「せやぁっ!」バキッ

襲撃者B「ちっ……!」

悪女(やるじゃん。さすがスラムに一人で乗り込んできただけのことはある。
   腕っぷしもあったんだな)

襲撃者A「退くぞ!」ダッ

襲撃者B「おう!」ダッ

司祭「ふう……」

悪女「大したもんだ。スラムでも十分通用するぞ」パチパチ…

司祭「どうも」

51: 2021/09/08(水) 22:49:20.413
悪女「しかし、なんだったんだあいつら? 心当たりは?」

司祭「聖女様のような方を疎んじる人間はいつの世にもいますよ。
   偽善者だのなんだのいってね」

悪女「ふうん……」

悪女「それにしても、かなり訓練された連中だったな。今後気をつけねえと」

司祭「…………」ボソッ

悪女「ん?」

悪女(気のせいか? 今、『やはり来たか』っていったような……)

52: 2021/09/08(水) 22:52:29.964
― 小屋 ―

悪女「具合はどうだ?」

聖女「一進一退といったところですね。なかなか治らず歯痒いです」

悪女「ちゃんと治せよ。お前のふりして分かったが、“聖女”に期待してる連中は多い。
   病氏しちゃいましたなんてなったらみんな泣くぞ」

聖女「はい……私もそういった人々の声に応えたいと思っております」

悪女「ところで、お前は先代大司教の娘だったらしいな」

聖女「そうです。父は、私が幼い頃に亡くなってしまいましたが……」

悪女「母親は?」

聖女「母は私を産んだ時に……」

悪女「そっか……ごめん」

聖女「ふふ、気遣ってくれて、ありがとうございます」

悪女「ふん……」

53: 2021/09/08(水) 22:55:36.757
聖女「あなたは生まれも育ちもスラムと聞きましたが……」

悪女「ああ、ガキん頃からずーっとスラムよ。
   親父がいたけど、あたしが小さい頃抗争でくたばっちまって……」

聖女「まあ……」

悪女「当時のスラムは荒れ放題だった。いくつものグループが乱立して喧嘩、抗争、頃し合い……。
   スラムから出て、山賊みてえなこともやってた。
   あたしはそんなのに嫌気がさして、仲間集めてスラム統一に乗り出したんだ」

悪女「血で血を洗う抗争だったが、今ではこの通り“悪女”と恐れられるボスだ」

聖女「悪女だなんて……英雄じゃないですか! 私なんかよりもずっと……」

悪女「いいんだよ、悪女で。勝つためにド汚いことだってやったし、今ではその呼び名も気に入ってる」

54: 2021/09/08(水) 22:59:18.751
聖女「私もぜひ一度行ってみたいです。スラム街に……」

悪女「よせよせ。貧しくて荒んだ連中ばっかで、わざわざあんたが行くような場所じゃねえ」

聖女「逆です。そういった所に恐ろしくて立ち寄れない“聖女”になんの価値がありましょう。
   どのような目に遭おうと、覚悟の上です」

悪女「…………!」

悪女「お前もなかなか肝のすわった女だな。ちょっと見くびってた」

聖女「ふふ、そうですか。見直してもらえて嬉しいです」

悪女「ま、病気が治ったら遊びに来な。歓迎してやるよ」

聖女「はいっ!」

58: 2021/09/08(水) 23:02:15.920
医者「薬のお時間です」

聖女「はい。いつもいつもありがとうございます」

医者「では失礼します」

悪女「…………」

悪女「たしかお前の症状は、咳や手足の痺れ……だったよな?」

聖女「ええ、そうです」

聖女「ケホッ……あ、また……」

悪女「悪い……用事ができた。今日はもう帰るわ」

聖女「あ、はい……またいらして下さい。あなたと話してると楽しくて……」

悪女「あたしもさ」

59: 2021/09/08(水) 23:04:09.261
悪女は小屋を出ると、医者を追いかけた。

医者「…………」スタスタ

悪女「おい」

医者「なんでしょう?」

悪女「ちょっと話がある」ガシッ

医者「え……」

…………

……

61: 2021/09/08(水) 23:08:13.829
夜――

― 教会 ―

一日の締めくくりとして、日誌を書く司祭。

司祭「これでよし」

司祭(さて、そろそろ寝るか)

コンコン…

司祭(誰だ? こんな時間に……)

悪女「よぉ」

司祭「これはこれは……こんな時間にどうされました?」

悪女「急用ができてな」

司祭「…………」

62: 2021/09/08(水) 23:12:03.023
司祭「いったいどんなご用件でしょう?」

悪女「ようやく分かったことがあってな」

司祭「分かったこと?」

悪女「聖女の病気……ありゃ病気じゃねえ。毒だ」

司祭「毒……」

悪女「ああ、昔スラムの奴が毒で苦しんだ時があってな。あれと似ててピンときたんだ」

司祭「…………」

悪女「んで、医者を締め上げたらよ……やっぱりあの野郎が調合した毒のせいだった。
   毒を飲んで、咳が出たり、手足が痺れてたんだな」

司祭「…………」

悪女「さて、ここからが問題だ。あの野郎は誰に頼まれてこんなことしたと思う?
   なぁ、誰だと思う?」

司祭「…………」

悪女「てめえだよ」ギロッ

68: 2021/09/08(水) 23:14:21.371
司祭「このこと……聖女様に?」

悪女「まだだ。一応事実確認してからと思ってな」

悪女「なぁ、なんであんないい子に毒なんか盛った?」

悪女「説明してもらおうか。納得できなかったら、この場でてめえを地獄送りだ。
   布教する時よりも注意深く話しな」

司祭「分かりました」

司祭「これを見て下さい」ガサゴソ…

司祭は引き出しから、手紙を取り出す。

悪女「これは……?」

悪女「脅迫状じゃねえか!」

聖女に対する殺意や悪意が、おぞましい文面でつづられていた。

司祭「スラム出身のあなたから見てどうです? 単なるイタズラに思えますか?」

悪女「いや……こりゃあガチだな。文面から悪党臭が漂ってやがる」

70: 2021/09/08(水) 23:17:22.694
悪女「聖女にはこれを?」

司祭「見せていません。こんなおぞましい文章、とても見せられませんし……。
   それに見せていたら、あなたを替え玉にする作戦など絶対に反対したはずです」

悪女「そういやそうか」

悪女「犯人の目星はついてるのか?」

司祭「おそらく……大司教でしょう」

悪女「なぜ分かる?」

司祭「いかにも凶悪な異常者といった文面ですが、ところどころに、聖職者でなければ使わない言葉が使われてます。
   教会にずっといるような人間しか犯さないミスです」

悪女「なるほどな」

71: 2021/09/08(水) 23:19:37.148
司祭「もし、このまま各地への訪問を続ければ、聖女様が危ない。どこかで狙われる可能性が高い」

司祭「かといって今、脅迫に屈するわけにもいかなかった。
   聖女様の名声はどんどん広まっており、ここで勢いを止めたくなかったのです」

司祭「だからまず……聖女様を動けなくするため、病気になってもらいました」

司祭「あの医者は毒のエキスパートで、後遺症も残らぬ毒を調合できますから」

悪女「んで、同時に替え玉になりそうな女を探して、あたしを見つけて……」

司祭「はい、スラム街の新しいボスが若い女性だというのは聞いてましたが、
   あなたを見かけた時は本当に驚きました。この人しかいない、と」

73: 2021/09/08(水) 23:22:29.086
悪女「まとめると……こういうことか」

悪女「聖女宛てに脅迫状が届く。聖女の名声も命も守りたいと思ったお前は、
   まず聖女に毒を盛って“病気”にした。あの小屋にいればあの子は安全だ」

悪女「んでもって聖女としての活動を続けるため、聖女そっくりなあたしを見つけ、替え玉にした。
   最悪脅迫状通りのことが起こっても、氏ぬのはあたしだしな」

司祭「その通りです」

悪女「そして、脅迫は現実になった。襲ってきたのは……大司教の雇った連中か?」

司祭「おそらくは」

悪女「……ククッ」

悪女「ウフフッ、ウフッ、アッハッハッハッハッハッハッ!」

司祭「…………」

悪女「とんだド悪党だなお前! 司祭なんて職業が聞いて呆れる!
   あたしの仲間にも見習わせたいぐらいだ!」

74: 2021/09/08(水) 23:26:02.903
司祭「全てを暴かれた以上、もはや……私の計画はこれまで」

司祭「私はあなたを犠牲に、聖女様を守ろうとした。ここで殺されても文句はいえません」

悪女「だよな」

悪女「…………」ザッザッ

ガシッ!

司祭の両肩を掴む。

悪女「逆だ。気に入ったぜ」

司祭「え」

75: 2021/09/08(水) 23:28:03.863
悪女「やっとお前の本当の姿が見れた。あたしはスラムの悪女、お前みたいな悪党は大好きなんだ」

悪女「それに、あの子を氏なせたくないのはあたしも同じ。なんか他人の気がしねえし。
   こうなったら、とことんまで協力するぜ」

悪女「よろしくな、相棒」

司祭「……はい!」

司祭「あ、ですが先ほどのお言葉……」

悪女「?」

司祭「私を大好きというのは……お気持ちに応えられません。私、聖女様が好きなんで……」

悪女「人を勝手に失恋させんな!」

79: 2021/09/08(水) 23:31:18.323
悪女「だがよ、こんなこといつまでやるんだ?」

悪女「いくらあの医者が凄腕でも、完璧に後遺症が残らない毒なんてありえねえ。
   ずっと続けてたら、必ず体に害を及ぼす」

司祭「もちろん、ずっと続けるつもりはありません。ゴールはあります」

司祭「今度……今までの功績で領主様が直々に聖女様と会ってくれることになっています」

悪女「へえ、すげえな」

司祭「その時、正式に庇護を求めます。領主様はご自身の兵を持っていますから」

司祭「そうすれば、もはや聖女様の身に危険が及ぶことはないはず。
   ですから、あなたにはその時まで聖女を……」

悪女「分かった……。ラストスパート、こうなりゃ最後まで演じてやる!」

80: 2021/09/08(水) 23:34:11.938
― 教会 ―

大司教「おやおや、これは聖女君」

悪女「あら大司教様、ご機嫌うるわしゅう」

大司教「どうだね、最近の調子は?」

悪女「調子とは?」

大司教「いやぁ、例えば何か危ない目にあったりしてはいないかとね」

悪女(この野郎……)

悪女「いいえ、何も」

大司教「そうかね、それはなにより。己の幸運を神に感謝することだ」

81: 2021/09/08(水) 23:36:55.215
悪女「大司教様」

大司教「ん?」

悪女「私、いかなる困難にも決して屈しませんよ」ニッコリ

大司教「…………!」

大司教「ふん!」クルッ

ザッザッ…

悪女(ついでにベロも出しておくか)ベロベロ

84: 2021/09/08(水) 23:39:32.279
その後も悪女は聖女として活動し――



老人「すっかり体が動かなくなって……気分も沈んで……」

悪女「長い間、精一杯生きてきた証ですよ。どうか気を落とさないで下さい」



少女「お花、プレゼントです!」

悪女「まぁ、どうもありがとう!」



悪女「もっと背筋を伸ばして堂々と生きましょう。あなたには自信を持つだけの価値があります」

青年「は、はいっ!」



司祭(すっかり板についてきたな。後は……領主様との会見が上手くいけば……)

86: 2021/09/08(水) 23:42:19.662
領主との会見当日――

― 教会 ―

司祭「本日はいよいよ領主様との会見です」

司祭「領主様の治める町で、民衆が見守る中、会見してもらうことになります」

悪女「おう」

悪女「これが上手くいったら、庇護を申し出るってことだな」

司祭「そういうことです」

悪女「ところで聖女は?」

司祭「ぐっすり眠っており、老執事さんにお任せしました。
   今はもう薬は飲ませていませんし、そのうち毒も抜けるでしょう」

悪女「そうか。あの子が寝てる間に、全部終わらせちまおう」

司祭「はい」

88: 2021/09/08(水) 23:44:13.985
司祭「しかし……気をつけて下さいね。最後まで何が起こる分かりませんから」

悪女「ああ、念のため手は打っておいてある」

司祭「どんな手です?」

悪女「ナイショだ」

司祭「いいじゃないですか、教えて下さいよ。隠し事はよくありませんよ」

悪女「お前に言われたくねえよ!」

司祭「ですよね」

司祭「では……出発いたしましょう!」

悪女「おう!」

90: 2021/09/08(水) 23:47:31.179
― 領主の町 ―

町は大賑わいであった。よその町からも大勢の市民が集まっている。

ワイワイ…

商人「私も聖女様の励ましを受けたことがありましてね」

町民「へえ、そうなのかい。羨ましい」



壇上には――

悪女「初めまして、領主様」

領主「初めまして、お会いできて光栄だよ」



司祭「…………」

大司教「…………」

司祭(大司教も来ているが、さすがにこの状況で手出しはできないだろう)

91: 2021/09/08(水) 23:50:26.241
領主「君の“聖女”としての名声は私の耳にも届いているよ」

悪女「ありがとうございます」

領主「君のおかげで、我が領民の多くが励まされてると聞いている。本当に感謝している」

悪女「いえ、そんな。私は聖職者として当然のことをしているまでです」

領主「今日の会見を機に、君とは末長くお付き合いしたいものだ」

悪女「私もです、領主様」

パチパチパチパチパチ…

順調に会見は続く。

悪女(どうやら上手くいきそうだ。これなら庇護の話もスムーズに出せる。
   そうなりゃもう、聖女は堂々と励まし活動をやれる……)

93: 2021/09/08(水) 23:53:18.160
ワァァァ……

悪女「ん?」

司祭「な、なんだ!?」

町の一角から、武装した集団が突撃してきた。

悪女(なんだあいつら!?)

司祭(壇上に向かってる! 狙いは……悪女さんか!?)

ワァァァァァ……

悪女(おいおい、かなり数が多いじゃねえかよ。大司教ってのはあんなに兵を動かせるのか!?)

悪女(ちょっと見くびってたかもしれねえな……!)

96: 2021/09/08(水) 23:56:34.688
武装兵A「かかれーっ!」

武装兵B「おう!」

ワァァァァ…… ドドドドド…

キャーッ! ウワーッ!

町は大混乱に陥る。

「領主様と聖女様が危ない!」 「うわああっ!」 「助けてくれぇ!」

司祭「聖女様、お下がり下さい!」

悪女「分かりました!(あくまで聖女のふりしねえと……)」

司祭(これだけ民衆がいる中、まとめてはかかって来れない! なんとしても悪女さんを守り通す!
   私の狙いを知ってなお、協力してくれたのだから!)

99: 2021/09/08(水) 23:59:15.845
司祭「せやぁっ!」バキッ

司祭「だあっ!」ドガッ

奮戦する司祭だが――

バキィッ!

司祭「ぐっ……!」

悪女(司祭ッ!)

司祭「ま、まだまだ……! やわな鍛え方はしてませんよ……」

悪女(おかしい。こんなとこに襲撃かけるってことは、あたしと領主の会見自体に不満があるはず。
   なのに領主が全く狙われないのは不自然……)

領主「…………」

悪女「――――ッ!」

領主の唇がわずかに歪むのを、悪女は見逃さなかった。

101: 2021/09/09(木) 00:05:34.373
司祭「はぁ、はぁ、はぁ……」

悪女「司祭ッ!」

司祭「なんです? 私はまだまだやれますよ」

悪女「領主も……大司教とグルだ!」

司祭「なんですって!? ――そんなバカな!」

悪女「聖女が名を高めるのがうっとうしいのは領主も同じことだったんだろう。
   どうにか聖女の活動をやめさせたかったにちげえねえ」

悪女「だが、聖女は脅迫に屈せず、こないだの襲撃も失敗した」

悪女「だから……二人で共謀して、大勢の前で聖女を殺害する計画を立てたんだ。
   大勢の前で聖女が悲劇的に氏んで、『彼女の遺志は我らが受け継ぐ』だとか涙の一つも流せば、
   高まった聖女のネームバリューをそのまま自分らのもんに出来るからな」

司祭「……なんてことだ!」

武装兵A「オラァッ!」ブオンッ

司祭「くそっ!」ガキンッ

103: 2021/09/09(木) 00:08:40.107
ワァァァァ… ワァァァァ…

大司教「ご協力感謝しますよ、領主殿」

領主「お互い様だよ、大司教殿。これであの目障りな小娘はここで消える」

領主「あれ以上のさばらせたら、私にとっても脅威になるおそれがあったからな」

領主「だが……“聖女”は今日滅ぶ」

大司教「そして……その価値だけは我々が頂戴する」

領主「その通り。聖女の遺志を受け継ぐ領主・教会として、我らはさらに繁栄することになろう」

大司教「教会と領主は持ちつ持たれつ、ですからな」

領主「さてと、聖女の氏に様をじっくりと見物するとしよう」

107: 2021/09/09(木) 00:11:44.103
司祭「でやぁぁぁぁぁっ!」バキッ

悪女「乱暴はやめて下さいっ!」ヒラリッ

応戦する司祭、聖女のフリをしつつ攻撃をかわす悪女。

司祭「もうダメだ! 逃げてくれ!」

悪女「バカ野郎……聖女だったらこの局面でお前を見捨てないだろ」

司祭「あなたは聖女じゃない! もういいんだ! よくやってくれた!」

悪女「いや……大丈夫だ」

司祭「え?」

悪女「いったろ? ちゃんと“手は打っておいた”って」



ウオォォォォォ……!



司祭(別方向から違う集団が……!?)

司祭「あ、あれは!?」

110: 2021/09/09(木) 00:14:30.939
金髪「野郎ども、行くぞぉぉぉぉぉっ!」

大男「うおおおおおおおっ!」

眼帯「久々の戦争だ! 暴れてやれっ!」

ドドドドドド…



司祭「彼らは……スラムの住民! 一体どうして……!?」

悪女「なにか起こるかもしれないって予感はあったから、念のため連絡しておいたんだよ。
   今日この町のどこかに待機して、騒ぎが起きたら駆けつけてくれってな」

司祭「そうだったんですか……」

112: 2021/09/09(木) 00:17:38.759
スラム住民も、聖女姿の悪女を見るのは初めてである。

金髪「姐さんですよね!? 見違えましたよ!」

大男「つーか誰だよ!」

眼帯「ぷぷっ……似合ってますぜ」

悪女「う、うるさい! さっさと戦え!」

ワアァァァァ……!

新入り「姐さん!」

悪女「おお、お前も来たか! 指はよくなったか?」

新入り「モチっす! 今日は暴れていいですよね!?」

悪女「許す! 思い切り暴れてやりなァ!」



群衆も困惑する。

町民「なんでスラムの奴らが……!? もうわけ分からん……」

商人「スラム頑張れーっ! ファイトーッ!」

町民「あんたもわけ分からん!」

114: 2021/09/09(木) 00:20:45.266
ワァァァァ… ワァァァァ…

領主「おのれ……!」

大司教「どうするのです! このままでは……!」

領主「安心しろ。私の兵があんなゴロツキどもにやられるはずはない!」

悪女「お二人とも、仲良くおしゃべりですか」ザッ…

大司教「聖女!」

領主「…………ッ!」

115: 2021/09/09(木) 00:23:15.722
悪女「あー……もう演技はいらねえな」

悪女「お偉いさんが二人がかりで女の子一人殺そうなんざ……ずいぶんと汚い真似しやがる。
   ヘド吐きたい気分だ」

大司教「!? お、お前聖女じゃないな! 何者だ!?」

悪女「ワルモノだよッ!」

バキィッ!

大司教「ぐわぁっ!」

悪女「てめえもだ!」

ドゴォッ!

領主「ぐぶっ……!」

117: 2021/09/09(木) 00:26:23.203
悪女「さあ、止めろ! 兵どもを止めやがれ!」

大司教「ひいい……!」

領主「この状況を見ろ……。どう止めろというんだ……!」

悪女「!」

ワァァァァ… ウォォォォォ…

武装兵とスラム住民の戦いは、凄まじい乱戦になっていた。

悪女(やべえな、このままじゃどっちも氏にまくるぞ……。町の人間にも危害が……)

領主「こうなったらとことんやるまでだ! お前もスラムの連中も始末してやる! ゴミ掃除だ!」

悪女「てめえ……!」

悪女(クソがッ! ここでこいつらブッ頃したところで、収まりそうもねえ!
   どうする……どうする……!)

118: 2021/09/09(木) 00:29:28.764
「皆さん、おやめ下さいッ!!!」



シーン……

悪女「!?」

司祭「あっ、この声は……!」



聖女「…………」



司祭「聖女様!?」

司祭(まさか駆けつけてこられるとは……まだ毒は抜け切ってないはずなのに……)

120: 2021/09/09(木) 00:33:03.821
混乱する町民たち。

「聖女様が二人?」 「どうなってるの!?」 「どっちが本物なんだ!?」

悪女「うるせえ、静かにしろ!!!」

「は、はいっ!」

一瞬でどっちが偽者か判明する。

聖女「皆様、このたびの大混乱、全て私の責任です」

司祭「聖女様、そんなっ!」

聖女「司祭様、あなたにも御迷惑をかけてしまいました」

司祭「いえ……私はあなたに……」

聖女「あなたが私にして下さったことは分かっているつもりです。
   全ては私のため……気にする必要はありません」

司祭「聖女様……!」

聖女「これから私がすることはあなたを裏切ることになるかもしれませんが、どうか見届けて下さい」

121: 2021/09/09(木) 00:36:30.894
聖女「領主様」

領主「な、なんだ……」

聖女「この状況を見て、私も大まかなことは把握しております。私に天罰をお与え下さい」

領主「天罰……?」

刃物を手渡す。

領主「え……」

聖女「私の行動が領主様の権威を損ね、領内の秩序に不安定をもたらすかもしれないという懸念、
   十分理解できます」

聖女「あなたには私を裁く権利があります。さあ、どうぞ」

領主「なんだと……」

122: 2021/09/09(木) 00:39:27.186
領主「見上げた自己犠牲精神といいたいところだが、そうはいかん。魂胆は見え透いてる」

領主「私に貴様を刺す度胸無しと見て、命がけのハッタリで私を懐柔しようというのだろうが……」

聖女「…………」

領主「…………ッ!」

領主(違う! この娘、本気だ! 本気で刃を受け入れるつもりだ!
   心の底から自分に非があると思い、裁きを受けたがっている!)

領主(これが……“聖女”なのか……ッ!)

聖女「どうぞ」

領主「あ、いや……私は……」

聖女「そうですか」

領主「うう……ッ!」ガクッ

127: 2021/09/09(木) 00:42:13.620
聖女「では大司教様」

大司教「!?」ビクッ

聖女「教会の秩序を乱した私にどうか……」

大司教「わ、私かね!?」

聖女「はい」

大司教(私の方が……この小娘より立場は上……のはずなのに、動けない……ッ!)

呼吸が荒くなる。

大司教「え……ええと……。私も……け、結構、だ……」

聖女「……分かりました」

大司教「はぁ、はぁ、はぁ……」ヨロヨロ…

134: 2021/09/09(木) 00:45:11.515
聖女は刃を自分に向ける。

聖女「ならば自分で――」

悪女「やめろバカ!」ガシッ!

刃を掴んで止める。

聖女「悪女さん……!」

悪女「大したもんだ。あたしでも鎮められそうになかった混乱を鎮めちまうんだからな。
   やっぱ本物は違うよ」

悪女「だがな――」

137: 2021/09/09(木) 00:48:23.001
悪女「自分の命を粗末にすんなッ!」

聖女「…………!」

悪女「今日ここにいる連中はお前を見るために集まってんだぞ。
   司祭も、やり方はともかく、ずっとお前を守ろうとしてた。あたしだってそうだ。
   そいつらの期待や信頼を、全部裏切る気かよ!」

悪女「聖女なら、天罰なんざ与えられようとせず、きっちり生きてみんなに希望を与えやがれ!」

聖女「す、すみません……」

悪女「なぁに、分かればいいさ」ニコッ

聖女「なんだか今私……お姉さんに叱られた気分になりました」

悪女「な、なにいってんだ。誰がお姉さんだ」

聖女「うふふっ……」

139: 2021/09/09(木) 00:51:45.331
結局このまま乱戦は収まり、騒動は一段落した。

司祭(まさか、あれだけメチャクチャになってた場を収めてしまうとは……)

司祭(聖女様が氏ななくて本当によかった……ありがとう、悪女さん)



領主「くっ……!」

大司教「うぐぐ……っ!」



司祭(あの二人も……ショックを受けているな。当然だろう。
   大衆の面前で、これほどまでに器の違いを思い知らされたのだから……)

141: 2021/09/09(木) 00:54:29.124
この事件の後――

大司教は聖女に畏怖したのか、引退を表明。
教会の大司教の座はしばらくは空位にするという形で落ちついた。

また、領主も乱戦を招いた責任ということで隠居し、領主の座を息子に譲った。
息子は聖女の活動に理解がある人間で、これで聖女もようやく安泰の座を得たという格好になった。

…………

……



― 教会 ―

司祭「では聖女様、おやすみなさい」

聖女「おやすみなさい」

司祭「…………」スタスタ

老執事「司祭様」

司祭「老執事さん、どうされました?」

老執事「あなたにだけ、どうしても話したいことが……」

142: 2021/09/09(木) 00:58:51.882
老執事「まずはお詫びを。会見当日は聖女様を止められませんで……」

司祭「いえ、構いませんよ。それで……話とは?」

老執事「聖女様の父親である先代大司教様に関することです」

司祭「はぁ……。なんでしょう?」

老執事「実は……先代様の子は“双子”だったのです。女の子の……双子でした」

司祭「なんですって!?」

老執事「しかし、もう片方の子は……生後まもなく悪漢にさらわれてしまったのです」

司祭「知らなかった……。なぜそれほどのことが表沙汰になってないんでしょう」

老執事「教会の人間を使って捜索することもできたのでしょうが、
    先代様はそれをしませんでした」

老執事「出産と同時に奥様を亡くされたショックや、教会の人間に負担をかけたくなかったとか、
    あるいは犯人を憐れんだとか……色々事情はあったんだと思います」

老執事「なにぶんお優しい方でしたから……」

146: 2021/09/09(木) 01:02:14.497
司祭「それで……もしかすると、悪女さんはそのさらわれた子かもしれないと?」

老執事「はい……今となっては確かめる術はありませんが」

老執事「もはや、この教会でその事実を知るのは先代様のお世話を務めた私ぐらいのもので、老い先も短い。
    信頼できるあなたにだけ……どうしても話したくなってしまったのです」

司祭「ありがとうございます。今までよくその重荷に耐えてこられました」

司祭(聖女様……悪女さん……)



…………

……

155: 2021/09/09(木) 01:05:39.318
― スラム街 ―

悪女「野郎ども、今日はスラムに聖女がやってくるぞ!」

悪女「初来訪だ。みんな歓迎してやれよ!」

イェーイッ!!!

金髪「例の騒動の時は、ほとんど関われなかったから楽しみだ」

大男「姐さんそっくりなのに、信じられねえほどおしとやかっていうからな!」

眼帯「握手してもらおう……」

悪女「いっとくが、手ェ出したら承知しねえぞ! 指折るぐらいじゃ済まさねえ!」

はーいっ!!!

159: 2021/09/09(木) 01:08:25.509
聖女「皆さん、こんにちは!」

司祭「本日はよろしくお願いします」

悪女「汚い場所だが、今日はゆっくりしてくれや」

聖女「スラムは初めて来ましたけど、とても素敵なところですね」

悪女「おいおいマジかよ。そんな感想いう奴初めてだぞ」

聖女「はい、建物はどれも使い古されてて風情があって、皆さん生き生きしてて……」

悪女「ハハハ、聖女ともなるとお世辞もうまいや!」

聖女「あら、本心ですよ!」

悪女「おっと、すまねえ!」

163: 2021/09/09(木) 01:11:23.712
悪女「そうだ、スラムの飯をご馳走してやるよ。めちゃくちゃギトギトで濃いぜ!」

聖女「楽しみです! 喜んでいただきます!」



金髪「司祭さん……」

司祭「はい」

金髪「こうして見てると……なんだかあの二人、まるでマジの姉妹みたいっすね」

司祭「…………」

司祭「ええ、本当に……」







― おわり ―

171: 2021/09/09(木) 01:13:56.180
乙です
面白かった

引用元: 悪女「ハァ~? あたしに聖女の代わりなんて出来るわけねーだろ!」