続・八幡「ぼくはきれいな八幡」雪乃「」(1)
524: 2012/05/21(月) 01:21:51.51
山下「あ、なんか、その反応は怪しいな。ひょっとして元カレとか?」

困惑するかおりをからかう山下をみて、助け舟をだす。

八幡「…まあ、そんなに会話とかもなかったし、名前も覚えてないんじゃないかな。俺は中学の頃から影が薄かったから」

いやホント、あの後は徹底的に避けられてたしね。

かおり「…あ、うん。実はそうなの。…ゴメンね?」

上目遣いの視線で、こちらをチラッとみながら謝ってくる。先程の反応を見れば、忘れたというのは明らかに嘘だろうが…

525: 2012/05/21(月) 01:28:15.27
八幡「別にいいよ。お互い様だ」

軽く肩を竦めて笑ってみせた。口調も態度も、不自然にはなっていない…はずだ。

島村「へぇ、そうなんですか。なんかもったいないなぁ…」

どうやら、他所へ行ってくれるつもりはないらしい。

526: 2012/05/21(月) 01:38:23.72
そのとき、かおりの携帯電話が着メロを鳴らす。

かおり「あ、ちょっとゴメンね? むこうで、電話してくるね」

離れていくかおりの表情には、安堵の色があった。

八幡「………」

山下「…あれ、きっと彼氏からですね」

山下が、声を低くして囁いてきた。

八幡「…へぇ、彼氏ができたんだ」

大丈夫、動揺はしていない。声も震えてない。

山下「ええ、中学の頃からの付き合いらしいですよ?」

527: 2012/05/21(月) 01:54:26.90
八幡「そうか、全然知らなかった」

山下「バスケ部のエ-スと付き合ってたんだけど周囲には隠してたんですって」

初対面の男によくしゃべるなコイツ…

島村「なんか、隠してたら、クラスのキモい男子に付きまとわれて困ったとか言ってたよね」クスクス

八幡「………ああ、なるほど」

山下「ああ、あの○○中の伝説の? ナルヶ谷くんだっけ。すごいよね、○○中の子から、未だに笑いのネタにされてるし(笑)
お兄さんも知ってます?」

八幡「…ああ、ナルヶ谷ね。よく知ってる。直接の知り合いじゃないけど(笑)」

なにせ本人だからな。

528: 2012/05/21(月) 02:06:31.62
材木座「モフンモフン!! やあ、ブラザー。そこの女の子たちはおぬしの友達かな? よかったら我にも紹介してもらえまいか」

いつの間にか、背後に材木座が忍びよっていた。

山下と島村が、奇異なものをみる視線を向ける。

島村「…あの、お友達ですか?」

材木座「左様、我はこやつの親友の…」

八幡「いや、違います」

材木座「はちまぁぁん?!」

……鬱陶しい。

八幡「…まぁ、顔見知りかな」

529: 2012/05/21(月) 02:22:45.32
八幡「…材木座、話がややこしくなるから、ちょっとあっち行ってろ」

材木座「ブヒ… わかった」

女の子たちの冷たい視線に怯んだのか、素直に引き下がる背中に哀愁が漂う。

山下「八幡さんっていうんだ、珍しい苗字ですね」

材木座が去ると、今の一幕が何もなかったかのように再び話かけてきた。

八幡「…まぁな」

島村「なんだか、ク-ルな感じですね。頭よさそう-」

なんか、胃のあたりがムカムカする。さっきのタバスココ-ヒ-のせいだろう。

530: 2012/05/21(月) 02:31:46.82
二人が話かけてくるのを、適当に相槌を打って聞き流している。ぼうっとして、何を言われているのかよくわからない。早くどっか行ってくれねぇかな…

島村「…やっぱり、友達って選ぶべきですよね。ランク低い人と付き合ってると、自分までそういう目で見られちゃうし」

山下「そうだよね-、そういうのは、自覚して話しかけるの自重してほしいよね(笑)」


……こいつら

539: 2012/05/24(木) 00:08:40.14
誰かを貶めて笑いを共有し、距離を縮める…よくある話だ。八幡にも覚えがあった。

もっとも、もっぱらネタにされる側としてだが。

山下と島村は、親しげに話しかけてくる。以前なら考えられない事態。別に、記憶喪失中の自分を見ていたわけでもあるまいに。

やはり今の自分はアレ以降、すこし雰囲気が変わっているらしい。だが、正直…


山下「えーと、すいません。ちょっとあつかましかった、かな?」

島村「…もしかして、気分を悪くされました?」


八幡「いや、べつに。興味深く聞いてるよ」


とりあえず、我慢強く微笑んで見せた。

気分が悪いのは確かだが、たぶん、変なモノを飲まされたせいだろう。

で、なんの話だっけ?

540: 2012/05/24(木) 00:18:17.46
かおりは戻ってこない。山下と島村はどこかへ行ってくれそうもない。

…仕方がない。これ以上は、どうやらムリだ。


八幡「…ところで、ちょっと言いそびれてたんだけどさ。これから、待ち合わせなんだ。

   …この席は使っていいよ。俺は、ここで失礼させてもらうから。せっかく知り合えたのに悪いね」


返事をきかずに伝票をもって立ち上がった。店内に視線を走らせると、ドリンクバーの付近で半べそをかいている材木座と視線が合った。

無言で出口のほうを示すジェスチャー。材木座の顔が輝く。 …ああウザい。

544: 2012/05/24(木) 00:49:23.04
後ろから、せっかくだからメアドの交換をーとか聞こえてくるが

八幡「…いや、遠慮しとく。たぶん、もう会わないだろうしね。短い時間だったけど、話せて楽しかったよ」

とりあえず、笑顔で振り返って じゃあね、と別れを告げた。材木座が荷物をあわただしくつかんで駆け寄ってくる。

視界の隅でそれを確認し、レジのほうへ歩いていく。


???「お、マジでナルヶ谷じゃん!! すげー、ひさしぶりーw」

そんな、男の声を聞いて、足が止まった。

545: 2012/05/24(木) 01:05:41.70
急に立ち止まった八幡の背中にぶつかり、材木座が転んだようだ。荷物をぶちまける音がした。


みると入り口から、制服姿の男子が数人、入ってくるところだった。かおりたちと同じ、この近隣の学校の制服だ。

いくつかの顔には見覚えがあった。先ほどの発言をした男子生徒は、色黒で少しチャラチャラしたイケメンだ。名前は思い出せない。

イラつくリア充オーラ。顔立ちは整っていたが、葉山隼人のような爽やかさを欠いているように思えた。

いつのまにか、かおりがそいつのすぐ隣にいた。ベタベタした距離感。表情には安堵が浮かんでいる。するとこいつがそうか、例のバスケ部の彼とやらか。


八幡「……久しぶり、かな。悪い、誰だっけ。名前が…や、同じ中学だった気はすんだけどさ」

546: 2012/05/24(木) 01:21:49.90
八幡が正直にそういうと、その集団がなぜか爆笑した。

???「俺だよ、おれ、おれー」ゲラゲラ

八幡「オレオレなんて奴はしらねーよ。振込はお断りだぜ?」

肩を竦め、材木座のほうを振り返る。

八幡「まだか? さっさといくぞ」

材木座「ぶひ、まって、もうすこし」

一度飛び出たDVDが、袋に入りきらなくて四苦八苦していた。

547: 2012/05/24(木) 01:33:18.12
??「伊勢原だよ、いーせーはーら。思い出した?」

八幡「…ああ、なんか、うん。いたような気はする。…ひさしぶり?」

バスケ部とかにいたかも。そういえば。もちろん、会話とかした覚えはない。

とりあえず、足元に落ちていた「美女と野獣」の台本を拾った。


八幡「で、伊勢原、悪いんだけどどいてくんね? 俺ら、移動すんだよ」

伊勢原「まぁまぁ、せっかくだからさ。最近、どうしてるのか教えてくれよ…
    
    お、『美女と野獣』? それ台本だよな。なっつかしー! もしかして演劇部とかやってんの?」

八幡「…ま、演劇部じゃないけどな。今度、やるんだよ。もういいだろ?」


548: 2012/05/24(木) 01:45:10.33
いつのまにか、山下と島村もこちらにきていた。ねぇ、どういうこと? と事情を周囲にきいている。

八幡が伝説の正体ときいて、えー、うそー! みえなーい! などと驚き、盛り上がっていた。…特に感慨はない。


伊勢原「まぁ待ってくれよ、せっかくだから、この際、謝っときたいことがあってさぁ…」ニヤニヤ

八幡「…謝る?」


549: 2012/05/24(木) 01:56:14.51
伊勢原「いや、ゴメンな? 中学のときのほら、その劇でさ。なんか、舞台装置が壊れてたことがあったろ? アレ実は、俺たちだったんだわwww」

八幡「……は?」

何この展開。


伊勢原「いやー、その前の日さ、誰もいないときに、隠れて二人で会ってたとき、うっかりさw」

いまさら前篇の伏線回収とか。何言ってんのかわかんねぇ。つーか、二人で会って壊れるほどナニしてたんだよ。

壊れるほどに愛しても 3分の1も伝わらない。 


かおり「…そうだったの、ゴメンね?」テヘペロ

伊勢原「でさ、なぜか比企谷くんが壊したことになって、劇の前日一人で修理させられてたべ? ばれると困るし、打ち上げからハブったりさぁ…」

八幡「………ああ、なるほど」

かおり「…ほんとにゴメンね、さすがに、ひどいとは思ってたんだよ? だからちょっと、さ…」

伊勢原「わりぃわりぃw 俺たち付き合ってるの隠してたしさ。あのあと、かおりがちょっと優しかっただろ? それで勘違いさせちゃったみたいでゴメンな?」

周りの連中までもが爆笑しながら、ひでー、そりゃねーわw だの囃し立てている。

550: 2012/05/24(木) 02:02:17.11
伊勢原「や、でもさ、メールの微妙な反応とかの時点で気付くっしょ? フツーさww それでもあえて告白とかパないわーw さすが伝説」

ここでまた大爆笑。


伊勢原「でさ、俺もあの頃若かったもんでさぁ。ちょっとムカついて、その後の球技大会で、手をまわして試合からハブったりとかしてさ。なんか、ずいぶん練習してたって噂もきいたけどマジごめーん!」

まさかの伏線回収その2。謎はすべて解けた! 何もかも、つながっていたんだよ!!

554: 2012/05/24(木) 23:26:54.38
ゆきのん早く来てくれ!

555: 2012/05/25(金) 00:33:03.00
八幡「……ま、過ぎたことだ。謝罪とやらはそれで終わりか? なら、行かせてもらうぜ」

軽く肩を竦め、淡々と言う。

伊勢原「どこいくの? まさか、彼女と待ち合わせとか?」ニヤニヤ ゲラゲラ

八幡「可愛い妹と、可愛いクラスメートとさ。あらかじめ言っとくが紹介は勘弁してくれよ」

心のキレイなあいつらに、汚いものをみせたくないんでな。



かおり「伊勢原くん、ちょっとあんまりじゃない?」

彼女なんて、いるわけないじゃない、とでも言いたげな口ぶり。周囲の笑いもそれに同調する。

伊勢原「わりぃわりぃ、モテない奴には目の毒だったな。あ、それとも、高校じゃもしかしてモテモテとか?」

これまでで最大の爆笑。んなわけねーだろ! とヤジが飛ぶ。


八幡「ああ、よく知ってるな。モテすぎて、最近困ってんだよこれが」

556: 2012/05/25(金) 01:09:09.18
伊勢原「はぁ?! おいおい、ずいぶんと冗談が…」

八幡「おい、材木座?」

もはや伊勢原たちにかまわず、背後で相変わらず四苦八苦している材木座に声をかける。

材木座「ぐ、くぬ、もうちょっと…の、のぉう?!」

無理矢理に詰め込もうとして大参事。ふたたび、床にDVD(合計8枚)をばらまくことになった。先ほどより派手に。


八幡「何やってんだ…安いからって借り過ぎだっての」

がっくりと肩をおとし溜息をつく。


足元にとんできたアニメDVDを、女子たちが拾い上げ、叫んだ。

島村「やだ、なにこれ、気持ち悪い!!」



557: 2012/05/25(金) 01:20:53.23
半裸の二次元女子のイラストをみれば、その反応もむべなるかなであるが…男子もそれをみて、再び爆笑で盛り上がる

伊勢原「うっわーw こりゃいてぇわwww こいつ、比企谷くんの友達? こういうの何てったっけ。目くそ鼻くそ?」

たぶん、類友とか言いたいんだろう。目くそ鼻くそだと、お前が目くそになるぞ。

八幡は、打ちひしがれ泣きそうになっている材木座を手伝い、無言で床に散らばったDVDを拾い集めた。嘲弄の視線や笑い声は無視する。


伊勢原「あ、モテモテってもしかして、二次元の世界でとか? それなら納得だわww にしても、友達は選ぼうぜ? 」

集めたものを材木座に渡し、伊勢原に視線をむける。す…と掌を顔の前にかざした。動作としてはただそれだけ。一言、静かに告げる


八幡「……笑うな」


不思議とその声はよく通った。笑い声が、す…と止んだ。なぜ、沈黙したのか、当人たちもよくわからず困惑した視線をかわす。


八幡「ひとの好きなものを、笑うなよ。いいだろ、人それぞれで」

559: 2012/05/25(金) 01:27:21.77
呆気にとられた表情の伊勢原の手から、DVDをとる。材木座に渡した。

八幡「もう落とすなよ」

材木座「は、はぢばん…!」ズズッ

八幡「涙と鼻水を拭け」

材木座「すまぬ、すまぬ…お前にも全部コピーしてやるからな!」

八幡「いらん。やめろ。しね」



560: 2012/05/25(金) 01:33:51.94
伊勢原「は…なんだよ気持ち悪いな相変わらず!! どうせ、彼女なんていやしねぇんだろ。いるんなら見せてみろっての。総武高なんて行っても、しょせん…」

???「何をしているの? 比企谷くん」

562: 2012/05/25(金) 02:22:36.86
八幡「…雪乃。なんでここに?」

雪乃「小町さんからメールがきたのよ。それで、急いで送ってもらったのだけれど…」

周囲の絶句など知らぬ顔で、可愛らしく小首をかしげる雪乃。制服ではなく私服だ。一度自宅に帰ったらしい。

顔見知りでなければ、芸能人と間違えたかもしれない。容姿というより、オーラからして違う。


八幡「あのお節介め…おい、ここまであのリムジンできたのかよ」

入り口の向こうに、見覚えのある車体がみえた。なんか脛が痛い。


雪乃「…たまたま、家族と一緒だったの」

八幡「お、おい…よかったのか? その…」

さらに目を凝らすと、見覚えのある美人と視線が合った。あちらも気づいたのか、にこやかに手を振っている。

八幡「………うあ」

頬が引きつるのを自覚した。陽乃さん…収拾がつかなくなるから降りてこないでくれよ? オイ(汗)

569: 2012/05/25(金) 22:42:20.58
雪乃「…問題ないわ」

微笑んでみせる。だが返答までに、一瞬の間があった。雪ノ下家の歪な家族関係について、多少は八幡も知っている。

今、この場にいる代償に、雪乃は何かを犠牲にしたのではないか…そんな考えが脳裏をかすめる。

だが、口には出さない。雪ノ下雪乃は、そんなふうに気をまわされることを屈辱と感じる人格の持ち主だ。

八幡「…そっか。ま、何つーか、わざわざ来てくれてサンキューな」

ただ、その笑顔の貴さを胸に刻んだ。

雪乃「…ところで、これはどういう状況なのかしら」


リムジンが走り去る。先ほどまで下卑た笑い声をあげていた伊勢原たちグループは、呆然としている。


…何者? なんか、すげぇ車に送られてきたぞ… 
…すっげぇ可愛い…アイドルじゃね?
…お、おい、比企谷のやつ、普通に会話してるぞ


伊勢原とかおりは、混乱し愕然とした表情。

山下と島村は…顔面蒼白になって震えていた。


山下「…ゆ…雪ノ下…」

島村「雪乃?! うそ…なんで…」






571: 2012/05/25(金) 22:57:14.37
雪乃「……あら、お久しぶりね、山下さん、それに島村さん」

八幡「あれ…知り合いか?」

雪乃「ええ、中学校の同級生なの」

晴れ晴れとした声。どうやら、旧知の仲だったらしい。 

…ただ、それにしては雰囲気が殺伐すぎる。どうみても親しく旧交を温める空気じゃない。

二人の様子は蛇に睨まれたカエルのようであり、雪乃は…

オイ、口元は笑ってるけど、あれ、屠殺場のブタを見る目だよ!! お前ら過去に何があったの…

前に雪乃が言ってた話からだいたいのいきさつは想像がつく。クラスの女子グループが目障りな美少女を排除しようとし、結果…

容赦なく、全力で返り討ちにされたのだろう。そりゃあ、一生モノのトラウマを刻み込むようなやり方で叩き潰したに違いない。

『悲鳴をあげろ ブタのような』 怖すぎる。

572: 2012/05/25(金) 23:10:51.48
雪乃「…この人たちは比企谷くんの知り合い?」

伊勢原たちのほうを一瞥する。

八幡「…こっちは、俺の中学の同級生だよ。つっても、俺には温めるような旧交は最初からないけどな」

苦笑する。それに対して雪乃は簡潔な頷きを返した。

雪乃「……そう」

だいたいの経緯を把握したらしい。


八幡「昔のファンにたまたま再会して、根掘り葉掘り近況を聞かれてたトコだ。まったく、人気者はツラいよな」

573: 2012/05/25(金) 23:28:21.29
自虐的なジョークに対して、数人が散発的な笑い声をあげる。しかし、先ほどの嵩にかかった勢いはない。

やはり、雪乃……突然目の前に現れた、八幡と親しげにしている超絶美少女……の存在に戸惑っているようだ。


伊勢原「ど、どーもー、こんばんは、おねえさん」

伊勢原が、イケメンに似合わぬどこか卑屈な笑み…雪乃の美貌とオーラに無意識に気圧されているのだろう…で話しかける。

…まぁその勇気は買ってもいいけどな。


雪乃「誰? …あなたのような弟を持った覚えはないのだけれど。気安く話しかけないでくれるかしら」

予想通りの瞬殺。先ほどの、山下たちに向けていたものと同質の視線だった。今度は口元の笑みもない。

575: 2012/05/25(金) 23:55:19.53
伊勢原の顔が屈辱に引きつり、青ざめた。存外、打たれ弱い。女子からこのような扱いをうけたことはないのかもしれない。

かおり「わ、わたしたち、比企谷くんの昔の友達なんです。高校で、こんな素敵な知り合いができてたことに驚いちゃって… あの、比企谷くんとはどんな関係なんですか?」

かおりが引きつりながらもけなげにフォローした。友達ね…そういえば『友達じゃだめかなぁ』って言ってたよな。その後無視されてたけど。

周囲の連中も、雪乃に気圧されながらもこの質問の答えには興味しんしんらしい。固唾をのんで答えを待っている。


雪乃「………」

一瞬、八幡のほうをみて小首を傾げる。どう答えたものか思案しているようだが、相変わらずひとつひとつの動作が絵になる…

すぐには答えず、視線でス…と一同の面上を一撫でした。本能的に男子は赤面し、女子は怯む。


雪乃「そうね…恋人として、近い将来結ばれる予定だけれど?」

ちょ、オマ……!!

一同「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!!」」」」」

その大胆さに愕然とする八幡。聞いていた者たちの悲鳴じみた反応。



それらを余所に雪乃は八幡の持っていた脚本をさっと取り上げると、悪戯っぽくウインクしてみせた。

あ、恋人って…劇での話かよ!! ウソじゃないけどさぁ!!

577: 2012/05/26(土) 00:36:49.87
八幡はウインクに苦笑いを返し、事態の収拾をはかることにした。

八幡「…まぁ、実際のところが知りたきゃ、今度、総武高の学園祭にきてくれ。余所の生徒や父兄にもオープンになってるから。講堂で、劇をやってるはずだ」

宣伝、宣伝。雪乃のほうを見ると、なぜか「むぅ」と少し唇を尖らせていた。どうやら反応が物足りなかったようだ。


???「…んだよ。……けやがって…ふざけやがって。ふざけやがって!!」

呪詛じみた声に、振り向く。

伊勢原「総武高の学園祭に来いだ? 調子にのってんじゃねぇぞナルヶ谷の分際で!!」

おい、今のやり取りでなんでキレる…?!

578: 2012/05/26(土) 00:51:09.41
伊勢原「俺だってな、当日に風邪さえひいてなきゃ、あんなとこくらい余裕で合格できてたんだよ! 上から見てんじゃねぇよ!! くそ、親父もお前も、人を負け犬扱いしやがって」

………ああ、こいつ……総武高、受験して落ちてたのか。 そんで、いまさら俺を目の敵にしてたのか。

伊勢原「おいあんた! こいつの中学時代のことしらねぇんだろ?! 絶対だまされてるぜ!! すっげぇキモくて有名だったんだぜこいつ。あだ名がナルヶ谷とかいろいろあって…」

周囲の仲間にさえヒかれていることにも気付かない。

伊勢原「しってっか? こいつ昔、身の程もわきまえずにこのかおりに告白してフられてやがんだよw で、そのあとずっと無視されてんの。まぁ、俺が命令したんだけどな!」

かおり「伊勢原くん、やめて…!!」

かおりの制止も耳に入らないのか

伊勢原「クズは、どこまでいってもクズなんだよ。あんたも、こんなやつと付き合ってたらクズがうつ…」


雪乃「……黙りなさい」


山下・島村「「ひぃぃぃ?!!」」


586: 2012/05/26(土) 20:58:25.86
一言で、伊勢原を黙らせた。その温度は氷点下。 さほど大声ではないが、含まれた殺気と視線だけでその場の全員を黙らせた。山下と島村は、呼吸まで止まっている…オイ大丈夫か?! 痙攣起こしかけてるみたいだけど…

ボスキャラ氷の女王 多分、ヒャド系のほかにザラキとかもつかう。この視線に遭遇したら、パーティー全滅を覚悟である。

いや、現実逃避してる場合じゃねぇ、止めないと!

587: 2012/05/26(土) 21:05:28.45
八幡「雪…

雪乃「確かに比企谷くんはクズだけれど」

………オイ

雪乃「あなたみたいな人間が、彼を薄汚い性根で卑下することは赦さないわ…決して、ね」


………………………

588: 2012/05/26(土) 21:18:02.86
顔を引き攣らせながら後ずさる伊勢原を無視して、かおりの方を向いた。

雪乃「……かおりさん、と言ったかしら」

かおり「ひ、は……はい!!?」

雪乃「……若気の至りで、中身の腐ったゴミを掴んだみたいね、ご愁傷様」

凄絶な冷笑とともに、あまりに辛辣な台詞。

伊勢原「……な?!」

かおり「ひ、ひどいです、いくらなんでも!!」

590: 2012/05/26(土) 21:45:39.54
雪乃「ひどい? 先程までの自分たちの言動を棚にあげて? 先に人をクズ呼ばわりしたのはどちらなのかしら」

かおり「う…」

伊勢原「そ、そいつはマジでクズなんだぞ? 騙されてるのを教えてやろうと…」

雪乃「黙りなさい、と言ったのが聞こえなかったのかしら?」

591: 2012/05/26(土) 22:04:48.21
雪乃……お前が、そんなに怒ってくれなくてもいいんだ。 こんな程度の悪意くらい、嘲笑くらい、なんてことはない。これまでずっと受けてきたもので、いまさら傷ついたりなんかしない。だから…

八幡はそう言おうとして、なぜか動けなかった。


雪乃「…彼が何者かを、あなたたちに教えてもらう必要はないわ。私は比企谷八幡を十分に知っているもの」

……雪、乃……

雪乃「孤独に生きてきたことも、周囲から孤立していたことも、多くの痛々しい失敗も、何ひとつ彼の価値をおとしめたりはしない。そんな過去、彼は最初から隠そうともしていないわ」


592: 2012/05/26(土) 22:26:12.84
伊勢原「じゃ、じゃあそ、そいつのどこがそんなにいいんだよ」

雪乃「…彼は、愚かでも、痛々しくとも、自分の意思を持っている。孤独の痛みを知りながら、怖れず受け止めることができる。傷を受けても他人に転嫁せず、逆に他人のために平然と泥を被ることができる……彼はそんな人間よ」


…心の中で、何かが、長年、自分の周囲を覆っていた、のしかかり縛りつけ閉じこめていた何かが…


伊勢原「な、なんだよ、それ…ワケわかんねぇし」

嘲笑おうという意図は、自らの顔面の筋肉にも場の空気にも裏切られていた。

593: 2012/05/26(土) 22:46:13.57
雪乃「ええ、あなたたちには理解できないでしょう。…集団でいなければ自分を保てない、自分を高めるより他人をこき下ろすことでしか自分の価値を認識できない、自分の失敗すら、正面から受け止めることができない、そんな人たちには、何ひとつ。…一応指摘しておくわね? 彼が総武高に合格してあなたが失敗したのは、あなたの努力と学力が彼に劣っていたからでしょう」

もはや言葉もなく、伊勢原は赤グロい顔で酸欠の金魚のように口をパクパクさせていた。周囲も静まりかえっている。

正論はときに暴力である。

594: 2012/05/26(土) 23:09:05.00
まったく容赦がない。こういったところは、以前と変わりなかった。伊勢原を見る視線は、屠殺場のブタどころか、普段の材木座を見るそれである。オイ、材の字 普段からブタ以下かよ…

山下と島村は、トラウマがフラッシュバックしたのか隅のほうで、頭を抱えてひたすら「ゴメンなさい、ゴメンなさい」と繰り返している。都市伝説の黄色い救急車がいるんじゃないのかコレ…

まさに大虐殺。

595: 2012/05/26(土) 23:38:10.77
雪乃「…あなたたちが理解できなくても、私は理解している…いえ、知っているわ。比企谷八幡という人間を、そのどうしようもない愚かさも含めて。そして、その上で…」

雪乃はそこで一度、言葉を切った。八幡の方を振り向き、微笑む。それはひどく眩しく…

八幡「…!!」

またずくん、と胸の奥が脈動する。

なんだ、この感覚…

はがれおちた心のカラの隙間から、ヒカリが差し込む。

605: 2012/05/27(日) 01:26:51.59
ばりん、という音を耳の奥で聞いたと思った。
何かが剥がれ落ち、急に世界が生まれ変わったような…いや、違う世界に一瞬前に転送されて生まれ変わったような奇妙な感覚に戸惑う。周囲の恐慌じみた反応も耳に入らないほどの衝撃。心臓の鼓動を感じる。胸に…暖かさが充ちる。それをもたらしたのは…


621: 2012/05/27(日) 23:14:20.23
八幡は、雪乃の顔を見た。まるで、初めてそうするように。

ずっと迷い、求め続けてきた何かを、今ようやく見つけ出したかのように。

神に仕える修道士が、長年の求道の果てに信仰を見出し、跪くように。

その、慈愛に輝く笑顔を、みた。

622: 2012/05/27(日) 23:23:40.05
数秒の放心から醒めると、伊勢原が何やら喚き散らしていた。すがりつくかおりを突き飛ばし、雪乃に殴りかかろうとしている。

雪乃は目を細めると重心を沈め、すかさず迎撃の体制に入っている。しかし、伊勢原の拳は彼女に届かない。

動作の途中で、八幡の右手が手首をつかんでいた。


八幡「………よせ」

血走った眼で睨みつけてくる伊勢原の視線を、静かに受け止めた。

623: 2012/05/27(日) 23:38:05.41
伊勢原「…あああ!!」

右腕を掴まれたまま、左手で殴りかかってくる。バラバラな動作で放たれたパンチを、八幡は敢えてよけなかった。

べちっと音をたてて、右の頬にあたる。何の痛みもない。悲しいほどに軽いパンチだった。


八幡「……気はすんだか」

静かに見返しながら、言う。左の頬まで向けてやるつもりはない。

伊勢原はしばらく睨みつけていたが、やがて弱弱しく目を伏せると座り込み、ちくしょう、ちくしょう…と呻いている。

八幡はその様子をしばらく無言で見下ろしてから、右手を放した。


かおりが、上目使いでこちらの様子を気にしながら、伊勢原のそばに戻ってくる。

取り巻きたちは、少し距離をとって無言で気まずそうに視線を互いに交わしている。


材木座がいつの間にか立ち上がって八幡の隣に立ち。腕を組みながら「うむ、これにて一件落着。正義は勝つ」などと呟いていた。

…もうこいつ、どうしようかな。

624: 2012/05/27(日) 23:50:52.33
店員「あの、申し訳ありません、ほかのお客様の迷惑になりますので…」

ここにきて初めての店側の介入。つか、これまで見てたのかよ。ふつう、もっと早くに止めないか常識的に考えて…

内心でツッコみながら頭を下げる。

さっさとレジをすませて外に出ようと入り口のほうをみると、見知った顔が揃っていた。


結衣「や…やっはろー」

少し引きつりながら挨拶する結衣、その隣に海老名。

小町と戸塚もいつの間にか到着しており、ハラハラした表情でこちらの様子を伺っていた。


八幡「…あー……よう」

なんとなく反応に困って、中途半端に手を挙げて挨拶を返す。

小町のやつ…結衣まで呼んでたのかよ。

625: 2012/05/28(月) 00:05:09.38
店内に入ってきた4人(見た目美少女×4)を見て、さらに驚きの表情を浮かべる中学の同級生たち。

存在感的に完全にモブと化していたが、小町は、中の何人かと面識があるらしい。あ、ども…などと少し気まずげに会釈を交わしていた。


海老名「ゴメン、お邪魔だったかな? 妹さんからユイにメールがきたところにあたしも居合わせてて、ご一緒させてもらったんだけど」

八幡「…いや、それは問題ないけど。ただ、ちょっとご覧のとおりトラブルに見舞われてさ。場所を変えるトコなんだ」

海老名「…ふーーーん。なんだかいろいろ複雑な事情がありそうだね☆ たった今来たところだから細かいところはわかんないけど、比企谷くん、恰好よかったよ」

ニコニコ笑いながらいう海老名に、戸惑いながらいや…などとあいまいに返事をする。

たった今、ということは、さっきの雪乃の言葉は聞いていないのだろうか。

626: 2012/05/28(月) 00:29:47.08
結衣のほうをみる。

結衣「ヒッキー…大丈夫?」

心配そうに、殴られた頬を撫でてくる。

苦笑しながら、心配ないと告げる。


戸塚と小町も、その言葉をきいて安心したのか笑顔で寄ってくる。

雪乃が、隣に並んで八幡の手を取った。

雪乃「…では、いきましょう」

微笑む雪乃の顔をみて…また一瞬、動きがとまってしまう。先ほどの感覚を思い出す。


雪乃「…比企谷くん?」

八幡「あ、ああ、なんでもない。じゃあ、いこうか」

627: 2012/05/28(月) 00:40:33.58
「…比企谷くん!!」

何人もの美少女を引きつれて立ち去ろうとする八幡の背中に、誰かが声をかけた。

相変わらずうずくまったままの伊勢原でも、呆然と口を開けているその取り巻きの男子どもでもない。

山下と島村も放心していた。雪ノ下雪乃があんなことを言うなんて…と呟いている。

声をかけたのは、かおりだった。


かおり「比企谷くん…許してもらえるとは思わないけど、ごめんなさい!」

628: 2012/05/28(月) 00:50:13.90
八幡「……かおりちゃん」

かおり「私たち…あなたに本当にひどいことを…」

八幡「…いいんだ」

もう、本当に終わったことだ。放課後の教室。返ってこないメール。どれももう、思い出すことはない。

優しい女の子は嫌いだった。夜中に見上げた月みたいに、どこまでもついてくるくせに手が届かない。

629: 2012/05/28(月) 01:01:32.79
手を伸ばして、滑稽に飛び跳ねて。転んでは泣きわめき、地面に涙の水たまりを作ったこともあった。

だけどもう、夜空を見上げて手を伸ばすことはないだろう。見下ろした涙の水たまりの中に、あれほど

欲しがっていた月があった。掬い取れば、手の中に残った。自分はもう、自分だけのお月さまを手に入れた。

もうこれ以上、何もいらない。

631: 2012/05/28(月) 01:11:55.20
…君の優しさに、一時の救いを感じたこともあった。たとえそれが、同情と罪悪感からくる偽りのものでも。恨みは何もない。

八幡「…たぶん、もう会うことはないと思う。元気でな」

かおりが、泣きそうな顔で頷いた。ほかの誰も、何も言わなかった。


そして、比企谷八幡はかつての同級生たちの前から去った。過去と訣別し、別れた道を行く。

剥がれおちたものをその場に残し、軽くなった足取りで。もう、振り返ることはないだろう。

632: 2012/05/28(月) 01:34:38.04
別のファミレスで、友人たちと和気藹々と食事をした。兄妹二人きりのはずが、すっかり大げさになってしまった。

しかし、今は素直に楽しいと感じられる…

雪乃と結衣の間には、自分が知らないうちにある種の協定が結ばれていたらしい。表面上、普段通りの仲睦まじい様子だった。

いずれ、どんな会話があったのか知る機会もあるだろうか…


雪乃の顔を、先ほどからまともに見られない。そのくせ、気が付くとつい、雪乃のほうを見てしまう。

こちらに気付くと、微笑を返してくれる雪乃に、あいまいにおう、などと言いながら視線を外す。そんなことを何度か繰り返した。

…くそ、しっかりしろよ、俺!

内心で舌打ちをする。

633: 2012/05/28(月) 01:40:36.61
食事が終わり、解散となった。

マンションまで独りで帰るという雪乃を、送っていくことにした。先ほどのこともある。

まさか、今更妙な真似はするまいと思うが、万が一ということもあるから、というと、雪乃は素直に、嬉しそうに頷いた。


しばし、互いに無言で夜道を歩く。気まずさは感じなかった。手は繋がっている。心も、きっと繋がっていると感じていた。

話しかけたのは、八幡が先だった。


八幡「…なぁ」

雪乃「…何かしら?」

634: 2012/05/28(月) 01:51:56.37
八幡「その、さ…さっき、嬉しかったけど。危ないから、男をあんまり挑発すんなよ。俺なんかのために、お前を危険な目にあわせたくない」

雪乃「…約束はできないわね。比企谷くんに対してまた、同じようなことを言われたら、また同様のことを言うと思うわ」

八幡「…お前な」

雪乃「…それに、そのおかげで今こうして一緒に歩けるのだもの。悪いことばかりではないわ」


……………………ああ、ほんとうに…………このひとは…………


八幡「…また、友達なくしちゃうぞ。最近、親しみやすくなってきたって評判もあるのに」

雪乃「………あなたと同じ道を歩けるなら、孤独も孤立も望むところよ」

くすくすと笑う雪乃の顔をみた。

635: 2012/05/28(月) 01:55:23.25
先ほどの感覚が、また胸によみがえる。ぽっかりと白くなった頭に、不意に、その言葉が浮かんできた。

「ああ…俺は…

636: 2012/05/28(月) 01:57:06.52
雪乃「…比企谷くん? どうしたの、あなた…」


 …このひとのことが


雪乃「…なぜ、泣いているの?」

 
     …このひとのことが、すきだ」

637: 2012/05/28(月) 02:01:02.48
八幡「……え?」

雪乃にいわれて、自分の頬に手をやった。確かに、濡れている。

八幡「な、なんだこれ」

気づけば、八幡は泣いていた。両目から、次々に涙があふれ出てくる。

悲しいわけでも、痛いわけでもないのに。なぜ自分は泣いているのか。

638: 2012/05/28(月) 02:08:52.55
八幡「あれ、くそ、なんでだ? 何ともないのに…何でもないのに…」

ごしごしとこする。戸惑いをよそに、涙は止まらない。

雪乃「…比企谷くん、大丈夫?」

八幡「ああ…本当に、何でもないんだよ。くそ、みっともないな…!」

雪乃「…みっともなくなんてないわ。それに、私もこの前、あなたに泣き顔を見られたもの。これで、おあいこね」

雪乃が優しく微笑む。

ああ…くそ…俺は…俺は本当に…

639: 2012/05/28(月) 02:18:45.65
マンションの前についた。自分では落ち着いているつもりだが、涙はまだ止まらない。

心配して、上がって休んでいかないかという雪乃の誘いを、八幡は固辞した。理由は色々ある。

少し残念そうに「そう」という雪乃は、本当に純粋に心配して言ってくれたのだろう。

八幡は、最後にこれだけは言っておこうと思った。


八幡「雪乃」

雪乃「…なに?比企谷くん」

八幡「俺は…俺は本当に…」

雪乃「…………」

八幡「俺は、本当にお前に出会えて…お前に出会えて、よかった…!」


640: 2012/05/28(月) 02:23:23.33
雪乃は、一瞬、驚いたように目を見開く。だが、すぐに微笑むと、こう言った。

雪乃「……ええ、私も…私も、そう思っているわ」


泣き笑いで じゃあ、また明日。おやすみなさい。と別れの挨拶を交わし…八幡は、走り去った。

この顔では、人前に出られない。どこかで、気を落ち着かせよう。

641: 2012/05/28(月) 02:33:46.63
どこかの公園にでた。水飲み場で顔を洗う。

芝生に横になった。人は誰もいない。虫の声だけがどこかから聞こえてくる。

空の星が、よく見えた。


 …もし、醜い姿のままでも愛してくれるひとが現れたなら。変わることができるのだろうか?


先ほど、劇の台本を読んでいた時に脳裏をよぎった疑問。


 「私は彼の、そのすべてを…愛しいと思っているわ」


今の自分には、野獣の気持ちが分かる。

かつてのように、絶望からではなく。痛みからではなく。八幡は喜びと幸福に咽び泣いた。

明るい月が、優しく照らしていた。
 

658: 2012/05/30(水) 00:10:07.17
…八幡は知らない。同時刻に、自分を想って失恋の痛みに泣く少女がいたことを。

八幡は知らない。自分を照らす同じ月にむなしく手を伸ばし、溜息をついていた少年のことを。

659: 2012/05/30(水) 00:13:48.59
少女は、呟いた。

「…本当は、いつかこうなるんじゃないか…って、思ってはいたんだ」

少年は、思った。

「…実際、こうなるだろう、と予測はしていた」


「でも」

「だけど」

661: 2012/05/30(水) 00:24:48.93
数日後、キャストもすべて決定し、劇の練習が始まっていた。

葉山隼人やそのグループである戸部、大和、大岡らも敵役とその取り巻きの役柄で参加している。

三浦優美子は、「自分に合う役がない」と役不足を理由に不参加。雪乃がヒロインで自分が端役というのはプライドが許さないらしい。どこの大物女優だ…

とはいえ、葉山隼人を目当てにしばしば練習には顔をだし、時折雪乃と遭遇して険悪な空気をつくっている。


662: 2012/05/30(水) 00:29:16.77
また、見習いとして1年生の女子が4人、新たに参加していた。先日の球技大会のあと、奉仕部への入部希望をしていた生徒たちである。

演劇にも興味があるとのことで、雪乃の判断により、今回の劇にもそれぞれ端役ではあるが出演を許可してもらった。

664: 2012/05/30(水) 20:53:03.47
講堂で、それぞれパ-トごとに別れて練習している。今は、八幡は雪乃と合わせていた。

雪乃「ウフフ…」

八幡「アハハ…」

爽やかな笑顔が交差する。

665: 2012/05/30(水) 20:59:18.80
雪乃「このくらいの台詞も覚えきれないなんて、比企谷くんは、本当にクズね」

かがやくような笑顔のままで、雪乃が心をえぐる台詞を吐いた。


八幡「ははは、雪乃はきついなぁ…… って、お前、いくらなんでもガチ過ぎねぇ?あと俺に厳しすぎねぇ?そろそろ本気で泣きそうなんですけど」

八幡の笑顔はよくみると引き攣っていた。

666: 2012/05/30(水) 21:17:04.87
この間のはなんだったんだ…と思わずぼやく八幡に、雪乃はすまして答えた。

雪乃「あら、私は虚言を弄したつもりはないわ。そんなどうしようもなく愚かな比企谷くんを、私は愛しく思っているわよ? それをこうして調き…指導する愉しみも込みでね」クスクス


八幡「…最悪すぎる!! お前それといま、調教って言いかけたろ?!」

俺は犬か!!と憤慨する八幡。

雪乃「気のせいよ、比企谷犬」

八幡「オイいま、くんじゃなかったろ。犬つったろ絶対?!」

なんだよ比企谷犬って。どんな犬だよ。

多分、目が氏んでて、しかも絶対人に懐かない。需要あるかそれ?

667: 2012/05/30(水) 21:47:35.30
雪乃「噛んだだけよ」シレッ

八幡「犬だけに…ってやかましいわ!」

雪乃「………うざ」

氷点下の眼差し。もしドMなら絶頂に達するところだ。


八幡「ひでぇ!!…いや確かに自分でもやっちゃったとは思ったけどな。てかさっきから絶対わざとだろ。わざとだよな? 

   ちくしょう、あの夜の俺の涙をかえせ!!」

これじゃ、ぜんぜん今までどおりじゃないかよぅ……


雪乃「…それはムリね。ごめんなさい、本当のことを言うわね? 比企谷くん…」

八幡「…お、おう」

急にしおらしい態度になった雪乃にドギマギする。


668: 2012/05/30(水) 21:52:28.91
雪乃「実は、この間の比企谷くんの涙にときめいたから、また、泣いてるところが見たくて…」ゾクゾク

八幡「」

いややめて、その恍惚とした表情…まさかの性癖開花だよ。

開いちゃいけない扉を開いちゃった!!

669: 2012/05/30(水) 22:05:29.86
雪乃「…大丈夫よ」

八幡「…えーと、何が?」

雪乃「泣かせてしまったら、そのあとは優しくしてあげる…」ニコ

八幡「…ぐはぁ!!」

 や、やべぇ。言ってる内容はどうかと思うが、この笑顔は問答無用で破壊力が高すぎる。

このままじゃ、こっちまで変な性癖に目覚めてしまう。

670: 2012/05/31(木) 08:15:35.60
雪乃「調…教育の基本は飴と鞭ですものね」

八幡「なんかもう、取り繕うことすらほぼ放棄してんな…いいけどさ。飴って何だよ」

671: 2012/05/31(木) 08:39:19.81
雪乃「そうね…頭を撫でてあげましょうか? それとも、骨がいい?」


八幡「だから犬かっての!! そもそも、お前 犬は苦手じゃなかったのか?」

672: 2012/05/31(木) 13:08:28.03
雪乃「…そうね。でも、苦手なものを放置しておくのも気にいらないの。だからまず、比企谷くんから始めようと思って」


八幡「前後のつながりがさっぱりわからないよ!

…ふん、まぁ、言ってろよ。可愛らしい犬と見えて実はオオカミだから。そのうち噛み付いてやるからな」

雪乃「オオカミ? それはないわね。せいぜい、狐といったところかしら。あと可愛らしくもないし」


ガルルと歯を剥いて威嚇する八幡を軽くいなす雪乃。



674: 2012/05/31(木) 19:37:18.92
八幡「ふっ、男はみんな孤独なオオカミなんだよ。まぁキツネも嫌いじゃないけどな」

雪乃「オオカミは、実際は孤独ではなく群れで狩りをする社会性をもった動物なのだけれどね。ああ、比企谷くんが孤独なのは認めるわよ?」ニコ

八幡「…人のことが言えるか! もういいよキツネで。いつかエキノコックスをうつしてやる…」

雪乃「……エキノコックス対策のために、年間1万頭以上のキタキツネが駆除されているらしいわね」

八幡「…ごめん、俺が悪かった。謝るから、ひとのことをそのハンターの目で見るのをやめてくださいユキペディアさん…」

八幡が後ずさる。三つ星ハンタークラスの威圧感。絶対ヤバい念能力もってる。性格的に理屈屋でマイペースな操作系とみた。

679: 2012/05/31(木) 21:10:36.73
雪乃「安心して、比企谷くん…」ニコ

八幡「…えーと、何が? ってさっきもやったなこんなやり取り…」アセ

雪乃「イギリスなどでは、キツネ狩りは貴族の嗜みであり、最高のステイタスとされているわ」

八幡「この流れでそれを聞いてどう安心しろってんだよ! ここ日本だし。それにそのイギリスでも何年か前に法律で禁じられたはずだろ」

雪乃「…雪ノ下家は伝統を尊ぶ家系なの」

八幡「や、野蛮さの否定こそ文明の進歩だと思うぜ? だからその目をやめろ」

雪乃「害獣を駆除することなしに、人類の文明の進歩がありえたかしら?」

八幡「『ごんぎつね』って悲しい話だと思わないか?」

雪乃「そうね、人と獣は、しょせん理解することはできないのね…悲しいことに」

八幡「おい、お前いま、『美女と野獣』のヒロインが絶対言っちゃいけないことを言ったぞ…」

雪乃「…そうだったかしら?」

687: 2012/06/01(金) 07:00:50.59
軽口を叩き合い…傍目には息のあった掛け合いをしながら練習する二人に、周囲の人間はそれぞれさまざまな感情の籠もった視線を向けている。

雪乃はすでに、台詞も全て完璧暗記しており、指導を受ける側ではなく行う側に回っていた。

容赦のないスパルタ指導で、ごんぎつね…というよりゴンさん(使用後)のように消耗しつくしてへたり込んでいる八幡に、雪乃がようやく労いの言葉をかけた。

雪乃「お疲れ様。ずいぶんと良くなったと思うわ」ニコ

688: 2012/06/01(金) 12:21:55.44
八幡「…おお」

雪乃「…また目が腐ってるわ。最近はもう、普通にしてたら美男子で通るのに。…そんなに辛かった?」

雪乃が心配そうに聞いてくる。少しやり過ぎたかと思ったらしい。

八幡「ふ…野獣の役作りしてんだよ。気にすんな。
…なぁ、それより聞いていいか?」

雪乃「…何かしら?」

隣に座ってくる雪乃に、八幡が問うた。

八幡「…今回の依頼、いつになくやる気に見えるんだが、何か理由があるのか?」

689: 2012/06/01(金) 20:44:39.36
雪乃「……そうね、確かにそうかもしれない」

八幡「…演劇部に思い入れがある、ってわけじゃないよな」

雪乃「ええ。きっと私にとって意味があるのは、あなた達と今、ここにこうして一つの目標に邁進しているということ…

自分でも意外なのだけれど、私は初めて…こうした活動を「楽しい」と感じているのかもしれない」

八幡「…雪乃」

690: 2012/06/01(金) 20:53:07.11
八幡が目を見開く。

雪乃「…自分のプライドや、何かを証明するためではなく…ただ純粋に、いい舞台に仕上げて、あなた達と成功の喜びを分かち合いたいの」ニコ

八幡「ふ…ははは…」

驚きがおさまると、自分でも何故かわからないが、笑いが込み上げてきた。


雪乃「…何よ、そんなにおかしい?」

雪乃が少し口を尖らせ、拗ねたような目で見てくる。


八幡「…や、悪い悪い。そうじゃないんだ」クスクス

697: 2012/06/05(火) 00:20:46.77
かつての雪乃からは、絶対出てこないであろう台詞。少し前の自分であれば、欺瞞と断じ唾棄したであろう言葉。

それを…八幡はいま、ひどく爽快な気分で聞いた。雪乃の内面の変化は、自分自身の写し鏡でもあった。

人は…変わってゆく。

698: 2012/06/05(火) 00:54:04.35
いまの自分を、八幡は肯定する。同時に、過去の孤独な自分を、八幡は肯定する。

自分と雪乃は、互いの孤独ゆえに互いを理解した。反発し合い、惹かれあった。

その過程のすべてを、八幡は肯定する。


699: 2012/06/05(火) 01:01:34.24
いつかまた、雪乃とも道は分かたれ、再び孤独に陥ることがあるかもしれない。それはそれでいい。

いま、ここにこうして…同じ方向を見て、隣同士を歩いていることに感謝しよう。自分も…全力を尽くそう。


八幡「…雪乃」

雪乃「…なに?」

700: 2012/06/05(火) 01:07:32.23
八幡「いい舞台にしよう。俺も、やる気が湧いてきた」

雪乃「…ひ、比企谷くんらしからぬ台詞と表情ね」

綺麗な眼差しで、穏やかに微笑む八幡から赤面しつつ目をそらす雪乃。


八幡「…お前な、らしくないのはお互い様だろ。いいこと言ってるんだから素直に褒めろよ」

その様子に八幡は苦笑する。

701: 2012/06/05(火) 01:13:26.73
雪乃「…そうね。ありがとう」ニコ

八幡「礼はいいさ。俺も自分の意志でそうしたいと思ったんだ」

雪乃「…ええ、じゃあ言い直すわ。一緒に、頑張りましょう」

八幡「…ああ、よろしくな」

互いに、照れを含んだ笑みを交わし合う。


雪乃「では、手始めに、今の場面をあと100回やりましょうか」

八幡「…ひ、ひゃく?! さすがにそれは多くね?!!」

702: 2012/06/05(火) 01:23:23.51
八幡の顔が引きつる

雪乃「ダメよ。男なら自分の言葉に責任を持ちなさい」

対して、雪乃は上機嫌だった。

八幡「…わかった、やるよ! 6ページめからな?」

八幡が立ち上がる。

雪乃「もちろん、台本は見ないでね? 間違えたら回数がその分追加されるわよ」

八幡「…鬼」ボソ

雪乃「…よく聞こえなかったのだけれど、120回にしてほしいって言ったのかしら?」

八幡「…いえ、何も。すいませんでした部長!」

705: 2012/06/07(木) 21:48:44.54
そんな八幡達の様子を見つめる不穏な視線

???「おのれうらぎりものめ・・・ぜったいにゆるさない・・・」

707: 2012/06/07(木) 22:17:12.33
戸塚「…えと、何やってるの? 材木座くん」

戸塚彩加が目をぱちくりさせながら声をかける。その先では、材木座義輝が珍妙なポーズをとりつつ

八幡と雪乃の方を睨みつけていた。

材木座「ふっ、しれたこと…漢の友情を捨て、女に走ったリア充の裏切り者を全力で呪っているのだ!!
    
    おのれ八幡…貴様と我とは互いに認め合った強敵と書いて「とも」と読む、ともにぼっちの道を歩むと誓った戦友であったはず! 
    
    女に魂を抜かれて腑抜けおって…今の貴様は見るに堪えん!! ていうかうらやましい! ねたましい! もげろ! ばくはつしろ!

    我にもその幸せを分け与えろ!!」


きょええええええ!!と奇声を上げ、掌から呪いの念を送る材木座。

708: 2012/06/07(木) 22:28:16.35
戸塚「…えーっと」

戸塚は、困ったような笑顔でその奇行を見守っている。幸い、八幡たちにはこちらの様子は見えていないようだ。

あるいは、敢えて無視しているのだろうか。 …おそらくそうだろう。


川崎「…バカじゃないの」

川崎沙希がいつもの台詞とともに溜息を吐いた。彼女も、戸塚や材木座と同じく、お城の住人の役を充てられている。


「はいはい、やっかまないの材木座くん。主人公とヒロインがやる気を出しているのは、いいことじゃない。こちらも、がんばりましょう」

演劇部元部長の小田原が笑いながら声をかけた。

709: 2012/06/07(木) 22:43:10.26
小田原「…キミには期待しているわよ? ここまで演技をみてきたけど、結構才能があると思うわ」

材木座「?!」

材木座が、その言葉をきいてびくっと振り向く。

材木座「…さ、才能? 我に演劇の才能があると申されるか?」

小田原「ええ、これはお世辞じゃなくて本心」

小田原が頷く。実のところ、材木座は今回集められた臨時の助っ人たちの中でも、舞台上では特異な存在感を放っていた。


美男美女が多い中、ずんぐりして一際冴えない容姿と奇行。八幡がそんな材木座を小田原たちに紹介したときは

八幡「…まぁ、枯れ木も山のにぎわいというし、本人がえらく乗り気なんで…」

と本人が聞けばますます噴飯モノの評価であったが、

710: 2012/06/07(木) 22:56:37.33
オマケ扱いが実はかなりの拾い物だったな…と小田原は本当に思っていた。

よく響く大声、コミカルでユーモラスともいえる容姿、あつかましさと鬱陶しいほどの存在感…

それらは、舞台上では決してマイナスにばかり働く要素ではない。役者に不可欠の『個性』を材木座義輝は持っており、

また、八幡がいうように(方向性はともかく)モチベーションも高かった。劇の台本には付箋やト書きが日々増えていっている。


711: 2012/06/07(木) 23:09:47.45
あとは、本番で開き直れるかどうかだ。こればかりは、実際見てみないとわからない…特に初心者であれば。練習では完璧でも、当日の舞台で頭が真っ白になる人間は少なくない。

小田原「だから、事前の練習が大事なの。積み重ねたリハーサルの回数が、本番で自分を支えてくれるわ。実力を出し切るために今、がんばりましょう?」

にこりと笑いながら温かく声をかけてくれる先輩に

材木座「は、ははーっ! しょ、精進つかまつりまするぅ!!」

背筋を伸ばし、感涙しながら敬礼を返す材木座。

723: 2012/06/14(木) 00:52:42.13
結衣「…………」

海老名「…大丈夫? 結衣」

ぼんやりとして溜息をついている結衣に、海老名が声をかける。

結衣「…あ、ご、ごめんね! 何ページだっけ?!」

あわててパラパラと台本をめくるが、練習にまったく集中できていないのは明白だった。


葉山「…すこし、休憩を入れようか」

葉山が苦笑しながらフォローを入れる。結衣はこの数日、ずっとこの調子だった。否、だんだんひどくなっている。

海老名には、その原因ははっきりとわかっていた。

724: 2012/06/14(木) 00:59:54.30
…数日前の、ファミレスでの雪乃の告白を、海老名も、また結衣も見ていたのだ。

あのとき、結衣は悟ったのだろう。自分は、勝てないと。比企谷八幡は、雪ノ下雪乃と結ばれるだろうと。

海老名には、結衣の今の気持ちがわかった。親友だから。これまで、相談を受けていたから。

そして、自分も実は同じだったから。

725: 2012/06/14(木) 01:12:51.91
葉山「飲み物でも買ってこようか。何がいい?」

葉山の言葉に、一同が歓声をあげる。

三浦「あ、あーしは炭酸系がいいな☆」キャピ

なぜか、練習場にきていた三浦が真っ先に手を挙げる。次いで、戸部や大岡、大和らがそれぞれ同伴を申し出た。

葉山は苦笑しつつ応じる。

葉山「…いや、全員で行くのも大袈裟だな。結衣、いっしょに来てくれないか?」




726: 2012/06/14(木) 01:17:50.19
結衣「ほえ、あたし?」

結衣が目をぱちくりさせる。

葉山「ああ、一人じゃさすがに持ちきれそうもないしさ」

気分転換に外の空気を吸いに行こう… 言外の意味を結衣も汲み取った。その好意に素直に甘えることにする。

結衣「…ん、そだね。じゃあ、一緒に行くよ」

何とか笑顔を浮かべ、立ち上がる。

727: 2012/06/14(木) 01:24:36.02
葉山「………つらいよな」

自販機まで歩いていく途中、隣の結衣に葉山が呟く。視線は前を向いたまま。

外は夕陽。窓の外から、野球部の打撃翌練習の音と掛け声が聞こえてくる。


結衣「…………うん」

少し間をあけて、結衣は頷きを返した。視線は、下を向いている。

728: 2012/06/14(木) 01:29:42.54
結衣「………隼人くんも?」

隼人「………ああ」


覚悟は、できているつもりだった。だが、それでも……

隼人「そう簡単には、割り切れない」

744: 2012/06/23(土) 01:01:30.70
結衣「……そんなにつらいんならさ、なんでわざわざ時間を割いて劇に協力してくれてるの?」

葉山「……そうだな」

沈みかけている夕日に、視線を向けた。

葉山「…きっと、ただの自己満足なんだろう。 ずっと、引きずっている後悔がひとつあるんだ」

結衣「……後悔? 隼人くんが?」

結衣は思わず、葉山の横顔をまじまじと見てしまう。

葉山「……ああ。何だよ、そんなに意外だったか?」

その視線に苦笑を返す葉山。

745: 2012/06/23(土) 01:18:00.71
結衣「……うん、えっと、ごめん」

バツが悪そうに、たははと笑う結衣。

葉山「…ずいぶんと買い被られてるな。俺はそこまで完璧な人間じゃないよ」

肩を竦めてみせる。 …そうだ。思い通りにならないことなんて、いくらでもある。


結衣「……何をしたことを後悔してるのか、訊いてもいい?」

束の間、問うてよいものか逡巡していたが、好奇心には勝てずその質問を投げかけた。

葉山「いや、そうじゃない」

答えは、すぐに返ってきた。その声に、不機嫌な響きはないが…しかし、「そうじゃない」とは? 結衣は首を傾げる。


葉山「『したこと』じゃない…あのとき、『何もしなかった』 そのことを…何年も、ずっと悔いている」

746: 2012/06/23(土) 01:28:57.49
去りゆく残照を惜しむような表情で呟いた言葉は、目の前の結衣にではなく、ここにいない誰かへの懺悔のようだった。

思い出す。何もできず手をこまねいているだけだった幼い自分。絶望し、心を凍らせていく幼なじみ。ずっと好きだった女の子。

もう、取り戻せないと気付いたのはいつだったか。彼女が海外に留学した時か。久しぶりに再会した自分に向ける視線を見た時だろうか。

いや…おそらくは

747: 2012/06/23(土) 01:39:59.45
彼女の、あの笑顔…数年ぶりに見た、心の底から楽しそうな。それは、自分以外の男に向けられていた。

あの笑顔をみたときに、自分は悟ったのだろう。 取り戻せない時間。取り戻せない失敗。取り戻せない…初恋。

あの笑顔を何年も凍りつかせたのは、自分のせいだった。 凍てついた心を再び溶かすことができたのは…自分ではなかった。

自分では…なかった。

748: 2012/06/23(土) 02:00:29.46
葉山「…でも、ただそれだけのことだ」

そう、大事なのは彼女がまた、心から笑えるようになったという事実。その重要性の前には自分の立場なんて些細なことだ。

それを守る足しに少しでもなるというなら、喜んで演じよう。悪役でも、ピ工口の役でも。

…そんなことで、あのときの後悔をすべて取り戻せはしないとわかっていても。

755: 2012/06/24(日) 01:01:19.32
結衣「…何もしなかったこと、かぁ」

葉山「…さっきも言ったけど、結局は自己満足のためだよ。 結末がどうあれ見届けて、最後に納得していたいんだ。

   …逃げたら、あとできっともっとつらくなる。 また、何年も後悔をひきずるのは嫌だからさ」

自販機にコインを投入しながら、淡々と言葉を紡ぐ。


結衣「…隼人くんは、強いね、やっぱり」

取り出した大量のジュースの容器を抱えながら、何か吹っ切れたように笑う結衣。

葉山「…重いだろ、こっちの分は俺が持つよ」

返答の代わりに、軽く肩を竦めてみせ、結衣の右手に抱えた分をひょいひょいと自分の手の中に取っていく。


葉山「」


756: 2012/06/24(日) 01:07:03.02
結衣「あ、これくらいの重さなら大丈夫だよ?」


??「自分では平気なつもりでも、手の中に重い荷物を抱えてたら、前が見えなくなるし転んじゃうよ?」

757: 2012/06/24(日) 01:19:58.69
結衣「あ…姫菜!」

海老名「やー。全員分のジュースの買い出しなら、もう一人くらいいたほうがいいと思って」

いつのまにか海老名姫菜が背後に立ち、にこやかに笑っていた。


葉山「…助かる。じゃあ、ちょっと手を借りようかな」

絶妙のタイミングでの登場に、葉山がやや苦笑気味に応じた。荷物を分配していく。


海老名「ユイは優しいから、放っておくとほかの人の重荷まで抱え込んじゃうんだよね。

    …もうちょっと、わがままになっても許されると思うよ、ユイはさ」

結衣「………ん…そうかな」


答える声は、ちいさい。

759: 2012/06/24(日) 01:58:34.88
パートを入れ替えつつ、その日の練習は月が上るまで続いた。 

途中、雪乃は家の門限のため、心残りを見せながらも途中で抜ける。ここしばらく、雪乃は実家から通学していた。

それでも参加者の意気は高く、結衣も後半少し落ち着きを取り戻した。

発表に向け、仕上がりはまずまずといえよう。

762: 2012/06/24(日) 02:25:56.09
八幡「……じゃあ、気をつけて帰れよ」

結衣「…うん。またね、ヒッキー」

三浦「…フン」

講堂を出る結衣を見送る。練習中、様子のおかしかった結衣の状態が心配だったが、

八幡は部長の雪乃の代わりに戸締りなどをすることになっていた。

…それに、自分よりこの場合は三浦の方が送り役としては適任だろう(ボディーガード的な意味でさえ)。


二人が出ていき、講堂のドアが音を立てて閉まった。

…八幡は、自分だけが中に残った講堂のバルコニーに上がり

八幡「…もう少しだけ、練習するか」

と呟いた。


765: 2012/06/24(日) 02:40:25.26
検校屋敷の友六である。もとい、兼業作家の渡●である。でもなく

海老名「せっかくだから、何か手伝おっか?」

帰ったはずの海老名姫菜であった。

770: 2012/06/25(月) 00:37:49.16
八幡「…海老名さんか。 帰ったかと思ってたぜ」

驚いた…と呟き、息を吐く八幡。

海老名「ん、ちょっと忘れ物してね。もどってきたら、比企谷くんがまだいたから、こっちもびっくりしたよ」

八幡「…ま、折角だからもうちょっと練習しとこうと思ってな。戸締りも任されてるし」

海老名「雪ノ下さんにあれだけしごかれた後でまだやるんだ…タフだねぇ」

いやいや感服しました…と仰々しく首を振る海老名に、やや憮然としながら答える。

八幡「自分でもキャラじゃねぇのはわかってるよ…けどまぁ、しょうがないだろ。まがりなりにも、主役引き受けちゃったんだからさぁ」

海老名「あ、違うってば。茶化してるんじゃなくて、本当に感心してるの。それに、キャラじゃないとも思わないし」

八幡「……そうか? ん…そりゃすまん」

軽く頭を下げる。

771: 2012/06/25(月) 00:58:46.71
海老名「根は結構、真面目で熱血だよね。 …その心意気に感じて、あたしも何か手伝おうかと」

八幡「その評価には異議がある。 …まぁそれはともかく、もうだいぶ遅いんだ。海老名さんも早く帰った方がいいと思うぜ?

   …気持ちはありがたく貰っとくけどな。腐っても女の子なんだし」

ぽりぽりと頬を掻きながら、微妙に目をそらして突き放す言葉。しかし、海老名は動じなかった。

海老名「ん、お気遣いどうも。まぁ、家は近いし、家族にも遅くなることは言ってあるからもうちょっとは大丈夫だよ。あたしも、適当なところで帰るから」

八幡「…そうかい。んじゃ、ちょっと台詞のチェックとか頼むよ」

溜息をひとつ吐き、苦笑しつつ海老名の申し出を受け入れた。正直、ありがたくはある。

772: 2012/06/25(月) 01:18:33.72
……………

八幡「どうだった?」

海老名「台詞を間違えたのは2箇所だね。演技はかなり、よくなってると思うよ? もともと演劇部員だったって言われても信じるかな」

八幡「…そうか。 と、悪い! 予想より遅くなっちまったけど大丈夫か?」

ほっとした後、時計をみてその時刻に慌てる八幡。

海老名「あはは、平気平気」

八幡「…悪いな。今度、何か埋め合わせするよ」

海老名「ん~~…じゃあさ、ひとつだけ、質問に答えてくれる?」

八幡「………答えられる内容ならな」

786: 2012/06/25(月) 23:24:48.65
海老名「OK、じゃあ黙秘権はありで。それじゃあ早速第一問…」

八幡「ちょっと待て。ひとつだけってさっき言ったよな?!」

海老名「言ったけど? 黙秘権ありにしたからルールが変わったんだよ」

八幡「…………」

絶句する八幡。ニコニコ笑いながら理不尽を言う。食えない女だ、伊達に腐ってねぇ…

海老名「政宗×小十郎hshs」ボソリ

八幡「…今何か言ったか?」

海老名「ううん? 何も?」

あくまでにこやかな海老名姫菜

八幡「…そうだな、まさかな」

頭の中を読まれてるのかと…

海老名「自分で思ってるほど上手くないと思う」ボソ

八幡「…オイ?!」

海老名「気のせい、気のせい」

787: 2012/06/25(月) 23:39:47.37
八幡「…もういい、わかった。好きなだけ聞けよ。答えられるやつだけ答えるから。
   でも、ここはもう閉めるぜ? 送ってくから、話の続きは道々な」

八幡は息をひとつ吐いて講堂の鍵を取り出した。

海老名「おや、私の家に興味があるの? でも残念、今日は家族が…」

八幡「ねーよ」

海老名の私室などむしろ、絶対に見たくない。SAN値がゴリゴリ削られそうだ。

八幡「ねーよ!」

大事なことなので二度言いました。

海老名「その反応はさすがに傷つくなぁ…」

ちょっと口を尖らせて、ジト目で見てくる海老名。




788: 2012/06/26(火) 00:00:42.27
八幡「…いや、悪かったな。ちゃんと送ってくよ」

講堂内の片づけが終わり、戸締まりを済ませてから、先に校門前に出ていた海老名に追いつく。

外は街灯があるとはいえ、今夜の月は雲に覆われており、すっかり暗くなっていた。

海老名「…やっぱり、変なとこ真面目だよね、比企谷くんは」

クスリと微笑む顔さえ暗くてよく見えない。

八幡「前から言おうと思ってたが、海老名さんは俺のことだいぶ誤解してると思うぜ…」

海老名「そうかな?」

789: 2012/06/26(火) 00:15:21.66
八幡「ああ」

だいぶ買いかぶられてる気がする。俺はただのどこにでもいるぼっちだってのに…

海老名「誤解してる…誤解してたのは、周囲だと思うな。少なくとも、どこにでもいたりはしないよ。比企谷くんみたいな人は」

八幡「……え?」

海老名「まぁ、ぼっちだったのは、たまに独り言を呟いたりしてるのにも原因があるかも?」

八幡「うっそ、俺、今、頭の中で考えたことしゃべってた? マジで?!」

海老名「うん、注意して聞いてると、たまにやってるよ?」

八幡「」

790: 2012/06/26(火) 00:38:03.96
海老名「ほらほら、落ち込まない。クセならこれから直せばいいんだからさ」

八幡「ぼっちになると独り言が多くなり、それがますます孤立を深める…なんというデフレスパイラル…」

海老名「困るよねぇ…『秘せずは花なるべからず』だっけ」

八幡「」

くすくす笑いながら、以前八幡が言った言葉を返してくる海老名。閉口するとはまさにこれ。

791: 2012/06/26(火) 00:55:22.50
海老名「でも誤解があるというなら、それをそのままにしておく手はないよね。マイノリティ同志、相互理解を深めるべきだと思うの」

八幡「マイノリティ同士の合従が生産的な結果に至った事例なんて殆ど知らないけどな…」

ぼっちと腐女子、まさかのコラボ。腐った瞳と腐った趣味が重なるとき、一体何が始まるのか。

海老名「そういうネガティブな話じゃなくて、言葉のキャッチボールをしようって誘ってるんだよ。せっかくの機会なんだからさ」

八幡「キャッチボールか…」

792: 2012/06/26(火) 01:02:48.57
確かに、一人で投げて一人うつ(鬱とかけている)、言葉の一人野球よりは生産的だろう。

八幡「ま、それもいいかもな。で、何の話をする? そういえば、さっきの質問を結局聞きそびれてたな」

海老名「そうそう! そのさっきの第一問ね」

八幡「うん」

自転車を引き、海老名と並んで歩きながら、その問いを待つ。

海老名「比企谷くんはさ、男の子同志の恋愛ってどう思う?」

がごん!←側溝に自転車の前輪がハマった音

798: 2012/06/26(火) 22:54:58.86
海老名「あらら、大丈夫?」

八幡「…おかしいな、和やかなキャッチボールのはずなのに、初球から全力でビーンボールが飛んできてるんだけど」

受け損ねたら氏ねるレベルの。

海老名「平気平気、『名手』比企谷選手なら余裕余裕!」

八幡「誰が名手だよ。全盛期のイチローでもこれは持て余すわ!」

海老名「…川●宗×選手とイチロー選手ってやっぱr」

八幡「OK、話を戻そう。で、なんだって?」

799: 2012/06/26(火) 23:13:09.59
海老名「男の子同士の恋愛について。ほら、比企谷くんって、正統派美少女の雪ノ下さんやユイから妹さん、戸塚くん、材木座くんまで守備範囲が広いじゃない? 含蓄のある意見が聞けそうだと思って」

八幡「ねぇよ! 特に最後だけは!!」

海老名「他はあるの? 妹さんとか」

八幡「た、確かにシスコンだが性的な意味はねぇぞ…」

海老名「戸塚くんは?」

八幡「戸塚彩加という生き物は、男という枠にカテゴライズするにはあまりにも可愛いすぎる。男子・女子・戸塚で分けて考えるべき。
   それにまだ、誰も本当に戸塚の性別を確認した奴はいない! もしかしたらという夢は残されてるだろ!」

夢は見るもんじゃない、いつかこの手でつかむものさ!
…夢追い人は旅路の果てで いったい何を手にするんだろう。

800: 2012/06/26(火) 23:26:04.85
海老名「そういえば、留美ちゃんも守備範囲だって言ってたよね」

八幡「あくまで将来性に期待してるだけだ。今手を出してカレー鍋で煮こまれるつもりはない」

海老名「平塚先生はどう?」

八幡「…どう答えても詰むだろその質問。 ノーコメントでお願いします」

今、背筋を寒いものが走ったぞ。まさか聞いてるはずはないんだが…(汗


海老名「…やっぱり十分、守備範囲広いと思うけどなぁ」クスクス

八幡「そんなゴールデングラブ賞はいらねぇ。謹んで返上します」

海老名「ボールとバットで十分か。ふむ、誘い受けだと思ってたけど、攻撃専門だったとは意外だね…」

八幡「…もうやだこのひと」

801: 2012/06/26(火) 23:40:56.72
海老名「で、結局?」

八幡「…いや、人の趣味をどうこういうつもりはねぇよ。自分が巻き込まれない限りはな」

海老名「意訳すると、新たな世界に興味津々てことでいい?」

八幡「惜しい、正解は『お前、気は確かか?』だ」

海老名「フフフ、狂気の沙汰ほど、面白い…」

ざわ… ざわ…


海老名「ちなみに私のイチオシは『八幡×隼人』なんだけど…」

八幡「とりあえず、俺と葉山に謝れよ」

803: 2012/06/26(火) 23:54:35.44
八幡「…まぁ、あれだ」

しばしの沈黙の後、咳払い

八幡「人からどう思われようと、堂々と『これが好きだ』と言い切れる何かがあるってのは、正直すげぇと思うしちょっと尊敬もする」

海老名「…………えっ?」


821: 2012/06/27(水) 22:29:30.16
八幡「…いや、何でそこでそっちが絶句すんだよ」

海老名「…あ、いや、だって、不意打ちで変なこと言うんだもん」

初めて、狼狽した様子をみせる海老名。暗いせいで、顔がよく見えないのが惜しまれる。照れているのか?

…意外と素は純情だったりしてな。

海老名「…もう、声に出てるってば」

八幡「…そりゃすまん」

会話が途切れた。

822: 2012/06/27(水) 22:41:52.61
八幡「ん、ああ…キャッチボールというからには、俺が質問を投げる番だよな? じゃあこの際だから聞きたいんだが…」

海老名「…うん、いいよ。何かな?」

八幡「そのテの作品が好きだろうと別にいいとは思うが、クラスでうまく人付き合いしてく上では表に出さないほうが色々と
   捗るのは自分でも分かってるだろ? あえて前面に押し出してるのは何か理由があるのかと思ってさ」

海老名「…あはは、そっちも結構キツい球を投げてくるよね」

八幡「そう言ってもらえて嬉しいね」

一矢報いて、くっくっと忍び笑いが漏れる。

823: 2012/06/27(水) 23:07:28.92
八幡「…男避けのために予防線を張ってるのかと想像したんだが、穿ちすぎか?」

海老名「…ちょっとね。まったく見当違いってわけじゃないけど」

八幡「…あー、答えにくかったら、そっちにも黙秘権はあるぜ。ルールは対等でなきゃな」

あさっての方向を見ながらなんか、すまん。とモゴモゴ 口の中で呟く八幡。

海老名「ううん、いいんだよ。 …まぁ、昔ちょっと、いろいろあってね」

八幡「………うん」

海老名「自分を偽って、周りからちやほやされて。本性がバレて、それまで友人と思ってた人達にまで距離を置かれたり…」

八幡「………そっか」

海老名「……結局、前にも言ったみたいに、ネットの交流やイベントに参加して、自分が孤独じゃないって分かったから立ち直れたけど。ちょっとトラウマになってるんだ」

八幡「……なるほどな。それで…」

海老名「うん…またあんな思いを繰り返すくらいなら、最初から自分の本性を隠さずにいたほうがマシだって思ったの。『予防線』ていうのは正しいかな」

824: 2012/06/27(水) 23:31:02.40
海老名「…比企谷くんの方こそ、多分私を買い被ってると思う。私は、比企谷くんが言ってくれるほど強くも優しくもないよ。
    …臆病で、身勝手で。本音をごまかしながら、いろいろ計算して、相手に探りを入れてる。さっきの質問もそう」

八幡「…まぁ、人間の本音なんてそんな単純にざっくり割り切れるもんじゃねぇだろ。俺が言うのも何だが、あまり自分の本性は
   こうだなんて決めつけないほうがいいぜ。 …で、さっきの質問が何だって?」


街灯に惹きつけられた蛾が、必氏で光に近づこうと羽ばたいているのがふと視界に入った。


825: 2012/06/27(水) 23:43:36.43
海老名「冗談に紛らわせて、比企谷くんの反応を観察してた。 …本気でヒかれたりしてないか。気持ち悪いものを見るような目で見られてないかって。
    比企谷くん、『気は確かか』なんて言いながら、本気で気持ち悪がったり私を拒絶しようとはしてなかったよね」

比企谷「んー、別に…まぁ、逆なら慣れてるんだけどな」

海老名「あはは、それで自然体でいられるのって本当にすごいよね」

くすくすと笑う海老名。

826: 2012/06/28(木) 00:10:00.28
海老名「…あとね、もう一つ理由はあるんだ」

八幡「ほほう」

海老名「自分の、本性。『普通』の人が見たら、敬遠されるってわかってる様な部分をみせて…それでも自分を
    受け入れてくれる人。その部分も含めて、自分を愛してくれるような人がいつか現れてくれないかって。
    …そんな都合のいい夢をみてる」

八幡「……ああ、気持ちは、わかる」

都合のいい夢…確かにそうかもしれない。だが八幡は思う。それは、誰もが抱く願いではないのか。
考えが幼い、やり方が拙いということはできるだろう。だがありのままの自分を愛してほしいという欲求を、
自分のエゴを自覚しつつ奇跡を期待してしまう心情を嗤うことは、今の八幡にはできない。 

自分の中にあった同質の願いを、自覚していたから。そんな奇跡に出会った感動を、記憶していたから。

828: 2012/06/28(木) 00:50:51.78
海老名「…ありがとう。比企谷くんなら、分かってくれそうな気がしたの。私たち、結構似た者同士だって思わない?
    ところで次の第二問、そろそろ訊いてもいいかな」

八幡「…ま、不本意だけどな。第二問、どうぞ」

海老名「うん…比企谷くんは、男女の友情って成立すると思う?」


829: 2012/06/28(木) 00:54:04.76
八幡「…こりゃまた古典的なクエスチョンだな」

がしがしと頭を掻く。

海老名「ふふ、それだけ普遍的な命題だってことだよ」

八幡「…一応訊くけど、存在を無視して会話もしないのは友達に含まれる?」

海老名「…過去に何があったのかな?」

八幡「すまん、今のはナシで。追求しないでくれると嬉しい。
   
   …ま、そうだな。あるんじゃねぇの」

830: 2012/06/28(木) 01:13:21.41
海老名「そう考える理由を訊いてもいい? 比企谷くんの過去に何があったのかもちょっと気になるけど…」

八幡「何でもかんでも恋愛に結び付ける思考法が気に入らないだけだよ。バカバカしいし面倒くさいだろそんなの。
   …まぁ、女子の『友達でいましょう』って定番の台詞は、古今東西の史上、イラっとくる文句ランキングでTOP3には入るけどな」

海老名「ああ、うん…大体わかったよ。なんていうか、ゴメン」

八幡「ば…バッカ、ちげぇし! 俺が言われたとかいう話じゃねぇし! 
   …そもそも、質問する相手を間違ってるんだよ。人生即ぼっち歴だぞ俺? 男女の友情以前に、男女問わず友達いなかったっての」

843: 2012/06/28(木) 23:29:36.20
海老名「…以前はそうだったかもしれないけど…でも、今はそうじゃないんでしょ?」

穏やかな声で、海老名が問う。

八幡「……………まぁ、そうかもな」

何人かの顔が脳裏をよぎる。奉仕部の面々。戸塚、かなり不本意だが材木座…
彼らのことを「赤の他人」と切り捨てることは、もうできなかった。

海老名「私は、比企谷くんにとって…友達かな?」

八幡「……以前の俺なら、ただのクラスメート、赤の他人、もしくはリア充すなわち敵…と突き放すところだが」

海老名「…ところだが?」

八幡「今となっては、多少の親近感というか、仲間意識というか、そういったカテゴリーに類する感情を、多少なり抱いていることも否定できないということを肯定するのも吝かではないかもしれないと思ったりすることもあるような気がする今日この頃…」

海老名「えっと…つまりどういうことかな?」

八幡「……………友達だってことだ。言わせんな恥ずかしい!」

そっぽを向きながら、怒ったような声で吐き捨てる八幡。海老名はくすくす笑っている。

海老名「ふふ…ありがとう。比企谷くんは、本当にツンデレだなぁ」

八幡「いや、やめてくんない?そういう風に人を安易に記号化してカテゴライズするの。マジでやめてくんない」

海老名「おや、ツンデレは気に入らなかった? じゃあやっぱり『ヘタレ受け』で」

八幡「人の話を聞けっつってんだろこの腐女子メガネ!!」

844: 2012/06/28(木) 23:45:54.92
海老名「ふふ…じゃあ、次は比企谷くんの番かな?」

八幡「よし、ちょっと待ってて。今、すんごい嫌がらせのセクハラ質問考えてるから」

海老名「…ふうん? 別にいいけど。あ、ちなみに先回りして答えておくと、私、処Oだから」

がごごぎん!!←側溝に自転車の前輪と後輪がはまり込んだ音

八幡「…お、おま…まだ何も訊いてもないのに、さらっと何をカミングアウトしてんの?!」

勢い余って、自転車の上に倒れこんだ八幡が海老名を見上げながらツッコむ。

海老名「え? …別に、この年でバージンて普通じゃないの? 比企谷くんもそうでしょ?」

比企谷「え、あ、いや、ど、どどどどど」

ドは童○のドー♪

海老名「ド、がどうしたの?」

落ち着き払ってニコニコ微笑んでいる海老名。

八幡「の、ノーコメント、で」

自転車を引き起こし、がっくりと肩を落とす八幡であった。

845: 2012/06/29(金) 00:06:57.01
海老名「じゃあ、比企谷くんはパスでいいの?」

八幡「ああ、もういいわ。そして、クラスのリア充グループの意外に高かった未経験率にちょっと吃驚だわ」

男子では童O風見鶏の大岡(推定)、女子では結衣と海老名が処O。これで実は三浦までそうだったりしたら…

海老名「…ん、知りたいの? 本人に聞いてみたら?」

八幡「俺に氏ねと?! …て、おい。今のはさすがに口に出してないよな?」

冷や汗が流れる。

海老名「いや、なんとなく考えてることが読めたからカマをかけてみたの。どうやら想像どおり?」

ダメだ。勝てる気がしねぇ

846: 2012/06/29(金) 00:24:41.96
海老名「…じゃあ、第三問…最後の質問、いいかな?」

八幡「ああ、もう何でも訊けよ…」

海老名「ん…じゃあ…比企谷くんは…」

そろそろ、目的地に近づいてきたようだ。

海老名「三角関係、についてどう思う?」

本命の質問。自転車を引く、足が止まった。


854: 2012/07/01(日) 02:08:53.16
八幡「どう思うって言われてもな…ちなみにこの場合の三角関係の定義は?」

微妙に目をそらしながらつぶやく八幡

海老名「そうだね…全員が友達や知人同士の人間関係内で、二人…以上が同時に同じ異性を好きになること、ってとこでどうかな」

八幡「…他人事としていうなら、恋愛脳の弊害だな。年中 発情期のネズミじゃあるまいし。好いただの惚れただの、大抵は若気の至りで、ただの錯覚だ。現実には面倒くさいことこの上ないだろ」

海老名「…ふうん。じゃあ、比企谷くんが『もし』、その当事者になったらって立場で考えると? …比企谷くんはどうするのかな」

855: 2012/07/01(日) 02:22:05.74
八幡「…仮定の質問には答えられない、と言いたいところだが」

どうやら、韜晦が許される雰囲気ではないらしい

八幡「…何通りかのやり方があるな。まず、全員がその『好き』とかいう気持ちを抑え込んで、気づかない振りをすることだ。少なくとも人間関係の現状維持はできる」

海老名「…『秘すれば花なり秘せずは花なるべからず』だっけ?」

八幡「ま、そういうことだな。そうして無視できる程度の気持ちなら、最初からただの気の迷いだ。時間がたてば自然に問題は解消されてるだろ」

海老名「…なるほど。じゃあ、抑え込めない、無視できないくらいにその気持ちが強くなったら?」

一瞬、月が雲の間から顔を出した。

856: 2012/07/01(日) 02:39:04.01
月の光に照らされた海老名姫菜の顔はひどく真剣な表情で、八幡の顔をまっすぐに見つめていた。

海老名「その気持ちを…向けられる立場として考えてみて。比企谷くんなら、どうする?」

八幡「…そいつ自身の気持ちってのが条件に含まれてなくて、人間関係を極力維持するのが目的なら」

その視線を、正面から受け止められない。

八幡「…平等に、嫌われればいい。さっきも言ったが、好いただの惚れただのは大抵、相手を頭の中で勝手に美化した錯覚だ。もしくは、強迫観念や雰囲気に酔ってるだけだ。
   素の醜い部分をみれば、目が覚めるだろ。取り合うほどの価値もないとわかればそれ以上の争いはおこらないんじゃねぇか?」



857: 2012/07/01(日) 02:50:39.07
海老名「…なら、その人自身も、どうしようもなく、抑えきれないくらいにどちらかを好きになってしまったら? そしてそれを自覚してしまったら…どうすればいいの?」

八幡「…………そうだな。そのときは…そうなってしまったら」

地面に落ちた影を見ながら、数秒の沈黙の後。 八幡は、視線を上げた。海老名の目を見ながら、静かにその結論を口にする。

八幡「どうやっても、抑え込めない気持ちを全員が自覚してしまったのなら。互いの醜い部分も理解しあって、傷つくことも傷つけられることも含めてあらゆる覚悟を決めたのなら」

風が吹き、また雲が月にかかろうとする。


858: 2012/07/01(日) 03:10:32.68
八幡「…その気持ちに従って行動するしかないだろ… 青春も恋愛ももとより嘘とエゴに満ちているモノとはいえ、
   全員が気持ちをごまかして我慢することで成り立つ馴れ合いも不健全さではどっこいどっこい、というよりなおひどい。
   そんな欺瞞、どのみち長持ちはしねぇよ。一度すっきりぶっ壊して再構築したほうがいい」

海老名「……そう」

再び、雲の闇に隠れた海老名の表情はよく見えない。だが、声は確かに笑っていた。

868: 2012/07/01(日) 23:09:18.80
海老名「送ってくれてありがとう。もう、そこが家だからここまででいいよ」

八幡「…ん。了解」

海老名「……やり方は比企谷くんにまかせるけど…ユイのこと、お願いね。あの子は、知ってると思うけど、本当に優しい子だから。
    …雪ノ下さんのことも、比企谷くんのことも、何があろうと大好きで、大切な仲間だと思ってるって、そう言ってたから」

八幡「……ああ、わかった」


海老名「…じゃあ、また明日、ね!」

微笑み、殊更 普段の軽い調子を意識した声で、別れの挨拶。

八幡「おう、またな」

八幡も、軽く笑って手を振り、背中を向けた。


海老名「…比企谷くん!」

自転車に跨って走り去ろうとする背に自分の名を呼ぶ声を聞き、八幡は再び振り返った。

869: 2012/07/01(日) 23:39:13.86
海老名姫菜の瞳が揺れていた。互いに沈黙したまま。

何か、ひどく重要で決定的な言葉を告げようと手を伸ばし、口を開きかけ……そして結局。


海老名「…あはは、ごめんね。やっぱり、いいや。帰り道、気を付けてね」

八幡「…わかった。わざわざサンキュ」

笑顔でうなずき、八幡はそのまま走り去った。


その背中が見えなくなってから、海老名はぽつりと呟いた。

海老名「…『恋の至極は忍恋』、か」

結局、自分にははっきりと思いを告げられなかった。答えは最初から分かっていた。自分が告白すれば…
今の八幡は、誠実に受け止めたうえで…はっきり断ってくれただろう。

でも、それはユイに対する裏切りで、八幡にも余計なストレスを与えるだけだ。それは本意ではない。

…いや、誤魔化すのはやめよう。結局、自分には勇気がなかっただけだ。今のポジションを失うリスクを、恐れた。

海老名「…『恋氏なん、後の思いに、それと知れ、ついに洩らさぬ中の思いは』なんてね。
    あーあ、やっぱり私…」

少し悔しそうに、しかしさばさばとした表情で、海老名姫菜は月を見上げた。


870: 2012/07/01(日) 23:45:54.71
「ユイ…本当にこのままでいいの? このままじゃ、あの女にヒキオ、とられちゃうよ」

「…………」

「あの女、ユイの想いを知ってて、あいつに手を出したんだよ。そんなの、はっきり言って裏切りでしょ」

「………やめて、もう」

「自分でも『絶交されても仕方ない』って言ってたし。そんなら、ユイも遠慮することないじゃん。恋愛なんて、結局やったもん勝ちでしょ」

「……でも、あたし…どうしていいかわかんないよ」

「ユイにその気があるなら…あーしがなんとかしてやるよ」

878: 2012/07/04(水) 00:04:54.39
雪乃「…どうしたの? 比企谷くん」

雪乃に声をかけられて、我に返った。

雪乃「そんなにじっと見つめられると、さすがに少し恥ずかしいのだけれど。私の顔に…何かついているの?」

八幡「ん…あ?! いや。ほら、アレだ。劇の、劇のイメージトレーニングだ、うん」

雪乃「そ…そう。それなら、仕方ないわね。好きなだけ見ていいわ」

昼休みの、奉仕部の部室。雪乃は早口で弁解する八幡を見てくすくす笑っている。しかし、よく見ると頬が赤くなっているあたり、こちらも見かけよりはテンパっていそうだ。


879: 2012/07/04(水) 00:35:29.27
視線が、合う。雪乃も、こちらの目を真っ直ぐ見ていた。思わず、見つめ合うような形になった。

誰もが認めるであろう美少女に隣から見つめられ、心拍数が上昇するのを感じる。

互いに無言。どれだけの時間が経ったのか。10秒? 20秒? 1分? もっと長いような気もするし、ずっと短いような気もする。どちらから近づいているのか、意識的か、無意識にか、互いの距離が少しずつ接近しているような…


部屋の前の廊下を移動する誰かの足音を聞き、二人で同時に我に返る。ドアの方を見ながらしばし硬直していると、足音はどこかに去って行った。

八幡「…あ、いや、なんでお前までこっちをじっと見てるんだよ」

いまさら、思わず視線をそらしてしまう。

雪乃「……なんとなく、視線を逸らしたら負けな気がしたの。今のは同時だったから、引き分けにしておいてあげるわ」

八幡「お前、それ野生動物の論理じゃね? もしくはヤンキー」

雪乃「野獣が相手なのだから、むしろピッタリじゃない。 なんなら、もう一度勝負しましょうか?」 

照れ隠しに、いつものように軽口をたたき合う。

880: 2012/07/04(水) 00:48:27.59
雪乃「…ところで、目を逸らさせたら勝ちというのなら、比企谷くんは
   そういう世界で生きる才能があるのではないかしら」

八幡「…一応聞くが、その心は?」

雪乃「普段のあなた、目が腐っていて常人には直視に耐えないもの」

八幡「まだそのネタ引っ張るのかよ… つうか、それならお前の方がよっぽど才能あるだろ。俺、お前に突然路地裏であっていつもの氷の視線で睨みつけられたら、思わず財布差し出しちゃう自信あるもん」

雪乃「……………」

八幡「…ごめんなさい、ホントに300円しかもってないんです。お札はないですから、勘弁してください」

口元だけは優しく微笑みながら絶対零度の視線を向けられ、ぶるぶる震えて顔を伏せながら財布をポケットから取り出す八幡。


雪乃「…はぁ、もういいわ。しまいなさい」

881: 2012/07/05(木) 00:03:18.18
一見、罵り合いと見えて八幡にせよ雪乃にせよ、無論本気ではない。予定調和のじゃれ合いの会話。

それが、何とも心地よかった。

互いに理解し合っているという確信がありつつ、これまでの人生で経験したことのない状態への戸惑いと羞恥が急激な接近にブレーキをかけてもいる。

だが、そんなもどかしさを抱えながらする以前と同様のやり取りが、何とも心地良かった。

882: 2012/07/05(木) 00:09:52.54
だが表面上、今まで通りのように振る舞っていても …日に日に、その気持ちが大きくなっていくのがわかる。好きになっていくのを、止められない。その気持ちを、互いに自覚してしまえば、もう…

先日の、海老名姫菜との会話が脳裏をよぎる。

八幡「…雪乃」

883: 2012/07/05(木) 00:26:33.30
雪乃「ど、どうしたの。急に真剣な顔をして・・・」

八幡「・・・お前に、ちゃんと自分の言葉で、はっきりと伝えたいことがあるんだ」

雪乃「・・・・・・・・・・・・えっ」

雪乃の瞳が見開かれ、頬が真っ赤に染まる。


八幡「・・・ああ、今回はその予想で間違ってない、はずだ。 でも、ごめん。それは今じゃない。 
   ・・・その前に、ちゃんとけじめをつけなきゃいけないから。だから、もう少しだけ待ってくれ。
   文化祭が終わったら、はっきりと、俺の気持ちを・・・伝えるから」

主人公の不器用な言葉に


雪乃「・・・・・・・・・・・・・・・そう、わかった。 楽しみに、待っているわ」


とても幸せそうに、ヒロインは微笑みを返した。

884: 2012/07/05(木) 00:31:50.68
…由比ヶ浜結衣は、部室の入り口の前で、そのやり取りを聞いていた。指に絆創膏が巻かれた手の中には、3人分の弁当箱。

声をださず、ごしごしと袖で自分の両眼を拭う。 …涙は止まってくれなかった。

結局、ドアをあけることなく、結衣は立ち去った。手の中に、開かれなかった弁当箱を持ったまま。

885: 2012/07/05(木) 00:33:34.31
更新滞り気味ですいません。そろそろ、最後のまとめに近づいてます。

ちょっとまた、忙しい時期にかかってます。


でも、5巻発売までに、このスレでなんとか完結させるよ!!

894: 2012/07/09(月) 00:23:39.38
雪乃「…それでね、あの比企谷くんが、すごく真剣な顔で…」

川崎「はいはい。よかったわね」

電話口の向こうで、弾んだ声で報告する友人に、川崎沙希は苦笑気味に相槌を返す。

川崎「『文化祭が終わったら、伝えたいことがある』…って言ってくれたんでしょ? もう、合計3回目よその話」

雪乃「そ、そうだったかしら///」

川崎「あいつがそんなこと言ってる顔なんて、ちょっと想像はつかないけどね」

雪乃「…確かに、普段は氏んだ魚みたいな目をしているけれど、本気のときは恰好いいのよ」

川崎「ふーん、そういえば、球技大会の後は結構話題になってたみたいね。写真も出回ってたらしいけど…」

あの雪乃が、こうも惚気るようになるとは…人間、変わるものだ。川崎は、くすくすと笑いながら応じる。


雪乃「…川崎さん」

川崎「どうしたの?」

雪乃「…そ、その写真って、まだ手に入るかしら? どこに注文すればいいの?!」

川崎「…知らないわよ!!」

いくらなんでも、これは変わりすぎではないのか。

895: 2012/07/09(月) 00:44:53.33
川崎「もう、恋人同士なんでしょ? 写真くらい、お願いすればいくらでも撮らせてもらえるでしょうに」

雪乃「…で、でもまだ、はっきりと告白してもらったわけじゃないし。それに…恥ずかしいし」

川崎「ああもう! そこまできて『伝えたいこと』なんて、いくらあいつでも愛の告白以外はありえないでしょ!」

雪乃「そ、そうかしら? …やっぱり、そうよね?」

この調子で、先ほどから延々と話がループしている。それに付き合う自分も、随分と人の好いことだ…川崎は、心中で苦笑した。

898: 2012/07/09(月) 01:17:42.23
川崎「とにかく、上手くいきそうで安心したわ。相談役もそろそろお役御免かしらね」

雪乃「そ、そんなこと…無事、付き合うことになっても私、どういう風にしたらいいのかわからないし」

川崎「…私も、これまで男子と付き合ったことなんてないんだけど」

雪乃「お願い…話を聞いてくれるだけでもいいから」

川崎「…はぁ、わかったわよ。 まったく、いつも自信満々なのに、恋愛方面ではこんなに奥手だなんて思ってなかったわ。正直、意外にも程がある」

雪乃「仕方ないじゃない…一方的に告白されたりすることは何度もあったけれど、自分からす、好きになるなんてこと、なかったもの///」

…まったく、あの果報者め。川崎は脳裡に、八幡の顔を思い浮かべる。


川崎「ともかく、本人が文化祭の後でって言ってるんだから、今はそれを待つだけね。 いい雰囲気で告白できるように、劇の方を盛り上げていくってトコかな」

雪乃「…そうね。あの、川崎さん…」

川崎「どうしたの?」

雪乃「川崎さんは…劇に参加することを、負担に感じていない?」

川崎「…ああ」

なんだ…そんなことを気にしていたのか。

899: 2012/07/09(月) 01:36:43.91
少し、驚いた。これも、以前の雪乃ならばあり得なかった気遣いだろう。

川崎「…心配しないで。それなりに楽しんでるし、家の方も今のところ問題ないから」

心配そうな声音の雪乃に、笑みを含んだ声で返答した。

雪乃「そう…よかった」

川崎「気にしなくていいよ。参加を決めたのは自分の意志だし、正直…貴女には感謝してるくらい」

雪乃「…感謝?」

川崎「ええ。自分の高校生活でこんな風に友達と一緒に、何かの活動に取り組むことなんてないと思っていたから」

誘ってくれて、ありがとう …と少し小さな声で付け加えた。 

雪乃「…川崎、さん」

川崎「…私も、せっかくだからいい舞台にしたいって思ってる。頑張りましょう」

雪乃「ありがとう…ええ。頑張りましょう!」


911: 2012/07/14(土) 23:19:10.43
戸塚「八幡て、結構器用だね」

八幡「…ん、そうか? お前の可愛さには及ばないがな」

戸塚「か…からかわないでよ、もう、いつもそうやってさ///」


上演も間近となった、週末。八幡たちは、休日を返上して学校に集まっていた。

むろん、発表の準備のためだ。 

猛練習の甲斐あり、八幡自身はすでに台詞を完璧に暗記している。

全体としての経過はまずまず良好といってよいが、一部の役者の演技の仕上がりが遅れているのが懸念材料。

また、問題はそれだけでもない。 いくら演技がうまくなっても、役者だけでは上演はできないのだ。

セットや衣装の準備や、照明など裏方のスタッフの仕事も山ほどあった。

小田原ほか引退した3年生の演劇部員や一部有志のボランティアが力を貸してくれているが、人手は有るほどよいのだ。

(…まったく、3人の部活でよく、こんなことやろうなんて口に出したよな、あのときの俺)

頭の中でひとりごちながら、学校近くのホームセンターで購入したベニヤ板に鋸をいれていく。

912: 2012/07/14(土) 23:35:54.26
八幡「…日曜大工は俺の108の特技のひとつだ」

戸塚「そうなんだ! …ほかにはなにがあるの?」

八幡「えーと…射撃とか、あやとりとか?」

ちなみに家には未来からきた青ダヌキはいない。いるのは狸っぽい妹だけだ。


八幡「…まぁ、実際のところはこの手の裏方仕事に慣れてるだけだよ。どっちかといえば、慣れない主役
   なんぞよりこっちのほうがはるかに性に合ってる」

さらに性にあってるのは、何もしないで傍観者を決め込むことなのだが。 

そんな内心の思いとは相反して、八幡の働きぶりは甲斐甲斐しかった。

自らの役者としての練習だけでなく、合間を縫って裏方の仕事や…

八幡「…おい、そこの1年! 金槌の使い方気をつけろよ。その持ち方じゃ、釘じゃなくて指を打つぞ!!」

(離れたところでガン!という音とともに悲鳴)

   …ああもう、いわんこっちゃない」

舌打ちして、悲鳴の上がった方に向かう八幡。

914: 2012/07/15(日) 01:14:24.03
八幡「…まったく、近頃の若いのは金槌も使えないのか。手首をもっと柔らかく、スナップを効かすんだよ。 …こんな感じで。釘もそれじゃ不安定だろ…こうやるんだ。 
   わかったか? とりあえず、ここのとこだけやっとくから。 痛みが取れるまでしばらく休んでろ。ホレ、絆創膏。 自分で貼れるな?」

戸塚「すごいなぁ…本職の大工さんみたいだ」

八幡「いやムリムリ。大工とか人間関係とか煩そうだし、ストレスで氏ぬ。たぶん3日くらいで」

将来の夢=専業主夫。比企谷八幡です。まぁ、戸塚とのスイートホームを建てる仕事なら耐えられるかもしれないが。


川崎「おつかれ…あんたって、そんな面倒見のいいヤツだったっけ?」

指導を終えて戻ってきた八幡に、川崎沙希がねぎらいとともに不審の言葉をかける。

八幡「川崎か…いま、雪乃がいないからな。不本意だけど、立場上、多少は頑張らざるを得ないだろ」

雪乃は家庭の事情でいろいろあるらしく、今日はまだ来ていない。遅くなると昨日、メールで連絡があった。

部長の雪乃がおらず、結衣は自分の演技練習で精いっぱい、それにまだ少し、調子が戻り切っていないのか挙動不審な様子だ。

モットーには反するが、隅っこで全体の状況に知らん顔はしてられない。

916: 2012/07/15(日) 02:10:36.07
まぁ、雪乃が仮にいれば、もっと指導は容赦のないものだったろうが。

川崎「そういえば、あんたお兄ちゃんだったわね。 むしろ、面倒見がいいのが普段の姿なの? もしかして」

八幡「だったら、教室でぼっちになってるワケねーだろ…いや、そういやお前もお姉ちゃんだったな」

川崎「…なんか文句あんの」

八幡「…お願いだよぅ、怖い目で睨むのはやめて、お姉ちゃ …ぐほぁ?!」

上目使いの半笑いで甘えた声を出した次の瞬間、八幡の鳩尾を、川崎の正拳が打ち抜いていた。

川崎「…次に気持ち悪い声だしたら、●タマ潰す」

八幡「…ど、どのタマだって?」ゲホゲホ

川崎「…どれがいい?」

見下ろす目の光はガチだった。


八幡「わ、わかった自重する…しかしお前、殴るのに躊躇なさすぎだろ…せめて最初は警告の寸止めとかにしろよ」

920: 2012/07/16(月) 21:48:45.11
川崎「大げさね。手加減はしたわよ」

八幡「…なんとなく、家でどんな姉ちゃんだか想像ついた」

大志は優しいお姉ちゃんだったと言っていたが、絶対ウソだと思う。こいつが俺の姉ちゃんだったら、毎日殴られてるな…姉DVDもとい姉DV。よかった、こいつが血縁じゃなくて。

川崎「…あたしだってあんたみたいな弟は真っ平よ」

あきれたような目で見下ろされながら立ち上がる。そこに、


小町「お兄ちゃん!!」

八幡「…小町、お前どうしたんだ?」

小町「休日返上で練習やってるって聞いて、様子を見に来たんだよ。どう、しっかりやってる?」

八幡「お前もヒマな奴だな…母ちゃんかっての」

小町「んふふー、照れない照れない! あ、沙希さん、戸塚さん、こんにちは!!」


戸塚「こんにちは、小町ちゃん」

川崎「…ん。どうも」

戸塚は微笑みながら、川崎はややぶっきらぼうに返事を返す。

小町「どうも、すいません。また、兄が失礼なことを言ったようで…」

八幡「なんでそうなる」


921: 2012/07/16(月) 22:03:31.15
むしろ、一方的に殴られた被害者なのだが。

川崎「…まぁ、馬鹿は変わらないけど最近はちょっと心を入れ替えたみたいよ、こいつも」

戸塚「うん、もともと恰好よかったけど、最近は、真面目で面倒見もいいって後輩の子たちからも慕われてるんだよ」

小町「え……ホ、ホントですか?」

八幡「え、そうなの?」

揃って驚く兄妹。

戸塚「ホントホント! 1年生の子たちが、褒めてるのを聞いたもん」

八幡「……あー、そうか。なんつーか、まぁ買い被られてんな、すごく」

反応に困って、明後日の方をみながら頭を掻く。他人ならともかく、戸塚の言うことだ。八幡を担ごうとしているわけでもあるまい。

小町「……」(無言で眉に唾をつける)

八幡「お前、妹としてその反応はどうなんだよ…」

お兄ちゃん泣くぞ…ってか、自分でも信じられないけどな。

936: 2012/07/23(月) 01:22:31.43
材木座「ふっ、すっかりリア充気取りか。そんな貴様は見たくなかった。見下げ果てたぞ八幡!!」

ずびし!!と人を指差して糾弾の声を上げるイメージアニマル熊っぽい人。いちいち動作が芝居がかっていてウザい。

八幡「また、鬱陶しいのが来やがった」

声だけは格好いいのがさらに腹立たしい。露骨にうんざりした表情で舌打ちする八幡。


八幡「誰が、いつ、リア充を気取ったって? 言いがかりも大概にしろ。自分がリア充だなんて思ったことは一度だってねぇよ」

イラつきを隠そうともせず、材木座の指摘に反駁する。

材木座「ええい、黙りや!!」

だが、材木座もくわっと目を見開き、さらに声を張り上げた。




937: 2012/07/23(月) 01:40:23.46
小田原「……まぁ、確かに材木座くんが嫉むのもわからなくはないわね。今の君を傍から見ていると」

八幡「……小田原先輩、鶴見先生」

演劇部の顧問と元部長も、いつの間にか傍に来ていた。

小町「あっ、はじめまして! 比企谷八幡の妹の小町です。いつも兄がお世話に…」

小田原「はじめまして。総武高校3年で、元演劇部長の小田原です。こちらこそ、お兄さんにはお世話になっているわ」

頭を下げる小町へ微笑みながら会釈を返す小田原。彼女を含め初対面の面々に、八幡は妹を紹介することにした。


小田原「そう、来年、ウチを受験するのね」

小町「はい、そうなんです!」

鶴見「今日は、好きなだけ見学していってね。 もし、無事合格できたら来年、演劇部に来てくれたら嬉しいわ」

小町「あはは、えーと、考えておきます」

笑いながら青田刈りする鶴見に、苦笑を返す小町。苦情を述べるシスコンの兄。

八幡「先生、うちの妹をいきなり勧誘しないでください。だいたい、まだ早いですよ」

まだ合格できるかもわからないのに……という部分は口には出さない。


938: 2012/07/23(月) 01:53:18.09
小田原「そう? 素質はあると思うけれど。可愛いし、物怖じしない性格のようだし」

川崎「……ま、兄貴には似ずってところね」

戸塚「うん、確かに演劇部って小町ちゃんに似合ってるかも。あ、でも、よかったらテニス部もちょっと考えてみてくれないかな」

八幡「お前らな…あんまりおだてんなっての。ほら、おまえもニヤニヤしてんじゃねぇよ。まず、合格の心配が先だろ」

笑いながら好き勝手に述べる周囲の様子に溜息をつき、照れている妹の額を軽くデコピンで弾く八幡。

小町「痛っ! ぶー、何すんのよお兄ちゃん」

良い気分に水をさされ、兄をジト目で見上げる。

939: 2012/07/23(月) 02:01:55.72
八幡「ふん、しるか」

小町「あ、ヤキモチ? 可愛い妹が遠くへ行ってしまわないか心配なんでしょ」

八幡「な?! ばっか、ちげぇし!」

くすくす笑う妹と、狼狽する兄。

小町「心配しないでいいよ、小町の第一希望は、奉仕部だから」

八幡「……勝手にしろよ、物好きめ」


940: 2012/07/23(月) 02:22:22.69
戸塚「あはは、相変わらず仲良しさんだね」

小町「えへへ、妹離れできない兄を持つと大変でして」

川崎「……この、シスコン」

八幡「うるせえよ、ブラコン」

材木座「この疎外感…完全に犠牲」


小田原と鶴見は、微苦笑を浮かべながらやりとりを見ている。

その視線に気づき、咳払いして向き直る八幡。

八幡「ところで…さっき言ってた、傍から見るとってどういう意味です?」

小田原「ん、言葉通りの意味だけど? 今の君は客観的に見てもモテモテで、校内の噂の中心と言ってもいいくらい。そして、この演劇の活動にも、ずいぶん真面目に熱意をもって取り組んでくれてるし、ありがたく思ってるわ」

八幡「……………」

いま、たぶん苦虫を噛み潰したような表情を自分はしているだろう。それに気づいていないのか、小田原はそのまま続ける。

小田原「そういうの、リア充って言っても間違いではないんじゃない?」

943: 2012/07/24(火) 22:03:43.39
小田原「あれ、何か気に障った?」

八幡「…いえ、別に。まぁ、俺のことをどう見ようがその人の自由ですし。褒められたと思っておきます」

きょとんとした表情の小田原に、なんとか笑みを浮かべながら返す。
このもやもやとした心情をうまく説明する自信はないし、説明してもおそらく理解はされないだろう。
もちろん、悪気がないのはわかっている。

そこに、「先輩、すいませ~ん!」と八幡を呼ぶ声が響く。どうやら、またトラブルらしい。

八幡「待ってろ、今行くから!!」

皆に、「ちょっとみてくる」と言い残し、声の方向にむけて走り出した。



八幡「……ふぅ」

平塚「ご苦労様。ふふ、なかなか頑張っているようじゃないか」

八幡「静先生……と、あれ? その娘は?」

一仕事終えて息を吐く八幡のもとへ、奉仕部の顧問・平塚静が歩み寄ってきた。その隣に、小学校高学年くらいの娘が一人。

八幡「……もしかして先生の隠しg」

静の放った左ジャブの風圧で、前髪が揺れた。

八幡「……なわけないですよねー。 妹さんでしょうか? ……あれ、この娘どっかで見覚えが」


944: 2012/07/25(水) 03:13:26.12
平塚「……まったく、夏休みに会っているだろう」

??「……ひさしぶり」

目を逸らして、ややつっけんどんな口調で挨拶する女子。ありていに言って、かなり可愛い。
やや、赤面しているように見えるのは緊張のせいだろうか。
おそらく小町と同じく、関係者の家族だろうが、場に不似合いなくらいめかしこんでいるように見える。
ロングTシャツとタンクトップ、デニムパンツの組み合わせ、REPIPIARMARI●というロゴはブランド名だろうか。
年齢の割にすらりとした体型によく似合っている。髪は紫がかった黒髪のロングヘアに、柔らかくウェーブをかけていた。


八幡「……もしかして、ルミルミか」

留美「……そう。私のこと忘れてたでしょ、八幡」

じとりとした視線で抗議される。


八幡「……あー、まぁアレだよ。あんまり可愛くなってたから見違えたんだ。 ……おい、そんな目で見るな、冗談だって。
   まぁ、よく似合ってるけどな。そんなにめかしこんで、これからどっか行くのか?
   てーか、むしろ、そっちが憶えてたことの方が驚きだよ。 俺になんか用だったか?」

留美「べつに……おしゃれなんてしてないし。 暇だったから、ママについてきたらたまたま、見かけただけだもん。 八幡に用なんてないし」

鶴見「……あら、どうしてもついてきたい、会ってお礼が言いたい、って駄々こねてたのは誰だったかしら」

留美「ママ、余計なこと言わないで!」

いつの間にかやってきていた母親の裏切りに、留美が慌てた声をあげる。

鶴見「鏡の前で何度も服を取り換えて……」

留美「黙ってよ、もう!!」

平塚「ふむ、さっきからずっと、離れたところで比企谷の方を見ていたのはもしかして恥ずかしがっていたのかな」

静までが笑いながら便乗してきた。

留美「やめてったら! これだからおばさんは…」

八幡「先生、こらえて! さすがに小学生に暴力はまずいっす!」

鶴見「ひ、平塚先生、ごめんなさい、あとで叱っておきますから……」

947: 2012/07/26(木) 03:30:13.71
鶴見たちの計らいで、八幡と留美は二人で中庭を散策している。事前に、「娘に手を出したら…わかってるわね?」と念を押されたが。もとより、猟奇事件の犠牲者になるのは勘弁である。

八幡「……まぁ、気持ちは受け取っておくけどさ、別に俺は礼を言われるようなことはしてねぇよ」

頬を掻きながら、そっけなく応える。
小学生を脅かしてトラウマをつくり、まっとうでないやり方で人間関係をぶっ壊しただけだ。

留美「……それでも、助けてもらったのは確かだから。 ……遅くなったけどありがとう、八幡」

八幡「……まぁ、元気でやってるようで安心したよ。よかったな」

留美「~~~~~~~~ッ!!」

微笑みかける八幡に、赤面して顔を逸らす留美。

留美「八幡、なんか、感じが変わった」

八幡「ん、そうか?」

留美「うん、なんか……なんていうか」

八幡「……ま、小学生もそうだろうが、高校生になっても生きてりゃ色々あるのさ」

留美「……そっか」

苦笑交じりのそんな返答ともいえない言葉に、留美は素直に頷く。

自動販売機の前で立ち止まり、二人分のジュースを購入した。


八幡「ほらよ」

一本を留美に向かって放る。

留美「……あっ」

八幡「ささやかだが奢りだ」

留美「……ありがとう」


隣同士で芝生に腰を下ろし、しばし無言でジュースを飲む。天気は秋晴れ。吹き抜ける風が心地いい。

留美「……ねぇ」

八幡「うん?」

留美「……いつか、そのうちにさ」

八幡「ああ」

留美「……きっと、恩返しするからね」

留美の声は真剣だった。八幡は、ふっふっと少し笑ってから答える。

八幡「いちいち気にしなくていい……と言いたいが、まぁ、恩を忘れないのはいい心がけだ。気長に待ってるわ」

最後の一口を呑み、立ち上がる。そろそろ戻らなければ、鶴見たちが心配するだろう。

948: 2012/07/26(木) 04:20:42.00
その後も、方々から呼ばれては相談を受け、それを解決していく。そんな兄の姿をみて、小町は目を丸くしていた。

小町「あのお兄ちゃんが……ちゃんと自分から働いてる! しかも本当に頼りにされてる」

八幡「……人聞きの悪いこというな、バカシスター」

平塚「いや、確かにかつての君を知る者からすれば、驚くべき光景だろう」

八幡「先生まで……」

平塚「……ほら、後輩たちも、明らかに尊敬の目線を向けている。以前とは、まるで別人のようだよ。成長の跡をみて、私も正直嬉しい。
   だが……まだ、『リア充』と呼ばれることには抵抗があるようだな」

八幡「…………」
無言で頭を掻く。やがて溜息をひとつ吐き、訥々と語りだした。

八幡「まぁ、以前より多少、他人への態度に余裕みたいなものは出てきたかもしれませんし、いろいろなものが受け入れられるようになってきたとは思います……でも、それでも人間の根本みたいなものはそうそう変わらないんじゃないですかね」

平塚「……ふむ」

949: 2012/07/26(木) 17:00:00.67
八幡「今の自分も……周りの奴らも嫌いではないです。劇も、成功させたいと思ってます。ただ……」

平塚「ただ……何だね?」

八幡「リア充がどうとか、誰と誰がくっついたとか別れたとか……そんな格付け、勘繰り、善意の押し付け、見下したり媚びたり。空気を読んで、『高校生らしい高校生』を演じて、それを青春と称して盛り上がる。そういうのが……」

平塚「……やはり、欺瞞と感じてしまうわけか」

八幡「……ええ、まぁ。 何て言うか、そういう世界にどうしてもなじめないんですよ。 もしかしたら、周りが今、俺に
   投影しているかもしれない『イケメンリア充』なんて役柄を日常で演じるよりは、劇の野獣役のほうが何ぼか楽です。
   空気がどうとか、周りがどう思ってるかなんてどうでもいい。俺は……」

いったん、言葉を切って、呼吸しなおした。

八幡「空気に流されたり誰かに強いられて、納得もできないのに自分を売り渡すなんてのは真っ平なんです。それくらいならぼっちのままでいい」

平塚「……なるほど、確かに人間の根本というのは、そうそう変わらないようだな」

くすりと静が笑う。

平塚「まぁ、以前であれば、このように本心を素直に話すこともなかったかもしれないが」

八幡「……勘弁してください」


??「……Your time is limited, so don't waste it living someone else's life」

950: 2012/07/26(木) 17:21:20.15
八幡「……葉山か。聞いてたのかよ……」

こっ恥ずかしいな……と視線を逸らす八幡。

平塚「ふむ、いまのは確か、スティーブ・ジョブスのスピーチからだったかな?」

葉山「ええ。『人生は短い、だから他人の人生を生きるような無駄なことはするな』
   ……2005年のスタンフォード大の卒業式でのスピーチの中の、有名な一節です」

八幡「なんつーか、引用からしてハイソな感じだよなお前……」

葉山「いや…ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、ちょっと感銘を受けてね」

八幡「よせよ、本当に恥ずかしいから」

葉山「……くやしいけど、そういう君だから、彼女も惹かれたのかな」

ちいさく、口の中で呟く。

八幡「……? 何て言った?いま」

そのとき、物置から持ち出した小道具を広げて検分していた戸部達から葉山を呼ぶ声がかかる。

葉山「悪い、今いくから! ……ごめん、比企谷くん、また後で。 先生、失礼します」

にこやかに八幡たちに手を振り、戸部たちの方に向かう。

八幡「お、おう……」




戸部「隼人くん、ほらこれ見てよ、ギターだぜギター!!」

葉山「こんなものまであるのか……ん、音は狂ってなさそうだな。劇では使わないかもしれないけど」

三浦「隼人~、せっかくだからなんか弾いてぇ」

葉山「……まぁ、今はちょっと。いずれ、機会があったらな」

三浦の甘ったるいねだり声に、苦笑を返す葉山



時折歓声があがるリア充グループの輪の、そんな様子を八幡は遠くから見ている。

平塚「……因果なものだな」

静が誰にともなく呟いた。

951: 2012/07/26(木) 17:55:21.13
さらに仕事を続けるうち、ふと気づく。

八幡「……そういえば、さっきから結衣の姿を見てないな」

まさか、校内で迷子になることもあるまいが。

八幡「おい、材木座、悪いけどこっち替わってくれ」

材木座「ぬ? おい、貴様はどこにいくのだ、八幡?」

八幡「ちょっと探しモノだ」

傍にいた材木座に塗装用のペンキ缶と刷毛をおしつけ、八幡は小走りに駆けだす。



八幡「おーい、結衣!」

だめだ、いない。部室なども見て回ったのだが…… 今日も少し様子がおかしかったが、まさか何かあったのか。

戸部「おーい、比企谷くん」

八幡「戸部か……悪い、結衣見なかったか? さっきから探してるんだけど」

戸部「え?! いや……さぁ」

八幡「……なんで目を逸らす」

戸部「そ、それよりさ、ちょっと倉庫から、運び出したいものがあるんだよ。ちょっと手を貸してくんね?」

今それどころでは…と言いかけたが、さほどの手間でもあるまい。それに、まさかいないだろうとは思うが物置のあたりは見ていなかった。……ついでだ。

八幡「わかった。じゃあ、そのあとで、こっちの人探しも手伝ってくれよ」

戸部「お、おう」

戸部の挙動に若干の不審をおぼえつつも、倉庫へ向かう。

952: 2012/07/26(木) 18:03:39.53
八幡「なんか暗いな…灯りはないのか?」

何も見えないというほどではないが……足元に注意しながら、倉庫の中に入っていく。演劇のセット類のほか、
先日スタントをきめた際に利用したクッションや体育の授業でつかうマットなどがごちゃごちゃと収納されている。
視界の隅で、何かが動いた。


八幡「誰かいるのか?」

返事はない。そちらのほうに近づくことにした。

八幡「戸部、灯りのスイッチを……」

探してくれ、と続けようとして、背後で扉が閉じる音にかき消された。途端に、さらに真っ暗になる。

八幡「おい、戸部?!」

戸部「悪い、間違ってドアを閉じちまった! ちょっと待っててくれ」

八幡「……はやくしろよ!!」

まったく……と毒づく八幡のすぐそばで、また、何かが動く気配がした。

八幡「!!」

耳を澄ませば、息遣いも感じる。

そのとき、背後で「がちゃん」と、錠の閉まる音が響いた。

974: 2012/08/04(土) 01:27:45.44
黒塗りのハイヤーが、静かに総武高校の校門前に横付けされた。ロマンスグレーの運転手が運転席から降り、
スモークガラスの貼られた後部座席のドアを開ける。

雪乃「都築、ご苦労様」

車外へ降り立ち、敬礼する使用人に労いの言葉をかける雪乃。

都築「また、お帰りの際にお迎えに上がります」

雪乃「……ええ」

雪ノ下家の次女は数秒の間をおいて、少し複雑な表情で頷きを返した。


975: 2012/08/04(土) 01:40:31.44
ハイヤーが静かに視界の外から消えると同時に雪乃は頭を軽く振り、校門をくぐる。
憂鬱な家の事情を意識的に脳裏から追い出した。

いけない。せめて学校にいる間は、家のことを考えるのはやめよう……。
楽しいことを考えようと意識したとき、自然に脳裏に浮かんでくるのは想い人の顔だった。

「……比企谷くんは、ちゃんとやっているかしら」

歩きながら口元が綻ぶのを自覚する。顔を見たら、どんな風にからかってやろうか…
頭の中で、会話をシミュレートする。自然と、足取りが軽くなった。
なんだか、うきうきしてきた。油断すると小声で歌でも歌ってしまいそうだ。

976: 2012/08/04(土) 01:49:53.78
八幡「おい?!」

戸部「すまん、比企谷くん。悪く思うなよ!」

八幡「ちょっと、こら戸部! もしもし、戸部くん?!」

戸部「……健闘を祈る。グッドラック!!」

呆然と、走り去る足音を聞く。


八幡「……閉じ込めやがった。信じられねぇ、いきなりなんなんだいったい?!」

??「………ヒッキー」


978: 2012/08/04(土) 02:11:42.65
八幡「?!」

先ほどから感じていた人の気配。すぐ背後で生じたその声に、びくっとして振り返る。
声量を押し頃した小さな呼び声に、逆に今にも切れそうに張り詰めた何かを感じた。

八幡「結衣…か? おまえをずっと探してたんだぞ。こんなところで何をやって…」

目が合った。絶句した。

結衣「探して……くれてたんだ。うれしい」

光のない、暗い倉庫の中で。熱に冒されたようなその瞳が周囲の闇よりなお昏く…爛々と輝いて、八幡を見つめていた。
その顔は、きっと笑顔を浮かべているのだろう。肩から下は、よく見えない。ぼんやりとした、素肌の輪郭しか。

続く

引用元: 続・八幡「ぼくはきれいな八幡」雪乃「」