1: 2012/12/09(日) 22:21:12.03
「いや、だってマイナス2℃だよ?アホじゃん」

「なんの言い訳にもなってません。こっち来ないでください」

先輩は声を震わせながら、私に体を寄せてくる。
曰く極度の寒がりだそうで、室内だというのにブレザーの下にカーディガンを着こみ、マフラーを巻いている。

「温め合おうず」
「今、ストーブ点けますから、ちょっと退いててください」

私は適当に先輩の体を押しのけて、がさごそとマッチを探す。三番目の棚の奥底で、去年の部誌の余りに紛れていた。
ガスの臭いが部室に広がって間もなく、石油ストーブが着火した。

5: 2012/12/09(日) 22:26:36.90
「あー、あったけー」

ストーブの前にしゃがみ込んで、かじかんだ手を温める先輩。

「マフラー焦げますよ」
「うお、あぶね」

先輩は垂れ下がったマフラーを首に巻きなおして、再び手を火にかざした。
この前、先輩に挙げたマフラーだ。なんだかんだ使ってくれてるんだなあと、ちょっとうれしくなった。

7: 2012/12/09(日) 22:32:00.32
「私、もうすぐ卒業だぞよ」

ストーブに当たって、こっちを振り返らないまま先輩はそう呟いた。
そんな先輩の背中は、小さく見えた。
いや、先輩は私より身長が低くて、その背中は実際、子猫みたいに小さいのだけど

いつも見ているよりもずっと、切なかった。

「卒業、したくねーなー」

8: 2012/12/09(日) 22:38:09.21
多分、それは先輩の本音だと思う。

普段は「早く女子大生になりてー」だなんて言ってたくせに。

結局、私達と離れ離れになるのは寂しいらしくて
石油ストーブの前で一人、しんみりしていた。

私は、なんて声をかけたらいいのか分からなくなって、ただ一言

「卒業っていっても、エスカレーターじゃないですか」
と、なんとも風情のない台詞を吐いてしまう。

9: 2012/12/09(日) 22:42:33.99
まあ、それは本当の事だ。
うちの高校は、中高一貫の女子大付属だし。学校近いし。
どのみち私も、そこに進学するつもりだし。

別に、永遠にサヨナラっていうわけじゃない。
だから、先輩がどうしてそんなに寂しがっているのか、私にはわからない。

先輩が卒業しても、私は先輩の事を好きでいるつもりだ。
それは格好つけるなら多分、運命にも似た決意なんだろう。

11: 2012/12/09(日) 22:50:31.69
女の子同士だなんて、女子校では珍しくもない。
石ころを投げればレズに当たる。そういっても過言ではないくらい、ごく有り触れた恋の形だ。

先輩の卒業を機に、改めようなんて気はさらさらないし、先輩を諦めるつもりもない。
むしろ、卒業間近っていうのはチャンスでもある。

今日にしたって、絶好の告白日和だ。寒い冬。部室で二人きり。
石油ストーブの上のヤカンから上り立つ湯気が、私を急かすようだ。

だけど、それにもかかわらず、手をこまねいて、二の足を踏んでいる私がいる。

13: 2012/12/09(日) 22:57:47.70
「今までずっと好きでした」とただ一言、それだけで全てが決まる。

イメージトレーニングは何度だってやってきた。今更結果が怖いわけではない。
だけど、言えない。

今にも泣きだしそうな先輩の背中に、まんまと飲み込まれてしまって、告白どころではなかった。

「先輩、泣かないでください」

「泣いてねーし」

そういって、潤ませた目で私を見る先輩。やっぱり、愛おしいと思ってしまった。

14: 2012/12/09(日) 23:07:11.33
「後輩ちゃんは「すぐにまた会える」っていうけどさ、文芸部とはもうお別れなんだぜ?」

先輩の両目から、堰を切ったように泪が零れ落ちた。ブレザーを濡らしていく。

私まで泣いてしまいそうだった。ていうか泣いた。

そういえばそうだった。

もうすぐ『文芸部』の先輩はいなくなってしまうのだ。
一緒に書いた小説も、グダグダ過ごした毎日も、全部全部思い出に変わってしまうのだ。

16: 2012/12/09(日) 23:12:45.20
あと一か月もすれば、先輩のいた文芸部は終わってしまって
果たして私は、どんな日々を過ごしていけばいいのだろうか

先輩がいる部室が当たり前で、私が声をかければ、先輩は振り向いてくれて
それももうすぐ、終わってしまう。

イメージが出来なくて、不安で、泣いてしまった。

18: 2012/12/09(日) 23:20:53.24
不意に先輩が抱きついてきた。締め付けるような強い抱擁に、咳き込みそうになった。
私はそれに、泣きじゃくりながら応えた。我ながら情けなかった。

声も出なかった。二人して無言のまま、お互いの肩を涙で濡らした。

ヤカンの音がしゅうしゅうと、部室に鳴り響いていた。

21: 2012/12/09(日) 23:30:11.89
結局、先に泣き止んだのは私の方で、先輩はしがみつくようにして、なかなか離れてはくれない。

頭を撫でた。髪が指の間を擦り抜けていく。
いまだ先輩は肩を震わせて、ぐすぐすと泣いている。

先輩が泣くところを見たのは初めてではないけれど、こんなに泣き虫な先輩を見るのは初めてだった。

「先輩。私達、お別れなんてナシです。毎日メールします。毎週、遊びに行きましょう」

そうやって言葉をかけても、機嫌を直してくれそうにはない。困ったお姫様だ。

22: 2012/12/09(日) 23:36:17.51
「だって……」

「だって…?」

先輩は私の胸に顔をうずめて言った。
「いつまで待っても、告白してくれねーんだもん……」

一瞬時間が止まったような気がした。
私の理解が追いつかなかった。まず耳を疑って、その次に脳みそを疑った。
だが、確かにそう言った。
それでも納得のいかなかった私は、間抜けにも聞き返してしまう。

「え?い、今なんて?」

24: 2012/12/09(日) 23:39:36.10
「は、恥ずかしいから、二回も言わすなよ」

私を抱きしめる腕が、きゅうと強くなる。

「後輩ちゃんが、いつまで待っても告白してくれないから、拗ねてんの」

「は?」

全くもって理解の外だ。何が起こっているのかわからなかった。

27: 2012/12/09(日) 23:43:46.01
「私が文芸部にいる間に、捕まえてほしかったのにさ」

「ちょ、ちょっとまってください?」

もうすでに結論が出ていることを、聞き返してしまう。ヘタレな私の悪い癖。

「先輩、私の事好きだったんですか?」

返事はなかった。おそらく、そのとおりだいう意思表示だろう。

28: 2012/12/09(日) 23:48:14.80
「その為に、急かすようなことも言った」

早く女子大生になりたい。っていうのは、そういうことだったのか?

「でも、全然気づいてくれないし、卒業しても会えるなんて呑気なこと言ってるし」

すみません……。

「私、知ってたんだぜ?両想いだってこと。だから、ま、待ってたのに!」

29: 2012/12/09(日) 23:50:54.35
「先輩」

「っ…」

「遅れてごめんなさい」

「別に、怒ってない」

「ずっと好きでした」

「…私も」

30: 2012/12/09(日) 23:59:47.98
頭はまだまだ、冷静さを取り戻せずにいる。
だからこそ、できることがあった。

今まで、手を繋いだことも、抱き合ったこともある私たちは

この日初めてキスをした。

ヤカンが吹く音が鳴り響いく部室。十数秒ものあいだ私たちは唇を重ね合わせて、それから互いに見つめ合った。

泣きに泣いてお腹が減ったのか、先輩の胃袋がぐう、と唸った。

丁度お湯が沸いていた。ヤカンを石油ストーブからとりあげて、部室のキッチンにあったカップヌードルにお湯を注ぐ。

私たちは一つのカップヌードルを分け合うようにして食べた。


おしまい

32: 2012/12/10(月) 00:06:10.13


そして続きをだな

引用元: 先輩「ちょっとこれは寒すぎる」後輩「ちょ、邪魔です」