2: 2013/07/16(火) 19:57:43.28

 空に浮かぶ月は、何を想うのでしょう。
誰にも触れられずにただ一人。

 頂きに立つ女王は、何を思うのでしょう。
誰にも理解されずにただひとり。

3: 2013/07/16(火) 19:59:18.77

 ならそれに焦がれる私は何を思うのでしょう。
水面に浮かぶ月をすくう子供のように、触れられないものを求めて。

 ならそれに惹かれる私はどうありたいのでしょう。
鏡に成り。孤独に立ち。理解を断ち。

4: 2013/07/16(火) 20:03:26.82

 ……頂点は、きっと寂しい。

5: 2013/07/16(火) 20:07:10.39

 ……人の手に触れられないのは、寂しい。

6: 2013/07/16(火) 20:09:48.70

 …………。

7: 2013/07/16(火) 20:14:43.48

貴音「ふぅ……IUと通常業務の両立は難しいものです」

 今日も遅くまで残ってしまいました。
昔もそうでしたが、最近は頓に感じます。

 それほど無理の通せる状態ではないのですが。
それでも、やらないといけない。

貴音「……難しいものです」

 重厚な作りの扉を開ける。
空調の効いた部屋の空気が心地いい。

響「ふー、今日も疲れたぞー。あ、貴音!」

 時を同じくして、別の練習場から響が出てまいりました。
汗の玉が出来ているということは、彼女も遅くまでれっすんをしていたのですね。

貴音「響、あなたも来ていたのですか」

響「うん! 自分そろそろ決勝だしね! レッスンしないと。貴音もレッスン終わり?」

貴音「ええ」

 響の笑顔には力を貰えます。
てれびでその笑顔を披露する機会があまりないのが残念でありません。

響「じゃ、一緒に帰ろ! 着替えてくるからちょっと待ってて!」

貴音「ええ。そういたしましょう」

 疲れを感じさせない足取りで先に出て行かれてしまいました。
私も衣を着替えるといたしますか。

貴音「……ふふ」

 疲れていた体が嘘のように軽いですね。

8: 2013/07/16(火) 20:18:14.65

 …………。

9: 2013/07/16(火) 20:22:04.78

貴音「……遅いですね。何かあったのでしょうか?」

 更衣室は個人個人で分かれており、彼女の姿を見ることはできません。
不躾ですが、入らせて頂きましょう。

貴音「響? どうかいたしまし……まぁ」

響「すぅ…………すぅ」

 着替えも中途半端に、壁にもたれかかって寝息を立てています。
疲れていたのですね。しかたありません。斯く言う私も睡魔と戦っているのですから。

貴音「響、起きてください」

 端正な横顔をぺちぺちと叩いてみます。
……起きる気配はありませんね。

響「ん、にぃに……」

貴音「…………」

 響には、故郷に残して来た兄が居ると伺ったことがあります。
……私にも、残してきた同士がいます。

 彼女は残してきたものと連絡を取っているのでしょうか?
忙しい彼女のことです。きっと取っていないのでしょう。私にも皆と連絡を取る手段が欲しいものです。

10: 2013/07/16(火) 20:27:48.66

 ……床に座ります。響の隣に。
不躾だと、今は怒らないで下さいまし。

 今だけ、今だけは響の傍に居たいのです。

響「……ん」

 肩を預けさせる。不思議な重さが肩に乗る。
大切な陶器を持つような、赤子を抱くような、そんな重さ。

 ……その手に触れてもいいでしょうか。
少しだけ、癒してもらってもいいでしょうか。

11: 2013/07/16(火) 20:32:42.42

 少しだけ、幸せな時間を感じさせてもらっても、いいでしょうか

12: 2013/07/16(火) 20:38:12.14

 …………。

13: 2013/07/16(火) 20:39:34.33

貴音「下がりなさい。私に関係しない質問には答えられないと申したはずです」

「そこをなんとか! ほら、貴音ちゃんのアイドルとしての方針とかにも関わってくるかもしれないじゃない」

貴音「……失礼します」

 喧騒の渦から早足で逃げる。いつもこうです、記者の方々は私を困らせるのが楽しいのでしょうか?
私に響や美希のような切り返しなどできるはずがないというのに。

 ぶつかり合えば脆い方が崩れる。分かっています。
ですからぶつからない様に、上手くやろうとしているのです。

 ……涙を堪えているという事は、上手くやれてはいないのですね。
人を傷つけるよりは、まし、なので、しょうか。

14: 2013/07/16(火) 20:41:39.05

P「ん? おーい! 貴音ー!」

貴音「あなた様! お久しぶりです」

P「久しぶり。元気にしてたか?」

 あまり元気とは言えないかもしれません。

貴音「はい。お陰さまで」

P「そりゃよかった。そっちは仕事終わりかな?」

貴音「ええ。中休みです」

P「そっか。大変だな」

貴音「ええ。……あ、いえ。それほどでは」

 ふと油断をすると言葉がそのまま口から出てしまいます。
疲れている姿を、誰かを不安がらせてはいけないのです。

P「……貴音。ラーメン行くぞ!」

貴音「はい! ……? えっとあなた様?」

 両手に持っているお弁当は彼女と食べるためではないのでしょうか?
きっと、彼女を待たせているのではないのですか?

P「そこの返事は早いんだな。疲れたらエネルギー補給、基本だろ?」

貴音「……あなた様は人を待たせているのではないのですか?」

P「女の子の夢の手伝い。それが俺の仕事だからな」

貴音「おっしゃる意味が分かりかねます」

P「えっとさ、なんて言うか、え~と…………あぁもう! 行く行かない?!」

15: 2013/07/16(火) 20:47:36.52

 行きたい、です。
でも、私が我を通せば誰かが傷つく。

 行きたいです。
あなた様の傍に居ても良いなら。

16: 2013/07/16(火) 20:48:45.53

貴音「行き、たいです」

P「うし、じゃ行くか」

貴音「……あなた様はなぜ私を誘ってくれたのですか?」

 これだけは、聞いておかないといけない気がします。

P「んー、貴音が疲れてるように見えたからかな」

貴音「そうでしたか」

P「うん。前も言ったけどさ、疲れたら疲れたって言わないと伝わらないぞ」

貴音「……はい」

P「休んだっていいんだからな」

貴音「はい」

17: 2013/07/16(火) 20:50:39.85

 二人で食べるらーめんは、格別な味でした。

18: 2013/07/16(火) 20:51:52.97

 …………。

19: 2013/07/16(火) 20:54:10.64

 IU決勝戦。
考える事は違うことばかりで。

 誰かに傍に居て欲しい。
伸びきったゴムのような体では満足に歌うことも踊ることもできずに。

 彼女のステージは生き生きと、光り輝いています。
歩んできた道の険しさは同じのはず、では違いはなんだったのか?

 ええ。分かっています。
もっとあなたの傍に居たかった。

20: 2013/07/16(火) 20:55:01.97

 私が欲しかったのは、共に笑い、泣き、怒り、喜べる人。

21: 2013/07/16(火) 20:56:16.26

 ……頂きに立つ女王になんて、成りたくなかった。

22: 2013/07/16(火) 20:57:21.12

 …………。

23: 2013/07/16(火) 20:58:23.88

 喧騒の中から空を覗く。
もう日は暮れていますね。

 無機質な街並みを背に受けると足取りがふらつく。
それでも頑張っています。

 私はここにいますと、伝わるように。

24: 2013/07/16(火) 21:00:47.15

 ハピネスは「SURVIVE」に収録されてるぞ!
お味噌だけど、響のと対だったりするよ。

引用元: 貴音「ハピネス」