1: 2010/11/18(木) 22:48:51.77
憂「ツ……ツクツクボーシ! ツクツクボーシ!」

唯「いいよ、グッドだね」

憂「ツクツクボーシ! ツクツクボーシ!」

唯「ナイスだよ、憂」

憂「ツクツクボーシ! ツクツクボーシ!」

唯「でもパーフェクトではないね」

憂「ツクツクボーシ! ツクツクボーシ!」

唯「よし、パーフェクトな鳴き真似ができるまで、
  憂はずっとそうしててね!」

憂「えっ」

5: 2010/11/18(木) 22:53:51.80
重度のシスターコンプレックスを患う憂にとって
姉の命令はどんなものであれ絶対であった。

本日は金曜日。
土曜、日曜でツクツクボウシの鳴き真似を
完璧に習得しなければ、
学校でもツクツクボウシの真似をして過ごさねばならなくなる。
無論姉がそうしろと言うならば憂はそれに従うが
それはあくまで姉を喜ばせるためであって
衆目の前でセミの鳴き真似をすることが恥ずかしいことに変わりはない。

唯「今日はもう遅いから寝なよ。
  探偵ナイトスクープもないし」

憂「うん、おやす……」

唯「…………」

憂「ツ、ツクツクボーシ!」

唯「おやすみ」にこっ

6: 2010/11/18(木) 22:58:56.04
憂の部屋。

憂「ツクツクボーシ……ツクツクボーシ……」

憂(そういえば私はツクツクボウシの鳴き声をまともに知らない)

憂(そーだ、明日は休みだし、
  梓ちゃんを誘ってセミの鳴き声を聞きに行こう)

憂(そうと決まれば早速メールを……)

憂(梓ちゃん、明日私と一緒に……)カチカチ

憂「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ!」

唯『憂、うるさい!』ドンッ

憂「ご、ごめ……ツクツクボーシ!」

9: 2010/11/18(木) 23:03:57.52
翌朝。

憂「ツクツクボーシ……」

唯「おはよー、憂」

憂「ツクツクボーシ?」

唯「ああ、朝御飯作ったんだー。さあ食べて食べて」

憂「ツクツクボーシ」

唯「フレンチトースト、ベーコンエッグ、オニオンスープにトマトサラダだよ。
  食後にはフルーツヨーグルトもあるからね」

憂「ツクツクボーシ……」もぐもぐ

唯「どう、美味しい?」

憂「ツクツクボーシ!」

唯「そっかー、よかったー」

憂「ツクツクボーシ」

唯「このフレンチトーストは自信作なんだよー」

10: 2010/11/18(木) 23:09:00.28
姉が朝食を作るなど初めてのことであった。
しかも驚いたことにそれが全て美味しいのだ。
姉はすっかり憂の味をモノにしていた……
いや、憂よりも料理の腕が優れていたかも知れない。
憂はこの感激を言葉にしたかったが
「ツクツクボーシ」しか言えないために
うまく思いを伝えられなかった。

憂「ツクツクボーシ」

唯「えっへへ、全部食べてくれてありがとう」

憂「ツクツクボーシ」ガチャッ

唯「ああ、いいよ洗い物は私がやるし。
  憂はツクツクボウシの鳴き真似だけしてればいいから」

憂「ツクツクボーシ……」

唯「それに……今日はあずにゃんと約束してるんでしょ」

憂「ツクツクボーシ!?」

唯「へへ、なんでもお見通しだよぉ」

憂「…………」

ピンポーン
梓「憂いますかー」

11: 2010/11/18(木) 23:14:12.00
なぜ梓と約束したことを知っているのか?
そのことを姉に問い正そうと思ったが、
梓がやってきたので断念せざるを得なくなった。
もっとも「ツクツクボーシ」しか言えないので
端から問い正すことなど無理なのだが。

唯「やーやー、あずにゃん!」

梓「おはようございます。憂は起きてますか?」

憂「おはよう、あずさちゃ……」

唯「憂は今ツクツクボウシなんだー」

憂「えっ」

梓「そうなんですか?」

唯「そーだよー、ね、憂」

憂「ツ……ツクツクボーシ」

唯「あずにゃん、憂がツクツクボウシの鳴き真似サボらないか、
  今日一日ちゃんと見張っといてね!」

梓「はあ、お安い御用です」

憂「ツクツクボーシ……」

12: 2010/11/18(木) 23:19:15.83
姉の目の届かないところに居れば
ツクツクボウシの鳴き真似をしなくても済むと憂は思っていたが
残念ながらその期待は裏切られることになってしまった。

それでも憂は梓と一緒に出かけることにした。

梓「で、今日は何処に行くんだっけ?」

憂「えっとね、市……」

梓「…………」

憂「ツ、ツクツクボーシ!!」

梓「筆談でいいよ」ニコッ

そう言うと梓はペンとメモ帳を憂に渡した。
憂はそのメモ帳にペンを走らせる。

『市立セミ博物館だよ』

梓「セミ博物館……?
  ああ、豊崎駅の近くにあるとこか」

憂「ツクツクボーシ!」

市立セミ博物館。
憂はそこでツクツクボウシの鳴き声を
研究するつもりでいたのだ。

13: 2010/11/18(木) 23:24:15.72
憂と梓は電車に乗って市立セミ博物館にやって来た。
二人を出迎えたのは館長の米澤という男であった。

米澤「やあ、憂さんと梓さんだね。
   唯さんから聞いてるよ」

梓「唯先輩とお知り合いだったんですか」

米澤「ああ、まあちょっとね。
   今日は私が直々にこの博物館を案内させてもらうよ」

憂「ツクツクボーシ」

梓「よろしくお願いします、館長」

米澤「私のことはMr.セミーと呼んでくれ。
   親しい人間はみな私のことをそう呼ぶんだ」

憂「ツクツクボーシ」

米澤「まあこんなとこで立ち話もなんだから、
   館内に入ってくれたまえ」

14: 2010/11/18(木) 23:29:16.77
米澤に連れられて、
憂と梓はツクツクボウシの飼育されている部屋に入った。
部屋はむせかるような温風と
ツクツクボウシの鳴き声で満たされていた。

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」
「オ―シオ―シツクツクツクツクオ――シジ――ジ――」

米澤「ここでは約30匹のツクツクボウシが飼育されている」

梓「へぇー」

米澤「ツクツクボウシの鳴き声を練習したいなら
   一匹だけ取って静かな場所で聞きながらやるといい」

梓「だって、憂」

なぜ米澤が自分の目的を知っていたのか、
憂はそれを疑問に思ったが
いちいち聞くのも失礼かと思い
黙っておくことにした。

米澤「さ、どれでも好きなのを捕まえるがいい」

憂「ツ……ツクツクボーシ!!」バッ

「ジージー」パタタタッ

梓「あっ、逃げられた」

15: 2010/11/18(木) 23:31:16.73
梓「アハハハ、憂おしっこ引っ掛けられてる」

憂「ツクツクボーシ……」

米澤「はは、セミのおしっこは無害だから安心したまえ。
   どれ、ひょいっとな」パッ

梓「あっすごい、一発で捕まえた」

米澤は捕まえたツクツクボウシを
肩からかけていた虫かごに仕舞った。

米澤「さあ、ここから出よう。
   この部屋はうるさくてかなわん」

梓「はい」

憂「ツクツクボーシ」

16: 2010/11/18(木) 23:35:17.38
3人は館内の別室に移動した。
この部屋もセミのために暖房がフル稼働である。

梓「それにしても暑いですね。
  まあセミは夏の虫だから仕方ないんでしょうけど」

米澤「ツクツクボウシは8月下旬から9月に最も多く発生するんだ。
   夏真っ盛りになきわめく他のセミと比べて、時期が遅いんだよ」

梓「へぇー」

米澤「ツクツクボウシは他のセミがみんな消えたあと、
   夏の終わりに生きる悲しいセミなんだよ。
   わかるかな、憂さん」

憂「ツクツクボーシ」

米澤「ははは、君のツクツクボウシの鳴き真似はまだまだだな。
   じっくり練習していくといい。
   じゃあ私は仕事があるから、これで。
   帰るときにはまた声をかけてくれたまえ」

梓「はい、お仕事頑張ってください。
  じゃあ憂、憂も鳴き真似の練習頑張ろうね」

憂「ツクツクボーシ」

17: 2010/11/18(木) 23:39:17.62
虫かごの中ではツクツクボウシが五月蝿いくらいに鳴き声を上げている。

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

梓「あ、それっぽいそれっぽい」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

梓「ふふ、憂ったらいつになく真剣だね。
  ここ最近の唯先輩を思い出すよ」

憂「ツクツクツクツクオーシ?」

梓「ほら、練習に集中して」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

19: 2010/11/18(木) 23:43:18.61
「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

梓「憂は飲み込みが早いね。
  さすが唯先輩の妹だよ」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

梓「唯先輩も最近はずっと頑張ってたからね」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

梓「だから憂も……頑張って」

「ツクツクツクツクオ――シツクツクツクツクオ――シ」

憂「ツクツクツクツクオーシ、ツクツクツクツクオーシ」

20: 2010/11/18(木) 23:44:31.57
なんだこれは

21: 2010/11/18(木) 23:47:20.39
練習は何時間も続けられた。
日が傾き始めた頃、米澤が様子を見にきた。

米澤「まだやっていたのかい。
   今日はもう閉館だよ」

梓「あっ、そうなんですか」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

米澤「ふふ、だいぶサマになってきたね。
   ただし真似をすればいいというものでもないよ。
   真似というのは対象の本質を理解した上で成り立つものだ」

憂「?」

米澤「そうだ、お土産をあげようと思っていたんだ」

梓「いえいいですよ、お土産だなんて」

米澤「遠慮することはない。
   私があげたいんだから、貰ってくれ。
   君たちは最後のお客さんだから、記念にな」

梓「最後の?」

米澤「潰すんだよ、この博物館」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

22: 2010/11/18(木) 23:48:56.98
公立施設なのにwww

23: 2010/11/18(木) 23:51:23.54
梓「えっ、どうしてです?」

米澤「金ばかりかかって、儲からないからね。
   税金を食いつぶすだけの存在でしかない。
   先の事業仕分けで仕分け対象になってしまったんだ」

梓「そうだったんですか……」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

米澤「今や客も来ず、職員もみんな辞めていった。
   残っているのは私一人さ。
   まるでツクツクボウシだよ、
   夏の終わりを受け入れられず、一人で鳴き続ける……」

梓「……また、夏は来ますよ」

米澤「だといいがね。
   さ、おみやげはどれがいいかな。
   セミまんじゅう、セミクッキー、セミぬいぐるみ、
   セミ枕、セミ目覚まし時計、セミTシャツ、セミノート……
   全部私が作ったんだ、ひとつも売れなかったがね」

梓「ここが潰れる理由がわかりました」

米澤「どれでも好きなのを持って行ってくれたまえよ。
   このセミクッキーなんか美味しいぞ」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

25: 2010/11/18(木) 23:55:24.31
二人はおみやげをいっぱい貰ってセミ博物館をあとにした。

梓「憂、よかったね。
  鳴き真似の練習がいっぱいできて。
  唯先輩もきっと認めてくれるよ」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

梓「もし鳴き真似が唯先輩に認めてもらえたら、
  憂も唯先輩のこと認めてあげてね。
  最近ずっと頑張ってたから」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

梓「唯先輩が何を頑張ってたかって?
  ふふ、憂ももう分かってるはずだよ」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

梓「あんまり言うと、唯先輩に怒られちゃうから」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

梓「じゃあまたね、憂。
  今日は疲れただろうし、ゆっくり休んだほうがいいよ」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

27: 2010/11/18(木) 23:59:24.42
平沢家。

唯「おっかえりー、憂。
  晩ご飯できてるよぉー」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

唯「お、だいぶ腕を上げたね。
  でもまだちょっと足りないかな、大事なエッセンスが」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

唯「まあいいや、ご飯にしよう。
  あ、それともお風呂湧いてるから、先にお風呂にする?」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

唯「分かった、ごはんだね。
  今日は憂の好きなサバの竜田揚げだよー」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

唯「いただきまーす」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

30: 2010/11/19(金) 00:03:25.39
夕食の献立はサバの竜田揚げ、肉じゃが、おひたし、お吸い物。
どれもこれも姉が作ったとは思えないくらいに美味しかった。
インスタントではないのか、と憂は疑ったが
流し台に置かれた鍋や生ごみを見てその考えを撤回した。
いつのまにこんなに料理の腕を上げたのか、
憂は姉に尋ねたかったが
残念ながら今の憂はツクツクボウシの声でしか話せない。

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

唯「そう、美味しい? よかったー」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

唯「そーだ、デザートはフルーツポンチだよ。
  それも私が作ったんだー」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

食べながら憂はあたりを見回した。
こころなしか部屋が綺麗になっている。
姉が料理だけではなく掃除までしたというのか?
憂にはにわかには信じられなかった。

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

唯「たんとおたべー、食べたら風呂はいりー。
  洗い物は私がやっとくからー」

32: 2010/11/19(金) 00:07:26.25
風呂に入ったあと、
鳴き真似の練習で疲れていた憂は
すぐに布団に入った。

憂(お姉ちゃん、どうして突然料理や掃除なんて)

憂(受験生なんだし、勉強以外のことはしなくていいのに)

憂(今まで通り、全部私がやってあげるのに)

憂(もしかして梓ちゃんが言ってた、
  『唯先輩も最近頑張ってた』っていうのは
  家事の練習をしてたってこと……?)

憂(もー、何やってんだろ、お姉ちゃんったら……
  受験勉強もしないで……)

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ」

憂(駄目だ、眠い……寝よう)

憂(……)

憂(……)

33: 2010/11/19(金) 00:11:28.09
翌朝、憂は熱を出した。
前日の過度な練習がたたったのだ。

唯「ういー、大丈夫?
  おかゆ作ったけど、食べられる?」

憂「うん、ありがとうお姉ちゃ……」

唯「…………………」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ!」

唯「そっか、じゃあここに置いとくから。
  また何かあったら呼んでね。
  今お洗濯の途中だけど、すぐ来るから」

憂「ツクツクツクツクオォォーシ、ツクツクツクツクオォォーシ……」

姉が部屋から出ていったあと、
憂は姉が持ってきたおかゆに手をつけた。
このおかゆも姉が自分で作ったものであろうと憂は推察した。
おかゆというのは簡単な料理の代表のように思われているが
おいしいおかゆを作ろうと思うと、実は難しい。
憂も何度か挑戦してみたことはあるが
なかなか納得のいくおかゆは作ることができずにいた。
しかしこのおかゆはまさに憂が求めていたそれだった。
病人食という概念を超越した究極にして至高のおかゆ。
これを姉が作ったという事実に憂は驚愕せざるをえなかった。

36: 2010/11/19(金) 00:15:27.24
憂(どうして? どうしてお姉ちゃんは、
  こんなものを作れるようになったの!?)

憂(本当に私に内緒で家事の練習をしてたってこと?
  でも一体なんのために!?)

憂(とにかく梓ちゃんに確認しよう、
  お姉ちゃんのことなんだけど……っと)カチカチ送信

憂(そうだよ、最近のお姉ちゃんは何かおかしい。
  なんでいきなり家事をやりだしたのか……
  なんで昨日、梓ちゃんと約束したこと知ってたのか……
  セミ博物館の館長さんも、
  お姉ちゃんから何か言われてたみたいだった……)

憂(いや、それ以前に)

憂(どうして私にツクツクボウシの鳴き声を練習させたりしたの!?)

ヴーッ ヴーッ
憂(あっ、梓ちゃんから返信……)

梓《そっか、気づいたんだ。
  憂の考えてるとおり、
  唯先輩は最近毎日、家事の練習をしてたんだよ。
  料理とか掃除とか洗濯とかみんなで教えてあげたの》

憂(そんな……でも、何のために?)カチカチ

梓《それは憂が考えることだよ》

40: 2010/11/19(金) 00:19:29.63
憂(私が、考える、こと……)

憂は考えた。
なぜ姉が、梓との約束のことを知っていたか、
米澤が唯と通じていたか。
この答えはすぐに出た。
みんなグルだったのだ。
姉と、梓と、米澤と、3人で
憂にツクツクボウシの鳴き真似を習得させようとした。

ではそれはなぜなのか。
なぜツクツクボウシの鳴き真似をする必要があったのか。
なぜ姉は家事の練習を始めたのか……。

するとその時、
憂の脳裏に米澤や梓の言葉が、蘇った。


『ツクツクボウシは夏の終わりに生きる悲しいセミなんだよ』
『真似というのは対象の本質を理解した上で成り立つものだ』
『まるでツクツクボウシだよ、夏の終わりを受け入れられず、一人で鳴き続ける……』
『もし鳴き真似が唯先輩に認めてもらえたら、憂も唯先輩のこと認めてあげてね』


憂(そうか……そういうことだったんだ)

憂(お姉ちゃん……!)

憂はすべてを悟った。
そして憂は、ツクツクボウシそのものになった。

41: 2010/11/19(金) 00:23:30.89
ツクツクボウシ。
半翅目、セミ科。
全長40~46ミリ。
セミの中では最も遅く現れ、8月末から9月上旬がピークである。
九州などでは10月にも鳴き声が聞こえることがある。
東アジアに広く分布。平地や山地に生息し、
基本的に森林性であるが地域によっては市街地でも見かけられる。
樹幹のかなり低い場所に止まっていることもあるが
警戒心が強く敏感なため捕獲は難しい。
リズミカルで音楽的な鳴き声が最大の特徴である。

憂「ジィィィィィジブブブブブツクツクツクツクツクオ―――シ
  ツクツクツクツクツクオ―――シツクツクツクツクツクオ―――シ
  ツクツクオ――シツクツクオ――シツクツクオ――シツクツクオ――シ
  ジオ――ジオ――ジィィィィィジブブブブブ」



唯「素晴らしいよ、憂。
  文句なしのパーフェクトだ」

憂「お姉……ちゃん」

唯「その様子だと、私が言おうとしてたことも
  全部分かってくれたみたいだね」

憂「うん。
  私がツクツクボウシだってことでしょう」

唯「そうだよ」

42: 2010/11/19(金) 00:24:11.66
なるほど、全然わからん

43: 2010/11/19(金) 00:25:08.77
イイハナシダッタノカヨクワカンナイナー(;0;)

44: 2010/11/19(金) 00:27:16.78
泣き声こわwww

45: 2010/11/19(金) 00:27:32.60
重度のシスターコンプレックスを患う憂を
姉は心の底から心配していた。
このままでは憂は永遠に自分に縋って生きて行くことになる。
憂は自分の世話をすることに何よりも依存している。
自分はもう、大人になろうとしているのに。
もう世話なんていらないのに。
セミが生きるべき季節は、過ぎようとしているのに。

夏を過ぎてもなお鳴き続け、
秋に飲まれて消えてゆくツクツクボウシの姿を、
姉は憂に重ねていたのだ。
そして憂自身に、憂がそのような存在であることを
自覚して欲しかったのである。
今までの自分と決着を付けるために。

唯「私はもう憂の世話なんて要らない。
  昨日今日と見てきて分かったでしょ。
  朝も一人で起きられるし、ご飯だって作れる。洗濯も掃除もちゃんと出来る」

憂「……」

唯「もうお互いに縋って頼り合うような関係はやめたいの。
  このままじゃ憂はダメになっちゃう。
  いつまでも夏は続かない。私たちはもう、大人なんだから」

憂「……」

唯「憂は充分に一人で生きられる力を持ってる。
  あとは意識の問題だよ。
  このままツクツクボウシとして生きていくなら……」

46: 2010/11/19(金) 00:32:33.65
憂「ううん、もういい。言わなくて……
  私だっていつまでもこんな関係が続くとは思ってないよ。
  それでも、それでもできるだけ……
  お姉ちゃんとともに在りたかった」

唯「夏をズルズルと引きずる、ツクツクボウシのように?」

憂「……」

唯「憂にはもっと広い世界を見てほしいの。
  私の世話だけをする唯の妹としてじゃなくてさ。
  一人の平沢憂という人間として、生きて欲しいから」

憂「……うん」

唯「そんな暗くならないでよ、お別れってわけじゃないんだから。
  ただお互いの心持ちを変えようってだけ。
  私ももう、半年後には大学生だからね」

憂「……」

夏が終わる。
ツクツクボウシも地に落ち、土に還ってゆく。
一夏に生き、一夏に氏ぬ。
それがセミのあるべき姿だ。
いくら長生きしても、地上に出るのが遅くても、
二度目の夏は、セミには訪れない。

    お わ り

49: 2010/11/19(金) 00:34:08.63


こういうの好き

引用元: 唯「憂はツクツクボウシの鳴き真似だけしてればいいから!」